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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-12
(45)【発行日】2022-09-21
(54)【発明の名称】鋼板、部材およびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220913BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20220913BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20220913BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20220913BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/00 301Z
C22C38/14
C22C38/60
C21D9/46 G
C21D9/46 J
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2022520740
(86)(22)【出願日】2021-12-24
(86)【国際出願番号】 JP2021048107
【審査請求日】2022-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2020216038
(32)【優先日】2020-12-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】浅川 大洋
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 真平
(72)【発明者】
【氏名】金子 真次郎
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/062381(WO,A1)
【文献】特開2010-215958(JP,A)
【文献】国際公開第2018/123356(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/209275(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/153393(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.12%以上0.40%以下、
Si:1.5%以下、
Mn:1.8%以上4.0%以下、
P:0.03%以下、
S:0.0023%未満、
sol.Al:0.20%以下、
N:0.005%以下、
B:0.0100%以下、
NbとTiのうち一種以上を合計で0.005%以上0.080%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
マルテンサイトの組織全体に対する面積率が95%以上100%以下であり、残部がベイナイト、フェライトおよび残留オーステナイトの1種以上からなる組織を有し、
旧オーステナイト粒の平均粒径が18μm以下であり、
含有するNbおよびTiの合計の含有量の90質量%以上が円相当径100nm以上の炭窒化物として存在し、
円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物が合計で800個/mm以下で存在し、
引張強度が1310MPa以上であり、
10質量%のチオシアン酸アンモニウム水溶液とpH3のMcIlvaine緩衝液とを含有する溶液中に浸漬する前の破断応力σ 0 、前記溶液中に浸漬させた後の破断応力σ 1 、および前記引張強度が、以下の(A)、(B)または(C)を満たす、鋼板。
(A)引張強度:1310MPa以上1500MPa未満であって、σ 1 /σ 0 が0.80以上である、
(B)引張強度:1500MPa以上1800MPa未満であって、σ 1 /σ 0 が0.50以上である、
(C)引張強度:1800MPa以上であってσ 1 /σ 0 が0.35以上である。
【請求項2】
前記旧オーステナイト粒の平均粒径が10μm以下である、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記成分組成として、質量%で、S:0.0010%未満を含有する、請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記成分組成として、さらに質量%で、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下のうちから選んだ1種または2種を含有する、請求項1~のいずれかに記載の鋼板。
【請求項5】
前記成分組成として、さらに質量%で、Cr:1.0%以下、Mo:0.3%未満、V:0.5%以下、Zr:0.2%以下およびW:0.2%以下のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、請求項1~のいずれかに記載の鋼板。
【請求項6】
前記成分組成として、さらに質量%で、Ca:0.0030%以下、Ce:0.0030%以下、La:0.0030%以下、REM(Ce、Laを除く):0.0030%以下およびMg:0.0030%以下のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、請求項1~のいずれかに記載の鋼板。
【請求項7】
前記成分組成として、さらに質量%で、Sb:0.1%以下およびSn:0.1%以下のうちから選んだ1種または2種を含有する、請求項1~のいずれかに記載の鋼板。
【請求項8】
鋼板表面にめっき層を有する請求項1~のいずれかに記載の鋼板。
【請求項9】
請求項1~のいずれかに記載の鋼板に対して、成形加工および溶接の少なくとも一方を施してなる部材。
【請求項10】
マルテンサイトの組織全体に対する面積率が95%以上100%以下であり、残部がベイナイト、フェライトおよび残留オーステナイトの1種以上からなる組織を有し、
旧オーステナイト粒の平均粒径が18μm以下であり、
含有するNbおよびTiの合計の含有量の90質量%以上が円相当径100nm以上の炭窒化物として存在し、
円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物が合計で800個/mm 以下で存在し、
引張強度が1310MPa以上であり、
10質量%のチオシアン酸アンモニウム水溶液とpH3のMcIlvaine緩衝液とを含有する溶液中に浸漬する前の破断応力σ 0 、前記溶液中に浸漬させた後の破断応力σ 1 、および前記引張強度が、以下の(A)、(B)または(C)を満たす、鋼板の製造方法であって、
請求項1、のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを、スラブ表面温度で1000℃から1250℃以上の加熱保持温度までを10℃/分以下の平均加熱速度で加熱し、前記加熱保持温度で30分以上保持した後、
仕上げ圧延温度をAr点以上とする熱間仕上げ圧延を行い、
前記仕上げ圧延温度から650℃の範囲における平均冷却速度を40℃/秒以上とする冷却を行い、
その後、冷却して600℃以下の巻取り温度で巻取ることで熱延鋼板とし、
該熱延鋼板を40%以上の圧下率で冷間圧延することで冷延鋼板とし、
焼鈍温度を800~950℃とし、該冷延鋼板を、700℃から前記焼鈍温度まで0.4℃/秒以上の平均加熱速度で加熱し、
前記焼鈍温度で600秒以下保持し、
前記焼鈍温度から420℃までを2℃/秒以上の第1平均冷却速度で冷却し、
420℃から280℃以下の冷却停止温度までを10℃/秒以上の第2平均冷却速度で冷却し、
その後、120~260℃の保持温度で20~1500秒保持する連続焼鈍を行う、鋼板の製造方法。
(A)引張強度:1310MPa以上1500MPa未満であって、σ 1 /σ 0 が0.80以上である、
(B)引張強度:1500MPa以上1800MPa未満であって、σ 1 /σ 0 が0.50以上である、
(C)引張強度:1800MPa以上であってσ 1 /σ 0 が0.35以上である。
【請求項11】
前記連続焼鈍の後、鋼板表面にめっき処理を行う請求項10に記載の鋼板の製造方法。
【請求項12】
請求項10または11に記載の鋼板の製造方法によって製造された鋼板に対して、成形加工および溶接の少なくとも一方を施す工程を有する部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車などにおいて冷間プレス成形を経て使用される冷間プレス成型用の高強度鋼板、部材およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化や衝突安全性を目的として、自動車用骨格部品に引張強度TSが1310MPa級以上である鋼板の適用が進んでいる。バンパーやインパクトビーム部品等へは引張強度TSが1.8GPa級以上である鋼板の適用が検討されている。
