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特許7140400多能性幹細胞から人工神経筋接合部を得る方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-12
(45)【発行日】2022-09-21
(54)【発明の名称】多能性幹細胞から人工神経筋接合部を得る方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20220913BHJP
   C12N 5/079 20100101ALI20220913BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220913BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220913BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220913BHJP
   C07K 14/47 20060101ALI20220913BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20220913BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20220913BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20220913BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N5/079
C12Q1/02
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
C07K14/47
A61K35/545
A61P21/00
C12N15/12
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019549321
(86)(22)【出願日】2018-10-17
(86)【国際出願番号】 JP2018038690
(87)【国際公開番号】W WO2019078263
(87)【国際公開日】2019-04-25
【審査請求日】2021-05-17
(31)【優先権主張番号】P 2017201364
(32)【優先日】2017-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 潤
(72)【発明者】
【氏名】吉田 路子
(72)【発明者】
【氏名】林 壮宇
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/062854(WO,A1)
【文献】BARIK, Arnab et al.,Schwann Cells in Neuromuscular Junction Formation and Maintenance,Journal of Neuroscience,2016年,Vol. 36, No. 38,p. 9770-9781,全体, Introduction, abstract, p. 9774右欄-p. 9776右欄
【文献】DEMESTRE, M et al.,Formation and characterisation of neuromuscular junctions between hiPSC derived motoneurons and myot,Stem Cell Research,2015年,Vol. 15,p. 328-336,全体, abstract, p. 333右欄-p. 335左欄
【文献】STEINBECK, Julius A. et al.,Functional Connectivity under Optogenetic Control Allows Modeling of Human Neuromuscular Disease,Cell Stem Cell,2016年,Vol. 18,p. 134-143,abstract
【文献】YOSHIDA, Michiko et al.,Modeling the Early Phenotype at the Neuromuscular Junction of Spinal Muscular Atrophy Using Patient-,Stem Cell Reports,2015年,Vol. 4,p. 561-568,abstract, p. 566右欄
【文献】KIM, Ju Ang et al.,MYOD mediates skeletal myogenic differentiation of human amniotic fluid stem cells and regeneration,Stem Cell Research & Therapy,2013年,Vol. 4, No. 147,p. 1-11,abstract
【文献】TANAKA, Akihito et al.,Efficient and Reproducible Myogenic Differentiation from Human iPS Cells: Prospects for Modeling Miy,PLOS ONE,2013年,Vol. 8, No. 4,e61540,Figure 1
【文献】KIM, Han-Seop et al.,Schwann Cell Precursors from Human Pluripotent Stem Cells as a Potential Therapeutic Target for Myel,Stem Cell Reports,2017年06月06日,Vol. 8,p. 1714-1726,全体
【文献】丹司紅,MyoD強制発現により筋肉転化したヒト非筋細胞の分化過程:ラット胎児脊髄運動神経細胞による実験的神経支配,近畿大医誌,1996年,第21巻第1号,p. 25-36,抄録、図7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12Q
G01N
A61K
A61P
A61L
C07K
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)多能性幹細胞にMyoDを一過的に発現させて筋分化を誘導する工程、および
(ii)(i)で得られた細胞を神経栄養因子を含む培地で培養して神経分化を誘導する工
程、
を含む、人工神経筋接合部の製造方法。
【請求項2】
工程(i)のMyoDの一過的発現が薬剤を用いた発現誘導によって行われる、請求項1に記
載の方法。
【請求項3】
工程(ii)の神経栄養因子がGlial cell line-derived Neurotrophic Factor (GDNF)、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)およびNeurotrophin 3 (NT-3)である、請求項
1または2に記載の方法。
【請求項4】
工程(i)が4~20日間行われる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
工程(ii)が20~120日間行われる、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
人工神経筋接合部が運動ニューロン、筋細胞、およびシュワン細胞を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
(i)多能性幹細胞にMyoDを一過的に発現させて筋分化を誘導する工程、および
(ii)(i)で得られた細胞を神経栄養因子を含む培地で培養して神経分化を誘導する工
程、
を含む、人工神経筋接合部の製造工程において、工程(i)及び/または(ii)に被検物
質を存在させ、得られた人工神経筋接合部の形態または細胞組成を解析することにより、
被検物質を評価する、神経筋接合部の障害によって引き起こされる疾患の治療薬のスクリーニングまたは評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞を利用して、神経筋接合部をインビトロで調製する方法並びに該方法で得られた人工神経接合部およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
神経筋接合部(Neuromuscular junction: NMJ)は、運動神経終末と筋肉の接合部であり、神経終末から放出されるアセチルコリンにより、筋収縮が引き起こされる。
