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特許7139513ストラドルドビークルエンジンユニット、及びストラドルドビークル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-09
(45)【発行日】2022-09-20
(54)【発明の名称】ストラドルドビークルエンジンユニット、及びストラドルドビークル
(51)【国際特許分類】
   F02D 45/00 20060101AFI20220912BHJP
【FI】
F02D45/00 368Z
F02D45/00 362
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021504854
(86)(22)【出願日】2020-02-17
(86)【国際出願番号】 JP2020006042
(87)【国際公開番号】W WO2020184072
(87)【国際公開日】2020-09-17
【審査請求日】2021-09-10
(31)【優先権主張番号】P 2019045538
(32)【優先日】2019-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110001531
【氏名又は名称】特許業務法人タス・マイスター
(72)【発明者】
【氏名】堀田 実
(72)【発明者】
【氏名】野々垣 芳彦
(72)【発明者】
【氏名】岩本 一輝
(72)【発明者】
【氏名】木下 久寿
(72)【発明者】
【氏名】河島 信行
【審査官】櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-293501(JP,A)
【文献】特開平08-144838(JP,A)
【文献】特開平06-207551(JP,A)
【文献】特開2006-152971(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/066358(US,A1)
【文献】特開2007-198304(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の気筒と、クランク軸と、前記クランク軸の回転に応じてクランク角信号を周期的に出力するクランク角信号出力器とを有する内燃機関と、
前記クランク角信号出力器の信号に基づいて、前記クランク軸の回転速度の変動量に関する物理量をクランク軸回転速度変動物理量として取得するクランク軸回転速度変動物理量取得器と、前記クランク軸回転速度変動物理量取得器で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量に基づいて前記内燃機関の失火状態を判定する失火判定器とを有する失火検出装置と
を備え、鞍乗型車両に設けられる鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記内燃機関は、前記内燃機関の動作中におけるクランク軸回転速度及び負荷が重複動作領域を含む領域に位置するように構成され、前記重複動作領域は、正常時と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布の一部が互いに重なる領域であり、
前記失火判定器は、
前記内燃機関の動作中におけるクランク軸回転速度及び負荷が少なくとも前記重複動作領域に位置している場合に、前記クランク軸回転速度変動物理量取得器で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量が、前記正常時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量と前記失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量との間で設定された物理量判定基準よりも大きいか否かを判定する第1判定器と、
前記クランク軸回転速度変動物理量取得器で取得されたクランク軸回転速度変動物理量の少なくとも一部の物理量に対し、前記少なくとも一部の物理量と前記少なくとも一部の物理量の少なくとも前又は後で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量との間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲に該当するか否かを判定する第2判定器と、
前記第1判定器の判定結果及び前記第2判定器の判定結果に基づき失火判定を有効とするか否かを判定する第3判定器とを備える。
【請求項2】
請求項1記載の鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記第2判定器は、前記第1判定器で前記物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量を前記少なくとも一部の物理量とし、前記少なくとも一部の物理量と前記少なくとも一部の物理量の少なくとも前又は後で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量との間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲に含まれるか否かを判定する。
【請求項3】
請求項2記載の鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記第3判定器は、前記第1判定器で前記物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に対する、前記第2判定器で前記失火パターン範囲に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に基づいて失火判定を有効とするか否かを判定する。
【請求項4】
請求項1記載の鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記第3判定器は、前記重複動作領域として、前記内燃機関で出力可能なクランク軸回転速度の範囲を等分した3つの領域のうち最も小さいクランク軸回転速度を含む低回転速度領域で、且つ、前記内燃機関で出力可能な負荷の範囲を等分した3つの領域のうち最も小さい負荷を含む低負荷・低回転速度領域において前記内燃機関が動作している場合に、前記第1判定器の判定結果と前記第2判定器の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定する。
【請求項5】
請求項1記載の鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記内燃機関は、正常時と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布が間隔を開けて分離するような分離動作領域を含む領域で動作するように構成され、
前記物理量判定基準は、前記間隔の範囲内に設定される。
【請求項6】
請求項1記載の鞍乗型車両エンジンユニットと、
鞍乗型車両エンジンユニットで駆動される駆動輪と、
を備えた鞍乗型車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鞍乗型車両エンジンユニット、及び鞍乗型車両に関する。
【背景技術】
【0002】
鞍乗型車両エンジンユニットは、内燃機関及び各種装置を備え、鞍乗型車両に搭載される。例えば、特許文献1には、自動二輪車に搭載されるエンジンの失火を判定する失火判定装置が示されている。失火判定装置の判定対象であるエンジンは、複数気筒を有する。
【0003】
特許文献1の失火判定装置によれば、クランク軸の回転速度を示す物理量の変化を検出することによって、複数気筒を有するエンジンの失火の有無を判断することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-70255号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
複数気筒を有し鞍乗型車両に搭載される鞍乗型車両エンジンユニットの内燃機関では、内燃機関の動作状態によっては、高い精度で失火を判別できない場合があった。
本発明の目的は、複数気筒を有し鞍乗型車両に搭載される内燃機関の失火を内燃機関の広い動作範囲において高い精度で検出することができる鞍乗型車両エンジンユニットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、複数気筒を有し鞍乗型車両に搭載される内燃機関の失火を、広い動作範囲において高い精度で検出するための検討を行った。その結果、本発明者らは、次の知見を得た。
【0007】
複数気筒を有し鞍乗型車両に搭載される内燃機関は、例えば四輪車に搭載される内燃機関と比べて高い回転速度で動作することが求められている。このため、通常、鞍乗型車両エンジンユニットの内燃機関は、例えば四輪車に搭載される内燃機関と比べて小さい慣性モーメントを有するように構成されている。従って、例えば低回転速度領域での回転速度が正常時でも変化しやすい。また例えば低負荷領域では、クランク軸を駆動する力が弱いため、正常時における回転速度がさらに変化しやすい。これに対し、鞍乗型車両に搭載される内燃機関のうち複数気筒を有する内燃機関の失火時における回転速度の変動の量は、例えば単気筒内燃機関における変動の量と比べて小さい。
