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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-12
(45)【発行日】2022-09-21
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220913BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220913BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 H
C23C14/06 P
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020134827
(22)【出願日】2020-08-07
(65)【公開番号】P2022030673
(43)【公開日】2022-02-18
【審査請求日】2021-05-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】片桐 隆雄
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-240812(JP,A)
【文献】再公表特許第2016/175166(JP,A1)
【文献】特開平11-222665(JP,A)
【文献】特許第6507377(JP,B2)
【文献】再公表特許第2017/179233(JP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0347027(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00,
B23C 5/16,
B23P 15/28,
C23C 16/00-16/56,14/00-14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と前記基材の表面に形成された被覆層とを含み、
前記被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を有し、
前記第1層は、下記式(1):
Ti(Cx1-x) (1)
[式中、xはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.02≦x≦0.30を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記第2層は、下記式(2):
(TiyAl1-y)N (2)
[式中、yはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦y≦0.75を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記積層構造は、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、順に、第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造の3つの積層構造からなり
前記第1積層構造における前記第1層及び前記第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、500nmを超え3000nm以下であり、
前記第2積層構造における前記第1層及び前記第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、50nmを超え500nm以下であり、
前記第3積層構造における前記第1層及び前記第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、5nm以上50nm以下であり、
前記第1積層構造の平均厚さが、1.0μmを超え6.0μm以下であり、
前記第2積層構造の平均厚さが、0.1μmを超え2.0μm以下であり、
前記第3積層構造の平均厚さが、0.1μm以上2.0μm以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記基材と前記被覆層との界面から前記被覆層の表面側に向かって300nmの位置において、前記被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、50nm以上500nm以下であり、
前記第3積層構造における前記基材と反対側の表面から前記基材側に向かって100nmの位置において、前記被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、5nm以上50nm未満である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆層は、前記第3積層構造における前記基材と反対側の表面に、上部層を有し、
前記上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(1)で表される組成からなる化合物及び前記式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は積層であり、
前記上部層の平均厚さが、0.1μm以上3.5μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層全体の平均厚さが、4.0μm以上12.0μm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼などの切削加工には超硬合金や立方晶窒化硼素(cBN)焼結体からなる切削工具が広く用いられている。中でも超硬合金基材の表面にTiN層、TiAlN層などの硬質被覆膜を1又は2以上含む表面被覆切削工具は汎用性の高さから様々な加工に使用されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、基材上に(AlaTibc)X[但し、MはZr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Y、B及びSiからなる群より選択された少なくとも1種の元素を表し、XはC、N及びOからなる群より選択された少なくとも1種の元素を表し、aはAl元素とTi元素とM元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、bはAl元素とTi元素とM元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、cはAl元素とTi元素とM元素との合計に対するM元素の原子比を表し、a、b、cは、0.30≦a≦0.65、0.35≦b≦0.70、0≦c≦0.20、a+b+c=1を満足する。]と表される層を有し、該層の平均粒径が200nmよりも大きくすることで、従来よりも耐摩耗性が向上することが提案されている。
