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特許7141049三次元培養法、三次元培養構造体、および三次元培養構造体の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-13
(45)【発行日】2022-09-22
(54)【発明の名称】三次元培養法、三次元培養構造体、および三次元培養構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20220914BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20220914BHJP
【FI】
C12N5/07
C12M3/00 A
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2021036219
(22)【出願日】2021-03-08
(62)【分割の表示】P 2020543648の分割
【原出願日】2019-08-09
(65)【公開番号】P2021078527
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2021-03-08
(31)【優先権主張番号】P 2018177227
(32)【優先日】2018-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】307016180
【氏名又は名称】地方独立行政法人鳥取県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【弁理士】
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100139930
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 亮司
(74)【代理人】
【識別番号】100125922
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 章子
(74)【代理人】
【識別番号】100184985
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 悠
(74)【代理人】
【識別番号】100202197
【弁理士】
【氏名又は名称】村瀬 成康
(74)【代理人】
【識別番号】100202142
【弁理士】
【氏名又は名称】北 倫子
(72)【発明者】
【氏名】田口 登喜生
(72)【発明者】
【氏名】芝井 康博
(72)【発明者】
【氏名】杉根 光晃
(72)【発明者】
【氏名】竹林 勲
(72)【発明者】
【氏名】杉本 優子
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-210404(JP,A)
【文献】国際公開第2011/142117(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/106748(WO,A1)
【文献】Journal of the Japan Society for Precision Engineering, 2015, Vol.81, No.5, p.393-395
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/07
C12M 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞と培地とを含む細胞懸濁液を用意する工程と、
高さが10nm以上1mm以下の複数の凸部を有する固体表面を用意する工程と、
前記固体表面上に、前記細胞懸濁液の液滴を付着させる工程と、
前記液滴に作用する重力の方向が前記固体表面に向かう状態で、前記細胞を前記液滴中で培養する工程と
を包含し、
前記複数の凸部は略円錐形の先端部分を有し、前記複数の凸部は、モスアイ構造であって、前記複数の凸部の間に平坦部を有する構造を構成する、三次元培養法。
【請求項2】
前記固体表面の法線方向から見たとき、前記複数の凸部の2次元的な大きさは10nm以上500nm以下の範囲内にある、請求項1に記載の三次元培養法。
【請求項3】
前記複数の凸部の高さは、10nm以上500nm以下である、請求項1または2に記載の三次元培養法。
【請求項4】
前記複数の凸部の隣接間距離は、10nm以上1000nm以下である、請求項1から3のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項5】
前記固体表面の前記細胞懸濁液に対する接触角であって、70μLの前記細胞懸濁液を前記固体表面に着滴させてから10秒後の接触角が17°以上である、請求項1から4のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項6】
前記固体表面の前記細胞懸濁液に対する接触角であって、70μLの前記細胞懸濁液を前記固体表面に着滴させてから10秒後の接触角が90°以上である、請求項1から5のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項7】
前記固体表面の前記細胞懸濁液に対する滑落角であって、70μLの前記細胞懸濁液を前記固体表面に着滴させてから20秒後の滑落角は45°以上である、請求項1から6のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項8】
