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特許7138915形状記憶合金、その製造方法、および、それを用いた用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-09
(45)【発行日】2022-09-20
(54)【発明の名称】形状記憶合金、その製造方法、および、それを用いた用途
(51)【国際特許分類】
   C22C 30/00 20060101AFI20220912BHJP
   C22C 1/00 20060101ALI20220912BHJP
   C22F 1/16 20060101ALI20220912BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20220912BHJP
【FI】
C22C30/00
C22C1/00 P
C22F1/16 Z
C22F1/00 601
C22F1/00 624
C22F1/00 630L
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684C
C22F1/00 685A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694B
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2018092846
(22)【出願日】2018-05-14
(65)【公開番号】P2019199626
(43)【公開日】2019-11-21
【審査請求日】2021-03-26
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】リー ジェイン
(72)【発明者】
【氏名】土谷 浩一
(72)【発明者】
【氏名】村上 秀之
(72)【発明者】
【氏名】澤口 孝宏
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0233855(US,A1)
【文献】特公昭49-010409(JP,B1)
【文献】特開昭62-170457(JP,A)
【文献】特開平02-030734(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 - 38/60
C22F 1/16
C22F 1/00
C22F 1/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crと、Mnと、Feと、Coと、Niと、不可避不純物とからなり
母相は、化学組成(原子%)において、組成式Cr 20+y Mn 20-y Fe 20 Co 20+x Ni 20-x (xは、7.5≦x≦20、yは、-5≦y<5)を満たすか、または、組成式Cr 20+y Mn 20-y Fe 20 Co 20+x Ni 20-x (xは、2.5≦x≦20、yは、5≦y≦15)を満たし、
前記母相は面心立方(FCC)構造の相を50質量%以上含有する、形状記憶合金。
【請求項2】
マルテンサイト変態開始温度(M)が室温以上であり、
前記母相は、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、17.5≦x≦20、yは、-5≦y<5)を満たすか、または、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、12.5≦x≦20、yは、5≦y≦15)を満たす、請求項1に記載の形状記憶合金。
【請求項3】
マルテンサイト変態開始温度(M)が室温未満であり、
前記母相は、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、7.5≦x<17.5、yは、-5≦y<5)を満たすか、または、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、2.5≦x<12.5、yは、5≦y≦15)を満たす、請求項1に記載の形状記憶合金。
【請求項4】
前記母相は、六方最密充填構造(HCP)構造の相をさらに含有する、請求項1~3のいずれかに記載の形状記憶合金。
【請求項5】
形状記憶効果は、前記母相の面心立方(FCC)構造から六方最密充填(HCP)構造の相へのマルテンサイト変態およびマルテンサイト逆変態に基づく、請求項1~4のいずれかに記載の形状記憶合金。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の形状記憶合金の製造方法であって、
