(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-09
(45)【発行日】2022-09-20
(54)【発明の名称】腫瘍転移の薬物治療における標的、及びその使用
(51)【国際特許分類】
A61K 31/5377 20060101AFI20220912BHJP
A61P 35/04 20060101ALI20220912BHJP
【FI】
A61K31/5377
A61P35/04
(21)【出願番号】P 2020552020
(86)(22)【出願日】2018-10-18
(86)【国際出願番号】 CN2018110767
(87)【国際公開番号】W WO2019184306
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2020-10-29
(31)【優先権主張番号】201810259369.2
(32)【優先日】2018-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】507232478
【氏名又は名称】北京大学
【氏名又は名称原語表記】PEKING UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】No.5, Yiheyuan Road, Haidian District, Beijing 100871, China
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】張 毓
(72)【発明者】
【氏名】王 巍
(72)【発明者】
【氏名】王 羽晴
【審査官】小川 知宏
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/131991(WO,A1)
【文献】特表2009-538877(JP,A)
【文献】特表2011-519897(JP,A)
【文献】Nature Cell Biology,2011年,13(3),263-272
【文献】Eslaem Almahi,The regulation of steroid receptor coactivator-3 (SRC-3) activity by ERK3-MK5 signal pathway,University of Tromso UiT,2013年,https://munin.uit.no/handle/10037/12915
【文献】Molecular and Cellular Biology,2012年,32(3),606-618
【文献】Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters,2012年,22(6),2266-2270
【文献】Journal of Pharmacological Sciences,2014年,125,193-201
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/5377
A61P 35/04
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
活性成分が、PRAKの発現レベルを低下させ、又はPRAKの生物活性を阻害できることを特徴とする
黒色腫細胞、乳がん細胞又は肺ガン細胞の転移を抑制又は予防する薬物であって、
前記活性成分として、
5-(8-((4-モルホリンフェニル)アミノ)イミダゾ[1,2-a]ピラジン-5-)イソインドール-1-オン、若しくは4-(8-((4-モルホリンフェニル)アミノ)イミダゾ[1,2-a]ピラジン-5-)チオフェン-2-アミド、又は
その医薬として許容し得る塩、溶媒和物
、その立体異性体、同位体変異体、若しくは互変異性体
を含むことを特徴とする薬物。
【発明の詳細な説明】
【相互参照】
【0001】
本願は、2018年3月27日に出願された、特許名称が「腫瘍転移の薬物治療における標的、及びその使用」である中国特許出願第201810259369.2号に基づく優先権を主張し、引用によりその全開示内容を本明細書に援用する。
【技術分野】
【0002】
本願は、バイオテクノロジー及び医薬分野に関し、具体的には、PRAKの薬物標的としての、腫瘍細胞の転移を抑制または予防する薬物のスクリーニングにおける使用に関する。
【背景技術】
【0003】
悪性腫瘍は転移しやすく、その形態として、(1)隣接する部位に直接広がっていくもの、(2)原発がんの細胞がリンパの流れに乗って、各リンパ節、及び肺、肝臓、骨、脳などの遠隔部位に転移し、二次性腫瘍を形成するリンパ行性転移、(3)癌細胞が血管に入り込み、血管内で、または血液の流れに乗って、肺、肝臓、骨、脳などの遠隔部位に転移し、二次性腫瘍を形成する血行性転移、(4)癌細胞が脱落した後、別の部位に移植され、例えば内臓の癌が腹膜または胸膜に播種される播種性転移がある。悪性腫瘍の転移は、疾患の転帰に大きな影響を及ぼす。
