(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-05
(45)【発行日】2022-09-13
(54)【発明の名称】眼鏡レンズ
(51)【国際特許分類】
G02C 7/10 20060101AFI20220906BHJP
【FI】
G02C7/10
(21)【出願番号】P 2020549425
(86)(22)【出願日】2019-09-27
(86)【国際出願番号】 JP2019038102
(87)【国際公開番号】W WO2020067408
(87)【国際公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-01-27
(31)【優先権主張番号】P 2018184883
(32)【優先日】2018-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】宮本 聡
【審査官】中村 和正
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/090128(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/088763(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/171075(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/171434(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/084177(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/069250(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ基材の両面に多層膜を備える眼鏡レンズであって、
前記眼鏡レンズの各面における400~440nmの波長帯域での平均反射率の和は20.0%以上であり、
前記眼鏡レンズの各面の反射率は
400~440nmの波長帯域に少なくとも一つの極大値を有し、
400~440nmの波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率と、もう一面における平均反射率とで差があ
り、
前記眼鏡レンズの各面における360~400nmの波長帯域での平均反射率の和は6.0%以下である、眼鏡レンズ。
【請求項2】
前記波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率に対する、もう一面における平均反射率の割合は、0を超え且つ0.9以下である、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
前記波長帯域において、前記眼鏡レンズの物体側の面における平均反射率は、眼球側の面における平均反射率よりも小さい、請求項1または2に記載の眼鏡レンズ。
【請求項4】
前記眼鏡レンズの各面における500~570nmの波長帯域での平均反射率の和は1.0%以下である、請求項1~3のいずれかに記載の眼鏡レンズ。
【請求項5】
前記眼鏡レンズの各面における視感反射率の和は2.0%以下である、請求項1~4のいずれかに記載の眼鏡レンズ。
【請求項6】
前記眼鏡レンズの各面の反射率における前記極大値の和は60.0%以下である、請求項5に記載の眼鏡レンズ。
【請求項7】
前記眼鏡レンズの各面における各多層膜は、高屈折率層および低屈折率層をそれぞれ1層以上含み、且つ、層総数が10層以下である、請求項1~6のいずれかに記載の眼鏡レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズの装用者の眼に対し、可視光線の青色領域の光が入り込むのを抑制する眼鏡レンズが特許文献1に記載されている。特許文献1だと遮断すべき該青色領域の波長は380~500nmと記載されている。厳密には、紫色の波長が380~450nmであり、青色の波長が450~500nmである。
【0003】
特許文献1に記載の眼鏡レンズは、プラスチック基材と、前記プラスチック基材の凸面及び凹面からなる両面の少なくとも凸面上に配設された多層膜とを備えた光学部品であって、前記多層膜は、400~500nmの波長範囲における平均反射率が2~10%である(特許文献1の[0008])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の眼鏡レンズだと、前記青色領域に対する反射率を高くすることにより前記青色領域の光を遮断している。そのため、前記眼鏡レンズはブルーカットレンズとも言われる。その一方、本発明者の調べにより、従来のブルーカットレンズだと、ブルーカットという名前を冠しているにもかかわらず、レンズ内で多重反射した前記青色領域の反射光が装用者の眼に入り込むおそれがあることが明らかとなった。
【0006】
