(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-05
(45)【発行日】2022-09-13
(54)【発明の名称】熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロール
(51)【国際特許分類】
B21B 27/00 20060101AFI20220906BHJP
B21B 27/02 20060101ALI20220906BHJP
C22C 37/00 20060101ALI20220906BHJP
C22C 37/08 20060101ALI20220906BHJP
【FI】
B21B27/00 C
B21B27/02 A
C22C37/00 B
C22C37/08 Z
(21)【出願番号】P 2019140375
(22)【出願日】2019-07-31
【審査請求日】2021-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】岩田 直道
(72)【発明者】
【氏名】岡村 保彦
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-105296(JP,A)
【文献】国際公開第2013/077377(WO,A1)
【文献】特開2001-321807(JP,A)
【文献】特開2015-080813(JP,A)
【文献】特開2005-169427(JP,A)
【文献】特開2005-177808(JP,A)
【文献】特開2018-075638(JP,A)
【文献】佐藤 直子、定松 直、足立 吉隆,材料組織の形態評価の変遷と展望,鉄と鋼,Vol.100(2014)、No.10,p.1182-1190
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 27/00-27/03
B22D 13/00-13/02
B22D 19/16
C22C 37/00,37/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:3.0~4.0%、Si:0.4~3.5%、Cr:1.0~2.5%、Ni:3.0~5.5%、V:0.1~2.5%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
金属組織が、黒鉛、セメンタイトおよびMC型炭化物を有し、ロール外層材のロール軸に対して垂直な断面
で圧延使用されるロール最大径を外径とするロール外層材の外表面から半径方向に1mm内部の領域における黒鉛の面積率が、ロール外層材のロール軸に対して平行
で圧延使用されるロール最大径を外径とするロール外層材の外表面における黒鉛の面積率よりも大きいことを特徴とする熱間圧延用ロール外層材。
【請求項2】
さらに、質量%で
、Nb:0.1~1.5 %
、W:0.1~1.5%、Co:0.1~2.0%、B:0.003~0.050%のいずれか1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の熱間圧延用ロール外層材。
【請求項3】
C、Si、Ni、Cr、Mo、V、NbおよびWの含有量が下記式(1)を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の熱間圧延用ロール外層材。
0.70≦([%C]+0.3×[%Si]+0.02×[%Ni])/([%Cr]+[%Mo]+[%V]+[%Nb]+[%W])≦1.80 (1)
ここで、[%C]、[%Si]、[%Ni]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%Nb]、[%W]は、各元素の含有量(質量%)であり、含有していない元素の含有量は0とする。
【請求項4】
外層、中間層、内層の3層構造または外層、内層の2層構造を有する熱間圧延用複合ロールであって、前記外層が請求項1~3のいずれかに記載の熱間圧延用ロール外層材からなることを特徴とする熱間圧延用複合ロール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールに係り、とくに、鋼板の熱間圧延ミルのワークロールとして好適な熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼板の熱間圧延技術の進歩につれてロールの使用環境は苛酷化しており、また、高強度鋼板や薄肉品など圧延負荷の大きな鋼板の生産量も増加している。