(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-06
(45)【発行日】2022-09-14
(54)【発明の名称】非ヒト哺乳類の脳梗塞モデルによる観察方法及び非ヒト哺乳類の脳梗塞モデルによる観察装置
(51)【国際特許分類】
A61B 10/00 20060101AFI20220907BHJP
A61B 5/0285 20060101ALI20220907BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220907BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220907BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20220907BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220907BHJP
A61K 31/417 20060101ALI20220907BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20220907BHJP
【FI】
A61B10/00 E
A61B5/0285 H
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
A61P9/10
A61K45/00
A61K31/417
A01K67/027
(21)【出願番号】P 2019537621
(86)(22)【出願日】2018-08-20
(86)【国際出願番号】 JP2018030683
(87)【国際公開番号】W WO2019039438
(87)【国際公開日】2019-02-28
【審査請求日】2021-03-19
(31)【優先権主張番号】P 2017158656
(32)【優先日】2017-08-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】100108280
【氏名又は名称】小林 洋平
(72)【発明者】
【氏名】矢田 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】冨本 秀和
(72)【発明者】
【氏名】溝口 明
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 昌樹
【審査官】門田 宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-359675(JP,A)
【文献】特開2012-168492(JP,A)
【文献】特開2008-262031(JP,A)
【文献】特表2004-517874(JP,A)
【文献】特表2008-534601(JP,A)
【文献】国際公開第2017/048191(WO,A1)
【文献】国際公開第2004/052181(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 10/00
A61B 5/0285
G01N 33/50
G01N 33/15
A61P 9/10
A61K 45/00
A61K 31/417
A01K 67/027
(57)【特許請求の範囲】
【請求項16】
請求項
7~10、14のいずれか一つに記載の脳梗塞病態非ヒト哺乳類観察装置によって撮影されたボリュームデータの網羅的解析方法であって下記ステップを備えた解析方法、(1)質的に異なる二種類の前記ボリュームデータを得るデータ取得ステップ、(2)前記データ取得ステップで得られた二種類のボリュームデータから画像を再構成する画像構成ステップ、(3)前記画像構成ステップで得られた画像について、前記質的に異なる二種類の画像が互いに異なる色となるように彩色処理を施す彩色ステップ、(4)前記彩色ステップで得られた二種類の画像を位置合わせ処理を行って重ね合わせる合成ステップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非ヒト哺乳類の脳梗塞モデルによる観察方法及び非ヒト哺乳類の脳梗塞モデルによる観察装置に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞とは、主として、脳に栄養を与える血管の閉塞または狭窄のために脳虚血を起こし、脳組織が酸素および栄養不足のために壊死になる病態を意味する。日本では、脳梗塞の患者数は約150万人であり、毎年約50万人が発症すると言われている。脳梗塞は、日本人の死亡原因の中でも5位以内に位置する。脳梗塞に罹ると、急性期の死亡を免れても、後遺症を残して長期間の介護が必要となることが多い。脳梗塞は、寝たきりの原因の約3割を占め、介護・福祉の面でも大きな課題を伴う疾患となっている。
【0003】
全世界規模で、精力的に脳梗塞治療に関する研究が行われている。しかし、現在に至っても、決定的な治療方法は確立されていない。従来の治療法を発展させるだけでは、治療法としての限界が疑われるので、新たなコンセプトに基づいた治療法が切望されている。新たな治療法を確立する為には、従来の方法とは異なった方法での脳梗塞病態解明が必要である。その一つの方法として、脳梗塞病変を網羅的に観察する方法が挙げられる。しかし、現在のところ、脳梗塞病変を網羅的に観察する方法は確立されていない。
そこで、網羅的観察を行える脳梗塞モデルと観察方法の新たな開発が必要である。網羅的観察を行える脳梗塞モデルと観察方法を確立することにより、従来の観察方法では捉えることのできなかった新規病態の発見や、より確実な薬効判定など脳梗塞の病態解明、治療法の確立に大いに役立つことが期待される(特許文献1,2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-172689号公報
【文献】特開2006-067852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、遠隔操作にて総頸動脈を閉塞及び再開通することによる脳虚血病変の一過性前脳虚血モデルおよび皮質脳梗塞モデル、従来法では不可能であった当該モデルの脳内の微細な変化・一過性の変化を網羅的に捕捉できる多様な観察方法・装置、及び当該モデル動物と当該観察方法・装置を用いた薬剤スクリーニング法を提供するものである。
本発明者は、上記モデルを用いた観察で、脳虚血に伴い脳血管の異常収縮(spasm)が起きること及びこの異常収縮が脳虚血時の循環障害の大きな原因となるため、当該異常収縮の予防薬が脳梗塞治療薬になることを見出した。さらに、異常収縮の発生機序が、αアドレナリンレセプターを介する交感神経の活性化であること、及びカルシウム・チャンネルを介したカルシウムの細胞外からの流入であることを見出した。こうして、本発明は、異常収縮予防薬/治療薬及び異常収縮予防/治療の為の薬効スクリーニング方法などを提供する。
【0006】
本発明者は、網羅的観察を行う為に、齧歯類の遠隔操作による頚動脈閉塞脳梗塞モデルを提供する。「網羅的」とは、時間的・空間的に脳梗塞病変をとらえることを意味する。時間的とは、血管閉塞前、血管閉塞中、再灌流までの一連の形態学的変化を途切れることなく連続して観察することを意味し、空間的とは、一細胞レベルから、動脈から毛細血管を介した静脈につながる血管系構築の全体像までを3次元的に観察する方法を意味する。
当該モデルを用いることにより、狭窄前の正常状態から血管閉塞時、血管再開通時を含めて、その全経過を途切れずに観察することができる。当該方法にて、従来の研究方法では、捉えることができなかった脳梗塞発症直後や再開通時に起こる一過性の変化を確実に捉えることができる。
【0007】
また、当該モデルを観察する為の各種観察方法・装置を提供する。二光子顕微鏡、二次元レーザー血流計、実体顕微鏡の3種類の方法を用いて、脳梗塞発症前から虚血中、血管再開通までを含めた脳梗塞の一連の病態を途切れることなく直接観察する方法を提供する。二光子顕微鏡を用いた観察方法では、脳梗塞病変をほぼ網羅的(一細胞レベルから血管系構築・血管内の赤血球・白血球の流れなどの変化を含めた変化)に観察を行うことができる。二次元レーザー血流計を用いた観察方法では、脳全体の脳血流の変化を簡便に梗塞発症前から再開通後までを連続して観察することができる。実体顕微鏡を用いた観察では、脳表の血管全体を含めた形態変化を簡便に観察することができる。
当該モデルと当該観察方法を用いた新たな薬効判定方法を提供する。従来の方法では、脳梗塞薬の効果を、梗塞巣の大きさなどから判定を行ってきた。しかしながら、脳梗塞巣の形成には個体差などの影響が大きく正確な薬効判定には、より確実な判定方法が必要である。当該方法では、薬剤投与による形態学的変化を直接観察することが可能であり、従来の方法にくらべ格段に正確にその薬効判定を行うことができる。
本発明は、上記した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、非ヒト哺乳類の脳梗塞モデルによる観察方法及び非ヒト哺乳類の脳梗塞モデルによる観察装置等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための第1の発明は、非ヒト哺乳類の脳観察をできるように処置された動物の両側総頸動脈遠隔閉塞モデル、皮質梗塞モデルにおいて、二光子レーザー顕微鏡、二次元レーザー血流計、実体顕微鏡の少なくともいずれか一つを用いて、脳血管の梗塞発症前から総頚動脈の閉塞による脳虚血・異常収縮・総頚動脈の閉塞の解除による再灌流までの脳梗塞病態を途切れることなくリアルタイムに観察できる方法である。
上記発明において、前記非ヒト哺乳類が、マウス、ラット、ウサギ及びサルからなる群から選択される一つであることが好ましい。このとき、前記非ヒト哺乳類が、全身に緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現したGFP非ヒト哺乳類であることが好ましい。