本発明の一実施例は、反射光を含めたうえでのブルーカットレンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は前記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、眼鏡レンズの各面の多層膜を共にブルーカット機能(反射率)を備えたものとし、且つ、前記ブルーカット機能が波長と反射率との関係で同傾向のものを眼鏡レンズの各面にて使用しつつ、一方の面の前記ブルーカット機能の高さと、もう一方の面の前記ブルーカット機能の高さとの間に差を設けることで、上記課題を解決できるということを知見した。
【0008】
本発明は、前記知見を基に案出されたものである。
本発明の第1の態様は、
レンズ基材の両面に多層膜を備える眼鏡レンズであって、
前記眼鏡レンズの各面における400~440nmの波長帯域での平均反射率の和は20.0%以上であり、
前記眼鏡レンズの各面の反射率は前記波長帯域に少なくとも一つの極大値を有し、
前記波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率と、もう一面における平均反射率とで差がある、眼鏡レンズである。
【0009】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の態様であって、
前記波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率に対する、もう一面における平均反射率の割合は、0を超え且つ0.9以下である。
【0010】
本発明の第3の態様は、第1または第2の態様に記載の態様であって、
前記波長帯域において、前記眼鏡レンズの物体側の面における平均反射率は、眼球側の面における平均反射率よりも小さい。
【0011】
本発明の第4の態様は、第1~第3のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における500~570nmの波長帯域での平均反射率の和は1.0%以下である。
【0012】
本発明の第5の態様は、第1~第4のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における視感反射率の和は2.0%以下である。
【0013】
本発明の第6の態様は、第5の態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面の反射率における最大の前記極大値の和は60.0%以下である。
【0014】
本発明の第7の態様は、第1~第6のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における各多層膜は、高屈折率層および低屈折率層をそれぞれ1層以上含み、且つ、層総数が10層以下である。
【0015】
また、上記の態様に組み合わせ可能な他の態様を列挙すると以下のとおりである。
【0016】
本発明の第8の態様は、第1~第7のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における500~570nmの波長帯域での平均反射率の和は好適には1.0%未満、更に好適には0.5%以下である。
【0017】
本発明の第9の態様は、第1~第8のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における視感反射率の和は好適には2.0%未満、更に好適には1.8%以下である。
【0018】
本発明の第10の態様は、第1~第9のいずれかの態様に記載の態様であって、
波長(横軸)と反射率(縦軸)との関係のプロットの所定の点aの前後10点(つまり点a含め合計21点)での反射率の移動平均をとり、その移動平均値を点aでの新たな反射率としてプロットの平滑化を行う場合、前記眼鏡レンズの各面の反射率は400~440nmの波長帯域に少なくとも一つの極大値を有するのが好ましい。
【0019】
本発明の第11の態様は、第1~第10のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記400~440nmの波長帯域の極大値(極大値が複数の場合は最大の極大値)は、好ましくは、前記400~440nmの波長帯域における最大値でもある。
【0020】
本発明の第12の態様は、第1~第11のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における各多層膜は、高屈折率層および低屈折率層をそれぞれ1層以上含み、且つ、層総数が好ましくは9層以下であり、更に好ましくは8層以下である。
【0021】
本発明の第13の態様は、第1~第12のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における400~440nmの波長帯域での平均反射率の和は20.0%以上、好適には20.0%を超え、更に好適には25%以上である。
【0022】
本発明の第14の態様は、第1~第13のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における360~400nmの波長帯域での平均反射率の和は6.0%以下、好適には6.0%未満、更に好適には5.0%以下である。
【0023】
本発明の第15の態様は、第1~第14のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズの各面における480~680nmの波長帯域での平均反射率の和は2.0%以下、好適には2.0%未満、更に好適には1.5%以下である。