Crと、Mnと、Feと、Coと、Niとを、化学組成(原子%)において、組成式Cr 20+y Mn 20-y Fe 20 Co 20+x Ni 20-x (xは、7.5≦x≦20、yは、-5≦y<5)を満たすか、または、組成式Cr 20+y Mn 20-y Fe 20 Co 20+x Ni 20-x (xは、2.5≦x≦20、yは、5≦y≦15)を満たすように、原料を調製し、溶解・鋳造する工程と、
前記溶解・鋳造する工程で得られた生成物を1273K以上1673K以下の温度範囲で加熱し、均質化処理する工程と、
前記均質化処理する工程で得られた生成物を急冷する工程と、
前記急冷する工程で得られた生成物を熱間加工する工程と、
前記熱間加工する工程で得られた生成物を993K以上1273K未満の温度で熱処理し、再結晶化する工程と、
前記再結晶化する工程で得られた生成物を急冷する工程と
を包含する、方法。
【請求項7】
前記均質化処理する工程は、前記生成物を12時間以上36時間以下の時間加熱する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記均質化処理する工程は、前記生成物を1373K以上1573K以下の温度範囲で加熱する、請求項6または7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記熱間加工する工程は、逆マルテンサイト変態終了温度(A)以上の温度かつ再結晶化(993K)未満の温度で行う、請求項6~8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記熱間加工する工程は、温間多パス溝ロール圧延加工、鍛造加工、スウェージ加工および圧延加工からなる群から選択される方法を用いる、請求項6~9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記再結晶化する工程は、前記生成物を30分以上5時間以下の時間熱処理する、請求項6~10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
請求項1~5のいずれかに記載の形状記憶合金からなるアクチュエータ。
【請求項13】
請求項1~5のいずれかに記載の形状記憶合金からなるばね材。
【請求項14】
請求項1~5のいずれかに記載の形状記憶合金からなる構造材。
【請求項15】
請求項1~5のいずれかに記載の形状記憶合金からなる締め付け具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形状記憶合金、その製造方法およびそれを用いた用途に関する。特に、本発明は、加工性に優れた形状記憶合金、その製造方法およびそれを用いた用途に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高強度および高延性を有するCrMnFeCoNi系等の高エントロピー合金が開発され、研究が盛んである。例えば、組成を制御することによって、加工誘起塑性(TRIP)効果により、延性を飛躍的に向上させた高エントロピー合金が知られている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0003】
非特許文献1によれば、Co20Cr20Fe40-xMn20Ni20(x=0~20at%)で示される高エントロピー合金が、TRIP効果により高い引張強度およびひずみ硬化を示すことを開示する。しかしながら、非特許文献1において、高エントロピー合金を用いた形状記憶合金の開発には至っていない。
【0004】
典型的な形状記憶合金としてはB2-B19’型マルテンサイト変態に基づくTiNi形状記憶合金が市販されている。しかしながら、TiNi形状記憶合金は、形状回復温度が100℃以下であるとともに、室温における加工性に乏しく、新しい合金系の開発が望まれている。
【0005】
一方、TiNi形状記憶合金とは異なる、Fe-Mn-Si基形状記憶合金が知られている(例えば、非特許文献2~3を参照)。非特許文献2~3によれば、Fe-Mn-Si基形状記憶合金は、TiNi形状記憶合金とは異なり、FCC-HCP型マルテンサイト変態に基づいており、加工性に優れる。しかしながら、非特許文献2の図4によれば、Fe-Mn-Si基合金のマルテンサイト変態開始温度(M)および逆マルテンサイト変態開始温度(A)の上限は、それぞれ、448Kおよび508Kであり、さらなる高温化が求められる。同様に、非特許文献3の表1によれば、Fe-Mn-Si-Cr-Ni合金のMおよびAの上限は、それぞれ、343Kおよび423Kであり、さらなる高温化が求められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Zhiming Liら,Acta Materialia 136(2017),262-270