【0004】
癌患者の死亡の90%は転移に起因すると推定されている。したがって、人々は、腫瘍細胞の転移をいかに抑制/予防することに取り組んでいる。
【0005】
P38-調節/活性化プロテインキナーゼ(p38-regulated/activated protein kinase)(PRAK、MK5とも呼ばれる。)は、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)のファミリーメンバーの一つである。P38MAPKの下流基質であるPRAK自身も1種のキナーゼであり、例えば、HSP27、ERK3/4、14-3-3ε、p53、FOXO3、Rhebなどの複数種の基質のリン酸化を触媒することができ、細胞ストレス、代謝、運動、成長、老化などの生命過程の制御に関与する。例えば、エネルギーが尽きてしまった場合などでは、p38が活性化され、次にPRAKが活性化され、後者がRhebのリン酸化を触媒し、mTORC1の活性が阻害され、このようにして細胞の代謝が制御される。その腫瘍の形成における役割について、従来の研究により、PRAKが細胞の老化を促進することにより腫瘍の発生を阻害する一方で、血管新生を誘導することで一定の規模に形成した腫瘍の進行を加速させてしまうことが明らかとなっている。しかしながら、その腫瘍の転移における役割は、未だに不明である。
【発明の概要】
【0006】
本発明は、従来技術に存在する課題を解決するために、腫瘍転移の薬物治療における標的及びその使用を提供することを目的とする。
【0007】
上記の目的を達成するための本発明の技術形態は、下記の通りである。
【0008】
まず、本発明は、PRAKの薬物標的としての、腫瘍細胞の転移を抑制または予防する薬物のスクリーニングにおける使用を提供する。
【0009】
さらに、本発明は、PRAKの阻害剤の、腫瘍細胞の転移を抑制または予防する薬物の製造における使用を提供する。
【0010】
前記阻害剤は、PRAKの発現レベルを低下させ、またはPRAKの生物活性を阻害する。ここで、前記阻害剤は、PRAKの発現レベルを特異的または非特異的に低下させるか、あるいはPRAKの生物活性を不活性化させる阻害剤を含むが、これらに限定されない。即ち、PRAKの発現を低下させ、またはPRAKの生物活性を低下させることにより、腫瘍細胞の転移を抑制または予防することができる薬物であれば、いずれも本発明の保護範囲に属する。
【0011】
選択的に、前記阻害剤は、化学薬品、生物高分子、ポリペプチド、一本鎖抗体、アンチセンスオリゴヌクレオチド、低分子ヘアピン型RNA、低分子干渉RNA、ゲノム編集システムから選ばれるものであってもよい。
【0012】
そのうち、前記化学薬品は、PRAKの発現レベルを低下させ、またはPRAKの生物活性を阻害することができる化合物、もしくはその薬学的に許容される塩を含む。
【0013】
本発明は、研究過程において、先行技術から、変性疾患及び炎症性疾患の治療に有用な[1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピラジン化合物またはその医薬として許容し得る塩、溶媒和物、もしくはプロドラッグ、およびその立体異性体、同位体変異体と互変異性体(公開番号CN101454326Аの特許出願に記載されている。)と、変性疾患及び炎症性疾患の治療に有用なイミダゾ[1,2-a]ピラジン化合物またはその医薬として許容し得る塩、溶媒和物、もしくはプロドラッグ、およびその立体異性体、同位体変異体と互変異性体(公開番号CN102036997Аの特許出願に記載されている。)が、PRAKの阻害剤として、PRAKの生物活性を阻害し、腫瘍細胞の遊走能を低下させ、HIF1α、MMP2及びEMTにかかわる分子の発現及び/または機能を制御することにより、腫瘍細胞の転移に対する抑制または予防を達成できることを発見した。即ち、本発明は、腫瘍細胞の転移の抑制または予防に使用する当該化合物及びその薬用組成物の新たな用途を提供する。
【0014】
さらに、本発明は、大量の客観的試験によってそのメカニズムを検討し、前記阻害剤がPRAKの生物活性を阻害し、腫瘍細胞の遊走能を低下させ、HIF1α、MMP2及び/またはEMTにかかわる分子の発現及び/または機能を制御することにより、腫瘍細胞の転移に対する抑制または予防を達成することを発見した。
【0015】
