(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-05
(45)【発行日】2022-09-13
(54)【発明の名称】金属材および接続端子対
(51)【国際特許分類】
C23C 30/00 20060101AFI20220906BHJP
C25D 5/50 20060101ALI20220906BHJP
C25D 5/10 20060101ALI20220906BHJP
C25D 7/00 20060101ALI20220906BHJP
C23C 28/02 20060101ALI20220906BHJP
H01R 13/03 20060101ALI20220906BHJP
【FI】
C23C30/00 B
C25D5/50
C25D5/10
C25D7/00 H
C23C28/02
H01R13/03 D
(21)【出願番号】P 2019058128
(22)【出願日】2019-03-26
【審査請求日】2021-06-25
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】特許業務法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】公文代 充弘
(72)【発明者】
【氏名】坂 喜文
(72)【発明者】
【氏名】水谷 亮太
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-176883(JP,A)
【文献】特開2002-317295(JP,A)
【文献】特開2010-280955(JP,A)
【文献】特開平11-279791(JP,A)
【文献】特開2003-163135(JP,A)
【文献】特開2014-025093(JP,A)
【文献】特開2015-042771(JP,A)
【文献】特開2007-177329(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 28/00-30/00
C25D 5/00-5/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面を被覆する表面層と、を有し、
前記表面層は、SnとInとを含有し、少なくともInが最表面に存在して
おり、
前記表面層は、
Snを含有し、Inの濃度がSnよりも低い、島状に分散したSnリッチ部と、
前記Snリッチ部よりも高濃度のInを含有し、前記Snリッチ部を取り囲むInリッチ部とを含み、
前記Snリッチ部と前記Inリッチ部の両方が、最表面に露出しており、
前記表面層の最表面において、前記Inリッチ部が占める面積率は、55%以上かつ80%以下である、金属材。
【請求項2】
前記表面層において、Inの少なくとも一部は、In-Sn合金の状態にある、請求項1に記載の金属材。
【請求項3】
前記In-Sn合金は、InSn
4を含む、請求項2に記載の金属材。
【請求項4】
前記Inリッチ部は、In-Sn合金よりなる、請求項
1から請求項3のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項5】
前記Snリッチ部は、前記基材を構成する金属元素と、Snとの合金よりなる、請求項
1から請求項
4のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項6】
前記表面層の最表面において、Inの濃度は、10原子%以上である、請求項1から請求項
5のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項7】
前記表面層におけるInの含有量は、原子数比で、Snに対して1%以上である、請求項1から請求項
6のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項8】
前記表面層におけるInの含有量は、原子数比で、Snに対して25%以下である、請求項1から請求項
7のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項9】
前記表面層において、最表面から少なくとも深さ0.01μmまでの領域に、Inが分布している、請求項1から請求項
8のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項10】
前記基材の表面は、CuおよびNiの少なくとも一方を含んでいる、請求項1から請求項
9のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項11】
前記表面層の最表面において、前記Inリッチ部が占める面積率は、70%以上である、請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項12】
前記表面層は、前記Snリッチ部および前記Inリッチ部を含む上層と、前記上層の下側に形成されたSnよりなる下層とを含む、請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の金属材。
【請求項13】
筒状の挟圧部を有する嵌合型のメス型コネクタ端子と、前記メス型コネクタ端子の前記挟圧部内に挿入される平板型タブ状のオス型コネクタ端子の組よりなり、
前記メス型コネクタ端子は、前記挟圧部の底面の内側に、内側後方へ折り返された形状の弾性接触片を有し、該弾性接触片に、前記挟圧部の内側へ膨出したエンボス部が設けられるとともに、前記弾性接触片と相対する前記挟圧部の天井部の表面が内部対向接触面とされ、
前記メス型コネクタ端子は、請求項1から請求項
12のいずれか1項に記載の金属材よりなり、少なくとも、相手方導電部材
である前記オス型コネクタ端子と電気的に接触する接点部
である前記エンボス部および前記内部対向接触面の表面において、前記基材の表面に前記表面層が形成されて
おり、
前記オス型コネクタ端子は、表面に、Snを含む金属が露出している、接続端子
対。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金属材および接続端子に関する。
【背景技術】
【0002】
接続端子等の電気接続部材の構成材料として、基材の表面に、めっき等により、SnやSn合金よりなる表面層を形成した金属材が広く用いられている。SnやSn合金よりなる表面層は、電気接続部材の表面において、電気伝導性、耐食性、はんだ濡れ性等の特性を高める役割を果たす。
【0003】
しかし、Snや、多くのSn合金は、表面で摩擦を受けた際に、凝着や掘り起しを起こしやすい。それらの現象は、表面の摩擦係数の上昇につながる。摩擦係数の上昇は、例えば、接続端子において、端子の挿抜に要する力を増大させることにつながる。
【0004】
SnやSn合金の表面における摩擦係数を低減させるために、Snを含む金属層の表面に、別の金属層を設ける試みがなされている。例えば、特許文献1に、Cu又はCu合金からなる基材の表面にSn系表面層が形成され、該Sn系表面層と前記基材との間に、Sn系表面層から順にCuSn合金層/NiSn合金層/Ni又はNi合金層が形成された錫めっき銅合金端子材であって、Sn系表面層の最表面にAg被覆層が形成されてなり、表面の動摩擦係数が0.3以下である銅合金端子材が開示されている。ここで、CuSn合金層およびNiSn合金層の組成が指定され、CuSn合金層の局部山頂の平均間隔、Sn系表面層およびAg被覆層の厚みが、特定の範囲に限定されている。特許文献1では、Sn系表面層とCuSn合金層との特殊な界面形状による摩擦係数低減効果に加え、所定の厚さのAg被覆層を有することによるSn凝着抑制効果が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-124433号公報
【文献】特開2004-179055号公報
【文献】特開2001-155955号公報
【文献】特開平4-340756号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されるように、Snを含有する金属層の表面をAgで被覆することで、Snの凝着による摩擦係数の上昇を抑制することが考えられる。しかし、Ag自体も、凝着性の強い金属であり、摩擦を繰り返して受けた場合等に、Snの摩擦係数を効果的に低減できなくなる可能性がある。また、Agは、空気中に含まれる含硫黄分子等によって硫化を受け、黄色く変色しやすい。さらに、貴金属であるAgは高価な元素であり、表面被覆層として使用することで、接続端子等、電気接続部材の材料コストを上昇させることになる。それらの理由から、接続端子等の電気接続部材の表面において、Agを使用することなく、Snを含有する金属層の表面の摩擦係数の上昇を抑制できるようにすることが、望まれる。
【0007】
そこで、Agを用いなくても、Snを含有する金属層の表面における摩擦係数の上昇を抑制することができる金属材および接続端子を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の金属材は、基材と、前記基材の表面を被覆する表面層と、を有し、前記表面層は、SnとInとを含有し、少なくともInが最表面に存在している。