【0003】
従来、引張強度TSが1310MPa級以上である鋼板には、熱間プレス成形による高強度鋼板の適用が進められてきたが、コストや生産性の観点から、冷間プレスによる高強度鋼板の適用が検討されつつある。
【0004】
引張強度TSが1310MPa級以上である高強度鋼板を冷間プレスにより成形して部品とした場合、部品内での残留応力の増加や鋼板そのものによる耐遅れ破壊特性の劣化により、遅れ破壊が生じるおそれがある。
【0005】
ここで、遅れ破壊とは、部品に高い応力が加わった状態で部品が水素侵入環境下に置かれたとき、水素が部品を構成する鋼板内に侵入し、原子間結合力を低下させることや局所的な変形を生じさせることで微小亀裂が生じ、その微小亀裂が進展することで破壊に至る現象である。
【0006】
このような耐遅れ破壊特性を改善する技術として、例えば、水素トラップサイトとなる微細炭化物の析出により耐遅れ破壊特性が改善するという結果に基づき、特許文献1にはC:0.05%~0.30%、Si:0%~2.0%、Mn:0.1%超2.8%以下、P:0.1%以下、S:0.005%以下、N:0.01%以下、Al:0.01~0.50%以下を含有するとともに、Nb、TiおよびZrの1種または2種以上を、合わせて0.01%以上で、かつ、[%C]-[%Nb]/92.9×12-[%Ti]/47.9×12-[%Zr]/91.2×12>0.03を満足するように含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有し、焼戻しマルテンサイトが面積率で50%以上(100%を含む)を含み、残部がフェライトからなる組織を有し、焼戻しマルテンサイト中における析出物の分布状態が、円相当直径1~10nmの析出物は、焼戻しマルテンサイト1μm当たり20個以上で、円相当直径20nm以上の析出物であって、Nb、TiおよびZrの1種または2種以上を含む析出物は、焼戻しマルテンサイト1μm当たり10個以下であり、結晶方位差が15°以上の大角粒界で囲まれたフェライトの平均粒径が5μm以下であることを特徴とする耐水素脆化特性および加工性に優れた高強度冷延鋼板が開示されている。
【0007】
また、特許文献2には、C:0.1~0.5%、Si:0.10~2%、Mn:0.44~3%、N≦0.008%、Al:0.005~0.1%を含有する鋼において、V:0.05~2.82%、Mo:0.1%以上3.0%未満、Ti:0.03~1.24%、Nb:0.05~0.95%の1種または2種以上を含有させ、Cとの質量%比が、0.5≦(0.18V+0.06Mo+0.25Ti+0.13Nb)/Cであり、残部がFeおよび不可避不純物からなり、引張強さが1200~1600MPaであることを特徴とする、耐遅れ破壊特性に優れた高強度調質鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第4712882号公報
【文献】特許第4427010号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来技術では、高強度を確保すると共に、優れた耐遅れ破壊特性を有する技術としてはまだ十分であるとは言えなかった。
本発明は、このような問題を解決するためになされたものであり、引張強度が1310MPa以上(TS≧1310MPa)であり、優れた耐遅れ破壊特性を有する鋼板、部材およびそれらの製造方法を提供することを目的とする。
優れた耐遅れ破壊特性とは、鋼板の幅方向に1/4位置より圧延直角方向が長手方向になるように通常速度法(CSRT)用試験片(平行部幅が12.5mm、平行部長さが25mmである引張試験片の平行部の両端に、半径3mmの半円形状の切欠きを施した試験片)を切り出し、10質量%のチオシアン酸アンモニウム水溶液と、pH3のMcIlvaine緩衝液を体積比で1:1で混合し、試験片の表面積1cmあたりの液量が20mlとなるように調整した20℃の溶液(pH3)に、CSRT用試験片を24時間浸漬することで水素を試験片内に侵入・拡散させ、24時間経過後、直ちにクロスヘッドスピード1mm/minで引張試験を行い破断応力を測定し、浸漬をしない時の破断応力をσ0とし、浸漬により水素を侵入拡散させた後の破断応力σ1とした際、TS:1310MPa以上1500MPa未満である場合にσ1/σ0が0.80以上であること、TS:1500MPa以上1800MPa未満である場合にσ1/σ0が0.50以上であること、TS:1800MPa以上である場合にσ1/σ0が0.35以上であることを指す。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を重ね、以下の条件を全て満たすことで耐遅れ破壊特性を大幅に向上させることができることを見出した。
i)マルテンサイトの面積率が95%以上であること。
ii)旧オーステナイト粒の平均粒径(旧γ粒径)が18μm以下であること。
iii)含有するNb、Tiのうち90質量%以上が円相当径100nm以上の析出物として存在すること。
iv)円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物が800個/mm以下であること。
【0011】
本発明は、上記の知見に基づいて、更なる検討により完成されたものであり、その要旨は以下の通りである。
[1]質量%で、
C:0.12%以上0.40%以下、
Si:1.5%以下、
Mn:1.8%以上4.0%以下
P:0.03%以下、
S:0.0023%未満、
sol.Al:0.20%以下、
N:0.005%以下、
B:0.0100%以下、
NbとTiのうち一種以上を合計で0.005%以上0.080%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
マルテンサイトの組織全体に対する面積率が95%以上100%以下であり、残部がベイナイト、フェライトおよび残留オーステナイトの1種以上からなる組織を有し、
旧オーステナイト粒の平均粒径が18μm以下であり、
含有するNbおよびTiの合計の含有量の90質量%以上が円相当径100nm以上の炭窒化物として存在し、
円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物が合計で800個/mm以下で存在し、
引張強度が1310MPa以上である鋼板。
[2]前記旧オーステナイト粒の平均粒径が10μm以下である、[1]に記載の鋼板。
[3]10質量%のチオシアン酸アンモニウム水溶液とpH3のMcIlvaine緩衝液とを含有する溶液中に浸漬する前の破断応力σ0
前記溶液中に浸漬させた後の破断応力σ1、および
前記引張強度が、以下の(A)、(B)または(C)を満たす、[1]または[2]に記載の鋼板。
(A)引張強度:1310MPa以上1500MPa未満であって、σ1/σ0が0.80以上である、
(B)引張強度:1500MPa以上1800MPa未満であって、σ1/σ0が0.50以上である、
(C)引張強度:1800MPa以上であってσ1/σ0が0.35以上である。
[4]前記成分組成として、質量%で、S:0.0010%未満を含有する、[1]~[3]のいずれかに記載の鋼板。
[5]前記成分組成として、さらに質量%で、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下のうちから選んだ1種または2種を含有する、[1]~[4]のいずれかに記載の鋼板。
[6]前記成分組成として、さらに質量%で、Cr:1.0%以下、Mo:0.3%未満、V:0.5%以下、Zr:0.2%以下およびW:0.2%以下のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、[1]~[5]のいずれかに記載の鋼板。
[7]前記成分組成として、さらに質量%で、Ca:0.0030%以下、Ce:0.0030%以下、La:0.0030%以下、REM(Ce、Laを除く):0.0030%以下およびMg:0.0030%以下のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、[1]~[6]のいずれかに記載の鋼板。
[8]前記成分組成として、さらに質量%で、Sb:0.1%以下およびSn:0.1%以下のうちから選んだ1種または2種を含有する、[1]~[7]のいずれかに記載の鋼板。
[9]鋼板表面にめっき層を有する、[1]~[8]のいずれかに記載の鋼板。
[10][1]~[9]のいずれかに記載の鋼板に対して、成形加工および溶接の少なくとも一方を施してなる部材。
[11][1]、[4]~[8]のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを、スラブ表面温度で1000℃から1250℃以上の加熱保持温度までを10℃/分以下の平均加熱速度で加熱し、前記加熱保持温度で30分以上保持した後、
仕上げ圧延温度をAr点以上とする熱間仕上げ圧延を行い、
