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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-12
(45)【発行日】2022-09-21
(54)【発明の名称】ボーラス形成材およびそれを用いたボーラス
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/10 20060101AFI20220913BHJP
【FI】
A61N5/10 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022545806
(86)(22)【出願日】2022-02-03
(86)【国際出願番号】 JP2022004202
【審査請求日】2022-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2021017541
(32)【優先日】2021-02-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591000506
【氏名又は名称】早川ゴム株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【弁理士】
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】門前 一
(72)【発明者】
【氏名】田村 命
(72)【発明者】
【氏名】門脇 良人
(72)【発明者】
【氏名】中村 昌史
(72)【発明者】
【氏名】鴫田 正文
【審査官】木村 立人
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-76478(JP,A)
【文献】特開平11-221293(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0123810(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00 ― 15/64
A61L 31/00 ― 31/18
A61N 5/10
C08L 7/00 ― 21/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項5】
加温時にボーラス形成材を通して治療部位のマーキングを確認できる透過性を有することを特徴とする請求項1乃至4の何れか一の請求項によるボーラス形成材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線治療の際に、線量が皮膚よりも深い場所で最大になる放射線の深部線量特性を調節する際に用いられるボーラスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
X線、γ線、電子線を含む放射線を人体に照射して、ガンなどの病気治療に利用することは、広く行われている。一般に、物質に放射線を照射すると、深部にいくに従って元々の放射線の量は減少する。このため、線量は物質深部にいくに従い、指数関数的に減少する。
【0003】
しかし、高エネルギーの放射線では、反跳電子(散乱線)の方向が主に照射方向にあるため、側方への散乱が少なくなり、表面線量よりもある深さのところでの線量が最大となり、その後深部にいくに従い指数関数的に減少するという特性がある。したがって、散乱線の性質を考慮し、線量が最大となる深さを調節しなければ、皮膚表面に近い患部に対して十分な線量を投与できず、患部以外の正常組織に対しては不必要な放射線による有害な作用を及ぼすことになる。この際に照射源と皮膚の間に配置され、線量が最大となる深さを調節するものがボーラスと呼ばれる。
【0004】
ボーラスは、放射線に対して人体と似たような性質を有する物質を放射線の照射装置と人体の間に介在させ、患部での線量が最大になるように調節する治具である。しかし、人体とボーラスとの密着度が低いと、患部へ投与される線量の低下を招く。また、同一患部を複数回の照射で治療を行う放射線治療において、毎回のボーラスの貼付位置の再現性も悪くなる。
【0005】
ボーラスには、以下の特性が必要とされている。
(1)人体組織の等価物質であること。
