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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-12
(45)【発行日】2022-09-21
(54)【発明の名称】分析方法、分析装置およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220913BHJP
   H01J 49/16 20060101ALI20220913BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20220913BHJP
【FI】
G01N27/62 G
H01J49/16 700
H01J49/00 310
H01J49/00 360
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020540010
(86)(22)【出願日】2018-08-31
(86)【国際出願番号】 JP2018032477
(87)【国際公開番号】W WO2020044564
(87)【国際公開日】2020-03-05
【審査請求日】2021-02-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100093056
【弁理士】
【氏名又は名称】杉谷 勉
(72)【発明者】
【氏名】村田 匡
(72)【発明者】
【氏名】藤田 慎二郎
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/154240(WO,A1)
【文献】特開2000-131284(JP,A)
【文献】特開平07-128317(JP,A)
【文献】特表2002-522647(JP,A)
【文献】国際公開第2016/027319(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/047399(WO,A1)
【文献】林 由美 他,PESI/MS/MS による in vivo リアルタイム・モニタリング法の構築,島津評論,2017年09月20日,Vol.74 NO.1・2,19-25
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-27/70
G01N 1/00-1/44
H01J 49/00-49/48
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析装置のイオン化部に配置された試料を、溶媒と接触した状態でイオン化して分析する分析方法であって、
前記試料と前記溶媒とを前記イオン化部に配置する配置工程と、
前記配置工程によって前記試料と前記溶媒とが前記イオン化部に配置された状態で前記試料に接触していない前記溶媒を探針に付着させた後、前記探針に付着した前記溶媒のイオン化を行い、生成されたイオンを質量分析により検出し、第1測定データを取得する第1質量分析と、
前記第1質量分析に引き続いて行われ、前記溶媒中の前記試料を前記探針に付着させるか、または前記試料を前記探針に付着させ前記探針に付着した前記試料を前記溶媒に接触させた後、前記探針に付着した、前記溶媒および前記試料をイオン化し、生成されたイオンを質量分析により検出し、第2測定データを取得する第2質量分析と、
前記第1測定データおよび前記第2測定データに基づいて、前記試料に対応する測定データを生成する測定データ生成と
を備える分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の分析方法において、
前記試料および前記溶媒は、前記イオン化部のイオン化室の内部に配置される分析方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の分析方法において、
前記第1質量分析が開始されてから前記第2質量分析が終了するまでの間に、ユーザーが前記試料および前記溶媒の配置を操作しない分析方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の分析方法において、
前記第1質量分析が開始されてから前記第2質量分析が終了するまでの間に、ユーザーが前記試料または前記溶媒が配置される試料プレートを交換しない分析方法。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか一項に記載の分析方法において、
前記測定データ生成では、前記第2測定データにおけるm/zに対応する検出強度から、前記第1測定データにおける前記m/zに対応する検出強度を引き算して前記試料に対応する測定データを作成する分析方法。
【請求項6】
イオン化部を備え、前記イオン化部に配置された試料を、溶媒と接触した状態でイオン化して分析する分析方法に用いる分析装置であって、
前記試料と前記溶媒とを前記イオン化部に配置させ、前記試料と前記溶媒とが前記イオン化部に配置された状態で前記試料に接触していない前記溶媒を探針に付着させた後、前記探針に付着した前記溶媒のイオン化を行い、生成されたイオンを質量分析により検出し、第1測定データを取得する第1質量分析と、前記第1質量分析に引き続いて行われ、前記溶媒中の前記試料を前記探針に付着させるか、または前記試料を前記探針に付着させ前記探針に付着した前記試料を前記溶媒に接触させた後、前記探針に付着した、 前記溶媒および前記試料をイオン化し、生成されたイオンを質量分析により検出し、第2測定データを取得する第2質量分析と、を行う測定部と、
前記第1測定データおよび前記第2測定データに基づいて、前記試料に対応する測定データを生成する解析部と
を備える分析装置。
【請求項7】
試料および溶媒が配置された、分析装置のイオン化部において、前記試料と前記溶媒とを前記イオン化部に配置させ、前記試料と前記溶媒とが前記イオン化部に配置された状態で前記試料に接触していない前記溶媒を探針に付着させた後、前記探針に付着した前記溶媒のイオン化を行い、生成されたイオンを質量分析により検出し、第1測定データを取得する第1質量分析の制御処理と、
前記第1質量分析に引き続いて行われ、前記溶媒中の前記試料を前記探針に付着させるか、または前記試料を前記探針に付着させ前記探針に付着した前記試料を前記溶媒に接触させた後、前記探針に付着した、前記溶媒および前記試料をイオン化し、生成されたイオンを質量分析により検出し、第2測定データを取得する第2質量分析の制御処理と、
前記第1測定データおよび前記第2測定データに基づいて、前記試料に対応する測定データを生成する測定データ生成処理と
を処理装置に行わせるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析方法、分析装置およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