前記仕上げ圧延温度から650℃の範囲における平均冷却速度を40℃/秒以上とする冷却を行い、
その後、冷却して600℃以下の巻取り温度で巻取ることで熱延鋼板とし、
該熱延鋼板を40%以上の圧下率で冷間圧延することで冷延鋼板とし、
焼鈍温度を800~950℃とし、該冷延鋼板を、700℃から前記焼鈍温度まで0.4℃/秒以上の平均加熱速度で加熱し、
前記焼鈍温度で600秒以下保持し、
前記焼鈍温度から420℃までを2℃/秒以上の第1平均冷却速度で冷却し、
420℃から280℃以下の冷却停止温度までを10℃/秒以上の第2平均冷却速度で冷却し、
その後、120~260℃の保持温度で20~1500秒保持する連続焼鈍を行う、鋼板の製造方法。
[12]前記連続焼鈍の後、鋼板表面にめっき処理を行う、[11]に記載の鋼板の製造方法。
[13][11]または[12]に記載の鋼板の製造方法によって製造された鋼板に対して、成形加工および溶接の少なくとも一方を施す工程を有する部材の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高強度であり、耐遅れ破壊特性に優れる鋼板、部材およびそれらの製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0014】
本発明の鋼板は、質量%で、C:0.12%以上0.40%以下、Si:1.5%以下、Mn:1.8%以上、4.0%以下、P:0.03%以下、S:0.0023%未満、sol.Al:0.20%以下、N:0.005%以下、B:0.0100%以下、NbとTiのうち一種以上を合計で0.005%以上0.080%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、マルテンサイトの組織全体に対する面積率が95%以上100%以下であり、残部がベイナイト、フェライトおよび残留オーステナイトの1種以上からなる組織を有し、旧オーステナイト粒(以下、旧γ粒とも記す。)の平均粒径(旧γ粒径)が18μm以下であり、含有するNbおよびTiの合計の含有量の90質量%以上が円相当径100nm以上の炭窒化物として存在し、円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物が合計で800個/mm以下で存在し、引張強度が1310MPa以上である。
【0015】
成分組成
以下に本発明の鋼板が有する成分組成の範囲の限定理由を説明する。なお、成分含有量に関する%は「質量%」である。
【0016】
C:0.12%以上0.40%以下
Cは、焼入れ性を向上させてマルテンサイトである鋼組織を得るため、またマルテンサイトの強度を上昇させ、1310MPa以上である引張強度(以下、TS≧1310MPaとも記す。)を確保する観点から含有する。過剰に添加したCは鉄炭化物を生成し粒界に偏析し、耐遅れ破壊特性の悪化の要因となる。したがって、C含有量は鋼の強度を得るために必要な0.12%以上0.40%以下の範囲に限定される。C含有量は、好ましくは0.37%以下である。より好ましくは0.34%以下である。
【0017】
Si:1.5%以下
Siは、固溶強化による強化元素として、また、200℃以上の温度域で焼き戻す場合のフィルム状の炭化物の生成を抑制して耐遅れ破壊特性を改善する観点から含有する。また、板厚中央部でのMn偏析を軽減してMnSの生成を抑制する観点からSiを含有する。さらに、連続焼鈍ライン(CAL)での焼鈍時の表層の酸化による脱炭、脱Bを抑制するためにSiを含有する。Si含有量の下限値は規定しないが、上記効果を得る観点からSiは0.02%以上含有することが望ましい。Si含有量は、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.20%以上である。一方、Si含有量が多くなりすぎると、その偏析量が多くなり耐遅れ破壊特性が劣化する。また、熱延、冷延での圧延荷重の著しい増加や靭性の低下を招く。したがって、Si含有量は1.5%以下(0%を含む)とする。Si含有量は、好ましくは1.2%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
【0018】
Mn:1.8%以上4.0%以下
Mnは、鋼の焼入れ性を向上させ、所望の強度を得るべく、マルテンサイトの面積率を所定範囲にするために含有する。フェライトの生成を抑制するために、Mnは1.8%以上含有する。一方で、Mnは、板厚中央部でのMnSの生成・粗大化を特に助長する元素であり、Mn含有量が4.0%を超えるとSを極限まで低減しても板厚中央部での巨大なMnSの数と大きさが増加し、耐遅れ破壊特性を著しく劣化させる。したがって、Mnは4.0%以下とする。粗大なMnSをより一層低減し、耐遅れ破壊特性を改善するという観点から、Mn含有量は3.2%以下とすることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは2.8%以下である。
【0019】
P:0.03%以下
Pは、鋼を強化する元素であるが、その含有量が多いと耐遅れ破壊特性やスポット溶接性が著しく劣化する。したがって、P含有量は0.03%以下とする。上記の観点からP含有量は0.004%以下とすることが好ましい。P含有量の下限は規定しないが、現在工業的に実施可能な下限として、0.002%とする。
【0020】
S:0.0023%未満
Sは、MnSを形成し、せん断端面の耐遅れ破壊特性を大幅に低下させる。したがって、MnSを低減するためにS含有量は少なくとも0.0023%未満とする必要がある。Sは、この観点から、0.0010%未満とすることが好ましい。耐遅れ破壊特性改善の観点からSは0.0004%以下とすることがより好ましい。下限は規定しないが、現在工業的に実施可能な下限として、0.0002%とする。
【0021】
sol.Al:0.20%以下
Alは、十分な脱酸を行い、鋼中介在物を低減するために含有する。sol.Alの下限は特に規定しないが、安定して脱酸を行うためには、sol.Alを0.005%以上とすることが望ましい。また、sol.Alを0.01%以上とすることがより望ましい。sol.Alは、好ましくは0.02%以上である。一方、sol.Alが0.20%超となると、巻取り時に生成したセメンタイトが焼鈍過程で固溶しにくくなり、耐遅れ破壊特性が劣化する。したがって、sol.Alは0.20%以下とする。sol.Alは、好ましくは0.10%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。
【0022】
N:0.005%以下
Nは、鋼中でTiN、(Nb,Ti)(C,N)、AlN等の窒化物、炭窒化物系の介在物を形成する元素であり、これらの生成を通じて耐遅れ破壊特性を劣化させる。これらは、本発明で求める鋼組織に調整されるのを妨げ、せん断端面の耐遅れ破壊特性に悪影響を与える。このような悪影響を小さくするため、N含有量は0.005%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0040%以下である。下限は規定しないが、現在工業的に実施可能な下限として、0.0006%とする。
【0023】
B:0.0100%以下
Bは、鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、少ないMn含有量でも所定の面積率のマルテンサイトを生成させる利点を有する。このようなBの効果を得るには、B含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。また、B含有量は、0.0008%以上とすることがより好ましい。B含有量は、さらに好ましくは0.0010%以上である。Bは、Nを固定する観点から0.002%以上のTiと複合添加することが望ましい。一方、Bを0.0100%超えで含有すると、その効果が飽和するだけでなく、焼鈍時のセメンタイトの固溶速度を遅延させ、未固溶のセメンタイトを残存させることでせん断端面の耐遅れ破壊特性が劣化する場合がある。以上より、B含有量は0.0100%以下である。B含有量は、好ましくは0.0065%以下であり、より好ましくは0.0030%以下であり、さらに好ましくは0.0025%以下である。
【0024】
NbとTiのうち一種以上を合計で0.005%以上0.080%以下
NbおよびTiは、マルテンサイトの内部構造の微細化を通じて高強度化に寄与するとともに、旧γ粒径の微細化により耐遅れ破壊特性を改善する。このような観点からNbおよびTiのうち一種以上を合計で0.005%以上含有する。NbとTiの合計の含有量は、好ましくは0.010%以上であり、より好ましくは0.020%以上である。一方、NbとTiのうち一種以上が合計で0.080%超えとなると、スラブ再加熱でNbとTiが完全に固溶せず、TiN、Ti(C,N)、NbN、Nb(C,N)、(Nb,Ti)(C,N)等の粗大な介在物粒子が増加し、むしろ耐遅れ破壊特性は劣化する。したがってNbとTiの合計の含有量の上限は0.080%である。NbとTiの合計の含有量は、好ましくは0.07%以下であり、より好ましくは0.06%以下である。
