(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-08
(45)【発行日】2022-09-16
(54)【発明の名称】抗認知症剤及び短期記憶障害改善/抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 36/899 20060101AFI20220909BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20220909BHJP
A23K 10/30 20160101ALN20220909BHJP
A23K 10/33 20160101ALN20220909BHJP
A23L 33/105 20160101ALN20220909BHJP
【FI】
A61K36/899
A61P25/28
A23K10/30
A23K10/33
A23L33/105
(21)【出願番号】P 2018086643
(22)【出願日】2018-04-27
【審査請求日】2021-03-04
(73)【特許権者】
【識別番号】321006774
【氏名又は名称】三井製糖株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】古田 到真
(72)【発明者】
【氏名】水 雅美
【審査官】柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0357583(US,A1)
【文献】特開2017-043563(JP,A)
【文献】特開2005-272355(JP,A)
【文献】特開2005-104850(JP,A)
【文献】特開2003-286164(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0028482(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/00-36/9068
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
REGISTRY/FSTA/AGRICOLA/BIOTECHNO/CABA(STN)
SCISEARCH/TOXCENTER(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
甘蔗由来の抽出物を有効成分として含有
し、
前記甘蔗由来の抽出物は、甘蔗汁、甘蔗の溶媒抽出液及び甘蔗由来の糖蜜からなる群より選ばれる少なくとも1種の原料を、カラムクロマトグラフィーで処理することにより得られる画分であり、
前記甘蔗由来の抽出物は、前記原料を、固定担体としての合成吸着剤を充填したカラムに通液し、該合成吸着剤に吸着された成分を、水、メタノール、エタノール及びこれらの混合物からなる群より選ばれる少なくとも1種の溶媒で溶出させることにより得られる画分であり、
前記合成吸着剤は、芳香族系樹脂である、抗認知症剤。
【請求項2】
前記甘蔗汁は、甘蔗を圧搾して得られる圧搾汁、甘蔗を浸出して得られる浸出汁、原料糖製造工場における石灰処理した清浄汁及び濃縮汁からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項
1に記載の抗認知症剤。
【請求項3】
甘蔗由来の抽出物を有効成分として含有し、
前記甘蔗由来の抽出物は、甘蔗汁、甘蔗の溶媒抽出液及び甘蔗由来の糖蜜からなる群より選ばれる少なくとも1種の原料を、合成吸着剤を充填したカラムに通液して、エタノール及び水の混合溶媒で溶出させて得られる画分であり、
前記合成吸着剤は、疎水性置換基を有する芳香族系樹脂であり、
前記カラムの温度は20~60℃であり、
前記混合溶媒のエタノール及び水の体積比(エタノール/水)は50/50~60/40である
、抗認知症剤。
【請求項4】
甘蔗由来の抽出物を有効成分として含有
し、
前記甘蔗由来の抽出物は、甘蔗汁、甘蔗の溶媒抽出液及び甘蔗由来の糖蜜からなる群より選ばれる少なくとも1種の原料を、カラムクロマトグラフィーで処理することにより得られる画分であり、
前記甘蔗由来の抽出物は、前記原料を、固定担体としての合成吸着剤を充填したカラムに通液し、該合成吸着剤に吸着された成分を、水、メタノール、エタノール及びこれらの混合物からなる群より選ばれる少なくとも1種の溶媒で溶出させることにより得られる画分であり、
前記合成吸着剤は、芳香族系樹脂である、短期記憶障害改善/抑制剤。
【請求項5】
甘蔗由来の抽出物を有効成分として含有し、
前記甘蔗由来の抽出物は、甘蔗汁、甘蔗の溶媒抽出液及び甘蔗由来の糖蜜からなる群より選ばれる少なくとも1種の原料を、合成吸着剤を充填したカラムに通液して、エタノール及び水の混合溶媒で溶出させて得られる画分であり、
前記合成吸着剤は、疎水性置換基を有する芳香族系樹脂であり、
前記カラムの温度は20~60℃であり、