NMJの形成と維持は、神経細胞や筋細胞などのNMJの構成要素間での制御された連続的相互作用を必要とする多段階プロセスである。NMJ関連疾患の発病プロセスにはNMJの機能障害だけでなくその発生段階での障害も関与することが知られている。インビボのNMJの形成と維持を再現するヒト多能性幹細胞(hiPSC)由来のNMJはこれらの疾患の病態生理学の解明とそれらの治療薬の発見にとって優れたモデルとなりうる。近年、インビトロでNMJを再構築する幾つかの試みがなされた。例えば、非特許文献1および非特許文献2では、それぞれ、hiPSC由来運動ニューロン(MN)と初代筋細胞との共培養またはhiPSC由来MNとhiPSC由来筋細胞との共培養により得られるNMJモデルがアセチルコリン受容体(AChR)の集合体を形成することが示されたが、形態面及び機能面での成熟には至っておらず、NMJモデルとして不十分であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Steinbeck JA. et, al. Cell Stem Cell. 2016 Jan.7;18(1) : 134-43
【文献】Demestra M, et, al. Stem Cell Res. 2015 Sep;15(2): 328-36
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、簡便かつ効率よく、機能的かつ成熟したNMJをインビトロで調製する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、多能性幹細胞においてMyoD(myogenic differentiation)遺伝子を一時的に発現させ、次いで、培養条件を筋誘導から神経誘導に切り替えることで運動ニューロン、筋細胞(筋管)およびシュワン細胞を含む機能的かつ成熟したNMJを効率よく分化誘導できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
本発明は以下を提供する。
[1](i)多能性幹細胞にMyoDを一過的に発現させて筋分化を誘導する工程、および
(ii)(i)で得られた細胞を神経栄養因子を含む培地で培養して神経分化を誘導する工程、
を含む、人工神経筋接合部の製造方法。
[2]工程(i)のMyoDの一過的発現が薬剤を用いた発現誘導によって行われる、[1]に記載の方法。
[3]工程(ii)の神経栄養因子がGlial cell line-derived Neurotrophic Factor (GDNF) 、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)およびNeurotrophin 3 (NT-3)である、[1]または[2]に記載の方法。
[4]工程(i)が4~20日間行われる、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]工程(ii)が20~120日間行われる、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]人工神経筋接合部が運動ニューロン、筋細胞、およびシュワン細胞を含む、[1]~[5]のいずれか一項に記載の方法。
[7]多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、[7]に記載の方法。
[9]それぞれ多能性幹細胞から誘導された、運動ニューロン、筋細胞、およびシュワン細胞を含む、細胞集団。
[10][9]に記載の細胞集団を含む医薬組成物。
[11][9]に記載の細胞集団に被検物質を添加して培養する工程、
培養後、該細胞における筋収縮またはカルシウム濃度を評価する工程、
を含む、神経筋接合部の障害によって引き起こされる疾患の治療薬のスクリーニングまたは評価方法。
[12](i)多能性幹細胞にMyoDを一過的に発現させて筋分化を誘導する工程、および(ii)(i)で得られた細胞を神経栄養因子を含む培地で培養して神経分化を誘導する工程、
を含む、人工神経筋接合部の製造工程において、工程(i)及び/または(ii)に被検物質を存在させ、得られた人工神経筋接合部の形態または細胞組成を解析することにより、被検物質を評価する、神経筋接合部の障害によって引き起こされる疾患の治療薬のスクリーニングまたは評価方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、インビトロの系で効率よくNMJを得ることができる。形成されたNMJは、AChRを始めとするNMJの特徴を備え、NMJを介した神経による筋収縮を呈する。
シュワン細胞は神経終末の成熟、AChRクラスタの成熟およびNMJの維持にかかわっているという報告があり(The Journal of Neuroscience, September 21, 2016, 36(38):9770-9781)、本発明の方法によれば、シュワン細胞を含有する、より成熟した機能的なNMJが得られる。
本発明の方法により、約30日程度の短期間でヒトNMJが形成可能であり、形成後約100日程度の長期間にわたって培養・維持することが可能である。
本発明の方法によれば、インビボシナプス形成ステップが再現されるがこれはNMJシナプス形成の理解からNMJ関連疾患の発病の解明および候補治療薬のスクリーニング等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1A】インビトロhNMJ形成および形態分析。hiPSCからのインビトロhNMJ形成のスキーム。
図1B】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの免疫染色。プラーク様からプレッツェル様へのAChRクラスタリングの形態変化。(右)AChRのεサブユニットの検出。表示の無いスケールバー=10μm。
図1C】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの免疫染色。MNの分化マーカーの検出。表示の無いスケールバー=10μm。
図1D】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの免疫染色。筋原性細胞の分化マーカーの検出。表示の無いスケールバー=10μm。
図1E】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの免疫染色。初期から後期にかけてのニューロフィラメント密度の変化。
図1F】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの免疫染色。シュワン細胞マーカーの検出。表示の無いスケールバー=10μm。
図1G】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの電子顕微鏡による解析。筋管に結合する軸索末端の膨張を示すSEM。
図1H】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの電子顕微鏡による解析。シナプス前部位におけるシナプス小胞(矢頭)、活動帯(矢印)およびシナプス後部位に蓄積されたミトコンドリアを示すTEM。
図1I】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの電子顕微鏡による解析。筋管の内側に観察される拡大化された軸索末端。高電子密度の線として示される接合部ひだ。
図1J】インビトロhNMJ形成および形態分析(写真)。インビトロhNMJの電子顕微鏡による解析。終末ボタンの上を覆うシュワン細胞。
図2】TEMによるhNMJ発生ステージの分析(写真)。(a)筋管(m)に神経を分布させているMN。筋肉原形質膜上に観察された高電子密度領域。(b)筋管に観察された多分岐軸索末端。高電子密度領域(矢印)が各軸索末端に局在する。ミトコンドリア(mt)が近くに見られた。(c)軸索末端に観察されたネクローシス(矢印)。(d)活動帯(矢頭)、並列するシナプス後肥厚部(PSD、矢印)、それらの間に観察されるシナプス間隙。(e)シナプス小胞(sv)が活動帯(矢印)にドッキングする。(f)筋鞘により取り囲まれ、AChRがその中に存在する神経下間隙(subneural cleft)。(g)アグリン処理により増加するNMJ領域の比率。(h)アグリン処理:軸索末端の境界となる接合部のひだで筋管がよく限局された。ミトコンドリアが接合領域の近くで見られる。抗アグリン処理:筋管の残余物と劣化した軸索末端だけが培養物の中に残された。統計分析のために一元配置ANOVAを実施した。
