(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-01
(45)【発行日】2022-09-09
(54)【発明の名称】工作機械の異常診断システム、異常診断方法、異常診断プログラム
(51)【国際特許分類】
G05B 19/18 20060101AFI20220902BHJP
G05B 19/4155 20060101ALI20220902BHJP
【FI】
G05B19/18 X
G05B19/4155 V
(21)【出願番号】P 2018199438
(22)【出願日】2018-10-23
【審査請求日】2021-04-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000149066
【氏名又は名称】オークマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121142
【氏名又は名称】上田 恭一
(72)【発明者】
【氏名】田中 貴暁
【審査官】杉田 隼一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-220111(JP,A)
【文献】特開2007-245342(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 19/18
G05B 19/4155
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具又はワークを回転させる回転軸と、前記工具と前記ワークとを相対的に移動させる送り軸とを有し、プログラムされた指令に基づいて前記工具によって前記ワークの加工を行う工作機械において、異常を診断するシステムであって、
前記工作機械の動作情報と、前記工作機械に取り付けられた各種センサの出力情報との少なくとも一方を機械情報として取得する機械情報取得部と、
前記機械情報を記録する記憶部と、
記録された前記機械情報から、異常度合いを推定する推定モデルを作成するモデル作成部と、
作成した前記推定モデルによって前記機械情報の異常度合いを随時推定し、その推定値の時間変化と、加工形態に合わせて時間変化するように設定したしきい値とを比較することで異常の有無を判断する異常診断部と、
加工形態間での同一性を判断する加工形態判断部と、を含
み、
前記異常診断部は、前記加工形態判断部によって同一と判断された加工を繰り返し行う際、診断対象の加工が正常に完了した際の前記機械情報を前記推定モデルによって随時推定した前記推定値の時系列波形を元に、前記しきい値を設定することを特徴とする工作機械の異常診断システム。
【請求項2】
前記モデル作成部は、前記加工形態判断部にて判断した前記加工形態の変化が所定の範囲内となるデータを教師データとして抽出し、前記教師データより前記推定モデルを作成することを特徴とする請求項
1に記載の工作機械の異常診断システム。
【請求項3】
前記異常診断部は、正常動作時の前記機械情報を前記推定モデルで推定することで得られる時系列波形をマスタ波形として前記記憶部へ記録すると共に、前記マスタ波形が所定の識別可能区間設定しきい値を下回る区間を、アルゴリズムを用いてデータ処理が可能な識別可能区間として前記記憶部へ記録し、
前記推定値の時間変化と前記しきい値との比較を前記識別可能区間でのみ行うことを特徴とする請求項1に記載の工作機械の異常診断システム。
【請求項4】
前記モデル作成部は、前記識別可能区間の前記機械情報を教師データとして抽出すると共に、前記教師データを用いて前記推定モデルの更新を行うことを特徴とする請求項
3に記載の工作機械の異常診断システム。
【請求項5】
工具又はワークを回転させる回転軸と、前記工具と前記ワークとを相対的に移動させる送り軸とを有し、プログラムされた指令に基づいて前記工具によって前記ワークの加工を行う工作機械において、異常を診断する方法であって、
前記工作機械の動作情報と、前記工作機械に取り付けられた各種センサの出力情報との少なくとも一方を機械情報として取得する機械情報取得ステップと、
前記機械情報を記録する記録ステップと、
記録された前記機械情報から、異常度合いを推定する推定モデルを作成するモデル作成ステップと、
作成した前記推定モデルによって前記機械情報の異常度合いを随時推定し、その推定値の時間変化と、加工形態に合わせて時間変化するように設定したしきい値とを比較することで異常の有無を判断する異常診断ステップと、
を実行すると共に、
前記モデル作成ステップでは、
前記工作機械の動作が正常であったか否かを示す動作結果と前記機械情報とを紐付けたラベル済みデータを作成するラベル済みデータ作成ステップと、
