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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-09
(45)【発行日】2022-09-20
(54)【発明の名称】アンセリンの結晶及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 233/64 20060101AFI20220912BHJP
   A61K 31/4172 20060101ALI20220912BHJP
   A61K 8/49 20060101ALI20220912BHJP
   A61K 8/64 20060101ALI20220912BHJP
   A23L 33/18 20160101ALI20220912BHJP
【FI】
C07D233/64 106
C07D233/64 CSP
A61K31/4172
A61K8/49
A61K8/64
A23L33/18
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021155549
(22)【出願日】2021-09-24
【審査請求日】2021-10-28
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】598008433
【氏名又は名称】東海物産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149032
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 敏明
(72)【発明者】
【氏名】米山 明
(72)【発明者】
【氏名】仲西 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】高橋 千香子
(72)【発明者】
【氏名】佐野 千明
(72)【発明者】
【氏名】河合 祥生
(72)【発明者】
【氏名】小山 洋介
【審査官】神谷 昌克
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-082571(JP,A)
【文献】特開2010-235503(JP,A)
【文献】特許第6765046(JP,B2)
【文献】特開昭63-132878(JP,A)
【文献】特表2019-529568(JP,A)
【文献】特許第6769643(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
A61K
A23L
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
特性X線(CuKα線)を用いて得られる粉末X線回折パターンにおいて、回折角(2θ)が12.0°、12.3°、14.1°、18.1°、21.1°、22.9°、24.0°、24.2°、26.2°及び26.5°に回折ピークを示し、示差熱分析による融点が240±2℃であり、アンセリンの純度が99.8%以上であり、及びカルノシンの純度が0.2%未満である、アンセリンの結晶。
【請求項2】
請求項1に記載の結晶を含む、食品用組成物、医薬用組成物又は化粧品用組成物。
【請求項3】
純度が70%以上である粗アンセリンを含む水溶液に、最終濃度が70%以上になるような量のエタノールを瞬間的に加えて撹拌することにより、スラリーを得る工程と、
スラリーを、固液分離処理に供して、ケーキを得る工程と、
ケーキを、85%~94%含水エタノールを用いた洗浄及び95%~99.9%含水エタノールを用いた洗浄を順次実施する洗浄処理に供することにより、請求項1に記載のアンセリンの結晶を得る工程と
を含む、アンセリンの結晶の製造方法。
【請求項4】
前記粗アンセリンを含む水溶液は、動物性エキスから得られた粗アンセリンを含む水溶液である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記粗アンセリンを含む水溶液は、OH型の強塩基性陰イオン交換樹脂を用いたイオン交換処理に供された粗アンセリンを含む水溶液である、請求項3~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記粗アンセリンを含む水溶液は、OH型の強塩基性陰イオン交換樹脂を用いたイオン交換処理及び濃縮処理に供された、粗アンセリンを含む水溶液である、請求項3~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記濃縮処理は、水溶液のBrixが50%~70%になるまで実施される減圧濃縮処理である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記動物性エキスは、カツオ、マグロ、サケ、ウナギ、サメ、ウシ及びニワトリからなる群から選ばれる少なくとも1種の動物に由来する動物性エキスである、請求項4~のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なアンセリンの結晶及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イミダゾールジペプチドは、イミダゾール基を有するヒスチジン又はヒスチジン誘導体とアミノ酸とが結合したジペプチドである。イミダゾールジペプチドの一つに、アンセリン(L-アンセリン;β-アラニル-1-メチルヒスチジン;CAS番号:584-85-0)がある。アンセリンは、L-メチルヒスチジン及びβ-アラニンからなるジペプチドであり、サケ、マグロ、カツオ、サメなどの海洋生物及び鳥類の筋肉に多く含まれている。
【0003】
アンセリンは旨味成分である一方、抗疲労作用、抗酸化作用、血圧降下作用、抗炎症作用、尿酸値降下作用などの生理作用を有する機能性成分として注目されている。
【0004】
これまでに、本発明者らによって、鶏肉から高純度のアンセリンを製造することができている(例えば、特許文献1を参照)。
【0005】
一方、アンセリンと同じくイミダゾールジペプチドの一つとして、カルノシンが知られている。カルノシンの結晶を得る方法としては、粗L-カルノシンが溶解した水溶液から水を濃縮することにより、L-カルノシンの結晶を析出させてL-カルノシンのスラリー溶液を得た後、スラリー溶液を加温して一定時間おき、次いでアルコールを徐々に加えて混合することにより、高純度のL-カルノシンの結晶を得る方法が知られている(例えば、特許文献2を参照)。
【0006】
また、別のカルノシンの結晶を得る方法として、L-カルノシン及び中性塩が溶解した水溶液を冷却することにより、又はL-カルノシン及び酸が溶解した水溶液中に塩基が溶解した水溶液を滴下又は添加することにより、該水溶液中にL-カルノシンの結晶を析出させる方法が知られている(例えば、特許文献3を参照)。
【0007】
一方、フタリル-L-カルノシンを出発物質として、化学的にアンセリンを合成する方法が知られている(例えば、特許文献4を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第6769643号
【文献】特許第5448588号
【文献】特開2018-203690号公報
【文献】特許第4463515号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一般的に、動物性エキスは、動物の種類及び部位により、2種類以上のイミダゾールジペプチドが含まれる。そこで、特許文献1に記載の方法により、高純度のアンセリンを含むアンセリン含有物を得たとしても、この物の中にはカルノシンなどの他のイミダゾールジペプチドが微量にて含まれており、さらにクレアチニンなどの夾雑物もまた含まれ得る。結果として、特許文献1に記載の方法では、純度が99%以上であるような、高純度のアンセリンの結晶を得ることはできない。
【0010】
また、本発明者らが調べたところによれば、アンセリンの水及び有機溶媒に対する溶解度は、カルノシンの溶解度と異なる。カルノシンは水及び水を含む有機溶媒である含水有機溶媒に対する溶解度が小さい。したがって、特許文献2及び3に記載の方法のように、カルノシン水溶液を濃縮又は塩析すればカルノシンの結晶が得られ、次いでカルノシンの結晶を含む溶液に有機溶媒を徐々に加えることにより不純物を溶解してカルノシンの結晶を析出することができ、結果として高純度のカルノシンの結晶が得られる。