図3A】NMJ分化の20日目におけるインビトロhNMJの機能分析(左上は写真)。2か所の目的領域(ROI)における一過性Ca2+上昇の検出およびそれと同時の筋管の運動の検出。筋管がCa2+の上昇に対する応答として収縮した。
図3B】NMJ分化の20日目におけるインビトロhNMJの機能分析(左上は写真)。5か所のROIにおけるCaイメージング。カルシウムの添加により一過性Ca2+上昇が亢進し、クラーレ処理により停止された。
図3C】NMJ分化の20日目におけるインビトロhNMJの機能分析(上は写真)。4か所のROIにおける運動分析が筋管収縮の伝播を示している。
図3D】NMJ分化の20日目におけるインビトロhNMJの機能分析。GAP27によるギャップジャンクション阻害から15分後に4か所のROI内の筋管が独立して収縮し始めた。
図4】インビトロhNMJ培養物の光活性化による運動分析(a,c,b下は写真)。(a)チャネルChR2-EYFPを発現するhNMJ培養物の神経性細胞。(bおよびc)hNMJ培養物の運動分析。(b)筋肉収縮は青色光(488nm)によってのみ引き起こされた。(c)クラーレにより筋肉収縮が阻害された。
図5A】hNMJ培養におけるMNの検出および定量(上は写真)。培養60日目におけるMN特異的マーカー陽性細胞の画像とグラフ(n=2、平均±SEM)。
図5B】hNMJ培養におけるMNの検出および定量。フローサイトメトリーによる、培養30日目及び60日目における全細胞数に対するHB9陽性細胞数とIslet1陽性細胞数の結果(n=3、平均±SEM)。
図6A】SMNタンパクをノックダウンしたiPSCs(201B7MYOD-SMNKD)からのhNMJへの分化(上は写真)。SMNタンパクのウェスタンブロッティング解析の結果であり、ゲルの画像とシグナル強度による定量結果(n=3、平均±SEM)。
図6B】SMNタンパクをノックダウンしたiPSCs(201B7MYOD-SMNKD)からのhNMJへの分化(上は写真)。培養30日目の201B7MYOD-SMNKD細胞(SMN KD)と201B7MYOD細胞(Control)とにおける、NF+SV2免疫染色とAChR免疫染色の結果を示す画像と細胞面積の解析結果。スケールバー:10μm。
図6C】SMNタンパクをノックダウンしたiPSCs(201B7MYOD-SMNKD)からのhNMJへの分化(写真)。201B7MYOD-SMNKD細胞(SMN KD)と201B7MYOD細胞(Control)とにおける、myotubeと軸索末端の形態を示す走査電子顕微鏡画像。スケールバー:500 nm。図中のMfはmyotubeを示し、Axは軸索を示す。
図6D】SMNタンパクをノックダウンしたiPSCs(201B7MYOD-SMNKD)からのhNMJへの分化(写真)。201B7MYOD-SMNKD細胞(SMN KD)と201B7MYOD細胞(Control)とにおける、myotubeと軸索末端の細胞内を示す透過電子顕微鏡画像。Lは脂肪滴を示し、Mtはミトコンドリアを示し、Mfはmyotubeを示し、SVはシナプス小胞を示し、Axは軸索を示し、Nuは核を示す。
図6E】SMNタンパクをノックダウンしたiPSCs(201B7MYOD-SMNKD)からのhNMJへの分化(上は写真)。培養30日目の201B7MYOD-SMNKD細胞(SMN KD)と201B7MYOD細胞(Control)におけるmyotubeの収縮の時間経過を示す画像とグラフ。
図6F】SMNタンパクをノックダウンしたiPSCs(201B7MYOD-SMNKD)からのhNMJへの分化(写真)。201B7MYOD-SMNKD細胞における収縮中のmyotubeの崩壊を示した明視野画像。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<人工神経接合部の製造法>
本発明の人工神経接合部の製造法は、
(i)多能性幹細胞にMyoDを一過的に発現させて筋分化を誘導する工程、および
(ii)(i)で得られた細胞を神経栄養因子を含む培地で培養して神経分化を誘導する工程
を含む。
【0010】
<人工神経筋接合部>
人工神経筋接合部とは、インビトロで多能性幹細胞から誘導された神経筋接合部を意味する。神経筋接合部とは、運動神経細胞の突起末端よりアセチルコリンが放出され、筋管細胞に存在する受容体が受け取ることができる構造を意味する。神経筋接合部の存在は、例えば、免疫染色や蛍光顕微鏡観察を行い、運動神経細胞が発現するシナプス小胞タンパク質(例えば、SV2)と筋管細胞が発現するアセチルコリン受容体が共局在することによって確認することができる。
【0011】
人工神経筋接合部は運動ニューロン、筋細胞(筋管)、およびシュワン(Schwann)細胞を含むことが好ましい。なお、人工神経筋接合部としての機能が維持されている限り、これら以外の細胞を有していてもよい。
運動ニューロンは、HB9、Islet1、ChATから選択される一つ以上のマーカーの陽性を指標にして同定することができる。
筋細胞は、ミオシン重鎖(MHC)およびMEF2cから選択される一つ以上のマーカーの陽性を指標にして同定することができる。
シュワン細胞は、S-100マーカーなどの陽性を指標にして同定することができる。
人工神経筋接合部は運動ニューロン、筋細胞、およびシュワン細胞の割合は、神経筋接合部としての機能が維持できる割合であれば特に制限されない。
【0012】
<多能性幹細胞>
本発明において多能性幹細胞とは、生体に存在する多くの細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であり、本発明で使用される中間中胚葉細胞に誘導される任意の細胞が包含される。多能性幹細胞には、特に限定されないが、例えば、胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、人工多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。好ましい多能性幹細胞は、製造工程において胚、卵子等の破壊をしないで入手可能であるという観点から、iPS細胞であり、より好ましくはヒトiPS細胞である。
【0013】
iPS細胞の製造方法は当該分野で公知であり、任意の体細胞へ初期化因子を導入することによって製造され得る。ここで、初期化因子とは、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等の遺伝子または遺伝子産物が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO2010/111409、WO2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D,et al.(2008),Nat.Biotechnol.,26:795-797、Shi Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,2:525-528、Eminli S,et al.(2008),Stem Cells.26:2467-2474、Huangfu D,et al.(2008),Nat.Biotechnol.26:1269-1275、Shi Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,3,568-574、Zhao Y,et al.(2008),Cell Stem Cell,3:475-479、Marson A,(2008),Cell Stem Cell,3,132-135、Feng B,et al.(2009),Nat.Cell Biol.11:197-203、R.L.Judson et al.,(2009),Nat.Biotechnol.,27:459-461、Lyssiotis CA,et al.(2009),Proc Natl Acad Sci U S A.106:8912-8917、Kim JB,et al.(2009),Nature.461:649-643、Ichida JK,et al.(2009),Cell Stem Cell.5:491-503、Heng JC,et al.(2010),Cell Stem Cell.6:167-74、Han J,et al.(2010),Nature.463:1096-100、Mali P,et al.(2010),Stem Cells.28:713-720、Maekawa M,et al.(2011),Nature.474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
【0014】
