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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-05
(45)【発行日】2022-09-13
(54)【発明の名称】非ヒト動物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20220906BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20220906BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20220906BHJP
   C07K 16/46 20060101ALI20220906BHJP
【FI】
C12N15/09 Z
A01K67/027
C12P21/08
C07K16/46
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019554441
(86)(22)【出願日】2018-11-19
(86)【国際出願番号】 JP2018042635
(87)【国際公開番号】W WO2019098362
(87)【国際公開日】2019-05-23
【審査請求日】2021-06-07
(31)【優先権主張番号】P 2017222215
(32)【優先日】2017-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】高橋 智
(72)【発明者】
【氏名】濱田 理人
(72)【発明者】
【氏名】全 孝静
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-229802(JP,A)
【文献】特表2012-531896(JP,A)
【文献】特表2013-506433(JP,A)
【文献】国際公開第2016/208532(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/038958(WO,A1)
【文献】Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,1979年11月,Vol. 76, No. 11,p. 5736-5740
【文献】WILSON, E, M., et al.,Extensive double humanization of both liver and hematopoiesis in FRGN mice,Stem Cell Research,2014年,Vol. 13,p. 404-412
【文献】HUANG, G., et al.,PU. 1 is a major downstream target of AML1(RUNX1) in adult mouse hematopoiesis,NATURE GENETICS,2007年11月11日,Vol. 40, No. 1,p. 51-60
【文献】全孝静,他,経胎盤造血幹細胞移植系を用いた血液キメラマウスの作製,第65回日本実験動物学会総会講演要旨集,2018年04月27日,p. 126, O-14
【文献】全孝静,他,経胎盤造血幹細胞移植系を用いた血液キメラマウスの作製,第41回日本分子生物学会年会要旨,2018年11月09日,2P-0458
【文献】HAMANAKA, S., et al.,Generation of Vascular Endothelial Cells and Hematopoietic Cells by Blastocyst Complementation,Stem Cell Reports,2018年10月09日,Vol. 11,p. 988-997
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
A01K 67/027
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液系の細胞が第1の遺伝的背景を有しており、血液系以外の細胞が第2の遺伝的背景を有しており、前記第1の遺伝的背景と前記第2の遺伝的背景が異なっており、前記第2の遺伝的背景が造血幹細胞を形成しない遺伝子変異であり、
前記第2の遺伝的背景が、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子の、ノックアウト、造血幹細胞特異的なコンディショナルノックアウト、又は造血幹細胞の発生に関与する組織特異的なコンディショナルノックアウトである、非ヒト動物。
【請求項2】
血液系の細胞の実質的に全てが前記第1の遺伝的背景を有している、請求項1に記載の非ヒト動物。
【請求項3】
前記血液系の細胞がヒト細胞である、請求項1又は2に記載の非ヒト動物。
【請求項4】
前記血液系の細胞がラット細胞である、請求項1又は2に記載の非ヒト動物。
【請求項5】
請求項に記載の非ヒト動物を抗原で免疫する工程を含む、前記抗原特異的ヒト抗体の製造方法。
【請求項6】
請求項に記載の非ヒト動物を抗原で免疫する工程を含む、前記抗原特異的ラット抗体の製造方法。
【請求項7】
請求項に記載の非ヒト動物から血液細胞を採取する工程を含む、ヒト血液細胞の製造方法。
【請求項8】
第2の遺伝的背景を有する非ヒト動物の初期胚に、第1の遺伝的背景を有する造血幹細胞を経胎盤的に移植する工程であって、前記第2の遺伝的背景が造血幹細胞を形成しない遺伝子変異であり、前記第1の遺伝的背景と前記第2の遺伝的背景が異なっており、
前記第2の遺伝的背景が、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子の、ノックアウト、造血幹細胞特異的なコンディショナルノックアウト、又は造血幹細胞の発生に関与する組織特異的なコンディショナルノックアウトである工程と、
前記初期胚を成長させ、造血幹細胞を有する非ヒト動物を得る工程と、
を含む、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なる非ヒト動物の製造方法。
【請求項9】
前記造血幹細胞がヒト細胞である、請求項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記造血幹細胞がラット細胞である、請求項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非ヒト動物及びその製造方法に関する。より具体的には、非ヒト動物、ヒト抗体の製造方法、ラット抗体の製造方法、ヒト血液細胞の製造方法、及び、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なる非ヒト動物の製造方法に関する。本願は、2017年11月17日に、日本に出願された特願2017-222215号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの血液系細胞を有するマウスが知られている。これらのマウスは、例えば、NSGマウス、NODマウス等の免疫不全マウスの造血幹細胞を破壊した後に、ヒトの造血幹細胞を移植して作製される。造血幹細胞の破壊は、放射線照射、抗悪性腫瘍剤の一種であるブスルファンの投与等により行われる。
