(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-05
(45)【発行日】2022-09-13
(54)【発明の名称】絞り缶の製造方法
(51)【国際特許分類】
B21D 22/26 20060101AFI20220906BHJP
B21D 22/28 20060101ALI20220906BHJP
B21D 37/20 20060101ALI20220906BHJP
【FI】
B21D22/26 C
B21D22/28 L
B21D37/20 Z
(21)【出願番号】P 2021148541
(22)【出願日】2021-09-13
(62)【分割の表示】P 2016226760の分割
【原出願日】2016-11-22
【審査請求日】2021-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2015234527
(32)【優先日】2015-12-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100075177
【氏名又は名称】小野 尚純
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(72)【発明者】
【氏名】城石 亮蔵
(72)【発明者】
【氏名】高尾 健一
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 拓甫
【審査官】山本 裕太
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-167625(JP,A)
【文献】特開2004-001034(JP,A)
【文献】特開2014-223661(JP,A)
【文献】特開平6-262275(JP,A)
【文献】特開2000-355705(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/26
B21D 22/28
B21D 37/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
穴が貫通した円環状をしており、
(i)板状素材に接触する天面と、該天面と不連続な周状端面とを備えており、
(ii)前記周状端面が前記天面よりも低い位置にあり、
(iii)前記天面と前記周状端面の間に周壁面が介在し、
(iv)前記周壁面と前記天面とで形成する角部が丸みを帯びており、
且つ(v)少なくとも前記天面が
、平均厚み0.1~30μmのダイヤモンド膜で被覆され、該ダイヤモンド膜で被覆された前記天面の表面粗さRaが0.1μm以下である金型を用意し、
該金型をパンチとして使用して板状素材を打ち抜き、ブランクを形成し、
引き続き、該金型をダイとして使用して、前記ブランクの絞り加工を行うことを特徴とする、絞り缶の製造方法。
【請求項2】
前記金型の、前記天面の外縁と前記周状端面の内縁の間に溝を有する請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記金型の、前記天面と前記周状端面とが別部材で構成されている請求項1記載の製造方法。
【請求項4】
前記金型の、前記周状端面がダイヤモンド膜で被覆されている、請求項1記載の製造方法。
【請求項5】
前記金型の、前記周壁面および前記周状端面がダイヤモンド膜で被覆されている、請求項1記載の製造方法。
【請求項6】
前記金型の、前記周状端面または前記周壁面に周方向に溝が設けられている、請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
前記金型の、前記周状端面の外周部がダイヤモンド膜で被覆されていない、請求項1記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は絞り加工用ブランクの成形に用いられる金型に関し、詳しくは、絞り加工用ブランクの成形に用いられ、天面と不連続な周状端面が設けられている金型に関する。
【背景技術】
【0002】
金属缶は、一般的に、金属板を適当な形状に打ち抜いてブランクとし、このブランクに対して、絞り加工等を施すことにより製造される。金属板を打ち抜く際には、ブランク成形パンチ(雄型)とブランク成形ダイ(雌型)とを、求める抜き形状に作っておき、かかるパンチとダイの間に金属板を固定し、パンチとダイの少なくともいずれか一方を動かし、パンチをダイに通過させる。
【0003】
近年は、金型のメンテナンス頻度の低減への要求、プレス品質の向上に対する要求、環境負荷低減の要求、化学物質の規制等が一段と強くなってきている。そのため、金型により高い硬度またはすべり性を付与し、それによってプレス加工時の金型破損を生じにくくしたり、潤滑剤の使用量の削減や不使用にしたりする必要性が生じている。
