(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-09
(45)【発行日】2022-09-20
(54)【発明の名称】未分化マーカー遺伝子高感度検出法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20220912BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20220912BHJP
C12Q 1/6881 20180101ALI20220912BHJP
【FI】
C12N15/09 Z ZNA
C12Q1/6851 Z
C12Q1/6881 Z
(21)【出願番号】P 2021527081
(86)(22)【出願日】2020-11-12
(86)【国際出願番号】 JP2020042210
(87)【国際公開番号】W WO2021095798
(87)【国際公開日】2021-05-20
【審査請求日】2021-05-17
(31)【優先権主張番号】P 2019207004
(32)【優先日】2019-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000120456
【氏名又は名称】栄研化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】谷口 英樹
(72)【発明者】
【氏名】関根 圭輔
(72)【発明者】
【氏名】安居 良太
(72)【発明者】
【氏名】松井 貴香
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-527888(JP,A)
【文献】国際公開第2000/028082(WO,A1)
【文献】特表2016-532435(JP,A)
【文献】国際公開第2018/235583(WO,A1)
【文献】特表2014-516562(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
C12N 1/00-5/28
C12Q
MEDLINE/BIOSIS/REGISTRY/CAPLUS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非未分化細胞集団中の未分化細胞の混在の有無または混在量を検査する方法であって、検査の対象となる細胞集団由来の核酸を含む試料における、未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量に有意差がある未分化マーカー遺伝子由来のRNAを等温核酸増幅法により検出することを含み、
検査の対象となる細胞集団由来の核酸を含む試料の総核酸供試量が、1テストあたり0.5μg以上であり、検出対象のRNAが下記の(i)及び(ii)の条件を満たす、前記方法。
(i)未分化細胞におけるRNA発現量と非未分化細胞における
RNA発現量の比が、10
4倍以上である。
(ii)非未分化細胞におけるRNA発現量が、全RNA量1μgあたり1x10
4コピー以下である
が、0ではない。
【請求項2】
未分化細胞から非未分化細胞への分化誘導時および/または分化誘導後の検査の対象となる細胞集団の分化状態を評価する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
未分化細胞が多能性幹細胞または体性幹細胞である請求項2記載の方法。
【請求項4】
非未分化細胞集団中に未分化細胞が混在している試料における未分化マーカー遺伝子由来のRNA存在量が前記等温核酸増幅法の検出限界以上であり、非未分化細胞中のRNA存在量が前記等温核酸増幅法の検出限界以下であるRNAを検出の対象とし、試料中に検出の対象となるRNAが検出された場合には、陽性と判定し、試料中に検出の対象となるRNAが検出されなかった場合には、陰性と判定する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
検出の対象となるRNAを鋳型として合成される核酸を、前記核酸の少なくとも6箇所の領域にアニールすることができる少なくとも4種類のプライマーを用いて等温で核酸増幅する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼにより核酸が増幅される請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
検出の対象となるRNAを鋳型として逆転写酵素により合成される核酸を、前記核酸の少なくとも6箇所の領域にアニールすることができる少なくとも4種類のプライマーを用いて、鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼにより等温で核酸増幅する工程を含む請求項6に記載の方法。
【請求項8】
さらに、反応を促進するためのプライマーを用いて核酸増幅を行う請求項5~7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
検出の対象となるRNAを鋳型として逆転写酵素により合成される核酸を、前記核酸の少なくとも6箇所の領域にアニールすることができる少なくとも4種類のプライマーに、さらに反応を促進するためのプライマーを追加し、鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼにより等温で核酸増幅する工程を含む請求項8に記載の方法。
【請求項10】
検出の対象となるRNAの逆転写から増幅、そして検出までを連続的に行う、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
非未分化細胞集団中に未分化細胞が0.1%以下の割合で混在する請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未分化マーカー遺伝子を高感度に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療等製品のうち、ヒト細胞加工製品の品質および安全性を確保するための技術要件は複数の指針等に定められている(非特許文献1)。最終製品をヒトに移植・投与する場合には、ヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)加工品やヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)加工品のように造腫瘍性を有するヒト多能性幹細胞を原料とするため、混在する未分化な多能性幹細胞に起因する腫瘍形成のリスクがある。
【0003】
未分化多能性幹細胞(以下、未分化細胞)の混在を防止するためには、分化効率の向上(培地成分、サイトカイン、増殖因子などの分化条件の設定)によって目的細胞の存在比率を高め、必要に応じ純化・精製工程(抗体やレクチンを用いる選択的分離など)を経て、混在する未分化細胞を排除することが必要である。同時に、再生医療等製品をヒトに移植・投与する治療手段の実用化には、未分化細胞の除去および残留を確認する試験法が不可欠であり、可能な限り高感度な未分化細胞検出能が強く求められる。
【0004】
再生医療等製品の中間製品および/または最終製品中に混在する未分化細胞の検出に関して、特異的な分子マーカーをin vitro試験で検出することによる評価法が有効である。その方法として、細胞表面上の特異抗原の有無を利用したフローサイトメトリー法、培養上清中の分子マーカー(ポドカリキシン、ラミニン、CD30など、非特許文献2、3、4)を検出する方法のほか、未分化細胞での高発現が認められる遺伝子を対象とした定量RT-PCR法(quantitative Reverse Transcription - Polymerase Chain Reaction、以下qRT-PCR法、(非特許文献5)やデジタルPCR法(非特許文献6)が挙げられる。qRT-PCR法やデジタルPCR法の基礎となるポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)は、1)熱変性(94~98℃、30秒など)→2)プライマーのアニーリング(50~65℃、30秒など)→3)伸長反応(68~72℃、60秒など)の三段階の温度変化を25~40回繰り返すことにより、理論的には標的DNA量を指数関数的に増幅させることが可能である。PCR法による増幅産物量は、試料中の鋳型核酸量と反応サイクル回数とで相関性があることから、蛍光色素などを標識したプローブを用いた定量分析も可能であり、少量の鋳型核酸を比較的短時間に増幅できる方法として、遺伝子増幅における標準的な手法として認知されている。
しかしながら、高感度な方法として知られているqRT-PCR法を未分化マーカー遺伝子の検出に用いたとしても、定量および/または判定精度は十分とは言えない。これは、再生医療等製品の中間製品および/または最終製品中の標的となる未分化マーカー遺伝子の分子数が非常に少ないため、標的分子の増幅効率が低下し、指数関数的な増幅が起こらなくなるためである。こうした場合、1反応あたりの核酸供試量を増やし、標的分子を多くすることで増幅効率を担保することが可能であるが、一般的な液量でのqRT-PCR法の場合、1反応あたり100ng程度が上限とされる。これは、夾雑核酸の増加に伴う増幅反応阻害や非特異的増幅が生じるためである。この上限以上に核酸供試量を増やすためには、1反応あたりの反応液量を増やす必要があるが、一般的なPCR反応は、上述の三段階の温度変化を迅速かつ正確に行うために、専用機器であるサーマルサイクラー上のサーマルブロックに反応チューブが収まる5~100μL程度の反応液量に限定され、好ましくない。
PCRは従来ひとつの容器内で行ってきた反応であるが、デジタルPCRは核酸試料を微小区画内(油滴など)に分散させて限界希釈したのちに核酸増幅反応を行うものであり、統計的手法を利用して標的核酸の分子数を定量する方法として注目されている。しかしながら、特殊で高価な専用装置を必要とする、試験コストが高いなどのデメリットもあり、広く普及するに至っていない。
【0005】
また、複数の種類の細胞や複数の個体(細胞提供者)由来の細胞を扱う施設において、細胞のコンタミネーションの有無はSNPs(一塩基多型)解析により分析されているが、同一個体の細胞同士のコンタミネーション、例えば分化した細胞への未分化細胞のクロスコンタミネーションはSNPs解析では検知できない。
【0006】
標準的な核酸増幅法であるPCR法の改良検討がこれまで数多く行われてきたが、穏やかな温度条件のもとで速やかに増幅反応が遂行され、増幅効率も高い等温核酸増幅法が開発されている。一定温度の条件下での核酸増幅が可能な方法として、LAMP法(Loop-mediated Isothermal Amplification、特許文献1)、NASBA法(Nucleic Acid Sequence-Based Amplification、特許文献2,3)、SDA法(Strand Displacement Amplification、特許文献4)、TRC法(Transcription Reverse-transcription Concerted reaction、特許文献5)、ICAN法(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids、特許文献6)など複数の方法が報告されている。これらは、複数の酵素を要するもの、鋳型核酸の種類が限定されているもの、キメラプライマーなど特殊なプライマーを必要とするものなど各方法にそれぞれ特徴があり、目的に応じて最適な方法を選択する必要がある。
いずれの方法も、それぞれ一定の温度(40~70℃)にて増幅反応が連続的に進行するため、PCR法のように厳密な温度制御を必要としないことによるメリットはあるが、現在のところ、等温核酸増幅法の利点を活かし、高感度な未分化マーカー遺伝子検出法を確立した報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】ヒト細胞加工製品の未分化多能性幹細胞・形質転換細胞検出試験、造腫瘍性試験及び遺伝的安定性評価に関するガイドラインについて(薬生機審発0627第1号、令和元年6月27日)
【文献】Tateno H et al. A medium hyperglycosylated podocalyxin enables noninvasive and quantitative detection of tumorigenic human pluripotent stem cells. Sci Rep. 2014;4:4069.
【文献】Tano K et al. A novel in vitro method for detecting undifferentiated human pluripotent stem cells as impurities in cell therapy products using a highly efficient culture system. PLoS One. 2014;9:e110496.
【文献】Immunologic targeting of CD30 eliminates tumourigenic human pluripotent stem cells, allowing safer clinical application of hiPSC-based cell therapy. Sci Rep. 2018 Feb 27;8(1):3726.
【文献】Kuroda T et al. Highly sensitive in vitro methods for detection of residual undifferentiated cells in retinal pigment epithelial cells derived from human iPS cells. PLoS One. 2012;7:e37342.
【文献】Kuroda, T et al. Highly sensitive droplet digital PCR method for detection of residual undifferentiated cells in cardiomyocytes derived from human pluripotent stem cells. Regen Therapy 2015;2:17-23.
【文献】Lin, Y et al. Genome dynamics of the human embryonic kidney 293 lineage in response to cell biology manipulations. Nat Commun 2014;5:4767.