前記混合溶媒のエタノール及び水の体積比(エタノール/水)は50/50~60/40である、短期記憶障害改善/抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗認知症剤及び短期記憶障害改善/抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症は、種々の原因により脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったりすることで様々な障害がおこり、生活をする上で支障が出ている状態を指す。認知症の発症に伴って脳全体が委縮することにより、身体機能も失われる場合がある。
【0003】
そこで近年では、認知症を抑制する効果をもたらす成分に関する研究が盛んにおこなわれている。例えば、特許文献1には、ローヤルゼリーが抗認知症活性を示すことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】日本薬理学雑誌,130(2),pp112~116,2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、新規な抗認知症剤及び短期記憶障害改善/抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、in vivo試験によって、甘蔗由来の抽出物がアミロイドβタンパク質の蓄積に起因する短期記憶障害を改善/抑制する作用を有することを見出した。
【0008】
すなわち本発明は、第1の態様として、甘蔗由来の抽出物を有効成分として含有する、抗認知症剤を提供する。
【0009】
甘蔗由来の抽出物は、甘蔗汁、甘蔗の溶媒抽出液及び甘蔗由来の糖蜜からなる群より選ばれる少なくとも1種の原料を、カラムクロマトグラフィーで処理することにより得られる画分であってよい。
【0010】
甘蔗汁は、好ましくは、甘蔗を圧搾して得られる圧搾汁、甘蔗を浸出して得られる浸出汁、原料糖製造工場における石灰処理した清浄汁、及び濃縮汁からなる群より選ばれる少なくとも1種である。
【0011】
甘蔗由来の抽出物は、原料を、固定担体としての合成吸着剤を充填したカラムに通液し、該合成吸着剤に吸着された成分を、水、メタノール、エタノール及びこれらの混合物からなる群より選ばれる少なくとも1つの溶媒で溶出させることにより得られる画分であってもよい。
【0012】
合成吸着剤は、好ましくは、芳香族系樹脂、アクリル酸系メタクリル樹脂、又はアクリロニトリル脂肪族系樹脂である。
【0013】
甘蔗由来の抽出物は、甘蔗汁、甘蔗の溶媒抽出液及び甘蔗由来の糖蜜からなる群より選ばれる少なくとも1種の原料を、合成吸着剤を充填したカラムに通液して、エタノール及び水の混合溶媒で溶出させて得られる画分であってもよく、合成吸着剤は、疎水性置換基を有する芳香族系樹脂であってよく、カラムの温度は20~60℃であってよく、混合溶媒のエタノール及び水の体積比(エタノール/水)は50/50~60/40であってよい。
【0014】
本発明は、第2の態様として、甘蔗由来の抽出物を有効成分として含有する短期記憶障害改善/抑制剤を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、新規な抗認知症剤及び短期記憶障害改善/抑制剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】製造例1における溶出パターンを示すグラフである。
【
図2】Y字型迷路試験における評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0018】
本発明の抗認知症剤は、抗認知症作用を有するものである。本発明における「抗認知症作用」とは、認知症の発症を未然に防止する作用、認知症の発症を遅延させる作用、一度発症した認知症を発症時の状態から回復させる作用を含む概念である。本発明の抗認知症剤が対象とする認知症は、アルツハイマー型認知症であってもよい。アルツハイマー型認知症は、前脳基底部のマイネルト核におけるアセチルコリン作動性神経細胞の脱落により引き起こされる病態(コリン仮説)と、アミロイドβタンパク質の蓄積によって引き起こされる病態(アミロイド仮説)とがある。両者はそれぞれ別々の病態を示すものであり、同一の病態を別の角度から見たものではない。本発明の抗認知症剤が対象とする認知症はいずれの説に基づくアルツハイマー型認知症であってもよく、好ましくは、アミロイド仮説に基づくアルツハイマー型認知症である。すなわち、本発明の抗認知症剤が対象とする認知症は、アミロイドβタンパク質の蓄積に起因するアルツハイマー型認知症であってよい。言い換えると、本発明は、アルツハイマー型認知症の抗認知症剤、アミロイド仮説に基づくアルツハイマー型認知症の抗認知症剤、又はアミロイドβタンパク質の蓄積に起因するアルツハイマー型認知症の抗認知症剤を提供するということもできる。
【0019】