【0004】
金型の硬度またはすべり性を高める手段として、金型表面をダイヤモンド等の表面処理膜で覆う技術が盛んに開発されている。しかしながら、ブランク成形パンチやブランク成形ダイなど金属板の打ち抜きに使用される金型において、刃先部には強い衝撃荷重が作用する。さらに、刃先部は鋭利な形状をしているため、表面処理膜が厚くなる傾向にある。このため、刃先部の表面処理膜の密着性が低下しやすい。よって、研磨時やプレス加工時に、表面処理膜の欠けや剥がれが生じやすい。表面処理膜の欠けや剥がれが発生すると、これらの欠けや剥がれを起点として、その他の部分にまで表面処理膜の剥離が進んでしまう。
【0005】
表面処理膜の欠けや剥がれの問題を解決するため、非特許文献1は、角部を面取りした、金属板の打ち抜き用のブランク成形パンチおよびブランク成形ダイに対し、ダイヤモンドコーティングを施すことを提案している。しかしながら、非特許文献1に明記されているように、かかる角部を面取りしたブランク成形パンチおよびブランク成形ダイでは、ダイヤモンド膜の剥離を有効に回避することはできていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】平成23年度戦略的基盤技術高度化支援事業「ドライプレス加工用のボロンドープダイヤモンドコーテッド高靭性超硬合金工具の開発」研究開発成果等報告書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、金属板等の板状素材を打ち抜いて絞り加工用ブランクを成形するために用いられる金型であって、表面処理膜の剥離の進行が有効に抑制された金型を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、穴が貫通した円環状をしており、
(i)板状素材に接触する天面と、該天面と不連続な周状端面とを備えており、
(ii)前記周状端面が前記天面よりも低い位置にあり、
(iii)前記天面と前記周状端面の間に周壁面が介在し、
(iv)前記周壁面と前記天面とで形成する角部が丸みを帯びており、
且つ(v)少なくとも前記天面が、平均厚み0.1~30μmのダイヤモンド膜で被覆され、該ダイヤモンド膜で被覆された前記天面の表面粗さRaが0.1μm以下である金型を用意し、
該金型をパンチとして使用して板状素材を打ち抜き、ブランクを形成し、
引き続き、該金型をダイとして使用して、前記ブランクの絞り加工を行うことを特徴とする、絞り缶の製造方法が提供される。
【0009】
前記金型においては、
(2)前記天面の外縁と前記周状端面の内縁の間に溝を有することで、前記天面と前記周状端面とが不連続であること、
(3)前記天面と前記周状端面が別部材で構成されていること、
(4)前記周状端面がダイヤモンド膜で被覆されていること、
が好適である。
【0010】
前記金型においては、
(5)前記周壁面および前記周状端面がダイヤモンド膜で被覆されていること、
(6)前記周状端面または前記周壁面の少なくとも一方に周方向に溝が設けられていること、
(7)前記周状端面の外周部がダイヤモンド膜で被覆されていないこと、
が好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の金型には、天面とは不連続な周状端面が設けられている。そのため、金属板を打ち抜く時に金型外縁角部に強い剪断力が作用するなどして表面処理膜に欠けや剥離が生じても、表面処理膜の剥離は周状端面のみにとどまり、天面を被覆する表面処理膜まで剥離が進行しない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の金型を用いた金属板の打ち抜き加工を説明する概略図である。(a)は打ち抜き前の状態を表す。(b)は打ち抜いている最中の状態を表す。
【
図2】(a)は本発明の金型の一例を示す概略断面図である。(b)は(a)のA部拡大図である。
【
図3】(a)は本発明の金型の他の例を示す概略断面図である。(b)は(a)のB部拡大図である。
【
図4】本発明の金型を用いた抜き絞り加工の一例を表す概念図である。(a)は打ち抜き加工前を表す。(b)は打ち抜き加工中を表す。(c)は打ち抜き加工後絞り加工前を表す。(d)は絞り加工中を表す。
【
図5】本発明の金型に溝を形成する場合の、溝の一例を示す概略図である。
【
図6】本発明の金型における、刃先の傾き角度θ2を説明するための図である。
【
図7】本発明の金型の他の例を示す概略断面図である。
【
図8】本発明の金型に溝を形成する場合の、溝の他の例を示す概略図である。
【
