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  • 特許-表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-13
(45)【発行日】2022-09-22
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220914BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220914BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20220914BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220914BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20220914BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C16/34
C23C16/36
C23C16/40
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019033691
(22)【出願日】2019-02-27
(65)【公開番号】P2020138252
(43)【公開日】2020-09-03
【審査請求日】2021-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】村上 晃浩
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/016488(WO,A1)
【文献】特開2017-144548(JP,A)
【文献】特開2017-144549(JP,A)
【文献】特開2008-277672(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23C 5/16
B23B 51/00
B23P 15/28
C23C 14/06
C23C 16/34 - 16/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、1μm以上25μm以下の総層厚の硬質被覆層が形成されている表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚が0.1μm以上10μm以下の岩塩型立方晶結晶構造からなる配向性Ti化合物層を少なくとも1層含み、
(b)前記配向性Ti化合物層は、配向性Ti化合物を構成する成分の含有量合計に対して、Tiを35at%以上、Nを30at%以上含有し、
(c)前記配向性Ti化合物層に対し、X線回折分析(2θ-θスキャン)を行い、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)の7つの各格子面について、それぞれのTC値を算出した時、最大のTC値(TCmax)が2.5以上であり、
(d)前記配向性Ti化合物層の、前記最大のTC値を有する面が(200)以外の面であった場合には(200)面のX線極点図によって、一方、前記最大のTC値を有する面が(200)であった場合には(111)面のX線極点図によって、前記最大のTC値を示す面が工具基体表面に垂直である結晶粒の、工具基体表面に平行な面における結晶配向を測定した場合、φスキャンの半値全幅が30°以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記硬質被覆層が、前記配向性Ti化合物層の他に、Tiの窒化物層、Tiの炭窒化物層及びTiとAlの複合窒化物層の内の1層または2層以上を含むことを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記硬質被覆層が、工具基体表面の一部または全部に形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記硬質被覆層が、工具基体表面の少なくとも逃げ面に形成されていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼等の難削材の切削加工において、耐チッピング性、耐摩耗性にすぐれ、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具が知られているが、被削材の種類、切削条件に応じて、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性、耐摩耗性等の工具性能を高めるため、各種の提案がなされている。
