(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-31
(45)【発行日】2022-09-08
(54)【発明の名称】細胞又は組織の凍結融解方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/04 20060101AFI20220901BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20220901BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20220901BHJP
【FI】
C12N1/04
C12M1/00 A
C12M3/00 Z
(21)【出願番号】P 2019109751
(22)【出願日】2019-06-12
【審査請求日】2021-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000005980
【氏名又は名称】三菱製紙株式会社
(72)【発明者】
【氏名】松澤 篤史
(72)【発明者】
【氏名】吉田 翔
【審査官】中村 俊之
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-124819(JP,A)
【文献】特開2014-183757(JP,A)
【文献】特開2015-142523(JP,A)
【文献】国際公開第2015/064380(WO,A1)
【文献】米国意匠特許発明第00642697(US,S)
【文献】国際公開第2013/051521(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0129811(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0281886(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 1/02
C12N 1/00- 7/08
C12M 1/00- 3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
載置部を有する本体部材及び該本体部材に着脱自在なキャップ部材を少なくとも有する凍結保存用治具の載置部に、細胞又は組織を保存液と共に載置し、該載置部をキャップ部材で密閉する密閉工程と、該密閉した載置部を冷却溶媒により冷却し、細胞又は組織を凍結する凍結工程と、該凍結工程において凍結された細胞又は組織の凍結状態を維持する保冷工程、および凍結状態が維持されていた細胞又は組織を融解する融解工程を少なくとも有し、該融解工程の開始前においてキャップ部材によって密閉された細胞又は組織は、
該キャップ部材と共に冷却溶媒の液面よりも下方に位置し、かつ本体部材とキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態で一旦保持され、該融解工程では本体部材とキャップ部材を分離し、載置部を融解液に浸漬して細胞又は組織を融解する、細胞又は組織の凍結融解方法。
【請求項2】
前記した融解工程の開始前に、キャップ部材の固定機能を有した固定具を用いて、キャップ部材によって密閉された細胞又は組織を冷却溶媒中で一旦保持する、請求項1記載の細胞又は組織の凍結融解方法。
【請求項3】
前記した載置部が保存液吸収体を有する請求項1記載の細胞又は組織の凍結融解方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞又は組織の凍結融解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞又は組織の優れた保存技術は、様々な産業分野で求められている。例えば、牛の胚移植技術においては、胚を凍結保存し、受胚牛の発情周期に合わせて胚を融解し、移植することが行われている。また、ヒトの不妊治療においては、母体から卵子又は卵巣を採取後、移植に適したタイミングに合わせるために凍結保存しておき、移植時に融解して用いることがなされている。
【0003】
一般に、生体内から採取された細胞又は組織は、たとえ培養液の中であっても、次第に活性が失われたり、形質の変化が生じたりすることから、生体外での細胞又は組織の長期間の培養は好ましくない。そのため、生体活性を保った状態で長期間保存するための技術が重要である。優れた保存技術によって、採取された細胞又は組織をより正確に分析することが可能になる。また優れた保存技術によって、より高い生体活性を保ったまま細胞又は組織を移植に用いることが可能となり、移植後の生着率が向上することが望める。さらには、生体外で培養した培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シートのような移植のための人工の組織を、順次生産して保存しておき、必要な時に使用することも可能となり、医療の面だけではなく、産業面においても大きなメリットが期待できる。
【0004】
細胞又は組織の凍結保存方法として、例えば緩慢凍結法が知られている。この方法では、まず、例えばリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤を含有させることで得られた保存液に、細胞又は組織を浸漬する。該耐凍剤としては、グリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド等の化合物が用いられる。該保存液に、細胞又は組織を浸漬後、比較的遅い冷却速度(例えば0.3~0.5℃/分の速度)で、-30~-35℃まで冷却することにより、細胞内外又は組織内外の溶液が十分に冷却され、粘性が高くなる。このような状態で、該保存液中の細胞又は組織をさらに液体窒素の温度(-196℃)まで冷却すると、細胞内又は組織内とその外の周囲の微少溶液がいずれも非結晶のまま固化する現象であるガラス化が起こる。ガラス化により、細胞内外又は組織内外が固化すると、実質的に分子の動きがなくなるので、ガラス化された細胞又は組織を液体窒素中に保存することで、半永久的に保存できると考えられる。
