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特許7136509肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キット、及び薬物輸送能評価方法
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  • 特許-肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キット、及び薬物輸送能評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-05
(45)【発行日】2022-09-13
(54)【発明の名称】肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キット、及び薬物輸送能評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20220906BHJP
   C12Q 1/00 20060101ALI20220906BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220906BHJP
   C12N 5/09 20100101ALI20220906BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220906BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20220906BHJP
   C12M 3/00 20060101ALN20220906BHJP
   C12M 3/06 20060101ALN20220906BHJP
   C12M 1/34 20060101ALN20220906BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/00 C
C12Q1/02
C12N5/09
C12N5/10
C12N1/00 F
C12M3/00 A
C12M3/06
C12M1/34 A
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021531421
(86)(22)【出願日】2020-12-25
(86)【国際出願番号】 JP2020048793
(87)【国際公開番号】W WO2021132586
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2021-06-01
(31)【優先権主張番号】P 2019239313
(32)【優先日】2019-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501410115
【氏名又は名称】学校法人高崎健康福祉大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002251
【氏名又は名称】弁理士法人眞久特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】荻原 琢男
(72)【発明者】
【氏名】溝井 健太
(72)【発明者】
【氏名】松本 映子
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/032646(WO,A1)
【文献】特開2016-214149(JP,A)
【文献】国際公開第2010/082385(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-5/28
C12N 11/00-18
C12M
C12Q
MEDLINE/BIOSIS/REGISTRY/CAPLUS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝癌細胞と、胆管癌細胞と、遊離肝細胞と、動物由来ヒト化新鮮肝細胞との少なくとも何れかの細胞が、多孔質プラスチックフィルム上で隙間なく並んで単層の膜状に培養された膜状細胞層を形成しており、前記細胞が、前記膜状細胞層の下側で血管側となり、前記膜状細胞層の上側で胆管側となる配向性を有していることを特徴とする単層の膜状細胞層と多孔質プラスチックフィルムとからなる肝細胞培養膜。
【請求項2】
請求項1に記載の肝細胞培養膜が底に設けられており第一被検液を収める肝細胞培養膜担持インサート容器と、前記肝細胞培養膜担持インサート容器が挿入されているウェルを有しており前記肝細胞培養膜が浸漬される第二被検液を収めるウェルプレートとを、備えていることを特徴とする薬物輸送能評価キット。
【請求項3】
前記多孔質プラスチックフィルムが、含フッ素樹脂、ポリカーボネート、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリウレタン、ポリアミド、ポリイミド、セルロース、及び再生セルロースから選ばれる何れかのプラスチックで形成されていることを特徴とする請求項2に記載の薬物輸送能評価キット。
【請求項4】
前記多孔質プラスチックフィルムが前記肝細胞の大きさよりも小さな多孔を有し、又はその多孔の開口部がパターン状に配列されていることを特徴とする請求項2に記載の薬物輸送能評価キット。
【請求項5】
前記多孔質プラスチックフィルムが、コラーゲン、及び/又はフィブロネクチンでコーティングされていることを特徴とする請求項2に記載の薬物輸送能評価キット。
【請求項6】
前記第一被検液と、前記第二被検液との少なくとも何れかに胆汁酸が含有されていることを特徴とする請求項2に記載の薬物輸送能評価キット。
【請求項7】
請求項2~6の何れかに記載の薬物輸送能評価キットを用い、前記肝細胞培養膜担持インサート容器の内部の前記第一被検液と、前記肝細胞培養膜担持インサート容器の外部にあって前記ウェルプレートの前記ウェルの内部の前記第二被検液との何れかに、測定対象薬物を加え、前記膜状細胞層と前記多孔質プラスチックフィルムとの前記肝細胞培養膜を介して、前記測定対象薬物の輸送量を経時的に測定し、輸送速度を算出することにより、薬物輸送能を評価することを特徴とする薬物輸送能評価方法。
【請求項8】