【文献】Sekine, K et al. Robust detection of undifferentiated iPSC among differentiated cells. Sci Rep 2020;10:10293.
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第3313358号
【文献】特許第2650159号
【文献】特許第3152927号
【文献】米国特許第 5270184号
【文献】特許第4438110号
【文献】特許第3433929号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の現状に鑑みてなされたものであり、再生医療等製品の中間製品および/または最終製品中に混在する未分化細胞を、等温核酸増幅法、特にLAMP法を用いて、高感度かつ簡易に検出するための方法およびそのキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、反応温度変化に伴って解離と重合を繰り返すPCR法において、[1]反応温度変化を迅速かつ正確に制御するために反応液量が制限され、核酸試料の供試量を増やせないこと、[2]標的核酸以外の夾雑核酸が多く持ち込まれる場合に、非特異的な核酸増幅が起こる可能性や、核酸増幅および検出の阻害が起こる可能性があることに着目した。一定温度の条件下で、高特異性および高増幅効率の核酸増幅を実現する等温核酸増幅法を用いることで、反応液量を増やすことが可能であり、夾雑核酸が多く持ち込まれる場合にも特異的に未分化マーカー遺伝子を検出可能であろうと考えた。鋭意検討した結果、未分化細胞に多く発現する未分化マーカー遺伝子をLAMP法で検出することにより、再生医療等製品の中間製品および/または最終製品中に混在する未分化細胞の高感度かつ簡易な検出法を確立した。さらに、複数の未分化マーカー遺伝子への適用検討の結果、汎用性のある方法であることを確認し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下のような構成からなるものである。
【0011】
(1)非未分化細胞集団中の未分化細胞の混在の有無または混在量を検査する方法であって、検査の対象となる細胞集団由来の核酸を含む試料における、未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量に有意差がある未分化マーカー遺伝子由来のRNAを等温核酸増幅法により検出することを含む、前記方法。
(2)未分化細胞から非未分化細胞への分化誘導時および/または分化誘導後の検査の対象となる細胞集団の分化状態を評価する、(1)記載の方法。
(3)未分化細胞が多能性幹細胞または体性幹細胞である(2)記載の方法。
(4)非未分化細胞集団中に未分化細胞が混在している試料における未分化マーカー遺伝子由来のRNA存在量が前記等温核酸増幅法の検出限界以上であり、非未分化細胞中のRNA存在量が前記等温核酸増幅法の検出限界以下であるRNAを検出の対象とし、試料中に検出の対象となるRNAが検出された場合には、陽性と判定し、試料中に検出の対象となるRNAが検出されなかった場合には、陰性と判定する、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)未分化マーカー遺伝子由来のRNAが下記の(i)及び/又は(ii)の条件を満たす(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(i)未分化細胞におけるRNA発現量と非未分化細胞における発現量の比が、104倍以上である。
(ii)非未分化細胞におけるRNA発現量が、全RNA量1μgあたり1x104コピー以下である。
(6)検出の対象となるRNAを鋳型として合成される核酸を、前記核酸の少なくとも6箇所の領域にアニールすることができる少なくとも4種類のプライマーを用いて等温で核酸増幅する、(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼにより核酸が増幅される(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)検出の対象となるRNAを鋳型として逆転写酵素により合成される核酸を、前記核酸の少なくとも6箇所の領域にアニールすることができる少なくとも4種類のプライマーを用いて、鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼにより等温で核酸増幅する工程を含む(7)に記載の方法。
(9)さらに、反応を促進するためのプライマーを用いて核酸増幅を行う(6)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)検出の対象となるRNAを鋳型として逆転写酵素により合成される核酸を、前記核酸の少なくとも6箇所の領域にアニールすることができる少なくとも4種類のプライマーに、さらに反応を促進するためのプライマーを追加し、鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼにより等温で核酸増幅する工程を含む(9)に記載の方法。
(11)検出の対象となるRNAの逆転写から増幅、そして検出までを連続的に行う、(1)~(10)のいずれかに記載の方法。
(12)未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量に有意差がある未分化マーカー遺伝子由来のRNAを等温核酸増幅法により検出できる試薬を含む、非未分化細胞集団中の未分化細胞の混在の有無または混在量を検査するためのキット。
(13)試薬がプライマーを含む、(12)記載のキット。
(14)試薬がさらにプローブおよび/または比色試薬を含む、(13)記載のキット。
【発明の効果】
【0012】
上記のように構成された本発明によれば、等温核酸増幅法、特にLAMP法を用いる高感度な未分化マーカー遺伝子の検出が可能となり、再生医療等製品の中間製品および/または最終製品中の未分化細胞の有無を判定する試験の試験精度を向上することができる。さらに、本発明は、夾雑物質の影響を受けにくい増幅反応を利用するため、簡易な核酸試料調製法の利用が可能である。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願、特願2019‐207004の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図4】未分化iPS細胞添加実験による未分化マーカー遺伝子の検出感度の検討結果を示す。肝内胚葉細胞に対して未分化iPS細胞を添加し、未分化iPS細胞非添加群と比較することで、検出感度をqRT-PCRで検討した。
図4(a)は、iPS細胞混在率0から5%における発現量(対18S rRNA)を示す。一方、
図4(b)は、
図4(a)におけるiPS細胞混在率0から0.25%の結果を拡大した図を示す。
【
図5】ヒトiPSCから肝細胞への分化誘導の各分化段階での未分化マーカー遺伝子(LINC00678)の発現量(対18S rRNA)を示す。「DE」はDefinitive Endoderm(胚体内胚葉)、「HE」はHepatic Endoderm(肝内胚葉)、「IH」はInmature hepatocyte-like cell(未熟肝細胞様細胞)、「MH」はMature hepatocyte-like cell(成熟肝細胞様細胞)である。
【
図6】ヒトiPSCから肝細胞への分化誘導の各分化段階での未分化マーカー遺伝子(PRDM14)の発現量(対18S rRNA)を示す。「DE」はDefinitive Endoderm(胚体内胚葉)、「HE」はHepatic Endoderm(肝内胚葉)、「IH」はInmature hepatocyte-like cell(未熟肝細胞様細胞)、「MH」はMature hepatocyte-like cell(成熟肝細胞様細胞)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、非未分化細胞集団中の未分化細胞の混在の有無または混在量を検査する方法であって、検査の対象となる細胞集団由来の核酸を含む試料における、未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量(存在量)に有意差がある未分化マーカー遺伝子由来のRNAを等温核酸増幅法により検出することを含む、前記方法を提供する。
【0015】
本発明において、未分化細胞は、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物の多能性を有する細胞であるとよく、例えば、未分化細胞は、胚性腫瘍細胞(EC細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、体性(組織)幹細胞などからなる群から選ばれる少なくとも一つの多能性幹細胞である。
【0016】
本発明において、非未分化細胞とは、未分化細胞と区別できる細胞であればよく、例えば、多能性幹細胞由来であって、初期状態の未分化細胞のままではなく、目的の細胞(例えば、肝細胞、血管内皮細胞、神経細胞、など)に「十分分化した細胞」、「分化途中の細胞」などを挙げることができる。「分化途中の細胞」の分化の程度は問わず、目的の細胞への分化を運命づけられた程度に分化した細胞であってもよいし、目的の細胞への分化がまだ運命づけられていない程度に分化した細胞であってもよい。非未分化細胞は、「目的の細胞(例えば、肝細胞、血管内皮細胞、神経細胞など)に分化する過程で、十分分化した細胞、まだ分化途中の細胞など、多様な状態の細胞集団を構成する細胞」であってもよい。また、非未分化細胞は、「多能性幹細胞由来の分化細胞に限らない培養細胞」であってもよい。
【0017】
本発明において、試料とは、「検査の対象となる細胞集団由来の核酸を含む試料」であって、「細胞集団から抽出した核酸」、「核酸の抽出過程を経ない細胞集団」、「核酸の抽出工程を経ない、細胞集団を含む培養液」、「核酸の抽出工程を経ない、細胞集団を含まない培養液」などを例示することができる。「検査の対象となる細胞集団」は、未分化細胞を含みうる非未分化細胞集団であるとよい。
【0018】
本発明の方法においては、未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量に有意差がある未分化マーカー遺伝子由来のRNAを等温核酸増幅法により検出する。未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量に有意差がある未分化マーカー遺伝子由来のRNAは、未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量に有意差があるRNAであればよく、分化過程が進行する時間経過に伴い、減少変化を示すRNAが好ましく、例えば、qRT-PCRにより得られた定量解析データに基づき、Student's t検定において、有意水準を5%とした場合にp値0.05未満を有意差有りとすることによって、有意差の有無を求めることができる。