アミロイド仮説に基づくアルツハイマー型認知症においては、アミロイドβタンパク質に加えて、タウタンパク質が脳内に蓄積することによって脳神経細胞の死滅が引き起こされるために、認知機能に障害が起こると考えられている。初期段階ではアミロイドβタンパク質の蓄積が始まり、約10年経過するとタウタンパク質の蓄積が始まる。その後、アミロイドβタンパク質とタウタンパク質が蓄積し続けることによって脳神経細胞を死滅させ、初期段階から約25年後に認知症を発症させるとされている。本発明の抗認知症剤は、他の一側面において、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積を抑制する作用、脳内に蓄積したアミロイドβタンパク質を低減させる作用を有するということもでき、また、脳内へのタウタンパク質の蓄積を抑制する作用、脳内に蓄積したタウタンパク質を低減させる作用を有するということもできる。
【0020】
本発明は、記憶障害改善/抑制剤を提供するということもできる。本発明の記憶障害改善/抑制剤は、記憶障害を改善/抑制する作用を有するものである。本発明における「記憶障害の改善/抑制」とは、記憶障害の発症を未然に防止する作用、記憶障害の発症を遅延させる作用、一度発症した記憶障害を発症時の状態から回復させる作用を含む概念である。本発明の記憶障害改善/抑制剤が対象とする記憶障害は、長期記憶障害であっても短期記憶障害であってよいが、好ましくは短期記憶障害である。すなわち本発明は、短期記憶障害改善/抑制剤を提供するということができ、更に、アミロイドβタンパク質の蓄積に起因する短期記憶障害の改善/抑制剤を提供するということもできる。
【0021】
一実施形態に係る抗認知症剤は、甘蔗由来の抽出物を有効成分として含有する。
【0022】
甘蔗由来の抽出物とは、甘蔗(及び/又はその加工物)を原料として得られる抽出物をいう。甘蔗由来の抽出物は、好ましくは、甘蔗汁、甘蔗の溶媒抽出液及び甘蔗由来の糖蜜からなる群より選ばれる少なくとも1種の原料(以下、単に「原料」ということがある。)をカラムクロマトグラフィーで処理することにより得られる画分である。
【0023】
甘蔗汁は、好ましくは、甘蔗を圧搾して得られる圧搾汁、甘蔗を浸出して得られる浸出汁、原料糖製造工場における石灰処理した清浄汁、及び濃縮汁(甘蔗の濃縮汁)からなる群より選ばれる少なくとも1種である。
【0024】
甘蔗の溶媒抽出液は、甘蔗を汎用の抽出溶媒で抽出した抽出液を濃縮、乾固後、水に再溶解した抽出液であってよい。抽出溶媒としては、例えばメタノール、エタノール等のアルコール溶媒が挙げられ、これらのアルコール溶媒は、単独又は組み合わせて使用してもよい。さらに、抽出溶媒は上記アルコール溶媒と水の混合溶媒であってもよい。
【0025】
甘蔗由来の糖蜜は、結晶化工程で得られた砂糖結晶と、母液の混合物とを遠心分離にかけ、砂糖結晶を分離して得られる振蜜を意味する。例えば、原料糖工場の製造工程における1番蜜、2番蜜、若しくは製糖廃蜜、又は、精製糖工場の製造工程における洗糖蜜、1~7番蜜、若しくは精糖廃蜜等が挙げられる。さらに、これらの糖蜜を原料としてアルコール発酵を行った分離液のように、糖蜜を脱糖処理したものも甘蔗由来の糖蜜に含まれる。
【0026】
甘蔗由来の抽出物は、一実施形態において、上述した原料を、固定担体としての合成吸着剤を充填したカラムに通液し、該合成吸着剤に吸着された成分を、水、メタノール、エタノール及びこれらの混合物からなる群より選ばれる少なくとも1つの溶媒で溶出させることにより得られる画分である(以下、「抽出物a」という)。
【0027】
抽出物aにおいて、原料は、そのまま又は水で任意の濃度に調整して、合成吸着剤を充填したカラムに通液することができる。なお、原料が甘蔗汁、甘蔗の溶媒抽出液又は甘蔗由来の糖蜜である場合、異物除去のために、カラムに通液する前に原料をろ過することが望ましい。ろ過の手法は特に限定されず、食品工業で広く使用されているスクリーンろ過、ケイソウ土ろ過、精密ろ過、限外ろ過等の手段を好ましく使用できる。
【0028】
合成吸着剤は、好ましくは合成多孔質吸着剤である。合成吸着剤(合成多孔質吸着剤)としては、好ましくは有機系樹脂が用いられる。有機系樹脂は、好ましくは、芳香族系樹脂、アクリル酸系メタクリル樹脂、又はアクリロニトリル脂肪族系樹脂である。
【0029】
芳香族系樹脂としては、例えば、スチレン-ジビニルベンゼン系樹脂が挙げられる。芳香族系樹脂としては、疎水性置換基を有する芳香族系樹脂、無置換基型の芳香族系樹脂、無置換基型に特殊処理をした芳香族系樹脂等の多孔質性樹脂も挙げられ、このうち、疎水性置換基を有する芳香族系樹脂が好ましい。
【0030】
合成吸着剤で市販のものとしては、ダイヤイオン(商標)HP-10、HP-20、HP-21、HP-30、HP-40、HP-50(以上、無置換基型の芳香族系樹脂、いずれも商品名、三菱ケミカル株式会社);SP-825、SP-800、SP-850、SP-875、SP-70、SP-700(以上、無置換基型に特殊処理を施した芳香族系樹脂、いずれも商品名、三菱ケミカル株式会社);SP-900(芳香族系樹脂、商品名、三菱ケミカル株式会社);アンバーライト(商標)XAD-2、XAD-4、XAD-16、XAD-2000(以上、芳香族系樹脂、いずれも商品名、株式会社オルガノ);ダイヤイオン(商標)SP-205、SP-206、SP-207(以上、疎水性置換基を有する芳香族系樹脂、いずれも商品名、三菱ケミカル株式会社);HP-2MG、EX-0021(以上、疎水性置換基を有する芳香族系樹脂、いずれも商品名、三菱ケミカル株式会社);アンバーライト(商標)XAD-7、XAD-8(以上、アクリル酸エステル樹脂、いずれも商品名、株式会社オルガノ);ダイヤイオン(商標)HP1MG、HP2MG(以上、アクリル酸メタクリル樹脂、いずれも商品名、三菱ケミカル株式会社);セファデックス(商標)LH20、LH60(以上、架橋デキストランの誘導体、いずれも商品名、ファルマシア バイオテク株式会社)等が挙げられる。中でも、無置換基型に特殊処理を施した芳香族系樹脂(例えば、SP-850)及び疎水性置換基を有する芳香族系樹脂(例えば、SP-207)が好ましく、疎水性置換基を有する芳香族系樹脂がより好ましい。