第一被検液を収めるインサート容器筒の底に設けられた多孔質プラスチックフィルム上で、肝癌細胞と、胆管癌細胞と、遊離肝細胞と、動物由来ヒト化新鮮肝細胞との少なくとも何れかの細胞を、播種し、隙間なく並んだ単層の膜状に培養して、膜状細胞層にすることにより、前記膜状細胞層が、前記膜状細胞層の下側で血管側となり、前記膜状細胞層の上側で胆管側となる配向性を有している肝細胞培養膜を形成して、肝細胞培養膜担持インサート容器を調製する工程と、
前記肝細胞培養膜担持インサート容器を挿入するウェルを有しており前記肝細胞培養膜が浸漬される第二被検液を収めるウェルプレートを調製する工程と、
前記肝細胞培養膜担持インサート容器に、薬物輸送能の測定対象薬物を含有させた前記第一被検液を収め、前記ウェルプレートの前記ウェルに、前記測定対象薬物を含有しない前記第二被検液を収め、前記肝細胞培養膜を前記第二被検液に浸漬した後、前記胆管側から前記血液側への前記測定対象薬物の輸送量を測定する血液側輸送量測定工程と、
前記肝細胞培養膜担持インサート容器に、前記測定対象薬物を含有しない前記第一被検液を収め、前記ウェルプレートの前記ウェルに、前記測定対象薬物を含有させた前記第二被検液を収め、前記肝細胞培養膜を前記第二被検液に浸漬した後、前記血液側から前記胆管側への前記測定対象薬物の輸送量を測定する胆管側輸送量測定工程と、
それぞれの輸送量を経時的に測定することで輸送速度を算出する工程と、
それら血液側輸送速度及び胆管側輸送速度の比を算出して、前記測定対象薬の薬物輸送能を求める薬物輸送能算出工程とを有していることを特徴とする薬物輸送能評価方法。
【請求項9】
前記血液側輸送量測定工程中、さらに前記第一被検液と前記第二被検液とにトランスポーターのインヒビターを添加して行い、前記胆管側輸送量測定工程中、さらに前記第一被検液と前記第二被検液とにトランスポーターのインヒビターを添加して行い、それらについても胆管側輸送量測定工程を行い、前記薬物輸送能算出工程で、インヒビター未添加でのそれら血液側輸送速度及び胆管側輸送速度の比と、インヒビター添加でのそれら血液側輸送速度及び胆管側輸送速度の比との比を算出して、前記測定対象薬の薬物輸送能を求めることを特徴とする請求項に記載の薬物輸送評価方法。
【請求項10】
肝癌細胞と、胆管癌細胞と、遊離肝細胞と、動物由来ヒト化新鮮肝細胞との少なくとも何れかの細胞を、多孔質プラスチックフィルム上で培養して膜状細胞層を形成し、前記膜状細胞層の下側で血管側となり前記膜状細胞層の上側で胆管側となる配向性を発現させるための肝細胞培地であって、培養成分と、胆汁酸とを有していることを特徴とする、配向性増強肝細胞培地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、投与した薬物が肝臓から血管に移行した全身循環と胆管での胆汁へ移行した胆汁排泄との何れかがどの程度優位に惹き起こされるかについての薬物輸送能を評価するために用いられる、肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キット、及び薬物輸送能評価方法、並びに肝細胞培養膜に血管側及び胆管側の配向性(極性)を付与する配向性増強肝細胞培地に関するものである。
【背景技術】
【0002】
体内に投与された薬物、例えば患者に経口投与された薬物は、消化管内から消化管細胞を介して吸収され門脈を経て肝臓に到達する。
【0003】
生体内に投与され消化管で吸収された薬物が肝臓で抱合されずに又は抱合されたのち腸肝循環し又は全身循環する吸収、分布、代謝、排泄の状態を模式的に示した図3を参照して説明すると、肝臓に到達された薬物は、肝臓から未変化のまま胆汁とともに排泄され胆管を経て消化管に戻り(胆汁排泄)、再度消化管から吸収されたり、また一部が肝臓から血管を経て全身循環に入り、標的部位に到達する(同図(a))。若しくは、肝臓で抱合されて胆汁とともに排泄され胆管を経て消化管に戻ってから脱抱合されて再度消化管細胞を介して吸収されたりする(腸肝循環)。また一部が肝臓から血管を経て全身循環に入り、標的部位に到達する(同図(b))。或いは肝臓で代謝され尿や胆汁中に排泄される。
【0004】
体内での半減期が長い薬物、例えばモルヒネは、腸肝循環が大きく関わっている。具体的には、このような薬物は、消化管例えば腸管から吸収され、その一部が全身循環に入るもののその多くが肝臓でグルクロン酸抱合を受け、胆汁とともに腸管に排泄された後、腸内細菌によって加水分解を受けてグルクロン酸抱合がはずれ、再び腸管から吸収され、その一部が全身循環に入る。これが繰り返されることによって腸肝循環している結果、長時間の薬効発現を奏するようになる。抗生物質を併用すると腸内細菌の作用が阻害されて腸肝循環し難くなってしまう。
【0005】
また、腸肝循環を起こす薬物のうち、未変化体が胆汁排泄される薬物として、アジスロマイシンやアトルバスタチンのような有機アニオン系化合物、カルベジロールやクロミフェンのような有機カチオン系化合物、テモカプリルやモキシフロキサシンのような両性化合物、ジギトキシンやプロブコールのような中性化合物が挙げられ、これらも腸肝循環が大きく関わり、糞尿への排泄に時間がかかる。
【0006】
一方、分子量が300~500よりも小さい薬物は、胆汁排泄率が低いものが多いことが知られており、腸肝循環よりもむしろ全身循環が大きく関わっており、その分、薬効持続時間が短い。ラットでは分子量が300~380付近を境に大きいほど、モルモットでは分子量が330~430付近を境に大きいほど、またウサギでは分子量が410~500付近を境に大きいほど、投与量に対する胆汁排泄率が高くなることが知られている。
【0007】
新規薬物の開発や既存薬物の評価の際に、それら薬物、又はそれらの代謝産物の胆汁排泄が、薬物の全体的クリアランスで重要な役割を果たすことが分かってきた。
【0008】
しかし、ヒトの場合、吸収、分布、代謝、排泄の機構が一層複雑である。しかも、低分子量でも胆汁排泄され易いことがある。さらに、投与された薬物が、肝臓での胆汁排泄と、血管への全身移行との何れかが優位となるかは、薬物の物性や投与対象動物の種差、グルクロン酸抱合などの抱合の受け易さ、トランスポーターの寄与やその作用程度、胆汁でのミセルの形成の受け易さ、胆汁への移行の程度など各種要因の所為で、大きく異なる。
【0009】
従来、ヒトでの胆汁排泄と全身移行との何れかが優位となるかを評価するためには、in vivoでの動物実験から類推していたが、簡易に評価するために、近年、in vitroでの実験から類推する手法が開発されている。
【0010】
