(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-05
(45)【発行日】2022-09-13
(54)【発明の名称】ガス吸収分光装置、及びガス吸収分光方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/39 20060101AFI20220906BHJP
G01N 21/3504 20140101ALI20220906BHJP
【FI】
G01N21/39
G01N21/3504
(21)【出願番号】P 2018164743
(22)【出願日】2018-09-03
【審査請求日】2021-01-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【氏名又は名称】駒井 慎二
(74)【代理人】
【識別番号】100173532
【氏名又は名称】井上 彰文
(72)【発明者】
【氏名】真野 和音
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-069639(JP,A)
【文献】国際公開第2015/181956(WO,A1)
【文献】特開平07-311154(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0236524(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0003218(US,A1)
【文献】特開2013-040937(JP,A)
【文献】国際公開第2017/040848(WO,A1)
【文献】特開2017-106742(JP,A)
【文献】特開昭63-009844(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0132617(US,A1)
【文献】国際公開第2014/106940(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-G01N 21/61
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長可変の光源と、
前記光源から出射される光の波長を掃引する光源制御部と、
測定対象ガスと該測定対象ガス以外の混入ガスとを含む被測定ガスが導入されるガスセルと、
前記光源から出射され、前記ガスセルを通過した後の光の光強度を検出する光検出器と、
前記光源制御部による波長の掃引に対する前記光強度の変化から、前記被測定ガスの吸収スペクトルを作成するスペクトル作成部と、
前記測定対象ガスの前記吸収スペクトルに基づき、前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を取得する物理量測定部と、
前記被測定ガスの吸収スペクトルにおける前記混入ガスの
吸収ピーク部分に基づいて前記混入ガスの濃度を取得するガス濃度測定部と、
前記混入ガスの濃度に基づき、前記物理量測定部で取得された前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する物理量補正部と、
を備えることを特徴とするガス吸収分光装置。
【請求項2】
前記物理量測定部は、
前記吸収スペクトルを、波長の各点においてWMSの波長変調幅に相当する波長幅の範囲内で近似多項式により近似する多項式近似部と、
前記各点の近似多項式の各項の係数に基づき、前記吸収スペクトルの2次微分スペクトルを作成する微分スペクトル作成部と、
を有し、
前記測定対象ガスの前記2次微分スペクトルに基づき、前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を
取得する
ことを特徴とする請求項1に記載のガス吸収分光装置。
【請求項3】
前記ガス濃度測定部は、前記混入ガスの前記2次微分スペクトルに基づき、前記混入ガスの濃度を
取得することを特徴とする請求項2に記載のガス吸収分光装置。
【請求項4】
前記物理量補正部は、前記混入ガスの濃度に対する前記測定対象ガスの前記2次微分スペクトルのピーク高さの変化を示す近似式を有し、該近似式によって求まる補正値によって前記物理量測定部で
取得された前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正することを特徴とする請求項2
または請求項
3に記載のガス吸収分光装置。
【請求項5】
前記近似式が、累乗関数であることを特徴とする請求項
4に記載のガス吸収分光装置。
【請求項6】
前記物理量補正部は、前記混入ガスの濃度と前記測定対象ガスの前記2次微分スペクトルのピーク高さとの関係を示す補正値を有し、該補正値によって前記物理量測定部で
取得された前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正することを特徴とする請求項2
または請求項3に記載のガス吸収分光装置。
【請求項7】
前記補正値が、前記混入ガスの濃度に対するローレンツ広がり係数(Air)の変化に基づいて定められることを特徴とする請求項
6に記載のガス吸収分光装置。
【請求項8】
前記物理量補正部は、前記補正値が格納されたデータベースを有することを特徴とする請求項
4から請求項
7のいずれか一項に記載のガス吸収分光装置。
【請求項9】
前記物理量測定部は、前記2次微分スペクトルのピーク高さより前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を
取得することを特徴とする請求項2から請求項
8のいずれか一項に記載のガス吸収分光装置。
【請求項10】
前記被測定ガスの圧力を検出する圧力センサを有し、
前記物理量補正部が、前記被測定ガスの圧力と前記混入ガスの濃度に基づいて、前記物理量測定部で
取得された前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する
ことを特徴とする請求項1から請求項
9のいずれか一項に記載のガス吸収分光装置。
【請求項11】
前記近似多項式が2次多項式であることを特徴とする請求項
2から請求項
10のいずれか一項に記載のガス吸収分光装置。
【請求項12】
