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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-01
(45)【発行日】2022-09-09
(54)【発明の名称】赤外線吸収性インキ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/037 20140101AFI20220902BHJP
   C09K 3/00 20060101ALI20220902BHJP
【FI】
C09D11/037
C09K3/00 105
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018015866
(22)【出願日】2018-01-31
(65)【公開番号】P2019131727
(43)【公開日】2019-08-08
【審査請求日】2020-11-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000162113
【氏名又は名称】共同印刷株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100173107
【弁理士】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(74)【代理人】
【識別番号】100170874
【弁理士】
【氏名又は名称】塩川 和哉
(72)【発明者】
【氏名】高口 裕翔
(72)【発明者】
【氏名】吉住 渉
(72)【発明者】
【氏名】島根 博昭
【審査官】仁科 努
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/022003(WO,A1)
【文献】特開2014-173023(JP,A)
【文献】特表2011-503274(JP,A)
【文献】特開2013-189596(JP,A)
【文献】国際公開第2019/021992(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/104855(WO,A1)
【文献】特開2016-199715(JP,A)
【文献】特開2003-261827(JP,A)
【文献】特開2016-029166(JP,A)
【文献】特開2017-128039(JP,A)
【文献】特開2012-082326(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 11/037
C09K 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン系赤外線吸収性顔料が熱可塑性樹脂中に分散している複合粒子、及びビヒクルを含有しており、
前記複合粒子は、前記タングステン系赤外線吸収性顔料を前記熱可塑性樹脂中に分散させるための分散剤を含有しており、
前記熱可塑性樹脂は、エチレン-アクリル酸共重合体(EAA)、エチレン-メタクリル酸共重合体(EMAA)、エチレン-エチルアクリレート共重合体(EEA)、及びエチレン-メチルアクリレート共重合体(EMA)から選択される、
赤外線吸収性インキ。
【請求項2】
前記タングステン系赤外線吸収性顔料が、
一般式(1):M{式中、Mは、H、He、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、およびIから成る群から選択される1種類以上の元素であり、Wはタングステンであり、Oは酸素であり、x、y及びzは、それぞれ正数であり、0<x/y≦1であり、かつ2.2≦z/y≦3.0である}で表される複合タングステン酸化物、または
一般式(2):W{式中、Wはタングステンであり、Oは酸素であり、y及びzは、それぞれ正数であり、かつ2.45≦z/y≦2.999である}で表されるマグネリ相を有するタングステン酸化物
から選択される、請求項1に記載の赤外線吸収性インキ。
【請求項3】
前記タングステン系赤外線吸収性顔料の体積平均粒径が、1nm以上200nm以下である、請求項1又は2に記載の赤外線吸収性インキ。
【請求項4】
前記複合粒子の粒子径の個数平均が、20μm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキ。
【請求項5】
前記分散剤が、前記タングステン系赤外線吸収性顔料をコーティングしている、請求項1~4のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキ。
【請求項6】
偽造防止用である、請求項1~5のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキ。