例えば、特許文献1に、化学実体の胆汁中排泄を特徴付けるin vitroの方法であって、a)少なくとも1つの胆細管を形成している肝細胞を含む細胞培養物を提供するステップ、b)前記細胞培養物を第1の化学実体と、前記培養物の肝細胞による前記化学実体の取り込みを可能にするのに十分な時間、接触させるステップ、c)前記肝細胞を溶解させることなく前記少なくとも1つの胆細管を破壊し、前記少なくとも1つの胆細管によって放出される前記第1の化学実体および/またはその代謝産物の量を検出するステップ、ならびにd)前記肝細胞を溶解させ、前記肝細胞によって放出される前記第1の化学実体および/またはその代謝産物の量を検出するステップを含む方法が、開示されている。
【0011】
また、特許文献2に、酸素透過性の基板上で肝細胞を培養して毛細胆管を形成させる方法であって培地中の酸素濃度が4.0%以上12.5%以下である低酸素濃度中で肝細胞を培養する方法により、肝細胞を培養して毛細胆管を形成した培養肝細胞を製造し、得られた培養肝細胞を用いて化合物の輸送を評価する、化合物の輸送検定方法が、開示されている。この方法は、化合物を添加して、該毛細胆管への取り込みを行った後、洗浄液で該培養肝細胞を洗って該化合物を除去し、化合物を含まない反応液中で代謝反応に供した後、反応液(培養肝細胞外液)中及び/又は毛細胆管液中の成分を分析して、化合物の代謝特性を検定するというものである。
【0012】
特許文献1及び2の何れも毛細胆管を形成させるものであり、胆細管を破壊・肝細胞を溶解して輸送能を測定すべき薬物の量を検出したり、毛細胆管へ薬物の取り込みによる量を検出したりするものである。しかし、細胞等の破壊や溶解を必要とせず、濃度の直接的な測定により、胆汁排泄と全身移行との何れかが優位となるかを評価できるモデルが求められていた。
【0013】
本発明者らは、上皮細胞も肝細胞のような実質細胞も通常のシャーレで培養すると配向性を有しないが、肝細胞を多孔質プラスチックフィルム上で培養した膜状細胞層を形成した肝細胞培養膜によって、多孔質プラスチックフィルムに接している下側が血液側、多孔質プラスチックフィルムに接していない上側が胆管側となる配向性を有することを見出し、さらに、この肝細胞培養膜を有する薬物輸送能評価キット、及びそれを用いた薬物輸送能評価方法により、胆汁排泄と全身移行との何れかが優位となるかの評価モデルとなることを見出し、本発明を完成させた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特表2017-527283号公報
【文献】特開2014-223061号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、対象薬物の吸収、分布、代謝、排泄の重要なファクターの一つとして、投与した薬物が肝臓から血管に移行した全身移行と胆管での胆汁へ移行した胆汁排泄との何れかがどの程度優位に惹き起こされるかについての薬物輸送能を、in vitroで簡易にかつ直接的に評価するのに用いられる、肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キット、及び薬物輸送能評価方法、並びに肝細胞培養膜に血管側及び胆管側の配向性を付与する配向性増強肝細胞培地を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前記の目的を達成するためになされた本発明の肝細胞培養膜は、単層の膜状細胞層と多孔質プラスチックフィルムとからなるもので、肝癌細胞と、胆管癌細胞と、遊離肝細胞と、動物由来ヒト化新鮮肝細胞との少なくとも何れかの細胞が、多孔質プラスチックフィルム上で隙間なく並んで単層の膜状に培養された膜状細胞層を形成しており、前記細胞が、前記膜状細胞層の下側で血管側となり、前記膜状細胞層の上側で胆管側となる配向性を有していることを特徴とする。
【0017】
前記の目的を達成するためになされた本発明の薬物輸送能評価キットは、前記肝細胞培養膜が底に設けられており第一被検液を収める肝細胞培養膜担持インサート容器と、前記肝細胞培養膜担持インサート容器が挿入されているウェルを有しており前記肝細胞培養膜が浸漬される第二被検液を収めるウェルプレートとを、備えていることを特徴とする。
【0018】
この薬物輸送能評価キットは、前記多孔質プラスチックフィルムが、例えば含フッ素樹脂、ポリカーボネート、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリウレタン、ポリアミド、ポリイミド、セルロース、及び再生セルロースから選ばれる何れかのプラスチックで形成されているというものである。
【0019】
この薬物輸送能評価キットは、前記多孔質プラスチックフィルムが前記肝細胞の大きさよりも小さな多孔を有し、又は多孔質プラスチックフィルムに不透性の材質でシールしたものをパターン状に開口させたもの(パターニング)である。
【0020】
この薬物輸送能評価キットは、前記多孔質プラスチックフィルムが、コラーゲン、及び/又はフィブロネクチンでコーティングされていることが好ましい。
【0021】
この薬物輸送能評価キットは、前記第一被検液と、前記第二被検液との少なくとも何れかに胆汁酸が含有されていることが好ましい。
【0022】
前記の目的を達成するためになされた本発明の薬物輸送能評価方法は、前記薬物輸送能評価キットを用い、前記肝細胞培養膜担持インサート容器の内部の前記第一被検液と、前記肝細胞培養膜担持インサート容器の外部にあって前記ウェルプレートの前記ウェルの内部の前記第二被検液との何れかに、測定対象薬物を加え、前記膜状細胞層と前記多孔質プラスチックフィルムとの前記肝細胞培養膜を介して、前記測定対象薬物の輸送量を経時的に測定し、輸送速度を算出することにより、薬物輸送能を評価するというものである。
【0023】
前記の目的を達成するためになされた本発明の薬物輸送能評価方法は、具体的には、
第一被検液を収めるインサート容器筒の底に設けられた多孔質プラスチックフィルム上で、肝癌細胞と、胆管癌細胞と、遊離肝細胞と、動物由来ヒト化新鮮肝細胞との少なくとも何れかの細胞を、播種し、隙間なく並んだ単層の膜状に培養して、膜状細胞層にすることにより、前記膜状細胞層が、前記膜状細胞層の下側で血管側となり、前記膜状細胞層の上側で胆管側となる配向性を有している肝細胞培養膜を形成して、肝細胞培養膜担持インサート容器を調製する工程と、
前記肝細胞培養膜担持インサート容器を挿入するウェルを有しており前記肝細胞培養膜が浸漬される第二被検液を収めるウェルプレートを調製する工程と、