【0004】
また、特許文献2では、基材上に(Al1-xTix)N[0.40≦X≦0.65]を満足し、該層は上記AlとTiとの複合窒化物の粒状組織からなる薄層Aと柱状組織からなる薄層Bとの交互積層構造で構成され、薄層Aを構成する粒状晶の平均結晶粒径は30nm以下、また、薄層Bを構成する柱状晶の平均粒径は50~500nmにすることを特徴としており、該被膜層を蒸着した切削工具は従来よりも耐チッピング性、耐摩耗性に優れることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2014/136755号
【文献】特許第5594575号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年のステンレス鋼などの難削材旋削加工は高速化及び高送り化の傾向にあり、従来よりも切削条件が厳しくなる傾向の中で、これまでより耐摩耗性及び耐欠損性を向上し、工具寿命を延長することが求められている。上記特許文献1の層は全体として層の粒径が200nmよりも大きいことから、優れた耐摩耗性を発揮する一方で、突発的な欠損やチッピングを生じやすいことが予想される。上記特許文献2の被覆切削工具は同一成分で柱状晶のA層と粒状晶のB層とを交互積層しており、界面整合性が高いため、歪みが小さく、層の硬さが十分でない。この結果、耐摩耗性が不十分であることにより、工具寿命を長くし難い。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆切削工具を特定の構成にすると、その耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と前記基材の表面に形成された被覆層とを含み、
前記被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を有し、
前記第1層は、下記式(1):
Ti(Cx1-x) (1)
[式中、xはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.02≦x≦0.30を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記第2層は、下記式(2):
(TiyAl1-y)N (2)
[式中、yはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦y≦0.75を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記積層構造は、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造をこの順で含み、
前記第1積層構造における前記第1層及び前記第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、500nmを超え3000nm以下であり、
前記第2積層構造における前記第1層及び前記第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、50nmを超え500nm以下であり、
前記第3積層構造における前記第1層及び前記第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、5nm以上50nm以下であり、
前記第1積層構造の平均厚さが、1.0μmを超え6.0μm以下であり、
前記第2積層構造の平均厚さが、0.1μmを超え2.0μm以下であり、
前記第3積層構造の平均厚さが、0.1μm以上2.0μm以下である、被覆切削工具。
[2]
前記基材と前記被覆層との界面から前記被覆層の表面側に向かって300nmの位置において、前記被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、50nm以上500nm以下であり、
前記第3積層構造における前記基材と反対側の表面から前記基材側に向かって100nmの位置において、前記被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、5nm以上50nm未満である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記被覆層は、前記第3積層構造における前記基材と反対側の表面に、上部層を有し、
前記上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(1)で表される組成からなる化合物及び前記式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は積層であり、
前記上部層の平均厚さが、0.1μm以上3.5μm以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記被覆層全体の平均厚さが、4.0μm以上12.0μm以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と基材の表面に形成された被覆層とを含み、被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を有し、
第1層は、下記式(1):
Ti(Cx1-x) (1)
[式中、xはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.02≦x≦0.30を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
第2層は、下記式(2):
(TiyAl1-y)N (2)
[式中、yはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦y≦0.75を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
積層構造は、基材側から被覆層の表面側に向かって、第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造をこの順で含み、第1積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、500nmを超え3000nm以下であり、第2積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、50nmを超え500nm以下であり、第3積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、5nm以上50nm以下であり、第1積層構造の平均厚さが、1.0μmを超え6.0μm以下であり、第2積層構造の平均厚さが、0.1μmを超え2.0μm以下であり、第3積層構造の平均厚さが、0.1μm以上2.0μm以下である。
【0014】