【0031】
カラムに充填する合成吸着剤の量は、カラムの大きさ、溶出溶媒の種類、合成吸着剤の種類等によって適宜決定できるが、上記原料の固形分に対して、0.01~10倍湿潤体積量であることが好ましい。
【0032】
上記原料をカラムに通液することにより、原料中の抗認知症作用を有する成分(有効成分)が固定担体である合成吸着剤に吸着され、スクロース、グルコース、フラクトース及び無機塩類の大部分がそのまま流出する。
【0033】
合成吸着剤に吸着された吸着成分(有効成分)は、溶媒(溶出溶媒)により溶出させることができる。吸着成分をより効率よく回収する観点から、吸着成分を溶出させる前に、カラムに残留するスクロース、グルコース、フラクトース及び無機塩類を水洗により洗い流すことが好ましい。
【0034】
溶出溶媒は、水、メタノール、エタノール及びこれらの混合物からなる群より選ばれる少なくとも1種であってよい。溶出溶媒は、アルコール及び水の混合溶媒が好ましく、エタノール及び水の混合溶媒がより好ましく、吸着成分が室温においてより効率よく溶出可能となる観点から、体積比が50/50~60/40(エタノール/水)であるエタノール及び水の混合溶媒が更に好ましい。
【0035】
溶出する際のカラムの温度(カラム温度)は室温であってよいが、室温よりもカラム温度を高温にすることにより、エタノール及び水の混合溶媒においてエタノールの混合割合を減らすことができ、吸着成分をより効率的に溶出させることができる。カラム温度は、好ましくは20~60℃であり、より好ましくは40~60℃である。カラム内は常圧条件下であっても、加圧条件下であってもよい。
【0036】
溶出速度は、カラムの大きさ、溶出溶媒の種類、合成吸着剤の種類等によって適宜設定することが可能であるが、好ましくは、SV=0.1~10時間-1である。
【0037】
溶出した画分を抽出物aとして得ることができるが、一実施形態においては、吸着成分を溶出させた後、溶出した画分を濃縮してもよい。濃縮方法は公知の方法であってよく、例えば、減圧下での溶媒留去、凍結乾燥等の方法であってよい。濃縮を行う場合、溶出した画分を30~70倍に濃縮して、濃縮後の成分を抽出物aとすることができる。
【0038】
抽出物aは、より具体的には、例えば、次のようにして得ることができる。すなわち、原料の固形分に対して0.01~5倍湿潤体積量の疎水性置換基を有する芳香族系樹脂を充填したカラムに、カラム温度60~97℃にて原料を通液した後、カラムに吸着された成分を、カラム温度20~60℃にて、体積比が50/50~60/40(エタノール/水)のエタノール及び水の混合溶媒(溶出溶媒)で溶出させ、エタノール及び水の混合溶媒での溶出開始時点から集めた溶出液の量が該芳香族系樹脂の4倍湿潤体積量以内に溶出する画分を回収する。回収された画分(抗認知症作用を有する成分を含む画分)を集め、慣用の手段(減圧下での溶媒留去、凍結乾燥等)により濃縮して、甘蔗由来の抽出物(抽出物a)を得ることができる。抽出物aは、固形分が60質量%以上になるように濃縮した液状又は粉末状の抽出物として保存することができる。抽出物aの保存は、当該抽出物が液状の場合、冷蔵で行うことが好ましい。
【0039】
甘蔗由来の抽出物は、他の実施形態において、イオン交換樹脂を充填したカラムに上記原料を通液して、イオン交換樹脂に対する親和力の差に基づき分離した画分のうち、波長420nmの光を吸収する画分(以下、「抽出物b」ともいう。)であってもよい。抽出物bにおいても、抗認知症作用を有する成分(有効成分)が含まれる。以下、イオン交換樹脂に対する親和力の差に基づき分離することを、イオンクロマト分離ともいう。
【0040】
抽出物bの原料は、上述した抽出物aの原料と同様であってよいが、好ましくは甘蔗由来の糖蜜である。甘蔗由来の糖蜜は、糖がより少ない(脱糖している)傾向にあるため、原料が甘蔗由来の糖蜜である場合、抽出物bの収率及び製造効率がより一層向上する。
【0041】
イオン交換樹脂は、陽イオン交換樹脂又は陰イオン交換樹脂であってよい。イオン交換樹脂は、好ましくは、陽イオン交換樹脂であり、より好ましくは、強酸性陽イオン交換樹脂であり、更に好ましくは、ナトリウムイオン型、カリウムイオン型又はカルシウムイオン型の強酸性陽イオン交換樹脂である。強酸性陽イオン交換樹脂としては、スルホン化ポリスチレン樹脂の、ナトリウム塩、カリウム塩又はカルシウム塩が好ましい。
【0042】