体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)血液細胞(末梢血細胞、臍帯血細胞等)、リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0015】
また、iPS細胞を移植用細胞の材料として用いる場合、拒絶反応が起こらないという観点から、移植先の個体のHLA遺伝子型が同一または実質的に同一である体細胞を用いることが望ましい。ここで、「実質的に同一」とは、移植した細胞に対して免疫抑制剤により免疫反応が抑制できる程度にHLA遺伝子型が一致していることであり、例えば、HLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座またはHLA-Cを加えた4遺伝子座が一致するHLA型を有する体細胞である。
【0016】
多能性幹細胞にMyoDを一過的に発現させて筋分化を誘導する工程、
本発明で用いられるMyoDとしては、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるヒトmyogenic differentiation 1(MYOD1)および他の哺乳動物におけるそのオルソログ、並びにそれらの転写変異体、スプライシング変異体などが挙げられる。あるいは、上記いずれかのタンパク質と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上のアミノ酸同一性を有し、且つ該タンパク質と同等の機能(例、筋特異的プロモーターの転写活性化など)を有するタンパク質であってもよい。
MyoDをコードする核酸としては、配列番号1の塩基番号221~1183で表されるヌクレオチド配列からなるヒトmyogenic differentiation 1(MYOD1)cDNAおよび他の哺乳動物におけるそのオルソログ、並びにそれらの転写変異体、スプライシング変異体などが挙げられる。あるいは、上記いずれかの核酸と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上のヌクレオチド同一性を有し、且つ該核酸にコードされるタンパク質と同等の機能(例、筋特異的プロモーターの転写活性化など)を有するタンパク質をコードする核酸であってもよい。あるいは、上記いずれかの核酸の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有するセンス鎖を有するものであってもよい。なお、ここでストリンジェントな条件は、Berger and Kimmel(1987, Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology, Vol. 152, Academic Press, San Diego CA)に教示されるように、複合体或いはプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、「0. 1×SSC、0.1%SDS、60℃」の条件を挙げることができ、かかる条件で洗浄してもハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。
【0017】
MyoDをコードする核酸は、DNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。また、該核酸は、一本鎖であっても、二本鎖DNA、二本鎖RNAもしくはDNA: RNAハイブリッドであってもよい。好ましくは二本鎖DNAもしくは一本鎖RNAである。当該RNAは、分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびシュードウリジン(pseudouridine)(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良く、フォスファターゼ処理による修飾RNAであってもよい。
【0018】
MyoDを多能性幹細胞において一過的に発現させる方法は特に限定されないが、例えば、以下の方法を用いることができる。尚、ここで「発現」とは、MyoDをコードする核酸である場合においては、細胞内で、該核酸からMyoDタンパク質が転写および翻訳され生成することを意味し、MyoDタンパク質である場合においては、該タンパク質が細胞内に導入されることと同義である。
【0019】
MyoDがDNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクターをリポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクターなどが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、ヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが例示される。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドが例示される。
ベクターには、MyoDをコードするDNAが発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えば、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、蛍光タンパク質、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。プロモーターとして、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(cytomegalovirus)プロモーター、RSV(Rous sarcoma virus)プロモーター、MoMuLV(Moloney mouse leukemia virus)LTR、HSV-TK(herpes simplex virus thymidine kinase)プロモーター、EF-αプロモーター、CAGプロモーターおよびTREプロモーター(tetO配列が7回連続したTet応答配列をもつCMV最小プロモーター)が例示される。
【0020】
MyoDを一過的に発現させるためには、一過的発現ベクターを用いてMyoD遺伝子を多能性幹細胞に導入してもよいが、より厳密に発現を制御するためには、誘導発現システムを使用することが好ましい。誘導発現システムとしてはテトラサイクリンやその誘導体(例えば、ドキシサイクリン)などを用いた薬剤誘導発現システムが挙げられ、予めMyoDの薬剤誘導発現が可能な遺伝子コンストラクトが導入された多能性幹細胞を用いることが好ましい。
例えば、上記のTREプロモーターを用いた場合、同一の細胞において、tetRおよびVP16ADとの融合タンパク質またはリバース(reverse)tetR(rtetR)およびVP16ADとの融合タンパク質(rtTA)を同時に発現させることが望ましい。このTet-Onシステムでは薬剤が存在しないときは該融合タンパク質がTREに結合せず、転写は起こらないが、薬剤を添加することにより該融合タンパク質がTREプロモーターに結合し、転写が起こるので、薬剤を添加している間に一過的にMyoDを発現させることができる。
【0021】
また、上記ベクターには、多能性幹細胞の染色体へ、プロモーターとそれに結合するMyoDをコードするDNAからなる発現カセットを取り込み、さらに必要に応じて切除するために、この発現カセットの前後にトランスポゾン配列を有していてもよい。トランスポゾン配列として特に限定されないが、piggyBacが例示される。他の態様として、発現カセットを除去する目的のため、発現カセットの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0022】
また、MyoDがRNAの形態の場合、例えばエレクトロポレーション、リポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。MyoDがタンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTATおよびポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。
【0023】
MyoDを多能性幹細胞内で一過的に発現させて筋細胞を誘導する期間は、筋分化が十分行われる期間であればよく、用いる多能性幹細胞の種類や性質によって適宜変更できるが、例えば、約4~20日が挙げられ、約4~12日が好ましく、約6~10日がより好ましい。例えば、上記の薬剤誘導発現システムを使用する場合は、この期間薬剤を加えて培養することが好ましい。また、他の態様として、トランスポゾン配列を有するベクターを用いる場合、上記の期間経過後、トランスポゼースを細胞内に導入することで発現を停止する方法およびLoxP配列を有するベクターを用いる場合、所望の期間経過後、Creを細胞内に導入することで発現を停止する方法などが例示される。