本発明の非未分化細胞集団中の未分化細胞の混在の有無を検査する方法において、分化過程において発現量が減少するRNAを検出対象とすることが望ましく、さらにはその発現量の減少が顕著な変化であることが望ましい。高感度な検出性能が必要とされる未分化細胞の混在を否定する目的の検査では、検出対象のRNAは未分化細胞での発現量が高いほどよく、なおかつ、非未分化細胞での発現量が低いほどよい。具体的には、未分化細胞におけるRNA発現量と非未分化細胞における発現量の比が、104倍以上であることが望ましく、105倍以上であることがより望ましく、106倍以上であることが最も望ましい。および/または、非未分化細胞におけるRNA発現量が、全RNA量1μgあたり1x104コピー以下であることが望ましく、1x103コピー以下であることがより望ましく、1x102コピー以下であることがより望ましく、1x10コピー以下であることがさらに望ましく、理想的にはゼロに近いとよい。本発明で使用できるRNAの具体例として、LINC00678、SFRP2、PRDM14、 USP44、ESRG、CNMD、LIN28A、SOX2、OCT4、NANOG、TDGF1, TNFRSF8のほか、トランスクリプトーム解析、さらには定量的PCR法において、未分化細胞で発現が高く、非未分化細胞で発現が低いと論文などで公知となっている遺伝子が挙げられるが、これらに限定されない。
なおRNAは、ゲノムDNA(真核生物の場合、ミトコンドリアゲノムなど細胞小器官が持つゲノムDNAも含まれる)から転写されたRNAであるとよく、さらには転写後に修飾やプロセシングを受けたもの、例えばmicroRNAや環状RNAであってもよい。またさらには、タンパク質をコードしていないものであってよく、また核酸増幅の標的配列を含むRNAの部分分解産物などであってもよい。ゲノムは、タンパク質をコードする領域、プロモーターやエンハンサーなどの転写調節領域をコードする領域、それ以外のノンコーディング領域のいずれであってもよい。
【0019】
上項で具体的に述べた非未分化細胞と未分化細胞における未分化マーカー遺伝子のRNA発現量の差については、以下の計算条件(シミュレーション)で説明可能である。
【0020】
微量に混在する未分化細胞を高感度に検出する方法を決定づける要素としては、[1]一反応あたりの核酸供試量、[2]未分化マーカー遺伝子のRNA発現量、[3]未分化細胞の混在率、が挙げられる。
[1]一反応あたりの核酸供試量については、被検試料である非未分化細胞集団の培養状況や細胞の回収数、細胞回収後の抽出操作における核酸試料の抽出率、精製度および濃縮率が関与する。その一方で、遺伝子増幅反応における反応あたりの核酸供試量について、一定の制限量があることが知られている。遺伝子検査における遺伝子増幅反応でよく知られているPCR法では、大過剰の核酸供試量がPCR反応や標的産物の検出を阻害することが知られている。その要因として、核酸の構造安定化に寄与するマグネシウムイオンが枯渇することによるポリメラーゼの機能低下や、熱変性による核酸試料の一本鎖化が滞ることが挙げられる。そのため、PCRではヒトゲノムDNAの場合、反応あたり最大500 ng(0.5μg)までが、一反応当たりの供試量の上限量目安とされている。また、定量を目的とした一般的な液量でのqRT-PCR法の場合、1反応あたり100ng程度が上限とされる。このことから、PCR反応では、一反応あたりの核酸供試量が少なく制限されることにより、未分化細胞の混在率の検出限界(LOD; Limit of Detection)をさらに高めることは難しい。本発明の試験の特徴として、一度の遺伝子検査において、未分化細胞が混在している可能性のある細胞集団由来の核酸試料を可能な限り大量に供試することが求められるため、大過剰量の核酸試料に阻害されない、または阻害されにくい試験法が望ましい。
【0021】
[2]未分化マーカー遺伝子の発現量については、未分化細胞の状態から細胞、組織、器官、個体が形成され特殊化する(分化する)過程において、RNA発現量が顕著に変化する遺伝子に由来することが望ましい。具体的には、分化過程において発現量が減少変化を示すRNAであり、さらにはその発現量の減少が顕著な変化である(未分化細胞での発現量が高く、なおかつ、分化細胞での発現量が低い)ことが望ましい。
被検試料である非未分化細胞の分化過程においてRNA発現量に変化がない、またはほとんど変化しない特性をもつ遺伝子の場合、RNA発現量を定量可能な測定系であっても、分化過程の進行度、あるいは未分化細胞の混在率を把握することができない。
また、未分化細胞の状態でのRNA発現量がない、または微量であり、分化過程においてRNA発現量が増加する特性をもつ遺伝子の場合、造腫瘍性を有する未分化細胞がわずかにでも混在することを否定する試験におけるマーカーとしては不適当である。
前述の通り、未分化細胞でのRNA発現量が高く、なおかつ、分化細胞でのRNA発現量が低いことが本発明におけるマーカー遺伝子の条件であり、さらにその分化過程におけるRNA発現量の減少変化が顕著であることがさらに望ましい。
【0022】
[3]未分化細胞の混在率を0.1%(1x10-3)から0%の範囲にて、モデルケースを以下に具体的に数値で示す。
例として、未分化細胞および非未分化細胞に分化する過程でマーカー遺伝子のRNA発現量を、以下に条件設定する。
非常に高い:
1x107コピー以上 / 1μg(全RNA) (1x102コピー以上 / 10pg 全RNA)
3x106コピー以上 / 1μg(全RNA) (3x10コピー以上 / 10pg 全RNA)
1x106コピー以上 / 1μg(全RNA) (1x10コピー以上 / 10pg 全RNA)
高い:
3x105コピー以上 / 1μg(全RNA) (3コピー以上 / 10pg 全RNA)
1x105コピー以上 / 1μg(全RNA) (1コピー以上 / 10pg 全RNA)
やや低い:
3x104コピー以上 / 1μg(全RNA)
1x104コピー以上 / 1μg(全RNA)
3x103コピー以上 / 1μg(全RNA)
低い:
1x103コピー以下 / 1μg(全RNA)
3x102コピー以下 / 1μg(全RNA)
1x102コピー以下 / 1μg(全RNA)
非常に低い:
3x10コピー以下 / 1μg(全RNA)
1x10コピー以下 / 1μg(全RNA)
0コピー / 1μg(全RNA)
分化過程での非未分化細胞集団における未分化細胞の混在率を、0.1%(1x10-3)から0.00005%(5x10-7)の範囲にて、全RNA10μgあたりのマーカー遺伝子RNA発現量を以下の6通りのパターンを想定し計算した。
1)マーカー遺伝子が、未分化細胞で非常に高いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で非常に低い(ゼロに近い)場合:(分化前後の発現量比が106~107以上)
2)マーカー遺伝子が、未分化細胞で高いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で非常に低い(ゼロに近い)場合:(分化前後の発現量比が105~106まで)
3)マーカー遺伝子が、未分化細胞でやや低いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で非常に低い(ゼロに近い)場合:(分化前後の発現量比が104~105まで)
4)マーカー遺伝子が、未分化細胞で非常に高いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で低い場合:(分化前後の発現量比が104~105まで)
5)マーカー遺伝子が、未分化細胞で高いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で低い場合:(分化前後の発現量比が102~103まで)
6)マーカー遺伝子が、未分化細胞でやや低いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で低い場合:(分化前後の発現量比が10~102まで)
【0023】
なお、PCRに代表される遺伝子増幅法に基づく検査法は、検査試料中に含まれる標的配列を特異的に増幅し、増幅後または増幅と同時に検出する方法であるが、その検出感度は反応あたりの標的配列コピー数で表される。理論的には1コピー/テストから増幅反応が進み、高感度かつ高特異性を示す検査法として知られている。この特性は同じ遺伝子増幅法のひとつであるLAMP法も同様であり、LAMP法を原理とする臨床診断目的の検査試薬(市販品)では、最小検出感度10コピー/テスト(例:Loopamp SARSコロナウイルス検出試薬キット)を特徴とする。このように、病原微生物由来の特異塩基配列を増幅・検出する感染症検査では、数コピー/テストレベルの高感度検出性能が必須であるが、用いるプライマーの塩基配列、プライマーの量、基質、酵素やその触媒などの濃度を含む反応組成条件を変更することで、検出感度を10コピー/テストから数千コピー/テストにまで調整することも可能である。つまり、反応に関与する諸条件に応じて、その検出感度は可変である。特に、本発明の方法において、反応基質(例えばdNTPs)により検出感度を調整する方法を提供することが可能である。
【0024】
本発明に用いる、反応基質(dNTPs)の濃度は、特に限定されるものではなく、例えば、0.25~3.0mM、0.5~2.5mM、1~2mMにしてもよく、使用するプライマーの塩基配列、プライマーの量、酵素やその触媒などを含む他の反応組成条件との組み合わせによって、変えることができる。例えば、少量の鋳型核酸コピー数(テストあたり10コピーなど)を含む反応組成中において、反応基質(dNTPs)濃度のみを可変パラメータ―(例えば0.5~2.5mMなど)として、試験開始後の一定時間内(90分など)における増幅反応の有無および反応速度を試験する。この場合、増幅反応の開始が早い(例えば、20分以内)ほど、基質の至適濃度であるか、至近であるということができる。このような試験に基づき、高感度に検出可能な基質(dNTPs)の至適濃度を決定することができる。
従って、本発明に用いる反応基質(dNTPs)の濃度は、至適濃度の±50%以内(例えば、至適濃度1.0mMの場合、0.5~1.5mM)、好ましくは±30%以内(例えば、至適濃度1.0mMの場合、0.7~1.3mM)としてもよく、その濃度によって検出感度を調整することができる。
【0025】
下記の分化過程における発現量組み合わせパターンにおける表において、反応あたり全RNA10μgに含まれる未分化マーカー遺伝子のRNA発現コピー数を各マトリックスに示す。検出感度を調整可能である本法について、1)~3)の最小検出感度を10コピー/テスト、4)~6)を4x10