(2)均質なものであること。
(3)可塑性に優れ、適当に弾力性を有しており、生体への形状適合性、密着性がよいこと。
(4)毒性がないこと。
(5)エネルギー変化などがないこと。
(6)厚さが均一であること。
(7)空気の混入がないこと。
【0006】
さらに透明性を有していれば人体との密着度が視認できるので、好ましいとされている。なお、ここで人体組織の等価物質とは、放射線の吸収、散乱特性が人体と同じであればよい。例えば、放射線を照射した際に、深部量百分率のプロファイルが人体若しくは水と等価とされるものと同一であればよい。また、治療計画時に撮影するCT時に患者の皮膚表面に置くことが出来て、貼付位置の再現性が高いこと、およびアーチファクトが発生しない材質であることも重要である。
【0007】
特許文献1には、水、鉱物、及び重合性モノマーを含有するボーラス形成用液体材料を、患者の皮膚表面の形状データに基づき、三次元プリンターにて作製した型に流し込み、硬化させて形成するボーラスが開示されている。
【0008】
特許文献1のボーラスは、前記患者の放射線照射対象となる体表面に沿った形状、及び前記患者の患部に対応した放射線の透過率分布を有するボーラスを提供するとされている。
【0009】
また、特許文献2には、1種または2種以上の天然有機高分子(カラギーナン、ローカストビーンガム、グルコマンナン、デンプン、カードラン、グアーガム、寒天、カシアガム、デキストラン、アミロース、ゼラチン、ペクチン、キサンタンガム、タラガム、ジェランガム)をゲル化製剤として、ゲル化する濃度以上に、好ましくは水に対してゲル化製剤を10%以下量、より好ましくは2~5%量を添加して作製する天然有機高分子化合物含水ゲルをボーラスにするものが開示されている。
【0010】
特許文献2のボーラスは使い捨てが可能で、従来よりも安価に製造でき、清潔性、加工性に優れたボーラスを提供するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2020-58905号公報
【文献】特開平11-255958号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ボーラスは、放射線の放射射源と患部の間に挿入されて線量の深さ方向のプロファイル(線量の変化)をシフトさせるもので、人体表面との間に隙間はできないのが好ましい。その点特許文献1で提供される患者の皮膚表面の形状データに基づき、三次元プリンターにて作製した型にボーラス材を流し込み硬化して作製するボーラスは、皮膚表面の形状(凹凸)にぴったり合い、好適であると言える。しかし、患者の皮膚表面形状を測定し、型を作製しなければならず、治療の現場で臨機応変にボーラスを調整することはできない。また、三次元プリンターによる型へボーラス材を流し込む際の素材の充填率の変化(厚みのばらつき)によって、ボーラス自体の均質性が保てないといった問題がある。
【0013】
一方、特許文献2によって提供されるボーラスは、簡便でしかも使い捨てが可能な点で、使い勝手はよいといえる。しかし、通常放射線治療は、同一患部を複数回の照射で治療を行う。したがって、毎回同じボーラスを患部に当てる必要がある。つまり、ボーラスは、一定期間は形状が変化しない、若しくは変化しても元の形状に戻る必要がある。特許文献2によるボーラスは、形状の維持性という観点では安定していない。また、凹凸のある患部への密着性は悪い。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は上記の課題に鑑みて想到されたもので、比較的簡単に形状を人体表面の形状(凹凸)に合わせることができ、治療の期間形状の継時変化がほとんどないボーラス形成材およびそれを用いたボーラスを提供するものである。
【0015】
より具体的に本発明に係るボーラス形成材は、
30℃ゴム硬度Aが20度以上であり、なおかつ70℃ゴム硬度Eが60度以下10度以上であって、
