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特許7133924ヌクレオチドにより活性化された糖から遊離形の単糖を生産するための発酵法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-01
(45)【発行日】2022-09-09
(54)【発明の名称】ヌクレオチドにより活性化された糖から遊離形の単糖を生産するための発酵法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/02 20060101AFI20220902BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220902BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20220902BHJP
   C12N 15/60 20060101ALI20220902BHJP
   C12N 15/61 20060101ALI20220902BHJP
【FI】
C12P19/02 ZNA
C12N1/21
C12N15/54
C12N15/60
C12N15/61
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017539293
(86)(22)【出願日】2016-01-29
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2018-02-08
(86)【国際出願番号】 EP2016051919
(87)【国際公開番号】W WO2016120448
(87)【国際公開日】2016-08-04
【審査請求日】2018-12-27
【審判番号】
【審判請求日】2021-01-14
(31)【優先権主張番号】15153383.3
(32)【優先日】2015-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】511149751
【氏名又は名称】クリスチャン.ハンセン・ハー・エム・オー・ゲー・エム・ベー・ハー
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イェネバイン,シュテファン
(72)【発明者】
【氏名】パーシャート,カティア
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】上條 肇
【審判官】川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/067696(WO,A1)
【文献】Advanced Synthesis & Catalysis,2008,Vol.350,pp.2313-2321
【文献】Microbial Cell Factories,2013,Vol.12:40
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00 - 41/00
C12N 15/00 - 15/90
C12N 1/00 - 7/08
REGISTRY/CAPlus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Genbank/EMBL/DDBJ/Geneseq
UniProt/Geneseq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組換え大腸菌(Escherichia coli)株を使用して遊離形のL-フコースを生産する方法であって、
a)L-フコースの合成のための組換え大腸菌株を準備する工程と、ここで、前記組換え大腸菌株は、GDP-L-フコースの加水分解を触媒してGDP-L-フコースからL-フコースを遊離させる異種酵素を含み、前記酵素は、大腸菌に由来するwbgL遺伝子によりコードされるα1,2-フコシルトランスフェラーゼの変異体であり、前記大腸菌に由来するwbgL遺伝子は、配列番号3に記載の核酸配列を有し、前記変異体は、少なくとも2つのアミノ酸置換を含み、前記少なくとも2つのアミノ酸置換は、(i)124位のヒスチジンのアラニンへの置換、及び215位のグルタミン酸のグリシンへの置換、並びに(ii)69位のアスパラギンのセリンへの置換、及び268位のイソロイシンのプロリンへの置換からなる群から選択される、
b)前記組換え大腸菌株を増殖させるのに適した培地で前記組換え大腸菌株を培養する工程と、ここで、前記組換え大腸菌株は、L-フコースを代謝することができず、L-フコースが培養工程中に蓄積する、
c)前記培地から遊離L-フコースを回収する工程と、
を含む、方法。
【請求項2】
GDP-L-フコースの生合成に関与する少なくとも1種の遺伝子が過剰発現されて、GDP-L-フコースの供給を改善する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記少なくとも1種の遺伝子が、異種又は同種である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
グリセロール、スクロース、グルコース、フルクトース、糖蜜、キシロース、セルロース、合成ガス、コーンシロップ及びラクトースからなる群より選択される炭素源を含有する培地で前記組換え大腸菌株を培養する、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
L-フコースを産生するための組換え大腸菌(Escherichia coli)株であって、前記組換え大腸菌株は、GDP-L-フコースの加水分解を触媒してGDP-L-フコースからL-フコースを遊離させる異種酵素を含み、前記酵素は、大腸菌に由来するwbgL遺伝子によりコードされるα1,2-フコシルトランスフェラーゼの変異体であり、前記大腸菌に由来するwbgL遺伝子は、配列番号3に記載の核酸配列を有し、前記変異体は、少なくとも2つのアミノ酸置換を含み、前記少なくとも2つのアミノ酸置換は、(i)124位のヒスチジンのアラニンへの置換、及び215位のグルタミン酸のグリシンへの置換、並びに(ii)69位のアスパラギンのセリンへの置換、及び268位のイソロイシンのプロリンへの置換からなる群から選択され、L-フコースを代謝できない、組換え大腸菌株。
【請求項6】
ホスホマンノムターゼ、マンノース-1-リン酸グアノシルトランスフェラーゼ、GDP-マンノース-4,6-デヒドラターゼ及びGDP-L-フコースシンターゼをコードする異種遺伝子を含むように更に改変されている、請求項5に記載の組換え大腸菌株。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヌクレオチド活性化糖(ヌクレオチドにより活性化された糖)から遊離形の目的の単糖を生産するための微生物発酵法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖質はエネルギー貯蔵、構造的機能、シグナル伝達、情報蓄積等において極めて重要な役割を担うことにより、あらゆる生命体で役割を果たす。この役割のために、自然界はグルコース、N-アセチルグルコサミン、マンノース、N-アセチルマンノサミン、フルクトース、フコース、リボース、シアル酸、キシロース等の複数の多量に生産される単糖と、より特殊な用途に用いられる複数の希少な単糖(例えばD-アロース)を合成している。
【0003】
