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特許71381161,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、その製造方法及びその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-07
(45)【発行日】2022-09-15
(54)【発明の名称】1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、その製造方法及びその用途
(51)【国際特許分類】
   C07C 43/17 20060101AFI20220908BHJP
   C07C 41/16 20060101ALI20220908BHJP
   C09K 3/00 20060101ALI20220908BHJP
   C11D 7/50 20060101ALI20220908BHJP
   C11D 7/28 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
C07C43/17 CSP
C07C41/16
C09K3/00 111B
C11D7/50
C11D7/28
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019552366
(86)(22)【出願日】2018-11-08
(86)【国際出願番号】 JP2018041420
(87)【国際公開番号】W WO2019093401
(87)【国際公開日】2019-05-16
【審査請求日】2021-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2017216532
(32)【優先日】2017-11-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000157119
【氏名又は名称】関東電化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100120754
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 豊治
(72)【発明者】
【氏名】中西 晶子
(72)【発明者】
【氏名】中村 裕
【審査官】高橋 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-238583(JP,A)
【文献】特開平11-147848(JP,A)
【文献】米国特許第2799712(US,A)
【文献】MURATA, Junji et al.,Selective synthesis of fluorinated ethers by addition reaction of alcohols to fluorinated olefins in,Green Chemistry,2002年,4(1),60-63
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 43/17
C07C 41/16
C09K 3/00
C11D 7/50
C11D 7/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
【化1】
で表される1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン。
【請求項2】
トランス-1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、シス-1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、及びこれらの組み合わせからなる群より選ばれる請求項1に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン。
【請求項3】
2,2,2-トリフルオロエタノールとトリクロロエチレンとを塩基存在下で付加反応させる工程を含む、請求項1または2に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンの製造方法。
【請求項4】
前記付加反応が、アルカリ金属水酸化物の存在下で行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記付加反応が、水酸化ナトリウム及び/または水酸化カリウムの存在下で行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
溶剤、洗浄剤または発泡剤としての請求項1または2に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンを含む組成物の使用。
【請求項7】
フラックスまたは加工油を洗浄するための洗浄剤としての請求項1または2に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンを含む組成物の使用。
【請求項8】
基材に請求項1または2に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンを含む組成物を接触させる工程を含む、基材から汚染物質を除去する方法。
【請求項9】
前記汚染物質がフラックスまたは加工油である、請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶剤、洗浄剤、発泡剤、機能性材料の中間体等として利用が期待される、新規な1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン(以下、単に「DTE」ということがある)、その製造方法及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
含フッ素オレフィンの製造方法を開示する文献は多数存在するが(特許文献1~5)、本発明の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンを製造できたとする報告例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-160230号公報