電子線及びX線に対して深部量百分率のピークが、厚みの0.8~1.2倍で線源方向にシフトさせることを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係るボーラスは、上記のボーラス形成材を厚み0.1mm以上50mm以下の板状にしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るボーラスは、30℃ゴム硬度Aが20度以上であり、なおかつ70℃ゴム硬度Eが60度以下10度以上としたので、70℃で変形しやすく、また、30℃では変形しにくいボーラスを提供することができる。さらに、深度方向の線量特性が人体とほぼ同一であるので、線量のピーク位置の調節を厚みで調節することができる。また、放射線治療の現場では温めるだけで、患部の形状にあったボーラスを形成することができる。さらに、常温では変形された形状が維持されるので、患部に合わせて成形されたボーラスは、ラップ等で包み使用することにより繰り返し衛生的に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】ボーラス形成材の組成を変えた場合のゴム硬度Aの温度変化を測定したグラフである。
図2】ボーラス形成材の組成を変えた場合のゴム硬度Eの温度変化を測定したグラフである。
図3】深部量百分率の測定系を説明する図である。
図4】ボーラス形成材で厚みを5mmと10mmにした場合の深部量百分率の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明に係るボーラス形成材およびボーラスについて実施例を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態および一実施例を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。また、本発明において、「A~B」は、「A以上B以下」を表すものとする。
【0020】
本発明に係るボーラスは、人肌の温度においては、形状が可塑変形しない程度に硬い若しくは弾力を持ち、手で触れることできる範囲で熱く加熱した時には、容易に可塑変形させることができる粘弾性の温度特性を有するボーラス形成材からなる。また、このボーラス形成材は、人体と深度方向の線量特性がほぼ一致する。
【0021】
より具体的にボーラス形成材は、主材としてゴム材を含み、30℃におけるゴム硬度Aが20度以上であり、なおかつ70℃におけるゴム硬度Eが60度以下であるゴム組成物である。
【0022】
また、電子線及びX線に対して深部量百分率のピークが、厚みの0.8~1.2倍で線源方向にシフトさせることを必要とする。ここで、厚みとは、放射性の線源からの放射軸と照射対象物(通常は患者の患部)を結ぶ線上にボーラス形成材を載置した際の、放射軸方向のボーラス形成材の長さをいう。通常は、ボーラス形成材を板状に成形した時の厚みとしてよい。
【0023】
ゴム硬度は、いくつかの測定方法があるが、規格としては「JIS(日本工業規格) K6253 加硫ゴム及び熱可塑性ゴム-硬さの求め方」があり、この測定方法に準拠したゴム硬度が一般に用いられている。測定原理としては、ある弾性係数のバネの先に所定の大きさの針が設けられ、この針をどれくらい押し込めるかという観点で測定が行われる。
【0024】
ゴム硬度ではTypeA(以下(タイプA)という。)、TypeD(以下(タイプD)という。)、TypeE(以下(タイプE)という。)などの種類がある。ゴムの硬さは広い範囲を持つため、1つのバネでは評価しきれない。そこで、複数の弾性係数のバネによって測定範囲をカバーしあうことにしている。
【0025】
1つの目安としては、タイプAの測定器で20度以下の物はタイプEの測定器で測定するのがよく、タイプAの測定器で90度以上の物はタイプDの測定器で測定するのがよいとされている。
【0026】
また、タイプAの値で硬度10は人肌程度の硬度、硬度40は消しゴム程度、硬度65は車のタイヤ、硬度90はゴルフボール程度の硬さとなる。
【0027】
ゴム硬度の呼び方は、測定温度、測定タイプ、測定値を順に並べる。例えば上記の「30℃におけるゴム硬度Aが20度以上」とは、被測定物を30℃にしておき、タイプAの測定器で測定した硬度が20度以上であることを示している。また、「70℃におけるゴム硬度Eが40度以下」とは、被測定物を70℃に温めておき、タイプEの測定器で測定した硬度が40度以下という意味である。
【0028】