L-フコース(6-デオキシ-L-ガラクトース)とフコシル化されたオリゴ糖及び多糖は栄養学的及び生物医学的用途の利用可能性が高いため、化学、化粧品及び製薬産業で非常に重要である(Hauber,H.-P.,Schulz,M.,Pforte,A.,Mack,P.,Zabel,P.& Schumacher,U.(2008)Inhalation with fucose and galactose for treatment of Pseudomonas aeroginosa in cyctric fibrosis patients.Int.J.Med.Sci.5,371-376.;Isnard,N.,Bourles-Dagonet F.,Robert,L.& Renard,G.(2005)Studies on corneal wound healing:Effects if fucose on iodine vapor-burnt rabbit corneas.Ophthalmologica 219,324-333;Robert,L.,Fodil-Bourahla,I.,Bizbiz,L.& Robert,A.M.(2004)Effect of L-fucose and fucose-rich polysaccharides on elastin biosynthesis,in vivo and in vitro.Biomed.Pharmacother.58,123-128;Wild,M.K.,Luhn,K.,Marquardt,T.& Vestweber,D.(2002)Leukocyte adhesion deficiency II:therapy and genetic defect.Cells Tissues Organs 172,161-173;Adam,E.C.,Mitchell,B.S.,Schumacher,D.U.,Grant,G.& Schumacher,U.(1997)Pseudomonas aeruginosa II lectin stops human ciliary beating:therapeutic implications of fucose.Am.J.Respir.Care Med.155,2102-2104)。これらは抗炎症性、抗ウイルス性及び抗腫瘍性をもつと共に、プレバイオティクスとして作用することが知られている。L-フコースは老化防止効果があるため、化粧品にも重要である(Isnard,N.,Fodil-Bourathia,I.,Robert A.M.& Robert,L.(2004)Pharmacology of skin aging.Stimulation of glycosaminoglycan biosynthesis by L-fucose and fucose rich polysaccharides,effect of in vitro aging of fibroblasts.Biomed.Pharmacother.58,202-204.)。更に、フコシル化誘導体は抗アレルギー性と乳化性をもつことも知られている。
【0004】
単糖には妥当なコストで大量に自然界から得られるものもある(例えばグルコース、N-アセチルグルコサミン及びフルクトース)が、例えばL-フコース(6-デオキシ-L-ガラクトース)等の大半の単糖はむしろ希少であり、自然界には少量しか認められない。
【0005】
単糖の商業的生産には、ほぼ例外なく自然界から得られたオリゴ糖が原料として使用されている。これらのオリゴ糖を酸加水分解し、遊離された単糖から個々の糖を精製している。単糖は化学的類似性が高い(大半は個々の水酸基の向きが相互に異なるだけである)ため、個々の単糖を純粋な形態で分離するには相当の労力と費用が必要になる。
【0006】
L-フコースはこのような希少糖に相当し、現時点では藻類又は細菌に由来する複雑なオリゴ糖の加水分解により得られている。複雑な加水分解物から個々の単糖を精製するためには、例えば酢酸鉛や過剰量の有機溶媒等の有害な薬品を利用しなければならないことが多い(Schweiger,R.G.(1966)Preparation of α-L-fucosides and L-fucose from fucoidan.米国特許第3,240,775号)。従って、オリゴ糖の複雑な加水分解物から個々の単糖を分離するのは(遊離される個々の単糖の化学的類似性が高いため)難題であり、(炭酸鉛等の毒性の薬品を過剰に使用するため)環境に有害である。また、所定の糖を多く含有するオリゴ糖の入手可能性は自然界ではかなり限られており、季節変化による変動も大きい。L-フコースはこのような希少単糖に相当し、従来ではフコースを含有する多糖の酸加水分解により得られている。フコースはヒバマタ科(Fucaceae)とコンブ科(Laminariaceae)を含む全ての一般的な褐藻類に含まれるフカン一硫酸塩である多糖フコイダンから主に得られる(Black,W.A.P(1954):The seasonal variation in the combined L-fucose content of the common British Laminariaceae and Fucaceae.J.Sci.Food Agric.5,445-448)。ヒバマタ科に属する褐藻類は世界中に分布し、大西洋のヨーロッパ側海岸に多く見られるが、今日、L-フコースは主にこれらの褐藻類の採集により大量に得られている。海岸からの褐藻類の大規模な収穫は環境問題となり、環境保護法により制限されている。
【0007】
例えば、特開2000-351790はフコイダンを抽出し、抽出したフコイダンからフコース含有オリゴ糖を取得・分離する方法を開示している。
【0008】
褐藻類に由来するフコイダンの加水分解以外に、最近では天然に存在するL-フコース含有細菌性多糖の加水分解でもL-フコースを取得できることが特許公開に示されており、WO2012/034996A1はL-フコースを含有する細胞外多糖を産生することが可能な腸内細菌科(Enterobacteriaceae)に属する株を開示している。L-フコースを生産するためには、前記株により産生された多糖を回収し、例えば硫酸又はトリフルオロ酢酸で処理することにより加水分解する。
【0009】
WO2014067696A1は協働して遊離形のL-フコースを合成するグリコシルトランスフェラーゼとグリコシダーゼを併有した組換え微生物を使用することによるL-フコースの生産方法を初めて記載している。この方法は2種類の酵素とアクセプター分子を必要とする。グリコシルトランスフェラーゼはGDP-L-フコースからアクセプターへのフコースの転移を触媒し、例えばラクチュロースに転移させてフコシルラクチュロースを合成する。フコシル化されたアクセプター(例えばフコシルラクチュロース)を次にグリコシダーゼによりアクセプター分子とL-フコースに加水分解する。その後、利用したフコシルトランスフェラーゼによりアクセプターを再びフコシル化できる。その後、培地に移すことにより細胞からL-フコースを遊離させ、上清から回収することができる。このようにしてGDP-フコース経路のフィードバック阻害を容易に解決することができ、有意量(数g/l)の遊離のL-フコースを微生物発酵により取得することができる。
【0010】
多糖又はオリゴ糖加水分解物からL-フコースを抽出する方法以外に、L-アラビノース、D-ガラクトース、L-ラムノース、D-マンノース及びD-グルコース等の他の単糖から出発した複数のL-フコース合成経路が開発されている。Defrayeら(1984)により開発された最も効率的な合成経路では、希少単糖であるL-ラムノースから出発している(Defaye,J.,Gadelle,A.& Angyal,S.(1984)An efficient synthesis of L-fucose and L-(4-H)fucose.Carbohydr.Res.126,165-169)。一般に、これらの化学合成の収率はかなり低く、複数の化学的工程を要することが多い。複数の化学的工程を要することに加え、L-フコースの化学合成には強力な保護基を用いる化学反応を使用する必要がある。一般に、単糖の大規模な化学合成は自然界から採集した多糖からL-フコースを抽出する方法に比較して経済的に実現可能であることが証明されていない。
【0011】
従って、現時点では、単糖を純粋な形態で製造するには目的の単糖から他の単糖を除去するのに多大な労力が必要であり、多くの場合には大量の有機溶媒や他の毒性の薬品が必要である。従って、例えばL-フコース等の単一の所望の単糖のみを蓄積できるならば、極めて有用であろう。しかし、大半の微生物は資化できる単糖の種類が限られている。更に、炭素源として複数の単糖を同時に利用できる場合には所定の単糖を著しく優先することが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】米国特許第3,240,775号明細書
【文献】特開2000-351790号公報
【文献】国際公開第2012/034996号
【文献】国際公開第2014/067696号
【非特許文献】
【0013】
【文献】Hauber,H.-P.,Schulz,M.,Pforte,A.,Mack,P.,Zabel,P.& Schumacher,U.(2008)Inhalation with fucose and galactose for treatment of Pseudomonas aeroginosa in cyctric fibrosis patients.Int.J.Med.Sci.5,371-376
【文献】Isnard,N.,Bourles-Dagonet F.,Robert,L.& Renard,G.(2005)Studies on corneal wound healing:Effects if fucose on iodine vapor-burnt rabbit corneas.Ophthalmologica 219,324-333