前記固体表面は、合成高分子から形成されている、請求項1から7のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項9】
前記液滴の体積は10μL以上50μL以下である、請求項1から8のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項10】
前記液滴に含まれる前記細胞の播種密度は103細胞/mL以上107細胞/mL以下である、請求項1から9のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項11】
前記液滴の高さは1mm以上である、請求項1から10のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項12】
前記細胞を前記液滴中で培養している間に、前記液滴に前記培地を付与する工程をさらに包含する、請求項1から11のいずれかに記載の三次元培養法。
【請求項13】
前記培地を付与する前に、前記液滴から前記培地の一部を吸い取る工程をさらに包含する、請求項12に記載の三次元培養法。
【請求項14】
請求項1から13のいずれかに記載の三次元培養法に用いられる前記固体表面を有する、三次元培養構造体。
【請求項15】
請求項1から13のいずれかに記載の三次元培養法に用いられる前記固体表面を有する三次元培養構造体を用意し、前記三次元培養構造体を用いて前記三次元培養法を行い、前記三次元培養法を用いて培養されたスフェロイドを前記固体表面に有する三次元培養構造体を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元細胞培養法(以下、「三次元培養法」という。)、三次元培養に用いられる構造体(容器を含む)、および三次元培養構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、創薬や再生医療に欠かせない技術として、三次元細胞培養法(以下、「三次元培養法」という。)が注目されている(例えば、特許文献1~4、非特許文献1~3)。
【0003】
三次元培養法は、in vitroで、細胞を三次元的に相互作用させながら、培養する方法であり、in vivoにおける細胞の性質を良く反映したスフェロイドを得ることができる。このように、三次元培養法によって得られたスフェロイドは、二次元培養法によって得られた細胞よりも、培養された細胞が由来する生体組織の性質や機能を、生体に近い態様で発現し得る。本明細書において、スフェロイドが有するこのような性質を「組織再現性」といい、細胞内の遺伝子発現により生成されたタンパク質が生体に近い形で生理的に機能するほど、組織再現性が高いという。
【0004】
三次元培養法として、微細な凹凸構造を有する表面を利用する培養法が、例えば、特許文献1~3および非特許文献1に記載されている。これらに記載の培養法は、底面に微細な凹凸構造を有する容器に、細胞と培地(ここでは、培養液、液体培地のことをいう。)とを含む細胞懸濁液を注ぎ、細胞の一部が液体中で容器の底面に接着した状態で培養される。以下、本明細書において、特許文献1~3および非特許文献1等に記載の培養方法を「微接着三次元培養法」という。
【0005】
また、液滴内で細胞を培養するハンギングドロップ法が、例えば、特許文献4、非特許文献2、3に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-168494号公報
【文献】国際公開第2007/097120号
【文献】国際公開第2017/126589号
【文献】国際公開第2007/114351号
【文献】特許第4265729号公報
【文献】特開2009-166502号公報
【文献】国際公開第2011/125486号
【文献】国際公開第2013/183576号
【文献】国際公開第2015/163018号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Yoshii Y, Furukawa T, Aoyama H, Adachi N,Zhang MR, Wakizaka H, Fujibayashi Y, Saga T,"Regorafenib as a potential adjuvantchemotherapy agent in disseminated small colon cancer: Drug selection outcome of anovel screening system using nanoimprinting 3-dimensional culture with HCT116-RFP cells", Int. J. Oncol., 2016 Apr;48(4):1477-84.
【文献】Singla DK and Sobel BE, Biochem Biophys Res Commun. 2005 335(3):637-42
【文献】Foty, R., "A Simple Hanging Drop Cell Culture Protocol for Generation of 3D Spheroids". JoVE., 51, 2720 (2011).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、本発明者の検討によると、上記の従来の三次元培養法は、作業性または量産性に改善の余地が残されている。また、組織再現性をさらに向上させたスフェロイドを得ることができる三次元培養法の開発が望まれている。