【0025】
本発明の鋼板は、上記の成分を含有し、残部のFe(鉄)および不可避的不純物を含む成分組成を有する。特に、本発明の一実施形態に係る鋼板は、上記の成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することが好ましい。
【0026】
上記の基本成分以外に、本発明の鋼板の成分組成は、以下の任意元素を含んでもよい。
なお、本発明において、これらの任意成分を、後述する各好適下限値未満で含む場合、その元素は不可避的不純物として含まれるものとする。
【0027】
Cu:1.0%以下
Cuは、自動車の使用環境での耐食性を向上させる。また、Cuの含有により、腐食生成物が鋼板表面を被覆して鋼板への水素侵入を抑制する効果がある。また、Cuは、スクラップを原料として活用するときに混入する元素であり、Cuの混入を許容することでリサイクル資材を原料資材として活用でき、製造コストを削減することができる。Cuは上記の観点から0.01%以上含有することが好ましく、さらに耐遅れ破壊特性向上の観点からはCuは0.05%以上含有することが望ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.10%以上である。しかしながら、その含有量が多くなりすぎると表面欠陥の原因となるので、Cu含有量は1.0%以下とすることが望ましい。以上より、Cuを含有する場合、Cu含有量は1.0%以下とする。Cu含有量は、より好ましくは0.50%以下であり、さらに好ましくは0.30%以下である。
【0028】
Ni:1.0%以下
Niも耐食性を向上させる作用のある元素である。また、Niは、Cuを含有させる場合に生じやすい表面欠陥を低減する作用がある。したがって、Niは上記の観点から0.01%以上含有することが望ましい。Ni含有量は、より好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.10%以上である。しかし、Ni含有量が多くなりすぎると加熱炉内でのスケール生成が不均一になり表面欠陥の原因になるとともに、著しいコスト増となる。したがって、Niを含有する場合、Ni含有量は1.0%以下とする。Ni含有量は、より好ましくは0.50%以下であり、さらに好ましくは0.30%以下である。
【0029】
Cr:1.0%以下
Crは、鋼の焼入れ性を向上させる効果を得るために添加することができる。その効果を得るにはCrを0.01%以上含有することが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.10%以上である。しかしながら、Cr含有量が1.0%を超えると、焼鈍時のセメンタイトの固溶速度を遅延させ、未固溶のセメンタイトを残存させることでせん断端面の耐遅れ破壊特性を劣化させる。また、耐孔食性も劣化させる。さらに化成処理性も劣化させる。そのため、Crを含有する場合、Cr含有量は1.0%以下とする。耐遅れ破壊特性、耐孔食性、化成処理性は、いずれもCr含有量が0.2%超で劣化し始める傾向にあるので、これらを防止する観点からCr含有量は0.2%以下とすることがより好ましい。
【0030】
Mo:0.3%未満
Moは、鋼の焼入れ性を向上させる効果、水素トラップサイトとなるMoを含む微細な炭化物を生成させる効果、およびマルテンサイトを微細化することによる耐遅れ破壊特性の改善の効果を得る目的で添加することができる。Nb、Tiを多量に添加するとこれらの粗大析出物が生成し、かえって耐遅れ破壊特性は劣化するが、Moの固溶限界量はNb、Tiと比べると大きい。Nb、Tiと複合で添加するとこれらとMoが複合した微細析出物を形成し、組織を微細化する作用がある。したがって、少量のNb、Ti添加に加えてMoを複合添加することで粗大な析出物を残存させずに組織を微細化しつつ微細炭化物を多量に分散させることが可能になり、耐遅れ破壊特性を向上させることが可能となる。その効果を得るにはMoは0.01%以上含有することが望ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.03%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。しかしながら、Moを0.3%以上含有すると化成処理性が劣化する。そのため、Moを含有する場合、Mo含有量は0.3%未満とする。Mo含有量は、好ましくは0.2%以下である。
【0031】
V:0.5%以下
Vは、鋼の焼入れ性を向上させる効果、水素トラップサイトとなるVを含む微細な炭化物を生成させる効果、およびマルテンサイトを微細化することによる耐遅れ破壊特性の改善効果を得る目的で添加することが出来る。その効果を得るにはV含有量を0.003%以上とすることが望ましい。V含有量は、より好ましくは0.03%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。しかしながら、Vを0.5%を超えて含有すると鋳造性が著しく劣化する。そのため、Vを含有する場合、V含有量は0.5%以下とする。V含有量は、より好ましくは0.3%以下であり、さらに好ましくは0.2%以下である。V含有量は、さらには0.1%以下であることが好ましい。
【0032】
Zr:0.2%以下
Zrは、旧γ粒径の微細化やそれによるマルテンサイトの内部構造の微細化を通じて高強度化に寄与するとともに耐遅れ破壊特性を改善する。また、水素トラップサイトとなる微細なZr系炭化物・炭窒化物の形成を通じて高強度化とともに耐遅れ破壊特性を改善する。また、Zrは鋳造性を改善する。このような観点から、Zr含有量は0.005%以上とすることが望ましい。Zr含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.015%以上である。ただし、Zrを多量に添加すると熱間圧延工程のスラブ加熱時に未固溶で残存するZrN、ZrS系の粗大な析出物が増加し、せん断端面の耐遅れ破壊特性を劣化させる。そのため、Zrを含有する場合、Zr含有量は0.2%以下とする。Zr含有量は、より好ましくは0.1%以下であり、さらに好ましくは0.04%以下である。
【0033】
W:0.2%以下
Wは、水素のトラップサイトとなる微細なW系炭化物・炭窒化物の形成を通じて、高強度化とともに耐遅れ破壊特性の改善に寄与する。このような観点から、Wは0.005%以上含有することが望ましい。W含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.030%以上である。ただし、Wを多量に含有させると、熱間圧延工程のスラブ加熱時に未固溶で残存する粗大な析出物が増加し、せん断端面の耐遅れ破壊特性が劣化する。そのため、Wを含有する場合、W含有量は0.2%以下とする。W含有量は、より好ましくは0.1%以下である。
【0034】
Ca:0.0030%以下
Caは、SをCaSとして固定し、耐遅れ破壊特性を改善する。この効果を得るために、Caを0.0002%以上含有することが望ましい。Ca含有量は、より好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.0010%以上である。ただし、Caを多量に添加すると表面品質や曲げ性を劣化させるので、Ca含有量は0.0030%以下であることが望ましい。以上より、Caを含有する場合、Ca含有量は0.0030%以下とする。Ca含有量は、より好ましくは0.0025%以下であり、さらに好ましくは0.0020%以下である。
【0035】
Ce:0.0030%以下
CeもSを固定し、耐遅れ破壊特性を改善する。この効果を得るためにCeを0.0002%以上含有することが望ましい。Ce含有量は、より好ましくは0.0003%以上であり、さらに好ましくは0.0005%以上である。ただし、Ceを多量に添加すると表面品質や曲げ性を劣化させるので、Ce含有量は0.0030%以下であることが望ましい。以上より、Ceを含有する場合、Ce含有量は0.0030%以下とする。Ce含有量は、より好ましくは0.0020%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。
【0036】
La:0.0030%以下
LaもSを固定し、耐遅れ破壊特性を改善する。この効果を得るためにLaを0.0002%以上含有することが望ましい。La含有量は、より好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.0010%以上である。ただし、Laを多量に添加すると表面品質や曲げ性を劣化させるので、La含有量は0.0030%以下であることが望ましい。以上より、Laを含有する場合、La含有量は、0.0030%以下とする。La含有量は、より好ましくは0.0020%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。
【0037】
REM:0.0030%以下