特に、ステンレス鋼のような難削材に対しては、溶着チッピングや凝着摩耗の発生に対する耐久性が強く求められている。
【0003】
例えば、特許文献1には、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が形成されている被覆工具において、
(a)前記硬質被覆層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層から選ばれる1層または2層以上からなり、その内の少なくとも1層はTiの炭窒化物層で構成された2~15μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含み、
(b)前記Ti化合物層中の少なくとも1層のTiの炭窒化物層は、(200)面にX線回折による最大回折ピーク強度が現れ、かつ、配向性指数Tc(200)は2.0以上である被覆工具が提案され、さらに、前記Ti化合物層の縦断面において、アスペクト比が5以上である柱状縦長組織を有する結晶粒が占める面積割合は、70面積%以上であること、また、前記Ti化合物層において、すべてのTiの炭窒化物層の層厚が4~13μmであることが好ましいとされている。
そして、この被覆工具は、大きなせん断力が作用するステンレス鋼の高負荷・低速切削加工において、耐塑性変形性にすぐれるTiCN層の存在により、TiCN結晶粒の脱落、これを原因とするチッピング、欠損、剥離の発生もなく、すぐれた耐摩耗性を発揮するとされている。
【0004】
また、特許文献2には、WC基超硬合金またはTiCN基サーメットからなる工具基体の表面に硬質被覆層が形成されている被覆工具であって、(a)工具基体表面には、少なくとも窒素と炭素を含むTi化合物層が形成され、(b)前記工具基体の切れ刃近傍において、工具基体表面から垂直方向に前記Ti化合物層中の窒素濃度を測定した場合、工具基体表面からTi化合物層側へ0.20μm以内の範囲において、工具基体からの距離が離れるにしたがい、前記Ti化合物層中の窒素濃度が漸次増加しており、窒素濃度の平均濃度勾配が、20原子%/μm以上300原子%/μm以下であり、(c)前記切れ刃近傍において工具基体表面直上に形成されているTi化合物層中の平均窒素濃度は、逃げ面の切れ刃から離れた位置において工具基体表面直上に形成されているTi化合物層中の平均窒素濃度より3原子%以上低い被覆工具が提案されている。
そして、この被覆工具によれば、二相ステンレス鋼の断続切削加工において、耐溶着チッピング性、耐剥離性にすぐれるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-144548号公報
【文献】特許2018-24038号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Surface and Coatings Technology 200 (2006) 2764- 2768
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ステンレス鋼等の難削材の切削加工においては、溶着チッピング、凝着摩耗により工具寿命に至るケースが多く、特に、近年、インターバル切削加工における工具の長寿命化が強く求められている。
しかし、前記特許文献1、2に示される従来被覆工具においては、溶着チッピングの発生、凝着摩耗の発生を未だ十分に抑制することができないため、依然として工具寿命は短命であり、満足できる切削性能は得られていない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、難削材であるステンレス鋼(例えば、JIS-SUS304)のインターバル切削加工において、耐溶着チッピング性、耐凝着摩耗性にすぐれた被覆工具を提供すべく、溶着チッピングの発生、凝着摩耗の発生のメカニズムについて鋭意検討したところ、次のような知見を得た。
【0009】
本発明者らは、硬質被覆層としてTiN層、TiCN層等のTi化合物層を被覆形成した被覆工具について、ステンレス鋼のインターバル切削加工を行い、加工後の被覆工具の刃先調査を行った結果、硬質被覆層の大傾角粒界中へ被削材成分(例えば、Cr成分)が拡散し、これが起点となって溶着チッピングや凝着摩耗が発生すること、その一方、硬質被覆層の小傾角粒界には、Cr等の被削材成分の拡散が比較的少なく、溶着チッピングや凝着摩耗が発生しにくいことを見出した。
この調査結果から、硬質被覆層のうち、特に、Ti化合物層を構成する結晶粒組織について、硬質被覆層を多くの小傾角粒界からなる結晶粒組織とすること、言い換えれば、硬質被覆層を構成する結晶の配向を、工具基体表面に垂直な方向及び工具基体表面に平行な方向に揃えた配向性を有する結晶粒組織とすることによって、ステンレス鋼のインターバル切削において、結晶粒界への被削材成分の拡散を防止し、その結果として、従来以上に長寿命化を図ることができるのではないかとの仮説を立てた。
