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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-09
(45)【発行日】2022-09-20
(54)【発明の名称】カルバミン酸エチルの分解
(51)【国際特許分類】
   A23L 5/00 20160101AFI20220912BHJP
   A23L 5/20 20160101ALI20220912BHJP
   A23L 2/84 20060101ALI20220912BHJP
   C12G 3/00 20190101ALI20220912BHJP
   C12G 1/00 20190101ALI20220912BHJP
   C12H 1/15 20060101ALI20220912BHJP
   C12P 13/02 20060101ALI20220912BHJP
   C12N 15/55 20060101ALN20220912BHJP
   C12N 9/18 20060101ALN20220912BHJP
【FI】
A23L5/00 J ZNA
A23L5/20
A23L2/84
C12G3/00
C12G1/00
C12H1/15
C12P13/02
C12N15/55
C12N9/18
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019509049
(86)(22)【出願日】2018-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2018007918
(87)【国際公開番号】W WO2018180187
(87)【国際公開日】2018-10-04
【審査請求日】2021-01-14
(31)【優先権主張番号】P 2017068426
(32)【優先日】2017-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】514262886
【氏名又は名称】江南大学
【氏名又は名称原語表記】JIANGNAN UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】No. 1800 Lihu Avenue, Bin Hu District, Wuxi, Jiangsu, China
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(72)【発明者】
【氏名】吉田 和典
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 哲也
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-240179(JP,A)
【文献】Eur. J. Biochem.,2000年,vol.267, no.1,pp.3-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12G 1/00-3/08
C12N 9/00-9/99
A23L 5/00-5/49
UniProt/GeneSeq
FSTA/REGISTRY/CAplus/AGRICOLA/
BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1~配列番号17のいずれかのアミノ酸配列と85%以上同一のアミノ酸配列からなり、カルバミン酸エチルに対して分解活性を示すエステラーゼを、カルバミン酸エチルを含有する食品又は飲料に作用させることを特徴とする、食品又は飲料中のカルバミン酸エチル解方法。
【請求項2】
前記エステラーゼのアミノ酸配列が、配列番号1~18のいずれかのアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の分解方法。
【請求項3】
前記エステラーゼがアシネトバクター属微生物、シュードモナス属微生物、バークホルデリア属微生物又はパラバークホルデリア属微生物に由来する、請求項1に記載の分解方法。
【請求項4】
前記アシネトバクター属微生物がアシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)、アシネトバクター・ギロイエ(Acinetobacter guillouiae)、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)又はアシネトバクター・セイフェルティ(Acinetobacter seifertii)であり、前記シュードモナス属微生物がシュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)又はシュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)であり、前記バークホルデリアがバークホルデリア・ユボネンシス(Burkholderia ubonensis)又はバークホルデリア・シュードマルチボランス(Burkholderia pseudomultivorans)であり、前記パラバークホルデリアがパラバークホルデリア・フェラリエ(Paraburkholderia ferrariae)である、請求項3に記載の分解方法。
【請求項5】
前記エステラーゼがアシネトバクター sp. NBRC 110496(Acinetobacter sp. NBRC 110496)、アシネトバクター sp. NIPH809(Acinetobacter sp. NIPH809)、シュードモナス・フルオレセンスA506(Pseudomonas fluorescens A506)、シュードモナス sp. ABAC61(Pseudomonas sp. ABAC61)、シュードモナス・プチダIFO12996(Pseudomonas putida IFO12996)又はシュードモナス・プチダMR2068(Pseudomonas putida MR2068)に由来する、請求項1に記載の分解方法。
【請求項6】
前記エステラーゼが以下の特徴を備える、請求項1に記載の分解方法:
(1)至適温度: 20~30℃;
(2)至適pH: pH7;
(3)温度安定性: 70℃まで安定(pH7、1時間);
(4)pH安定性: pH5~11で安定である;
(5)分子量: 約85kDa(ゲルろ過による)。
【請求項7】
前記エステラーゼが以下の特徴を更に備える、請求項6に記載の分解方法:
(6)アルコール安定性:アルコール濃度が40%以下であれば、8日間、30℃で処理しても失活しない。
【請求項8】