REMもSを固定し、耐遅れ破壊特性を改善する。この効果を得るためにREMを0.0002%以上含有することが望ましい。REM含有量は、より好ましくは0.0003%以上であり、さらに好ましくは0.0005%以上である。ただし、REMを多量に添加すると表面品質や曲げ性を劣化させるので、REM含有量は0.0030%以下であることが望ましい。以上より、REMを含有する場合、REM含有量は、0.0030%以下とする。REM含有量は、より好ましくは0.0020%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。
なお、本発明でいうREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)と原子番号39番のイットリウム(Y)及び、原子番号57番のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までのランタノイドのうち、CeとLaを除いた元素のことを指す。本発明におけるREM濃度とは、上述のREMから選択された1種または2種以上の元素の総含有量である。
【0038】
Mg:0.0030%以下
Mgは、MgOとしてOを固定し、耐遅れ破壊特性を改善する。この効果を得るためにMgを0.0002%以上含有することが望ましい。Mg含有量は、より好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.0010%以上である。ただし、Mgを多量に添加すると表面品質や曲げ性を劣化させるので、Mg含有量は0.0030%以下であることが望ましい。以上より、Mgを含有する場合、Mg含有量は、0.0030%以下とする。Mg含有量は、より好ましくは0.0020%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。
【0039】
Sb:0.1%以下
Sbは、表層の酸化や窒化を抑制し、それによるCやBの低減を抑制する。CやBの低減が抑制されることで表層のフェライト生成を抑制し、高強度化と耐遅れ破壊特性の改善に寄与する。このような観点からSb含有量は0.002%以上とすることが望ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.004%以上であり、さらに好ましくは0.006%以上である。ただし、Sb含有量が0.1%を超えると鋳造性が劣化し、また、旧γ粒界にSbが偏析してせん断端面の耐遅れ破壊特性を劣化させる。このため、Sb含有量は0.1%以下であることが望ましい。以上より、Sbを含有する場合、Sb含有量は、0.1%以下とする。Sb含有量は、より好ましくは0.05%以下であり、さらに好ましくは0.02%以下である。
【0040】
Sn:0.1%以下
Snは、表層の酸化や窒化を抑制し、それによるCやBの表層における含有量の低減を抑制する。CやBの低減が抑制されることで表層のフェライト生成を抑制し、高強度化と耐遅れ破壊特性の改善に寄与する。このような観点からSn含有量は0.002%以上とすることが望ましい。Sn含有量は、好ましくは0.003%以上である。ただし、Sn含有量が0.1%を超えると鋳造性が劣化し、また、旧γ粒界にSnが偏析してせん断端面の耐遅れ破壊特性が劣化する。このため、Snを含有する場合、Sn含有量は、0.1%以下とする。Sn含有量は、より好ましくは0.05%以下であり、さらに好ましくは0.01%以下である。
【0041】
鋼組織
本発明の鋼板の鋼組織は、以下の構成を備える。
(構成1)マルテンサイトの組織全体に対する面積率が95%以上100%以下であり、残部がベイナイト、フェライトおよび残留オーステナイトの1種以上からなる。
(構成2)旧オーステナイト粒の平均粒径が18μm以下である。
(構成3)含有するNbおよびTiの合計の含有量の90質量%以上が円相当径100nm以上の炭窒化物として存在する。
(構成4)円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物が800個/mm以下で存在する。
【0042】
以下、各構成について説明する。
【0043】
(構成1)マルテンサイトの組織全体に対する面積率が95%以上100%以下であり、残部がベイナイト、フェライトおよび残留オーステナイトの1種以上からなる。
TS≧1310MPaの高い強度と優れた耐遅れ破壊特性を両立するために、鋼組織におけるマルテンサイトの合計面積率を95%以上とする。より好ましくは99%以上、さらに好ましくは100%である。なお、マルテンサイトとベイナイト以外を含む場合、残部はフェライト、残留オーステナイト(残留γ)である。これらの組織以外は、微量の炭化物、硫化物、窒化物、酸化物である。また、マルテンサイトには連続冷却中の自己焼き戻しも含めておよそ150℃以上で一定時間滞留することによる焼き戻しが生じていないマルテンサイトも含む。なお、残部を含まず、マルテンサイトの面積率が100%でもよい。
【0044】
(構成2)旧オーステナイト粒の平均粒径が18μm以下である。
母相がマルテンサイトである鋼の遅れ破壊破面は粒界破面を呈することが多く、遅れ破壊の起点および遅れ破壊初期の亀裂進展経路は旧γ粒界上であると考えられる。旧γ粒径を微細化することにより粒界破壊が抑制され、耐遅れ破壊特性は顕著に改善する。メカニズムとしては旧γ粒径の微細化により旧γ粒界の体積率が増加し、P等の粒界脆化元素の粒界上での濃度が低下することが考えられる。耐遅れ破壊特性の観点から、旧オーステナイト粒の平均粒径(平均旧γ粒径)は、18μm以下である。この平均粒径は、好ましくは15μm以下であり、より好ましくは10μm以下であり、また、より好ましくは7μm以下であり、さらにより好ましくは5μm以下である。
【0045】
(構成3)含有するNbおよびTiの合計の含有量の90質量%以上が円相当径100nm以上の炭窒化物として存在する。
NbおよびTiは熱間圧延工程や巻取り工程で析出し、巻取り工程および焼鈍工程において、ピン止め効果により旧γ粒径を微細化させることや、50nm以下の微細な析出物を形成し、析出物と母相界面に鋼中の水素を非拡散性トラップすることで遅れ破壊の抑制に有効に作用すると考えられている。しかし、連続焼鈍工程を有する冷間プレス用鋼板ではNb系析出物、Ti系析出物が粗大化するため、遅れ破壊の抑制に十分な水素量をトラップするためには多量のNb、Tiの添加が必要である。また、水素トラップ能を有する析出物は鋼中に侵入する水素量を増加させ、遅れ破壊特性をむしろ悪化させる可能性がある。
一方で、本発明者らは、水素トラップ能を有さず遅れ破壊の抑制に有効でないと考えられてきた、100nm以上のNb系析出物、Ti系析出物によって、遅れ破壊特性が顕著に改善することを見出した。この効果は、鋼中のNb、Tiの含有量の合計の含有量の90質量%以上を、100nm以上の炭窒化物を形成するNb、Tiとすることで顕在化する。このメカニズムは必ずしも明らかではないが、本発明者らは、鋼中に分散した100nm以上のNb、Ti系炭窒化物が遅れ破壊の亀裂進展に影響を及ぼし遅れ破壊を抑制していると考えている。
以上より、本発明の鋼板では、含有するNbおよびTiの合計の含有量の90質量%以上が円相当径100nm以上の炭窒化物として存在する。
また、炭窒化物サイズの上限は特に規定しないが、熱間圧延工程や巻取り工程で新たに析出したNb、Ti系析出物は500nm以下になることが多い。よって、本発明では、上述したNbおよびTiの炭窒化物は、円相当径100nm以上500nm以下の炭窒化物とすることが好ましい。
【0046】
(構成4)円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物が合計で800個/mm以下で存在する。
旧γ粒径が十分に微細で粒界破壊が抑制された鋼では、1.0μm以上となる鋼中介在物が遅れ破壊の破壊起点となるため、1.0μm以上の介在物を低減することが重要である。Nb、Ti系析出物は溶解温度が高く、1.0μm以上の介在物に占める割合が特に高い。そこで、本発明では、耐遅れ破壊特性を改善させるために、円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物を合計で800個/mm以下とする。より好ましくは、100個/mm以下であり、さらに好ましくは50個/mm以下である。なお、本発明では、円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物を合計で5個/mm以上であることが多い。
【0047】
以上の鋼組織における各構成の測定方法を説明する。
マルテンサイト、ベイナイト、フェライトの面積率は、鋼板のL断面(圧延方向に平行で、鋼板表面に対し垂直な断面)を研磨後ナイタールで腐食し、鋼板表面から1/4厚み位置においてSEMで2000倍の倍率にて4視野観察し、撮影した組織写真を画像解析して測定する。ここで、マルテンサイト、ベイナイトはSEMでは灰色もしくは白色を呈した組織を指す。一方、フェライトはSEMで黒色のコントラストを呈する領域である。なお、マルテンサイトやベイナイトの内部には微量の炭化物、窒化物、硫化物、酸化物を含むが、これらを除外することは困難なので、これらを含めた領域の面積率をその面積率とする。