さらに、前記阻害剤は、PRAKの生物活性を阻害し、mTORのタンパク質の翻訳を促進する能力を制御することにより、HIF1αタンパクの発現を低下させる。
【0016】
PRAKは複数種の腫瘍細胞において発現し、そして、HIF1αタンパクは腫瘍転移のマスターレギュレーターであるため、本発明の前記腫瘍細胞は、黒色腫細胞、乳がん細胞などを含むが、これらに限定されない。本発明の具体的な実施形態に記載の例示的な説明に基づき、当業者は、通常知識から、前記腫瘍が脳腫瘍、肺がん、膀胱がん、胃がん、卵巣がん、腹膜がん、膵臓がん、頭頸部がん、子宮頸がん、子宮内膜がん、大腸癌、肝臓がん、腎がん、食道がん、胆嚢がん、非ホジキンリンパ腫、前立腺がん、甲状腺がん、女性生殖管がん、リンパ腫、骨がん、皮膚がん、結腸がん、精巣がんなどをも含むと推測できる。
【0017】
このため、本発明は、上記の研究結果に基づき、活性成分がPRAKの生物活性を阻害できる、腫瘍細胞の転移を抑制または予防できる薬物を提供する。
【0018】
さらに、上記のメカニズムに基づき、本発明は、腫瘍細胞の遊走能を低下させ、HIF1α、MMP2及び/またはEMTにかかわる分子の発現及び/または機能を制御する薬物、及びmTORの活性を制御する薬物を提供し、前記薬物の活性成分はPRAKの生物活性を阻害できる。
【0019】
特筆すべき点として、本発明は、研究によって、PRAKの生物活性と「mTORの活性」との関係、及びPRAKの生物活性と「HIF1α、MMP2及び/またはEMTにかかわる分子の発現及び/または機能」との関係を発見した。このため、PRAKを標的とする阻害剤でmTORの活性、またはHIF1α、MMP2及び/またはEMTにかかわる分子の発現及び/または機能を制御することにより達成される派生の使用も、本発明の保護範囲に属する。
【0020】
本発明で採用される実験手段は、(1)低分子化合物阻害剤、(2)具体的に、PRAK遺伝子ノックアウトマウス(PRAKノックアウト)、Cas9でPRAKをノックアウトした(PRAKノックアウト)B16(マウス黒色腫)細胞株、shRNAを用いてトランスフェクションを行いPRAKをノックダウンしたA375(ヒト黒色腫)/MDA-MB-231(ヒト乳がん細胞株)細胞株を含む、遺伝子レベルでの介入である。
【0021】
PRAK阻害剤、PRAKノックダウンマウス及び各種のノックアウト/ノックダウンの細胞株を作製した後、それらで黒色腫と乳がん細胞株のインビトロ機能、腫瘍担持マウス及び自然発症乳がんマウスへの介入を行い、得られた実験効果は下記の通りであった。
【0022】
(1)インビトロ(in vitro)実験
B16(マウス黒色腫)、A375(ヒト黒色腫)及びMDA-MB-231(ヒト乳がん細胞株)のトランズウェル(Transwell)インサート実験の結果及びスクラッチアッセイの結果により、PRAK分子の欠落または発現レベルが、腫瘍細胞の体外での遊走能を大幅に低下させるが、腫瘍細胞の増殖(MTS試験)及びアポトーシス(annexin V-7-AAD複合染色)に影響を及ぼさないことが証明された。
【0023】
(2)インビボ(in vivo)実験
A)B16皮下注射モデル(s.c.)の結果は、PRAKノックアウト/ノックダウンまたは阻害剤の使用が、インサイチュにある腫瘍細胞の成長に影響を及ぼさず、その腫瘍の成長曲線及び最終的な腫瘍の大きさ/重量が、野生型群または阻害剤非使用群と明らかな差がないことを示した。
【0024】
B)B16尾静脈内注射モデル(i.v.)の結果は、PRAKノックアウト/ノックダウンまたは阻害剤の使用が、当該モデルの肺への転移率を大幅に低減させるが、用量依存性を有すること、かつ、当該介入が腫瘍細胞転移の初期段階でより重要な意味を持っており、腫瘍細胞注入後の最初の5日間にPRAK阻害剤を使用すれば、腫瘍細胞の遠隔転移に対する抑制を達成でき、その効果も全過程において阻害剤を注入する場合の効果とほとんど同一であること、この至適投与時期(time window)を過ぎてしまうと、阻害剤を使用しても、ほとんど効果がないこと、および、A375ヒト黒色腫にshPRAK及びPRAK阻害剤を使用すると、類似な効果があることを示した。
【0025】
C)MDA-MB-231生体イメージングモデル:生体蛍光検出方法を採用してB16尾静脈内注射モデルと類似する結果を得た。即ち、shPRAK/PRAK阻害剤の使用は、腫瘍細胞の肺への定着を強力に阻害し、14日/21日(マウスを獲得して犠牲死させる最終の時間)のモニター結果はいずれも阻害剤群の肺の蛍光強度が阻害剤非使用群より遥かに低いことを示した。
【0026】