【0005】
また、細胞又は組織の凍結保存方法として、ガラス化凍結法も知られている。ガラス化凍結法とは、グリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド等の耐凍剤を多量に含む保存液の凝固点降下により、氷点下であっても氷晶ができにくくなる原理を用いたものである。この保存液を急速に液体窒素中で冷却させると、氷晶を生じさせないまま固化させることができる。このように固化することをガラス化凍結という。また、耐凍剤を多量に含む保存液は、ガラス化液と呼称される。
【0006】
前述した緩慢凍結法では、比較的遅い冷却速度で冷却する必要があるために、凍結保存のための操作に時間を要する。また、冷却速度を制御するための装置又は治具を必要とする問題がある。加えて、前記緩慢凍結法では、細胞外又は組織外の保存液中に氷晶が形成されるので、細胞又は組織が該氷晶により物理的に損害を受けるおそれがある。これに対し、上記したガラス化凍結法では、操作の時間は短時間であり、特別な装置又は治具を必要としないプロセスである。加えて、ガラス化凍結法は、氷晶を生じさせないことによって高い生存率が得られる。
【0007】
ガラス化凍結法を用いた細胞又は組織の凍結保存方法については、様々な方法で、様々な種類の細胞又は組織を用いた例が示されている。例えば、特許文献1では、動物又はヒトの生殖細胞又は体細胞へのガラス化凍結法の適用が、凍結保存及び融解後の生存率の点で、極めて有用であることが示されている。
【0008】
ガラス化凍結法は、主にヒトの生殖細胞を用いて発展してきた技術であるが、最近では、iPS細胞やES細胞への応用も広く検討されている。また、非特許文献1では、ショウジョウバエの胚の保存にガラス化凍結法が有効であったことが示されている。さらに、特許文献2では、植物培養細胞や組織の保存において、ガラス化凍結法が有効であることが示されている。このように、ガラス化凍結法は広く様々な種の細胞及び組織の保存に有用であることが知られている。
【0009】
適切なガラス化凍結を成し得るために、凍結速度は速ければ速いほど好ましいことが知られている。さらに、凍結保存後の融解工程時においても、細胞又は組織中への再氷晶形成を抑制する観点で、融解速度は速ければ速いほど好ましいことが知られている。
【0010】
適切なガラス化凍結を成し得るための重要な因子である凍結速度と融解速度のうち、特に重要なのは、融解速度とされている。例えば、非特許文献2に記載されるように、迅速に凍結された細胞であっても、融解速度が遅い場合には生存率が低くなることが知られている。また特許文献3には、凍結したサンプルを急速融解法により融解することで、融解後のヒトiPS細胞由来神経幹細胞/前駆細胞の生存率が向上することが記載されている。
【0011】
一般に、ガラス化凍結法に関わる凍結方法としては、特許文献4において、哺乳動物胚または卵子を凍結ストロー、凍結バイアルまたは凍結チューブ等の凍結保存用容器の内面に、これらの胚または卵子を包被するに十分な最少量のガラス化液で貼り付け、この容器を液体窒素に接触させて急速に冷却する方法が提案されている。該凍結方法の後に行われる融解方法は、前記の方法で保存した凍結保存用容器を液体窒素から取り出し、容器の一端部を開口し、この容器内に33~39℃の希釈液を注入し、凍結した胚または卵子を融解希釈するものである。この方法によれば、哺乳動物胚または卵子をウィルスや細菌に感染されるおそれがなく高い生存率で保存及び融解希釈することができるとされている。しかしながら、凍結ストロー、凍結バイアルまたは凍結チューブ等の凍結保存用容器の内面に、胚または卵子を貼り付ける凍結工程の難易度が高く、確実に胚または卵子を凍結保存用容器に載置されたことを確認することが難しかった。また、融解工程においても、希釈液を用いて融解するが、胚または卵子を載置した場所を視認しながら融解することが難しく、確実に胚または卵子を回収することが難しかった。さらには、凍結工程においてストローシーラーが必要であり、融解工程においてもストローカッターが必要であるなど、特別な器具が必要であり、煩雑なプロセスとなっていた。
【0012】
特許文献5では、熱伝導性部材を有した細胞保持部材と筒状収納部材を有した細胞凍結保存用具が記載されており、特許文献4の凍結融解方法における問題がある程度解決されている。特許文献5に記載されている凍結保存用具の使用方法として、顕微鏡下において、卵子を細胞保持部材に付着させ、細胞保持部材を筒状収納部材に収納した後に、液体窒素に浸漬してガラス化凍結する。その後に、筒状部材の開口部に蓋部材を装着し、液体窒素タンク内で保管する方法が記載されている。
【0013】
よりプロセスの少ないガラス化凍結法に関わる凍結融解方法として、特許文献6、特許文献7に記載されるような、ヒトの不妊治療分野で使用されているいわゆるクライオトップ(登録商標)法という方法が開示されている。該方法の凍結操作時は、卵付着保持用ストリップとして短冊状の可撓性かつ無色透明なフィルムを備えた卵凍結保存用具を使用し、顕微鏡観察下で該フィルム上に極少量の保存液と共に卵子又は胚を載置し、卵子が付着したフィルムを液体窒素に浸漬し、凍結する。一方、融解操作時には、卵付着保持用ストリップを保温された融解液に浸漬し、融解液中でフィルム上に載置された卵子又は胚を回収する。この方法では作業者の操作によって、卵子や胚は少量の保存液と共にフィルム上に載置され、かかる手法は操作の難度が高いといった問題があるものの、高い生存率で卵子又は胚を凍結できることが知られている。
【0014】