前記ガス吸収分光装置は、キャビティリングダウン吸収分光装置であることを特徴とする請求項1から請求項
11のいずれか一項に記載のガス吸収分光装置。
【請求項13】
波長が掃引される光を、測定対象ガスと該測定対象ガス以外の混入ガスとを含む被測定ガスに照射する工程と、
前記被測定ガスを通過した後の光の光強度を検出する工程と、
前記波長の掃引に対する前記光強度の変化から、前記被測定ガスの吸収スペクトルを作成する工程と、
前記測定対象ガスの前記吸収スペクトルに基づき、前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を取得する工程と、
前記被測定ガスの吸収スペクトルにおける前記混入ガスの
吸収ピーク部分に基づいて前記混入ガスの濃度を取得する工程と、
前記混入ガスの濃度に基づき、前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する工程と、
を含むことを特徴とするガス吸収分光方法。
【請求項14】
前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を
取得する工程は、
前記吸収スペクトルを、波長の各点においてWMSの波長変調幅に相当する波長幅の範囲内で近似多項式により近似する工程と、
前記各点の近似多項式の各項の係数に基づき、前記吸収スペクトルの2次微分スペクトルを作成する工程と、
を含み、
前記測定対象ガスの前記2次微分スペクトルに基づき、前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を
取得する
ことを特徴とする請求項
13に記載のガス吸収分光方法。
【請求項15】
前記混入ガスの濃度を
取得する工程は、前記混入ガスの前記2次微分スペクトルに基づき、前記混入ガスの濃度を
取得することを特徴とする請求項
14に記載のガス吸収分光方法。
【請求項16】
前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する工程は、
前記混入ガスの濃度に対する前記測定対象ガスの前記2次微分スペクトルのピーク高さの変化を示す累乗関数の近似式から補正値を求める工程と、
該補正値によって前記物理量測定部で
取得された前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する工程と、
を含むことを特徴とする請求項
14又は請求項
15に記載のガス吸収分光方法。
【請求項17】
前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する工程は、前記混入ガスの濃度に対するローレンツ広がり係数(Air)の変化に基づいて定められた、前記混入ガスの濃度と前記測定対象ガスの前記2次微分スペクトルのピーク高さとの関係を示す補正値によって前記物理量測定部で
取得された前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正することを特徴とする請求項
14又は請求項
15に記載のガス吸収分光方法。
【請求項18】
前記被測定ガスの圧力を検出する工程をさらに含み、
前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する工程は、前記被測定ガスの圧力と前記混入ガスの濃度に基づいて、前記物理量測定部で
取得された前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正することを特徴とする請求項
13から請求項
17のいずれか一項に記載のガス吸収分光方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定対象ガスのレーザ光吸収スペクトルに基づき、該ガスの濃度、温度等を測定するガス吸収分光装置及びガス吸光分光方法に関する。このガス吸収分光装置及びガス吸光分光方法は、例えば、自動車産業において、ガス濃度やガス温度の非接触、高速測定に適用可能であり、その他、プラント炉内の燃焼ガスのような高温・高圧環境におけるガス計測など多岐の分野において応用可能である。
【背景技術】
【0002】
従来、レーザ光を測定対象ガスに照射し、光検出器によりレーザ光を測定する、ガス吸収分光法として、WMS(Wavelength Modulated Spectroscopy、波長変調分光法)が知られている。WMSは、レーザ光の波長を掃引しつつ、掃引周期より十分短い周期(つまり、十分高い周波数f)で正弦波状に波長を変調する。そして、光検出器において、周波数fの高調波(一般的には2次高調波:2f)を検出することで、高い感度でガス吸収を測定することができるとされている(特許文献1、非特許文献1、2、3)。また、高調波の検出は、通常、ロックインアンプが用いられるが、検出器信号をそのままデジタルサンプリングしてFFT解析を行うことで2fの同期検波を行う方法も提案されている(非特許文献4)。
【0003】
このように、従来のWMSは、感度及びロバスト性(測定容易性)に優れるため、産業用ガス吸収分光装置に適用する上では好適とされているが、レーザの波長変調周波数を高めることが困難であり、また波長変調周波数が高くなると波長変調幅を正確に測定するのも困難となるため、高速測定においては、ガス濃度、ガス温度等の測定精度が低下するという問題があった。
【0004】
そこで、かかる問題を解決するため、レーザの波長の変化に対する光強度の変化から、測定対象ガスの吸収スペクトルを求め、該吸収スペクトルを近似多項式により近似し、該近似多項式の各項の係数に基づいて吸収スペクトルのn次微分スペクトルを作成し、該n次微分スペクトルに基づいて測定対象ガスの温度、濃度、圧力等を測定する方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-196832号公報
【文献】特許5983779明細書
【非特許文献】
【0006】
【文献】Reid, J. and Labrie, D., "Second-harmonic detection with tunable diode lasers-comparison of experiment and theory," Appl. Phys. B 26, 203-210 (1981).