D)MMTV-PyMTマウスの自然発症乳がんモデル:MMTV-PyMT自然発症乳がんマウス(ほぼ100%発症し、発症時間が8~12週間であり、市販により入手でき、例えばThe Jackon Laboratoryから購入できる。)とPRAKノックアウトマウスを交配させて、MMTV-PyMTのバックグラウンドでの野生型及びPRAKノックアウトマウスを得た。その結果によれば、PRAKノックアウトを使用すると、PyMTマウスの自然肺転移率を大幅に低減させることができ、PRAKノックアウトPyMTマウスにおいて、肺に転移巣が発見されたのは1匹(1/19)だけであった。これで分かるように、PRAKノックアウトは、腫瘍細胞の転移抑制率を顕著に向上させることができる。そして、このマウスのインサイチュにある腫瘍細胞の生物学的特性(インサイチュにある腫瘍細胞を直接粉砕・消化した後、試験を行う)は、インビトロ実験の結果に近かった。即ち、PRAKの欠落は、ただその遠隔転移に影響を及ぼし、その増殖及びアポトーシスに影響を及ぼすことはなかった。PRAK阻害剤を使用する場合も、類似な転移阻害効果があった。
【0027】
(3)PRAKが腫瘍の転移を制御する潜在的メカニズム:
A)RNA-seqのビッグデータ分析によると、PRAKの発現は、酸素不足及びレドックス関連経路と密接に関連する。
【0028】
B)PRAKは、HIF1α、MMP2及びEMTにかかわる分子の発現及び機能を制御できる。
【0029】
C)PRAKは、mTORの活性を制御することによりHIF1αタンパク質の合成を制御できる。
【0030】
(4)PRAKの発現と肺腺がん/扁平上皮がんの転移との相関について、腫瘍が転移した患者と腫瘍が転移していない患者とのインサイチュにある腫瘍の標本を比較したところ、腫瘍が転移した患者は、より高いレベルでPRAK(p<0.005)を発現し、かつ、PRAKの発現はMMP2と正の相関がある(r(Spearman)=0.5050238(p=3.651e-05))。
【0031】
(5)PRAKのRNAレベル及び肺がん患者の生存率に対するビッグデータスクリーニングによると、PRAKの発現の高低は患者の生存率と明らかな負の相関がある。
【0032】
当分野の常識に合致することに基づき、上記の各好ましい条件を互いに組み合わせて、具体的な実施形態を得てもよい。
【0033】
本発明の有益な効果は下記の通りである:
本発明は、腫瘍細胞の転移を効果的に抑制できる標的PRAKを提供し、そのメカニズムを検討した。その結果、PRAKの酵素活性を低下させ、またはPRAKの発現レベルを低下させることにより、腫瘍細胞の遊走能を低下させることができ、そしてmTORの活性、HIF1α、MMP2及び/またはEMTにかかわる分子の発現及び/または機能を制御することにより、腫瘍細胞の転移に対する抑制または予防を達成できることを見出した。
【0034】
一方、本発明は、実験及び研究によって、既存の腫瘍の化学療法薬と異なるPRAK阻害剤の特性を検証した。通常、化学療法薬は、腫瘍細胞の成長と生存に影響を与えることにより、抗腫瘍効果を発揮するため、正常組織に対する毒性と薬剤耐性は基本的に避けられないものであった。しかしながら、PRAKノックアウト/ノックダウンまたは阻害剤の使用は、インサイチュにある腫瘍細胞の成長と生存に影響を及ぼさず、転移ステップのみに作用し、遠隔転移の発生を防止する。当該介入は、腫瘍細胞転移の初期段階でより重要な意味を持っており、腫瘍細胞静脈注入後の最初の5日間にPRAK阻害剤を使用すれば、腫瘍細胞の遠隔転移に対する抑制作用を達成でき、かつ腫瘍細胞の肺への定着を強力に阻害することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤のB16-F10の増殖に対する影響を示す。
【
図2】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤のB16-F10のアポトーシスに対する影響を示す。
【
図3】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤のB16-F10の遊走に対する影響を示す。
【
図4】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤のB16-F10の浸潤に対する影響を示す。
【
図5】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤のインサイチュにあるB16-F10腫瘍の成長に対する影響を示す。
【
図6】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤のB16-F10の肺への定着能に対する影響を示す。
【
図7】異なる時点での3つの異なるPRAK阻害剤のB16-F10腫瘍細胞の遠隔転移に対する影響を示す。
