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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-07
(45)【発行日】2022-09-15
(54)【発明の名称】魚類の行動制御方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 79/00 20060101AFI20220908BHJP
   A01K 63/06 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
A01K79/00 H
A01K63/06 C
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020559962
(86)(22)【出願日】2019-12-04
(86)【国際出願番号】 JP2019047405
(87)【国際公開番号】W WO2020116504
(87)【国際公開日】2020-06-11
【審査請求日】2021-04-21
(31)【優先権主張番号】P 2018227283
(32)【優先日】2018-12-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【弁理士】
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】石橋 泰典
【審査官】坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】特公昭46-5016(JP,B1)
【文献】米国特許第6203170(US,B1)
【文献】特開2005-210958(JP,A)
【文献】特公昭61-43009(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 79/00
A01K 63/06
A01M 29/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一種以上の魚種のいる水槽に、前記魚種の忌避色を照射する忌避色照射領域と、前記忌避色照射領域中に前記忌避色が照射されていない選択色照射領域を設け、前記魚種前記選択色照射領域に集める工程と、
前記選択色照射領域を移動させることで、前記魚種を前記選択色照射領域の動きに追従させる工程を含む魚類の行動制御方法。
【請求項2】
前記忌避色照射領域および前記選択色照射領域は、プロジェクタによる静止画および動画を用いることを特徴とする請求項に記載された魚類の行動制御方法。
【請求項3】
前記忌避色照射領域が赤であり、前記選択色照射領域の色が青であることを特徴とする請求項1または2の何れかの請求項に記載された魚類の行動制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類の行動制御に関する発明で、特に魚類を意図する方向や場所にスムーズに移動させる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、魚類の行動を明確に制御する技術は、確立されているとは言えない。特に養殖技術の分野では、仔稚魚若しくは幼魚の間に、水槽から移動させる際に、フィッシュポンプで強引な吸引による水流の流れを作ったり、網などで追い立てるなどして移動させると、ストレスによって、魚は弱ってしまい、死んでしまう場合がある。
【0003】
このような課題に対して、特許文献1では、小型魚を効率よく、かつ安全に回収することができる小型魚誘導部材および小型魚の回収装置が開示されている。これは、小型魚を養殖槽から回収する際に、用いられるもので、稚魚を集める導入部に光透過部材を用い、光で稚魚を誘引しようとするものである。
【0004】
これは魚類の光に対する集光性を利用したもので、特許文献2には、魚、エビ、カニ等の捕獲物が好む波長の光を光源から海中に照射することで捕獲物を集めるアイデアが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-200449号公報
【文献】特開平6-70664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
光で魚類を集めることは、特許文献2や、伝統的なイカ釣り漁などを見てわかるように、従来行われていた。しかし、生け簀や養殖槽といった決まった空間内で魚類を誘導するには、効果的とは言えなかった。例えば、特許文献1のように、光で稚魚を誘導回収するために、光を用いると、確かにある程度稚魚は集まってくるが、かなりの時間を要する場合が多い。