【文献】J. A. Silver, "Frequency-modulation spectroscopy for trace species detection: theory and comparison among experimental methods,"Appl. Opt. 31 (1992), 707-717.
【文献】G. B. Rieker, J. B. Jeffries, and R. K. Hanson, "Calibration-free wavelength modulation spectroscopy for measurements of gas temperature and concentration in harsh environments," Appl. Opt., submitted 2009.
【文献】T. Fernholz, H. Teichert, and V. Ebert, "Digital, phase-sensitive detection for in situ diode-laser spectroscopy under rapidly changing transmission conditions," Appl. Phys. B 75, 229-236 (2002).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に記載のガス吸収分光装置及びガス吸収分光方法によれば、高速測定においても、ガス濃度、ガス温度等を高い精度で測定することができる。しかしながら、測定環境によっては、測定対象ガスに測定対象ガス以外のガスが混入しているような場合も多く、このような場合には、求まる吸収スペクトル自体が変化してしまい、測定対象ガスのガス濃度、ガス温度等を正確に測定できない(つまり、測定誤差が発生する)といった問題があった。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、測定対象ガスに測定対象ガス以外のガスが混入しているような場合であっても、精度の高いガス濃度等の測定が可能なガス吸収分光装置及びガス吸収分光方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明のガス吸収分光装置は、波長可変の光源と、前記光源から出射される光の波長を掃引する光源制御部と、測定対象ガスと該測定対象ガス以外の混入ガスとを含む被測定ガスが導入されるガスセルと、光源から出射され、ガスセルを通過した後の光の光強度を検出する光検出器と、光源制御部による波長の掃引に対する光強度の変化から被測定ガスの吸収スペクトルを作成するスペクトル作成部と、測定対象ガスの吸収スペクトルに基づき測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を取得する物理量測定部と、被測定ガスの吸収スペクトルにおける混入ガスの部分に基づいて混入ガスの濃度を取得するガス濃度測定部と、混入ガスの濃度に基づき物理量測定部で取得された測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する物理量補正部と、を備えることを特徴とする。
【0010】
なお、ここで言う「波長」は「波数」と一義的に対応するものであり、「波数」を用いて同様の構成を組み立てることも可能である。
【0011】
また、ここで言う「混入ガス」とは、測定系内に存在する測定対象ガス以外のガスを意味し、複数種類のガスも含む概念である。
【0012】
また、物理量測定部は、吸収スペクトルを、波長の各点においてWMSの波長変調幅に相当する波長幅の範囲内で近似多項式により近似する多項式近似部と、各点の近似多項式の各項の係数に基づき吸収スペクトルの2次微分スペクトルを作成する微分スペクトル作成部と、を有し、測定対象ガスの2次微分スペクトルに基づき、測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を測定する構成とすることができる。また、この場合、ガス濃度測定部は、混入ガスの2次微分スペクトルに基づき混入ガスの濃度を取得してもよい。
【0014】
また、物理量補正部は、混入ガスの濃度に対する測定対象ガスの2次微分スペクトルのピーク高さの変化を示す近似式を有し、該近似式によって求まる補正値によって物理量測定部で取得された測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正してもよい。また、この場合、近似式が、累乗関数であってもよい。
【0015】