【0024】
本発明の第16の態様は、第1~第15のいずれかの態様に記載の態様であって、
400~440nmの波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率に対する、もう一面における平均反射率の割合は、0.3(または0.4)~0.9である。
【0025】
本発明の第17の態様は、第1~第16のいずれかの態様に記載の態様であって、
400~440nmの波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率に対する、もう一面における平均反射率の割合は、0を超え且つ0.3未満(または0.4未満)である。
【0026】
本発明の第18の態様は、第1~第17のいずれかの態様に記載の態様であって、
400~440nmの波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率に対する、もう一面における平均反射率の割合は、0.9を超え且つ1.0未満である。
【発明の効果】
【0027】
本発明の一実施例によれば、反射光を含めたうえでのブルーカットレンズを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】
図1は、実施例1の眼鏡レンズの物体側の面および眼球側の面における測定により得られた分光反射スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明および本明細書における平均反射率とは、測定対象表面の光学中心において、測定対象の波長域において任意の波長毎に(任意のピッチで)測定された直入射反射率の算術平均値をいう。測定にあたり、測定波長間隔(ピッチ)は、例えば1~5nmの範囲で、任意に設定可能である。また、本発明および本明細書における反射率等の反射分光特性は、直入射反射分光特性を指すものとする。「視感反射率」は、JIS T 7334:2011に従い測定される。
【0030】
また、本発明および本明細書において、「眼球側の面」とは、眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に眼球側に配置される面をいい、「物体側の面」とは、物体側に配置される面をいう。
【0031】
本明細書において「~」は所定の値以上且つ所定の値以下を指す。
【0032】
以下、本発明の実施形態について述べる。
[本発明の一態様に係る眼鏡レンズ]
本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、
レンズ基材の両面に多層膜を備える眼鏡レンズであって、
前記眼鏡レンズの各面における400~440nmの波長帯域での平均反射率の和は20.0%以上であり、
前記眼鏡レンズの各面の反射率は前記波長帯域に少なくとも一つの極大値を有し、
前記波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率と、もう一面における平均反射率とで差がある、眼鏡レンズである。
【0033】
前記眼鏡レンズの各面の反射率は400~440nmの波長帯域に少なくとも一つの極大値を有する。この極大値は、好ましくは、400~440nmの波長帯域における最大値でもある。前記極大値に係る規定は、両面の多層膜に対し、波長と反射率との関係で同傾向の(例えば横軸を波長(nm)、縦軸を反射率(%)としたときの両プロットがマクロ的には上に凸を描く)ブルーカット機能を備えさせることを表す。この規定を満たすことにより、両面の多層膜にて400~440nmの波長帯域の光を効果的に反射させるため、前記青色領域の光に対する遮断効果が確保される。また、後述の実施例が示すように、可視光線の透過も良好に確保できる。
【0034】
ちなみに、前記両プロットがマクロ的には上に凸を描くことを規定すべく、前記両プロットにおける400~440nmの波長帯域でのプロットを平滑化したものにおいては少なくとも一つ(例えば一つ)の極大値を有する、という規定を設けてもよい。この平滑化は、例えば、プロットの所定の点aの前後10点(つまり点a含め合計21点)での反射率の移動平均をとり、その移動平均値を点aでの新たな反射率とすることにより行ってもよい。これにより、プロットにおける細かい振動により極大値が複数存在する場合を除外し、前記両プロットがマクロ的には上に凸を描くことを規定できる。
【0035】
前記極大値に係る規定に加え、前記波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面における平均反射率と、もう一面における平均反射率とで差を設ける。これにより、前記青色領域の反射光をレンズ内で多重反射させずに済む、または多重反射したとしても装用者が多重反射光を認識しにくくなる。
【0036】
このような本発明の一態様ならば、反射光を含めたうえでのブルーカットレンズを提供できる。
【0037】
[本発明の一態様に係る眼鏡レンズの好適例]
以下、本発明の一態様の好適例について説明し、本発明の一態様に係る眼鏡レンズの構成の詳細について説明する。
【0038】
前記眼鏡レンズの各面における500~570nmの波長帯域での平均反射率の和は1.0%以下(好適には1.0%未満、更に好適には0.5%以下)であるのが好ましい。500~570nmの波長帯域の光は緑色光である。前記規定により、視感反射率に大きく寄与する緑色光の反射を抑制できる。