このため、圧延用ワークロールに要求される品質レベルが高くなっており、高性能な圧延用ワークロールが求められている。熱間仕上げ圧延機の後段スタンドには、耐事故性に優れたグレン系鋳鉄材または高合金グレン系鋳鉄材を外層材とするワークロールが用いられている。熱間仕上げ圧延機の後段スタンドで発生する圧延事故として、絞り事故が挙げられる。絞り事故は、被圧延材の端部が折れ重なってロール間に噛み込む現象である。絞り事故が発生すると、被圧延材がロール表面に焼付き、ロールに大きな熱的および機械的な負荷が発生して、ロール表面にクラックが発生することがある。このようなクラックは、1mm以上の深さになることもあり、ロール表面を研削してクラックを除去する作業が必要となるため、作業コストの増大およびロールの短寿命化といった問題がある。そのため、絞り事故が発生しても、クラックが発生・進展し難い熱間圧延用ワークロールが求められている。
【0003】
このような熱間圧延用ワークロールの外層材として、例えば、特許文献1には、質量%で、C:3.0%を超えて4.0%以下、Si:3.0%以下、Ni:2.3~5.5%、Cr:1.0~2.0%、V:0.3~10.0%、Ti:0.01~2.0%を含有し、残部Feおよび不純物元素からなり、金属組織中に黒鉛とMC系炭化物を有し、黒鉛の球状化率が0.5以上であることを特徴とする圧延用ロール外層材が提案されている。特許文献1では、黒鉛の形状を微細な球状にするとともに、黒鉛が金属組織中に均一に分散され、耐摩耗性、耐肌荒れ性および耐事故性が向上するとしている。
【0004】
また、特許文献2には、質量%で、C:3.0~4.5%、Si:0%を超えて2.0%以下、Mn:0%を超えて1.5%以下、Ni:3.0~5.0%、Cr:1.4~4.0%、Mo:0.1~1.5%、V:0%を超えて3.0%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物元素からなり、C、Si、Crが、4.0%≦C+Si/3+Cr/7.5≦5.5%であり、外層の圧延に供される周面の金属組織は、セメンタイトの面積率が40%以上46%未満であることを特徴とする圧延用複合ロールが提案されている。特許文献2では、硬質なセメンタイトが多量に存在するため、耐摩耗性、耐肌荒れ性に優れた圧延用複合ロールとなるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-177808号公報
【文献】特開2018-75638号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高級鋼板の製造または熱間圧延の生産性向上の観点から、熱間圧延の圧延環境は年々厳しくなっており、耐摩耗性向上といった、より高品質な熱間圧延用ワークロールが求められている。特に、絞り事故に遭遇した際にクラックが発生・進展しにくい耐事故性に優れる熱間圧延用ロールが求められており、特許文献1、2で製造された熱間圧延用ロールでは耐事故性が十分であるとは言い難い。
【0007】
本発明は上記事情を鑑みてなされたものであり、従来と同等の耐摩耗性を有し、且つ耐事故性に優れた熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
グレン系鋳鉄材または高合金グレン系鋳鉄材を外層材とする熱間圧延用ロールは、金属組織中に黒鉛を含有することで絞り事故に遭遇しても被圧延材が焼付きにくく、クラックの発生・進展を抑えている。その一方で、耐事故性を向上させるために黒鉛の面積率を増加させると、黒鉛が炭化物や基地に比べて軟質であるため、耐摩耗性が低下するという問題がある。このような問題を解決するため、本発明者らが鋭意検討を行った結果、ロール外層材の横断面(ロール軸に垂直な断面)における黒鉛面積率Stを半径方向断面(ロール外表面に平行な面)における黒鉛面積率Ssよりも大きくすれば(St>Ss)、耐摩耗性を劣化させずに、絞り事故によって発生したクラックが進展し難くなり、耐事故性が向上するという従来にない知見を得た。
【0009】
本発明は上記の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1]質量%で、C:3.0~4.0%、Si:0.4~3.5%、Cr:1.0~2.5%、Ni:3.0~5.5%、V:0.1~2.5%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