ここで、ベイナイトは以下の特徴を有する。すなわち、アスペクト比が2.5以上でプレート状の形態を呈しており、マルテンサイトとくらべるとやや黒色の組織である。上記のプレートの幅(短径)は0.3~1.7μmである。ベイナイトの内部の直径10~200nmの炭化物の分布密度は0~3個/μmである。
残留オーステナイト(残留γ)の測定は、鋼板の表層200μmをシュウ酸で化学研磨し、板面を対象に、X線回折強度法により求める。Mo-Kα線によって測定した(200)α、(211)α、(220)α、(200)γ、(220)γ、(311)γ回折面ピークの積分強度より計算する。
【0048】
旧オーステナイト粒の平均粒径(旧γ粒径)の測定は、鋼板のL断面(圧延方向に平行で、鋼板表面に対し垂直な断面)を研磨後、旧γ粒界を腐食する薬液(例えば、飽和ピクリン酸水溶液やこれに塩化第2鉄を添加したもの)で腐食し、鋼板表面から1/4厚み位置において光学顕微鏡で500倍の倍率にて4視野観察し、得られた写真中に、板厚方向、圧延方向にそれぞれ15本の線を実際の長さで10μm以上の間隔で引き、粒界と線との交点の数を数える。さらに、全線長を交点の数で除した値に1.13を乗じることで旧γ粒径(旧オーステナイト粒の平均粒径)を測定できる。
【0049】
含有するNbおよびTiのうち円相当径100nm以上の炭窒化物を形成するNb、Ti量の比率は、以下の方法により測定することができる。
試料を電解液中で所定量電解した後、試料片を電解液から取り出して分散性を有する溶液中に浸漬する。次いで、この溶液中に含まれる析出物を、孔径100nmのフィルタを用いてろ過する。この孔径100nmのフィルタに捕集された析出物が、径(円相当径)が100nm以上の炭窒化物である。ろ過後のフィルタ上の残渣と、ろ液に対してNb量およびTi量を分析し、径が100nm以上の炭窒化物と径が100nm未満での炭窒化物とにおけるNbとTiの含有量を求める。分析には、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法を用いることができる。そして、鋼中のNbとTi量の合計に占める、径が100nm以上の炭窒化物におけるNbとTi量の合計の比率を算出する。
【0050】
Nb炭窒化物およびTi炭窒化物の1mmあたりの個数(分布密度)は、鋼板のL断面(圧延方向に平行で、鋼板表面に対し垂直な断面)を研磨後、腐食せずに鋼板の板厚1/5位置~4/5位置の領域、すなわち鋼板表面より板厚に対して1/5位置から、板厚中央を挟み、4/5位置までの領域において、2mm以上の領域を連続してSEMで撮影し、撮影したSEM写真から、このような炭窒化物の個数を計測することで求めることができる。ここで、SEM像は反射電子像とすることが好ましい。また、撮影する倍率は2000倍とすればよい。ただし、倍率:2000倍で析出物のサイズが正確に把握しにくい場合は適宜、個々の介在物粒子を10000倍に拡大して、上記の炭窒化物を画定すればよい。
【0051】
引張強度(TS):1310MPa以上
耐遅れ破壊特性の劣化は素材の引張強度が1310MPa以上で著しく顕在化する。1310MPa以上でも、耐遅れ破壊特性が良好な点が本発明の特徴の一つである。したがって、本発明において引張強度は1310MPa以上とする。本発明の鋼板の引張強度は2100MPa以下としてよい。
【0052】
引張強度は、コイル幅1/4位置において圧延直角方向が長手方向となるようにJIS5号引張試験片を切り出し、JIS Z2241に準拠した引張試験により測定できる。
【0053】
本発明の鋼板は、10質量%のチオシアン酸アンモニウム水溶液とpH3のMcIlvaine緩衝液とを含有する溶液中に浸漬する前の破断応力σ0、上記溶液中に浸漬させた後の破断応力σ1、および引張強度が、以下の(A)、(B)または(C)を満たすことが好ましい。
(A)引張強度:1310MPa以上1500MPa未満であって、σ1/σ0が0.80以上である、
(B)引張強度:1500MPa以上1800MPa未満であって、σ1/σ0が0.50以上である、
(C)引張強度:1800MPa以上であってσ1/σ0が0.35以上である。
【0054】
上記の破断応力σ1、破断応力σ1については、鋼板の幅方向に1/4位置より圧延直角方向が長手方向になるように通常速度法(CSRT)用試験片を切り出し、この試験片を用いて得ることができる。CSRT用試験片は、平行部幅が12.5mm、平行部長さが25mmである引張試験片の平行部の両端に、半径3mmの半円形状の切欠きを施した試験片とすることができる。
10質量%のチオシアン酸アンモニウム水溶液と、pH3のMcIlvaine緩衝液を1:1で混合し、試験片の表面積1cmあたりの液量が20mlとなるように調整した20℃の溶液に、CSRT用試験片を24時間浸漬することで水素を試験片内に侵入・拡散させ、24時間経過後、直ちにクロスヘッドスピード1mm/minで引張試験を行い、破断応力σ1を測定することができる。また、上記の浸漬をしない以外、同様の条件により得られる破断応力をσ0とすることができる。
【0055】
以上の本発明の鋼板は、表面にめっき層を有する鋼板であってもよい。めっき層はZnめっきでも他の金属のめっきでもよい。また、溶融めっき層、電気めっき層のいずれでもよい。
【0056】
次いで、本発明の鋼板の製造方法について説明する。
本発明の鋼板の製造方法は、上記成分組成を有する鋼スラブを、スラブ表面温度で1000℃から1250℃以上の加熱保持温度までを10℃/分以下の平均加熱速度で加熱し、この加熱保持温度で30分以上保持した後、仕上げ圧延温度をAr点以上とする熱間仕上げ圧延を行い、仕上げ圧延温度から650℃の範囲における平均冷却速度を40℃/秒以上とする冷却を行い、その後、冷却して600℃以下の巻取り温度で巻取ることで熱延鋼板とし、該熱延鋼板を40%以上の圧下率で冷間圧延することで冷延鋼板とし、焼鈍温度を800~950℃とし、該冷延鋼板を、700℃から焼鈍温度まで0.4℃/秒以上の平均加熱速度で加熱し、焼鈍温度で600秒以下保持し、焼鈍温度から420℃までを2℃/秒以上の第1平均冷却速度で冷却し、420℃から280℃以下の冷却停止温度までを10℃/秒以上の第2平均冷却速度で冷却し、必要に応じて再加熱を行い、その後、120~260℃の保持温度で20~1500秒保持する連続焼鈍を行う、鋼板の製造方法である。
【0057】
熱間圧延
熱間圧延前のスラブ加熱では、1000℃から1250℃以上の加熱保持温度まで、平均加熱速度を10℃/分以下とすることで、硫化物の固溶促進が図られ介在物の大きさや個数低減が図られる。Nb、Tiは溶解温度が高いため、スラブ表面温度で加熱保持温度を1250℃以上とし、保持時間を30分以上とすることでNb、Tiの固溶促進が図られ、介在物の大きさや個数低減が図られる。上記加熱保持温度は1300℃以上とすることが好ましい。より好ましくは1350℃以上である。なお、1000℃から1250℃以上の加熱保持温度までの平均加熱速度は、2℃/分以上が好ましい。また、スラブ表面温度で加熱保持温度は、1380℃以下が好ましい。スラブの加熱保持温度での保持時間は、250分以下が好ましい。
ここで、平均加熱速度とは、「(スラブ加熱完了時の温度(℃)-スラブ加熱開始時の温度(℃))/加熱開始から加熱完了までの加熱時間(分)」である。
【0058】
熱間仕上げ圧延において、仕上げ圧延温度はAr点未満となると、フェライトが生成し、最終製品のフェライト界面で応力集中するため遅れ破壊が助長される。したがって、仕上げ圧延温度(FT)はAr点以上とする。
熱間仕上げ圧延後の冷却において、仕上げ圧延温度から650℃の範囲における平均冷却速度を40℃/秒以上とする冷却を行う。平均冷却速度が40℃/秒未満であると、Nb炭窒化物、Ti炭窒化物の粗大化により、円相当径1.0μm以上の炭窒化物が増加し、所望の耐遅れ破壊特性が得られない。好ましくは、平均冷却速度は、250℃/秒以下であり、より好ましくは、200℃/秒以下である。
なお、平均冷却速度とは、「(冷却開始時の温度(仕上げ圧延温度)(℃)-冷却完了時の温度(℃)(650℃))/冷却開始から冷却完了までの冷却時間(秒)」である。
巻取り温度が600℃超えでは微細なオーステナイト域で析出したNb、Ti系析出物の粗大化のみが進行するため、粗大な析出物が増加し、遅れ破壊特性は低下する。したがって、巻取り温度は600℃以下とする。
なお、Ar点は以下の通りに求められる。
Ar点(℃)=910-310×[C]-80×[Mn]-20×[Cu]-15×[Cr]-55×[Ni]-80×[Mo]
(上記式中、[M]は、鋼スラブ中の元素Mの含有量(質量%)であり、含有しない元素の値は零(0)とする。)
【0059】
冷間圧延