【文献】S.Cotesら,J.Alloys Compd.,278(1998),231-238
【文献】H.Otsukaら,ISIJ International,Vol.30(1990),No.8,674-679
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上から、本発明の課題は、加工性に優れた形状記憶合金、その製造方法およびそれを用いた用途を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の形状記憶合金は、Crと、Mnおよび/またはFeと、Coと、必要に応じてNiと、不可避不純物とを含有し、母相は、化学組成(原子%)において、
55≦{Cr+(Mnおよび/またはFe)}≦65;
22.5≦Co≦45;および
0≦Ni≦17.5;
のすべてを満たし、前記母相は面心立方(FCC)構造の相を主相とし、これにより上記課題を解決する。
前記母相は、組成式(Cr,Mn,Fe)60Co20+xNi20-x(xは、2.5≦x≦20)を満たしてもよい。
前記母相は、組成式Cr20+y(Mn,Fe)40-yCo20+xNi20-x(xは、2.5≦x≦20、yは、-5≦y≦15)を満たしてもよい。
前記母相は、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、2.5≦x≦20、yは、-5≦y≦15)を満たしてもよい。
マルテンサイト変態開始温度(M)が室温以上であり、前記母相は、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、17.5≦x≦20、yは、-5≦y<5)を満たすか、または、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、12.5≦x≦20、yは、5≦y≦15)を満たしてもよい。
マルテンサイト変態開始温度(M)が室温未満であり、前記母相は、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、7.5≦x<17.5、yは、-5≦y<5)を満たすか、または、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、2.5≦x<12.5、yは、5≦y≦15)を満たしてもよい。
前記母相は、六方最密充填構造(HCP)構造の相をさらに含有してもよい。
形状記憶効果は、前記母相の面心立方(FCC)構造から六方最密充填(HCP)構造の相へのマルテンサイト変態およびマルテンサイト逆変態に基づいてもよい。
前記面心立方(FCC)構造の相を50質量%以上含有してもよい。
本発明の上記形状記憶合金の製造方法は、Crと、Mnおよび/またはFeと、Coと、必要に応じてNiとを、化学組成(原子%)において、
55≦{Cr+(Mnおよび/またはFe)}≦65;
22.5≦Co≦45;および
0≦Ni≦17.5;
のすべてを満たすように原料を調製し、溶解・鋳造する工程と、前記溶解・鋳造する工程で得られた生成物を1273K以上1673K以下の温度範囲で加熱し、均質化処理する工程と、前記均質化処理する工程で得られた生成物を急冷する工程と、前記急冷する工程で得られた生成物を熱間加工する工程と、前記熱間加工する工程で得られた生成物を993K以上1273K未満の温度で熱処理し、再結晶化する工程と、前記再結晶化する工程で得られた生成物を急冷する工程とを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記均質化処理する工程は、前記生成物を12時間以上36時間以下の時間加熱してもよい。
前記均質化処理する工程は、前記生成物を1373K以上1573K以下の温度範囲で加熱してもよい。
前記熱間加工する工程は、逆マルテンサイト変態終了温度(A)以上の温度かつ再結晶化(993K)未満の温度で行ってもよい。
前記熱間加工する工程は、温間多パス溝ロール圧延加工、鍛造加工、スウェージ加工および圧延加工からなる群から選択される方法を用いてもよい。
前記再結晶化する工程は、前記生成物を30分以上5時間以下の時間熱処理してもよい。