つまり、内燃機関の慣性モーメントが小さい場合、低負荷・低回転速度領域では、正常時のクランク軸回転速度の変動量の分布が広がりやすい。このため、正常時と失火時のクランク軸回転速度の変動量の分布において隣り合う裾(tail)に重なりが生じやすい。従って、失火時の回転速度の変化との差を判定し難い。
【0008】
また、複数気筒を有し鞍乗型車両に搭載される内燃機関は、例えば四輪車に搭載される内燃機関と比べ高い回転速度での動作に対応するため、排気バルブ及び吸気バルブが例えば四輪車に搭載される内燃機関と比べてより長い期間開く。従って、排気バルブ及び吸気バルブが同時に開くバルブオーバーラップの期間が長い。このため、排気通路内の排ガスが、吸気の負圧によって燃焼室内に戻るように引き込まれやすい。つまり、内部残留ガスの混合が生じやすい。特に低負荷・低回転速度領域ではスロットルバルブの開度が小さいため、排ガスを燃焼室内に引き込む吸気の負圧(絶対値)が大きい。燃焼室に含まれる排ガスが多いと、燃焼室におけるガスの燃焼速度が低い。このため、鞍乗型車両に搭載される内燃機関で、低負荷・低回転速度領域での燃焼期間が長い。燃焼期間が長い分、燃焼期間のばらつきも大きい。このため、例えば低負荷・低回転速度領域での回転速度が正常時でも変化しやすい。
鞍乗型車両エンジンユニットの内燃機関では、低負荷・低回転速度領域で正常時のクランク軸回転速度の変動量の分布が広がりやすい。このため、正常時と失火時のクランク軸回転速度の変動量の分布において隣り合う裾に重なりが生じやすい。
【0009】
このように、複数気筒を有し鞍乗型車両に搭載される鞍乗型車両エンジンユニットの内燃機関が動作する領域には、正常時と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布の一部が互いに重なるような領域が生じやすい。正常時と失火時の分布において隣り合う裾に重なりが生じると、失火時における回転速度の変化を判定し難い。
【0010】
さらに、このような内燃機関を搭載した車両で悪路を走行すると、路面の凹凸によりクランク軸回転速度が不安定になりやすい。これは、車輪と路面との接地状態が一定とならず、車両が路面から離れたり強く接地したりして、内燃機関に掛る負荷が変動するためである。この結果、失火が発生していないにも関わらず、クランク軸回転速度の変動量の分布が更に広がりやすい。このため、悪路走行かつ正常時と失火時とのクランク軸回転速度の変動量の分布が大きく重なりやすい。これにより、重なった領域のデータが、悪路走行かつ正常時のデータであるのか、失火時のデータであるのかが判別困難となる。そのため、低回転速度領域の失火検出の精度が低下する。
【0011】
本発明者らは、仮に、悪路走行かつ正常時と失火時のクランク軸回転速度の変動量の分布が重なっても、その変動量から正常時の変動をピックアップする方法を検討した。
検討する中で、本発明者らは、正常時のクランク軸回転速度の変動量の分布が広がることによって正常時と失火時とのクランク軸回転速度の変動量の分布が重なった場合に、正常時の検出とは異なる方法が適用できることに気づいた。
その方法は、変動量の分布が重なった部分の変動について、まず、順次取得されるクランク軸回転速度の変動パターンを判定することである。例えばランダムに生じる悪路走行の変動と異なり、失火は、内燃機関における特定のサイクル即ち燃焼サイクルに特有の現象である。また、失火による変動量は、内燃機関の燃焼の特性に依存する。このため、クランク軸回転速度の変動が失火に起因することの判定は、変動が例えば悪路走行に起因することを判定するよりも高い精度で実施することができる。
【0012】
本発明者らは、動作条件又は悪路走行によって正常時のクランク軸回転速度の変動量の分布が広がる可能性がある状況で、動作条件又は悪路走行による変動であるか否かを判定するのではなく、失火による変動であるか否かを判定することで失火検出の精度を向上できることを見出した。このことはクランク軸回転速度の変動量だけでなく、クランク軸回転速度の変動量に関する物理量を用いる方法に広く適用され得る。
【0013】
以上の目的を達成するために、本発明の一つの観点によれば、鞍乗型車両用駆動系異常判定装置は、次の構成を備える。
【0014】
(1) 複数の気筒と、クランク軸と、前記クランク軸の回転に応じてクランク角信号を周期的に出力するクランク角信号出力器とを有する内燃機関と、
前記クランク角信号出力器の信号に基づいて、前記クランク軸の回転速度の変動量に関する物理量をクランク軸回転速度変動物理量として取得するクランク軸回転速度変動物理量取得器と、前記クランク軸回転速度変動物理量取得器で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量に基づいて前記内燃機関の失火状態を判定する失火判定器とを有する失火検出装置と
を備え、鞍乗型車両に設けられる鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記内燃機関は、前記内燃機関の動作中におけるクランク軸回転速度及び負荷が重複動作領域を含む領域に位置するように構成され、前記重複動作領域は、正常時と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布の一部が互いに重なる領域であり、
前記失火判定器は、
前記内燃機関の動作中におけるクランク軸回転速度及び負荷が少なくとも前記重複動作領域に位置している場合に、前記クランク軸回転速度変動物理量取得器で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量が、前記正常時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量と前記失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量との間で設定された物理量判定基準よりも大きいか否かを判定する第1判定器と、
前記クランク軸回転速度変動物理量取得器で取得されたクランク軸回転速度変動物理量の少なくとも一部の物理量に対し、前記少なくとも一部の物理量と前記少なくとも一部の物理量の少なくとも前又は後で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量との間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲に該当するか否かを判定する第2判定器と、
前記第1判定器の判定結果及び前記第2判定器の判定結果に基づき失火判定を有効とするか否かを判定する第3判定器とを備える。
【0015】
上記構成によれば、鞍乗型車両エンジンユニットは鞍乗型車両に設けられる。鞍乗型車両エンジンユニットは、内燃機関と、クランク軸回転速度変動物理量取得器と、失火検出装置とを備える。内燃機関は複数の気筒を有する。クランク軸回転速度変動物理量取得器は、クランク軸の回転速度の変動量に関する物理量を取得する。上記構成の内燃機関は、鞍乗型車両に設けられる内燃機関である。内燃機関は、正常時と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布の一部が互いに重なるような重複動作領域を含む領域で動作するように構成されている。
失火検出装置は、クランク軸回転速度変動物理量に基づいて複数の気筒を有する内燃機関の失火状態を判定する。失火検出装置は、第1判定器と、第2判定器と、第3判定器とを備える。
第1判定器は、少なくとも重複動作領域で動作している場合に、取得されたクランク軸回転速度変動物理量が物理量判定基準よりも大きいか否かを判定する。物理量判定基準は、正常時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量との間で設定される。このため、第1判定器において、クランク軸回転速度変動物理量の大きさを用いある精度で失火を判定することができる。ただし、複数の気筒を有する内燃機関について、物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量に、正常時のクランク軸回転速度変動物理量の数が混在している可能性がある。鞍乗型車両の悪路走行状態では、失火時でない場合に物理量判定基準よりも大きいと判定されるクランク軸回転速度変動物理量の数が増大する場合がある。
第2判定器は、前記クランク軸回転速度変動物理量取得器で取得されたクランク軸回転速度変動物理量の少なくとも一部の物理量に対し判定を行う。第2判定器は、少なくとも一部の物理量と前記少なくとも一部の物理量の少なくとも前又は後で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量との間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲に該当するか否かを判定する。
第3判定器は、前記第1判定器の判定結果及び前記第2判定器の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定する。