【文献】Robert,L.,Fodil-Bourahla,I.,Bizbiz,L.& Robert,A.M.(2004)Effect of L-fucose and fucose-rich polysaccharides on elastin biosynthesis,in vivo and in vitro.Biomed.Pharmacother.58,123-128
【文献】Wild,M.K.,Luhn,K.,Marquardt,T.& Vestweber,D.(2002)Leukocyte adhesion deficiency II:therapy and genetic defect.Cells Tissues Organs 172,161-173
【文献】Adam,E.C.,Mitchell,B.S.,Schumacher,D.U.,Grant,G.& Schumacher,U.(1997)Pseudomonas aeruginosa II lectin stops human ciliary beating:therapeutic implications of fucose.Am.J.Respir.Care Med.155,2102-2104
【文献】Isnard,N.,Fodil-Bourathia,I.,Robert A.M.& Robert,L.(2004)Pharmacology of skin aging.Stimulation of glycosaminoglycan biosynthesis by L-fucose and fucose rich polysaccharides,effect of in vitro aging of fibroblasts.Biomed.Pharmacother.58,202-204
【文献】Black,W.A.P(1954):The seasonal variation in the combined L-fucose content of the common British Laminariaceae and Fucaceae.J.Sci.Food Agric.5,445-448
【文献】Defaye,J.,Gadelle,A.& Angyal,S.(1984)An efficient synthesis of L-fucose and L-(4-2H)fucose.Carbohydr.Res.126,165-169
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記に鑑み、本発明の目的は遊離形の単一の所望の単糖を生産するための新規方法として、前記単糖を迅速且つ効率的に回収できる方法、即ち環境に負の影響を与えることなく、大規模で費用効果が高く回収できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記及び他の目的は微生物を使用して遊離形の目的の単糖を大規模に生産する方法により達成され、前記方法は、
a)ヌクレオチド活性化単糖の加水分解を触媒することができ、前記ヌクレオチド活性化単糖から目的の前記単糖を遊離させる酵素を含む、前記単糖の合成のための微生物を準備する工程と、
b)前記微生物を増殖させるのに適した培地で前記微生物を培養する工程、ここで、前記微生物は前記単糖を有意な程度まで代謝することができず、培養工程中に目的の前記単糖が遊離形で産生され、蓄積する、
を含む。
【0016】
こうして本発明の基本的な目的は完全に解決される。
【0017】
本出願人による上記のような方法は従来記載されておらず、ヌクレオチド活性化単糖を加水分解して遊離の単糖を蓄積する酵素を含有し、発現する微生物を利用するものである。ヌクレオチド活性化糖に対して加水分解活性をもつ酵素は例えばフコシルトランスフェラーゼとすることができ、大腸菌(Escherichiea coli)O126のwbgL遺伝子(アクセッション番号ADN43847)によりコードされるα-1,2-フコシルトランスフェラーゼ又はピロリ菌(Helicobacter pylori)に由来する1,2-フコシルトランスフェラーゼfutC(アクセッション番号AAD29868)の変異体が好ましい。上記の酵素特徴をもつ未改変の微生物も本発明の範囲内で利用することができるが、本発明の1態様によると、前記微生物は組換え微生物であり、ここで、前記組換え微生物はヌクレオチド活性化単糖の加水分解を触媒することが可能な酵素をコードし且つ天然では前記微生物に存在しない少なくとも1種の核酸配列を含有し、発現するように形質転換されている。
【発明の効果】
【0018】
当分野で公知の従来の方法は単糖を供与体基質からアクセプター基質へと転移させる少なくとも1種の酵素を利用し、後続工程でグリコシダーゼにより前記単糖を前記アクセプターから遊離されるが、このような従来の方法とは対照的に、ヌクレオチド活性化糖(即ち単糖)の加水分解を触媒すること、即ち前記ヌクレオチド糖を加水分解することが可能な単一の酵素を使用して前記単糖が遊離される。本発明では後続工程が不要であるため、目的の単糖の生産方法が容易になる。従って、本発明の方法では、ヌクレオチド活性化単糖の加水分解を触媒し、「アクセプターの不在下で」遊離形の前記単糖を遊離させることが可能な酵素を使用する。また、本発明によると、本発明の方法は前記単糖をアクセプター基質から遊離させることが可能なグリコシダーゼを特に使用せずに実施される。
【0019】
本願により新規に提供される方法及び新規に提供される組換え型又は非組換え型の微生物を用いると、薬品や複雑な工程を必要とせずに遊離形の所望の単糖を大量に生産することが可能である。本発明の方法は希少単糖又は他の単糖の工業的な大規模生産で利用するのに適した微生物発酵法に相当し、前記微生物を培養する培地から前記単糖を容易に回収することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本願で使用する「単糖」なる用語は本発明の分野で一般に理解されているように、糖質の最も基本的な単位を意味する。単糖は最も単純な形の糖であり、通常では無色で水溶性の結晶質固体である。単糖の例としては、グルコース、フルクトース、ガラクトース、キシロース、マンノース、フコース、ラムノース及びリボースが挙げられる。単糖はスクロース等の二糖と、セルロースや澱粉等の多糖の構成単位である。本願で使用する「オリゴ糖」なる用語は当分野で一般に理解されている通り、2個以上の単糖を含む糖鎖ポリマーを意味する。
【0021】
「~をコードする核酸配列」なる用語は一般に未改変のRNA又はDNAでも改変型RNA又はDNAでもよいあらゆるポリリボヌクレオチド又はポリデオキシリボヌクレオチドを意味し、一般に所定のポリペプチド又はタンパク質をコードする遺伝子を表す。この用語は限定されないが、1本鎖DNA、2本鎖DNA、1本鎖領域と2本鎖領域の混合物又は1本鎖領域と2本鎖領域と3本鎖領域の混合物であるDNA、1本鎖RNA、2本鎖RNA、1本鎖領域と2本鎖領域の混合物であるRNAを包含し、更に1本鎖領域、又はより一般的には2本鎖領域又は3本鎖領域でもよいし、1本鎖領域と2本鎖領域の混合物でもよいDNAとRNAを含むハイブリッド分子を包含する。この用語は更に、コーディング配列及び/又は非コーディング配列を含んでいてもよい他の領域と共に、(例えば、組込まれたファージ又は挿入配列又は編集を挿入された)ポリペプチドをコードする単一の連続領域又は不連続領域を含むポリヌクレオチドも包含する。
【0022】
この文脈で「ポリペプチド」なる用語はペプチド結合又は改変型ペプチド結合により相互に結合した2個以上のアミノ酸を含むあらゆるペプチド又はタンパク質を意味する。「ポリペプチド」とはペプチド、オリゴペプチド及びオリゴマーと一般に呼ばれる短鎖と、タンパク質と一般に呼ばれる長鎖の両方を意味する。ポリペプチドは20種類の遺伝子によりコードされるアミノ酸以外のアミノ酸を含んでいてもよい。「ポリペプチド」はプロセッシングや他の翻訳後修飾等の自然プロセスだけでなく、化学的修飾技術により修飾されたポリペプチドも含む。当然のことながら、ポリペプチドの活性を本質的に変えない限り、同一種の修飾が所与のポリペプチドの複数の位置に同一程度又は異なる程度で存在していてもよい。また、所与のポリペプチドが多種の修飾を含んでいてもよい。修飾はペプチド主鎖、アミノ酸側鎖及びアミノ末端又はカルボキシル末端を含めてポリペプチドのどの位置でもよい。
【0023】