本発明のアクチュエータは、上記形状記憶合金からなり、これにより上記課題を解決する。
本発明のばね材は、上記形状記憶合金からなり、これにより上記課題を解決する。
本発明の構造材は、上記形状記憶合金からなり、これにより上記課題を解決する。
本発明の締め付け具は、上記形状記憶合金からなり、これにより上記課題を解決する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の形状記憶合金は、Crと、Mnおよび/またはFeと、Coと、必要に応じてNiと、不可避不純物とを含有する。これらの元素は、貴金属ではないため、安価に形状記憶合金を提供できる。また、母相は、化学組成(原子%)において、
55≦{Cr+(Mnおよび/またはFe)}≦65;
22.5≦Co≦45;および
0≦Ni≦17.5;
のすべてを満たし、
母相は面心立方(FCC)構造の相を主相とする。このような化学組成を満たすことにより、B2-B19’型とはまったく異なる面心立方(FCC)-六方最密充填構造(HCP)型マルテンサイト変態が生じ、形状記憶を可能とする。また、本発明の形状記憶合金は、上述の化学組成を満たすことにより、加工性が顕著に向上し得る。さらに、上述の化学組成を制御することによって、逆変態温度(A)を制御できるので、用途に応じた形状記憶合金を提供できる。このような形状記憶合金は、アクチュエータ、締め付け具、衣類、自動車、建築物等に適用される。
【0010】
本発明の形状記憶合金の製造方法は、上述の組成を満たす原料を調製し、溶解・鋳造し、1273K以上1673K以下の温度範囲で加熱し、均質化処理することによって、均質な微細構造を有する生成物が得られる。これを熱間加工した後、993K以上1273K未満の温度で加熱すれば、面心立方(FCC)相が安定化する。このようにして、本発明の形状記憶合金が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の形状記憶合金の組成範囲を示す模式図
図2】本発明の形状記憶合金を製造する工程を示すフローチャート
図3】溶製材の処理プロセスを示す図
図4】例4の試料のEPMAマッピングを示す図
図5】例4の試料のXRDパターンを示す図
図6】例1~5の試料の曲げ試験の結果を示す図
図7】例6~10の試料の曲げ試験の結果を示す図
図8】例1~例5の試料のDSCプロファイルを示す図
図9】例6~例10の試料のDSCプロファイルを示す図
図10】例1~例10の試料のまとめを示す図
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
【0013】
図1は、本発明の形状記憶合金の組成範囲を示す模式図である。
【0014】
本発明の形状記憶合金は、Crと、Mnおよび/またはFeと、Coと、必要に応じてNiと、不可避不純物とを含有する。ここで不可避不純物とは、原料中に含有される不純物等であり、例えば、Si、V、Mg、C、Pb、Ca、Na、Zn、As、Sb、Bi、S、Sn、Tb等が挙げられる。
【0015】
さらに、本発明の形状記憶合金においては、母相は、上述のCrと、Mnおよび/またはFeと、Coと、必要に応じてNiとから構成され、化学組成(原子%)において、
55≦{Cr+(Mnおよび/またはFe)}≦65;
22.5≦Co≦45;および
0≦Ni≦17.5;
のすべてを満たし、全体で100原子%となり、面心立方(FCC)構造の相を主相とする。
【0016】
各元素の機能について説明する。
Cr:耐食性の向上に有効な元素であり、特にCrが増大するにつれて、形状記憶合金のマルテンサイト変態温度を高温側にシフトさせる効果がある。
Mn:靭性、耐摩耗性向上に有効な元素であり、特にMnが減少するにつれて、形状記憶合金のマルテンサイト変態温度およびマルテンサイト逆変態温度を上昇させる効果がある。
Fe:母相(FCC)の安定化に有効な元素であり、特にFeが減少するにつれて、マルテンサイト変態温度およびマルテンサイト逆変態温度を上昇させるさせる効果がある。
なお、MnとFeとは、両方を含有してもよいし、いずれか一方であってもよいが、上述の範囲を満たすことにより、母相(FCC)を安定化させることができる。
【0017】
Co:HCP相の安定化に有効な元素であり、上記範囲において形状記憶効果をせしめ、マルテンサイト変態温度およびマルテンサイト逆変態温度を上昇させる効果がある。
Ni:必須ではないが、母相を安定化させるに有効な元素であり、特に、Niが増大するにつれてマルテンサイト変態温度およびマルテンサイト逆変態温度を低下させる効果がある。