【発明の効果】
【0009】
本開示にかかる金属材は、Agを用いなくても、表面の摩擦係数の上昇を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1A,1Bは、本開示の一実施形態にかかる金属材の構造を模式的に示す図である。
図1Aは、金属材の積層構造を示す断面図であり、
図1Bは、金属材の表面の状態を示す平面図である。
【
図2】
図2は、本開示の一実施形態にかかる接続端子の概略を示す断面図である。
【
図3】
図3A~3Dは、それぞれ試料A1~A4の表面の走査電子顕微鏡(SEM)像であり、反射像を示している。
【
図4】
図4A~4Dは、試料A2の表面について、エネルギー分散型X線分析(EDX)によって得られた元素分布を示す図である。
図4AはSn、
図4BはCu、
図4CはInの分布を示している。
図4Dは、
図4CのInの分布を、0~30質量%のスケールで表示したものである。各図のグレースケールには、10目盛りごとの数値を拡大して表示している。また、各図に表示した長さのスケールは、3μmに対応している。
【
図5】
図5A~5Eは、それぞれ、試料A1~A4,A0について、摩擦係数の測定結果を示す図である。
【
図6】
図6A~
図6Cは、それぞれ、試料B1,B2,B0について、摩擦係数の測定結果を示す図である。
【
図7】
図7A~7Dは、それぞれ、試料C1~C3,A0について、摩擦係数の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
本開示にかかる金属材は、基材と、前記基材の表面を被覆する表面層と、を有し、前記表面層は、SnとInとを含有し、少なくともInが最表面に存在している。
【0012】
本開示にかかる金属材は、基材の表面を被覆して、SnとInとを含有し、少なくともInを最表面に露出させた表面層を有している。Inは、非常に軟らかく、固体潤滑性を示す金属であり、表面層の最表面に露出されていることで、固体潤滑作用により、金属材の表面の摩擦係数を低減することができる。Agとは異なり、In自体が凝着によって摩擦係数を上昇させるようなことも起こりにくい。このように、InをSnとともに含む表面層を形成することで、Agを用いなくても、金属材の表面で、Snの凝着による摩擦係数の上昇を抑制することができる。Inは、Agのように、硫化による変色を起こすものではなく、また、Agに比べて、安価に利用することができる。
【0013】
ここで、前記表面層において、Inの少なくとも一部は、In-Sn合金の状態にあるとよい。SnとInを含有する表面層において、安定な合金としてIn-Sn合金が形成されることにより、Inを最表面に露出させた状態が安定に維持される。
【0014】
この場合に、前記In-Sn合金は、InSn4を含むとよい。SnとInを含有する表面層において、金属間化合物としてInSn4が安定に形成されやすく、InSn4は、摩擦係数の上昇抑制に、高い効果を示す。よって、In-Sn合金は、InSn4を含むことで、少ない量のInで、摩擦係数の上昇抑制を、効果的に達成することができる。
【0015】
前記表面層は、Snを含有し、Inの濃度がSnよりも低いSnリッチ部と、前記Snリッチ部よりも高濃度のInを含有するInリッチ部とを含み、前記Snリッチ部と前記Inリッチ部の両方が、最表面に露出しているとよい。表面層において、Inを高濃度で含有するInリッチ部は、最表面全体に露出しているのではなく、In濃度の低いSnリッチ部と共存して露出する状態でも、摩擦係数の上昇を抑制する効果を、十分に発揮することができる。
【0016】
この場合に、前記Inリッチ部は、In-Sn合金よりなるとよい。すると、In-Sn合金の形成により、Inリッチ部が最表面に露出した状態を安定に保持し、摩擦係数上昇の抑制に寄与させることができる。
【0017】
一方、前記Snリッチ部は、前記基材を構成する金属元素と、Snとの合金よりなるとよい。表面層において、Inリッチ部が、基材を構成する金属元素とSnとの合金として形成されたSnリッチ部と、安定に共存し、表面層全体として、摩擦係数の上昇を抑制する効果を発揮することができる。
【0018】
前記表面層の最表面において、前記Inリッチ部が占める面積率は、50%よりも高いとよい。Inリッチ部が、大きな面積を占めて、表面層の最表面に露出していることにより、Inリッチ部によって発揮される摩擦係数上昇抑制の効果を、高めることができる。
【0019】
一方、前記表面層の最表面において、前記Inリッチ部が占める面積率は、90%以下であるとよい。面積率90%を超えてInリッチ部を多く最表面に露出させても、摩擦係数の上昇抑制に、その大面積のInリッチ部が効果的に寄与する訳ではないからである。また、Inリッチ部の面積率が高くなりすぎることで、Inリッチ部に含有されるInが希薄になり、かえって摩擦係数の上昇を抑制する効果が小さくなる場合もあるが、Inリッチ部の面積率を90%以下に抑えておくことで、そのような事態を避けやすくなる。
【0020】
前記表面層の最表面において、Inの濃度は、10原子%以上であるとよい。すると、金属材の最表面において、Inが、摩擦係数の上昇を抑制する効果を、十分に発揮しやすくなる。
【0021】
前記表面層におけるInの含有量は、原子数比で、Snに対して1%以上であるとよい。すると、十分な量のInが表面層に含有され、最表面に露出されることで、Inによる摩擦係数上昇抑制の効果を高めやすくなる。
【0022】
一方、前記表面層におけるInの含有量は、原子数比で、Snに対して25%以下であるとよい。すると、Inを多量に含有させすぎて、摩擦係数の上昇抑制に効果的に寄与させられなくなる事態を避けやすい。
【0023】
前記表面層において、最表面から少なくとも深さ0.01μmまでの領域に、Inが分布しているとよい。すると、金属材の最表面において、Inが、摩擦係数を抑制する効果を、十分に発揮しやすくなる。
【0024】
前記基材の表面は、CuおよびNiの少なくとも一方を含んでいるとよい。CuおよびNiの少なくとも一方を含む金属材は、接続端子等、電気接続部材を構成する基材として汎用されているものであるが、CuやNiが、SnおよびInを含有する表面層に拡散して、SnやInと合金を形成したとしても、表面層に含有されるInによる摩擦係数上昇抑制の効果は、維持される。
【0025】
本開示にかかる接続端子は、前記金属材よりなり、少なくとも、相手方導電部材と電気的に接触する接点部において、前記基材の表面に前記表面層が形成されている。この接続端子においては、少なくとも接点部に、上記のような、SnとInを含有し、Inを最表面に露出させた表面層が形成されていることにより、Agを用いなくても、接点部において、相手方の接続端子との間で摺動させた際の摩擦係数の上昇を、抑制することができる。Agを用いないことで、接続端子の変色や、材料コストの上昇も抑制される。
【0026】
前記相手方導電部材の表面には、Snを含む金属が露出しているとよい。本開示にかかる接続端子は、Snに加えてInを接点部の最表面に露出させていることにより、相手方導電部材の表面にSnが露出されていても、Sn同士の間での摺動に伴う凝着によって、摩擦係数が上昇するのを、効果的に抑制することができる。
【0027】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。本明細書において、各元素の含有量(濃度)は、特記しない限り、原子%等、原子数比を単位として示すものとする。また、単体金属には、不可避的不純物を含有する場合も含むものとする。合金には、特記しないかぎり、固溶体である場合も、金属間化合物を構成する場合も、含むものとする。さらに、ある金属を主成分とする合金とは、その金属元素が、組成中に50原子%以上含まれる合金を指すものとする。
【0028】
<金属材>
本開示の一実施形態にかかる金属材は、金属材料を積層したものよりなる。本開示の一実施形態にかかる金属材は、いかなる金属部材を構成するものであってもよいが、接続端子等、電気接続部材を構成する材料として、好適に利用することができる。
【0029】
(金属材の構成)
図1A,1Bに、本開示の一実施形態にかかる金属材1の構成の例を示す。金属材1は、基材15と、基材15の表面に形成され、最表面に露出した表面層10と、を有している。表面層10の特性を損なわない範囲において、金属材1の最表面に露出した表面層10の上に、有機層等の薄膜(不図示)を設けてもよい。
【0030】
(1)基材について
基材15は、板状等、任意の形状の金属材料より構成することができる。基材15を構成する材料は、特に限定されるものではないが、金属材1が、接続端子等、電気接続部材を構成するものである場合には、基材15を構成する材料として、CuまたはCu合金、AlまたはAl合金、FeまたはFe合金等を、好適に用いることができる。中でも、電気伝導性に優れたCuまたはCu合金を、好適に用いることができる。
【0031】