【0016】
失火状態でない場合でも、動作条件又は悪路走行によって正常時のクランク軸回転速度の変動物理量の分布が広がる可能性がある。このとき、第1判定器で、物理量判定基準よりも大きいと判定されるクランク軸回転速度変動物理量の数が増大する場合がある。この場合、第1判定器で物理量判定基準よりも大きいと判定されるクランク軸回転速度変動物理量には、実際には、失火によらないクランク軸回転速度変動物理量も含まれている。
上記構成によれば、第2判定器で、第1判定器での判定と異なる基準による判定が実施される。例えば、第2判定器の判定結果が第1判定器の判定結果に対し大きく異なる場合、第1判定器の判定結果は、本来失火を判定することができない状況を示している可能性が高い。第3判定器で、前記第1判定器の判定結果と前記第2判定器の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かが判定される。このため、高い精度で複数の気筒を有する内燃機関の失火を検出することができる。
【0017】
本発明の一つの観点によれば、鞍乗型車両エンジンユニットは、以下の構成を採用できる。
【0018】
(2) (1)の鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記第2判定器は、前記第1判定器で前記物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量を前記少なくとも一部の物理量とし、前記少なくとも一部の物理量と前記少なくとも一部の物理量の少なくとも前又は後で取得された前記クランク軸回転速度変動物理量との間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲に含まれるか否かを判定する。
【0019】
上記構成によれば、第1判定器での判定結果を用いて、失火よるクランク軸回転速度変動物理量がより高い精度で選別される。つまり、第2判定器での判定によって、第1判定器での判定の精度が判定される。第1判定器での判定の精度が低い場合は、本来失火を判定することができない状況を示している可能性が高い。第3判定器で、前記第1判定器の判定の精度に基づき、失火判定を有効とするか否かが判定される。このため、より高い精度で失火を検出することができる。
【0020】
本発明の一つの観点によれば、鞍乗型車両エンジンユニットは、以下の構成を採用できる。
【0021】
(3) (2)の鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記第3判定器は、前記第1判定器で前記物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に対する、前記第2判定器で前記失火パターン範囲に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に基づいて失火判定を有効とするか否かを判定する。
【0022】
上記構成によれば、第1判定器での頻度と、第2判定器での頻度とによって、第1判定器での判定の精度が判定される。例えば、第1判定器で物理量判定基準よりも大きいと判定される頻度に対し、第2判定器で設定された失火パターン範囲に該当しないと判定される物理量の頻度が小さい場合は、本来失火を判定することができない状況を示している可能性が高い。上記構成によれば、例えば、鞍乗型車両の悪路走行のように、クランク軸回転速度変動物理量によって失火を判定し難い状態で、失火であると誤判定する事態が抑えられる。
従って、複数気筒を有し鞍乗型車両に搭載される内燃機関の失火を内燃機関の広い動作範囲で高い精度で検出することができる。
【0023】
本発明の一つの観点によれば、鞍乗型車両エンジンユニットは、以下の構成を採用できる。
【0024】
(4) (1)の鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記第3判定器は、前記重複動作領域として、前記内燃機関で出力可能なクランク軸回転速度の範囲を等分した3つの領域のうち最も小さいクランク軸回転速度を含む低回転速度領域で、且つ、前記内燃機関で出力可能な負荷の範囲を等分した3つの領域のうち最も小さい負荷を含む低負荷・低回転速度領域において前記内燃機関が動作している場合に、前記第1判定器の判定結果と前記第2判定器の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定する。
【0025】
鞍乗型車両エンジンユニットの内燃機関では、低負荷・低回転速度領域での正常時と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布において隣り合う裾に重なりが生じやすい。上記構成によれば、第3判定器は、少なくとも、低負荷・低回転速度領域で、第2判定器での判定結果に基づいて判定を行う。このため、クランク軸回転速度変動物理量の分布において隣り合う裾に重なりが生じやすい領域も含め、失火を高い精度で検出することができる。
【0026】
本発明の一つの観点によれば、鞍乗型車両エンジンユニットは、以下の構成を採用できる。
【0027】
(5) (1)の鞍乗型車両エンジンユニットであって、
前記内燃機関は、正常時と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布が間隔を開けて分離するような分離動作領域を含む領域で動作するように構成され、
前記物理量判定基準は、前記間隔の範囲内に設定される。
【0028】
上記構成によれば、内燃機関が重複動作領域で動作している場合でも、取得されたクランク軸回転速度変動物理量が第1判定器における物理量判定基準よりも大きいと判定される頻度を抑制することができる。この結果、第2判定器で判定を行う対象から、明らかに失火に起因しないクランク軸回転速度変動物理量を除外することができる。このため、第2判定器及び第3判定器による判定の精度が向上する。
【0029】
本発明の一つの観点によれば、鞍乗型車両は、以下の構成を採用できる。
【0030】
(6) (1)の鞍乗型車両エンジンユニットと、
鞍乗型車両エンジンユニットで駆動される駆動輪と、
を備えた鞍乗型車両。
【0031】
上記構成によれば、鞍乗型車両に搭載される内燃機関の失火を広い動作範囲において高い精度で検出することができる。
【0032】
本明細書にて使用される専門用語は特定の実施例のみを定義する目的であって発明を制限する意図を有しない。
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本発明の説明においては、複数の技術および工程が開示されていると理解される。
これらの各々は個別の利益を有し、それぞれは、他の開示された技術の1つ以上、または、場合によっては全てと共に使用することもできる。
したがって、明確にするために、この説明は、不要に個々のステップの可能な組み合わせをすべて繰り返すことを控える。
それにもかかわらず、明細書および特許請求の範囲は、そのような組み合わせがすべて本発明および請求項の範囲内にあることを理解して読まれるべきである。
本明細書では、新しい鞍乗型車両エンジンユニットについて説明する。
以下の説明では、説明の目的で、本発明の完全な理解を提供するために多数の具体的な詳細を述べる。
しかしながら、当業者には、これらの特定の詳細なしに本発明を実施できることが明らかである。
本開示は、本発明の例示として考慮されるべきであり、本発明を以下の図面または説明によって示される特定の実施形態に限定することを意図するものではない。
【0033】
鞍乗型車両エンジンユニットは、内燃機関及び失火検出装置を備え、鞍乗型車両に設けられる。失火検出装置は、例えば、後述するようなECUであってもよく、ECUとは別に車両に設けられる制御装置であってもよい。失火検出装置は、例えば、少なくとも内燃機関と通信可能である。失火検出装置は、例えば、内燃機関が備えるセンサ等から出力される信号を受信し、内燃機関が備える各種機器・装置等へ制御信号を送信可能であるように構成されている。失火検出装置は、更に、例えば、車両が備えるセンサ等から出力される信号を受信し、車両が備える各種機器・装置等へ制御信号を送信可能であるように構成されてもよい。鞍乗型車両エンジンユニットは、必ずしも、内燃機関と失火検出装置とが物理的にユニット化されていることを意味しない。従って、鞍乗型車両エンジンユニットにおいて、内燃機関と失火検出装置とは、物理的に一体として構成されていてもよく、物理的に一体として構成されていなくてもよい。
【0034】
鞍乗型車両は、鞍乗型車両エンジンユニットに加え、例えば、車輪を有する。車輪には、内燃機関から出力される動力を受けて回転する駆動輪が含まれる。車輪の数は、特に限定されない。鞍乗型車両とは、運転者がサドルに跨って着座する形式の車両をいう。鞍乗型車両としては、例えば、自動二輪車、自動三輪車、ATV(All-Terrain Vehicle)が挙げられる。
鞍乗型車両の駆動輪は、例えば後輪である。駆動輪はこれに限られず、例えば前輪であってもよい。
【0035】