【0009】
底面の微細な凹凸構造を利用する微接着三次元培養法においては、底面の微細な凹凸構造は、細胞の足場として作用する。底面の凹凸構造と細胞との相互作用が、細胞間の相互作用よりも強いと、細胞が厚さ方向に十分に増殖できず、面内方向の増殖が支配的となり、その結果、三次元的な組織構造を十分に再現できないことがある。また、微接着三次元培養法においては、細胞が面内方向にランダムに遊走する間に細胞同士の接触と接着を繰り返し、細胞分裂を伴いながらスフェロイドを形成するので、スフェロイドを構成する細胞の数にばらつきが大きく、スフェロイドの形状やサイズの再現性が低いという問題もある。
【0010】
ハンギングドロップ法は、液滴中で培養を行うので、細胞数の制御が容易であり、スフェロイドの形状やサイズの再現性が高いという利点を有している。しかしながら、液滴中に細胞の足場となる表面がないので、足場依存性の高い細胞種においては生存性を維持できないことがある。また、ハンギングドロップ法は、液滴を付着させた表面を下に向ける(重力方向に向ける)ので、作業性が低いという問題もある。
【0011】
また、上記のいずれかの三次元培養法によって得られるスフェロイドの組織再現性は、二次元培養法(平面培養法)によって得られたスフェロイドの組織再現性よりも高いものの、一層の向上が求められている。
【0012】
そこで、本発明の実施形態は、従来の三次元培養法よりも、作業性または量産性に優れた、および/または、組織再現性の高いスフェロイドを得ることができる三次元培養法を提供することを目的とする。また、本発明の他の実施形態は、そのような三次元培養法に好適に用いられる三次元培養構造体および/または三次元培養構造体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の実施形態によると、以下の項目に記載の解決手段が提供される。
【0014】
[項目1]
細胞と培地とを含む細胞懸濁液を用意する工程と、高さが10nm以上1mm以下の複数の凸部を有する固体表面を用意する工程と、前記固体表面上に、前記細胞懸濁液の液滴を付着させる工程と、前記液滴に作用する重力の方向が前記固体表面に向かう状態で、前記細胞を前記液滴中で培養する工程とを包含する、三次元培養法。
【0015】
[項目2]
前記固体表面の法線方向から見たとき、前記複数の凸部の2次元的な大きさは10nm以上500nm以下の範囲内にある、項目1に記載の三次元培養法。
【0016】
[項目3]
前記複数の凸部の高さは、10nm以上500nm以下である、項目1または2に記載の三次元培養法。
【0017】
[項目4]
前記複数の凸部の隣接間距離は、10nm以上1000nm以下である、項目1から3のいずれかに記載の三次元培養法。前記複数の凸部の隣接間距離は、500nm以下であってもよい。
【0018】
[項目5]
前記複数の凸部は略円錐形の先端部分を有する、項目1から4のいずれかに記載の三次元培養法。
【0019】
[項目6]
前記固体表面の前記細胞懸濁液に対する接触角が17°以上である、項目1から5のいずれかに記載の三次元培養法。なお、少なくとも着滴から10秒後において前記固体表面の前記細胞懸濁液に対する接触角が17°以上であればよい。
【0020】
[項目7]
前記固体表面の前記細胞懸濁液に対する接触角が90°以上である、項目1から6のいずれかに記載の三次元培養法。なお、少なくとも着滴から10秒後において前記固体表面の前記細胞懸濁液に対する接触角が90°以上であればよい。
【0021】
[項目8]
前記固体表面の前記細胞懸濁液に対する滑落角は45°以上である、項目1から7のいずれかに記載の三次元培養法。滑落角は着滴から20秒後の値で評価すればよい。
【0022】
[項目9]
前記固体表面は、合成高分子から形成されている、項目1から8のいずれかに記載の三次元培養法。
【0023】
[項目10]
前記液滴の体積は10μL以上50μL以下である、項目1から9のいずれかに記載の三次元培養法。
【0024】
適当な形状の液滴の形成および操作性等の観点から、上記の範囲が好ましい。
【0025】
[項目11]
前記液滴に含まれる前記細胞の播種密度は10細胞/mL以上10細胞/mL以下である、項目1から10のいずれかに記載の三次元培養法。
【0026】
[項目12]
前記液滴の高さは1mm以上である、項目1から11のいずれかに記載の三次元培養法。
【0027】
[項目13]
前記細胞を前記液滴中で培養している間に、前記液滴に前記培地を付与する工程をさらに包含する、項目1から12のいずれかに記載の三次元培養法。
【0028】
[項目14]
前記培地を付与する前に、前記液滴から前記培地の一部を吸い取る工程をさらに包含する、項目13に記載の三次元培養法。
【0029】
本発明の他の実施形態によると、以下の項目に記載の解決手段も提供される。
【0030】
[項目15]
項目1から14のいずれかに記載の三次元培養法に用いられる固体表面を有する、三次元培養構造体。
【0031】
三次元培養構造体は、容器の一部として提供される。
【0032】
[項目16]
前記固体表面を有する三次元培養構造体を用意し、項目1から14のいずれかに記載の三次元培養法を用いて培養されたスフェロイドを前記固体表面に有する三次元培養構造体を製造する方法。
【0033】