【0011】
しかし、アンセリンは水及び含水有機溶媒に対する溶解度が高い。そのため、特許文献2及び3に記載の方法では、高純度のアンセリンの結晶だけでなく、アンセリンの結晶そのものが得られない。
【0012】
一方、特許文献4に記載の方法により、アンセリンが得られる。しかし、特許文献4に記載の方法によって得られるアンセリンは、純度が99.7%と低く、さらに0.3%のカルノシンを含有する。99.8%以上といった高純度のアンセリンの結晶及びその製造方法については、これまでにほとんど知られていない。
【0013】
そこで、本発明は、高純度のアンセリンの結晶及びその製造方法を提供することを、発明が解決しようとする課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特許文献2に記載の方法のように、アンセリンを含む水溶液を濃縮してもアンセリンの結晶は得られず、代わりに飴状の粘性溶液が得られることを見出した。また、pHが中性付近の動物性エキスから得た粗アンセリンを用いる場合、塩化物イオンが多く残存し、アンセリンの結晶化を妨げた。
【0015】
そこで、本発明者らは、高純度のアンセリンの結晶を得るべく、さらに試行錯誤を繰り返した。その結果、pHが中性付近の動物性エキスから得た粗アンセリンを用いる場合、OH型の強塩基性陰イオン交換樹脂を用いたイオン交換処理により塩化物イオンを効率良く分離できること、得られたイオン交換処理液を濃縮して得られた飴状の粘性溶液に対して、最終濃度が所定の濃度になるように有機溶媒を瞬間的に加え、混合することにより、アンセリンの結晶が得られることを見出した。しかし、得られたアンセリンの結晶は純度が99%未満であり、クレアチニンを1%以上含むものであった。
【0016】
そこで、本発明者らは、アンセリンの結晶をケーキとして分離し、さらに得られたケーキに高濃度の有機溶媒で段階的に洗浄したところ、驚くべきことに純度が99%以上であるアンセリンの結晶を得ることに成功した。本発明はこのような知見や成功例に基づいて完成された発明である。
【0017】
したがって、本発明によれば、以下の各態様が提供される。
[1]特性X線(CuKα線)を用いて得られる粉末X線回折パターンにおいて、回折角(2θ)が12.0°、12.3°、14.1°、18.1°、21.1°、22.9°、24.0°、24.2°、26.2°及び26.5°に回折ピークを示す、アンセリンの結晶。
[2]示差熱分析による融点が240±2℃である、アンセリンの結晶。
[3]さらに、アンセリンの純度が99.8%以上であり、及び/又はカルノシンの純度が0.2%未満である、[1]~[2]のいずれか1項に記載のアンセリンの結晶。
[4][1]~[3]のいずれか1項に記載の結晶を含む、食品用組成物、医薬用組成物又は化粧品用組成物。
[5]純度が70%以上である粗アンセリンを含む水溶液に、最終濃度が70%以上になるような量の有機溶媒を瞬間的に加えることにより、スラリーを得る工程と、
スラリーを、固液分離処理に供して、ケーキを得る工程と、
ケーキを、85%以上の含水有機溶媒を用いた洗浄処理に供することにより、アンセリンの結晶を得る工程と
を含む、アンセリンの結晶の製造方法。
[6]前記粗アンセリンを含む水溶液は、動物性エキスから得られた粗アンセリンを含む水溶液である、[5]に記載の方法。
[7]前記粗アンセリンを含む水溶液は、OH型の強塩基性陰イオン交換樹脂を用いたイオン交換処理に供された粗アンセリンを含む水溶液である、[5]~[6]のいずれか1項に記載の方法。
[8]前記粗アンセリンを含む水溶液は、OH型の強塩基性陰イオン交換樹脂を用いたイオン交換処理及び濃縮処理に供された、粗アンセリンを含む水溶液である、[5]~[6]のいずれか1項に記載の方法。
[9]前記濃縮処理は、水溶液のBrixが50%~70%になるまで実施される減圧濃縮処理である、[8]に記載の方法。
[10]前記洗浄処理は、85%~94%含水有機溶媒を用いた洗浄及び95%~99.9%含水有機溶媒を用いた洗浄を順次実施する洗浄処理である、[5]~[9]のいずれか1項に記載の方法。
[11]前記有機溶媒は、それぞれ独立して、メタノール、エタノール、2-プロパノール及びアセトンからなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶媒である、[5]~[10]のいずれか1項に記載の方法。
[12]前記動物性エキスは、カツオ、マグロ、サケ、ウナギ、サメ、ウシ及びニワトリからなる群から選ばれる少なくとも1種の動物に由来する動物性エキスである、[6]~[11]のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、純度が99%以上であるアンセリンの結晶を得ることができる。さらに、本発明の一態様の方法は、簡便かつ経済性に優れた方法であることから、工業的規模で高純度のアンセリンの結晶が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、後述する実施例に示すとおりの、アンセリン結晶III の粉末X線回折パターンを示した図である。
図2A図2Aは、後述する実施例に示すとおりの、アンセリン結晶IIIの粉末X線回折パターンとL-アンセリン硝酸塩の粉末X線回折パターンとを比較した図である。
図2B図2Bは、後述する実施例に示すとおりの、アンセリン結晶IIIの粉末X線回折パターンとL-カルノシンの粉末X線回折パターンとを比較した図である。
図3図3は、後述する実施例に示すとおりの、アンセリン結晶IIIの示差熱分析データを示した図である。
図4図4は、後述する実施例に示すとおりの、アンセリン結晶IIの偏光顕微鏡写真を示した図である。
図5図5は、後述する実施例に示すとおりの、アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの各結晶のエタノール濃度に対する溶解度の測定結果を示した図である。
図6図6は、後述する実施例に示すとおりの、アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの各結晶の各種有機溶媒に対する溶解度の測定結果を示した図である。
図7図7は、後述する実施例に示すとおりの、アンセリンの結晶の含水エタノールの溶解度に対するpHの影響を評価した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一態様の方法の詳細について説明するが、本項目の事項によってのみに限定されるものではなく、本発明はその目的を達成する限りにおいて種々の態様をとり得る。
【0021】
本明細書における各用語は、別段の定めがない限り、当業者により通常用いられている意味で使用され、不当に限定的な意味を有するものとして解釈されるべきではない。また、本明細書においてなされている推測及び理論は、本発明者らのこれまでの知見及び経験によってなされたものであることから、本発明はこのような推測及び理論のみによって拘泥されるものではない。
【0022】
「RV」は、樹脂量に対する溶媒の流量倍数を表し、例えば、樹脂量に対して2倍の動物性エキスを通液する場合は、RVは2となる。
「SV」は、空間速度(Space Velocity)を表し、1時間当たりに樹脂量(体積)を通過した液量(体積)の樹脂量に対する比率を表す。例えば、1mの樹脂に1時間当たり5mの液量が通過した場合、SVは5となる。
「純度」は、含有量及び濃度と同義であり、特に言及がなければ、固形分の乾燥質量に対する成分の乾燥質量の割合に基づいて算出される。アンセリンの量は後述する実施例に記載のHPLC法により測定される。
数値範囲の「~」は、その前後の数値を含む範囲であり、例えば、「0%~100%」は、0%以上であり、かつ、100%以下である範囲を意味する。「超過」及び「未満」は、その前の数値を含まない、下限及び上限をそれぞれ意味し、例えば、「1超過」は1より大きい数値であり、「100未満」は100より小さい数値を意味する。
「及び/又は」は、列記した複数の関連項目のいずれか1つ、又は2つ以上の任意の組み合わせ若しくは全ての組み合わせを意味する。