また、物理量補正部は、混入ガスの濃度と測定対象ガスの2次微分スペクトルのピーク高さとの関係を示す補正値を有し、該補正値によって物理量測定部で取得された測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正することが望ましい。また、この場合、補正値が、混入ガスの濃度に対するローレンツ広がり係数(Air)の変化に基づいて定められていてもよい。
【0016】
また、物理量補正部は、補正値が格納されたデータベースを有するように構成してもよい。
【0017】
また、物理量測定部は、2次微分スペクトルのピーク高さより測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を取得してもよい。
【0018】
また、被測定ガスの圧力を検出する圧力センサを有し、物理量補正部が、被測定ガスの圧力と混入ガスの濃度に基づいて、物理量測定部で取得された測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正してもよい。
【0019】
また、近似多項式が2次多項式であってもよい。
【0020】
また、ガス吸収分光装置は、キャビティリングダウン吸収分光装置であってもよい。
【0021】
また、別の観点からは、本発明のガス吸収分光方法は、波長が掃引される光を、測定対象ガスと該測定対象ガス以外の混入ガスとを含む被測定ガスに照射する工程と、被測定ガスを通過した後の光の光強度を検出する工程と、波長の掃引に対する光強度の変化から、被測定ガスの吸収スペクトルを作成する工程と、測定対象ガスの前記吸収スペクトルに基づき、前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を取得する工程と、被測定ガスの吸収スペクトルにおける前記混入ガスの部分に基づいて混入ガスの濃度を取得する工程と、混入ガスの濃度に基づき、前記測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方を補正する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明のガス吸収分光装置及びガス吸収分光方法によれば、混入ガスの濃度に基づき物理量測定部で測定された測定対象ガスの温度と濃度の少なくとも一方が補正されるため、測定対象ガスに他のガスが混入しているような場合であっても、精度の高いガス濃度、温度を測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の実施形態に係るガス吸収分光装置の概略構成を示す図である。
【
図2】本発明の実施形態に係るガス吸収分光装置を用いて、測定対象ガスの温度、濃度を測定する場合の手順を示すフローチャートである。
【
図3】本発明の実施形態に係るガス吸収分光装置で得られる、スペクトルプロファイルの一例を示す図である。
【
図4】本発明の実施形態に係るガス吸収分光装置で得られる、2次微分曲線(2次微分スペクトル)の一例を示す図である。
【
図5】本発明の実施形態に係るガス吸収分光装置で得られる、測定対象ガス(H
2O)のスペクトルプロファイルの一例を示す図である。
【
図6】混入ガス(CO
2)の濃度と、測定対象ガス(H
2O)の補正量(2次微分スペクトルのピーク高さの変化量)との関係を示すグラフである。
【
図7】本発明の実施形態に係るガス吸収分光装置の変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。なお、図中同一又は相当部分には同一の符号を付してその説明は繰り返さない。
【0025】
(ガス吸収分光装置の構成)
図1は、本発明の実施形態に係るガス吸収分光装置の概略構成を示す図である。
図1に示すように、本実施形態のガス吸収分光装置1は、測定対象ガスTGと測定対象ガスTG以外の混入ガスMGとを含む被測定ガスGが導入されるガスセル11と、ガスセル11を挟んで、一方側に配置されるレーザ光源12と、他方側に配置される光検出器13と、レーザ光源12を制御する光源制御部14と、ガスセル11内の被測定ガスGの圧力を検出する圧力センサ15と、光検出器13及び圧力センサ15に接続され、光検出器13及び圧力センサ15の出力を数値化して記憶すると共に、各種演算を行う測定部20と、を備えている。
【0026】
ガスセル11は、レーザ光源12と光検出器13の間に配置され、レーザ光源12からの光が透過するように構成された、例えば、ガラス製又は樹脂製の部材である。
【0027】
レーザ光源12は、少なくとも測定対象ガスTGと混入ガスMGの吸収波長をカバーする範囲で波長可変のものであり、例えば、量子カスケードレーザ(QCL)、注入電流制御型波長可変ダイオードレーザによって構成される。
【0028】
光源制御部14は、レーザ光源12を制御して、レーザ光源12の波長を所定の最低波長から最高波長の間で掃引する(変化させる)装置である。