図9】本発明の金型に溝を形成する場合の、溝の他の例を示す概略図である。
【
図10】本発明の金型において、天面と周状端面の高さが同じ場合を説明するための概略図である。
【
図11】実験例2において金属板の抜き絞り加工を行った後の、従来の金型の周状端面付近の写真である。
【
図12】実験例2において金属板の抜き絞り加工を行った後の、本発明の金型の周状端面付近の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を用いて本発明の金型を詳細に説明する。尚、本明細書において、パンチは雄型として用いられる金型を意味する。ダイは雌型として用いられる金型を意味する。また、本発明の金型の金属板が設置される側を上方、その逆を下方とする。
【0014】
図1は、本発明の金型を用いた金属板等の板状素材の打ち抜き加工を説明する概略図である。
図1(a)は板状素材を打ち抜く前の状態を示し、
図1(b)は板状素材を打ち抜いている状態を示す。
図1から理解されるように、全体として1で示される本発明の金型1は、板状素材を保持し且つ絞り加工用ブランクの形状に相当する開口を有する絞り加工用ブランク成形ダイ3(以下、ブランク成形ダイ3と略称することがある。)と組み合わせて使用されるものであり、絞り加工用ブランク成形パンチ(以下、ブランク成形パンチと略称することがある。)として機能する。具体的には、本発明の金型1の上に板状素材5を設置し{
図1(a)}、その後、ブランク成形ダイ3を下方向に移動させて、或いは本発明の金型1を上方向に移動させて板状素材5を打ち抜く{
図1(b)}。この打ち抜き加工により、絞り加工用ブランク7が得られる。
【0015】
図2は本発明の金型の一例を示す概略断面図である。本発明の金型1は、金属缶等の成形に用いる金属板(例えばアルミニウム板)等の板状素材に接触する天面11と、金型外縁に沿っており且つ天面11とは不連続な周状端面13とを備えている。
図2で示される態様においては、周状端面13は、天面11よりも低い位置にあることで、天面11と不連続となっており、天面11と周状端面13との間には周壁面15が介在した構造となっている。本発明では、少なくとも天面11が表面処理膜17で被覆されている。
【0016】
本発明の金型1の全体的な形状としては、金型1の外周が、目的とする絞り加工用ブランクの形状に相当する形状となっていればよく、例えば、絞り加工用ブランクを円形とする場合であれば、金型1の外周も円形とすればよい。更に、後で詳述するように、本発明の金型1をブランク成形パンチとして機能させるだけでなく、絞り加工の際にダイとしても機能させる場合、本発明の金型1には、ドーナツのように、絞り加工パンチが通過できる程度の穴を貫通させてもよい。
【0017】
少なくとも天面11を被覆する表面処理膜17としては、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜やダイヤモンド膜といった炭素系硬質膜の他、セラミックコーティング膜、フッ素樹脂コーティング膜等公知の表面処理膜が挙げられるが、金型表面からの剥離が特に顕著であるという点で、本発明は、炭素系硬質膜に対して有効であり、その中でも特にダイヤモンド膜に対して有効である。尚、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)とは、ダイヤモンドとカーボンとの混合体である不完全ダイヤモンド構造体を総称し、その混合割合は、特に限定されない。
【0018】
表面処理膜17の平均厚みは、一般的には0.1~30μmであり、その多くは5~15μmである。表面処理膜が薄すぎると、金型を膜で均一に被覆することが困難となる虞があり、表面処理膜が厚すぎると、耐剥離性が損なわれる虞がある。
【0019】
表面処理膜17の硬さとしては、耐久性の観点から、ビッカース硬度2000以上が好ましい。
【0020】
かかる表面処理膜17を有する本発明の金型の天面11は、滑らかな表面となっており、具体的には、表面粗さRaが0.1μm以下となっていることが好ましい。尚、表面粗さRaは、JIS B0601-2001に準じて測定することができる。
【0021】
図2(b)を参照すると、天面11の外縁から下方に向かって周壁面15が設けられており、周壁面15の下端は周状端面13につながっている。周壁面15と天面11とで形成する角部Xは、成形されるブランクに圧痕がつくことを防ぐことや、表面処理膜の厚膜化による密着性の低下を防ぐ観点から、丸みを帯びていることが好ましく、具体的には、角部Xの曲率半径が0.1mm以上であることが好ましい。
【0022】