「含む」は、含まれるものとして明示されている要素以外の要素を付加できることを意味する(「少なくとも含む」と同義である)が、「からなる」及び「から本質的になる」を包含する。すなわち、「含む」は、明示されている要素及び任意の1種若しくは2種以上の要素を含み、明示されている要素からなり、又は明示されている要素から本質的になることを意味し得る。要素としては、成分、工程、条件、パラメーター等の制限事項等が挙げられる。
【0023】
整数値の桁数と有効数字の桁数とは一致する。例えば、1の有効数字は1桁であり、10の有効数字は2桁である。また、小数値は小数点以降の桁数と有効数字の桁数とは一致する。例えば、0.1の有効数字は1桁であり、0.10の有効数字は2桁である。
【0024】
[本発明の一態様の結晶]
本発明の一態様は、アンセリンの結晶である。本発明の一態様のアンセリンの結晶は、アンセリンの遊離体の結晶である。本発明の一態様の結晶は、粉末X線回折パターンにおける回折ピークの回折角(2θ)及び/又は示差熱分析による融点により特定される。
【0025】
本発明の一側面は、特性X線(CuKα線)を用いて得られる粉末X線回折パターンにおいて、回折角(2θ)が12.0°、12.3°、14.1°、18.1°、21.1°、22.9°、24.0°、24.2°、26.2°及び26.5°に回折ピークを示す、アンセリンの結晶である。
【0026】
粉末X線回折における回折ピークの回折角2θの値は、測定に使用する機器、測定環境、データの解析方法などの違いにより±0.2°の範囲内で誤差が生じ得ることから、回折角の値は上記値±0.2°と理解される。なお、粉末X線回折における各ピークの相対強度は晶癖、サンプリング条件、測定条件などの違いにより変わり得る。
【0027】
粉末X線回折による結晶の同一性の認定は、本発明の一態様の結晶及び対象の結晶の回折角並びに全体の回折パターンを比較し、これらが同一及び近似する場合、例えば、上記回折角のうち、回折角が7個以上一致するとき、好ましくは8個以上一致するとき、より好ましくは9個以上一致するとき、さらに好ましくは10個全てが一致するときは、本発明の一態様の結晶と同一性がある結晶であるといえる。
【0028】
本発明の別の一側面、示差熱分析による融点が240±2℃である、アンセリンの結晶である。
【0029】
示差熱分析(TG-DTA)による融点(外挿開始点又は補外融解開始温度)の値は、測定に使用する機器、測定環境、サンプル量などの違いにより±2℃の範囲内で誤差が生じ得る。
【0030】
TG-DTAによる結晶の同一性の認定は、本発明の一態様の結晶及び対象の結晶の融点並びにDTA曲線のパターンを比較し、これらが同一及び近似する場合、例えば、融点が240±2℃で、かつパターンが概ね近しいときは、本発明の一態様の結晶と同一性がある結晶であるといえる。
【0031】
本発明の別の一側面は、特性X線(CuKα線)を用いて得られる粉末X線回折パターンにおいて、回折角(2θ)が12.0°、12.3°、14.1°、18.1°、21.1°、22.9°、24.0°、24.2°、26.2°及び26.5°に回折ピークを示し、かつ示差熱分析による融点が240±2℃である、アンセリンの結晶である。
【0032】
アンセリンの結晶の粉末X線回折測定及び示差熱分析は、後述する実施例に記載の方法によって実施される。
【0033】
本発明の一態様の結晶は、粉末X線回折における回折ピークの回折角及び/又は示差熱分析による融点が上記した値の範囲内にあれば、その他の特性については特に限定されない。なお、本発明の一態様の結晶は、偏光板を用いた顕微鏡観察に供した場合、図4に示す形状を呈する傾向にある。そこで、結晶の同一性の認定において、粉末X線回折における回折ピークの回折角及び/又は示差熱分析による融点を比較検討した上で、さらに偏光板を用いた顕微鏡観察を実施して、同一又は近似する形状を呈するときは、本発明の一態様の結晶と同一性がある結晶であると認定してもよい。
【0034】
本発明の一態様の結晶は、粉末X線回折における回折ピークの回折角及び/又は示差熱分析による融点が上記した値の範囲内にあれば、アンセリンの純度は特に限定されないが、例えば、99.8%以上であることが好ましく、99.9%以上であることがより好ましい。本発明の一態様の結晶におけるアンセリンの純度の上限は、典型的には100%である。
【0035】
本発明の一態様の結晶は、夾雑物の純度が低いことが好ましい。主な夾雑物としては、アンセリンとの分離が難しい、クレアチニン及びカルノシンが挙げられる。本発明の一態様の結晶は、クレアチニンの純度が0.1%未満であることが好ましく、0.05%未満であることがより好ましく、実質的に0.0%であることがさらに好ましく;カルノシンの純度は0.2%未満であることが好ましく、0.14%以下であることがより好ましく、0.13%以下であることがさらに好ましい。
【0036】
本発明の一態様の結晶は、アンセリン、クレアチニン及びカルノシンの純度に基づけば、アンセリンの純度が99.8%以上であり、クレアチニンの純度が0.05%未満であり、かつカルノシンの純度が0.2%未満であること(ただし、クレアチニン及びカルノシンの純度の合計は0.2%未満であること)が好ましい。
【0037】
[本発明の一態様の方法]
本発明の一態様は、アンセリンの結晶の製造方法である。本発明の一態様の方法によれば、本発明の一態様の結晶を製造することができる。
【0038】
図5図6に示すとおり、アンセリンは水及び低濃度の有機溶媒を含む含水有機溶媒に対する溶解度が高い。また、図7に示すとおり、アンセリンの溶解度はpHが8.3の等電点付近で最も低下するが、pHが7.57から9.25である範囲ではpHの変化の影響を受け難く、pHに依らずにほぼ一定している。したがって、アンセリンと同じイミダゾールジペプチドの一種であるカルノシンの結晶を得る方法に関する特許文献2及び3に記載の方法では、アンセリンの結晶を得ることはできない。
【0039】
本発明の一態様の方法は、このようなアンセリンの溶解特性に着目して創作されたものである。本発明の一態様の方法は、粗アンセリンを含む水溶液に最終濃度が所定の高濃度になるように有機溶媒を瞬間的に加えることによりスラリーを得て、次いでスラリーから液体成分を除去してケーキを得て、次いでケーキを高濃度の含水有機溶媒を用いて洗浄することにより、アンセリンの結晶を製造する方法である。
【0040】
本発明の一態様の方法は、純度が70%以上である粗アンセリンを含む水溶液(以下、粗アンセリン水溶液ともよぶ)を、最終濃度が70%以上になるような量の有機溶媒を瞬間的に加えることにより、スラリーを得る工程(以下、スラリー工程ともよぶ)と、スラリーを、固液分離処理に供して、ケーキを得る工程(以下、ケーキ工程ともよぶ)と、ケーキを、85%以上の含水有機溶媒を用いた洗浄処理に供することにより、アンセリンの結晶を得る工程(以下、洗浄工程ともよぶ)とを含む。
【0041】
粗アンセリン水溶液は、その性状によっては、スラリー工程においてアンセリンの結晶を効率良く得るためには前処理に供することが好ましい。したがって、本発明の一態様の方法は、スラリー工程の前に、粗アンセリン水溶液を前処理に供する工程(以下、前処理工程ともよぶ)を含むことが好ましい。
【0042】
以下では、本発明の一態様の方法について、前処理工程、スラリー工程、ケーキ工程及び洗浄工程に分けて説明する。
【0043】
[前処理工程]
本発明の一態様の方法は、粗アンセリン水溶液を出発原料として用いる。粗アンセリン水溶液における粗アンセリンの純度は70%以上であれば特に限定されないが、例えば、最終的に得られるアンセリンの結晶の純度を高くするという観点から、好ましくは75%以上であり、より好ましくは80%以上である。粗アンセリンの純度の上限は特に限定されないが、典型的には99%である。
【0044】
アンセリンは水に対する溶解度が比較的高いことから、粗アンセリンを水に加えて混合することにより粗アンセリン水溶液が得られる。粗アンセリン水溶液におけるアンセリンの含有量は特に限定されないが、例えば、水溶液中におけるアンセリンの分散性を良好にするためには、5質量%~20質量%であることが好ましく、約10質量%であることがより好ましい。
【0045】