【請求項7】
以下を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキの製造方法:
前記タングステン系赤外線吸収性顔料と前記熱可塑性樹脂とを混練して、複合混練体を得ること;
前記複合混練体を粉砕して前記複合粒子を得ること;及び
前記複合粒子と前記ビヒクルとを混合すること。
【請求項8】
前記複合混練体の粉砕が、凍結粉砕によって行われる、請求項7に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線吸収性インキ及びその製造方法に関する。特に、本発明は、耐塩基性が高い印刷物、例えば耐洗濯性が高い印刷物を与えるができる、タングステン系の赤外線吸収性顔料を含有する赤外線吸収性インキ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
赤外線吸収性インキは、様々な用途に用いることができ、例えば有価証券の一部に印刷して偽造防止のために使用することができる。例えば、特許文献1では、硬化性樹脂に包含された赤外線吸収色素を含む、赤外線吸収性インキが開示されている。特許文献2では、タングステン系赤外線吸収性顔料を含有する、偽造防止用の赤外線吸収性インキが開示されている。
【0003】
タングステン系赤外線吸収性顔料は、特許文献3に記載のように、その赤外線吸収特性から、熱線遮蔽材料としても用いられており、一般的には高い耐候性を有するといえる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-174164号公報
【文献】国際公開第2016/121801号
【文献】特開2016-29166号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、本発明者らは、このようなタングステン系赤外線吸収性顔料が、洗剤等の塩基性物質の影響によって失活し、赤外線吸収能を喪失することを発見した。
【0006】
そこで、本発明は、耐塩基性が高い印刷物、例えば耐洗濯性が高い印刷物を与えることができる、タングステン系赤外線吸収性顔料を含有する赤外線吸収性インキ及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、以下の態様を有する本発明により、上記課題を解決できることを見出した。
《態様1》
タングステン系赤外線吸収性顔料が熱可塑性樹脂中に分散している複合粒子、及びメジウムを含有している、赤外線吸収性インキ。
《態様2》
前記タングステン系赤外線吸収性顔料が、
一般式(1):M{式中、Mは、H、He、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、およびIから成る群から選択される1種類以上の元素であり、Wはタングステンであり、Oは酸素であり、x、y及びzは、それぞれ正数であり、0<x/y≦1であり、かつ2.2≦z/y≦3.0である}で表される複合タングステン酸化物、または
一般式(2):W{式中、Wはタングステンであり、Oは酸素であり、y及びzは、それぞれ正数であり、かつ2.45≦z/y≦2.999である}で表されるマグネリ相を有するタングステン酸化物
から選択される、態様1に記載の赤外線吸収性インキ。
《態様3》
前記タングステン系赤外線吸収性顔料の体積平均粒径が、1nm以上200nm以下である、態様1又は2に記載の赤外線吸収性インキ。
《態様4》
前記複合粒子の粒子径の個数平均が、20μm以下である、態様1~3のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキ。
《態様5》
前記複合粒子が、前記タングステン系赤外線吸収性顔料を前記熱可塑性樹脂中に分散させるための分散剤をさらに含有している、態様1~4のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキ。
《態様6》
前記分散剤が、粉体である、態様5に記載の赤外線吸収性インキ。
《態様7》
前記熱可塑性樹脂が、ポリオレフィン系樹脂である、態様1~6のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキ。
《態様8》
前記メジウムが、体質顔料、ビヒクル、及びインキ用助剤の少なくとも1種を含む、態様1~7のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキ。
《態様9》
偽造防止用である、請求項1~8のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキ。
《態様10》
以下を含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の赤外線吸収性インキの製造方法:
前記タングステン系赤外線吸収性顔料と前記熱可塑性樹脂と混練して、複合混練体を得ること;
前記複合混練体を粉砕して前記複合粒子を得ること;及び
前記複合粒子と前記メジウムとを混合すること。
《態様11》
前記複合混練体の粉砕が、凍結粉砕によって行われる、態様10に記載の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、洗濯試験前の実施例1~3及び比較例1の赤外線反射スペクトルを示している。
図2図2は、実施例1の洗濯試験前後の赤外線反射スペクトルを示している。
図3図3は、実施例2の洗濯試験前後の赤外線反射スペクトルを示している。
図4図4は、実施例3の洗濯試験前後の赤外線反射スペクトルを示している。
図5図5は、比較例1の洗濯試験前後の赤外線反射スペクトルを示している。
【発明を実施するための形態】
【0009】
《赤外線吸収性インキ》
本発明の赤外線吸収性インキは、タングステン系赤外線吸収性顔料が熱可塑性樹脂中に分散している複合粒子、及びメジウムを含有している。
【0010】
本発明者らは、タングステン系赤外線吸収性顔料が、塩基性物質、例えば洗剤の影響によって失活し、赤外線吸収能が喪失されることを発見した。そして、本発明者らは、タングステン系赤外線吸収性顔料を熱可塑性樹脂中に分散させて複合粒子化し、これをインキに用いれば、赤外線吸収能の喪失を一定程度防げることを見出し、本発明に至った。例えば、赤外線吸収性インキを用いた有価証券は、衣類と共に洗濯されることがあるため、耐塩基性が高い印刷物を与えることができる本発明のインキは、非常に有用である。
【0011】
本発明の赤外線吸収性インキは、一般的な印刷インキと同様に使用されることができる。例えば、本発明の赤外線吸収性インキは、フレキソ印刷インキ、活版印刷インキ、オフセット印刷インキ、凹版印刷インキ、グラビア印刷インキ、スクリーン印刷インキ等として使用されることができ、この中でも特にグラビア印刷インキとして使用することができる。
【0012】
〈複合粒子〉
本発明のインキで用いられる複合粒子は、粒子径の個数平均が20μm以下であることが好ましい。複合粒子がこのような粒径でインキに含有されていることで、本発明のインキをグラビア印刷によって印刷することが可能になる。
【0013】
複合粒子の粒子径の個数平均は、20μm以下、15μm以下、10μm以下、5μm以下、又は3μm以下であってもよく、0.5μm以上、1μm以上、3μm以上、5μm以上又は10μm以上であってもよい。ここで、複合粒子の粒子径の個数平均は、電子顕微鏡SU8020(日立ハイテクノロジーズ社製)を用い、観察倍率1000倍で、127μm×95.2μmに切り取った画像中に含まれる複合一次粒子中、ランダムに選択した50個以上の粒径を測定した平均値から算出した値である。この平均値は、複数の画像を基に計算することができる。なお、一次粒子とは、凍結粉砕等によって得られた単一の粒子を意味し、一次粒子が凝集した二次粒子を含まない。
【0014】
複合粒子のインキ中での含有量は、好適な印刷物が得られるのであれば特に限定されない。例えば、複合粒子は、インキ中に3重量%以上、5重量%以上、10重量%以上、20重量%以上、又は30重量%以上含有されていてもよく、50重量%以下、40重量%以下、30重量%以下、20重量%以下、又は10重量%以下の範囲で含有されていてもよい。
【0015】
〈複合粒子-タングステン系赤外線吸収性顔料〉
本発明のインキで用いられる複合粒子では、塩基性物質、例えば洗剤の影響によって失活するタングステン系赤外線吸収性顔料が、熱可塑性樹脂中に分散している。例えば、このようなタングステン系赤外線吸収性顔料としては、上記特許文献2に開示されているような顔料を挙げることができる。
【0016】
したがって、タングステン系赤外線吸収性顔料としては、一般式(1):M{式中、Mは、H、He、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、およびIから成る群から選択される1種類以上の元素であり、Wはタングステンであり、Oは酸素であり、x、y及びzは、それぞれ正数であり、0<x/y≦1であり、かつ2.2≦z/y≦3.0である}で表される複合タングステン酸化物、または一般式(2):W{式中、Wはタングステンであり、Oは酸素であり、y及びzは、それぞれ正数であり、かつ2.45≦z/y≦2.999である}で表されるマグネリ相を有するタングステン酸化物から選択される1種以上の赤外線吸収性顔料を挙げることができる。
【0017】
タングステン系赤外線吸収性顔料の製法として、特開2005-187323号公報に説明されている複合タングステン酸化物又はマグネリ相を有するタングステン酸化物の製法を使用することができる。