前記肝細胞培養膜担持インサート容器に、薬物輸送能の測定対象薬物を含有させた前記第一被検液を収め、前記ウェルプレートの前記ウェルに、前記測定対象薬物を含有しない前記第二被検液を収め、前記肝細胞培養膜を前記第二被検液に浸漬した後、前記胆管側から前記血液側への前記測定対象薬物の輸送量を測定する血液側輸送量測定工程と、
前記肝細胞培養膜担持インサート容器に、前記測定対象薬物を含有しない前記第一被検液を収め、前記ウェルプレートの前記ウェルに、前記測定対象薬物を含有させた前記第二被検液を収め、前記肝細胞培養膜を前記第二被検液に浸漬した後、前記血液側から前記胆管側への前記測定対象薬物の輸送量を測定する胆管側輸送量測定工程と、
それぞれの輸送量を経時的に測定することで輸送速度を算出する工程と、
それら血液側輸送速度及び胆管側輸送速度の比を算出して、前記測定対象薬の薬物輸送能を求める薬物輸送能算出工程とを有しているというものである。
【0024】
この薬物輸送評価方法は、前記血液側輸送量測定工程中、さらに前記第一被検液と前記第二被検液とにトランスポーターのインヒビターを添加して行い、前記胆管側輸送量測定工程中、さらに前記第一被検液と前記第二被検液とにトランスポーターのインヒビターを添加して行い、それらについても胆管側輸送量測定工程を行い、前記薬物輸送能算出工程で、インヒビター未添加でのそれら血液側輸送速度及び胆管側輸送速度の比と、インヒビター添加でのそれら血液側輸送速度及び胆管側輸送速度の比との比を算出して、前記測定対象薬の薬物輸送能を求めるというものであってもよい。
【0025】
前記の目的を達成するためになされた本発明の配向性増強肝細胞培地は、肝癌細胞と、胆管癌細胞と、遊離肝細胞と、動物由来ヒト化新鮮肝細胞との少なくとも何れかの細胞を、多孔質プラスチックフィルム上で培養して膜状細胞層を形成し、前記膜状細胞層の下側で血管側となり前記膜状細胞層の上側で胆管側となる配向性を発現させるための肝細胞培地であって、培養成分と、胆汁酸とを有していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明の肝細胞培養膜は、肝細胞由来又は肝細胞に誘導される細胞を多孔質プラスチックフィルム上で膜状に培養した膜状細胞層を形成することによって、膜状細胞層の下側即ち多孔質プラスチックフィルム側で血管側となり膜状細胞層の上側で胆管側となる配向性を発現したものであり、単層膜となっている。そのため、通常のシャーレで培養したときのように細胞の三次元的な塊乃至複数層を形成していない。また、胆細管や毛細胆管を意図的に形成するものでもない。この肝細胞培養膜は、配向性を有しているので、測定対象薬物が胆汁排泄と全身移行との何れかが優位となるかを、検討するのに適している。
【0027】
従って、肝細胞培養膜を用いれば、例えば新規薬物の開発や既存薬物の評価の際に、それら薬物又はそれらの代謝産物のような測定対象薬物が、胆汁に排泄されるか、血管(類洞)側に押し戻されるかを簡便に評価できる、簡易で再現性の良い評価系を構築することができる。
【0028】
この肝細胞培養膜は、入手し易い細胞を用いて、安価に、安定した配向性を発現させることができるものである。
【0029】
本発明の薬物輸送能評価キットは、配向性を有する肝細胞培養膜を有していることにより、測定対象薬物が胆細管や毛細胆管へ透過するのではなく、単層膜の膜状細胞層を透過する程度を測定することによって、測定対象薬物が胆汁排泄と全身移行との何れかが優位となるかを、評価できる。
【0030】
この薬物輸送能評価キット及びそれを用いた薬物輸送能評価方法によれば、測定対象薬物の吸収、分布、代謝、排泄の重要なファクターの一つとして、測定対象薬物をヒトに投与したとき肝臓から血管に移行した全身循環と胆管での胆汁へ移行した腸肝循環との何れの循環がどの程度優位に惹き起こされるかについての薬物輸送能を、in vitroで簡易にかつ直接的に評価するのに用いられることができる。さらに、この薬物輸送能評価キット及び薬物輸送能評価方法によれば、肝細胞培養膜を用いているから肝臓の働きを反映できるので、直接的にin vivoの評価を行わなくても、間接的にin vivoでの結果を正しく推定することができる。
【0031】
また、この薬物輸送能評価キット及び薬物輸送能評価方法は、肝細胞培養膜での胆管側から血液側への測定対象薬物の輸送量と、血液側から胆管側への測定対象薬物の輸送量とを比較して、簡便に薬物輸送能を評価するのに用いられる。
【0032】
本発明の配向性増強肝細胞培地は、肝細胞培養膜での膜状細胞層が、下側即ち多孔質プラスチックフィルム側で血管側となり上側で胆管側となる配向性を、細胞の培養段階で増強させることができる。そのため、配向性増強肝細胞培地を用いて肝細胞培養膜を調製すれば、その肝細胞培養膜を有する薬物輸送能評価キット及びそれを用いた薬物輸送能評価方法で、測定対象薬物の物性、とりわけ肝臓から胆汁排泄に入り易いか全身移行に入り易いかについてのヒトでの薬物動態について、正しく反映したin vitroのデータから簡便かつ迅速に正確に把握することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】本発明を適用する肝細胞培養膜を有する薬物輸送能評価キットの模式断面図である。
図2】本発明を適用する薬物輸送能評価キットの模式断面図と、それを用いた薬物輸送能評価方法による測定結果を示すグラフである。
図3】生体内に投与され消化管で吸収された薬物が肝臓で抱合されずに又は抱合されたのち腸肝循環し又は全身循環する吸収、分布、代謝、排泄の状態を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
【0035】
本発明の肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キット、及び薬物輸送能評価方法について、図1を参照しながら、詳細に説明する。
【0036】
肝細胞培養膜14は、多孔質プラスチックフィルム13と、その上で膜状に細胞12aが培養された膜状細胞層12とを有するものである。
【0037】
薬物輸送能評価キット1は、膜状細胞層12を内空側にして肝細胞培養膜14が非透過性プラスチック製インサート容器筒11の底に設けられて塞いでいる肝細胞培養膜担持インサート容器10と、その肝細胞培養膜担持インサート容器10が挿入されているウェル21を有している非透過性プラスチック製ウェルプレート20とを、備えている。薬物輸送能評価方法による測定時には、肝細胞培養膜担持インサート容器10に第一被検液15が加えられて収められ、ウェルプレート20のウェル21に第二被検液25が加えられて収められる。そのとき、ウェル21中で、肝細胞培養膜担持インサート容器10の肝細胞培養膜14は、第二被検液25に浸漬される。