冷間圧延で、圧下率(冷間圧延率)を40%以上とすれば、その後の連続焼鈍における再結晶挙動、集合組織配向を安定化させることができる。40%に満たない場合、焼鈍時のオーステナイト粒が一部粗大となり、強度が低下するおそれがある。また、冷間圧延率は、80%以下であることが好ましい。冷間圧延率は、70%以下であることがより好ましい。
【0060】
連続焼鈍
冷間圧延後の鋼板には、連続焼鈍ライン(CAL)で焼鈍と必要に応じて焼き戻し処理、調質圧延が施される。
旧γ粒径を微細化するためには加熱速度の増加が有効であり、旧γ粒径を10μm以下とするための700℃以上での平均加熱速度は0.4℃/秒以上である。
なお、ここでの平均加熱速度とは、「後述の焼鈍温度(℃)-700(℃))/700℃から焼鈍温度までの加熱時間(秒)」である。
【0061】
焼鈍後に未固溶で残存するセメンタイト粒子などの炭化物を十分に低減するため、焼鈍は高温で長時間行う。具体的には、焼鈍温度を800℃以上とする必要がある。950℃超えの焼鈍では旧γ粒径が粗大になりすぎるため、焼鈍温度は950℃以下とする。より好ましくは900℃以下である。また、均熱時間(保持時間)の長時間化でも旧γ粒径が粗大になりすぎるため、600秒以下の均熱とする。
【0062】
フェライト、残留γを低減し、マルテンサイトの面積率を95%以上にするためには、焼鈍温度から420℃までを2℃/秒以上の第1平均冷却速度で冷却する必要がある。第1平均冷却速度が2℃/秒より小さいとフェライトが多く生成するとともに、炭素がγに濃化し、マルテンサイトが硬質化して耐遅れ破壊特性が劣化する。よって、第1平均冷却速度が2℃/秒以上とする。
第1平均冷却速度の上限は特に限定されないが、第1平均冷却速度は100℃/秒以下とすることが好ましい。
【0063】
ベイニティックフェライトや下部ベイナイトの生成を抑制し、マルテンサイトの面積率を95%以上にするためには、420℃から280℃以下の冷却停止温度までを10℃/秒以上の第2平均冷却速度で冷却しする必要がある。ベイナイトが多く生成した組織では強度が低下するとともに、残留γが増加するため耐遅れ破壊特性が劣化する。したがって、420℃から280℃以下の冷却停止温度までの第2平均冷却速度は10℃/秒以上とする。第2平均冷却速度は、好ましくは20℃/秒以上、より好ましくは70℃/秒以上である。
なお、ここでの平均冷却速度とは、「(冷却開始温度(℃)-冷却停止温度(℃))/冷却開始から冷却停止までの冷却時間(秒)」である。
より具体的に、第1平均冷却速度とは、「(焼鈍温度(℃)-420(℃))/焼鈍温度から420℃までの冷却時間(秒)」である。
また、第2平均冷却速度とは、「(420(℃)-冷却停止温度(℃))/420℃から冷却停止温度の冷却時間(秒)」である。
【0064】
マルテンサイト内部に分布する炭化物は、焼入れ後の低温域保持中に生成し、鋼板中の水素のトラップサイトとなることで優れた耐遅れ破壊特性に寄与する。したがって、引張強度1310MPa以上(TS≧1310MPa)の確保と上記炭化物の生成のため、保持温度および保持時間を適正に制御する必要がある。そのためには、120~260℃の保持温度で、20~1500秒の保持を行う必要がある。この保持温度の下限の120℃よりも低温であったり、保持時間が短時間であったりすると、変態相内部の炭化物分布密度が不十分となり、耐遅れ破壊特性が劣化する。また、この保持温度の上限の260℃よりも高温では、粒内およびブロック粒界での炭化物の粗大化が顕著になって、耐遅れ破壊特性が劣化するおそれがある。ここで保持時間は、好ましくは60秒以上である。
なお、120℃~260℃での保持は、室温付近まで急冷した後に120~260℃に再加熱して20~1500秒保持するか、または冷却停止温度を120~260℃とし、保持時間を20~1500秒に制御することが可能である。保持温度が260℃以下の温度域で冷却速度を低下させることや、室温まで冷却した後にバッチ焼鈍することで上記の熱履歴とすることも可能である。
【0065】
このようにして得られた鋼板に、表面粗度の調整、板形状の平坦化などプレス成形性を安定化させる観点からスキンパス圧延を施すことができる。その場合は、スキンパス伸長率は0.1~0.6%とするのが好ましい。この場合、スキンパスロールはダルロールとし、鋼板の粗さRaを0.8~1.8μmに調整することが形状平坦化の観点からは好ましい。
【0066】
また、得られた鋼板に、めっき処理を施してもよい。めっき処理を施すことで表面にめっき層を有する鋼板が得られる。めっき処理の種類は特に限定されず、溶融めっき、電気めっきのいずれでもよい。また、溶融めっき後に合金化を施すめっき処理でもよい。なお、めっき処理を行う場合において、上記スキンパス圧延を行う場合は、めっき処理後にスキンパス圧延を行う。
【0067】
以上、本発明によれば、高強度冷延鋼板の耐遅れ破壊特性を大幅に向上させ、高強度鋼板の適用による部品強度の向上や軽量化に貢献する。本発明の鋼板は、板厚は0.5mm以上とすることが好ましい。また、本発明の鋼板は、板厚は2.0mm以下とすることが好ましい。
【0068】
次に、本発明の部材およびその製造方法について説明する。
【0069】
本発明の部材は、本発明の鋼板に対して、成形加工および溶接の少なくとも一方を施してなるものである。また、本発明の部材の製造方法は、本発明の鋼板の製造方法によって製造された鋼板に対して、成形加工および溶接の少なくとも一方を施す工程を有する。
【0070】
本発明の鋼板は、引張強さが1310MPa以上であり、優れた耐遅れ破壊特性を有している。そのため、本発明の鋼板を用いて得た部材も高強度であり、従来の高強度部材に比べて耐遅れ破壊特性に優れる。また、本発明の部材を用いれば、軽量化可能である。したがって、本発明の部材は、例えば、車体骨格部品に好適に用いることができる。
【0071】
成形加工は、プレス加工等の一般的な加工方法を制限なく用いることができる。また、溶接は、スポット溶接、アーク溶接等の一般的な溶接を制限なく用いることができる。
【実施例
【0072】
[実施例1]
以下、本発明の実施例を説明する。
表1に示す成分組成の鋼を溶製後、スラブに鋳造した。
このスラブに、表2に示す熱処理および圧延を施し板厚1.4mmの鋼板を得た。
【0073】
具体的には、各成分組成を有するスラブを、スラブ表面温度で表2に示す加熱保持温度までを6℃/分の平均加熱速度で加熱し、表2に示す加熱保持時間、保持をした。その後、表2に示す各仕上げ圧延温度とする熱間仕上げ圧延を行い、仕上げ圧延温度から650℃の範囲における平均冷却速度を50℃/秒とする冷却を行った。
その後、冷却して表2に示す巻取り温度で巻き取ることで熱延鋼板とし、該熱延鋼板を表2に示す圧下率(冷間圧延圧下率)で冷間圧延することで冷延鋼板とした。
その後、冷延鋼板を、700℃から表2に示す焼鈍温度までを表2に示す平均加熱速度で加熱し、上記焼鈍温度で表2に示す均熱時間均熱した。
その後、焼鈍温度から420℃まで、表2に示す第1平均冷却速度で冷却し、420℃から表2に示す冷却停止温度まで、表2に示す第2平均冷却速度で冷却し、必要に応じて再加熱を行い、その後、表2に示す保持温度で表2に示す保持時間保持する連続焼鈍を行った。
【0074】
表2中、No.6の冷延鋼板(CR)は電気亜鉛めっき処理を施して、電気亜鉛めっき鋼板(EG)とした。表2において、スラブの表面温度は放射温度計により実測し、スラブの中心温度は伝熱計算により求めた。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2】
【0077】
得られた鋼板について、先に記した手法にて金属組織の定量化を行い、さらに引張試験、耐遅れ破壊特性評価試験を行った。
具体的には、組織の測定方法は以下の通りに行った。
マルテンサイト、ベイナイト、フェライトの面積率は、鋼板のL断面(圧延方向に平行で、鋼板表面に対し垂直な断面)を研磨後ナイタールで腐食し、鋼板表面から1/4厚み位置においてSEMで2000倍の倍率にて4視野観察し、撮影した組織写真を画像解析して測定した。ここで、マルテンサイト、ベイナイトはSEMでは灰色もしくは白色を呈した組織を指す。ここで、ベイナイトは以下の特徴を有する。すなわち、アスペクト比が2.5以上でプレート状の形態を呈しており、マルテンサイトとくらべるとやや黒色の組織である。上記のプレートの幅(短径)は0.3~1.7μmである。ベイナイトの内部の直径10~200nmの炭化物の分布密度は0~3個/μmである。一方、フェライトはSEMで黒色のコントラストを呈する領域である。なお、マルテンサイトやベイナイトの内部には微量の炭化物、窒化物、硫化物、酸化物を含むが、これらを除外することは困難なので、これらを含めた領域の面積率をその面積率とした。残留オーステナイト(残留γ)の測定は鋼板の表層200μmをシュウ酸で化学研磨し、板面を対象に、X線回折強度法により求めた。Mo-Kα線によって測定した(200)α、(211)α、(220)α、(200)γ、(220)γ、(311)γ回折面ピークの積分強度より計算した。
【0078】