【
図8】PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤のA375の浸潤能に対する影響を示す。
【
図9】PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤のA375の肺への定着能に対する影響を示す。
【
図10】PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤のMDA-MB-231の浸潤能に対する影響を示す。
【
図11】PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤のMDA-MB-231の肺への定着能に対する影響を示す。
【
図12】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤のMMTV-PyMTマウスの自然発症乳腺腫瘍の発生に対する影響を示す。
【
図13】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤のMMTV-PyMTマウスの自然発症乳腺腫瘍の肺転移に対する影響を示す。
【
図14】PRAKノックアウトのMMTV-PyMTマウスの腫瘍細胞の体外増殖に対する影響を示す。
【
図15】PRAKノックアウトのMMTV-PyMTマウスの腫瘍細胞の体外アポトーシスに対する影響を示す。
【
図16】野生型とPRAKノックアウトのB16-F10細胞のRNA seq結果が示差的に発現される遺伝子の分布を示す。
【
図17】野生型とPRAKノックアウトのB16-F10細胞の発現変動遺伝子のGO経路エンリッチメントを示す。
【
図18】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤がB16-F10細胞株のHIF1α及びMMP2のタンパク質の発現レベルを顕著に低下させることを示す。
【
図19】PRAKノックアウトのB16-F10細胞株におけるEMT関連分子の発現に対する影響を示す。
【
図20】PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤に誘導されたmTOR経路の関連分子のリン酸化レベルの変化を示す。
【
図21】遠隔転移のない肺がん患者と遠隔転移のある肺がん患者の腫瘍サンプルのPRAK mRNAレベルの検出を示す。
【
図22】肺がん患者の腫瘍サンプルのPRAK及びMMP2 mRNAの発現レベルの相関分析を示す。
【
図23】GEPIAデータベースにおけるPRAKを高発現または低発現する肺がん患者の生存期間に対する分析を示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、実施例を組み合わせて、本発明の好ましい実施形態を詳しく説明する。以下の実施例が、説明のために例示されたものであり、本発明の範囲を限定するためのものではないことを理解できるはずである。当業者は、本発明の趣旨および技術的思想から逸脱しない範囲で本発明に対して各種の修正および置き換えを行うことができる。
【0037】
特に説明のない限り、下記の実施例に使用される実験方法は、いずれも一般的な方法である。
【0038】
特に説明のない限り、下記の実施例に使用される材料、試薬等は、いずれも商業経路から入手できるものである。
【0039】
本発明の下記の実施例に使用されるPRAK阻害剤は、下記の化合物から選ばれるものである:
【0040】
【0041】
実施例1
本実施例は、マウス黒色腫を例として、PRAKのB16-F10の体外増殖、体外生存、浸潤能、インサイチュにある腫瘍の成長及び初期の肺への定着に対する影響を説明するためのものである。
【0042】
一、実験方法
1、体外増殖及び生存に対する影響
実験ステップ:
MTS:同じ数量のPRAK WT及びKO細胞を96ウェルプレートに蒔き、付着後、異なる時点でCell Titer 96 Aqueous細胞増殖検出液を加え、37℃で1~4時間インキュベートした後、490nmの吸光度値を測定し、細胞増殖曲線を作成した。
【0043】
AnnexinV/7-AAD染色:細胞を24ウェルプレートに蒔き、付着後、PRAK阻害剤0.1μM、1μMを加えて処理し、24h後細胞を回収して、AnnexinV/7-AADで染色し、フローサイトメトリーによって細胞のアポトーシスを分析した。
【0044】
2、遊走及び浸潤能に対する影響
実験ステップ:
スクラッチアッセイ:同じ数のPRAK WT及びKO細胞を12ウェルプレートに蒔き、付着後、ピペットチップでウェルプレートの中心にひっかき傷をつけ、0.1%FBS培地に変更して培養し、24h後、創傷癒合の様子を比較した。同様に、異なる濃度のPRAK阻害剤の創傷癒合に対する影響を比較することもできる。
【0045】
浸潤アッセイ:Matrigel(マトリゲル)でコーティングされたトランズウェルインサートを、予め37℃で再水和し、2h後、0.5~2×105の細胞を無血清培地で再懸濁させてインサートに置き、ウェルに10%FBS培地を加え、12~20時間後、インサートを取り出して液体を吸い切り、予め予冷されたメタノールに投入し、4℃で15min固定した。メタノールを吸い切り、綿棒でメンブレンの表面を拭き、遮光下でインサートをクリスタルバイオレットで20min染色した。PBSで3回洗い、毎回5minとした。メンブレンの表面を拭き、封止し、顕微鏡で計数した。
【0046】
3、インサイチュにある腫瘍の成長に対する影響
実験ステップ:6-8週齢のC57BL/6雌マウス(市販により入手でき、例えばCharles Riverから購入できる。)を選択して実験を行い、対数増殖期にあるB16-F10細胞を消化し、PBSで2回洗い、計数した後、PBSで再懸濁することによって細胞の懸濁液の濃度を1.5×106/mlに調整した。腫瘍細胞を、細胞懸濁液200μL/匹で、マウスの側肋骨部に皮下接種し、前記細胞懸濁液200μLは3×105個の細胞を含有する。薬物投与群では、PRAK阻害剤を2mg/kg/dで腹腔内注射した。
【0047】
2日ごとにノギスで腫瘍の長径(L)と短径(S)を測定し、式L×S×S×0.5で腫瘍の大きさを算出し、腫瘍成長曲線を作成した。
【0048】
4、初期の肺への定着に対する影響
実験ステップ:6-8週齢のC57BL/6雌マウスを選択して実験を行い、対数増殖期にあるB16-F10細胞を消化し、PBSで2回洗い、計数した後、PBSで再懸濁することによって細胞の懸濁液の濃度を5×105/mlに調整した。腫瘍細胞を尾静脈内注射でマウスに注入し、1匹あたりに、細胞懸濁液200μL、細胞5×105個を注入した。15日後、マウスを殺し、肺を摘出して、肺表面の腫瘍・結節の数を計数した。薬物投与群を、0-4日間投与または5-15日間投与に分け、投与方法はPRAK阻害剤を2mg/kg/dで腹腔内注射するにした。
【0049】
二、試験結果
1、
図1に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤はB16-F10の増殖に明らかな影響を及ぼさなかった。
【0050】
2、
図2に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤はB16-F10のアポトーシスに明らかな影響を及ぼした。
【0051】
3、
図3に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤はB16-F10の遊走能を明らかに阻害した。
【0052】
4、
図4に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤はB16-F10の浸潤能を明らかに阻害した。
【0053】
5、
図5に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤は皮下接種されたインサイチュにあるB16-F10腫瘍の成長に明らかな影響を及ぼさばかった。
【0054】
6、
図6に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤は静脈内注射されたB16-F10細胞の肺への定着能を明らかに阻害した。
【0055】
7、
図7に示すように、細胞の静脈内注射後の0-4日目にPRAK阻害剤を使用すると、B16-F10腫瘍細胞の遠隔転移を顕著に抑制できた。5-15日目にPRAK阻害剤を使用すると、明らかな阻害効果はなかった。それだけでなく、当該実験結果によって、三種類の異なるPRAK阻害剤が、いずれも類似する阻害効果を持つことが表れている。
【0056】
上記により、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤が、B16-F10の増殖及びインサイチュにあるB16-F10の成長に対して明らかな影響を及ぼさないものの、B16-F10の浸潤能及び肺への定着能を顕著的に阻害できることを説明できる。
【0057】
実施例2
本実施例は、ヒト黒色腫を例として、PRAKのA375の浸潤能及び肺への定着能に対する影響を説明するためのものである。
【0058】
一、実験方法
