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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-05
(45)【発行日】2022-09-13
(54)【発明の名称】噛み合いクラッチ
(51)【国際特許分類】
   F16D 48/06 20060101AFI20220906BHJP
   F16D 11/10 20060101ALI20220906BHJP
【FI】
F16D48/06 102
F16D11/10 Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019142396
(22)【出願日】2019-08-01
(65)【公開番号】P2021025561
(43)【公開日】2021-02-22
【審査請求日】2021-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100093779
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】木村 優介
(72)【発明者】
【氏名】石川 雅教
(72)【発明者】
【氏名】北川 福郎
(72)【発明者】
【氏名】小菅 英明
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 駿介
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 健児
(72)【発明者】
【氏名】錦織 正孝
(72)【発明者】
【氏名】内田 光宣
(72)【発明者】
【氏名】安東 宏哉
(72)【発明者】
【氏名】原 哲也
(72)【発明者】
【氏名】頼田 浩
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-191954(JP,A)
【文献】特開2010-23778(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 48/06
F16D 11/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の第1係合歯(13)が周方向に配列された第1クラッチ部材(11)と、
前記第1係合歯に解放可能に噛み合う複数の第2係合歯(14)が周方向に配列された第2クラッチ部材(12)と、
前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材をクラッチ軸線方向に相対移動して、前記第1係合歯および前記第2係合歯を噛み合わせるアクチュエータ(5)と、
前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材の回転位相差を検出する検出装置(6)と、
検出された回転位相差に基づいて前記アクチュエータに動作指令を出力する制御装置(7)と、を備え、
前記制御装置は、検出された回転位相差から前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材の噛み合いタイミングを求め、過去の噛み合いタイミングに基づいて少なくとも1つの将来の噛み合いタイミングを予測し、将来の噛み合いタイミングと現在時刻との差がクラッチ作動遅れ時間に達したときに、前記アクチュエータに動作指令を出力するように構成されている、噛み合いクラッチ。
【請求項2】
前記制御装置は、将来の噛み合いタイミングの予測値に、前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材の回転数差に応じた補正値を加える処理を行う請求項1に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項3】
前記検出装置は、所定面積の検出範囲(16)を備え、前記検出範囲内に含まれた前記第1係合歯および前記第2係合歯の面積に応じた信号によって前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材の回転位相差を検出する請求項1または2に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項4】
前記制御装置は、前記検出装置の出力が閾値を下回る期間の中間点を前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材の噛み合いタイミングとして記憶する請求項3に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項5】