【0007】
また、魚種によって好む波長の光(以後「選択色」と呼ぶ。)は存在するが、特許文献2では、具体的にどのような波長の光を使用するかについては、なんの開示もない。したがって、短時間で魚類を誘導できる方法が要請されているという課題を解決するものではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は上記課題に鑑みて想到されたものであり、魚類を短時間に、しかも安全に所望の場所に移動させる方法を提供するものである。
【0009】
具体的に本発明に係る魚類の行動制御方法は、
少なくとも一種以上の魚種のいる水槽に、前記魚種の忌避色を照射する忌避色照射領域と、前記忌避色照射領域中に前記忌避色が照射されていない選択色照射領域を設け、前記魚種を前記選択色照射領域に集める工程と、
前記選択色照射領域を移動させることで、前記魚種を前記選択色照射領域の動きに追従させる工程を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る魚類の行動制御方法は、従来あまり使用されていなかった魚類の忌避色を利用する。魚類はこの忌避色を照射されると、素早くこの照射領域からの回避行動をとる。この反応速度は、選択色を照射してそれに集まる反応速度より1桁以上早い。したがって、忌避色を利用することで、非常に速い速度で魚類の行動を制御することができる。
【0011】
また、この忌避色を使用するとともに、選択色も利用することで、魚類の行動をより確実に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施例を行った水槽の構成を示す図である。
図2】魚種がカワハギの場合の灰色に対する他の色の選択率を表すグラフである。
図3】魚種がウマズラハギの場合の灰色に対する他の色の選択率を表すグラフである。
図4】魚種がカワハギの場合の灰色の明度に対する選択率を表すグラフである。
図5】魚種がウマズラハギの場合の灰色の明度に対する選択率を表すグラフである。
図6】魚種がカワハギの場合の忌避色赤に対する選択率を表すグラフである。
図7】魚種がカワハギの場合の忌避色黒に対する選択率を表すグラフである。
図8】魚種がカワハギの場合の選択色(青緑色)の明度に対する選択率を表すグラフである。
図9】魚種がアユの場合の灰色に対する他の色の選択率を表すグラフである。
図10】魚種がアユの場合の灰色の明度に対する選択率を表すグラフである。
図11】魚種がアユの場合の赤色に対する青色と白色の選択率を表すグラフである。
図12】実施例5の対照ケースの実験手順を説明する図である。
図13】実施例5の試験ケースの実験手順を説明する図である。
図14】本発明に係る魚類の行動制御方法を、水槽中の魚を活魚車に移動させる場合に適用した際の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明に係る魚類の行動制御方法について図面および実施例を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態および一実施例を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。
【0014】
本発明に係る魚類の行動制御方法は、魚類を所望の位置に移動させる際に有効である。特に、生け簀や養殖槽といった広さおよび深さが制限された水で満たされた空間内で使用する場合に効果が高い。忌避色からの回避方向を制限しやすいからである。このような空間を水槽と呼ぶ。なお、水槽に入れられる水は淡水でも海水でも汽水でも良い。水槽は、その境界を固形壁で形成してもよいし、内部に囲われる魚類が外部に出られないような網状の物であってもよい。したがって、水槽は、陸上に建設することもできるし、輸送に使う船舶や活魚車、海や川といった自然環境中に設けることもできる。
【0015】
忌避色は、魚種によって異なるが、多くの魚種は波長の長い赤い光が忌避色となる。また、逆に紫外光であるUV光も忌避色とする場合が多い。一方、選択色は、青色から緑色が多い。
【0016】
魚類を制御する際には、上方から忌避色若しくは選択色を照射すればよい。魚類は、真後ろ以外の方向の光を見ることができるからである。また、魚種によって忌避色が異なる場合があることがわかった。したがって、忌避色の異なる魚種が複数種存在する水槽から特定の魚種だけを他の魚種と分離させるということにも利用できる。
【0017】
また、選択色を照射した領域を選択色照射領域とよび、忌避色を照射した領域を忌避色照射領域と呼ぶ。また、忌避色照射領域以外の領域を非忌避色領域と呼ぶ。