一方、MyoDがRNAまたはタンパク質の場合、上記の期間においてMyoDが細胞内で存在するように導入を複数回行ってもよい。
【0024】
MyoDを多能性幹細胞内で一過的に発現させた状態で筋細胞を誘導する際の多能性幹細胞の培養条件は、接着培養条件であることが好ましい。例えば、細胞外マトリクスなどの細胞接着分子、具体的には、マトリゲル(BD)、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせを用いてコーティング処理された培養皿を用い、動物細胞の培養に用いられる培地を基本培地として血清または血清代替物を添加した培地で培養することが好ましい。ここで、基本培地としては、例えば、GMEM(グラスゴー最小必須培地:Glasgow Minimum Essential Medium)、IMDM(イスコフ改変ダルベッコ培地:Iscove's Modified Dulbecco's Medium)、199培地、イーグル最小必須培地(Eagle’s Minimum Essential Medium)(EMEM)、αMEM培地、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s modified Eagle’s Medium)(DMEM)、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、フィッシャー培地(Fischer’s medium)、およびこれらの混合培地などが包含される。また、血清代替物として、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、ITS-サプリメントおよびこれらの混合物などが包含される。
好ましい分化誘導条件は、マトリゲルでコーティングされた培養皿に接着させた多能性幹細胞を10%KSRを含有するαMEM培地で培養する条件である。
【0025】
培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0026】
筋分化が誘導されたことはMHCやMEF2cなどの筋マーカーの存在により確認できる。なお、このように製造された筋細胞を含む細胞集団は、単一の細胞集団ではなく、他の種類の細胞が含有された細胞集団であってもよい。
【0027】
工程(i)で得られた細胞を神経栄養因子を含む培地で培養して神経分化を誘導する工程
<神経栄養因子>
神経栄養因子とは、運動ニューロンの生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体へのリガンドであり、例えば、Nerve Growth Factor (NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)、Neurotrophin 3 (NT-3)、Neurotrophin 4/5 (NT-4/5)、Neurotrophin 6 (NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor (EGF)、Hepatocyte Growth Factor (HGF)、Insulin、Insulin Like Growth Factor 1 (IGF 1)、Insulin Like Growth Factor 2 (IGF 2)、Glia cell line-derived Neurotrophic Factor (GDNF)、TGF-b2、TGF-b3、Interleukin 6 (IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor (CNTF)およびLIFなどが挙げられる。本発明において好ましい神経栄養因子は、NT-3、GDNF、およびBDNFである。神経栄養因子は、例えばWako社やR&D systems社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現させることによって得てもよい。
【0028】
培養液中におけるNT-3の濃度は、例えば、0.1ng/mL~100 ng/mL、好ましくは1ng/mL~50ng/mL、より好ましくは5ng/mL~20ng/mLとすることができる。
【0029】
培養液中におけるGDNFの濃度は、例えば、0.1ng/mL~100 ng/mL、好ましくは1ng/mL~50ng/mL、より好ましくは5ng/mL~20ng/mLとすることができる。
【0030】
培養液中におけるBDNFの濃度は、例えば、0.1ng/mL~100 ng/mL、好ましくは1ng/mL~50ng/mL、より好ましくは5ng/mL~20ng/mLとすることができる。
【0031】
本発明において、工程(ii)で用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、Glasgow's Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培養液は、N2サプリメント、B27サプリメント、NT-3、GDNF、およびBDNFを含有するNeurobasal Mediumである。
【0032】
工程(i)において筋分化を誘導した後、MyoDの発現を停止し、培地を神経分化用の培地に変更することで、神経分化を誘導することができる。
【0033】
培養条件について、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0034】
培養期間は、運動ニューロンおよびシュワン細胞が出現する期間であれば、特に限定されないが、工程(ii)は、少なくとも20日間行われることが望ましい。より好ましくは20日間から120日間であり、さらに好ましくは、30日間から100日間である。
【0035】
これにより、人工神経筋接合部、すなわち、運動ニューロン、筋細胞およびシュワン細胞を含む細胞集団を得ることができる。
【0036】
多能性幹細胞から人工神経筋接合部を作製するキット
本発明での他の実施態様において、多能性幹細胞から人工神経筋接合部を作製するキットが含まれる。当該キットには、上述した工程(i)および(ii)に使用する細胞、培養液、添加剤または培養容器等が含まれる。例えば、MyoDが誘導可能な状態で導入された多能性幹細胞、テトラサイクリンまたはその誘導体などの薬剤、神経栄養因子、細胞外マトリクスでコートされた培養器、基礎培地から成る群より選択される1種類以上の試薬を含むキットが挙げられる。本キットには、さらに製造工程の手順を記載した書面や説明書を含んでもよい。
【0037】
神経筋接合部を含有する細胞培養物
本発明の人工神経筋接合部は運動ニューロン、筋細胞およびシュワン細胞を含む細胞培養物として得ることができる。
当該神経筋接合部を含有する細胞培養物は、神経筋接合部の障害(機能不全や形成不全)によって引き起こされる病態(例えば、重症筋無力症、ランバート-イートン症候群、ミラー・フィッシャー症候群、先天性筋無力症症候群、脊髄性筋委縮症)の病態のモデル系として有用である。したがって、例えば、神経筋接合部の障害によって引き起こされる病態を治療するための細胞製剤や当該病態の治療薬のスクリーニング系として使用できる。
【0038】
本発明は、上述した方法により得られた人工神経筋接合部を含む医薬組成物(細胞製剤)、該人工神経筋接合部を含む、神経筋接合部の障害によって引き起こされる病態の治療剤、該人工神経筋接合部の治療有効量を投与する工程を包含する神経筋接合部の障害によって引き起こされる病態を治療する方法をそれぞれ提供する。
治療を必要とする患者への治療剤の投与方法としては、例えば、得られた人工神経筋接合部(筋細胞およびシュワン細胞を含む細胞培養物)を患部に注射等で局所投与する方法などが挙げられる。治療剤に含まれる細胞培養物の細胞数は、疾患の程度などに合わせて適宜調整される。医薬組成物(細胞製剤)の使用においては、該細胞を保護するためにジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、また、細菌の混入及び増殖を防ぐために抗生物質等を細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を細胞製剤に含有させてもよい。
【0039】
薬剤のスクリーニング方法または評価方法
本発明では、上記のようにして得られた運動ニューロン、筋細胞およびシュワン細胞を含む細胞集団に被検物質を添加して培養する工程、
