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特許71378529‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチンによる不整脈治療
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-07
(45)【発行日】2022-09-15
(54)【発明の名称】9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチンによる不整脈治療
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/708 20060101AFI20220908BHJP
   A61P 9/06 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
A61K31/708
A61P9/06
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2019561537
(86)(22)【出願日】2018-12-18
(86)【国際出願番号】 JP2018046477
(87)【国際公開番号】W WO2019131308
(87)【国際公開日】2019-07-04
【審査請求日】2021-08-27
(31)【優先権主張番号】P 2017250478
(32)【優先日】2017-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、[「橋渡し研究戦略的推進プログラム」補助事業]「Ara-Hxによる不整脈治療」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】598015084
【氏名又は名称】学校法人福岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】藤田 孝之
(72)【発明者】
【氏名】石川 義弘
(72)【発明者】
【氏名】中村 隆
(72)【発明者】
【氏名】奥村 敏
(72)【発明者】
【氏名】吹田 憲治
【審査官】梅田 隆志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/051330(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第106420790(CN,A)
【文献】CHAMPNEY, K. J. et al.,Antiherpesvirus activity in human sera and urines after administration of adenine arabinoside,The Journal of Clinical Investigation,1978年12月01日,Vol. 62, No.6,pp1142-1153
【文献】CHEN, P.S. et al.,Role of the autonomic nervous system in atrial fibrillation: Pathophysiology and Therapy,Circulation Research,2014年04月25日,Vol.114, No.9,pp.1500-1515
【文献】DE MICHELI, A et al.,Antiarrhythmic and arrhythmogenic action of inosine in experimental ventricular tachyarrhythmias,Archivos de Cardiologia de Mexico,2009年07月,Vol.79, No.3,pp.175-181
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/708
A61P 9/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン、医薬的に許容されるその塩又は溶媒和物を含む抗不整脈薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン(9-β-D-arabinofuranosylhypoxanthine (Ara-Hx))による不整脈治療に関する。
【背景技術】
【0002】
不整脈は,心不全,脳梗塞の発症,突然死などの原因となり,人間の寿命やquality of life(QOL)に大きく影響するため,それらの予防・治療の確立が求められている。臨床で特に重要な不整脈の一つである心房細動には,日本に70万人以上が罹患しているといわれ(非特許文献1:日本循環器学会JCSガイドライン2013),発作時の不快な症状のみならず,脳梗塞の大きな原因となる。また比較的軽症の心不全患者の死亡の約50%が突然死であると報告されているが(非特許文献2:O'Callaghan PA et.al, European journal of heart failure 1999),この重要な原因の一つは重症心室性不整脈であると考えられている。近年アブレーション(経皮的心筋焼灼術)による不整脈の根治的な治療の発達は目覚ましいものがあるが,アブレーションで治療できない危険な不整脈は依然として多く存在する。また発症前の不整脈の予防手段としても,抗不整脈薬は極めて重要な意義を今後も担っていく必要がある。
【0003】
不整脈の原因となる重要なメカニズムの一つが,交感神経シグナルの過剰な活性化である。交感神経の神経伝達物質であるノルアドレナリンは主に心筋細胞のβ-アドレナリン受容体(β-AR)を介して作用する。この交感神経系は心機能の維持,制御に重要な生理作用を荷っているが,同時に有害作用として不整脈を誘発したり,心筋細胞死を引き起こし心不全を発症させたりする(非特許文献3:Fujita, T., et al. Circ J 75: 1811-1818. 2011)。この有害作用を抑制するために現在広く有用性が確立している治療法はβ遮断薬によるβ-アドレナリン受容体機能の抑制(β遮断薬)である。β遮断薬は有意に心不全患者の予後を改善するが,その主な要因は重症不整脈の抑制であると考えられている。ところがβ遮断薬は交感神経による基本的な心機能維持などの大切な機能をも抑制するため,逆に心不全を増悪させるなどの重篤な副作用を引き起こす。これはβ遮断薬治療の開始,継続をしばしば困難とする原因となり大きな問題となる。
【0004】