特許文献8~10では、細胞又は組織を、耐凍剤を多量に含む保存液と共に保存液除去材の上に載置し、細胞又は組織の周囲に付着した余分な保存液を除き、優れた生存率で凍結保存する方法が提案されている。特許文献8では、特定のヘーズ値を有する保存液吸収体が記載され、さらに特許文献9、特許文献10には、保存液吸収体として多孔質焼結形成体や特定の屈折率を有する素材で形成された多孔質構造体を有するガラス化凍結保存用治具が記載されており、各ガラス化凍結保存用治具を用いた凍結融解方法が提案されている。
【0015】
特許文献11には、短冊状の光透過性を有したベース部を有し、さらに該ベース上の一部に吸水部(保存液吸収体)に取り囲まれた欠損部が設けられることにより、過剰な保存液の除去操作が不要な生体細胞凍結保存用具の例が記載されている。特許文献11に記載されている凍結保存用具の一例の使用方法として、卵子を少量のガラス化液と共に載置し、卵付着保持用ストリップを含む凍結保存用治具全体を筒状の収納容器に収納した後に、液体窒素に浸漬して、ガラス化凍結する凍結方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特許第3044323号公報
【文献】特開2008-5846号公報
【文献】特開2017-104061号公報
【文献】特開2000-189155号公報
【文献】特許第5798633号公報
【文献】特開2002-315573号公報
【文献】特開2006-271395号公報
【文献】特開2014-183757号公報
【文献】特開2015-142523号公報
【文献】国際公開第2015/064380号パンフレット
【文献】国際公開第2019/004300号パンフレット
【非特許文献】
【0017】
【文献】Steponkus et al.,Nature 345:170-172(1990)
【文献】僧都博著 「生細胞の凍結による障害と保護の機構」 化学と生物 第18巻(1980)2号 P.78~87 日本農芸化学会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
特許文献5では、熱伝導性部材を有した細胞保持部材と筒状収納部材を有した細胞凍結保存用具を用いた凍結方法が提案されているが、凍結工程時に、筒状収納部材に蓋部材を取り付けるなどの工程があり、煩雑であった。また、融解工程の際には、筒状収納部材に収納された細胞保持部材を取り出すために、蓋部材を外す工程の他にも、取り出すための器具が必要になるなどして、煩雑であった。
【0019】
特許文献6、特許文献7では、卵子又は胚を載置するフィルムの幅を制限することにより、少ない量の保存液とともに卵子又は胚を凍結保存し、優れた生存率を得る方法が提案されており、よりプロセスの少ないガラス化凍結法が提案されている。しかしながら、これらの方法では、胚または卵子を融解・回収する融解操作時に、フィルム上に気泡が付着し、顕微鏡観察下において載置された胚又は卵子と気泡の区別がつきづらいといった問題があった。さらには、フィルム上に付着した気泡が卵子又は胚に付着し、これらの視認が阻害されるほか、気泡の浮力により卵子又は胚が不意に顕微鏡視野から外れてしまうといった問題があり、胚又は卵子の回収作業を阻害するといった問題もあった。
【0020】
特許文献8~10では、卵子又は胚の周囲に付着した余分な保存液を取り除く吸収性能を備えた凍結保存用治具により、優れた生存率でこれらの生殖細胞を凍結保存させる方法が提案されている。しかしながら特許文献6、特許文献7と同様、融解操作時において生じる気泡の影響に関しては解決されないままであった。
【0021】
特許文献11に記載の凍結方法では、筒状の収納容器に凍結保存用治具全体を収納する方法が記載されている。このような凍結保存方法は、特許文献5と同様に、融解工程の際に、切断器具や取り出し器具が必要になったりし、収納された凍結保存用治具を取り出す操作が煩雑となり、結果的に、融解工程が煩雑である。また、上記特許文献6~10と同様に、融解工程の際に、卵子又は胚を載置するフィルム表面や保存液吸収体上への気泡の付着に伴う回収作業時の課題については解決されないままであった。
【0022】
本発明は、細胞又は組織の凍結保存作業を容易かつ確実に行うことが可能な、細胞又は組織の凍結融解方法を提供することを主な課題とする。より具体的には、煩雑な作業を必要とせずに、細胞又は組織を凍結後に融解する際に、細胞又は組織の回収操作が容易な凍結保存/回収方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、以下の工程を有する細胞又は組織の凍結融解方法(本明細書中、「細胞又は組織の凍結融解方法」を単に「凍結融解方法」ともいう)によって、上記課題を解決できることを見出した。
(1)載置部を有する本体部材及び該本体部材に着脱自在なキャップ部材を少なくとも有する凍結保存用治具の載置部に、細胞又は組織を保存液と共に載置し、該載置部をキャップ部材で密閉する密閉工程と、該密閉した載置部を冷却溶媒により冷却し、細胞又は組織を凍結する凍結工程と、該凍結工程において凍結された細胞又は組織の凍結状態を維持する保冷工程、および凍結状態が維持されていた細胞又は組織を融解する融解工程を少なくとも有し、該融解工程の開始前においてキャップ部材によって密閉された細胞又は組織は、該キャップ部材と共に冷却溶媒の液面よりも下方に位置し、かつ本体部材とキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態で一旦保持され、該融解工程では本体部材とキャップ部材を分離し、載置部を融解液に浸漬して細胞又は組織を融解する、細胞又は組織の凍結融解方法。
(2)上記した融解工程の開始前に、キャップ部材の固定機能を有した固定具を用いて、キャップ部材によって密閉された細胞又は組織を冷却溶媒中で一旦保持する、上記(1)記載の細胞又は組織の凍結融解方法。