前記制御装置は、前記検出装置の出力が閾値を上回る少なくとも1つの期間の中間点を前記第1係合歯および前記第2係合歯が正対する逆位相タイミングとして記憶し、複数の過去の噛み合いタイミングと少なくとも1つの過去の逆位相タイミングとに基づいて将来の噛み合いタイミングを予測する請求項4に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項6】
前記制御装置は、前記検出装置の出力を積算し、積算値の時間変化の1階微分値が0となる時点を前記第1係合歯および前記第2係合歯の噛み合いタイミングとして記憶するとともに、積算値の時間変化の2階微分値が0となる時点を前記第1係合歯および前記第2係合歯が正対する逆位相タイミングとして記憶し、複数の過去の噛み合いタイミングと少なくとも1つの過去の逆位相タイミングとに基づいて将来の噛み合いタイミングを予測する請求項1または2に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項7】
前記制御装置は、前記検出装置が出力した信号の振幅減少速度が0となる時点を将来の噛み合いタイミングとして予測する請求項3に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項8】
前記制御装置は、前記検出装置が出力した信号の振幅増加速度からその後の振幅減少速度を推定し、前記振幅減少速度が0となる時点を将来の噛み合いタイミングとして予測する請求項3に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項9】
前記制御装置は、前記検出装置の出力をヒルベルト変換した信号より出力の包絡線を求め、前記包絡線が閾値を下回る時点を前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材の噛み合いタイミングとして記憶する請求項3に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項10】
前記制御装置は、前記検出装置の出力をヒルベルト変換した信号より出力の包絡線を求め、前記包絡線を再度ヒルベルト変換して位相を求め、噛み合いタイミングとなる位相を0とし、その他の位相点を将来の噛み合いタイミングの予測に用いる請求項3に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項11】
前記制御装置は、前記検出装置の出力を高速フーリエ変換し、前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材の回転位相を求め、両者の回転位相差に基づいて前記第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材の噛み合いタイミングを記憶する、請求項3に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項12】
前記制御装置は、前記第1クラッチ部材または前記第2クラッチ部材の何れか一方の回転数が外乱によって他方のクラッチ部材の回転数よりも低下するときに、予測した噛み合いタイミングよりも外乱による遅れ時間だけ先行するタイミングで前記アクチュエータに動作指令を出力する請求項1~11の何れか一項に記載の噛み合いクラッチ。
【請求項13】
前記制御装置は、将来の噛み合いタイミングを予測する複数の予測部を有し、前記予測部を切り替えて使用する、請求項1に記載の噛み合いクラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、噛み合いクラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、2つのクラッチ部材の回転位相を検出し、係合歯を衝突させることなく噛み合わせるための技術が知られている。例えば、特許文献1には、回転位相を検出する手段としてホールセンサを使用し、2つの係合歯に別々のホールセンサを設けたり、2つの係合歯を跨ぐように1つのホールセンサを設けたりして、センサ出力の交流成分より両方のクラッチ部材の回転位相差と回転数差とを検出し、これらの検出値に基づいてクラッチ部材の噛み合いタイミングを制御する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2013-513766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、噛み合いクラッチには、機械的または電気的な作動遅れ時間があるので、係合歯を衝突させることなく噛み合わせるためには、クラッチの作動遅れ時間を考慮したタイミングでクラッチ部材を噛み合わせる必要がある。また、クラッチの作動遅れ時間は、常に一定ではなく、動力伝達系の構成や稼働状況に応じて変化するため、こうした事情も考慮してクラッチを制御する必要がある。
【0005】