本発明において、「ヌクレオチド活性化単糖」と共に使用する「ヌクレオチド活性化単糖の加水分解を触媒することが可能な酵素」又は「ヌクレオチド活性化単糖を加水分解することが可能な酵素」なる用語はヌクレオチド活性化単糖に対して触媒活性をもち、加水分解により所望の単糖が遊離される酵素を意味する。これに関連して、「グリコシルトランスフェラーゼ」なる用語はヌクレオチド活性化単糖(「グリコシル基供与体」)からグリコシル基アクセプター分子への単糖分子の転移を触媒する酵素を意味し包含する。本発明において、本発明の方法及び微生物で使用されるグリコシルトランスフェラーゼはアクセプター分子の不在下でヌクレオチド活性化単糖の加水分解を触媒する。本発明の1態様によると、ヌクレオチド活性化糖ヒドロラーゼは細菌性フコシルトランスフェラーゼであると特に好ましく、大腸菌O126のwbgL遺伝子(アクセッション番号ADN43847)によりコードされるα-1,2-フコシルトランスフェラーゼの変異体又はアクセプター分子の不在下でGDP-L-フコースの加水分解を触媒する他のフコシルトランスフェラーゼが好ましい。
【0024】
従って、ヌクレオチド活性化糖ヒドロラーゼ又はヌクレオチド活性化糖ヒドロラーゼをコードする核酸/ポリヌクレオチドなる用語は、GDP-フコース、UDP-ガラクトース、GDP-マンノース、GDP-ラムノース及び他の天然に存在する糖ヌクレオチド等のヌクレオチド活性化型糖の加水分解を触媒する酵素を意味する。このヌクレオチド活性化糖ヒドロラーゼは前記単糖をアクセプター分子へと転移させない又は顕著に転移させないグリコシルトランスフェラーゼであることが好ましい。GDP-L-フコースの場合、ヌクレオチド活性化単糖を加水分解することが可能な酵素はフコシルトランスフェラーゼであり、限定されないが、例えばα-1,2-フコシルトランスフェラーゼである。
【0025】
より具体的には、69位のアスパラギンをセリン、124位のヒスチジンをアラニン、215位のグルタミン酸をグリシン、及び268位のイソロイシンをプロリンにアミノ酸残基置換した大腸菌:126に由来するα-1,2-フコシルトランスフェラーゼWbgL、又はピロリ菌に由来する1,2-フコシルトランスフェラーゼFutC、又はアクセプター分子の不在下でGDP-L-フコースに対して加水分解活性を示す他のフコシルトランスフェラーゼを使用すると好ましい。
【0026】
本発明の範囲内では、大腸菌O126のwbgL遺伝子(アクセッション番号ADN43847)によりコードされるα-1,2-フコシルトランスフェラーゼ又はピロリ菌のfutC(アクセッション番号AAD29868)のアミノ酸配列に対して好ましくは少なくとも約25アミノ酸、50アミノ酸、100アミノ酸、200アミノ酸又は300アミノ酸以上の領域でアミノ酸配列一致度が約60%超、アミノ酸配列一致度が65%、70%、75%、80%、85%、90%、好ましくは91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%又は99%以上であるアミノ酸配列をもつ核酸/ポリヌクレオチド及びポリペプチド多型変異体、対立遺伝子、突然変異体及び種間ホモログもこれらの用語に含まれる。
【0027】
更に、その活性を改変するために、ペプチド配列の付加又は欠失により加水分解酵素のポリペプチドを改変してもよい。例えば、他の酵素活性を付与するために前記酵素ポリペプチドにポリペプチド配列を融合してもよい。
【0028】
更に、ヌクレオチド活性化単糖を加水分解することが可能な酵素をコードする遺伝子を改変し、遺伝子産物が機能的に等価の遺伝子産物に相当するタンパク質又はポリペプチドを含むようにしてもよい。このような等価のヒドロラーゼ遺伝子産物は上記ヒドロラーゼ遺伝子配列によりコードされるアミノ酸配列内にサイレントな変異をもたらすアミノ酸残基の欠失、付加又は置換を含んでいてもよく、こうしてヌクレオチド活性化単糖を加水分解することが可能な酵素をコードする機能的に等価の遺伝子産物となる。アミノ酸置換は置換する残基の極性、電荷、溶解度、疎水性、親水性及び/又は両親媒性の類似性に基づいて行うことができる。例えば、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファン及びメチオニンが挙げられ、平面性の中性アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン及びグルタミンが挙げられ、正電荷をもつ(塩基性)アミノ酸としては、アルギニン、リジン及びヒスチジンが挙げられ、負電荷をもつ(酸性)アミノ酸としては、アスパラギン酸とグルタミン酸が挙げられる。
【0029】
本発明の文脈内において、本願で使用する「機能的に等価」とは、限定されないが、抗原性(即ちヌクレオチド抗活性化糖ヒドロラーゼ抗体と結合する能力)、免疫原性(即ちヌクレオチド活性化単糖ヒドロラーゼタンパク質又はポリペプチドと結合することが可能な抗体を産生する能力)及び酵素活性を含む多数の基準のいずれかにより判断した場合に、上記ヒドロラーゼ遺伝子配列によりコードされる内在性ヒドロラーゼ遺伝子産物と実質的に同様のインビボヒドロラーゼ活性をヌクレオチド活性化糖に対して示すことが可能なポリペプチドを意味する。従って、本発明は具体的に開示するものと機能的に等価な酵素も含む。
【0030】
また、本発明から当業者に容易に理解される通り、本願に記載する酵素の加水分解活性の増加に繋がるものであれば、本願に開示する酵素の如何なる改変も本発明の方法及び微生物の範囲内で使用することができる。従って、未改変のものに比較して加水分解活性の増加を示すこのような改変型酵素も本発明に含まれる。
【0031】
翻訳中又は翻訳後に区別可能に改変されたヌクレオチド活性化糖ヒドロラーゼタンパク質、ポリペプチド及び誘導体(断片を含む)も本発明の範囲内に含まれる。更に、非古典的アミノ酸又は化学的アミノ酸類似体を置換又は付加として前記酵素ポリペプチド配列に導入することもできる。
【0032】
本発明の方法の好ましい実施形態によると、前記酵素はwbgL遺伝子によりコードされる2-フコシルトランスフェラーゼの変異体又はピロリ菌に由来するfutC遺伝子によりコードされる1,2-フコシルトランスフェラーゼの変異体であり、前記変異体は夫々wbgL遺伝子によりコードされる野生型2-フコシルトランスフェラーゼ又はfutC遺伝子によりコードされる野生型1,2-フコシルトランスフェラーゼと比較して少なくとも1カ所、好ましくは少なくとも2カ所、より好ましくは3カ所以上に変異があり、前記変異が前記酵素の加水分解活性の増加をもたらす。
【0033】
ヌクレオチド活性化糖を加水分解することが可能な酵素は当分野で周知の技術を使用する組換えDNA技術により作製することができる。当業者に周知の方法を使用し、酵素コーディング配列と、ヌクレオチド活性化糖の加水分解を触媒する酵素の合成を可能にする適切な転写翻訳制御シグナルを含む発現ベクターを構築することができる。これらの方法としては、例えばインビトロ組換えDNA技術、合成技術及びインビボ遺伝子組換えが挙げられる。例えば、Sambrook,J.and Russell D.W.(1989)Molecular Cloning:A Laboratory Manual,2nd Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,N.Y.に記載されている技術を参照されたい。
【0034】
本発明の方法の1実施形態によると、前記少なくとも1カ所の変異はアミノ酸置換である。別の実施形態によると、前記変異は少なくとも1カ所、2カ所又は3カ所以上、特に3カ所、4カ所、5カ所、6カ所、7カ所、8カ所、9カ所又は10カ所のアミノ酸置換であり、ヌクレオチド活性化単糖を加水分解することが可能な酵素は改変後に未改変の野生型酵素に比較してヌクレオチド活性化単糖に対する加水分解活性が増加する。
【0035】
1実施形態によると、69位のアスパラギンをセリン、124位のヒスチジンをアラニン、215位のグルタミン酸をグリシン、及び268位のイソロイシンをプロリンにアミノ酸残基置換した大腸菌:126に由来するα-1,2-フコシルトランスフェラーゼWbgL、又はピロリ菌に由来する1,2-フコシルトランスフェラーゼFutC、又はアクセプター分子の不在下でGDP-L-フコースに対して加水分解活性を示す他のフコシルトランスフェラーゼを使用すると好ましい。
【0036】
本発明の開示から当業者に自明の通り、改変後の酵素が未改変の野生型酵素に比較してヌクレオチド活性化単糖に対する加水分解活性を増加する限り、上記に具体的に記載したような特定の置換だけでなく、これらの具体的に記載した酵素の他の変異、特に他の置換も本発明に含まれる。適切であると考えられる他の置換についても上記により一般的に記載したが、これらも本願に適用される。
【0037】
本願において、及び本発明の全体を通して、「組換え」とはある種に由来する遺伝子を別の種の宿主微生物の細胞に移植又はスプライシングすることにより作製される遺伝子組換えDNAを意味する。このようなDNAは宿主の遺伝子構造の一部となり、複製される。