(3)上記した載置部が保存液吸収体を有する上記(1)記載の細胞又は組織の凍結融解方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、凍結保存された細胞又は組織を融解する際に、融解液中において、細胞又は組織が載置された載置部上への気泡の付着、および細胞又は組織への気泡の付着を抑制することができ、細胞又は組織の回収操作が容易な凍結融解方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明で用いる凍結保存用治具の本体部材の一例を示す上面概略図である。
【
図2】本発明で用いる凍結保存用治具の本体部材の一例を示す側面概略図である。
【
図3】本発明で用いる凍結保存用治具のキャップ部材の一例を示す側面断面図である。
【
図4】本発明で用いる凍結保存用治具のキャップ部材の一例を開口部側から見た側面図である。
【
図5】本体部材とキャップ部材を篏合・固定した状態の一例を示す概略図である。
【
図6】凍結保存用治具に細胞と保存液を載置した状態を示す側面概略図である。
【
図7】本発明で用いる凍結保存用治具に細胞と保存液を載置した後に、キャップ部材を篏合・固定した状態を示す側面概略図である。
【
図8】本発明の凍結融解方法で用いる固定具の一例を示す側面断面概略図である。
【
図9】本発明の凍結融解方法で用いる固定具の一例を示す上面概略図である。
【
図10】融解工程の開始前に、キャップ部によって密閉された細胞又は組織が
該キャップ部材と共に冷却溶媒の液面よりも下方に位置し、かつキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態を示す概略図である。
【
図11】本体部材とキャップ部材を分離し、載置部を融解液に浸漬した状態を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の凍結融解方法は、細胞又は組織をいわゆるガラス化凍結保存法において凍結保存する際に、好適に用いられるものである。本発明において、細胞とは、単一の細胞のみならず、複数の細胞からなる生物の細胞集団を含むものである。複数の細胞からなる細胞集団とは単一の種類の細胞から構成される細胞集団でも良いし、複数の種類の細胞から構成される細胞集団でも良い。また、組織とは、単一の種類の細胞から構成される組織でも良いし、複数の種類の細胞から構成される組織でも良く、細胞以外に細胞外マトリックスのような非細胞性の物質を含むものでも良い。卵子又は胚の凍結保存において、特に好適に用いることができる。
【0027】
本発明の凍結融解方法は、細胞又は組織を極低温の冷媒を用いて凍結させる凍結工程と、凍結された状態を維持する保冷工程、および細胞又は組織を融解液中で融解・解凍し、これを回収する融解工程の一連の作業を含むものとする。
【0028】
本発明の凍結融解方法で用いる凍結保存用治具は、細胞又は組織の保存用具、細胞又は組織の凍結保存器具、細胞又は組織の保存用器具と言い換えることができる。
【0029】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0030】
はじめに、本発明の凍結融解方法において用いる凍結保存用治具を説明する。
【0031】
本発明の凍結融解方法において用いる凍結保存用治具は、載置部を有する本体部材及び該本体部に対して着脱自在なキャップ部材を有する。
【0032】
上記した本体部材が有する載置部は、短冊状であることが好ましい。短冊状であると載置部をキャップ部材によって被包・保護することが容易である。
【0033】
上記した本体部材が有する載置部の形状は、平坦な平面シート形状、曲率を有するシート形状、V字型シート形状等とすることができる。平坦な平面シート形状は、細胞又は組織を載置部上に載置する作業において、作業性が高く好ましい。
【0034】
本発明において凍結保存用治具が有する載置部としては、例えば、各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等が挙げられる。載置部は1種類の素材からなるものでも良いし、2種類以上の素材からなるものでも良い。中でも樹脂フィルムは、取り扱いの観点で好適に用いられる。樹脂フィルムの具体例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂フィルムが挙げられる。また、載置部の全光線透過率が80%以上であると、載置部に載置した細胞又は組織を、透過型顕微鏡を用いて容易に確認することができるため好ましい。
【0035】
本発明において凍結保存用治具が有する載置部として、熱伝導性に優れ、急速な凍結を可能にするという観点で金属板も好適に用いることができる。金属板の具体例としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、金、金合金、銀、銀合金、鉄、ステンレスなどを挙げることができる。上記した各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等の厚さは10μm~10mmであることが好ましい。また目的に応じて、各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等の表面を、例えばコロナ放電処理のような電気的な方法や、あるいは化学的な方法により親水化することもでき、さらには粗面化することも可能である。
【0036】
本発明において凍結保存用治具が有する載置部として保存液吸収体を用いることもできる。載置部に保存液吸収体を用いると、該保存液吸収体により、余分な保存液を効果的に除去することができるため、細胞又は組織を載置し凍結する時の操作性が向上する。保存液吸収体としては、例えば金網、紙等や合成樹脂からなるフィルム状物で貫通孔を有したものが例示される。その他の保存液吸収体として、屈折率が1.45以下の素材を用いて形成された多孔質構造体が例示される。該多孔質構造体により、細胞又は組織の周囲に存在する保存液を除去することができる。また、透過型の光学顕微鏡観察下において、細胞又は組織を載置し凍結する操作および凍結後に融解する操作を、良好な視認性にて容易かつ確実に行うことができる。
【0037】