ボーラス形成材の30℃におけるゴム硬度Aが20度以上であれば、弾性を有しつつ、塑性変形はせず、患部の形状に合わせて変形された形状を維持することができる。また、十数ミリ程度の厚さであれば、ボーラス形成材は厚み方向にはほとんど圧縮変形することがない。したがって、放射線を照射している際にその形状を維持することができ、また深さ方向への線量の散乱を安定して調節することができる。
【0029】
一方、ボーラス形成材の70℃におけるゴム硬度Eが60度以下であれば、ボーラス形成材を70℃にしたときに、素手に近いゴム手袋をした状態でも支障なく触ることができ、患部の形状に応じた形のボーラスを形成することができる。
【0030】
また、本発明のボーラス形成材は、人体と同程度の深さ方向の線量のプロファイル(「深度方向の線量特性」と呼ぶ。)を有する。より具体的には、放射線治療に用いられる電子線及びX線を照射したときに、深部量百分率のピークがボーラスの厚みの0.8~1.2倍の長さだけ線源方向にシフトする。例えば、厚さ5mmのボーラスであれば、深部量百分率のピークが4mm~6mm放射線源方向にシフトする。
【0031】
深部量百分率とは、水中での放射線の中心軸上における最大線量を100%とし、任意の深さでの線量を百分率で表したものである。深部量百分率の具体的な測定方法は後述する実施例で詳説する。
【0032】
本発明に係るボーラスは、ボーラス形成材を一定厚みの板状にすることによって、完成する。具体的には、0.1mm以上50mm以下の厚みの板状である。板の大きさは特に限定されるものではないが、250mm×250mm程度の大きさにしておくと、輸送や使用時の取り回しなどの際の利便性が高い。また、板状のボーラスを患部の形状に成形したものもボーラスである。板状への成形は、ボーラス形成材を麺棒で延ばす、あるいは一定ギャップに設定したローラーの間を通過させるといった方法で行うことができる。
【0033】
本発明に係るボーラスの利用方法は、以下の通りである。まず、所望の厚みの板状に成形したボーラスを、放射線が照射される患部を十分覆える程度の大きさに切断する。本発明のボーラス(ボーラス形成材)は、常温においてハサミで容易に切断することができる。
【0034】
次に切り出したボーラスを70℃程度に加熱する。この加熱でボーラスは塑性変形させることができる。加熱したボーラスを患部の形状を想定して大まかに形成する。そして、直接皮膚面に接触できる温度域、例えば50℃程度になったところでボーラスを直接患部に当て、上から患部の形状になるように押さえ、皮膚面の形状に密着させながら形状を調整する。このとき微修正を行うために温風などを当て部分的に加温することでより簡便に形状調整が可能である。
【0035】
そして、皮膚面の形状にならしたボーラスを冷却する。冷却は、そのまま放置して冷却してもよいし、冷風等で冷却してもよい。温度が常温に戻ると、患部の形に変形した本発明のボーラスは、変形した形状を維持し、患部皮膚に密着するボーラスを得ることができる。このとき密着性を向上させるため、ボーラスの上から包帯やラップ等で巻締めることも好ましい。また、この時変形後のボーラスはある程度の弾性を有しているので、再度患部となる皮膚に当てる際に、ボーラスと皮膚を密着させることができる。さらに、加温変形特性を活用すれば、治療期間中の何らかの理由(例えば、患者の体重減少など)で患部の形状が変わったとしても、その患部に合わせ部分的にボーラスを再変形可能である。
【0036】
なお、厚さの一定しないボーラス形成材若しくは所望の厚みより厚いボーラスを加熱し、柔らかくなったところで、一定厚みに調整し、患者の皮膚面にあてて、皮膚表面形状に成形。する。さらに、冷却後不要な部分をハサミで切断するという手順であってもよい。この方法であれば、現場でボーラスの厚み調整を行うことができる。
【0037】
また、ボーラス形成時にボーラス自体に透明性があれば、患部を確認しながら形成できるため、より好ましい。ここでボーラス形成時とは、ボーラスを直接皮膚面に接触できる温度域をいう。具体的には30℃~55℃より好ましくは40℃~50℃をいう。つまり本発明に係るボーラスは、加熱した際に透明性を有する。また、透明性とは、ボーラスを皮膚に密着させた際に治療部位のマーキングを確認できる程度でよく、光学的には半透明であってもよい。
【0038】
本発明の趣旨は、上記のゴム硬度および深度方向の線量特性を満足すれば、ボーラス形成材の構成は特に限定されるものではない。しかし、出願人が確認しているものとしては、主材と補材で構成されるゴム組成物が好適である。以下詳説する。