【0029】
光検出器13は、レーザ光源12から出射され、ガスセル11を通過した後の光の強度を検出する装置であり、例えば、レーザ光源12の波長可変範囲内に分光感度を有するフォトダイオードによって構成される。光検出器13は測定部20に接続されており、光検出器13で検出された光強度の情報(電気信号)は、測定部20に出力される。
【0030】
圧力センサ15は、センサ面(不図示)がガスセル11内に露出し、被測定ガスGの圧力を検出するセンサである。圧力センサ15は測定部20に接続されており、圧力センサ15で検出された圧力の情報(電気信号)は、測定部20に出力される。
【0031】
測定部20は、A/D変換器25と、解析部26とを有している。A/D変換器25は、光検出器13から出力される光強度の情報と、圧力センサ15から出力される圧力の情報を、A/D変換器25でデジタル化して、記憶装置(不図示)内に記憶する装置である。解析部26は、A/D変換器25によって得られたデータ(記憶装置内のデータ)に対して数学的演算を行い、測定対象ガスTGの温度、濃度を測定する装置である(詳細は後述)。
【0032】
(測定対象ガスTGの温度、濃度の測定手順)
図2は、本実施形態に係るガス吸収分光装置1を用いて、測定対象ガスTGの温度、濃度を測定する場合の手順を示すフローチャートである。
図2に示すように、本実施形態の測定手順では、先ず、光源制御部14が、レーザ光源12を制御し、所定の最低波長のレーザ光を放射させ(ステップS1)、その波長を順次変化させて最高波長まで掃引する(ステップS2)。レーザ光源12からの光はガスセル11中の被測定ガスGを通過するため、このときに被測定ガスG(つまり、測定対象ガスTG及び混入ガスMG)に応じた波長において吸収を受ける。そして、被測定ガスGを通過したレーザ光は、光検出器13でその強度が検出される。次いで、光検出器13から出力される光強度の情報と、圧力センサ15から出力される圧力の情報が、A/D変換器25でデジタル化され、解析部26に送られて記憶装置(不図示)内に記憶される。そして、解析部26によって、光強度情報の変化に基づいて被測定ガスGのスペクトルプロファイルが取得される(ステップS3(スペクトル作成部))。
【0033】
図3は、ステップS3で得られたスペクトルプロファイルの一例を示す図であり、測定対象ガスTGをH
2O、混入ガスMGをCO
2と仮定した場合のプロファイルである。なお、
図3のプロファイルは、H
2O濃度:1(%)、CO
2濃度:10(%)、温度:300(K)、圧力:1(atm)として、HITRAN2008データベースより得たH
2O、CO
2のスペクトルプロファイルからシュミレーションしたものであるが、実際には、ステップS1~S3によって得られた、スペクトルプロファイルが用いられる。
図3に示すように、本実施形態においては、測定対象ガスTG(H
2O)と混入ガスMG(CO
2)がガスセル11内に導入されるため、ステップS3で得られるスペクトルプロファイルには、測定対象ガスTG(H
2O)の吸収ピークが波数:6955.2(cm
-1)付近に現れ、混入ガスMG(CO
2)の吸収ピークが波数:6955.7(cm
-1)付近に現れる。
【0034】
解析部26では、さらにこのスペクトルプロファイルのデータに基づき、後述の数学的演算を行われる。より具体的には、ステップS3で得られたスペクトルプロファイルに対し、多項式を用いて演算を行うことにより、高速且つ簡便にWMSの2次検波処理相当の処理を行い、測定対象ガスTGの各種物理量を測定する。
【0035】
ここで、本実施形態においては、ステップS3で得られたスペクトルプロファイルの波数軸の各点
νを中心とする幅2a´の範囲[
ν-a´<ν<
ν+a´]について、
【数1】
で示される多項式で表されると考える。なお、「ν」、「
ν」は波数、「τ」は透過スペクトルのプロファイル、「a´」は変調振幅である。本明細書では、電子出願の制限により、上付線を使用できないため、「
ν」というように下線を付して表現するが、「
ν」は式(1)の上付線の付与された「ν」を意味している。そして、式(1)のn次微分を求めると、
【数2】
となる。ここで、一般に、WMS処理で同期検波して得られるn次の高調波のスペクトルプロファイルは、近似的に次式で示されることから(非特許文献1:Equation 8)、
【数3】
式(2)、(3)より、
【数4】
が得られる。そして、ステップS3で得られたスペクトルにおいて波数νに対するWMS信号を算出するために、[
ν-a´<ν<
ν+a´]の波数の範囲を最小二乗法等によりフィッティングし(つまり、多項式近似し)、係数b0、b1、b2、b3…を求め(つまり、多項式の係数を取得し)、さらに