探針エレクトロスプレーイオン化(Probe ElectroSpray Ionization;PESI)を用いた質量分析(以下、適宜PESI質量分析と呼ぶ)は、前処理を行う必要が無いため生きている生物等から採取した試料を迅速にイオン化することができる点や、探針を刺入するそれぞれの位置における試料成分の比較が容易にできる点等、様々な利点がある。
【0003】
PESIを行うPESIイオン源は、先端の径が数百ナノメートル(nm)等の探針と、探針または試料の少なくとも一方を移動させる移動部と、探針に数kV等の高電圧を印加する高電圧印加部とを備える。PESIでは、移動部による移動により探針に試料を付着させ、高電圧印加部により試料が付着した探針に高電圧を印加する。すると、エレクトロスプレー現象により試料中の成分が周囲雰囲気に放出されイオン化される。ここで、試料を効率的にイオン化するためには試料が溶媒と接触している状態で探針に高電圧を印加することが好ましい(特許文献1参照)。
【0004】
PESIの特徴を生かすため、イオン化の際の試料および溶媒の配置の方法が提案されている。例えば、特許文献2では、溶媒を収容し、2つの膜体を有する溶媒供給部を試料の上面に配置してPESIを行う分析方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2010/047399号
【文献】国際公開第2017/154240号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
溶媒が付着した試料のPESI質量分析により得られた検出信号(以下、溶媒-試料検出信号と呼ぶ)には、試料由来のイオンに対応する検出信号と溶媒由来のイオンに対応する検出信号とが含まれている。試料由来のイオンに対応する検出信号を区別して解析するためには、試料に接触していない溶媒のPESI質量分析により得られた検出信号(以下、溶媒検出信号と呼ぶ)を取得し、溶媒-試料検出信号と溶媒検出信号とに基づいて解析を行う必要がある。しかし、従来の方法では、溶媒が付着した試料をイオン化部に配置してPESI質量分析を行った後、PESI質量分析を行う分析装置のユーザーがイオン化部における配置を変更し、溶媒のみをイオン化部に配置してPESI質量分析をする必要があり、作業が煩雑であった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様によると、分析方法は、分析装置のイオン化部に配置された試料を、溶媒と接触した状態でイオン化して分析する分析方法であって、前記試料と前記溶媒とを前記イオン化部に配置する配置工程と、前記配置工程によって前記試料と前記溶媒とが前記イオン化部に配置された状態で前記試料に接触していない前記溶媒を探針に付着させた後、前記探針に付着した前記溶媒のイオン化を行い、生成されたイオンを質量分析により検出し、第1測定データを取得する第1質量分析と、前記第1質量分析に引き続いて行われ、前記溶媒中の前記試料を前記探針に付着させるか、または前記試料を前記探針に付着させ前記探針に付着した前記試料を前記溶媒に接触させた後、前記探針に付着した、前記溶媒および前記試料をイオン化し、生成されたイオンを質量分析により検出し、第2測定データを取得する第2質量分析と、前記第1測定データおよび前記第2測定データに基づいて、前記試料に対応する測定データを生成する測定データ生成とを備える。
本発明の第2の態様によると、第1の態様の分析方法において、前記試料および前記溶媒は、前記イオン化部のイオン化室の内部に配置されることが好ましい。
本発明の第3の態様によると、第1または第2の態様の分析方法において、前記第1質量分析が開始されてから前記第2質量分析が終了するまでの間に、ユーザーが前記試料および前記溶媒を操作しないことが好ましい。
本発明の第4の態様によると、 第1から第3までのいずれかの態様の分析方法において、前記第1質量分析が開始されてから前記第2質量分析が終了するまでの間に、ユーザーが前記試料または前記溶媒が配置される試料プレートを交換しないことが好ましい。
本発明の第5の態様によると、 第1から第4までのいずれかの態様の分析方法において、前記測定データ生成では、 前記第2測定データにおけるm/zに対応する検出強度から、前記第1測定データにおける前記m/zに対応する検出強度を引き算して前記試料に対応する測定データを作成することが好ましい。
本発明の第6の態様によると、分析装置は、イオン化部を備え、前記イオン化部に配置された試料を、溶媒と接触した状態でイオン化して分析する分析方法に用いる分析装置であって、前記試料と前記溶媒とを前記イオン化部に配置させ、前記試料と前記溶媒とが前記イオン化部に配置された状態で前記試料に接触していない前記溶媒を探針に付着させた後、前記探針に付着した前記溶媒のイオン化を行い、生成されたイオンを質量分析により検出し、第1測定データを取得する第1質量分析と、前記第1質量分析に引き続いて行われ、前記溶媒中の前記試料を前記探針に付着させるか、または前記試料を前記探針に付着させ前記探針に付着した前記試料を前記溶媒に接触させた後、前記探針に付着した、前記溶媒および前記試料をイオン化し、生成されたイオンを質量分析により検出し、第2測定データを取得する第2質量分析と、を行う測定部と、前記第1測定データおよび前記第2測定データに基づいて、前記試料に対応する測定データを生成する解析部とを備える。
本発明の第7の態様によると、プログラムは、試料および溶媒が配置された、分析装置のイオン化部において、前記試料と前記溶媒とを前記イオン化部に配置させ、前記試料と前記溶媒とが前記イオン化部に配置された状態で前記試料に接触していない前記溶媒を探針に付着させた後、前記探針に付着した前記溶媒のイオン化を行い、生成されたイオンを質量分析により検出し、第1測定データを取得する第1質量分析の制御処理と、前記第1質量分析に引き続いて行われ、前記溶媒中の前記試料を前記探針に付着させるか、または前記試料を前記探針に付着させ前記探針に付着した前記試料を前記溶媒に接触させた後、前記探針に付着した、前記溶媒および前記試料をイオン化し、生成されたイオンを質量分析により検出し、第2測定データを取得する第2質量分析の制御処理と、前記第1測定データおよび前記第2測定データに基づいて、前記試料に対応する測定データを生成する測定データ生成処理とを処理装置に行わせるためのものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、PESIの利点を生かしつつ、手間がかからず迅速に試料Sの分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、一実施形態の分析方法に係る分析装置の構成を示す概念図である。
図2図2(A)は、溶媒供給部を模式的に示す断面図であり、図2(B)は、溶媒供給部を模式的に示す上面図であり、図2(C)は、一実施形態の分析方法を説明するための概念図である。
図3図3(A)は、溶媒をPESI質量分析する場合を説明するための概念図であり、図3(B)は、試料および溶媒をPESI質量分析する場合を説明するための概念図である。
図4図4は、一実施形態の分析方法の流れを示すフローチャートである。
図5図5(A)は、溶媒をPESI質量分析する場合を説明するための概念図であり、図5(B)は、試料および溶媒をPESI質量分析する場合を説明するための概念図である。