前記ラベル済みデータより、前記動作結果に対応する特徴が含まれる箇所のみを抽出したマスタデータを作成するマスタデータ作成ステップと、
前記マスタデータより前記動作結果を推定するマスタモデルを作成もしくは、既存の学習済みのマスタモデルを採用するマスタモデル設定ステップと、
前記マスタモデルによって前記ラベル済みデータを推定し、推定結果より前記動作結果に対応する特徴が含まれる箇所を抽出することで追加教師データを作成する追加教師データ作成ステップと、
前記マスタデータと前記追加教師データとから前記動作結果を推定する再学習モデルを作成する再学習モデル作成ステップと、
前記再学習モデルの推定性能評価を前記マスタモデルによって行うモデル性能評価ステップと、
前記推定性能が前記マスタモデルより劣る場合は、前記マスタモデルを前記推定モデルとして採用する一方、前記推定性能が前記マスタモデルを上回る場合は、前記マスタモデルを再学習モデルによって更新し、前記追加教師データ作成ステップ及び前記再学習モデル作成ステップを繰り返す再学習実施判定ステップと、
を実行することを特徴とする工作機械の異常診断方法。
【請求項6】
前記再学習実施判定ステップ後に実行する前記追加教師データ作成ステップでは、推定結果に対して特徴が含まれる箇所を抽出する際の抽出用しきい値を再設定し、前記モデル性能評価ステップにおける評価結果に応じて前記抽出用しきい値の変更を行うことを特徴とする請求項
5に記載の工作機械の異常診断方法。
【請求項7】
コンピュータに、請求項
5又は6に記載の工作機械の異常診断方法を実行させるための異常診断プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動軸により空間上を動作し加工を行う工作機械における異常診断システム、異常診断方法、異常診断プログラムに関し、不具合の発生もしくは拡大を抑制するために異常を検出しようとするものである。
【背景技術】
【0002】
現在、除去や積層加工を行う工作機械の多くはNC装置により自動化がなされ、加工プログラムによって所定の動作を行っており、無人で加工を行う事ができる。
しかし、切削工具の状態や、前加工の状態によってはプログラム通りに加工を行なっても、ワークが求める仕様を満たして完成しない場合がある。加えて、工具の損傷によりワークが除去できない状況でも、送り軸は動作し続けて工具とワークとが衝突と同じ状況になり、工具やワークだけでなく機械が損傷を受けることになる。そこで、加工の状態を最も表していると考えられる主軸モータの負荷を監視し、送り軸を停止するなどといったことが一般的に行われている。
ところが、正常加工時と異常加工時の主軸モータの負荷の差が、正常加工時の主軸モータの負荷の変化に比べて小さい場合、一定のしきい値の超過により異常と判断することは困難である。そこで、特許文献1では、圧入加工において正常時の圧力変化の波形をベース波形として記録し、ベース波形からオフセットしたしきい値を設けて、繰り返し加工を行う際に、しきい値を超えるか否かによって異常を検出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1の手法では、同一の加工が繰り返し行われることが前提になっており、圧入距離や、形状の異なる対象物などベース波形を取得した加工と異なる加工においては活用することができない。
【0005】
そこで、本発明は、上記の問題を鑑みなされたものであり、汎用的に加工異常の検出が可能な異常診断システム、異常診断方法、異常診断プログラムを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、工具又はワークを回転させる回転軸と、前記工具と前記ワークとを相対的に移動させる送り軸とを有し、プログラムされた指令に基づいて前記工具によって前記ワークの加工を行う工作機械において、異常を診断するシステムであって、
前記工作機械の動作情報と、前記工作機械に取り付けられた各種センサの出力情報との少なくとも一方を機械情報として取得する機械情報取得部と、
前記機械情報を記録する記憶部と、
記録された前記機械情報から、異常度合いを推定する推定モデルを作成するモデル作成部と、
作成した前記推定モデルによって前記機械情報の異常度合いを随時推定し、その推定値の時間変化と、加工形態に合わせて時間変化するように設定したしきい値とを比較することで異常の有無を判断する異常診断部と、
前記構成において、加工形態間での同一性を判断する加工形態判断部と、を含み、前記異常診断部は、前記加工形態判断部によって同一と判断された加工を繰り返し行う際、診断対象の加工が正常に完了した際の前記機械情報を前記推定モデルによって随時推定した前記推定値の時系列波形を元に、前記しきい値を設定することを特徴とする。