【文献】再公表2015/033927号公報
【文献】特開平07-316235号公報
【文献】特開2001-151826号公報
【文献】特開2007-169276号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、新規な1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、その製造方法及びその用途を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下のものを提供する。
[1]
下記式(1):
【化1】
で表される1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン。
[2]
トランス-1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、シス-1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、及びこれらの組み合わせからなる群より選ばれる[1]に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン。
[3]
2,2,2-トリフルオロエタノールとトリクロロエチレンとを塩基存在下で付加反応させる工程を含む、[1]または[2]に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンの製造方法。
[4]
前記付加反応が、アルカリ金属水酸化物の存在下で行われる、[3]に記載の方法。
[5]
前記付加反応が、水酸化ナトリウム及び/または水酸化カリウムの存在下で行われる、[3]に記載の方法。
[6]
溶剤、洗浄剤または発泡剤としての[1]または[2]に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンを含む組成物の使用。
[7]
フラックスまたは加工油を洗浄するための洗浄剤としての[1]または[2]に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンを含む組成物の使用。
[8]
基材に[1]または[2]に記載の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンを含む組成物を接触させる工程を含む、基材から汚染物質を除去する方法。
[9]
前記汚染物質がフラックスまたは加工油である、[8]に記載の方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン(DTE)は、溶剤、洗浄剤、発泡剤、機能性材料の中間体等の用途に好適に用いることができる。また、本発明のDTEは、分子内に二重結合を有しており、大気中において容易に分解するので、地球温暖化係数(GWP)およびオゾン破壊係数(ODP)が低い。
【0007】
また本発明の製造方法によれば、本発明のDTEを産業的に有利な方法で製造できるほか、得られるDTEの異性体選択率を制御できる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(本発明の化合物の構造)
本発明の化合物である1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンは、下記式(1):
【化2】
で表される化学構造を有する。上記式(1)において、炭素-炭素二重結合に波線で結合する塩素原子は、当該塩素原子が二重結合に対してトランス位置またはシス位置のいずれかの位置に存在することを示す。したがって、本発明の化合物には、トランス-1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、シス-1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレン、及びこれらの組み合わせが包含される。なお、慣用の表記法に従い、式(1)では水素原子の表示を省略している。
【0009】
本発明の化合物は、炭素-炭素二重結合に電気陰性度が高い酸素原子と塩素原子が直接結合した構造をしており、二重結合の電子が比較的広く分散して分子全体として安定な化学構造を形成している。一方、本発明の化合物は、二重結合と酸素原子からなるビニルエーテル構造を有するため、大気中に放出された場合には容易に分解する。本発明の化合物は、酸素、塩素、二重結合などの反応部位となる官能基を備える反面、化合物全体として安定しており、特定条件のみで反応する試薬として作用する。このため機能性材料の中間体としての用途が期待できる。本発明の化合物は、塩素原子を2つ有するので、有機物の溶解性、特に油の溶解性に優れている。このため、溶剤、洗浄剤、発泡剤などの用途に有用である。
【0010】
(本発明の化合物の製造方法)
本発明の化合物は、例えば、2,2,2-トリフルオロエタノールとトリクロロエチレンとを塩基存在下で付加反応させることにより得られる。
反応は大気圧下で行うことができ、反応温度は常温よりやや高い50~100℃の範囲内とすることが好ましい。
【0011】
塩基としては、例えば、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物が挙げられる。塩基濃度は、通常、反応液全体を100重量%として、1~50重量%程度である。特に、アルカリ金属水酸化物の水溶液を使用する場合、塩基濃度は、反応液全体を100重量%として、好ましくは5~50重量%であり、より好ましくは8~40重量%であり、さらに好ましくは5~35重量%であり、最も好ましくは5~15重量%である。
【0012】
溶媒としては、塩基を溶解できるものであればよく、水のみならず、水溶性有機溶媒、非プロトン性極性有機溶媒も使用でき、さらにこれらの混合溶媒も使用できる。水溶性有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどの低級アルコール;グライム、ジグライム(Dig)などのエーテル系溶媒などが挙げられる。非プロトン性極性有機溶媒としては、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ヘキサメチルホスホルアミド(HMPA)などが挙げられる。入手の容易性やコストを考慮して、水または水との混合溶媒を使用することが好ましい。