図6図6(A)は、試料プレートを模式的に示す上面図であり、図6(B)および6(C)は、試料プレートを模式的に示す側面図であり、図6(D)は、試料プレートの開閉を説明するための概念図である。
図7図7(A)は、開いている試料プレートを模式的に示す断面図であり、図7(B)は、閉じている試料プレートを模式的に示す断面図である。
図8図8(A)、8(B)および8(C)は、試料プレートへの試料の配置を説明するための概念図である。
図9図9(A)は、溶媒をPESI質量分析する場合を説明するための概念図であり、図9(B)は、試料および溶媒をPESI質量分析する場合を説明するための概念図である。
図10図10は、変形例の分析方法の流れを示すフローチャートである。
図11図11は、プログラムを説明するための概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。
【0011】
-第1実施形態-
本実施形態の分析方法は、溶媒をイオン化する第1質量分析を行い、第1質量分析に引き続いて、溶媒および試料をイオン化する第2質量分析を行うものである。
【0012】
図1は、第1質量分析および第2質量分析を行う分析装置の構成を示す概念図である。分析装置1は、測定部100と、情報処理部40とを備える。測定部100は、質量分析計10を備える。
【0013】
質量分析計10は、試料台駆動部11と、探針駆動部12と、電圧印加部13と、イオン化部21と、イオンレンズ221を備える第1真空室22aと、イオン化部21から第1真空室22aへイオンを導入する管220と、イオンガイド222を備える第2真空室22bと、第3真空室22cとを備える。イオン化部21は、イオン化室214を備え、溶媒供給部8が配置された試料Sを支持する試料台211と、探針212と、探針ホルダ213とを備える。第3真空室22cは、第1質量分離部23と、コリジョンセル24と、第2質量分離部25と、検出部30とを備える。コリジョンセル24は、イオンガイド240とCIDガス導入口241とを備える。
【0014】
情報処理部40は、入力部41と、通信部42と、記憶部43と、出力部44と、制御部50とを備える。制御部50は、装置制御部51と、解析部52と、出力制御部53ととを備える。
【0015】
質量分析計10は、イオン化部21で探針212に付着した物質がイオン化され生成されたイオンInに対してタンデム質量分析を行う。イオンInの経路(イオン光軸)を、一点鎖線の矢印A1により模式的に示した。以下、特に断りの無い限り、探針212の長軸方向(探針212から試料Sに向かう方向)に平行にz軸をとり、z軸に垂直でイオン光軸A1に平行にy軸をとり、z軸およびy軸に垂直にx軸をとるものとする(座標軸9参照)。
【0016】
質量分析計10のイオン化部21は、エレクトロスプレー現象を利用して、イオン化部21に配置された試料Sや溶媒等をイオン化する。イオン化部21は、不図示の扉を閉めることにより密閉可能なイオン化室214を含み、当該扉を開いて分析装置1のユーザー(以下、単にユーザーと呼ぶ)が内部の試料Sおよび溶媒等の配置を操作することができるように構成されている。イオン化および質量分析は、当該扉を閉めた状態で行うことが安定な測定のために好ましい。
なお、イオン化部21は、イオン化室214を備えなくともよい。試料Sのイオン化は、試料Sが壁等に囲まれていない開放された系で行ってもよい。生きている生物の体液等を探針212に付着させてイオン化を行う際、イオン化室214に当該生物を配置するのが難しい場合があるためである。
【0017】
試料台211は、試料Sを支持する試料支持部として機能し、モーターや減速機構を備える試料台駆動部11により駆動され(矢印A2)、試料Sがxy方向に移動可能に構成されている。探針212は、効率的なイオン化のため、先端の径が数nm~数百μmまで細くなっていることが好ましく、先端の径が1μm以下がさらに好ましい。探針212は、探針ホルダ213により支持され、z方向に沿って移動可能に構成されている。探針212は、モーターや減速機構を備える探針駆動部12により駆動され(矢印A3)z方向に沿って移動し、試料Sの所定の深さまで刺入されて試料Sが付着された後、z方向に沿って管220に対向する位置まで移動する。探針212が管220に対向する位置まで移動したら、探針212に数kV等の高電圧が直流電圧源等を備える電圧印加部13により印加され(矢印A4)、この電圧により引き起こされたエレクトロスプレー現象により探針212に付着した試料Sがイオン化される。探針212に印加される高電圧の極性は、検出するイオンの極性に基づいて設定される。
【0018】
試料Sは、固体または液体でエレクトロスプレー現象によりイオン化が可能であれば特に限定されない。PESIでは大気圧下で迅速なイオン化が可能であり、生体から取得した試料Sをすぐ分析できる利点を生かすため、試料Sとしては、生体試料が好ましい。ここで、生体試料とは、生きている生体そのもの、生体から採取した組織切片等の固形物、生体由来の血液、尿、唾液、胃液等の体液、および胃等の内臓の内容物を含む。
【0019】
溶媒は、試料Sを溶解または湿潤させるものであれば特に限定されず、水等の水系溶媒、アルコール等の有機溶媒、または、エタノール水溶液等の水および有機溶媒の混合液を用いることができる。質量分析に悪影響が無ければ適宜試薬を加えることができ、例えば、試料Sが生体試料の場合、血液の凝固を防止するため、溶媒にヘパリン等の抗凝固薬を添加してもよい。
【0020】
以下では、試料Sが生きているマウスの肝臓であり、複数の膜体を備え溶媒を収容する溶媒供給部8を用いてイオン化を行う場合を例に説明する。溶媒供給部8の詳細については、特許文献2を参照されたい。
【0021】
図2(A)および図2(B)は、それぞれ溶媒供給部8を模式的に示す断面図および上面図である。溶媒供給部8は、円筒状の側壁80と、第1膜体81と、第2膜体82と、スペーサー83とを備える。側壁80の底部の開口は第1膜体81により覆われており、側壁80と第1膜体81とに囲まれた空間に溶媒84が保持されている。第1膜体81および第2膜体82はスペーサー83を間に挟み略平行に配置されている。溶媒供給部8には、第1膜体81、第2膜体82およびスペーサー83に囲まれた空隙85が形成されている。スペーサー83は円筒状が好ましいが、空隙85の側方(xy平面に平行な方向)全てを囲んでいる必要は無く、一部に開口があり血液等を逃がすことができるとより好ましい。
【0022】
第1膜体81および第2膜体82は、溶媒84を透過させない膜体からなる。第1膜体81を構成する膜体は、探針212の刺入により開口が形成されても、探針212が第1膜体81から外れた後、当該開口を狭くし溶媒84を流出しにくくする適度な弾性を有することが好ましい。第2膜体82は、溶媒供給部8が第2膜体82を接触面として試料Sに配置された際に、試料Sの表面に過度の圧力を加えないよう適度な弾性を有することが好ましい。
【0023】