【0003】
しかしながら、従来の方法で作製された、ヒトの血液系細胞を有するマウスは、赤血球系の細胞やリンパ球系の細胞の生着率が悪い場合がある。
【0004】
ところで、例えば、非特許文献1には、造血幹細胞を形成しない遺伝子変異を有するマウスが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Yokomizo T., et al., Characterizationof GATA-1+ hemangioblastic cells in the mouse embryo, The EMBO Journal, 26, 184-196, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なる非ヒト動物を製造する、新たな技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を含む。
[1]血液系の細胞が第1の遺伝的背景を有しており、血液系以外の細胞が第2の遺伝的背景を有しており、前記第1の遺伝的背景と前記第2の遺伝的背景が異なっており、前記第2の遺伝的背景が造血幹細胞を形成しない遺伝子変異である、非ヒト動物。
[2]血液系の細胞の実質的に全てが前記第1の遺伝的背景を有している、[1]に記載の非ヒト動物。
[3]前記第2の遺伝的背景が、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子の、ノックアウト、造血幹細胞特異的なコンディショナルノックアウト、又は造血幹細胞の発生に関与する組織特異的なコンディショナルノックアウトを含む、[1]又は[2]に記載の非ヒト動物。
[4]前記血液系の細胞がヒト細胞である、[1]~[3]のいずれかに記載の非ヒト動物。
[5]前記血液系の細胞がラット細胞である、[1]~[3]のいずれかに記載の非ヒト動物。
[6][4]に記載の非ヒト動物を抗原で免疫する工程を含む、前記抗原特異的ヒト抗体の製造方法。
[7][5]に記載の非ヒト動物を抗原で免疫する工程を含む、前記抗原特異的ラット抗体の製造方法。
[8][4]に記載の非ヒト動物から血液細胞を採取する工程を含む、ヒト血液細胞の製造方法。
[9]第2の遺伝的背景を有する非ヒト動物の初期胚に、第1の遺伝的背景を有する造血幹細胞を経胎盤的に移植する工程であって、前記第2の遺伝的背景が造血幹細胞を形成しない遺伝子変異であり、前記第1の遺伝的背景と前記第2の遺伝的背景が異なっている工程と、前記初期胚を成長させ、造血幹細胞を有する非ヒト動物を得る工程と、を含む、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なる非ヒト動物の製造方法。
[10]前記第2の遺伝的背景が、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子の、ノックアウト、造血幹細胞特異的なコンディショナルノックアウト、又は造血幹細胞の発生に関与する組織特異的なコンディショナルノックアウトを含む、[9]に記載の製造方法。
[11]前記造血幹細胞がヒト細胞である、[9]又は[10]に記載の製造方法。
[12]前記造血幹細胞がラット細胞である、[9]又は[10]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なる非ヒト動物を製造する、新たな技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】1実施形態に係る非ヒト動物の製造方法を説明する模式図である。
図2】(a)~(c)は、実験例2におけるマウス胎仔の写真及びフローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。(d)は、実験例2において、野生型マウス及びレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスのキメラ率をプロットしたグラフである。
図3】(a)及び(b)は、実験例2におけるコロニーアッセイの結果を示すグラフである。(c)は、実験例2において、血球細胞のコロニーのキメラ率を測定した結果を示すグラフである。
図4】実験例2における、肝臓細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。
図5】実験例2における、脾臓細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。
図6】(a)は野生型マウスの胎仔の写真であり、(b)は実験例3においてラットの造血幹細胞の移植によりレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの胎仔の写真である。
図7】(a)は、実験例4におけるフローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。(b)は、実験例4において、野生型マウス及びレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスのキメラ率をプロットしたグラフである。
図8】実験例4における、肝臓細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。
図9】(a)及び(b)は、実験例5における、フローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。
図10】実験例6における、フローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。
図11】(a)及び(b)は、実験例7における、フローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。
図12】(a)~(c)は、実験例8における、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。
図13】実験例9における、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[非ヒト動物]