3コピー/テストと設定した場合、陽性となるセルをグレー表示とした。
1)マーカー遺伝子が、未分化細胞で非常に高いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で非常に低い(ゼロに近い)場合:(分化前後の発現量比が10
6~10
7以上)
反応あたりのLAMP反応(全RNA10μgを反応に供試)の最小検出感度を10コピーとした場合、混在率の検出限界(LOD)は0.00005%(5x10
-7)となる。テストあたりの全RNA供試量を1/10の1μgまで減じても、0.0001%(1x10
-6)まで検出可能である。
非未分化細胞でのRNA発現量がゼロでなくとも、ごく僅かであれば、LAMP反応の最小検出感度を調整する(例えば50~100コピーで陽性となるように調整する)ことで、混在率の検出限界(LOD)を大きく損なわない。
2)マーカー遺伝子が、未分化細胞で高いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で非常に低い(ゼロに近い)場合:(分化前後の発現量比が10
5~10
6まで)
反応あたりのLAMP反応(全RNA10μgを反応に供試)の最小検出感度を10コピーとした場合、混在率の検出限界(LOD)は0.0005%(5x10
-6)となる。
ただし、LAMP反応の最小検出感度をさらに高めるように調整することで、上述1)のLODと同等とすることも可能である。
3)マーカー遺伝子が、未分化細胞でやや低いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で非常に低い(ゼロに近い)場合:(分化前後の発現量比が10
4~10
5まで)
反応あたりのLAMP反応(全RNA10μgを反応に供試)の最小検出感度を10コピーとした場合、混在率の検出限界(LOD)は0.005%(5x10
-5)までとなる。
4)マーカー遺伝子が、未分化細胞で非常に高いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で低い場合(分化前後の発現量比が10
4~10
5まで)
反応あたりのLAMP反応(全RNA10μgを反応に供試)の最小検出感度を4x10
3コピーとした場合、混在率の検出限界(LOD)は0.001%(1x10
-5)となる。
上記1)~3)と異なり、非未分化細胞でも、一定量のマーカー遺伝子のRNAが発現されるため、LAMP反応の最小検出感度を調整する必要があるが、プライマーの種類や量など反応組成を含む諸条件を調整することで、感度調整が可能である。
5)マーカー遺伝子が、未分化細胞で高いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で低い場合:(分化前後の発現量比が10
2~10
3まで)
反応あたりのLAMP反応(全RNA10μgを反応に供試)の最小検出感度を4x10
3コピーとした場合、混在率の検出限界(LOD)は0.1%(1x10
-3)となる。
6)マーカー遺伝子が、未分化細胞でやや低いレベルまで発現し、検査する非未分化細胞で低い場合:(分化前後の発現量比が10~10
2まで)
反応あたりのLAMP反応(全RNA10μgを反応に供試)の最小検出感度を4x10
3コピーとした場合、混在率0.1%(1x10
-3)でも未分化細胞の検出は困難となる。
以上のことから、本発明の非未分化細胞集団中の未分化細胞の混在の有無を検査する方法において、分化過程において発現量が減少するRNAを検出対象とすることが望ましく、さらにはその発現量の減少が顕著な変化であることが望ましい。高感度な検出性能が必要とされる未分化細胞の混在を否定する目的の検査では、検出対象のRNAは未分化細胞での発現量が高いほどよく、なおかつ、非未分化細胞での発現量が低いほどよい。具体的には、未分化細胞におけるRNA発現量と非未分化細胞における発現量の比が、10
4倍以上であることが望ましく、10
5倍以上であることがより望ましく、10
6倍以上であることが最も望ましい。また、非未分化細胞におけるRNA発現量が、全RNA量1μgあたり1x10
4コピー以下であることが望ましく、1x10
3コピー以下であることがより望ましく、1x10
2コピー以下であることがより望ましく、1x10コピー以下であることがさらに望ましく、理想的にはゼロに近いとよい。
なお、反応あたりの全RNA供試量は、LAMP反応の最小検出感度を制御可能な範囲である限り10μg以上であってもよく、30μg、100μgと増やしてもよい。このとき、反応あたりの未分化マーカー遺伝子のRNAコピー数は、未分化細胞が混在していない非未分化細胞と比較し、未分化細胞が混在した非未分化細胞の方が大きな増分で増えるため、本法による未分化細胞の混在率の検出限界(LOD)をさらに高感度にすることが可能である。
【0026】
等温核酸増幅法としては、LAMP法、NASBA法、SDA法、TRC法、ICAN法などを例示することができ、これらのうち、LAMP法のように特異性が高く、効率的な核酸増幅が行われる方法が好ましい。以下、LAMP法を具体例として記載するが、同様の特徴を有する核酸増幅法であれば、特に限定されない。LAMP法によりRNAを標的として核酸増幅を行う場合(RT-LAMP法)には、検出の対象となるRNAを鋳型として合成される核酸(cDNA)の少なくとも6箇所の領域を少なくとも4種類のプライマーを用いて等温で増幅され、核酸の増幅には、鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼ(以下、「鎖置換型DNAポリメラーゼ」と記すこともある。)が用いられる。「鎖置換型DNAポリメラーゼ」とは、鋳型DNAに相補的なDNA鎖を合成していく過程で、伸長方向に2本鎖領域があった場合、その鎖を解離しながら相補鎖合成を継続できるDNAポリメラーゼをいう。また、鎖置換型DNAポリメラーゼにより、鋳型DNAに相補的なDNA鎖を合成していく過程で、伸長方向に2本鎖領域があった場合、その鎖を解離しながら相補鎖合成を行うことを「鎖置換反応」という。
さらに、反応を促進するためのプライマー(例えば、LAMP法で用いられるループプライマー)を添加して核酸増幅を行うことも可能である。
本発明の方法において、等温核酸増幅法としてRT-LAMP法を用いる場合、等温核酸増幅法は、検出の対象となるRNAを鋳型として逆転写酵素により合成される核酸を、前記核酸の少なくとも6箇所の領域にアニールすることができる少なくとも4種類のプライマーを用いて、鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼにより等温で核酸増幅する工程を含むとよい。RT-LAMP法でループプライマーを用いる場合、検出の対象となるRNAを鋳型として逆転写酵素により合成される核酸を、前記核酸の少なくとも6箇所の領域にアニールすることができる少なくとも4種類のプライマーに、さらに反応を促進するためのプライマーを追加し、鎖置換活性を持つDNAポリメラーゼにより等温で核酸増幅する工程を含むとよい。
【0027】
等温核酸増幅法の一つであるLAMP法は、
図1に示すとおり標的遺伝子の6箇所の領域に対して4種類のプライマーを設計し、鎖置換反応を利用して一定温度で反応させることを特徴とする。対象遺伝子をDNAとした場合、サンプルとなる遺伝子、プライマー、鎖置換型DNAポリメラーゼ、基質等を一緒に、一定温度(60~65℃付近)で保温することにより、遺伝子の増幅反応から検出までを1ステップの工程で行うことができる。対象遺伝子をRNAとした場合には、逆転写酵素を試薬に最初から添加することで、DNAと同様に1ステップで増幅・検出を行うことができる(RT-LAMP法)。
【0028】
RT-LAMP法では、標的RNAの塩基配列におけるU(ウラシル)をT(チミン)に置き換えた配列に対して、
図1のように4種類のプライマーを設計する。すなわち、標的遺伝子について、3’末端側からF3c、F2c、F1cという3つの領域を、5’末端側でB1、B2、B3という3つの領域を規定し、この6領域に対し、4種類のプライマー(FIP、F3プライマー、BIP、B3プライマー)を設計する。FIPは標的遺伝子のF2c領域と相補的なF2領域を3’末端側に持ち、5’末端側に標的遺伝子のF1c領域と同じ配列を持つように設計し、F3プライマーは標的遺伝子のF3c領域と相補的なF3領域を持つように設計する。逆鎖側のBIP、B3プライマーも同様に設計する(
図1)。プライマー設計は、PrimerExplorer(登録商標)V5(https://primerexplorer.jp/)を利用して行うことができる。
【0029】
RT-LAMP法の原理を
図2で説明する。
(逆転写反応(RT)ステップ)
【0030】
STEP1(
図2(1)):サンプル溶液を調製した後、サンプル溶液と反応液とを混合し、60~65℃でインキュベートすることにより、
図2(1)に示すように対象のRNAにBIPがアニールし、逆転写酵素により相補的なcDNAを合成する。
【0031】
STEP2(
図2(2)):BIPの外側にB3Primerがアニールし、逆転写酵素の働きにより、先にBIPから伸長合成されたcDNA鎖を剥がしながら、新たな相補的なcDNAを合成する。
STEP3(
図2(3)):STEP2のステップにより、BIPから伸長合成した後に1本鎖DNA状態となったcDNAに対してFIPがアニールする。
(起点構造ができるまでのステップ)
【0032】
STEP4(
図2(4)):上記の逆転写反応ステップ(STEP3、
図2(3))から、鎖置換型DNAポリメラーゼの働きにより、FIPのF2領域の3´末端を起点として、鋳型となるcDNAと相補的なDNA鎖が合成される。
【0033】
STEP5(
図2(5)): FIPの外側にF3Primerがアニールし、その3´末端を起点として、先に合成されているFIPからのDNA鎖を剥がしながらDNAが伸長していく。
STEP6(
図2(6)):F3 Primerから合成されたDNA鎖と鋳型DNAが2本鎖となる。
【0034】
STEP7(
図2(7)):STEP5(
図2(5))の過程ではがされたFIPから合成されたDNA鎖は両端に相補的な配列を持つため自己アニールし、ループを形成してダンベル型の構造となる。これがLAMP法における増幅サイクルの起点構造となる。
(LAMP法増幅サイクルステップ)
【0035】
STEP8(
図2(8)):まず、
図2(7)の構造で、3´末端のB1領域を起点として自己を鋳型としたDNA合成が伸長し、この時、5´末端側のループは剥がされて伸びる。更に、3´末端側のループのB2c領域は1本鎖であるためBIPがアニールすることができ、そのB2領域の3´末端を起点として、先に合成されているB1領域からのDNA鎖を剥がしながらDNA合成が伸長していく。
【0036】
STEP9(
図2(9)):次に