一方、周壁面15と周状端面13とで形成する角部Yに関しては、表面処理膜の剥がれの進行を確実に止める観点から、角部Yの曲率半径が可及的に小さいことが好ましく、具体的には、角部Yの曲率半径が1mm以下であることが好ましい。また、角部Yの角度θ1は、加工容易性の観点および天面の面積を最大限に確保する観点から、90~150°が好ましい。さらに、
図5で示すように角部Yの形状を逃げ溝としても良い。尚、
図5は、天面から周状端面にかけての領域における金型の形状を概念的に説明するための図であり、表面処理膜は省略されている。また、
図5における破線は、本図が、
図2のA部拡大図や
図3のB部拡大図に相当する部分の図であるという意味である。
図6および
図8~10も同様である。
【0023】
更に
図6を参照し、周状端面13と金型1の外縁で形成する角部Zでは、切れ味を勘案すると、金型天面に対する刃先の傾き角度θ2が30°以下であることが好ましい。
【0024】
再び
図2(a)(b)を参照し、周状端面13の周方向幅は、金型の大きさ等に応じて適宜決定すればよいが、平均で0.1~5mmであることが好ましく、0.3~2mmであることが特に好ましい。幅が狭すぎると金型の製造が困難となる虞があり、また、幅が広すぎると絞り加工時にしわが発生する虞がある。
【0025】
周状端面13の表面と天面11との高さの差は、打ち抜き時に金属板が曲げられて絞り加工時に抵抗になったり、金属板に圧痕が残って製品不良になったりする虞から、0.1~5mmであることが好ましく、0.1~2mmであることが特に好ましい。
【0026】
刃先となる周状端面13上の外周部は、剥離を確実に防止する観点からは、
図2で表されているように表面処理膜17で覆われていないことが好ましく、金型の製造容易性の観点からは、
図1で表されているように表面処理膜17で覆われていることが好ましい。周壁面15は、表面処理膜で覆われていなくてもよいが、覆われている方が好ましい。周状端面13および周壁面15における表面処理膜の厚さ、表面処理膜の硬さおよび表面粗さは、それぞれ、天面11における表面処理膜の厚さ、表面処理膜の硬さおよび表面粗さの好適な数値範囲内に含まれることが好ましい。
【0027】
図2において、周壁面15の下端は、周状端面13とつながっており、周状端面13は天面11よりも低い位置に設けられている。周状端面13の外縁は、本発明の金型1の外縁と一致している。
【0028】
天面11と周状端面13は、
図1および
図2で示すように、同じ部材で構成されていてもよいが、
図7で示すように、別部材で構成されていてもよい。
図7の場合、天面11を有する部材の外縁部(周壁面15に相当する部分)は表面処理膜で覆われているが、覆われていなくてもよい。
【0029】
周状端面13は、金型1の外縁の形状に対応する形状を有することが好ましく、例えば、金型外縁が円形の場合には、周状端面13の形状は円環状であることが好ましく、金型外縁が矩形の場合には、周状端面13の形状も矩形の環状であることが好ましい。このような周状端面が金型外縁に設けられている点は、本発明の重要な特徴である。
【0030】
即ち、従来は、金型を炭素系硬質膜等の表面処理膜で被覆し、かかる金型を研磨したりブランク成形パンチとして使用したりすると、金型の外縁角部に剪断力が集中的に加わるので、表面処理膜のうち金型外縁角部を被覆する膜に欠けや剥がれが生じていた。そして、かかる欠けや剥がれを起点として、その他の部分を被覆する表面処理膜にまで剥離が広がっていき、その結果、金型の寿命が短くなっていた。しかしながら、本発明の金型においては、金型外縁角部を覆う表面処理膜に欠けや剥がれが生じても、膜の剥離の進行は周状端面のみにとどまり、それ以上広がらない。しかも周状端面は絞り加工用ブランクの仕上がりにほとんど影響を及ぼさない部分である。そのため、周状端面を有する本発明の金型によれば、表面処理膜の欠けや剥がれを心配することなく、良質な絞り加工用ブランクを成形することができる。
【0031】
図3は、本発明の金型の他の例を示す概略断面図である。周状端面13に表面処理膜17を設ける場合、周状端面13に溝19を設けることが好ましく、あるいは天面11の外縁から周状端面13の内縁の間の領域、例えば周壁面15に溝19を設けることが好ましい。
図3では、周状端面13に、周方向に溝19を設けられている。溝19を設けると、周状端面外縁から表面処理膜の剥離が発生したときに、溝19でも剥離の進行を食い止めることができる。溝19は、金型製造容易性と強度の観点から、周状端面13の外縁から0.2mm以上離れた位置に設けられることが好ましく、また、0.05mm以上の深さを有することが好ましい。さらに、溝の方向は
図3、8および9で示すように、水平、垂直、斜めでも良く、