【0009】
また、本発明に係る脳梗塞薬の開発方法は、上記観察方法を使用して、薬物の脳梗塞への影響を調べることを特徴とする。また、本発明に係る脳梗塞の予防及び/又は治療薬は、上記開発方法によって開発されたことを特徴とする。このとき、脳梗塞の予防及び/又は治療薬は、α-アドレナリン受容体アンタゴニストであり、フェントラミン・メシレート及びその類縁化合物であることが好ましい。また、脳梗塞の予防及び/又は治療薬は、カルシウム・チャンネル・ブロッカーであり、ニカルジピン及びその類縁化合物であることが好ましい。
また、別の発明に係る脳梗塞病態非ヒト哺乳類観察装置は、非ヒト哺乳類と、非ヒト哺乳類の頭部頭蓋骨を麻酔下で固定する固定台と、前記非ヒト哺乳類の頸動脈の血流を遠隔的に開閉する頸動脈開閉装置と、前記ヒト哺乳類の脳を観察する二光子レーザー顕微鏡、二次元レーザー血流計、実体顕微鏡のうちの少なくとも一つ、およびその動画を撮影可能な撮影装置とを備えたことを特徴とする。このとき、前記非ヒト哺乳類が、マウスであることが好ましい。
【0010】
上記観察装置に係る発明において、前記撮影装置は、スキャナーとしてレゾナントスキャナーと、検出器として冷却高感度ガリウム砒素リン(GaAsP)検出器を備えることが好ましい。これらの機器を備えることにより、より高速に、より微細な蛍光を高いS/N比で検出できるので、励起レーザーの出力を落とした状態でも、より明確な画像を取得できる。このため、他の方法では難しかった、VOIに含まれるすべての微細な形態変化を捉えることができる。
【0011】
また、別の発明に係る取得データの網羅的解析方法は、微細な形態学的変化の検出を容易とすることを特徴とする画像処理方法である。膨大なデータを含むVOI内の軽微な変化を目視のみで同定することは、不可能に近い。二枚の画像を、別々の色で表示させ、二つの画像の重ね合わせ画像を作成し、色の差異から変化部位を同定することを特徴とする。形態的に変化のない部分は、二つの色がまじりあった色となり、形態的に変化した部分は単色で表されることにより、変化部位を容易に同定できる。また、長時間にわたるin vivo imagingでは、頭蓋内で脳自体が移動する為、視野がずれてしまうこと多々起こる。そこで、撮影画像の位置合わせ(二次元的または三次元的)を行い、その後に二つの画像の重ね合わせを行う。
【0012】
こうして、別の発明に係るボリュームデータの網羅的解析方法は、上記脳梗塞病態非ヒト哺乳類観察装置によって撮影されたボリュームデータの網羅的解析方法であって下記ステップを備えた解析方法、(1)質的に異なる二種類の前記ボリュームデータを得るデータ取得ステップ、(2)前記データ取得ステップで得られた二種類のボリュームデータから画像を再構成する画像構成ステップ、(3)前記画像構成ステップで得られた画像について、前記質的に異なる二種類の画像が互いに異なる色となるように彩色処理を施す彩色ステップ、(4)前記彩色ステップで得られた二種類の画像を位置合わせ処理を行って重ね合わせる合成ステップ。
【0013】
本発明において、「質的に異なる」とは、特定の病態(例えば、Initial Spasm)や薬物などの投与が起こる前後の状態を意味する。質的に異なる状態を比較することで、差分を詳細に調べられるためである。ボリュームデータには、時間的及び/または空間的に相違するデータが含まれる。画像については、二次元画像または三次元画像を採用できる。彩色ステップでは、二種類の画像のそれぞれに異なる色を施しても良いし、いずれか一方のみに彩色することで両者が異なるように表示されるようにしても良い。「位置合わせ」する方法としては、両画像のズレの程度に応じて、線形変換による剛体位置合わせ、非剛体位置合わせ、非線形位置合わせなどの方法がある。位置合わせ用のソフトウエアとして、オープンソースソフトウェアのImage J(National Institutes of Health(http://imagej.nih.gov/ij/))を用いることができる。
【0014】
また、別の発明に係る血流脳関門を通過する物質をリアルタイムでスクリーニングする方法は、非ヒト哺乳類と、この非ヒト哺乳類を麻酔下で固定する固定台と、前記非ヒト哺乳類の脳表の動画を二光子レーザー顕微鏡で撮影可能な撮影装置とを備えたスクリーニング装置において、前記撮影装置により撮影された動画に基づくことを特徴とする。
また、別の発明に係る皮質梗塞モデルは、非ヒト哺乳類の一過性前脳虚血及び一側頸動脈狭窄によることを特徴とする。このとき、この皮質梗塞モデルを用いて、皮質脳梗塞を形成した脳を観察できるように処置し、二光子レーザー顕微鏡によって、脳血管の梗塞発症前から虚血・異常収縮・再灌流までの急性期脳梗塞病態および脳梗塞境界領域の亜急性期脳梗塞病態を時間的・空間的にリアルタイムに観察する脳梗塞病態非ヒト哺乳類の観察方法を提供できる。
【0015】
また、脳室内への薬剤投与方法は、非ヒト哺乳類の頭蓋に外方から観察可能な頭蓋開頭を設けた脳病態の非ヒト哺乳類観察用モデルを用いて、脳室内に薬剤を投与する方法であって、前記頭蓋開頭の対側の側脳室に薬剤投与用のカニューレを留置するときに、前記カニューレ先端の位置をプレグマから、0.5mm後方、1.0mm外側、脳表から2.0mmの深さとなる所定の位置に固定することを特徴とする。頭蓋開頭部から薬剤を滴下などで投与すると、脳表全体に薬物が行きわたらない可能性がある。そこで、上記発明の方法を用い、カニューレの挿入位置を所定の位置に留置することで、脳全体に薬剤を分布させることができる。また、上記所定の位置は、顕微鏡を用いた観察時にもカニューレが障害となることはない。
【0016】
また、別の発明に係る遮光デバイスは、顕微鏡を用いて対象物を観察するときに用いられるものであって、前記顕微鏡の対物レンズの外周径とほぼ同等の内周径と、前記対象物に遮光状態で接触する下端縁とを備え、前記顕微鏡による観察時には、当該遮光デバイスの側方からの光を遮断した状態とできることを特徴とする。本発明の遮光デバイスを用いることにより、観察部位と顕微鏡の対物レンズをほぼ遮光できる為、薄明りの中でも撮影が可能となる。遮光デバイスは、僅かな光も遮断できるので、よりコントラストの良い撮影を行える。また、不意に点灯されるなどのアクシデントに対しても予防効果がある。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、脳梗塞病態非ヒト哺乳類の観察方法、脳梗塞病態非ヒト哺乳類観察装置、データ解析方法、脳梗塞の予防及/治療薬等を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】頸動脈遠隔閉塞モデルを作製するデバイスとその作用を示す写真図である。
【
図2】頚動脈遠隔閉塞のデバイスをマウス頸動脈に装着させ、総頸動脈を閉塞及び再開通させた様子を示す写真図である。
【
図3】両側頸動脈遠隔閉塞マウス20分モデルの血管閉塞による血流変化測定試験のプロトコール(A)及び二次元レーザー血流計を用いて測定した結果(B)を示すグラフである。
【
図4】
図3のグラフの部分の内の、両側総頸動脈閉塞直後から再開通直前までの血流変化を拡大表示したグラフである。
【
図5】両側総頸動脈閉塞後の1段階目の血流低下状態から2段階目の血流低下状態(secondary cerebral blood flow decrease:secondary CBF decrease)を起こすまでの二次元レーザー血流計にて取得した写真図である。
【
図6】両側総頸動脈閉塞から2段階目の血流低下状態を起こすまでの時間と1段階目の血流低下後の残存血流との関係を示すグラフである。
【
図7】再灌流後に回復した血流が再度低下する状態を示す二次元レーザー血流計にて取得した写真図である。
【
図8】再灌流後に回復した血流が再度低下し始めるまでの時間と再開通早期の最大血流量との間の関係を示すグラフである。
【
図9】開頭部の実態顕微鏡写真及び二光子顕微鏡での取得写真図である。(A)左:実体顕微鏡下で観察した写真図、中:二光子顕微鏡で観察した写真図(低倍率)、右:二光子顕微鏡で撮影した写真図(中倍率)(B)は二光子顕微鏡で取得したボリュームデータの3D再構築した結果を示すイメージ図、(C)はボリュームデータを最大強度投影処理(Maximum Intensity Projection: MIP)した結果を、(D)は、ボリュームデータから動脈から毛細血管、静脈までの血管構築を理解しやすい様に3D再構築した結果を示すイメージ図。
【
図10】両側頸動脈遠隔閉塞20分マウスモデルの二光子顕微鏡を用いた脳表血管を観察したときの結果を示す写真図である。二次元レーザー血流計の変化(上段)と、それに対応する二光子顕微鏡で撮影した血管の変化(下段)を示す。
【
図11】脳表動脈に焦点を絞り、二光子顕微鏡を用いて、倍率及びスキャン・シークエンスを変更して高フレームレートで撮影したときのInitial Spasmの写真図である。(A)は高倍率・高フレームレートの観察結果を、(B)は低倍率・高フレームレートの観察結果を、(C)は中倍率・高フレームレートの観察結果を示す。
【
図12】脳表の軟膜動脈(Pial Artery)、脳深部の穿通動脈(Penetrating arteriole)のそれぞれの血管の梗塞前から再開通後までの経時的な血管径の変化を示す写真図(A)及び血管径の変化を示すグラフ(B)である。
【
図13】両側頸動脈遠隔閉塞20分マウスモデルの二光子顕微鏡を用いた脳深部の毛細血管(capillary)と穿通枝動脈の観察結果を示す写真図である。(A)は深度200μm~300μmの経時的変化を示す写真図、(B)は毛細血管の拡大写真図をそれぞれ示す。
【
図14】両側遠隔頸動脈閉塞20分マウスモデルの脳深部の毛細血管と穿通動脈を拡大、高フレームレートで撮影した観察結果を示す二光子顕微鏡の写真図(A)、拡大写真図(B)及び毛細血管径の経時的変化を示すグラフ(C)である。
【
図15】両側頸動脈閉塞前(A)と両側頸動脈閉塞20分後(B)の第一異常収縮前後における血管周辺の周皮細胞等を示した電子顕微鏡写真である。