請求項2に記載の発明は、請求項1の構成において、前記モデル作成部は、前記加工形態判断部にて判断した前記加工形態の変化が所定の範囲内となるデータを教師データとして抽出し、前記教師データより前記推定モデルを作成することを特徴とする。
請求項3に記載の発明は、請求項1の構成において、前記異常診断部は、正常動作時の前記機械情報を前記推定モデルで推定することで得られる時系列波形をマスタ波形として前記記憶部へ記録すると共に、前記マスタ波形が所定の識別可能区間設定しきい値を下回る区間を、アルゴリズムを用いてデータ処理が可能な識別可能区間として前記記憶部へ記録し、前記推定値の時間変化と前記しきい値との比較を前記識別可能区間でのみ行うことを特徴とする。
請求項4に記載の発明は、請求項3の構成において、前記モデル作成部は、前記識別可能区間の前記機械情報を教師データとして抽出すると共に、前記教師データを用いて前記推定モデルの更新を行うことを特徴とする。
上記目的を達成するために、請求項5に記載の発明は、工具又はワークを回転させる回転軸と、前記工具と前記ワークとを相対的に移動させる送り軸とを有し、プログラムされた指令に基づいて前記工具によって前記ワークの加工を行う工作機械において、異常を診断する方法であって、
前記工作機械の動作情報と、前記工作機械に取り付けられた各種センサの出力情報との少なくとも一方を機械情報として取得する機械情報取得ステップと、
前記機械情報を記録する記録ステップと、
記録された前記機械情報から、異常度合いを推定する推定モデルを作成するモデル作成ステップと、
作成した前記推定モデルによって前記機械情報の異常度合いを随時推定し、その推定値の時間変化と、加工形態に合わせて時間変化するように設定したしきい値とを比較することで異常の有無を判断する異常診断ステップと、を実行すると共に、
前記構成において、前記モデル作成ステップでは、
前記工作機械の動作が正常であったか否かを示す動作結果と前記機械情報とを紐付けたラベル済みデータを作成するラベル済みデータ作成ステップと、
前記ラベル済みデータより、前記動作結果に対応する特徴が含まれる箇所のみを抽出したマスタデータを作成するマスタデータ作成ステップと、
前記マスタデータより前記動作結果を推定するマスタモデルを作成もしくは、既存の学習済みのマスタモデルを採用するマスタモデル設定ステップと、
前記マスタモデルによって前記ラベル済みデータを推定し、推定結果より前記動作結果に対応する特徴が含まれる箇所を抽出することで追加教師データを作成する追加教師データ作成ステップと、
前記マスタデータと前記追加教師データとから前記動作結果を推定する再学習モデルを作成する再学習モデル作成ステップと、
前記再学習モデルの推定性能評価を前記マスタモデルによって行うモデル性能評価ステップと、
前記推定性能が前記マスタモデルより劣る場合は、前記マスタモデルを前記推定モデルとして採用する一方、前記推定性能が前記マスタモデルを上回る場合は、前記マスタモデルを再学習モデルによって更新し、前記追加教師データ作成ステップ及び前記再学習モデル作成ステップを繰り返す再学習実施判定ステップと、を実行することを特徴とする。
請求項6に記載の発明は、請求項5の構成において、前記再学習実施判定ステップ後に実行する前記追加教師データ作成ステップでは、推定結果に対して特徴が含まれる箇所を抽出する際の抽出用しきい値を再設定し、前記モデル性能評価ステップにおける評価結果に応じて前記抽出用しきい値の変更を行うことを特徴とする。
上記目的を達成するために、請求項7に記載の発明は、工作機械の異常診断プログラムであって、コンピュータに、請求項5又は6に記載の工作機械の異常診断方法を実行させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、推定モデルによって機械情報の異常度合いを随時推定し、その推定値の時間変化と、加工形態に合わせて時間変化するように設定したしきい値とを比較することで異常の有無を判断するので、加工形態が定常ではなく大きく変化する加工においても有効な加工異常の検出を行うことが可能となる。また、推定モデルの作成時に教師データとしたモデル作成範囲の加工形態が、異常監視を行う範囲を十分に網羅していなくとも異常診断を有効に行うことができる。
特に、請求項1に記載の発明によれば、上記効果に加えて、しきい値の有効範囲や設定を区間ごとに行う必要が無いため容易にしきい値を決定することができる。また、有効な加工範囲が不明確な推定モデルを使用しても、実際の識別結果からしきい値を決定するので、容易かつ有効に行うことができる。