内燃機関としては、特に限定されず、例えば、4ストロークエンジンが挙げられる。また、内燃機関は、ガソリンエンジンであってもよく、ディーゼルエンジンであってもよい。気筒数は、特に限定されない。内燃機関としては、例えば、4気筒、6気筒、8気筒等、種々の数の気筒を有する内燃機関が挙げられる。内燃機関は、単気筒、2気筒又は3気筒を有する内燃機関であってもよい。多気筒の内燃機関は、等間隔燃焼型であってもよく、不等間隔燃焼型であってもよい。
【0036】
低負荷・低回転速度領域の各々に対応する負荷は、具体的には、特に限定されない。負荷は、車両及び/又は内燃機関の仕様によって異なり、負荷の検出方法によっても異なる。負荷の具体的な数値については、特に限定されない。高負荷は、例えば、車両の加速時、登坂時又は内燃機関の高速回転を維持するように車両が高速で走行する時に生じる負荷に相当する。低負荷は、例えば、車両の定常走行時、減速時又は降坂時に生じる負荷に相当する。高負荷と中負荷と低負荷とは、互いの相対的な関係により特定され得る。内燃機関は、例えば、内燃機関の負荷を検出するための負荷検出器を備えてもよい。負荷検出器としては、特に限定されず、例えば、吸気管圧力センサ、筒内圧センサ等、従来公知の検出器が採用され得る。失火検出装置は、例えば、負荷検出器の信号に基づいて、内燃機関の負荷に関する情報を取得する負荷関連情報取得器を備えてもよい。失火検出装置は、負荷検出器の信号又は負荷関連情報取得器により得られる情報に依らずに、悪路走行判定器の判定結果に基づく内燃機関の失火判定の中止を実行してもよい。
【0037】
クランク角信号出力器は、特に限定されず、従来公知の機器が採用され得る。クランク角信号出力器としては、例えば、レゾルバ、ホールIC、電磁誘導型センサ等が挙げられる。クランク角信号出力器は、例えば、所定の検出角度を空けてクランク軸に配置された被検出部の通過を表すクランク角信号を出力する。クランク角信号出力器は、クランク軸の回転に対し、クランク角信号を周期的に出力する。但し、クランク角信号出力器は、例えばクランク軸が一定速度回転で回転する場合に、常に一定の周期でクランク角信号を出力するものに限られない。例えば、被検出部の一部は、残りの被検出部と異なる間隔で配置されていてもよい。この結果、クランク角信号出力器は、例えば、一部のクランク軸回転角度領域で、他の領域とは異なる周期で信号を出力してもよい。
【0038】
失火検出装置のハードウェア構成は、特に限定されない。失火検出装置は、中央処理装置と、記憶装置とを有するコンピュータにより構成されていてもよい。失火検出装置の一部または全部が、電子回路であるワイヤードロジックによって構成されていてもよい。失火検出装置は、全体として物理的に一体として構成されていてもよく、物理的に別個の複数の装置の組合せにより構成されていてもよい。
【0039】
クランク軸回転速度変動物理量は、クランク軸の回転速度の変動量に関する物理量である。クランク軸回転速度変動物理量は、クランク軸の回転速度の変動が反映される値であり、正常時と失火時とで異なる値になる。クランク軸の回転速度は、クランク角信号出力器から周期的に順次出力されるクランク角信号の1つの時間間隔に基づいて取得される瞬時回転速度であってもよく、所定クランク角度(例えば180CAD、360CAD)の区間における平均回転速度(移動平均回転速度)であってもよい。クランク軸回転速度変動物理量は、例えば、第1のクランク角度の区間に対応する回転速度(瞬時回転速度又は平均回転速度)と、第2のクランク角度の区間に対応する回転速度(瞬時回転速度又は平均回転速度)との差分値であってもよい。この場合、第1のクランク角度の区間は、例えば、失火検出対象の気筒の圧縮上死点から、内燃機関において次に到来する圧縮上死点までの区間と少なくとも部分的に重複するように設定される。一方、第2のクランク角度の区間は、例えば、当該圧縮上死点の前に設定される。当該圧縮上死点で失火が生じた場合、第1のクランク角度の区間に対応するクランク軸の回転速度は減少するが、第2のクランク角度の区間に対応するクランク軸の回転速度は、当該失火による影響を受けない。従って、差分値を取得することにより、正常時と失火時との違いが反映されたクランク軸回転速度変動物理量が得られる。各区間に対応する回転速度は、必ずしも、そのまま差分値の取得に用いられる必要はない。各区間に対する回転速度の各々に対して演算乃至補正の処理が行われ、処理後の各回転速度に基づいて差分値が取得されてもよい。クランク軸回転速度変動物理量は、等爆エンジンに係るクランク軸回転速度変動物理量であってもよく、不等爆エンジンに係るクランク軸回転速度変動物理量であってもよい。クランク軸回転速度変動物理量は、例えば、クランク軸から車輪までの動力伝達経路における回転体(例えば、ギア、軸等)の回転速度であってもよい。
【0040】
第2判定器は、例えば、あるタイミングで取得された物理量とその後で取得された物理量との間の変動パターンを判定する。第2判定器はこれに限られず、例えば、あるタイミングで取得された物理量とその前で取得された物理量との間の変動パターンを判定してもよい。また、第2判定器は、例えば、あるタイミングで取得された物理量と、その前で取得された物理量と、その後で取得された物理量との間の変動パターンを判定してもよい。ここで、前で取得された物理量は、前の複数のタイミングで取得された複数の物理量でもよい。また、後で取得された物理量は、後の複数のタイミングで取得された複数の物理量でもよい。
変動のパターンは、複数のタイミングで順次取得される物理量の変動の類型である。失火パターン範囲は、例えば、複数のタイミングで得られる複数の物理量のそれぞれについて設定される値の範囲の組合せである。変動のパターンが設定された失火パターン範囲に該当するか否かは、例えば、順次取得される複数物理量の各々が失火パターン範囲で設定された各々の値の範囲に該当するか否かによって判定される。失火パターン範囲は、これに限られず、例えば、あるタイミングで取得された物理量に対し、後に取得される物理量が増加しているか又は減少しているかの状態であってもよい。
【0041】
第2判定器は、第1判定器で物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量及びその前/後の物理量を判定の対象としてもよい。第2判定器は、これに限られず、例えば、すべての物理量及びその前/後の物理量を判定の対象としてもよい。
【0042】
第3判定器は、第1判定器で物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に対する、第2判定器で失火パターン範囲に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に基づいて失火判定を有効とするか否かを判定する。第3判定器は、これに限られず、例えば、取得されたすべてのクランク軸回転速度変動物理量の頻度に対する、第2判定器で失火パターン範囲に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に基づいて判定してもよい。
第3判定器は、低負荷・低回転速度領域において内燃機関が動作している場合に、第1判定器の判定結果と第2判定器の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定する。第3判定器は、低負荷・低回転速度領域以外の領域において内燃機関が動作している場合に、第1判定器の判定結果と第2判定器の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定してもよい。
失火判定は、第1判定器で物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に基づく判定である。この場合、例えば、失火判定が有効であれば、第1判定器で物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度を失火の頻度とする。ただし、失火判定は、これに限られず、さらに、第1判定器で物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量のうち、第2判定器で失火パターン範囲に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に基づく判定であってもよい。この場合、失火判定が有効であれば、例えば、第1判定器で物理量判定基準よりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量のうち第2判定器で失火パターン範囲に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度を失火の頻度とする。また、第2判定器の判定が、第1判定器の判定とは独立の場合、失火判定は、第2判定器で失火パターン範囲に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に基づく判定でもよい。
【発明の効果】
【0043】
本発明によれば、複数気筒を有し鞍乗型車両に搭載される内燃機関の失火を内燃機関の広い動作範囲で高い精度で検出することができる鞍乗型車両エンジンユニットを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