【0010】
前記非特許文献1は、主として、酸化物系超電導線材用に開発された技術であって、被覆工具の硬質被覆層の成膜技術に関しての教示はないが、ステンレスの多結晶基板上に、基板表面に垂直な方向及び基板表面に平行な方向に配向性を揃えたTiN膜を成膜する技術が開示されている。
【0011】
そこで、本発明者らは、前記非特許文献1で知られている成膜技術を、被覆工具の硬質被覆層(特に、Ti化合物層)の成膜に応用し、工具基体表面に垂直な方向及び工具基体表面に平行な方向に配向性を有する結晶粒組織を備えた配向性Ti化合物層からなる硬質被覆層を形成し、この被覆工具を、ステンレス鋼のインターバル切削に供したところ、硬質被覆層の小傾角粒界にはCr等の被削材成分の拡散は少なく、溶着チッピングや凝着摩耗の発生が抑制され、すぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を示したことから、本発明者らによる前記仮説が検証された。
【0012】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、1μm以上25μm以下の総層厚の硬質被覆層が形成されている表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚が0.1μm以上10μm以下の岩塩型立方晶結晶構造からなる配向性Ti化合物層を少なくとも1層含み、
(b)前記配向性Ti化合物層は、配向性Ti化合物を構成する成分の含有量合計に対して、Tiを35at%以上、Nを30at%以上含有し、
(c)前記配向性Ti化合物層に対し、X線回折分析(2θ-θスキャン)を行い、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)の7つの各格子面について、それぞれのTC値を算出した時、最大のTC値(TCmax)が2.5以上であり、
(d)前記配向性Ti化合物層の、前記最大のTC値を有する面が(200)以外の面であった場合には(200)面のX線極点図によって、一方、前記最大のTC値を有する面が(200)であった場合には(111)面のX線極点図によって、前記最大のTC値を示す面が工具基体表面に垂直である結晶粒の、工具基体表面に平行な面における結晶配向を測定した場合、φスキャンの半値全幅が30°以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記硬質被覆層が、前記配向性Ti化合物層の他に、Tiの窒化物層、Tiの炭窒化物層及びTiとAlの複合窒化物層の内の1層または2層以上を含むことを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記硬質被覆層が、工具基体表面の一部または全部に形成されていることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記硬質被覆層が、工具基体表面の少なくとも逃げ面に形成されていることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
なお、前記(2)でいうTiの炭窒化物は、縦長成長結晶組織のTiの炭窒化物(特開平6-8010号公報に示される形態の結晶組織を有するTiの炭窒化物)層を含む。以下、縦長成長結晶組織のTiの炭窒化物は「MT-TiCN」で示す。
【発明の効果】
【0013】
本発明の被覆工具によれば、工具基体表面に形成された硬質被覆層として、TiとNを所定量含有する岩塩型立方晶結晶構造からなる配向性Ti化合物層を少なくとも1層含み、該層についてX線回折分析を行い、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)の7つの面についてTC値を算出し、最大のTC値を有する面に応じて、(200)面あるいは(111)面のX線極点図によって、前記最大のTC値を示す面が工具基体表面に垂直である結晶粒の、工具基体表面に平行な面における結晶配向を測定した場合、φスキャンの半値全幅が30°以下であることから、前記配向性Ti化合物層は、工具基体表面に垂直な方向及び工具基体表面に平行な方向に結晶配向性の高い結晶粒組織を有する。
したがって、少なくとも前記配向性Ti化合物層中には、小傾角粒界が多く存在し、大傾角粒界の形成が抑制されるため、ステンレス鋼のインターバル切削においても、粒界への被削材成分の拡散が少なく、その結果、溶着チッピング、凝着摩耗の発生が抑制され、工具の長寿命化が図られる。