【0018】
本発明に係る魚類の行動制御方法としては、まず、1種以上の魚種が飼育若しくは捕獲されている水槽中に、行動を制御したい魚種の忌避色による忌避色照射領域と、非忌避色領域を形成し、非忌避色領域にその魚種が集まるのを待つ。この際、水槽の周辺に忌避色照射領域を設け、その内側に非忌避色領域を設ける。そして、徐々に忌避色照射領域を大きくし、非忌避色領域に魚種を集めてもよい。
【0019】
次に、忌避色照射領域を所望する方向に移動させる。これは忌避色照射領域を変化させることで行う。非忌避色領域に集まった魚種は非忌避色領域の移動に追従する動きを取る。この時、忌避色照射領域に使った色が忌避色でない魚種がいた場合は、その魚種は、非忌避色領域の移動に追従する動きはしない。つまり、複数の魚種がいる水槽において、特定の魚種だけを移動させることができる。
【0020】
また、非忌避色領域を選択色で形成した選択色照射領域とすることで、忌避色、選択色に反応する魚種は非常に素早く選択色照射領域の動きに追従することができる。
【0021】
なお、対象となる魚種における選択色、忌避色は以下のようにして求める。5尾以上の魚種を水槽に入れ、まず全体に灰色を照射して30分放置する。次に、一方の領域に灰色を照射し他方の領域に灰色以外の色を照射する。そして、2分間放置し、各色の領域にいる魚の数を最初の1分間測定する。
【0022】
そして、照射する光の色を左右の領域で切り代えて同様に2分間放置し、各色の領域にいる魚の数を最初の1分間測定する。この切り替えを6回繰り返し、各色の灰色に対する選択率(%)を求める。そして灰色に対して、少なくとも赤、黄、緑、青色の選択率を求める。その結果、最も選択率の低い色を忌避色とする。また、最も選択率が高い色が選択色である。
【0023】
なお各色の選択率の分布をみて、選択色および忌避色と選択率に大きな差がないと判断できる場合は、その色も選択色若しくは忌避色と判断してよい。
【実施例
【0024】
次に実施例を用いて、水槽内の魚に対して本発明に係る魚類の行動制御方法を適用する場合について説明する。図1(a)に、実験装置の構成を示す。水槽10は縦0.9m×横1.5m×深さ0.15mの大きさのものを用いた。
【0025】
水槽10の上部には、プロジェクタ20を載置した。プロジェクタ20の照射範囲は、水槽10の床面全域に照射できる。また、プロジェクタ20は3光源方式であり、RGBの各色毎に輝度を変更することができる。輝度の変更は、プロジェクタ20を制御するソフト側で、256階調で指定した。なお、プロジェクタ20が1台で床面全域を照射できない場合は、複数のプロジェクタを用いてよい。
【0026】
プロジェクタ20は、照射領域、照射する配色、輝度、照射のタイミング、および照射した図の動きを制御装置30で制御することができる。プロジェクタ20は、水槽10の複数の箇所に異なる色で照射することができる。プロジェクタ20は所定領域に静止画(例えば同一色)を照射したり、所定領域の動画(例えば同一色の一定領域を移動させる)ことができるのが望ましい。
【0027】
<実施例1:灰色に対する色の選択率>
図1(b)は水槽10を真上から見た状態を示している。水槽10を左領域10aおよび右領域10bに分け、それぞれの領域に異なる色の光を照射し、波長に伴う稚魚の行動、遊泳位置の影響を測定した。使用した魚類はカワハギ、ウマズラハギおよびアユの稚魚Fが5尾である。稚魚の大きさは、魚体重0.2g~15g、全長3cm~12cmのもの、代表的なものを表1に示す。
【0028】
【表1】
【0029】
また、プロジェクタ20の各色に対する光子量を均一になるように調節しながら、ファイバマルチチャンネル分光器USB4000(Ocean photonics Inc.製)を用いて各色の光子量を測定した。測定結果を表2に示す。この結果から、白と黒以外の各色はおよそ同じ光子量に調節でき、実験に使った各色の光の強さには違いがないことが確認できた。
【0030】
【表2】
【0031】
実験方法は、以下のようにした。5尾のカワハギの稚魚Fが水槽10に入った状態で、まず全体に灰色を照射して30分放置した。次に、一方の領域に灰色を照射し他方の領域に灰色以外の色を照射する。そして、2分間放置し、各色の領域にいる稚魚の数を最初の1分間測定する。そして、照射する光の色を左右の領域で切り代えて同様に2分間放置し、各色の領域にいる稚魚の数を最初の1分間測定する。この切り替えを6回繰り返し、各色の灰色に対する選択率(%)を求めた。
【0032】