基材15の表面、つまり基材15と表面層10の間には、基材15の表面に接触させて、基材15よりも薄い金属層よりなる中間層(不図示)を設けてもよい。本明細書において、基材15の表面に中間層を設ける場合には、中間層も基材15の一部とみなすものとする。つまり、中間層を設ける場合は、中間層の金属材料が、基材15の表面を構成することになる。基材15の表面に中間層を設けることで、基材15と表面層10の間の密着性を向上させる効果や、基材15と表面層10の間で、構成元素の相互拡散を抑制する効果等を得ることができる。中間層を構成する材料としては、Ni,Cr,Mn,Fe,Co,Cuの群(A群)より選択されるいずれか少なくとも1種を含有する金属材料を例示することができる。中間層を構成する材料は、A群より選択される1種よりなる単体金属であっても、A群より選択される1種または2種以上の金属元素を含有する合金であってもよい。中間層は、特に、NiまたはNiを主成分とする合金よりなることが好ましい。中間層において、基材15側の一部は、基材15の構成元素と合金を形成していてもよく、表面層10側の一部は、表面層10の構成元素と合金を形成していてもよい。
【0032】
基材15の表面を構成する金属材料、つまり、中間層を設けない場合に基材15自体を構成する金属材料、また中間層を設ける場合に中間層を構成する金属材料は、CuおよびNiの少なくとも一方を含んでいることが好ましい。特に好ましくは、単体Cuまたは単体Ni、あるいはCuまたはNiを主成分とする合金よりなるとよい。CuやNiは、表面層10に拡散し、さらに表面層10の構成元素と合金を形成したとしても、後に詳しく説明するような表面層10の特性を損ないにくいからである。基材15がCuまたはCu合金よりなる場合には、基材15由来のCuによって、表面層10の特性が損なわれにくいことから、表面層10へのCuの拡散抑制を目的として、NiまたはNi合金等よりなる中間層を設ける必要性は低く、金属材1の構成の簡素性の観点から、中間層を省略することが好ましい。
【0033】
(2)表面層について
表面層10は、SnとInとを含有する金属層として構成される。表面層10は、SnとIn以外の元素を含有してもよいが、SnおよびInによって形成される構造や、SnおよびInによって発現される特性を損なわないように、SnとInを主成分とするもの、つまりSnとInの合計で、表面層10全体の50原子%以上を占めるものであることが好ましい。特に、不可避的不純物の含有や、表面近傍での酸化、炭化、窒化等の変性、また環境中の成分の表面への付着を除いて、表面層10が、SnとInのみよりなる形態が好ましい。なお、表面層10においては、特にAgは含有されない方がよい。Agは、凝着性が高く、表面層10の摩擦係数を上昇させやすいうえ、硫化による変色を起こしやすく、表面層10の材料コストも増大させるからである。
【0034】
表面層10においては、最表面に、少なくともIn原子が存在していれば、SnとInが、表面層10内で、どのように分布していてもかまわない。また、SnおよびInは、それぞれ、単体金属の状態にあっても、合金を形成していてもかまわない。単体金属となっている部分と、合金となっている部分が共存していてもよい。後に詳しく説明するように、最表面に露出して、表面層10にInが含有されることで、表面層10の摩擦係数の上昇を抑制する効果が得られる。
【0035】
Inは、Snと容易に合金を形成する金属であり、後述するように、Sn層とIn層を積層して表面層10を形成する場合等において、Inは、In-Sn合金を形成しやすい。表面層10の状態を安定に維持する観点から、表面層10に含有されるInの少なくとも一部、望ましくは表面層10に含有されるInの大部分が、In-Sn合金を構成していることが好ましい。例えば、後の実施例において示すように、X線回折法(XRD)によってInを含む相として検出される全量が、不可避的不純物を除いて、In-Sn合金となっていればよい。In-Sn合金は、固溶体となっていても、金属間化合物となっていてもよいが、表面層10の安定性等の観点から、金属間化合物を形成している方が好ましい。
【0036】
表面層10に含まれるうるIn-Sn金属間化合物の組成としては、InSn4,In3Sn等を挙げることができる。表面層10に含有されるIn-Sn合金は、これらの金属間化合物より選択される1種または2種以上を含むとよい。In-Sn合金の安定性の観点から、また、少量のInで、後述するような表面層10へのIn含有の効果を高く得る観点から、表面層10は、上記のうち、InSn4を含むことが好ましい。さらには、表面層10に含まれるInのうち、XRDによって検出される全量が、不可避的不純物を除いて、InSn4となっていることが好ましい。InSn4はβスズ構造をとる金属間化合物である。
【0037】
表面層10は、全体が均質なIn-Sn合金よりなってもよい。しかし、表面層10において、他の部位よりもIn濃度が高くなった部位を形成し、その部位によって、表面層10の摩擦係数上昇の抑制等、In含有による効果を大きく発揮させる観点から、例えば
図1A,1Bに示すように、Snの濃度が比較的高いSnリッチ部10aと、Inの濃度が比較的高いInリッチ部10bの2種の相を、共存させて有する方が好ましい。Inリッチ部10bにInを集中的に分布させることで、In含有による効果を、Inリッチ部10bにおいて大きく発揮させ、表面層10全体の特性として有効に利用しやすくなる。以下、このように、Snリッチ部10aとInリッチ部10bが表面層に共存する形態を中心に説明する。
【0038】
後に説明するように、Sn層とIn層とをこの順に積層して、適宜合金化を経て表面層10を形成する場合に、Snリッチ部10aおよびInリッチ部10bが、表面層10の最表面側の部位、つまり上層11に形成され、上層11の下側(基材15側)に、ほぼSnよりなる下層12が形成されやすい。このような場合には、上層11と下層12が、ともに表面層10を構成することになるが、この場合の下層12も、Sn濃度が高い相であるという意味で、Snリッチ部の一種とみなすことができる。しかし、本明細書において、特記しないかぎり、Snリッチ部10aおよびInリッチ部10bを含む上層11の下側に形成される下層12は、Snリッチ部と称さず、上層11のSnリッチ部10aと区別するものとする。
【0039】
(2-1)Snリッチ部
Snリッチ部10aは、Snを含有し、Inの濃度がSnよりも低い相である。ここで、Inの濃度がSnよりも低いとは、原子数比で、Inの含有量がSnの含有量よりも少ない状態を指し、Inが含有されない形態も含む。Snリッチ部10aの具体的な形態としては、(i)単体Snよりなる形態(Snと不可避的不純物よりなる形態)、(ii)Snよりも少量のInを含むIn-Sn合金よりなる形態、(iii)In以外の金属元素とSnとの合金よりなる形態、(iv)Snよりも少量のInと、In以外の金属元素と、Snとの合金よりなる形態を挙げることができる。Snリッチ部10aは、それらの形態のうち、1つの形態のみよりなっても、形態や組成の異なる2つ以上の部位を含んでいてもよい。
【0040】
ここで、Snリッチ部10aに含有され、上記形態(iii)や形態(iv)において、Snと合金を形成するIn以外の金属元素としては、基材15を構成する金属元素(基材元素)を挙げることができる。基材元素が表面層10に拡散した場合に、その基材元素をSnとの合金としてSnリッチ部10aに留めておくことで、Inリッチ部10bに基材元素を含有させないようにすること、またはInリッチ部10bにおける基材元素の濃度を低く抑えることができ、Inリッチ部10bにおいて、In本来の特性を発揮させやすくなる。また、そのように、Inの特性を発揮しやすいInリッチ部10bを安定に維持することができる。Inリッチ部10bにおけるInの濃度を高く維持する観点からは、Snリッチ部10aは、全体が、不可避的不純物を除いて、単体Sn、またはSnと基材元素の合金、あるいはそれら両方よりなり、実質的にInを含有しないことが好ましい。Snリッチ部10aを含む上層11の下側に、Snよりなる下層12が形成されている場合に、上層11のSnリッチ部10aは、下層12と連続していてもよく、さらに、Snリッチ部10aと下層12との間で、組成が連続的に変化していてもよい。
【0041】
基材15の表面(中間層が形成されていない場合の基材15の表面、または中間層が形成されている場合の中間層の表面)にCuが含まれる場合には、Snリッチ部10aは、Cu-Sn合金を含むことが好ましい。さらに好ましくは、表面層10に含まれるSnのうち、XRDによって検出される全量が、不可避的不純物を除いて、単体SnまたはCu-Sn合金の形になっているとよい。この場合、下層12が単体Snより構成され、上層11に含まれるSnリッチ部10aがCu-Sn合金より構成される形態をとりやすい。Snリッチ部10aを構成するCu-Sn合金の組成としては、Cu6Sn5を例示することができる。Snリッチ部10aが、Cu6Sn5をはじめとするCu-Sn合金より構成される場合には、そのSnリッチ部10aが、共存するInリッチ部10bによって発揮される特性を大きく損なうものとはなりにくい。