さらに、前記配向性Ti化合物層表面に他の硬質層を形成した場合には、配向性Ti化合物層の配向性を引き継ぐ形で成膜されるため、大傾角粒界の形成が抑制され、すぐれた耐溶着チッピング性、耐凝着摩耗性が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明被覆工具の配向性Ti化合物層を成膜する際の、非平衡マグネトロンスパッタリング装置のプラズマの入射方向と工具基体切れ刃面の相対的位置関係を示す概略模式図およびその部分拡大図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に、本発明の被覆工具について詳細に説明する。
本発明の被覆工具は、工具基体表面の一部または全部に、少なくとも1層の配向性Ti化合物層を含む硬質被覆層が形成され、該配向性Ti化合物層は、工具基体表面に垂直な方向(層厚方向)及び工具基体表面に平行な方向(工具基体面内方向)に配向性の高い結晶粒組織を有する。
【0016】
硬質被覆層:
本発明被覆工具の硬質被覆層は、工具基体表面の一部または全部に、平均層厚が0.1μm以上10μm以下の岩塩型立方晶結晶構造からなる少なくとも1層の配向性Ti化合物層を含み、前記配向性Ti化合物層に含有されるTi量及びN量は、配向性Ti化合物を構成する成分の含有量合計に対して、Tiは35at%以上、Nは30at%以上である。
これは、前記配向性Ti化合物層の平均層厚が0.1μm未満では、工具基体表面と硬質被覆層との密着強度が十分ではなく、一方、平均層厚が10μmを超えると、塑性変形を起し易くなり、その結果、結晶粒の脱落の発生、これによるチッピング、欠損、剥離の発生、あるいは偏摩耗の進行等の異常損傷発生の原因となるからである。
本発明でいう配向性Ti化合物層以外のTi化合物層としては、具体的には、ランダム配向のTiの窒化物(TiNで示す。)層、ランダム配向のTiの炭窒化物(TiCNで示す)層を挙げることができる。
なお、本発明でいうTi化合物とは、Tiを35at%以上、Nを30at%以上含有するTiN、TiCN、TiAlN等の岩塩型立方晶結晶構造からなる化合物を指す。
また、本発明被覆工具の硬質被覆層の総層厚は、1μm以上25μm以下とするが、これは、総層厚が1μm未満では、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することができなくなるからであり、一方、総層厚が25μmを超えると、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷発生の原因となるからである。
【0017】
配向性Ti化合物層:
本発明被覆工具の硬質被覆層は、少なくとも1層の配向性Ti化合物層を含み、該層は、Tiを35at%以上、Nを30at%以上含有する岩塩型立方晶結晶構造からなる配向性Ti化合物層(例えば、配向性TiN層、配向性TiCN層)であって、工具基体表面に垂直な方向(層厚方向)及び工具基体表面に平行な方向(工具基体面内方向)に配向性の高い結晶粒組織を有するものとして形成される。
前記配向性Ti化合物層は、工具基体の表面直上に形成することが好ましいが、硬質被覆層を多層構造として構成する場合には、多層構造の中間層として設けることもできる。
つまり、前記配向性Ti化合物層の上部に、他の硬質被覆層、例えば、他のTiN層、TiCN層、MT-TiCN層及びTiAlN層の内の1層または2層以上を形成した場合には、前記配向性Ti化合物層の配向を引き継いで、ランダム配向の場合に比して、相対的に配向性の高い層、即ち、全体として配向性の高い硬質被覆層を構成することができる。
【0018】
前記配向性Ti化合物層が配向性を有するというためには、第一に、前記配向性Ti化合物層を構成する結晶粒について、X線回折分析(2θ-θスキャン)を行い、(111)(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)の7つの各格子面についてTC値を算出した時、最大のTC値(TCmax)を2.5以上とすることが必要である。
TCmaxが2.5以上であるということは、工具基体表面に垂直な方向(層厚方向)に、前記7つの格子面のいずれかの面が、ランダム配向の場合に比べて2.5倍以上配向していることを示すからである。
第二に、前記最大のTC値を有する面に応じて、(200)面あるいは(111)面のX線極点図によって、前記最大のTC値を示す面が工具基体表面に垂直である結晶粒の、工具基体表面に平行な面における結晶配向を測定した場合、φスキャンの半値全幅が30°以下であることが必要である。
前記最大のTC値を有する面が工具基体表面に垂直な結晶粒(すなわち、膜厚方向に配向した結晶粒)について、工具基体表面に平行な面における結晶配向を測定した場合に、φスキャンでX線回折強度がピークを持つということは、膜厚方向に配向した結晶粒が、さらに工具基体表面に平行な方向にも配向を有するということである。