【0018】
一般式(1)で表される複合タングステン酸化物には、元素Mが添加されている。この為、一般式(1)におけるz/y=3.0の場合も含めて、自由電子が生成され、近赤外光波長領域に自由電子由来の吸収特性が発現し、波長1000nm付近の近赤外線を吸収する材料として有効である。
【0019】
特に、近赤外線吸収性材料としての光学特性及び耐候性を向上させる観点から、M元素としては、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Ca、Sr、Fe及びSnのうちの1種類以上とすることができる。
【0020】
一般式(1)で表される複合タングステン酸化物を、シランカップリング剤で処理することによって、近赤外線吸収性及び可視光波長領域における透明性を高めてもよい。
【0021】
元素Mの添加量を示すx/yの値が0超であれば、十分な量の自由電子が生成され近赤外線吸収効果を十分に得ることができる。元素Mの添加量が多いほど、自由電子の供給量が増加し近赤外線吸収効果も上昇するが、通常はx/yの値が1程度で飽和する。x/yの値が1以下として、顔料含有層中における不純物相の生成を防いでもよい。x/yの値は、0.001以上、0.2以上又は0.30以上であってもよく、0.85以下、0.5以下又は0.35以下であってもよい。x/yの値は、特に0.33とすることができる。
【0022】
一般式(1)及び(2)において、z/yの値は、酸素量の制御の水準を示す。一般式(1)で表される複合タングステン酸化物は、z/yの値が2.2≦z/y≦3.0の関係を満たすので、一般式(2)で表されるタングステン酸化物と同じ酸素制御機構が働くことに加えて、z/y=3.0の場合でさえも元素Mの添加による自由電子の供給がある。一般式(1)において、z/yの値が2.45≦z/y≦3.0の関係を満たすようにしてもよい。
【0023】
一般式(1)で表される複合タングステン酸化物は、六方晶の結晶構造を有するか、又は六方晶の結晶構造からなるとき、赤外線吸収性材料微粒子の可視光波長領域の透過が大きくなり、かつ近赤外光波長領域の吸収が大きくなる。六方晶の空隙に元素Mの陽イオンが添加されて存在するとき、可視光波長領域の透過が大きくなり、近赤外光波長領域の吸収が大きくなる。ここで、一般には、イオン半径の大きな元素Mを添加したときに、六方晶が形成される。具体的には、Cs、K、Rb、Tl、In、Ba、Sn、Li、Ca、Sr、Fe等のイオン半径の大きい元素を添加したときに、六方晶が形成され易い。しかしながら、これらの元素に限定されるものではなく、これらの元素以外の元素でも、WO単位で形成される六角形の空隙に添加元素Mが存在すればよい。
【0024】
六方晶の結晶構造を有する複合タングステン酸化物が均一な結晶構造を有する場合には、添加元素Mの添加量は、x/yの値で0.2以上0.5以下とすることができ、0.30以上0.35以下とすることができ、特に0.33とすることができる。x/yの値が0.33となることで、添加元素Mが、六角形の空隙の実質的に全てに配置されると考えられる。
【0025】
また、六方晶以外では、正方晶又は立方晶のタングステンブロンズも近赤外線吸収効果がある。これらの結晶構造によって、近赤外光波長領域の吸収位置が変化する傾向があり、立方晶<正方晶<六方晶の順に、吸収位置が長波長側に移動する傾向がある。また、それに付随して可視光波長領域の吸収が少ないのは、六方晶<正方晶<立方晶の順である。このため、可視光波長領域の光をより透過して、近赤外光波長領域の光をより吸収する用途には、六方晶のタングステンブロンズを用いてもよい。
【0026】
一般式(2)で表されるマグネリ相を有するタングステン酸化物において、z/yの値が2.45≦z/y≦2.999の関係を満たす組成比を有する所謂「マグネリ相」は、安定性が高く、近赤外光波長領域の吸収特性も高いため、近赤外線吸収顔料として好適に用いられる。
【0027】
上記のような顔料は、近赤外光波長領域、特に波長1000nm付近の光を大きく吸収するため、その透過色調が青色系から緑色系となる物が多い。また、そのタングステン系赤外線吸収性顔料の分散粒子径は、その使用目的によって、各々選定することができる。まず、透明性を保持して応用する場合には、体積平均で2000nm以下の分散粒子径を有していることが好ましい。これは、分散粒子径が2000nm以下であれば、可視光波長領域での透過率(反射率)のピークと近赤外光波長領域の吸収とのボトムの差が大きくなり、可視光波長領域の透明性を有する近赤外線吸収顔料としての効果を発揮できるからである。さらに分散粒子径が2000nmよりも小さい粒子は、散乱により光を完全に遮蔽することが無く、可視光波長領域の視認性を保持し、同時に効率良く透明性を保持することができるからである。
【0028】