【0038】
本願において「微生物」とは本発明の方法で利用するのに適した単細胞、細胞クラスター又は比較的複雑な多細胞生物を含むあらゆる顕微鏡的大きさの生物を意味・包含し、特に細菌と酵母が挙げられる。本発明により利用されるような微生物は液体培地で培養することができ、増殖・複製させるためには一般に培地に炭素源が必要である。
【0039】
従って、「組換え宿主微生物」とは、グリコシルトランスフェラーゼもしくはヌクレオチド活性化糖ヒドロラーゼをコードする核酸配列又はフコシルトランスフェラーゼもしくはGDP-L-フコースヒドロラーゼをコードする核酸配列を含むあらゆる微生物を意味するものであり、これらの酵素をコードする前記核酸配列は組換え(宿主)細胞に外来性である/天然では存在しない核酸配列であり、前記微生物に外来性である/天然では存在しない配列が宿主微生物細胞のゲノムに組込まれている。従って、「天然に存在しない」とは、前記核酸配列が前記宿主微生物細胞に対して外来性であること、即ち前記核酸配列が前記微生物宿主細胞に対して異種であることを意味する。前記異種配列は例えばトランスフェクション、形質転換又は形質導入により前記宿主微生物細胞のゲノムに安定的に導入することができ、前記配列を導入しようとする宿主細胞に応じた技術を適用することができる。種々の技術が当業者に公知であり、例えばSambrook et al.,1989,前出に開示されている。こうして、異種配列を導入された宿主細胞は本発明の核酸配列によりコードされる異種タンパク質を産生する。
【0040】
組換え生産のためには、発現システム又はその部分と本発明の核酸配列を組込むように宿主細胞を遺伝子操作することができる。宿主微生物細胞への核酸配列の導入はDavis et al.,Basic Methods in Molecular Biology,(1986)やSambrook et al.,1989,前出等の多くの標準実験室マニュアルに記載されている方法により実施することができる。
【0041】
こうして、例えば宿主微生物細胞に安定的に形質転換/トランスフェクトするベクターに本発明の核酸配列を担持させることができる。
【0042】
本発明のポリペプチドを産生させるには非常に多様な発現システムを使用することができる。このようなベクターとしては、特に染色体、エピソーム及びウイルス由来ベクターが挙げられ、例えば細菌プラスミド由来ベクター、バクテリオファージ由来ベクター、トランスポゾン由来ベクター、酵母エピソーム由来ベクター、挿入成分由来ベクター、酵母染色体成分由来ベクター、ウイルス由来ベクター、及びその組合わせに由来するベクター、例えばプラスミドとバクテリオファージの遺伝子成分(例えばコスミドとファージミド)に由来するベクターが挙げられる。発現システム構築物は発現を調節・誘発する制御領域を含むことができる。一般に、この関連では、ポリヌクレオチドを維持、増殖又は発現させ、ポリペプチドを宿主で合成するのに適したあらゆるシステム又はベクターを発現用に使用することができる。例えばSambrook et al.,前出に記載されているもの等の種々の周知の日常的な技術のいずれかにより、適切なDNA配列を発現システムに挿入することができる。
【0043】
本願で使用する「回収」なる用語は本発明の微生物により産生された単糖を微生物培養液から単離、採取、採集又は他の方法で分離することを意味する。
【0044】
本発明の方法の好ましい実施形態によると、前記微生物は産生された単糖の分解をもたらす異化経路を不活性化又は大きく減少又は欠損するように更に改変されている。
【0045】
更に別の実施形態によると、前記微生物はL-フコースの異化に関与する遺伝子を不活性化又は大きく減少又は欠損するように更に改変されている。
【0046】
別の実施形態によると、前記微生物は前記ヌクレオチド活性化単糖の生合成に関与する少なくとも1種の遺伝子を過剰発現し、前記単糖のヌクレオチド活性化単糖の供給を改善するように更に改変されている。この関連では、前記少なくとも1種の遺伝子が異種又は同種であると好ましい。
【0047】
本発明の方法の別の実施形態によると、GDP-フコース、GDP-マンノース又はGDP-ラムノースの生合成に関与する少なくとも1種の遺伝子が過剰発現され、夫々GDP-フコース、GDP-マンノース又はGDP-ラムノースの供給を改善する。この関連では、前記少なくとも1種の遺伝子が異種又は同種であると好ましい。
【0048】
本発明の方法の別の実施形態によると、前記微生物は前記ヌクレオチド活性化単糖の競合経路を不活性化又は減少するように更に改変されている。
【0049】
本発明の方法の別の実施形態によると、前記単糖を前記酵素によりリン酸化形態で遊離される場合には、前記微生物はホスファターゼを発現するように更に改変されている。
【0050】
本発明の全体を通して、生産する遊離の単糖はL-フコース、L-ラムノース又はL-マンノースから選択すると特に好ましい。
【0051】
好ましい実施形態では、グリセロール、スクロース、酢酸塩、グルコース、フルクトース、糖蜜、ラクトース、キシロース、セルロース、合成ガス、二酸化炭素又は一酸化炭素から選択される炭素源を含有する培地で前記微生物を培養する。この文脈では、当然のことながら、好ましくは低コストの他のあらゆる発酵基質を炭素源として利用することができ、当業者は所望の単糖を大規模に生産するように前記微生物を増殖させるために本発明の範囲内で適切な炭素源を容易に利用することができよう。
【0052】
本発明の1態様によると、前記微生物(例えば組換え微生物)の培養工程中に前記培地に炭素源を絶えず添加する。
【0053】
培養工程中に炭素源を絶えず添加することにより、前記単糖の安定した有効な生産が実現される。
【0054】
本発明の別の態様によると、前記単糖は培養した組換え宿主微生物の上清から回収され、前記上清は培養した宿主微生物を遠心して上清と宿主微生物ペレットとすることにより得られる。
【0055】
本願により新規に提供される方法によると、微生物細胞中で産生される単糖を培地に移すので、前記微生物の細胞が培養培地から分離されると、上清から単糖を無理なく回収することが可能になり、従って、宿主微生物を培養する培地から産生された単糖を回収することが可能である。
【0056】
所望の単糖の合成中に前記微生物で産生される可能性のある他の単糖又はオリゴ糖のうち、前記所望の単糖の回収/精製工程を阻害/妨害する単糖又はオリゴ糖は前記微生物により代謝させることができるため、前記所望の単糖の回収工程は更に改善・助長される。従って、本発明の方法の最後に外部から糖代謝酵素を培地に添加/供給してもよい。こうすると、望ましくない糖は蓄積することができず、所望の単糖の回収を妨害しない。望ましくない妨害性の単糖を代謝させるためには、代謝経路又は酵素をコードする遺伝子を前記微生物で発現させることができ、産生させようとする単糖に応じて制御解除/活性化又は供給するのに適した他の経路又は酵素は本発明の読了後に当業者に容易に理解されよう。
【0057】
本発明の別の態様によると、本発明の方法は、
a)微生物を増殖させるのに適した培地に、前記微生物に天然では存在しないヌクレオチド活性化単糖の加水分解を触媒する酵素をコードする核酸配列を含むように形質転換されており、産生させようとする単糖を有意量で代謝することができない組換え宿主微生物を提供する工程と、
b)前記組換え宿主微生物を前記培地で培養することにより、前記単糖を遊離形で産生させる工程と、
c)前記遊離の単糖を前記培地から回収する工程を含む。
【0058】
即ち、先述の各段落に記載したような方法は更に前記培地から前記遊離の単糖を回収する工程を含む。
【0059】
本発明の別の態様によると、微生物が開示及び請求される。
【0060】
方法に関連して特定の用語について上記に使用及び記載した定義は前記方法中に言及する組換え微生物にも適用される。
【0061】
好ましい実施形態によると、本発明の方法で使用及び言及される微生物はその加水分解により所望の単糖を取得できるヌクレオチド活性化糖を合成することが可能な細菌又は酵母株から選択される。細菌として大腸菌(Escherichia coii)、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、酵母としてサッカロミセス(Saccharomyces)属は実験室環境で容易且つ廉価に増殖させることができ、これらの細菌と酵母は多年にわたりよく研究されているという利点がある。
【0062】
従って、好ましい実施形態において、本発明の方法で使用及び言及される宿主微生物は細菌と酵母から構成される群から選択され、大腸菌株が好ましい。
【0063】