【
図16】両側頸動脈閉塞に伴い経時的に蛍光強度が変化することを示す写真図(A)及び深度により、蛍光強度の変動がことなることを示したグラフ(B)である。
【
図17】両側頸動脈閉塞20分マウスモデルの深度200μm~300μmの部位での経時的な血管径と蛍光強度の変化の関係を示したグラフ(A)及び各ポイントにおける穿通動脈と蛍光信号強度の変化を示す写真図(B)である。
【
図18】両側頸動脈遠隔閉塞50分マウスモデル観察のタイムコース(A)、及び二光子顕微鏡を用いた脳表血管の観察写真図(B)(C)である。
【
図19】両側頸動脈遠隔閉塞50分マウスモデルの実体顕微鏡を用いた観察写真図である。(A)は撮影の為の頭部固定方法を示す写真図、(B)は実体顕微鏡にて撮影した脳表血管の経時的変化を示す写真図である。
【
図20】低分子デキストランを血管内投与して、第1異常収縮に伴う血漿の血管外漏出を評価した結果を示す写真図及びグラフである。(A)は脳表軟膜動脈の第1異常収縮前後の血管外漏出を示した写真図、(B)は(A)の拡大写真図、(C)は脳深部の毛細血管周囲の第1異常収縮前後の血管外漏出を示した写真図、(D)は第1異常収縮前後での血管周囲の蛍光強度の変化を示したグラフ(左は軟膜動脈周囲、右は深部毛細血管周囲)である。
【
図21】両側頸動脈遠隔閉20分マウスモデルを用いた薬効評価の結果を示す写真図である。
【
図22】両側頸動脈遠隔閉塞50分マウスモデルを用いた薬効評価の結果を示す写真図である。
【
図23】狭窄性病変作成に用いたマイクロコイル(A)、イメージ図(B)及びマイクロコイルを装着したときの写真図(C)をそれぞれ示す。
【
図24】皮質梗塞モデルの梗塞から24時間後の磁気共鳴イメージング(MRI)写真図(A)及び2,3,5-トリフェニル・テトラゾリウム・クロライド(2,3,5-Triphenyl tetrazolium chloride:TTC)染色写真図(B)を示す。
【
図25】二光子顕微鏡で皮質梗塞モデルの境界領域を観察した結果を示す写真図である。(A)は開頭部全体像を、(B)は境界領域の拡大図を示した。
【
図26】二光子顕微鏡で皮質梗塞の境界領域を観察した結果を示す拡大写真図である。(A)は、点線の上部が脳虚血周辺領域、下部が梗塞巣を示す。矢印は、血管外に漏出した白血球を示す。動画再生では、白血球が盛んに移動しているのが認められた。
【
図27】改良型カニューレの構造と操作方法を示す写真図である。
【
図28】レゾナントスキャナー・GaAsP 検出器 を用いて撮影したボリュームデータの再構成側面像を示す画像である。(A)ガルバノスキャナー・アルカリ金属PMTを用いて撮影した結果を示す。脳表面から512pixel×512pixel、5μm間隔の条件で脳深部(300μm)までスキャンしたVOIを3D再合成した画像である(撮影時間は82秒間)。(B)レゾナントスキャナー・GaAsP PMTを用いて撮影した結果を示す。脳表面から512pixel×512pixel、2μm間隔の条件で脳深部(500μm)までスキャンしたVOIを3D再合成した画像である(撮影時間は61秒間)。
【
図29】レゾナントスキャナー・GaAsP PMTを用いて撮影したVOIを3D再合成した結果を示す画像である。(A)VOIに含まれる全ての動脈系を強調して表示した画像、(B)VOIに含まれる全ての静脈系を強調して表示した画像である。
【
図30】レゾナントスキャナー・GaAsP PMTを用いて撮影したVOIの中の、動脈から毛細血管を介して静脈までつながる血管構築を示す画像である。(A)は動脈A、静脈V、毛細血管Cの全てを強調して示す画像、(B)及び(C)は毛細血管Cを強調して示す画像である。矢印は、毛細血管の血流の流れを示す。
【
図31】レゾナントスキャナー・GaAsP PMTを用いて取得したボリュームデータの網羅的解析の為の二次元的処理方法を示す。(A)は、VOI深部の第一次異常血管収縮前後の二次元画像を示す。(B)は、位置合わせ処理を行わなかった合成画像と、位置合わせ処理を行った合成画像を示す。(C)位置合わせ合成画像の解析の結果から捕らえられた動脈と静脈の異常血管収縮を示す
【
図32】レゾナントスキャナー・GaAsP PMTを用いて取得したボリュームデータの網羅的解析の為の三次元的処理方法を示す。A)は、VOI深部の第一次異常血管収縮前後の3次元再構成画像を示す。(B)は、位置合わせ処理を行わなかった合成画像と、位置合わせ処理を行った合成画像を示す。(C)位置合わせの有無による合成画像の脳深部拡大像と動脈の異常血管収縮を示す
【
図33】Initial Spasmによる血球の栓形成(Plugging)を確認した二光子顕微鏡写真図(レゾナントスキャナー・GaAsP PMTを用いて取得)である。上段(A)は脳深部血管のものを、下段(B)は上段の一部を拡大したものを示す。各段において左側から順に、Initial Spasm前、Initial Spasm中、initial Spasm後の状態をそれぞれ示す。図中の実線白矢印は穿通動脈を、点線白矢印は静脈を示す。「*」は、血球がPluggingを起こした部位を示す。
【
図34】脳血管のカルシウムイメージングを示す写真図である。上段(A)は脳表のイメージを、下段(B)は脳深部のイメージを示す。各段において左側から、Initial Spasm前、Initial Spasmが起こった状態、Initial Spasm後の状態、Secondary Spasmが起こった状態をそれぞれ示す。Initial Spams前の図中の実線白矢印は脳表動脈を、点線白矢印は静脈をそれぞれ示す。太い矢印は動脈と静脈のSpasmに伴う蛍光増大を示す。
【
図35】ニカルジピンのSpasm予防効果を確認する試験を行った結果を示す。VOIの三次元再構成側面像の写真図である。上段(A)は未治療例(No treatment)を、下段(B)はニカルジピン投与例を示す。各段において左側から順に、Initial Spasm前、Initial Spasm開始、Initial Spasm伝播の状態をそれぞれ示す。各図において、上側は脳表を、下側は脳深部をそれぞれ示す。図中の実線白矢印は穿通動脈を、点線白矢印はInitial Spasmの伝播の様子をそれぞれ示す。
【
図37】顕微鏡に遮光デバイスを装着したときの写真図である。(A)遮光デバイスを装着する前の斜視写真図、(B)遮光デバイスを装着した後の斜視写真図である。
【
図38】遮光デバイスの有無による顕微鏡写真図である。上段(A)は遮光デバイスを装着したときの写真図を示し、左側は完全遮光、中央は一般撮影環境、右側は薄明り環境のものである。中段(B)は遮光デバイスを装着しないときの写真図を示し、左側は完全遮光、中央は一般撮影環境、右側は薄明り環境のものである。下段(C)は拡大写真図を示し、左側は遮光デバイスなしで一般撮影環境の写真の拡大図、右側は遮光デバイスを装着し薄明り環境の写真の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明する。本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施できる。
<頸動脈開閉装置>
図1には、頸動脈遠隔閉塞モデルを作製するために用いた頸動脈開閉装置を示した。当該デバイスは、市販のカニューレ(20-G; inner diameter, 0.95 mm; length, 4 cm; テルモ社製)とナイロン糸(3-0 polypropylene suture [PROLIN], length 12 cm, ETHICON, USA)を用いて作製した(
図1(A),(B))。
図1(B),(C)に示す矢頭の部分に頸動脈を挟み込み、矢印の方向にナイロン糸を引っ張り上げることにより、頚動脈がカニューレの中に二つ折りに引き込まれ、ヘルニア嵌頓様状態となり、血流を遮断することができる(
図1(D),(E))。
【0020】
<マウス頸動脈の遠隔閉塞モデル>
図2には、
図1で示した遠隔閉塞用の頸動脈開閉装置をマウス頸動脈に装着させ、実際に総頸動脈を閉塞及び再開通させた様子を示した。麻酔下にマウスの頚動脈に正中切開を加え、実体顕微鏡下で、両側の総頸動脈を周りの結合組織から剥離し、ナイロン糸を頸動脈の下をくぐらせた。断端側を、二つ合わせてカニューレに挿入し、反対側にナイロン糸の断端が出るまで進めた。カニューレを6-0シルク縫合(silk suture)を用いて固定し、術創をカニューレが皮膚から出る形で閉創した。皮膚外にあるナイロン糸の断端側を軽い抵抗があるところまでゆっくりと引っ張ることにより、頚動脈がカニューレ内に引き込まれ、血流は停止する。
図2(A)は、装着後の全体像、
図2(B)~
図2(E)は、総頚動脈がカニューレに二つ折りに引き込まれて閉塞され、その後ナイロン糸が押し戻すことにより、再開通させる状態を示した。
図2(C),(D)中の矢印は、ナイロン糸に引っ張られ、カニューレ内に二つ折りに引き込まれた頸動脈を示した。
【0021】
図3には、マウス頸動脈遠隔閉塞モデルを用いて、二次元レーザー血流計を用いて測定した血流変化の結果を示した。実際に頸動脈開閉装置にて、総頸動脈の閉塞・再開通が確実に行われていることを確認する為、二次元レーザー血流計(Omegazone, Laser Speckle
Blood Flow imager, Omegawave)を用いて、血流変化を測定した。麻酔後にマウス頭部を、カスタムメイド定位固定装置(custom-made stereotactic device)を用いて固定し、頭部を正中切開することにより、頭蓋骨を露出させ、頭蓋骨上から、二次元レーザー血流計を用いて毎秒1枚の撮影にて血流の測定を行った。遠隔閉塞のタイムコースとしては、
図3(A)に示す如く、閉塞前の正常状態(Pre)を5分撮影後に、左総頸動脈を閉塞(Left occlusion)、その5分後に右総頸動脈を閉塞し(Bilateral occlusion:BCARO)、20分間両側閉塞の状態を持続させ、その後両側再開通させ(Recanalization)、再開通後1時間までを頭部観察野をまったく動かすことなく連続して行った。
