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特許7141048ハロゲン化エストロゲンを用いたエストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤
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  • 特許-ハロゲン化エストロゲンを用いたエストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-13
(45)【発行日】2022-09-22
(54)【発明の名称】ハロゲン化エストロゲンを用いたエストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/565 20060101AFI20220914BHJP
   A61K 31/567 20060101ALI20220914BHJP
   A61P 5/30 20060101ALI20220914BHJP
   A61P 15/12 20060101ALI20220914BHJP
   A61P 35/00 20060101ALN20220914BHJP
【FI】
A61K31/565
A61K31/567
A61P5/30
A61P15/12
A61P35/00
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2020001842
(22)【出願日】2020-01-09
(65)【公開番号】P2020111568
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2021-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2019002525
(32)【優先日】2019-01-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519010329
【氏名又は名称】渋谷 眞也
(73)【特許権者】
【識別番号】519010259
【氏名又は名称】伊藤 慎二
(73)【特許権者】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 眞也
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 慎二
(72)【発明者】
【氏名】神野 透人
(72)【発明者】
【氏名】岡本 誉士典
【審査官】小川 知宏
(56)【参考文献】
【文献】Molecular Pharmacology,1983年,23,278-281
【文献】Biochemical Pharmacology,1992年,44,1717-1724
【文献】Journal of Steroid Biochemistry,1988年,31,867-870
【文献】Chemosphere,2004年,55,839-847
【文献】Journal of Steroid Biochemistry and Molecular Biology,2005年,96,51-58
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/565 - 31/569
A61P 5/30
A61P 15/12
A61P 35/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物を含む、乳癌発癌の抑制およびエストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤。
【化1】
(式中、Rは、水素原子を示し;
は、水素原子を示し、
は、水素原子、又はCH≡Cを示し、
は、水素原子を示し、
、X 及びX のうちの何れか一つはClであり、X 、X 及びX のうちの残りの二つは水素原子である
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハロゲン化エストロゲンを有効成分として含む、エストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤に関する。より詳細には、本発明は、非発癌性のハロゲン化エストロゲンを有効成分として含む、エストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
女性のライフサイクルは、加齢に伴って劇的な影響を受ける。特に、45歳前後から始まる閉経によって、卵巣で作られるエストロゲンは生殖器官の機能調節のみならず、心血管系・骨格系・神経系など広範囲に生理的影響を及ぼす。閉経に伴うエストロゲン産生低下が多様な更年期症状・不定愁訴あるいは骨粗鬆症を発することから、適切な医療が求められている。
【0003】
欧米では、女性の更年期症あるいは骨粗鬆症などの改善のために、エストロゲンを主成分とするホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy,HRT)が広く用いられている(非特許文献1)。しかしながら、多くの疫学調査によって、長期間のエストロゲン投与により乳癌(非特許文献2~4)、卵巣癌(非特許文献5)、子宮内膜癌(非特許文献6)の罹患率が上昇することが明らかとなっている。このことから、エストロゲン治療には二次発癌の危険性がある。日本でも数百万人もの治療対象者が存在するが、その副作用ゆえに治療を敬遠する傾向が強い。従って、中高年・老年期女性の生活の質を向上し、積極的な社会進出を促進するためには、発癌リスクのない安全な代替エストロゲンの開発が不可欠である。
【0004】
ホルモン補充療法として用いられているエストロゲン製剤は、ヒトエストロゲン(エストラジオール:E及びエストロン:E)が主成分である(非特許文献7)。これらは生体内に吸収された後の代謝過程で、2位あるいは4位が水酸化されカテコールエストロゲンとなる(図1)。このカテコールエストロゲンは、更に酸化を受けカテコールエストロゲン キノンに代謝されるが、この過程で生じた酸化ラジカルによって、体内のDNAに酸化損傷を及ぼす(非特許文献8)。加えて、産生したキノン体も直接DNAと結合して付加体損傷を生じさせる(非特許文献9)。これらのDNA酸化損傷及び付加体損傷は、DNAの複製過程で遺伝子変異を惹起することを発案者が発見し(非特許文献10~12)、すでに論文等で公表している。実際、乳癌患者の乳腺にDNA酸化損傷(非特許文献13)が検出されている。従って、これら遺伝子損傷が乳癌の発癌過程に深く関与していることが明らかになっている。
