(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-13
(45)【発行日】2022-09-22
(54)【発明の名称】イネの生産方法
(51)【国際特許分類】
A01C 1/00 20060101AFI20220914BHJP
A01G 22/22 20180101ALI20220914BHJP
【FI】
A01C1/00 C
A01G22/22 Z
(21)【出願番号】P 2018147258
(22)【出願日】2018-08-03
【審査請求日】2021-07-26
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100087723
【氏名又は名称】藤谷 修
(74)【代理人】
【識別番号】100165962
【氏名又は名称】一色 昭則
(74)【代理人】
【識別番号】100206357
【氏名又は名称】角谷 智広
(73)【特許権者】
【識別番号】518133201
【氏名又は名称】富士通クライアントコンピューティング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087723
【氏名又は名称】藤谷 修
(74)【代理人】
【識別番号】100165962
【氏名又は名称】一色 昭則
(74)【代理人】
【識別番号】100206357
【氏名又は名称】角谷 智広
(72)【発明者】
【氏名】堀 勝
(72)【発明者】
【氏名】橋爪 博司
(72)【発明者】
【氏名】水野 正明
(72)【発明者】
【氏名】北野 英己
(72)【発明者】
【氏名】前島 正義
(72)【発明者】
【氏名】松本 省吾
(72)【発明者】
【氏名】石川 健治
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏昌
(72)【発明者】
【氏名】湯浅 元気
【審査官】川野 汐音
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-136812(JP,A)
【文献】特表2003-502066(JP,A)
【文献】特開2016-152796(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0227699(US,A1)
【文献】櫻本幸大,大気圧ヘリウムプラズマジェット照射による種子の発芽促進効果,特別研究報告,日本,2015年02月12日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01C 1/00
A01G 7/00- 7/06
A01G 22/22
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネの種子に大気圧
非平衡プラズマを照射して、イネ
の成長を促進させる イネの生産方法
において、
前記プラズマを照射する前に、第1の所定時間、イネの前記種子に吸水させる物理的吸水を行い、
その後、前記物理的吸水の温度よりも高い温度で、第2の所定時間、前記種子に吸水させる生理的吸水を行い、
前記物理的吸水と前記生理的吸水との間において、前記プラズマを前記種子に所定の短時間だけ照射する
ことを特徴とするイネの生産方法。
【請求項2】
前記生理的吸水の期間において、前記プラズマを前記種子に所定の短時間だ
け照射する
ことを特徴とする請求項1に記載の
イネの生産方法。
【請求項3】
前記物理的吸水の温度は、0℃以上10℃以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の
イネの生産方法。
【請求項4】
前記生理的吸水の温度は、25℃以上35℃以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の
イネの生産方法。
【請求項5】
前記所定の短時間は、10秒以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載のイネの生産方法。
【請求項6】
前記種子は、種子の胚がプラズマにより刺激されるように、前記プラズマに照射されることを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載のイネの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書の技術分野は、イネの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマ技術は、電気、化学、材料の各分野に応用されている。プラズマの内部では、電子やイオン等の荷電粒子の他に、紫外線やラジカルが発生する。これらには、生体組織の殺菌をはじめとして、生体組織に対する種々の効果があることが分かってきている。