特に、請求項2に記載の発明によれば、上記効果に加えて、大量のデータの様々なバリエーションのデータよりモデルを作成する必要が無いためモデルの作成が容易となる。
特に、請求項3に記載の発明によれば、上記効果に加えて、推定モデルを使用する際に、適用範囲を把握していなくても識別を行うことができる。
特に、請求項4に記載の発明によれば、上記効果に加えて、少ないデータであっても有効に学習が行える箇所のデータを教師データとして抽出可能であるため、推定モデルの精度向上に対してデータを有効活用できる。また、計算コストも削減できるため、大規模な計算機を用いなくても推定モデルのチューニングができる。さらに、異常検出対象に合わせて微調整が行えるのでより精度良く異常検出を行うことができる。
特に、請求項5に記載の発明によれば、上記効果に加えて、推定性能を維持したまま適用範囲を拡大した推定モデルが、詳細なラベリングを行わなくても作成可能となる。また、有効な学習データの選別にかかるコストの削減や、動作結果に対応した特徴量を含まない大量のデータを用いる事による計算コストの増大も削減することが可能となる。
特に、請求項6に記載の発明によれば、上記効果に加えて、抽出用しきい値の再設定により、追加教師データとする範囲が小さく変更されて推定精度の改善が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】形態1の異常診断装置を備えた工作機械のブロック図である。
【
図2】形態1の異常診断の手順を示したフローチャートである。
【
図3】モデル作成を行った対象加工の説明図である。
【
図4】モデル作成を行った対象加工の主軸負荷の変化を示すグラフである。
【
図6】異常診断を行った対象加工の主軸負荷の変化を示すグラフである。
【
図7】異常診断を行った対象加工の識別結果を示すグラフである。
【
図8】複数回の加工を行った場合の異常診断用のしきい値設定のグラフである。
【
図9】形態2の異常診断装置を備えた工作機械のブロック図である。
【
図10】形態2の異常診断の手順を示したフローチャートである。
【
図12】識別可能区間に基づく異常診断を示すグラフである。
【
図13】識別可能区間に基づく異常診断を示すグラフである(しきい値にマージンを付与)。
【
図14】形態2の異常診断の他の手順を示したフローチャートである。
【
図15】推定モデルの作成手順を示したフローチャートである。
【
図16】追加学習データとする範囲を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
[形態1]
図1は、本発明に関する工作機械1の一例を示した説明図である。
工作機械1は、回転軸としての主軸2を有し、テーブル上には工作物3が搭載されている。主軸2に取り付けられた工具が回転し、送り軸によって工作物3と相対運動することで切削加工を行う。
工作機械1の制御装置内には、異常診断システムを構成する異常診断装置4が設けられている。この異常診断装置4の内部には、工作機械1の主軸2、送り軸、工具交換軸や周辺機器の駆動負荷や速度、振動値、温度などの動作情報や、取り付けられた各種センサの出力情報を取得する機械情報取得部5が設けられている。
【0010】
また、異常診断装置4には、異常を検出するための推定モデルを作成するモデル作成部6、加工形態間での同一性の判断を行う加工形態判断部7、機械情報取得部5で取得した機械情報及び、モデル作成部6で作成した推定モデル、推定モデル作成条件などを記録するための記憶部8、推定モデルの作成条件等を入力するためのモデル作成条件入力部9、異常診断に係る監視設定の入力を行う監視設定入力部10、モデル作成条件入力部9及び監視設定入力部10の入力内容を解釈する解釈部11、機械へ動作指令を行う機械動作指令部12、異常診断を行う異常診断部13が設けられている。
【0011】
なお、
図1では異常診断装置4の構成要素全てが制御装置内にあるように示してあるが、本発明はこれにとらわれるものではなく、例えば機械情報取得部5や記憶部8、モデル作成部6、異常診断部13は他の端末にて実装、実行させて異常診断システムを構成しても良い。例えば、工作機械とネットワーク接続されたローカルネットワーク上のワークステーションやサーバなどの外部端末でも良いし、インターネットを介して接続されたクラウドサービス等でも良い。また、推定モデルやデータの授受はインターフェースにとらわれずに行っても良いため、ネットワーク接続は必須ではない。
【0012】
この異常診断装置4による異常診断の手順を
図2に示すフローチャートに基づいて説明する。ここでのS1~S3は推定モデルを作成する工程であり、S4~S5は推定モデルを用いて異常診断を行う工程である。