前記飲料がアルコール飲料である、請求項1~7のいずれか一項に記載の分解方法。
【請求項9】
前記アルコール飲料が、紹興酒、核果を原料とした蒸留酒、ウイスキー、ブランデー、テキーラ、カシャッサ、焼酎、清酒、ワイン、酒精強化ワイン、梅酒、シェリー酒又は混成酒である、請求項8に記載の分解方法。
【請求項10】
配列番号1~配列番号17のいずれかのアミノ酸配列と85%以上同一のアミノ酸配列からなり、カルバミン酸エチルに対して分解活性を示すエステラーゼによる処理工程を含む、カルバミン酸エチルが除去又は低減された食品又は飲料の製造方法。
【請求項11】
前記エステラーゼが、請求項2~7のいずれか一項において定義されたエステラーゼである、請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記飲料がアルコール飲料である、請求項10又は11に記載の製造方法。
【請求項13】
前記アルコール飲料が、紹興酒、核果を原料とした蒸留酒、ウイスキー、ブランデー、テキーラ、カシャッサ、焼酎、清酒、ワイン、酒精強化ワイン、梅酒、シェリー酒又は混成酒である、請求項12に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカルバミン酸エチルを分解する方法に関する。詳しくは、食品又は飲料中のカルバミン酸エチルを分解する方法に関する。本出願は、2017年3月30日に出願された日本国特許出願第2017-068426号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
カルバミン酸エチル(以下、「EC」と略称することがある)は、過去に医薬品として使用された実績があるものの、発がん性ないし変異原性が疑われる化合物であり、食品又は飲料等を介して摂取された場合の人体への影響が懸念されている。特に、紹興酒やシェリー酒、或いは発酵食品中にはECが比較的多く含まれており、ECを低減又は除去する手段の開発が望まれている。これまでにも様々な試みがなされており、例えば、ウレタナーゼを利用した方法(例えば特許文献1、非特許文献1~3を参照)やEC分解酵素を産生する微生物の菌体を利用した方法(例えば特許文献2、3を参照)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平4-325079号公報
【文献】中国特許第102492633B号公報
【文献】特開H1-24017号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】Kobashi K. et al., Chem. Pharm. Bull. 38(5) 1326-1328(1990)
【文献】Zhao C.-J. et al., Chem. Pharm. Bull. 39(12) 3303-3306(1991)
【文献】B.R. Mohapatra and M. Bapuji, Letters in Applied Microbiology 1997, 25, 393-396
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ウレタナーゼを利用してECを分解する方法については、アルコール存在下でのウレタナーゼの安定性が低く、しかも熱安定性も低いという問題がある。一方、微生物菌体を利用した分解方法は特に実用性の面で十分とはいえない。
【0006】
酒類や発酵食品は日常的かつ継続的に摂取され得るものであり、そのEC含量は今後、大きな問題になると考えられる。このような状況に対処すべく、本発明は、食品又は飲料中のECを効率的に分解できる、実用性に優れた方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決すべく本発明者らは、酵素を利用したECの分解方法の確立を目指し、広範な酵素を対象として大規模なスクリーニングを実施した。その結果、アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)由来のエステラーゼがECに対して高い分解活性を示すことが明らかとなった。また、驚くべきことに、当該エステラーゼは高アルコール濃度下でも分解活性を発揮した。この事実は、アルコール飲料中のECを分解する手段としてアシネトバクター・カルコアセティカス由来のエステラーゼが有用であることを示す。ここで、エステラーゼはセリンプロテアーゼに分類され、通常はアルコールの水酸基によって活性阻害を受ける。この技術常識からすれば、本発明者らの検討によって明らかとなったエステラーゼの新規利用形態、即ち、「アルコール飲料中のECの分解にエステラーゼを用いること」、は極めてユニークといえる。
【0008】
一方、アシネトバクター・カルコアセティカス由来のエステラーゼの類縁酵素(アミノ酸配列の同一性が70%以上)のEC分解活性を確認したところ、類縁酵素も分解活性を示し、ECを分解可能という特性がアシネトバクター・カルコアセティカス由来のエステラーゼに固有のものではないことが明らかとなった。
【0009】
更なる検討によって、アシネトバクター・カルコアセティカス由来のエステラーゼはアルコール中での安定性及び温度安定性が高く、実用性に優れることが判明した。また、当該エステラーゼの諸性質も明らかとなり、実用化する上で有用な情報ももたらされた。
【0010】
以下の発明は上記成果及び考察に基づく。
[1]配列番号1のアミノ酸配列と70%以上同一のアミノ酸配列からなるエステラーゼを、カルバミン酸エチルを含有する食品又は飲料に作用させることを特徴とする、食品又は飲料中のカルバミン酸エチルを分解する方法。
[2]前記エステラーゼのアミノ酸配列が、配列番号1~18のいずれかのアミノ酸配列を含む、[1]に記載の分解方法。
[3]前記エステラーゼがアシネトバクター属微生物、シュードモナス属微生物、バークホルデリア属微生物又はパラバークホルデリア属微生物に由来する、[1]に記載の分解方法。
[4]前記アシネトバクター属微生物がアシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)、アシネトバクター・ギロイエ(Acinetobacter guillouiae)、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)又はアシネトバクター・セイフェルティ(Acinetobacter seifertii)であり、前記シュードモナス属微生物がシュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)又はシュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)であり、前記バークホルデリアがバークホルデリア・ユボネンシス(Burkholderia ubonensis)又はバークホルデリア・シュードマルチボランス(Burkholderia pseudomultivorans)であり、前記パラバークホルデリアがパラバークホルデリア・フェラリエ(Paraburkholderia ferrariae)である、[3]に記載の分解方法。