このような被覆切削工具が、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる要因は、詳細には明らかではないが、本発明者はその要因を下記のように考えている。ただし、要因はこれに限定されない。すなわち、被覆層を形成する第1層において、Ti(Cx1-x)中のxが0.02以上であると硬さが高くなるため被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、また、微粒化することで圧縮応力が付与されやすく、亀裂の進展が抑制されるので被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、Ti(Cx1-x)中のxが0.30以下であると、第2層との密着性に優れるため、剥離を起因とした欠損を抑制する。また、被覆層を形成する第2層において、(TiyAl1-y)N中のyが0.25以上であると、Tiを含有することによる効果として、高温強度や六方晶の形成を抑制することで被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。さらに、(TiyAl1-y)N中のyが0.75以下であると、耐熱性が向上するため、高速加工や負荷の大きい加工といった切削温度が高い加工においても反応摩耗を抑制することができる結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層と第2層とが交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を有すると、界面整合性が低くなるため、硬さが高くなり、その結果、耐摩耗性が向上する。さらに、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層及び第2層を交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を有することで、各層同士の密着性も向上するため、耐剥離性を起因とした欠損を抑制することができる。また、本実施形態の被覆切削工具は、積層構造が、第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さ(以下「積層周期」とも記す。)を各々特定範囲に制御した、第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造を、基材側から被覆層の表面側に向かって、この順で含むことにより、各層同士の密着性を向上させ、剥離からの欠損を抑制することができる。その結果、本実施形態の被覆切削工具は、例えば、難削材旋削加工において耐摩耗性及び耐欠損性を同時に向上させることができる。具体的には、本実施形態の被覆切削工具は、基材側の第1積層構造における積層周期を、500nmを超え3000nm以下とし、被覆層の表面側の第3積層構造における積層周期を、5nm以上50nm以下とし、第1積層構造と第3積層構造との間の第2積層構造における積層周期を、50nmを超え500nm以下とする。積層構造がこのような構造、すなわち、基材側から被覆層の表面側に向かって、積層周期を段階的に小さくすることにより、各層同士の密着性に優れ、耐剥離性を起因とした欠損を抑制することができる。各層同士の密着性が向上する理由は、被覆層全体の圧縮応力が高くなるのを抑制できているためと推測している。第1積層構造における積層周期が500nmを超えると、第1積層構造に含まれる結晶粒の平均粒径を大きくし得ることにより、密着性が向上するので、剥離を起因とした欠損を抑制することができる。一方、第1積層構造における積層周期が3000nm以下であると、第1層及び第2層の平均厚さが厚くなることにより圧縮応力が大きくなることに起因した亀裂の発生を抑制することができるので、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、第2積層構造における積層周期が50nmを超えると、第1積層構造と第2積層構造との密着性が向上する。これは、第1積層構造及び第2積層構造に含まれる結晶粒の平均粒径と圧縮応力とのバランスに優れるためであると推測している。一方、第2積層構造における積層周期が500nm以下であると、第2積層構造と第3積層構造との密着性が向上する。これは、第2積層構造と第3積層構造に含まれる結晶粒の平均粒径と圧縮応力とのバランスに優れるためであると推測している。また、第3積層構造における積層周期が5nm以上であると、加工中に発生した亀裂が基材に向かって進展するのを抑制することができるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。それに加えて、被覆層の表面側のみがチッピングすることで、基材側の被覆層が残り、この結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上すると推測される。一方、第3積層構造における積層周期が50nm以下であると、第3積層構造に含まれる結晶粒の平均粒径を小さくし得ることにより、被覆層の表面側における圧縮応力が高くなるのを抑制することができるため、亀裂が発生するのを抑制し、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、第1積層構造の平均厚さが1.0μmを超えると、第1積層構造を有することによる効果が得られ、第1積層構造の平均厚さが6.0μm以下であると、相対的に第2積層構造又は第3積層構造の厚さが減少することによる、耐欠損性の低下を抑制することができる。さらに、第2積層構造の平均厚さが0.1μmを超えると、第2積層構造を有することによる効果が得られ、第2積層構造の平均厚さが2.0μm以下であると、相対的に第1積層構造又は第3積層構造の厚さが減少することによる、密着性の低下及び耐欠損性の低下を抑制することができる。また、第3積層構造の平均厚さが0.1μm以上であると、第3積層構造を有することによる効果が得られ、第3積層構造の平均厚さが2.0μm以下であると、相対的に第1積層構造又は第2積層構造の厚さが減少することによる、密着性の低下を抑制することができる。これらの効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを含む。本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定はされない。基材の例として、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体からなる群より選ばれる1種以上であると、被覆切削工具の耐欠損性が一層優れるので、さらに好ましい。