まず、S1にて、機械情報取得部5にて取得された機械情報を記録情報として記憶部8に記録する(機械情報取得ステップ及び記録ステップ)。機械情報としては加工形態を判断できる情報も合わせて記録すると良い。例えば、加工に使用する工具情報や加工を行う際の主軸2の回転速度指令、相対運動の速度指令や、工作物3への切り込み量などの加工を行うための指令情報などが良い。
【0013】
次に、S2にて、モデル作成部6にて記憶部8に記録されている記録情報より、推定モデル作成に使用する教師データを抽出する。推定モデルを作成するにあたっては、加工の状態が正常であるか異常であるかが明確なデータを全て教師データとしても良いが、データのバリエーションが多すぎると推定モデルの作成工程においてパラメータが収束しなかったり、複雑になりすぎたりすることがあり時間や計算コストが必要になるためデータのバリエーションを限定するのが望ましい。そこで、ここでは加工形態判断部7において、加工条件や治工具、プログラム指令や座標情報等の加工形態が同一か否かを判断する。
【0014】
例として
図3に示すように高さ50mmの凸部をエンドミルTにて側面加工する場合について説明する。
図3に示すようなワークWを加工した際の主軸負荷の時間変化を
図4に示す。
図4の0~5秒の間は、エアカット部であり、主軸負荷が上昇しない。また、5~8秒の間は、
図3中に示す工具が左側から右側に向かってアプローチしているため、工具の中心がワークの左端を過ぎるまでは切削量が変化していく。切削状態が変化するため、主軸負荷は一定ではなく、場合によっては一時的にビビリなどが発生し主軸負荷は大きく変化する。前述の範囲を教師データとすると効率よく推定モデルが作成できないため、点線で囲んで示すように、加工が安定している10~20秒の範囲を教師データとして抽出する。抽出範囲の設定は、前述の手法の様に教師データの対象波形を観察したり、加工内容から人為的に決定しても良いし、対象波形へ数値処理を行なったり、機械動作を行うプログラム指令や座標情報、加工条件や、治工具、ワーク材種、ワーク形状、オペレータ、切削液種及び供給圧力等などの情報を組合せ限定すると良い。
【0015】
例えば、対象波形への数値処理を行う場合は、単位時間内での変化量が一定値以内の範囲としても良いし、周波数分析を行い特性の周波数成分が一定値を超える範囲としても良い。また、機械動作を行うプログラム指令や座標情報を用いる場合は、回転数指令や送り速度に範囲を設けても良いし、サイクル動作などに限定しても良いし、切り込み深さが一定な加工を抽出しても良い。治工具の情報を用いる場合は、旋削チャックのサイズごとに切り分けても良いし、工具の長径などの形状や刃数、コーティング等に範囲を設けても良い。前述の情報を組合せ監視したい異常対象や求める汎化性能と教師データのデータ量に応じて抽出範囲を変更すると良い。例えば、ドリル径は問わずドリル加工をしている箇所を加工形態が同一として抽出しても良いし、前述のようなエンドミル側面加工でも、切込み深さが一定の範囲内で変化するデータを抽出することで、より汎化性能の高い推定モデルを作成可能な教師データとしても良い。
【0016】
S3では、モデル作成部6にてS2の工程で抽出された教師データより異常識別を行う推定モデルを構築する(S2,S3:モデル作成ステップ)。本例では、ニューラルネットワークによってオートエンコーダを構築し、前記教師データの中から正常に加工が完了したデータのみで正常状態を学習し、学習済みモデルを作成する。前記学習済みモデルの入出力の差分により正常状態からの変化を表現することで異常診断の推定モデルを定義する。推定モデルの定義方法は、前述の手法にとらわれるものではなく、機械学習や深層学習などのアルゴリズムから対象のデータに対して性能が高いものを使用するとよい。例えば、Gaussian Mixture ModelやApproximate Gaussian Mixturesなどでクラスタリングを行い正常状態の分布を定義し、正常の特徴からの乖離度を出力する事で異常を識別することも可能である。他にも、サポートベクトルマシンや最近傍法、ランダムフォレスト法、ナイーブベイズ法等を用いても良い。
【0017】
S4では、異常診断部13にて異常診断を行うためのしきい値の定義を行う。
図5に異常識別を行う加工対象のワークW1を示す。
図3で示すワークWとは形状が異なるが、凸部の高さが50mmであるなど同一の加工形態を含むワークである。
図6は
図5で示すワーク加工時の主軸負荷の時間変化を示したものである。監視設定入力部10からの入力により、安定した加工が行えそうな箇所には低めの、加工が不安定になりそうな箇所には高めのしきい値を引く等、加工形態に合わせて時間変化するしきい値の定義を人為的に行う。また、前述の様に時間変化する値を人為的に与える代わりに、S3にて作成された推定モデルを用いて前記主軸負荷の時間変化の識別を行うと、