1実施形態において、本発明は、血液系の細胞が第1の遺伝的背景を有しており、血液系以外の細胞が第2の遺伝的背景を有しており、前記第1の遺伝的背景と前記第2の遺伝的背景が異なっており、前記第2の遺伝的背景が造血幹細胞を形成しない遺伝子変異である、非ヒト動物を提供する。
【0011】
実施例において後述するように、本実施形態の非ヒト動物は、血液系の細胞が第1の遺伝的背景を有しており、血液系以外の細胞が第2の遺伝的背景を有しており、前記第1の遺伝的背景と前記第2の遺伝的背景が異なっている。
【0012】
すなわち、本実施形態の非ヒト動物は、本来第2の遺伝的背景を有する非ヒト動物の血液系の細胞を第1の遺伝的背景を有する細胞に置き換えたものである。
【0013】
本明細書において、血液系の細胞とは、造血幹細胞から分化した細胞の全てを意味する。したがって、本明細書において、血液系の細胞は、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージ)、赤血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞等を意味する。
【0014】
本実施形態の非ヒト動物では、第1の遺伝的背景を有する、赤血球系の細胞やリンパ球系の細胞の生着率が高く、第1の遺伝的背景を有する血液系の細胞による免疫系が構築される。
【0015】
非ヒト動物としては、特に限定されず、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、サル等が挙げられる。
【0016】
本実施形態の非ヒト動物において、細胞の遺伝的背景が異なるとは、細胞の種が異なること、又は、細胞の種が同じであってもアロであること、すなわち、主要組織適合遺伝子複合体抗原が異なること、コンジェニック系統であること等を意味する。
【0017】
本実施形態の非ヒト動物において、第2の遺伝的背景は造血幹細胞を形成しない遺伝子変異である。造血幹細胞を形成しない遺伝子変異とは、特定の遺伝子が変異又は欠損していることにより、造血幹細胞を形成しない遺伝子変異を意味する。具体的には、例えば、Runt-related transcription factor 1(Runx1)-/-、myb-/-等が挙げられる。
【0018】
ヒトRunx1タンパク質には複数のアイソフォームが存在し、NCBIアクセッション番号はNP_001116079.1、NP_001001890.1、NP_001745.2等である。また、マウスRunx1タンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_001104491.1等である。
【0019】
また、ヒトmybタンパク質には複数のアイソフォームが存在し、NCBIアクセッション番号はNP_001123645.1、NP_001155129.1、NP_001155130.1等である。また、マウスmybタンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_001185843.1等である。
【0020】
例えばRunx1-/-マウスは、胎仔肝での成体型造血の欠如により、胎生12.5日頃に死亡することが知られている。これに対し、例えば上述した非特許文献1に記載されているように、GATA-1 hematopoietic regulatory domainの下流に連結したRunx1 cDNA(G1-HRD-Runx1)をトランスジーンとして導入したRunx1-/-マウス(Runx1-/-::G1-HRD-Runx1)は、造血幹細胞を形成しないものの、出生まで生育する。ここで、「::」はトランスジーンを有することを意味する。G1-HRD-Runx1コンストラクトの一例は、例えば上記非特許文献1のFig.4A等に記載されている。
【0021】
本実施形態の非ヒト動物における、第2の遺伝的背景は、造血幹細胞を形成しないものである限り、例えば、上述した、Runx1-/-::G1-HRD-Runx1等の遺伝子変異又は遺伝子改変であってもよい。
【0022】
また、上述したように、Runx1-/-::G1-HRD-Runx1マウスは、出生まで生育する。しかしながら、Runx1-/-::G1-HRD-Runx1マウスは、出生後数時間で死亡してしまう。これは、Runx1が神経系や胸骨の発生にも関与しているためであると考えられる。
【0023】
そこで、第2の遺伝的背景として、例えば、Runx1f/f::Tie2-Cre::G1-HRD-Runx1、Runx1f/-::Tie2-Cre::G1-HRD-Runx1等の、造血幹細胞を形成しないものの、その他の点はより正常に近い非ヒト動物となる遺伝子変異又は遺伝子改変を使用してもよい。このような非ヒト動物は、機能的な造血幹細胞を移植することにより正常に成長させることができる。ここで、機能的な造血幹細胞とは、正常な(野生型の)遺伝的背景であるか、少なくとも血液系が正常である遺伝的背景を有する造血幹細胞であってよい。なお、Tie2は、胎児期の初期において、血管内皮及び血液細胞の共通の前駆体細胞で発現する受容体チロシンキナーゼである。Tie2-Creコンストラクトの一例は、例えば、Kisanuki Y. Y., Tie2-Cre Transgenic Mice: A New Model for Endothelial Cell-Lineage Analysis in Vivo, Developmental Biology 230, 230-242, 2001. 等に記載されている。
【0024】
ここで、「Runx1f/f」は、エクソンの少なくとも一部が2つのloxP配列ではさまれたRunx1遺伝子をホモに有することを意味する。また、「Runx1f/-」は、エクソンの少なくとも一部が2つのloxP配列ではさまれたRunx1遺伝子をゲノムの一方に有し、もう一方のゲノムにはRunx1遺伝子を有しないことを意味する。また、Tie2-Creは、Tie2遺伝子のプロモーターの下流にCreリコンビナーゼ遺伝子が連結されたトランスジーンを有することを意味する。Tie2遺伝子は、造血幹細胞や、造血幹細胞の発生に関与する血管内皮細胞等で発現する遺伝子である。したがって、Runx1f/f::Tie2-Cre、Runx1f/-::Tie2-Cre等の遺伝子改変を有する非ヒト動物では、造血幹細胞や、造血幹細胞の発生に関与する血管内皮細胞において、コンディショナルに(条件的に)Runx1遺伝子が欠損する。その結果、造血幹細胞を形成しない表現型となる。
【0025】