図2(8)の構造において、BIPから伸長合成されたDNA鎖によって剥がされて1本鎖となったB1領域から伸長したDNA鎖は、その3´末端側に相補的な領域を持つためループを形成する。このループのF1領域の3´末端から、1本鎖となった自己を鋳型としてDNA合成が始まる。そして、そのDNA鎖が2本鎖部分となっているBIPからのDNA鎖を剥がしながら伸長し、
図2(9)の構造となる。
【0037】
STEP10(
図2(10)):上記過程によって、BIPから合成されたDNA鎖は1本鎖となり、その両端にそれぞれ相補的な領域、F1c、F1およびB1、B1cを持っているため自己アニールしてループを形成し、
図2(10)の構造となる。この
図2(10)の構造は、
図2(7)の構造と全く相補的な構造となる。
【0038】
STEP11(
図2(11)):
図2(10)の構造では、STEP7の場合と同様にF1領域の3´末端を起点として自己を鋳型としたDNA合成が行われ、さらに1本鎖となっているF2c領域にFIPがアニールしてF1領域からのDNA鎖を剥がしながらDNA合成が行われる。それにより、ちょうどSTEP7、8、10の過程と同様にSTEP10、11の過程を経て再び
図2(7)の構造ができる。
【0039】
STEP12(
図2(12)):また、
図2(9)あるいは
図2(12)の構造において、1本鎖となっているF2c(あるいはB2c)領域にFIP(あるいはBIP)がアニールし、2本鎖部分を剥がしながらDNA鎖が合成される。そして、これらの過程の結果、同一鎖上に互いに相補的な配列を繰り返す構造の増幅産物がいろいろなサイズでできてくる。
【0040】
LAMP法においては、さらに、ループプライマー(Loop primer;
図3)を追加設計するとよい。ループプライマーは、増幅反応の起点構造であるダンベル様構造および増幅産物に形成されるループ構造領域の内、5’末端側のLoopの1 本鎖部分(B1領域とB2領域の間、あるいはF1領域とF2領域の間)に相補的な配列を持つプライマー(それぞれLoop primerB、Loop primerF)である。ループプライマーを用いることによりDNA合成の起点が増え、増幅反応時間の短縮、特異性の向上が可能となる。ループプライマーは、「LAMP法プライマー設計支援ソフトウェアPrimerExplorer V5」(富士通”Net Laboratory”)により設計することができる。
【0041】
LAMP法は、DNAおよびRNAのいずれも増幅可能であり、特異性および増幅効率が極めて高く、反応副産物のピロリン酸マグネシウムの白色沈殿の形成有無やキレート剤カルセインによる蛍光発色の有無によって、増幅から検出までを1ステップの工程で行うことが可能である。原理として核酸増幅法の一つであるため、前述のデジタルPCRと同様に微小区画内に分散させて限界希釈したのちにLAMP反応を行い、統計的手法により標的核酸を定量することも可能である(デジタルLAMP)。また、標的核酸を鋳型として、起点となるプライマーから増幅産物(ステム・ループ構造を有することが特徴)が合成された場合、その一本鎖ループ領域から増幅反応が等温条件下で連続的に進むため、過剰量の核酸のほか、夾雑物による反応阻害も受けにくい反応である。さらに、基本の4種類のプライマーに加えて、増幅産物の一本鎖ループ領域の合成起点をさらに効率よく活用するループプライマーを追加することにより、増幅効率を高め、増幅反応の短縮を可能とする。なお、本発明では、分化誘導の過程で発現が有意に変動する未分化マーカー遺伝子のエクソンやイントロンなどRNA構造に着目し、非未分化細胞での存在量よりも未分化細胞での存在量が多いRNA構造を検出の対象とするプライマーおよび/またはプローブを設定しうる。
【0042】
LAMP法を用いることにより、検出の対象となるRNAの逆転写から増幅、そして検出までを連続的に行うことが可能となる。逆転写→増幅→検出を一つのチューブ内で連続して行うことができる。逆転写と増幅の温度は変えてもよいし、温度を統一して(例えば、63℃)転写と増幅を実施することも可能である。
【0043】
また、秒単位で反応温度の昇降を迅速かつ正確に制御するために反応液量を少量(5~100μL)に制限する必要があるPCR法と異なり、LAMP法は等温のまま連続的に増幅反応が進行することから、等温核酸増幅法、特にLAMP法では、試料液量を増やすことが可能で、1テストあたりの総核酸供試量(重量)を0.5μg以上とすることができる。また、1テストあたりの総核酸供試量(重量)は5μg以上、好ましくは10.0μg以上、より好ましくは50μg以上であるとよく、最も好ましくは100.0μg以上とすることもできる。例えば、PCR法と同様に1テストあたり反応液量を5~100μLまでとする場合は総核酸供試量(重量)が0.5μg以上5μg未満、反応液量を100~1,000μLまでとする場合は0.5μg以上50μg未満、反応液量を1~10mLまでとする場合は0.5μg以上100μg未満、さらには反応液量を10mL以上とする場合は100.0μg以上と、反応液量を増やすことで総核酸供試量も増やすことが可能である。
【0044】
上項に記すように、1テストあたりの総核酸供試量(重量)を増やすと、検出対象の特異的配列を有する核酸以外の夾雑核酸の持ち込みが増えると同時に、核酸以外の検体由来成分(タンパク質、脂質、糖類など)も反応に大量に持ち込まれる。PCR法は核酸の構造安定化に寄与するマグネシウムイオンが枯渇することによるポリメラーゼの機能低下や、熱変性による核酸試料の一本鎖化が滞るため、過剰量の鋳型核酸が特異的な増幅反応を阻害することが知られている。それに対し、等温核酸増幅法、特にLAMP法では、穏やかな加温条件(60~65℃付近)のもと、加熱変性による一本鎖化を必要とせず、増幅産物の構造内に合成される複数の一本鎖領域にプライマーが特異的にアニーリングし、そこを合成起点として新たな増幅反応が進行する。そのため、過剰量の核酸試料による反応阻害を受けにくく、核酸以外の夾雑物による影響も受けにくい。このような特徴を利用し、精製度の低い検体抽出液をそのまま増幅反応に用いることが可能であり、食品・環境検査用の試薬として市販されており、被検食品を含む培養液をアルカリ性条件下で加熱変性し、中和後、簡易に遠心分離した上清をそのまま核酸試料として適用可能である。
【0045】
本発明に用いるプライマーは、本発明を構成する各種の核酸合成反応において、与えられた環境の下で必要な特異性を維持しながら相補鎖との塩基対結合を行うことができる程度の鎖長を持つ。具体的には、5-200塩基、より望ましくは10-50塩基対とする。配列依存的な核酸合成反応を触媒する公知のポリメラーゼが認識するプライマーの鎖長が、最低5塩基前後であることから、アニールする部分の鎖長はそれ以上である必要がある。加えて、塩基配列としての特異性を期待するためには、確率的に10塩基以上の長さを利用するのが望ましい。一方、あまりにも長い塩基配列は化学合成によって調製することが困難となることから、前記のような鎖長が望ましい範囲として例示される。なお、ここで例示した鎖長はあくまでも相補鎖とアニールする部分の鎖長である。たとえばFIPは、少なくとも2つの領域F2およびF1cからなっている。したがって、ここに例示する鎖長は、プライマーを構成する各領域の鎖長と理解するべきである。
【0046】
増幅された核酸は、濁度、蛍光、電気泳動などで検出することができる。
【0047】
核酸増幅反応の過程で、副産物としてピロリン酸マグネシウムが産生される。この副産物は、増幅産物と比例して産生されることから、増幅産物が非常に多いLAMP法では、白濁として観察される。よって、白濁の有無で標的遺伝子の有無を確認することができる。濁度は、濁度計で測定できる。
【0048】
増幅された核酸は、蛍光により検出することもできる。代表的な蛍光検出方法には、インターカレーターを用いる方法と蛍光標識プローブを用いる方法があるが、いずれの方法であってもよく、両方を用いてもよく、他の検出法でもよい。インターカレーター法には、SYTO63、エチジウムブロマイド、SYBR(登録商標) Green、SYBR(登録商標) Gold、Oxazole Yellow、Thiazole Orange、PicoGreen、GelGreenなどを用いることができる。蛍光標識プローブには多くの種類があり、QProbe(登録商標)、TaqMan(登録商標)プローブ、Molecular Beacon、サイクリングプローブなどを例示することができる。多くの蛍光標識プローブでは、蛍光物質とクエンチャーを組み合わせ、FRETの原理で検出がなされる。蛍光物質は、ある特定の波長の光を吸収して励起状態となり、もとの基底状態に戻るときに吸収した光の波長とは異なる波長の光を放出する。クエンチャーは、蛍光物質から光エネルギーを受け取り、それを光あるいは熱エネルギーとして放出する。蛍光物質としては、FITC、TMR、6-joe、Bodipy(登録商標)-FL/C6、Bodipy(登録商標)-FL/C3、TAMRA、FAM、HEXなどを例示することができ、クエンチャーとしては、BHQ(登録商標)-1、BHQ(登録商標)-2などを例示することができる。Qprobeは消光プローブで、クエンチャーは必要ない。Qprobeは、ハイブリダイズした際に蛍光色素を修飾した塩基に相補する塩基の近傍にグアニンがあるとき蛍光共鳴エネルギー移動が生じ、蛍光が消光する。Qprobeが有する蛍光色素としては、FITC、TMR、6-joe、Bodipy(登録商標)-FL/C6、Bodipy(登録商標)-FL/C3等が挙げられる。
【0049】
本発明に用いるプローブは、与えられた環境の下で必要な特異性を維持しながら相補鎖との塩基対結合を行うことができる程度の鎖長を持つ。プローブの鎖長は、特に限定されるものではないが、具体的には5-50塩基の範囲が好ましく、10-40塩基の範囲がより好ましい。
【0050】
LAMP法では、きわめて多量の核酸が合成され、副産物であるピロリン酸イオンも多量に生成するという特徴を有する。蛍光目視検出試薬として、キレート剤カルセインを用いると、カルセインは、増幅前にはマンガンイオンと結合して消光しているが、LAMP反応が進行すると、ピロリン酸イオンが生成され、マンガンイオンが奪われることで蛍光を発する。さらに、反応液中のマグネシウムイオンと結合することで蛍光が増強される。この原理により、蛍光発色の有無により、LAMP反応による増幅の有無を容易に目視判定することができる。
【0051】
電気泳動による検出では、例えば、核酸増幅反応液を2%程度のアガロースで電気泳動を行い、エチジウムブロマイドあるいはSYBR(登録商標) Green Iなどの染色用試薬で染色することで、電気泳動パターンを観察するとよい。
【0052】
本発明の方法により、未分化細胞から分化細胞への分化誘導時および/または分化誘導後の細胞の分化状態を評価することができる。
【0053】