[5]前記エステラーゼがアシネトバクター sp. NBRC 110496(Acinetobacter sp. NBRC 110496)、アシネトバクター sp. NIPH809(Acinetobacter sp. NIPH809)、シュードモナス・フルオレセンスA506(Pseudomonas fluorescens A506)、シュードモナス sp. ABAC61(Pseudomonas sp. ABAC61)、シュードモナス・プチダIFO12996(Pseudomonas putida IFO12996)又はシュードモナス・プチダMR2068(Pseudomonas putida MR2068)に由来する、[1]に記載の分解方法。
[6]前記エステラーゼが以下の特徴を備える、[1]に記載の分解方法:
(1)至適温度: 20~30℃;
(2)至適pH: pH7;
(3)温度安定性: 70℃まで安定(pH7、1時間);
(4)pH安定性: pH5~11で安定である;
(5)分子量: 約85kDa(ゲルろ過による)。
[7]前記エステラーゼが以下の特徴を更に備える、[6]に記載の分解方法:
(6)アルコール安定性:アルコール濃度が40%以下であれば、8日間、30℃で処理しても失活しない。
[8]前記飲料がアルコール飲料である、[1]~[7]のいずれか一項に記載の分解方法。
[9]前記アルコール飲料が、紹興酒、核果を原料とした蒸留酒、ウイスキー、ブランデー、テキーラ、カシャッサ、焼酎、清酒、ワイン、酒精強化ワイン、梅酒、シェリー酒、又は混成酒である、[8]に記載の分解方法。
[10]配列番号1のアミノ酸配列と70%以上同一のアミノ酸配列からなるエステラーゼによる処理工程を含む、カルバミン酸エチルが除去又は低減された食品又は飲料の製造方法。
[11]前記エステラーゼが、[2]~[7]のいずれか一項において定義されたエステラーゼである、[10]に記載の製造方法。
[12]前記飲料がアルコール飲料である、[10]又は[11]に記載の製造方法。
[13]前記アルコール飲料が、紹興酒、核果を原料とした蒸留酒、ウイスキー、ブランデー、テキーラ、カシャッサ、焼酎、清酒、ワイン、酒精強化ワイン、梅酒、シェリー酒又は混成酒である、[12]に記載の製造方法。
[14][10]~[13]のいずれか一項に記載の製造方法で得られた、カルバミン酸エチルが除去又は低減された食品又は飲料。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】類縁酵素のEC分解活性。アシネトバクター・カルコアセティカス(A. calcoaceticus)由来のエステラーゼの類縁酵素をE.coli発現系で発現させ、EC分解能力の有無を調べた。上:類縁酵素No.1~No.10のpH7.0でのEC分解能力。下:類縁酵素No.11~No.16のpH7.0でのEC分解能力。
図2】A. calcoaceticus由来エステラーゼのアルコール安定性。
図3】A. calcoaceticus由来エステラーゼの至適温度。
図4】A. calcoaceticus由来エステラーゼの至適pH。
図5】A. calcoaceticus由来エステラーゼの温度安定性。
図6】A. calcoaceticus由来エステラーゼのpH安定性。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<食品又は飲料中のカルバミン酸エチルの分解>
本発明は食品又は飲料中のカルバミン酸エチルを分解する方法であり、カルバミン酸エチルを含有する食品又は飲料にエステラーゼを作用させることを特徴とする。本発明によれば、カルバミン酸エチルが除去又は低減された食品又は飲料が得られる。
【0013】
1.エステラーゼを規定するアミノ酸配列
本発明に用いるエステラーゼは、カルバミン酸エチルに対して分解活性を示すものである限り、特に限定されない。好ましいエステラーゼの1つは、配列番号1のアミノ酸配列を含むエステラーゼである。当該エステラーゼは、後述の実施例に示す通り、本発明者らの検討によって見出された、アシネバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)由来のエステラーゼであり、アルコールに対する耐性が高く、しかも温度安定性に優れるという特徴を備える。一方、配列番号1のアミノ酸配列と70%以上の同一性を示すアミノ酸配列で特定される17種ものエステラーゼが、アシネトバクター・カルコアセティカス由来のエステラーゼと同様、カルバミン酸エチルに対して分解活性を示した事実(後述の実施例を参照)に鑑みれば、配列番号1のアミノ酸配列と70%以上同一のアミノ酸配列を有するエステラーゼも本発明に好適である。該当するエステラーゼの具体例は、アシネトバクター・ギロイエ(Acinetobacter guillouiae)に由来し、配列番号2のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性98%)、アシネトバクター・バウマニABNIH3(Acinetobacter baumannii ABNIH3)に由来し、配列番号3のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性97%)、アシネトバクター・セイフェルティ(Acinetobacter seifertii)に由来し、配列番号4のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性90%)、シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)に由来し、配列番号5のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性80%)、シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)に由来し、配列番号6のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性80%)、シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)に由来し、配列番号7のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性80%)、バークホルデリア・ユボネンシス(Burkholderia