第1膜体81および第2膜体82を構成する物質は、ポリ塩化ビニリデンが好ましいが、これに限定されず、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリメチルペンテン等の少なくとも一つを含む樹脂を用いることができる。
【0024】
図2(C)は、本実施形態における試料Sおよび溶媒供給部8の配置を示す概念図である。ユーザーは、麻酔をかけた状態のマウスMを開腹し試料台211の上に不図示の固定具により固定する。開腹されたマウスMの肝臓である試料Sは露出しており、試料Sと第2膜体82とが接する状態で溶媒供給部8が試料Sの上に配置されている。溶媒供給部8は、側壁80の内側に溶媒84を保持する状態で試料Sの上に配置されている。探針212は、その先端が上方から溶媒供給部8の側壁80の内側へと進入し、溶媒84またはその下方に配置された試料Sと接触した後、また戻るように探針駆動部12により往復移動する。
【0025】
本実施形態の分析方法では、探針212に試料Sを付着させず溶媒84を付着させた後、溶媒84のイオン化および質量分析をする第1質量分析を行う。第1質量分析に引き続いて、探針212に試料Sおよび溶媒84を付着させた後、試料Sおよび溶媒84のイオン化および質量分析をする第2質量分析を行う。ここで、「第1質量分析に引き続いて第2質量分析を行う」とは、第1質量分析が開始されてから第2質量分析が終了するまでの間に、ユーザーがイオン化部21における配置を操作する必要がないことを意味する。
【0026】
図3(A)は、第1質量分析を行う際の、探針212の移動を説明するための概念図である。探針212は、試料Sへと向かうz軸方向に沿って図中下向きに移動し、溶媒84と接触した後、第1膜体81に接触する前に折り返し、z軸方向に沿って図中上向きに移動する。溶媒84の液面をレーザー等で検知することにより、探針212が折り返す位置の制御を行ってもよい。あるいは、液面の位置を精密に検知しなくても、マススペクトルで溶媒84に対応するピークが検出されるまで、探針212を異なる複数の位置で折り返してイオン化を行ってみてもよい。溶媒84が付着した探針212は管220に対向する位置に戻った後、電圧印加部13により高電圧が印加され、溶媒84のイオン化が行われる。第1質量分析において、イオン化により生成されたイオンInは、試料Sに由来する試料由来イオンを含まず、溶媒84に由来する溶媒由来イオンを含む。
なお、探針212への高電圧の印加は、探針212が管220に対向する位置にあるときのみ行ってもよいし、高電圧を印加したまま探針212の移動を行ってもよい。第2質量分析でも同様である。
【0027】
図3(B)は、第2質量分析を行う際の、探針212の移動を説明するための概念図である。第1質量分析において探針212に付着した溶媒84のイオン化が行われた後、第2質量分析におけるイオン化のための探針212の移動が開始される。第1質量分析と第2質量分析との間に探針212を洗浄する必要はないが、洗浄を行ってもよい。
【0028】
探針212は、試料Sに向かうz軸方向に沿って図中下向きに移動し、溶媒84と接触した後、第1膜体81および第2膜体82に刺入されてこれらの膜体を通過し、試料Sと接触する。探針212は、試料Sと接触した後、折り返してz軸方向に沿って図中上向きに移動し、探針212に付着した試料Sが溶媒84に接触する。探針212の折り返し位置は、例えば検知した溶媒84の液面の位置等に基づいて適宜設定することができる。試料Sおよび溶媒84が付着した探針212は管220に対向する位置に戻った後、電圧印加部13により高電圧が印加され、試料Sおよび溶媒84のイオン化が行われる。第2質量分析において、イオン化により生成されたイオンInは、試料Sに由来する試料由来イオンと、溶媒84に由来する溶媒由来イオンとを含む。
【0029】
上述のように溶媒供給部8を用いて探針212に溶媒84を接触させる構成にすると、以下の利点がある。第一に、試料Sが探針212に付着した後、溶媒84に接触するため、溶媒84の存在下で試料Sが効率良くイオン化される。第二に、溶媒供給部8は空隙85を備えるため、血液等の夾雑物を含む液体が溶媒84に混じりにくい構成となっており、試料Sと共に探針212に付着した夾雑物も、探針212が溶媒84を通過する間に溶媒84に拡散される。従って、質量分析において夾雑物に対応するノイズが混じることが防止できる。第三に、溶媒供給部8が重しの役割を果たし、生きている生物の動きによる試料Sの動きを減らし、より正確な位置に探針212を刺入することができる。
【0030】
探針212に付着された物質がイオン化された後の質量分析の方法は、第1質量分析と第2質量分析とで特に異なる方法を用いる必要が無いため、以下では両方に適用可能な態様として説明する。図1に戻って、イオン化部21でのイオン化により生成されたイオンInは、イオン化部21と第1真空室22aとの圧力差等により移動し、管220を通過して第1真空室22aに入射する。
【0031】
第1真空室22a、第2真空室22bおよび第3真空室22cは、この順に真空度が高くなっており、第3真空室22cではターボ分子ポンプ等の不図示の真空ポンプにより例えば10-2Pa以下等の高真空まで排気されている。第1真空室22aに入射したイオンInは、イオンレンズ221を通過して第2真空室22bに導入される。第2真空室22bに入射したイオンInは、イオンガイド222の間を通過して第3真空室22cに導入される。第3真空室22cに導入されたイオンInは、第1質量分離部23へと出射される。第1質量分離部23に入射するまでの間に、イオンレンズ221やイオンガイド222等は、通過するイオンInの流れを電磁気学的作用により収束させる。
【0032】
第1質量分離部23は、四重極マスフィルタを備え、四重極マスフィルタに印加される電圧に基づく電磁気学的作用により、設定されたm/zを有するイオンInをプリカーサーイオンとして選択的に通過させてコリジョンセル24に向けて出射する。第1質量分離部23は、試料由来イオンを選択的に通過させる。
【0033】
コリジョンセル24は、イオンガイド240によりイオンの移動を制御しながら、衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation;CID)によりプリカーサーイオンを解離させ、プロダクトイオンを生成する。試料由来イオンも解離されてフラグメントイオンが生成されるが、このフラグメントイオンも試料由来イオンに含まれるものとする。CIDの際にイオンが衝突させられるアルゴンや窒素等を含むガス(以下、CIDガスと呼ぶ)は、コリジョンセル内で所定の圧力になるようにCIDガス導入口241から導入される(矢印A5)。生成されたプロダクトイオンを含むイオンInは、第2質量分離部25に向けて出射される。
【0034】
第2質量分離部25は、四重極マスフィルタを備え、四重極マスフィルタに印加される電圧に基づく電磁気学的作用により、設定されたm/zを有するイオンInを選択的に通過させて検出部30に向けて出射する。第2質量分離部23は、プロダクトイオンのうち試料由来イオンを選択的に通過させる。
【0035】