我々はこの副作用を克服した,交感神経系による有害作用を選択的に抑制する薬剤の開発を続けてきている。我々はβ-アドレナリン受容体の下流のシグナル伝達系に着目した。β-アドレナリン受容体が刺激されると,アデニル酸シクラーゼ(AC)を活性化し,産生されたセカンドメッセンジャーであるcAMPがPKAや,Epacを活性化して心筋細胞機能を制御する。ACには9つのサブタイプが存在し,我々は特に心臓特異的に発現している5型AC(AC5)の欠損マウス(AC5KO)や(非特許文献4:Okumura, S. et al.Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 9986-9990. 2003, 非特許文献5:Okumura, S. et al.Circulation 118, 1776-1783. 2007),Epacの欠損マウスを作成し,その心臓における機能を検討した(非特許文献6:Fujita, T. (co-first author), et al. J Clin Invest 124 2785-2801. 2014,非特許文献7:Fujita, T. (co-first author), et al. Biochem Biophys Res Commun 475, 1-7. 2016)。その結果からAC5, Epacが心臓において,交感神経系の有害作用を選択的に仲介していることが明らかになり,生理的な作用をも抑制するβ遮断薬より,それらの分子が安全な治療のターゲットとなる可能性が示唆された。実際に我々のスクリーニングによりAC5阻害薬であることが判明したビダラビン(抗ウイルス薬.商品名:アラセナ)は(非特許文献8:Iwatsubo, K. et al. J. Biol. Chem. 279, 40938-40945, 2004),動物実験において不整脈,心不全治療にも有用であり,β遮断薬より安全に使用できることが明らかとなった(非特許文献9:Am J Physiol Heart Circ Physiol 302: H2622-2628. 2012, 非特許文献10:Fujita T (corresponding author) et al. Circ J 80, 2496-2505, 2016、特許文献1:特許第6028983号)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】日本循環器学会JCSガイドライン2013
【文献】O'Callaghan PA et.al, Eur J Heart Fail. 1999 Jun;1(2):133-7.)
【文献】Fujita, T., et al. Circ J 75: 1811-1818. 2011
【文献】Okumura, S. et al.Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 9986-9990. 2003
【文献】Okumura, S. et al.Circulation 118, 1776-1783. 2007
【文献】Fujita, T. (co-first author), et al. J Clin Invest 124 2785-2801. 2014
【文献】Fujita, T. (co-first author), et al. Biochem Biophys Res Commun 475, 1-7. 2016
【文献】Iwatsubo, K. et al. J. Biol. Chem. 279, 40938-40945, 2004
【文献】Am J Physiol Heart Circ Physiol 302: H2622-2628. 2012
【文献】Fujita, T (corresponding author) et al. Circ J 80, 2496-2505, 2016
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6028983号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまで開発された抗不整脈薬の多く(イオンチャンネル機能や,交感神経系シグナルの調節薬など)は,安全性が低いことが大きな問題である。特に副作用として心機能の抑制を呈するものが多く,多くの重症不整脈の基礎疾患である心不全の患者への使用ができない。また逆に不整脈を誘発する場合も多く,使用には十分な注意を要するし,場合によっては抗不整脈薬による治療を断念せざるを得ない場合も多い。したがってこれらの副作用の少ない,より安全な治療薬の確立が待たれている。
本発明は、新規な不整脈治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
不整脈は,心不全,脳梗塞の発症,突然死などの原因となり,人間の寿命やquality of life(QOL)に大きく影響する重要な疾患であるが,これまで開発された薬剤は,心機能抑制などをはじめとする副作用を伴うものが多い。今回我々は、β-アドレナリン受容体の下流のシグナル伝達系に着目し、9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン(9-β-D-arabinofuranosylhypoxanthine (Ara-Hx))に不整脈(心房細動)抑制作用があることを動物実験において明らかにした(図1)。
Ara-Hxは,これまで不整脈への抑制作用を我々が報告済のビダラビン(抗ウイルス薬として臨床で使用されている。)(特許第6028983号)の代謝産物である。Ara-Hxは,ビダラビンや既存の抗不整脈薬であるβ遮断薬と比較しても,重要な副作用である心機能抑制が極めて弱く,安全に使用出来ると考えられる。また,ビダラビンよりも水溶性も高く,血中での半減期が長いことから,より低用量で血中濃度を上げることができ,副作用を更に軽減させる可能性がある。またビダラビンで実現していない内服治療薬としての使用もより有望である。
【0009】
本発明は、9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン、医薬的に許容されるその塩又は溶媒和物を含む抗不整脈薬を提供する。
本発明は、9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン、医薬的に許容されるその塩又は溶媒和物を医薬的に有効な量で被験者に投与することを含む、不整脈の治療及び/又は予防方法を提供する。
本発明は、不整脈の治療及び/又は予防のための、9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン、医薬的に許容されるその塩又は溶媒和物を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン、医薬的に許容されるその塩又は溶媒和物を用いた不整脈治療が可能となる。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願、特願2017‐250478の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】β-アドレナリン受容体の下流のシグナル伝達系に着目した心疾患治療の模式図である。
図2】マウス心房細動モデルにおいて心房細動(atrial fibrillation : AF)の持続時間を検討.Ara-Hxをあらかじめ腹腔内に投与した後に,経食道ペーシングにて心房細動を誘発した.心房細動持続時間はAra-Hx投与により有意に短縮した.