【0003】
例えば、特許文献1には、水にプラズマを照射することにより水中の微生物等を殺菌する技術が開示されている。また、特許文献1のプラズマ装置は、水中に電流を流すことなくプラズマを水中に照射することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2009-183867号公報
【文献】特開2014-195450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献2には、酵母に大量の大気圧プラズマを照射した場合には酵母の生菌数は減少するが、酵母に少量の大気圧プラズマを照射した場合に酵母の生菌数は増加することが記載されている。このように、プラズマを照射することにより酵母を活性化する可能性および死滅させる可能性について研究されてきている。しかし、その他の生物へのプラズマの影響については必ずしも明らかではない。
【0006】
ところで、お米は日本国内で主に食用米として消費されている。また、山田錦に代表される酒造好適米(酒米)は、酒造に用いられる。また、国内のお米の消費量が減少傾向にある中でお米の輸出量は増加傾向にある。他方では、少子高齢化が急激に進む我が国においては生産者が減少の一途をたどっており、生産性の維持が問題となっている。このような状況下において、お米の生産技術の向上が望まれている。
【0007】
本明細書の技術は、前述した従来の技術が有する問題点を解決するためになされたものである。すなわちその課題とするところは、大気圧プラズマを用いてイネの成長を促進することを図ったイネの生産方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の態様におけるイネの生産方法は、イネの種子に大気圧非平衡プラズマを照射して、イネの発芽及び成長を促進させるイネの生産方法において、プラズマを照射する前に、第1の所定時間、イネの種子に吸水させる物理的吸水を行い、その後、物理的吸水の温度よりも高い温度で、第2の所定時間、種子に吸水させる生理的吸水を行い、物理的吸水と生理的吸水との間において、レーザを種子に所定の短時間だけ照射するイネの生産方法である。
【0009】
このイネの生産方法においては、イネの成長を促進することができる。また、イネの種子にプラズマを照射した第1のグループのイネと、イネの種子にプラズマを照射していない第2のグループのイネと、を準備することができる。この場合には、第1のグループのイネは、早期収穫することができる。そのため、収穫時期の異なる2種類のグループを設定することができ、農家が意図的に収穫時期を拡張することができる。
【発明の効果】
【0010】
本明細書では、大気圧プラズマを用いてイネの成長を促進することを図ったイネの生産方法が提供されている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1.Aは第1のプラズマ発生装置の構成を示す断面図であり、
図1.Bは電極の形状を示す図である。
【
図2】
図2.Aは第2のプラズマ発生装置の構成を示す断面図であり、
図2.Bは電極の形状を示す図である。
【
図3】第1の実施形態におけるプラズマ照射工程の実施時期を説明するための図である。
【
図4】第1の実施形態におけるイネの種子への大気圧プラズマの照射方法を説明するための図である。
【
図5】実験Aの実験手順を説明するための図である。
【
図6】実験Aにおける大気圧プラズマの照射時間とイネの発芽率との関係を示すグラフである。
【
図7】実験Bの実験手順を説明するための図である。
【
図8】実験Bにおけるイネの発芽した様子を示す写真である。
【
図9】実験Bにおける大気圧プラズマの照射のタイミングとイネの子葉鞘長との間の関係を示すグラフ(その1)である。
【
図10】実験Bにおける大気圧プラズマの照射のタイミングとイネの子葉鞘長との間の関係を示すグラフ(その2)である。
【
図11】実験Cの実験手順を説明するための図である。
【
図12】実験Cにおける幼苗の構造を示す模式図である。
【
図13】実験Cにおける幼苗の葉鞘の長さを示すグラフである。
【
図14】実験Dの実験手順を説明するための図である。
【
図15】実験Dにおける葉齢の日数経過を示すグラフである。
【
図16】実験Dにおける播種から出穂までの日数を示すグラフである。