ubonensis)に由来し、配列番号8のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性81%)、パラバークホルデリア・フェラリエ(Paraburkholderia ferrariae)に由来し、配列番号9のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性81%)、バークホルデリア・シュードマルチボランス(Burkholderia pseudomultivorans)に由来し、配列番号10のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性81%)、アシネトバクター sp. NBRC 110496(Acinetobacter sp. NBRC 110496)に由来し、配列番号11のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性81%)、アシネトバクター・セイフェルティ(Acinetobacter seifertii)に由来し、配列番号12のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性90%)、アシネトバクター sp. NIPH809(Acinetobacter sp. NIPH809)に由来し、配列番号13のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性80%)、シュードモナス・フルオレセンスA506(A506Pseudomonas fluorescens A506)に由来し、配列番号14のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性80%)、シュードモナス sp. ABAC61(Pseudomonas sp. ABAC61)に由来し、配列番号15のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性79%)、シュードモナス・プチダIFO12996(Pseudomonas putida IFO12996)に由来し、配列番号16のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性76%)、シュードモナス・プチダMR2068(Pseudomonas putida MR2068)に由来し、配列番号17のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性76%)、シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)に由来し、配列番号18のアミノ酸配列を有するエステラーゼ(アミノ酸配列の同一性80%)、である。尚、カルバミン酸エチルに対する分解活性を示さなかったArthrobacter ramosus由来のエステラーゼ(実施例を参照)のアミノ酸配列の同一性は21%に留まる。
【0014】
上記のアミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有するエステラーゼを用いることもできる。ここでの「等価なアミノ酸配列」とは、基準となるアミノ酸配列(配列番号1~18のいずれかの配列)と一部で相違するが、当該相違がタンパク質の機能(ここではカルバミン酸エチルに対する分解活性)に実質的な影響を与えていないアミノ酸配列のことをいう。従って、等価なアミノ酸配列からなるポリペプチド鎖を有する酵素はカルバミン酸エチルに対する分解活性を示す。カルバミン酸エチルに対する分解活性の程度は、基準となるアミノ酸配列からなるポリペプチド鎖を有する酵素と同程度又はそれよりも高いことが好ましい。
【0015】
「アミノ酸配列の一部の相違」とは、典型的には、アミノ酸配列を構成する1~数個のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1~数個のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。ここでのアミノ酸配列の相違はカルバミン酸エチルに対する分解活性が保持される限り許容される(活性の多少の変動があってもよい)。この条件を満たす限りアミノ酸配列が相違する位置は特に限定されず、また複数の位置で相違が生じていてもよい。ここでの「複数」とは例えば全アミノ酸の約30%未満に相当する数であり、好ましくは約20%未満に相当する数であり、さらに好ましくは約10%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約5%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。即ち等価タンパク質は、基準となるアミノ酸配列と例えば約60%以上、約70%以上、約75%以上、約76%以上、約79%以上、約80%以上、約81%以上、約85%以上、約90%以上、約95%以上、約97%以上、約98%以上、又は約99%以上(同一性のパーセンテージが高いほど好ましい)の同一性を有する。尚、配列番号1のアミノ酸配列で特定されるアシネバクター・カルコアセティカスのエステラーゼについては、活性中心を構成すると推定される97位セリン(Ser97)、227位アスパラギン酸(Asp227)及び256位ヒスチジン(His256)は欠失又は置換の対象にしないことが好ましい。
【0016】
好ましくは、カルバミン酸エチルに対する分解活性に必須でないアミノ酸残基において保存的アミノ酸置換を生じさせることによって等価なアミノ酸配列が得られる。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。
【0017】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの核酸(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。
【0018】
二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。本発明の核酸分子に等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0019】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの核酸配列の相同度を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0020】