図3(B)には、両側の頭頂葉に関心領域を設定して、その血流変化の全経過を示したデータを示した(n=20)。二次元レーザー血流計を用いた観察結果からは、遠隔閉塞を行うことにより初めて捉えることが可能となった特異的な血流変化を2点捉えることができた(
図3(B)中の実線矢印と点線矢印を参照)。
【0022】
1点目(左側の矢印)は、両側閉塞に伴い血流が2段回に低下する点である(two step
decrease during BCARO)。両側総頸動脈閉塞直後に最初の急激な血流低下が認められたが(イニシャル脳血流減少(initial CBF decrease):1段階目の血流低下)、その数分後に、もう一段回の血流低下が起きることが認められた(セカンダリ脳血流減少(secondary CBF decrease):2段階目の血流低下, n=18/20)。
図4には、両側総頸動脈閉塞直後から、再開通直前までの間の関心領域における血流変化を拡大表示したものである。18の大脳半球の内、15大脳半球でセカンダリー脳血流減少が6分以内(
図4中の点線と点線矢印)に発生した。矢印は、閉塞後6分を超えて起きた2段階目の血流低下を起こした3例のマウスを示す。
【0023】
両側閉塞後の1段階目の大きな血流低下と比較して、2段階目の血流低下は軽度ではあるが(イニシャル脳血流減少において、30.3±2.8 任意単位(arbitrary units)から9.4±2.1任意単位、セカンダリー脳血流減少において、9.4±2.1任意単位から6.6±0.9任意単位)、二次元レーザー血流計イメージでは可視的に脳実質がもう一段回の暗色(dark color)となり、見えていた脳表血管が消失することが確認された(
図5:数字は両側閉塞後の秒数、
図5(B)中の矢印は左大脳のセカンダリー脳血流減少、
図5(D)中の矢頭は右大脳半球のセカンダリー脳血流減少を示す)。
【0024】
両側総頚動脈閉塞からセカンダリー脳血流減少発症までの時間と、イニシャル脳血流減少後の残存血流量との間には、有意な相関関係があり(p<0.05)、残存血流量が多いほど、セカンダリー脳血流減少発症までに時間がかかることを認めた(
図6)。
2点目の特異的な血流変化としては、再開通後に、一旦回復した血流が、徐々に再度低下していく現象である(re-CBF decrease in the late recanalization period、
図3(B)中の右側の点線矢印及び
図7)。この再血流低下までの時間は、再開通後の最大血流量との間に有意な相関関係があり再開通後に血流回復が良好な大脳ほど、早期に血流の再低下が起きることが有意(p<0.05)に認められた(
図8)。
【0025】
<二光子顕微鏡の蛍光ラベリング、開頭及び撮像方法>
二光子顕微鏡下を用いた観察を行う為には、脳組織を蛍光色素にてラベリングする必要がある。本方法では、網羅的に脳組織の観察を行う為に緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現した組換えGFP雄性マウス(Male green fluorescence protein transgenic mice [GFP-Tg mice; C57BL/6 TgN (b-act-EGFP) Osb]、9週齢~13週齢(日本SLC株式会社)を用いた。また、生理食塩水に溶解した0.01M スルホローダミン101(Sulforhodamine 101 (SR101, Molecular Probes Life Technologies, USA))を腹腔内投与(8μL/kg body weight)することにより、血管内のプラズマ(Plasma)染色を行った。この方法により、脳実質ではアストロサイト(astrocyte)、周皮細胞(pericyte)がGFP陽性の細胞として、また神経網(neuropil)はGFP弱陽性、神経細胞は神経網の中の陰影欠損細胞として確認することができる。また、SR101でプラズマ染色させることにより、その血管径を、また血管内では血小板(platelet)、白血球(leukocyte)がGFP陽性細胞として、赤血球がSR101 plasam染色の中の蛍光陰影として確認できる。
【0026】
麻酔下に、カスタムメイド定位固定装置に固定したGFPマウスの頭部に正中切開を加え、頭蓋骨を露出させ、歯科用ドリルを用いて、左頭頂葉に硬膜を温存した状態で、直径3mmで開頭部を作製した。この頭蓋部を通して、観察を行った。
図9(A)の左には、実体顕微鏡下低倍率で開頭部を撮影した写真図を、中央には、開頭部全体を二光子顕微鏡を用いて低倍率で撮影した写真図を示した。SR101蛍光は赤色で、GFP蛍光は緑色で表示することにより、血管内は赤く、脳実質は緑色として区別して確認できる。
図9(A)中央の上側の点線矢印は前大脳動脈を、下側の実線矢印は中大脳動脈を示し、実線の四角は、この二つの動脈支配領域の境界部を示す。
【0027】
図9(A)右には、
図9(A)中央の実線で示した境界領域の拡大観察した写真図を示した。図中の矢印は、中大脳動脈の最末梢動枝(ターミナルブランチ:Terminal Branch)を示した。二つの血管の境界領域は、循環の最末梢領域となり、頚動脈閉塞症においては、血行学的に一番皮質梗塞を起こしやすい部位である。そこで、中大脳動脈のターミナルブランチを含める形で、境界領域に関心空間(volume of interest(VOI))を設定した(
図9(A)右の点線四角がVOIの脳表面を示す。634μm×634μm, 1.2μm/pixel、脳表から300μmの深度まで5μm/intervalで撮影を行った)。この方法を用いて取得されたボリュームデータ(Volume data)を各種方法で画像処理を加えることにより、VOIに含まれる一細胞から、毛細血管まで含めた複雑な血管走行などをより簡便に捉えることができた。
【0028】
図9(B)には、それぞれの蛍光のボリュームデータを3D再構築(Three-dimensional reconstructions)した結果を示した。3D再構築を行うことにより、VOIの任意の部位を任意の方向から観察することが可能となる。
図9(C)には、ボリュームデータを最大強度投影(maximum intensity projection(MIP))処理をした結果を示した。左側は、脳表から深度100μm、中央は、深度100μmから200μmまで、右側は、深度200μmから300μmまでを、それぞれ最大強度投影処理した結果を示した。矢印は、脳表から深部に走行する穿通動脈を示し、矢頭は、深部から脳表に向かう静脈を示した。また、ボリュームデータを3D再構築を行うことにより任意の断面での観察を行うことができ、
図9(D)には、穿通動脈-毛細血管-静脈までの血管走行の全走行を捉えた様子を示した。
図9(D)左側は、ボリュームデータの3D再構築弱拡大像、矢印は動脈を、矢頭は静脈を示す。中央には、高拡大像を示した。矢印は動脈を、矢頭は静脈を示す。右側には、中央の図から選択した血管系のみを抽出した写真を示す。図中、動脈から毛細血管を介し、静脈までつながる血管走行を点線矢印で示した。
【0029】
<両側遠隔頸動脈閉塞20分マウスモデルの二光子顕微鏡を用いた動脈の観察>
上述したVOIの撮影を連続して繰り返すことにより、3次元に時間軸を加えた4次元での観察が可能となった。この方法により、VOI内の全ての領域の経時的変化をより細かく網羅的に捉えることができた。両側頸動脈遠隔閉塞マウスモデルを用いて、閉塞前から、再開通後までを連続させて当方法を用いて撮影を行なった(n=5)。本方法を用いることにより、VOI内で起こる脳梗塞に伴う病的変化をほぼ余すことなく観察できた。遠隔閉塞のタイムコースとしては、二次元レーザー血流計を用いた血流観察と同様なタイムコースで観察を行った。
図3(A)に示すように、二光子顕微鏡を用いた一回当たりのボリュームセット(volume set)の撮影時間は78.2秒必要であり、閉塞・再開通は、ボリュームセット撮影のタイミングに合わせて行った。脳梗塞前から再開通まで91.3分の経過を連続して70回のボリュームセットの撮影を繰り返した。レーザードップラー血流計を用いた血流変化に対応する形で、脳血管に異常収縮が起きることを認めた。
【0030】
図10(A)、(C)は、二次元レーザー血流計の変化を、
図10(B)、(D)は、それに対応する二光子顕微鏡で撮影した血管の変化を示した。
図10(B)左側の実線矢印は動脈を、点線矢印は静脈を示す。両側閉塞直後には、動脈はわずかに収縮する程度ではあるが、二段回目の血流低下と同期して、血管の異常収縮が認められた(
図10(B)右側の矢印は、第1異常収縮(Initial Spasm)を示す)。血流は低下した状態が持続するが、動脈は数分で不完全ながら再拡張が認められた(
図10(D)左図)。再開通後には、血流回復に伴い血管は再拡張するが、再開通後後期に再び起こる血流低下(Re-CBF decrease)に伴い、動脈の第2異常収縮(Secondary Spasm)が起こることが認められた(
図10(D)右側の矢頭は、第2異常収縮(Secondary Spasm)を示す)。
動脈の第1異常収縮の特徴を詳細に観察する為に、脳表動脈に目標を絞り、倍率を変えて、またスキャンシークエンス(Scan sequence)を変更して高フレームレートで撮影を行った(interval depth, 5μm; thickness, 20μm; slice number, 5; individual volume set scanning duration, 6.6 s)。
図11(A)には、高倍率・高フレームレートの観察結果を示した。
【0031】
図中、各秒(sec)は、第1異常収縮開始(initial spasm onset」後の秒数を示した。両側総頸動脈閉塞後(after BCARO onset) 4.6±3.7 minで第1異常収縮が起こり、異常収縮前と比較して72%±2%の狭窄を来し、狭窄の持続時間は1.2±0.3 minであった。