本発明の1実施形態では、所望の単糖の代謝に関与する酵素をコードする遺伝子(所望の単糖がL-フコースである場合には、L-フクロースキナーゼ、L-フコースイソメラーゼ、フクロース-1-リン酸アルドラーゼ及びUDP-グルコース:ウンデカプレニルリン酸グルコースホスホトランスフェラーゼをコードする遺伝子)を欠損するように前記組換え宿主微生物を更に改変すると更に好ましい。更に、好ましい実施形態によると、前記ヌクレオチド活性化単糖を多糖の合成用基質として使用するグリコシルトランスフェラーゼ遺伝子(例えばフコシルトランスフェラーゼ又はコラン酸等のフコシル化オリゴ糖の合成に関与する酵素)を欠損させる。
【0064】
更に、ヌクレオチド活性化型糖の合成を改善する遺伝子が過剰発現されることが好ましい。GDP-L-フコースの場合には、大腸菌に由来するホスホマンノムターゼ(manB)、マンノース-1-リン酸グアノシルトランスフェラーゼ(manC)、GDP-マンノース-4,6-デヒドラターゼ(gmd)及びGDP-L-フコースシンターゼ(wcaG)をコードする遺伝子又は他の生物に由来する適切な遺伝子が夫々の微生物で過剰発現される。
【0065】
この実施形態は産生された単糖L-フコースの細胞内分解とコラン酸の産生を防ぐと共に、GDP-L-フコースの合成が改善するという利点がある。
【0066】
別の好ましい実施形態では、前記組換え宿主微生物がスクロース又はグリセロールを単独炭素源として増殖できるようにする遺伝子を含むように前記組換え宿主微生物を更に形質転換させ、大腸菌W株(アクセッション番号CP0021851)の遺伝子スクロースペルメアーゼ、フルクトキナーゼ、スクロースヒドロラーゼ及び転写リプレッサー(夫々遺伝子cscB、cscK、cscA及びcscR)を含むcsc遺伝子クラスターを宿主微生物のゲノムに組込むと特に好ましく、形質転換後の微生物はスクロースを単独炭素源として増殖できるようになる。
【0067】
これに関連して、本発明の方法に好ましいものとして挙げた実施形態は適用可能であるならば、請求する微生物にも全て適用されることに留意されたい。
【0068】
従って、本発明はヌクレオチド活性化単糖の加水分解を触媒する酵素を有する微生物の使用にも関し、前記微生物は前記単糖を代謝することができず、本発明は更に単糖、特にL-フコースの生産用としての本発明の組換え微生物の使用にも関する。
【0069】
なお、本発明の方法の所定の用語を説明するために上述した定義は請求項及び明細書に記載するような組換え型又は未改変の前記微生物にも適用される。
【0070】
あるいは、本発明の単糖生産方法は本発明の酵素と適切な基質を水性反応媒質中で混合する無細胞システムにも適用できる。酵素は溶液に遊離した状態で利用することもできるし、ポリマー等の担体に結合又は固定化し、基質を担体に添加してもよい。担体は例えばカラムに充填してもよい。
【0071】
特に、本発明は組換え大腸菌株を組換え宿主微生物として使用する方法に関し、前記組換え大腸菌株はL-フコースイソメラーゼ遺伝子、L-フクロースキナーゼ遺伝子及びUDP-グルコース:ウンデカプレニルリン酸グルコースホスホトランスフェラーゼを欠損しており、前記組換え大腸菌株は、a)前記大腸菌株がスクロース又はグリセロールを単独炭素源として増殖できるように、夫々スクロースペルメアーゼ、フルクトキナーゼ、スクロースヒドロラーゼ及び転写リプレッサーをコードする遺伝子と、b)大腸菌又は他の生物に由来するホスホマンノムターゼ、マンノース-1-リン酸グアノシルトランスフェラーゼ、GDP-マンノース-4,6-デヒドラターゼ及びGDP-L-フコースシンターゼをコードする遺伝子と、c)ヌクレオチド活性化単糖の加水分解を触媒する酵素(例えばアクセプター分子の不在下でGDP-L-フコースを加水分解するフコシルトランスフェラーゼ)をコードする遺伝子を含むように形質転換されている。その他の利点については、以下の実施形態に関する記載と添付図面から理解されよう。
【0072】
当然のことながら、本発明の範囲から逸脱しない限り、上記特徴及び以下に説明する特徴は夫々具体的に記載する組合わせだけでなく、他の組合わせで使用することもできるし、単独で使用することもできる。同様に当然のことながら、従属項に記載する個々の特徴を本発明の範囲内で別のように相互に組合わせることもでき、従って、本発明は従属項の特徴の他のあらゆる可能な組合わせを含む他の実施形態も具体的に対象としているとみなすべきである。
【0073】
本発明の数種の実施形態を図面に示し、以下の記載でより詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0074】
図1】エラープローンPCRによるwbgLのランダム突然変異誘発後のpDEST:wbgLライブラリーを含む産生用大腸菌BL21(DE3)株の培養上清における遊離L-フコースの検出。pDEST:wbgL(エラープローン)クローンを保持する産生用大腸菌BL21(DE3)株に由来する培養液の上清を比色法によるL-フコースデヒドロゲナーゼアッセイに供した(アッセイの説明については、後記段落[0089]参照)。「WT」と記したウェルには、未改変のwbgL遺伝子を発現する産生用大腸菌BL21(DE3)株pDEST:wbgL培養液の上清を加えた。「D1」及び「H2」と記したウェルには、WbgL変異体(H124A,E215G)及びWbgL(N69S,I268P)を合成するクローン(夫々クローンD1及びクローンH2)に由来する培養上清を加えた。
図2】pDEST:wbgL(H124A,E215G)(クローンD1)及びpDEST:wbgL(N69S,I268P)(クローンH2)を保持する産生用大腸菌BL21(DE3)株の培養上清のLC-MS/MS分析。クローンD1及びクローンH2により夫々4.3g/Lと2.5g/LのL-フコースが産生された。
図3】GDP-L-フコースヒドロラーゼ活性によりGDP-L-フコースから遊離されるL-フコースの検出。5mM GDP-L-フコースを含有するインビトロGDP-L-フコースヒドロラーゼアッセイ反応液に大腸菌BL21(DE3)pDEST:futC及び大腸菌BL21(DE3)pDEST:wbgL(H124A,E215G)の細胞溶解液を加えた。比色法によるL-フコースデヒドロゲナーゼアッセイで遊離のL-フコースを検出した(アッセイの説明については、後記段落[0089]参照)。ウェル1のアッセイ反応液にはFutC0.27単位を加え、ウェル2にはWbgL(H124A,E215G)0.32単位を加えた。GDP-L-フコースの安定性を確認するために、ウシ血清アルブミンを使用したアッセイも実施した(ウェル3)。
図4A-1】<Ptet-manCB-PT5-gmd,wcaG-dhfr>(配列番号1)(A)の配列を示す。
図4A-2】<Ptet-manCB-PT5-gmd,wcaG-dhfr>(配列番号1)(A)の配列を示す。
図4A-3】<Ptet-manCB-PT5-gmd,wcaG-dhfr>(配列番号1)(A)の配列を示す。
図4B-1】<cscB-cscK-cscA-cscR>(配列番号2)(B)の配列を示す。
図4B-2】<cscB-cscK-cscA-cscR>(配列番号2)(B)の配列を示す。
図4B-3】<cscB-cscK-cscA-cscR>(配列番号2)(B)の配列を示す。
図4C】<wbgL>(配列番号3)(C)の配列を示す。
図4D】<futC>(配列番号4)(D)の配列を示す。
【実施例
【0075】
フコース産生大腸菌株の構築
大腸菌(Escherichiea coli)BL21(DE3)(Novagen,Darmstadt,ドイツ)を使用して遺伝子操作し、フコース産生株を構築した。フコースはGDP-L-フコースの加水分解により産生されるので、大腸菌K12 DH5αに由来するホスホマンノムターゼ(manB)、マンノース-1-リン酸グアノシルトランスフェラーゼ(manC)、GDP-マンノース-4,6-デヒドラターゼ(gmd)及びGDP-L-フコースシンターゼ(wcaG)をコードする遺伝子のゲノム組込みと過剰発現によりGDP-L-フコースの合成を亢進させる。オペロンmanC-manBをPtetプロモーターの転写制御下におき、オペロンgmd-wcaGをPT5プロモーターから発現させる。遺伝子クラスター<Ptet-manCB-PT5-gmd,wcaG-dhfr>(配列番号1;図4A)は更にトリメトプリム耐性を成分に付与するジヒドロ葉酸レダクターゼをコードするdhfr遺伝子を含む。クラスターを転位により大腸菌BL21(DE3)ゲノムに組込むために、marinerファミリー転位因子Himar1により特異的に認識される逆向きの反復配列をクラスターの両末端に付加する。更に、大腸菌W株のcsc遺伝子クラスターを宿主生物のゲノムに導入した。この遺伝子クラスターはスクロースペルメアーゼ(cscB)、フルクトキナーゼ(cscK)、スクロースヒドロラーゼ(cscA)及び転写リプレッサー(cscR)の遺伝子を含む。Himar1に特異的な逆向きの反復配列をクラスター<cscB-cscK-cscA-cscR>(配列番号2;図4B)の両末端に付加してHimar1転位により組込みを実施し、スクロースを単独炭素源として増殖する能力を宿主生物に付与する(Choi,K.-H.and Kim,K.-J.(2009)Applications of transposon-based gene delivery system in bacteria.J.Microbiol.Biotechnol.19,217-228)。