本発明において、非未分化細胞は分化した細胞であってよい。非未分化細胞は、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物の人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞に由来する分化細胞、前記多能性幹細胞由来の分化細胞に限らない培養細胞でありえる。前記多能性幹細胞由来の分化細胞に限らない培養細胞は特に限定されないが、HEK293T細胞(https://www.wikiwand.com/ja/HEK293細胞)、HeLa細胞(https://ja.wikipedia.org/wiki/HeLa細胞)、HUVEC細胞(https://www.wikiwand.com/en/Human_umbilical_vein_endothelial_cell)などが具体例として挙げられる。非未分化細胞が多能性幹細胞由来の分化細胞である場合は、当該非未分化細胞の分化誘導時や分化誘導後に未分化の状態で残存(混在)している細胞(未分化細胞)の有無を、本発明により高感度に検出することができる。一方、非未分化細胞が多能性幹細胞由来の分化細胞に限らない培養細胞である場合は、本発明により当該培養細胞集団中に混入(混在)した未分化細胞の有無を高感度に検出することができ、複数の種類の細胞を扱う細胞加工施設内の設備や自動細胞培養装置における未分化細胞のコンタミネーション、特にSNPs(一塩基多型)解析では検知できない同一個体の分化した細胞への未分化細胞のクロスコンタミネーションを効果的に検出可能となる。
【0054】
本発明の方法においては、非未分化細胞集団中に未分化細胞が混在している試料におけるRNA存在量が前記等温核酸増幅法の検出限界以上であり、非未分化細胞中のRNA存在量が前記等温核酸増幅法の検出限界以下であるRNAを検出の対象とし、試料中に検出の対象となるRNAが検出された場合には、陽性と判定し、試料中に検出の対象となるRNAが検出されなかった場合には、陰性と判定するとよい。
【0055】
検出限界は、例えば、非未分化細胞から精製したRNA Xμg中に10コピー未満とすることができる。Xは、検出の対象とするRNAを100、10、5コピー/テストになるよう添加した試料をRT-LAMPで試験した場合に、100、10コピー/テストを陽性、5コピー/テストを陰性とする系を用いて、非未分化細胞から精製したRNAをRT-LAMPで試験した際に陰性と判定される最大のRNA重量である。未分化細胞を高感度に検出する場合、Xは1以上であることが好ましく、10以上であることがより好ましく、100以上であることがさらに好ましい。
Xは、検出の対象とするRNAの存在量に応じて適宜設定することができ、検出限界を挟んで正しく陽性、陰性の判定ができれば良い。例えば、非未分化細胞中に未分化細胞が混在している状態から調製した試料を検査する場合、非未分化細胞で全く発現していないRNAを検出の対象とすれば、未分化細胞での発現量がそれ程高くなくても、供試するRNA量を増やすことで正しく陽性と判定可能となる。
【0056】
本発明において、非未分化細胞集団中への未分化細胞の混在の割合は0.1%以下、0.05%以下、0.025%以下、0.01%以下、0.005%以下、0.0025%以下、0.001%以下、0.0001%以下などでありえる。
【0057】
本発明は、未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量に有意差がある未分化マーカー遺伝子由来のRNAを等温核酸増幅法により検出できる試薬を含む、非未分化細胞集団中の未分化細胞の混在の有無を検査するためのキットも提供する。
未分化細胞と非未分化細胞との間で発現量に有意差がある未分化マーカー遺伝子由来のRNAを等温核酸増幅法により検出できる試薬は、プライマーを含むとよい。増幅された核酸を検出するためには、試薬がさらにプローブおよび/または比色試薬を含むとよい。プライマーおよびプローブの機能・構成等については上述した。プローブは蛍光標識されているとよい。比色試薬は、増幅された核酸の検出を可能とする物質であればよく、濁度測定を可能とするピロリン酸マグネシウムを生成するマグネシウムイオン、蛍光目視検出試薬としてのカルセイン、電気泳動で用いられる染色用試薬であるエチジウムブロマイド、SYBR Green Iなどを例示することができる。
【0058】
キットは、さらに、核酸増幅に必要な試薬(基質(4種の塩基:dGTP、dCTP、dATP、dTTP)、マグネシウムイオン(例えば、塩化マグネシウム)、Buffer、カリウムイオンなど)、核酸増幅のための酵素(DNAポリメラーゼ(例えば、鎖置換型DNAポリメラーゼ)、逆転写酵素など)、蒸留水、ポジティブコントロール用のRNAおよびその増幅のためのプライマー、検出用の蛍光プローブなどを含むとよい。
【0059】
本発明のキットに含まれる試薬は、乾燥状態としてもよく、その場合、例えば、乾燥した試薬を反応チューブ内(底部、フタなど)に固定しておき、使用時に、プライマー溶液や試料溶液を反応チューブに添加し、これらの溶液で乾燥試薬を溶解し、核酸増幅反応を行うとよい。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
【0061】
iPS細胞を肝細胞へ分化誘導する過程において、肝内胚葉細胞(Hepatic endoderm cell、以下HE細胞)まで分化した段階を非未分化細胞とし、そこにiPS細胞(未分化細胞)を段階的に添加した希釈系列を作製した。この希釈系列を試料として、qRT-PCR法による非未分化細胞集団中への未分化細胞の混在の割合の最小値を試験した。なお、検出対象の未分化マーカー遺伝子として、LINC00678を選択した。
【0062】
・試料調製法
1.各細胞の取り扱いは、Cell Rep. 2017 Dec 5;21(10):2661-2670.に従った。
2.iPS細胞を10日間の分化誘導によりHE細胞とした後、Trypsin-EDTA(ギブコ社)を用いて細胞を回収し、HE細胞懸濁液とした。
3.未分化状態のままのiPS細胞を、Accutase(ICT社)を用いて回収し、iPS細胞懸濁液とした。
4.それぞれの細胞数を計測後、HE細胞懸濁液に対しiPS細胞が
図4の「iPS細胞混在率」となるようにiPS細胞懸濁液を混合し、試料とした。
5.各試料から遠心分離により上清を除いた細胞沈査から、PureLink RNA Mini Kit(インビトロジェン社)を用いてRNAを精製した。
6.ナノドロップ2000c(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、精製したRNAの濃度を定量した。
7.精製したRNAを鋳型とし、High Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用い、cDNAを合成した。
【0063】
・qRT-PCR法
LINC00678検出用RT-PCRプライマー・プローブ
[qRT-PCR反応プロトコール]
上記試料調製法7までで得られたcDNAについて2ステップRT-PCRを実施した。THUNDERBIRD Probe qPCR Mix(東洋紡)、上記のプライマー、プローブ、LightCycler480(ロシュ社)を用い、qRT-PCR反応を行い、18S rRNA(ABI社)を内部標準としたΔΔCp法により遺伝子発現量を定量した。本反応におけるRNA最終供試量は、12.5ng/テストで反応液を調製した。
この試験を5回繰り返し行い、各iPS細胞混在試料と非混在試料とのt検定による有意差検定を実施した。有意水準を5%として、有意差なしと判定される最大のiPS細胞混在率より1段階混在率の大きなiPS細胞混在率を、検出限界(Limit Of Detection:LOD)とした。
[結果]
図4(a), (b)に示すように、qRT-PCR法のLODは0.05%であった。
【0064】
[実施例2]
実施例1と同様に、HE細胞まで分化した段階を非未分化細胞とし、そこにiPS細胞を段階的に添加した希釈系列を試料として、未分化細胞の検出をRT-LAMP法とqRT-PCR法で比較した。検出対象の未分化マーカー遺伝子は、実施例1と同じくLINC00678とした。
RT-LAMP法において、LAMPプライマーセットは、PrimerExplorerを用いて設計し(セット1)、上記試料調製法6までで得られたRNAを用い、逆転写反応を含むRT-LAMPを行った。
qRT-PCRは実施例1と同様の方法で試験を行った(RNA最終供試量は、12.5ng/テスト)。
・RT-LAMP法
使用した各プライマーおよびプローブの塩基配列を以下に示す。
LINC00678検出用RT-LAMPプライマー・プローブ(セット1)
[RT-LAMP反応プロトコール]
1.上記試料調製法6までで得られたRNAについて、RNA最終供試量 1.0μg/テストで反応液を調製した。
2.Lightcycler480(ロシュ社)を用い、55℃・10分間にて逆転写反応した後、63℃・90分間にてLAMP増幅反応を行い、プローブの蛍光強度を20秒間隔ごとにリアルタイム測定した。蛍光強度は、465/510 nmにて測定した。
3.装置始動後、対初発蛍光強度差が-1となった時間をTt値とし、Tt値が90分未満であった場合を「LAMP反応あり」と判定し、Tt値が90分以上であった場合を「LAMP反応なし」とした。各試料を同時に複数回(N=2)試験し、いずれも「LAMP反応あり」となった試料を陽性(下表中〇で示す)と判定し、いずれも「LAMP反応なし」となった試料を陰性(下表中×で示す)と判定した。
結果
qRT-PCR法においては、検出不可と判定される最大のiPS細胞混在率より1段階混在率の大きなiPS細胞混在率を、検出限界(Limit Of Detection:LOD)とした。RT-LAMP法においては、すべて陰性と判定される最大のiPS細胞混在率より1段階混在率の大きなiPS細胞混在率を、検出限界(Limit Of Detection:LOD)とした。
その結果、qRT-PCR法のLODは実施例1よりも高感度な0.005%であったが、RT-LAMP法のLODはさらに高感度な0.0025%であった。また、このLAMP反応において供試した1テストあたりの試料中の核酸重量は、一般的なPCR反応における上限量目安である500ng(0.5μg)を超える1.0μgであったが、良好に検出可能であった。
【0065】
[実施例3]
[実施例2]と同様に、HE細胞(内胚葉組織)まで分化した段階のほかに、EC細胞(血管内皮細胞(endothelial cells)、中胚葉組織)まで分化した段階を非未分化細胞とし、そこにiPS細胞を段階的に添加した希釈系列を試料として、未分化細胞の検出をRT-LAMP法で試験した。
HE細胞を用いる希釈系列における検出対象の未分化マーカー遺伝子は、実施例1及び2と同じくLINC00678としたが、実施例2とは異なるLAMPプライマーセット(セット2)を設計した。一方、EC細胞を用いる希釈系列における検出対象の未分化マーカー遺伝子はESRGを選択し、設計を行った。
RT-LAMP法において、前述の試料調製法6までで得られたRNAを用い、逆転写反応を含むRT-LAMPを行った。