培養後、該細胞における筋収縮またはカルシウム濃度を評価する工程を含む、神経筋接合部の障害によって引き起こされる疾患の治療薬のスクリーニングまたは評価方法を提供する。
【0040】
被検物質は、例えば、細胞抽出物、細胞培養上清、微生物発酵産物、海洋生物由来の抽出物、植物抽出物、精製タンパク質又は粗タンパク質、ペプチド、非ペプチド化合物、合成低分子化合物、及び天然化合物が例示される。
【0041】
被検物質はまた、(1)生物学的ライブラリー、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)「1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)」ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィ選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他の4つのアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam (1997) Anticancer Drug Des. 12: 145-67)。分子ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al. (1993) Proc. Natl.Acad. Sci. USA 90: 6909-13; Erb et al. (1994) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91: 11422-6; Zuckermann et al. (1994) J. Med. Chem. 37: 2678-85; Cho et al. (1993) Science 261: 1303-5; Carell et al. (1994) Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33: 2059; Carell et al. (1994) Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33: 2061; Gallop et al. (1994) J. Med. Chem. 37: 1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten (1992) Bio/Techniques 13: 412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam (1991) Nature 354: 82-4)、チップ(Fodor (1993) Nature 364: 555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al. (1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89: 1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith (1990) Science 249: 386-90; Devlin (1990) Science 249: 404-6; Cwirla et al. (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 6378-82; Felici (1991) J. Mol. Biol. 222: 301-10; 米国特許出願第2002103360号)として作製され得る。
【0042】
筋収縮またはカルシウム濃度を溶媒などの対照と比較して増強する物質を神経筋接合部の障害によって引き起こされる疾患の治療薬候補物質として選択または評価することができる。
【0043】
本発明の薬剤のスクリーニング方法または評価方法の他の態様は、
(i)多能性幹細胞にMyoDを一過的に発現させて筋分化を誘導する工程、および
(ii)(i)で得られた細胞を神経栄養因子を含む培地で培養して神経分化を誘導する工程、
を含む、人工神経筋接合部の製造工程において、工程(i)及び/または(ii)に被検物質を存在させ、得られた人工神経筋接合部の形態または細胞組成を解析することにより、薬剤を選択または評価する、神経筋接合部の障害によって引き起こされる疾患の治療薬のスクリーニング方法または評価方法である。
【0044】
例えば、神経筋接合部の障害によって引き起こされる疾患の患者由来のiPS細胞を用いて人工神経筋接合部の製造工程を行い、被検物質無添加では人工神経筋接合部の形成が不十分なところ、被検物質を添加した時に人工神経筋接合部の形成が改善された場合、その物質は疾患の神経筋接合部の障害によって引き起こされる疾患の治療薬となりうる。
【実施例
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明の態様は以下の実施例に限定されるものではない。
【0046】
材料と方法
細胞株
MyoD-201B7は、Tanaka et al., PLOS ONE 2013, Volume 8, Issue 4, e61540に記載されたように、201B7ヒトiPS細胞株にドキシサイクリン(DOX)誘導性MYOD1発現piggy bacベクターを形質移入することにより構築された。MYOD1はmCherryタンパク質およびrtTAとともに発現され、MYOD1の発現はmCherryタンパク質の発光により検出した。
【0047】
神経筋接合部の分化
Tanaka et al., PLOS ONE 2013に記載された手順に従って、MyoD-201B7株の筋分化を行った。具体的には、マトリゲル被覆プレート上にMyoD-201B7細胞を播種し、筋分化培地(10%KSR+αMEM)にドキシサイクリンを1μg/mL添加することで筋分化を誘導した。ドキシサイクリン添加後10日目の時点で培地を神経栄養因子(BDNF、GDNF、NT3;10ng/mlずつ、R&Dシステムズ)を添加したニューロベーサル(Neurobasal)培地に変更することで神経分化を誘導した。その後、同培地を3~4日毎に交換して培養を継続した。
【0048】
mCherry陽性細胞のフローソーティング
筋分化の2日目にFACS Aria BDおよびFACS Divaソフトウェアを使用してmCherry陽性細胞を選別した。選別された細胞をマトリゲル被覆96ウェルプレートに再播種し(8.8×10細胞/ウェル)、ドキシサイクリンを含む、または含まない筋分化培地中で培養した。20日目にニューロンに対する筋管の比率を免疫細胞化学により定量した。
【0049】
運動ベクトル分析
α7s ILCE-7S(ソニー株式会社)を使用して赤色フィルター処理光源および蛍光(Fluo8、緑色)を使用した位相差像を15fpsで連続撮像した。ブロックマッチング法に基づく運動ベクトル分析を提供するSI8000セルモーションイメージングシステム(ソニー株式会社)を使用して目的領域(ROI)における赤色分離像を使用する運動定量と緑色分離像を使用する明度分析を実施した。
SI8000セルモーションイメージングシステム(ソニー株式会社)を使用して38fpsで移動像の撮像と運動分析の両方を実施した。
【0050】
カルシウムイメージング
MyoD-201B7細胞を2.2×10細胞/ウェルの密度で播種し、Costar96ウェル黒壁/透明底プレート内でNMJに分化させた。20日目に増殖培地を取り除き、37℃で1時間にわたって細胞に100μLのFluo-8記録培地を添加した。それらの細胞をPBSで2度洗浄し、次にIn Cell Analyzer 2000で撮像した。F/F0比率として蛍光強度を表した。
【0051】
FDSS(浜松ホトニクス)による解析
MyoD-201B7細胞を2.2×10細胞/ウェルの密度でマトリゲル被覆96ウェル黒壁/透明底プレートに播種した。それらの培養物が収縮し始めるまで毎日各ウェルの半量の培地を交換した。増殖培地を取り除き、37℃で1時間にわたって細胞に100μLのFluo-8記録培地を負荷した。それらの細胞をPBSで2度洗浄し、次にウェルに分化培地を添加した。FDSSマイクロプレートリーダーでCaオシレーションをモニターし、1分の間隔でデータポイントを収集し、頻度および振幅の定量用のFDSSソフトウェアを使用してそれらのデータポイントを分析した。
【0052】
統計
統計分析にはMicrosoft Excel 2013の統計関数を使用した。結果を平均値±SEMとして表した。ステューデントのt検定およびウィルコクソンの順位和検定を用いて統計学的有意性を決定した。P<0.05を有意であると見なした。