図7に示すような出力値が得られる。この出力値をベースにオフセットした値をしきい値とすることで、有効な監視を行うことができる。
図5に示す加工では、
図3で示すモデル作成範囲とは異なる加工も含まれるため、
図8に示すように複数回の加工のデータの識別を行う事でより安定して異常を検出することができる。前記オフセット値は、監視設定入力部10より与えても良いし、推定結果の平均値や分散値などから求めても良い。
【0018】
次に、S5では、機械情報取得部5より取得した機械情報を、異常診断部13にて前記推定モデルを用いて異常の推定をおこない、その出力結果とS4にて定義したしきい値とを比較することで異常の有無を診断する(S4,S5:異常診断ステップ)。異常と診断された場合は、機械動作指令部12にて、アラームの発報や、異常の告知、退避動作を行う。診断結果をモニタに表示させてもよい。
【0019】
このように、上記形態1の工作機械1の異常診断装置4及び異常診断方法、異常診断プログラムによれば、動作情報と出力情報とを機械情報として取得する機械情報取得部5と、取得された機械情報から、異常度合いを推定する推定モデルを作成するモデル作成部6と、作成した推定モデルによって機械情報の異常度合いを随時推定し、その推定値の時間変化と加工形態に合わせて時間変化するように設定したしきい値とを比較することで異常の有無を判断する異常診断部13とを含んでなり、各ステップを実行することで、加工形態が定常ではなく大きく変化する加工においても有効な加工異常の検出を行うことが可能となる。また、推定モデルの作成時に教師データとしたモデル作成範囲の加工形態が、異常監視を行う範囲を十分に網羅していなくとも異常診断を有効に行うことができる。
【0020】
特にここでは、診断対象の加工形態間での同一性を判断する加工形態判断部7をさらに備え、異常診断部13は、加工形態判断部7によって同一と判断された加工を繰り返し行う際、診断対象の加工が正常に完了した際の機械情報を推定モデルによって随時推定した推定値の時間変化の波形を基にしきい値を設定するので、しきい値の有効範囲や設定を区間ごとに行う必要が無いため容易にしきい値を決定することができる。また、有効な加工範囲が不明確な推定モデルを使用しても、実際の識別結果からしきい値を決定するので、容易かつ有効に行うことができる。
また、モデル作成部6は、加工形態判断部7にて判断した加工形態の変化が所定の範囲内となるデータを教師データとして抽出し、教師データより推定モデルを作成するので、大量のデータの様々なバリエーションのデータよりモデルを作成する必要が無いためモデルの作成が容易となる。
【0021】
なお、上記形態1では機械情報として動作情報と出力情報とを共に取得しているが、何れか一方のみであっても差し支えない。
【0022】
[形態2]
次に、本発明の他の形態を説明する。但し、形態1と同じ構成部には同じ符号を付して重複する説明は省略する。
図9に示す異常診断装置4Aでは、加工形態判断部を備えておらず、工作機械1若しくは他の工作機械にて取得した既存データを入力するための既存データ入力部14を備えている点が形態1と異なる。
この異常診断装置4Aにおける異常診断処理の手順を
図10に示すフローチャートに基づいて説明する。
まず、S11にて推定モデルの作成を行う。機械情報取得部5にて取得された機械情報を記録情報として記憶部8に記録する(機械情報取得ステップ及び記録ステップ)。記憶部8には、機械情報取得部5以外にも、既存データ入力部14から既存データを入力しても良い。既存データは推定モデルの性能を向上させるために、同一の加工条件で加工に取得したデータでも良いし、異なる加工条件や治工具、他の機台で取得したデータでも良い。
そして、モデル作成部6にて記憶部8に記録された情報を教師データとして推定モデルの作成を行う(モデル作成ステップ)。ここで加工が安定している範囲を教師データとして抽出する点と、具体的な推定モデルの作成方法とは形態1と同じである。
【0023】
次にS12では、繰り返し加工の前にテスト加工を行い、正常に加工が完了した際の機械情報を記録情報として記憶部8に記録し、S11にて作成された推定モデルによって随時推定を行うことで得られた推定波形を、マスタ波形として記憶部8に記録する。
図5に示すワークW1を加工した場合、
図6の正常時の主軸負荷の変化を随時推定し得られたマスタ波形が
図7となる。
さらに、S13では、識別可能区間設定を行う。ここではマスタ波形に識別可能区間設定しきい値を設定し、マスタ波形が識別可能区間設定しきい値以下になった区間を、識別可能区間とする。例えば