結果を図2のグラフに示す。図2を参照して、横軸は試験を行った色である。灰色は基準となる色としたので含まれていない。縦軸は選択率(%)である。つまり、5尾のカワハギの稚魚F中で、灰色に対して各色を選択した割合(尾数)を示している。青緑、青、白を選択する率が高かった。一方、赤に対しては、むしろ忌避する率が高いと言えた。
【0033】
同様の実験を魚種を変えて行った。図3には、魚種がウマズラハギの稚魚Fの場合の結果を示す。横軸は色であり縦軸は選択率(%)である。図3の結果は、図2とはかなり傾向が異なった。
【0034】
まず青に対する選択率が非常に高く、カワハギの稚魚Fが忌避気味であった黒はむしろ灰色と同じ程度の選択率で差が無いと考えられた。また、逆にカワハギの稚魚Fでは選択色と考えられた白は、ウマズラハギの稚魚Fではやや忌避ぎみの色であった。また、カワハギの稚魚Fでは、灰色と同じ選択率であった黄および緑は、ウマズラハギの稚魚Fではむしろ忌避ぎみであった。
【0035】
つまり、ウマズラハギの稚魚Fは青の選択性が非常に高く、青緑以外の色は忌避色になる傾向であった。このことから、魚類は明らかに忌避色があり、魚類種によってその傾向は異なることがあることが分かった。
【0036】
<実施例2:明度に対する選択性>
次に明度に対する選択率を調べた。使用した魚種はカワハギの稚魚Fであり、表1で用いたものと同じである。灰色50%を基準とし、100%(白)から0%(黒)まで20%間隔で明度の違う照射光を作成した。試験方法は実施例1と同じであり、灰色50%と他の明度の色を左右の領域で切り代えながら2分間保持し、その領域にいる魚数を最初の1分間カウントした。
【0037】
結果を図4に示す。横軸は明度の違いを表し、縦軸は選択率(%)である。この結果より明度に対する選択率に大きな違いはなかった。これは図2の結果が、光の明度よりも、波長に基づいて行動していることを示している。
【0038】
図5は、魚種をウマズラハギの稚魚Fにした場合の結果である。図4同様に、横軸は明度の違いを表し、縦軸は選択率(%)である。図5からウマズラハギの稚魚Fの場合は、図3の場合同様に、白よりも黒の選択率が若干高い傾向であった。しかし、波長の違いほどに大きな差ではなく、ウマズラハギの稚魚Fも明度より波長をより強く認識していると考えられた。
【0039】
<実施例3:忌避色に対する選択性>
実施例1および2で、忌避色が存在することが明らかになったが、魚種によってその傾向は異なった。しかし、赤色については、確実に忌避される色であることがわかった。そこで、カワハギの稚魚Fの忌避色である赤および黒に対する各色の選択性について調べた。
【0040】
実験方法は実施例1および2と同じであるが、照射する色を忌避色と調べる色の2色とし、これらの色を水槽10の左右の領域で2分間隔で切り代えながら最初の1分間を測定する。切り替え回数は実施例1および2とも同様に6回である。結果を図6に示す。魚種はカワハギの稚魚Fである。
【0041】
図6は、忌避色を赤色とした場合の他の色の選択率を示す。横軸は各色を表し、縦軸は選択率(%)を表す。忌避色赤に対しては、試験を行った緑、青緑、青、白のいずれの色も高い選択率を示した。これはカワハギの稚魚Fが赤色の照射領域と、これらの色の照射領域があれば、確実に赤色を忌避し、これらの色のゾーンに移動することを表している。
【0042】
図7は、忌避色を黒色とした場合の他の色の選択率を示す。横軸は各色を表し、縦軸は選択率(%)を表す。忌避色黒に対しては、試験を行った青、青緑、白のうち、青緑および白を選択する率が高かった。これは、カワハギの稚魚Fは黒色の照射領域と、これらの色の照射領域があれば、確実に黒色を忌避し、これらの色のゾーンに移動することを表している。また、黒よりも忌避レベルの高い赤色と選択色の組合せの方が、選択率が高く、効果が明確になることを示している。
【0043】
<実施例4:選択色の明度>
次に選択色の明度の違いを調べた。魚種はカワハギの稚魚Fを用い、選択色は青緑とした。実験方法は実施例1~3と同じである。基準となる色は50%灰色として、青緑の明度を変化させた光を左右の領域で切り代えながら照射した。青緑の明度はプロジェクタ20に対する輝度設定レベル83、160、255の3段階を選んだ。
【0044】
結果を図8に示す。横軸は明度の違い(設定レベル)であり縦軸は選択率(%)である。明度に対しては、高くなるほど選択率が低くなる傾向であった。
【0045】
<実施例4:アユの場合>
次にアユについて調べた。アユの稚魚を使い、同じ光子量の灰色に対する各色の選択率を比較した。実験方法は実施例1の場合と同じである。結果を図9に示す。図9を参照して、横軸は色の種類を表し、縦軸は選択率(%)を表す。アユの稚魚は、青色に対する選択率が高く、赤色に忌避する率の高い結果が示された。アユでも光の波長によって選択色と忌避色の両者があり、行動が制御されていることが示された。