本発明の目的は、クラッチ作動遅れ時間を考慮して2つのクラッチ部材を適正なタイミングで噛み合わせることができる噛み合いクラッチを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の噛み合いクラッチは、複数の第1係合歯(13)が周方向に配列された第1クラッチ部材(11)と、第1係合歯に解放可能に噛み合う複数の第2係合歯(14)が周方向に配列された第2クラッチ部材(12)と、第1クラッチ部材および前記第2クラッチ部材をクラッチ軸線方向に相対移動して、第1係合歯および第2係合歯を噛み合わせるアクチュエータ(5)と、第1クラッチ部材および第2クラッチ部材の回転位相差を検出する検出装置(6)と、検出された回転位相差に基づいてアクチュエータに動作指令を出力する制御装置(7)と、を備え、制御装置は、検出された回転位相差から第1クラッチ部材および第2クラッチ部材の噛み合いタイミングを求め、過去の噛み合いタイミングに基づいて少なくとも1つの将来の噛み合いタイミングを予測し、将来の噛み合いタイミングと現在時刻との差がクラッチ作動遅れ時間に達したときに、アクチュエータに動作指令を出力するように構成されている。
【0007】
上記構成によれば、将来の噛み合いタイミングの予測値よりもクラッチ作動遅れ時間だけ早いタイミングで噛み合い動作を開始させることで、係合歯同士を衝突させることなく、2つのクラッチ部材を適正に噛み合わせることができる。また、将来の噛み合いタイミングの予測値を予測実行時の回転数差を用いた補正値で補正することにより、比較的簡単な処理で予測誤差を減少させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の第1実施形態を示す噛み合いクラッチの概略図である。
図2】第1実施形態において、(a)は検出装置の検出範囲を示す模式図であり、(b)は検出装置が出力した面積検出信号の波形図である。
図3】第1実施形態において、過去の噛み合いタイミングから将来の噛み合いタイミングを予測し、予測値を補正する手順を示す特性図である。
図4】第1実施形態において、(a)は車両用噛み合いクラッチの回転数変化を示す特性図であり、(b)将来の噛み合いタイミングを予測する手順を示す波形図である。
図5】第1実施形態において、将来の幾つかの噛み合いタイミングの予測値を補正する手順を示す特性図である。
図6】本発明の第2実施形態において、面積検出信号波形を2値化して噛み合いタイミングを求める手順を示す特性図である。
図7】第2実施形態において、(a)は噛み合いタイミングおよび逆位相タイミングを含む波形図であり、(b)は両方のタイミングから将来の噛み合いタイミングを予測する手順を示す特性図である。
図8】本発明の第3実施形態において、包絡線の積算値より噛み合いタイミングを求める手順を示す特性図である。
図9】本発明の第4実施形態において、振幅減少速度または振幅増加速度から噛み合いタイミングを求める手順を示す波形図である。
図10】本発明の第5実施形態において、ヒルベルト変換処理によって噛み合いタイミングを求める手順を示す波形図である。
図11】第5実施形態において、(a)は再度のヒルベルト変換処理を示す特性図であり、(b)は再ヒルベルト変換後の位相差から将来の噛み合いタイミングを予測する手順を示す特性図である。
図12】本発明の第6実施形態において、FFT処理によって将来の噛み合いタイミングを予測するための構成を示す概略図である。
図13】本発明の第7実施形態において、(a)は外乱による回転数変化を示す模式図であり、(b)は外乱による噛み合いミスを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の複数の実施形態による噛み合いクラッチを図面に基づいて説明する。なお、各実施形態において、実質的に同一の構成要素には同一の符号を付し、説明を省略する。
【0010】
<第1実施形態>
図1に示すように、第1実施形態の噛み合いクラッチ1は、クラッチ軸線Aが延びる方向(以下、軸方向と略す)に駆動側の第1クラッチ部材11と従動側の第2クラッチ部材12とを備えている。第1クラッチ部材11は、モータ等の動力装置2により駆動軸3を介して回転される。第2クラッチ部材12は、第1クラッチ部材11と噛み合った状態で、従動軸4を介して動力装置2の動力を被駆動部材(図示略)に伝達する。
【0011】
第1クラッチ部材11および第2クラッチ部材12の相対向する端面には、それぞれ複数の第1係合歯13と第2係合歯14とがクラッチ部材の全周にわたって形成されている。係合歯13,14は、互いに解放可能に噛み合う凹凸形状に形成されている。そして、第1クラッチ部材11および第2クラッチ部材12は、アクチュエータ5によって軸方向に相対移動され、第1係合歯13および第2係合歯14が噛み合う噛み合い位置と、両者が離間する解放位置とに配置される。