【0018】
本発明の形状記憶合金は、上述の組成を満たすことにより、形状記憶効果を示すが、その形状記憶効果は、面心立方(FCC)構造から六方最密充填(HCP)構造の相へのマルテンサイト変態およびマルテンサイト逆変態に基づくもので、さらにこの合金はTiNi合金と比べて加工性に優れる。
【0019】
本発明の形状記憶合金の母相は、形状記憶効果の観点から、主相としてFCC構造の相を含有するが、HCP構造の相を含有してもよい。形状記憶効果を十分に発揮するという観点から、主相の割合は、少なくとも50質量%であればよく、好ましくは、80質量%以上である。
【0020】
本発明の形状記憶合金の母相は、好ましくは、組成式(Cr,Mn,Fe)60Co20+xNi20-x(xは、2.5≦x≦20)を満たす。これにより、母相がFCCを主相とし、形状記憶効果を示すことができる。なお、組成式中「(Cr,Mn,Fe)60」とは、CrとMnとFeとが合計で60原子%となるよう任意の割合で含有されることを意図する。xの範囲を制御することにより、所望のマルテンサイト変態温度および逆マルテンサイト変態温度を有する形状記憶合金を提供できる。上述したように、xを増大すれば、Coが増大するため、マルテンサイト変態温度および逆マルテンサイト変態温度を上昇できる。
【0021】
本発明の形状記憶合金の母相は、さらに好ましくは、組成式Cr20+y(Mn,Fe)40-yCo20+xNi20-x(xは、2.5≦x≦20、yは、-5≦y≦15)を満たす。これにより、母相がFCCを主相とし、効果的に形状記憶効果を示すことができる。なお、組成式中「(Mn,Fe)40」とは、MnとFeとが合計で40原子%となるよう任意の割合で含有されることを意図する。yおよびxの範囲を制御することにより、所望のマルテンサイト変態温度およびマルテンサイト逆変態温度を有する形状記憶合金を提供できる。上述したように、yを増大すれば、形状記憶合金のマルテンサイト変態温度およびマルテンサイト逆変態温度を上昇させ、なおかつ、xを増大することにより、マルテンサイト変態温度および逆マルテンサイト変態温度を上昇できる。
【0022】
本発明の形状記憶合金の母相は、なお好ましくは、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、2.5≦x≦20、yは、-5≦y≦15)を満たす。これにより、母相がFCCを主相とし、効果的に形状記憶効果を示すことができる。
【0023】
本発明の形状記憶合金は、組成によって使用可能な環境を制御できるが、例えば、マルテンサイト変態開始温度(M)に着目すれば、Mが室温以上である場合、母相は、好ましくは、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、17.5≦x≦20、yは、-5≦y<5)を満たす(例えば、後述する例5を参照)か、または、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、12.5≦x≦20、yは、5≦y≦15)を満たす(例えば、後述する例9、10を参照)。なお、本願明細書において、「室温」とは、5℃以上35℃以下(278K以上308K以下)の温度範囲をいう。本発明の形状記憶合金において、Mが室温以上であり、上記組成式を満たせば、200℃以上(473K以上)、さらに好ましくは、300℃以上(573K以上)の温度にて形状回復が可能な高温形状記憶合金となる。
【0024】
一方、Mが室温未満である場合、母相は、好ましくは、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、7.5≦x<17.5、yは、-5≦y<5)を満たす(例えば、後述する例3、例4を参照)か、または、組成式Cr20+yMn20-yFe20Co20+xNi20-x(xは、2.5≦x<12.5、yは、5≦y≦15)を満たす(例えば、後述する例7、例8を参照)。本発明の形状記憶合金において、Mが室温未満であり、上記組成式を満たせば、160℃以下、さらに好ましくは、100℃以下(373K以下)の温度にて形状回復が可能な形状記憶合金となる。
【0025】
次に本発明の形状記憶合金の製造方法を、図2を参照して説明する。
図2は、本発明の形状記憶合金を製造する工程を示すフローチャートである。
【0026】
工程S210:Crと、Mnおよび/またはFeと、Coと、必要に応じてNiとを、化学組成(原子%)において、