その結果、前記配向性Ti化合物層の層厚方向には、ランダム配向の場合に比して、小傾角粒界が相対的により多く形成されることになり、その結果、ステンレス鋼のインターバル切削においても、粒界への被削材成分の拡散が少なくなり、溶着チッピング、凝着摩耗の発生が抑制される。
【0019】
ここで、TC(hkl)値は、以下の数式から算出することができる。

上記式中、I(hkl)は、測定された(hkl)面のX線回折ピーク強度を示し、I(hkl)は、ICDDカードリファレンスコード:01-087-0627のTiNの標準X線回折ピーク強度を示す。
また、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)の7面である。
なお、前記配向性Ti化合物層は、Tiを35at%以上、Nを30at%以上含有する岩塩型立方晶結晶構造からなる化合物であり、添加物、あるいは不純物として、例えばAl、Zr、Cr、Co、B、C、O、Clを含むことがある。したがって、前記配向性Ti化合物層は厳密にはTiNではない場合があるが、主成分はTiとNであり、岩塩型立方晶結晶構造を有するため、仮に皮膜がランダム配向であった場合、ピーク強度比は、ICDDカードリファレンスコード:01-087-0627のTiNのピーク強度比から大きくは乖離しないと考えられるので、上記式を用いてTC値を算出した。
X線回折分析は、X線回折装置としてスペクトリス社PANalytical Empyreanを用いて、CuKα線による2θ‐θ法で測定し、測定条件として、測定範囲(2θ):30~130度、X線出力:45kV、40mA、発散スリット:0.5度、スキャンステップ:0.013度、1ステップ辺り測定時間:0.48sec/stepという条件で測定し、X線回折ピーク強度I(hkl)を求める。
ただし、例えば前記配向性Ti化合物層の上部に設けられた皮膜が、10μmを超える場合など、前記配向性Ti化合物層からの回折ピークの強度が十分に得られない場合がある。このような場合、上部に設けられた皮膜を機械研磨、あるいはイオンミーリング等で部分的に取り除いた後、前述の方法でXRD回折分析を行うこともできる。
【0020】
前記TCmaxを2.5以上とすることで、層厚方向の配向性を高めることができるが、小傾角粒界が多い結晶粒組織を有する皮膜を得るためには、工具基体表面に平行な方向(工具基体面内方向)への結晶配向性を形成することが必要である。
工具基体表面に平行な方向(工具基体面内方向)への配向性については、前記で測定した(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)の7つの各格子面についてのTC値のうち、最大のTC値を有する面が(200)以外の面であった場合には(200)面のX線極点図によって、一方、前記最大のTC値を有する面が(200)であった場合には(111)面のX線極点図によって、前記最大のTC値を示す面が工具基体表面に垂直である結晶粒の、工具基体表面に平行な面における結晶配向を測定した場合、φスキャンの半値全幅が30°以下であることが必要である。
前記半値全幅が30°以下であるということは、工具基体表面に垂直な方向(層厚方向)に加え、工具基体表面に平行な方向(工具基体面内方向)にも配向していることを示すものであって、これによって、層厚方向及び工具基体面内方向の双方に配向性Ti化合物層の結晶粒が配向していることになる。
そして、これによって、配向性Ti化合物層は、大傾角粒界が少なく、相対的に小傾角粒界が多い結晶粒組織となり、その結果、このような硬質被覆層を有する本発明被覆工具は、難削材であるステンレス鋼のインターバル切削加工において、溶着チッピング、凝着摩耗の発生が抑制されるため、すぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を示し、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する。
【0021】
配向性Ti化合物層の成膜:
本発明における層厚方向及び工具基体面内方向のいずれにも配向性を有する配向性Ti化合物層は、例えば、以下のようにして形成することができる。
まず、Ti化合物層の配向性を高めるために、工具基体表面の平滑化処理をする。
具体的には、研磨砥粒を複合化した弾性を有するメディアを噴射して、工具基体の逃げ面の表面を表面粗さRaが0.2μm以下になるように平滑化する。
ついで、非平衡マグネトロンスパッタリング装置により、例えば、プラズマの入射角に対して、逃げ面を52.5°傾けて設置した状態で成膜を行い、所定層厚のTi化合物層を成膜することによって、配向性Ti化合物層を成膜する。