・RT-LAMP法
使用した各プライマーおよびプローブの塩基配列を以下に示す。
LINC00678検出用RT-LAMPプライマー・プローブ(セット2)
ESRG検出用RT-LAMPプライマー・プローブ
[RT-LAMP反応プロトコール]
1.前述の試料調製法6までで得られたRNAについて、RNA最終供試量 5.0μg/テストで反応液を調製した。
2.RT-LAMP反応当たりの各試薬濃度(RNAサンプル添加後の最終濃度)は、LIN00678(セット2)では1.4mM dNTPs、3U Warmstart Bst、3U Warmstart RTxに対し、ESRGでは0.9mM dNTPs、9U Warmstart Bst、1.5U Warmstart RTxと、プライマー・プローブセットごとに基質および各酵素の濃度が異なるほかは、[実施例2]で示した条件と同様である。
3.Lightcycler480(ロシュ社)を用い、55℃・10分間にて逆転写反応した後、LINC00678(セット2)は67℃、ESRGは63℃の反応温度にて、90分間LAMP増幅反応を行い、プローブの蛍光強度を20秒間隔ごとにリアルタイム測定した。蛍光強度は、465/510 nmにて測定した。
4.装置始動後、対初発蛍光強度差が-1となった時間をTt値とし、Tt値が90分未満であった場合を「LAMP反応あり」と判定し、Tt値が90分以上であった場合を「LAMP反応なし」とした。各試料を同時に複数回(N=2)試験し、いずれも「LAMP反応あり」となった試料を陽性(下表中〇で示す)と判定し、いずれも「LAMP反応なし」となった試料を陰性(下表中×で示す)と判定した。
結果
二つのRT-LAMP法の各LODは、LINC00678(セット2)は0.00003%、ESRGは0.00032%であり、実施例2のRT-PCRのLODの約10
2~10
3以上も高い感度を示した。同じ未分化マーカー遺伝子のLINC00678を標的としたRT-LAMPであるが、セット1よりも高い感度を示したのは、プライマーおよび検出プローブの設計を含む反応条件の最適化に起因し、さらに供試した1テストあたりの試料中の核酸重量を5.0μgへ増量した結果による。これは夾雑核酸が増えても、検出対象の特異配列を含む少量の核酸を良好に検出可能であることを示す。また、同じiPS細胞から分化した細胞であるが、HE細胞(肝内胚葉細胞)とEC細胞(血管内皮細胞)と別の細胞機能を示す分化細胞に対しても、同様に微量のiPS細胞の混在を検出可能であった。
【0066】
[実施例4]
多能性幹細胞由来の分化細胞に限らない培養細胞であるヒト胎児腎細胞株のHEK293T(外胚葉組織(非特許文献7))、またはヒト子宮頸がん由来細胞のHeLa細胞を非未分化細胞として用い、実施例1、2および3と同様に、iPS細胞を段階的に添加した希釈系列を試料として、未分化細胞の検出をRT-LAMP法で試験した。
検出対象の未分化マーカー遺伝子は、実施例1、2および3と同様にLINC00678としたほか、SFRP2、CNMD、USP44およびLIN28Aを選択した。
LINC00678のRT-LAMPプライマー・プローブセットは、上述のセット1およびセット2を使用した。これにより、新たに設計したSFRP2、CNMD、USP44およびLIN28Aのプライマー・プローブセットも含めて、計6種類のRT-LAMPの検出感度を比較した。
SFRP2検出用RT-LAMPプライマー・プローブ
CNMD検出用RT-LAMPプライマー・プローブ
USP44検出用RT-LAMPプライマー・プローブ
LIN28A検出用RT-LAMPプライマー・プローブ
・試料調製法
1.HEK293T細胞およびHeLa細胞をそれぞれ個別に培養・回収し、各細胞懸濁液を調製した。
2.未分化状態のままのiPS細胞を、Accutase(ICT社)を用いて回収し、iPS細胞懸濁液とした。
3.それぞれの細胞数を計測後、HEK293T細胞およびHeLa細胞の各細胞懸濁液に対しiPS細胞が下表の「iPS細胞混在率」となるようにiPS細胞懸濁液を添加し、試料とした。
4.各試料から遠心分離により上清を除いた細胞沈査から、PureLink RNA Mini Kit(インビトロジェン社)を用いてRNAを精製した。
5.ナノドロップ2000c(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、精製したRNAの濃度を定量した。
[RT-LAMP反応プロトコール]
1.RT-LAMP反応当たりの各試薬濃度(RNAサンプル添加後の最終濃度)は、SFRP2およびLIN28Aでは1.4mM dNTPs、3U Warmstart Bst、3U Warmstart RTxに対し、CNMDおよびUSP44では0.9mM dNTPs、9U Warmstart Bst、1.5U Warmstart RTxと、プライマー・プローブセットごとに基質および各酵素の濃度が異なるほかは、[実施例2]で示した条件と同様である。なお、LIN00678セット1および同セット2については、それぞれ[実施例2]および[実施例3]で示した条件と同様である。
2.上記試料調製法5までで得られたRNAについて、Lightcycler480(ロシュ社)を用い、55℃・10分間にて逆転写反応した後、63℃(LINC00678セット1、CNMD、USP44、LIN28A)または65℃(SFRP2)または67℃(LINC00678セット2)にて、90分間LAMP増幅反応を行い、プローブの蛍光強度を20秒間隔ごとにリアルタイム測定した。蛍光強度は465/510 nmにて測定した。
3.装置始動後、対初発蛍光強度差が-1となった時間をTt値とし、Tt値が90分未満であった場合を「LAMP反応あり」と判定し、Tt値が90分以上であった場合を「LAMP反応なし」とした。各試料を同時に複数回(N=2)試験し、いずれも「LAMP反応あり」となった試料を陽性(下表中〇で示す)と判定し、いずれも「LAMP反応なし」となった試料を陰性(下表中×で示す)と判定した。いずれか一方が「LAMP反応あり」となった試料については、下表中△で示した。
結果
HEK293T細胞へのiPS細胞スパイク試験において、LINC00678(セット1)はLOD 0.001%(RNA最終供試量10.0μg)、LINC00678(セット2)はLOD 0.001%(RNA最終供試量1.0μg)、SFRP2はLOD 0.001%(RNA最終供試量1.0μg)およびLOD 0.0001%(RNA最終供試量5.0μg)、CNMDはLOD 0.0005%(RNA最終供試量3.0μg)であった。HeLa細胞へのiPS細胞スパイク試験において、LINC00678(セット2)、USP44およびLIN28Aのいずれにおいても、LOD 0.00032%(RNA最終供試量5.0μg)であった。
試験に用いた非未分化細胞の種類、検出対象に選択した未分化マーカー遺伝子のいずれにおいても、LODは0.001~0.0001%と高い検出感度が確認できた。特にSFRP2においては、同じプライマー・プローブセットを用いてRNA供試量を増やすことで、LODが改善できることが示された。また、非未分化細胞の種類に関して、実施例3で内・中胚葉、実施例4で外胚葉に分類される細胞を用い、本法の有用性を確認できた。このことから、非未分化細胞は内胚葉、中胚葉、および外胚葉のいずれの分化細胞の集団であってもよいと考えられる。
【0067】
[実施例5]
上述の実施例に示した既知量の未分化細胞を添加するスパイク試験とは異なり、培養により未分化細胞を分化誘導して得られた分化細胞中に、想定通りの分化が進まず残存した未分化細胞を高感度に検出することが可能であるか否かを検討した。iPS細胞由来分化細胞としては、HE細胞を用いた。
なお、当該分野において一般的に使用が勧められる、およそ35継代未満の継代数の少ないiPS細胞株(「正常株」とする)では、本明細記載の培養条件でHE細胞への分化誘導を行った場合には未分化細胞は残存しないため、本検討においては、未分化細胞が残存しやすいiPS細胞株(非特許文献8)として、35継代以上の継代数の多いiPS細胞株(「過継代株」とする)を併用した。分化させたHE細胞中に残存した未分化細胞数は、培養増幅法(非特許文献3)により確認した。
[培養増幅法]
正常株および過継代株を用い、[実施例1]と同様にHE細胞懸濁液を調製し、RNA精製およびRT-LAMP法の試験に移るとともに、細胞懸濁液の一部を分取し、ラミニンコート済み24-well plateを用い、ROCK inhibitor(和光純薬)添加StemFit培地(味の素)中に1.6x10
5 cells/wellで播種後、毎日StemFit培地で培地交換しながら37℃で培養し、未分化細胞のコロニーを形成させた。
一週間後、未分化細胞コロニーを検出するために、多能性マーカーの一次抗体として抗SOX2抗体、もしくは抗OCT4A抗体 (Cell Signaling Technologies)と、一次抗体を検出可能である蛍光標識済み二次抗体(Thermo Fisher Scientific)を用いて免疫染色を行った。免疫染色により取得した画像をもとに、ポジティブなコロニーの数をカウントし、このコロニー数を播種細胞数で除することにより、未分化細胞残存率を算出した。
なお、免疫染色は、以下の手順で実施した。
4%パラホルムアルデヒドを15分間処理することで細胞を固定した。PBSで2回洗浄後、0.1% TritonX-100 in PBS(PBST)を加えて10分間処理することで細胞膜を透過させた。その後、5% FBS in PBSTを用いてブロッキング処理をした。1時間後、ブロッキングバッファーを取り除き、適切に希釈した一次抗体溶液を添加して、4℃でovernight処理した。その後、PBSで3回洗浄し、希釈した二次抗体溶液を添加して、遮光下室温で1時間静置した。最後にPBSで3回洗浄し、アパチ封入剤(和光純薬)を添加して観察に用いた。観察にはオールインワン蛍光顕微鏡 BZ-X710(キーエンス)を用い、4倍対物レンズにより1well全体の緑色蛍光を撮影した。コロニー数は取得した画像をもとに目視でカウントした。
[RT-LAMP反応プロトコール]
検出対象の未分化マーカー遺伝子は、実施例3と同様にESRGとLINC00678(セット2)としたほか、PRDM14を選択した。
新たに設計したPRDM14のプライマー・プローブセットを以下に示す。
1.前述の試料調製法6までで得られたRNAについて、RNA最終供試量 1.0μg/テストで反応液を調製した。
2.PRDM14のRT-LAMP反応当たりの各試薬濃度(RNAサンプル添加後の最終濃度)は、0.6mM dNTPs、9U Warmstart Bst、1.5U Warmstart RTxと、基質および各酵素の濃度が異なるほかは、[実施例2]で示した条件と同様である。なお、LIN00678セット2およびESRGについては、それぞれ[実施例3]で示した条件と同様である。