粗アンセリン水溶液を得る方法は特に限定されず、固体状の粗アンセリンを水に溶解すること、アンセリン含有物から粗アンセリン水溶液を得ることなど、いずれの方法であってもよい。固体状の粗アンセリンとしては、「L-アンセリン硝酸塩」(シグマアルドリッチ社製、純度98%)などの市販の粗アンセリンを用いてもよい。アンセリン含有物から粗アンセリン水溶液を得る方法としては、例えば、本発明者らによる特許文献1の例5に記載の方法などが挙げられる。
【0046】
特許文献1の例5に記載の方法は、ニワトリ、サケといった動物のエキス(動物性エキス)からアンセリン含有液体製品を得る方法である。この方法を用いれば、含有量が約10質量%であり、かつ純度が約80%である粗アンセリン水溶液が得られる。
【0047】
動物性エキスは、魚類、鳥類、哺乳類などの動物の肉などの部位に含まれる成分を、抽出媒体に溶かし出して得られたものであればよい。動物の種類は、肉などの部位にアンセリンを含む動物であれば特に限定されないが、例えば、アンセリンを多く含むカツオ、マグロ、サケ、ウナギ、サメ、ウシ、ニワトリなどが挙げられる。動物性エキスは、アンセリンの含有量が大きく、資源量として豊富であり、又は飼育が容易であることから、ニワトリ、ウシなどの畜肉及びサケ、カツオ、マグロなどの魚類の筋肉が好ましい。
【0048】
動物性エキスの取得方法は特に限定されず、アンセリンが含まれる動物の部位を、水抽出、熱水抽出、超臨界抽出などの公知の抽出方法に供して得られる抽出物を利用してもよいし、市販されているものを利用してもよい。動物性エキスは、上記抽出物から不溶性固形分及び夾雑成分を取り除くために、固液分離処理、濃縮処理、乾燥処理、希釈処理などの加工処理に供したものであることが好ましい。
【0049】
特許文献1の例5に記載の方法に準じて、サケ、ニワトリなどの動物の肉からアンセリン含有液体製品を得る方法の概要は以下のとおりである。
【0050】
サケ、ニワトリなどの動物の部位を水に加えたものを、80℃~95℃にて、数十分間~数時間の熱水抽出処理に供する。得られた熱水抽出物を固液分離処理に供して、任意に電気透析膜若しくはナノろ過膜を用いた脱塩処理に供することにより、アンセリンが0.1質量%~1.0質量%であり、Brixが1.0%~10.0%であり、かつpHが5.6~8.0である動物性エキスを得る。
【0051】
次いで、動物性エキスを、1RV~10RV、SV1~SV3でNa型に変換した強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムへ通液し、次いで0.5RV~5RVの水を通液して、動物性エキス中のアンセリンを強酸性陽イオン交換樹脂へ吸着する。この吸着処理後のカラム内のpHは5.6~8.2である。
【0052】
次いで0.1N~1.0Nアルカリ金属塩水酸化物水溶液を、1RV~5RV、SV1~SV5でカラムへ通液して、溶出液(動物性エキス処理液)として高純度イミダゾールジペプチドを得る。溶出処理後のカラム内のpHは8.5~15.0である。
【0053】
得られた動物性エキス処理液を、酸を加えてpH8~9に調整し、10℃~30℃、1RV~10RV、SV1~SV5で芳香族系疎水性吸着樹脂を充填したカラムへ通液して、動物性エキス処理液中のアンセリンを芳香族系疎水性吸着樹脂へ吸着する。この吸着処理後のカラム内のpHは、使用した動物性エキス処理液と同様に、8~9である。
【0054】
次いで希アルカリ性水溶液として、0.001M~0.01Mのアルカリ金属塩水酸化物水溶液を、10℃~30℃、1RV~10RV、SV1~SV5でカラムへ通液して、複数種類のイミダゾールジペプチドが相互分離し、適当量ごとにアンセリンを多く含むフラクションを回収して、アンセリンが高純度で含まれるアンセリン含有液体製品を得る。なお、溶出処理後のカラム内のpHは、使用した希アルカリ性水溶液と同様に、8~12である。アンセリン含有液体製品は、pH調整処理、脱塩処理、濃縮処理、無菌ろ過処理などの追加の処理に供してもよい。
【0055】
上記のようにして動物性エキスから得られるアンセリン含有液体製品は、pHが中性になるように塩酸で調整されている場合は、アンセリンは一部塩酸塩として存在するため、そのまま結晶化してもアンセリンの遊離体結晶を得ることはできない。そのため、アンセリン遊離体結晶を得るためには、粗アンセリン水溶液に含まれる塩化物イオンを除去する。同様に、市販されているアンセリン硝酸塩結晶からアンセリン遊離体結晶を得るためには、硝酸イオンを除去する。
【0056】
粗アンセリン水溶液から塩化物イオンを除去する方法は特に限定されないが、粗アンセリン水溶液から塩化物イオンの大部分を除去する方法であることが好ましい。しかし、本発明者らが調べたところによれば、アンセリンの塩酸塩溶液中のアンセリンと塩化物イオンとは電気的な結合をしているため、さらに強い電気的な力で分離することが必要であると想定された。そこで、本発明者らが試行錯誤を繰り返したところ、中和されたアンセリン水溶液に対して適量のOH型の強塩基性陰イオン交換樹脂を用いたイオン交換処理を利用すれば、粗アンセリン水溶液から塩化物イオンの大部分を除去することができることを見出した。この観点から、塩化物イオンを多く含む、粗アンセリン水溶液は、OH型の強塩基性陰イオン交換樹脂を用いたイオン交換処理に供することが好ましい。
【0057】
陰イオン交換樹脂は、アニオン性のイオン交換基を有するイオン交換樹脂である。陰イオン交換樹脂は、トリメチルアンモニウム基、ジメチルエタノールアンモニウム基といった四級アンモニウム基などの強塩基性のイオン交換基を有する強塩基性陰イオン交換樹脂と、一級若しくは二級アミノ基などの弱塩基性のイオン交換基を有する弱塩基陰イオン交換樹脂とに大別される。このうち、粗アンセリン水溶液のイオン交換処理には、強塩基性陰イオン交換樹脂を用い、イオン交換基としてトリメチルアンモニウム基又はジメチルエタノールアンモニウム基を有する強塩基性陰イオン交換樹脂を用いることが好ましい。
【0058】
強塩基性陰イオン交換樹脂は、公知の方法により製造したものでも、市販されているものでも、どちらでもよい。市販されている強塩基性陰イオン交換樹脂としては、「ダイヤイオン」(三菱ケミカル社)、「アンバーライト」(オルガノ社)、「ダウエックス」、「Muromac」、「レバチット」(それぞれ室町ケミカル社)などのブランド名で市販されているものを挙げることができ、具体的には、「ダイヤイオン SA10A」、「ダイヤイオンSA20A」、「アンバーライト IRA402BL」、「アンバーライトIRA410J」、「ダウエックス マラソンA」、「ダウエックス マラソンA2」、「MUROMAC XSA-2613」、「MUROMUC XSB-2613」、「レバチット モノプラスM500」、「レバチット モノプラスM600」などが挙げられる。
【0059】
強塩基性陰イオン交換樹脂は、粗アンセリン水溶液と接触する前に、強塩基性陰イオン交換樹脂のイオン交換基をOH型にしておく。すでにイオン交換基がOH型であればそのまま用いることができるが、OH型以外の型である場合はOH型に変換する。イオン交換基のOH型への変換方法は特に限定されないが、例えば、強塩基性陰イオン交換樹脂を、水酸化物を含む溶液に浸漬又は通液してOH型に変換する方法などが挙げられる。水酸化物は特に限定されず、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどが挙げられるが、一般的かつ経済性から、水酸化ナトリウムであることが好ましい。
【0060】
例えば、強塩基性陰イオン交換樹脂のOH型への変換は、強塩基性陰イオン交換樹脂を充填したカラムに、0.5N~2Nの水酸化ナトリウム水溶液を1.5RV~3.0RVで通液し、次いで水の十分量を通液することにより達成できる。
【0061】
粗アンセリン水溶液と強塩基性陰イオン交換樹脂とを接触する方法は特に限定されず、これらが接触することにより粗アンセリン水溶液中の塩化物イオンが強塩基性陰イオン交換樹脂へ吸着するようにすればよく、強塩基性陰イオン交換樹脂を粗アンセリン水溶液に浸漬するバッチ方式でも、強塩基性陰イオン交換樹脂を充填したカラムに粗アンセリン水溶液を通液するカラム方式でも、いずれの方式も採用できる。例えば、強塩基性陰イオン交換樹脂を充填したカラムに粗アンセリン水溶液を通液する場合は、10℃~40℃、好ましくは15℃~25℃の常温で、SVが0.5~8、好ましくは1~3となるように、粗アンセリン水溶液を通液すればよい。