本発明に用いるエステラーゼが、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組み換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0021】
上記アミノ酸配列を有するエステラーゼは、遺伝子工学的手法によって容易に調製することができる。例えば、目的のエステラーゼをコードするDNAで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として目的の酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、目的の酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる、目的の酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0022】
2.エステラーゼの由来
エステラーゼの由来も特に限定されない。例えば、アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)、アシネトバクター・ギロイエ(Acinetobacter guillouiae)、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)、アシネトバクター・セイフェルティ(Acinetobacter seifertii)等のアシネトバクター属微生物、シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属微生物、バークホルデリア・ユボネンシス(Burkholderia ubonensis)、バークホルデリア・シュードマルチボランス(Burkholderia pseudomultivorans)等のバークホルデリア属微生物、又はパラバークホルデリア・フェラリエ(Paraburkholderia ferrariae)等のパラバークホルデリア属微生物等、微生物に由来するエステラーゼを用いることができる。尚、アシネトバクター属微生物の具体例としてアシネトバクター・バウマニABNIH3(Acinetobacter baumannii ABNIH3)、アシネトバクター sp. NBRC 110496(Acinetobacter sp. NBRC 110496)及びアシネトバクター sp. NIPH809(Acinetobacter sp. NIPH809)を、シュードモナス属微生物の具体例としてシュードモナス・フルオレセンスA506(Pseudomonas fluorescens A506)、シュードモナス sp. ABAC61(Pseudomonas sp. ABAC61)、シュードモナス・プチダIFO12996(Pseudomonas putida IFO12996)及びシュードモナス・プチダMR2068(Pseudomonas putida MR2068)を挙げることができる。
【0023】
ここでの「微生物に由来するエステラーゼ」とは、上記の各属の微生物(野生株であっても変異株であってもよい)が生産するエステラーゼ、或いは上記の各属の微生物(野生株であっても変異株であってもよい)のエステラーゼ遺伝子を利用して遺伝子工学的手法によって得られたエステラーゼであることを意味する。従って、上記に分類される微生物より取得したエステラーゼ遺伝子(又は当該遺伝子を改変した遺伝子)を導入した宿主微生物によって生産されたエステラーゼも、上記に分類される微生物に由来するエステラーゼに該当する。
【0024】
エステラーゼの生産菌は野生株(天然からの分離株であって、遺伝子操作などの変異・改変処理が施されていないもの)であっても変異株であってもよい。また、本来の生産菌から単離したエステラーゼ遺伝子を適当な宿主微生物(大腸菌(エシェリヒア・コリ)、バチルス属細菌、麹菌、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)など)に導入して得られた形質転換体を生産菌としてもよい。
【0025】
3.アシネトバクター・カルコアセティカス由来のエステラーゼの諸性質
配列番号1のアミノ酸配列で特定される、アシネトバクター・カルコアセティカス由来のエステラーゼは、本発明の分解方法において特に好適なエステラーゼである。本発明者らは、以下の通り、本エステラーゼの諸性質を特定することにも成功した。
【0026】
(1)エステラーゼ活性に関する至適温度
本エステラーゼの至適温度は20℃~30℃である。尚、至適温度は、pH7(例えば50mM リン酸緩衝液を用いる)の条件下での測定結果に基づき評価することができる。
【0027】
(2)エステラーゼ活性に関する至適pH
本エステラーゼの至適pHは7である。至適pHは、例えば、pH3.0~8.0のpH域では100 mM McIlvaine緩衝液中、pH8.0~11.0のpH域では100 mM Atkins緩衝液中で測定した結果を基に判断される。
【0028】
(3)エステラーゼ活性に関する温度安定性
本エステラーゼの温度安定性については、50mM リン酸緩衝液(pH7)中、70℃以下の条件で1時間処理しても80%以上の活性が残存する。
【0029】
(4)エステラーゼ活性に関するpH安定性
本エステラーゼはpH5~11で安定である。即ち、処理に供する酵素溶液のpHがこの範囲内にあれば、37℃、1時間の処理後、90%以上の活性が残存する。
【0030】
(5)分子量
本エステラーゼの分子量は約85kDa(ゲルろ過による)である。尚、ホモ三量体を形成している。
【0031】
(6)アルコール安定性
本エステラーゼはアルコール中で高い安定性を示す。アルコール濃度が40%以下であれば、8日間、30℃で処理しても失活しない(残存活性が90%以上)。
【0032】
4.エステラーゼを作用させる食品又は飲料
エステラーゼを作用させる対象(以下では「処理対象」と呼ぶことがある)、即ち、食品又は飲料は特に限定されない。処理対象になり得る食品及び飲料を例示すれば、各種発酵食品(例えばヨーグルト、チーズ、漬物、醤油、味噌)、パン、紹興酒、核果(さくらんぼ、もも、すもも、あんず等)を原料とした蒸留酒、ウイスキー、ブランデー、テキーラ、カシャッサ、焼酎、清酒、ワイン、酒精強化ワイン(シェリー酒、ポートワイン、マデイラワイン、マルサラワイン等)、梅酒、シェリー酒、混成酒(リキュール、ベルモット、薬酒等)である。好ましい一態様では、アルコール飲料、例えば紹興酒、シェリー酒、清酒を処理対象とする。