図11(B)には、開頭部全体の低倍率・高フレームレートの観察結果を示した。第1異常収縮は、前大脳動脈と、中大脳動脈の境界領域の小血管から起こり、spasmが前大脳動脈、中大脳動脈の中枢側に逆行性に伝播するという方向性を持つことが分かった。
図11(B)左図の、点線矢印は前大脳動脈、実線矢印は中大脳動脈、点線四角は、二つの動脈の境界領域を示した。中央図の白矢印は、境界領域内の異常収縮の起点となった中大脳動脈の最末梢枝、右側の矢頭は、異常収縮が前大脳動脈、中大脳動脈中枢側へ伝播した状態を示した。
図11(C)は中倍率・高フレームレートでの観察結果を示した。境界領域内の中大脳動脈の最末梢枝から起きた第1異常収縮が中枢側に伝播していく様子を示した。矢印は、伝播していく第1異常収縮点を示した。各秒は、第1異常収縮開始後の秒数を表している。
【0032】
脳虚血に伴い、虚血中と再開通後に異常収縮が起こることを発見したが、異常収縮前後の脳血管の反応性を明らかにする為、VOI内の各血管の血管径を測定した。VOI内には脳表の軟膜動脈から脳実質に垂直に侵入した穿通動脈までが含まれる。虚血に対する各部位による血管の反応性(血管径)に差異があるのかどうかは不明のままである。そこで、脳表の軟膜動脈と脳深部の穿通動脈(深度150μmと300μm)のそれぞれの血管径の梗塞前から再開通後までの経時的変化を測定した。
図12(A)の一段目には、VOIに含まれる軟膜動脈から穿通動脈までの全体像の3D再構築像を示した。
図12(A)の二段目には、軟膜動脈、三段目には、深度150μmの穿通細動脈、四段目には、深度300μmの穿通細動脈の各形態の経時的変化をそれぞれ示した。
図12(B)には、各血管部位での血管径の変化をグラフで示した。各血管とも第1異常収縮(initial spams)後に不完全ではあるが、再拡張を来すが、その程度は異なり、脳表軟膜動脈ほど再拡張が良好であり、脳深部の穿通動脈ほど、再拡張が不良になることが確認された。逆に、第2異常収縮(secondary Spasm)に伴う血管径の変化は、軟膜動脈ほど収縮が強い傾向が認められた。
【0033】
<両側遠隔頸動脈閉塞20分マウスモデルの二光子顕微鏡を用いた毛細血管の観察>
動脈系に起きた異常収縮(Spasm)は毛細血管にも伝播することを認めた。
図13(A)には、VOIの中の深度200-300μmまでを最大強度投影した画像の経時的変化を示した。図中の矢印は、穿通細動脈を示す。穿通細動脈の第1異常収縮に同期して、毛細血管にも著明な異常収縮がおきること、動脈では第1異常収縮は一過性で部分再拡張を来すが、毛細血管では頚動脈閉塞中持続して再開通まで異常収縮状態が持続することが認められた。
図13(B)には、VOIの中の毛細血管の拡大像を示した。
図13(B)は、SR101とGFPの合成画像(Merge)を示し、上側の矢印は、毛細血管壁に存在する周皮細胞(ペリサイト:GFP蛍光陽性)を示す。第1異常収縮に伴い、周皮細胞存在部位近傍で毛細血管腔の完全閉塞が認められた(
図13(B)下側の矢頭)。第2異常収縮は、第1異常収縮と比較して程度は軽いものであり、周皮細胞存在部位で毛細血管腔の完全閉塞は認められなかった。
【0034】
第1異常収縮に伴う毛細血管での微小循環を詳細に捉える為、高拡大・高フレームレートで再開通直後まで撮影を行った(凡その深度(approximate depth)200μm、間隔(interval depth)5μm、厚さ(thickness)50μm、スライス数(slice number)11、個々のボリュームセットのスキャン時間(individual volume set scanning duration)14.3 s)。
図14(A)には、最大強度投影処理後の経時的変化を示した。図中の矢印は、第1異常収縮を起こした穿通細動脈、矢頭は部分再拡張した穿通動脈を示した。穿通動脈は部分再拡張するにも関わらず、毛細血管の異常収縮は頸動脈閉塞中を通して持続することが認められた。
図14(B)には、
図14(A)左上側中の点線四角部分の拡大像を示した。
図14(B)左側は、SR101とGFPの合成画像(Merge)を示し、矢印は、毛細血管壁に存在する周皮細胞(GFP陽性)を示した。異常収縮に伴い、この周皮細胞存在部位近傍で毛細血管内腔が完全に閉塞することが認められた(
図14(B)右図)。
図14(C)には、完全閉塞を来していない部位(周皮細胞が存在していない)での、毛細血管での血管径の経時的変化を示した。周皮細胞が存在していない部位では、毛細血管は完全閉塞を来しておらず、この状態は、動脈の第1異常収縮の伝播後から、再開通まで持続していることが認められた。
【0035】
第1異常収縮における毛細血管の変化を詳細に検討する為、両側遠隔頸動脈閉塞前及び閉塞20分後の毛細血管の形態を電子顕微鏡にて観察した。
図15(A)の閉塞前では、毛細血管の周囲の内皮細胞、基底膜(血液脳関門)、周皮細胞、グリア細胞等の細胞間には空間間隙がほとんどない。一方、両側遠隔頸動脈閉塞20分後の
図15(B)では、周皮細胞が毛細血管を締め付けるような状態にあり、その結果毛細血管のルーメン領域が退縮し、グリア細胞の突起の断裂が認められ、毛細血管の周囲に大きな空間間隙が生じていた。グリア細胞の突起の断裂は、軽度のものから重度のものまで様々な状態のものが観察された。第1異常収縮において、周皮細胞が周皮細胞近傍に位置する毛細血管腔の完全閉塞に関与する可能性が示唆された。
【0036】
<両側頸動脈閉塞に伴う蛍光強度の変化>
図16に示すように、VOI内全体の蛍光強度(GFP及びSR101共)が、両側頸動脈閉塞・再灌流に伴い劇的に変化することが認められた。信号変化には、大きく3つのポイントがあり、第1異常収縮、再開通、第2異常収縮の前後で劇的に信号強度が変化すること、及び脳深部ほど大きく変化することが認められた。
図16(A)には、深度200~300μmのスライスを最大強度投影処理したものの経時的変化を示した(矢印は穿通動脈を示す)。
図16(B)には、VOIを深度0~100μm、100~200μm、200~300μmに分けて、それぞれの深度における画面全体のGFP蛍光信号強度の変化を示した。脳深部ほど、蛍光信号強度の変化が大きいことが認められた。
蛍光強度の経時的変化を詳細に捉える為、深度200~300μmの部位で信号強度の変化と穿通動脈の血管径の変化を詳細に検討した。両側頸動脈閉塞直後には、蛍光信号は著明に増大し、第1異常収縮に同期して著明に減少した(first point)。
【0037】
両側頸動脈を再開通させても、信号強度は漸減を続けた。再開通後数分して、血管径が最大になるのに同期して、信号増大が認められたが、この信号増大は一過性のもので、すぐに信号強度は減少した(second point)。低下した信号強度は、第2異常収縮に先駆け、漸増しはじめ、第2異常収縮の血管収縮が定常状態になるのと同期して、信号増大も定常状態になった(third point)。
図17(A)には、深度200~300μmの部位での経時的な血管径と信号強度の変化の関係を示した。血管径の変化に同期した形で3ポイントで、蛍光信号強度の劇的な変化が認められた。
図17(B)には、各ポイントにおける穿通細動脈の血管径の変化と、蛍光信号強度変化を示す画像を例示した(矢印は、穿通動脈を示す)。
【0038】
<両側頸動脈遠隔閉塞50分モデルの観察>
両側頸動脈閉塞20分では、虚血負荷としては軽度であり、主に大脳基底核領域や海馬などに障害が起こる。その為、二光顕微鏡を用いたい観察では、脳組織自体の障害を直接は捉えがたい。そこで、さらなる虚血負荷を加えた両側総頚動脈遠隔閉塞50分モデルの観察を行なった。蛍光ラベリング、開頭方法、遠隔閉塞方法などは20分閉塞と同様な方法を用いた。
図18(A)には、頚動脈閉塞・再開通と撮影のタイムコースを示した。閉塞前の正常状態の観察を5分、左総頸動脈遠隔閉塞5分後に右総頸動脈閉塞を行った。両側総頚動脈閉塞50分後に再開通を行い、再開通後15分の観察を行なった。
【0039】
上述した様に、虚血に伴い脳深部では、蛍光信号の減衰が起こる為、長時間閉塞の場内、脳深部の観察は難しくなる。そこで、脳表の軟膜動脈にターゲトを絞り、二光子顕微鏡を用いて高フレームレートで高速にスキャンを行なった(間隔(interval depth)5μm、厚さ(thickness)20μm、スライス数(slice number)5、個々のボリュームセットのスキャン時間(individual volume set scanning duration)6.6 s)。
図18(B、C)には、脳表の軟膜動脈の経時的変化を示した。
両側総頸動脈閉塞後、20分閉塞モデルと同様に第1異常収縮を来した(n=6/6)。その後、動脈は不完全再拡張を来たし、血管内の流速は著名に低下するが完全停止に陥ることはなく血流はしばらく維持される。6例中4例で、両側総頸動脈閉塞後23.8±4.2 min に完全血流停止が認められ、その後に36.7±11.1 min後に20分閉塞とは異なる形で異常収縮(第2異常収縮)が認められた。
【0040】
20分閉塞に伴う第2異常収縮とは異なり、動脈の末梢側から中枢側に向かい、高度の血管収縮が認められた(
図18(B)矢印)。血流完全停止・異常収縮を起こした4例のマウスの内2例は再開通前に死亡、2例は再開通早期に死亡した。再開通後まで生存した1例は、再開通に伴い、血管は部分的な紡錘状の血管拡張(
図18(B)矢頭)が認められたが、完全血流再開は認められなかった(
図18(B))。残りの1例は、直後に血管拡張を認めたが、15分以内に再び血流低下を来たし、その後死亡した(
図18(C))。血流完全停止・第2異常収縮を起こさなかった2例のマウスは、再開通後に血管拡張・血流再開が認められ、観察後に、麻酔からの覚醒を認めた。この結果からは、第2異常収縮が脳梗塞の最終的・致死的な現象であると考えられた。
【0041】
<実態顕微鏡を用いたい脳血管の観察>
上述した通り、本発明者は、脳梗塞病態において脳血管の異常収縮が大きな役割を演じていることを発見した。脳血管の異常収縮病態をより簡便な方法また脳表全体の血管を観察する為に実体顕微鏡を用いた観察を行った。