νを逐次変化させてフィッティングにより求めた係数b1とb2のプロファイルを作成すると、1fと2fのWMSプロファイルに相当するものとなることが知られている(特許文献2)。
【0036】
そこで、本実施形態においては、ステップS3で得られたスペクトルにおいて多項式近似し(ステップS4(多項式近似部))、該多項式の係数を取得し(ステップS5)、係数b2のプロファイルを作成することによって、2次微分曲線(2次微分スペクトル)を作成している(ステップS6(微分スペクトル作成部))。
図4は、本実施形態の方法で作成された、2次微分曲線(2次微分スペクトル)の一例を示す図である。
【0037】
そして、本実施形態の測定手順では、ステップS6で得られた2次微分曲線に基づき、測定対象ガスTGの温度及び濃度を算出する(ステップS7(物理量測定部))。具体的には、ステップS6で得られた2次微分曲線のピーク高さと測定対象ガスTGの濃度に相関関係があることが知られていることから(特許文献2)、2次微分曲線のピーク高さを測定することによって測定対象ガスTGの濃度を測定する。また、測定対象ガスTGの温度が変化するに伴い、2次微分曲線の2つの吸収ピークの大きさの比が変化することが知られていることから(特許文献2)、2次微分曲線の2つの吸収ピークの大きさの比を測定することによって、測定対象ガスTGの温度を測定する。また、圧力センサ15で検出された圧力の情報を、測定対象ガスTGの圧力として記憶する。
【0038】
このように、レーザ光源12の波長の変化に対する光強度の変化から、測定対象ガスTGの吸収スペクトルを求め、該吸収スペクトルを近似多項式により近似し、該近似多項式の各項の係数に基づいて吸収スペクトルの2次微分スペクトルを作成すると、該2次微分スペクトルから測定対象ガスTGの温度及び濃度を算出することができる。しかしながら、本発明者が鋭意検討した結果、本実施形態のように、被測定ガスGに、測定対象ガスTG以外の混入ガスMGが含まれる場合には、ステップS3で得られるスペクトルプロファイルのピーク高さが変動してしまうことが判明した。
【0039】
図5は、測定対象ガスTGをH
2O、混入ガスMGをCO
2と仮定した場合の、測定対象ガスTG(H
2O)のスペクトルプロファイルである。
図5(a)は、混入ガスMG(CO
2)濃度:5%のときのプロファイルであり、
図5(b)は、混入ガスMG(CO
2)濃度:7%のときのプロファイルであり、
図5(c)は、混入ガスMG(CO
2)濃度:10%のときのプロファイルである。
図5(a)、(b)、(c)を比較すると分かるように、混入ガスMGの濃度が高くなるにつれて、測定対象ガスTG(H
2O)の吸収が少なくなることが分かる。
【0040】
このように、ステップS3で得られるスペクトルプロファイルのピーク高さが変動してしまうと、ステップS6で得られる2次微分スペクトルのピーク高さも変動し、ステップS6で得られた2次微分スペクトルからでは、測定対象ガスTGの温度及び濃度を正確に算出することができないこととなる。そこで、本実施形態においては、かかる問題を解決するため、ステップS6で得られた2次微分曲線に基づき、混入ガスMGの濃度を算出し(ステップS8(ガス濃度測定部))、これによってステップS7で得られた測定対象ガスTGの温度及び濃度を補正している(ステップS9(物理量補正部))。
【0041】
具体的には、ステップS8では、ステップS6で得られた2次微分曲線から、混入ガスMG(CO
2)の吸収ピークを検出し(つまり、波数:約6955.7(cm
-1)のピークを検出し)、このピーク高さを測定することによって混入ガスMGの濃度を算出する。そして、算出された混入ガスMGの濃度から、測定対象ガスTGの濃度及び温度の補正量を算出し、該補正量を、ステップS7で得られた測定対象ガスTGの温度及び濃度に加算又は乗算することによって、測定対象ガスTGの温度及び濃度を補正する(ステップS9)。
図6は、混入ガスMG(CO
2)の濃度と、測定対象ガスTG(H
2O)の補正量(2次微分スペクトルのピーク高さの変化量)との関係を示すグラフである。
図6に示すように、測定対象ガスTG(H
2O)の補正量(2次微分スペクトルのピーク高さの変化量)は、一般的に累乗関数で示すことができる。このため、本実施形態においては、
図6に示す特性カーブの近似式を用いて、ステップS8によって算出された混入ガスMGの濃度から、測定対象ガスTG(H
2O)の補正量を求めている。
【0042】
ステップS9で補正された測定対象ガスTGの温度及び濃度は、ステップS7で記憶された圧力のデータと共に、不図示の表示装置に表示される。
【0043】