【
図17】実験Dにおける玄米の収穫量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、具体的な実施形態について、イネの生産方法を例に挙げて図を参照しつつ説明する。なお、プラズマ発生装置の寸法等は例示であり、例示されている数値範囲以外の数値を用いてもよい。
【0013】
(第1の実施形態)
第1の実施形態について説明する。第1の実施形態のイネの生産方法においては、イネの種子に大気圧プラズマを直接照射する。そのため、まず、プラズマを照射するプラズマ照射装置について説明する。
【0014】
1.プラズマ装置
1-1.第1のプラズマ発生装置
図1.Aはプラズマ発生装置P10の概略構成を示す断面図である。ここで、プラズマ発生装置P10は、プラズマを点状に噴出する第1のプラズマ発生装置である。
図1.Bは、
図1.Aのプラズマ発生装置P10の電極2a、2bの形状の詳細を示す図である。
【0015】
プラズマ発生装置P10は、筐体部10と、電極2a、2bと、電圧印加部3と、を有している。筐体部10は、アルミナ(Al2 O3 )を原料とする焼結体から成るものである。そして、筐体部10の形状は、筒形状である。筐体部10の内径は2mm以上3mm以下である。筐体部10の厚みは0.2mm以上0.3mm以下である。筐体部10の長さは10cm以上30cm以下である。筐体部10の両端には、ガス導入口10iと、ガス噴出口10oとが形成されている。ガス導入口10iは、プラズマを発生させるためのガスを導入するためのものである。ガス噴出口10oは、プラズマを筐体部10の外部に照射するための照射部である。なお、ガスの移動する向きは、図中の矢印の向きである。
【0016】
電極2a、2bは、対向して配置されている対向電極対である。電極2a、2bの対向面方向の長さは、筐体部10の内径より小さい。例えば1mm程度である。電極2a、2bには、
図1.Bに示すように、対向面のそれぞれに多数の凹部(ホロー)Hが形成されている。そのため、電極2a、2bの対向面は、微細な凹凸形状となっている。なお、この凹部Hの深さは、0.5mm程度である。
【0017】
電極2aは、筐体部10の内部であってガス導入口10iの近傍に配置されている。電極2bは、筐体部10の内部であってガス噴出口10oの近傍に配置されている。そのため、プラズマ発生装置P10では、電極2aの対向面の反対側からガスを導入するとともに、電極2bの対向面の反対側にガスを噴出するようになっている。そして、電極2a、2b間の距離は、例えば24cmである。電極2a、2b間の距離は、これより小さい距離であってもよい。
【0018】
電圧印加部3は、電極2a、2b間に交流電圧を印加するためのものである。電圧印加部3は、商用交流電圧である、60Hz、100Vを用いて9kVに昇圧するとともに、電極2a、2b間に電圧を印加する。
【0019】
ガス導入口10iからアルゴン等の希ガスを導入するとともに、電圧印加部3により、電極2a、2b間に電圧を印加すると、筐体部10の内部にプラズマが発生する。
図1.Aの斜線で示すように、プラズマが発生する領域をプラズマ発生領域Pとする。プラズマ発生領域Pは、筐体部10に覆われている。
【0020】
1-2.第2のプラズマ発生装置
図2.Aはプラズマ発生装置P20の概略構成を示す断面図である。ここで、プラズマ発生装置P20は、プラズマを線状に噴出する第2のプラズマ発生装置である。
図2.Bは、
図2.Aのプラズマ発生装置P20のプラズマ発生領域Pの長手方向に垂直な断面における部分断面図である。
【0021】
プラズマ発生装置P20は、筐体部11と、電極2a、2bと、電圧印加部3と、を有している。筐体部11は、アルミナ(Al
2 O
3 )を原料とする焼結体から成るものである。筐体部11の両端には、ガス導入口11iと、多数のガス噴出口11oとが形成されている。ガス導入口11iは、
図2.Aの左右方向を長手方向とするスリット形状をしている。ガス導入口11iからプラズマ発生領域Pの直上までのスリット幅(
図2.Bの左右方向の幅)は、例えば1mmである。
【0022】
ガス噴出口11oは、プラズマを筐体部11の外部に照射するための照射部である。ガス噴出口11oは、円筒形状もしくはスリット形状である。円筒形状の場合のガス噴出口11oは、プラズマ発生領域の長手方向に沿って一直線状に形成されている。ガス噴出口11oの内径は1mm以上2mm以下の範囲内である。また、スリット形状の場合には、ガス噴出口11oのスリット幅を1mm以下とすることが好ましい。これにより、安定したプラズマが形成される。また、ガス導入口11iは、電極2aと電極2bとを結ぶ線と交差する向きにガスを導入するようになっている。