図11に一点鎖線で示すように、マスタ波形に識別可能区間設定しきい値(0.2)を設け、下回った範囲である10~26sec、42~53sec、65~75secを識別可能区間とする。
【0024】
次にS14では、繰り返し加工を行った際の異常診断を行う(S12~S14:異常診断ステップ)。
図12のように機械情報を推定モデルで随時推定した推定波形が、S13にて決定した識別可能区間において、異常診断のしきい値を上回るか否かによって異常の検出を行う。ここで、決定する異常診断のしきい値は、
図12に示すように識別可能区間設定しきい値(0.2)と同じ値でも良いが、
図13のようにしきい値にマージンを設ければ、異常の誤検出を防げる効果がある。異常を検出した際には、機械動作指令部12にて、アラームの発報や、異常の告知、退避動作を行う。
【0025】
また、異なる異常診断処理の手法について
図14のフローチャートに基いて説明する。
図14におけるS21~S23のステップは、
図10におけるS11~S13のステップと同様であり、識別可能区間が設定される。ここではS24以降の異常診断ステップが異なる。
S24では、推定モデルの更新を行うために教師データの抽出を行う。教師データの抽出は、加工状態が正常と確認されているデータの識別可能区間によって行う。
図12に示す推定結果の場合、10~26sec、42~53sec、65~75secの範囲を再学習用の教師データとする。
次に、S25では、S24にて抽出した教師データを基に推定モデルの更新を行う。例えば、ニューラルネットワークを用いる場合には、前述の推定モデルのウェイト及びバイアスを初期値として用いる事で元の推定モデルの特性を残しつつ今回の診断対象に合わせてファインチューニングすることができる。
【0026】
次に、S26において、
図10のS14と同様に異常診断を行う。前記機械情報をS25にて推定モデル更新を行なった更新済み推定モデルで随時推定し、S23にて定義した識別可能区間においてしきい値を上回るか、否かによって異常の検出を行う。
ここでは推定モデルがS25にて、識別可能区間に合わせて更新されているため、識別可能区間全体の異常度がさがり、しきい値にマージンを設ける必要が無く、より感度良く異常を識別することができる。
【0027】
このように、形態2の異常診断装置4Aにおいても、加工形態が定常ではなく大きく変化する加工においても有効な加工異常の検出を行うことが可能となる。また、推定モデルの作成時に教師データとしたモデル作成範囲の加工形態が、異常監視を行う範囲を十分に網羅していなくとも異常診断を有効に行うことができる。また、推定モデルを使用する際に、適用範囲を把握していなくても識別を行うことができる。
特にここでは、少ないデータであっても有効に学習が行える箇所のデータを教師データとして抽出可能であるため、推定モデルの精度向上に対してデータを有効活用できる。また、計算コストも削減できるため、大規模な計算機を用いなくても推定モデルのチューニングができる。さらに、異常検出対象に合わせて微調整が行えるのでより精度良く異常検出を行うことができる。
【0028】
なお、上記形態2では、推定モデルの作成手法を一連の流れに組み込んで説明をしているが、推定モデルが既にある場合はその推定モデルを用いても良い。更に、推定モデル作成者と異常検出を行う推定モデル使用者は同じでなくてもよい。
【0029】
次に、形態1,2におけるモデル作成部6による推定モデルの作成方法を、
図15のフローチャートに基づいて説明する。
まず、S31では、記憶部8に記録された記録情報に、工作機械1の動作が正常であったか否かを示す動作結果を付加したラベル済みデータを作成する(ラベル済みデータ作成ステップ)。
次に、S32ではマスタデータの作成を行う(マスタデータ作成ステップ)。マスタデータは、動作結果に紐付いた特徴が含まれる箇所のみを抽出していく。動作結果の判別に有効な特徴が含まれない箇所を排除したデータを作成することで、推定モデルの構築を効率化して行うことができる。
図3に示したワークWをエンドミルTにて側面加工したデータを元に推定モデルを作成する場合を例に説明すると、エアカット部やアプローチ部の情報は、加工状態の正常、異常によって明確な特徴量が存在しない場合が多く、モデルの構築を複雑化させる。よって、推定モデルの構築を効率良く行うために、
図4の10~20秒の間のように加工状態が定常である箇所をマスタデータとすることが有効である。
【0030】