【0042】
(2-2)Inリッチ部
Inリッチ部10bは、Snリッチ部10aよりも、高濃度のInを含有している。つまり、組成中のInの原子数濃度が、Inリッチ部10bにおいて、Snリッチ部10bよりも高くなっている。具体的には、Inリッチ部10bとして、(i)単体Inよりなる形態(Inと不可避的不純物よりなる形態)、(ii)In-Sn合金よりなる形態、(iii)基材元素等、Sn以外の金属元素とInとの合金よりなる形態、(iv)SnおよびInと、基材元素等、他の金属元素とを含む合金よりなる形態を例示することができる。なお、上記形態(ii)および形態(iv)のように、Inリッチ部10bが、Snを含む合金よりなる場合に、Inの濃度が、Inリッチ部10bにおいてSnリッチ部10aよりも高くなっていれば、Snの濃度は、Inリッチ部10bとSnリッチ部10aの間でどのような関係となっていてもよい。Inリッチ部10bは、上記形態(i)~(iv)のうち、1つの形態のみよりなっても、形態や組成の異なる2つ以上の部位を含んでいてもよい。
【0043】
Inによる特性を強く発揮できるInリッチ部10bを、Snリッチ部10aと安定に共存させる等の観点から、Inリッチ部10bは、In-Sn合金を含むことが好ましい。さらに好ましくは、表面層10に含まれるInのうち、XRDによって検出される全量が、不可避的不純物を除いて、In-Sn合金を形成して、Inリッチ部10bを構成しているとよい。Inリッチ部10bを構成するIn-Sn金属間化合物としては、上記で列挙したInSn4,In3Sn等を挙げることができる。Inリッチ部10bは、これらの金属間化合物のうち、InSn4を含むことが好ましい。特に、Inリッチ部10bに含まれるInの全量が、不可避的不純物を除いて、InSn4となっていることが好ましい。InSn4は、安定性に優れ、また、少量のInしか含有しないにもかかわらず、表面層10の摩擦係数上昇の抑制等、In含有による効果を強く示すからである。
【0044】
(2-3)Snリッチ部およびInリッチ部の分布
表面層10がSnリッチ部10aとInリッチ部10bを含む場合に、少なくともIn原子が最表面に存在していれば、Snリッチ部10aおよびInリッチ部10bは、どのような空間分布をとっていてもよい。一例として、層状のSnリッチ部10aが基材15の表面に形成され、そのSnリッチ部10aの層の表面に、単体InまたはIn-Sn合金よりなるInリッチ部10bが設けられた、積層構造とすることができる。
【0045】
しかし、表面層10全体としてのInの含有量が少ない場合でも、Inを高濃度で含有し、Inによる特性を強く発揮できるInリッチ部10bを形成し、そのInによる特性を、表面層10全体の特性として有効に利用する観点から、
図1A,1Bに示すように、Snリッチ部10aとInリッチ部10bが、層状に分離せずに、表面層10内で混在していることが好ましい。この場合には、少なくともInリッチ部10bが表面層10の最表面に露出していればよい。Inリッチ部10bとSnリッチ部10aが、両方とも表面層10の最表面に露出していれば、さらに好ましい。
【0046】
表面層10が、Snリッチ部10aとInリッチ部10bが混在した構造をとる場合に、Snリッチ部10aとInリッチ部10bが、どのような形状および相互配置をとって混在していても構わない。しかし、後述するように、Sn層とIn層をこの順に積層して、表面層10を形成する場合には、
図1A,1Bに示すように、Inリッチ部10bの中に、Snリッチ部10aが、島状に分散した形態をとりやすい。この場合に、島状のSnリッチ部10a、およびそのSnリッチ部10aを取り囲むInリッチ部10bが、ともに、表面層10の最表面に露出していることが好ましい。
【0047】
Snリッチ部10aとInリッチ部10bが混在して、ともに表面層10の最表面に露出する場合に、Snリッチ部10aとInリッチ部10bのそれぞれが、連続した領域として最表面に露出する領域の大きさは特に限定されるものではない。しかし、Inリッチ部10bによる特性を有効に発揮させる観点から、連続したInリッチ部10bを分断するSnリッチ部10aの長さ(分断長)は、短い方が好ましい。
図1A,1Bのように、Inリッチ部10bの中にSnリッチ部10aが島状に分散している場合に、Snリッチ部10aの長径(Snリッチ部10aを横切る直線のうち最も長い直線の長さ)を、分断長とみなすことができる。Inリッチ部10bによる特性を有効に発揮させる観点、また、表面層10の最表面における特性の空間的不均一性を抑制する観点から、分断長は、10μm以下であることが好ましい。一方、Snリッチ部10aの特性も有効に発揮させる観点から、分断長は、0.5μm以上であるとよい。
【0048】
さらに、表面層10の最表面に、Snリッチ部10aとInリッチ部10bの両方が露出している場合に、最表面において、Inリッチ部10bが占める面積率は、50%よりも高くなっているとよい。Inリッチ部10bの面積率は、最表面全体の面積に占めるInリッチ部10bの露出面積の割合として定義することができる([Inリッチ部の露出面積]/[最表面全体の面積]×100%)。Inリッチ部10bの面積率が50%よりも高くなっていること、つまりInリッチ部10bの露出面積の方がSnリッチ部10aの露出面積よりも大きくなっていることで、摩擦係数上昇の抑制等、Inリッチ部10bによる特性を、表面層10の最表面全体の特性として、強く発揮させることができる。Inリッチ部10bによる特性をより強く発揮させる観点から、Inリッチ部10bの面積率は、55%以上、さらには70%以上であると、特に好ましい。
【0049】
一方、Inリッチ部10bの面積率の上限は、特に指定されるものではないが、Inリッチ部10bの面積率が90%以下であっても、表面層10において、Inリッチ部10bによる特性を十分に発揮させることができる。また、表面層10におけるInの濃度が比較的低い場合に、Inリッチ部10bの面積率が高くなりすぎると、Inリッチ部10bの各部位におけるInの濃度が希薄になり、かえって、Inリッチ部10bにおいて、Inによる特性が発揮されにくくなる。特に、後の実施例に示す基材15の表面にCuが含有される場合のように、基材15の種類等によっては、表面層10全体としてのInの濃度が低い方が、Inリッチ部10bの面積率が高くなる傾向を示す場合がある。このような場合には、Inリッチ部10bの面積率が高くなっていることは、表面層10におけるInの濃度が低いことを意味する。つまり、Inリッチ部10bの面積の広さと、表面層10におけるInの含有量の少なさの両方の影響によって、Inリッチ部10bにおけるInの濃度が希薄となり、Inによる特性が発揮されにくくなる。このような場合に、Inリッチ部10bにおけるIn濃度の低下を避ける観点からも、Inリッチ部10bの面積率は、90%以下に抑えておくことが好ましい。Inリッチ部10bの面積率は、80%以下であると、特に好ましい。Inリッチ部10bの面積率は、走査電子顕微鏡(SEM)を用いたエネルギー分散型X線分析(EDX)によって得られる元素分布等、金属材1の最表面における相の分布が分かる顕微鏡像を用いて、Inリッチ部10bの面積を計測することで、見積もることができる。
【0050】
(2-4)Inの含有量
表面層10におけるInとSnの含有量の比は、所望される表面層10の特性に応じて、適宜設定すればよいが、摩擦係数上昇の抑制等、Inによって付与される特性を、効果的に発揮させる観点から、Inの含有量は、表面層10全体に含有される量として、Snに対する原子数比(In[at%]/Sn[at%])で、1%以上であることが好ましい。Inによる特性を一層高める観点から、表面層10におけるInの含有量は、特に好ましくは、Snに対する原子数比で、5%以上、さらには10%以上であるとよい。ここで、
図1Aに示すように、表面層10が、上層11と下層12よりなる場合、あるいはさらに多数の組成の異なる層よりなる場合でも、InおよびSnのそれぞれの含有量は、表面層10を構成するそれら全ての層を合わせた表面層10全体に含有される総量を指す。
【0051】
一方、表面層10におけるInの含有量を多くしすぎても、Inによって発揮される摩擦係数上昇の抑制等の効果が向上しなくなるため、表面層10におけるInの含有量は、Snに対する原子数比で、25%以下に留めておくことが好ましい。特に、上で述べたように、表面層10全体としてのInの含有量が少ない方が、Inリッチ部10bの面積率が高くなる傾向を示す場合があり、そのような場合に、表面層10におけるIn含有量を多くしすぎると、Inリッチ部10bの面積率が低くなり、In含有による摩擦係数上昇の抑制等の効果がかえって小さくなってしまう可能性がある。そのような場合にInリッチ部10bの面積率を十分に確保する観点からも、表面層10におけるInの含有量は、Snに対する原子数比で、25%以下としておくことが好ましい。Inの含有量は、Snに対する原子数比で、20%以下、さらには15%以下であると、一層好ましい。ここで、表面層10におけるInの含有量は、表面層10に対して、蛍光X線分光等による元素分析を行うことで、見積もることができる。あるいは、表面層10を作製する際に原料として用いたSn層やIn層の厚さが分かっている場合には、SnおよびInの密度に基づいて、それら原料層の厚さを原子数比に換算することで、表面層10におけるInの含有量を見積もることができる。