【0062】
粗アンセリン水溶液と強塩基性陰イオン交換樹脂とを接触した後に回収した溶液をイオン交換処理液として用いる。イオン交換処理液における塩化物イオンの含有量は、イオン交換処理に供する前の粗アンセリン水溶液における量よりも少なければ特に限定されないが、例えば、イオン交換処理液の固形分(乾燥質量)あたり、5%以下であることが好ましく、0%~3%であることがより好ましく、0%~1%であることがさらに好ましい。塩化物イオンが除去されることにより、イオン交換処理液におけるアンセリンの純度は、粗アンセリン水溶液におけるものよりも相対的に高まる。
【0063】
粗アンセリン水溶液及びイオン交換処理液には大量の水を含み、このものに有機溶媒を加えてスラリーを形成するためには、大量の有機溶媒を添加しなければならない。そこで、粗アンセリン水溶液及びイオン交換処理液は、有機溶媒の添加量を減じるために、濃縮処理に供することが好ましい。
【0064】
濃縮処理は、粗アンセリン水溶液及びイオン交換処理液から水分を揮散又は除去する方法であれば特に限定されず、これまでに知られている溶液を対象とした濃縮処理を採用できる。粗アンセリン水溶液及びイオン交換処理液にはアンセリンが良好な分散性で溶解しており、さらに一般的かつ簡便であることから、エバポレーターを用いた、常温下又は加温した状態での減圧濃縮処理であることが好ましい。
【0065】
濃縮処理による濃縮の程度は特に限定されないが、例えば、濃縮前と比べて体積が10%~99%に減じる程度などが挙げられ、スラリーを効率良く形成するためには、Brixが40%~80%になるまで濃縮することが好ましく、Brixが50%~70%になるまで濃縮することがより好ましい。
【0066】
濃縮処理により得られる濃縮液は、飴状の粘性をもった液体状を呈する。しかし、アンセリンの結晶は認められない。
【0067】
[スラリー工程]
粗アンセリン水溶液若しくはイオン交換処理液又はそれらの濃縮液(これらを総称して濃縮液等ともよぶ)に、最終濃度が所定の高濃度になるような量の有機溶媒を瞬間的に加えることにより、微粉状のアンセリンの結晶が生じ、さらに結晶化が進むことにより、アンセリンの結晶が溶液中に懸濁してどろどろとした状態のスラリーが得られる。
【0068】
有機溶媒は、アンセリンの溶解度が低い、又はアンセリンが全く溶解しない有機溶媒で、水と混和する性質を有するものであれば特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、2-プロパノールなどのアルコール溶媒;アセトンなどのケトン溶媒などが挙げられるが、結晶化したアンセリン結晶との分離のために沸点が低く、安全性が高いという観点から、エタノールであることが好ましい。有機溶媒は、これらの1種単独であってもよく、2種以上の組み合わせでもよい。
【0069】
有機溶媒の添加量は、濃縮液等に加えた後に得られる混合液における有機溶媒の濃度(最終濃度;体積比)が70%以上になるような量である。例えば、濃縮液等の量が30mLであれば、有機溶媒の添加量は70mL以上である。このように、有機溶媒の添加量は、有機溶媒の最終濃度が70%以上になるような量であれば特に限定されないが、例えば、最終濃度が70%~99%になるような量であり、アンセリンを効率良く結晶化させるためには、70%~90%であることが好ましく、約80%であることがより好ましい。また、有機溶媒の添加量が上記した範囲内の量になる限り、有機溶媒は水を含む含水有機溶媒であってもよい。
【0070】
濃縮液等への有機溶媒の添加は、有機溶媒により濃縮液等におけるアンセリンの周囲の水和水を速やかに奪い、アンセリンを露出及び結晶化するために、瞬間的に行う。この目的のためには、用意した有機溶媒の全量を、濃縮液等へ一度に添加することが好ましい。有機溶媒の全量を一度で濃縮液等に添加することが難しい場合は、二度~三度に分けて添加してもよいが、全ての添加が数分以内に行われることが好ましく、数十秒以内に行われることがより好ましく、数秒以内に行われることがさらに好ましい。
【0071】
濃縮液等へ有機溶媒を混合するときに、及び/又は混合の後に、得られた混合液を撹拌することが好ましく、激しく撹拌することがより好ましい。撹拌はアンセリンの結晶が認められる程度に実施すればよく、ガラス棒を用いた手動的及び撹拌装置を用いた機械的のいずれでもよいが、混合液において白い塊(アンセリンの結晶)が確認できる程度に実施することが好ましい。有機溶媒の添加及び撹拌をする際の温度は特に限定されず、常温で行えばよい。
【0072】
アンセリンの結晶が生じた溶液では、静置した状態でも、徐々にアンセリンの過飽和が解消され、結晶が成長することが認められる。そこで、有機溶媒を添加し、激しく撹拌することにより白い塊が発生した混合液を静置することが好ましい。静置時間は特に限定されないが、例えば、数分間~数十時間であり、好ましくは30分間~10時間であり、より好ましくは3時間~8時間である。
【0073】
静置後の溶液を再び激しく撹拌すると、アンセリンの結晶が凝集し、全体的に白っぽく、どろどろとした、薄いヨーグルト状のスラリーとなる。スラリーにおけるアンセリンの含有量は特に限定されないが、例えば、5質量%以上であることが好ましく、5質量%~20質量%であることがより好ましい。
【0074】
[ケーキ工程]
スラリーを、固液分離処理に供して、液体成分を除去することにより、湿潤した固形物であるケーキを得る。
【0075】
固液分離処理は、これまでに知られている固液分離手段を用いればよい。固液分離手段としては、例えば、ろ過、遠心分離、圧搾などが挙げられるが、特に限定されない。具体的には、スラリーを常温下でメンブレンフィルターを用いたろ過処理に供することにより、ケーキが得られる。
【0076】
[洗浄工程]
動物性エキスから得られた粗アンセリン水溶液を用いる場合、スラリー工程及びケーキ工程を経て得られたアンセリンの結晶にはクレアチニンが含まれる。このために、アンセリンの結晶において、アンセリンの純度が99%以上にならない場合がある。そこで、クレアチニンその他の夾雑成分を除去するために、ケーキを洗浄処理に供する。洗浄処理は、目的に応じて、第1の洗浄処理及び第2の洗浄処理の少なくとも二度行うことが好ましい。
【0077】
第1の洗浄処理ではクレアチニンが溶解する有機溶媒を用いる。ただし、高濃度の有機溶媒ではクレアチニンの溶解性は低下することから、含水有機溶媒を用いる。また、有機溶媒の濃度が低い場合は、アンセリンが溶解する可能性がある。そこで、第1の洗浄処理には、有機溶媒の濃度が85%以上、好ましくは85%~94%、より好ましくは約90%である含水有機溶媒を用いる。
【0078】
一方、第1の洗浄処理に供したケーキは、ケーキ表面にクレアチニンが残存して付着している可能性がある。そこで、第1の洗浄処理に供したケーキは、アンセリンの溶解性が低い濃度の含水有機溶媒を用いて第2の洗浄処理に供することが好ましい。第2の洗浄処理には、第1の洗浄処理よりも有機溶媒の濃度が高い含水有機溶媒を用いることが好ましく、95%~99.9%の含水有機溶媒が好ましく、98%~99%の含水有機溶媒がより好ましい。なお、含水有機溶媒に代えて有機溶媒そのものを用いてもよい。
【0079】
洗浄処理に使用する溶媒は、クレアチニンが溶解する溶媒であれば特に限定されないが、例えば、スラリー工程の説明で挙げられた有機溶媒などが挙げられ、水に溶解しているクレアチニンを溶解するために、水と混和する有機溶媒であることが好ましく、メタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトンであることが好ましく、一般的かつ取り扱いの安全性の観点から、エタノールであることがより好ましい。有機溶媒は、これらの1種単独であってもよく、2種以上の組み合わせでもよい。また、洗浄処理に使用する溶媒は、スラリー工程で使用する溶媒と同一であってもよく、異なっていてもよい。同様に、第1の洗浄処理に使用する溶媒は、第2の洗浄処理に使用する溶媒と同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0080】