【0023】
電極2a、2bおよび電圧印加部3については、
図1に示したプラズマ発生装置P10と同じものである。そして、同様に、商用交流電圧を用いて、電極2a、2b間に電圧を印加する。これにより、プラズマを一直線状に噴出することができる。
【0024】
また、この一直線状にプラズマを噴出するプラズマ発生装置P20を
図2.Bの左右方向に列状に並べて配置すれば、プラズマをある長方形の領域にわたって平面的に噴出することができる。
【0025】
2.プラズマ発生装置により発生されるプラズマ
プラズマ発生装置P10、P20により発生されるプラズマは、非平衡大気圧プラズマである。ここで、大気圧プラズマとは、0.5気圧以上2.0気圧以下の範囲内の圧力であるプラズマをいう。
【0026】
本実施の形態では、プラズマ発生ガスとして、主にArガスを用いる。プラズマ発生装置P10、P20により発生されるプラズマの内部では、もちろん、電子と、Arイオンとが生成されている。そして、Arイオンは、紫外線を発生させる。また、このプラズマは大気中に放出されているため、酸素ラジカルや窒素ラジカル等を発生させる。
【0027】
このプラズマのプラズマ密度は、1×1014cm-3以上1×1017cm-3以下の範囲内である。なお、誘電体バリア放電により発生されるプラズマにおけるプラズマ密度は、1×1011cm-3以上1×1013cm-3以下の程度である。したがって、プラズマ発生装置P10、P20により発生されるプラズマのプラズマ密度は、誘電体バリア放電により発生されるプラズマのプラズマ密度に比べて、3桁程度大きい。したがって、このプラズマの内部では、より多くのArイオンが生成する。そのため、ラジカルや、紫外線の発生量も多い。なお、このプラズマ密度は、プラズマ内部の電子密度にほぼ等しい。
【0028】
そして、このプラズマ発生時におけるプラズマ温度は、およそ1000K以上2500K以下の範囲内である。また、このプラズマにおける電子温度は、ガスの温度に比べて大きい。しかも、電子の密度が1×1014cm-3以上1×1017cm-3以下の範囲内の程度であるにもかかわらず、ガスの温度はおよそ1000K以上2500K以下の範囲内である。このプラズマの温度は、プラズマの発生しているプラズマ発生領域Pでの温度である。したがって、プラズマの条件や、ガス噴出口から対象物までの距離を異なる条件とすることにより、対象物の位置でのプラズマ温度を室温程度とすることができる。
【0029】
3.イネの生産方法
図3に示すように、本実施形態のイネの生産方法は、イネの種子の吸水工程の途中で大気圧プラズマをイネの種子に直接照射する。
【0030】
3-1.発芽工程
イネの種子を発芽させるために、イネの種子を水に漬ける吸水工程を実施する。そして、その吸水工程の途中で、イネの種子に大気圧プラズマを直接照射する。
【0031】
3-1-1.吸水工程
吸水工程は、数日間実施される。そして後述するように、吸水工程の途中で、後述するプラズマ照射工程を実施する。吸水工程の初期(1日程度)には、例えば0℃以上10℃以下の低温の水中でイネの種子に吸水させる(物理的吸水)。水温は例えば4℃程度であるとよい。そして、吸水工程の後期(2日程度)には、例えば25℃以上35℃以下の水中でイネの種子に吸水させる(生理的吸水)。このときの水温は例えば30℃程度であるとよい。生理的吸水の途中で、イネは発芽する。生理的吸水における水温は、物理的吸水における水温より高い。
【0032】
3-1-2.プラズマ照射工程
図4に示すように、吸水工程の途中で、プラズマ照射工程を実施する。具体的には、物理的吸水が終わったイネの種子C1に、非平衡大気圧プラズマを直接照射する。このとき、大気圧プラズマをイネの種子C1の胚E1に向けて照射する。そのために、イネの胚E1とプラズマ発生装置P10、P20の照射口とを向かい合わせにした状態で、大気圧プラズマを照射する。
【0033】
イネの種子C1に大気圧プラズマを照射する際のプラズマ密度時間積は、6×1016sec・cm-3以上2×1017sec・cm-3以下であるとよい。この数値範囲は、例えば、プラズマ密度が2×1016cm-3の大気圧プラズマを3秒以上10秒以下で照射した場合に相当する。プラズマ密度時間積は、イネの種子C1に照射するプラズマ生成物のおおよその量を規定する量である。
【0034】