金属組織が、黒鉛、セメンタイトおよびMC型炭化物を有し、ロール外層材のロール軸に対して垂直な断面における黒鉛の面積率が、ロール外層材のロール軸に対して平行な断面における黒鉛の面積率よりも大きいことを特徴とする熱間圧延用ロール外層材。
[2]さらに、質量%で、Mn:0.2~1.5%、Nb:0.1~1.5%、Mo:0.1~2.0%、W:0.1~1.5%、Co:0.1~2.0%、B:0.003~0.050%のいずれか1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載の熱間圧延用ロール外層材。
[3]C、Si、Ni、Cr、Mo、V、NbおよびWの含有量が下記式(1)を満足することを特徴とする[1]または[2]に記載の熱間圧延用ロール外層材。
0.70≦([%C]+0.3×[%Si]+0.02×[%Ni])/([%Cr]+[%Mo]+[%V]+[%Nb]+[%W])≦1.80 (1)
ここで、[%C]、[%Si]、[%Ni]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%Nb]、[%W]は、各元素の含有量(質量%)であり、含有していない元素の含有量は0とする。
[4]外層、中間層、内層の3層構造または外層、内層の2層構造を有する熱間圧延用複合ロールであって、前記外層が[1]~[3]のいずれかに記載の熱間圧延用ロール外層材からなることを特徴とする熱間圧延用複合ロール。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来と同等以上の耐摩耗性を有し、且つ耐事故性に著しく優れた熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、熱間圧延用ロール外層材(スリーブロール)からの組織観察用試験片採取位置を示す模式図であり、
図1(a)は熱間圧延用ロール外層材から採取する試験片の位置を示す断面模式図であり、
図1(b)は垂直断面観察用試験片の模式図、
図1(c)は平行断面観察用試験片の模式図である。
【
図2】
図2は、スリーブロールからの摩耗試験片採取位置を示す模式図であり、
図2(a)はスリーブロールを軸方向から見た正面図であり、
図2(b)は
図2(a)のA方向から見たスリーブロールの上面図であり、
図2(c)は
図2(a)のB方向から見たスリーブロールの側面図である。
【
図3】
図3は、摩耗試験で使用した試験機の構成および摩耗試験用試験片(摩耗試験片)の形状を模式的に示す図である。
【
図4】
図4は、熱衝撃試験で使用した試験機の構成を模式的に示す図である。
【
図5】
図5は、スリーブロールからの熱衝撃試験片採取位置を示す模式図であり、
図5(a)はスリーブロールを軸方向から見た正面図であり、
図5(b)は
図5(a)のA方向から見たスリーブロールの上面図であり、
図5(c)は
図5(a)のB方向から見たスリーブロールの右側面図である。
【
図6】
図6は、熱衝撃試験片のクラック深さの測定箇所を示す模式図であり、
図6(a)は熱衝撃試験片の切断位置を示す模式図であり、
図6(b)は熱衝撃試験片の切断面におけるクラック深さを示す模式図である。
【
図7】
図7は、実施例における金属組織を示す光学顕微鏡写真であり、
図7(a)は垂直断面(ロール軸に垂直な断面)の金属組織の画像であり、
図7(b)は平行断面(ロール軸に平行な断面)の金属組織の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の熱間圧延用ロール外層材は、遠心鋳造法により製造され、そのままリングロール、スリーブロールとすることもできるが、熱間仕上げ圧延用として好適な、熱間圧延用複合ロールの外層材として適用される。また、本発明の熱間圧延用複合ロールは、外層と、該外層と溶着一体化した内層とからなる。なお、外層と内層との間に中間層を配してもよい。すなわち、外層と溶着一体化した内層に代えて、外層と溶着一体化した中間層および該中間層と溶着一体化した内層としてもよい。本発明では、内層、中間層の組成はとくに限定されないが、内層は球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄)、中間層は、C:1.5~3.0質量%の高炭素材とすることが好ましい。
【0013】
まず、本発明の熱間圧延用複合ロールの外層(外層材)の組成限定理由について説明する。なお、以下、質量%は、とくに断らない限り、単に%と記す。
【0014】
C:3.0~4.0%