洗浄処理は、ケーキと含水有機溶媒とが接触する方法であれば特に限定されない。例えば、ケーキ工程においてメンブレンフィルターを用いたろ過処理を採用した場合は、常温下で、メンブレンフィルター上に残ったケーキに、ケーキ 10gに対して50mL~200mLの85%~94%の含水有機溶媒を添加してろ過することにより第1の洗浄処理を実施し、次いでケーキに対して同量の95%~99.9%の含水有機溶媒を添加してろ過することにより第2の洗浄処理を実施することができる。
【0081】
上記のようにして、ケーキ工程で得たケーキを洗浄処理に供することにより、アンセリンの結晶が得られる。洗浄工程後のアンセリンの結晶を、乾燥処理及び粉砕処理などに供することにより、固体状のアンセリンの結晶が得られる。アンセリンの結晶におけるアンセリンの純度は99.8%以上であることが好ましく、99.9%以上であることがより好ましい。
【0082】
本発明の一態様の方法によって得られるアンセリンの結晶は、特性X線(CuKα線)を用いて得られる粉末X線回折パターンにおいて、回折角(2θ)が12.0°、12.3°、14.1°、18.1°、21.1°、22.9°、24.0°、24.2°、26.2°及び26.5°に回折ピークを示し、かつ示差熱分析による融点が240±2℃であることが好ましい。
【0083】
本発明の一態様の方法は、本発明の課題を解決し得る限り、上記した工程の前段若しくは後段又は工程途中に、種々の工程や操作を加入することができる。
【0084】
[本発明の方法の具体的態様]
以下に、アンセリンの結晶の製造方法の具体的態様を説明するが、本発明の方法は以下のものに限定されない。
【0085】
特許文献1の例5に記載の方法に準じて、サケ、ニワトリといった動物の部位を原料としてアンセリン含有液体製品を得る。次いで、アンセリン含有液体製品を、常温下、0.5RV~5RV、SV1~SV3にて、OH型に変換した強塩基性陰イオン交換樹脂を充填したカラムへ通液して、通過液としてイオン交換処理液を得る。
【0086】
次いでイオン交換処理液を、40℃~60℃にて、Brixが40%~80%になるまで減圧濃縮処理に供する。得られた濃縮液に、常温下、容積比でエタノール:濃縮液=99:1~70:30となるようにエタノールを瞬時に加え、得られる混合液を手動又は機械的に白い塊が発生するまで激しく撹拌する。撹拌後、混合液を、常温下、3時間~8時間静置し、次いで再度激しく撹拌することにより、スラリーが得られる。
【0087】
得られたスラリーを、常温下でメンブレンフィルターを用いたろ過処理に供することにより、ケーキを得る。次いで、フィルター上のケーキに対して、常温下にて、ケーキ 10gに対して50mL~200mLの85%~94%の含水エタノールを添加してろ過し、次いでケーキに対して同量の95%~99.9%の含水エタノールを添加してろ過することにより、ケーキを洗浄する。
【0088】
洗浄したケーキを、60℃~80℃にて常圧乾燥機を用いた常圧乾燥処理に供し、次いで粉砕処理に供し、さらに50℃~70℃にて減圧乾燥処理に供することにより、アンセリンの純度が99.8%以上、例えば、99.9%であるアンセリンの結晶が得られる。
【0089】
[本発明のその他の態様]
本発明の別の側面は、本発明の一態様の結晶を含む、食品用組成物である。本発明の別の側面は、本発明の一態様の結晶を含む、医薬用組成物である。本発明の別の側面は、本発明の一態様の結晶を含む、化粧品用組成物である。本発明の一態様の食品用組成物、医薬用組成物及び化粧品用組成物を総称して、本発明の一態様の組成物とよぶ。
【0090】
本発明の一態様の組成物は、その態様によって、経口的又は非経口的に適用され得る。非経口的な適用としては、皮内、皮下、静脈内、筋肉内投与などによる注射及び注入;経皮;鼻、咽頭などの粘膜からの吸入などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0091】
本発明の一態様の組成物を適用する生物個体は特に限定されず、例えば、動物、中でも哺乳類が挙げられ、哺乳類としてはヒト、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジなどが挙げられ、これらの中でもヒトであることが好ましい。適用個体は、健常な個体であってもよいが、疲労回復、血圧降下などのアンセリンが有する有効作用が望まれる個体であることが好ましい。
【0092】
本発明の一態様の組成物は、その態様に応じて、種々の他の成分を組んでもよい。他の成分としては、例えば、糖類、質味料、安定化剤、乳化剤、澱粉、澱粉加工物、澱粉分解物、調味料、着香料、着色料、酸味料、風味原料、栄養素、果汁、卵などの動植物性食材、賦形剤、増量剤、結合剤、増粘剤、香料、保存剤、緩衝剤、滑沢剤、油性成分、保湿剤、清涼剤、キレート剤、pH調整剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、紫外線散乱剤、美白剤、乳化剤、ビタミン類、その他各種薬効成分などの通常の食品、医薬品及び化粧品を製造する際に使用される添加物などを挙げることができる。他の成分の使用量は、本発明の課題の解決を妨げない限り特に限定されず、適宜設定され得る。
【0093】
本発明の一態様の組成物は、通常用いられる形態であれば特に限定されず、例えば、固形状、液状、ゲル状、懸濁液状、クリーム状、シート状、スティック状、粉状、粒状、顆粒状、錠状、棒状、板状、ブロック状、ペースト状、カプセル状、ゼリー状、カプレット状などの各形態を採り得る。
【0094】
本発明の一態様の組成物の製造方法は特に限定されないが、例えば、アンセリンの結晶とその他の成分とを混合すること、及び得られた混合物を所望の形態に成形することを含む方法などが挙げられる。
【0095】
本発明の一態様の組成物は、例えば、アンセリンを高純度で含有するものとして、アンセリンが有する抗疲労作用、抗酸化作用、血圧降下作用、抗炎症作用、尿酸値降下作用などの生理作用を期待した用途で使用され得る。
【0096】
本発明の一態様の組成物におけるアンセリンの結晶の含有量は特に限定されないが、例えば、組成物の全量に対し、アンセリンの結晶が乾燥質量として0.001質量%以上となるような量であることが好ましく、0.1質量%~99質量%となるような量であることがより好ましい。
【0097】
本発明の一態様の食品用組成物の具体的な形態としては、例えば、清涼飲料、炭酸飲料、果実飲料、野菜ジュース、乳酸菌飲料、乳飲料、豆乳、ミネラルウォーター、茶系飲料、コーヒー飲料、スポーツ飲料、アルコール飲料、ゼリー飲料などの飲料類;トマトピューレ、キノコ缶詰、乾燥野菜、漬物などの野菜加工品;乾燥果実、ジャム、フルーツピューレ、果実缶詰などの果実加工品;カレー粉、わさび、ショウガ、スパイスブレンド、シーズニング粉などの香辛料;パスタ、うどん、そば、ラーメン、マカロニなどの麺類(生麺、乾燥麺含む);食パン、菓子パン、調理パン、ドーナツなどのパン類;アルファー化米、オートミール、麩、バッター粉などの粉類製品;焼菓子、ビスケット、米菓子、キャンデー、チョコレート、チューイングガム、スナック菓子、冷菓、砂糖漬け菓子、和生菓子、洋生菓子、半生菓子、プリン、アイスクリームなどの菓子類;小豆、豆腐、納豆、きな粉、湯葉、煮豆、ピーナッツなどの豆類製品;蜂蜜、ローヤルゼリーなどの加工食品;ハム、ソーセージ、ベーコンなどの肉製品;ヨーグルト、プリン、練乳、チーズ、発酵乳、バター、アイスクリームなどの酪農製品;加工卵製品;干物、蒲鉾、ちくわ、魚肉ソーセージなどの加工魚;乾燥わかめ、昆布、佃煮などの加工海藻;タラコ、数の子、イクラ、からすみなどの加工魚卵;だしの素、醤油、酢、みりん、コンソメベース、中華ベース、濃縮出汁、ドレッシング、マヨネーズ、ケチャップ、味噌などの調味料;サラダ油、ゴマ油、リノール油、ジアシルグリセロール、べにばな油などの食用油脂;スープ(粉末、液体含む)、惣菜、レトルト食品、チルド食品、半調理食品(例えば、炊き込みご飯の素、カニ玉の素)などの調理済み食品などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0098】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の課題を解決し得る限り、本発明は種々の態様をとることができる。
【実施例
【0099】
[測定方法]