すなわち、本実施形態の非ヒト動物における第2の遺伝的背景は、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子のノックアウト、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子の造血幹細胞特異的なコンディショナルノックアウト、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子の、造血幹細胞の発生に関与する組織特異的なコンディショナルノックアウトを含むものであってよい。
【0026】
ここで、「含む」とは、本実施形態の非ヒト動物における第2の遺伝的背景が、上記の造血幹細胞を形成しない遺伝子変異に加えて、更に「::G1-HRD-Runx1」等の遺伝子改変を有するものであってもよいことを意味する。
【0027】
本実施形態の非ヒト動物において、第2の遺伝的背景は免疫不全となる遺伝子変異でないことが好ましい。免疫不全となる遺伝的背景としては、例えば、NOD.Cg-PrkdcscidIl2rgtm1Wjl/SzJ(NSGマウスと同様の遺伝的背景)、NOD/Shi-scid-IL2Rγnull(NOGマウスと同様の遺伝的背景)等が挙げられる。また、本実施形態の非ヒト動物は、放射線照射、ブスルファンの投与等による造血幹細胞の破壊を受けていないことが好ましい。
【0028】
本実施形態の非ヒト動物における、第1の遺伝的背景は、正常な(野生型の)遺伝的背景であるか、少なくとも血液系が正常である遺伝的背景であってよい。第1の遺伝的背景を有する血液系の細胞は、例えば、本実施形態の非ヒト動物とは異なる種の血液系の細胞であってもよく、本実施形態の非ヒト動物と同種であってアロの血液系の細胞であってもよく、本実施形態の非ヒト動物と同種であってコンジェニック系統の血液系の細胞であってもよい。より具体的には、例えば、非ヒト動物がマウスであり、第1の遺伝的背景を有する血液系の細胞が、ヒトの血液系の細胞、ラットの血液系の細胞、コンジェニック系統のマウスの血液系の細胞等であってもよい。
【0029】
本実施形態の非ヒト動物は、血液系の細胞の実質的に全てが前記第1の遺伝的背景を有していることが好ましい。これにより、本実施形態の非ヒト動物は、本来第2の遺伝的背景を有する非ヒト動物の血液系の細胞を完全に第1の遺伝的背景を有する細胞に置き換えたものとなる。
【0030】
ここで、血液系の細胞の実質的に全てが前記第1の遺伝的背景を有しているとは、血液系の細胞の、80%以上、好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、特に好ましくは100%が第1の遺伝的背景を有していることを意味する。
【0031】
本実施形態の非ヒト動物において、第1の遺伝的背景を有する血液系の細胞は、ヒト細胞であってもよく、ラット細胞であってもよい。例えば、本実施形態の非ヒト動物は、血液系の細胞がヒト細胞又はラット細胞である、マウス、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ等であってもよい。
【0032】
本実施形態の非ヒト動物が、ヒトの血液系を有するものである場合、この非ヒト動物をヒト疾患モデル等として利用することができる。あるいは、この非ヒト動物を、医薬品開発における薬効評価や医薬のスクリーニング等に用いることができる。
【0033】
[ヒト抗体の製造方法]
1実施形態において、本発明は、上述した非ヒト動物であって、血液系の細胞がヒト細胞である非ヒト動物を、抗原で免疫する工程を含む、前記抗原特異的ヒト抗体の製造方法を提供する。
【0034】
非ヒト動物としては、例えばマウスが好適である。すなわち、本実施形態の製造方法によれば、血液系の細胞がヒト細胞であるマウスを抗原で免疫することにより、抗原特異的ヒトモノクローナル抗体を容易に製造することができる。
【0035】
マウスを抗原で免疫する手法としては、従来の方法を用いることができる。また、抗体の製造方法としては、従来のハイブリドーマの作製方法を用いることができる。
【0036】
本実施形態の方法により得られたヒトモノクローナル抗体は、完全ヒト抗体であるため、ヒトに投与してもアナフィラキシーショック等の副作用を起こす可能性が低く、抗体医薬として利用することができる。
【0037】
また、非ヒト動物として、例えばウサギ等のより大型の動物を用いた場合、ポリクローナル抗体を製造することもできる。すなわち、血液系の細胞がヒト細胞であるウサギを抗原で免疫することにより、抗原特異的ヒトポリクローナル抗体を製造することができる。
【0038】
[ラット抗体の製造方法]
1実施形態において、本発明は、上述した非ヒト動物であって、血液系の細胞がラット細胞である非ヒト動物を、抗原で免疫する工程を含む、前記抗原特異的ラット抗体の製造方法を提供する。
【0039】
非ヒト動物としては、例えばマウスが好適である。すなわち、本実施形態の製造方法によれば、血液系の細胞がラット細胞であるマウスを抗原で免疫することにより、抗原特異的ラットモノクローナル抗体を容易に製造することができる。
【0040】
従来、ラットモノクローナル抗体は、ラットを抗原で免疫することにより作製されてきた。しかしながら、ラットよりもマウスのほうが、取り扱いが容易な場合がある。したがって、マウスを用いてラットモノクローナル抗体を製造することができれば、ラットモノクローナル抗体をより簡便に作製することができ、便利な場合がある。
【0041】
マウスを抗原で免疫する手法としては、従来の方法を用いることができる。また、抗体の製造方法としては、従来のハイブリドーマの作製方法を用いることができる。
【0042】
また、非ヒト動物として、例えばウサギ等のより大型の動物を用いた場合、ポリクローナル抗体を製造することもできる。すなわち、血液系の細胞がラット細胞であるウサギを抗原で免疫することにより、抗原特異的ラットポリクローナル抗体を製造することができる。
【0043】
[ヒト血液細胞の製造方法]
1実施形態において、本発明は、上述した非ヒト動物であって、血液系の細胞がヒト細胞である非ヒト動物から血液細胞を採取する工程を含む、ヒト血液細胞の製造方法を提供する。
【0044】
現在、輸血用の血液は人工的に製造することができず、また長期保存することが困難であるため、献血により確保されている。しかしながら、少子高齢化に伴う献血者の減少等により、その安定供給が困難となる可能性が指摘されている。
【0045】
これに対し、本実施形態の製造方法によれば、赤血球、血小板等の血液細胞を工業的に生産し、輸血用の血液製剤の製造に利用することが可能となる。
【0046】
本実施形態の製造方法において、非ヒト動物としては、例えば、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ等を好適に利用することができる。すなわち、本実施形態の製造方法によれば、血液系の細胞がヒト細胞である非ヒト動物から血液細胞を採取し、ヒト血液細胞を安定的に製造することができる。
【0047】
[非ヒト動物の製造方法]