【0038】
細胞12aは、例えば、肝癌細胞と、胆管癌細胞と、遊離肝細胞と、動物由来ヒト化新鮮肝細胞と、肝細胞に誘導されるiPS細胞及び/又はES細胞と、オルガノイドと、不死化細胞との少なくとも何れかの細胞が、挙げられる。分化したら肝臓様細胞になる前駆体細胞は肝オルガノイドと呼ばれている。
【0039】
肝癌細胞としては、市販の肝癌細胞株、例えばヒト肝癌由来細胞株HepG2(JCRB細胞バンク(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所)など)、高分化型ヒト肝芽腫由来細胞株HuH-7(JCRBなど)が好ましく用いられるが、ヒト肝癌由来細胞株HepaRG(株式会社ケー・エー・シー)、PLC-PRF-5(コスモ・バイオ株式会社など)、ヒト肝臓腺腫細胞株SK-HEP-1(コスモ・バイオ株式会社など)を用いてもよい。
胆管癌細胞としては、市販の肝癌細胞株、例えば、胆管癌細胞株TFK-1(国立大学法人東北大学加齢医学研究所医用細胞資源センター)、ヒト不死化胆管由来細胞株MMNK-1(JCRB)、不死化ヒト肝内皮細胞株(JCRB)、類洞内皮癌細胞が挙げられる。
遊離肝細胞としては、初代遊離肝細胞(プライマリー肝細胞)、例えばヒト肝細胞株Chang-Liver(コスモ・バイオ株式会社など)が挙げられる。
動物由来ヒト化新鮮肝細胞としては、例えばPXB-cell(PhoenixBio社)、免疫不全動物にヒト細胞が生着した動物由来肝細胞(公益財団法人実験動物中央研究所)が挙げられる。
また、肝細胞に誘導される前駆体培養細胞である場合、人工多能性幹細胞:iPS細胞としては、例えばiCell肝細胞(富士フイルム株式会社)、Cellartis(タカラバイオ株式会社)が挙げられる。
【0040】
これらの肝細胞(実質細胞)は、多孔質プラスチックフィルム13上、好ましくは水平な多孔質プラスチックフィルム13上で、細胞を播種し、培地を用いて培養することにより、細胞が多孔質プラスチックフィルム13上で均一に隙間なく増殖した培養細胞12aの単層膜となって、多孔質プラスチックフィルムを覆う。肝細胞は、内皮細胞に比べ、多孔質プラスチックフィルム上で培養しても、内皮細胞のような配向性(極性)を有する膜を形成し難く、配向性に優れた膜状細胞層12は、知られていなかった。しかし、この膜状細胞層12は、細胞12aが単層に隙間なく並んで増殖した単層膜状のものであり、各細胞が膜状細胞層12中で、多孔質プラスチックフィルム側にて血管側のトランスポーター等を発現し、一方、多孔質プラスチックフィルムと反対側にて胆管側のトランスポーター等を発現していることにより、特定の薬物を血管側又は胆管側に優先的に移送できるようになっている。また、肝臓同様に、特定の薬物やグルコースを選択的に血管側に移送したり、特定の薬物を透過させずに吐き出したりする。これにより、肝臓と同様に、第一相(解毒系)、第二相(抱合系)、第三相(排出系)のように作用する。それにより、膜状細胞層12の下側で血管側となり、膜状細胞層12の上側で胆管側となる配向性を示すようになり、肝臓で吐き出しタンパクであるトランスポーターMRP2の基質であってほぼ100%の割合にて腸肝循環に入るBSP(ブロモスルホフタレイン:胆汁排泄マーカー)のような薬物は、血管側よりも胆管側に多く移送されることから高い配向性を発現していることが示される。培養細胞12aは、多孔質プラスチックフィルム13上で培養すると、とりわけ胆汁酸含有培養液で培養すると、配向性が一層顕著になる。肝細胞培養膜14を用いることによるこのような配向性によって、胆汁中排泄、肝代謝、肝毒性について、検討することが可能である。
【0041】
これらの膜状細胞層12と多孔質プラスチックフィルム13とからなる肝細胞培養膜14は、肝臓からの胆汁排泄と全身移行との何れかに優位に入るか検討すべき測定対象薬物が、被検液中で、膜状細胞層12の血液側Bから胆管側Aへの向きへの輸送速度(PBtoA)と、胆管側Aから血液側Bへの向きへの輸送速度(PAtoB)との比が、測定対象薬物によって変動し得るが、1.3以上、好ましくは1.8以上、より好ましくは2.0以上、より一層好ましくは5.0以上となっている。この比は、下記数式(1)で表される。
【数1】
【0042】
上記の指標のほかに、さらに加えて、インヒビター(阻害物質)例えばトランスポーターのインヒビターを添加した場合の輸送速度の比を求めるとき、血液側Bから胆管側Aへの向きへの輸送速度(PBtoA)と、胆管側Aから血液側Bへの向きへの輸送速度(PAtoB)との比を、さらに阻害物質を添加したときの血液側Bから胆管側Aへの向きへの輸送速度(PBtoA )と、胆管側Aから血液側Bへの向きへの輸送速度(PAtoB )との比で割った時の値が、測定対象薬物によって変動し得るが、1.3以上、好ましくは1.8以上、より好ましくは2.0以上、より一層好ましくは5.0以上となっていてもよい。この比は、下記数式で表される。
【数2】
【0043】
式(1)の値が1以上であって双方の配向性が認められるときに、インヒビターを添加して輸送速度の比(PBtoA )/(PAtoB )を求めた時には、その値が小さくなり配向性が認められなくなったり減少したりするので、移動を配向する方向にトランスポーターが機能していることが分かる。
【0044】
一方、インヒビターを添加して輸送速度の比を求めた方が良い場合は、数式(1)の(PBtoA)/(PAtoB)の値が1未満となったとき、例えば測定対象薬物が血液方向へ向かい易い場合が挙げられる。具体的には、インヒビターを添加して輸送速度を測定すると、数式(2)の値が大きく得られた場合に、一見、血液方向へ向かっているように見えるが、胆汁排泄も機能していることが示される。この場合、測定対象薬物の移動を阻害するインヒビターを用いる必要がある。より具体的には、ブロモスルホフタレイン(BSP)は、HepG2細胞中で、多剤耐性関連タンパク質2(MRP2)という胆管側に発現する排泄トランスポーターで移動するから、それを阻害するMK-571をインヒビターとして用いる。他の例として、MRP2でなくP糖タンパク質(P-gp)の場合には、BSPの代わりにローダミン123(Rho123)を用い、インヒビターとしてベラパミルを用いることとなる。
【0045】