イオン交換樹脂は、樹脂の形態に基づいて、ゲル型樹脂と、ポーラス型、マイクロポーラス型又はハイポーラス型等の多孔性樹脂とに分類される。イオン交換樹脂としては、ゲル型のイオン交換樹脂を用いることが好ましく、強酸性型のナトリウムイオン型、カリウムイオン型又はカルシウムイオン型であるゲル型の陽イオン交換樹脂を用いることがより好ましい。
【0043】
市販のイオン交換樹脂としては、ダイヤイオン(商標)SK1B、SK104、SK110、SK112、SK116(以上、三菱ケミカル株式会社)、UBK530、UBK550(以上、三菱ケミカル株式会社)、アンバーライト(商標)IR120BN、IR124、XT1006、IR118、アンバーリスト31、クロマトグラフ用アンバーライトCG120、CG6000(以上、オルガノ株式会社製)、ダウエックス(商標)HCR-S、HCR-W2、HGR-W2、モノスフィアー650C、マラソンC600、50W×2、50W×4、50W×8(以上、ダウケミカル日本株式会社)、ムロマック50WX(室町化学工業株式会社)、ピュロライト(商標)C-100E、C-100、C-100×10、C-120E、PCR433、PCR563K、PCR822、PCR833、PCR866、PCR883、PCR892、PCR945(以上、エイエムビー・アイオネクス株式会社)等が挙げられる。中でも、UBK530、UBK550等のUBKシリーズが特に好ましい。
【0044】
カラムに充填するイオン交換樹脂の量は、カラムの大きさ、固定担体の種類などによって適宜決定できるが、原料の固形分に対して2~10,000倍湿潤体積量が好ましく、5~500倍湿潤体積量がより好ましい。
【0045】
抽出物bを得るときに用いる液体クロマトグラフは、擬似移動床式連続分離法に基づく擬似移動床方式クロマトグラフであってよい。擬似移動床方式クロマトグラフでは、原料供給量、溶離液通液量、各画分抜き出し流量は、原料の組成、イオン交換樹脂の種類、樹脂量に合わせて適宜設定することができる。液体クロマトグラフは、単塔式回分分離法に基づくものであってもよい。いずれの方法においても、溶離液は、好ましくは水である。
【0046】
通液条件は、原料の種類、イオン交換樹脂の種類等により適宜設定することが可能である。用いる液体クロマトグラフが単塔式回分分離法に基づくものである場合には、溶離液は脱気処理した水であり、流速はSV=0.3~1.0時間-1であり、通液する液量はイオン交換樹脂の1~20%であり、温度は40~90℃であってよい。カラム内は常圧又は加圧された状態であってもよい。
【0047】
抽出物bは、イオンクロマト分離により得た画分のうち、波長420nmの光を吸収する画分である。抽出物bを得るためには、イオンクロマト分離により得た画分それぞれについて、波長420nmにおける吸光度を測定すればよい。抽出物bにおいて、波長420nmにおける吸光度は、例えば、0.02以上であってよい。吸光度は、分光光度計により測定することができる。
【0048】
イオンクロマト分離により得た画分のそれぞれについて、波長420nmの吸光度を測定すると共に、電気伝導度(塩分量の尺度)、又は、スクロース、グルコース及びフラクトースの濃度(糖類の濃度)を分析することが好ましい。各画分の上記分析値を時系列的にグラフに表すと、通常、波長420nmでの吸光度のピーク、電気伝導度のピーク、スクロース及び還元糖のピークがこの順に現れる。
【0049】
抽出物bは、波長420nmの光を吸収する画分のうち、得られた画分の中でスクロース含有量が相対的に高い画分(スクロース画分)を混合せずに得られたもの(非スクロース画分)であってよい。
【0050】
抽出物bは、本発明の効果を奏する有効成分を濃縮するために、更に膜処理等に付すことにより、塩分(無機塩)を低減又は除去したものであってよい。抽出物bに含まれる塩分は、好ましくは抽出物bの固形分全量に対する33%以下であり、より好ましくは20%以下、更に好ましくは10%以下である。なお、膜処理による場合、技術的な観点から塩分を1%未満にすることは困難であるが、ゲルろ過クロマトグラフによる場合、塩分を0.01%にまで、又はそれ以下に低減することが可能である。
【0051】
原料糖工場の製造工程における2番蜜を原料として擬似移動床式連続分離法により得られる抽出物bの組成は、原料の種類及びイオン交換樹脂の分離能により変化する。しかし、その組成は、一般には、固形分全量に対して、スクロースが10%以下、非糖分が90%以上、見掛純糖率が10%以下である。ここで、見掛純糖率は、ブリックス(Bx.)度(ブリックス度計で測定した固形百分率)に対する糖度(糖度計で測定した純スクロース規定量に対する直接旋光度)の百分率である。
【0052】
一方、単塔式回分分離法により得られる抽出物bは、2番蜜を原料として得られた画分の場合、一般に、固形分(凍結乾燥固形分)全量に対するポリフェノール量が約5%(カテキン換算)、電気伝導度灰分(すなわち塩分)は約44.7%、糖度は約5%である。
【0053】
上述した各実施形態における甘蔗由来の抽出物は、液状又は粉末状であってよい。粉末状の甘蔗由来の抽出物は、例えば、液状の甘蔗由来の抽出物(抽出物a~b)を用いて、スプレードライ法、凍結乾燥法、流動層造粒法、又は賦形剤を用いた粉末化法等により製造することができる。