1実施形態において、本発明は、第2の遺伝的背景を有する非ヒト動物の初期胚に、第1の遺伝的背景を有する造血幹細胞を経胎盤的に移植する工程であって、前記第2の遺伝的背景が造血幹細胞を形成しない遺伝子変異であり、前記第1の遺伝的背景と前記第2の遺伝的背景が異なっている工程と、前記初期胚を成長させ、造血幹細胞を有する非ヒト動物を得る工程と、を含む、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なる非ヒト動物の製造方法を提供する。
【0048】
本実施形態の製造方法により、上述した非ヒト動物を製造することができる。本実施形態の製造方法において、非ヒト動物、第1の遺伝的背景、第2の遺伝的背景は、上述したものと同様である。
【0049】
図1は、本実施形態の製造方法の一例を説明する模式図である。図1に示す例では、非ヒト動物はマウスである。
【0050】
まず、造血幹細胞を形成しない遺伝子変異を有する初期胚(胎仔)を持つ母親マウスを麻酔し、腹部を切開して子宮を露出させる。ここで、使用する母親マウスの遺伝的背景により、胎仔の中に、造血幹細胞を形成する遺伝的背景を有している胎仔と、造血幹細胞を形成しない遺伝的背景を有している胎仔が混在している場合がある。
【0051】
造血幹細胞を形成しない遺伝子変異としては、上述したものと同様であり、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子のノックアウト、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子の造血幹細胞特異的なコンディショナルノックアウト、Runx1遺伝子又はmyb遺伝子の、造血幹細胞の発生に関与する組織特異的なコンディショナルノックアウトを含む遺伝子変異等が挙げられる。
【0052】
より具体的には、例えば、Runx1-/-::G1-HRD-Runx1、Runx1f/f::Tie2-Cre::G1-HRD-Runx1、Runx1f/-::Tie2-Cre::G1-HRD-Runx1等の遺伝子変異が挙げられるがこれらに限定されない。
【0053】
胎仔は、野生型の胎仔において造血幹細胞が発生する時期に相当する発生段階の胎仔であることが好ましく、例えば、マウスの場合、胎生10~11日の胎仔であることが好ましい。
【0054】
続いて、露出させた子宮の外部から胎盤に針を刺して所望の造血幹細胞を注入し、胎仔に経胎盤的に造血幹細胞を移植する。移植する造血幹細胞の数は1個以上であればよい。また、造血幹細胞を精製して移植してもよいし、造血幹細胞を含む細胞集団を移植してもよい。造血幹細胞を含む細胞集団としては、例えば、胎仔肝臓由来の細胞、生体由来の骨髄細胞等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0055】
ここで、針としては、注射針、ガラス針等が挙げられる。なかでも、ガラス針が好ましく、先端を研磨したガラス針が特に好ましい。ガラス針の先端は、例えば研磨機(型式「EG-4」、株式会社ナリシゲ)等を用いて研磨することができる。また、ガラス針の先端の太さは50~62.5μm程度であることが好ましい。発明者らは、ガラス針の先端を研磨することにより、移植の成功率が飛躍的に向上することを見出した。
【0056】
また、移植する造血幹細胞は、発生初期の造血幹細胞に相当する発生段階の造血幹細胞であってもよく、発生後期の造血幹細胞であってもよく、成体由来の造血幹細胞であってもよい。例えば、多能性幹細胞から分化誘導して発生させた造血幹細胞であってもよい。多能性幹細胞としては特に限定されず、胚性幹細胞(ES細胞)、iPS細胞等が挙げられる。
【0057】
発明者らは、移植する造血幹細胞の発生段階に関わらず、血液系の細胞が、移植した造血幹細胞に由来するマウスを得ることに成功している。
【0058】
また、移植する造血幹細胞は、例えばヒト細胞であってもよく、ラット細胞であってもよい。
【0059】
造血幹細胞を移植した後、子宮を母親マウスに戻し、皮膚を縫合し、胎仔を成長させる。その結果、造血幹細胞の移植に失敗した胎仔は、造血幹細胞の欠損のため致死となる。一方、造血幹細胞の移植に成功した胎仔、及び、造血幹細胞を形成する遺伝的背景を有していた胎仔は、胎生19日で出生する。成長させた胎仔は帝王切開により摘出してもよい。
【0060】
そして、成長した胎仔の中には、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なっており、第2の遺伝的背景が造血幹細胞を形成しない遺伝子変異である、非ヒト動物が含まれている。
【0061】
例えば、胎仔の体細胞のうち、血液系以外の細胞のゲノムDNAを解析し、第2の遺伝的背景を有することが確認された場合、その胎仔は、目的の非ヒト動物、すなわち、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なる非ヒト動物である。
【実施例
【0062】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0063】
[実験例1]
(マウス造血幹細胞の移植1)
《経肝臓的な移植の検討》
Runx1+/-::G1-HRD-Runx1の遺伝子型を有するLy5.2マウス(以下、「Runx1+/-::Tgマウス」という場合がある。)である母親マウスの胎仔に、コンジェニック系統であるC57BL/6-Ly5.1マウス(以下、「ドナーマウス」という場合がある。)の造血幹細胞を移植した。
【0064】
移植方法としては、注射針(30ゲージ、テルモ株式会社)を用いて、胎生13.5日又は胎生14.5日の胎仔に、経肝臓的にドナーマウスの造血幹細胞を移植した。具体的には、2×10個/1μLの細胞密度に調製した胎生14.5日のドナーマウスの胎仔の肝臓細胞を、胎仔1頭あたり1μLずつ移植した。
【0065】
しかしながら、232頭の胎仔に移植を行ったにもかかわらず、ドナーマウスの造血幹細胞によりレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスは1頭も得られなかった。
【0066】
この結果から、経肝臓的な移植操作により、胎仔が傷害を受けている可能性が考えられた。
【0067】
《経胎盤的な移植の検討》
続いて、経胎盤的な移植を検討した。具体的には、胎生11.5日のRunx1+/-::Tgマウスである母親マウスの胎仔に、経胎盤的にドナーマウスの造血幹細胞を移植した。
【0068】
まず、Runx1+/-::Tgマウスである母親マウスをイソフルラン麻酔し、腹部を切開して子宮を露出させた。続いて、胎盤が存在する部位にガラス針を刺し、ドナーマウスの造血幹細胞を移植した。
【0069】