55≦{Cr+(Mnおよび/またはFe)}≦65;
22.5≦Co≦45;および
0≦Ni≦17.5;
のすべてを満たすように原料を調製し、溶解・鋳造する。上記組成を満たす原料であれば特に制限はない。また、原料は、不純物を含有しないものが好ましいが、純度99.9%以上であれば許容される。溶解には、真空誘導溶解、アーク溶解、電子ビーム溶解、高周波溶解等の任意の溶解法が採用される。
【0027】
工程S220:工程S210で得られた生成物(溶製材)を1273K以上1673K以下の温度範囲で加熱し、均質化処理する。この処理を溶体化処理とも呼ぶ。均質化処理は、好ましくは、溶製材をアルゴンガス等の不活性ガスとともに封入した状態で、12時間以上36時間行われる。これにより、十分に拡散し、均質化される。さらに好ましい温度は、1373K以上1573K以下の温度範囲である。
【0028】
工程S230:工程S220で得られた生成物(合金)を急冷する。この処理を焼き入れとも呼ぶ。焼き入れは、具体的には、合金を273K以下の氷水等の冷媒中で導入して行われる。
【0029】
工程S240:工程S230で得られた生成物を熱間加工する。熱間加工は、例示的には、温間多パス溝ロール圧延加工、鍛造加工、スウェージ加工および圧延加工であり得る。熱間加工は、好ましくは、逆マルテンサイト変態終了温度(A)以上の温度かつ再結晶化(993K)未満の温度で行われる。
【0030】
工程S250:工程S240で得られた生成物(加工材)を993K以上1273K未満の温度で熱処理し、再結晶化する。これにより、生成物中の母相がFCC構造の相で安定化する。熱処理は、好ましくは、加工材をアルゴンガス等の不活性ガスとともに封入した状態で、30分以上5時間以下の時間、行われる。なお、熱処理温度を制御することによって粒径を制御できる。上記範囲のうち低温側(≦1100K)を選択することにより小さな粒径(1μm未満)とでき、高温側(>1100K)を選択することにより大きな粒径(1μm以上)とできる。
【0031】
工程S260:工程S250で得られた生成物を再度急冷する。急冷の手順は、工程S230と同様である。
【0032】
このようにして本発明の形状記憶合金が得られる。このようにして得られた本発明の形状記憶合金は、アクチュエータ、ばね材、構造材、締め付け具、これらを適用した自動車、建築物、衣類等の既存の用途に適用できることは言うまでもない。
【0033】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例
【0034】
[例1-例10]
原料として、Cr(純度99.9%)、Mn(純度99.9%)、Fe(純度99.9%)、Co(純度99.9%)および、Ni(純度99.9%)を、それぞれ、表1に示す組成を満たすように調製し、真空誘導溶解炉で溶解し、それを銅製のモールドに鋳込み、溶製材を得た(工程S210)。
【0035】
【表1】
【0036】
図3は、溶製材の処理プロセスを示す図である。
【0037】
溶製材を、アルゴン雰囲気中、1473Kにて24時間熱処理し、均質化処理(工程S220)し、急冷した(工程S230)。ここで、均質化処理前後の試料について電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて微細構造を観察し、組成分析を行った。結果を図4および表2に示す。
【0038】
図4は、例4の試料のEPMAマッピングを示す図である。
【0039】
図4(a)および(b)は、それぞれ、例4の試料の均質化処理前および均質化処理後のEPMAマッピングである。図4によれば、均質化処理により、試料中の各元素はいずれも完全に固溶していることが分かった。図示しないが、他の試料も同様の結果を示した。
【0040】
【表2】
【0041】
表2には、例4の試料の均質化処理前および均質化処理後のEPMA組成分析の結果を示す。表2によれば、例4の試料の組成は、実質的に設計組成どおりであることが分かった。
【0042】
再度、図3に戻る。試料(インゴット)を700Kにて温間多パス溝ロール圧延加工により棒状に加工した(工程S240)。図3の上段に加工後の試料の様子を示すように、得られた試料は加工性に優れる。加工後の試料をアルゴンガス中、1073Kの温度で1時間、熱処理し、再結晶化し(工程S250)、再度急冷した(工程S260)。このようにして、例1~例10の合金試料(単に試料と呼ぶ)を得た。
【0043】
次に、例4の試料について100Kおよび800KにおけるX線回折測定を行った。結果を図5に示す。
【0044】