さらに可視光波長領域の透明性を重視する場合には、粒子による散乱を考慮することが好ましい。具体的には、タングステン系赤外線吸収性顔料の体積平均の分散粒子径は、200nm以下であることが好ましく、好ましくは100nm以下、50nm以下、又は30nm以下であることがより好ましい。赤外線吸収性材料微粒子の分散粒子径が200nm以下になると、幾何学散乱又はミー散乱が低減し、レイリー散乱領域になる。レイリー散乱領域では、散乱光は分散粒子径の6乗に反比例して低減するため、分散粒子径の減少に伴い、散乱が低減し透明性が向上する。さらに分散粒子径が100nm以下になると、散乱光は非常に少なくなり好ましい。光の散乱を回避する観点からは、分散粒子径が小さい方が好ましい。一方、分散粒子径が1nm以上、3nm以上、5nm以上、又は10nm以上あれば工業的な製造は容易となる傾向にある。ここで、タングステン系赤外線吸収性顔料の体積平均の分散粒子径は、ブラウン運動中の微粒子にレーザー光を照射し、そこから得られる光散乱情報から粒子径を求める動的光散乱法のマイクロトラック粒度分布計(日機装株式会社製)を用いて測定した。
【0029】
複合粒子中のタングステン系赤外線吸収性顔料の含有量は、0.1重量%以上、0.5重量%以上、1.0重量%以上、2.0重量%以上、又は3.0重量%以上であってもよく、20重量%以下、10重量%以下、8.0重量%以下、5.0重量%以下、3.0重量%以下、又は1.0重量%以下であってもよい。
【0030】
〈複合粒子-熱可塑性樹脂〉
本発明のインキで用いられる複合粒子では、タングステン系赤外線吸収性顔料が熱可塑性樹脂中に分散している。そのような熱可塑性樹脂としては、タングステン系赤外線吸収性顔料を包み込み、それによりタングステン系赤外線吸収性顔料の耐アルカリ性を向上させることができれば特に限定されない。
【0031】
熱可塑性樹脂としては、例えばポリスチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、アクリル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリスルホン樹脂、及びこれらの誘導体、並びにこれらの混合物が挙げられる。これらの中でも特に、低温で溶融でき、かつタングステン系赤外線吸収性顔料の分散が容易であるという観点から、ポリオレフィン系樹脂を挙げることができる。
【0032】
ポリオレフィン系樹脂は、例えば、ポリエチレン系樹脂及びポリプロピレン系樹脂を挙げることができる。
【0033】
本明細書において、ポリエチレン系樹脂とは、ポリマーの主鎖にエチレン基の繰返し単位を、30mol%以上、40mol%以上、50mol%以上、60mol%以上、70mol%以上、80mol%以上、90mol%以上、又は95mol%以上含む樹脂であり、例えば、低密度ポリエチレン(LDPE)、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、高密度ポリエチレン(HDPE)、エチレン-アクリル酸共重合体(EAA)、エチレン-メタクリル酸共重合体(EMAA)、エチレン-エチルアクリレート共重合体(EEA)、エチレン-メチルアクリレート共重合体(EMA)、エチレンビニルアセテート共重合体(EVA)、カルボン酸変性ポリエチレン、カルボン酸変性エチレンビニルアセテート共重合体、及びこれらの誘導体、並びにこれらの混合物からなる群より選択される。
【0034】
本明細書において、ポリプロピレン系樹脂とは、ポリマーの主鎖にプロピレン基の繰返し単位を、30mol%以上、40mol%以上、50mol%以上、60mol%以上、70mol%以上、80mol%以上、90mol%以上、又は95mol%以上含む樹脂であり、例えば、ポリプロピレン(PP)ホモポリマー、ランダムポリプロピレン(ランダムPP)、ブロックポリプロピレン(ブロックPP)、塩素化ポリプロピレン、カルボン酸変性ポリプロピレン、及びこれらの誘導体、並びにこれらの混合物が挙げられる。
【0035】
複合粒子中の熱可塑性樹脂の含有量は、20重量%以上、40重量%以上、60重量%以上、80重量%以上、又は90重量%以上であってもよく、95重量%以下、90重量%以下、80重量%以下、70重量%以下、60重量%以下、50重量%以下、40重量%以下、又は30重量%以下であってもよい。
【0036】
〈複合粒子-分散剤〉
タングステン系赤外線吸収性顔料の熱可塑性樹脂中への分散性を高めるために、複合粒子には分散剤が含有されていてもよい。分散剤としては、アミン、水酸基、カルボキシル基、エポキシ基等の官能基を有している化合物を挙げることができる。これらの官能基は、タングステン系赤外線吸収性顔料の表面に吸着し、タングステン系赤外線吸収性顔料の凝集を防ぐことで、複合粒子中においてタングステン系赤外線吸収性顔料を均一に分散させる。