上記した多孔質構造体の素材の屈折率は、例えば、アッベ屈折計(Na光源、波長:589nm)を用いてJIS K 0062:1992、JIS K 7142:2014に準じて測定できる。多孔質構造体を形成する屈折率が1.45以下の素材としては、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリビニリデンジフロライド樹脂、ポリクロロトリフルオロエチレン樹脂などのフッ素樹脂やシリコン樹脂のようなプラスチック樹脂材料、二酸化ケイ素のような金属酸化物材料、フッ化ナトリウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウムのような無機材料が挙げられる。
【0038】
多孔質構造体による保存液吸収体の細孔径は5.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは1.0μm以下、さらに好ましくは0.75μm以下である。これにより光学顕微鏡観察下における細胞又は組織の視認性を高めることができる。保存液吸収体の厚みは、10~500μmであることが好ましく、より好ましくは25~150μmである。なお、保存液吸収体の細孔径は、プラスチック樹脂材料の多孔質構造体の場合には、バブルポイント試験により測定される最も大きい細孔の直径である。また金属酸化物あるいは無機材料の多孔質構造体の場合には、該多孔質構造体の表面及び断面の画像観察から測定した平均細孔直径である。
【0039】
保存液吸収体の空隙率は30%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上である。空隙率とは、以下の式で定義される。ここで空隙容量Vは水銀ポロシメーター(測定器名称 Autopore II 9220 製造者 micromeritics instrument corporation)を用い測定・処理された、保存液吸収体における細孔半径3nmから400nmまでの累積細孔容積(ml/g)に、保存液吸収体の乾燥固形分量(g/平方メートル)を乗ずることで、単位面積(平方メートル)当たりの数値として求めることができる。また保存液吸収体の厚みTは保存液吸収体の断面を電子顕微鏡で撮影し測長することで得ることができる。
P=(V/T)×100(%)
P:空隙率(%)
V:空隙容量(ml/m2)
T:厚み(μm)
【0040】
本発明において本体部材は作業性の観点から把持部を有することが好ましく、その場合、把持部は、把持のしやすさや、操作性の向上を目的として、角柱状であることが好ましい。該把持部は、液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材により形成された部材であることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミニウム、鉄、銅、ステンレスなどの各種金属、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素樹脂や各種エンジニアリングプラスチック、さらにはガラスなどを好適に用いることができる。
【0041】
本発明において凍結保存用治具が把持部を有する場合、載置部の表裏の識別を容易にする目的で、把持部の表面又は裏面は、マーキング部を有することができる。また、同様の目的で、例えば、把持部の表面の一部には、特徴的な構造(例えば凹部または凸部)を形成することもできる。
【0042】
本発明の凍結融解方法において用いる凍結保存用治具は、載置部を被包・保護する目的で、本体部材に対して着脱自在なキャップ部材を有する。該キャップ部材は本体部材に係合し、篏合・固定される。キャップ部材を確実に篏合・固定するために、本体部材は嵌合構造部を有することが好ましく、本体部材は該嵌合構造部として、テーパー構造またはねじ切り構造を有することが好ましい。迅速かつ容易に着脱できる観点から、テーパー構造を有することがより好ましい。本体部材の篏合構造部が、ねじ切り構造を有する場合には、キャップ部材もねじ切り構造を有することが好ましい。また、本体部材の篏合構造部がテーパー構造を有する場合には、より確実に嵌合・固定する観点から、キャップ部材もテーパー構造を有することが好ましい。
【0043】
本発明の凍結融解方法において用いる凍結保存用治具が有するキャップ部材は、その片端に本体部材に係合するための開口部を有し、該開口部の反対側の片端は閉塞構造を有することが好ましい。上記構造により、凍結工程を行う際には、載置部に載置された細胞又は組織と冷却溶媒の接触を防止することができる。
【0044】
本発明において凍結保存用治具が有するキャップ部材は、例えば、各種樹脂、金属等の液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材を用いて形成することができる。キャップ部材は1種類の素材からなるものでも良いし、2種類以上の素材からなるものでも良い。中でも樹脂は射出成型等のプロセスにより、テーパー構造やねじ切り構造を容易に形成できるため、好ましい。樹脂の具体例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂が挙げられる。また、キャップ部材の全光線透過率が80%以上であると、キャップ部材を篏合後に、キャップ内部の載置部の様子を容易に確認することができるため好ましい。
【0045】
本発明において凍結保存用治具が有するキャップ部材は、融解工程の開始前に利用する固定具に固定するための固定部位を有することが好ましい。キャップ部材が有する固定部位は、固定具の形状に合わせて、凹部や凸部等の任意の凹凸形状とすることができる。
【0046】
以上、本発明において用いる凍結保存用治具の構成について説明した。次に、本発明の凍結融解方法の各工程について説明する。
【0047】