【0033】
完成品としての食品又は飲料の他、製造途中の食品又は飲料(即ち中間製品)を処理対象としてもよい。
【0034】
5.作用条件
エステラーゼを食品又は飲料に作用させるためには、例えば、処理対象である食品又は飲料にエステラーゼを添加し、所定時間、反応させる。或いは、担体に固定したエステラーゼに処理対象である食品又は飲料を接触させ、酵素反応を生じさせる。使用する酵素量(酵素濃度)、温度条件、反応時間などは、予備実験を通して決定すればよい。
【0035】
<食品又は飲料の製造方法>
以上の説明から明らかなように、本発明の分解方法をその製造過程に取り込むことにより、カルバミン酸エチルが除去又は低減された食品又は飲料を得ることができる。そこで本発明の第2の局面は、本発明の分解方法を利用した食品又は飲料の製造方法を提供する。本発明の製造方法では、製造過程の中でエステラーゼによる処理工程(以下では、「酵素処理工程」と呼ぶことがある)が行われる。本発明に特有の効果、即ち、エステラーゼの作用によってカルバミン酸エチルが分解されること、が発揮される限り、全製造工程における酵素処理工程の位置(即ち、他の製造工程との順序)は特に限定されない。但し、例外的な場合を除き、製造過程の後期又は最終段階である、発酵工程ないし熟成・貯蔵工程でカルバミン酸エチルが生成するという点を考慮すれば、これらの工程の後に酵素処理工程を実施することが好ましい。従って、好ましい一態様では、発酵工程の後に酵素処理工程を実施するか、或いは熟成・貯蔵工程の後に酵素処理工程を実施する。
【0036】
専用の酵素処理工程を設けるのではなく、特定の工程中にエステラーゼを添加し、作用させることにしてもよい。この場合、特定の工程の進行と並行して酵素反応が生ずることになる。ここでの「特定の工程」として、発酵工程、熟成工程、貯蔵工程を例示することができる。
【0037】
本発明に特有の工程(酵素処理工程)以外については、通常の製造方法に準じればよい。用語「通常の製造方法」は、本発明を適用した製造方法と区別するために使用され、特定の製造方法に限定されることを意図したものではない。従って、本発明を適用可能な「通常の製造方法」は特に限定されない。
【実施例
【0038】
1.カルバミン酸エチル(EC)分解酵素のスクリーニング
カルバミン酸エチル(EC)の分解が可能な酵素を見出すため、130種類の酵素(リパーゼ又はエステラーゼ23種類の他に、プロテアーゼ、アミラーゼなど各種加水分解酵素を含む)及び微生物を対象として大規模スクリーニングを実施した。スクリーニング方法を以下に示す。まず、スクリーニング対象の各酵素についてEC反応液(100mM リン酸緩衝液 pH7.0: 2mL, EC: 10mM, 酵素: 2mg)を調製し(微生物については酵素のかわりに培養液を用いた)、反応(30℃、スターラー攪拌、48時間)させた。反応終了後、反応液0.4mLに1N HCl 0.1mL及びクロロホルム0.6 mL(Wako)を添加した後、十分に混合した。混合液を遠心分離(15,000 rpm×5分, 4℃)した後、クロロホルム層をバイアル瓶に回収してGC分析サンプルとした。このようにして調製したサンプルを用い、GC分析にてECを検出した。尚、EC分解率は、カルバミン酸エチル(EC)のピーク面積(R.T = 8.9分)より算出した。
(GC分析条件)
Gas chromatography (GC7700, Agilent)を使用し、以下の条件で分析した。
カラム: DB-WAX(60m×0.25mm×0.25um)(Agilent J&W)
インジェクター: 250℃
検出器: FID, 250℃
オーブン: 100℃(0分) → 10℃/分で昇温 → 250℃で5分保持
流速: 2.0 mL/分
注入量: 5 μL
【0039】
GC分析の結果、アシネトバクター・カルコアセティカス(A. calcoaceticus)由来のエステラーゼがECを分解可能であることを発見した。一方、リパーゼやArthrobacter ramosus由来のエステラーゼはECを分解できず、ECに対する分解活性はA. calcoaceticus由来エステラーゼに特有の性質であることが判明した。
【0040】
2.A. calcoaceticus由来エステラーゼによるECの分解(紹興酒)
スクリーニングによって見出されたA. calcoaceticus由来エステラーゼの紹興酒中でのEC分解能力を検討した。EC反応液(紹興酒(pH5.0):60mL, EC:1.3 ppm, E-2酵素製剤:3g(終濃度800 U/mL))を調製して300mL三角フラスコにて反応(30℃, 100rpm, 9日)させた。反応後、EC反応液を遠心分離(7,000 g×10分, 4℃)し、膜ろ過(0.45μm又は0.2μm)後、ガスクロマトグラフ-質量分析法でEC濃度を分析した。
【0041】
分析の結果、A. calcoaceticus由来エステラーゼは紹興酒(pH5.0)中のECを分解できることが確認された(表1)。
【表1】
【0042】
3.類縁酵素のEC分解能力の検討
2.の検討によって、A. calcoaceticus 由来エステラーゼが紹興酒中のECを分解できることが確認された。A. calcoaceticus由来エステラーゼの類縁酵素にEC分解能力があるか、以下の検討を行った。
【0043】
(1)A. calcoaceticus 由来エステラーゼ及び類縁菌株由来エステラーゼのE.coli発現系の構築
(1-1)エステラーゼ遺伝子の全合成(E.coli最適化)
E.coli発現系を構築するにあたり、A. calcoaseticus及び類縁菌株由来のエステラーゼ遺伝子をE.coli発現用にコドンの最適化をした後、全合成した。尚、A. calcoaseticus及び類縁菌株由来のエステラーゼのアミノ酸配列及び遺伝子配列(コドンの最適化後)を以下に示す。
<A. calcoaseticus由来のエステラーゼ>
アミノ酸配列:配列番号1
遺伝子配列:配列番号19
<類縁酵素No.1>
由来:アシネトバクター・ギロイエ(Acinetobacter guillouiae)
アミノ酸配列:配列番号2
遺伝子配列:配列番号20
<類縁酵素No.2>
由来:アシネトバクター・バウマニABNIH3(Acinetobacter baumannii ABNIH3)
アミノ酸配列:配列番号3
遺伝子配列:配列番号21
<類縁酵素No.3>
由来:アシネトバクター・セイフェルティ(Acinetobacter seifertii)
アミノ酸配列:配列番号4
遺伝子配列:配列番号22
<類縁酵素No.4>