このように、本実施形態に係るガス吸収分光装置1は、測定対象ガスTGの吸収スペクトルを近似多項式により近似し、該近似多項式の各項の係数に基づいて吸収スペクトルの2次微分スペクトルを作成し、該2次微分スペクトルに基づいて測定対象ガスTGの温度、濃度を算出している。従って、高速且つ簡便に測定対象ガスの各種物理量を測定することができる。また、測定対象ガスTGに混入ガスMGが混入しているような場合であっても、混入ガスMGの濃度から、測定対象ガスTGの濃度及び温度が補正されるため、精度の高い測定が可能となっている。
【0044】
以上が本発明の実施形態の説明であるが、本発明は、本実施形態の構成および具体的数値構成等に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲において様々な変形が可能である。
【0045】
例えば、本実施形態においては、測定対象ガスTGがH2Oであり、混入ガスMGがCO2であるものとして説明したが、このような構成に限定されるものではなく、様々な測定対象ガスTG及び混入ガスMGに対して適用することができる。また、混入ガスMGは1種類のガスに限定されるものでもなく、複数の混入ガスMGが混在する場合にも適用することができる。
【0046】
また、本実施形態に係るガス吸収分光装置1は、測定対象ガスTGの温度及び濃度を算出するものとして説明したが、このような構成に限定されるものではなく、測定対象ガスTGの温度と濃度の少なくとも一方を測定する構成とすることができる。
【0047】
また、本実施形態に係るガス吸収分光装置1は、混入ガスMGの濃度に基づいて測定対象ガスTGの温度及び濃度を補正するとしたが、混入ガスMGの濃度と圧力に基づいて測定対象ガスTGの温度及び濃度を補正することもできる。
【0048】
また、本実施形態のステップS8においては、ステップS6で得られた2次微分曲線から混入ガスMGの濃度を算出するものとして説明したが、例えば、ガスセル11内に濃度センサを配置し、この濃度センサによって混入ガスMGの濃度を測定するように構成することもできる。
【0049】
また、本実施形態のステップS9においては、混入ガスMGの濃度と測定対象ガスTGの補正量との関係を示す近似式を用いて、測定対象ガスTGの補正量を求めるものとしたが、このような構成に限定されるものではなく、例えば、混入ガスMGの濃度と測定対象ガスTGの2次微分スペクトルのピーク高さとの関係から補正値を求めるためのデータベースを用意しておき、該データベースから(いわゆる、LUT(Look Up Table)によって)補正値を求めてもよい。
【0050】
なお、データベースの作成にあたっては、数値計算から補正値を作成することもできる。吸収スペクトルの理論式(5)、(6)において、
【数5】
【数6】
混入ガスMGの濃度が変化するということは、ローレンツ広がり係数(Air):y
air が変化するということに他ならないため、混入ガスMGの濃度によって変化する補正係数aを、実測したスペクトルから算出し、式(5)、(6)のy
air をa・y
air に置き換えることによって、各混入ガスMGの濃度に対する、吸収ピーク波長での2f値を算出することができる。このように、単純な数値計算によって補正値を求め、これをデータベース化してもよい。なお、式(5)、(6)において、「T
γL」は吸光度であり、「T」は温度(K)であり、「S(T)」は線強度(cm
-1/(molecule・cm
-2))であり、「l」は光路長(cm)であり、「p」は圧力(atm)であり、「c」は濃度であり、「γ
L」はローレンツ広がり係数(cm
-1/atm)であり、「ν」は波数(cm
-1)であり、「ν
c」は中心波数(cm
-1)であり、「γ
air」はローレンツ広がり係数(Air)(cm
-1/atm)であり、「γ
Self」はローレンツ広がり係数(Self)(cm
-1/atm)であり、「n」はローレンツ幅温度係数である。
【0051】
また、
図2を用いて説明した測定手順は、シングルパスセル、あるいはマルチパス(多重反射)セルを用いた場合において、ガス吸収分光法としてWMSを採用した場合のみならず、キャビティリングダウン吸収分光法(Cavity Ring-down Absorption Spectroscopy(CRDS))のような光共振器セルを用いた場合においても適用可能である。
【0052】
(変形例)
図7は、本実施形態のガス吸収分光装置の変形例を示す図であり、ガス吸収分光法としてCRDSを採用した場合の測定系を示す図である。本変形例のガス吸収分光装置(キャビティリングダウン吸収分光装置)100は、測定対象ガスTGと測定対象ガスTG以外の混入ガスMGとを含む被測定ガスGが導入される光共振器110と、光共振器110を挟んで、一方側に配置されるレーザ光源112及び光スイッチ111と、他方側に配置される光検出器113と、レーザ光源112を制御する光源制御部114と、光共振器111内の被測定ガスGの圧力を検出する圧力センサ115と、光検出器113及び圧力センサ115に接続され、光検出器113及び圧力センサ115の出力を数値化して記憶すると共に、各種演算を行う測定部120と、を備えている。