逃げ面の表面に成膜された前記配向性Ti化合物層は、逃げ面において、工具基体表面に垂直な方向に配向性を有すると同時に、工具基体面内方向にも配向していることが確認される。
【0022】
硬質被覆層の成膜:
前記の配向性Ti化合物層を成膜した工具基体を非平衡マグネトロンスパッタリング装置から取り出し、前記配向性Ti化合物層の表面に、例えば、硬質層として、CVD法でMT-TiCN層を成膜することにより、工具基体表面に、配向性Ti化合物層とMT-TiCN層からなる硬質被覆層を形成することができる。
また、前記配向性Ti化合物層を備える前記工具基体を、水素雰囲気中において、1070℃で2時間アニールすることによって、工具基体から配向性TiN層中へCを拡散させることで配向性TiCNを形成し、工具基体表面に、配向性TiCN層を形成することもできる。
また、前記配向性Ti化合物層を成膜した工具基体を非平衡マグネトロンスパッタリング装置から取り出し、前記配向性Ti化合物層の表面に、硬質層としてCVD法でTiAlN層を成膜することにより、工具基体表面に、配向性Ti化合物層とTiAlN層からなる硬質被覆層を形成することもできる。
なお、配向性Ti化合物層の表面に、他の硬質層を被覆した前記いずれのケースでも、配向性Ti化合物層の配向を引き継ぎ、他の硬質層の配向性も高まるため(言い換えれば、大傾角粒界の形成が減少するため)、硬質被覆層全体としての耐溶着チッピング性、耐凝着摩耗性が向上する。
【実施例
【0023】
本発明の被覆工具の実施例について、以下に、具体的に説明する。
【0024】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、Cr粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結した後、外周研磨を施し、CNGG120404-PK(三菱マテリアル社製)のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体Aをそれぞれ製造した。
【0025】
また、原料粉末として、いずれも0.5~2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、TaC粉末、Mo2C粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結した後、外周研磨を施し、CNGG120404-PK(三菱マテリアル社製)のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体Bを作製した。
【0026】
ついで、これらの工具基体Aおよび工具基体Bの表面を、以下の条件で平滑化処理をし、少なくとも逃げ面の表面粗さRaを0.2μm以下にした。
<平滑化処理条件>
平滑化処理にあたっては、弾性研磨材(株式会社不二製作所製 シリウスZメディア)をエアーを用いて投射した。エアー圧力は0.35MPaで、表面粗さRaを0.2μm以下になるまで、処理を行った。
【0027】
ついで、平滑化処理をした工具基体Aおよび工具基体Bを、非平衡マグネトロンスパッタリング装置に装入し、表2に示される本発明条件で蒸着することによって、表4に示す目標層厚の配向性Ti化合物層を蒸着形成した。
なお、図1に、工具基体A、工具基体Bの設置形態を示す。
即ち、図1に示すように、工具基体A、工具基体Bの設置に際しては、「切削加工時に主切れ刃を構成する逃げ面」をプラズマの入射角に対して52.5°傾けた状態、かつ、「切削加工時に主切れ刃を構成するすくい面ランド部」がプラズマの入射角に対して52.5°傾いた状態で成膜を行った。
【0028】
ついで、表3に示すCVD条件で、硬質層として、目標層厚のTi化合物層あるいはTiAlN層等をさらに蒸着形成することにより、表4に示す本発明被覆工具1~4を作製した。
なお、本発明被覆工具1~4は、非平衡マグネトロンスパッタリング装置により、配向性Ti化合物層としてTiN層を蒸着形成している。
【0029】
また、工具基体Aに非平衡マグネトロンスパッタリング装置により、TiN層を蒸着形成した後、水素雰囲気中において、1070℃で2時間アニールすることによって、工具基体から配向性TiN層中へCを拡散させることで配向性TiCNを形成し、工具基体表面に、配向性TiCN層を形成した。ついで、表3に示すCVD条件で、硬質層として、目標層厚のTi化合物層等をさらに蒸着形成することにより、表4に示す本発明被覆工具5、6を作製した。
【0030】
比較の目的で、前記条件で表面平滑化した工具基体Aおよび工具基体Bのそれぞれを、非平衡マグネトロンスパッタリング装置に装入し、表2に示される比較例条件で蒸着し、表5に示す目標層厚の配向性Ti化合物層を蒸着形成し、ついで、通常の化学蒸着装置に装入し、表3に示されるCVD条件で、硬質層として、表5に示される目標層厚のTi化合物層あるいはTiAlN層を蒸着形成し、表5に示される比較例被覆工具1~4をそれぞれ製造した。