【0052】
上記のように、表面層10においては、Inは、深さ方向の領域のうち、最表面を含む表面近傍の領域(例えば上層11)に、さらに深い領域(例えば下層12)よりも高濃度で分布していることが、最表面における摩擦係数上昇の抑制等の効果を高める点で、好ましい。Inは、表面層10において、少なくとも深さ0.01μmまでの領域に分布していることが好ましい。さらには、少なくとも深さ0.05μmまで、また少なくとも深さ0.1μmまでの領域に分布していることが好ましい。最表面におけるInの濃度(最表面の全存在元素に占めるInの原子数の割合)は、10%以上、さらには15%以上であることが好ましい。さらには、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光法(AES)等、最表面での放出電子の検出によって検知される程度の深さまでの領域において、そのような濃度のInが含有されるとよい。典型的には、最表面から5nm程度の深さまでの領域において、そのような濃度のInが含有されることが、好ましい。
【0053】
表面層10全体の厚さは、特に限定されるものではなく、SnおよびInによって付与される特性を十分に発揮させることができればよい。例えば、表面層10の厚さを、0.05μm以上、さらには0.1μm以上とすることが好ましい。一方、過度に厚い表面層10を形成するのを避ける観点から、その厚さは、10μm以下とすればよい。
【0054】
(金属材の表面特性)
本実施形態にかかる金属材1においては、上記のように、表面層10がSnとInの両方を含んでおり、表面層10の最表面にInが存在している。そのため、表面層10において、Snによる特性に加え、Inによる特性が発現される。
【0055】
Snは、従来一般に、接続端子等、電気接続部材を構成する金属材の表面を被覆するのに、用いられてきた。Snは、高い導電率を有することに加え、表面酸化膜を容易に破壊することができるので、低い接触抵抗を示し、金属材の表面において良好な電気接続特性を与える。Snは、耐食性やはんだ濡れ性にも優れる。本実施形態にかかる金属材1の表面層10も、Snを含有することにより、優れた電気接続特性、また耐食性やはんだ濡れ性を有するものとなる。
【0056】
Snは、そのように電気接続特性等に優れる一方、相手方金属部材等との間で摺動を行った際に、Snの表面において凝着や掘り起こしが発生し、摩擦係数が上昇しやすい。一方、Inは、Snよりも軟らかい金属であり、高い固体潤滑性を示す。このように、固体潤滑性を有するInを、表面層10に含有させ、表面層10の最表面に露出させることで、表面層10の表面において、固体潤滑性を発揮させることができる。Inの固体潤滑性により、表面層10において、Snの凝着や掘り起しによる摩擦係数の上昇を、抑制することが可能となる。Inの固体潤滑性は、Inが、Sn等、他の金属元素と合金を形成していても、発揮されうる。表面層10において、Inリッチ部10bに加えて、Snリッチ部10aが最表面に露出している場合にも、Inリッチ部10bが、摩擦係数の上昇を抑制する効果を発揮することにより、表面層10全体として、摩擦係数を低く抑えることができる。
【0057】
Inは、酸化を受けやすい金属であるが、Snと同様に、荷重の印加等によって、表面の酸化膜を容易に破壊することができる。よって、表面層10において、Inも、Snと同様に、低い接触抵抗を与え、Snによって発揮される良好な電気接続特性を妨げるものとはならない。よって、表面層10においては、単体Snの金属層と、同程度に低い接触抵抗が得られる。さらに、SnがInと合金を形成することで、単体Snよりも融点が低くなることと関連して、単体Snよりも軟らかくなり、表面酸化膜の易破壊性が向上する場合もある。その結果、SnとInを含有する表面層10において、単体Snの金属層よりも、接触抵抗がさらに小さくなる場合もある。
【0058】
このように、表面層10が、Snに加えてInを含有し、そのInを最表面に露出させていることで、金属材1において、Snの凝着性による摩擦係数の上昇を、Inの固体潤滑性によって抑制することができる。さらに、Snによる良好な電気接続特性は、Inの含有によって損なわれず、むしろ、一層向上される場合もある。特許文献1において、Sn系表面層を被覆するのに用いられているAgとは異なり、Inは、凝着性が低い金属であり、摺動を重ねても、摩擦係数が上昇するようなことは起こりにくい。また、Inは、Agのような硫化による変色を起こさず、さらに、比較的低コストで利用することができる。これらの理由から、Inを含有する表面層10を備えた本実施形態にかかる金属材1は、接続端子をはじめとする、摺動等による摩擦を受ける電気接続部材の構成材料として、好適に利用することができる。
【0059】
上記のように、表面層10において、少なくともIn原子が最表面に分布していれば、Sn原子およびIn原子が、どのように分布していてもよいが、Snリッチ部10aとInリッチ部10bが混在し、それら2つの部位がともに最表面に露出していることが好ましい。この場合には、表面層10に含有されるInを、Inリッチ部10bに集中させることにより、表面層10全体に希薄にInを分布させる場合よりも、摩擦係数上昇の抑制等、Inによる表面特性を、Inリッチ部10bにおいて、強く発揮させることができる。
【0060】
InとSnの合金化は、容易に進行するため、表面層10にInリッチ部10b等として含有されるInは、少なくとも一部、好ましくは不可避的不純物を除く全量が、InSn4をはじめとするIn-Sn合金を形成しているとよい。In-Sn合金の形成によって、Snリッチ部10aとInリッチ部10bが共存した状態等、表面層10の状態を、安定に維持しやすくなる。Snリッチ部10aにおいても、Snが、基材元素等、他の金属との合金を形成している方が、Inリッチ部10bと共存した表面層10の状態を、安定に維持しやすくなる。後の実施例にも示すように、CuやNi等、基材元素とSnが合金を形成して、Snリッチ部10aを構成している場合に、そのSnリッチ部10aは、Inリッチ部10bが有する、摩擦係数の上昇抑制や接触抵抗の抑制等の効果を著しく損なうものとはならず、表面層10全体として、摩擦係数が低く、かつ接触抵抗も低い状態を与えることができる。
【0061】
本実施形態において、表面層10に、SnとともにInを含有させ、少なくともInを最表面に露出させることで、後の実施例において示すように、Sn層が最表面に形成された相手方金属部材との間で摺動させた際に、摺動の進行に伴って摩擦係数が上昇するのを、抑制することができる。摩擦係数の値としても、0.4以下、さらには、0.3以下のような小さな領域に抑えることができる。同時に、接触抵抗を、Inを含有しないSn層のみが形成されている場合と比較して、120%程度の範囲に抑えることができる。さらには、100%以下、つまりSn層のみが形成されている場合よりも小さい値に抑えられる場合もある。
【0062】
本実施形態にかかる金属材1は、以上のように、表面層10の表面において、摩擦係数の上昇を抑制することができ、さらに、低い接触抵抗を示す。よって、金属材1は、電気部品、特に、接続端子等、表面層10の表面において相手方の導電性部材と接触する、電気接続部材としての用途に、好適に利用することができる。
【0063】
(金属材の製造方法)
本実施形態にかかる金属材1は、基材15の表面に、適宜、めっき法等によって中間層を形成したうえで、表面層10を形成することにより、製造することができる。
【0064】
表面層10は、蒸着法やめっき法、浸漬法等、いかなる方法で形成してもよい。この際、SnとInの共析等によって、SnとInを含有する表面層10を一度に形成してもよいが、簡便性の観点から、Sn層とIn層を積層して形成してから、適宜合金化を経て、表面層10を形成することが好ましい。In層は、比較的薄い場合には、浸漬法によって形成することが好適であり、比較的厚い場合には、電解めっき法によって形成することが好適である。
【0065】
さらに、Sn層とIn層を積層した後、適宜、加熱を行ってもよい。後の実施例に示すように、加熱を行っても、行わなくても、摩擦係数の上昇を抑制する効果を得ることができる。しかし、加熱を行うことで、InとSnの合金化が進み、
図1A,1Bに示したように、Inリッチ部10bが、島状のSnリッチ部10bを取り囲んで、In-Sn合金として形成された状態を、形成しやすい。また、その際の加熱により、Snリッチ部10aにおいて、Snのリフロー処理が進行し、ウィスカー発生の抑制等の効果が得られる。このように、Sn層とIn層を積層した状態で、加熱を行うことで、一度の加熱で、Inの合金化によるInリッチ部10bの形成と、Snリッチ部10aのリフロー処理を、同時に行うことができる。In層をSn層と積層した状態で加熱を行わない場合には、In層を形成する前のSn層に対してリフロー処理を行ってから、In層を形成すればよい。