図19(A)に示すように、麻酔後にマウス頭部を正中切開して、カスタムメイド定位固定装置(custom-made stereotactic device)を用いて固定を行い、頭蓋骨全体を歯科用ドリルを用いて薄く削ることにより、実体顕微鏡での脳表血管の観察を可能とした。両側頸動脈遠隔閉塞50分モデルを実体顕微鏡を用いて毎秒1フレームで撮影を行った(
図19(B))。実体顕微鏡を用いた観察からも、脳表大血管の第1異常収縮(矢印)、第2異常収縮(矢頭)を捉えることが可能であった。また、第1異常収縮、第2異常収縮に伴い脳組織全体が段階的に蒼白様の色調変化が認められ、血流低下の状態も同時に捉えること可能であった。このように、実体顕微鏡を用いて、頭蓋内の脳血管の異常収縮を観察できた。
【0042】
<脳血管の異常収縮に伴う血管内物質の血管外漏出>
血管の異常収縮に伴い血液脳関門の破綻がおこるのかどうかを、血管内に投与した低分子デキストランの血管外漏出の程度から評価を行った。低分子デキストラン(Texas Red conjugated 3000MW)をマウス尾静脈より投与して、デキストランの血管外漏出の程度を二光子顕微鏡を用いて観察を行った。脳表の軟膜血管では、第1異常収縮に伴い、血管外にデキストランが漏出することが認められた(
図20(A),(B),(D)。図中の矢印は、第1異常収縮後に血管外に漏出したデキストランを示す)。一方、脳深部の毛細血管周囲では、二光子顕微鏡で捉えられる様なデキストランの血管外漏出は認められなかった(
図20(C),(D))。
【0043】
<両側頸動脈遠隔閉塞モデルを用いた薬効評価>
上述した様に、脳梗塞中に起こる第1異常収縮により、毛細血管での虫食い状の血流停止が起こり、第2異常収縮により完全な血流停止し、死亡すると考えられた。治療の観点からは、この異常収縮予防が大きな治療のターゲットとなることが期待された。脳血管は、その血管径を拡大、縮小させることにより脳血流量を調節し、需要と代謝のバランスを保っている。血管収縮の最終段階は、ミオシン軽鎖(myosin light chain)のリン酸化、アクチン・ミオシン相互作用(Actin-myosin interaction)による血管の平滑筋の収縮と繋がる。ミオシン軽鎖のリン酸化の調節機構としては、大きく分けて3つに分類される。
【0044】
第一の経路としては、細胞外から電位依存性Ca2+チャンネル(voltage-gated Ca2+ channel)を通して流入したCa2+がカルモジュリン(calmodulin)と結合し、ミオシン軽鎖キナーゼ(myosin light chain kinase)を活性化する経路がある。第二の経路としては、血管周囲交感神経(perivascular sympathetic nerve)の活性化に伴いその神経終末から放出されたアドレナリン・ノルアドレナリンがα-アドレナリン受容体(α-adrenergic receptor)に結合することにより細胞内の筋小胞体(sarcoplasmic reticulum)からCa2+が放出されカルモジュリン(calmoduli)と結合し、ミオシン軽鎖キナーゼ(myosin light chain kinase)を活性化する経路がある。
【0045】
第三の経路としては、Rho関連コイルド形成キナーゼ(Rho-associated coiled forming
kinase (ROCK))がミオシン軽鎖ホスファターゼ(myosin light chain phosphatase)の活性を抑制してミオシン軽鎖の脱リン酸化を抑制する経路がある。
本実施形態では、このうち第二及び第三の経路に着目し、α-アドレナリン受容体アンタゴニスト(α-adrenergic receptor antagonist)であるフェントラミン・メシレート(phentolamine mesylate)と、ROCKインヒビター(ROCK inhibitor)である塩酸ファスジル(fasudil hydrochloride)を用い、その異常収縮抑制効果を検討した。
【0046】
<両側頸動脈遠隔閉塞20分モデルを用いた薬効評価>
第一段階として、薬物の全身投与による脳血流の変化、血管径の変化、第1異常収縮の抑制効果を二次元レーザー血流計、二光子レーザー顕微鏡、実体顕微鏡を用いて検討した(各n=4 , 塩酸ファスジル (10 mg/kg, i.p.)、フェントラミン・メシレート (1 mg/kg, i.m.))。2剤とも、投与前後の血流・血管径には変化が認められなかった。また、第1異常収縮の抑制効果も認められなかった。
第二段階として、薬物の脳表からの直接投与を行い、二光子顕微鏡を用いて直接観察を行なった。開頭部の作製時に、開頭部分から直接脳表に各薬剤を投与してカバーガラスで封入した(塩酸ファスジル 4 mg/mL PBS溶液(n = 2)、フェントラミン・メシレート 5 mg/mL PBS溶液(n = 6))。投与後1時間後に血管閉塞前から両側頸動脈遠隔閉塞20分後までの血管の状態を連続して観察を行い第一次異常収縮に対する各薬剤の予防効果を確認した。塩酸ファスジル投与群では、コントロール群(未処理。
図21上段)と同様の第一次異常収縮が認められた(
図21中段)。一方、フェントラミン・メシレート投与群では、20分の閉塞中に第一次異常収縮は、完全に抑制できることが確認された(
図21下段)。
【0047】
<両側頸動脈遠隔閉塞50分モデルを用いた薬効評価>
両側頚動脈閉塞50分における各薬剤の治療効果を確かめた。開頭部の作製時に、開頭部分から直接脳表に各薬剤を投与してカバーガラスで封入した(塩酸ファスジル 4 mg/mL PBS溶液(n = 2)、フェントラミン・メシレート 5 mg/mL PBS溶液(n = 6))。投与後1時間に両側頸動脈遠隔閉塞50分閉塞の時間経過に基づき観察を行い、第1異常収縮および第2異常収縮の抑制効果と死亡率を検討した。塩酸ファスジルでは異常収縮抑制効果はなく2例とも死亡した。
一方、フェントラミン・メシレートでは全例で第1異常収縮および第2異常収縮の抑制を認め、麻酔からの覚醒を認めた。
図22に示すように、フェントラミン・メシレート投与群では、第1異常収縮及び第2異常収縮は共に抑制され、再開通直前まで血流は維持された。また、再開通に伴い、良好な血管拡張、血流回復が認められた。
以上より、異常収縮の予防が脳梗塞の新たな治療方法となり得ること、α-アドレナリン受容体をブロックすることにより異常収縮を抑制可能であること、その薬剤の一つとしてフェントラミン・メシレートが異常収縮を予防させることができること、本実施形態の観察方法は異常収縮予防/治療薬の薬効判定方法としては有効な方法であること、が確認された。
【0048】
<一過性前脳虚血+一側狭窄モデル>
両側頸動脈閉塞モデルでは、一般的な脳梗塞のタイプである脳塞栓症や血栓性脳梗塞時に認められる皮質領域での梗塞はほとんど認められない。短時間閉塞(20分)程度では、主に基底核や海馬などの領域に主に障害が出現した。また、長時間閉塞では(50分)では、前脳広範に渡る脳虚血である為、皮質領域に脳梗塞が形成される前に死亡した。そこで皮質梗塞を簡便に作製する方法を確立した。
頸動脈一側のみの閉塞では、軽度血流低下を認める程度である。両側頸動脈閉塞による20分程度の短時間の閉塞では、再開通に伴い、両側とも速やかな血流回復を認める。いずれの方法を用いても皮質梗塞は作製できない。一側大脳のみ持続的に血流を低下させれば、皮質梗塞が作製されると考えられる。そこで、一過性前脳虚血と再灌流後の一側頸動脈狭窄を組み合わせたモデルを作製した。
【0049】
このモデルでは、一過性前脳虚血により、著明に低下した血流は、再開通に伴い、狭窄のない頸動脈側では、著明な血流改善を認めるが、頚動脈狭窄性病変のある大脳側では、血流低下が持続して皮質梗塞が形成される。一側の頚動脈に狭窄性病変を作製し、低灌流状態を持続させることにより、作製側の血流回復は悪く、皮質に脳梗塞巣が形成される。具体例としては、観察大脳側の頚動脈に閉塞病変を作成し対側には遠隔閉塞装置を装着させた。一側閉塞の軽度血流低下した状態から観察を開始して(5分)、前脳虚血(20分)、再開通(遠隔閉塞側のみ再開通させ、20分)までを連続して撮影を行った。一旦、麻酔から覚醒させ、24時間後に再度、観察を行った。前脳虚血病態となることから虚血中の病態としては、両側頚動脈遠隔閉塞モデル観察結果と異なる所はなかったが、再開通後には、頚動脈狭窄側の大脳の血流低下状態が持続しており、24時間後には皮質梗塞が認めらた。狭窄性病変は、絹糸結紮による完全閉塞、またはマイクロコイル(micro coil:内径 0.22mm、0.20mm、0.18mm、0.16mmのコイルを使用、コイル内径を変えることにより狭窄の程度を変えることができる)を外側から装着させることにより狭窄性病変を作製した。
図23(A)には、実際に使用したマイクロコイルの形態を示した。
図23(B)には、マイクロコイルを頸動脈に装着させたシェーマ(図式)を、
図23(C)には、マイクロコイルをマウス頚動脈に装着させたときの写真図を示した。狭窄の程度(使用するコイルの径)に基づき、梗塞巣の大きさをコントロールすることができた。24時間後には、一般的な脳梗塞評価方法であるMRI、TTC染色などにて皮質梗塞を評価できる。
【0050】
図24(A)には、MRI(DWI)を用いた24時間後の梗塞巣の評価結果を、
図24(B)には、TTC染色による24時間後の梗塞巣の評価結果をそれぞれ示した。MRIでは高信号、TTCでは白く染色されていない部分が梗塞巣を示している。本実施形態のモデルの一番の特徴は、二光子顕微鏡を用いて、虚血境界領域を直接観察することができる点にある。脳梗塞亜急性期においては、病態生理学的に虚血中心部とその周辺部位に分けられる。虚血中心部はすでに壊死に陥ってしまった部位であり、薬剤投与にても救出不可能な部位である。一方、虚血周辺領域は、細胞死には至ってはいないが、時間経過とともに壊死に陥ってしまう様な部位である。一般的に3日程度かけて脳梗塞巣は拡大すると報告されている。その為、亜急性期の治療としては、多くの薬剤はこの虚血周辺領域をいかに助けるかに焦点が置かれている。しかしながら、この虚血周辺領域救出の薬効を直接観察する方法はほとんどない。