【0037】
好適に用いることのできる分散剤として、リン酸エステル化合物、高分子系分散剤、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤、アルミニウム系カップリング剤、等があるが、これらに限定されるものではない。高分子系分散剤としては、アクリル系高分子分散剤、ウレタン系高分子分散剤、アクリル・ブロックコポリマー系高分子分散剤、ポリエーテル類分散剤、ポリエステル系高分子分散剤などを挙げることができる。なかでも、分散剤が粉体であることが、熱可塑性樹脂と混錬しやすいため好ましい。
【0038】
複合粒子中の分散剤の含有量は、1.0重量%以上、2.0重量%以上、3.0重量%以上、5.0重量%以上、10重量%以上、又は15重量%以上であってもよく、40重量%以下、30重量%以下、20重量%以下、15重量%以下、10重量%以下、5.0重量%以下、又は3.0重量%以下であってもよい。
【0039】
タングステン系赤外線吸収性顔料の重量に対する分散剤の重量(分散剤の重量/タングステン系赤外線吸収性顔料の重量)は、1.0以上、2.0以上、3.0以上、又は4.0以上であってもよく、10以下、以下、8.0以下、5.0以下、4.0以下、3.0以下、2.0以下、又は1.0以下であってもよい。
【0040】
〈メジウム〉
本発明のインキは、上記の複合粒子とメジウムとを含有している。本発明のインキがグラビア印刷に用いられる場合には、メジウムは、本分野で周知のグラビア印刷用メジウムが用いられる。
【0041】
メジウムのインキ中での含有量は、好適な印刷物が得られるのであれば特に限定されない。例えば、メジウムは、インキ中に50重量%以上、60重量%以上、70重量%以上、80重量%以上、又は90重量%以上含有されていてもよく、97重量%以下、95重量%以下、90重量%以下、80重量%以下、又は70重量%以下の範囲で含有されていてもよい。
【0042】
メジウムは、体質顔料、ビヒクル、及びインキ用助剤を含むことができる。メジウムに含まれる体質顔料は、インキの粘度を調整するために使用される顔料であり、屈折率が小さく、かつ着色力が低い。したがって、体質顔料は、インキの粘度が高く、拭きが困難な場合に使用されることが好ましい。本発明のインキには、印刷に使用されている既知の体質顔料を包含させてよい。
【0043】
体質顔料としては、例えば、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、カオリン、タルク、シリカ、コーン澱粉、二酸化チタン、又はこれらの混合物が挙げられる。また、メジウムに含まれるビヒクルは、タングステン系赤外線吸収性顔料を含む複合粒子等を被印刷物に転移させ、かつ印刷後にはそれらを被印刷物に固着させる媒体である。本発明に用いられるビヒクルは、溶媒及び/又はバインダー樹脂を含む。メジウムに含まれるインキ用助剤としては、例えば、上記の複合粒子をビヒクルに分散させるための分散剤、架橋剤、乾燥促進剤、ワックス、及び本分野で知られたその他の添加剤を挙げることができる。
【0044】
《赤外線吸収性インキの製造方法》
本発明の赤外線吸収性インキの製造方法は、上記の赤外線吸収性インキを製造するための方法であり、タングステン系赤外線吸収性顔料と熱可塑性樹脂と混練して、複合混練体を形成すること;複合混練体を粉砕して複合粒子を得ること;及び複合粒子とメジウムとを混合することを含む。
【0045】
複合混練体を形成する工程では、タングステン系赤外線吸収性顔料と熱可塑性樹脂と混練する。混練後に、その混練体からストランドを引き、これを切断してマスターバッチ化してもよい。本工程において使用される混練装置は、例えば、ミキサー混練機(バンバリー、ロール、ニーダー等)、押出し混錬機等であってよい。混錬は、熱可塑性樹脂の融点温度以上で行うことができる。複合粒子に分散剤が含まれる態様においては、特許文献3に記載のように、タングステン系赤外線吸収性顔料に分散剤をコーティングし、分散剤でコーティングされたタングステン系赤外線吸収性顔料と熱可塑性樹脂と混練することができる。
【0046】
混錬温度は、例えば、60℃以上、80℃以上、100℃以上、120℃以上、又は140℃以上であってよく、例えば、190℃以下、180℃以下、170℃以下、又は160℃以下であってよい。本発明者らは、このような混練温度であれば、タングステン系赤外線吸収性顔料が特に失活しにくく、樹脂が劣化しにくく、かつ顔料の分散状態が良好な複合粒子が得られやすいことを発見した。
【0047】