また、大気圧プラズマの発光領域が、イネの胚E1に接触していても、接触していなくてもよい。プラズマの照射距離は、5mm以上30mm以下であるとよい。プラズマの照射距離とは、プラズマ発生装置P10、P20の照射口からイネの胚E1までの距離である。プラズマの照射距離は、上記の範囲外であってもよい。プラズマ生成物がイネの胚E1に照射されることに変わりないからである。
【0035】
なお、プラズマを照射する段階では、イネの種子C1は籾殻のついた状態である。また、イネの種子C1は、発芽する前の状態である。
【0036】
3-2.育苗工程
次に、発芽した種子を苗代に播種する。そして、種子から苗に成長させる。
【0037】
3-3.田植え
よく育った苗を水田に植える。または、人工気象器の内部で成長させてもよい。
【0038】
3-4.その後の工程
その後、苗は通常の育成方法により育てられる。
【0039】
4.プラズマをイネに直接照射する効果
イネの胚E1に大気圧プラズマを照射することにより、後述するように、イネの成長速度は早くなる。日照時間が短くなってから出穂までの日にちが短縮される。
【0040】
そのため、例えば、(グループa)プラズマ処理されたイネを栽培する水田、(グループb)プラズマ処理されていないイネを栽培する水田、の2つのグループを設置する。これにより、早く収穫できるグループaのイネを収穫した後に、通常の収穫時期のグループbのイネを収穫すればよい。このように、イネの収穫時期を意図的にずらすことができる。したがって、農家の負担が軽減される。
【0041】
また、日照時間が短くなってから出穂までの日にちが短いため、夏が短い地域でもイネの生産が可能となる可能性がある。つまり、イネの品種ごとの北限が向上する可能性がある。
【0042】
5.変形例
5-1.イネの籾殻
本実施形態では、籾殻のついた状態のイネの種子C1にプラズマを照射する。しかし、籾殻を取り除いた後に、イネの種子にプラズマを照射してもよい。
【0043】
5-2.イネの発芽
イネの種子C1が発芽した後にプラズマをイネの胚E1に照射してもよい。
【0044】
5-3.イネの配置
イネにプラズマを照射する際に、イネの胚E1を上に向けた状態でイネの種子を並べる。そして、プラズマ発生装置P10、P20の照射口を下に向けた状態でイネの胚E1に向けて大気圧プラズマを照射するとよい。例えば、上記のペン型プラズマ発生装置を用いると、イネの胚E1にプラズマを照射することが容易である。
【0045】
5-4.小型化したプラズマ発生装置
プラズマ発生装置P10、P20等をさらに小型化してもよい。十分に小型化することにより、ペン型のプラズマ発生装置を製造することができる。その場合であっても、プラズマ発生装置P10、P20と同等のプラズマ密度が得られる。
【0046】
5-5.組み合わせ
上記の変形例を適宜組み合わせてもよい。
【実施例】
【0047】
1.実験A(プラズマ照射時間)
1-1.イネ
本実験では、酒造好適米の山田錦(イネの品種)を栽培した。
【0048】
1-2.イネの吸水工程
まず、イネの種子を4℃の水に一晩浸漬した(物理的吸水)。その後、イネの種子を30℃の水に2日間浸漬した(生理的吸水)。この段階において、イネの種子は発芽した。つまり、生理的吸水の途中で、イネの種子は発芽した。
【0049】
1-3.プラズマの直接照射
図5に示すように、生理的吸水の直前に大気圧プラズマをイネの種子の胚に向けて直接照射した。その際に、プラズマ発生装置P20を用いた。プラズマ発生装置P20におけるプラズマ密度は、2×10
16cm
-3であった。プラズマガスはアルゴンガスであった。照射時間については、適宜変更した。
【0050】
1-4.実験結果
図6は、大気圧プラズマの照射時間とイネの発芽率との関係を示すグラフである。
図6の横軸はプラズマの照射時間である。
図6の縦軸はイネの発芽率である。
図6に示すように、10mm、15mm、20mmの照射距離を採用した。なお、
図6中のctrlの表記は、プラズマを照射しなかったイネを示している。
【0051】
図6に示すように、プラズマの照射時間が長くなるほど、イネの発芽率は減少する傾向にある。ただし、プラズマの照射時間が10秒以内であれば、イネの発芽率はおよそ80%以上であった。
【0052】
また、プラズマの照射距離が短いほど、イネの発芽率はやや減少する傾向にある。プラズマの照射距離が長くなるほど、プラズマ密度が低くなることに対応していると考えられる。
図6に示すように、プラズマの照射距離の影響は、プラズマの照射時間に比べてそれほど大きくはない。
【0053】
2.実験B(プラズマ照射のタイミング)
2-1.イネの吸水工程
実験Bのイネの品種は実験Aと同じである。実験Bのイネの吸水工程についても、実験Aと同じである。