【0016】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さは、4.0μm以上12.0μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが4.0μm以上であると、耐摩耗性が向上する傾向にある。従来、TiCN層のCの原子比を増やしていくと、圧縮応力が高くなり、密着性が低下するため、通常、被覆層を厚くするのが困難である。本実施形態の被覆切削工具は、第1層及び第2層を交互に積層することで、圧縮応力が高くなるのを抑制することができ、被覆層全体の平均厚さを厚くしても、密着性が低下することなく、耐摩耗性をさらに向上させることができる。また、本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが12.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する傾向にある。特に、ステンレス加工では、被削材が被覆切削工具に溶着して、その後分離する圧着分離損傷が生じやすい。この損傷を更に抑制するために、被覆層全体の平均厚さは10.0μm以下であるとより好ましい。その中でも、上記と同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは4.5μm以上9.0μm以下であるとさらに好ましく、4.8μm以上8.8μm以下であると特に好ましい。
【0017】
〔第1層〕
本実施形態の被覆切削工具において、第1層は、下記式(1)で表される組成からなる化合物層である。
Ti(Cx1-x) (1)
[式中、xはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.02≦x≦0.30を満足する。]
【0018】
被覆層を形成する第1層において、Ti(Cx1-x)中のxが0.02以上であると硬さが高くなるため被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、また、微粒化することで圧縮応力が付与されやすく、亀裂の進展が抑制されるので被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、Ti(Cx1-x)中のxが0.30以下であると、第2層との密着性が優れるため、剥離を起因とした欠損を抑制する。同様の観点から、Ti(Cx1-x)中のxが0.04以上0.30以下であることが好ましく、0.15以上0.30以下であることがより好ましい。
【0019】
また、本実施形態において、各化合物層の組成をTi(C0.200.80)と表記する場合は、C元素とN元素との合計に対するC元素の原子比が0.20、C元素とN元素との合計に対するN元素の原子比が0.80であることを意味する。すなわち、C元素とN元素との合計に対するC元素の量が20原子%、C元素とN元素との合計に対するN元素の量が80原子%であることを意味する。
【0020】
〔第2層〕
本実施形態の被覆切削工具は、第2層が、下記式(2)で表される組成からなる化合物層である。
(TiyAl1-y)N (2)
[式中、yはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦y≦0.75を満足する。]
【0021】
被覆層を形成する第2層において、(TiyAl1-y)N中のyが0.25以上であると、Tiを含有することにより高温強度や六方晶の形成を抑制することができ、その結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、(TiyAl1-y)N中のyが0.75以下であると、耐熱性が向上するため、高速加工や負荷の大きい加工といった切削温度が高い加工においても反応摩耗を抑制することができるため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から、(TiyAl1-y)N中のyが0.27以上0.73以下であることが好ましく、0.30以上0.72以下であることがより好ましい。
【0022】
また、本実施形態の被覆切削工具において、後述する下部層を形成しない場合、第2層を最初に基材の表面に形成することが好ましい。本実施形態の被覆切削工具において、第2層を最初に基材の表面に形成すると、基材と被覆層との密着性が向上する傾向にある。
【0023】
[積層構造]
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層と第2層とが交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を有する。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層と第2層とが交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を有すると、界面整合性が低くなるため、硬さが高くなり、その結果、耐摩耗性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層及び第2層を交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を有することで、各層同士の密着性も向上するため、耐剥離性を起因とした欠損を抑制することができる。
【0024】
また、本実施形態の被覆切削工具は、積層構造が、第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さ、すなわち、積層周期を、各々特定範囲に制御した、第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造を、基材側から被覆層の表面側に向かって、この順で含む。このことにより、本実施形態の被覆切削工具は、各層同士の密着性を向上させ、剥離からの欠損を抑制することができ、例えば、難削材旋削加工において耐摩耗性及び耐欠損性を同時に向上させることができる。
【0025】
具体的には、本実施形態の被覆切削工具は、基材側の第1積層構造における積層周期を、500nmを超え3000nm以下とし、被覆層の表面側の第3積層構造における積層周期を、5nm以上50nm以下とし、第1積層構造と第3積層構造との間の第2積層構造における積層周期を、50nmを超え500nm以下とする。本実施形態の被覆切削工具は、積層構造がこのような構造、すなわち、基材側から被覆層の表面側に向かって、積層周期を段階的に小さくすることにより、各層同士の密着性に優れ、耐剥離性を起因とした欠損を抑制することができる。各層同士の密着性が向上する理由は、被覆層全体の圧縮応力が高くなるのを抑制できているためと推測している。
【0026】
第1積層構造における積層周期が500nmを超えると、第1積層構造に含まれる結晶粒の平均粒径を大きくし得ることにより、密着性が向上するので、剥離を起因とした欠損を抑制することができる。一方、第1積層構造における積層周期が3000nm以下であると、第1層及び第2層の平均厚さが厚くなることにより、圧縮応力が大きくなることに起因した亀裂の発生を抑制することができるので、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から、第1積層構造における積層周期は505nm以上2900nm以下であることが好ましく、510nm以上2800nm以下であることがより好ましい。