【0066】
Sn層とIn層の積層順は、特に限定されるものではないが、Sn層を先に形成し、そのSn層の表面にIn層を積層することで、Inを、Inリッチ部10b等の形態で、表面層10の最表面に露出させやすくなる。Sn層とIn層のそれぞれの厚さ、および両者の間の厚さの比は、所望される表面層10の厚さや成分組成等に応じて、適宜選択すればよいが、Sn層の厚さを0.5μm以上、また10μm以下とする形態を、好適なものとして例示することができる。In層の厚さについては、形成される表面層10の最表面に十分な量のInを分布させる観点から、0.01μm以上、さらには0.05μm以上、0.1μm以上とすることが好ましい。一方、過剰量のInの使用を避ける観点から、In層の厚さは、0.5μm以下、さらには0.2μm以下に抑えておくことが好ましい。
【0067】
<接続端子>
本開示の一実施形態にかかる接続端子は、上記実施形態にかかる金属材1を用いて構成されており、少なくとも、相手方導電部材と電気的に接触する接点部の表面に、SnとInを含んだ表面層10を有する。接続端子の具体的な形状や種類は、特に限定されるものではない。
【0068】
図2に、本開示の一実施形態にかかる接続端子の例として、メス型コネクタ端子20を示す。メス型コネクタ端子20は、公知の嵌合型のメス型コネクタ端子と同様の形状を有する。すなわち、前方が開口した筒状に挟圧部23が形成され、挟圧部23の底面の内側に、内側後方へ折り返された形状の弾性接触片21を有する。メス型コネクタ端子20の挟圧部23内に、相手方導電部材として、平板型タブ状のオス型コネクタ端子30が挿入されると、メス型コネクタ端子20の弾性接触片21は、挟圧部23の内側へ膨出したエンボス部21aにおいて、オス型コネクタ端子30と接触し、オス型コネクタ端子30に上向きの力を加える。弾性接触片21と相対する挟圧部23の天井部の表面が内部対向接触面22とされ、オス型コネクタ端子30が弾性接触片21によって内部対向接触面22に押し付けられることにより、オス型コネクタ端子30が、挟圧部23内において挟圧保持される。
【0069】
メス型コネクタ端子20は、全体が、上記実施形態にかかる表面層10を有する金属材1より構成されている。ここで、金属材1の表面層10が形成された面は、挟圧部23の内側に向けられ、弾性接触片21および内部対向接触面22の相互に対向する面を構成するように、配置されている。その結果、オス型コネクタ端子30をメス型コネクタ端子20の挟圧部23に挿入して摺動させた際に、メス型コネクタ端子20とオス型コネクタ端子30の間の接触部において、表面層10による摩擦係数上昇抑制の効果が、利用される。
【0070】
ここでは、メス型コネクタ端子20の全体が、表面層10を有する上記実施形態にかかる金属材1より構成される形態について説明したが、表面層10は、少なくとも、相手方導電部材と接触する接点部の表面、つまり弾性接触片21のエンボス部21aと内部対向接触面22の表面に形成されていれば、いかなる範囲に形成されていてもよい。また、オス型コネクタ端子30等、相手方導電部材は、いかなる材料より構成されてもよいが、Snを含む金属が最表面に露出された形態を、好適なものとして挙げることができる。具体的には、メス型コネクタ端子20と同様に、表面層10を有する上記実施形態にかかる金属材1より構成される形態や、単体SnまたはSnを主成分とする合金よりなるSn被覆層が最表面に形成された金属材より構成される形態を、好適なものとして例示することができる。相手方導電部材の最表面に、Sn被覆層が形成されていたとしても、本実施形態にかかる接続端子の表面にInが存在することにより、表面層10のSnと、相手方のSn被覆層のSnとが、摺動に伴って凝着を起こし、摩擦係数が上昇するのを、抑制することができる。さらに、本開示の実施形態にかかる接続端子は、上記のような嵌合型のメス型コネクタ端子、あるいはオス型コネクタ端子の他に、プリント基板に形成されたスルーホールに圧入接続されるプレスフィット端子等、種々の形態とすることができる。
【実施例】
【0071】
以下、実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。以下、特記しない限り、試料の作製および評価は、大気中、室温にて行っている。
【0072】
[1]表面層の構造および特性
まず、InとSnを含有する表面層の構造と特性について調査した。Inの含有量の影響についても検討した。
【0073】
[試験方法]
(試料の作製)
以下のようにして、試料A1~A4および試料A0を作成した。つまり、清浄なCu基材の表面に、表1に示すように、所定の厚さの原料層を積層した。具体的には、最初に、Cu基材の表面に直接、厚さ1.0μmのSn層を、電解めっき法によって形成した。次に、試料A1~A4については、形成したSn層の表面に、In層を、表1に示した所定の厚さで形成した。In層の形成は、最も薄い試料A1においては、浸漬によって行い、形成されたIn層の厚さは、0.01μmであった。比較的厚いIn層を形成する試料A2~A4については、電解めっき法によってIn層の形成を行い、それぞれ、In層の厚さを、0.05μm、0.1μm、0.2μmとした。試料A0については、In層は形成せず、Sn層のみをCu基材の表面に形成した状態とした。試料A1~A4については、Sn層とIn層を積層した後、試料A0については、Sn層を形成した後に、250~300℃で加熱(リフロー処理)を行った。
【0074】
表1には、形成したSn層およびIn層の厚さに加えて、InとSnの原子数比(In/Sn原子数比)を示している。この値は、SnとInのそれぞれの密度を用いて、Sn層およびIn層の厚さを原子数に換算し、Snに対するInの原子数の比率を算出したものである。
【0075】
(表面層の状態の評価)
試料A1~A4のそれぞれについて、走査電子顕微鏡(SEM)観察を行い、表面の状態を観察した。さらに、エネルギー分散型X線分析(EDX)により、各試料の表面における構成元素の分布を確認した。EDXによって得られた元素分布像をもとに、SEMで観察された各相の組成を検討するとともに、Inリッチ部の面積率を見積もった。
【0076】
また、試料A2~A4に対して、2θ法によるX線回折(XRD)測定を行い、表面層に生成している相の組成を評価した。測定条件としては、ω=1°、2θ=10~80°、0.03°ステップとした。
【0077】
さらに、試料A2に対して、X線光電子分光(XPS)測定を行い、表面層の最表面におけるSnとInの存在量を評価した。さらに、Ar+スパッタリングを行いながらXPS測定を行い、Inの深さ方向の分布を評価した。深さ分析測定においては、得られた光電子スペクトルからInの酸化数を解析し、Inの層のうち、In酸化物が分布している領域の深さも解析した。XPS測定は、Al-Kα線を光源とし、入射角90°、光電子取り出し角45°の条件で行った。Arスパッタリングは、加速電圧2kV、平均スパッタ速度23nm/min.(SiO2換算)の条件で、500nmの深さまで行い、深さ5nmごとに測定を行った。
【0078】
(摩擦係数の測定)
平板状の試料A1~A4,A0を用いて、摩擦係数の測定を行った。この際、Snめっき層を1μmの厚さで形成した材料よりなる、半径1mm(R=1mm)のエンボスを用い、平板状接点とエンボス状接点よりなる端子接点対を模擬した。測定時は、エンボス状接点を板状の各試料の表面に接触させて、3Nの接触荷重を印加した状態で、10mm/min.の速度で、5mmにわたって摺動させた。摺動中に、ロードセルを用いて、接点間に働く動摩擦力を測定した。ついで、動摩擦力を荷重で割った値を(動)摩擦係数とした。摺動中、摩擦係数の変化を記録した。
【0079】
(接触抵抗の評価)
平板状の試料A1~A4,A0を用いて、接触抵抗の測定を行った。この際、厚さ1μmのNi中間層と、厚さ0.4μmのAu表面層を形成したR=1mmのエンボスを用い、平板状接点とエンボス状接点よりなる端子接点対を模擬した。測定時は、平板状の各試料の表面にエンボス状接点を接触させ、接触荷重を印加しながら、接触荷重が5Nとなった時の接触抵抗を測定した。測定は四端子法によって行った。開放電圧は20mV、通電電流は10mAとした。
【0080】
[試験結果]
(表面層の状態)
図3A~
図3Dに、それぞれ、試料A1~A4について得られたSEM像を示す。これらの像は、加速電圧5.0kVで得られた反射電子像である。また、
図4A~
図4Dに、試料A2について、
図3BのSEM観察に対応するEDX測定によって得られた元素分布を示す。
図4AはSn、
図4BはCu、
図4CはInの元素濃度を、0~100原子%のスケールで表示している。
図4Dは、
図4CのInの元素濃度を、0~30原子%のスケールで表示したものである。
【0081】
表1に、試料A1~A4および試料A0について、各原料層の厚さおよびSnに対するInの原子数比(In/Sn原子数比)と、XRDで検出された生成相の種類、EDXによる元素分布像から得られたInリッチ部の面積率を示す。なお、XRDでは、SnまたはIn、あるいはSnとInの両方を含む相として、表1に掲載したもの以外は、検出されなかった。