図5は、例4の試料のXRDパターンを示す図である。
【0045】
図5によれば、マルテンサイト変態終了温度(M)以下である100Kでは、例4の試料は、FCC構造の相とHCP構造の相とを示した。しかしながら、逆マルテンサイト変態温度終了温度(Af)より高温である800Kでは、例4の試料は、FCC構造の相のみを示した。このことから、高温で安定である母相(オーステナイト相)はFCCであり、FCC-HCP型マルテンサイト変態およびマルテンサイト逆変態に基づく形状記憶効果が示唆される。
【0046】
また、図示しないが、例4の試料は、室温ではFCC相からなる単相合金であることがXRDから分かった。一方、例5、例9および例10の試料は、室温にてFCC相とHCP相とからなる二相合金(ただし、FCC相が主相であり、50質量%以上含有される)であることがXRDから分かった。一方、例1~例3および例6~例8の試料は、例4の試料と同様に、FCC相からなる単相合金であることをXRDから確認した。
【0047】
次に、例1~10の試料(サイズ:0.6mm×3mm×40mm)に、室温(298℃)または液体窒素(77K)中にて、最大8%の予歪みをかけ、1073Kに加熱した際の回復歪みを測定した。結果を図6および図7に示す。
【0048】
図6は、例1~5の試料の曲げ試験の結果を示す図である。
図7は、例6~10の試料の曲げ試験の結果を示す図である。
【0049】
図6および図7において、特に温度の表記がないものは、いずれも、室温で変形させた際の測定結果を示す。図6および図7によれば、例3および例7の試料は、室温では形状記憶効果を示さないが、低温環境下(ここでは77K以下)では形状記憶効果を示すことが分かった。なお、図示しないが、例2の試料も、わずかながら低温環境下において形状記憶効果を示した。例8の試料は、室温でも低温環境下でも形状記憶効果を示した。例4、例5、例9および例10は、室温において形状記憶効果を示した。特に、試料によっては、実用化可能な値である2%の回復歪みが得られた。
【0050】
次に、例1~例10の試料について、示差走査熱量分析を行い、各変態温度を求めた。結果を図8図9および表3に示す。
【0051】
図8は、例1~例5の試料のDSCプロファイルを示す図である。
図9は、例6~例10の試料のDSCプロファイルを示す図である。
【0052】
図8および図9によれば、例4、例5、例9および例10の試料は、150K~750Kの温度範囲において、発熱反応および吸熱反応が見られた。一方、例8の試料は、150K~750Kの温度範囲において、吸熱反応のみを示し、150K以下に発熱反応があることが分かった。表3には、図8および図9の発熱反応および吸熱反応から求めた変態温度を示す。
【0053】
【表3】
【0054】
表3において、Mはマルテンサイト変態開始温度であり、Mはマルテンサイト変態終了温度であり、Aは逆マルテンサイト変態開始温度であり、Aは逆マルテンサイト変態終了温度を示す。表3によれば、Coの増加、および/または、Crの増加によって変態温度の上昇(すなわち、形状回復温度の高温側へのシフト)することが分かった。特に、例5、例9、例10の試料のMおよびAは、同じFCC-HCP型マルテンサイト変態であるFe-Mn-Si基形状記憶合金のそれらよりも高温であり、高温形状記憶合金として期待できる。
【0055】
図10は、例1~例10の試料のまとめを示す図である。
【0056】
以上の結果を図10にまとめて示す。例1~例4および例6~例8の試料は、室温ではFCCの単相合金であり、例5、例9および例10の試料は、FCCとHCPとの二相合金であった。例3および例7の試料は、液体窒素中で変形した際に形状記憶効果を示し、例4、例5および例8~10の試料は、室温で変形した際に形状記憶効果を示した。例5、例9、例10の試料は、変態温度(マルテンサイト変態開始温度)が室温以上であるので室温以上の温度で変形した場合も形状記憶効果を示す事が期待される。この結果からも、Crを増大する、および/または、Coを増大することによって、変態温度の上昇(すなわち形状回復温度の上昇)することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の形状記憶合金は、資源の豊富な元素から構成されており、製造コストを低減できる。また、本発明の形状記憶合金は、加工性に優れているので、アクチュエータ、締め付け具、衣類、自動車、建築物等に適用される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10