これらの肝細胞を、通常のシャーレ、プラスチック製ウェルプレートで培養したとしても、ランダムに存在することから、配向性を示さないばかりか、次第にコロニーを形成したり三次元的な塊乃至複数層を形成したりしてしまう。
【0046】
従って、この肝細胞培養膜14を調製するには、多孔質プラスチックフィルム13上で肝細胞を培養することが重要である。
【0047】
この肝細胞培養膜14を調製する際、肝細胞を通常の液体培地又は固体培地、好ましくは市販の又は用時調製の液体培地、例えば培養成分として、ダルベッコ改変イーグル培地、調整成分としてFBS(ウシ胎児血清)を含有する液体培地が用いられる。液体培地として、市販のDMEM(富士フィルム和光純薬株式会社製)が挙げられる。
【0048】
このような液体培地は、添加物として、胆汁酸をさらに含有していると、肝細胞培養膜14の配向性が一層向上するので、一層好ましい。胆汁酸は、哺乳類などの胆汁に広範に認められる四環構造のステロイドであり、コラン酸母核に1~3個のヒドロキシ基が結合した基本構造を持つもので、具体的にはコール酸やケノデオキシコール酸のような一次胆汁酸、それが腸内細菌で変換されるデオキシコール酸やリトコール酸のような二次胆汁酸、それらがグリシン又はタウリンとアミド結合した抱合胆汁酸、タウロコール酸、タウロケノデオキシコール酸、グリコデオキシコール酸、タウロウルソデオキシコール酸、及び/又はリトコール酸が挙げられる。胆汁酸は、単一種又は複数種であってもよい。
【0049】
液体培地中、胆汁酸は、例えば好ましくは1μM~300μM、一層好ましくは100μMの濃度で含有されている。
【0050】
肝細胞培養膜14の配向性を向上させるために、液体培地中、胆汁酸に代え、又は胆汁酸と共に、他の添加物、例えばジメチルスルホキシド(DMSO)、活性型ビタミンD、アザシチジン、コルヒチン、リファンピシン、およびデキサメタゾンのように酵素やトランスポーターを発現させる分化促進剤、配向性を誘導する添加剤、例えばビタミンAや塩化コバルトを含有していてもよい。
【0051】
肝細胞培養膜14中の多孔質プラスチックフィルム13の素材としては、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)のような含フッ素樹脂、ポリカーボネート、ポリエチレンやポリプロピレンやポリスチレンのようなポリオレフィン、ポリエチレンテレフタレートのようなポリエステル、ポリウレタン、ポリアミド、ポリイミド、セルロース、及び再生セルロースが挙げられる。多孔質プラスチックフィルム13は、プラスチックフィルムであってもよく不織布であってもよい。
【0052】
多孔質プラスチックフィルム13の多孔は、個々の肝細胞の大きさである約10μmよりも小さくて肝細胞が通過できず、一方、被検液中の測定対象薬物の分子又はその水和物が透過できるようにその分子乃至水和物の分子径よりも大きな孔となっている。具体的には、その多孔の孔径は、例えば0.1~10μm、好ましくは0.3~8μm、より好ましくは市販の空のキットに付された多孔質プラスチックフィルム13の平均孔径0.3μm、0.4μm、1.0μm、3.0μm、5μm又は8.0μmとなっている。多孔質プラスチックフィルム13の厚さは、例えば1~100μm、好ましくは10~30μmである。
【0053】
多孔質プラスチックフィルム13は、細胞接着と増殖を最適化した組織培養処理済みとなっていてもよく、コラーゲン及び/又はフィブロネクチンでコーティングされていてもよい。また、多孔質プラスチックフィルムはパターニング処理されていてもよい。コラーゲンコーティング多孔質プラスチックフィルムは、コラーゲンによって細胞12aの接着性が向上している。
【0054】
薬物輸送能評価キット1を作製するのに用いられる、筒底に多孔質プラスチックフィルム13が貼られたインサート容器筒11と、ウェル21を有するウェルプレート20とは、市販のものが用いられる。多孔質プラスチックフィルム13は、インサート容器筒11の筒底で熱融着又は接着剤接着によって、筒底を塞いでいる。インサート容器筒11の上端周縁は、ウェル21の上端縁よりも広がった鍔となっている。それによって、これらは、インサート容器筒11が、ウェル21に挿入された時にその真ん中にくるように吊り下げ式となっている。インサート容器筒11は、ウェル21側壁面との間で液体培地の毛細管現象を防ぐように、下半分が同径の円筒状で上半分が上ほど僅に広がる筒状及び/又はリブを有した筒状となっている。このような多孔質プラスチックフィルム13が貼られたインサート容器筒11、及びウェルプレート20と、培養時に雑菌が混入しないように塞ぐ蓋30としては、例えばトランズウェル、スナップウェル、ファルコンカルチャーインサート(何れもコーニング社製の商品名)、ad-MEDビトリゲル(関東化学株式会社製の商品名)が挙げられる。
【0055】
薬物輸送能評価キット1中、肝細胞培養膜14中の膜状細胞層12は、長期の保存・維持が困難である。そのため、薬物輸送能評価方法の測定の直前に、用時、肝細胞培養膜14を調製し、薬物輸送能評価キット1を作製することが好ましい。
【0056】
この薬物輸送能評価キット1を用いた薬物輸送能評価方法は、図2(a)を参照して説明すると、以下のようにして行われる。
【0057】
薬物輸送能評価キット1中、肝細胞培養膜担持インサート容器10の内部に、第一被検液15を注ぎ込む。また、肝細胞培養膜担持インサート容器10の外部にあってウェルプレート20のウェル21の内部に第二被検液25を注ぎ込む。
【0058】
第一被検液15と第二被検液25との基本組成液は、緩衝液である。緩衝液として、肝細胞培養膜を損傷しない限り特に限定されないが、pH7.4のリン酸緩衝液、pH7.4のリン酸緩衝生理食塩水、生理的等張緩衝塩溶液(ハンクス平衡塩溶液:HBSS-HEPES(pH7.4))が挙げられる。
【0059】
薬物輸送能評価方法を行う際には、投与した薬物が胆管側での胆汁排泄に入り易いか血管側での全身移行に入り易いかを検討すべき測定対象薬物を、第一被検液15と第二被検液25との何れかに加え、暫時の後、膜状細胞層12と多孔質プラスチックフィルム13とからなる肝細胞培養膜14を介して、測定対象薬物が移動する量を、測定する。測定には、光学的手法、例えば蛍光強度、又は紫外線のような特定の測定波長での透過率又は吸光度で濃度を測定して定量してもよく、或いは高速液体クロマトグラフィー(HPLC)や、液体クロマトグラフタンデム質量分析装置(LC-MS/MS)で測定してもよい。必要に応じて予め異なる標準濃度とそれの透過率や吸光度との検量線を用いて定量してもよい。