図1】本発明の第一実施形態に係る鞍乗型車両エンジンユニットの概略及び回転速度変動物理量の分布を説明する図である。
図2図1に示す鞍乗型車両エンジンユニットを備えた鞍乗型車両を示す外観図である。
図3図1に示す失火検出装置、及びその周辺の装置の構成を模式的に示す構成図である。
図4】クランク軸の回転速度の例を示すチャートである。
図5】回転速度変動物理量の分布を説明する図である。
図6】エンジンに関する回転速度変動物理量の分布を示す説明図である。
図7】回転速度変動物理量の変動パターンの一例を示すチャートである。
図8】悪路走行状態と失火時における回転速度変動物理量の分布の内訳を示す図である。
図9図1に示す失火検出装置の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0046】
図1は、本発明の第一実施形態に係る鞍乗型車両エンジンユニットの概略及び回転速度変動物理量の分布を説明する図である。図1のパート(b)は、エンジンに関する回転速度変動物理量の分布を示す。図1のパート(c)は、悪路走行状態における回転速度変動物理量の分布E1を示す。図1のパート(d)は、失火時における回転速度変動物理量の分布E2を示す。
【0047】
鞍乗型車両エンジンユニットEUは、エンジン20と、失火検出装置10とを備えている。鞍乗型車両エンジンユニットは、鞍乗型車両50(図2参照)に設けられる。つまり、エンジン20は、鞍乗型車両50に設けられる。
エンジン20は、内燃機関である。エンジン20は、クランク軸21と、クランク角信号出力器27(以降、角信号出力器27とも称する)とを有する。エンジン20の動力は、クランク軸21から出力される。角信号出力器27は、クランク軸21の回転に応じてクランク角信号を周期的に出力する。
【0048】
失火検出装置10は、エンジン20の失火を検出する。また、失火検出装置10は、鞍乗型車両50が悪路を走行しているか否かを検出する悪路検出装置として機能する。また、失火検出装置10は、エンジン20の制御を行う。
失火検出装置10は、クランク軸回転速度変動物理量取得部11(以降、変動物理量取得部11とも称する。)、及び失火判定部12を有する。失火判定部12は、第1判定部13、第2判定部14、及び第3判定部15を備える。失火検出装置10は、更に、報知信号送信部16と、燃焼制御部17とを備える。
【0049】
変動物理量取得部11は、クランク軸回転速度変動物理量取得器の一例である。失火判定部12は、失火判定器の一例である。第1判定部13は、第1判定器の一例である。第2判定部14は、第2判定器の一例である。第3判定部15は、第3判定器の一例である。
【0050】
変動物理量取得部11は、角信号出力器27の信号に基づいて、クランク軸回転速度変動物理量に関するクランク軸回転速度変動物理量(以降、回転速度変動物理量とも称する。)を取得する。回転速度変動物理量は、エンジン20の複数種類の行程のうち特定行程におけるクランク軸21の回転速度の変動量に関する物理量である。回転速度変動物理量は、正常時と失火時とで異なる。正常時の回転速度変動物理量、及び失火時の回転速度変動物理量は、互いに異なる分布を有する。
【0051】
図1のパート(b)は、エンジンに関する回転速度変動物理量の分布を示す。図1のパート(b)には、クランク軸回転速度の大きさと負荷大きさの組合せが異なる9つの領域のそれぞれにおいて、正常時の回転速度変動物理量の分布Eと失火時の回転速度変動物理量の分布Mとが示されている。
エンジン20は、重複動作領域を含む領域で動作するよう構成されている。エンジン20の重複動作領域は、失火のない正常時の回転速度変動物理量の分布Eと失火時の回転速度変動物理量の分布Mの一部が互いに重なるような領域である。エンジン20の重複動作領域は、例えば、低負荷・低回転速度領域LLを含んでいる。
【0052】
失火検出装置10の第1判定部13は、変動物理量取得部11から取得された回転速度変動物理量が、図1のパート(c)に示す物理量判定基準ARよりも大きいか否かを判定する。物理量判定基準ARは、正常時のクランク軸回転速度変動物理量の分布Eのピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布Mのピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量との間で設定される。
第1判定部13は、物理量判定基準ARよりも大きい回転速度変動物理量N2の頻度を、仮の失火の頻度として記憶する。
【0053】
第2判定部14は、ある回転速度変動物理量と、この回転速度変動物理量の前及び後で取得された回転速度変動物理量とで形成される変動のパターンが設定された失火パターン範囲に該当するか否かを判定する。第2判定部14は、第1判定部13で回転速度変動物理量が物理量判定基準よりも大きいと判定された場合に、大きいと判定された回転速度変動物理量に関して失火パターン範囲に該当するか否かを判定する。第2判定部14は、第1判定部13で回転速度変動物理量が物理量判定基準よりも大きいと判定された回転速度変動物理量と、前及び後で取得された回転速度変動物理量形成される変動のパターンについて判定を行う。
【0054】
図1のパート(c)に示すように、悪路走行状態における回転速度変動物理量の分布E1は、平坦路の走行の場合の分布E0よりも広がる。悪路走行状態における回転速度変動物理量の分布E1のうち、物理量判定基準ARよりも大きい回転速度変動物理量N1は、第1判定部13において、失火の可能性があると誤判定される。しかし、悪路走行状態の場合、回転速度変動物理量N1のうち、第2判定部14でパターン範囲に含まれると判定される回転速度変動物理量Y1の頻度は少ない。
【0055】
図1のパート(d)に示すように、失火が生じた場合の回転速度変動物理量の分布E2のうち、物理量判定基準ARよりも大きい回転速度変動物理量N2は、第1判定部13において、失火の可能性があると判定される。物理量判定基準ARよりも大きい回転速度変動物理量N2は、実際の失火に起因している。このため、回転速度変動物理量N2のうち、第2判定部14によってパターン範囲に含まれると判定される回転速度変動物理量Y2の頻度は多い。
【0056】
第3判定部15は、第1判定部13の判定結果と第2判定部14の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定する。第3判定部15は、第1判定部13で物理量判定基準ARよりも大きいと判定された頻度に対する、第2判定部14で失火パターン範囲に含まれると判定された頻度に基づいて失火判定を有効と判定する。第3判定部15は、より詳細には、第1判定部13で大きいと判定された頻度に対する、第2判定部14で失火パターン範囲に含まれると判定された頻度の割合が基準値以上の場合、失火判定を有効と判定する。
【0057】
報知信号送信部16は、失火判定部12による判定結果を報知する。報知信号送信部16は、失火判定部12により失火と判定された場合には、報知装置30(図3参照)に失火の表示を行わせる。また、報知信号送信部16は、報知装置30に失火の情報を表示させる。
また、失火判定部12によって悪路走行が検出された場合、報知信号送信部16は、悪路走行の検出結果を表す情報を報知装置30に出力する。報知信号送信部16は、失火判定部12によって失火判定が有効と判定された場合、失火の検出結果を表す失火情報を報知装置30に出力する。報知信号送信部16は、報知装置30としての診断装置が失火検出装置10と接続された時又は接続されている時に、記憶された情報を出力する。
【0058】
第1判定部13による判定結果には、上述したように誤判定が混在する場合がある。このため、例えば鞍乗型車両50の悪路走行状態では、失火時でない場合に物理量判定基準よりも大きいと誤判定される回転速度変動物理量の数が増大する場合がある。
第2判定部14で、第1判定部13での判定と異なる基準による判定が実施される。例えば、第2判定部14の判定結果が第1判定部13の判定結果に対し大きく異なる場合、第1判定部13によって失火を判定することができない状況を示している可能性が高い。第3判定部15で、第2判定部14の判定結果と第1判定部13の判定結果に基づき失火判定を有効とするか否かが判定される。このため、複数の気筒を有するエンジン20の失火を高い精度で検出することができる。
また、失火に起因する変動の態様は燃焼サイクルに特有の現象であるため、悪路走行に起因する変動の態様と比べて多様性が低い。このため、クランク軸回転速度の変動が失火に起因することの判定の精度は、変動が例えば悪路走行に起因することを判定するよりも高い。失火に起因するクランク軸回転速度の変動を判定する第2判定部14の結果を用いることにより、より高い精度で悪路走行による影響を除去することができる。
【0059】
図2は、図1に示す鞍乗型車両エンジンユニットを備えた鞍乗型車両を示す外観図である。
図2に示す鞍乗型車両50は、車体51及び車輪52a,52bを備えている。車輪52a,52bは、車体51に支持されている。鞍乗型車両50は、2つの車輪52a,52bを有する自動二輪車である。車輪52a,52bは、鞍乗型車両50の車体51に対して、鞍乗型車両50の前後方向Xに並んで配置されている。後ろの車輪52bは駆動輪である。