【0046】
次に、灰色の明度に対する選択率を調べた。結果を図10に示す。図10を参照して、横軸は明度(%)であり、縦軸は選択率(%)を示す。多少バラツキがあったものの明度に対する選択率は、50%前後で傾向のないことが示された。アユでも光の波長によって行動が制御されていることが確認できた。
【0047】
図14には、赤色に対する黒色と青色の選択率を調べた結果を示す。図11を参照して、横軸は色(黒と青)であり、縦軸は選択率を表す。アユ稚魚の青色の選択率は、図9に示す灰色を対照にしたときに平均で60%であった。しかし、忌避色の赤色に対する選択色の青色で比較したところ、90%近くにまで上昇した(図11)。忌避色と選択色を組み合わせることで相乗効果のあることが確認できた。
【0048】
<実施例5:忌避色を用いた行動制御>
図12は、水槽10を真上から見た状態を示す。この実施例では、水槽10の左右の領域(10a、10b)の真ん中には透明ゲート15を配置した。透明ゲート15は真ん中に左右の領域を行き来できる貫通孔15aが形成され、その他の部分は透明な壁となっている。実験にはウマズラハギの稚魚Fを5尾用いた。図12(a)を参照して、まず、全体を灰色に照射し、30分放置した。
【0049】
次に、左領域10aに赤色、右領域10bを青緑色に照射した(図12(b))。この操作によって、ウマズラハギの稚魚Fは全て右領域10bに移動した。そして、ウマズラハギの稚魚Fは全て右領域10bに移動したことを確認した時点から時間計測を開始し、同時に左領域10aも右領域10bも灰色にした(図12(c))。そして、図12(d)のように、全てのウマズラハギの稚魚Fが左領域10aに移動する時間を測定した。
【0050】
すべてのウマズラハギの稚魚Fが左領域10aに移動したら、2分間放置して、図12(b)からの手順を繰り返した。繰り返しは3回連続で行った。これを対照ケースと呼ぶ。
【0051】
次に図13を参照する。図12で用いたのと同じウマズラハギの稚魚Fを用いた。また、この実験は図12の実験を3回繰り返した後に続けて行った。つまり、3回目の図15(d)の状態の後2分後から次の操作を行った。
【0052】
図13を参照する。まず左領域10aを赤色にし、右領域10bを青緑色として、ウマズラハギの稚魚Fを右領域10bに移動させた(図13(a))。移動の確認後に時間計測を開始した。次に右領域10bの青緑色の照射領域を右領域10bの半分とし、残りを赤色光で照射した(図13(b))。
【0053】
全てのウマズラハギの稚魚Fが青緑色照射域に移動したら、左領域10aを青緑色で照射し、青緑色領域をゲート15の真ん中を右領域10bから左領域10aに移動させた(図13(c))。この時、右領域10bでは、青緑色領域が移動した後は赤色領域となるように照射領域を制御した。言いかえると、忌避色の境界ラインをウマズラハギの稚魚Fを進めたい方向にウマズラハギの稚魚Fの後ろから移動させたといえる。そして、5尾のウマズラハギの稚魚Fが左領域10aに移動するまでの時間を測定した。
【0054】
なお、この場合青緑色領域は、ウマズラハギの稚魚Fにとっては、選択色照射領域であり、赤色領域は忌避色照射領域である。
【0055】
図13(d)には、全てのウマズラハギの稚魚Fが左領域10aに移動した状態を示す。右領域10bは全て赤色となっている。ウマズラハギの稚魚Fが全て左領域10aに移動した後、左領域10aおよび右領域10bを灰色に照射し2分放置する。その後再び図13(a)からの手順を3回繰り返した。これを試験ケースと呼ぶ。対照ケースと試験ケースの結果を表3に示す。
【0056】
【表3】
【0057】
表3を参照して、対照ケースでは、ウマズラハギの稚魚Fの移動には、632±808秒の時間を要したのに対して、試験ケースでは10±2秒で移動が完了した。この事より、魚類に対しての忌避色が存在し、選択色で誘引するよりも、忌避色を用いて魚類が行きたくない場所を作る(追い立てる)という方法が効果的に魚類の行動を制御できることが分かった。
【0058】
<実施例6:選択色の球の移動に対する追従行動>
長方形水槽10にウマズラハギの稚魚を5尾収容し、忌避色の赤色を背景として、選択色である青色の円形をプロジェクタ20で照射した。円の直径は長方形水槽の短い辺の1/2の大きさとし、常に円の端が水槽端に接触している状態で、水槽10の周囲(全周4.8m)を13秒かけて定速で1周させた。
【0059】