【0005】
August Copenhagen Irish (ACI)ラットは、病理学的にヒトと同様の乳腺組織を持っていることから、ヒト乳癌を研究するうえで非常に有用なモデル動物とされている(非特許文献14)。実際、ACIラットの皮下に微量のエストロゲン含有ペレットを投与したところ、数か月後に乳癌を発症することが報告(非特許文献14及び15)されており、発案者も同様の実験を行い、高頻度の乳癌発癌を確認している(非特許文献16)。これらのことから、エストロゲンを含有するホルモン補充療法を受けることには、乳癌などの発癌リスクを伴うことは明らかである。
【0006】
エストロゲンの長期投与によってオスのシリアン ハムスター(Syrian hamster)に腎臓癌を発症させることが報告されている(非特許文献17)。そのメカニズムを探るためフッ素化エストロゲンが使われ、4-fluoro-estradiol(4-FE2)には発癌性が有り、2-FE2には発癌性が認められなかった(非特許文献18及び19)。しかしながら、フッ素化エストロゲン投与による発癌臓器は腎臓であり、本発案対象である乳癌を含めた女性特有の癌ではなかった。しかも、オスに対する発癌報告であった。従って、フッ素化エストロゲンによる乳癌発症を検証した例はこれまでない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Grodstein, F., Stampfer, M. J., Colditz, G. A., Willett, W. C., Manson, J. E., Joffe, M., Rosner, B., Fuchs, C., Hankinson, S. E., Hunter, D.J., Hennekens, C. H., and Speizer, F. E. Postmenopausal hormone therapy and mortality. N. Engl. J. Med. 336, 1769-1775 (1997).
【文献】Colditz, G. A., Hankinson, S. E., Hunter, D. J., Willett, W. C., Manson, J. E., Stampfer, M. J., Hennekens, C. H., Rosner, B., and Speizer, F. E. The use of estrogens and progestins and the risk of breast cancer in postmenopausal women. N. Engl. J. Med. 332, 1589-1593 (1995).
【文献】Chen, C. L., Weiss, N. S., Newcomb, P., Barlow, W., and White, E. Hormone replacement therapy in relation to breast cancer. JAMA 287, 734-741 (2002).
【文献】Beral, V. Million Women Study Collaborators. Breast cancer and hormone-replacement therapy in the Million Women Study. Lancet 362, 419-427 (2003).
【文献】Lacey, J. V. Jr., Mink, P. J., Lubin, J. H., Sherman, M. E., Troisi, R., Hartge, P., Schatzkin, A., and Schairer, C. Menopausal hormone replacement therapy and risk of ovarian cancer. JAMA 288, 334-341 (2002).
【文献】Grady, D., Gebretsadik, T., Kerlikowske, K., Emster, V., and Petitti, D. Hormone replacement therapy and endometrial cancer risk: a meta-analysis. Obstet. Gynecol. 85, 304-313 (1995).
【文献】Bolton, J. L., Pisha, E., Zhang, F., and Qiu, S. Role of quinoids in estrogen carcinogenesis. Chem. Res. Toxicol. 11, 1113-1127 (1998).
【文献】Han, X., and Liehr, J. G. 8-Hydroxylation of guanine bases in kidney and liver DNA of hamsters treated with estradiol: role of free radicals in estrogen-induced carcinogenesis. Cancer Res. 54, 5515-5517 (1994).
【文献】Stack, D. E., Byun, J., Gross, M. L., Rogan, E. G., and Cavalieri, E. L. Molecular characteristics of catechol estrogen quinone in reactions with deoxyribonucleosides. Chem. Res. Toxicol. 9, 851-859 (1996).
【文献】Shibutani, S., Takeshita, M., and Grollman, A.P. Insertion of specific bases during DNA synthesis past the oxidation-damaged base 8-oxodG. Nature349, 431-434 (1991).