鞍乗型車両50は、鞍乗型車両エンジンユニットEU、及び駆動系59を備えている。鞍乗型車両エンジンユニットEUは、失火検出装置10及びエンジン20を備えている。駆動系59は、エンジン20の動力を伝達することによって、鞍乗型車両50を駆動する。
【0060】
図3は、図1に示す失火検出装置、及びその周辺の装置の構成を模式的に示す構成図である。
【0061】
図3に示す失火検出装置10は、エンジン20に係る装置である。本実施形態に係るエンジン20は、3気筒エンジンである。
【0062】
エンジン20は、クランク軸21を備えている。クランク軸21はエンジン20の動作に伴い回転する。クランク軸21には、クランク軸21の回転を検出させるための複数の被検出部25が設けられている。被検出部25は、クランク軸21の周方向に、クランク軸21の回転中心から見て予め定められた検出角度を空けて並んでいる。検出角度は、例えば15度である。但し、一部の隣り合う被検出部25の間隔は、上記検出角度よりも広い。被検出部25は、クランク軸21の回転と連動して移動する。
【0063】
角信号出力器27は、被検出部25の通過を検出すると信号を出力する。この結果、角信号出力器27は、クランク軸21の回転に応じてクランク角信号(角信号)を周期的に出力する。例えばクランク軸21が一定速度で回転する場合、角信号出力器27は検出角度に応じた一定周期で角信号を出力する。ただし、角信号出力器27は、一部の回転角度において検出角度に応じた周期より長い周期で角信号を出力する。
【0064】
失火検出装置10を構成するコンピュータ100は、CPU101、メモリ102、及びI/Oポート103を備えている。
CPU101は、制御プログラムに基づいて演算処理を行う。メモリ102は、制御プログラムと、演算に必要な情報とを記憶する。I/Oポート103は、外部装置に対し信号を入出力する。
I/Oポート103には、角信号出力器27が接続されている。角信号出力器27は、エンジン20のクランク軸21が検出角度回転する毎に角信号を出力する。
I/Oポート103には、報知装置30も接続されている。報知装置30は、失火検出装置10から出力される信号に基づいて情報を表示する。報知装置30は、例えば鞍乗型車両50に設けられた表示ランプである。また、報知装置30には、例えば、鞍乗型車両50の外部装置である診断装置も含まれる。
【0065】
本実施形態の失火検出装置10は、クランク軸21の回転速度に基づいて、エンジン20の失火を検出する。本実施形態の失火検出装置10は、エンジン20の動作を制御するエンジン制御装置(ECU)としての機能も有する。失火検出装置10には、不図示の吸気圧力センサ、燃料噴射装置、及び、点火プラグが接続される。
【0066】
図1に示す変動物理量取得部11と、失火判定部12と、第1判定部13と、第2判定部14と、第3判定部15と、報知信号送信部16と、燃焼制御部17とは、制御プログラムを実行するCPU101(図3参照)が、図3に示すハードウェアを制御することによって実現される。
【0067】
図1のパート(a)に示す変動物理量取得部11は、角信号出力器27からの角信号に基づいて、クランク軸21の回転速度変動物理量を取得する。角信号は、クランク軸21が検出角度回転する毎に出力される。
変動物理量取得部11は、角信号出力器27からの信号が出力されるタイミングの時間間隔を計測することによって回転速度を得る。また、変動物理量取得部11は、回転速度変動物理量を得る。変動物理量取得部11が取得する回転速度変動物理量は、エンジン20の回転速度変動物理量である。
【0068】
エンジン20の回転速度の変動には、エンジン20の燃焼による変動が含まれている。エンジン20の燃焼による変動は、4ストロークに相当するクランク角度と等しいか又はそれより短い角度周期を有する。
エンジン20の回転速度の変動には、エンジン20の燃焼による変動だけでなく、悪路走行による変動が含まれる場合がある。悪路走行は、エンジン20の外的要因である。
【0069】
変動物理量取得部11は、例えば、各気筒の燃焼行程に対応する180度クランク角度の区間の回転速度と、燃焼行程の間の行程に対応する180度クランク角度の区間の回転速度とを得る。
【0070】
変動物理量取得部11は、エンジン20の回転速度について、同一の行程が連続する気筒における変動量を算出する。変動物理量取得部11は、この変動量に基づいて回転速度変動物理量を取得する。
【0071】
図4は、クランク軸の回転速度の例を示すチャートである。
図4のグラフの横軸はクランク軸21の回転角度θを示し、縦軸は回転速度を示す。図4に示す例では、回転速度の関係を分かりやすくするため、エンジン20の外的要因による変動を含まない。
図4のグラフは、回転速度OMGの変動を概略的に示している。回転速度OMGのグラフは、燃焼行程及び吸気行程に対応するクランク角度について算出された回転速度の値を曲線で結ぶことによって得られる。
図4のグラフは、時間を基準とした回転速度の推移ではなく、クランク角度を基準とした回転速度OMGの推移を示している。
【0072】
燃焼動作による回転変動は、720度クランク角度あたり、気筒数に相当する数の繰返し周期を有する。本実施形態に係るエンジン20は、等間隔燃焼の3気筒4ストロークエンジンである。図4に示す回転速度OMGの回転変動は、720度クランク角度当たり3つの繰返し周期を有している。即ち、エンジン20の燃焼動作による回転変動の周期は、4ストロークに相当するクランク角度(720度)より短い。各気筒の圧縮行程に対応する回転速度のピークは、240度クランク角度毎に表れる。
図4のグラフにおいて、ある時点における検出対象のクランク角度の位置の番号を「0」とし、「0」の位置から240度クランク角度ごとに「1」,「2」,「3」…の番号を割り当てている。また、「0」と「1」の間に「0a」、そして、「1」と「2」の間に「1a」のように文字付きの番号を割り当てている。図4の例では、3つの気筒のうち第3の気筒の吸気行程(#3S)を、ある時点における検出対象である「0」の位置とする。「1」,「2」,「3」の位置は、第2の気筒、第1の気筒、第3の気筒における吸気行程(#2S,#1S,#3S)にそれぞれ対応している。
【0073】
各位置「0」,「1」,「2」,…における回転速度OMGの値を、OMG0,OMG1,OMG2,…と表す。変動物理量取得部11が得るクランク軸21の回転速度は、エンジン20の回転速度である。従って、クランク軸21の回転速度OMGをエンジン20の回転速度OMGとして説明する。
【0074】
図1のパート(a)に示す変動物理量取得部11は、同一の行程が連続する気筒における回転速度の差を算出する。変動物理量取得部11は、回転速度として、エンジン20の回転速度OMGを用いる。算出した差を第1の変動量とする。
例えば、図4に示す「0」の位置が検出対象となる場合、同一の行程が連続する気筒に対応するクランク角度の位置は、「0」と「1」の位置である。例えば、「1」の位置は、第2の気筒の吸気行程(図4の#2S)に対応する。「0」の位置は、第3の気筒の吸気行程(図4の#3S)に対応する。つまり、「1」の位置と「0」の位置で第2の気筒の吸気行程と第3の気筒の吸気行程が連続する。第1の変動量は、回転速度OMG1と回転速度OMG0の差である。ここで、回転速度OMG1は、図4に示す「1」の位置の回転速度である。また、回転速度OMG0は、「0」の位置での回転速度である。
また更に、変動物理量取得部11は、第1の変動量を算出したクランク軸21の位置よりも720度クランク角度前の位置において、同一の行程が連続する気筒における差を算出する。この差を第2の変動量とする。720度クランク角度前の位置において、同一の行程が連続する気筒に対応するクランク軸21の位置は、「3」と「4」の位置である。第2の変動量は、回転速度OMG8と回転速度OMG6の差である。ここで、回転速度OMG6は、「3」の位置での、エンジン20の回転速度OMGである。また、回転速度OMG8は、「4」の位置での回転速度である。
また、変動物理量取得部11は、回転速度変動物理量ΔOMGとして、上記の第1の変動量と第2の変動量との差を算出する。変動物理量取得部11は、算出した差を回転速度変動物理量として出力する。各位置「0」,「1」,「2」,…は、回転速度変動物理量を取得するタイミングでもある。以降の説明では、「0」,「1」,「2」,…をタイミングとして説明する場合もある。
【0075】
図4の破線MS_OMGは、失火時の回転速度の変動を示している。破線MS_OMGは、第3の気筒の燃焼行程(#3W)において、失火時の回転速度の変動を概略的に示している。失火が生じた場合、燃焼による回転速度の上昇が生じないため、第1の気筒の前の気筒の燃焼行程(#2W)から、第1の気筒の次の気筒の燃焼行程(#1W)まで、回転速度が低下し続ける。つまり、「0」の位置における回転速度OMG0が、失火が生じない正常時と比べて低い。このため、「0」の位置における第1の変動量は、失火が生じない正常時と比べ増大する。この場合、「0」の位置における回転速度変動物理量ΔOMGは、失火が生じない正常時と比べて増大する。
【0076】