【0027】
また、第2積層構造における積層周期が50nmを超えると、第1積層構造と第2積層構造との密着性が向上する。これは、第1積層構造及び第2積層構造に含まれる結晶粒の平均粒径と圧縮応力とのバランスに優れるためだと推測している。一方、第2積層構造における積層周期が500nm以下であると、第2積層構造と第3積層構造との密着性が向上する。これは、第2積層構造と第3積層構造に含まれる結晶粒の平均粒径と圧縮応力とのバランスに優れるためだと推測している。同様の観点から、第2積層構造における積層周期は55nm以上490nm以下であることが好ましく、60nm以上480nm以下であることがより好ましい。
【0028】
また、第3積層構造における積層周期が5nm以上であると、加工中に発生した亀裂が基材に向かって進展するのを抑制することができるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、被覆層の表面側のみがチッピングすることで、基材側の被覆層が残り、この結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上すると推測される。一方、第3積層構造における積層周期が50nm以下であると、第3積層構造に含まれる結晶粒の平均粒径を小さくし得ることにより、被覆層の表面側における圧縮応力が高くなるのを抑制することができる。その結果、亀裂が発生するのを抑制し、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から、第3積層構造における積層周期は5nm以上48nm以下であることが好ましく、6nm以上45nm以下であることがより好ましい。
【0029】
また、本実施形態の被覆切削工具は、第1積層構造の平均厚さが、1.0μmを超え6.0μm以下である。第1積層構造の平均厚さが1.0μmを超えると、第1積層構造を有することによる効果が得られ、第1積層構造の平均厚さが6.0μm以下であると、相対的に第2積層構造又は第3積層構造の厚さが減少することによる、耐欠損性の低下を抑制することができる。同様の観点から、第1積層構造の平均厚さは2.0μm以上5.8μm以下であることが好ましく、2.2μm以上5.6μm以下であることがより好ましい。
【0030】
また、本実施形態の被覆切削工具は、第2積層構造の平均厚さが、0.1μmを超え2.0μm以下である。第2積層構造の平均厚さが0.1μmを超えると、第2積層構造を有することによる効果が得られ、第2積層構造の平均厚さが2.0μm以下であると、相対的に第1積層構造又は第3積層構造の厚さが減少することによる、密着性の低下及び耐欠損性の低下を抑制することができる。同様の観点から、第2積層構造の平均厚さは0.12μm以上1.95μm以下であることが好ましく、0.12μm以上1.92μm以下であることがより好ましい。
【0031】
また、本実施形態の被覆切削工具は、第3積層構造の平均厚さが、0.1μm以上2.0μm以下である。第3積層構造の平均厚さが0.1μm以上であると、第3積層構造を有することによる効果が得られ、第3積層構造の平均厚さが2.0μm以下であると、相対的に第1積層構造又は第2積層構造の厚さが減少することによる、密着性の低下を抑制することができる。同様の観点から、第3積層構造の平均厚さは0.15μm以上0.60μm以下であることが好ましく、0.20μm以上0.54μm以下であることがより好ましい。
【0032】
また、本実施形態の被覆切削工具は、基材と被覆層との界面から被覆層の表面側に向かって300nmの位置において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、50nm以上500nm以下であることが好ましい。基材と被覆層との界面から被覆層の表面側に向かって300nmの位置において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、50nm以上であると、粒子の脱落が抑制されるので、密着性が向上する傾向にある。また、基材と被覆層との界面から被覆層の表面側に向かって300nmの位置において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、500nm以下であると、圧縮応力が大きくなるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、基材と被覆層との界面から被覆層の表面側に向かって300nmの位置において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径は、52nm以上495nm以下であることがより好ましく、54nm以上492nm以下であることがさらに好ましい。
【0033】
また、本実施形態の被覆切削工具は、第3積層構造における基材と反対側の表面から基材側に向かって100nmの位置において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、5nm以上50nm未満であることが好ましい。第3積層構造における基材と反対側の表面から基材側に向かって100nmの位置において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、5nm以上であると、圧縮応力が高くなりすぎるのを抑えることで、剥離を更に抑制できるため、密着性が向上する傾向にある。また、第3積層構造における基材と反対側の表面から基材側に向かって100nmの位置において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が、50nm未満であると、圧縮応力が大きくなるため、亀裂の進展が一層抑制され、その結果、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、第3積層構造における基材と反対側の表面から基材側に向かって100nmの位置において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径は、5nm以上48nm以下であることがより好ましく、5nm以上45nm以下であることがさらに好ましい。
【0034】
本実施形態の被覆切削工具は、上述したとおり、被覆層と基材との界面の近傍の被覆層において、積層周期を比較的大きい範囲内に制御していることに伴い、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径を大きくすることができる。その結果、本実施形態の被覆切削工具は、粒子の脱落が抑制できるので、密着性が向上し、耐剥離性を起因とした欠損を抑制できる傾向にある。本実施形態の被覆切削工具は、上述したとおり、被覆層における基材と反対側の表面近傍において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径が小さくなっていることにより、圧縮応力が大きくなるので、耐チッピング性及び耐欠損性が向上する傾向にある。