【0039】
<主材>
ボーラス形成材の主材であり、全体の60~70質量%含まれる。温度によるゴム硬度に変化をつける場合、ある程度高温でもゴム硬度の高い(硬い)主材を使い、補材によって高温側のゴム硬度を調節する方法が一般的に考えられる。より具体的には、主材とはゴム硬度の温度特性が異なる補材を混ぜ、高温側と低温側でのゴム硬度を調節する。
【0040】
主材としては、所謂エラストマーと呼ばれるゴム材が利用できる。例えば、天然ゴムおよびスチレン・ブタジエンゴム、ブタジエンゴム、エチレン・プロピレンゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、シリコーンゴム、フッ素ゴム等の合成ゴム、またスチレン系、オレフィン/アルケン系、塩ビ系、ウレタン系、アミド系といった熱可塑性エラストマーの少なくとも1種を好適に利用できる。また、複数種を混合して用いてもよい。主材としては、特に、エチレン・プロピレンゴム等が好適に利用できる。
【0041】
<補材>
ボーラス形成材として好適なゴム硬度の温度特性を有し、適度な伸びと、強度を有するには、主材だけでは足りず、補材が使用される。補材には、温度感応性材料、補強剤、軟化剤などが使用される。
【0042】
(温度感応性材料)
温度感応性材料は、主材の温度特性を調整するために、使用される。例えば、主材となるゴム材が、人肌の温度である36℃では柔らかすぎる場合に、その温度では、まだ硬さを有する熱可塑性樹脂を用いれば、36℃付近のゴム硬度を上げることができる。
【0043】
また、熱可塑性の特性は、組成調整されたゴム材でも発揮させることができる。ボーラス形成材全体としての温度特性を主材と共に担う材料を温度感応性材料と呼ぶ。温度感応性材料は主材と異なるゴム硬度の温度特性を有する材料である。
【0044】
(軟化剤)
ボーラスが使用される温度領域は常温20℃から70℃程度までであるが、この温度領域でボーラス形成材の粘度を全体的に調節できる材料として軟化剤が使用されてもよい。軟化剤は通常オイル(油)が好適に利用できる。軟化剤を用いる際は、保存している間にブルーミングが生じない程度の量を含有させる。
【0045】
(補強剤)
補強剤は、ボーラス形成材の構造を維持するために添加される。例えば、フィラー成分が好適に利用できる。フィラー成分は、微小粒子であり、無機物、有機物若しくは両方を利用することができる。適量のフィラー成分をとりこんだ主材は、互いの接合強度を高めることができる。フィラー成分は温度特性を有しないので、使用が予定される温度範囲(約20℃から約70℃の間)では、主材の構造強度を支える。
【0046】
なお、本発明に係るボーラスは、人体と同じ放射線特性を持つ必要があるので、密度の高いフィラーを多く入れすぎると、ボーラスの放射線特性が人体の放射線特性から外れすぎ、好ましくない。したがって、上記の材料は混合した際に人体の放射線特性とほぼ同じになるように形成する。
【0047】
より具体的には、比重が0.9~1.2g/cmの範囲になるようにするのが望ましい。これより小さいと所望のピークシフト量を達成するにはボーラスの厚みを厚くしなければならず、取り扱いが容易でない。またこの範囲より大きいと人体の放射線特性から外れすぎる場合がある。
【0048】
ただし、比重は目安であり、本発明に係るボーラスは、電子線及びX線に対して深部量百分率のピークが、厚みの0.8~1.2倍で線源方向にシフトできればよい。これは10mmの厚みのボーラスであれば、深部量百分率のピークを8mmから12mm線源側にシフトできる能力である。
【実施例
【0049】
<実施例1>温度特性
主材として、エチレン・プロピレンゴム(EPT4021、EPT4045、EPTX-4010M:いずれも三井化学社製)を用いた。温度感応性材料としては、スチレン・ブタジエンゴム(アサプレン6500P:旭化成社製)を用いた。主材と温度感応性材料の割合は4:1程度とした。
【0050】
他の補材としては、軟化剤(プロセス油)としてダイアナプロセスイルPW-380(出光興産社製)、補強剤としてシリカ(ニップシールAQ:東ソー・シリカ社製)およびタルク(ミストロンベーパー:イメリススペシャリティーズジャパン社製)の2種を用いた。
以下に各サンプルの組成を示す。
【0051】