第1質量分離部23および第2質量分離部25における質量分離の方法は特に限定されず、分析対象の試料Sの成分等に基づいて適宜設定される。例えば、第1質量分離部23で特定のm/zを有するイオンInを選択的に通過させ、コリジョンセル24で当該イオンInを解離した後、第2質量分離部25で、四重極マスフィルタに印加される電圧の走査により所定のm/zの範囲を有するイオンInを順次通過させることができる。この場合、第1質量分離部23で通過させたイオンInのプロダクトイオンを含むマススペクトルを得ることができる。本実施形態の分析方法では、このようなプロダクトイオンスキャン測定の他、プリカーサーイオンスキャン測定、ニュートラルロススキャン測定またはMRM(Multiple Reaction Monitoring)測定等を適宜行うことができる。また、コリジョンセル24で解離を行わずにSIM(Selective Ion Monitoring)測定等を行ってもよい。
【0036】
検出部30は、二次電子増倍管や光電子増倍管等のイオン検出器を備え、入射したイオンInを検出する。検出モードは正イオンを検出する正イオンモードと、負イオンを検出する負イオンモードとのいずれでもよい。試料由来イオンを含むイオンInを検出して得た検出信号は不図示のA/D変換器によりA/D変換され、デジタル信号となって情報処理部40の制御部50に入力される(矢印A6)。
【0037】
情報処理部40は、電子計算機等の情報処理装置を備え、適宜ユーザーとのインターフェースとなる他、様々なデータに関する通信、記憶、演算等の処理を行う。情報処理部40は、測定部100の制御や、解析、表示の処理を行う装置となる。
なお、情報処理部40は、質量分析計10と一体になった一つの装置として構成してもよい。また、本実施形態の分析方法に用いるデータの一部は遠隔のサーバ等に保存してもよく、当該分析方法で行う演算処理の一部は遠隔のサーバ等で行ってもよい。測定部100の各部の動作の制御は、情報処理部40が行ってもよいし、各部を構成する装置がそれぞれ行ってもよい。
【0038】
情報処理部40の入力部41は、マウス、キーボード、各種ボタンまたはタッチパネル等の入力装置を含んで構成される。入力部41は、イオン化部21の制御のためのパラメータ等の、測定部100が行う処理や制御部50が行う処理に必要な情報等を、ユーザーから受け付ける。
【0039】
情報処理部40の通信部42は、インターネット等のネットワークを介して無線や有線の接続により通信可能な通信装置を含んで構成される。通信部42は、測定部100の測定に必要なデータを受信したり、解析部52の解析結果等の制御部50が処理したデータを送信したり、適宜必要なデータを送受信する。
【0040】
情報処理部40の記憶部43は、不揮発性の記憶媒体を備える。記憶部43は、測定部100から出力された検出信号に基づく測定データ、および制御部50が処理を実行するためのプログラム等を記憶する。
【0041】
情報処理部40の出力部44は、出力制御部53により制御され、液晶モニタ等の表示装置および/またはプリンターを含んで構成され、測定部100の測定に関する情報や、解析部52の解析結果等を、表示装置に表示したり印刷媒体に印刷して出力する。
【0042】
情報処理部40の制御部50は、CPU等のプロセッサを含んで構成される。制御部50は、イオン化部21を含む測定部100の制御や、測定データを解析する等、記憶部43等に記憶されたプログラムを実行することにより各種処理を行う。
【0043】
制御部50の装置制御部51は、入力部41を介した入力等に応じて設定された分析条件のデータ等に基づいて、測定部100の測定動作を制御する。装置制御部51は、第1質量分析に関する分析条件のデータと、第2質量分析に関する分析条件のデータを取得する。これらのデータに基づいて、装置制御部51は、第1質量分析の開始から第2質量分析の終了までの一連の測定部100の動作を設定する。
【0044】
例えば、第1質量分析および第2質量分析の両方で複数回の、イオン化および生成されたイオンInの検出を行い、得られた検出強度を積算して測定データを作成するとする。この場合、装置制御部51は、第1質量分析および第2質量分析のそれぞれについて、イオン化の回数に基づいて探針212の上下動の回数等、イオン化の制御に関するパラメータを設定し、第1質量分離部23や第2質量分離部25に印加する電圧等の質量分析の制御に関するパラメータを設定する。装置制御部51は、これらのパラメータに基づいてイオン化、質量分離および検出を繰り返し行うように測定部100の各部を制御する。試料Sや溶媒84の位置が予め設定可能な場合、当該位置を示す座標値が入力部41を介して入力され、装置制御部51は、これらの座標値に基づいて探針212の移動を制御してもよい。
【0045】
解析部52は、第1質量分析で得られた測定データ(以下、第1測定データと呼ぶ)および第2質量分析で得られた測定データ(以下、第2測定データと呼ぶ)に基づいて試料Sの各成分の定量等の解析を行う。解析部52は、第1測定データおよび第2測定データに基づいて、試料Sに対応する測定データ(以下、試料測定データと呼ぶ)を生成する。
【0046】
解析部52は、第1質量分析と第2質量分析のそれぞれについて、検出部30から出力された検出信号から、各m/zに対応する強度を算出する。解析部52は、各m/zについて、第2質量分析に対応する強度から、第1質量分析に対応する強度を引いた値を算出し、m/zと当該値とを対応させたデータを試料測定データとして記憶部43に記憶させる。
【0047】
プロダクトイオンスキャン測定のように、四重極マスフィルタに印加する電圧を走査して所定の範囲のm/zを有するイオンInを検出した場合、解析部52は、m/zと強度とを対応させたマススペクトルに対応するデータを作成することができる。この場合、解析部52は、第2質量分析で得られたマススペクトルの各m/zに対応する強度から、第1質量分析で得られたマススペクトルの各m/zに対応する強度を引き算することにより、試料Sに対応するマススペクトルに対応するデータを作成することができる。
【0048】
解析部52は、過去に質量分析により得られたデータ等に基づいてマススペクトルの各ピークに対応する分子を同定することができる。また、解析部52は、基準となる分子に対応するm/zの強度を用いて各分子に対応する強度の規格化を行ったりして試料Sに含まれる分子を定量することができる。解析部52による解析の方法は特に限定されない。
【0049】
出力制御部53は、分析条件のデータ、または解析部52の解析により得られた各種数値若しくはマススペクトル等を含む出力画像を作成し、出力部44に出力させる。
【0050】
図4は、本実施形態の分析方法の流れを示すフローチャートである。ステップS1001において、ユーザー等は、試料Sおよび、試料Sと接触していない溶媒84をイオン化部21に配置する。ステップS1001が終了したら、ステップS1003が開始される。ステップS1003において、装置制御部51は、試料Sに接触していない溶媒84を探針212に付着させる。ステップS1003が終了したら、ステップS1005が開始される。
【0051】