Cは、基地(マルテンサイト及び/又はベイナイト)の硬さを増加させるとともに、Fe、V、Cr等の炭化物形成元素と結合して硬質の炭化物を形成し、耐摩耗性の向上に寄与する。さらにSiやNi等の黒鉛化促進元素により金属組織中に黒鉛として晶出し、耐事故性も向上させる元素である。C含有量が3.0%未満では、炭化物や黒鉛の量が不足するため、耐摩耗性や耐事故性が低下する。一方、4.0%を超える含有は、炭化物の粗大化を引き起こし、耐肌荒れ性を低下させる。このため、Cは3.0~4.0%に限定する。なお、好ましくは、3.0~3.6%である。
【0015】
Si:0.4~3.5%
Siは、脱酸剤として作用するとともに、溶湯の鋳造性を向上させる元素である。また、Siは黒鉛化促進元素であり、Cを黒鉛として晶出させる作用を有する。このような効果を得るためには、0.4%以上の含有を必要とする。一方、3.5%を超えて含有すると、基地組織が脆化する。このため、Siは0.4~3.5%に限定する。なお、好ましくは、0.6~2.5%であり、より好ましくは0.6~2.0%である。
【0016】
Cr:1.0~2.5%
Crは、Cと結合して主に硬質なCr系炭化物(M7C3、M23C6等)を形成し、さらには基地の焼入れ性を向上させて基地をマルテンサイト及び/又はベイナイトにして、耐摩耗性を向上させる元素である。このような効果を得るためには、1.0%以上の含有を必要とする。一方、2.5%を超える含有は、粗大なCr系炭化物が増加するため、クラックが進展し易くなり、好ましくない。このため、Crは1.0~2.5%に限定する。なお、好ましくは、1.2~2.2%である。
【0017】
Ni:3.0~5.5%
Niは、基地中に固溶し、熱処理中のオーステナイトの変態温度を低下させて基地の焼入れ性を向上させる元素であり、また黒鉛化を促進して黒鉛の生成量を増加させる元素である。含有量が3.0%未満であると、これらの効果が不十分となり、5.5%を超えると、オーステナイトの変態温度が低くなりすぎて、熱処理後にもオーステナイトが残留してしまい、耐摩耗性を低下させる。そのため、Niの含有量は、3.0~5.5%に限定する。なお、好ましくは、3.5~4.8%である。
【0018】
V:0.1~2.5%
Vは、極めて硬質なV系炭化物(MC型炭化物)を形成し、耐摩耗性を向上させる元素である。このような効果は、0.1%以上の含有で得られる。一方、2.5%を超える含有は、MC型炭化物を粗大化させ、さらには黒鉛の生成量を低下させるため、圧延用ロールの諸特性を不安定にする。このため、Vは0.1~2.5%に限定する。なお、好ましくは、0.3~2.2%である。
【0019】
さらに本発明では、以下の元素のうち1種または2種以上を選択的に含有することができる。
【0020】
Mn:0.2~1.5%
Mnは、SをMnSとして固定し、Sを無害化する作用を有するとともに、一部は基地組織に固溶し、焼入れ性を向上及び基地を強化(固溶強化)させる効果を有する元素である。このような効果を得るためには、0.2%以上の含有を必要とする。一方、1.5%を超えて含有しても、効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できなくなり、さらには材質を脆化する場合もある。このため、Mnを含有する場合は0.2~1.5%に限定する。なお、好ましくは、0.3~1.4%である。
【0021】
Nb:0.1~1.5%
Nbは、MC型炭化物に固溶してMC型炭化物を強化し、MC型炭化物の破壊抵抗を増加させる作用を介し、耐摩耗性を向上させる元素である。また、NbはMC型炭化物の遠心鋳造時の偏析を抑制する作用を併せ有する。このような効果は、0.1%以上の含有で顕著となる。一方、含有量が1.5%を超えると、溶湯中でのMC型炭化物の成長が促進され、耐肌荒れ性が低下する。このため、Nbを含有する場合は、0.1~1.5%に限定する。なお、好ましくは、0.2~1.2%である。
【0022】
Mo:0.1~2.0%
Moは、Cと結合してセメンタイトに固溶し、耐摩耗性を向上させる元素である。また、Moは、V、NbとCが結合した硬質なMC型炭化物中に固溶して、炭化物を強化する。このような作用を介してMoは、ロール外層材の耐摩耗性を向上させる。このような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。一方、2.0%を超える含有は、粗大なMo系炭化物が生成し、耐肌荒れ性を低下させる。このため、Moを含有する場合は、0.1~2.0%に限定する。なお、好ましくは、0.2~1.8%である。
【0023】
W:0.1~1.5%