由来:シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)
アミノ酸配列:配列番号5
遺伝子配列:配列番号23
<類縁酵素No.5>
由来:シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)
アミノ酸配列:配列番号6
遺伝子配列:配列番号24
<類縁酵素No.6>
由来:シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)
アミノ酸配列:配列番号7
遺伝子配列:配列番号25
<類縁酵素No.7>
由来:バークホルデリア・ユボネンシス(Burkholderia ubonensis)
アミノ酸配列:配列番号8
遺伝子配列:配列番号26
<類縁酵素No.8>
由来:パラバークホルデリア・フェラリエ(Paraburkholderia ferrariae)
アミノ酸配列:配列番号9
遺伝子配列:配列番号27
<類縁酵素No.9>
由来:バークホルデリア・シュードマルチボランス(Burkholderia pseudomultivorans)
アミノ酸配列:配列番号10
遺伝子配列:配列番号28
<類縁酵素No.10>
由来:アシネトバクター sp. NBRC 110496(Acinetobacter sp. NBRC 110496)
アミノ酸配列:配列番号11
遺伝子配列:配列番号29
<類縁酵素No.11>
由来:アシネトバクター・セイフェルティ(Acinetobacter seifertii)
アミノ酸配列:配列番号12
遺伝子配列:配列番号30
<類縁酵素No.12>
由来:アシネトバクター sp. NIPH809(Acinetobacter sp. NIPH809)
アミノ酸配列:配列番号13
遺伝子配列:配列番号31
<類縁酵素No.13>
由来:シュードモナス・フルオレセンスA506(Pseudomonas fluorescens A506)
アミノ酸配列:配列番号14
遺伝子配列:配列番号32
<類縁酵素No.14>
由来:シュードモナス sp. ABAC61(Pseudomonas sp. ABAC61)
アミノ酸配列:配列番号15
遺伝子配列:配列番号33
<類縁酵素No.15>
由来:シュードモナス・プチダIFO12996(Pseudomonas putida IFO12996)
アミノ酸配列:配列番号16
遺伝子配列:配列番号34
<類縁酵素No.16>
由来:シュードモナス・プチダMR2068(Pseudomonas putida MR2068)
アミノ酸配列:配列番号17
遺伝子配列:配列番号35
<類縁酵素No.17>
由来:シュードモナス・エルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)
アミノ酸配列:配列番号18
遺伝子配列:配列番号36
【0044】
(1-2)E.coli発現用プラスミドの取得とE.coli発現系の構築
全合成したエステラーゼ遺伝子を鋳型とし、リンカー配列(Eco RI, Hind III)を付加するプライマーを用いてPCR(PrimeSTAR GXL DNA Polymerase (Takara))を行った。PCR条件は以下の通りとした。
<PCR条件>
反応液の組成:5×PrimeSTAR GXL Bufferを10 μl、dNTP Mixture(各2.5 mM)を4 μl、フォワードプライマーを10 pmol、リバースプライマーを10 pmol、鋳型を10 ng、PrimeSTAR GXL DNA Polymerase(Takara)を1μl(滅菌蒸留水で全量50μlに調整)
反応条件:98℃で10秒、60℃で30秒、68℃で1.5分を30サイクル
【0045】
増幅産物を精製(NucleoSpin Gel and PCR Clean-up (MACHEREY-NAGEL))して各遺伝子断片を取得した。各遺伝子断片、及びpUC18(Takara)を制限酵素(Eco RI (Takara), Hind III (Takara))で処理した後、ライゲーション(DNA Ligation Kit <Mighty Mix> (Takara))して、E.coli DH5α (Takara)に形質転換することで、各E.coli組換え体を取得した。各E.coli組換え体をLB Broth Base(invitrogen)+ Amp : 100μg/mL:5mLに植菌して振とう培養(37℃、16h、140rpm)した後、NucleoSpin Plasmid EasyPure(MACHEREY-NAGEL)を用いて抽出して、E.coli発現用プラスミドを取得した。取得した各E.coli発現用プラスミドをE.coli BL21(DE3)(Nippongene)に形質転換して、各E.coli発現菌株を取得した。尚、Sequence Primer(M13 M4 Primer:5’-GTTTT CCCAGTCACGAC-3’(配列番号:37)、M13 RV Primer:5’- CAGGAAACAGCTATGAC-3’ (配列番号:38))を用いて各E.coli発現用プラスミドのシークエンスを確認した。
【0046】
(2)各エステラーゼの培養液(培養菌体)、及び菌体抽出液の取得
構築した各エステラーゼ遺伝子組換えE.coli発現菌株(宿主:E.coli BL21(DE3))を用いて、培養液(培養菌体)の取得を試みた。各エステラーゼ遺伝子組換えE.coli発現菌株の培養液(培養菌体)の取得は、2段階の培養で行った。まず、各エステラーゼ遺伝子組換えE.coli発現菌株をL Broth(inbitrogen社)(Amp : 100 μg/mL) 5mLに接種し、振とう培養機にて16時間、培養(140rpm, 37℃)した後、Teriffic Broth(invitrogen社)(Amp : 100 μg/mL) 50mLに0.5 mLを植菌した。その後、200rpm、33℃の条件で48時間培養し、培養開始から24時間の時点で0.1 mM IPTGを培養液に添加することで酵素の発現を誘導した。培養液50mLを遠心分離(7,500g×10分, 4℃)した後、遠心上清を除去することで培養菌体を回収した。
【0047】
取得した各培養菌体を20mM リン酸緩衝液 (pH7.0) 20mLに懸濁した後、ビーズ(0.1mm)(安井機器) 10gを添加して、ビーズショッカー(2,500rpm, on: 60秒, off: 30秒, 15サイクル, 4℃)(安井機器)にて物理破砕した。物理破砕液を遠心分離(7,500g×10分, 4℃)した後、遠心上清を回収し、菌体抽出液とした。
【0048】
(3)類縁酵素によるECの分解(緩衝液pH7.0)