【0012】
第1クラッチ部材11および第2クラッチ部材12の外周近傍には、両者の回転位相差を検出する検出装置6がクラッチ軸線Aに対して垂直に設置されている。検出装置6には、図2(a)に示すように、一つの第1係合歯13と一つの第2係合歯14とがそれぞれ部分的に含まれる面積の検出範囲16が画定されている。そして、検出装置6は、検出範囲16内に含まれた係合歯13,14の面積に応じて変化する信号をクラッチ部材11,12の回転位相差を示す信号として制御装置7に出力する。なお、検出装置6としては、例えば、測距データから面積を検出する距離センサや撮像データの画像処理により面積を検出可能なカメラなどを使用できる。
【0013】
検出装置6が出力する信号は、第1クラッチ部材11および第2クラッチ部材12それぞれの回転位相と回転数とに応じた2つの波形の合成波である。この合成波は、クラッチ部材11,12に回転数差がある場合、図2(b)に示すように、うなりを伴った波形となり、うなりの節となる位相が噛み合い可能なタイミングを示している。このため、制御装置7は、検出装置6が出力した信号の振幅が一定以下または0になる時点を判別し、それよりクラッチ作動遅れ時間だけ早いタイミングでアクチュエータ5に動作指令つまり噛み合い指令を出力すれば、係合歯同士の衝突を回避できるはずである。
【0014】
ところが、噛み合いクラッチ1の作動遅れ時間には、アクチュエータ5への通電遅れや、クラッチ部材11,12の慣性、機械摩擦、軸方向移動速度などによって生じる遅れ時間、つまりアクチュエータ5に動作指令を出してから実際に係合歯13,14が噛み合うまでのタイムラグが含まれている。そのため、回転数差がある場合に、噛み合い可能なタイミングを判別した時点またはその後に動作指令を出すと、係合歯13,14が実際に噛み合うタイミングが噛み合い不可の期間に含まれ、その結果、係合歯同士が衝突する可能性がある。
【0015】
そこで、第1実施形態の制御装置7は、回転位相差から係合歯13,14の噛み合いタイミングを求めて記憶し、過去の複数の噛み合いタイミングに基づいて将来の噛み合いタイミングを予測し、予測した将来の噛み合いタイミングと現在時刻との差がクラッチ作動遅れ時間に達したときに、アクチュエータ5に動作指令を出力する。具体的には、図3に示すように、制御装置7は、少なくとも2つ以上の過去の噛み合いタイミング(Tp)を記憶し、各点を通る近似線を計算し、現在時刻以降の所要回数分の将来の噛み合いタイミング(Tf)を予測し、さらに、予測値に回転数差に応じた補正値(Cv)を加える処理を行う。
【0016】
補正処理は、予測値の誤差を少なくするために実施される。一般に、噛み合いタイミングの周期は、2つのクラッチ部材11,12の回転数差に応じて変化する。例えば、車両用の動力伝達系に用いられる噛み合いクラッチにおいて、図4(a)に示すように、一定回転数で回転している車軸に対して動力装置2としてのモータの回転数を近付ける制御を行う場合、モータの回転数が車軸の回転数に接近するのに伴い、モータ側の第1クラッチ部材11と車軸側の第2クラッチ部材12との回転数差も次第に小さくなり、噛み合いタイミングの周期が徐々に長くなる。
【0017】
回転数差に伴う噛み合いタイミングの周期変化は近似式で予測することができる。具体的には、図4(b)に示すように、制御装置7は、検出装置6からの面積検出信号より複数の過去の噛み合いタイミングTpを記憶領域に記憶し、過去の複数点より近似式を算出し、近似式を用いて現在時刻以降の将来の噛み合いタイミング(Tf)を推定することができる。このとき、高次式や指数対数式を用いると、より予測精度の高い近似式が得られる反面、過去の噛み合いタイミング(Tp)に及ぼす検出誤差の影響が非常に大きくなり、実際には予測精度に悪影響となる。そこで、例えば2次式程度の低次の近似式を採用して予測誤差の影響を少なくすることが考えられるが、この場合は、噛み合いタイミングの周期変化を近似しきれず、予測誤差が大きくなる。
【0018】
予測誤差を小さくするために、この実施形態の制御装置7は、低次の近似式で予測し、予測実行時の回転数差を用いた補正を行う。再び図4(a)を参照すると、ある速度で回転する車軸にモータの回転数を近付けて噛み合わせる制御を行う場合、モータの回転数変化は、モータの制御特性によって決定されるため、回転数差の時間変化は製品ごとに決まったものとなる。よって、使用するモータの制御特性を把握しておくことで、予測実行時の回転数差を用いて将来の噛み合いタイミングにおける回転数差を推定し、推定した回転数差に基づいて噛み合いタイミングの予測値を補正することができる。
【0019】