Wは、基地中に固溶し、基地を強化して耐摩耗性を向上させる作用を有する元素であり、且つセメンタイトに固溶し、耐摩耗性を向上させる。このような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。一方、1.5%を超えて含有すると、効果が飽和するだけでなく、粗大なM2CまたはM6C系の炭化物が形成され、耐肌荒れ性を低下させる。このため、Wを含有する場合は、0.1~1.5%の範囲に限定する。なお、好ましくは0.2~1.2%である。
【0024】
Co:0.1~2.0%
Coは、基地中に固溶し、基地を強化して耐摩耗性を向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。一方、2.0%を超える含有は、効果が飽和して含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利となる。このため、Coを含有する場合は、0.1~2.0%の範囲に限定する。なお、好ましくは、0.2~1.5%である。
【0025】
B:0.003~0.050%
Bは基地の焼入れ性を向上させ、基地をマルテンサイト及び/又はベイナイトにして、耐摩耗性を向上させる元素である。このような効果は0.003%以上の含有で得られる。一方、0.050%を超える含有は、脆い硼炭化物が形成するため好ましくない。そのため、Bを含有する場合は、0.003~0.050%の範囲に限定する。なお、好ましくは、0.005~0.040%である。
【0026】
さらに本発明では、C、Si、Ni、Cr、Mo、V、NbおよびWが下記式(1)を満足することが好ましい。
0.70≦([%C]+0.3×[%Si]+0.02×[%Ni])/([%Cr]+[%Mo]+[%V]+[%Nb]+[%W])≦1.80 (1)
ここで、[%C]、[%Si]、[%Ni]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%Nb]、[%W]は、各元素の含有量(質量%)であり、含有していない元素の含有量は0とする。
【0027】
([%C]+0.3×[%Si]+0.02×[%Ni])/([%Cr]+[%Mo]+[%V]+[%Nb]+[%W])が0.70よりも小さいと、炭化物形成元素の量が多すぎて黒鉛が生成し難くなり、ロール外表面に対して垂直な方向に伸長した黒鉛が得られない。一方、([%C]+0.3×[%Si]+0.02×[%Ni])/([%Cr]+[%Mo]+[%V]+[%Nb]+[%W])が1.80よりも大きいと、炭化物形成元素が不足し、耐摩耗性が低下する。より好ましくは、0.75≦([%C]+0.3×[%Si]+0.02×[%Ni])/([%Cr]+[%Mo]+[%V]+[%Nb]+[%W])≦1.70である。
【0028】
残部はFeおよび不可避的不純物である。なお、不可避的不純物としては、AlやS、P、Sb、Ti、Mg、Cu等が挙げられる。これらは、原料や溶解中に耐火物等から混入する。これらの不可避的不純物は、Al:0.3%以下、S:0.05%以下、P:0.1%以下、Sb:0.2%以下、Ti:0.1%以下、Mg:0.1%以下、Cu:0.1%以下であることが好ましい。
【0029】
本発明の熱間圧延用ロール外層材は、金属組織に黒鉛、セメンタイトおよびMC型炭化物を含有する。ロール外表面に存在する黒鉛は、絞り事故が発生した時に被圧延材がロール表面に焼付くことを抑制または軽減してクラックの発生を抑え、さらにはロール内部に存在する黒鉛がクラックの進展を抑制することにより耐事故性に寄与する、最も重要な要素である。また、セメンタイトとMC型炭化物は、耐摩耗性を確保するために重要な要素である。黒鉛の面積率は、1.0~7.0%が好ましく、より好ましくは1.2~6.5%である。セメンタイトの面積率は12.0~45.0%が好ましく、より好ましくは、14.0~42.0%である。また、MC型炭化物の面積率は0.1~10.0%が好ましく、より好ましくは0.2~8.0%である。なお、金属組織の残部としては、マルテンサイト、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイトが挙げられる。
【0030】