3.Lightcycler480(ロシュ社)を用い、55℃・10分間にて逆転写反応した後、LINC00678(セット2)は67℃、ESRGおよびPRDM14は63℃の反応温度にて、90分間LAMP増幅反応を行い、プローブの蛍光強度を20秒間隔ごとにリアルタイム測定した。蛍光強度は、465/510 nmにて測定した。
4.装置始動後、対初発蛍光強度差が-1となった時間をTt値とし、Tt値が90分未満であった場合を「LAMP反応あり」と判定し、Tt値が90分以上であった場合を「LAMP反応なし」とした。各試料を同時に複数回(N=2)試験し、いずれも「LAMP反応あり」となった試料を陽性(下表中〇で示す)と判定し、いずれも「LAMP反応なし」となった試料を陰性(下表中×で示す)と判定した。
結果
正常iPS細胞株由来HE細胞については、培養増幅法では残留未分化細胞が検出されなかった。一方、過継代iPS細胞株由来HE細胞については、培養増幅法により微量の残留未分化細胞が検出された。培養増幅法で以上のような結果が得られた細胞懸濁液より抽出したRNAを被験試料として、RT-LAMP法の試験を行った結果、培養増殖法で残留未分化細胞が検出されなかったRNAを被験試料とした場合は陰性と判定し、培養増殖法で残留未分化細胞が検出されたRNAを被験試料とした場合は、すべて陽性と判定した。
【0068】
[実施例6]
酵素反応に基づく核酸増幅反応は、基質濃度や酵素活性をはじめとする反応組成条件や温度等によって反応速度が変化するため、一定時間内に増幅可能な鋳型核酸量が変わる。本発明における等温核酸増幅法、特にLAMP法も同様に、用いるプライマーの塩基配列、プライマーの量、基質、酵素やその触媒などの濃度を含む反応組成条件を変更することで、検出感度が変化する。これを利用して、検体中に含まれる鋳型核酸量を検査可能か検討した。
・試料調製法
上述の[実施例3]で示したLINC00678検出用RT-LAMPプライマー・プローブ(セット2)で増幅される塩基配列を含む人工遺伝子(配列番号53)を試料とした。吸光度測定により定量した人工遺伝子を、テストあたり0~1,000コピーとなるように段階希釈系列を作成し、下記のRT-LAMP反応に供試した。
[RT-LAMP反応プロトコール]
1.上述の[実施例2]で示したLINC00678検出用RT-LAMPプライマー・プローブ(セット2)のRT-LAMP反応当たりの各試薬濃度(サンプル添加後の最終濃度)のうち、基質であるdNTPsのみ0.4から1.4mMまで変化させた各増幅反応液を調製した。
2.上記の試料調製法で作成した人工遺伝子の段階希釈系列を、各増幅反応液に添加後、Lightcycler480(ロシュ社)を用い、67℃にて90分間LAMP増幅反応を行い、プローブの蛍光強度を20秒間隔ごとにリアルタイム測定した。蛍光強度は465/510 nmにて測定した。
3.装置始動後、対初発蛍光強度差が-1となった時間をTt値とし、Tt値が90分未満であった場合を「LAMP反応あり」と判定し、Tt値が90分以上であった場合を「LAMP反応なし」とした。各試料を同時に複数回(N=2)試験し、いずれも「LAMP反応あり」となった試料を陽性(下表中〇で示す)と判定し、いずれも「LAMP反応なし」となった試料を陰性(下表中×で示す)と判定した。
結果
基質のdNTPs濃度が減少するに従い、陽性と判定するために、より多くのコピー数の人工遺伝子が必要となる。これは、反応組成のひとつである基質dNTPsの濃度によって、検出感度を容易に調整することが可能であることを示す。
この複数の反応条件の違いによる検出感度の差異を利用することで、供試する検体中に含まれる鋳型核酸量を検査できる。
例えば、dNTPs濃度が[1]1.2mM、[2]1.0mM、[3]0.6mMと3種類のLINC00678 RT-LAMP(セット2)反応組成にて、LINC00678のRNAコピー数未知の同一検体を反応に供試し、例1)[1][2][3]すべての条件で陽性となった場合、反応に供試した検体中に1000コピー以上のLINC00678RNAが存在している、または、例2)[1]および[2]の条件のみで陽性となった場合、反応に供試した検体中に10コピー以上1000コピー未満のLINC00678RNAが存在している、例3)[1]の条件のみで増幅した場合、反応に供試した検体中に10コピー以上100コピー未満のLINC00678RNAが存在している、と検体中の鋳型核酸の存在量を検査することが可能である。
【0069】
[実施例7]
上記[実施例6]は人工遺伝子を用いた試験であったが、[実施例3]および[実施例4]と同様に非未分化細胞中に未分化細胞が混在している条件で、混在量の検査の検討を行った。
・試料調製法
1.HeLa細胞を培養・回収し、細胞懸濁液を調製した。
2.未分化状態のままのiPS細胞を、Accutase(ICT社)を用いて回収し、iPS細胞懸濁液とした。
3.それぞれの細胞数を計測後、HeLa細胞の細胞懸濁液に対しiPS細胞が下表の「iPS細胞混在率」となるようにiPS細胞懸濁液を添加し、試料とした。
4.各試料から遠心分離により上清を除いた細胞沈査から、PureLink RNA Mini Kit(インビトロジェン社)を用いてRNAを精製した。
5.ナノドロップ2000c(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、精製したRNAの濃度を定量した。
[RT-LAMP反応プロトコール]
1.上述の[実施例4]で示したUSP44検出用RT-LAMPプライマー・プローブのRT-LAMP反応当たりの各試薬濃度(サンプル添加後の最終濃度)のうち、基質であるdNTPsのみ0.8mMおよび0.9mMの各増幅反応液を調製した。
2.上記試料調製法5までで得られたRNAについて、Lightcycler480(ロシュ社)を用い、55℃・10分間にて逆転写反応した後、63℃にて90分間LAMP増幅反応を行い、プローブの蛍光強度を20秒間隔ごとにリアルタイム測定した。蛍光強度は465/510 nmにて測定した。
3.装置始動後、対初発蛍光強度差が-1となった時間をTt値とし、Tt値が90分未満であった場合を「LAMP反応あり」と判定し、Tt値が90分以上であった場合を「LAMP反応なし」とした。各試料を同時に複数回(N=2)試験し、いずれも「LAMP反応あり」となった試料を陽性(下表中〇で示す)と判定し、いずれも「LAMP反応なし」となった試料を陰性(下表中×で示す)と判定した。
結果
[実施例6]と同様に、基質のdNTPs濃度が減少するに従い、反応感度が変化し、増幅反応を示すためにはより多くのiPS細胞の混在が必要となる。この複数の反応条件の違いによる検出感度の差異を利用することで、供試する非未分化細胞集団中に含まれる未分化細胞の混在量を検査できる。
例えば、dNTPs濃度が[1]0.9mM、[2]0.8mMと2種類のUSP44 RT-LAMP反応組成にて、未分化細胞(iPS細胞)混在率未知の同一検体を反応に供試し、例1)[1][2]いずれの条件でも増幅した場合、未分化細胞の混在率は0.0032%以上であり、例2)[1]の条件のみで増幅した場合、同混在率は0.001%以上0.0032%未満であり、例3)[1][2]いずれの条件で増幅しなかった場合、同混在率は0.001%未満、と未分化細胞の混在量を検査することが可能である。
考察
未分化マーカー遺伝子LINC00678のqRT-PCRでのLODは0.05~0.005%であったのに対し、今回のLAMP法によるLODは 0.00032~0.00003%と高い検出感度を示した。また、検出対象の未分化マーカー遺伝子は、分化の過程でその発現量が減少する量的変化を示すものを選択すべきであるが、今回数多くの遺伝子を対象とした実施例で示した通り、特定の未分化マーカー遺伝子に限定することなく、汎用性に富んだマーカー遺伝子を選択すべきである。また、未分化細胞が混入する可能性のある非未分化細胞としては、多能性幹細胞(ヒトES細胞、ヒトiPS細胞など)や体性幹細胞から分化および/または由来するものに限らず、HEK293T細胞やHeLa細胞など体細胞から分離された細胞であってもよい。
未分化細胞の混在を検出する本試験においては、未分化細胞が混在している可能性のある細胞集団由来の核酸試料を可能な限り大量に供試する必要があるため、反応液量および核酸供試量が制限される方法は好ましくない。一般的に過剰量の核酸存在下で、PCRは反応阻害を受けやすいため、iPS細胞の微量混在をPCR検出するには、混在率が相対的に高いことが前提となってしまう。それに対し、LAMP法はRNA最終供試量が1~10μgと過剰の場合でも、良好な増幅反応を示し、検出感度も高いため、混在試験法としてふさわしい方法である。また、本法で検出対象として選択する未分化マーカー遺伝子として、未分化細胞でのRNA発現量が高く、なおかつ、分化細胞でのRNA発現量が低い遺伝子が好ましいが、本法は、上述の通り、特定のマーカー遺伝子に限定されることなく、また混在先となる非未分化細胞の範囲も限定されることもない、広く汎用性も認められる方法である。
また、本発明における等温核酸増幅法、特にLAMP法においては、用いるプライマーの塩基配列、プライマーの量、基質、酵素やその触媒などの濃度を含む反応組成条件を変更することで、検出感度を10コピー/テストから数千コピー/テストにまで調整することも可能である。つまり、反応に関与する諸条件に応じて、その検出感度は可変である。この特性を利用し、検出感度が異なる反応組成条件を複数用意し、ひとつの試料を各条件の試験に供試することによって、未分化細胞の有無の判定のみならず、未分化細胞の混在量も検査することが可能となる。なお、複数の検出感度の異なる反応組成条件は、反応容器(チューブ)ごとに設定するほか、ひとつのデバイスでありながら内部流路の分岐により一度に複数の反応条件での試験が可能な形態であっても良く、詳細に限定されない。
【0070】
[参考例1]
未分化細胞マーカー遺伝子としてのLINC00678およびPRDM14
iPS細胞の指標となるマーカー遺伝子の抽出を目的に、マウス発生段階のマイクロアレイ解析およびiPS細胞由来肝細胞の分化誘導過程のシングルセルRNAシークエンス解析を実施し、未分化iPS細胞で特異的かつ高発現しており、分化細胞において発現が低い遺伝子を探索した。
結果
複数の候補遺伝子のうち、qRT-PCRによりiPS細胞で発現が高く、iPS細胞由来の胚体内胚葉細胞(DE)および肝内胚葉細胞(HE)など、分化細胞で発現が低下する遺伝子として、LINC00678(
図5)およびPRDM14(
図6)を抽出した。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は、未分化細胞から分化細胞への分化誘導時や分化誘導後に、未分化の状態で混在している細胞(未分化細胞)の有無を高感度に検出することに利用できる。また、本発明は、多能性幹細胞由来の分化細胞に限らない細胞を培養する際に、当該培養細胞集団中の未分化細胞の混在の有無を高感度に検出することにも利用できる。
【配列表】