【0054】
2-2.プラズマの直接照射
図7に示すように、生理的吸水の直前に第1回目のプラズマ照射時期T1を設定し、生理的吸水の1日経過後に第2回目のプラズマ照射時期T2を設定した。第1回目のプラズマ照射時期T1と第2回目のプラズマ照射時期T2との少なくとも一方でプラズマを照射した。第2回目のプラズマ照射時期T2の段階では、発芽すなわち子葉鞘の伸長が目視で確認できる種子も含まれている。プラズマ発生装置P20およびその他のプラズマ条件は実験Aと同様である。なお、照射距離として10mmを採用した。
【0055】
2-3.実験結果
図8は、イネの発芽した様子を示す写真である。
図8に子葉鞘長を示す。
【0056】
図9および
図10は、大気圧プラズマの照射のタイミングとイネの子葉鞘長との間の関係を示すグラフである。
図9および
図10の縦軸は子葉鞘長である。なお、
図9および
図10のグラフは、異なる日に行った実験結果である。
【0057】
図9および
図10において、「5s」の表記は、第1回目のプラズマ照射時期T1に5秒のプラズマ照射を行い、第2回目のプラズマ照射時期T2にプラズマを照射しなかったことを意味している。「10s」の表記も1回当たりの照射時間が異なるが、同様である。「5s×2」の表記は、第1回目のプラズマ照射時期T1および第2回目のプラズマ照射時期T2の双方において5秒ずつプラズマ照射を行ったことを意味している。「10s×2」の表記も1回当たりの照射時間が異なるが、同様である。「5s(+1d)」の表記は、第1回目のプラズマ照射時期T1にプラズマを照射せず、第2回目のプラズマ照射時期T2に5秒のプラズマ照射を行ったことを意味している。
【0058】
図9および
図10に示すように、プラズマを照射しなかった場合(ctrl)には、子葉鞘長は6~7mm程度であった。第1回目のプラズマ照射時期T1に5秒のプラズマを照射した場合には、子葉鞘長は11mm程度であった。第2回目のプラズマ照射時期T2に5秒のプラズマを照射した場合には、子葉鞘長は11mm程度であった。第1回目のプラズマ照射時期T1および第2回目のプラズマ照射時期T2に5秒ずつプラズマを照射した場合には、子葉鞘長は12mm程度であった。第1回目のプラズマ照射時期T1および第2回目のプラズマ照射時期T2に10秒ずつプラズマを照射した場合には、8mm程度であった。第1回目のプラズマ照射時期T1に10秒のプラズマを照射した場合には、子葉鞘長は10mm程度であった。
【0059】
このように、少量のプラズマを照射した場合には、子葉鞘が十分に大きく成長する。また、第1回目のプラズマ照射時期T1および第2回目のプラズマ照射時期T2に5秒ずつプラズマを照射すると、子葉鞘が最も長くなった。このように、プラズマを照射することにより、イネの生育は促進される。
【0060】
3.実験C(幼苗)
3-1.イネの吸水工程
イネの品種は山田錦であった。実験Cのイネの吸水工程は、実験Aと同じである。
【0061】
3-2.プラズマの直接照射
図11に示すように、生理的吸水の直前に大気圧プラズマをイネの種子の胚に向けて直接照射した。プラズマ発生装置P20およびその他のプラズマ条件は実験Aと同様である。なお、照射時間については、適宜変更した。
【0062】
3-3.育苗
その後、人工気象器の内部で2週間にわたって苗を成長させた。人工気象器は、蛍光灯型LED照明と、メタルハライドランプと、制御ソフトと、を有する。制御ソフトは、これらの照明による日照時間を制御することができる。人工気象器の温度は30℃であった。
【0063】
3-4.実験結果
図12は、幼苗の構造を示す模式図である。幼苗は、第1不完全葉と、第2葉鞘と、第3葉鞘と、第4葉鞘と、を有する。
【0064】
図13は、幼苗の葉鞘の長さを示すグラフである。
図13の縦軸は葉鞘長である。
図13に示すように、第2葉鞘については、プラズマの照射によらずほぼ一定の長さである。プラズマを照射した幼苗における第3葉鞘および第4葉鞘の長さは、プラズマを照射しなかった幼苗における葉鞘の長さに比べて長い。
【0065】
また、プラズマの照射時間が3秒以上10秒以下の場合に、第3葉鞘および第4葉鞘の長さが十分に長い。
【0066】
このように、イネの種子の胚に大気圧プラズマを照射することにより、第3葉鞘および第4葉鞘の長さが長くなる。すなわち、イネの成長が促進される。
【0067】
4.実験D(早期収穫)
4-1.イネの吸水工程
実験Dのイネの品種は実験Aと同じである。実験Dのイネの吸水工程についても、実験Aと同じである。
【0068】