さらに本発明では、ロール外層材のロール軸に対して垂直な断面における黒鉛の面積率St(%)が、ロール外層材のロール軸に対して平行な断面(ロール外表面に平行な面)における黒鉛の面積率Ss(%)よりも大きい(St>Ss)ことが必要である。St>Ssとすることにより、絞り事故で発生したクラックの進展が抑制され、クラックを浅くすることが可能となり、耐事故性が著しく向上する。なお、このような効果を得るためには、StがSsに比べて0.3%以上大きい(St-Ss≧0.3%)ことが好ましく、より好ましくは0.4%以上大きい(St-Ss≧0.4%)ことが好ましい。この黒鉛面積率の関係式(St>Ss)は、圧延使用されるロール最大径に相当する位置から半径方向に20mm内部の範囲で満たすことが好ましい。
【0031】
黒鉛の面積率の測定方法は特に限定されないが、本発明では以下の方法で黒鉛の面積率を測定した。
図1に示すように、圧延使用されるロール最大径を外径とするロール外層材から垂直断面観察用試験片および平行面観察用試験片をそれぞれ採取し、観察面を鏡面研磨した後、100倍で5箇所の視野の金属組織写真を撮影した。この時、平行断面観察用試験片では観察面全体の中で任意の5箇所を撮影し、垂直断面観察用試験片では観察面の中でロール外表面から半径方向に1mm内部の領域で任意の5箇所を撮影した。得られた金属組織写真を元に画像解析で黒鉛の面積率を測定し、垂直断面観察用試験片から求められる黒鉛の面積率をロール外層材のロール軸に対して垂直な断面における黒鉛の面積率S
t(%)、ロール外層材のロール軸に対して平行な断面(ロール外表面に平行な面)における黒鉛の面積率S
s(%)とし、S
tとS
sの平均値を算出して当該試験片の黒鉛の面積率とした。
【0032】
また、セメンタイトおよびMC炭化物の面積率は、平行断面観察用試験片の観察面を鏡面研磨後に、3%ナイタールで腐食した試験片を用いて測定した。セメンタイトの面積率は100倍で任意の5箇所の視野の金属組織写真を撮影し、MC型炭化物は500倍で任意の5箇所の視野の金属組織写真を撮影して、画像解析で面積率を算出し、その平均値を算出して当該試験片のセメンタイトまたはMC型炭化物の面積率とした。画像解析によるMC炭化物およびセメンタイト面積率の算出は、以下の手法で実施した。MC炭化物の面積率は、円相当径が10μm以下の白色領域の面積を画像解析で測定し、観察視野全体の面積で除して算出した。セメンタイト面積率は、白色領域の面積を画像解析で測定し、観察視野全体の面積で除して算出した。なお、500倍の金属組織写真における10μm以下の小さい白色領域はMC炭化物であり、100倍の金属組織写真における白色領域はセメンタイトである。
【0033】
つぎに、本発明の熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールの製造方法について説明する。
【0034】
熱間圧延用ロール外層材を鋳造する場合、まず、内面にジルコン等を主材とした耐火物が0.5~5mm厚で被覆された鋳型を回転させ、上記した熱間圧延用ロール外層材組成の溶湯を、所定の肉厚となるように注湯し、縦型(回転軸が鉛直方向)、横型(回転軸が水平方向)または傾斜型(回転軸が斜め方向)の遠心鋳造法によって遠心鋳造する。
【0035】
従来の方法で製造された熱間圧延用ロール外層材は、黒鉛が球形に近い形状をしているため、StとSsはほぼ同一であり、両者の差異は0≦|St-Ss|≦0.1程度である。そのため、本発明において、ロール外層材のロール軸に垂直な断面における黒鉛の面積率が、ロール外層材のロール軸に対して平行な断面における黒鉛の面積率よりも大きい(St>Ss)ロール外層材を得るためには、黒鉛をロール外表面に対して垂直な方向に伸長した形状にすることが必要である。前述したように、本発明の熱間圧延用ロール外層材または熱間圧延用複合ロールの外層は縦型(回転軸が鉛直方向)、横型(回転軸が水平方向)または傾斜型(回転軸が斜め方向)の遠心鋳造法によって製造される。本発明では、この時の外層溶湯の外表面における遠心力が重力倍数GNoで150Gよりも大きいことが必要である(重力倍数GNoは、遠心鋳造用鋳型の回転数をN(rpm)、遠心鋳造用鋳型の内径をD(mm)とした時、GNo=N×N×D/1790000、で求められる)。遠心力が150G以下であると、凝固組織(デンドライト)が大きく成長しないため、ロール外表面に対して垂直な方向に伸長した黒鉛が得られない。好ましくは160G以上である。
【0036】