サンプル1(以下「SP1」と記す。)を以下の組成で調製した。
主材:エチレン・プロピレンゴム
EPT4021 60重量部(38.7質量%)
EPT4045 0重量部( 0.0質量%)
EPTX-4010M 20重量部(12.9質量%)
主材合計 80重量部(51.6質量%)
温度感応性材料:スチレン・ブタジエンゴム
20重量部(12.9質量%)
補材:軟化剤:プロセス油 20重量部(12.9質量%)
補強剤:シリカ 35重量部(22.6質量%)
補強剤:タルク 0重量部(0質量%)
【0052】
サンプル2(以下「SP2」と記す。)を以下の組成で調製した。
主材:エチレン・プロピレンゴム
EPT4021 80重量部(51.6質量%)
EPT4045 0重量部( 0.0質量%)
EPTX-4010M 0重量部( 0.0質量%)
主材合計 80重量部(51.6質量%)
温度感応性材料:スチレン・ブタジエンゴム
20重量部(12.9質量%)
補材:軟化剤:プロセス油 20重量部(12.9質量%)
補強剤:シリカ 35重量部(22.6質量%)
補強剤:タルク 0重量部(0質量%)
【0053】
サンプル3(以下「SP3」と記す。)を以下の組成で調製した。
主材:エチレン・プロピレンゴム
EPT4021 70重量部(45.2質量%)
EPT4045 0重量部( 0.0質量%)
EPTX-4010M 0重量部( 0.0質量%)
主材合計 70重量部(45.2質量%)
温度感応性材料:スチレン・ブタジエンゴム
30重量部(19.4質量%)
補材:軟化剤:プロセス油 20重量部(12.9質量%)
補強剤:シリカ 35重量部(22.6質量%)
補強剤:タルク 0重量部(0質量%)
【0054】
サンプル4(以下「SP4」と記す。)を以下の組成で調製した。
主材:エチレン・プロピレンゴム
EPT4021 0重量部( 0.0質量%)
EPT4045 60重量部(38.7質量%)
EPTX-4010M 20重量部(12.9質量%)
主材合計 80重量部(51.6質量%)
温度感応性材料:スチレン・ブタジエンゴム
20重量部(12.9質量%)
補材:軟化剤:プロセス油 20重量部(12.9質量%)
補強剤:シリカ 35重量部(22.6質量%)
補強剤:タルク 0重量部(0質量%)
【0055】
サンプル5(以下「SP5」と記す。)を以下の組成で調製した。
主材:エチレン・プロピレンゴム
EPT4021 60重量部(40.0質量%)
EPT4045 0重量部( 0.0質量%)
EPTX-4010M 30重量部(20.0質量%)
主材合計 90重量部(60.0質量%)
温度感応性材料:スチレン・ブタジエンゴム
10重量部( 6.7質量%)
補材:軟化剤:プロセス油 20重量部(13.3質量%)
補強剤:シリカ 0重量部( 0.0質量%)
補強剤:タルク 30重量部(20.0質量%)
各組成を表1および表2にまとめる。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
次にこれらのサンプルを50mm×50mm×10mmの板状に成形し、所定の温度にした恒温槽に30分投入し、恒温槽の温度になったサンプルを取り出し、タイプAおよびタイプEのゴム硬度計でゴム硬度を測定した。結果を図1図2に示す。図1はタイプAのゴム硬度計によるゴム硬度であり、図2はタイプEのゴム硬度計によるゴム硬度を示す。
【0059】
図1図2共に、横軸はサンプル温度(℃)を示し、縦軸はゴム硬度(度)を示す。図1図2ともゴム硬度は低温側から高温側にむかってゴム硬度が低下する傾向を示し、ゴム硬度の順は測定した20℃から70℃の間で入れ替わることなかった。ゴム硬度の高い順にサンプル3、サンプル4、サンプル2、サンプル1、サンプル5の順であった。
【0060】
なお、タイプAのゴム硬度計はゴム硬度20度以上では感度が高く各サンプルの差をよく示した。しかし、ゴム硬度が20度以下では、感度は低くなり、各サンプル間の差をよく示せていない。一方、タイプEのゴム硬度計では、ゴム硬度60度以上では、感度が低くなり、それ以下の領域では、感度が高く、各サンプル間の差をよく示すことができている。
【0061】