【文献】Terashima, I., Suzuki, N., and Shibutani, S. Mutagenic specificity of 2-hydroxyestrogen quinone-derived DNA adducts in mammalian cells. Biochemistry 40, 166-172 (2001).
【文献】Suzuki, N., Itoh, S., Poon, K., Masutani, C., Hanaoka, F., Ohmori, H., Yoshizawa, I., and Shibutani, S. Translesion synthesis past estrogen-derived DNA adducts by human DNA polymerasesη and κ. Biochemistry 43, 6304-6311 (2004).
【文献】Malins, D. C., Holmes, E. H., Polissar, N. L., and Gunselman, S. J. The etiology of breast cancer. Characteristic alteration in hydroxyl radical-induced DNA base lesions during oncogenesis with potential for evaluating incidence risk. Cancer 71, 3036-3043 (1993).
【文献】Turan, V. K., Sanchez, R. I., Li, J. J., Li, S. A., Reuhl, K. R., Thomas, P. E., Conney, A. H., Gallo, M. A., Kauffman, F. C., and Mesia-Vela, S. The effects of steroidal estrogens in ACI rat mammary carcinogenesis: 17β-estradiol, 2-hydroxyestradiol, 4-hydroxyestradiol, 16α-hydroxyestradiol, and 4-hydroxyestrone. J. Endocrinol. 183, 91-99 (2004).
【文献】Shull, J. D., Spady, T. J., Snyder, M. C., Johansson, S. L., and Pennington, K. L. Ovary-intact but not ovariectomized female ACI rats treated with 17 β-estradiol rapidly develop mammary carcinoma. Carcinogenesis18, 1595-1601 (1997).
【文献】Okamoto, Y., Liu, X., Suzuki, N., Okamoto, K., Kim, H. J., Y. R. Santosh Laxmi, Sayama, K., and Shibutani, S. Equine estrogen-induced mammary tumors in rats. Toxicol. Lett. 193, 224-228 (2010).
【文献】Kirkman, H. Estrogen-induced tumors of the kidney. III. Growth characteristics in the Syrian hamster. Natl. Cancer Inst. Monogr. 1, 1-57 (1959).
【文献】Liehr, J. G. 2-Fluoroestradiol. Separation of estrogenicity from carcinogenicity. Mol. Pharmacol. 23, 278-281 (1983).
【文献】Liehr, J. G., Stancel, G. M., Chorich, L. P., Bousfield, G. R., and Ulubelen, A. A. Hormonal carcinogenesis: separation of estrogenicity from carcinogenicity. Chem. Biol. Interact. 59, 173-184 (1986).
【文献】Kuhl, H. "Pharmacology of estrogens and progestogens: influence of different routes of administration" (PDF). Climacteric 8 (Suppl. 1), 3-63 (2005).
【文献】Nakamura, H., Shiozawa, T., Terao, Y., Shiraishi, F., and Fukazawa, H. By-products produced by the reaction of estrogens with hypochlorous acids and their estrogen activities. J. Health Sci. 52, 124-131 (2006).
【文献】Hylarides, M.D., Leon, A. A., and Mettler, F. A. Synthesis of 1-chloroestradiol. Steroids,43, 219-224 (1984).
【文献】Mukawa, F. 10β-Chloro-17β-hydroxyestra-1,4-dien-3-one and its related compounds. J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1, 457-459 (1988).
【文献】Page, P.C.B., Hussain, F., Maggs, J.L., Morgan, P., and Park, B.K., Efficient regioselective A-ring functionalization of oestrogens. Tetrahedron, 46, 2059-2068 (1990).
【文献】Y. R. Santosh Laxmi, Liu, X., Suzuki, N., Kim, S. Y., Okamoto, K., Kim, H. J., Zhang, G., Chen, J. J., Okamoto, Y., and Shibutani, S. Anti-breast cancer potential of SS1020, a novel antiestrogen lacking estrogenic and genotoxic actions. Int. J. Cancer 127, 1718-1726 (2010).