旧オーステナイト粒の平均粒径(旧γ粒径)の測定は、鋼板のL断面(圧延方向に平行で、鋼板表面に対し垂直な断面)を研磨後、旧γ粒界を腐食する薬液(例えば飽和ピクリン酸水溶液やこれに塩化第2鉄を添加したもの)で腐食し、鋼板表面から1/4厚み位置において光学顕微鏡で500倍の倍率にて4視野観察し、得られた写真中に、板厚方向、圧延方向にそれぞれ15本の線を実際の長さで10μm以上の間隔で引き、粒界と線との交点の数を数えた。全線長を交点の数で除した値に1.13を乗じて旧γ粒径を求めた。
【0079】
含有するNbおよびTiのうち円相当径100nm以上の炭窒化物を形成するNb、Ti量の比率は、以下の方法により測定することができる。
試料を電解液中で所定量電解した後、試料片を電解液から取り出して分散性を有する溶液中に浸漬する。次いで、この溶液中に含まれる析出物を、孔径100nmのフィルタを用いてろ過する。この孔径100nmのフィルタに捕集された析出物が、径(円相当径)が100nm以上の炭窒化物である。ろ過後のフィルタ上の残渣と、ろ液に対してNb量およびTi量を分析し、径が100nm以上の炭窒化物と径が100nm未満での炭窒化物とにおけるNbとTiの含有量を求める。分析には、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法を用いることができる。そして、鋼中のNbとTi量の合計に占める、径が100nm以上の炭窒化物におけるNbとTi量の合計の比率を算出する。
【0080】
Nb炭窒化物およびTi炭窒化物の1mmあたりの個数(分布密度)は、鋼板のL断面(圧延方向に平行な垂直断面)を研磨後、腐食せずに鋼板の板厚1/5位置~4/5位置の領域、すなわち鋼板表面より板厚に対して1/5位置から、板厚中央を挟み、4/5位置までの領域において、2mm以上の領域を連続してSEMで撮影し、撮影したSEM写真から、このような炭窒化物の個数を計測することで求めることができる。ここで、SEM像は反射電子像とすることが好ましい。また、撮影する倍率は2000倍とすればよい。ただし、倍率:2000倍で析出物のサイズが正確に把握しにくい場合は適宜、個々の介在物粒子を10000倍に拡大して、上記の炭窒化物を画定すればよい。
【0081】
また、引張試験はコイル幅1/4位置において圧延直角方向が長手方向となるようにJIS5号引張試験片を切り出し、引張試験(JIS Z2241に準拠)を実施してYP、TS、Elを評価した。
耐遅れ破壊特性の評価は次のようにして行った。得られた鋼板(コイル)の幅方向にコイル幅の1/4位置より圧延直角方向が長手方向になるように通常速度法(CSRT)用試験片を切り出した。CSRT用試験片は、平行部幅が12.5mm、平行部長さが25mmである引張試験片の平行部の両端に、半径3mmの半円形状の切欠きを施した試験片とした。10質量%のチオシアン酸アンモニウム水溶液と、pH3のMcIlvaine緩衝液を体積比で1:1で混合し、試験片の表面積1cmあたりの液量が20mlとなるように調整した20℃の溶液(pH3)に、CSRT用試験片を24時間浸漬することで水素を試験片内に侵入・拡散させ、24時間経過後、直ちにクロスヘッドスピード1mm/minで引張試験を行い破断応力を測定した。耐遅れ破壊特性は、浸漬をしない時の破断応力をσ0とし、浸漬により水素を侵入拡散させた後の破断応力σ1として、σ1/σ0で評価した。ここで、TS:1310MPa以上1500MPa未満ではσ1/σ0が0.80以上であるもの、TS:1500MPa以上1800MPa未満ではσ1/σ0が0.50以上であるもの、TS:1800MPa以上ではσ1/σ0が0.35以上であるものを耐遅れ破壊特性に優れていると判断した。
【0082】
得られた鋼板の組織、特性について表3に示す。
【0083】
【表3】
【0084】
本発明の範囲内の鋼板は、高強度であり、耐遅れ破壊特性に優れていた。
一方、No.16(鋼種P)はC含有量が過剰であり、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.17(鋼種Q)はC含有量が不足し、十分なTSが得られなかった。
No.18(鋼種R)はSi含有量が過剰で、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.19(鋼種S)はMn含有量が不足し、フェライトが生成し、マルテンサイトの生成が十分でなかったため、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.20(鋼種T)はP含有量が過剰で、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.21(鋼種U)はS含有量が過剰で、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.22(鋼種V)はsol.Al含有量が過剰で、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.23(鋼種W)はN含有量が過剰で、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.24(鋼種X)はNb、Tiの合計の含有量が過剰で、1.0μm以上の析出物が過剰に存在し、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.25(鋼種Y)はNb、Tiの合計の含有量が不十分であり、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.26(鋼種Z)はB含有量が過剰で、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.27(鋼種C)は加熱温度(スラブ表面温度(SRT))が低く、Nb、Tiが十分に固溶しなかったため、1.0μm以上のNb、Ti析出物が多量に存在し、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.28(鋼種C)はスラブ加熱保持時間が過少で、Nb、Tiが十分に固溶しなかったため、1.0μm以上のNb、Ti析出物が多量に存在し、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.29(鋼種C)は巻取り温度(CT)が高く、1.0μm以上のNb、Ti析出物が多量に存在し、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.30(鋼種C)は焼鈍時の平均加熱速度が低く、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
No.31(鋼種C)は第1平均冷却速度が低く、フェライトが生成し、マルテンサイトの生成が十分でなかったため、十分な遅れ破壊特性が得られなかった。
No.32(鋼種C)は第2平均冷却速度が低く、ベイナイトが生成し、マルテンサイトの生成が十分でなかったため、十分な遅れ破壊特性が得られなかった。
No.33(鋼種C)は保持温度が高く、十分なTSが得られなかった。
No.35(鋼種C)は焼鈍温度が高く、旧γ粒径が十分微細化しなかったため、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。
【0085】
[実施例2]
実施例1の表2の製造条件No.6(適合例)に対して、亜鉛めっき処理を行った亜鉛めっき鋼板をプレス成形して、本発明例の部材を製造した。さらに、実施例1の表2の製造条件No.6(適合例)に対して亜鉛めっき処理を行った亜鉛めっき鋼板と、実施例1の表2の製造条件No.7(適合例)に対して亜鉛めっき処理を行った亜鉛めっき鋼板とをスポット溶接により接合して本発明例の部材を製造した。
これら本発明例の部材は、引張強度TSが1800MPa以上であり、σ1/σ0が0.40以上の値で0.35以上であり、耐遅れ破壊特性に優れているので、これらの部材は、自動車部品等に好適に用いられることがわかる。
【0086】
同様に、実施例1の表2の製造条件No.6(適合例)による鋼板をプレス成形して、本発明例の部材を製造した。さらに、実施例1の表2の製造条件No.6(適合例)による鋼板と、実施例1の表2の製造条件No.7(適合例)による鋼板とをスポット溶接により接合して本発明例の部材を製造した。これら本発明例の部材は、引張強度TSが1800MPa以上であり、σ1/σ0が0.40以上の値で0.35以上であり、耐遅れ破壊特性に優れているので、これらの部材は、自動車部品等に好適に用いられることがわかる。


【要約】
高強度であり、優れた耐遅れ破壊特性を有する鋼板およびその製造方法の提供。
特定の成分組成を有し、マルテンサイトの面積率が95~100%であり、残部がベイナイト、フェライトおよび残留オーステナイトの1種以上からなる組織を有し、旧オーステナイト粒の平均粒径が18μm以下であり、含有するNbおよびTiの合計の含有量の90質量%以上が円相当径100nm以上の炭窒化物として存在し、円相当径1.0μm以上のNb炭窒化物およびTi炭窒化物が合計で800個/mm以下で存在し、引張強度が1310MPa以上である。