ガラス針としては、先端を研磨機(型式「EG-4」、株式会社ナリシゲ)で研磨したものを使用した。先端の太さは約50μmであった。
【0070】
造血幹細胞としては、2×10個/1μLの細胞密度に調製した胎生14.5日のドナーマウスの胎仔の肝臓細胞を、胎仔1頭あたり1μLずつ移植した。
【0071】
造血幹細胞を移植した後、子宮を母親マウスに戻し、皮膚を縫合し、胎仔を成長させた。造血幹細胞の移植から7日後に、胎生18.5日の胎児を帝王切開により摘出して解析した。
【0072】
401頭の胎仔に造血幹細胞の移植を行った結果、267頭のマウスが胎生18.5日まで生存していた。生存率は約66.6%であった。ドナーマウスの造血幹細胞によりレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの外観は正常であり、造血系の再構成が成功したと考えられた。
【0073】
[実験例2]
(移植マウスの解析)
実験例1における、ドナーマウスの造血幹細胞の経胎盤移植によりレスキューされた、Runx1-/-::Tgマウスを更に詳細に解析した。
【0074】
《キメラ率の検討》
まず、抗CD45.1抗体及び抗CD45.2抗体を用いたフローサイトメトリー解析により、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの肝臓細胞における、ドナーマウス由来の細胞のキメラ率を検討した。ドナーマウス由来の細胞のキメラ率は、下記式(1)により算出した。
【0075】
キメラ率(%)=(CD45.1陽性細胞の数/(CD45.1陽性細胞の数+CD45.2陽性細胞の数))×100 …(1)
【0076】
図2(a)~(c)は、胎仔の写真及びフローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。図2(a)は、Runx1+/+::Tgマウスの代表的な写真及び解析結果を示すグラフであり、図2(b)は、レスキューされなかったRunx1-/-::Tgマウスの代表的な写真及び解析結果を示すグラフであり、図2(c)は、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの代表的な写真及び解析結果を示すグラフである。また、図2(d)は、野生型マウス(WT)及びレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスのキメラ率をプロットしたグラフである。図2(d)中、「Donor:mouse」は、造血幹細胞のドナーがマウスであることを示す。
【0077】
その結果、造血幹細胞を移植した32頭のRunx1-/-::Tgマウスのうち、23頭のRunx1-/-::Tgマウスが0.4%以上のキメラ率を示した。これに対し、ドナーマウスの造血幹細胞を移植した野生型マウスは低いキメラ率しか示さないことが明らかとなった。
【0078】
なお、キメラ率が100%に達していないのは、胎生18.5日における解析であるためであり、より長期に成長させるとキメラ率が100%に近づいていくと考えられた。しかしながら、Runx1-/-::Tgマウスは出生後すぐ死んでしまうため、より長期に成長させるためには、Runx1f/f::Tie2-Cre::G1-HRD-Runx1、Runx1f/-::Tie2-Cre::G1-HRD-Runx1等の遺伝子型を有するマウスを用いた解析を行う必要がある。
【0079】
《CFUの検討》
続いて、胎生18.5日の、Runx1+/+::Tgマウス、レスキューされなかったRunx1-/-::Tgマウス、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの各マウスを用いて、胎仔肝臓細胞のコロニーアッセイを行った。
【0080】
図3(a)及び(b)はコロニーアッセイの結果を示すグラフである。図3(a)は胎仔肝臓細胞1×10個あたりの赤芽球コロニー形成単位(CFU-E)の数を示し、図3(b)は胎仔肝臓細胞1×10個あたりの、赤芽球バースト形成単位(BFU-E)、顆粒球マクロファージコロニー形成単位(CFU-GM)、骨髄性細胞、赤血球、巨核球を含む混合コロニー形成単位(CFU-Mix)の数を示す。
【0081】
図3(a)及び(b)中、「Runx1-/-::Tg」はレスキューされなかったRunx1-/-::Tgマウスの結果であることを示し、「Rescued」はレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの結果であることを示す。また、図3(b)中、「ND」は検出されなかったことを示す。
【0082】
その結果、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの胎仔肝臓細胞中には、CFU-E、BFU-E、CFU-GM、CFU-Mixが検出されたのに対し、レスキューされなかったRunx1-/-::Tgマウスの胎仔肝臓細胞中にはこれらのコロニー形成単位が検出されないことが明らかとなった。
【0083】
また、図3(c)は、抗CD45.1抗体及び抗CD45.2抗体を用いたフローサイトメトリー解析により、Runx1+/+::Tgマウス、及び、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウス由来の上記コロニーのキメラ率を測定した結果を示すグラフである。図3(c)中、「Rescued」はレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの結果であることを示す。
【0084】
その結果、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウス由来の上記コロニーは、高いキメラ率でCD45.1陽性のドナーマウス由来の細胞から構成されていることが明らかとなった。
【0085】
《肝臓細胞及び脾臓細胞の検討》
続いて、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの肝臓及び脾臓におけるドナーマウス由来の細胞が、マクロファージ、Bリンパ球及びTリンパ球に分化しているか否かをフローサイトメトリーにより解析した。
【0086】
マクロファージのマーカーとしてCD11b抗原を検出した。また、Bリンパ球マーカーとしてB220抗原を検出した。また、Tリンパ球マーカーとしてCD3抗原を検出した。図4は、肝臓細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。
【0087】
その結果、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの肝臓におけるドナーマウス由来の細胞が、マクロファージ、Bリンパ球及びTリンパ球に分化していることが明らかとなった。