【0076】
コラン酸の形成によるGDP-L-フコース減少を防ぐために、UDP-グルコース:ウンデカプレニルリン酸グルコース-1-リン酸トランスフェラーゼをコードすると予測される遺伝子wcaJをDatsenko and Warnerの方法(Datsenko,K.A.and Warner B.L.(2000)One-step inactivation of chromosomal genes in Escherichia coli K-12 using PCR products.Proc.Natl.Acad.Sci.USA 97,6640-6645)に従って大腸菌BL21(DE3)ゲノムから欠損させた。UDP-グルコース:ウンデカプレニルリン酸グルコース-1-リン酸トランスフェラーゼはコラン酸合成の第1段階を触媒する(Stevenson,G.,Andrianopoulos,K.,Hobbs,M.and Reeves,P.R.(1996)Organization of the Escherichia coli K-12 gene cluster responsible for production of the extracellular polysaccharide colonic acid.J.Bacteriol.178,4885-4893)。更に、夫々フコースイソメラーゼとフクロースキナーゼをコードするフコース異化経路の遺伝子fucI及びfucKをゲノムノックアウトにより不活性化させ、L-フコースの分解を減少させた。
【0077】
2-フコシルトランスフェラーゼ遺伝子wbgL及びfutCのクローニングとwbgLの突然変異誘発
大腸菌O126に由来する2-フコシルトランスフェラーゼ遺伝子wbgL(アクセッション番号AND43847)(配列番号3;図4C)のコドン最適化と合成をGenScript社(Piscataway,米国)に委託した。また、ピロリ菌(Helicobacter pylori)に由来する1,2-フコシルトランスフェラーゼをコードするfutC遺伝子(アクセッション番号AAD29868)(配列番号4;図4D)も合成し、大腸菌での発現に適合するようにコドン最適化した。ベクターpDEST14にクローニングするために、夫々wbgLにはプライマー6128(配列番号5)及び6129(配列番号6)を使用し、futCにはプライマー6195(配列番号7)及び6196(配列番号8)を使用してこれらの遺伝子を増幅した(プライマー配列については、下表1参照)。
【0078】
【表1】
【0079】
プライマー6128及び6129を使用すると共に、Diversify(R)PCRランダム突然変異誘発キット(Clonetech,Mountain View,米国)を製造業者の指示に従って使用してエラープローンPCRを数ラウンド繰返すことによりwbgL遺伝子に突然変異を導入した。エラープローンPCR産物を精製してベクターpDEST14にクローニングし、pDEST:wbgL(エラープローン)を得た。ベクターpDEST14へのクローニングは一般にGateway技術(Gateway(R)Technologyマニュアル(Life Technologies,Carlsbad,米国))を使用して実施した。LGC Genomics(Berlin,ドイツ)に委託してプラスミドの配列決定を行った。組換えプラスミドをエレクトロポレーションにより適切な大腸菌宿主に形質転換した。
【0080】
増殖培地及び細胞培養
炭素源として1%(v/v)グリセロールと1%(v/v)スクロースを含有する無機塩培地でpDEST:wbgL(エラープローン)プラスミドライブラリーを保持する産生用大腸菌BL21(DE3)株を増殖させた。培地はNHPO 2g/L、KHPO 7g/L、KOH 2g/L、クエン酸0.3g/L、MgSO・7HO 0.98g/L、及びCaCl・6HO 0.02g/Lから構成される。これに1リットル当たり1ミリリットルの微量元素溶液(クエン酸鉄アンモニウム54.4g/L、MnCl・4HO 9.8g/L、CoCl・6HO 1.6g/L、CuCl・2HO 1g/L、HBO 1.9g/L、ZnSO・7HO 9g/L、NaMoO・2HO 1.1g/L、NaSeO 1.5g/L、NiSO・6HO 1.5g/L)を添加する。選択のために、トリメトプリム10μg/mLとアンピシリン100μg/mLを加えた。96ウェルマイクロタイタープレートで細胞を24時間30℃にて振盪下に増殖させた。0.3mM IPTGを添加した新鮮なHEPES緩衝液(100mM)培地400μlを入れた96ウェルプレートに予備培養液50μlを移し、pDESTにおけるwbgL遺伝子の発現を誘導した。誘導した培養液を2日間30℃にて振盪下に増殖させた。細胞を遠心により沈降させ、遊離L-フコースの検出に上清を使用した。
【0081】
夫々pDEST:wbgL(H124A,E215G)及びpDEST:futCを含む大腸菌BL21(DE3)を2YTブロス(Sambrook,J.and Russell D.W.(1989)Molecular Cloning:A Laboratory Manual,2nd Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,N.Y.)で30℃にてアンピシリン100μg/mLの存在下にOD600nmが0.3になるまで増殖させた。0.3mM IPTGの添加によりwbgL(H124A,E215G)とfutCの転写を誘導した。誘導から20時間後に細胞を遠心により回収した。細胞をインビトロGDP-L-フコースヒドロラーゼ活性の分析に使用した。
【0082】
遊離L-フコースとインビトロGDP-L-フコースヒドロラーゼ活性を検出するための酵素アッセイ
L-フコースからL-フコノ-1,5-ラクトンへのNADP依存性変換を触媒するシュードモナス(Pseudomonas)属No.1143に由来するL-フコースデヒドロゲナーゼ(FuDH)(アクセッション番号D32042)を使用して比色アッセイで遊離のL-フコースを測定した。この比色アッセイでは、フェナジンメトサルフェートの共存下でニトロブルーテトラゾリウムをNADPHにより青紫色のホルマザンへと還元する。ホルマザンの形成を571nmでモニターする。(Mayer,K.M.and Arnold,F.H.(2002)A Colorimetric Assay to Quantify Dehydrogenase Activity in Crude Cell Lysates.J.Biomol.Screen.7,135-140)。
【0083】
シュードモナス属No.1143に由来するfuDH遺伝子が大腸菌BL21(DE3)で過剰発現される。Ni Sepharose(TM)6 Fast Flowカラム(GE Healthcare,Pollards Wood,英国)を使用して固定化金属アフィニティークロマトグラフィーにより粗抽出液からN末端His6タグを含む組換えFuDHタンパク質を精製した。
【0084】
pDEST:wbgL(エラープローン)を保持するフコース産生用大腸菌BL21(DE3)株の培養液における遊離のL-フコースを検出するために、反応液200μl当たりの量が0.13%(w/v)ゼラチンを添加した50mM Tris(pH8.0)中に0.8mM NADPH、0.3mMニトロブルーテトラゾリウム、0.03mMフェナジンメトサルフェート及びHis6-FuDH 4.7単位からなる試薬溶液150μlと、細胞培養液上清50μlとなるようにL-フコースデヒドロゲナーゼアッセイ反応液を調製した(全薬品はSigma Aldrich,St.Louis,米国から購入した)。室温で10分間インキュベーション後に571nmにて青紫色のホルマザンの形成を測定した。
【0085】