取得した菌体抽出液を用いて、緩衝液中(pH7.0)でのEC分解能力を確認した。EC反応液(緩衝液(100mM リン酸緩衝液 pH7.0):1.3mL, EC:10mM, 各菌体抽出液:1.3mL)を調製して、反応(30℃, 100rpm, 9日間)させた。反応期間中、適宜、反応液をサンプリング(0.4mL)し、分析サンプルを調製した。分析サンプルをGCで分析した。分析の結果、活性の強弱はあるものの、いずれの類縁酵素もEC分解能力を有することが確認された(図1)。
【0049】
4.A. calcoaceticus由来エステラーゼのアルコール安定性
優れたEC分解能力を示したA. calcoaceticus由来エステラーゼについて、アルコール安定性を検討した。まず、各濃度のアルコール溶液(エタノール-試薬特級(Wako))(0~70%)9mLとA. calcoaceticus由来エステラーゼ 1gを混合することで処理液を調製した。各処理液を30℃で静置し、16時間後、4日後、8日後にサンプリング(1mL)した。以下の測定法で各サンプルの酵素活性を測定した。
(3,4-dihydrocoumarinを基質とした活性測定法)
50mM リン酸緩衝液(pH7.0) 2.1 mL、5 mM 3,4-dihydrocoumarin(Sigma-aldrich (コード:D104809))溶液(40% EtOH含) 0.3mL、酵素溶液 0.6mLを混合し、反応させた。本測定法では、反応により生じる生成物(3-(2-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸)の吸光値変化をカイネティクス測定(Abs. 270nm, 30℃, 5分)することで、1分間に1nmolの生成物(3-(2-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸)を生成する酵素量を1単位(U)と定義している。尚、本測定において正確な測定値が得られるΔODは、ΔOD=0.01~0.05/2分(Abs. 250nm)の範囲であり、必要に応じて酵素溶液を50mM リン酸緩衝液 pH7.0にて希釈する。
【0050】
測定値(活性値)から残存活性を算出し、各処理液の残存活性を比較した。その結果、A. calcoaceticus由来エステラーゼは、アルコール濃度が40%以下であれば、8日間、30℃で処理しても失活しないことが確認された(図2)。
【0051】
5.A. calcoaceticus由来エステラーゼの諸性質
上記の「3,4-dihydrocoumarinを基質とした活性測定法」を用い(サンプルの前処理条件等は個別に記載する)、A. calcoaceticus由来エステラーゼの酵素学的性質を特定した。
【0052】
(1)至適温度
吸光度計のサンプルブロックを所定の温度に設定して活性を測定し、至適温度を決定した。測定範囲に合わせるための酵素の希釈には50mM リン酸緩衝液(pH7.0)を用いた。測定の結果、至適温度は20~30℃であった(図3)。
【0053】
(2)至適pH
反応液中の「50mM リン酸緩衝液 pH7.0 2.1 mL」を所定のpHに調整した緩衝液に置き換えた測定系で活性を測定し、至適pHを決定した。所定のpHで測定する為、2種類の緩衝液(McIlvaine、Atkins)を各pHに調整したもの(McIlvaine緩衝液:pH3.0, pH4.0, pH5.0, pH6.0, pH7.0, pH8.0。Atkins緩衝液:pH8.0, pH9.0, pH10.0, pH11.0)を用意した。測定範囲に合わせるための酵素の希釈には50mM リン酸緩衝液(pH7.0)を用いた。測定の結果、至適pHはpH7であった(図4)。
【0054】
(3)温度安定性
酵素を各温度で処理した後に残存活性を測定することにより、温度安定性を評価した。まず、50mM リン酸緩衝液 pH7.0を用いて酵素希釈液を調製した後、所定の温度で1時間処理して、氷水にて5分間冷却した。この処理の後、50mM リン酸緩衝液 pH7.0を用いて測定範囲内に入るように希釈し、活性を測定した。結果、70℃まで安定(80%以上の残存活性)であった(図5)。
【0055】
(4)pH安定性
酵素を各pHで処理した後、残存活性を測定することにより、pH安定性を評価した。まず、各pHに調製した緩衝液を用いて酵素希釈液を調製した後、37℃で1時間処理した(pH処理)。酵素のpH処理に用いる緩衝液として、2種類の緩衝液(McIlvaine、Atkins)を各pHに調整したもの(McIlvaine緩衝液:pH3.0, pH4.0, pH5.0, pH6.0, pH7.0, pH8.0。Atkins緩衝液:pH8.0, pH9.0, pH10.0, pH11.0)を使用した。pH処理の後、酵素希釈液と等量の1M リン酸緩衝液 pH7.0を加えることでpH処理を停止した。50mM リン酸緩衝液 pH7.0 を用いて測定範囲内に入るように希釈した後、活性を測定した。測定の結果、pH5~11で安定(90%以上の残存活性)であった(図6)。
【0056】
(5)分子量
以下の条件の下、ゲル濾過クロマトグラフィーによって非変性条件下での分子量を測定した。測定の結果、分子量は約85kDaと推定された。
(実験条件)
使用カラム:Amersham pharmacia (現GEヘルスケア)製 Superdex 200HR 10/30
使用緩衝液:50mmol/L NaCl リン酸緩衝液(pH 7.0)+0.15 mol/L NaCl
分子量マーカー:High Molecular Weight Gel Filtration Calibration Kit(Amersham社製) (Aldolase 158 k, Catalase 232 k, Ferritin 440 k, Thyroglobulin 669 k)を用いた。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明によれば食品又は飲料中のカルバミン酸エチル(EC)を分解可能である。特に、酒類や発酵食品中のECを除去又は低減することに本発明は有用である。
【0058】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表フリーテキスト】
【0059】
配列番号37:人工配列の説明:プライマー
配列番号38:人工配列の説明:プライマー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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