【0082】
さらに、表2に、試料A2について、最表面のXPS測定によって検出されたInおよびSnの濃度を示す(単位:原子%)。表2には、合わせて、深さ分析XPS測定によって得られた、最表面からInが分布する領域の深さ、およびそのうちInが酸化物の状態で分布する領域の深さを示している。
【0083】
【0084】
【0085】
図3A~3DのSEM像を見ると、いずれにおいても、比較的明るく観察される領域の中に、島状に、暗く観察される領域が分散して形成されている。
図3BにSEM像を示した試料A2について、
図4A~
図4Dに、EDXによる元素分布像を示しているが、SEM像で観察された島状構造が、各元素分布像でも観測されており、島状構造は、成分組成の空間分布を反映したものであることが確認される。
【0086】
試料A2について、表面層の構造を考察する。
図4A~
図4Dの元素分布像において、島状の領域に着目すると、
図4A,4Bに示されるように、SnおよびCuが、島状の領域に、それぞれ、均一性の高い濃度で分布していることが分かる。濃度は、Cuの方が高くなっている。一方、
図4C,4DのInの分布を見ると、それら島状の領域の中には、実質的にInが分布していない。これらの元素分布より、島状の領域には、Cu-Sn合金が形成されていることが分かる。
図4A,4Bの元素濃度から、島状領域におけるSnとCuの濃度を定量的に見積もると、その濃度比は、原子数比で、Sn:Cu=5:6となっている。つまり、島状の領域は、Cu
6Sn
5との組成を有していることが分かる。表1に結果を示したXRDによる生成相の分析においても、金属間化合物として、Cu
6Sn
5の生成が確認されている。
【0087】
次に、島状の領域を取り囲む「海」に相当する領域に着目すると、
図4Aに示されるように、Snは、島状の領域よりも高濃度で、この領域に存在していることが分かる。また、
図4C,4DのInの分布を見ると、Inも、島状領域を取り囲む領域に存在している。一方、
図4BのCuの分布を見ると、Cuは、島状領域を取り囲む領域には、ほぼ存在していない。このことより、島状領域を取り囲む領域には、In-Sn合金が形成されていることが分かる。
図4A,4Cの分布から、SnとInの濃度を定量的に見積もると、その濃度比は、原子数比で、Sn:In=4:1となっている。つまり、島状の領域は、InSn
4との組成を有していることが分かる。表1に結果を示したXRDによる生成相の分析においても、金属間化合物として、InSn
4が確認されている。
【0088】
このように、SEMおよびEDXの結果より、表面層においては、Cu6Sn5の組成を有する領域が、InSn4の組成を有する領域の中に、島状に分布しており、それら両方の領域が、最表面に露出していることが分かる。島状の領域をSnリッチ部に対応付けることができ、その島状領域を取り囲む領域をInリッチ部に対応付けることができる。表1に掲載したInリッチ部の面積率は、各元素のEDX像を重畳したものを二値化し、島状領域を取り囲む領域の面積の割合を算出したものである。
【0089】
さらに、表1のXRDによる生成相の分析結果を見ると、InSn
4およびCu
6Sn
5に加え、Sn、つまり単体Snが観測されている。それら3種以外の相は、検出されていない。SEMおよびEDXは、試料の最表面近傍の領域のみを観測するものであるのに対し、XRDは、試料の深さ方向全域を観測するものであることから、
図1Aに示すように、表面層において、単体Snよりなる下層の上に、Inリッチ部の中にSnリッチ部が島状に分散された上層が形成されていることが分かる。下層は、原料層として積層したSn層のうち、表面層の形成に消費されなかった部分であると考えられる。
【0090】
さらに、表2に示した、試料A2の表面のXPS分析の結果について検討する。最表面の観測においては、InとSnが検出されている。InとSnの濃度を比較すると、Inの濃度の方が高くなっている。表面層全体におけるIn/Sn原子数比は、5.1%であり、Snに対して少量のInしか添加しておらず、Inは、Snと合金を形成して、深さ方向に均一に分布しているのではなく、金属材の表面近傍に高濃度で分布していることが分かる。このことは、Snよりなる下層の上にInとSnを含む上層が形成されているという、上記EDXおよびXRDの結果から明らかになったモデルを支持している。深さ分析の結果によると、表面層において、Inを含有する領域の深さは、390nmとなっている。
【0091】
さらに、深さ分析の結果によると、表面層に含有されるInのうち、酸化されているものの分布は、最表面から深さ5nmの領域に留まっている。ここで、Inは、In-Sn合金の状態で酸化されたものであると考えられるが、その酸化された状態にあるInが分布する領域の深さが、5nmに留まっており、大部分のIn、つまり深さ5nmから390nmの領域に存在するInは、酸化を受けていない金属の状態にあることが分かる。その結果、表面層において、固体潤滑性等、金属状態のInが示す特性が、強く発揮されうる。後に説明する接触抵抗測定の結果から分かるように、厚さ5nm程度の薄いIn酸化物の皮膜は、容易に破壊することができ、金属状態のInによる高い導電性が、接点部における電気接続に寄与する。
【0092】
以上より、試料A2の金属材においては、基材の表面に、Snよりなる下層が形成され、その下層の表面に、In-Sn合金(InSn4)の中に、Cu-Sn合金(Cu6Sn5)が島状に分布した構造の上層が形成されていることが、確認された。さらに、そのIn-Sn合金が形成された領域においては、最表面のごく浅い領域を除いて、Inが、酸化を受けていない金属の状態を維持していることが分かった。掲載は省略するが、試料A1,A3,A4においても、EDX測定を行っており、試料A2と同様に、SEMで見られた島状の領域にCu-Sn合金よりなるSnリッチ部が形成されており、その島状領域を取り囲む領域にIn-Sn合金よりなるInリッチ部が形成されていることが確認された。さらに、表1に示すように、XRD測定においても、試料A1~A4の全てで、InSn4,Cu6Sn5,Snの各相が検出されている。このことから、試料A1~A4のいずれにおいても、上記で試料A2について明らかにしたのと同様の構造が、金属材の表面に形成されていると言える。
【0093】
ここで、試料A1~A4の間で、表面層の最表面の状態を比較する。
図3A~3DのSEM像を見ると、
図3Aから
図3DへとIn/Sn原子数比が上がるほど、Snリッチ部に対応する島状の領域において、形状の異方性が高くなるとともに、面積が大きくなっていることが分かる。つまり、In/Sn原子数比が上がるほど、Inリッチ部の面積が減少している。このことは、表1において、試料A1から試料A4へと、In/Sn原子数比が上がるほど、Inリッチ部の面積率が低下しているという挙動により、さらに明確に示されている。Inの含有量が増えるほど、Inリッチ部の露出面積が増える機構の詳細は、現在のところ明らかではないが、上記の結果は、In/Sn原子数比により、Inリッチ部の露出面積を制御できることを示している。
【0094】
(表面層の特性)
図5A~5Eに、摩擦係数の測定結果を示す。
図5A~5Dが、それぞれ試料A1~A4のもの、
図5Eが試料A0のものである。各図において、横軸に摺動距離をとり、縦軸に、各摺動距離における摩擦係数を表示している。
【0095】
図5EのSn層のみを基材の表面に形成した場合と比較して、
図5A~5DのInを含有する表面層を形成した場合には、摺動の進行(摺動距離の増加)に伴う摩擦係数の上昇が、緩やかになっている。また、摩擦係数の値自体も、小さくなっている。Sn層のみを設けた場合に、摺動の進行に伴って摩擦係数が上昇するのは、板状試料の表面のSn層と、エンボス表面のSn層の間での、Sn同士の凝着によるものであるが、板状試料の表面層にInを含有させ、Inを最表面に分布させることで、Inの固体潤滑性により、Snの凝着による摩擦係数の上昇を抑制できていると解釈される。試料A1では、表面層におけるInの含有量が、Snに対する原子数比で、1%と小さいが、そのように少量のInでも、摩擦係数上昇抑制の効果が得られている。
【0096】
特に、表面層におけるInの含有量が多い
図5B~
図5Dの場合には、摺動の進行に伴う摩擦係数の上昇の抑制も、摩擦係数の値自体の低減も、大きくなっている。このことより、表面層におけるInの含有量は、Snに対する原子数比で、5%以上としておくことが、特に好ましいと言える。
【0097】
さらに、下の表3に、各試料について、各原料層の厚さおよびIn/Sn原子数比とともに、接触抵抗の計測結果を示す。
【0098】
【0099】