また、上記に加えて、外層溶湯の厚みと遠心鋳造鋳型の厚みの比R(R=外層溶湯厚み/遠心鋳造鋳型厚み)が、0.20≦R≦0.60であることが必要である。ここで、外層溶湯の厚みは、外層溶湯が遠心鋳造鋳型内に注湯されて中空状(スリーブ状)になった時のスリーブ厚みであり、外層溶湯の重量と密度および遠心鋳造鋳型の内径と長さから計算できる。Rが0.20よりも小さいと、黒鉛の成長速度に比べて外層溶湯の凝固が速くなり、ロール外表面に対して垂直な方向に伸長した黒鉛が得られない。一方、Rが0.60よりも大きいと、外層溶湯の凝固が著しく遅延するため外層溶湯の内面から凝固が進行してしまい、外層内部の品質が悪化する。より好ましくは、0.25≦R≦0.55である。
【0037】
中間層を形成する場合には、外層材の凝固途中あるいは完全に凝固した後、鋳型を回転させながら、中間層組成の溶湯を注湯し、遠心鋳造することが好ましい。外層あるいは中間層が完全に凝固した後、鋳型の回転を停止し鋳型を立ててから、内層材を静置鋳造して、複合ロールとすることが好ましい。これにより、ロール外層材の内面側が再溶解され外層と内層、あるいは外層と中間層、中間層と内層とが溶着一体化した複合ロールとなる。
【0038】
なお、静置鋳造される内層は、鋳造性と機械的性質に優れた球状黒鉛鋳鉄、いも虫状黒鉛鋳鉄(CV鋳鉄)などを用いることが好ましい。遠心鋳造製ロールは、外層と内層が一体溶着されているため、外層材の成分が1~8%程度内層に混入する。外層材に含まれるCr、V等の炭化物形成元素が内層へ混入すると、内層を脆弱化する。このため、外層成分の内層への混入率は6%未満に抑えることが好ましい。
【0039】
また、中間層を形成する場合は、中間層材として、黒鉛鋼、高炭素鋼、亜共晶鋳鉄等を用いることが好ましい。中間層と外層とは同じように一体溶着されており、外層成分が中間層へ10~95%の範囲で混入する。内層への外層成分の混入量を抑える観点から、外層成分の中間層への混入量はできるだけ低減しておくことが肝要となる。
【0040】
以上より、外層、中間層、内層の3層構造または外層、内層の2層構造を有する熱間圧延用複合ロールを得ることができる。
【0041】
本発明の熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールは、鋳造後、熱処理を施すことが好ましい。熱処理は、鋳造後に鋳型からロールを取り出した後、400~550℃に加熱保持した後、徐冷する工程を行うことが好ましい。
【0042】
なお、本発明の熱間圧延用複合ロールの好ましい硬さは、74~88HS(ショア硬さ)、より好ましい硬さは76~86HSである。74HSよりも硬さが低いと、耐摩耗性が劣化し、逆に硬さが88HSを超えると、絞り事故で発生したクラックが進展し易くなる。このような硬さは、熱処理温度を調整することで得ることができる。
【実施例】
【0043】
表1に示す材料を溶解してなる1400℃の溶湯を、表1の鋳造条件で横型遠心鋳造機の鋳型に供給し、外径250mm、奥行き70mmのスリーブロール(圧延ロール用外層材に相当)を鋳造した。なお、外層溶湯の厚みと遠心鋳造鋳型の厚みの比R(R=外層溶湯厚み/遠心鋳造鋳型厚み)を変化させるため、厚みが60mm、100mm、150mm、200mmの鋳型を使用し、厚み200mmの鋳型は0.10≦R<0.20、厚み150mmの鋳型は0.20≦R<0.30、厚み100mmの鋳型は0.30≦R<0.50、厚み60mmの鋳型は0.50≦R<0.80のスリーブロールの鋳造に使用した。また、鋳型内面のジルコン系耐火物の厚みは0.5mmである。鋳造後、スリーブロールを410℃で10時間加熱した後に徐冷し、各種試験片を採取した。
【0044】
表1に示す試験材No.1~22は本発明例、試験材No.24~28は比較例である。なお、試験材No.23はVを含有しない従来例である。
【0045】
黒鉛面積率を評価するため、組織観察を実施した。スリーブロール外表面を切削加工で削り、外径250mmを240mmとした後、
図1に示すような垂直断面観察用試験片および平行断面観察用試験片を、スリーブロール奥行き方向中央で周方向に任意の位置から採取した。試験片のサイズは、30mm×20mm×tmmである(30mmはスリーブロールの周方向、20mmはスリーブロールの奥行き(軸)方向、tmmはスリーブロールの半径方向であり、外層溶湯の厚みと遠心鋳型厚みの比Rの関係から、tは25~42mmの範囲である)。試験片の観察面を鏡面研磨した後、100倍で5箇所の視野の金属組織写真を撮影した。この時、平行断面観察用試験片では観察面(30mm×20mmの面)全体の中で任意の5箇所を選択し、垂直断面観察用試験片ではロール外表面から半径方向に1mm内部の領域で任意の5箇所を選択した。得られた金属組織写真を元に画像解析で黒鉛の面積率を測定し、垂直断面観察用試験片から求められる黒鉛の面積率をロール外層材のロール軸に対して垂直な断面における黒鉛の面積率S