この実施形態では、予測した将来の噛み合いタイミングと実際の噛み合いタイミングとの誤差を、予測実行時の回転数差に応じて集計し、補正式を事前に作成している。ここで、図5に示すように、将来の噛み合いタイミング(Tf)を1回先だけでなく、2回先、3回先またはそれ以上先まで予測しておくことで、現在時刻から1回先のタイミング予測値までの時間がクラッチ作動遅れ時間よりも短い場合に、2回先の予測値を使用するといった補正処理が可能となる。この場合、1回先、2回先など所要回数分の前記補正式を用意しておく必要がある。
【0020】
したがって、第1実施形態の噛み合いクラッチ1によれば、過去の噛み合いタイミング(Tp)から将来の噛み合いタイミング(Tf)を予測し、その予測値よりもクラッチ作動遅れ時間だけ早いタイミングで噛み合い動作を開始させることで、係合歯13,14を互いに衝突させることなく、2つのクラッチ部材11,12をスムーズに噛み合わせることができる。また、将来の噛み合いタイミング(Tf)の予測値を、その予測値を求める時点における2つのクラッチ部材11,12の回転数差を用いて補正しているので、比較的簡単な処理で予測誤差を減少させることが可能となる。
【0021】
ところで、第1実施形態では、制御装置7が検出装置6からの面積検出信号の波形(図2参照)の節となる位相(振幅が所定値以下または0となる位相)を噛み合いタイミングとして求めているが、本発明はこれに限定されない。以下に例示する幾つかの実施形態では、制御装置7が第1実施形態とは異なる手順によって噛み合い可能なタイミングを求めている。
【0022】
<第2実施形態>
図6図7に示す第2実施形態では、制御装置7が面積検出信号の波形を2値化する処理を行っている。すなわち、検出装置6の出力にある閾値を設定し、閾値を上回る期間と閾値を下回る期間とに出力波形を区別する。噛み合い可能なタイミングの近くでは出力波形の振幅が小さくなるため、閾値を下回る期間が発生する。一方、噛み合い可能なタイミング以外でも、出力の振幅によっては閾値を下回る期間が発生するため、両者を区別するために、閾値を上回る判別値1と閾値を下回る判別値0とに出力波形を2値化する。そして、所定長さ以上の判別値0の期間(P1,P2,P3)が噛み合い可能なタイミングであると判断し、その期間の開始から終了までの中間点を噛み合いタイミング(T1,T2,T3)として求め、記憶領域に記憶する。
【0023】
また、図7(a)に示すように、閾値を上回る期間のうち、所定時間以上長い期間(Px)の開始から終了までの中間点を、前後の噛み合いタイミング(T2,T3)に関する逆位相タイミング(Tx)として求めることもできる。こうすれば、図7(b)に示すように、予測に使用する過去の噛み合いタイミング(Tp1~Tp3)に過去の逆位相タイミング(Tx1,Tx2)を加え、より多数の過去のタイミングデータに基づいて将来の噛み合いタイミング(Tf1)を高精度に予測することができる。
【0024】
<第3実施形態>
図8に示す第3実施形態では、検出装置6の出力ピーク値の積算結果に従って、制御装置7が過去の噛み合いタイミングを求めている。すなわち、検出装置が出力した面積検出信号のピークの絶対値を積算するか、あるいは、出力包絡線の絶対値を積算し、その積算値を時間軸に沿ってプロットして、図示するような曲線を得る。この曲線の傾きが0となる位相、つまり積算値の時間変化の1階微分値が0となる時点を噛み合いタイミング(T1,T2,T3)として求め、曲線の傾きが最大となる位相、つまり積算値の時間変化の2階微分値が0となる時点を前述した逆位相タイミング(Tx1,Tx2,Tx3)として求める。
【0025】
<第4実施形態>
図9に示す第4実施形態では、制御装置7が面積検出信号の振幅が減少する速度から次に振幅が0となる位相を将来の噛み合いタイミングとして予測している。ここで、振幅の減少速度は包絡線の傾きと同じである。ただし、この方法は、1回先の将来しか予測できないため、クラッチ作動遅れ時間が現在時刻から予測タイミングまでの時間よりも大きい場合に適用できない。そこで、回転数差が変化しない条件では、振幅増加速度が振幅減少速度と等しくなるため、振幅減少区間より以前の振幅増加区間の速度から次回の噛み合いタイミングを予測することが可能である。
【0026】
<第5実施形態>
図10に示す第5実施形態では、制御装置7が面積検出信号の波形をヒルベルト変換することで、数値的に噛み合いタイミングを求めている。ヒルベルト変換では、検出装置6の出力をg(t)、ヒルベルト変換後をh(t)とすると、出力の包絡線f(t)は、
f(t)=±√(h(t)2+g(t)2
より表わされる。したがって、包絡線が閾値を下回る時点、図10に示す例では、包絡線の算出値が出力中央値となる時点を噛み合いタイミング(T)として求めることができる。
【0027】
また、図11(a)に示すように、包絡線f(t)を再度ヒルベルト変換して値k(t)を求めると、arctan(k(t)/f(t)から現在時刻での包絡線f(t)の位相、つまりクラッチ部材11,12の回転位相差が求まる。このため、図11(b)に示すように、予測に用いる過去の噛み合いタイミングの点数を増やし、将来の噛み合いタイミングの予測精度を向上させることができる。