複合混練体を粉砕して複合粒子を得る工程は、その複合粒子がインキに使用されて、そのインキが印刷に用いることができるのであれば、特にその手段は限定されない。ただし、グラビア印刷用のインキを得る場合、すなわち粒子径の個数平均が20μm以下の複合粒子を製造する場合、粉砕を低温で行うことが好ましく、凍結粉砕を行うことが特に好ましい。本発明者らは、特に複合粒子の熱可塑性樹脂としてポリオレフィン系樹脂を用いる場合に、低温での粉砕が平均粒径の小さな複合粒子を得るためには有用であることを見出した。これは、比較的軟質なポリオレフィン系樹脂では、通常の粉砕手段では、複合混練体が破砕されるよりも変形するのに対して、低温で粉砕することにより、材料がより強固になり、比較的柔らかい樹脂でも効率よく複合混練体が破砕されるためであると考えられる。
【0048】
低温で粉砕を行う際には、室温以下、10℃以下、0°以下、-10℃以下、-50℃以下、-100℃以下、-150℃以下、又は-180℃以下の冷媒で粉砕機を冷却することができる。特に、粉砕は、冷媒に液体窒素を使用する凍結粉砕機で行うことが好ましい。
【0049】
複合粒子とメジウムとを混合する工程では、上記の複合粒子及びメジウムに含まれる各成分を、任意の順序で混合及び分散することにより、上記のインキを得ることができる。各成分の混合及び分散は、ミキサー、例えば一軸ミキサー及び二軸ミキサー;練肉機(ink mill)、例えば3本ローラーミル、ボールミル、サンドグラインダー及びアトライター等の本分野で公知の手段によって行うことができる。
【0050】
本発明を以下の実施例でさらに具体的に説明をするが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【実施例
【0051】
《製造例》
23重量%の複合タングステン酸化物である六方晶Cs0.33WOが、77重量%のアクリル系高分子分散剤でコーティングされている、分散剤でコーティングされたタングステン系赤外線吸収性顔料(住友金属鉱山株式会社、CWO(商標)YMDS―874)を、表1に記載の熱可塑性樹脂と重量比1:1で混練した。
【0052】
この際には、バンバリーミキサー(東洋精機製作所製)を使用し160℃で10分間、溶融混錬して、次いで縦型コニカル二軸混錬機(株式会社井本製作所、IMC―1ACF)で180℃で30分間混練し、ストランドを引きマスターバッチ化した。これにより、複合混練体を得た。
【0053】
上記の複合混練体を、液体窒素で冷却しながら粉砕処理を行う凍結粉砕機(Retsch社製、クライオミル)によって粉砕して、粒子径の個数平均が15μm以下の複合粒子を得た。この複合粒子30重量部を、100重量部のグラビア印刷用メジウムに分散させて、実施例1~3のインキを得た。
【0054】
また、複合タングステン酸化物である六方晶Cs0.33WOが50重量%、ヒマワリ油が22重量%、構造中に脂肪酸を有する分散剤(不揮発分100%)が25重量%、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートが3重量%で含まれる分散液5重量部を、95重量部のグラビア印刷用メジウムに分散させたインキを比較例1とした。この比較例1は、特許文献2の実施例2に対応している。なお、実施例、比較例ともに、溶媒は、メチルエチルケトンとトルエンとを1:1で混合したものを用いた。
【0055】
《評価》
上記の実施例1~3及び比較例1のインキを、赤外線を反射する基材上にグラビア印刷した。それらの印刷物を、0.5重量%の工業用洗剤を含むpH12.7で温度60℃の水溶液に30分間浸し、その前後の赤外線反射率を比較することによって、耐洗濯性の試験を行った。
【0056】
この際に、グラビアテスター(K Prnting Proofer、RK Print Coat Instruments)で、100線40μmの版を使用し、30m/minの速度で印刷を行った。
【0057】
赤外線反射率の測定では、日立ハイテクノロジーズ社製のUH4150を使用して、350nm~2500nmの範囲で、積分球を通った入射光が各印刷物に照射された後に、どれだけ吸収されて反射されたかを測定した。この測定結果をもとに、一般的に偽造品の真贋判定で使用される波長である850nm及び950nmで評価した。赤外線反射率の数値が低いほど、その印刷部分の赤外線吸収率が高いことを意味している。
【0058】
《結果》
結果を表1及び図1図5に示す。図1は、洗濯試験前の実施例1~3及び比較例1の赤外線反射スペクトルを示しており、図2図5は、それぞれ実施例1~3及び比較例1の洗濯試験前後の赤外線反射スペクトルを示している。
【0059】
【表1】
【0060】
洗濯試験前後の赤外線吸収性を比較すると実施例1~3では、洗濯後であっても850nm及び950nmでの赤外線反射率が70%前後を維持しているのに対して、比較例1の赤外線反射率は90%超となっており、赤外線吸収性はほぼ喪失していることが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5