(1)アンセリン、クレアチニン及びカルノシン
アンセリンの含有量は、HPLCにより測定した。HPLCは、カラムとして「InertSustain C18(粒子径5μm、φ4.6mm×150mm)」(GLサイエンス社製)を用い、展開溶媒として10mMリン酸ナトリウム(pH6.5)添加の水を用い、HPLCとして「PU-2089」(日本分光社製;流速1.0mL/min、25℃、インジェクション容量5μL、検出波長210nm)を用いて、検量線法により測定した。なお、アンセリンの標準品としては、「L-アンセリン硝酸塩」(シグマアルドリッチ社製、純度99%)を用いて定量した。なお、L-アンセリン硝酸塩の分子量は303.27であり、L-アンセリン硝酸塩をHPLCに供すると、L-アンセリンのピークと硝酸イオンのピークとが分離する。そして、L-アンセリンのピーク面積を検量線法に用いた。また分子量は、L-アンセリンの240.26を用いて各アンセリンの定量値を算出した。同様に、標準品として「クレアチニン」(富士フィルム和光純薬社製、純度99%)及び「L-カルノシン」(シグマアルドリッチ社製、純度99%)を用いて、クレアチニン及びカルノシンを定量した。
【0100】
(2)固形分、水分
固形分及び水分は、溶液又は固形物を70℃にて減圧乾燥処理に供することにより、測定及び算出した。
【0101】
(3)pH、塩化物イオン
pHは、pHメーター「pH METER D-51」(堀場製作所社製)を用いて測定した。アンセリンの結晶のpHは、1.0%(w/w)水溶液に調製して測定した。塩化物イオンは、「電位差自動滴定装置」(三菱ケミカルアナリテック社製)を用いて測定した。
【0102】
(4)粉末X線回折
粉末X線回折は、以下の条件で実施した。
装置:「SmartLab」(株式会社リガク)
線源:CuKα線
温度:室温
フィルター:CuKβフィルター
X線出力:40kV、20mA
検出器:D/teX Ultra
スキャンモード:連続
スキャン速度:3°/min
ステップ幅:0.01°
スキャン軸:2θ/θ
測定範囲(2θ):10°~40°
入射スリット:2/3°
波長:1.5418Å
光学系:集中法
その他:標準試料ステージ(ガラス試料版)、Niフィルター使用
【0103】
(5)示差熱分析(TG-DTA)
示差熱分析は、以下の条件で実施した。
装置:「TG-DTA2000S」(マックサイエンス社製)
昇温速度:10℃/分
窒素流量:200mL/分
試料容器:アルミニウム製
リファレンス:空の試料容器
【0104】
(6)顕微鏡観察
顕微鏡観察は、顕微鏡「MP38T」(アズワン社製)、偏光フィルタ「CIRCULAR P.L MarkII」(マルミ光機社製)及び「偏光板」(アーテック社製)を用いて、倍率400にて実施した。
【0105】
(7)全窒素、全炭素
全窒素及び全炭素は、常法に従ってデュマ法により測定した。
【0106】
[例1.アンセリン含有液体製品の作製]
特許文献(特許第6765046号)の例5に記載の方法に準じて、白鮭を原料としてイミダゾールジペプチド10%含有液体製品を得た。
【0107】
得られたイミダゾールジペプチド10%含有液体製品(pH 7.0)は、Brixが17.3%であり、固形分が13.4%(w/w)であり、アンセリンが10.92質量%であり、カルノシンが0.024質量%であり、クレアチニンが0.40質量%であり、及び塩化物イオンが0.90質量%であった。また、該製品の乾燥質量あたりのアンセリンの量から、アンセリンの純度は81.5%であった。得られたイミダゾールジペプチド10%含有液体製品を、アンセリン含有液体製品とした。
【0108】
[例2.アンセリン結晶の作製]
(2-1)実施例
強塩基性陰イオン交換樹脂(「ダイヤイオンSA10A」、三菱ケミカル社製) 150mLをカラムに充填して、1M 水酸化ナトリウムを2RVで通液し、次いでRO水で水押しすることにより、カラム中の樹脂をOH型へ変換した。次いで、例1で得たアンセリン含有液体製品200g(アンセリン量 21.8g)を、常温でSV2.0にて、OH型樹脂充填カラムに通液するイオン交換処理に供した。
【0109】
カラムを通過した通過液(非吸着画分)の全量を回収し、これをイオン交換処理液(pH 8.83)とした。該イオン交換処理液 325.0gの固形分は5.34%(w/w)であったことから、該イオン交換処理液には、固形物 17.37g、アンセリン 15.21g、カルノシン 0.033g、及びクレアチニン 0.56gが含まれていることがわかった。固形物あたりのアンセリンの量から、アンセリン純度は87.6%であった。一方、このイオン交換処理液において、塩化物イオンは検出下限未満であった。
【0110】
得られたイオン交換処理液を、エバポレーターを用いて、55℃にてBrixが60%になるまで減圧濃縮処理に供した。
【0111】
次に、得られた濃縮液を、容積比でエタノール:濃縮液=80:20となるように、エタノールを常温で瞬時に加え、ガラス棒を用いて激しく撹拌するエタノール処理に供したところ、均一な薄白色の溶液が得られた。この溶液についてさらに撹拌を続けたところ、溶液中に白い塊(フロック)が発生した。常温で5時間静置後、再度激しく撹拌したところ、白色沈殿が生じた。このようにして得られた、白色沈殿を有するエタノール処理液は、全体的に薄いヨーグルトのような状態の溶液であった。
【0112】
なお、濃縮液にエタノールを瞬時に加えることにより、速やかなエタノールの分散が達成されたと考えられる。また、濃縮液を細かな液滴としてエタノール層へ分散させることにより、アンセリンの周囲の水和水が速やかに奪われて、アンセリンが析出したと推測される。
【0113】
得られた白色沈殿を有する溶液をろ紙でろ過することにより、ろ紙上にケーキ固形物を得た。得られたケーキ固形物に対して、90%含水エタノール 100mLを添加することにより、第1のケーキ洗浄処理を実施した。次いで、ろ紙上のケーキに対して99%エタノール 100mLを添加することにより、第2のケーキ洗浄処理を実施した。このようにして、ケーキ洗浄処理を繰り返すことにより、ケーキ中に含まれるクレアチニン溶解物を除去した。
【0114】
洗浄後のケーキを、70℃にて常圧乾燥機を用いて3時間乾燥した。得られた乾燥物を、乳鉢を用いて摩砕し、次いで得られた磨砕物を60℃にて4時間減圧乾燥したところ、アンセリン結晶を得た。得られたアンセリン結晶は、アンセリンの純度が99.9%の結晶であり、かつカルノシンの純度は0.13%であった。得られたアンセリン結晶を、アンセリン結晶Iとよんだ。
【0115】
各工程におけるアンセリン収率、純度は表1に記載のとおりであった。
【0116】
【表1】
【0117】
アンセリン結晶Iと同様にして、アンセリン結晶II、アンセリン結晶III及びアンセリン結晶IVを得た。
【0118】
(2-2)比較例
イオン交換処理液を減圧濃縮処理に供する際に、Brixが80%になるまで濃縮したところ、得られた濃縮物は粘度が高く、エタノールを加えた際にエタノール層における分散性が欠如し、結果としてペースト状の小さな塊ができたものの、結晶は得られなかった。これは濃縮率が大きいと、水和力が強くなり、エタノールによる脱水が抑制されることによると推測される。
【0119】
濃縮液をエタノール処理に供する際に、Brixが50%である濃縮液を、エタノール濃度が20:80の容積比になるようにエタノールを加えた場合、結晶生成量が顕著に減少し、回収率が著しく低下した。これは、アンセリンの水に対する溶解度が非常に高いことによって生じたと考えられる。
【0120】
特許文献(特許第6765046号)の例5に記載の方法に従って、溶出液をpH調製処理に供して得た溶液(以下、アンセリン中和溶出液とよぶ)を、イオン交換処理に供せずに減圧濃縮処理に供すると、得られる濃縮物は飴状のペーストとなり、乾固されなかった。また、減圧濃縮処理に代えてフリーズドライ処理を実施しても、同様に飴状のペーストとなり、乾固できなかった。これは、アンセリンの水和力が非常に高いことに起因すると推測される。
【0121】
アンセリン中和溶出液を、イオン交換処理に供せずに減圧濃縮処理に供し、次いでエタノール処理をした場合、得られる沈殿物はガム状のペーストとなり回収が非常に困難であった。回収した沈殿物を濃縮して乾固した場合、硬い塊となった。これは、濃縮物に塩化物イオンが夾雑すると、アンセリンが結晶にならずにガム状のものになることに起因すると推測される。