ステップS1005において、質量分析計10は、探針212に付着した溶媒84のイオン化を行い、生成されたイオンInを質量分析(第1質量分析)により検出し、第1測定データを取得する。ステップS1005が終了したら、ステップS1007が開始される。ステップS1007において、装置制御部51は、探針212に試料Sを付着させ、探針212に付着した試料Sを溶媒84に接触させる。ステップS1007が終了したら、ステップS1009が開始される。
【0052】
ステップS1009において、質量分析計10は、探針212に付着した、溶媒84および試料Sをイオン化し、生成されたイオンInを質量分析(第2質量分析)により検出し、第2測定データを取得する。ステップS1009が終了したら、ステップS1011が開始される。ステップS1011において、質量分析計10は、第2測定データにおけるm/zに対応する検出強度から、第1測定データにおけるm/zに対応する検出強度を引き算して試料測定データを作成する。ステップS1011が終了したら、ステップS1013が開始される。
【0053】
ステップS1013において、出力部44は、解析により得られたデータを出力する。ステップS1013が終了したら、処理が終了される。
【0054】
上述の実施の形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の分析方法は、分析装置1のイオン化部21に配置された試料Sを、溶媒84と接触した状態でイオン化して分析する分析方法であって、試料Sに接触していない溶媒84を探針212に付着させた後、探針212に付着した溶媒84のイオン化を行い、生成されたイオンInを質量分析により検出し、第1測定データを取得する第1質量分析工程と、第1質量分析工程に引き続いて行われ、探針212に付着した試料Sを溶媒84に接触させた後、探針212に付着した、溶媒84および試料Sをイオン化し、生成されたイオンInを質量分析により検出し、第2測定データを取得する第2質量分析工程と、第1測定データおよび第2測定データに基づいて、試料測定データを生成する測定データ生成工程とを備える。これにより、PESIの利点を生かしつつ、ユーザーの手間がかからず迅速に試料Sの分析を行うことができる。
【0055】
(2)本実施形態の分析方法において、試料Sおよび溶媒84は、イオン化部21のイオン化室214の内部に配置される。これにより、分析装置1の外部からの影響を受けにくく、より安定に試料Sの分析を行うことができる。
【0056】
(3)本実施形態の分析方法において、第1質量分析が開始されてから第2質量分析が終了するまでの間に、ユーザーが試料Sおよび溶媒84の配置を操作しない、またはする必要がない。これにより、PESIの利点を生かしつつ、ユーザーが試料Sおよび溶媒84を操作する手間がかからず迅速に試料Sの分析を行うことができる。
【0057】
(4)本実施形態の分析方法において、第2測定データにおけるm/zに対応する検出強度から、第1測定データにおける当該m/zに対応する検出強度を引き算して試料測定データを作成する。これにより、溶媒84によるノイズを除き、より解析しやすい測定データを得ることができる。
【0058】
(5)本実施形態に係る分析装置は、本実施形態の分析方法に用いる分析装置であって、上記第1質量分析工程と、第1質量分析工程に引き続いて行われる上記第2質量分析工程と、を行う測定部100と、第1測定データおよび第2測定データに基づいて、試料測定データを生成する解析部52とを備える。これにより、PESIの利点を生かしつつ、ユーザーの手間がかからず迅速に試料Sの分析を行うことができる。
【0059】
次のような変形も本発明の範囲内であり、上述の実施形態と組み合わせることが可能である。以下の変形例において、上述の実施形態と同様の構造、機能を示す部位に関しては、同一の符号で参照し、適宜説明を省略する。
(変形例1)
上述の実施形態の分析装置1の質量分析計10はタンデム質量分析計としたが、質量分離部を一つのみ有する質量分析計としてもよい。また、質量分析計10は、トリプル四重極質量分析計としたが、イオントラップや、飛行時間型の質量分離部等の他の種類の質量分離部を備えていてもよい。真空室の数や、イオンレンズ221およびイオンガイド222等のイオン輸送系の構成も特に限定されない。試料由来イオンを所望の精度で質量分離して検出することができれば、質量分析計10の種類や各部の構成は特に限定されない。
【0060】
同様に、質量分析計10における解離の方法も、試料由来イオンを所望の精度で質量分離して検出することができれば特に限定されず、赤外多光子解離、光誘起解離、およびラジカルを用いた解離法等を適宜用いることができる。
【0061】
(変形例2)
上述の実施形態では、探針212の試料Sに対する相対的な移動について、探針212が試料Sに刺入する際に進む方向(z軸方向)の移動が探針駆動部12により駆動され、試料台211の上面に沿った方向(xy平面に平行な方向)の移動が試料台駆動部11により駆動されるものとした。しかし、探針212と試料Sおよび溶媒84との接触が可能であれば、探針212および試料台211のいずれが任意の方向に沿って移動してもよい。例えば、探針212および試料台211の少なくとも一方がx軸、y軸およびz軸方向に移動可能に構成してもよい。
【0062】
(変形例3)
上述の実施形態において、溶媒84をイオン化して第1質量分析を行う際には、試料Sとは異なる場所に配置された溶媒容器の内部に配置された溶媒84を探針212に付着させてイオン化を行ってもよい。この溶媒容器には、例えばビーカーやバイアル等の液体を収容できる容器を用いることができ、溶媒容器の材質、形状等は、探針212が溶媒容器に配置された溶媒84と接触可能であれば特に限定されない。
【0063】
図5(A)は、本変形例において第1質量分析を行う際の、探針212の移動を説明するための概念図である。試料台駆動部11により試料台211が移動し、探針212が、試料台211上の試料Sとは異なる場所に配置されている溶媒容器800の上方に移動する。その後、探針駆動部12により駆動され、探針212は溶媒84に向かうz軸方向に沿って図中下向きに移動し、溶媒84と接触し、溶媒容器800の底面に接触する前に折り返し、z軸方向に沿って図中上向きに移動する。装置制御部51は、入力部41からの入力等に基づく溶媒容器800の位置や当該位置に基づく溶媒84の液面や底面の位置等に基づいて、探針212が折り返す位置の制御を行ってもよい。溶媒84が付着した探針212は管220に対向する位置に戻った後、電圧印加部13により高電圧が印加され、溶媒84のイオン化が行われる。
【0064】
図5(B)は、本変形例において第2質量分析を行う際の、探針212の移動を説明するための概念図である。第1質量分析の後、試料台駆動部11により試料台211が適宜移動され、探針212が溶媒供給部8の上方に配置される。探針駆動部12により探針212は試料Sに向かうz軸方向に沿って図中下向きに移動し、溶媒84と接触した後、第1膜体81および第2膜体82に刺入されてこれらの膜体を通過し、試料Sと接触する。探針212は、試料Sと接触した後、折り返してz軸方向に沿って図中上向きに移動し、探針212に付着した試料Sが溶媒84に接触する。試料Sおよび溶媒84が付着した探針212は管220に対向する位置に戻った後、電圧印加部13により高電圧が印加され、試料Sおよび溶媒84のイオン化が行われる。