【0053】
透過電子顕微鏡法
NMJ培養物を4℃で0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4)中の2%パラホルムアルデヒドと2%グルタルアルデヒド中で一晩にわたって前固定した。1%四酸化オスミウム溶液中で後固定を室温で1時間にわたって行った。エタノール(30%、50%、70%、90%、95%および100%)内で試料を脱水し、Epon樹脂中に包埋した。超薄切片(80nm)を切断し、酢酸ウラニルとアルカリ性クエン酸鉛で染色した。透過電子顕微鏡(H-7650、日立)でそれらの標本を検査した。
【0054】
走査電子顕微鏡法
SEM観察用の試料を4℃で2%パラホルムアルデヒドと2%グルタルアルデヒド中で一晩にわたって前固定した。1%四酸化オスミウム溶液中で後固定を室温で1時間にわたって行った。濃度等級を割り当てたエタノール(30%、50%、70%、90%、95%および100%)内で試料を脱水し、残留水分を除去するために臨界点乾燥機で乾燥した。それらの試料に陰極スプレー法によりプラチナを被覆し、その後で走査電子顕微鏡(S-4700、日立)で撮像した。
【0055】
免疫細胞化学(ICC)標識
使用した一次抗体は、抗ニューロフィラメント(Millipore番号MAB5254、1:500)、抗シナプス小胞プロテイン2(DSHB番号SV2、1:20)、抗MHC(Millipore番号A4.1025、1:1000)、抗Islet1(DSHB番号40.2D6、1:100)、抗HB9(DSHB番号81.5C10、1:100)、抗ChAT(Millipore番号AB144P、1:100)および抗Tuj1(Covance番号MMS435P、1:1000)であった。複合体化抗BTX-647(Invitrogen)を0.5ug/mlの濃度で使用した。共焦点顕微鏡(Fluo View-1000、オリンパス、またはLSM-710、Zeiss)により試料を画像化した。
【0056】
光遺伝学的活性化
光活性化ドメインを含むプラスミド(pLenti-Synapsin-hChR2(H134R)-EYFP-WPRE、Addgeneプラスミド番号20945)はカール・ダイセロス(Karl Deisseroth)からAddgeneに寄託されたものを購入して用いた。標的遺伝子を神経性細胞に形質導入するためにレンチウイルス形質導入システム(ViraPower hiperformレンチウイルス発現システム、Invitrogen)を使用した。NMJ培養物を37℃で48時間にわたって5%COでウイルスを含む培地で処理した。ウイルス感染後、その培地を取り除き、ニューロベーサル培地を標的遺伝子の発現のために加えた。その培地を3~4日毎に交換した。適切な光学的設定を用いた共焦点顕微鏡観察によりEYFP発現を検査した。光活性化を488nmのレーザー波長により実施した。EYFPシグナルに加えて筋肉運動分析のために明視野像を同時に撮像した。
【0057】
定量
MetaMorphソフトウェア(モレキュラーデバイス、米国)により画像分析と定量を行った。
【0058】
結果と考察
ドキシサイクリン(DOX)誘導性ベクターによるMYOD1の一時的発現によってhiPSCは効率的に成熟筋管(myotubes)に誘導される。この方法を用いることによって我々はまずDox誘導性コンストラクトを形質移入した201B7-iPSCクローン(201B7MYOD)を筋管に分化させた。10日目に神経細胞分化に適した培地に切り替えることで(図1A)、20日目に筋管の表面上に集合し、軸索末端に対して並置されたAChRが検出され、NMJ様の構造体を得ることができた(図1E)。その構造体中にはシュワン細胞も検出された(図1F)。
シナプス前細胞種およびシナプス後細胞種に関係するマーカーが検出された(図1C、1D)。
電子顕微鏡(EM)像よりNMJ培養物の中で筋管に結合する軸索末端の膨張および終末ボタンの上を覆うシュワン細胞が示された(図1Gおよび図1I)。
シナプス小胞とミトコンドリアが、高電子密度活動帯によって明確に分割される(図1H、I)NMJの前シナプス部位と後シナプス部位に蓄積した。
これらの観察結果より我々のインビトロNMJはNMJの主要な細胞種を含有しており、構造的にもNMJの特徴を備えていた。
【0059】
次に我々はhNMJ培養物がインビボのシナプス形成を通した構造的および形態的変化を再現するか観察した。20日目にいわゆる「プラーク様」クラスタリングという神経終末によって占められている、全てではないが輪郭がはっきりとした領域がAChRによって形成され、未熟な胚性NMJであることを表した。60日目までにそのプラークに穴が開き、MN軸索末端と完全に並び、接合部に「プレッツェル様」の外観を与えた(図1B)。AChRの形態変化と並行してγからεへのAChRサブユニットの変換も起こった(図1B)。インビボのNMJの発生では多重神経支配が最初に起こり、各筋管への1本を除いて全ての軸索の入力が神経可塑性の結果として取り除かれる。我々の培養条件では後期ステージになるとニューロンとNMJの数が減少し(図1E)、インビトロでのhNMJの成熟中に神経選別が実際に起こることを示した。EM画像分析を通して筋肉の構造線維とZ線、多分岐軸索末端およびネクローシス様のシナプス除去の過程が観察された(図2a~c)。内側に密集したシナプス小胞を有する成熟NMJの軸索末端はシナプス後肥厚部に対して並列している細胞マトリックス沈着部、活動帯を示した(図2d、e)。神経下間隙(subneural cleft)の突出している空間が筋鞘によって囲まれており、その空間にAChRが局在した(図2f)。
このように、我々はNMJ培養系において一連のhNMJ発生ステージを観察することができた。
【0060】
シナプス部位にAChRを蓄積し、且つ、安定化させる神経因子であるアグリンのインビトロNMJ系に対する寄与を調べた。アグリンの投与は長期培養物においてNMJの領域を増大させたが、一方で抗アグリン抗体の存在下では筋管の残余物と劣化した軸索末端だけがその培養物の中に残された(図2g、h)。したがって、アグリンはインビボと同様、我々のインビトロ系において、hNMJの形成と維持に重要な役割を果たすことがわかった。
【0061】
15日目~25日目に各培養物の全領域が突発的な同期された収縮様運動をよく示した。その運動は筋管の細胞内Ca2+濃度の上昇と完全に同期され、且つ、骨格筋弛緩薬ダントロレンによって阻害されたが、これはその運動が実際に筋管収縮であることを示している(図3A)。さらに、筋管の興奮はニューロンからのAchの放出を促進するCa2+によって増強され、且つ、AChRの競合的阻害剤であるクラーレによって縮小された。これはAChRを介して筋肉の収縮が引き起こされたことを示している(図3B)。したがって、筋管の収縮はニューロンと筋管との間の機能的シナプス連結を介した突発的な神経細胞活性によって支配されると考えられた。
電気的活動の細胞間伝播を可能にする筋管と筋管との間の細胞間チャネルであるギャップジャンクションがNMJの発生中に一時的に発現される。我々が運動ベクトル分析のフレームレートを増加することにより収縮を詳しく観察したとき、筋管の収縮は完全に同期されていなかったが、それは隣接する領域に伝播した(図3C)。その収縮の伝播はギャップジャンクション阻害剤gap27によって中断され、この収縮がギャップジャンクションを介した活動電位の伝播によって引き起こされることを示した(図3D)。
このように、我々のインビトロNMJがインビボNMJ発生の初期ステージにおける重要な特徴を再現していることがこれらの機能分析から示された。
【0062】
次に、我々はレンチウイルス感染により長期NMJ培養物に光活性化チャネルを導入することでニューロンを活性化した。NMJ分化の100日目にsynapsin1プロモーターにより駆動されるチャネルロドプシン-EYFP(ChR2-EYFP)の発現によってNMJの分子的改変神経性細胞を可視化した(図4a)。青色光によってのみ筋肉収縮が引き起こされ、このことからその光活性化系の確立に成功していることが示された(図4b)。青色光レーザーによって刺激されてもChR2-EYFPが無いウェルでは収縮が観察されなかった(データを示さず)。その培養物へのクラーレ投与により収縮が阻害され、このインビトロ系ではAch-Ach軸によって実際に筋肉収縮が引き起こされることが示された(図4c)。
このように、光遺伝学的NMJ系により長期培養中の我々のNMJの機能的成熟が証明された。
【0063】
次に、我々はNMJ培養における運動神経の存在比を、免疫染色とフローサイトメトリーで確認した。詳細は次の通りである。
【0064】
免疫染色と画像解析