【0054】
抗認知症剤は、有効成分である甘蔗由来の抽出物のみからなってもよく、食品、医薬部外品又は医薬品に使用可能な素材を更に配合してもよい。食品、医薬部外品又は医薬品に使用可能な素材としては、特に制限されるものではないが、例えば、アミノ酸、タンパク質、炭水化物、油脂、甘味料、ミネラル、ビタミン、香料、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、乳化剤、界面活性剤、基剤、溶解補助剤、懸濁化剤等が挙げられる。
【0055】
タンパク質としては、例えば、ミルクカゼイン、ホエイ、大豆タンパク、小麦タンパク、卵白等が挙げられる。炭水化物としては、例えば、コーンスターチ、セルロース、α化デンプン、小麦デンプン、米デンプン、馬鈴薯デンプン等が挙げられる。油脂としては、例えば、サラダ油、コーン油、大豆油、ベニバナ油、オリーブ油、パーム油等が挙げられる。甘味料としては、例えば、ブドウ糖、ショ糖、果糖、ブドウ糖果糖液糖、果糖ブドウ糖液糖等の糖類、キシリトール、エリスリトール、マルチトール等の糖アルコール、スクラロース、アスパルテーム、サッカリン、アセスルファムK等の人工甘味料、ステビア甘味料等が挙げられる。ミネラルとしては、例えば、カルシウム、カリウム、リン、ナトリウム、マンガン、鉄、亜鉛、マグネシウム等、及びこれらの塩類等が挙げられる。ビタミンとしては、例えば、ビタミンE、ビタミンC、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンB類、ビオチン、ナイアシン等が挙げられる。賦形剤としては、例えば、デキストリン、デンプン、乳糖、結晶セルロース等が挙げられる。結合剤としては、例えば、ポリビニルアルコール、ゼラチン、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク等が挙げられる。崩壊剤としては、例えば、結晶セルロース、寒天、ゼラチン、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、デキストリン等が挙げられる。乳化剤又は界面活性剤としては、例えば、ショ糖脂肪酸エステル、クエン酸、乳酸、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、レシチン等が挙げられる。基剤としては、例えば、セトステアリルアルコール、ラノリン、ポリエチレングリコール等が挙げられる。溶解補助剤としては、例えば、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。懸濁化剤としては、例えば、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウム等が挙げられる。これらは1種単独で、又は2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0056】
抗認知症剤が他の素材を配合する場合、有効成分である甘蔗由来の抽出物の含有量は、後述する抗認知症剤の形態、使用目的等に応じて適宜設定すればよいが、抗認知症効果をより一層有効に発揮する観点から、好ましくは、単糖類及び少糖類を除く固形分として1質量%以上であり、より好ましくは3質量%以上であり、更に好ましくは5質量%以上であり、また、好ましくは50質量%以下であり、より好ましくは40質量%以下であり、更に好ましくは30質量%以下である。
【0057】
抗認知症剤は、食品、医薬部外品又は医薬品として用いることができる。食品は、例えば、健康食品、特定保健用食品、機能性食品、栄養機能食品、サプリメント等の形態で提供されてもよい。
【0058】
抗認知症剤は、飼料、飼料添加物としても用いることができる。飼料としては、ドッグフード、キャットフード等のコンパニオン・アニマル用飼料、家畜用飼料、家禽用飼料、養殖魚介類用飼料等が挙げられる。「飼料」には、動物が栄養目的で経口的に摂取するもの全てが含まれる。より具体的には、養分含量の面から分類すると、粗飼料、濃厚飼料、無機物飼料、特殊飼料の全てを包含し、また公的規格の面から分類すると、配合飼料、混合飼料、単体飼料の全てを包含する。また、給餌方法の面から分類すると、直接給餌する飼料、他の飼料と混合して給餌する飼料、または飲料水に添加し栄養分を補給するための飼料の全てを包含する。
【0059】
抗認知症剤は、固体(粉末、顆粒等)、液体(溶液、懸濁液等)、ペースト等のいずれの形状であってもよく、散剤、丸剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、トローチ剤、液剤、懸濁剤等のいずれの剤形であってもよい。
【0060】
抗認知症剤を含有する上記製品を集中的に摂取する場合、上記製品の摂取量(1日当たりの摂取量又は投与量)は、単糖類および少糖類を除く甘蔗由来の抽出物の全量基準(固形分)で、好ましくは50~3,000mg/kg(体重)であり、より好ましくは100~2,000mg/kg(体重)である。日常的に長期摂取する場合、上記製品の摂取量(1日当たりの摂取量)は、単糖類及び少糖類を除く甘蔗由来の抽出物の全量基準(固形分)で、好ましくは1~1000mg/kg(体重)である。