項目1から14のいずれかに記載の三次元培養法を用いて培養されたスフェロイドは三次元培養構造体(例えば容器)とともに提供され得る。
【発明の効果】
【0034】
本発明の実施形態によると、従来の三次元培養法よりも、作業性または量産性に優れた、および/または、組織再現性の高いスフェロイドを得ることができる三次元培養法が提供される。また、本発明の他の実施形態によると、そのような三次元培養法に好適に用いられる三次元培養構造体が提供される。本発明のさらに他の実施形態によると、従来よりも組織再現性の高いスフェロイドを表面に有する三次元培養構造体(例えば容器)が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明の実施形態による三次元培養法における培養状態を模式的に示す図である。
図2A】本発明の実施形態による三次元培養法に用いられるモスアイ構造を表面に有する合成高分子膜34Aの模式的な断面図である。
図2B】本発明の実施形態による三次元培養法に用いられるモスアイ構造を表面に有する合成高分子膜34Bの模式的な断面図である。
図3A】ヒト肝がん由来細胞株HepG2をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)である。
図3B】ドロップ培養法で得られたHepG2のスフェロイドを電子顕微鏡の上面像(左)と、側面像(右)である。
図3C】ドロップ培養中の肝がん細胞株HepG2の細胞生存数を求めた結果を示すグラフである。
図3D】ドロップ培養法で得られた肝がん細胞HepG2スフェロイドのCYP活性を評価した結果を示すグラフである。
図4A】ヒト胎児腎臓上皮細胞HEK293をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)である。
図4B】マウス脂肪前駆細胞3T3-L1をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)である。
図4C】マウス間葉系幹細胞C3H10t1/2をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)である。
図4D】マウス筋芽細胞C2C12をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)である。
図5A】ドロップ培養法で得られたスフェロイド(レベル1)の光学顕微鏡像である。
図5B】ドロップ培養法で得られたスフェロイド(レベル2)の光学顕微鏡像である。
図5C】ドロップ培養法で得られたスフェロイド(レベル3)の光学顕微鏡像である。
図5D】ドロップ培養法で得られたスフェロイド(レベル4)の光学顕微鏡像である。
図5E】ドロップ培養法で得られたスフェロイド(レベル5)の光学顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の実施形態による三次元培養法、三次元培養構造体、および三次元培養構造体の製造方法を説明する。
【0037】
本発明の実施形態による三次元培養法は、図1に模式的に示す様に、固体表面10S上に、細胞12Cと培地14Mとを含む細胞懸濁液の液滴16Dを付着させ、液滴16Dに作用する重力の方向が固体表面10Sに向かう状態で、細胞12Cを液滴16D中で培養する方法である。この三次元培養法(以下、「ドロップ培養法」という。)では、液滴16D中で細胞12Cを培養するので、ハンギングドロップ法と同様に、細胞数の制御が容易であり、スフェロイドの形状やサイズの再現性が高いという利点が得られる。さらに、液滴16Dに作用する重力の方向が固体表面10Sに向かう状態で培養が行われるので、固体表面10Sが足場として作用するので、足場依存性の高い細胞種であっても、比較的高い生存性を維持できる。また、液滴16Dを付着させた表面10Sを下に向ける(重力方向に向ける)必要がないので、ハンギングドロップ法よりも作業性が高い。固体表面10Sは足場として作用し得る複数の凸部10Spを有する。
【0038】
液滴16Dは、固体表面10Sと接触する部分以外は雰囲気ガス(例えば空気)と接触しており、閉じられた培養空間を形成する。なお、図1では、液滴16Dの底面が凸部10Spの先端に接触し、液滴16Dは凸部10Spの先端よりも上側にのみ存在しているように図示しているが、液滴16Dの底部の一部が隣接する凸部10Spの間に浸入していてもよい。液滴16Dの体積は、例えば10μL以上50μL以下である。
【0039】
安定した液滴16Dを形成し、かつ、効率よく細胞を培養できる固体表面10Sは、後に実験結果を示す様に、高さが10nm以上1mm以下の複数の凸部10Spを有する固体表面である。高さが10nm以上1mm以下の複数の凸部を有する固体表面を利用することによって、三次元培養できることは、例えば特許文献1(特許第4507845号として登録)にも記載されている。しかしながら、上述した様に、底面の微細な凹凸構造を利用する微接着三次元培養法では、三次元的な組織構造を十分に再現できない、あるいは、スフェロイドの形状やサイズの再現性が低いという問題がある。
【0040】
ドロップ培養法では、液滴16D中の細胞を培養するので、微接着三次元培養法の上記の欠点を解消することができる。細胞12Cは、三次元的に閉ざされた液滴16Dの中で、重力の作用を受けて、固体表面10Sと接触する底面上に堆積するように集まる。したがって、固体表面10Sの複数の凸部10Spと相互作用する細胞が一定量存在するとともに、その上に細胞同士間だけで相互作用する細胞が存在する。その結果、微接着三次元培養とは異なり、厚さ方向にも適度に増殖し、三次元的な組織構造の再現性が高いスフェロイドが得られると考えられる。