NMJ培養から培地を除去し、PBSで1分間の洗浄を3回行い、4%パラホルムアルデヒド/PBSを用いて室温で10分間固定した。0.1% BSA/PBSで3回洗浄し、4%パラホルムアルデヒド+0.1% Tritonを用いて室温で10分間透過処理をした。0.1% BSA/PBSで5分間の再水和を3回行い、0.1% BSA/PBS + 0.5% Tween-20を用いて室温で1時間のブロッキング処理をし、パラフィルム層を備えたペトリ皿にカバースリップを移動して乾燥させた。50μlのPBSで希釈した一次抗体(Islet1又はNeuNに対する抗体)を用いて室温で1時間反応させ、PBSで5分間の洗浄を3回行い、PBSで希釈した二次抗体を用いて室温で1時間反応させ(遮光下)、PBSで5分間の洗浄を3回行った。スライドをddH2Oで数回洗浄して乾燥した。5μlのグリセロール:PBS (1:1)を加え、共焦点顕微鏡(LSM-710, Zeiss)で観察した。画像解析にはMetaMorphソフトウェア (Molecular devices、米国) を用いた。
【0065】
フローサイトメトリー
NMJ培養から培地を除去し、トリプシンで細胞を剥離し、PBSで1分間の洗浄を3回行い、4%パラホルムアルデヒド/PBSを用いて室温で10分間固定した。0.1% BSA/PBSで3回洗浄し、4%パラホルムアルデヒド+0.1% Tritonを用いて室温で5分間透過処理をした。0.1% BSA/PBSで1分間の洗浄を3回行い、0.1% BSA/PBSを用いて室温で20分間のブロッキング処理をした。PBSで希釈した一次抗体(Islet1又はHB9に対する抗体)を用いて室温で1時間反応させ、PBSで洗浄を3回行い、PBSで希釈した二次抗体を用いて室温で45分間反応させ(遮光下)、PBSで1分間の洗浄を3回行った。フローサイトメーター(Aria 2, BD)とFlowJoソフトウェア(BD)を用いて解析を行った。
【0066】
結果
免疫染色の結果から、運動神経は30日目くらいから認められ、その割合は60日目で神経細胞全体の27.4%(NeuN陽性細胞に対するIslet1陽性細胞の割合)であることがわかった(図5A)。
また、フローサイトメトリーの結果から、培養30日目においては全細胞数の13.16%がHB9陽性細胞であり、19.61%がIslet1陽性細胞であり、培養60日目においては全細胞数の4.56%がHB9陽性細胞であり、10.84%がIslet1陽性細胞であることがわかった(図5B)。
【0067】
次に、我々は脊髄性筋萎縮症患者の病態モデル構築のため、MyoD-201B7細胞のSMN(survival of motor neuron)タンパクをノックダウンした細胞(201B7MYOD-SMNKD細胞)を作成し、上記と同様の方法によりNMJを形成させた。詳細は次の通りである。
【0068】
ウェスタンブロット
作成した201B7MYOD-SMNKD細胞におけるSMNタンパク発現をウェスタンブロット法で解析した。
【0069】
免疫染色
培養30日目の201B7MYOD-SMNKD細胞について、一次抗体としてNF+SV2又はAChRに対する抗体を用いて前述の免疫染色と同様のプロトコールで免疫染色をした。
【0070】
走査電子顕微鏡法
PBS(pH7.4)で希釈した、2%パラホルムアルデヒド+2%グルタルアルデヒドで組織を1時間固定し、0.1Mカコジル酸緩衝液で5分間、3回の完全な洗浄を行い、0.1Mカコジル酸緩衝液で希釈した1%四酸化オスミウムで組織を60分間固定し、0.1Mカコジル酸緩衝液で15分間、3回の完全な洗浄を行った。リン酸緩衝液で希釈した下記グレードのエタノールで順に脱水した:30%エタノールで5分間、50%エタノールで5分間、70%エタノールで5分間、90%エタノールで10分間、95%エタノールで15分間を2回、100%エタノールで30分間を3回。その後、臨界点乾燥し、スタッドに固定し、スパッタ被覆し、デシケーターに保管し、走査電子顕微鏡(S-4700, Hitachi)で観察した。
【0071】
透過電子顕微鏡法
100mMのリン酸緩衝液(pH7.0)で希釈した、2%パラホルムアルデヒド+2%グルタルアルデヒドでサンプルを2~24時間にわたり前固定し、0.1Mカコジル酸緩衝液で希釈した1%四酸化オスミウムで1~2時間にわたり室温で後固定し、次の順で脱水した:30%アセトンで15分間、50%アセトンで15分間、70%アセトンで15分間、90%アセトンで15分間、100%アセトンで30分間を3回。その後、樹脂包埋(Epon mixを用い、アセトンで15分間の処理を2回)、樹脂浸透(2:1混合のアセトン:樹脂で1時間、次いで、1:1混合のアセトン:樹脂で1時間、1:2混合のアセトン:樹脂で1時間、100%樹脂でオーバーナイト)をし、その後、新鮮な樹脂に置換して1時間処理した。その後、鋳型中で新鮮な樹脂に包埋し、60~70℃で72時間重合した。超薄切片化し、透過型電子顕微鏡(H-7650, Hitachi)で観察し、成熟筋管(myotubes)の収縮の運動解析を行った。記録及び解析は、SI8000 Cell Motion Imaging System(Sony Corporation)を用いて行った。
【0072】
結果
201B7MYOD-SMNKD細胞におけるSMNタンパク発現量は、SMNタンパクをノックダウンしていない201B7MYOD細胞の同発現量に対して60%程度低下することがわかった(図6A)。
201B7MYOD-SMNKD細胞(SMN KD)におけるNMJの領域は、201B7MYOD細胞(Control)のそれよりも顕著に小さかった(図6B)。
201B7MYOD細胞(Control)培養のSEM画像では、非常に伸長したmyotubeと軸索の束が観察され、広がった軸索末端にアンカーしたmyotubeが観察された(図6C)。
201B7MYOD-SMNKD細胞(SMN KD)培養では、201B7MYOD細胞(Control)培養よりも、myotubeが平坦で薄く、軸索末端は少なかった。また、細胞内のmyotube、及びNMJ関連構造の細部は、201B7MYOD細胞(Control)培養との間で全く異なっていた。201B7MYOD-SMNKD細胞におけるミトコンドリアの形態及び状態は損傷しており、筋繊維はその構造の中で完全な状態であるものは少なかった(図6D)。
機能的な差異を評価するために観察したNMJ依存性筋肉収縮の振幅とパターンについては、201B7MYOD細胞(Control)に比べ、201B7MYOD-SMNKD細胞(SMN KD)では、収縮領域が小さかった。また、201B7MYOD-SMNKD細胞(SMN KD)では収縮の同期は崩壊しており、201B7MYOD細胞(Control)に比べ、筋肉収縮の最大速さは小さかった(図6E)。
201B7MYOD-SMNKD細胞では、筋肉収縮の間、myotubeの崩壊がよく観察されたが、201B7MYOD細胞では脆弱性は観察されなかった(図6F)。
この現象は、SMA-myotubeが筋肉収縮に影響を受けやすい可能性を有しており、SMA患者で見られる筋委縮と関連があることを示唆していると考えられる。
【0073】
以上のように、NMJ形成頻度の低下と、筋肉細胞の脆弱化が見られ、NMJからの刺激によって収縮する筋肉細胞の領域が低下することがわかった。
したがって、本発明のインビトロNMJ誘導方法が疾患モデルや薬剤評価に使用できることが明らかとなった。
【0074】
本発明のインビトロNMJ培養法により、iPSCにおいてMyoDを一時的に発現させ、その後神経分化を誘導するという簡便な二次元培養の操作で、骨格筋、MNおよびシュワン細胞という3種類の細胞から構成されるNMJがインビボの発生過程に従って分化した。本発明の方法はNMJ構築における筋形成と神経形成のバランスが適切であり、NMJの形成と維持における神経、筋およびシュワン細胞等の各細胞間の複雑な相互のシグナルを再現している。そして、得られたNMJは外観的にも機能的にも成熟したNMJの特徴を示しているので、疾患モデルのプラットフォームとすることができ、NMJの発生や機能障害に基づく疾患に対して、細胞療法や薬剤効果などに貢献するものである。
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図1F
図1G
図1H
図1I
図1J
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図4
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図6D
図6E
図6F
【配列表】
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