図5に示すような逃げ溝でも良い。また、溝の形状は矩形溝、R溝、V溝等周知の形状で良い。さらに、溝の数量も限定はせず、1本でもよく、金型の加工スペースが許す範囲で2本以上でも良い。また、溝は外周形状に沿ったものが省スペースの点で好ましいが、特に限定はない。さらに、一周連なる溝であっても良いし、部分的な溝であっても良い。
【0032】
これまで
図1~
図3および
図5~
図9を参照して、周状端面が天面よりも低い位置に設けられた態様について説明してきたが、本発明の金型は、周状端面が天面と不連続になっている限り、その他の態様をとることもできる。具体的には、
図10に概念的に示されているように、周状端面13を天面11と同じ高さとし、天面11と周状端面13の間に溝19を設けることで、周状端面を天面と不連続としてもよい。溝19の詳細については前述の通りである。この場合、周状端面13と天面11が同じ高さであるので、プレス加工時に周状端面13と金属板とが接触する。この際、周状端面の表面処理膜の剥離が起きていると、金属板が金型基材と接触しすべり性が悪化するため、絞り加工時に抵抗となる虞がある。これを防ぐため、周状端面13と天面11を同じ高さにする場合、周状端面13直上のドローパッドは逃がすなどして、周状端面に金属板を押さえつけないようにするのが好ましい。
【0033】
上記のような特徴を有する本発明の金型を使用し、板状素材を所定の形状に打ち抜くことにより、絞り加工用ブランクが得られる。打ち抜く板状素材としては、金属板、具体的には、アルミニウム、銅、鉄あるいはこれらの金属を含む合金の板、さらにはブリキ等の錫めっき鋼板等の表面処理鋼板を挙げることができる。また、金属板以外にも、樹脂板、紙、繊維シートなどの複合板にも好適に使用できる。得られた絞り加工用ブランクは、その後絞り加工に供せられ、更に必要に応じて、曲げ加工、しごき加工等に供せられて最終成形品となる。
【0034】
既に述べたように本発明の金型に、絞り加工パンチが通過できるような穴を貫通させておけば、本発明の金型は、絞り加工用ブランク成形パンチ以外に、絞り加工ダイとしても使用することができる。かかる金型によれば、打ち抜き加工と絞り加工を連続して行う(以下、これを抜き絞り加工と呼ぶことがある。)ことができるので、工業的に有利である。
【0035】
図4は、本発明の金型を用いた抜き絞り加工の一例を表す概念図である。(a)は打ち抜き加工前を表す。(b)は打ち抜き加工中を表す。(c)は打ち抜き加工後絞り加工前を表す。(d)は絞り加工中を表す。本発明の金型をブランク成形パンチ兼絞り加工ダイとする場合、抜き絞り加工は例えば以下の工程で行われる。即ち、
図4(a)を参照し、本発明の金型1の上に金属板5を設置する。更に、上型20として、ブランク成形ダイ3、ドローパッド21および絞り加工パンチ23を用意する。上型は、ブランク成形ダイの先端3´が最も下方に位置し、ドローパッド21のブランクと接触する底面が、ブランク成形ダイの先端3´より上方に位置し、絞り加工パンチ23のブランクと接触する底面が、ドローパッド21の底面よりも更に上方に位置するように組み立てられる。かかる上型を降下させていくと、
図4(b)に示される通り、上型20のうちブランク成形ダイの先端3´が金属板5に到達してこれを打ち抜き、絞り加工用ブランク7が成形される。このとき、本発明の金型1は絞り加工用ブランク成形パンチとしての役割を果たしている。引き続き上型を降下させ、
図4(c)に示すように、本発明の金型1とドローパッド21とでブランク7をしっかりと挟み込む。その後、
図4(d)で表されるように、絞り加工パンチ23を更に降下させることで絞り加工用ブランク7に絞り加工を施し、ハイトの低い絞り缶(有底筒状体)30を得る。
【0036】
このように、本発明の金型を絞り加工ダイとしても使用した場合、後述する実施例で示されているように、得られる絞り缶に、本発明の金型に周状端面が存在していることに起因する圧痕やしわといった製品不良が発生することはない。即ち、本発明の金型をブランク成形パンチ兼絞り加工ダイとして使用すると、良質な絞り缶を得ることができる。
【0037】
本発明の金型は、上述したように少なくとも天面が表面処理膜で被覆されており、且つ、周状端面を有している限り、従来公知の製造方法により製造することができる。
【0038】
例えば、まず、公知の素材からなる基材を用意し、かかる基材を目的とする形状に加工する。加工に際しては、表面処理膜の厚みを考慮する。
【0039】
基材の素材としては、具体的には、タングステンカーバイド(WC)とコバルト等の金属バインダーとの混合物を焼結して得られる超硬合金;炭化チタン(TiC)等の金属炭化物や炭窒化チタン(TiNC)等のチタン化合物とニッケルやコバルト等の金属バインダーとの混合物を焼結して得られるサーメット;等を挙げることができる。