【0065】
本変形例の分析方法では、溶媒容器800を所望の安定した位置に置くことができるため、第1質量分析において探針212に溶媒84を付着させる操作をより容易に行うことができる。
なお、試料Sが液体試料の場合には、複数のウェルを有する試料プレートの異なるウェルに試料Sおよび溶媒84をそれぞれ配置したり、複数の容器に試料Sおよび溶媒84をそれぞれ配置し、第1質量分析および第2質量分析を行うことができる。
【0066】
(変形例4)
上述の実施形態では、第1質量分析を行った後に第2質量分析を行う構成としたが、第1質量分析と第2質量分析を交互に行ってもよい。解析部52は、複数の第1質量分析で得られた各m/zに対応する強度を積算したり、算術平均等により強度の平均値を求めたりして、第1質量分析に対応する第1測定データを作成することができる。同様に、解析部52は、複数の第2質量分析で得られた各m/zに対応する強度を積算したり、算術平均等により強度の平均値を求めたりして、第2質量分析に対応する第2測定データを作成することができる。第2質量分析を行った後に第1質量分析を行う場合は、探針212を交換したり、洗浄したりすることが好ましいが、特に限定されない。
【0067】
-第2実施形態-
第2実施形態の分析方法に係る分析装置1は、第1実施形態に係る分析装置1と略同一の構成を有している。第2実施形態において、第1実施形態と同様の構造、機能を示す部位に関しては、同一の符号で参照し、適宜説明を省略する。本実施形態の分析方法では、溶媒供給部8は特に必要でなく、試料台211に試料プレートが配置され、試料プレートに配置された試料Sおよび溶媒84の第1質量分析および第2質量分析を行う。
【0068】
図6(A)、6(B)および6(C)は、それぞれ本実施形態に係る試料プレート301が閉じている状態を模式的に示す上面図、正面図および側面図である。図6(D)は、開いている状態の試料プレート301の側面図である。試料プレート301は、本体部310と、蓋部320と、ヒンジ部330とを備える。本体部310は、凹部311を備える。蓋部320は、開口321と、溶媒収容部322とを備える。試料プレート301を構成する材料は特に限定されないが、例えばポリプロピレン等の樹脂を主成分として含むことができる。
【0069】
本体部310および蓋部320は、平板状に構成され、図6(B)および6(C)のように、試料プレート301が閉じた状態では本体部の上面318(図6(D))と、蓋部の下面329とが接している。蓋部320は、ヒンジ部330を介し、蓋部320がヒンジ部330を軸に本体部310に対して回動可能に本体部310に連結されている(図6(D)参照)。
【0070】
本体部310の凹部311と、蓋部320の開口321とは、試料プレート301が閉じている状態において連結されるように構成され、凹部311と開口321とが一体として試料配置部350を形成する。本体部310と蓋部320とが直接接している部分は、試料配置部350に導入された液体が漏れないように密着するように構成されている。試料プレート301は、試料プレート301が閉じている状態で固定するための不図示のラッチ機構等を備えることが好ましい。
【0071】
蓋部320の溶媒収容部322は、蓋部320の上面328に形成されたウェルである。
なお、溶媒収容部322は、例えば蓋部320を貫通する開口として形成されてもよく、探針212が溶媒84と接触できるように溶媒84を収容可能であれば特にその形状は限定されない。
【0072】
図7(A)は、試料プレート301が開いている状態の開口321、試料収容部322および凹部311の断面図であり、図7(B)は、試料プレート301が閉じている状態の試料配置部350および溶媒収容部322の断面図である。溝部311は、凸部311aと溝部311bとを備え、凸部311aの周囲に溝部311bが形成されており、試料プレート301が閉じている状態において、凸部311の上面が開口321と対向する構成となっている。
【0073】
図8(A)、8(B)および8(C)は、試料プレート301への試料Sの配置を説明するための概念図である。以下では、試料Sは生物から採取した内臓等の固体試料として説明するが、試料配置部350に配置可能であれば試料Sの種類等は特に限定されない。
【0074】
図8(A)において、試料プレート301が開いている状態で、試料Sが凹部311の凸部311aに配置され、試料プレート301が閉じられる(矢印A7)。試料プレート301が閉じられると、図8(B)に示されたように、試料Sは蓋部320および凸部311aと接触しながら、これらの間の空間に固定される。このとき、凸部311aは開口321と対向しているため、探針212が開口321に進入し、試料Sに刺入することができるように試料Sが保持される。試料配置部350に試料Sが保持されたら、溶媒84が開口321および溶媒収容部322に配置される(図8(C))。これにより、試料プレート301上には、試料配置部350に溶媒84と接触している試料Sが配置され、溶媒収容部322に試料Sと接触していない溶媒84が配置された状態となる。この状態で、試料プレート301は試料台211(図1)に固定される。
【0075】
図9(A)は、本実施形態において第1質量分析を行う際の、探針212の移動を説明するための概念図である。試料台駆動部11(図1)により試料台211が移動し、探針212が、溶媒84が配置された溶媒収容部322の上方に移動する。その後、探針駆動部12により駆動され、探針212はz軸方向に沿って図中下向きに移動し、溶媒84と接触し、溶媒収容部322の底面に接触する前に折り返し、z軸方向に沿って図中上向きに移動する。溶媒84が付着した探針212は管220に対向する位置に戻った後、電圧印加部13により高電圧が印加され、溶媒84のイオン化が行われる。
【0076】
図9(B)は、本実施形態において第2質量分析を行う際の、探針212の移動を説明するための概念図である。第1質量分析の後、試料台駆動部11(図1)により試料台211が移動され、探針212が開口321の上方に配置される。探針駆動部12により探針212はz軸方向に沿って図中下向きに移動し、溶媒84を通って試料Sと接触する。探針212は、試料Sと接触した後、折り返してz軸方向に沿って図中上向きに移動し、探針212に付着した試料Sが溶媒84に接触する。試料Sおよび溶媒84が付着した探針212は管220に対向する位置に戻った後、電圧印加部13により高電圧が印加され、試料Sおよび溶媒84のイオン化が行われる。
【0077】
本実施形態に係る試料プレート301を用いることで、生体組織の切片等の固体試料を確実に保持した状態で探針212を試料Sに刺入することができ、固体試料におけるより正確な位置に探針212を刺入することができる。また、探針212が試料Sに刺入する際の往復移動の過程で溶媒84を試料Sに確実に付着することができるため、効率の良いイオン化を行うことができる。