【0051】
本発明者が開発した一過性前脳虚血と一側頸動脈狭窄性病変を組み合わせたモデルと二光子顕微鏡を用いた観察方法では、この虚血中心部と虚血周辺領域を直接観察ことができる。具体的には、このモデルの特徴として、虚血中心部の主座は、主に前大脳動脈と中大脳動脈の境界領域に形成され、その周辺を虚血周辺領域が囲む形となる。その為、頭頂葉領域の正中寄りに頭蓋開頭を作製することにより前大脳動脈と中大脳動脈領域の境界部分に形成された虚血周辺領域を二光子顕微鏡を用いて直接観察することができる。グリーンマウスを用いた梗塞モデルの二光子顕微鏡観察では、虚血中心部領域では、蛍光の低下が起こり、蛍光が保持される周辺領域との間を明瞭に区別することができる。
図25には、二光子顕微鏡での境界領域の観察結果を示した。
図25(A)には、頭蓋開頭部全体像を示す。点線左側は蛍光が保持された生存領域、点線右側は蛍光が低下し壊死に陥った領域を示す。
図25(B)には、境界領域の拡大図を示した。左図は血管(SR101)を示す写真、右図は脳実質(GFP)を示す写真。点線の左側は梗塞に陥っていない虚血周辺領域を、点線の右側は梗塞巣を示している。
【0052】
前述したvolume scanningを繰り返す撮影方法を用いることにより、虚血周辺領域で起こるすべての現象を網羅的に観察することができた。本実施形態に依れば、血管外漏出を来した白血球が境界領域で活発に活動する現象(
図26(A)に示す点線の上部が、虚血周辺領域を、下部が梗塞巣をそれぞれ示す。図中の矢印は、血管外に漏出した白血球を示す。動画再生することにより、白血球が盛んに移動している様子が認められた)。虚血中心部の脳浮腫に伴い、虚血周辺領域が押されて圧迫される現象(
図25(B)中の矢印、時間経過とともに境界境域が矢印方向へ移動)が認められた。浮腫及び白血球の活動が起こす炎症反応は、脳梗塞が増悪するメカニズムとして認識されており、その実態を直接評価する本実施形態の方法は、虚血周辺領域の救済を目的とする様な薬剤の薬効評価の方法としては最適なものである。
【0053】
<遠隔閉塞デバイスのカニューレの改良>
本実施形態の総頸動脈遠隔閉塞モデルでは、頚動脈血管をカニューレ内に嵌頓させて血流遮断させることが必要となる。ここで、どの程度まで血管をカニューレ内に嵌頓させるのかは、勘に頼ることになり、難しい手法であった。そこで、カニューレの先端から2~5mmの任意の位置に、ストッパーを作成し(ストッパーの作成位置は、実験者の設定により調節可能)、常に血管がカニューレ内に一定の長さで嵌頓させられる様に改良した。
図27には、本実施形態のカニューレ100を示した。カニューレ100の先端から任意の位置(本実施形態では3mm)に、カニューレ100を構成する壁面を貫通する貫通孔101が形成されている(
図27(A))。図示では、貫通孔101は、カニューレ100の上下方向に設けられている。両貫通孔101を通すようにして、絹糸102を挿通する(
図27(B))。この絹糸102を結び、余分なところを切除することによってストッパー103が構成される(
図27(C))。
【0054】
ストッパー103を作成した後、カニューレ100の内部に頸動脈血管を遮断するための遮断器(本実施形態では、ナイロン糸104)を挿入する。ナイロン糸104は、その両端(図示せず)をカニューレ100において、ストッパー103が設けられている開口100A側から挿入し、他の開口(図示せず)から操作できるように挿入する(
図27(D))。ナイロン糸104の中央に形成される係止輪105には、頸動脈血管を挿通できるようになっている。なお、実際には、頸動脈血管を開放した後に、係止輪105の内側に頸動脈血管を位置させるように、ナイロン糸104をカニューレ100の内部に挿入する。
ここで、ナイロン糸104の両端部分をカニューレ100の他の開口側から引っ張ることにより、係止輪105の飛び出し位置をカニューレ100側に引き込む(
図27(E))。係止輪105の飛び出し位置は、ストッパー103の位置によって規制されるので、所定のところで血管の血流の遮断状態が規定されることになる(
図27(F))。
このように、本実施形態によれば、頚動脈血管の血流遮断状態を予め規定しておき、この状態を再現性良く実施できるので、条件を一定とした実験を行えるカニューレを提供できた。
【0055】
<新規撮影方法>
VOIを取得するときの問題点として撮影速度がある。より高解像度の画像を取得するには、より長時間の撮影時間が必要となる。スキャナーとしてガルバノモーターで操作するガルバノスキャナー、検出器としてアルカリ検出器(アルカリ金属の光電子増倍管(フォトマルチプライヤー(PMT))を用いた検出器)を用いた場合には、表面から300μmの脳深部まで5μm間隔でスライスして61枚の撮影を行うために、82秒の撮影時間が必要であった。取得された画像に基づき3D再合成を行うと、撮影スライス間隔が5μmであるため、スライス間の毛細血管などは一部の信号が抜けた状態となった(
図28(A))。
【0056】
そこで、スキャナーとして、レゾナントスキャナーと冷却高感度ガリウム砒素リン(GaAsP)外部検出器を用いた撮影方法を確立した。レゾナントスキャナーは、ミラーを共振運動により走査するので、ガルバノスキャナーと比較して、より高速に走査できる。GaAsP外部検出器は、アルカリ検出器と比較して、より微細な蛍光を高いS/N比で検出できるので、励起レーザーの出力を落とした状態でも、より明確な画像を取得できる。この方法では、表面から500μmの脳深部まで、2μmの間隔でスライスして251枚の撮影を行うために、61秒の撮影時間が必要であった。取得された画像に基づき3D再合成を行うと、抜けたイメージがなく、よりクリアーな画像が取得できた(
図28(B))。この方法を用いることにより、より高速に、より脳深部まで、高解像度でボリュームデータの取得することができた。従来の方法では難しかった様なVOIに含まれるすべての血管の走行の解析なども行うことが可能であった。VOIに含まれる全ての動脈系・静脈系を同定した(
図29(A)、(B))。また、動脈(A)から毛細血管(C)を介して静脈(V)まで繋がる血管走行の全容を容易に解析できた(
図30(A),(B),(C))。
【0057】
従来、動脈と毛細血管の移行部位や、毛細血管から静脈への移行部位などに関しては、定義も含めて、曖昧な部分が大きく、単スライスの解析では、細動脈、毛細血管、細静脈の分別は困難なことがあった。本実施形態の方法を用いることにより、これらを簡単に判別することができた。また、頚動脈遠隔閉塞モデルについて、本実施形態の方法を用いて連続して撮影することにより、血管部位別の病態の観察や、血管部位別の薬効評価なども行うことができた。
【0058】
<網羅的画像解析方法>
取得されたボリュームデータには、多量の画像が含まれる。特に、レゾナントスキャナーと冷却高感度ガリウム砒素リン(GaAsP)外部検出器を用いた撮影方法では、75分の連続撮影では、2万枚近くの画像となり、単純に目視のみで、すべての変化を同定することは、不可能である。そこで、効率よく、軽微な形態変化を捉える為の解析方法を確立した。
【0059】
1.二次元的解析方法(ボリューム内に含まれる二次元画像同士を比較する方法)
Initial Spasm前後で血管にどの様な変化があるのかをボリュームデータ内の二次元画像を用いて網羅的に検討した。
図31(A)は、Spasm前と後の脳深部の二次元画像を示す(実線矢印は、動脈を示す、点線矢印は静脈を示す)。二つの画像を個別の色づけをして(例:一方を赤色、もう片方を緑色)、この二つの画像の重ね合わせ合成画像を作成することにより、変化のない部位は、二つの色が重なり合った色(例:赤と緑とすれば黄色)となり、変化のあった部位は単色(例:赤、または緑の単色)となり、容易に変化部位を同定できる。頭蓋内で脳自体が移動する為、二つの画像にズレが生じた場合は、前もって位置合わせを行う必要がある。位置合わせの方法としては、オープンソースソフトウェアのImage J(National Institutes of Health(http://imagej.nih.gov/ij/))を用いて、剛体位置合わせを行った。
【0060】
ズレの程度に応じて、線形変換による剛体または非剛体位置合わせ、非線形位置合わせなどにて調節することが可能である。
図31(B)は、剛体位置合わせの有無による重ね合わせ画像を示す。位置合わせを行わない場合(左側)は、ズレが生じた合成画像となり、評価は難しいが、位置合わせを行うことにより(右側)、ほぼズレを補正することができた。当方法を用いた解析結果からは、Initial Spasm後には、動脈、静脈と静脈につながる前の毛細血管で収縮が持続することが認められた。
図31(C)は動脈と静脈の重ね合わせ画像の拡大像を示す。点線円内が二つの画像が重なり合った部分(Spasm後の血管)、その外側(矢印)が、Spasm前の血管の形態を示している。脳深部の動脈、静脈ともInitial Spasm後にも血管収縮が持続していることを示している。
【0061】
2.三次元的解析方法(ボリュームデーター同士を比較する方法)
Initial Spasm前後で血管にどの様な変化があるのかをボリュームデータを用いて網羅的に検討した。
図32(A)は、Spasm前と後のボリュームデータの3次元再構成画像を示す。脳が動くことにより、ボリュームデータ間でズレが生じた場合は、オープンソースソフトウェアのImage J(National Institutes of Health(http://imagej.nih.gov/ij/))を用いて、ボリューム同士の位置合わせを行った。二次元画像と同様な方法で、二つのボリュームデータの合成データを作成することにより、ボリューム内を3次元的に、任意の方向から観察することが可能であった。
図32(B)は、位置合わせの有無による重ね合わせボリュームデータの三次元再構成画像を示す(左側は「位置合わせなし」、右側は「位置合わせあり」を示す(