t(%)、ロール外層材のロール軸に対して平行な断面(ロール外表面に平行な面)における黒鉛の面積率S
s(%)とした。ここでは、面積率の差S
t-S
sが0.1を超えるものを合格とした。
【0046】
セメンタイトおよびMC型炭化物の面積率は、前述の測定方法と同様の方法で測定した。
【0047】
また、ショア硬さ(HS)は以下の方法で測定した。垂直断面観察用試験片について、JIS Z 2244 の規定に準拠して、ビッカース硬さ計(試験力:50kgf(490N))でビッカース硬さHV50を測定し、JIS換算表でショア硬さHSに換算した。なお、測定位置は観察面の任意の位置であり、10点測定して、最高値と最低値を削除した8点の平均値を算出し、当該試験材の硬さとした。
【0048】
耐摩耗性を評価するため摩耗試験を実施した。
図2に示すように、得られたスリーブロールの外表面から5mm内部の位置から摩耗試験片(外径60mm、肉厚10mm、面取り有)を採取した。摩耗試験は、
図3に示すように、試験片と相手片との2円盤すべり転動方式で行った。試験片1を冷却水2で水冷しながら700rpmで回転させ、回転する試験片1に、高周波誘導加熱コイル3で外表面を800℃に加熱した相手片4(材質:S45C、外径:190mm、幅:15mm、C1面取り)を荷重980Nで接触させながら、すべり率:9%で転動させた。摩耗試験は300分間実施し、50分毎に相手片を新品に交換して、試験を実施した。従来例を基準とし、基準値に対する各試験片の摩耗量の比を、摩耗比(=(基準片の摩耗量)/(各試験片の摩耗量))で評価し、摩耗比が0.97以上の場合を従来例と同等以上の耐摩耗性を有しているとし、0.97よりも小さい場合を耐摩耗性に劣る、と判定した。
【0049】
耐事故性を評価するため、
図4に示す落重式摩擦熱衝撃試験機を用いて熱衝撃試験を実施した。試験片については、
図5に示すように、得られたスリーブロールの外表面から5mm内部の位置から、30mm×25mm×20mmの試験片を採取した(30mmはスリーブロールの周方向、25mmはスリーブロールの奥行き方向、20mmはスリーブロールの半径方向である)。落重式摩擦熱衝撃試験機は、
図4に示すように、ラック5に重錘6を落下させてピニオン7を回転させ、試験片8の30mm×25mmの面に相手片9(材質:軟鋼)を擦り付けるものである。耐事故性は、試験片8に発生したクラックの深さで評価した。具体的には、
図6(a)に示すように、試験片8表面に相手片9が擦り付けられた箇所(圧痕10)の長手方向中央(圧痕の長さをLとしたとき、0.5Lの位置)で試験片8を圧痕10に対して垂直に切断して切断面を鏡面研磨した後、
図6(b)に示すように、光学顕微鏡で切断面の金属組織を観察し、クラック11の深さtを測定した。クラックが複数存在する場合は、その中の最大の深さを当該試験材のクラック深さとした。従来例を基準とし、基準値に対する各試験片のクラック深さの比を、クラック比(=(各試験片のクラック深さ)/(基準片のクラック深さ))で評価し、クラック比が0.60以下の場合を耐事故性に優れるとし、0.60よりも大きい場合を耐事故性に劣る、と判定した。
【0050】
上記耐摩耗性および耐事故性の評価を元に、総合評価を行った。耐摩耗性が従来と同等以上(摩耗比≧0.97)且つ耐事故性に優れる(クラック比≦0.60)ものを○、それ以外を×とし、○のみを合格とした。
【0051】
【0052】
【0053】
本発明例は従来と同等以上の耐摩耗性を有し、且つ、優れた耐事故性を有することが分かる。また、
図7に試験材No.10の組織写真の一例を示す。
図7(a)は垂直断面の観察試験片の金属組織であり、
図7(b)は平行断面の観察試験片の金属組織である。このように、本発明例では、ロール外表面に対して垂直な方向に伸長した黒鉛が生成し、垂直断面と平行断面で黒鉛面積率に大きな差異が生じることが分かる。
【0054】
したがって、本発明によれば、耐摩耗性および耐事故性に優れた熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールを製造することが可能となる。その結果、被圧延材の表面品質の著しい向上および熱間圧延の生産性向上を達成できるという効果もある。
【符号の説明】
【0055】
1 試験片(摩耗試験片)
2 冷却水
3 高周波誘導加熱コイル
4 相手片
5 ラック
6 重錘
7 ピニオン
8 試験片(熱衝撃試験片)
9 相手片
10 圧痕
11 クラック
L 圧痕の長さ
t クラックの深さ