なお、本実施形態において、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径は、基材の表面と平行な方向に線を引き、この線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除した値とする。具体的には、被覆層を構成する結晶粒の平均粒径は、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。また、被覆層を構成する結晶粒は、式(1)で表される組成からなる化合物の結晶粒、式(2)で表される組成からなる化合物の結晶粒のいずれかを含むか、式(1)で表される組成からなる化合物の結晶粒及び式(2)で表される組成からなる化合物の結晶粒の両方が含まれる。
【0035】
本実施形態の被覆切削工具は、第1積層構造において、第1層と第2層との繰り返し数が、1回以上12回以下が好ましく、1回以上10回以下がより好ましく、1回以上8回以下がさらに好ましく、1回以上5回以下が特に好ましい。
本実施形態の被覆切削工具は、第2積層構造において、第1層と第2層との繰り返し数が、1回以上40回以下が好ましく、1回以上30回以下がより好ましく、1回以上20回以下がさらに好ましく、1回以上10回以下が特に好ましい。
本実施形態の被覆切削工具は、第3積層構造において、第1層と第2層との繰り返し数が、1回以上400回以下が好ましく、2回以上300回以下がより好ましく、3回以上200回以下がさらに好ましく、5回以上100回以下が特に好ましい。
なお、本実施形態において、第1層と、第2層とを1層ずつ形成した場合、「繰り返し数」は1回である。
【0036】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。被覆切削工具8は、基材1と、その基材1の表面上に形成された被覆層7とを備える。被覆層7は、基材1側から第2層2と第1層3とをこの順で交互に6回繰り返し形成した積層構造を有する。当該積層構造は、基材1側から被覆層7の表面側に向かって、第1積層構造4、第2積層構造5及び第3積層構造6をこの順で有する。
【0037】
〔上部層〕
本実施形態に用いる被覆層は、第3積層構造における基材と反対側の表面に上部層を有してもよい。上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は積層であることが好ましい。上部層がこのような化合物の単層又は積層であると、耐摩耗性に一層優れるので、さらに好ましい。また、上記と同様の観点から、上部層は、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むとより好ましく、Ti、Nb、Ta、Cr、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物(ただし、式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むとさらに好ましい。また、上部層は単層であってもよく2層以上の多層(積層)であってもよい。
【0038】
本実施形態に用いる被覆層において、上部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下であることが好ましい。上部層の平均厚さが0.1μm以上3.5μm以下であると、耐摩耗性により優れる傾向を示す。同様の観点から、上部層の平均厚さは、0.2μm以上3.0μm以下であるとより好ましく、0.3μm以上2.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0039】
〔下部層〕
本実施形態に用いる被覆層は、基材と、第1層及び第2層の積層構造との間に下部層を有すると好ましい。これにより、基材と被覆層との密着性が更に向上する傾向にある。その中でも、下部層は、上記と同様の観点から、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むと好ましく、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むとより好ましく、Ti、Ta、Cr、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物(ただし、式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むとさらに好ましい。また、下部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0040】
本実施形態に用いる被覆層において、下部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下であることが好ましい。下部層の平均厚さが0.1μm以上3.5μm以下であると、基材と被覆層との密着性が更に向上する傾向を示す。同様の観点から、下部層の平均厚さは、0.2μm以上3.0μm以下であるとより好ましく、0.3μm以上2.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0041】
〔被覆層の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具における被覆層の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、及びイオンミキシング法などの物理蒸着法が挙げられる。物理蒸着法を使用して、被覆層を形成すると、シャープエッジを形成することができるので好ましい。その中でも、アークイオンプレーティング法は、被覆層と基材との密着性に一層優れるので、より好ましい。
【0042】
〔被覆切削工具の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具の製造方法について、以下に具体例を用いて説明する。なお、本実施形態の被覆切削工具の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に制限されるものではない。
【0043】
まず、工具形状に加工した基材を物理蒸着装置の反応容器内に収容し、金属蒸発源を反応容器内に設置する。その後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きし、反応容器内のヒーターにより基材をその温度が200℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。圧力0.5Pa~5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-500V~-350Vのバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに40A~50Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を施す。基材の表面にイオンボンバードメント処理を施した後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きする。