【0013】
反応を水相と有機相の2相系で行う場合、反応系に相間移動触媒を存在させることが反応効率を向上させる点で望ましい。相間移動触媒の量は、2,2,2-トリフルオロエタノール(TFEOH)の量を100mol%として、好ましくは0.1~10mol%、より好ましくは0.5~5mol%である。相間移動触媒としては、例えば、テトラブチルアンモニウムブロマイド(TBAB)、トリオクチルメチルアンモニウム塩、ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウム塩などの第4級アンモニウム塩;クラウンエーテルなどが挙げられる。
【0014】
(本発明の化合物の用途)
前述したように、本発明の化合物は、塩素原子を2つ有するので、有機物の溶解性、特に油の溶解性に優れている。この特性を利用して以下の用途に有用である。
(1)溶剤及び洗浄剤としての用途
本発明の化合物は、アセトン、アセトフェノン等のケトン類、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル類、ジイソプロピルエーテル、t-ブチルメチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジグライム、1,4-ジオキサン等のエーテル類、ジメチルスルホキシド、スルホラン等のスルホキシド類、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン等のアミド類、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素類、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類等の有機溶媒と任意の割合で混合することができる。このため、混合溶媒として幅広い用途に使用できる。また、本発明の化合物は、特に油の溶解性に優れており、洗浄剤として好適に用いる事ができる。
本発明の化合物の沸点は、35℃/35hPa(約120℃/1013hPaに相当する。)である。このため、通常の作業環境において揮発性が低く、作業環境の改善に寄与する。
【0015】
(2)発泡剤としての用途
本発明の化合物の有機物の溶解性を利用して、ポリウレタンなどの熱硬化性樹脂やポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレンなどの熱可塑性樹脂の発泡性組成物の調製に利用できる。
【実施例
【0016】
以下に本発明を具体例で説明するが、本発明の範囲は以下の例に限定されるものではない。
[実施例1]
【0017】
【化3】
(上記反応式中、NaOHaq.は水酸化ナトリウム水溶液を指す。)
【0018】
冷却管を取り付けた1Lの3つ口フラスコに、NaOH72g(1.8mol)、水504gを順に仕込んだ。2,2,2-トリフルオロエタノール(TFEOH)90.0g(900mmol)を1.5時間かけて添加した。次いで、トリクロロエチレン(TCE)124.2g (944mmol)を添加、最後に相間移動触媒としてテトラブチルアンモニウムブロマイド(TBAB)3.46g(10.7mmol)を加えた。反応液を70℃に加熱し20時間反応させた後、室温に戻した。有機層を分層し、蒸留精製したところ本発明化合物である1,2-ジクロロ-1-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)エチレンを150g(収率84%)で得た。
【0019】
得られた化合物の同定に至ったスペクトルデータを以下に示す。以下のNMR及びGC分析結果から、単一化合物であることを確認した。
H NMR(CDCl):4.31(q,J=8Hz,2H)、5.64(s,1H)
19F NMR(CDCl):-74.1(t,J=8Hz,3F)
13C NMR(CDCl):66.7(q,CF CCl=CClH)、101.0(d,CFCH CCl=ClH)、122.5(q,CH CCl=CClH)、141.9(s,CFCH OCCl=CClH)
GC:2.1min CFCHOH、3.7min TCE、5.1min 本発明化合物、9.1min ジグライム
GC-MS:7.7min、分子量 194
沸点:35℃/35hPa(約120℃/1013hPaに相当する。)
【0020】
[実施例2~13
反応条件を下記表のように変更した以外は実施例1と同様にして本発明の化合物を調製した。
【0021】
【表1】
(上記表中、「TFEOH」は2,2,2-トリフルオロエタノールを示し、「TCE」はトリクロロエチレンを示し、「TBAB」はテトラブチルアンモニウムブロマイドを示し、「Dig/H2O(14/20)」はジグライム14gと水20gの混合溶媒を示す。「TBAB」の量は、TFEOHの量を100mol%とした値である。KOHはDMF溶媒へ粉末状に粉砕して混合した。収率はGC収率であり、実施例1については単離収率を括弧内に示した。)
【0022】
[洗浄力評価試験]
本発明化合物に対する各評価対象の溶解度(洗浄能力)を下表に示した。表中の数値は溶剤100gに溶ける各評価対象のグラム数を示す。「相溶」は、溶剤100gに評価対象100gが溶解したことを意味する。
【0023】
【表2】
*1:参考資料 洗浄技術の展開 シーエムシー出版
*2:ゼオローラ(登録商標)HTA、AE-3000、AK-225はいずれも洗浄剤商品名である。
*3:1233zは、シス-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロプロペンの略称である。
【0024】
上記表からわかるように、本発明の化合物は、いずれの加工油に対しても「相溶」であるだけでなく、洗浄が困難とされるフラックス剤(アビエチン酸)に対しても既存の洗浄剤よりも溶解性に優れるという予想外に良好な評価結果となった。