【0088】
また、図5は、脾臓細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。その結果、脾臓においては、ドナーマウス由来の細胞が少なかったが、少なくともマクロファージ及びBリンパ球が存在することが明らかとなった。
【0089】
[実験例3]
(ラット造血幹細胞の移植)
Runx1-/-::Tgマウスを異種の造血幹細胞でレスキューできるか否かを検討した。
【0090】
具体的には、移植する細胞として、胎生15.5日のラットの胎仔の肝臓細胞を用いた点以外は実験例1と同様にして、Runx1+/-::Tgマウスである母親マウスの胎仔に経胎盤的にラットの造血幹細胞を移植した。
【0091】
胎仔53頭に造血幹細胞の移植を行った結果、36頭の生きた胎仔が得られた。36頭の生きた胎仔のうち、5頭がRunx1-/-::Tgマウスであった。そのうち4頭の胎仔の外観は正常であり、ラットの造血幹細胞による造血系の再構成が成功したと考えられた。
【0092】
図6(a)は野生型マウスの胎仔の写真であり、図6(b)はラットの造血幹細胞の移植によりレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの胎仔の写真である。
【0093】
[実験例4]
(移植マウスの解析)
実験例3における、ラットの造血幹細胞の経胎盤移植によりレスキューされた、Runx1-/-::Tgマウスを更に詳細に解析した。
【0094】
《キメラ率の検討》
まず、抗マウス抗CD45.2抗体及び抗ラットCD45抗体を用いたフローサイトメトリー解析により、胎生18.5日のレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの肝臓細胞における、ラット由来の細胞のキメラ率を検討した。ラット由来の細胞のキメラ率は、下記式(2)により算出した。
【0095】
キメラ率(%)=(ラットCD45陽性細胞の数/(ラットCD45陽性細胞の数+マウスCD45.2陽性細胞の数))×100 …(2)
【0096】
図7(a)は、フローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。また、図7(b)は、野生型マウス(WT)及びレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスのキメラ率をプロットしたグラフである。図7(b)中、「Donor:rat」は、造血幹細胞のドナーがラットであることを示す。
【0097】
その結果、ラットの造血幹細胞を移植したRunx1-/-::Tgマウスが最大96%のキメラ率を示したことが明らかとなった。これに対し、ラットの造血幹細胞を移植した野生型マウスは低いキメラ率しか示さないことが明らかとなった。
【0098】
《肝臓細胞の検討》
続いて、96%のキメラ率を示した、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの肝臓におけるラット由来の細胞が、マクロファージ、Bリンパ球、Tリンパ球及び赤血球に分化しているか否かをフローサイトメトリーにより解析した。
【0099】
マクロファージのマーカーとしてラットCD11b抗原を検出した。また、Bリンパ球マーカーとしてラットB220抗原を検出した。また、Tリンパ球マーカーとしてラットCD3抗原を検出した。また、赤血球マーカーとしてラットTer119抗原及びマウスTer119抗原を検出した。図8は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。
【0100】
その結果、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの肝臓におけるラット由来の細胞が、マクロファージ、Bリンパ球、Tリンパ球及び赤血球に分化していることが明らかとなった。
【0101】
また、レスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの肝臓には、ラットの赤血球が多く存在していることが明らかとなった。具体的には、ラットの赤血球の割合は67.4%であり、マウスの赤血球の割合は23.2%であった。
【0102】
以上の結果から、経胎盤的移植によって、異種の造血幹細胞でRunx1-/-::Tgマウスをレスキューできることが明らかとなった。
【0103】
[実験例5]
(ヒト造血幹細胞の移植1)
Runx1-/-::Tgマウスをヒト造血幹細胞でレスキューできるか否かを検討した。
【0104】
《ヒト造血幹細胞の培養》
先行文献を参考にして、ヒト臍帯血由来造血幹細胞を培養した(Boitano, A.E. et al., Aryl hydrocarbon receptor antagonists promote the expansion of human hematopoietic stem cells, Science, 329 (5997), 1345-1348, 2010.; Wagner, J.E., Jr. et al., Phase I/II Trial of StemRegenin-1 Expanded Umbilical Cord Blood Hematopoietic Stem Cells Supports Testing as a Stand-Alone Graft, Stem Cell, 18 (1), 144-155, 2016. を参照。)。ヒト臍帯血由来造血幹細胞は、筑波大学血液内科千葉茂教授より分与された。
【0105】
具体的には、ヒト臍帯血由来造血幹細胞増殖用無血清培地(商品名「StemSpan SFEM」、ステムセルテクノロジーズ社)に、それぞれ100ng/mLの、ヒトトロンボボエチン、ヒトインターロイキン(IL)-6、ヒトFms-related tyrosine kinase 3 ligand(Flt3-L)、ヒトstem cell factor(いずれもR&Dシステムズ社)及び750nMのStemRegenin1、ステムセルテクノロジーズ社)を添加した培地を用いて、6ウェルプレート中、5×10個/mLのCD34陽性ヒト臍帯血由来造血幹細胞を培養した。培養は5%CO、37℃の条件下で行った。1週間以上培養した臍帯血由来造血幹細胞を回収し、移植実験に用いた。
【0106】
《経胎盤的な移植》
1胎仔あたり、それぞれ20ngのヒトサイトカイン(トロンボボエチン、IL-6、Flt3-L、stem cell factor)及び1×10個のヒト臍帯血由来造血幹細胞を、実験例1と同様にして、Runx1+/-::Tgマウスである母親マウスの胎生11.5日胎仔に経胎盤的に移植した。続いて、胎生18.5日の胎仔の肝臓を回収し、フローサイトメトリーにより解析した。