【0044】
本実施形態に用いる下部層を形成する場合、基材をその温度が400℃~600℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-80V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~200Aのアーク放電により各層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて下部層を形成するとよい。
【0045】
本実施形態に用いる第1層を形成する場合、基材をその温度が350℃~550℃になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を1.0Pa~5.0Paにする。その後、基材に-60V~-40Vのバイアス電圧を印加し、TiC蒸発源を80A~150Aとするアーク放電により蒸発させて、第1層を形成するとよい。
【0046】
本実施形態に用いる第2層を形成する場合、基材をその温度が350℃~550℃になるように制御する。なお、その基材の温度を、第1層を形成する際の基材の温度と同じにすると、第1層と第2層とを連続して形成することができるので好ましい。温度を制御した後、反応容器内にN2ガスを導入して、反応容器内の圧力を1.0Pa~5.0Paとする。次いで、基材に-100V~-20Vのバイアス電圧を印加し、アーク電流80A~150Aのアーク放電により第2層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、第2層を形成するとよい。
【0047】
第1層と第2層とが交互にそれぞれ1層以上積層された積層構造を形成するには、TiC蒸発源及び金属蒸発源を上述した条件にて、交互にアーク放電により蒸発させることによって、各層を交互に形成するとよい。TiC蒸発源及び金属蒸発源のアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、積層構造を構成する各層の厚さを制御することができ、積層周期を特定範囲に制御した第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造を形成することができる。
【0048】
第1層を形成する際、反応容器内の圧力を高くすると、式(1)で表される組成において、N元素の割合が小さくなり、C元素の割合(x)を大きくすることができる。
【0049】
本実施形態に用いる第1層における結晶粒の平均粒径を所定の値にするには、上述の第1層を形成する過程において、バイアス電圧やC元素の原料(TiC)の量を調整するとよい。より具体的には、第1層を形成する過程において、負のバイアス電圧を高く(ゼロから遠い側)すると、第1層における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。第1層を形成する過程において、C元素の原料の量を多くすると、第1層における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。また、第1層の1層当たりの平均厚さが薄くなると、第1層における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。
【0050】
本実施形態に用いる第2層における結晶粒の平均粒径を所定の値にするには、上述の第2層を形成する過程において、バイアス電圧を調整するとよい。より具体的には、第2層を形成する過程において、負のバイアス電圧を高く(ゼロから遠い側)すると、第2層における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。第2層における結晶粒の平均粒径が小さくなることでアスペクト比が大きくなる傾向がある。また、第2層の1層当たりの平均厚さが薄くなると、第2層における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。
【0051】
本実施形態に用いる上部層を形成する場合、上述した下部層と同様の製造条件により形成するとよい。すなわち、まず、基材をその温度が400℃~600℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-80V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~200Aのアーク放電により各層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、上部層を形成するとよい。
【0052】
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織から、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における3箇所以上の断面から各層の厚さを測定して、その平均値(相加平均値)を計算することで求めることができる。
【0053】
また、本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0054】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐摩耗性及び耐欠損性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる(ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない)。本実施形態の被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用又は旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、及びエンドミルなどを挙げることができる。
【実施例
【0055】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
(実施例1)