図3】マウス心房細動モデルにおいて心房細動の持続時間を検討.経食道ペーシングにて心房細動を誘発し,心房細動発作発症後,心房細動発作中にAra-Hxを静脈投与した.Ara-Hx投与により,心房細動の持続時間は有意に短縮した.
図4】マウス心房由来の培養心筋細胞において,細胞質内のCa2+ 濃度を測定し,ノルアドレナリン(NA)刺激後の筋小胞体(sarcoplasmic reticulum (SR))からの Ca2+ leak(左図)と,自発的Ca2+ 放出(spontaneous SR Ca2+ release (SCR))(右図)の増加を観察. Ara-Hx存在下では, SRからの Ca2+ leakと,自発的Ca2+ 放出の増加は有意に抑制された.
図5】マウス心室由来の培養心筋細胞において,細胞質内のCa2+ 濃度を測定し,イソプロテレノール(ISO)刺激後の筋小胞体(sarcoplasmic reticulum (SR))からの Ca2+ leak(左図)と,自発的Ca2+ 放出(spontaneous SR Ca2+ release (SCR))(右図)の増加を観察. Ara-Hx存在下では, SRからの Ca2+ leakと,自発的Ca2+ 放出の増加は有意に抑制された.
図6】ラット培養心筋細胞において,細胞内の活性酸素種(ROS)を測定.Ara-Hx存在下では,イソプロテレノール刺激による細胞内活性酸素種の増加反応が有意に抑制された.
図7】マウス心房(atrium),心室(ventricle)組織由来の膜蛋白におけるアデニル酸シクラーゼ活性を評価した.ビダラビンがアデニル酸シクラーゼ活性を抑制したのに対し,Ara-Hxはアデニル酸シクラーゼ活性に有意な影響を与えなかった.
図8】マウスの心拍数を測定.メトプロロール(β-遮断薬),ビダラビン,Ara-Hxを経静脈的に投与し,投与30秒後,10分後の心拍数を検討した.メトプロロール,ビダラビンは心拍数を有意に低下させたが,Ara-Hxは心拍数に有意な影響を与えなかった.
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
【0013】
本発明は、9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン、医薬的に許容されるその塩又は溶媒和物を含む抗不整脈薬を提供する。
【0014】
9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン(9-β-D-arabinofuranosylhypoxanthine (Ara-Hx))は、下記の式で表される。
【0015】
【化1】
【0016】
9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチンは公知の方法で製造することができ、また、市販のものを用いることもできる。
【0017】
9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチンの医薬的に許容される塩としては、ナトリウムりん酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩、塩酸塩、硫酸塩などの塩を例示することができるが、これらに限定されない。
【0018】
9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチンの医薬的に許容される溶媒和物としては、水、メタノール、エタノール、ジメチルホルムアミド、酢酸エチル、ジメルチスルホキシド(DMSO)などの溶媒和物を例示することができるが、これらに限定されない。
【0019】
9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチンは、心房細動持続時間を短縮し、心房細動の停止効果があることが確認された(後述の実施例)。よって、9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン、医薬的に許容されるその塩及び溶媒和物は、抗不整脈薬として利用することができる(心房性不整脈治療、心室性不整脈治療)。例えば、頻脈性不整脈(心房粗細動、発作性上室頻拍、心室頻拍、心室細動・心室粗動)、徐脈性不整脈(洞房ブロック、房室ブロック)、期外収縮(上室性、心室性)などの治療及び/又は予防に有用である。本発明は、心肺蘇生時の不整脈治療、心不全治療、糖尿病治療、癌治療などに利用されうる。
【0020】