【0039】
前記眼鏡レンズの各面における視感反射率の和は2.0%以下(好適には2.0%未満、更に好適には1.8%以下)であるのが好ましい。前記規定により、眼鏡レンズにおける反射光によるぎらつきの発生を抑制できる。
【0040】
前記眼鏡レンズの各面の反射率における、400~440nmの波長帯域での前記極大値(極大値が複数の場合は最大の極大値)の和は60.0%以下であるのが好ましい。この規定により、課題の欄にて説明したように、前記青色領域に対する反射率を高くすることによる、前記青色領域以外の可視光線に対する反射率も付随して高くなる傾向を抑制することができる。その結果、可視光線の透過を良好に確保できる。
【0041】
前記青色領域の反射光をレンズ内で多重反射させずに済む、または多重反射したとしても装用者が多重反射光を認識しにくくなるという利点を更に効果的に享受するには、以下の構成を採用するのが好ましい。すなわち、400~440nmの波長帯域において、前記眼鏡レンズの一面(平均反射率が高い方、後述の実施例1だと眼球側の面)における平均反射率に対する、もう一面(平均反射率が等しいまたは低い方、後述の実施例1だと物体側の面)における平均反射率の割合は、0.3(好適には0.4)~0.9であるのが好ましい。先に述べたように、前記青色領域の光のうち、紫色領域の光は特に遮断すべきである。だからこそ、紫色領域では各面の平均反射率の和を20.0%以上としている。そこで、各面での紫色領域での平均反射率の割合を0.3~0.9に収めることで、一つの面が特に反射率が高すぎることにより可視光線の透過に影響を与えることを事前に抑制できる。
【0042】
ちなみに、400~440nmの波長帯域での前記平均反射率の割合を0を超え且つ0.3未満(または0.4未満)とすることにより、前記青色領域の多重反射光をより確実に無くすことができる。この範囲とすることにより、前記青色領域の光に対する遮断効果は眼鏡レンズの一面では小さくなる。ただ、言い方を変えると、前記遮断効果以外の機能または特性を、該一面の多層膜に備えさせることが可能となる。例えば、該一面の多層膜に対し、視感反射率が更に減少する特性を備えさせてもよい。
【0043】
逆に、平均反射率の割合を0.9を超え且つ1.0未満とすることにより、両面における反射光の色と反射強度とが同じように見えるため、外観での統一感が増し、外観が良好となる。
【0044】
つまり、前記平均反射率の割合は、前記列挙した各利点のどれを採用するかによって選択すればよい。言い方を変えると、本発明の一態様だと、前記列挙した各利点のどれを採用するかという自由度がある。
【0045】
なお、後述の実施例1だと、400~440nmの波長帯域において、物体側の面の平均反射率を、眼球側の面の平均反射率よりも小さくしている。この波長帯域において物体側の面の平均反射率を抑制することにより、眼鏡レンズの装用者の正面に相対する第三者から前記眼鏡レンズを見た時のギラつき感が抑制される。つまり、他者からの見栄え(すなわち外観)が良くなるという利点がある。逆に、400~440nmの波長帯域において、眼球側の面の平均反射率を、物体側の面の平均反射率よりも小さくする場合、裏面である眼球側の面におけるUV低反射を実現できる。
【0046】
前記眼鏡レンズの各面における各多層膜は、高屈折率層および低屈折率層をそれぞれ1層以上含み、且つ、層総数が10層以下(好適には9層以下、更に好適には8層以下)であるのが好ましい。
【0047】
更に、以下の構成を採用してもよい。
【0048】
特許文献1で言うところの青色領域の光のうち、特に遮断すべき紫色領域(400~440nm)では各面の平均反射率の和を20.0%以上(好適には20.0%を超え、更に好適には25%以上)としてもよい。つまり、前記紫色領域にて局所的に反射率を増大させてもよい。
【0049】
紫外領域ないし紫色領域の低波長側(360~400nm)では各面の平均反射率の和を6.0%以下(好適には6.0%未満、更に好適には5.0%以下)としてもよい。つまり、紫色領域(400~440nm)の場合とは逆に、局所的に反射率を減少させるてもよい。
【0050】
更に、青色の波長領域のうちの高波長側ないし赤色領域(480~680nm)では各面の平均反射率の和を2.0%以下(好適には2.0%未満、更に好適には1.5%以下)としてもよい。可視光線の透過を狙うべく、可視光の主な波長帯域では特に局所的に反射率を減少させてもよい。
【0051】
以下、前記内容以外の具体的内容について述べる。
【0052】
[本発明の一態様に係る眼鏡レンズの構成の詳細]
上記眼鏡レンズにおいて、レンズ基材の眼球側の面および物体側の面にそれぞれ設けられた多層膜は、眼鏡レンズに上記の反射分光特性を付与することができる。上記多層膜は、レンズ基材の表面上に、直接または一層以上の他の層を介して間接的に設けられる。レンズ基材は、特に限定されないが、ガラス、または、(メタ)アクリル樹脂をはじめとするスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR-39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を挙げることができる。また、無機ガラスも使用可能である。なおレンズ基材としては、染色されていないもの(無色レンズ)を用いてもよく、染色されているもの(染色レンズ)を用いてもよい。レンズ基材の屈折率は、例えば、1.60~1.75程度である。ただしレンズ基材の屈折率は、これに限定されるものではなく、上記の範囲内でも、上記の範囲から上下に離れていてもよい。