【文献】Dunning, W.F., Curtis, M.R., and Segaloff, A. Strain differences in response to estrone and the induction of mammary gland, adrenal, and bladder cancer in rats. Cancer Res. 13, 147-152 (1953).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、発癌性を抑制しつつ、エストロゲン活性を保持したエストロゲン誘導体を提供し、これによりエストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、エストラジオールの1位、2位又は4位にハロゲン原子を導入した誘導体は 発癌性がなく、かつエストロゲン活性を保持していることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1] 下記式(1)で表される化合物を含む、エストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤。
【化1】
(式中、Rは、水素原子、炭素数1から6のアルキル基、炭素数2から7のアルキルカルボニル基、炭素数7から20のアリールアルキル基、炭素数7から20のアリールカルボニル基、PO3H2、又はSONaを示し;
は、水素原子、炭素数2から7のアルキルカルボニル基、炭素数7から20のアリールカルボニル基、PO3H2、又はSONaを示し、Rは、水素原子、炭素数2から6のアルキレン基、又はSONaを示し、Rは、水素原子又はOHを示し、あるいは-ORと-Rは一緒になって=Oを示し;
、X及びXはそれぞれ独立に、水素原子又はハロゲン原子を示し、但し、X、X及びXのうちの少なくとも一つはハロゲン原子である。)
[2] Rが、水素原子、CH、CHCH、CHCO、CHCHCO、CH(CHCO、CCH、CCO、-PO3H2、又は-SONaである、[1]に記載のエストロゲン製剤。
[3] Rが、水素原子、CH、CHCO、CCO、-PO3H2、又は-SONaである、[1]又は[2]に記載のエストロゲン製剤。
[4] Rが、水素原子、CH≡C、CHC≡C、又は-SONaである、[1]から[3]の何れか一に記載のエストロゲン製剤。
[5] -ORと-Rが一緒になって=Oを示す、[1]又は[2]に記載のエストロゲン製剤。
[6] X、X又はXが表すハロゲン原子が、F又はClである、[1]から[5]の何れか一に記載のエストロゲン製剤。
[7] Rが水素原子であり、Rが水素原子であり、Rが、水素原子、又はCH≡Cであり、Rが水素原子であり、X、X及びXのうちの何れか一つがF又はClであり、X、X及びXのうちの残りの二つが水素原子である、[1]に記載のエストロゲン製剤。
[8] Rが水素原子であり、-ORと-Rが一緒になって=Oを示し、Rが水素原子であり、X、X及びXのうちの何れか一つがF又はClであり、X、X及びXのうちの残りの二つが水素原子である、[1]に記載のエストロゲン製剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、発癌性を抑制しつつ、エストロゲン活性を保持した、ハロゲン化エストロゲン誘導体が提供される。本発明によれば、乳癌発癌性のない安全性の高いエストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、ヒトエストロゲンによるDNA損傷のメカニズムを示す。
図2図2は、エストロゲン及び塩素化エストロゲンの構造を示す。Xは、水素原子(E誘導体)又はエチニル基(EE誘導体)を示す。
図3図3は、卵巣摘出ラットにおけるE及びそのハロゲン化誘導体の子宮肥大アッセイの結果を示す。*p<0.05, **p<0.01, ****p<0.0001 (コントロール群に対して)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
本発明においては、エストロゲンの発癌作用に関わる化学構造の特異部位(図1:矢印部位)を合成化学的手法により不活化することによってDNA損傷の惹起を無くし、安全性の高いエストロゲン誘導体を提供することに成功した。すなわち、本発明においては、エストロゲンの1位、2位又は4位の位置に、嵩高くしかも求電子性の高いハロゲン原子を導入した。