【0061】
本実施形態の抗認知症剤は、アミロイドβタンパク質が蓄積したヒト又は動物に対して用いることができる。また、本実施形態の抗認知症剤は、認知症(又は、アルツハイマー型認知症)を患うヒト又は動物、記憶障害(又は短期記憶障害)を患うヒト又は動物に対して用いることができ、当該認知症及び記憶障害は、アミロイドβタンパク質の蓄積に起因するものであってよい。本実施形態の抗認知症剤は、認知症(又は、アルツハイマー型認知症)を発症していないヒト又は動物、記憶障害(又は短期記憶障害)を発症していないヒト又は動物に対して、認知症又は記憶障害の発症を未然に防止するために用いることができ、また、認知症又は記憶障害の発症を遅延させるために用いることもできる。
【0062】
一実施形態に係る短期記憶障害改善/抑制剤の具体的な態様は、上述した抗認知症剤における態様と同様であってよい。すなわち、一実施形態に係る短期記憶障害改善/抑制剤は、上述した抗認知症剤に関する説明において、「抗認知症剤」を「短期記憶障害改善/抑制剤」と読み替えたものであってよい。
【実施例】
【0063】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0064】
甘蔗由来の抽出物は、図又は表中において、SCE(Sugar Cane Extract)と表現することがある。以下、甘蔗由来の抽出物の投与量に関する記載について、例えば「500mg/kg」は、体重1kg当たり500mgを投与したことを意味する。「アミロイドβタンパク質」は、単に「アミロイドβ」ということがある。
【0065】
<甘蔗由来の抽出物の製造>
[製造例1]
原料である甘蔗汁(原料糖製造工場の製糖工程にて得られた石灰清浄後の清浄汁、沖縄産、固形分14%)7,500リットルを、カートリッジフィルター(アドバンテック株式会社製、コットンワインドカートリッジフィルター、TCW-10-CSD型)で濾過処理し、清浄汁ろ過処理物を得た。合成吸着剤(三菱ケミカル株式会社製、SP-207)500リットルを樹脂塔(内径800mm、高さ2,000mm)に充填し、これに上記の清浄汁ろ過処理物を、流速2,500リットル/時間(SV=5.0(時間
-1))で通液した。溶出パターンを
図1に示す。
図1の(A)が通液開始点である。なお、清浄汁通過中は、ウォータージャケットには、80℃の水を常に循環させた。
次に、1,200リットルの水道水を、流速2,500リットル/時間(SV=5.0(時間
-1))で樹脂塔に通液して洗浄した。
図1の(B)が通液開始点である。水道水で洗浄後、樹脂塔から溶出した画分について塔の検出を行ったところ、ハンドレフブリックス(Bx)計(株式会社アタゴ製、PAL-J型)において、Bxが約0になっているのを確認した。その後、1,500リットルの水道水を、流速4,500リットル/時間(SV=9.0(時間
-1))で樹脂塔の下から通液し、逆洗を行った。
次に、溶出溶媒として55%エタノール水溶液(エタノール/水=55/45(体積/体積))1,000リットルを、流速1,000リットル/時間(SV=2.0(時間
-1))で樹脂塔に通液した。
図1の(C)が通液開始点である。続けて、760リットルの水道水を流速1,000リットル/時間(SV=2.0(時間
-1))で樹脂塔に通液し、合成吸着剤に吸着した成分を溶出させた。なお、55%エタノール水溶液及び水道水は、プレート式熱交換器(株式会社日立製作所、RX-025A-KNHJR-36型)にて50℃に加温して、樹脂塔に通液した。
樹脂塔から溶出した画分のうち後半の1,460リットル(
図1においてaの部分)を、遠心式薄膜真空蒸発装置(株式会社大川原製作所、エバポールCEP-5S)にて約50倍の濃度に減圧濃縮したのち、一晩凍結乾燥して、甘蔗由来の抽出物として、茶褐色の粉末(I)8.4kgを得た。粉末(I)の糖類を定量したところ、5.0%であった。これを、SCE1とした。
【0066】
<試験溶液の調製>
上記のSCE1については、試験に供するまで、室温(管理温度:18.0~28.0℃)で粉末の状態で保管した。SCE1を溶解する媒体として注射用水(大塚蒸留水、株式会社大塚製薬工場)を用意した。甘蔗由来の抽出物の必要量を秤量し、注射用水で溶解した後、所定濃度となるように希釈し、これを試験溶液とした。
【0067】
<アミロイドβ溶液の調製>
アミロイドβ溶液に使用するアミロイドβ(Amyloid-βProtein(25-35)、Polypeptide Laboratories社)は、試験に供するまで、冷凍(管理温度:-30℃~-20℃(実測値:-27.1℃~-24.0℃)で保管した。アミロイドβを注射用水で2mMとなるように溶解させ、アミロイドβ溶液を調製した。
【0068】
<試験動物>
試験動物として、雄性Slc:ddYマウス(SPF、日本エスエルシー株式会社)を使用した。当該マウスとして、5週齢のものを入手した。当該マウスは、行動薬理試験に一般的に用いられている動物種で、その系統維持が明らかなものである。入手後1日のマウスの体重範囲は23.8~30.0gであった。入手したマウスについて5日間の予備飼育期間を設けた。