第1の変動量又は第2の変動量は、例えばエンジンの回転が制御に応じて加速又は減速する場合にも増大する。失火判定部12が、第1の変動量と第2の変動量との差を算出することによって取得された回転速度変動物理量ΔOMGについて判断する。これによって、エンジンの回転が制御に応じて加速又は減速する場合の影響が抑制される。また、回転速度変動物理量ΔOMGの、720度クランク角度期間の経過後の変化が判断されることによって、同じ行程での回転速度の変化が判断される。従って、変化を判断する対象のクランク角度位置による影響が抑制される。従って、失火の検出及び悪路の検出において、制御に応じた加速又は減速の影響が抑えられる。
【0077】
回転速度変動物理量ΔOMGは、失火時でない正常時でも、例えば、エンジン20を搭載した鞍乗型車両50(図2参照)が平坦路ではなく悪路を走行する場合に増大する。鞍乗型車両50が悪路を走行する場合、回転速度変動物理量ΔOMGが変動する。回転速度変動物理量ΔOMGの変動に含まれる、悪路の走行に起因する変動が増大すると、第1判定部13による判定では、精密な失火の判定を実施できない場合がある。
【0078】
図5は、回転速度変動物理量の分布を説明する図である。
【0079】
図5の実線は、平坦路の走行中に失火が生じる状態における回転速度変動物理量ΔOMGの分布E0,M0を示している。より詳細には、平坦路の走行中に失火が生じる状態における回転速度変動物理量の分布は、平坦路の走行中に失火が生じない場合(正常時)の回転速度変動物理量ΔOMGの分布E0と、失火が生じた場合(失火時)の回転速度の分布M0を有している。分布E0,M0のそれぞれは、正規分布又は実質的に正規分布である。
【0080】
図5に示すように、平坦路の走行中に失火が生じない場合(正常時)の回転速度変動物理量ΔOMGの分布E0と、失火が生じた場合(失火時)の回転速度変動物理量ΔOMGの分布M0とは異なる位置に分布している。すなわち、正常時の回転速度変動物理量ΔOMGと、失火時の回転速度変動物理量ΔOMGとは、ほとんどの場合において異なる。
本実施形態における第1判定部13は、取得された回転速度変動物理量が物理量判定基準ARよりも大きいか否かを判定する。物理量判定基準ARは、正常時のクランク軸回転速度変動物理量の分布E0のピークXnに対応するクランク軸回転速度変動物理量と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布M0のピークXsに対応するクランク軸回転速度変動物理量との間で設定される。
【0081】
正常時の回転速度変動物理量ΔOMGの分布E0の裾(tail)と、失火時の回転速度変動物理量ΔOMGの分布M0の裾との関係は、上述したエンジン20の動作状態によっても異なる。
図6は、エンジンに関する回転速度変動物理量の分布を示す説明図である。
図6の横軸は、クランク軸21の回転速度を示す。縦軸はエンジン20の負荷を示す。図6は、エンジン20が出力可能な回転速度と負荷の範囲全体を表している。
図6には、エンジン20が出力可能なクランク軸回転速度の範囲を等分した3つの領域が示されている。また、図6には、エンジン20が出力可能な負荷の範囲を等分した3つの領域が示されている。つまり、図6には、クランク軸回転速度の大きさと負荷大きさの組合せが異なる9つの領域が示されている。9つの領域のうち、高負荷・高回転速度領域HHと低負荷・低回転速度領域LLに符号を付している。例えば、低負荷・低回転速度領域LLは、エンジン20で出力可能なクランク軸回転速度の範囲を等分した3つの領域のうち最も小さいクランク軸回転速度を含む低回転速度領域で、且つ、前記内燃機関で出力可能な負荷の範囲を等分した3つの領域のうち最も小さい負荷を含む領域である。
【0082】
図6には、9つの領域ごとに領域を代表する回転速度変動物理量の分布が示されている。
エンジン20は、鞍乗型車両50に搭載するため、クランク軸21の慣性モーメントが小さくなるように構成されている。クランク軸21の慣性モーメントの低減に起因して、低負荷・低回転速度領域LLにおいて、分布Eと、分布Mとが、互いに重なるように生じる。分布Eと、分布Mとが、互いに重なるように生じるエンジン20の動作領域を重複動作領域と称する。低負荷・低回転速度領域LLは、重複動作領域に含まれている。
【0083】
これに対し、エンジン20では、高負荷・高回転速度領域HHを含む高負荷領域全体において、間隔Gaが広く確保されている。
例えば、高負荷・高回転速度領域HHのように、分布Eの裾Etと、分布Mの裾Mtとの間隔が充分に離れていれば、悪路走行によって回転速度変動物理量ΔOMGが増大しても分布Eの裾Etと、分布Mの裾Mtとの間隔が離れている。従って、第1判定部13による、回転速度変動物理量が物理量判定基準ARよりも大きいか否かの判定によって失火を判定することも可能である。また、悪路走行状態か否かが判定可能である。
【0084】
低負荷・低回転速度領域LLを含む重複動作領域において、分布Eの裾Etと、分布Mの裾Mtとの間に間隔Gaが無い。
しかし、例えば、低負荷・低回転速度領域LLのように、分布Eの裾Etと、分布Mの裾Mtとの間に間隔Gaが無い場合、第1判定部13によって物理量判定基準ARよりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量に、正常時のクランク軸回転速度変動物理量が混在している可能性がある。その結果、低負荷・低回転速度領域LLにおける失火の検出性能が低下する。
さらに、鞍乗型車両50の悪路走行状態では、失火時でない場合に物理量判定基準ARよりも大きいと判定されるクランク軸回転速度変動物理量の数が増大する場合がある。すなわち、第1判定部13による判定結果には、誤判定が混在する場合がある。
【0085】
図1のパート(a)に示す失火検出装置10の失火判定部12は、第1判定部13、第2判定部14、及び第3判定部15の働きによって、低負荷・低回転速度領域LLを含む重複領域でも、失火を高い精度で検出する。失火判定部12は、回転速度変動物理量が取得されるごとに失火状態の判定を行う。
【0086】
第1判定部13は、変動物理量取得部11から取得された回転速度変動物理量が物理量判定基準ARよりも大きいか否かを判定する。
物理量判定基準ARは、正常時の回転速度変動物理量の分布のピークに対応する回転速度変動物理量と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピークに対応するクランク軸回転速度変動物理量との間で設定される。より詳細には、物理量判定基準ARは、正常時の回転速度変動物理量の分布の裾に設定される。
これによって、第1判定部13は、回転速度変動物理量の大きさを用いて失火を判定する。
【0087】
第1判定部13は、エンジン20が低負荷・低回転速度領域LL(図6参照)を含む重複動作領域で動作している場合、回転速度変動物理量が物理量判定基準AR(図5参照)よりも大きいか否かを判定する。
【0088】
第2判定部14は、回転速度変動物理量とその回転速度変動物理量の前及び後で取得された回転速度変動物理量との間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲に該当するか否かを判定する。
第2判定部14は、変動物理量取得部11で取得された回転速度変動物理量の一部の物理量に対し判定を行う。より詳細には、第2判定部14は、第1判定部13で物理量判定基準ARよりも大きいと判定された回転速度変動物理量について判定を行う。つまり、第2判定部14は、第1判定部13で物理量判定基準ARよりも大きいと判定された回転速度変動物理量と、その前及び後で取得された回転速度変動物理量との間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲に該当するか否かを判定する。
【0089】
図7は、回転速度変動物理量の変動パターンの一例を示すチャートである。
図7には、失火及び悪路走行に起因する変動がある場合の回転速度変動物理量ΔOMGが示されている。
図7には、クランク角度における「1」の直前の位置に対応する角度で実際の失火が生じている場合の回転速度変動物理量が示されている。図7のPは、第2判定部14が用いる失火パターン範囲の例を示す。
【0090】
失火パターン範囲Pは、エンジン20で失火が生じた場合に現われる特有のパターンの範囲である。失火パターン範囲Pは、例えば、エンジン20の設計及び評価段階における測定及び計算に基づいて得られる。
図7に示す失火パターン範囲Pは、3つの基準範囲P1a,P1b,P1cを有している。
例えば、「1」の位置における回転速度変動物理量ΔOMGが失火パターン範囲Pに含まれていることは、「1」の位置における回転速度変動物理量ΔOMG1が物理量判定基準ARよりも大きく、回転速度変動物理量ΔOMG0の前(「2」)で取得された回転速度変動物理量ΔOMG2が基準範囲P1cの上限値以下であり、回転速度変動物理量ΔOMG0の後(「0」)で取得された回転速度変動物理量ΔOMG(0)が基準範囲P1aの上限値以下であることに対応する。なお、失火パターン範囲Pとしては、上限値に加え下限値を設定した基準範囲を有することも可能である。また、なお、失火パターン範囲Pとしては、2つの基準範囲を有することも可能である。
【0091】