【0014】
後記する実施例においては、1-chloro-estradiol(1-ClE), 2-chloro-estradiol (2-ClE), 4-chloro-estradiol (4-ClE)及び、より体内吸収の高い17-エチニル エストロゲン体(非特許文献20)である2-chloro-17-ethinyl-estradiol(2-ClEE), 4-chloro-17-ethinyl-estradiol (4-ClEE)を合成し、ACIラットに投与後一年間経過観察した結果、いずれの化合物にも発癌性がないことを確認した。また、塩素化エストロゲンは強いエストロゲン活性を有することを確認した。塩素化エストロゲンは、下水処理場での塩素処理による副産物として微量に検出され(非特許文献21)、その化学合成法も公表(非特許文献22及び23)されているが、下水処理場での副産物として検出されたものであり、塩素化エストロゲンが動物に対してエストロゲン活性を有することについての報告はない。本発明においては、塩素化エストロゲンは、エストロゲン活性を有し、かつエストラジオール(E2)とは異なり発癌性がないことが判明した。同様に、フッ素化エストロゲンについても検討したところ、2-fluoro-estradiol(2-FE2)には乳癌の発癌性がなく、また、E2と同等のエストロゲン活性を有することが明らかになり、ホルモン補充療法に活用できるハロゲン化エストロゲンの一つであることが示された。
【0015】
本発明によるエストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤は、下記式(1)で表される化合物を含む。
【化2】
【0016】
は、水素原子、炭素数1から6のアルキル基、炭素数2から7のアルキルカルボニル基、炭素数7から20のアリールアルキル基、炭素数7から20のアリールカルボニル基、又はSONaを示す。
好ましくは、Rは、水素原子、CH、CHCH、CHCO、CHCHCO、CH(CHCO、CCH、CCO、-PO3H2、又は-SONaである。
より好ましくは、Rは水素原子である。
【0017】
は、水素原子、炭素数2から7のアルキルカルボニル基、炭素数7から20のアリールカルボニル基、-PO3H2、又はSONaを示す。
好ましくは、Rは、水素原子、CH、CHCO、CCO、-PO3H2、又は-SONaである。
より好ましくは、Rは水素原子である。
【0018】
は、水素原子、炭素数2から6のアルキレン基、又はSONaを示す。
好ましくは、Rは、水素原子、CH≡C、CHC≡C、又は-SONaである。
より好ましくは、Rは、水素原子、又はCH≡Cである。
【0019】
本発明においては、-ORと-Rは一緒になって=Oを示していてもよい。この場合、式(1)で表される化合物は、下記式(1A)で表される化合物である。式中、R、R、X、X又はXの定義は、式(1)における定義と同じである。
【化3】
【0020】
は、水素原子又はOHを示す。
好ましくは、Rは水素原子である。
【0021】
、X及びXはそれぞれ独立に、水素原子又はハロゲン原子を示し、但し、X、X及びXのうちの少なくとも一つはハロゲン原子である。
ハロゲン原子は、好ましくは、F、Cl、Br又はIである。
好ましくは、X、X又はXが表すハロゲン原子が、F又はClである。
より好ましくは、X、X及びXのうちの何れか一つがF又はClであり、X、X及びXのうちの残りの二つが水素原子である。
【0022】
式(1)で表される化合物の合成は、例えば、非特許文献22(1-ClE)、非特許文献23(2-ClE、4-ClE、2-ClEE、4-ClEE)、及び非特許文献24(2-FE、4-FE)などに記載された方法に準じて行うことができる。また、式(1A)で表される化合物の合成は、例えば、非特許文献23(2-ClE、4-ClE)、及び非特許文献24(2-FE、4-FE)などに記載された方法に準じて行うことができる。
【0023】
エストロゲンは卵胞ホルモン又は女性ホルモンとも呼ばれ、卵巣の顆粒膜細胞、外卵胞膜細胞、胎盤、副腎皮質、精巣間質細胞においてコレステロールから産生されるステロイドホルモンの一種である。
【0024】
エストロゲンの生理機能としては、乳腺細胞の増殖促進、卵巣排卵制御、脂質代謝制御、インスリン作用、血液凝固作用、中枢神経(意識)女性化、皮膚薄化、動脈硬化抑制などが知られている。エストロゲンには、エストロン(E1)、エストラジオール(17β-エストラジオール:E2)、エストリオール(E3)が含まれているが、特にエストラジオール(E2)の活性が一番高い。