B16-F10をA375に置き換え、PRAKノックダウンにshRNAトランスフェクションを使用し、体内接種を受けるレシピエントマウスをScid-Beigeとした(市販により入手でき、例えばCharles Riverから購入できる。)こと以外は、実施例1と同様にした。
【0059】
二、実験結果
1、
図8に示すように、PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤はA375の浸潤能を明らかに阻害した。
【0060】
2、
図9に示すように、PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤はA375の肺への定着能を明らかに阻害した。
【0061】
上記により、PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤がA375の浸潤能及び肺への定着能を顕著に阻害できることを説明できる。
【0062】
実施例3
本実施例は、ヒト乳がん細胞株を例として、PRAKのMDA-MB-231の浸潤能及び肺への定着能に対する影響を説明するためのものである。
【0063】
一、実験方法
実験ステップ:6-8週齢のSCID Beige雌マウスを選択して実験を行い、対数増殖期にある野生型またはPRAK shRNAでトランスフェクションされたMDA-MB-231細胞を消化し、PBSで2回洗い、計数した後、PBSで再懸濁することによって細胞の懸濁液の濃度を2.5×106/mlに調整した。腫瘍細胞を尾静脈内注射でマウスに注入し、1匹あたりに、細胞懸濁液200μL、細胞5×105個を注入した。IVIS Spectrum小動物生体イメージングシステムでマウスの肺腫瘍細胞の成長をモニターし、21日後、マウスを殺し、肺を摘出して、肺表面の腫瘍・結節の数を計数した。薬物投与群では、最初の5日間にPRAK阻害剤を2mg/kg/dで腹腔内注射した。
【0064】
二、試験結果
1、
図10に示すように、PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤は、MDA-MB-231の浸潤能を明らかに阻害した。
【0065】
2、
図11に示すように、PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤は、MDA-MB-231の肺への定着能を明らかに阻害した。
【0066】
上記により、PRAKノックダウン及びPRAK阻害剤が、MDA-MB-231の浸潤能及び肺への定着能を顕著に阻害できることを説明できる。
【0067】
実施例4
本実施例は、MMTV-PyMT自然発症乳がんマウスを例として、PRAKの自然発症乳がんの肺転移に対する影響を説明するためのものである。
【0068】
一、実験方法
1、マウスの原発性乳腺腫瘍の発生及び成長に対する影響
MMTV-PyMTマウスとPRAKマウスを交配させることにより、MMTV-PRAK WT及びMMTV-PRAKノックダウンマウスを獲得し、8-10週目から乳腺部位における腫瘍の発生を観察した。別の群であるMMTV-PRAK WTマウスに対しては、PRAK阻害剤(1mg/kg)を12週目から1日おきに投与した。15週目に、マウスを殺し、乳腺における腫瘍・結節の数を計数して重量を測定するとともに、肺の腫瘍・結節の数を計数した。
【0069】
2、マウスの原発腫瘍の体外増殖及びアポトーシスに対する影響
実験ステップ:マウスの乳腺のインサイチュにある腫瘍を摘出し、細切にして、DNA酵素およびコラゲナーゼで消化し、密度勾配遠心法によって腫瘍細胞を分離して、MTS分析及びAnnexinV/7-AAD染色を行った。
【0070】
二、実験結果
1、
図12に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤は、自然発症乳腺腫瘍の発生率及び成長に明らかな影響を及ぼさなった。
【0071】
2、
図13に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤は、マウスの自然発症乳腺腫瘍の肺転移を明らかに抑制した。
【0072】
3、
図14に示すように、PRAKノックアウトは、マウスの自然発症乳腺腫瘍から分離された腫瘍細胞の体外での増殖能に対して明らかな影響を及ぼさなかった。
【0073】
4、
図15に示すように、PRAKノックアウトは、マウスの自然発症乳腺腫瘍から分離された腫瘍細胞の体外のアポトーシスに対して明らかな影響を及ぼさなかった。
【0074】
実施例5
本実施例は、PRAKノックアウトのB16-F10細胞株のトランスクリプトームに対する影響を説明するためのものである。
【0075】
一、実験方法