【0053】
上記眼鏡レンズは、単焦点レンズ、多焦点レンズ、累進屈折力レンズ等の各種レンズであることができる。レンズの種類は、レンズ基材の両面の面形状により決定される。また、レンズ基材表面は、凸面、凹面、平面のいずれであってもよい。通常のレンズ基材および眼鏡レンズでは、物体側の面は凸面、眼球側の面は凹面である。ただし、本発明は、これに限定されるものではない。
【0054】
上記の反射分光特性を付与するための多層膜は、レンズ基材表面に直接設けてもよく、一層以上の他の層を介して間接的に設けてもよい。レンズ基材と上記多層膜との間に形成され得る層としては、例えば、ハードコート層(以下、「ハードコート」とも記載する。)を挙げることができる。ハードコート層を設けることにより、眼鏡レンズに防傷性(耐擦傷性)を付与することができ、また眼鏡レンズの耐久性(強度)を高めることもできる。ハードコート層の詳細については、例えば特開2012-128135号公報段落0025~0028、0030を参照できる。また、レンズ基材と上記被膜との間には、密着性向上のためのプライマー層を形成してもよい。プライマー層の詳細については、例えば特開2012-128135号公報段落0029~0030を参照できる。
【0055】
レンズ基材の眼球側の面上、物体側の面上にそれぞれ設ける多層膜は、これら多層膜を有する眼鏡レンズ表面に先に記載した反射分光特性を付与できるものであれば特に限定されるものではない。そのような多層膜は、好ましくは、高屈折率層と低屈折率層を順次積層することにより形成することができる。より詳しくは、高屈折率層および低屈折率層を形成するための膜材料の屈折率と、反射すべき光や反射を低減すべき光の波長に基づき、公知の手法による光学的シミュレーションにより各層の膜厚を決定し、決定した膜厚となるように定めた成膜条件下で高屈折率層と低屈折率層を順次積層することにより、上記多層膜を形成することができる。成膜材料としては、無機材料であっても有機材料であっても有機無機複合材料であってもよく、成膜や入手容易性の観点からは、無機材料が好ましい。成膜材料の種類、膜厚、積層順等を調整することにより、青色光、紫外線、緑色光、赤色光のそれぞれに対する反射分光特性を制御することができる。
【0056】
高屈折率層を形成するための高屈折率材料としては、ジルコニウム酸化物(例えばZrO2)、タンタル酸化物(Ta2O5)、チタン酸化物(例えばTiO2)、アルミニウム酸化物(Al2O3)、イットリウム酸化物(例えばY2O3)、ハフニウム酸化物(例えばHfO2)、およびニオブ酸化物(例えばNb2O5)からなる群から選ばれる酸化物の一種または二種以上の混合物を挙げることができる。一方、低屈折率層を形成するための低屈折率材料としてはケイ素酸化物(例えばSiO2)、フッ化マグネシウム(例えばMgF2)およびフッ化バリウム(例えばBaF2)からなる群から選ばれる酸化物またはフッ化物の一種または二種以上の混合物を挙げることができる。なお上記の例示では、便宜上、酸化物およびフッ化物を化学量論組成で表示したが、化学量論組成から酸素またはフッ素が欠損もしくは過多の状態にあるものも、高屈折率材料または低屈折率材料として使用可能である。
【0057】
多層膜に含まれる各層の膜厚は、上述の通り、光学的シミュレーションにより決定することができる。多層膜の層構成としては、例えば、レンズ基材側からレンズ最表面側に向かって、
第一層(低屈折率層)/第二層(高屈折率層)/第三層(低屈折率層)/第四層(高屈折率層)/第五層(低屈折率層)/第六層(高屈折率層)/第七層(低屈折率層)の順に積層された構成;
第一層(高屈折率層)/第二層(低屈折率層)/第三層(高屈折率層)/第四層(低屈折率層)/第五層(高屈折率層)/第六層(低屈折率層)の順に積層された構成、
等を挙げることができる。好ましい低屈折率層と高屈折率層の組み合わせの一例としては、ケイ素酸化物を主成分とする被膜とジルコニウム酸化物を主成分とする被膜との組み合わせ、ケイ素酸化物を主成分とする被膜とニオブ酸化物を主成分とする被膜との組み合わせを挙げることができ、これら二層の被膜が隣接する積層構造を少なくとも1つ含む多層膜を、多層膜の好ましい一例として例示することができる。
【0058】
好ましくは、上記の各層は、前述の高屈折率材料または低屈折率材料を主成分とする被膜である。ここで主成分とは、被膜において最も多くを占める成分であって、通常は全体の50質量%程度~100質量%、更には90質量%程度~100質量%を占める成分である。上記材料を主成分とする成膜材料(例えば蒸着源)を用いて成膜を行うことにより、そのような被膜を形成することができる。なお成膜材料に関する主成分も、上記と同様である。被膜および成膜材料には、不可避的に混入する微量の不純物が含まれる場合があり、また、主成分の果たす機能を損なわない範囲で他の成分、例えば他の無機物質や成膜を補助する役割を果たす公知の添加成分が含まれていてもよい。成膜は、公知の成膜方法により行うことができ、成膜の容易性の観点からは、蒸着により行うことが好ましい。本発明における蒸着には、乾式法、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等が含まれる。真空蒸着法では、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いてもよい。