【0025】
エストロゲン補充療法とは、エストロゲン欠乏により発症又は誘発される疾患あるいは症状に対して、エストロゲン、又はエストロゲンの分泌や作用を促進又は抑制する薬剤を用いる治療法である。
例えば、更年期の急激な女性ホルモン減少による更年期障害の緩和やホルモン低下による骨粗鬆症の予防などのために、不足するエストロゲンを補充したり、別のエストロゲン活性化学物質を投与することにより治療を行うことである。
【0026】
式(1)で表される化合物は、通常の薬理的に許容される担体とともに投与経路に応じた製剤とすることにより、エストロゲン補充療法のための医薬組成物、サプリメント又は食品として用いることができる。
【0027】
経口投与用の医薬組成物又はサプリメントでは、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、液剤等の形態に調剤することができる。経口投与用の固形製剤を調製する場合には、慣用の賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、湿潤剤、乳化剤、保存剤、甘味剤、芳香剤、着色剤等を用いることができる
【0028】
経口投与用の製剤は、一般的には0.01~100重量%、好ましくは0.05~100重量%の式(1)で表される化合物を有効成分として含む。
【0029】
さらに本発明の製剤は、薬理学的に許容される担体、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤、等張剤、局所麻酔剤等を添加して、液状製剤(注射剤、懸濁液、シロップ剤など)、坐剤、貼付剤など非経口投与用の製剤として調剤してもよい。
【0030】
液状製剤は、水、アルコール類又は例えば大豆油、ピーナツ油若しくはゴマ油等の植物由来の油等液状製剤において通常用いられる適当な添加物を使用し、懸濁液、シロップ剤若しくは注射剤等の形態として製造することができる。特に、非経口的に筋肉内注射、静脈内注射又は皮下注射で投与する場合の適当な溶剤としては、例えば注射用蒸留水、塩酸リドカイン水溶液(筋肉内注射用)、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、エタノール、静脈内注射用液体(例えばクエン酸及びクエン酸ナトリウム等の水溶液)若しくは電解質溶液(点滴静注及び静脈内注射用)等、又はこれらの混合溶液が挙げられる。
非経口投与用の製剤は、一般的には0.01~10重量%、好ましくは0.05~5重量%の式(1)で表される化合物を有効成分として含む。
【0031】
さらに本発明の製剤は、化粧品又は皮膚外用剤(医薬品、医薬部外品)として提供してもよい。化粧品及び皮膚外用剤において、その剤形は、皮膚に適用可能な剤形であれば特に限定されず、液剤、クリーム剤、軟膏剤、硬膏剤、乳液、ローション剤、パック剤などがあげられる。
【0032】
投与量としては、患者の症状、体重、年齢等によって異なるが、式(1)で表される化合物の量として、通常成分1日当たり約0.1~100 mgの範囲が好ましく、約0.1~50 mgの範囲がより好ましく、約0.1~25 mgの範囲がさらに好ましく、これを通常1日1~4回に分けて投与するのが望ましい。
【0033】
式(1)で表される化合物を有効成分とする本発明のエストロゲン製剤は、副作用が低減されたエストロゲン様の医薬組成物として、例えば、更年期障害の改善、萎縮性膣炎などの泌尿生殖器障害、エストロゲンの減少に起因する無月経症、子宮発育不全症、卵巣欠落症、前立腺癌、前立腺肥大症、骨粗鬆症、動脈硬化、記憶障害、アルツハイマー病、血栓性疾患などの疾患の予防又は治療のために使用することができる。特に、更年期障害の改善などのホルモン補充療法においてエストロゲンに代替して用いることができる。本発明のエストロゲン製剤は、さらに、エストロゲン作用を有する健康食品又はサプリメントとしても有効である。
【0034】
本発明によれば、式(1)で表される化合物を、エストロゲンを必要とする対象に投与することを含む、エストロゲン補充療法が提供される。
本発明によれば、エストロゲン補充療法において使用するための、式(1)で表される化合物が提供される。