本発明の凍結融解方法では、第一に、上記した凍結保存用治具が有する載置部に細胞又は組織を保存液と共に載置する。かかる作業は透過型の顕微鏡観察下(以下、単に顕微鏡観察下とも記載)において行うことが好ましい。この時、凍結保存用治具が有する載置部が保存液吸収体を有すると、余分な保存液を効果的に除去することができるため、高い操作性が得られることに加え、細胞又は組織の周囲に存在する保存液をより少ないものとできるため、高い凍結速度と融解速度が得られるため好ましい。
【0048】
次いで、第二に、本体部材の載置部をキャップ部材に挿入し、キャップ部材を篏合・固定する。キャップ部材へ載置部を挿入する工程は、顕微鏡観察下で行ってもよい。載置部は、キャップ部材に挿入後、キャップ部材で完全に被覆し、キャップ部材を本体部材の篏合構造部に篏合・固定することで完全に密閉する。
【0049】
次いで、キャップ部材を液体窒素等の冷却溶媒に浸漬し、載置部上に載置した細胞又は組織を冷却・凍結する。この時、キャップ部材によって被包され、完全に密閉された載置部及び載置部上の細胞又は組織は冷却溶媒と接触せずに冷却される。
【0050】
細胞又は組織を保存液と共に載置部に載置してから、密閉工程を経て、キャップ部材で密閉された本体部材を冷却溶媒に浸漬するまでの時間は、1分以内であることが好ましい。より好ましくは30秒以内である。
【0051】
冷却された細胞又は組織は、そのガラス化凍結状態を維持したまま、冷却溶媒等により極低温が保たれた低温保管容器の中で保冷される。
【0052】
本発明の凍結融解方法では、融解工程に先立って、キャップ部材によって密閉された細胞又は組織は、該キャップ部材と共に冷却溶媒の液面よりも下方に位置し、かつ凍結保存用治具のキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態で一旦保持される。この時、キャップ部材が好ましく有する固定部位を利用して、キャップ部材の固定機能を有した固定具を用いて凍結保存用治具を保持すると、ハンドリング性が向上し、好ましい。
【0053】
上記した固定具は、凍結保存用治具のキャップ部材が挿入・固定されるスリット部を有する。また、スリット部は、上記したキャップ部材が有する固定部位を固定するためのスリット固定部を有することが好ましい。本発明の固定具が有するスリット部は1カ所でもよいし、複数ヶ所でも良い。
【0054】
本発明において固定具は、上述したキャップ部材と同様、液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材により形成されることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミニウム、鉄、銅、ステンレスなどの各種金属、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素樹脂や各種エンジニアリングプラスチック、さらにはガラスなどを好適に用いることができる。自重が大きく、凍結保存用治具を良好に固定できる観点から、金属製の固定具が好ましい。
【0055】
本発明の凍結融解方法では、融解工程の開始前に、融解工程に先立って、凍結保存用治具のキャップ部材によって密閉された細胞又は組織の位置は冷却溶媒の中にあるが、本体部材とキャップ部材の接合部が冷却溶媒中に入らない状態で一旦保持したのちに、次いで、本体部材とキャップ部材の篏合・固定を緩め、その後キャップ部材と本体部材を分離しする。そして、載置部を融解液に浸漬する融解工程を行う。融解工程前のこれらの操作により、本体部材が有する載置部は液体窒素等の冷却溶媒に接触することなく、融解液中に迅速に浸漬することができる。本体部材とキャップ部材の篏合・固定を緩めてから、載置部を融解液に浸漬するまでの時間は5分以内であることが好ましい。より好ましくは1分以内である。篏合・固定を緩め、密閉状態が開放された状態が長い場合、窒素や酸素等の気体が、キャップ内に入り込み、次いで冷やされて、液化することがある。液化された気体が載置部に付着し、融解工程の際に融解液中に持ち込まれると、融解液の温度を下げるおそれがあり、好ましくない。
【0056】
以上、本発明における凍結融解方法について説明した。次に、本発明の凍結融解方法、本発明で用いる凍結保存用治具、固定具について図面に沿ってさらに詳細に説明する。
【0057】
図1は、本発明で用いる凍結保存用治具の本体部材の一例を示す上面概略図である。
図1に示す本体部材2は載置部4を有し、載置部4は把持部5に付設されている。把持部5は、細胞又は組織を載置する側を識別するためのマーキング部6を有する。
図1に示すように、載置部4にもマーキング部を設けてもよい。また、キャップ部材を本体部材2に固定するための本体部材の篏合構造部7を有する。
図1において、嵌合構造部7はテーパー構造を有している。
【0058】
図2は、本発明で用いる凍結保存用治具の本体部材の一例を示す側面概略図である。
図2に示す本体部材2が有する把持部5はその一部に凹部を設けることにより、操作者が本体部材2を把持した際に、載置部4の表裏の識別、すなわち細胞又は組織を載置する側の識別を容易としている。
【0059】
図3は、本発明で用いる凍結保存用治具のキャップ部材の一例を示す側面断面図である。
図3に示す図は、キャップ部材3の内部構造を図示したものであり、キャップ部材3はその一端のみが開口した構造であり、開口部の近傍には、本体部材と篏合するための篏合接触部8が形成されている。また、融解工程の開始前に、キャップ部材3を固定具に固定するための固定部位9を有する。
【0060】
図4は、本発明で用いる凍結保存用治具のキャップ部材の一例を開口部側から見た側面図である。
図4に示すようにキャップ部材3は、四角柱状の外径形状に、円錐台の内面状の内腔形状を有している。
【0061】
図5は、本体部材とキャップ部材を篏合・固定した状態の一例を示す概略図である。なお、以下の図も含めて、キャップ部材3に被包されている載置部4の様子が分かるように、キャップ部材3の部分は内部構造を図示している。