このようなゴム硬度の温度特性を有する各サンプルについて実際に人が取り扱った場合の評価を行った。人による官能試験について説明する。各サンプルはランダムな番号を付して、100mm×100mm×10mmの板状に成形した。試験者は、放射線科の放射線技師3名である。各サンプルは70℃および36℃で30分恒温槽中に放置し、サンプルを手で捏ねながら、70℃では成形性、36℃では形状の維持性を中心に5段階で評価した。評価は2分以内で行った。評価の基準は以下の通りである。
【0062】
5 臨床現場で問題なく利用でき、使いやすい
4 臨床現場で問題なく利用できる
3 臨床現場で利用可能
2 臨床現場で問題はあるが利用可能
1 臨床現場では使えない
【0063】
各サンプルとも3名の評価者の70℃の成形性および36℃の形状維持性の評価点の平均を求め平均評価点を加算することで合計点とした。表3および表4に各サンプル毎の評価結果と30℃と70℃のゴム硬度を示す。また、各サンプル毎の官能試験の合計点を図1図2にも記入した。
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
表3、表4および図1図2を参照する。まず表3、表4を見ると、サンプル1、サンプル2、サンプル4は、いずれも36℃および70℃の温度で3点(臨床現場で利用可能)以上の平均点であった。特にサンプル2とサンプル4はどちらの温度でも官能試験が4点(臨床現場で問題なく利用できる)以上であり、非常に好適な結果であった。
【0067】
サンプル3は70℃で2点台(臨床現場で問題はあるが利用可能)であり、36℃では、3点台(臨床現場で利用可能)であった。
【0068】
一方、サンプル5は、36℃および70℃共に1点台(臨床現場では使えない)であった。これを図1でみると、30℃ゴム硬度Aが20度以上、好ましくは25度以上、最も好ましくは30度以上であれば、人肌上で塑性変形を起こすことなく、患者の肌に密着させることができることを示している。
【0069】
次に図2でみると、高温側はゴム硬度が大きすぎると変形させにくくなるため好ましくない。また、SP5の結果よりゴム硬度が低すぎても取り扱いは好ましくない。上限としては、70℃ゴム硬度Eが60度以下、好ましくは50度以下最も好ましくは45度以下がよい。また下限は70℃ゴム硬度Eが10度以上、好ましくは15度以上、最も好ましくは、20度以上がよい。これらの範囲であれば、臨床現場で自由に変形させることができる。
【0070】
以上のように、30℃ゴム硬度A20度以上であり、かつ70℃ゴム硬度E60度以下、10度以上であれば、臨床の現場で好適に利用することができるボーラス形成材を提供することができる。
【0071】
また、サンプル1、サンプル2、サンプル3および、サンプル4は加温した際に、ボーラスが半透明となった。これはボーラスを透過して治療部位のマーキングを確認するに十分な透過性であった。したがって、サンプル1、サンプル2、サンプル3およびサンプル4は、ボーラス成形の作業性に好ましかった。
【0072】
<実施例2>深度方向の線量特性
本発明に係るボーラスは、温度特性を所定の範囲にすることで、機械的には好適な取り扱いをすることができる。一方、ボーラスの根本的な役割として、放射線特性が人体と同程度になる必要がある。
【0073】
そこで、本発明のボーラスについて、放射線の吸収または散乱が、実質的な組織と同じ性質を持つことを評価するために、電子線及びX線に対する深部量百分率を測定した。深部量百分率とは、水中での放射線の中心軸上における最大線量を100%とし、任意の深さでの線量を百分率で表したものである。
【0074】
(測定方法)
図3(a)および図3(b)に測定系の構成を示す。図3(a)は電子線の深部量百分率測定1の場合であり、図3(b)は、X線の深部量百分率測定2の場合である。両方の測定系に共通して、線源10の下方に吸収線量測定用ファントム12(以下単に「ファントム12」ともいう。)を配置させ、ファントム12の表面12aに、所定の厚みに成形したボーラス14を載置した。
【0075】
ファントム12には、タフウォーターファントム(京都科学社)を用いた。ファントム12とは放射線に対する吸収や散乱などの相互作用が水や人体組織と等価であり、密度も近い物質でできているものを指す。
【0076】
線源10とファントム表面12aとの距離は100cmとした。照射野は10×10cmとした。また、電子線の深部量百分率測定1では、線源10とボーラス14の間にアプリケータ18を配置した。アプリケータ18は電子線の空中での側方散乱を防止するために配置した。