1、PRAK WT及びPRAKノックアウトのB16-F10細胞のRNAをそれぞれ抽出し、RNA seqを行い、得られた発現変動遺伝子をGO経路エンリッチメントによって解析した。
【0076】
二、実験結果
1、
図16に示すように、野生型と比べ、PRAKノックアウト後の発現変動遺伝子は、大部分の発現がダウンレギュレートされ、ほんの一部の発現がアップレギュレートされた。
【0077】
2、
図17に示すように、PRAK WT及びPRAKノックアウトの発現変動遺伝子の機能エンリッチメントによって、PRAKノックアウト後にダウンレギュレートされた遺伝子の多くが低酸素反応に関連することが示された。
【0078】
実施例6
本実施例は、PRAKのHIF1α、MMP2及び/またはEMTにかかわる分子の発現及び機能に対する影響を説明するためのものである。
【0079】
一、実験方法
Western Blot法で、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤で処理された各分子のタンパク質レベルの変化を測定した。
【0080】
二、実験結果
1、
図18に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤は、B16-F10細胞株のHIF1α及びMMP2の発現レベルを顕著的に低下させることができた。
【0081】
2、
図19に示すように、PRAKノックアウトは、B16-F10細胞株のN-cadherinの発現を顕著に低下させるとともに、E-cadherinの発現を促進させた。
【0082】
実施例7
本実施例は、PRAKのmTOR関連分子の発現に対する影響を説明するためのものである。
【0083】
一、実験方法
Western Blot法で、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤で処理された各分子のタンパク質のリン酸化レベルの変化を測定した。
【0084】
二、実験結果
図20に示すように、PRAKノックアウト及びPRAK阻害剤で処理された後、mTOR経路の関連分子のリン酸化レベルはダウンレギュレートされた。
【0085】
実施例8
本実施例は、PRAKと肺がん患者の腫瘍の転移能との相関を説明するためのものである。
【0086】
一、実験方法
1、肺腺がんや肺扁平上皮がんの患者の腫瘍標本を収集し、PRAKの発現に対してmRNAレベルを測定し、術後フォローアップに基づき、遠隔転移のない群(N)と遠隔転移のある群(T)に分け、その結果に対して統計分析を実行した。
【0087】
2、上記の患者のサンプルのPRAK及びMMP2に対して、mRNAレベルの測定を行い、その結果に対して相関分析を行った。
【0088】
3、GEPIAウェブサイトデータベースを利用し、PRAKの発現レベルの肺がん患者の生存期間に対する影響を分析した。
【0089】
二、実験結果
1、
図21に示すように、遠隔転移のない患者と比べ、遠隔転移のある患者の腫瘍サンプルにおけるPRAK発現は比較的に高い。
【0090】
2、
図22に示すように、腫瘍患者サンプルにおけるPRAKの発現レベルとMMP2の発現レベルは、正の相関がある。
【0091】
3、
図23に示すように、肺がん患者の生存期間はPRAK遺伝子と顕著に関連しており、PRAK発現の高い患者は、PRAK発現の低い患者よりもその生存期間が短い。
【0092】
纏めて説明すると、実施例2-9はいずれもPRAK阻害剤-23をPRAK阻害剤として採用し、実験を行った後、PRAK阻害剤-22、PRAK阻害剤-29に置き換えて同じ実験を繰り返しており、実験によって、三種類の阻害剤の機能が同じである(いずれも同じ阻害効果を達成できる)ことが実証された。
【0093】
また、上記では、一般的な説明や具体的な実施例により本発明を詳しく述べたが、本発明に基づき、それらを修正または改善できることは、当業者にとって自明である。このため、本発明の趣旨から逸脱しない範囲で行われたこれらの修正及び改善は、本発明の保護しようとする範囲に属する。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明では、PRAKの薬物標的としての、腫瘍細胞の転移を抑制または予防する薬物のスクリーニングにおける使用が開示されている。本発明は、PRAKを腫瘍細胞の転移の標的とする発見に基づき、さらに腫瘍細胞の転移を抑制または予防できる薬物を提供し、前記薬物の活性成分は、PRAKの発現レベルを低下させ、またはPRAKの生物活性を阻害することができ、細胞の遊走、HIF1α、MMP2及び/またはEMTにかかわる分子の発現及び/または機能を制御することにより、腫瘍細胞の転移に対する抑制または予防を達成し、良好な経済的価値と使用の見通しを持つ。