【0069】
(飼育条件)
マウスは、管理温度20.0~26.0℃、管理湿度40.0~70.0%、明暗各12時間(照明:午前6時~午後6時)、換気回数12回/時(フィルターを通した新鮮空気)に維持された動物飼育室で飼育した。
予備飼育期間中から群分け日までは、プラスチック製ケージ(W:310×D:360×H:175mm)を用いて1ケージあたり10匹までの群飼育とし、群分け後は、1ケージあたり5匹までの群飼育とした。飼料としては、固形飼料(MF、オリエンタル酵母工業株式会社)を、飲料水としては、水道水をそれぞれ自由に摂取させた。
【0070】
(群分け方法及び固体識別方法)
群分けは、無作為抽出法により各群の平均体重がほぼ均一になるように試験溶液の投与開始日に行った。群構成としては、偽手術群、媒体対照群、及びSCE1投与群の三群とした。SCE1投与群には、投与液量として、SCE1の投与量がマウス1個体当たり500mg/kgとなるように、投与日の体重を基準とし、10mL/kgで算出した。偽手術群及び媒体対照群には、0.5%(w/v)メチルセルロース溶液を10mL/kg投与した。
【0071】
(実験スケジュール)
試験溶液の投与開始日を投与1日目として、試験溶液については1日1回投与し、投与8日目にはアミロイドβ溶液をマウスに注入した。その後、投与14日目にY字型迷路試験を実施した。各手順については後述する。
【0072】
(試験溶液の投与経路及び投与方法)
投与経路は、経口投与とした。投与方法としては、試験施設で用いられている通常の方法に従って、マウス用ディスポーザブル経口ゾンデ(有限会社フチガミ器械)を取り付けたポリプロピレン製ディスポーザブル注射筒(テルモ株式会社)を用いて、試験溶液を経口投与した。投与操作時には、1匹投与する毎に試験溶液を転倒混和してから、注射筒に吸引させた。なお、アミロイドβ溶液注入日には、アミロイドβ溶液注入後に試験溶液を投与し、Y字型迷路試験日には、測定の30分前に試験溶液を投与した。
【0073】
(アミロイドβの注入方法)
マウスにペントバルビタールナトリウム(東京化成工業株式会社)を40mg/kg腹腔内投与(投与液量:10mL/kg)することにより、マウスを麻酔した。麻酔後、頭皮にレボブピバカイン塩酸塩(ボブスカイン(登録商標)0.25%注、丸石製薬株式会社)を皮下投与(0.1mL)した。頭皮を切開して頭蓋骨を露出させ、歯科用ドリルを用いてブレグマより側方1mm(右側)、後方0.2mmの頭蓋骨にステンレス製パイプ刺入用の穴を開けた。骨表面から2.5mmの深さまで外径0.5mmのシリコンチューブ及びマイクロシリンジに接続されたステンレス製パイプを垂直に刺入した。SCE1投与群及び媒体対照群には、脳室内にアミロイドβ溶液3μL(6nmol/3μL)をマイクロシリンジポンプで3分間かけて注入した。一方、偽手術群には注射用水3μLを同様の方法で注入した。注入後、ステンレス製パイプを挿入したまま3分間静置し、ステンレス製パイプをゆっくりと外した。その後、頭蓋穴を非吸収性骨髄止血剤(ネストップ(登録商標)、アルフレッサーファーマ株式会社)で塞ぎ、頭皮を縫合した。
【0074】
(Y字型迷路試験による評価)
学習・記憶行動の評価方法であり、特に短期記憶の評価方法として知られている、Y字型迷路試験(例えば、非特許文献1)を実施した。試験には、1本のアームの長さが39.5cm、床の幅が4.5cm、壁の高さが12cmで、3つのアームがそれぞれ120度に分岐しているプラスチック製のY字型迷路(有限会社ユニコム)を用いた。
評価前に、装置の床面の照度が10~40ルクスになるように調節した。評価は、試験溶液の投与後30分後に実施した。マウスをY字型迷路のいずれかのアームに置き、8分間迷路内を自由に探索させた。マウスが測定時間内に移動したアームの順番を記録し、アームに移動した回数を数え、これを総エントリー数とした。次に、この中で連続して異なる3つのアームを選択した組み合わせを調べ、この数を自発的交替行動数とした。そして、以下の式を用いて自発的交替行動率を算出した。
自発的交替行動率(%)=[自発的交替行動数/(総エントリー数-2)]×100
【0075】
各群のマウスについてY字型迷路試験を行い、総エントリー数、自発的交替行動数、自発的交替行動率の平均値及び標準誤差を算出した。なお、有意差検定は、偽手術群と媒体対照群、及び、媒体対照群とSCE1投与群との2群間で比較した。2群間比較検定はF検定による等分散性の検定を行い、等分散の場合はStudentのt検定、不等分散の場合はAspin-Welch検定を行った。有意水準は危険率1%とした。有意差検定には、市販の統計プログラム(SASシステム、SAS Institute Japan株式会社)を使用した。結果を表1及び
図2に示す。表1及び
図2に示すように、自発的交替行動率について、偽手術群に比べて媒体対照群が低い値となり、有意差が認められた(p<0.01)。また、媒体対照群に比べてSCE1投与群の自発的交替行動率が高い値となり、有意差が認められた(p<0.01)。
【0076】