【0053】
光共振器110は、光スイッチ111と光検出器113の間に配置され、レーザ光源112からの光を共振させるHerriott型セルである。光共振器110は、高い反射率を有する2枚のミラー110a、110bを備えている。2枚のミラー110a、110bは、向かい合うように配置されており、光共振器110に入射するレーザ光源112からの光を2枚のミラー110a、110b間に閉じ込め、有効光路長が長くなるように構成している。また、本変形例の光共振器110は、測定対象ガスTGと測定対象ガスTG以外の混入ガスMGとを含む被測定ガスGが導入されるガスセルの機能も備えている。なお、本変形例の光共振器4は、2枚のミラー110a、110bによって構成しているが、3枚以上のミラーで構成されるリング型の共振器を用いてもよい。
【0054】
光スイッチ111は、レーザ光源112と光共振器110の間に配置され、レーザ光源112からの光をオン/オフする(つまり、透過又は遮断させる)装置である。
【0055】
レーザ光源112は、本実施形態のレーザ光源12と同様、少なくとも測定対象ガスTGと混入ガスMGの吸収波長をカバーする範囲で波長可変のものである。
【0056】
光源制御部114は、レーザ光源112を制御して、レーザ光源112の波長を所定の最低波長から最高波長の間で掃引する(変化させる)装置である。
【0057】
光検出器113は、光共振器110から出射される光の強度を検出する装置であり、光検出器113で検出された光強度の情報(電気信号)は、測定部120に出力されるようになっている。
【0058】
圧力センサ115は、センサ面(不図示)が光共振器110内に露出し、被測定ガスGの圧力を検出するセンサである。圧力センサ115で検出された圧力の情報(電気信号)は、測定部120に出力されるようになっている。
【0059】
測定部120は、A/D変換器125と、解析部126とを有している。A/D変換器125は、光検出器113から出力される光強度の情報と、圧力センサ115から出力される圧力の情報を、A/D変換器125でデジタル化して、記憶装置(不図示)内に記憶する装置である。解析部126は、A/D変換器125によって得られたデータ(記憶装置内のデータ)に対して数学的演算を行い、測定対象ガスTGの温度、濃度を測定する装置である。
【0060】
上述のように、レーザ光源112から出射される光は、光スイッチ111を通って被測定ガスGが導入される光共振器110に入射される。そして、光共振器110に入射される光の周波数が、光共振器110のモード周波数と一致した場合、光パワーが光共振器110内に蓄えられる。光パワーが光共振器110内に十分に蓄えられたときにレーザ光源112からの光を光スイッチ111によって遮断すると、光共振器110内に蓄えられた光が共振器110内を数千~数万回往復し、この間に光共振器110内に存在する被測定ガスGの吸光によって光が減衰していくため、光共振器110から漏れ出る光の減衰を光検出器113によって測定し、光の減衰の時定数(リングダウン時間)を求めることで、その時に光共振器110に入射される光の周波数(つまり、レーザ光源112から出射される光の周波数)における被測定ガスGの吸収係数を求めることができる。そして、光源制御部114によって、レーザ光源112の光の周波数をスイープさせることで、本実施形態のガス吸収分光装置1と同様、被測定ガスGの吸収スペクトルを得ることができる。なお、被測定ガスGの吸光係数αは、以下の式(7)によって得られる。
【数7】
なお、式(7)において、cは光速、τは光共振器110内に被測定ガスGが入っているときのリングダウン時間、τ
0は光共振器110内に被測定ガスGが入っていないとき、あるいは被測定ガスG中の成分による吸収が無視できるときのリングダウン時間である。
【0061】
このように、ガス吸収分光法としてCRDSを採用すると、被測定ガスGを透過する光の実効的な距離を格段に伸ばすことができるため、被測定ガスGの極僅かな吸光を検出することが可能となる。
【符号の説明】
【0062】
1、100 ガス吸収分光装置
11 ガスセル
12、112 レーザ光源
13、113 光検出器
14、114 光源制御部
15、115 圧力センサ
20、120 測定部
25、125 A/D変換器
26、126 解析部
110 光共振器
110a、110b ミラー
111 光スイッチ