【0107】
図9(a)及び(b)は、フローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。図9(a)はヒト造血幹細胞を移植しなかった胎仔の結果であり、図9(b)はヒト造血幹細胞の移植によりレスキューされたRunx1-/-::Tgマウスの胎仔の結果である。図9(b)中、矢印は、ヒトCD45陽性細胞を示す。
【0108】
その結果、レスキューされたRunx1-/-::TgマウスにおいてヒトCD45陽性細胞が検出され、マウス胎仔体内にヒト由来の細胞が生着したことが確認された。
【0109】
[実験例6]
(ヒト造血幹細胞の移植2)
野生型マウスをヒト造血幹細胞でレスキューできるか否かを検討した。まず、ヒト臍帯血由来造血幹細胞を実験例5と同様にして調製した。続いて、野生型マウスの胎生11.5日胎仔48匹に、1胎仔あたり、それぞれ20ngのヒトサイトカイン(トロンボボエチン、IL-6、Flt3-L、stem cell factor)及び0.2×10個~5×10個のヒト臍帯血由来造血幹細胞を、実験例1と同様にして経胎盤的に移植した。その後、48匹中34匹のマウスが自然分娩により産まれ、4週齢まで成長した。
【0110】
続いて、これらのマウスの末梢血を用いてフローサイトメトリー解析を行い、ヒト造血幹細胞由来の細胞のキメラ率を測定した。キメラ率は、下記式(3)により算出した。
【0111】
キメラ率(%)=(ヒトCD45陽性細胞の数/(ヒトCD45陽性細胞の数+マウスCD45.2陽性細胞の数))×100 …(3)
【0112】
図10はフローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。図10中、矢印は、ヒトCD45陽性細胞を示す。その結果、産まれた34匹のマウスのうち3匹において、0.3%以上のヒト由来の細胞が生着したことが確認された。
【0113】
[実験例7]
(マウス造血幹細胞の移植2)
Runx1f/-::Tie2-Cre::G1-HRD-Runx1の遺伝子型を有するLy5.2マウス(以下、「Runx1 cKOマウス」という場合がある。)である母親マウスの胎仔に、コンジェニック系統であるC57BL/6-Ly5.1マウス(以下、「ドナーマウス」という場合がある。)の造血幹細胞を、実験例1と同様にして経胎盤的に移植した。続いて、胎生18.5日の胎仔の肝臓を回収し、肝臓細胞のフローサイトメトリー解析を行った。
【0114】
図11(a)及び(b)は、フローサイトメトリー解析の代表的な結果を示すグラフである。図11(a)は、対照として、野生型マウスの胎仔にドナーマウス由来の造血幹細胞を移植した結果である。また、図11(b)は、レスキューされたRunx1 cKOマウスの結果である。図11(b)中、矢印は、ドナーマウス由来のCD45.1陽性細胞を示す。
【0115】
その結果、レスキューされたRunx1 cKOマウスは高いキメラ率を示すことが明らかとなった。具体的には、図11(b)の結果に基づいて、上記式(1)によりキメラ率を算出すると、キメラ率(%)=(67.53/(67.53+1.61))×100=97.7%であった。
【0116】
[実験例8]
(造血再構築能の検討)
実験例7でレスキューされたRunx1 cKO胎仔由来の造血幹細胞の2次移植を行い、自己複製能を検討した。具体的には、胎生18.5日のレスキューされたRunx1 cKO胎仔の肝臓細胞を1×10個/100μLに調整し、全身放射線照射(7Gy)した6週齢のメスマウスに、1頭あたり100μLずつ尾静脈注射により移植した。その後、2次移植を受けたレシピエントマウスの末梢血を、経時的にフローサイトメトリー解析した。
【0117】
図12(a)~(c)は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフである。図12(a)は、2次移植から3週間後の結果であり、図12(b)は、2次移植から2ヵ月後の結果であり、図12(c)は、2次移植から6ヵ月後の結果である。
【0118】
その結果、2次移植を受けたレシピエントマウスは、移植から6ヶ月後に97.3%の高いキメラ率を示した。この結果は、レスキューされたRunx1 cKO胎仔由来の造血幹細胞が造血構築能を有することを示す。
【0119】
[実験例9]
(移植マウスの血清中のヒトIgGの検出)
ヒト造血幹細胞を移植したマウスの血清中のヒトIgGを検出した。具体的には、実験例5において、ヒト造血幹細胞でレスキューしたRunx1-/-::Tgマウスの、胎生18.5日胎仔の血清中のヒトIgGをSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動し、PVDF膜に転写して、ウエスタンブロッティングにより検出した。また、比較のために、実験例6においてヒト造血幹細胞を移植した野生型マウスの、胎生18.5日胎仔の血清中のヒトIgG、及び、ヒト血清中のヒトIgGについても同様に検出した。
【0120】
ヒトIgGの検出において、1次抗体として抗ヒトIgG抗体(カタログ番号「#62-8411」、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を使用した。また、2次抗体として、HRP標識ウサギ抗ヤギ抗体を使用した。
【0121】
図13は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。図13中、レーン1はバッファーのみをアプライした陰性対照の結果であり、レーン2は10倍希釈したヒト血清をアプライした結果であり、レーン3は50倍希釈したヒト血清をアプライした結果であり、レーン4はヒト造血幹細胞でレスキューしたRunx1-/-::Tgマウスの血清をアプライした結果であり、レーン5はヒト造血幹細胞を移植した野生型マウスの血清をアプライした結果である。また、矢印は、約50kDaのヒトIgGのバンドの出現位置を示す。
【0122】
その結果、レーン4にヒトIgGのバンドが検出された。これに対し、レーン5にはヒトIgGのバンドは検出されなかった。なお、レーン2及び3のヒト血清をアプライした結果では、50kDaのシグナルが強すぎて白く抜けた状態で検出された。
【0123】
以上の結果から、ヒト造血幹細胞でレスキューしたRunx1-/-::Tgマウスの血清中に、ヒトIgGが存在することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本発明によれば、血液系の細胞が有する第1の遺伝的背景と血液系以外の細胞が有する第2の遺伝的背景が異なる非ヒト動物を製造する、新たな技術を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13