【0077】
線源10からの放射線10rの放射軸10c上であって、ファントム表面12aから所定の深さ16dに計測器16(Roos Typeの平行平板型電離箱(PTW社)と電位計RAMTEC SMART(東洋メディック社))を用いて深部量百分率を取得した。
【0078】
電子線のエネルギーは4~12MeVとし、X線のエネルギーは4、6及び10MVとした。電子線及びX線の発生には、直線加速器Synergy(Elekta社)を用いた。
【0079】
なお、人体組織と等価のボーラス(CIVCO社)も同様にファントム12の上に設置して、同じ条件の下、深部量百分率を取得し、本発明のボーラス(SP1を使用した。)のものと比較をした。両者の厚みは、5mmと10mmとした。電子線エネルギーが6MeVのときの結果を例として図4に示す。
【0080】
図4(a)はボーラス14の厚みが5mmの場合であり、(b)は10mmの場合である。いずれのグラフにおいても、横軸はボーラス表面14aからの深さ(ボーラスがない場合は、ファントム12の表面12aからの深さ(mm)であり、縦軸は深部量百分率(%)である。
【0081】
また、いずれのグラフにおいても、黒実線はボーラスなしを表し、黒破線は人体組織等価ボーラスである。本発明に係るボーラス(SP1)は黒丸で表した。
【0082】
図4を参照して、ボーラスの厚みが5mmの場合(図4(a))も10mmの場合(図4(b))も、本発明に係るボーラスと人体組織等価ボーラスの深部量百分率はほぼ一致しており、実施例に係るボーラス14は既存の人体組織等価ボーラスと同じ放射線特性を示した。この傾向は、電子線のエネルギーが4MeV、9MeV、12MeV及びX線のエネルギーが4、6及び10MVにおいても同じであった。
【0083】
ボーラスの効果については、厚さ5mmの場合、線源方向に向かって5mm、厚さ10mmの場合は10mmだけ深部量百分率のピークがシフトした。電子線強度を変化させた場合も含め、本発明に係るボーラスは、ボーラスの厚み5mmの場合は、4mmから6mm、ボーラスの厚みが10mmに対しては8mmから10mmシフトしていた。したがって、本発明に係るボーラスは、電子線及びX線に対して深部量百分率のピークがボーラスの厚みの0.8~1.2倍で線源方向にシフトさせることができる。
【0084】
放射線を治療に使用する場合、使用するエネルギーはほぼ決まっており、予め放射線のエネルギーに対してシフト量を調べておくことで、所望の量のシフト量を得ることができる。すなわち、深部量百分率の線源側へのシフト量を本発明に係るボーラスの厚みで制御することができる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明に係るボーラス形成材によるボーラスは、放射線治療を行う際に深部量百分率を線源側へシフトさせる際に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0086】
1 電子線の深部量百分率測定
2 X線の深部量百分率測定
10 線源
10r 放射線
10c 放射軸
12 吸収線量測定用ファントム
12a (ファントム12の)表面
14 ボーラス
14a ボーラス表面
16 計測器
16d (ファントム表面12aからの)深さ
18 アプリケータ
【要約】
人体表面の形状に合うように変形させることができ、かつ、治療中の変形が小さい、放射線治療用のボーラス。ボーラス形成材は、エチレン・プロピレンゴム及び温度感応性材料を含むゴム組成物である。ボーラス形成材は、30℃では、JISタイプA硬さが20以上であるので、変形しにくい。ボーラス形成材は、70℃では、JISタイプE硬さが10以上60以下であるので、変形しやすい。ボーラス形成材は、電子線及びX線に対して、深部量百分率のピークを、その厚みの0.8倍以上1.2倍以下、線源方向にシフトさせる。したがって、ボーラス形成材は、深さ方向の線量特性が人体とほぼ同一である。ボーラス形成材の板は、70℃程度に熱せられた後、患者の体の表面の形状に合うように変形される。これを冷却すると、患者の体に密着するボーラスが得られる。患者と照射装置との間にボーラスを介することで、深さ方向の線量特性が調節できる。
図1
図2
図3
図4