4-2.プラズマの直接照射
図14に示すように、生理的吸水の直前に大気圧プラズマをイネの種子の胚に向けて直接照射した。また、生理的吸水の直前に第1回目のプラズマ照射時期T1を設定し、生理的吸水の1日経過後に第2回目のプラズマ照射時期T2を設定した。プラズマ発生装置P20およびその他のプラズマ条件は実験Aと同様である。なお、照射距離として10mmを採用した。
【0069】
4-3.育苗
ミニプラントで苗を生育した後、人工気象器の内部で苗を成長させた。人工気象器は、実験Cと同様である。
図14に示すように、育成の途中で、2グループに分けた。1グループ目は、通常の条件で生育した苗である。2グループ目は、早期短日の条件で生育した苗である。一般に、夏から秋にかけて日照時間が短くなる。そのため、人工気象器を用いて苗を成長させる場合に、長日期間(夏に相当)と、短日期間(秋に相当)と、を設定する。2グループ目においては、長日期間を短く設定し、早期に短日期間へと移行した。つまり、早期短日は、夏の短い地域で栽培する場合に相当する。なお、長日期間の日照時間(昼:明期)は14時間であった。短日期間の日照時間(昼:明期)は10時間であった。長日条件および短日条件の条件を表1に示す。
【0070】
[表1]
条件 日長 温度(昼) 温度(夜)
長日条件 14時間 30℃ 25℃
短日条件 10時間 28℃ 25℃
【0071】
4-4.実験結果
図15は、葉齢の日数経過を示すグラフである。
図15の横軸は日付である。
図15の縦軸は葉齢である。
図15の上段の図は、通常の栽培条件の葉齢を示している。
図15の下段の図は、早期短日の栽培条件の葉齢を示している。
【0072】
図15の上段に示すように、通常の栽培条件の苗は、播種後12週目まで長日条件で栽培され、13週目から短日条件で栽培された。
図15の下段に示すように、早期短日の栽培条件の苗は、播種後9週目まで長日条件で栽培され、10週目から短日条件で栽培された。このように、早期短日では、短日条件への移行が早い段階で実施されている。
【0073】
なお、
図15の対照区とは、プラズマ照射を実施しなかった苗である。
【0074】
図16は、播種から出穂までの日数を示すグラフである。早期短日の成長条件では、プラズマの照射によらず、播種からおよそ93日程度で出穂した。一方、通常の成長条件では、プラズマを照射すると、播種から出穂までの日数が短縮された。第1回目のプラズマ照射時期T1にプラズマを10秒間照射したイネでは、播種から出穂までの日数が最も短かった。その短縮日数は2週間ほどである。
【0075】
図17は、玄米の収穫量を示すグラフである。
図17に示すように、プラズマを照射していない対照区における玄米の収穫量に比べて、プラズマを照射したイネにおける玄米の収穫量は多い傾向にある。
【0076】
5.実験のまとめ
実験B、Cで説明したように、イネの種子へのプラズマの直接照射を用いることにより、イネの苗の成長は促進される。これは、イネが早く生育されていることを示している。
【0077】
また、実験Dで説明したように、イネの種子へのプラズマの直接照射を用いることにより、出穂までの期間が短縮される。つまり、プラズマを用いることで、収穫までの期間が短縮されたことを示している。
【0078】
したがって、例えば、イネにプラズマを照射した水田と、イネにプラズマを照射していない水田と、を設けることにより、収穫時期をずらすことができる。つまり、イネにプラズマを照射した水田から稲刈りを開始し、その後イネにプラズマを照射していない水田の稲刈りを実施すればよい。このように、本明細書の技術を用いることにより、農家の作業性が向上する。
【0079】
また、実験Dで説明したように、イネの種子へのプラズマの直接照射により、米の収穫量も増加する傾向にある。
【0080】
(付記)
第1の態様におけるイネの生産方法は、イネの種子に大気圧プラズマを照射するプラズマ照射工程を有する。
【0081】
第2の態様におけるイネの生産方法においては、プラズマ照射工程では、イネの種子の胚に向けて大気圧プラズマを照射する。
【0082】
第3の態様におけるイネの生産方法は、イネの種子に吸水させる吸水工程を有する。吸水工程の途中で、プラズマ照射工程を実施する。
【0083】
第4の態様におけるイネの生産方法においては、イネの種子が発芽する前に、プラズマ照射工程を実施する。
【符号の説明】
【0084】
P10、P20…プラズマ発生装置
10、11…筐体部
10i、11i…ガス導入口
10o、11o…ガス噴出口
2a、2b…電極
P…プラズマ発生領域
H…凹部(ホロー)
C1…種子
E1…胚