【0028】
<第6実施形態>
図12に示す第6実施形態では、制御装置7がFFT回路41を備え、面積検出信号を高速フーリエ変換することで、噛み合いタイミングを数値的に求めている。高速フーリエ変換によれば、2つのクラッチ部材11,12の回転位相を別々に取得できるため、制御装置7は噛み合いタイミングや逆位相タイミング、その他任意のタイミングを容易に求めることが可能で、多くの過去データに基づいた予測値に従ってアクチュエータ5を多様に制御することができる。
【0029】
例えば、面積検出信号を高速フーリエ変換することで、クラッチ部材11,12の回転位相θに加えて角速度ωを同時に求め、以下のように出力を数式化して、将来の噛み合いタイミングを予測することが可能である。以下の数式において、Pは面積検出信号の振幅である。
【0030】
第1クラッチ部材11による信号:X1=P×cos(ω1×t+θ1)
第2クラッチ部材12による信号:X2=P×cos(ω2×t+θ2)
検出装置6の出力:
Y=X1+X2
=P×cos(ω1×t+θ1)+P×cos(ω2×t+θ2)
=2×P×cos(((ω1+ω2)t+(θ1+θ2))/2)×
cos(((ω2-ω1)t+(θ2-θ1))/2)
【0031】
上記数式において、ω、θの和を用いるcos部分は出力の高周波成分であり、ω、θの差を用いるcos部分は包絡線で表される低周波部分である。この低周波部分が0となるタイミングが噛み合いタイミングであるため、ω3=ω1-ω2、θ3=θ1-θ2とすると、N回先の噛み合いタイミングは、以下のようになる。
(ω3t+θ3)/2=(N+1/2)π
これをtについて解くことで、N回先の噛み合いタイミングtを、
t=((π-θ3)+2Nπ)/ω3
より予測することができる。
【0032】
<第7実施形態>
上記各実施形態では、将来の噛み合いタイミングの予測手順について説明したが、クラッチ部材11,12の回転数に乱れが生じた場合、予測した噛み合いタイミングと実際の噛み合いタイミングとの間にタイムラグが発生する。例えば、車両用の噛み合いクラッチにおいて、第1クラッチ部材11がモータに連結され、第2クラッチ部材12が車軸に連結されている場合、図13(a)に示すように、車軸上のタイヤWが路面上の段差Sに乗り上げると、図13(b)に示すように、モータ側の回転数に対して車軸側の回転数が瞬間的に遅れることがある。そして、この遅れが、予測値を求めてからアクチュエータを動作させるまでの間に発生すると、噛み合いミスとなる。
【0033】
ここで、車軸側の回転数が大きい場合は、上記外乱によって実際の噛み合いタイミングが予測タイミングよりもわずかに遅れるため、係合歯同士が衝突しても、滑りによってその後すぐに噛み合うことが可能である。しかし、車軸側の回転数が小さい場合は、外乱によって実際の噛み合いタイミングが予測タイミングよりも早くなるため、係合歯同士が衝突し、1歯分ずれてのその次の噛み合いタイミングになるまで噛み合わないため、遅れが大きくなる。
【0034】
そこで、この第7実施形態では、車軸側回転数が小さい場合に、制御装置7が初めから予測タイミングよりも外乱による遅れ時間だけ先行してアクチュエータに動作指令を出力し、外乱によって噛み合いタイミングに遅れが発生した場合でも、係合歯13,14同士が衝突なく噛み合うように制御する。外乱が無い場合は、係合歯同士が衝突するが、実際に噛み合うまでの遅れは、先行させた分のみであるため、係合歯が一歯ずれるのを待つ場合よりも最大遅れを小さくすることができる。
【0035】
なお、上記各実施形態では、将来の噛み合いタイミングを予測するために、制御装置7が1つのアルゴリズムを実行しているが、制御装置7が複数のアルゴリズムを状況に応じて切り替えて実行することも可能である。具体的には、制御装置7に複数の予測部を設け、各予測部が別々のアルゴリズム、例えば、ヒルベルト変換や高速フーリエ変換等のアルゴリズムを切り替えて実行するように構成してもよい。その他、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で、各部の形状や構成を任意に変更して実施することも可能である。
【符号の説明】
【0036】
1・・・噛み合いクラッチ、5・・・アクチュエータ、6・・・検出装置、
7・・・制御装置、11・・・第1クラッチ部材、12・・・第2クラッチ部材、
13・・・第1係合歯、14・・・第2係合歯、
Cv・・・補正値、T・・・噛み合いタイミング、
Tp・・・過去の噛み合いタイミング、Tf・・・将来の噛み合いタイミング。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13