9‐β‐D‐アラビノフラノシルヒポキサンチン、その医薬的に許容される塩又は溶媒和物を医薬として用いる場合には、常法により製剤化した医薬製剤(例えば、注射剤、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤など)として、ヒト又は動物に投与することができる。例えば、有効成分の量に換算して、1日あたり約5~50 mg/kg(体重)、好ましくは1日あたり約5~15 mg/kg(体重)の投与量で、1回または数回に分けて経口又は非経口(例えば、経鼻、直腸、経皮、皮下、静脈内、筋肉内など)投与するとよいが、その投与量や投与回数は、症状、年齢、投与方法などにより適宜変更しうる。注射剤に製剤化する場合には、蒸留水、生理食塩水などの担体を用いるとよく、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤に製剤化する場合には、デンプン、乳糖、白糖、炭酸カルシウムなどの賦形剤、デンプンのり液、アラビアゴム、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの結合剤、ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤など、デンプン、寒天、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、アルギン酸ナトリウムなどの崩壊剤などを用いるとよい。製剤中の有効成分の含有率は、1~99重量%の間で変動させることができる。例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤などの形態をとる場合には、有効成分を5~80重量%含有させるのが好ましく、注射剤の場合には、有効成分を1~10重量%含有させるのが好ましい。
【実施例
【0021】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0022】
〔実施例1〕Ara-Hx は,マウスの心房細動持続時間を短縮する(予防効果)(図2
マウスの心房細動(AF)モデルにおいて心房細動の持続時間を検討した.食道内に挿入した電極カテーテルを用いて心房に高頻度電気刺激(バーストペーシング)を加え,C57BL6/Nマウス(日本エスエルシー株式会社,♂,12-18週齢)に心房細動を誘発した.我々はあらかじめノルアドレナリン(1.5 mg/kg)を腹腔内投与し,交感神経活性を高めたうえでこの心房バーストペーシングを行うことで,長時間持続する心房細動を誘発することができることを報告しており(Fujita, T. (co-first author), et al. PLoS One 10 (2015) e0133664.),本方法で検討を行った. Ara-Hx(Carbosynth社, NA03401)(7.5 mg/kg、15 mg/kg)もしくは対照液(control:生理食塩水)を腹腔内投与し,30分後にノルアドレナリン(1.5 mg/kg)を腹腔内投与.その10分後に心房バーストペーシングにより心房細動発作を誘発し,心房細動の持続時間を評価した.心房細動持続時間はAra-Hx投与により有意に短縮した(mean±SEM, p<0.05, n=6-7).
【0023】
〔実施例2〕Ara-Hx は,マウスの心房細動の停止効果がある(治療効果)(図3
マウス(日本エスエルシー株式会社,♂,12-18週齢)の心房細動(AF)モデルにおいて,Ara-Hxの心房細動治療効果を検討した.ノルアドレナリン(1.5 mg/kg)を腹腔内投与し,交感神経活性を高めたうえで心房バーストペーシングを行うことで,長時間持続する心房細動を誘発することができる(Fujita, T. (co-first author), et al. PLoS One 10 (2015) e0133664.).本方法で心房細動発作を誘発し,心房細動発症後1分後の発作中に,Ara-Hx(5, 10, 20 mg/kg)もしくはDMSOのみ(CTRL)を静脈投与した.洞調律に回復するまでの心房細動持続時間を測定したところ,Ara-Hx投与により心房細動持続時間は有意に短縮した(mean±SEM, p<0.05, n=4).
【0024】
〔実施例3〕Ara-Hx は,心房細胞及び心室細胞の筋小胞体からの Ca2+ leakを抑制する(図4及び5)
マウス(日本エスエルシー株式会社,♂,12-18週齢)心房由来の培養心筋細胞において(図4),細胞質内のCa2+ 濃度を測定し,筋小胞体(SR)からの Ca2+ の漏出の程度を,テトラカイン存在下での細胞質内Ca2+ 濃度変化(SR Ca2+ leak)や,自発的Ca2+ 放出(SCR)の頻度で評価した.この筋小胞体からの Ca2+ の漏出は遅延後脱分極(delayed afterdepolarization : DAD)の原因となり,その結果生じる撃発活動(triggered activity)は,心房細動発作持続や心室性不整脈発症の重要なメカニズムであると考えられている(Chen PS et al. Circ Res 114: 1500-1515).