【0040】
次に、表面処理膜の組成に適した公知の成膜方法を用いて成膜し、必要に応じて公知の方法により膜の表面を研磨する。
【0041】
例えば表面処理膜がダイヤモンド膜の場合、公知の成膜方法としては、マイクロ波プラズマCVD法、高周波プラズマCVD法等のプラズマCVD法や熱フィラメントCVD法が挙げられる。プラズマCVD法の操作は以下の通りである。原料ガスとして、メタン、エタン、プロパン、アセチレン等の炭化水素ガスを水素ガスで希釈したガスを用意する。この原料ガスには、膜質や成膜速度の調整のために、適宜、酸素、一酸化炭素、二酸化炭素等のガスを少量混合してもよい。これらの原料ガスを使用し、基材を加熱し、マイクロ波や高周波等によりプラズマを発生させ、プラズマ中で原料ガスを分解して活性種を生成せしめ、基材上でダイヤモンド結晶を成長させることにより、ダイヤモンド膜を形成することができる。
【0042】
また、表面処理膜がDLC膜の場合、公知の成膜方法としては、高周波プラズマCVD法、ECRCVD法、ICP法、直流スパッタリング法、ECRスパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法、抵抗加熱蒸着法などが挙げられる。例えば高周波プラズマCVD法では、高周波によって電極間に生じるグロー放電により原料ガス(メタン等の炭化水素ガス)を分解することで、基板上にDLC膜を形成することができる。
【0043】
尚、本発明において周壁面を表面処理膜で被覆しない場合は、予め周壁面相当部分をマスキングしてから上記成膜操作を行えばよい。あるいは、表面処理膜形成後に周壁面の表面処理膜を除去加工すればよい。周状端面を表面処理膜で被覆しない場合も同様である。
【0044】
表面処理膜形成工程後、必要に応じて公知の方法により金型表面を研磨することにより、本発明の金型は製造される。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を次の実験例で説明する。
【0046】
実験例において、表面粗さ及びうねりは、以下の方法により測定した。即ち、表面粗さ計{(株)東京精密社製、サーフコム2000SD3}を使用し、JIS-B-0601に準拠し、算術平均粗さRaおよび最大高さうねりWzを測定した。
【0047】
試験を行う金型としては、超硬合金製の基材に熱フィラメントCVD法によりダイヤモンドをコーティングしたものを用いた。
【0048】
<実験例1>
従来の周状端面を備えていない金型(以下、従来の金型と略称することがある。)と、本発明の周状端面を備えた金型(以下、本発明の金型と略称することがある。)に、底部以外の全面にダイヤモンド膜を施した。金属板と接触する部分(天面および内径部)を、算術平均粗さRaが0.03μmになるまで、ダイヤモンド砥粒を含む砥石により研磨した。
【0049】
得られた金型の形状は以下に示す通りである。
従来の金型および本発明の金型;
外径:140mm
内径:90mm
表面処理膜17の平均厚み:10μm
本発明の金型;
角部Xの曲率半径:0.2mm
角部Yの曲率半径:0.1mm
角部Yの角度:90°
周状端面13の周方向幅:0.5mm
周状端面13の表面と天面11との高さの差:0.2mm
溝19の周状端面13の外縁からの位置:0.25mm
溝19の深さ:0.1mm
【0050】
周状端面を備えていない従来の金型では、研磨中に金型の外縁角部で欠けが発生し、さらに研磨を続けると欠けたところからダイヤモンド膜の剥離が進行していった。一方、周状端面を備えた本発明の金型では欠けや剥離は発生しなかった。
【0051】
<実験例2>
実験例1で研磨を行った金型を用い、金属板の抜き絞り加工を行った。金属板としては、板厚0.27mmのA3104材を使用した。従来の金型では、
図11で示すように、打ち抜き加工時に金型の外縁角部で欠けや剥離が発生し、さらに加工を進めると欠けや剥離からダイヤモンド膜の剥離が進行していった。さらに、破片が絞り缶に付着し、傷の発生が観察された。一方、本発明の金型では、
図12で示すように、欠けは発生するものの、加工を進めても剥離の進行は周状端面にとどまり、それ以上広がらなかった。また、絞り缶への破片の付着はなかった。
【0052】
<実験例3>
実験例2で得られた絞り缶のしわを評価するため、開口端付近の最大高さうねりWzを測定したところ、従来の金型、本発明の金型共に1.6μm程度であり、周状端面に起因するしわは発生しなかった。
【符号の説明】
【0053】
1 金型
3 ブランク成形ダイ
3´ ダイの先端
5 金属板
7 ブランク
11 天面
13 周状端面
15 周壁面
17 表面処理膜
19 溝
20 上型
21 ドローパッド
23 絞り加工パンチ
30 絞り缶