また、工具基体Aを、通常の化学蒸着装置に装入し、表3に示されるCVD条件で、硬質層として、表5に示される目標層厚のTi化合物層を蒸着形成し、表5に示される比較例被覆工具5を製造した。
【0031】
本発明被覆工具1~6の配向性Ti化合物層、および、比較例被覆工具1~4の配向性Ti化合物層、比較例被覆工具5のTiN層について、X線回折により、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)の各格子面からの回折ピーク強度を測定した。
なお、X線回折分析および後述のX線極点図については、事前に逃げ面の硬質層の第2層(すなわち、本発明工具1であればTiCNO)が摩滅するまで逃げ面を機械研磨したうえで、逃げ面で測定を行った。
なお、X線回折は、装置としてスペクトリス社PANalytical Empyreanを用い、CuKα線による2θ‐θ法で測定した。
測定条件は、測定範囲(2θ):30~130度、X線出力:45kV、40mA、発散スリット:0.5度、スキャンステップ:0.013度、1ステップ辺り測定時間:0.48sec/stepである。
【0032】
ついで、上記回折ピーク強度の測定結果と下記数式に基づき、各格子面についてのTC値を算出し、さらに、最大のTC値をTCmaxとして求めた。

なお、上記式中、I(hkl)は、測定された(hkl)面のX線回折ピーク強度を示し、I(hkl)は、ICDDカードリファレンスコード:01-087-0627のTiNの標準X線回折ピーク強度を示す。
また、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)の7面である。
表4、表5に、上記で算出したTCmaxの値とその格子面を示す。
なお、比較例被覆工具5の硬質層としてのTiNについても、参考のため、前記と同じ測定・算出法で、TCmaxの値とその格子面を求め、参考値として、表5に示した。
表6に、本発明被覆工具1について測定・算出した、各格子面の回折ピーク強度およびTC値を示す。
【0033】
ついで、(111)面が工具基体表面に垂直である結晶粒の、工具基体表面に平行な面における結晶配向について、(200)面のX線極点図によって、φスキャンの半値全幅を測定し求めた。
表4、表5に、上記で求めた半値全幅の値を示す。
なお、比較例被覆工具5の硬質層としてのTiN層についても、参考のため、前記と同じ測定・算出を行い、参考値として、表5に示した。
【0034】
また、本発明被覆工具1~6、比較例被覆工具1~5の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
【表4】
【0039】
【表5】
【0040】
【表6】
【0041】
つぎに、本発明被覆工具1~6、比較例被覆工具1~5の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、ステンレス鋼のインターバル切削試験を実施した。
切削条件は、次のとおり。
被削材:JIS・SUS304の丸棒,
切削速度:140m/min,
切り込み:0.90mm
送り:0.15mm/rev.
1パス:3秒切削-3秒休止の条件で100パスのインターバル切削
インターバル切削試験後の切れ刃の逃げ面摩耗幅(ただし境界損傷部は含まない)を測定するとともに、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷の発生状況を肉眼で観察した。
表7に、この試験結果を示す。
【0042】
【表7】
【0043】
表7に示される結果から、本発明被覆工具1~6は、硬質被覆層の配向性Ti化合物層が、工具基体表面に垂直な方向及び工具基体表面に平行な方向に結晶配向性の高い結晶粒組織を有し、大傾角粒界の形成が抑制されるため、また、前記配向性Ti化合物層上に形成された他の硬質層についても、配向性を引き継いで大傾角粒界の形成が抑制されるため、溶着チッピング、凝着摩耗等の異常損傷の発生が抑えられ、長期の使用にわたって、すぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する。
これに対して、比較例被覆工具1~5は、インターバル切削において、溶着チッピングの発生により、耐摩耗性が劣化した結果、比較的短時間で欠損し、使用寿命に至った。
【産業上の利用可能性】
【0044】
前述のように、本発明の被覆工具は、ステンレス鋼のインターバル切削において特にすぐれた切削性能を発揮するが、ステンレス鋼以外の各種鋼や鋳鉄などの連続切削や断続切削にも勿論適用可能である。

図1