次に、S33にて、マスタモデルを作成する(マスタモデル設定ステップ)。ここでは、オートエンコーダによって異常度合いを出力するモデルを構築する手法を例に説明する。マスタデータの中から加工結果が正常なもののみを使ってマスタモデルを作成する。学習済み推定モデルの入出力の差分により正常状態からの変化を表現する。この時、すべてのマスタデータを使用してマスタモデルを作成するのではなく、学習用のマスタ学習データと評価用のマスタ評価データを作成する。推定モデルの定義方法は、前述の手法にとらわれるものではなく、機械学習や深層学習などのアルゴリズムから対象のデータに対して性能が高いものを使用するとよい。例えば、Gaussian Mixture ModelやApproximate Gaussian Mixturesなどでクラスタリングを行い正常状態の分布を定義し、正常の特徴からの乖離度を出力する事で異常を推定することも可能である。他にも、サポートベクトルマシンや最近傍法、ランダムフォレスト法、ナイーブベイズ法等を用いても良い。
【0031】
次に、S34では、マスタデータとは異なる加工条件や被削材を加工した際の機械情報を、前記マスタモデルにて推定を行う。推定結果に対し抽出用しきい値を設け、抽出用しきい値を下回る範囲に対応する機械情報を追加教師データとする(追加教師データ作成ステップ)。
図5のような形状のワークW1をエンドミルTにて側面切削を行なった際に得られた主軸負荷(
図6)を基に、加工の異常度を推定するモデルの作成手順を例に説明する。
S33にて作成されたマスタモデルを用いて、前述の主軸負荷を推定したところ、
図7に示すような、推定結果(異常度)が得られる。そこで、
図16に示すように抽出用しきい値を設け、推定結果が抽出用しきい値を下回った範囲である10~26sec、42~53sec、65~75secを追加学習データとして抽出する。
【0032】
次に、S35では、追加教師データをマスタデータに追加して再学習を行い、再学習モデルを作成する(再学習モデル作成ステップ)。再学習の手順はS33と同様である。
次に、S36では、作成されたマスタモデルの評価を行う(モデル性能評価ステップ)。マスタモデルの評価は、マスタデータの推定を行い、実際の動作結果と一致するかによって行う。
次に、S37では、S36での評価結果を基に、マスタモデルの再学習を行うか否かを判断する(再学習実施判定ステップ)。ここではマスタモデルに対して再学習モデルの推定性能が劣る場合は、追加教師データが有効でなかったと判断し、S38で、再学習モデルではなく、マスタモデルを採用する(採用モデル決定ステップ)。一方、マスタモデルの推定性能を低下させずに再学習が行えた場合は、適用できる加工の拡大に成功したと判断し、マスタモデルを再学習モデルにて更新し、S34~S37のステップを繰り返して再度、追加教師データを作成することで、適用範囲の拡大を進めていくことができる。また、適用範囲の拡大と推定精度はトレードオフの関係にあるため、厳密な監視よりも、適用範囲の拡大を重視する場合には、マスタモデルから性能低下に対してある程度許容する範囲を設けても良い。
【0033】
ここではS37の判断で再学習を行う場合に、再学習条件を変更している(S39)。すなわち、S37にて、マスタモデルの推定性能に再学習モデルが達しなかった際には、移行したS34の追加教師データ作成ステップにおいて抽出用しきい値を下げている。この抽出用しきい値の再設定により、追加教師データとする範囲が小さく変更されて推定精度の改善が期待できる。
なお、本事例では、マスタモデルの作成工程を一連の流れに含めて説明しているが、推定対象にあう、既存の推定モデルを用いても良い。
このように上記形態の推定モデルの作成方法によれば、推定性能を維持したまま適用範囲を拡大した推定モデルが、詳細なラベリングを行わなくても作成可能となる。また、有効な学習データの選別にかかるコストの削減や、動作結果に対応した特徴量を含まない大量のデータを用いる事による計算コストの増大も削減することが可能となる。
特に、推定結果を判定する抽出用しきい値の設定を同時に行うので、学習を行うとともに有効な抽出用しきい値を設定することができる。
【0034】
なお、各形態では、エンドミルによる側面加工での主軸負荷の変化を例に説明を行なったが、加工形態はこれにとらわれるわけでは無く、ドリルやタップフライス加工や旋削加工へも適用可能であり、センサ出力値においてもこれにとらわれるわけではなく、送り軸の負荷や振動センサの出力などあらゆるセンサを対象として良い。
【符号の説明】
【0035】
1・・工作機械、2・・主軸、3・・工作物、4,4A・・異常診断装置、5・・機械情報取得部、6・・モデル作成部、7・・加工形態判断部、8・・記憶部、9・・モデル作成条件入力部、10・・監視設定入力部、11・・解釈部、12・・機械動作司令部、13・・異常診断部、14・・既存データ入力部、W,W1・・ワーク、T・・エンドミル。