大腸菌BL21(DE3)pDEST:wbgL(H124A,E215G)と大腸菌BL21(DE3)pDEST:futCの細胞溶解液におけるGDP-L-フコースヒドロラーゼ活性を検出するために、5mM MnClを添加した50mM HEPES緩衝液(pH7.5)に細胞を再懸濁し、ガラスビーズとMini-Beadbeater(BioSpec Products,Bartlesville,米国)を使用して破砕した。GDP-L-フコースヒドロラーゼアッセイ反応液中でL-フコースをGDP-L-フコースから切断した。ヒドロラーゼアッセイ反応液は200μl当たりの量が、5mM MnClを添加した50mM HEPES緩衝液(pH7.5)中に100mM GDP-L-フコース(Sigma Aldrich,St.Louis,米国)を含有する試薬12.5μlと、無細胞抽出液50μlとなるようにした。
【0086】
GDP-L-フコースの安定性を検証するために、粗抽出液の代わりにウシ血清アルブミン(30mg/mL)50μlを使用したヒドロラーゼアッセイも実施した。市販色素溶液(Roti-Quant(R),Carl Roth,Karlsruhe,ドイツ)を使用してブラッドフォード法によりタンパク質濃度を推定した。30℃で1時間インキュベーション後に、95℃まで10分間加熱してGDP-L-フコースアッセイ反応液中の酵素を不活性化させた。GDP-L-フコースヒドロラーゼアッセイ反応混合液50μlを使用し、L-フコースデヒドロゲナーゼアッセイを使用して遊離のL-フコースを検出した。このアッセイ反応液は上記のように調製し、室温で24時間インキュベートした。
【0087】
LC-MS/MS分析
LCトリプル四重極型MS検出システム(Shimadzu LC-MS 8050)(島津製作所,京都)を使用してMRM(multiple reaction monitoring:多重反応モニタリング)により質量分析を行った。四重極1で前駆体イオンを選択・分析し、コリジョンセルでアルゴンをCIDガスとして使用して断片化を行い、四重極3でフラグメントイオンの選択を行う。
【0088】
培養上清とインビトロアッセイからの反応混合液を夫々10μg/mLマルトトリオース水溶液(LC/MSグレード)で100倍に希釈後に、XBridge Amide HPLCカラム(3.5μm,2.1×50mm)(Waters,米国)とXBridge Amideガードカートリッジ(3.5μm,2.1×10mm)(Waters,米国)を使用してフコースとマルトトリオースのクロマトグラフィー分離を行った。HPLCシステムはShimadzu Nexera X2 SIL-30ACMPオートサンプラーを8℃で運転し、Shimadzu LC-20AD送液ポンプを使用すると共に、Shimadzu CTO-20ACカラムオーブン(島津製作所,京都)を30℃で運転した。移動相はアセトニトリル:HO(62:38%(v/v))に10mM酢酸アンモニウムを添加した。1μlのサンプルを機器に注入し、流速300μl/minで3分間送液した。L-フコースと(正規化用の内部標準として加えた)マルトトリオースをESI負イオン化モードでMRMにより分析した。質量分析計はユニット分解能で運転した。フコースはm/z163.2[M-H]のイオンを形成し、マルトトリオースはm/z503.2[M-H]のイオンを形成する。L-フコースの前駆体イオンをコリジョンセルで更に断片化し、m/z88.9、m/z70.8及びm/z58.9のフラグメントイオンとした。マルトトリオースの分子イオン(m/z503.2)をm/z341.1、m/z161.05及びm/z100.9に断片化した。コリジョンエネルギー、Q1及びQ3 Pre Biasは分析物毎に個々に最適化した。
【0089】
結果
フコシルトランスフェラーゼ遺伝子を発現する産生用大腸菌BL21(DE3)株による遊離L-フコースの合成
大腸菌BL21(DE3)におけるGDP-L-フコース合成を亢進させるために、ホスホマンノムターゼ、マンノース-1-リン酸グアノシルトランスフェラーゼ、GDP-マンノース-4,6-デヒドラターゼ及びGDP-L-フコースシンターゼをコードする異種遺伝子をゲノムに組込み、過剰発現された。更に、スクロースでの増殖能をBL21(DE3)株に付与するために、大腸菌W株に由来するスクロースペルメアーゼ、フルクトキナーゼ、スクロースヒドロラーゼ及び転写リプレッサーをコードするcsc遺伝子クラスターをゲノムに組込んだ。
【0090】
2-フコシルトランスフェラーゼWbgLは供与体分子であるGDP-L-フコースからアクセプターであるオリゴ糖へのL-フコースの転移を触媒する。一方、pDEST:wbgLを保持する産生用大腸菌BL21(DE3)株を適切な培地で増殖させると、アクセプター分子の不在下で細菌培養液の上清中に遊離のL-フコースを検出することができた。遊離のL-フコースはWbgLのGDP-L-フコースヒドロラーゼ活性によりGDP-フコースから遊離される。
【0091】
WbgLのGDP-L-フコースヒドロラーゼ活性を更に改善するために、エラープローンPCRを使用してwbgL遺伝子をランダム突然変異誘発させた。pDEST:wbgL(エラープローン)クローンを保持する産生用大腸菌BL21(DE3)株約5000株のライブラリーをGDP-L-フコースヒドロラーゼ活性の改善について試験した。L-フコースデヒドロゲナーゼアッセイを使用して培養上清の分析により判定した場合に、2種類のクローン(クローンD1及びH2)が遊離L-フコースの産生増加を示した(図1)。これらの2種類のクローンの各々のWbgL配列には2カ所のアミノ酸置換が認められた。クローンD1のWbgL変異体は124位のヒスチジンからアラニン及び215位のグルタミン酸からグリシンへのアミノ酸置換を含んでおり、クローンH2のWbgL変異体では69位のアスパラギン残基がセリンに置換し、268位のイソロイシンがプロリンに置換していた。
【0092】
プラスミドpDEST:wbgL、pDEST:wbgL(H124A,E215G)D1及びpDEST:wbgL(N69S,I268P)H2を保持する産生用大腸菌BL21(DE3)株の上清を更にLC-MS/MS分析に供した。各サンプルでMRM分析によりL-フコースが確認された。正規化用の内部標準としてマルトトリオースを使用して遊離のL-フコースの量を定量した。野生型wbgL遺伝子を発現する株では、培養上清中に0.12g/LのL-フコースが測定された。WbgL変異体(H124A,E215G)及び(N69S,I268P)の加水分解活性は明らかに増加していた。クローンD1及びH2は夫々0.43g/Lと0.25g/LのL-フコースを産生した(図2)。
【0093】
フコシルトランスフェラーゼ遺伝子を発現する微生物の細胞溶解液におけるGDP-L-フコースヒドロラーゼ活性の検出
転写インデューサーIPTGの存在下で増殖させた大腸菌BL21(DE3)pDEST:wbgL(H124A,E215G)及び大腸菌BL21(DE3)pDEST:futCの無細胞抽出液におけるGDP-L-フコースヒドロラーゼ活性を分析した。2-フコシルトランスフェラーゼFutCはオリゴ糖基質の不在下でGDP-L-フコースを加水分解すると記載されている(Stein,D.B.,Lin Y.-N.,Lin,C.-H.(2008)Characterization of Helicobacter pylori α1,2-fucosyltransferase for enzymatic synthesis of tumor-associated antigens.Adv.Synth.Catal.350,2313-2321)。5mM GDP-L-フコースと夫々の株の細胞溶解液を含有するヒドロラーゼアッセイ反応液中でGDP-L-フコースを開裂させた。L-フコースデヒドロゲナーゼアッセイを使用して遊離のL-フコースを検出した。粗抽出液の代わりにウシ血清アルブミンを含有するアッセイ反応液中に遊離のL-フコースは検出されず、GDP-L-フコースの安定性が実証された(図3)。
【0094】
GDP-L-フコースのインビトロ加水分解により遊離されるL-フコースを定量するために、イオン交換カートリッジ(Strata ABW,Phenomenex,Aschaffenburg,ドイツ)を使用して固相抽出法によりヒドロラーゼアッセイを行い、LC-MS/MSにより分析した。futCとwbgL(H124A,E215G)を発現する株の細胞溶解液を含有するアッセイ反応液では、1時間インキュベーション後に夫々0.38g/Lと0.32g/LのL-フコースが測定され、これはFutCでは0.18U/mg、WbgL(H124A,E215G)では0.21U/mgの特異的GDP-L-フコースヒドロラーゼ活性に相当する。
図1
図2
図3
図4A-1】
図4A-2】
図4A-3】
図4B-1】
図4B-2】
図4B-3】
図4C
図4D
【配列表】
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