【0041】
以下では、モスアイ構造を有する固体表面10Sを用いた実験例を示して、本発明の実施形態による三次元培養法(ドロップ培養法)を説明する。本出願人の内の一方が、反射防止膜または殺菌性を有する合成高分子膜として開発してきた、モスアイ構造を有する固体表面は、ドロップ培養法に好適に用いられる。参考のために、特許文献5~8(反射防止膜)、特許文献9(殺菌性を有する合成高分子膜)の開示内容を本明細書に援用する。
【0042】
特許文献5~9に記載されているように、陽極酸化ポーラスアルミナ層を利用すると、高い量産性で、モスアイ構造を表面に有する合成高分子膜(例えば、光硬化性樹脂を硬化させることによって形成された光硬化樹脂膜や、熱硬化性樹脂を硬化させることによって形成された熱硬化樹脂膜等)を製造することができる。以下に示す実験例は、上述の方法で形成されたモスアイ構造を表面に有する光硬化樹脂膜を用いた例であり、上記の項目2~9に記載の特徴を備えている。ただし、特許文献1に記載されているように、複数の凸部の大きさ、高さや、隣接凸部間の距離(規則的に配列されている場合はピッチ)は、これらに限られないと考えられる。なお、モスアイ構造を形成する材料は、有機材料、無機材料のいずれであってもよい。
【0043】
図2Aおよび図2Bを参照して、ドロップ培養法に用いられるモスアイ構造を表面に有する合成高分子膜34Aおよび34Bの構造を説明する。合成高分子膜34Aおよび34Bは、本発明の実施形態による三次元培養構造の例である。
【0044】
図2Aおよび図2Bは、合成高分子膜34Aおよび34Bの模式的な断面図をそれぞれ示す。ここで例示する合成高分子膜34Aおよび34Bは、いずれもベースフィルム42Aおよび42B上にそれぞれ形成されているが、もちろんこれに限られない。合成高分子膜34Aおよび34Bは、任意の物体の表面に直接形成され得る。
【0045】
図2Aに示すフィルム50Aは、ベースフィルム42Aと、ベースフィルム42A上に形成された合成高分子膜34Aとを有している。合成高分子膜34Aは、表面に複数の凸部34Apを有しており、複数の凸部34Apは、モスアイ構造を構成している。合成高分子膜34Aの法線方向から見たとき、凸部34Apの2次元的な大きさDは10nm以上500nm以下の範囲内にある。ここで、凸部34Apの「2次元的な大きさ」とは、表面の法線から見たときの凸部34Apの面積円相当径を指す。例えば、凸部34Apが円錐形の場合、凸部34Apの2次元的な大きさは、円錐の底面の直径に相当する。また、凸部34Apの典型的な隣接間距離Dintは10nm以上1000nm以下である。図2Aに例示するように、凸部34Apが密に配列されており、隣接する凸部34Ap間に間隙が存在しない(例えば、円錐の底面が部分的に重なる)場合には、凸部34Apの2次元的な大きさDは隣接間距離Dintと等しい。凸部34Apの典型的な高さDは、10nm以上500nm以下である。合成高分子膜34Aの厚さtに特に制限はなく、凸部34Apの高さDより大きければよい。
【0046】
図2Aに示した合成高分子膜34Aは、特許文献5~8に記載されている反射防止膜と同様のモスアイ構造を有している。反射防止機能を発現させるためには、表面に平坦な部分がなく、凸部34Apが密に配列されていることが好ましい。また、凸部34Apは、空気側からベースフィルム42A側に向かって、断面積(入射光線に直交する面に平行な断面、例えばベースフィルム42Aの面に平行な断面)が増加する形状、例えば、円錐形であることが好ましい。また、光の干渉を抑制するために、凸部34Apを規則性がないように、好ましくはランダムに、配列することが好ましい。しかしながら、合成高分子膜34Aをドロップ培養に用いる場合には、これらの特徴は必要ではない。例えば、凸部34Apは密に配列される必要はなく、また、規則的に配列されてもよい。D、Dint、Dの上限値および下限値も、可視光の反射を防止する必要がないので、可視光の波長範囲を超えてもよい。
【0047】
図2Bに示すフィルム50Bは、ベースフィルム42Bと、ベースフィルム42B上に形成された合成高分子膜34Bとを有している。合成高分子膜34Bは、表面に複数の凸部34Bpを有しており、複数の凸部34Bpは、モスアイ構造を構成している。フィルム50Bは、合成高分子膜34Bが有する凸部34Bpの構造が、フィルム50Aの合成高分子膜34Aが有する凸部34Apの構造と異なっている。フィルム50Aと共通の特徴については説明を省略することがある。
【0048】
合成高分子膜34Bの法線方向から見たとき、凸部34Bpの2次元的な大きさDは10nm以上500nm以下の範囲内にある。また、凸部34Bpの典型的な隣接間距離Dintは10nm以上1000nm以下であり、かつ、D<Dintである。すなわち、合成高分子膜34Bでは、隣接する凸部34Bpの間に平坦部が存在する。凸部34Bpは、空気側に円錐形の部分を有する円柱状であり、凸部34Bpの典型的な高さDは、10nm以上500nm以下である。また、凸部34Bpは、規則的に配列されていてもよいし、不規則に配列されていてもよい。凸部34Bpが規則的に配列されている場合、Dintは配列の周期をも表すことになる。このことは、当然ながら、合成高分子膜34Aについても同じである。
【0049】