本発明によれば、エストロゲン補充療法のためのエストロゲン製剤の製造のための、式(1)で表される化合物の使用が提供される。
【0035】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例
【0036】
<実施例1>
実施例1で使用した化合物の構造を以下に記載する。
【化4】
【0037】
【化5】
【0038】
(1)ハロゲン化エストロゲンの合成
1-ClE(非特許文献22)、2-ClE、4-ClE、2-ClEE、4-ClEE(非特許文献23)、及び2-FE、4-FE(非特許文献24)は、すでに報告された方法によって化学合成した。
【0039】
(2)ハロゲン化エストロゲンの発癌性の検出
1-ClE、2-ClE、4-ClEの2.5 mgあるいは5.0 mgを含有するペレットを作成した。ポジティブコントロールとして、E2の1.25 mgあるいは2.5 mg含有のペレットを、ネガティブコントロールとして化合物を含まないペレットを作製した。それぞれのペレットを生後5週の雌ACIラットの皮下に挿入し経過を観察した(非特許文献16)。乳癌の発生を測定した結果を表1に示す。E2では数か月後に80%の乳癌発症を認めた。対照的に、1-ClE、2-ClE、4-ClEの2.5 mgあるいは5.0 mg投与のいずれでも、ネガティブコントロールと同様、投与後一年間経過しても乳癌の発症は認められなかった。加えて、2-ClEE、4-ClEEの2.5 mgあるいは5.0 mg投与においても乳癌の発症はなかった。さらに、子宮癌及び卵巣癌の発癌も認められなかった。また、2-FEについても発癌性は認められなかった。以上のことから、ハロゲン化エストロゲンには発癌性がないことが確認された。
【0040】
【表1】
【0041】
(3)ハロゲン化エストロゲンのエストロゲン活性の測定
塩素化エストロゲン(1-ClE、2-ClE、4-ClE)のエストロゲン活性は、卵巣摘出のスプラグ ドウリー(Sprague-Dawley)ラットの皮下に微量(3.4 μg)を投与した3日後、子宮を摘出し、ラット体重当たりの子宮重量を算出することによって検出した(非特許文献25)(図3)。この子宮肥大化作用のポジティブコントロールとして、同モル数のE2(3.0 μg)を、ネガティブコントロールとして食塩水のみを投与した。塩素化エストロゲンにはそれぞれ強いエストロゲン活性を検出できたが、同モル数のE2より弱かった。ただ、1-ClE2 (0.34、3.4、34 μg)の例にも観られるように、投与量を増加するとそれに従ってエストロゲン活性も高くなり、E2と同等のエストロゲン活性が得られた。また、2-FEあるいは4-FE(3.2 μg)を皮下投与したところ同モル数のE2(3.0 μg)同様の子宮肥大作用が認められた(図3)。本発案者が得られたフッ素化エストロゲンの子宮肥大作用の結果はすでに公表された報告(非特許文献18)と同等であることを確認した。従って、塩素化エストロゲンにはE2には及ばないものの動物に対して強いエストロゲン活性があり、フッ素化エストロゲンにはE2と同等のエストロゲン活性があったことから、ホルモン補充療法剤として十分使用可能である。
【0042】
<実施例2>
実施例2で使用した化合物の構造を以下に記載する。
【0043】
【化6】
【0044】
式(1A)で示される化合物の例として2-chloro-estrone (2-ClE)、4-chloro-estrone(4-ClE)あるいは、2-fluoro-estrone (2-FE)を合成し、2.5 mg含有するペレットを作成した。ポジティブコントロールとして、Eの2.5 mgあるいは10 mg含有のペレットを、ネガティブコントロールとして化合物を含まないペレットを作製した。それぞれのペレットを生後5週の雌ACIラットの皮下に挿入し経過を観察した。投与後1年間の乳癌の発生頻度を表2に示す。E(2.5 mg)では6匹の内1匹(17%)に乳癌発症を認めた。同用量のE(表1) に比較し、Eの乳癌発症率の低さは他の研究グループによる報告(非特許文献26)と一致した。Eの用量を10 mgに増加したところ、投与後24週で100%の乳癌発生を確認した。対照的に、2-ClEあるいは4-ClEの2.5 mg投与では、ネガティブコントロールと同様、投与後1年間経過しても乳癌の発症は認められなかった。また、2-FEについても発癌性はなかった。以上のことから、ハロゲン化エストロンにも発癌性がないことを確認した。
【0045】
【表2】
図1
図2
図3