基材として、CNMG120408-SMのインサート(89.6WC-9.8Co-0.6Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金)を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表1及び表2に示す各層の組成になるようTiC蒸発源及び金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0057】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0058】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0059】
発明品1~21については、真空引き後、基材をその温度が表3に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内を表3に示す圧力に調整した。その後、基材に表3に示すバイアス電圧を印加して、表1に示す組成になるような第1層のTiC蒸発源と、表1に示す組成になるような第2層の金属蒸発源とを表1に示す最下層が最初に基材の表面に形成されるような順序で交互に、表3に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、第1層と第2層とを交互に形成し、第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造をこの順で形成した。このとき表3に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、第1層の厚さ及び第2層の厚さ、並びに第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造の厚さは、表1に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0060】
比較品1~17については、真空引き後、基材をその温度が表4に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内を表4に示す圧力に調整した。その後、基材に表4に示すバイアス電圧を印加して、表2に示す組成のA層のTiC蒸発源と、表2に示す組成のB層の金属蒸発源とを表2に示す最下層が最初に基材の表面に形成されるような順序で交互に、表4に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、表2に示す最下層が基材の最初の表面になるような順序でA層とB層とを交互に形成し、第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造をこの順で形成した。このとき表4に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、A層の厚さ及びB層の厚さ、並びに第1積層構造、第2積層構造及び第3積層構造の厚さは、表2に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0061】
基材の表面に表1及び表2に示す所定の平均厚さまで各層及び積層構造を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
得られた試料の各層の平均厚さは、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEM観察し、各層の厚さを測定し、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。それらの結果を、表1及び表2に併せて示す。
【0067】
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、TEMに付属するEDSを用いて測定した。測定結果を、表1及び表2に示す。なお、表1及び表2の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。
【0068】
〔平均粒径〕
得られた試料について、以下のとおり、市販の透過型顕微鏡(TEM)を用いて、基材と被覆層との界面から被覆層の表面側に向かって300nmの位置(以下、単に「基材から300nmの位置」とも記す)における結晶粒の平均粒径、並びに第3積層構造の基材と反対側の表面から基材側に向かって100nmの位置(以下、単に「第3積層構造の表面から100nmの位置」とも記す)における結晶粒の平均粒径を測定した。まず、集束イオンビーム(FIB)加工機を用いて、被覆層の断面(被覆層の厚さを観察するときと同じ方向の断面:基材表面に対して垂直方向)を観察面とする薄膜の試料を作製した。作製した試料の観察面について走査透過電子像(STEM像)の写真を撮影した。撮影した写真の基材から300nmの位置において、基材の表面と平行な方向に直線を引き、この線上に存在する結晶粒の数を測定した。この直線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除し、得られた値を基材から300nmの位置における結晶粒の平均粒径とした。このとき、直線の長さを10μm以上とした。同様に、撮影した写真の第3積層構造の表面から100nmの位置において、基材の表面と平行な方向に直線を引き、この直線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除し、得られた値を第3積層構造の表面から100nmの位置における結晶粒の平均粒径とした。測定結果を、表5及び表6に示す。
【0069】
【表5】
【0070】
【表6】
【0071】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0072】
[切削試験]
被削材:SUS304
被削材形状:120mm×400mmの丸棒
切削速度:150m/min
1刃あたりの送り:0.25mm/rev
切り込み深さ:2.0mm
クーラント:使用
評価項目:試料が欠損(試料の切れ刃部に欠けが生じる)したとき、又は逃げ面摩耗幅が0.30mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工時間を測定した。また、加工時間が10分のときの損傷形態をSEMで観察した。なお、加工時間が10分であるときの損傷形態が「チッピング」であるのは、加工を継続できる程度の欠けであったことを意味する。また、加工時間が長いことは、耐欠損性及び耐摩耗性に優れていることを意味する。得られた評価の結果を表7及び表8に示す。
【0073】
【表7】
【0074】
【表8】
【0075】
表7及び表8に示す結果より、発明品の加工時間は22分以上であり、全ての比較品の加工時間よりも長かった。
【0076】
以上の結果より、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させたことにより、発明品の工具寿命が長くなっていることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0078】
1…基材、2…第2層、3…第1層、4…第1積層構造、5…第2積層構造、6…第3積層構造、7…被覆層、8…被覆切削工具。
図1