なお、本明細書において、「モスアイ構造」は、図2Aに示した合成高分子膜34Aの凸部34Apの様に、断面積(膜面に平行な断面)が増加する形状の凸部で構成される、優れた反射防止機能を有するナノ表面構造だけなく、図2Bに示した合成高分子膜34Bの凸部34Bpの様に、断面積(膜面に平行な断面)が一定の部分を有する凸部で構成されるナノ表面構造を包含する。凸部の先端は、円錐形である必要は必ずしもない。
【0050】
実施例で例示した固体表面が有する複数の凸部は、略円錐形の先端部を有するが、複数の凸部の形状はこれに限られない。ただし、型を用いて複数の凸部を形成する場合には、離型性の観点から、凸部の先端ほど細い(型の凹部の底に近いほど細い)形状が好ましい。先端が尖っている必要はない。また、凸部の高さ(型の凹部の深さ)が500nmを超えると、離型性が低下する、あるいは、型の製造に時間がかかるなどの不利益がある。
【0051】
合成高分子膜34Aおよび34Bの表面は、必要に応じて、処理されていてもよい。例えば、表面張力(ドロップの接触角)を調整するために、撥水撥油剤や表面処理剤を付与してもよい。撥水撥油剤や表面処理剤の種類によっては、合成高分子膜34Aおよび34Bの表面に薄い高分子膜が形成される。また、合成高分子膜34Aおよび34Bの表面をプラズマなどを用いて改質してもよい。例えば、プラズマ処理によって、合成高分子膜34Aおよび34Bの表面に親油性を付与することができる。
【0052】
図2Aおよび図2Bに例示したようなモスアイ構造を表面に形成するための型(以下、「モスアイ用型」という。)は、モスアイ構造を反転させた、反転されたモスアイ構造を有する。反転されたモスアイ構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナ層をそのまま型として利用すると、モスアイ構造を安価に製造することができる。特に、円筒状のモスアイ用型を用いると、ロール・ツー・ロール方式によりモスアイ構造を効率良く製造することができる。このようなモスアイ用型は、特許文献5~8に記載されている方法で製造することができる。
【0053】
なお、モスアイ用型の製造方法は、上記の方法に限定されない。例えば、干渉露光リソグラフィーや電子線リソグラフィーなどの各種リソグラフィー法、または、グラッシーカーボン基板に酸素イオンビームを照射して構造を形成する方法など、公知のナノ構造を形成する方法を用いることができる。
【0054】
固体表面と細胞との相互作用(あるいは、固体表面の足場としての作用)がスフェロイド形成に与える影響については、細胞種によっても異なるので、今後の研究を待たないとわからない点も多いが、少なくともこれまでの実験結果から、上記の項目2~9に記載の特徴を有する固体表面がドロップ培養法に好適に用いられる。
【0055】
後に示す実験例では、特願2018-041073号(出願日2018年3月7日)およびこれに基づく米国出願16/293,903に記載の合成高分子膜を用いた。参考のために、上記特許出願の開示内容のすべてを本明細書に援用する。なお、上記特許出願に記載されている合成高分子膜は、表面に付着した液滴のpHが変化しないという特徴を有している。具体的には、合成高分子膜の表面に200μLの水を滴下後、5分後の水溶液のpHが6.5以上7.5以下であり得る。光硬化性樹脂を用いて作製された合成高分子膜は、重合開始剤に起因して生成される酸が、表面に付着した水に溶出されることがある。これを防止するためには、重合開始剤として、例えば、エタノン,1-[9-エチル-6-(2-メチルベンゾイル)-9H-カルバゾール-3-イル]-,1-(O-アセチルオキシム)、2-ヒドロキシ-1-{4-[4-(2-ヒドロキシ-2-メチル-プロピオニル)-ベンジル]フェニル}-2-メチル-プロパン-1-オン、および1-[4-(2-ヒドロキシエトキシ)-フェニル]-2-ヒドロキシ-2-メチル-1-プロパン-1-オンからなる群から選択される1以上の重合開始剤を用いればよい。具体的には、IRGACURE OXE02(BASF社)、Omnirad 127(IGM Resins社)、Omnirad 2959(IGM Resins社)を例示することができる。
【0056】
固体表面に付着した液滴のpHの変化が大き過ぎると、細胞の成長速度が低下する、あるいは、スフェロイドの形態が一定しない、スフェロイドの組織再現性が低下するなどのおそれがある。このような観点からも上記特許出願に記載の合成高分子膜は好適に用いられる。
【0057】
図3Aに、ヒト肝がん由来細胞株HepG2をドロップ培養した結果(左)と、平面培養した結果(右)の倒立型位相差顕微鏡を用いて観察した像を示す。また、図3Bに、ドロップ培養法で得られたHepG2のスフェロイドを電子顕微鏡で観察した像を示す。図3Bの左は上面像であり、図3Bの右は側面像である。
【0058】
ドロップ培養は、以下の方法で行った。
【0059】
まず、ヒト肝がん由来細胞株HepG2細胞を、一般的な培養条件であるダルベッコ改変イーグル培地(D-MEM)に最終濃度10%ウシ胎児血清(FBS)を添加した培地(細胞培養液)を用いて、温度37℃、二酸化炭素濃度5%、相対湿度95%の大気条件で、接着細胞培養用シャーレ(例えば、住友ベークライト株式会社製MS-11600)で維持培養を行った。
【0060】