【0060】
この薬物輸送能評価キット1を用いた薬物輸送能評価方法に関し、肝細胞培養膜14の調製工程、薬物輸送能評価キット1の作製工程、及びその後の薬物輸送能評価工程の一連の工程の一例について、より具体的に説明すると、以下の通りである。
【0061】
最初の工程は、肝細胞培養膜担持インサート容器を調製する工程である。具体的には、先ず、薬物輸送能評価の際に第一被検液15を収めるための空のインサート容器筒11の底に設けられた多孔質プラスチックフィルム13、例えばトランズウェル(コーニング社製の商品名)のインサート容器筒の底にあって例えばポアサイズ3.0μmでありコラーゲンコートされたポリテトラフルオロエチレン製のメンブレン上で、肝癌細胞例えばHepG2細胞のような肝細胞である細胞12aを、播種する。
【0062】
雑菌が混入しないように蓋30で覆いつつ、播種した細胞12aごと多孔質プラスチックフィルム13上で、インサート容器筒11の筒内部に通常の培養液、例えばDMEMを入れて、培養する。1日後、培養液を交換して、胆汁酸として例えばコール酸、デオキシコール酸、タウロコール酸、ケノデオキシコール酸、タウロケノデオキシコール酸、グリコデオキシコール酸、タウロウルソデオキシコール酸、又はリトコール酸を100μMの濃度で含有させたこと以外は同様な培養液で細胞12aを1~4週間、例えば7日目、14日目、又は21日目まで培養し、適宜例えば4日目、7日目、10日目14日目など適当な時期に同様の胆汁酸含有培養液と交換して細胞12aを培養し続けると、細胞12aは増殖しつつ多孔質プラスチックフィルム13で、膜状細胞層12になり、肝細胞培養膜14が形成される。
【0063】
この膜状細胞層12は、細胞12aが単層に隙間なく並んで増殖した単層膜状のものである。これにより、膜状細胞層12と多孔質プラスチックフィルム13とからなる肝細胞培養膜14が形成される。この膜状細胞層12は、膜状細胞層12の下側即ち多孔質プラスチックフィルム13側で血管側となり、膜状細胞層12の上側即ち多孔質プラスチックフィルム13と反対側で胆管側となる配向性を有している。多孔質プラスチックフィルム13は、肝臓からの胆汁排泄と全身移行との何れかに優位に入るか検討すべき測定対象薬物が溶解した被検液から、その薬物は、多孔質プラスチックフィルム13を表裏何れでも自在に透過するが、膜状細胞層12の配向性のために、血液側Bから胆管側Aへの向きの方が胆管側Aから血液側Bへの向きよりも透過し易いものとなっている。このことにより、配向性を有した肝細胞培養膜を形成した肝細胞培養膜担持インサート容器10が、調製される。
【0064】
もう一つの工程は、ウェルプレート20を準備して調製する工程である。具体的には、肝細胞培養膜担持インサート容器1を挿入するウェル21を有しており、薬物輸送能評価の際に肝細胞培養膜14が浸漬される第二被検液を収めるための空のウェルプレート20を準備する。このようなウェルプレート20は、例えばトランズウェル(コーニング社製の商品名)の1ウェル、6ウェル、12ウェル又は24ウェルのような多ウェルを有する市販のウェルプレートである。
【0065】
これにより、肝細胞培養膜担持インサート容器10とウェルプレート20とからなる薬物輸送能評価キット1が作製される。
【0066】
引き続き、薬物輸送能を評価するため、血液側輸送量測定工程、及び胆管側輸送量測定工程を行ってから、薬物輸送能算出工程を行う。具体的には、薬物輸送能評価方法を行う用時となる培養7日目に、肝細胞培養膜担持インサート容器10のインサート容器筒11の中空に溜まった培養液を取り出す。
【0067】
次いで、血液側輸送量測定工程を次のようにして行う。薬物輸送能の測定対象薬物を、緩衝液に含有させて、第一被検液15を調製する。肝細胞培養膜担持インサート容器10に、薬物輸送能の測定対象薬物を含有させた第一被検液15を、膜状細胞層12が剥がれないようにゆっくりと注ぎ込んで、収める。一方、測定対象薬物を含有しない緩衝液のみからなる第二被検液25を調製する。ウェルプレート20のウェル21に、第二被検液25を注ぎ込んで、収め、肝細胞培養膜14を第二被検液25に浸漬する。その後、胆管側Aから血液側Bへの測定対象薬物の輸送量を測定する。測定には、第一被検液15中の測定対象薬物の濃度と、第二被検液25中の測定対象薬物の濃度とを、測定し、血液側への輸送量を定量する。例えば測定対象薬物が、トランスポーターP-gpの標準的な基質であって蛍光物質であるRho123であると、蛍光量から、濃度を測定する。
【0068】
次いで、胆管側輸送量測定工程を次のようにして行う。同一の肝細胞培養膜担持インサート容器10とウェルプレート20とを用いてインサート容器筒11の中空及びウェル21を緩衝液で洗浄し、又は新たに別な肝細胞培養膜担持インサート容器10とウェルプレート20を準備する。測定対象薬物を含有しない緩衝液のみからなる別な第一被検液15を調製し、肝細胞培養膜担持インサート容器10に、膜状細胞層12が剥がれないようにゆっくりと注ぎ込んで、収める。一方、薬物輸送能の測定対象薬物を、緩衝液に含有させて、別な第二被検液25を調製する。ウェルプレート20のウェル21に、第二被検液25を注ぎ込んで、収め、肝細胞培養膜14を第二被検液25に浸漬する。その後、血液側Bから胆管側Aへの測定対象薬物の輸送量を、同様にして測定する。輸送量の測定は、濃度-面積の検量線を用いた高速液体クロマトグラフィーによる定量であってもよく、LC-MS/MSを用いた定量であってもよく、比色定量例えば蛍光吸収による比色定量であってもよい。放射性同位体による測定であってもよい。測定感度は、測定方法に依る。
【0069】
最後に、薬物輸送能算出工程を、次のようにして行う。胆管側Aから血液側Bへの測定対象薬物の輸送量と、血液側Bから胆管側Aへの測定対象薬物の輸送量の比を算出する。具体的には、複数例(例えばn=3)で、胆管側Aから血液側Bへの測定対象薬物の輸送量と、血液側Bから胆管側Aへの測定対象薬物の輸送量とを、所定時間毎例えば15分毎に測定し、横軸を時間、縦軸を胆管側Aから血液側Bへの輸送量とする一次近似式から、傾きAtoBを求めて細胞の単位面積当たりの輸送速度(cm/sec)を算出し、一方、同様にして横軸を時間、縦軸を血液側Bから胆管側Aへの輸送量とする一次近似式から傾きBtoAを求めて細胞の単位面積当たりの輸送速度(cm/sec)を算出する。それらの傾きの比即ち(傾きBtoA)/(傾きAtoB)を算出して、測定対象薬の薬物輸送能を求める。