表3によると、表面層にInを含有させた試料A1~A4のいずれにおいても、Sn層のみを形成している試料A0に比べて、同程度の低い接触抵抗が得られている。表面層の最表面にInが分布していても、上記XPSの結果で確認されたように、Inの酸化が表面層のごく浅い領域に留まるうえ、酸化膜を容易に破壊できることにより、In酸化物は、表面層の接触抵抗を上昇させるものとはなっていない。表面層の最表面にInリッチ部として露出されるIn-Sn合金が、Snよりも軟らかくなっていることで、Sn層のみを設けた場合よりも、かえって接触抵抗が下がっていると解釈することもできる。接触抵抗低減の効果は、In/Sn原子数比が、1.0%と最も低い試料A1においても、十分に得られている。
【0100】
In含有量の異なる試料A1~A4の接触抵抗を相互に比較すると、試料A1から試料A2で、In含有量が、In/Sn原子数比で、0.01%から0.05%に増加した場合に、接触抵抗低減の効果が大きくなっている。しかし、試料A3,A4と、試料A2よりもIn含有量をさらに増やすと、接触抵抗は、試料A1や試料A2よりは大きくなっている。Inの含有量の増加に伴う接触抵抗の上昇は、表1に示したInリッチ部の面積率の減少に対応するものと考えられる。つまり、In含有量の増加に伴って、Inリッチ部の面積率が減少し、その結果、Inリッチ部による接触抵抗低減の効果が小さくなるものと解釈される。このことから、表面層におけるInの含有量は、In/Sn原子数比で、20%以下、さらには15%以下に留めておくことが好ましいと言える。
【0101】
以上の結果から、基材の表面に、InとSnを含有し、Inを最表面に分布させた表面層を形成することで、摩擦係数の上昇を抑制できるとともに、接触抵抗も低く抑えられることが明らかになった。これらの効果は、Inが有する固体潤滑性、および酸化膜の易破壊性によるものと解釈される。
【0102】
[2]表面層における合金化と特性の関係
次に、In層とSn層を積層した後の加熱による合金化の促進が、表面層の特性にどのような影響を与えるかを調査した。
【0103】
[試験方法]
(試料の作製)
試料B1として、Sn層の表面にIn層を形成し、加熱を経ない試料を形成した。つまり、上記試料A2と同様に、Cu基材の表面に、厚さ1.0μmのSn層を電解めっき法によって形成した。その後、試料を250~300℃で加熱した。さらに、加熱後のSn層の表面に、厚さ0.05μmのIn層を電解めっき法によって形成した。In層を形成した後は、試料に対して加熱を行わなかった。
【0104】
別途、試料B2として、Sn層の表面にIn層を形成し、加熱を行った試料を形成した。つまり、上記試料B1の作成工程において、厚さ1.0μmのSn層を形成した後、加熱を経ることなく、厚さ0.05μmのIn層を形成した。そして、In層の形成後、Sn層とIn層が積層された試料を、250~300℃で加熱した。この試料B2は、上記試料A2と同様に製造されたものとなっている。さらに、試料B0として、試料A0と同様に、Cu基材に厚さ1.0μmのSn層を形成し、250~300℃で加熱したものを準備した。
【0105】
(摩擦係数の測定)
平板状の試料B1,B2,B0に対して、上記試験[1]と同様にして、Sn層を有するエンボス状接点とともに端子接点対を模擬して、摩擦係数を測定した。ただし、接触荷重は5Nとした。
【0106】
[試験結果]
図6A~6Cに、それぞれ、試料B1,B2,B0の摩擦係数の測定結果を示す。横軸に摺動距離をとり、縦軸に、各摺動距離における摩擦係数を表示している。
【0107】
図6A,6Bの試料B1,B2の摩擦係数の測定結果を見ると、いずれも、
図6CのSn層のみを形成した試料B0の結果と比較して、摺動の進行に伴う摩擦係数の上昇が緩やかになっている。摩擦係数の値自体も、小さくなっている。特に、In層形成後に加熱を行った
図6Bの試料B2においては、
図6AのIn層形成後に加熱を行っていない試料B1の場合よりもさらに、摺動の進行に伴う摩擦係数の上昇が抑えられている。
【0108】
In層を形成した後、加熱を行うことで、InとSnの合金化を促進することができる。In層形成後に加熱を行っていない試料B1においては、表面層において、合金化がそれほど進んでおらず、Snと合金化していないInが残存している可能性がある。一方、In層形成後に加熱を行った試料B2においては、上記試験[1]で試料A2についてEDXおよびXRDを用いて確認したように、表面層に含有されるInの全量がIn-Sn合金となり、表面層の最表面に露出している。
【0109】
In層に対して加熱を行った場合にも、行わなかった場合にも、摩擦係数の上昇が抑制されるという上記の結果は、表面層にInを添加することで、Snとの合金化が完全に進行していても、合金化の進行の程度が低くても、Inの存在により、摩擦係数の上昇を抑制する効果が発揮されることを示している。つまり、In-Sn合金が形成されている場合に限らず、表面層Inが含有されることで、摩擦係数の上昇を抑制できると言える。ただし、加熱によって合金化を完全に進めることで、その効果をさらに高めることができる。
【0110】
[3]基材の構成材料の影響
最後に、基材の表面を構成する金属材料が、表面層の特性に与える影響について調査した。
【0111】
[試験方法]
(試料の作製)
試料C1~C3として、Ni中間層を表面に形成した基材を用いて、表面層を作製した。つまり、清浄なCu基材の表面に、電解めっき法により、厚さ1.0μmのNi層を形成した。そのNi中間層を形成した基材の表面に、Sn層とIn層を、電解めっき法により、この順に形成した。Sn層の厚さは、各試料で、1.0μmとした。In層の厚さは、試料C1,C2,C3で、それぞれ、0.05μm、0.1μm、0.2μmとした。各金属層を形成した試料は、250~300℃で加熱した。この試料C1~C3の作製方法は、Ni中間層を形成する点を除いて、上記試料A2~A4と同様となっている。さらに、試料C0として、In層を形成せず、Ni中間層の表面にSn層のみを形成し、250~300℃で加熱したものを準備した。
【0112】
(表面層の状態の評価)
試料C2に対して、上記試験[1]と同様にして、XRD測定を行い、表面層に生成している相の組成を評価した。
【0113】
(表面層の特性の評価)
平板状の試料C1~C3のそれぞれに対して、上記試験[1]と同様にして、Sn層を有するエンボス状接点とともに端子接点対を模擬して、摩擦係数の測定を行った。さらに、平板状の試料C1~C3および試料C0に対して、上記試験[1]と同様にして、Au層を有するエンボス状接点とともに端子接点対を模擬して、接触抵抗の測定を行った。
【0114】
[試験結果]
試料C2のXRD測定の結果、表面層に生成している相として、以下の3種の相が検出された。つまり、Sn,InNi,InSn4の3種の相が検出された。表面層においては、上記3種の相のうち、Snが下層を構成し、InNiおよびInSn4が混在して上層を形成していると考えられる。このように、基材の表面がNiを含む場合にも、Sn層とIn層を積層して加熱することで、SnとInを含み、SnとInがそれぞれ合金を形成した表面層を形成できることが確認された。
【0115】
図7A~7Cに、それぞれ、試料C1~C3の摩擦係数の測定結果を示す。横軸に摺動距離をとり、縦軸に、各摺動距離における摩擦係数を表示している。
図7Dには、比較のため、Cu基材の表面にSn層を形成した試料A0について測定した、
図5Eの結果を再掲している。
図7A~7Cに結果を示す試料C1~C3においては、Sn層のみが表面に形成されている
図7Dの場合と比較して、摺動に伴う摩擦係数の上昇が緩やかになっており、摩擦係数の上昇が抑制されていることが分かる。摩擦係数の値自体も小さくなっている。
【0116】
下の表4に、試料C1~C3および試料C0の接触抵抗の測定値を示す。
【表4】
【0117】
表4によると、Ni下地層の上にSn層のみを形成した試料C0と比較して、InとSnを含有する表面層を形成した試料C1~C3において、接触抵抗が高くなっている。しかし、試料C1~C3でも、接触抵抗値は、0.9mΩ以下と、接続端子の接触抵抗として、十分に低い値に抑えられている。
【0118】
以上のように、Ni下地層の表面に、InとSnを含有する表面層を形成した場合にも、Sn層のみを形成した場合と比べて、摩擦係数の上昇が抑制されるとともに、Sn層のみを形成した場合と同程度の接触抵抗が得られている。つまり、基材表面がCuよりなる上記試料A1~A4の場合でも、基材表面がNiよりなる試料C1~C3の場合でも、InとSnを含有する表面層を形成することで、摩擦係数の上昇の抑制が達成されるとともに、接触抵抗としても、十分に低い値が得られる。このことより、SnやInが基材を構成する金属元素と合金を形成し、その合金が表面層の一部を構成するとしても、表面層に含有されるInの寄与により、表面層全体として、摩擦係数の上昇抑制および接触抵抗の抑制の効果が得られると言える。
【0119】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0120】
1 金属材
10 表面層
10a Snリッチ部
10b Inリッチ部
11 上層
12 下層
15 基材
20 メス型コネクタ端子
21 弾性接触片
21a エンボス部
22 内部対向接触面
23 挟圧部
30 オス型コネクタ端子