ノルアドレナリン(NA)によって交感神経系を刺激すると筋小胞体からの Ca2+ の漏出は増強するが,Ara-Hx(10μM,100μM)存在下でこの増強反応であるSR Ca2+ leak,自発的Ca2+ 放出頻度の増加はいずれも有意に抑制されていた(mean±SEM, p<0.05, n=14-19).CTRLでは,薬剤が存在しないことのみを違いとした溶液内で測定を行った.
このことは,Ara-Hxは交感神経活性化による心房細動発作延長のメカニズムを抑制することを示すものである.
またマウス(日本エスエルシー株式会社,♂,12-18週齢)心室由来の培養心筋細胞において(図5),Ara-Hxはβ-アドレナリン受容体刺激薬であるイソプロテレノール(ISO)による筋小胞体からの Ca2+ の漏出を有意に抑制した(mean±SEM, p<0.05, n=11-19).Ara-Hxのこの作用はAra-Hxが心室性不整脈の抑制にも有効である可能性を示唆している.CTRLでは,薬剤が存在しないことのみを違いとした溶液内で測定を行った.
【0025】
〔実施例4〕Ara-Hxは,心筋細胞の活性酸素の発生を抑制する(図6
心筋細胞内の活性酸素種が心房細動や心室性不整脈の発症の重要なメカニズムであることが知られている( J.Y. Youn et al. J Mol Cell Cardiol 62 (2013) 72-79, A.D. Hafstad et al. Basic Res Cardiol 108 (2013) 359.).
ラット心室由来の培養心筋細胞(日本エスエルシー株式会社,Wistar ラット, 新生児ラット:生後3日程度の心臓から分離した心筋細胞)における活性酸素種を,細胞浸透性蛍光プローブである DCFH-DA(2', 7'-Dichlorodihydrofluorescin diacetate)を用いて測定した.イソプロテレノール(ISO)(10 μM)によるβ-アドレナリン受容体刺激により,細胞内活性酸素種の濃度は24時間後に有意に上昇したが,この上昇はAra-Hxの存在下で有意に抑制された(mean±SEM, p<0.05, n=11-19).
このAra-Hxのもつ活性酸素種抑制作用が,Ara-Hxによる不整脈抑制作用の機序の一つであることが示唆された.CTRLでは,薬剤が存在しないことのみを違いとした溶液内で測定を行った.
【0026】
〔実施例5〕Ara-Hx は,AC への直接の抑制作用を有さない(図7
Ara-HxはAC5阻害薬であるビダラビンの代謝産物であるため,Ara-Hxのアデニル酸シクラーゼ(AC)活性への作用を検討した.
マウス心房(atrium)組織,心室(ventricle)組織サンプル由来の膜画分を用い,AC刺激薬であるフォルスコリン(50 μM)存在下のAC活性を,放射性同位体標識したcAMP ([125I]-cAMP)を用いたラジオイムノアッセイにより測定した.
AC5阻害薬であるビダラビン(10 μM)存在下では,心房,心室組織のAC活性は有意に抑制されたのに対し(mean±SEM, p<0.05, n=4),Ara-Hx(10 μM)はアデニル酸シクラーゼ活性に有意な影響を与えなかった.
このことから,Ara-HxはACへの直接の抑制作用は極めて低いことが明らかとなった.ACは生理的な心機能制御にも重要な役割を果たしており,このAC活性に影響することなく抗不整脈作用を発揮するAra-Hxは,心機能に対する副作用が少ない可能性が示唆された.CTRLでは,薬剤が存在しないことのみを違いとした溶液内で測定を行った.
【0027】
〔実施例6〕Ara-Hx は,心機能(心拍数)を抑制しない(図8
心拍数は心機能を規定する重要な因子であり,心拍数へのAra-Hxの影響を検討した.イソフルラン麻酔下でマウス心電図を記録し,心拍数を測定した.メトプロロール(β-アドレナリン受容体遮断薬)(0.3 mg/kg),ビダラビン (10 mg/kg),Ara-Hx (10 mg/kg)もしくはDMSOのみ(CTRL)を経静脈的に投与し,投与30秒後,10分後の心拍数を評価した.メトプロロール,ビダラビン投与が心拍数を有意に低下させたのに対し(mean±SEM, p<0.05, n=5),Ara-Hxは心拍数に有意な影響を与えなかった.メトプロロールの成人への最大投与量は240 mg/日,ビダラビンは15 mg/kg/日である。Ara-Hxは,メトプロロールやビダラビンと比較して,心機能抑制の副作用が少ないことが示唆された.
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、不整脈の治療及び/又は予防に利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8