表4の試験区は、円と同じ方向に、ほぼ同じ速さで泳ぐ「追従行動」を示す魚の割合とし、4回測定して平均値を求めた。その時の対照区は、光子量が同じ灰色の一色を2分間照射した画像から、13秒間をランダムに抽出し、試験区と同じ軌道を偶然泳いだ魚の割合とした。
【0060】
その結果、円の照射がないにもかかわらず、偶然その軌道の方向に泳いだ魚の割合は平均で9%であった。これに対し、円の軌道の方向に同じような速度で泳いだ魚の割合は48%にも達した。
【0061】
また、同様の条件で、円の中にいた魚の割合を表5に示す。画像が存在しない対照区の平均22%に対し、試験区では平均44%と2倍の値に達した。これらの結果から、選択色と忌避色を使えば、移動している画像に魚を誘導させることが可能であることが確認できた。
【0062】
【表4】
【0063】
【表5】
【0064】
次に、上記と同じ条件で円の大きさの影響を調べた。円の直径は、長方形水槽の短い辺の2/3を大、1/2を中、1/3を小として、それぞれ比較した。その結果、円の軌道の方向に同じ速度で泳いだ魚の割合(表6)、円の中にいた魚の割合(表7)ともに、大きいサイズで顕著になった。このように、条件を変えることによって移動の精度を高められることが分かった。
【0065】
【表6】
【0066】
【表7】
【0067】
<実施例7:ゲート通過時間>
ウマズラハギの稚魚を使い、実施例7のカワハギで実施したゲート通過実験を同じ方法で調べた。すなわち、水槽の左半分と右半分を赤と青にし、5尾全てが右の青に移動した時間を開始時として、様々な条件で比較した。まず、対照区は、開始時以降に全てに灰色を照射し、ゲートを通過して左半分に移動するまでの時間を測定したところ、平均67秒であった。
【0068】
次に、試験区1は開始時から右の青を中央1/2の面積に縮小し、周囲は灰色で囲むようにした。5尾全てが青エリアへ移動したら、青エリアをゲートの右から左に移動させ、周囲は灰色で囲い込んだ。5尾全てがゲートを通過するまでの時間を測定すると10秒であった。
【0069】
試験区2は、試験区1の青色を灰色に変え、周りの灰色を赤色に変えて忌避色のみで移動させた。その結果、平均12秒が必要であった。これより、選択色のみ、忌避色のみのいずれか一方でもゲートを通過する時間を1/6程度まで大幅に短縮できることが分かった。
【0070】
さらに、試験区3では、試験区1の灰色を赤色に変え、選択色の青色と忌避色の赤色を使って移動を行った。その結果、ゲートを通過するまでの時間は選択色のみの試験区1および忌避色のみの試験区2に比べ、それらの半分の平均5秒でゲートを通過させることができた。
【0071】
これより、魚種によって選択色と忌避色は異なり、その程度も違ってくるが、多くの魚種で両方の性質が利用できること、両方の性質を組み合わせることによって著しい効果を発揮できることがわかった。
【0072】
【表8】
【0073】
図14には、忌避色を利用して魚類を水槽10から活魚車40に魚FSを移動させる状態を示す。活魚車40は荷台水槽42を搭載している。荷台水槽42には、魚FSを貯留させ、生きたまま魚FSを運搬することができる。従来は水槽10から網で魚を救い上げ、活魚車40に移していた。本発明に係る魚類の行動制御方法では、水槽10に忌避色Lavを照射し、活魚車40への移動管44に選択色を照射することで水槽10中の魚を活魚車40に移動させることができる。
【0074】
より詳しくは、移動管44に選択色Lfvを照射しておき、水槽10の中ほどから忌避色Lavを照射する。そして、忌避色Lavの境界Lavbを移動管44の方に移動させる。すると魚FSは忌避色Lavから選択色Lfvに移動し、さらに忌避色Lavの境界Lavbを避けるように、移動管44を通って荷台水槽42に移動する。この時移動管44は透明であるのが望ましい。
【0075】
また水槽10中に選択色Lfvの領域50を複数箇所作り、その中のある領域50内にいる魚だけを活魚車40に移動させることもできる。このようにすることで、水槽10中の特定尾数だけをスムーズに活魚車40に移動させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明に係る魚類の行動制御方法は、養殖の際に生け簀の間で魚を移動させたり、水槽から水槽へ魚類を移動させたりする際に好適に利用することができる。また、漁業でも利用が可能で、水族館の魚や観賞魚についても展示等で魚の行動制御を行うことができる。
【符号の説明】
【0077】
10 水槽
10a 左領域
10b 右領域
15 透明ゲート
20 プロジェクタ
30 制御装置
40 活魚車
42 荷台水槽
44 移動管

図1
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図14