【実施例
【0070】
以下、本発明の肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キットを調製し、それを用いて薬物輸送能評価方法を行った実施例について、以下に詳細に述べる。
【0071】
(実施例1)
図2に示すようにして、HepG2細胞(JCRB)を用いた例について、肝細胞培養膜14、薬物輸送能評価キット1、薬物輸送能評価方法の具体的な実施例を以下に示す。
[材料]
試薬として、DMEM(high glucose)(富士フィルム和光純薬株式会社製)、FBS(biosera社製)、デオキシコール酸(富士フィルム和光純薬株式会社製)、BSP(MP Biochemicals社製)を用いた。
[細胞培養]
HepG2は、DMEMに10%のFBSを添加した培地で培養した。12ウェルインサートにおよそ2×10個/cmで播種をし、播種後1日と4日目に胆管側のみ胆汁酸100μMを添加した培地に交換、血管側は培地を交換した。培養7日目に以下の実験に使用した。
[輸送実験]
トランスポートバッファーはHBSS-HEPES(pH7.4)を使用した。
基質薬物は、24μMBSPとした。
培養したプレートを膜上細胞層形成の確認のため、Millicell ERM2(Merck Millipore社製)を用いて膜抵抗値を測定した。
ウェルインサートを0.9%NaClで洗浄した。
トランスポーターの基質薬物(BSP)を輸送物質とし、A側からB側の輸送の場合は基質薬物を第一被検液とし、トランスポートバッファーを第二被検液とした。B側からA側の輸送の場合はトランスポートバッファーを第一被検液とし、基質薬物を第二被検液とした。作業は37℃水浴上で行った。
バッファー量は12wellインサートの場合は第一被検液0.5mL、第二被検液1.5mLとした。
輸送薬物を添加した反対側から、15、30、45、60分後、液量の10%を採取した。その都度採取した等量のバッファーを添加した。
採取したサンプルについて、HPLC(株式会社島津製作所製、商品名:DIODE ARRAY DETECTOR SPD-M20Aを検出器とするシステム一式)を用いて濃度を測定した。
[計算法]
得られた濃度より、それぞれの輸送方向(A to B,B to A)の輸送速度(P(cm/sec))を算出し、Efflux ratio(B to AのP/A to BのP)を算出した。計算法は以下の通りである。
【数3】
(数式(3)中、Q:物質量(mol)、t:時間(sec)、A:肝細胞培養膜面積(cm)、C:添加濃度(μM)である)
【数4】
その結果を表1に示す。
【0072】
(実施例2)
HuH-7細胞(JCRB)を用いた例について、実施例1に準じて行った実施例について、以下に詳細に示す。
[材料]
試薬として、DMEM(low glucose)(SIGMA社製)、Rho123(SIGMA社製)、ベラパミル(富士フィルム和光純薬株式会社製)、その他の材料は、実施例1に準じた。
[細胞培養]
HuH-7は、DMEM(low glucose)に10%のFBSを添加した培地で培養した。
24ウェルインサートにおよそ2×10個/cmで播種をし、播種後1日と4日目に培地交換を行った。培養7日目に以下の実験に使用した。
[輸送実験]
基質薬物は10μMRho123とし、阻害物質は100μMベラパミルとした。
培養したプレートを膜上細胞層形成の確認のため、Millicell ERM2(Merck Millipore社製)を用いて膜抵抗値を測定した。
ウェルインサートを0.9%NaClで洗浄した。
阻害剤無添加の場合にはトランスポートバッファーを第一被検液、第二被検液として、37℃水浴上で10分間インキュベートした。
その後、トランスポーターの基質薬物(Rho123)を輸送物質とし、A側からB側の輸送の場合は基質薬物を第一被検液とし、トランスポートバッファーを第二被検液とした。B側からA側の輸送の場合はトランスポートバッファーを第一被検液とし、基質薬物を第二被検液とした。
阻害剤を添加する場合は、阻害物質を含む溶液を第一被検液、第二被検液として、37℃水浴上で10分間インキュベートした。
その後、A側からB側の輸送の場合は基質薬物と阻害物質を含む溶液を第一被検液とし、阻害物質を含むトランスポートバッファーを第二被検液とした。B側からA側の輸送の場合は阻害物質を含むトランスポートバッファーを第一被検液とし、基質薬物と阻害物質を含む溶液を第二被検液とした。
すべての作業は37℃水浴上で行った。
採取したサンプルについて蛍光プレートリーダー(Perkin Elmer社製、製品名:ARVO MX)励起波長485nm/蛍光波長535nmで測定した。
その他の条件は実施例1に準じた。
[計算法]
得られた濃度より、それぞれの輸送方向(A to B、B to A)の輸送速度(P(cm/sec))を算出し、Efflux ratio(B to AのP/A to BのP)を算出した。さらに基質薬物のみのときのEfflux ratio(ER)を阻害物質存在下でのEfflux ratio(ER)で割った値を算出した。計算法は、以下の通りである。
【数5】
(数式(3)中、n:インヒビター無添加、i:インヒビター添加を示す)
その結果を表1に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
表1から明らかな通り、実施例1及び2の肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キット、それを用いた薬物輸送能評価方法によれば、肝臓からの胆汁排泄と全身移行との何れかに優位に入るかについて、in vitroの実験系で、in vivo特にヒトでの動態に対応したモデルとして、適切かつ簡便で迅速に調べることができることが、確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の肝細胞培養膜、それを備えた薬物輸送能評価キット、それを用いた薬物輸送能評価方法は、薬物の体内動態を検討するのに用いられる。
【符号の説明】
【0076】
1は薬物輸送能評価キット、10は肝細胞培養膜担持インサート容器、11はインサート容器筒、12は膜状細胞層、12aは細胞、13は多孔質プラスチックフィルム、14は肝細胞培養膜、15は第一被検液、20はウェルプレート、21はウェル、25は第二被検液、30は蓋、Aは胆管側、Bは血管側である。
図1
図2
図3