次に、この維持培養を行っていたHepG2細胞を、一般的な細胞剥離液であるトリプシン溶液を用いて培養皿より剥離し、細胞が浮遊した状態における細胞密度を全自動細胞計測機(セルカウンター)で計測し、上記培地に1×10細胞/mLになるように、細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液25μLを計量し、モスアイ構造を表面に有する光硬化樹脂膜の表面に液滴を形成するように付着させた。液滴は、35mmφディッシュ上に貼られたナノ突起フィルム上であれば、6~9個が最適であった。この液滴(25μL)を上記と同じ大気条件(温度37℃、二酸化炭素濃度5%、相対湿度95%)で3日間培養した。液滴はこの大気条件においても、また培地中の浸透圧を調整するために培養液をその半量または全量を交換しても、その形状を維持していた。
【0061】
図3Aの左に示したように、モスアイ構造を有する表面上でドロップ培養を行うと、概ね円形の外周を持ち、且つ、立体的なスフェロイドが形成された。立体的なスフェロイドが形成されていることは、図3Bの電子顕微鏡像からも確認できる。
【0062】
一方、図3Aの右は、一般的な平面培養による結果を示している。図3Aの右には、スフェロイドの形成は認められなかった。なお、一般的な平面培養は、ここでは、以下のようにして行った。
【0063】
一般的な細胞接着表面コート(親水性コート等)を施した培養用シャーレ(例えば、住友ベークライト株式会社製MS-3096又はMS-11350など、試験のための容量に合わせて選択する)に調製された細胞懸濁液を適量(96穴プレートでは100μL、35mmディッシュでは2mL)播種し、細胞が平面状に生育出来るよう培養を行った。
【0064】
図3Cにドロップ培養中の肝がん細胞株HepG2の細胞生存数を求めた結果を示す。ここでは、同一細胞株の生細胞が同量持つエネルギーであることが知られているアデノシン三リン酸(ATP)を測定することで定量した。図3C中の3Dがドロップ培養法、2Dは、一般的な平面培養法の結果を示す。
【0065】
図3Cから分かるように、ドロップ培養法による細胞生存数は、平面培養法による細胞生存数に対し、ほぼ同程度ある。従来の三次元培養法(例えば特許文献1)では、細胞生存数は、平面培養法よりも減少し、平面培養法による細胞生存数の70%~80%が得られれば、高効率に細胞が生存していると言われている。細胞生存数は、細胞密度にも依存するが、典型的な1×10細胞/mLという播種密度においては、ドロップ培養法においては平面培養法とほぼ同等の細胞生存率が得られることが分かった。
【0066】
図3Dに、ドロップ培養法で得られた肝がん細胞HepG2スフェロイドの組織再現性(または「遺伝子発現性」)を評価した結果を示す。図3D中の3Dがドロップ培養法、2Dは、一般的な平面培養法の結果を示す。
【0067】
HepG2細胞においては、平面培養では肝細胞の機能はほとんど維持しないが、三次元培養を行うことで極性に従った細胞の配位が可能となり、特徴的な肝機能の1つである薬剤代謝酵素チトクロームP450の活性(以下、「CYP活性」と略すことがある。)を回復させることが知られており、培養されたスフェロイドの組織再現性を評価する指標の1つとして用いられている。そこで、以下のようにして、P450活性を測定することによって、ドロップ培養法で得られた肝細胞スフェロイドの組織再現性を評価した。
【0068】
ドロップ培養法で得られたスフェロイドを用いて、P450-GloTMLuciferin-IPAキット(プロメガ社製)を用い、インストラクションに従って細胞中の酵素活性を測定した。このとき、比較対象として、HepG2細胞を液滴と同細胞数になるように平面培養を行い、同じ方法でP450活性の測定を行った。平面培養とドロップ培養においては、その細胞生育速度が異なることが予想されたため、細胞当たりの酵素活性の補正値を算出する必要がある。そのため、P450酵素活性の測定時と同条件で、ドロップ培養または平面培養を行った際の生細胞数を測定するため、ATPの定量を、Cell Titer Gloキット(プロメガ社製)を用いて行い、インストラクションに従ってRLU値を測定した。平面培養あるいはドロップ培養を行った際のP450酵素活性をATP値で除し、平面培養の細胞あたり酵素活性値を1とした際のドロップ培養中のHepG2細胞の相対P450酵素活性値を求めグラフにしたものを図3Dに示した。
【0069】
図3Dから分かるように、ドロップ培養法で形成したHepG2スフェロイドでは、CYP活性が3日間の培養で約10倍に上昇しており、形成されたスフェロイドが高い組織再現性を有していると考えられる。
【0070】
上記のことから、固体表面上に液滴(ドロップ)を形成して培養を行うことによって、高い組織再現性を有するスフェロイドを形成できることがわかった。
【0071】
図4A図4B図4C図4Dに、種々の細胞をドロップ培養した結果(左)を平面培養した結果(右)と併せ示す。図4Aは、ヒト胎児腎臓上皮細胞HEK293をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)を示し、図4Bは、マウス脂肪前駆細胞3T3-L1をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)を示し、図4Cは、マウス間葉系幹細胞C3H10t1/2をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)を示し、図4Dは、マウス筋芽細胞C2C12をドロップ培養した結果の光学顕微鏡像(左)と、平面培養した結果の光学顕微鏡像(右)を示す。
【0072】