図5に示す凍結保存用治具1は、本体部材2が有する本体部材の篏合構造部7とキャップ部材3との篏合接触部8により、キャップ部材3が本体部材2に完全に篏合・固定され、載置部4は、キャップ部材3によって、被包・密閉され、保護されている。キャップ部材3と本体部材2の境目が接合部10である。
【0062】
図6は、凍結保存用治具に細胞と保存液を載置した状態を示す概略図である。本発明の凍結融解方法において、操作者は、本体部材2に付設された載置部4上に、細胞11と保存液12を滴下付着し、細胞11を載置部4上に載置する。
【0063】
図7は、本発明で用いる凍結保存用治具に細胞と保存液を載置した後に、キャップ部材を篏合・固定した状態を示す概略図である。本体部材2の載置部4上に保存液12と共に、細胞11を滴下付着し、載置した後に、キャップ部材3を本体部材2に篏合・固定する。これにより、載置部4上に載置された細胞11は、キャップ部材3により完全に被包・密閉され、外部環境から完全に保護される。
【0064】
図8は、本発明の凍結融解方法で用いる固定具の一例を示す側面断面概略図である。
図8において、固定具13は、キャップ部材3が挿入されるスリット部14を有し、スリット部14はキャップ部材の固定部位9を固定するための、スリット固定部15を有する。
【0065】
図9は、本発明の凍結融解方法で用いる固定具の一例を示す上面概略図である。
図9において、固定具13が有するスリット部14は、一端(図中上側)は閉塞し、別の一端(図中下側)は開口した構造であることが好ましい。このような構造であると、開口部からキャップ部材3を挿入し、閉塞部に向かってスライドさせながら差し込み、閉塞した端にてキャップ部材3を確実に固定することができる。
【0066】
図10は、融解工程の開始前に、キャップ部材によって密閉された細胞又は組織が
該キャップ部材と共に冷却溶媒の液面よりも下方に位置し、かつキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態を示す概略図である。
図10において、凍結保存用治具1が有するキャップ部材3の固定部位9は、固定具13のスリット14の一部に形成されたスリット固定部15に差し込まれることで、保持・固定される。この時、キャップ部材の接合部10は、凍結容器16に充填された冷却溶媒17の液面18よりも上部に位置している。そのため、凍結保存用治具1の本体部材2とキャップ部材3の嵌合・固定を緩め、篏合を解除した場合にも、周囲の冷却溶媒が直接的にキャップ部材3の内部に侵入することはない。すなわち、冷却溶媒は、載置部4には接触せず、細胞11及び保存液12にも接触しないが、細胞又は組織の冷却状態は維持されており、細胞11は十分に冷却される。このようにすることで、その後の融解工程において、融解速度を低下させることなく細胞又は組織を迅速に融解することが可能となる。
【0067】
図11は、本体部材とキャップ部材を分離し、載置部を融解液に浸漬した状態を示す概略図である。
図11において、キャップ部材3が固定具13に固定されることにより、本体部材2を引き抜く操作のみで、載置部4を有する本体部材2はキャップ部材3から迅速に分離される。分離後、載置部4を融解液19に浸漬し、融解液19中で細胞11を融解・回収する。
【0068】
本発明の凍結融解方法を用いて細胞又は組織を凍結保存・融解する場合、保存液は、通常卵子、胚等の細胞の凍結のために使用されるものを使用でき、例えば、前述したリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤(グリセロール、エチレングリコール等)を含有する保存液や、グリセロールやエチレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)等の各種耐凍剤を多量に(少なくとも保存液の全質量に対して10質量%以上、より好ましくは20質量%以上)含有する保存液を使用できる。融解液についても、通常卵子、胚等の細胞の融解のために使用されるものを使用でき、例えば、前述したリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に、浸透圧調整のために1Mのスクロースを含有する融解液を使用することができる。
【0069】
本発明の凍結融解方法を用いることができる細胞として、例えば、哺乳類(例えば、人(ヒト)、牛、豚、馬、ウサギ、ラット、マウス等)の卵子、胚、精子等の生殖細胞;人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)等の多能性幹細胞が挙げられる。また、初代培養細胞、継代培養細胞、及び細胞株細胞等の培養細胞が挙げられる。また、細胞は、一又は複数の実施形態において、線維芽細胞、膵ガン・肝ガン細胞等のガン由来細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、神経細胞、軟骨細胞、組織幹細胞、及び免疫細胞等の接着性細胞が挙げられる。さらに、凍結保存・融解することができる組織として、同種又は異種の細胞からなる組織、例えば、卵巣、皮膚、角膜上皮、歯根膜、心筋等の組織が挙げられる。本発明は、特にシート状構造を有する組織(例えば、細胞シート、皮膚組織等)の凍結保存に好適である。本発明の凍結保存用治具は、直接生体から採取した組織だけでなく、例えば、生体外で培養し増殖させた培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シート、特開2012-205516号公報で提案されている三次元構造を有する組織モデルのような人工の組織の凍結保存についても、好適に用いることができる。本発明の凍結保存用治具は、上記のような細胞又は組織の凍結保存用治具として好適に用いられる。
【実施例】
【0070】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0071】
(実施例1)