図7に示す回転速度変動物理量ΔOMG対し、第1判定部13によって、「1」の位置に対応する回転速度変動物理量ΔOMG(1)が、物理量判定基準ARよりも大きいと判定される。この場合、第2判定部14は、第1判定部13で物理量判定基準ARよりも大きいと判定された回転速度変動物理量ΔOMG(1)と、その1つ前で取得された回転速度変動物理量ΔOMG(2)と、1つ後で取得された回転速度変動物理量ΔOMG()の間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲Pに該当するか否かを判定する。図7に示す回転速度変動物理量ΔOMGに対し、第2判定部14は、「1」の位置に対応する回転速度変動物理量ΔOMG(1)が、失火パターン範囲Pに該当すると判定する。

【0092】
このように第2判定部14によって、第1判定部13と異なる判定が実施される。
失火による回転速度変動物理量の変動は、例えば悪路走行による変動と異なり、失火に特有のパターンを有している。
図7に示す回転速度変動物理量ΔOMGの場合、第1判定部13によって、「-3」の位置に対応する回転速度変動物理量ΔOMG(-3)は、物理量判定基準ARよりも大きいと判定される。しかし、第2判定部14は、例えば、「-3」の位置に対応する回転速度変動物理量ΔOMG(-3)は、失火パターン範囲Pに該当しないと判定する。
第2判定部14は、失火パターン範囲Pを用いることによって、第1判定部13と異なる基準で失火を判定することができる。第2判定部14は、例えば第1判定部13よりも高い精度で、失火を判定することができる。
【0093】
図8は、悪路走行状態と失火時における回転速度変動物理量の分布の内訳を示す図である。図8のパート(a)は、悪路走行状態における回転速度変動物理量の分布E1を示す。図8のパート(b)は、失火時における回転速度変動物理量の分布E2を示す。なお、図8のパート(a)には、参考のため平坦路走行状態における正常時の回転速度変動物理量の分布E0も示されている。
【0094】
図8のパート(a)に示す回転速度変動物理量の分布E1のうち、物理量判定基準ARよりも大きい回転速度変動物理量N1は、第1判定部13で失火の可能性があると誤判定される。
回転速度変動物理量N1のうち、第2判定部14でパターン範囲に含まれると判定される回転速度変動物理量Y1の頻度は少ない。
【0095】
図8のパート(b)に示す回転速度変動物理量の分布E2のうち、物理量判定基準ARよりも大きい回転速度変動物理量N2は、第1判定部13において、失火の可能性があると判定される。
回転速度変動物理量N2のうち、第2判定部14でパターン範囲に含まれると判定される回転速度変動物理量Y2の頻度は多い。
【0096】
このように、第1判定部13において物理量判定基準ARよりも大きいと判定される回転速度変動物理量の頻度に対し、第2判定部14でパターン範囲に含まれると判定される回転速度変動物理量の頻度は、悪路走行状態の場合と失火の場合とで大きく異なる。
【0097】
第3判定部15は、前記第1判定部13の判定結果と前記第2判定部14の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定する。
第3判定部15は、第1判定部13で物理量判定基準ARよりも大きいと判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に対する、第2判定部14で失火パターン範囲P(図7参照)に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度に基づいて失火判定を有効とするか否かを判定する。
第3判定部15は、低負荷・低回転速度領域LL(図6参照)においてエンジン20が動作している場合に、第1判定部13の判定結果と第2判定部14の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定する。
エンジン20では、低負荷・低回転速度領域LL(図6参照)での正常時と失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布において隣り合う裾に重なりが生じる。しかし、第3判定部15は、低負荷・低回転速度領域LLで、第2判定部14の判定結果に基づいて判定を行うため、クランク軸回転速度変動物理量の分布において隣り合う裾に重なりが生じやすい領域でも高い精度で失火を検出することができる。
【0098】
第3判定部15は、具体的には、第2判定部14で失火パターン範囲Pに含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度が頻度基準値以上の場合、失火判定を有効と判定する。第3判定部15は、第1判定部13で物理量判定基準ARよりも大きいと判定され、且つ、第2判定部14で失火パターン範囲P(図7参照)に含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度を失火の回数として計数する。
第3判定部15は、失火パターン範囲Pに含まれると判定されたクランク軸回転速度変動物理量の頻度が頻度基準値未満の場合、悪路走行状態であると判定する。この場合第3判定部15は、失火判定を無効と判定する。
【0099】
本実施形態の失火検出装置10によれば、動作条件又は悪路走行による変動であるか否かを判定するのではなく、失火による変動であるか否かを判定することで失火検出の精度を向上できる。
【0100】
図9は、図1に示す失火検出装置の動作を示すフローチャートである。
【0101】
第1判定部13は、エンジン20が重複動作領域で動作しているか否か判定する(S11)。
例えば、エンジン20が高負荷・高回転速度領域HHで動作している場合、エンジン20が重複動作領域で動作していない。この場合(S11でNo)、失火判定部12は、簡略失火検出を行う(S12)。簡略失火検出は、回転速度変動物理量の値のみで失火の検出を行う。
【0102】
エンジン20が重複動作領域で動作している場合(S11でYes)、第1判定部13は、判定期間を計数する(S13)。第1判定部13は、例えばクランク軸回転数を計数することによって判定期間を計数する。
【0103】
続いて第1判定部13は、回転速度変動物理量が物理量判定基準ARよりも大きいか否かを判定する(S14)。回転速度変動物理量が物理量判定基準ARよりも大きい場合、回転速度変動物理量は異常であり、失火の可能性がある。この場合(S14でYes)、第1判定部13は、異常変動カウンタを計数する(S15)。
【0104】
続いて第2判定部14は、回転速度変動物理量とその回転速度変動物理量の前及び後で取得された回転速度変動物理量との間の変動のパターンが、設定された失火パターン範囲に該当するか否かを判定する(S16)。詳細には、第2判定部14は、順次取得された複数の回転速度変動物理量が失火パターン範囲P(図7参照)に該当するか否かを判定する。
【0105】
複数の回転速度変動物理量が失火パターン範囲に該当する場合、失火が発生したと判定する。この場合(S16でYes)、第2判定部14は、失火カウンタを計数する(S18)。
複数の回転速度変動物理量が失火パターン範囲に該当しない場合、回転速度変動物理量の異常は、悪路走行による可能性がある。この場合(S16でNo)、第2判定部14は、失火カウンタの計数を省略する。
【0106】
第3判定部15は、判定期間が経過したか否か判定する(S19)。
判定期間が経過した場合(S19でYes)、第3判定部15は、異常変動カウンタの値に占める失火カウンタの値の割合が、基準値を越えているか否か判定する(S22)。
【0107】
異常変動カウンタの値に占める失火カウンタの値の割合が基準値を越えている場合(S22でYes)、第3判定部15は、失火を確定する(S23)。すなわち第3判定部15は、失火判定を有効とする。この場合、報知信号送信部16は、報知装置30に報知信号を送信する。第3判定部15は、報知信号送信部16に失火の数として異常変動カウンタの値を送信させる。
【0108】
異常変動カウンタの値に占める失火カウンタの値の割合が基準値以下の場合(S22でNo)、第3判定部15は、悪路走行状態を確定する(S24)。悪路走行状態が確定すると、失火判定部12は、失火判定を中止する。この場合、第3判定部15は、異常変動カウンタの計数を無効とする。第3判定部15は、異常変動カウンタを初期化する。
【0109】
このようにして第3判定部15では、第1判定部13の判定結果と第2判定部14の判定結果に基づき、失火判定を有効とするか否かを判定する。このため、高い精度で複数の気筒を有する内燃機関の失火を検出することができる。
【符号の説明】
【0110】
EU 鞍乗型車両エンジンユニット
10 失火検出装置
12 失火判定部
13 第1判定部(第1判定器)
14 第2判定部(第2判定器)
15 第3判定部(第3判定器)
20 エンジン(内燃機関)
21 クランク軸
27 クランク角信号出力器(角信号出力器)
50 鞍乗型車両
52b 車輪(駆動輪)
Xn 正常時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピーク
Xs 失火時のクランク軸回転速度変動物理量の分布のピーク
P 失火パターン範囲
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9