【0059】
上記の多層膜は、以上説明した高屈折率層および低屈折率層に加えて、導電性酸化物を主成分とする被膜、好ましくは導電性酸化物を主成分とする蒸着源を用いる蒸着により形成される一層以上の導電性酸化物層を、多層膜の任意の位置に含むこともできる。導電性酸化物としては、眼鏡レンズの透明性の観点から、インジウム酸化物、スズ酸化物、亜鉛酸化物、チタン酸化物、およびこれらの複合酸化物等の、一般に透明導電性酸化物として知られる各種導電性酸化物を用いることが好ましい。透明性および導電性の観点から特に好ましい導電性酸化物としては、スズ酸化物、インジウム-スズ酸化物(ITO)を挙げることができる。導電性酸化物層を含むことにより、眼鏡レンズが帯電し塵や埃が付着することを防ぐことができる。
【0060】
更に、多層膜上に、更なる機能性膜を形成することも可能である。そのような機能性膜としては、撥水性または親水性の防汚膜、防曇膜、偏光膜、調光膜等の各種機能性膜を挙げることができる。これら機能性膜については、いずれも公知技術を何ら制限なく適用することができる。
【0061】
[本発明の一態様に係る眼鏡]
本発明の更なる態様は、上記の本発明の一態様に係る眼鏡レンズと、この眼鏡レンズを取り付けたフレームとを有する眼鏡を提供することもできる。眼鏡レンズについては、先に詳述した通りである。その他の眼鏡の構成については、特に制限はなく、公知技術を適用することができる。
【0062】
[本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法]
本発明の更なる態様は、上記の本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法を提供することもできる。
【実施例】
【0063】
以下、本発明を実施例により更に説明するが、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。以下において、屈折率とは、波長500nmにおける屈折率である。
【0064】
[実施例1]
両面が光学的に仕上げられ予めハードコートが施された、物体側の面が凸面、眼球側の面が凹面であるプラスチックレンズ基材(HOYA株式会社製商品名HL、屈折率1.50、無色レンズ)の凸面側(物体側)のハードコート表面に、アシストガスとして酸素ガス(O2)および窒素ガス(N2)を用いて、イオンアシスト蒸着により合計7層の多層蒸着膜を順次形成した。
【0065】
凹面側(眼球側)のハードコート表面にも同様の条件でイオンアシスト蒸着により合計7層の多層蒸着膜を積層して眼鏡レンズを得た。
【0066】
本実施例では、凸面側、凹面側とも、多層蒸着膜は、レンズ基材側(ハードコート側)から眼鏡レンズ表面に向かって、表1に示す蒸着源を用いて第1層、第2層…の順に積層し、眼鏡レンズ表面側最外層が第7層となるように形成した。本実施例では、不可避的に混入する可能性のある不純物を除けば下記酸化物からなる蒸着源を使用した。本実施例において、下記層の1層以上の膜厚を変えることにより、反射分光特性を制御した。
【0067】
以下の表1には、蒸着源の他に、物体側の面および眼球側の面の多層膜の膜厚、蒸着条件(イオン銃条件である電流(mA)および電圧(V)ならびにアシストガス導入量であるO
2(cc)およびN
2(cc))を記載する。
【表1】
【0068】
本実施例の眼鏡レンズの物体側の面(凸面側)、眼球側の面(凹面側)の光学中心において、フィルメトリクス社製分光光度計F10-ARを用いて、280~780nmの波長域における分光反射スペクトルを測定した(測定ピッチ:1nm)。非測定面からの反射を抑えるため、JIS T 7334の5.2節の通り、非測定面は光沢のない黒色で塗装した。
【0069】
図1は、実施例1の眼鏡レンズの物体側の面および眼球側の面における測定により得られた分光反射スペクトルを示す図である。
【0070】
以下の表2は、波長帯域ごとの、物体側の面および眼球側の面における平均反射率、および各面の平均反射率の合計をまとめた表である。
【0071】
【0072】
本実施例では表2に示すように本発明の一態様の眼鏡レンズにおける平均反射率の各条件を満たしている。そして、本実施例の眼鏡レンズを装用した結果、装用者は前記青色領域の多重反射光を認識することはなかった。
【0073】
多重反射光に係る効果に加え、以下の利点も享受できる。すなわち
図1に示すように、特許文献1で言うところの青色領域の光のうち特に遮断すべき紫色領域(400~440nm)の光に対する遮断効果が確保されている。更には、可視光線の透過も十分確保できている。さらにこの時の光学多層膜における視感反射率の両面の和は1.11%であり、両面において反射が十分に抑えられ、眼鏡レンズとして良好な装用感が実現されていることがわかる。
【0074】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0075】
本発明は、眼鏡レンズおよび眼鏡の製造分野において有用である。