下記、凍結保存用治具を用いて、以下の手順で細胞又は組織の載置から密閉工程、凍結工程、保冷工程、融解工程を行った。
【0072】
<凍結保存用治具の作製>
図1~
図4に示す形態を有する本体部材2及びキャップ部材3を作製した。本体部材2が有する載置部4は短冊状(幅1.5mm、長さ20mm、厚み250μm)のポリエチレンテレフタレート樹脂フィルムを用い、ABS樹脂からなる把持部5に付設した。キャップ部材3は、ABS樹脂からなり、
図3及び
図4に示した形状を有しており、内腔構造の一部である篏合接触部8にはテーパー構造を有している。キャップ部材3の開口部は円型であり直径は2mmである。
【0073】
<細胞又は組織の載置から密閉工程、凍結工程、保冷工程>
平衡化処理したマウス8細胞期胚を、ピペットを用いて、保存液と共に凍結保存用治具の載置部4上に滴下付着させ、余分な保存液を除いた後に、透過型の顕微鏡観察下で、載置部4をキャップ部材3へ挿入し、嵌合・固定した(密閉工程:
図7の状態)。その後、凍結保存用治具1のキャップ部材側を液体窒素に浸漬した(凍結工程)。なお、保存液は、L-グルタミン、フェノールレッド、25mMのHEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid)を含む市販のMedium199培地(Life Technologies社)を基礎液として、エチレングリコールを15容量%とDMSO(ジメチルスルホキシド)を15容量%、スクロースを0.5M、ゲンタマイシンを50mg/L含有するものを使用した。マウス8細胞期胚を平衡化液から保存液に移した時点から、液体窒素へ浸漬するまでの時間は、1分間で行った。凍結工程を行った凍結保存用治具は、融解工程を行うまで、液体窒素下で保管した(保冷工程)。
【0074】
<融解工程>
上記の各工程を行った凍結保存用治具を取り出し、
図10に示す形態で、アルミニウムからなる固定具13のスリット部14に固定し、凍結保存用治具のキャップ部材3の接合部10が冷却溶媒17である液体窒素の液面18よりも上に位置する状態で一旦保持した。次いで、キャップ部材3と把持部5の嵌合を緩め、キャップ部材3から本体部材2を分離し、本体部材2が有する載置部4を37℃に保温した融解液に浸漬した。その後、載置部4上からの胚の回収操作を行った。なお、キャップ部材3の篏合を緩めてから、キャップ部材3から本体部材2を分離するまでの作業は10秒以内に、キャップ部材3から本体部材2を分離後、載置部4を融解液19に浸漬するまでの時間は、1秒以内に操作することが可能であった。なお、融解液は、前記Medium199培地を基礎液として、1Mのスクロースを含有するものを使用した。
【0075】
(実施例2)
ポリエチレンテレフタレート樹脂フィルム(幅1.5mm、長さ20mm、厚み180μm)に、その長さ方向の両端2mmにポリウレタン接着材を塗布し、その後、親水化処理されたポリテトラフルオロエチレン樹脂からなる多孔性樹脂シート(細孔径0.2μm、空隙率71%、厚み30μm)をこれに貼り合わせ、これを凍結保存用治具の載置部4とした以外は実施例1と同様にして、凍結したマウス8細胞期胚に対する一連の凍結融解方法を行った。なお、実施例2の凍結融解方法では、細胞又は組織を載置する時に、胚を滴下付着する際に余分な保存液が自動的にのぞかれることから、ピペットを用いて保存液を除く操作は行わなかった。
【0076】
(比較例1)
実施例1において、マウス8細胞期胚を載置部4上に滴下付着した後に、キャップ部材3で被包することなく、載置部4を液体窒素に直接浸漬し、その後、液体窒素中で載置部4をキャップ部材3にて被包・保護し、凍結した以外は、実施例1と同様にして比較例1の凍結融解方法を行った。
【0077】
(比較例2)
実施例2において、マウス8細胞期胚を載置部4上に滴下付着した後に、キャップ部材3で被包することなく、載置部4を液体窒素に直接浸漬し、その後、液体窒素中で載置部4をキャップ部材3にて被包・保護し、凍結した以外は、実施例2と同様にして比較例2の凍結融解方法を行った。
【0078】
(比較例3)
実施例1の融解工程において、凍結保存用治具のキャップ部材3の接合部10が液体窒素中に入った状態(接合部10が液体窒素の液面よりも下に位置する状態)で、キャップ部材3と把持部5の嵌合を緩め、キャップ部材3から本体部材2を分離し、本体部材2が有する載置部4を37℃に保温した融解液に浸漬した。
【0079】
<融解工程時の気泡付着の評価>
実施例1、2及び比較例1~3の凍結保存用治具について、融解工程時に、載置部を融解液に浸漬してから5秒後の時点での載置部上への気泡の付着の様子を評価した。評価として、先端から2mm~先端から7mmの領域(幅1.5mm×長さ5mmの面積)での、載置部4表面への気泡(直径30μm以上)の付着数を計測した。それぞれの凍結融解方法において、評価は3回繰り返して実施した。結果を表1に示す。
【0080】
【0081】
上記の結果から、本発明の凍結融解方法を用いると、融解操作を行う際に載置部上への気泡の付着、および細胞又は組織への気泡の付着を抑制でき、細胞又は組織の回収操作が容易であることが分かる。また、細胞又は組織の融解が極めて短時間に行うことが可能であり、高い生存率が得られることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は、牛等の家畜や動物の胚移植や人工授精、人への人工授精等の他、iPS細胞、ES細胞、一般に用いられている培養細胞、胚又は卵子を含む生体から採取した検査用又は移植用の細胞又は組織、生体外で培養した細胞又は組織等の凍結保存及びその融解に用いることができる。
【符号の説明】
【0083】
1 凍結保存用治具
2 本体部材
3 キャップ部材
4 載置部
5 把持部
6 マーキング部
7 篏合構造部
8 嵌合接触部
9 固定部位
10 接合部
11 細胞
12 保存液
13 固定具
14 スリット部
15 スリット固定部
16 凍結容器
17 冷却溶媒
18 液面
19 融解液