【0078】
図10は、本実施形態の分析方法の流れを示すフローチャートである。ステップS2001からS2005までは第1実施形態の分析方法の流れを示すフローチャート(図4)のステップS1001からS1005までと同一であるため説明を省略する。ステップS2005が終了したら、ステップS2007が開始される。ステップS2007において、装置制御部51は、溶媒84中の試料Sを探針212に付着させる。ステップS2007が終了したら、ステップS2009が開始される。ステップS2009からS2013までは図4のフローチャートのステップS1009からS1013までと同一であるため説明を省略する。
【0079】
上述の第2実施形態によれば、第1実施形態により得られる作用効果の他に、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の分析方法および分析装置では、第2質量分析において、装置制御部51は、溶媒84中の試料Sを探針212に付着させる。これにより、試料Sを溶媒84に接触させながら分析を行うことができるため、試料Sの乾燥を防いだり、試料Sに、溶媒84に加えた試薬を作用させたりすることができる。
【0080】
(2)本実施形態の分析方法において、第1質量分析工程が開始されてから第2質量分析工程が終了するまでの間に、ユーザーが試料Sまたは溶媒84が配置される試料プレート301を交換しない、またはする必要がない。これにより、PESIの利点を生かしつつ、試料プレート301を交換する手間がかからず迅速に試料Sの分析を行うことができる。また、試料プレート301を節約できる。
【0081】
次のような変形も本発明の範囲内であり、上述の実施形態と組み合わせることが可能である。以下の変形例において、上述の実施形態と同様の構造、機能を示す部位に関しては、同一の符号で参照し、適宜説明を省略する。
(変形例1)
上述の実施形態において、試料プレート301は、溶媒84に接して試料Sが配置される試料配置部350と、溶媒84が配置される溶媒収容部322とを備えれば、試料プレート301の形状は特に限定されない。例えば、試料プレート322は、本体部310および蓋部320の2つの部分からなる構成でなくともよい。
【0082】
(変形例2)
分析装置1の情報処理機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録された、上述した装置制御および解析の処理ならびにそれに関連する処理の制御に関するプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行させてもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OS(Operating System)や周辺機器のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、光ディスク、メモリカード等の可搬型記録媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムを送信する場合の通信線のように、短時間の間、動的にプログラムを保持するもの、その場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリのように、一定時間プログラムを保持するものを含んでもよい。また上記のプログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよく、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせにより実現するものであってもよい。
【0083】
また、パーソナルコンピュータ(以下、PCと記載)等に適用する場合、上述した制御に関するプログラムは、CD-ROM等の記録媒体やインターネット等のデータ信号を通じて提供することができる。図11はその様子を示す図である。PC950は、CD-ROM953を介してプログラムの提供を受ける。また、PC950は通信回線951との接続機能を有する。コンピュータ952は上記プログラムを提供するサーバーコンピュータであり、ハードディスク等の記録媒体にプログラムを格納する。通信回線951は、インターネット、パソコン通信などの通信回線、あるいは専用通信回線などである。コンピュータ952はハードディスクを使用してプログラムを読み出し、通信回線951を介してプログラムをPC950に送信する。すなわち、プログラムをデータ信号として搬送波により搬送して、通信回線951を介して送信する。このように、プログラムは、記録媒体や搬送波などの種々の形態のコンピュータ読み込み可能なコンピュータプログラム製品として供給できる。
【0084】
上述した情報処理機能を実現するためのプログラムとして、試料Sおよび溶媒84が配置された、分析装置1のイオン化部21において、試料Sに接触していない溶媒84を探針212に付着させた(図4のステップS1003に対応)後、探針212に付着した溶媒84のイオン化を行い、生成されたイオンInを質量分析により検出し、第1測定データを取得する(ステップS1005に対応)第1質量分析の制御処理と、第1質量分析に引き続いて行われ、溶媒84中の試料Sを探針212に付着させる(図10のステップS2007に対応)か、または探針212に付着した試料Sを溶媒84に接触させた(図4のステップS1007に対応)後、探針212に付着した、溶媒84および試料Sをイオン化し、生成されたイオンInを質量分析により検出し、第2測定データを取得する(ステップS1009に対応)第2質量分析の制御処理と、第1測定データおよび第2測定データに基づいて、試料測定データを生成する(ステップS1011に対応)測定データ生成処理とを処理装置に行わせるためのプログラムが含まれる。これにより、PESIの利点を生かしつつ、手間がかからず迅速に試料Sの分析を行うことができる。
【0085】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【符号の説明】
【0086】
1…分析装置、8…溶媒供給部、10…質量分析計、21…イオン化部、23…第1質量分離部、24…コリジョンセル、25…第2質量分離部、30…検出部、40…情報処理部、44…出力部、50…制御部、51…装置制御部、52…解析部、53…出力制御部、80…側壁、81…第1膜体、82…第2膜体、83…スペーサー、84…溶媒、85…空隙、100…測定部、211…試料台、212…探針、213…探針ホルダ、214…イオン化室、301…試料プレート、310…本体部、311…凹部、311a…凸部、311b…溝部、320…蓋部、321…開口、322…溶媒収容部、350…試料配置部、800…溶媒容器、In…イオン、S…試料。
図1
図2
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図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11