図32(C)においても同じ)。)。
図32(C)は、位置合わせの有無の脳深部の拡大像を示す(矢印は動脈を示す)。位置合わせにより、ズレが補正され、Initial Spasm後にも脳深部の動脈に狭窄が持続していることが認められた。二次元的解析方法は、短時間で簡便に行うことができる点を特徴としている、三次元的解析方法は、膨大なボリュームデータ処理となる為、処理に時間がかかるが、VOI内すべての変化を網羅的に観察できる点が特徴である。
【0062】
<Initial Spasmに伴う血球の栓形成(Plugging)>
Initial Spasmに伴う毛細血管での微小循環の変化を詳細に検討した。SR101によって血清をラベリングすることによって(Plasm Labeling)、血管内を赤色蛍光に染色できる。その中に存在する血球は無蛍光陰影として観察できる。
図33に示すように、Initial Spasm前は、毛細血管内に血球の蛍光陰影はほとんど確認できなかった。Initial spasm後は、狭窄を来した毛細血管に多数の血球がPluggingを起こしていることが認められた。特に、静脈につながる直前の毛細血管での狭窄が強くこの部分に、Pluggingが多数認められた。
Initial Spasmに伴い血流低下のメカニズムとして、動脈、静脈、毛細血管での血管収縮のみではなく、異常収縮を起こした血管に血球が栓(Plugging)をしてしまうことが、血流低下持続の大きな原因であることが分かった。
【0063】
<脳室内への薬剤投与方法>
薬剤を開頭部から滴下などで投与すると、脳表全体に薬物が行きわたらない可能性がある。このため、薬物を脳全体に行きわたらせる為に、脳室内への薬剤投与方法を確立した。二光子観察用に作成した頭蓋開頭部(左大脳)の対側の側脳室(右大脳)にステンレスカニューレ(0.51mm×20mm)を留置した。定位脳手術装置(stereotaxic instrument)を用いて、カニューレ先端をブレグマから0.5mm後方、1.0mm外側、脳表から2.0mmの深さに留置し、デンタルセメントを用いて固定した。このカニューレの位置は、二光子顕微鏡を用いた観察の際に障害となることはなかった。
本実施形態によれば、観察の際に障害となることなく、脳室内に薬剤を投与する方法を提供できた。
【0064】
<各種病態での異常収縮(spasm)の関与>
1.中大脳動脈の直接閉塞モデルの観察
一過性前脳虚血+一側狭窄モデルは、作成手技が非常に簡単ではあるが、一過性に前脳虚血負荷をかける為、前脳虚血病態と局所脳虚血病態が混在したものとなっている。そこで、より局所脳虚血病態に近い中大脳動脈の直接閉塞モデルを作成し観察を行った。
観察部位である左頭頂葉の中大脳動脈の中枢側を閉塞させる為、左側頭部に皮膚切開を行い、頭蓋骨上から、中大脳動脈を確認しながら、直上に1.5mm程度の開頭を行い、脳実質から中大脳動脈を剥離し、8-0ナイロン糸を用いて閉塞させた。この方法では、遠隔操作による動脈閉塞は困難であったため、閉塞操作後から早期に観察を開始した。動脈閉塞後20分以内に全例(n=3)でInitial Spasmと蛍光強度の低下が認められた。1時間の観察では、Secondary Spasmは認められなかった。
【0065】
2.麻酔薬過剰投与による呼吸停止モデルの観察
抱水クロラールの過剰投与(40mg)により呼吸停止モデルを作成した。すべてのマウス(n=3)で20分以内に呼吸停止が起こり、Initial Spasmとその後に呼吸停止とほぼ同期してSecondary Spasmの出現が認められた。
原因にかかわらず、脳灌流圧が低下を来す病態や低酸素を来す病態の全てにおいて、Spasmが大きくかかわっていると考えられた。障害の程度が軽い場合(早期血流改善や局所脳虚血など)には、initial spasmのみが起こり、呼吸不全など致死的に近い場合(遷延性前脳虚血や、呼吸停止など)には、secondary spasmまでが起こると考えられた。
【0066】
<マウス脳血管(血管平滑筋)のカルシウムイメージング)
In vivoのカルシウムイメージングとしては、アストロサイトのイメージングが広く行われている。血管平滑筋に対するカルシウムイメージング方法は確立されていない。血管収縮のメカニズムとしては、細胞外からのCaの流入、細胞内小胞体からの貯蔵Caの細胞内流出、Ca感受性の増加など、多種類のメカニズムの存在が報告されている。カルシウムインデイケーターであるFluo4-AMと二光子顕微鏡を用いた血管平滑筋のカルシウムイメージングの方法を確立した。
【0067】
両側頚動脈遠隔閉塞50分モデルを用いて観察を行った。Fluo4-AM(緑色蛍光)をPluronic F-127 20% solution in DMSOに溶解し、開頭作成時に脳表から直接投与した。Fluo4-AMの蛍光強度は、細胞内カルシウムの増加に伴い増加する。
図34に示すように、脳表の血管(A)では、Initial Spasmに伴い、脳表細動脈と静脈の血管壁の平滑筋細胞で緑蛍光強度の著明な増加が認められた(
図34(A)太矢印)。この蛍光増加状態は、再拡張後も持続し、Secondary Spasm開始に伴って、更なる蛍光強度の増加が認められた。また、脳深部の血管(B)では、脳表血管と同様に、Initial Spasmに伴い穿通枝動脈から毛細血管前細動脈にかけて、及び静脈に蛍光強度の増加が認められた(
図34(B)太矢印)。いずれの血管もSecondary Spasmに伴い更なる蛍光強度の増加が認められた。
このことから、前脳虚血状態では、Initial Spasmと同期して、脳表細動脈から穿通枝動脈、毛細血管前の細動脈、静脈において著明に細胞内Caが増加することを確認した。Spasm発症と同期して細胞内Caは増加した状態が持続し、Secondary Spasmに伴いさらにCaが増加することを認めた。Spasm発症抑制の為には、細胞内カルシウム増加抑制がターゲットとなることを確認した。
【0068】
<ニカルジピンのSpasm予防効果>
カルシウムイメージングの結果から、細胞内カルシウム増加がSpasmの大きな原因であることを確認した。細胞外からのカルシウム流入メカニズムとしては、電位依存性のカルシウム・チャンネルが大きな役割を担っていることが報告されている。そこで、電位依存性カルシウム・チャンネル・ブロッカーの阻害薬(ニカルジピン)が、血管収縮を抑制することを確かめた。
両側頚動脈遠隔閉塞50分モデルを用いて、観察対側の右側脳室にステンレスカニューレを挿入して、ニカルジピン(10μL、濃度1mg/mL)を血管閉塞前に投与した(n=5)。血管閉塞前の5分間、左総頚動脈の閉塞から5分間、右総頚動脈の閉塞から50分間及び再開通から15分間を連続して観察を行った。
図35に示すように、未治療群では、全例でInitial Spasmは蛍光強度低下を伴いながら、脳深部から脳表血管へと伝播した(図中の点線矢印)。これに対し、ニカルジピン投与群では、蛍光強度の低下が脳深部から脳表まで伝播したが、全例で血管のInitial Spasmは認められなかった。未治療群では、全例にSecondary spasmが認められたが、ニカルジピン投与群では2例に認められるのみであった。未治療群では5例中4例が死亡し、ニカルジピン群では、5例中2例のみの死亡であり、有意に死亡率を抑制した。
【0069】
<遮光デバイス>
二光子顕微鏡撮影は蛍光信号を観察するため、暗所で行う必要がある。しかし、遠隔閉塞や薬剤投与などの操作は、完全な暗所で行うことが困難である。そこで、レンズと観察部位を覆うことができる円柱状の遮光デバイスを作成した。
図36を参照しつつ、遮光デバイス201について説明する。遮光デバイス201は、例えば黒色のプラスチックによって、上下方向に連通する円筒形状に形成されている。遮光デバイス201は、側方からの外部光を円筒内に漏らさないように遮断する。遮光デバイス201の開口202の内周径は、顕微鏡の対物レンズ204の外周径とほぼ同等に設定されている。また、遮光デバイス201の下端縁203は、対象物に遮光状態で接触した状態で顕微鏡下での観察を行うことができる。
図37に示すように、顕微鏡の対物レンズ204の下端側に遮光デバイス201を装着し、下端縁203を対象物に密着した状態で顕微鏡による観察を行う。
【0070】
図38には、遮光デバイス201の有無による比較を示した。「完全遮光」は、顕微鏡を遮光カーテンで覆い、完全な暗所での状態を示す(
図38(A),(B)の左側)。「一般撮影環境」は、暗所ではあるものの、顕微鏡のモニター画面や各種装置の起動ランプの光が漏れている状態を示す(一般的に撮影を行っている条件。
図38(A),(B)の中央及び(C)の左側)。「薄明り環境」は、A4書類で12ポイントの文字が読める程度及び観察対象における遠隔操作が可能な程度に手元が十分に明るい状態を示す(
図38(A),(B)の右側及び(C)の右側)。
デバイス装着状態(
図38(A)及び(C)の右側)では、ほぼ薄明りまで、画像の劣化なく撮影が可能であった。デバイスを装着していない状態(
図38(B)及び(C)の左側)では、一般環境環境の画像を拡大すると、等間隔の細かな線状ノイズがあるのが確認できた(
図38(C)左側 矢印)。また、薄明り環境では、デバイスを装着しない状態では、全体に蛍光信号が増大してコントラストの悪い画像となった(
図38(B)左側)。
【0071】
このように、遮光デバイス201を用いることにより、観察部位と顕微鏡の対物レンズ204をほぼ遮光できる為、薄明りの中でも撮影が可能であった。遮光デバイス201は、僅かな光も遮断できるので、よりコントラストの良い撮影を行えた。また、不意に点灯されるなどのアクシデントに対しても予防効果がある。また、この遮光デバイス201は、二光子顕微鏡だけでなく、一般的な共焦点顕微鏡や蛍光顕微鏡を用いた観察にも応用できる。
このように、本実施形態によれば、脳梗塞病態非ヒト哺乳類の観察方法、脳梗塞病態非ヒト哺乳類観察装置、脳梗塞の予防及び/または治療剤等を提供できた。