【0122】
ケーキ洗浄処理において、用いる含水エタノールのエタノール濃度が低い場合、ケーキが溶けて回収率が低下した。さらに、ケーキ洗浄が十分ではない場合、クレアチニンが夾雑物として存在して、高純度のアンセリン結晶が得られなかった。
【0123】
(2-3)参考例
L-カルノシン(シグマアルドリッチ社製)を水中で完全に溶解し、次いで得られた水溶液を減圧濃縮処理に供したところ、Brixが30%になった時点で沈殿が生じた。さらに減圧濃縮処理を続けたところ、乾固物が得られ、これを顕微鏡観察すると結晶を呈していた。このように、カルノシンの結晶は、カルノシン水溶液を減圧濃縮するだけで沈殿物として得られることがわかった。この結果は、特許文献2に記載とよく一致する。
【0124】
それに対して、アンセリンの結晶を水中で完全に溶解し、次いでこれを減圧濃縮処理に供したとしても、飴状のペーストが得られるのみであり、沈殿物として結晶は得られなかった。
【0125】
以上のことから、アンセリンは特許文献2に記載の方法では結晶化できないことがわかった。そして、カルノシンは、例2に記載の方法に依らずとも結晶化できることから、例2に記載の方法はアンセリンの結晶化に適した方法であることがわかった。
【0126】
[例3.アンセリン結晶の物性評価]
アンセリン結晶I~IVについて、粉末X線回折を測定した。図1に、アンセリン結晶IIIの粉末X線回折パターンを示す。また、アンセリン結晶I~IVに共通する特徴的なピークをまとめたものを表2に示す。なお、表2において、d間隔及び相対積分強度は、アンセリン結晶I~IVの平均値を用いた。
【0127】
【表2】
【0128】
アンセリン結晶I~IVは、粉末X線回折による回折角(2θ)として、表2に示すとおりに、12.0°、12.3°、14.1°、18.1°、21.1°、22.9°、24.0°、24.2°、26.2°及び26.5°に特徴的なピークを示した。
【0129】
また、市販のアンセリン標準品である「L-アンセリン硝酸塩」(富士フィルム和光純薬社製、純度98.8%)及び「L-カルノシン」(シグマアルドリッチ社製)について粉末X線回折を測定して得た回折パターンと、アンセリン結晶IIIの回折パターンとの比較をそれぞれ図2A及び図2Bに示す。これらの図に示すとおり、アンセリン結晶IIIは、市販のアンセリン及びカルノシンと相違する回折パターンを示した。
【0130】
アンセリン結晶I~IVについて、示差熱分析による融点測定を行った。図3に、アンセリン結晶IIIの示差熱分析データを示す。アンセリン結晶I~IVの融点は、示差熱分析の結果、240±2℃であった。
【0131】
アンセリン結晶IIについて顕微鏡観察した結果を図4に示す。また、アンセリン結晶IIについて固形分、水分、全窒素及び全炭素を測定した結果を表3に示す。
【0132】
【表3】
【0133】
図4に偏光顕微鏡写真を示す。この写真から例2で得られたアンセリン結晶は針状形の結晶であることがわかった。また、表3より、アンセリン結晶は、水分のほとんどない固形物であり、さらに全窒素及び全炭素の量から、塩の状態ではなく、フリー体であることがわかった。
【0134】
アンセリンの結晶のpHは8.30であった。これはアンセリンの等電点と一致した。
【0135】
[例4.アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの溶解度の評価]
アンセリン結晶II、L-カルノシン(シグマアルドリッチ社製)及びクレアチニン(富士フィルム和光純薬社製)を0%~99%含水エタノールに、25℃にて溶解しなくなるまで投入して飽和状態とし、各エタノール濃度における各結晶の溶解性を評価した。
【0136】
すなわち、アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの各結晶を、10%刻みに調製した0%~99%のエタノール 2mLを含む遠沈管に入れた。この遠沈管をタッチミキサーで撹拌しながら沈殿が溶解しなくなるまで結晶を投入し、エタノール中に分散させた。次いで、遠沈管を超音波恒温槽にて25℃で20分間の超音波処理を4回繰り返し、沈殿が有ることを確認した。沈殿が見当たらなくなった場合は、結晶を追加投入した。
【0137】
超音波処理後、沈殿を有する遠沈管を遠心分離処理(25℃、1,850Gで5分)に供し、得られた上清を0.45μmフィルター(PTFE)でろ過した。得られたろ液について、溶解しているアンセリン、カルノシン及びクレアチニンの含有量をHPLCにより定量した。
【0138】
アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの各結晶の溶解度の測定結果を図5に示す。図5に示すとおり、アンセリンは、カルノシン及びクレアチニンに比して、0%~70%のエタノール濃度の範囲では溶解度が大きいことが示された。この結果から、アンセリンは容易にはエタノール沈殿により回収できないこと、アンセリンを晶析するためには高濃度のエタノールが適していることがわかった。
【0139】
[例5.アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの有機溶媒に対する溶解度の評価]
アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの結晶を、50%含水エタノール、50%含水メタノール、50%含水アセトン及び50%含水2-プロパノールに、25℃にて、溶解しなくなるまで投入して飽和状態とし、有機溶媒への溶解度を評価した。
【0140】
0%~99%の含水エタノールに代えて、50%含水エタノール、50%含水メタノール、50%含水アセトン及び50%含水2-プロパノールを用いて行ったこと以外は、例4の方法と同様に溶解度を評価した。
【0141】
アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの各結晶の溶解度の測定結果を図6に示す。図6に示すとおり、アンセリンの結晶は、カルノシン及びクレアチニンの結晶に比して、いずれの有機溶媒でも溶解度が大きかった。したがって、アンセリン結晶の沈殿回収には、高濃度の有機溶媒が適していることがわかった。
【0142】
[例6.アンセリンの結晶の溶解性におけるpHの影響の評価]
アンセリン結晶を、塩酸及び水酸化ナトリウムを用いてpH調整した50%含水エタノールに、25℃にて、溶解しなくなるまで投入して飽和状態とし、各pHでの溶解度を評価した。
【0143】
アンセリンの結晶を、pHが7.57、7.83、8.26、8.90及び9.25になるように調整した50%含水エタノールを用いたこと以外は、例4と同様に溶解度を評価した。なお、0.45μmフィルター(PTFE)でろ過したろ液については、さらに1%の溶液になるように調製し、pH測定を行った。
【0144】
アンセリン、カルノシン及びクレアチニンの各結晶の溶解度の測定結果を図7に示す。図7に示すとおり、アンセリンの等電点(pH8.3)で溶解度が低くなるものの、pH7.6~9.3の範囲では50%含水エタノールへの溶解度に大きな差異は見られなかったことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0145】
本発明は、飲食品、医薬品、化粧品、医薬部外品などの分野で有用であり、特に抗疲労用組成物、抗酸化用組成物、血圧降下用組成物、抗炎症作用用組成物、尿酸値降下用組成物の有効成分として利用できるアンセリンの結晶を工業的に製造できる点で有用である。


【要約】
【課題】
本発明の目的は、高純度のアンセリンの結晶及びその製造方法を提供することにある。
【解決手段】
上記目的は、特性X線(CuKα線)を用いて得られる粉末X線回折パターンにおいて、回折角(2θ)が12.0°、12.3°、14.1°、18.1°、21.1°、22.9°、24.0°、24.2°、26.2°及び26.5°に回折ピークを示す、アンセリンの結晶;示差熱分析による融点が240±2℃である、アンセリンの結晶などにより解決される。
【選択図】図1
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7