図4A図4B図4C図4Dの結果から理解されるように、ドロップ培養法によると、スフェロイドの形成が確認されたのに対し、平面培養では、いずれもスフェロイドは形成されなかった。このことから理解されるように、ドロップ培養法は、幅広い細胞種の培養に好適に用いられる。
【0073】
次に、ドロップ培養法に好適に用いられる固体表面を検討した結果を説明する。
【0074】
[合成高分子膜]
組成の異なる紫外線硬化性樹脂を用いて、図2Aに示したフィルム50Aと同様の構造を有する試料フィルムを作製した。各試料フィルムの合成高分子膜34Aを形成する紫外線硬化性樹脂に使用した原材料を表1に示し、紫外線硬化性樹脂A、BおよびCの組成を表2に示す。樹脂A、BおよびCは、それぞれ、フッ素系の撥水撥油剤(撥水添加剤)を混合した。
【0075】
また、モスアイ構造を表面に形成する型は、上記特許文献5~8、上記特願2018-041073号に記載の方法で作製したポーラスアルミナ層を用いた。平坦な「型」としては、厚さが0.7mmの無アルカリガラス(CORNING社製 EAGLE XG)を用いた。
【0076】
また、合成高分子膜34Aを形成する際に、各型に表3に示す離型処理を行った。フッ素系離型剤UD509(ダイキン工業株式会社製、OPTOOL UD509、変性パーフルオロポリエーテル)の濃度を変えた3種類の処理を行った。
【0077】
型および合成高分子膜の表面(ドロップ培養法における固体表面)を特徴付けるパラメータとして、接触角を測定した。表3に型の表面の接触角を示す。固体表面の細胞懸濁液に対する接触角は、固体表面と細胞とが接触する面積(「液滴の底面積」ともいう。)および液滴の形状に影響を与える。細胞種にも依存するが、接触角によって、得られるスフェロイドの形状等が変わる。細胞種に応じて接触角を調整することが好ましい。
【0078】
接触角(静的接触角)の測定は、一般的な、θ/2法(half-angle Method:(θ/2=arctan(h/r)、θ:接触角、r:液滴の半径、h:液滴の高さ))で行った。純水を用いた接触角の測定には、1μLおよびドロップ培養法に用いられる液滴の体積を考慮し、10μLから70μLの液滴を用いた。培地を用いた接触角の測定には、ドロップ培養法に用いられる液滴の体積を考慮し、10μLから70μLの液滴を用いた。接触角は、時間に依存して変化する。したがって、液滴を付着させてから1秒後と、10秒後の接触角を測定した。固体表面を特徴付けるための接触角は、液滴が固体表面に付着してから10秒後の静的接触角をいうことにする。なお、「着滴せず」は接触角が140°以上であることを意味する。また、滑落角の測定には、接触角の測定と同様に、10μLから70μLの液滴を用いた。滑落角とは、液滴が付着した表面を水平方向から傾斜させ、液滴が下方に滑り始めた傾斜角をいう。
【0079】
培地としては、D-MEM(Low Glucose 1.0g/L Glucose)/10%FBSを用いた。なお、培地の種類、濃度による接触角および滑落角への影響はばらつきの範囲内であった。また、培地に細胞を加えることによる接触角への影響もばらつきの範囲内であった。
【0080】
表4に実験に用いた合成高分子膜(比較例1~12、実施例1~12)の作製に用いた型(離型処理の種類)および樹脂組成と、各合成高分子膜の表面の水に対する接触角を測定した結果を示す。接触角は、1μLの純水を用いて測定した。液滴を表面に付着させてから1秒後および10秒後の接触角と、10秒後の接触角から1秒後の接触角を引いた差(Δ)を測定した結果を示す。
【0081】
表4から分かるように、多少のばらつきはあるものの、濃度の高い離型処理剤で処理した型を用いて作製した合成高分子膜程、撥水性が高い。また、平坦な表面とモスアイ構造を有する表面(以下、モスアイ表面という。)とを比較すると、モスアイ表面の方が接触角が大きく、撥水性が高い(ロータス効果)。実施例1、2、3のモスアイ表面は、接触角を測定する際に針先に形成された液滴をモスアイ表面に接触させても、液滴がモスアイ表面に付着せず、針先に残ったため、接触角を測定できなかった。接触角が概ね140°を超えると、このように液滴が、対象の表面に付着しないという現象が起こった。
【0082】
また、接触角の時間変化(Δ)を見ると、実施例10、11を除き、いずれも接触角の時間変化は小さく、安定している。実施例10、11の接触角の時間変化が大きかった理由については、離型剤の濃度が低く、モスアイ表面に撥水撥油剤が均一かつ十分に引き寄せられなかったためと考えられる。硬化性樹脂に含まれる撥水撥油剤は、型の離型処理によってモスアイ表面に引き寄せられるからである。
【0083】
表5、表7、表9、表11に、液滴量(液滴の体積)を変えて、水に対する接触角と、培地に対する接触角とを測定した結果を示す。表5(比較例1-1~12-1、実施例1-1~12-1)は10μLの液滴を用いた結果を示し、表7(比較例1-2~12-2、実施例1-2~12-2)は30μLの液滴を用いた結果を示し、表9(比較例1-3~12-3、実施例1-3~12-3)は50μLの液滴を用いた結果を示し、表11(比較例1-4~12-4、実施例1-4~12-4)は70μLの液滴を用いた結果を示している。
【0084】
接触角は、水および培地のいずれについても、モスアイ表面の方が平坦な表面よりも大きく、撥水性が高い。液滴の体積が大きくなるにつれて、重力の影響を受けて、液滴の形状が扁平になり、接触角が小さくなる傾向が、水および培地について認められる。また、ばらつきはあるものの、濃度の高い離型処理剤で処理した型を用いて作製した合成高分子膜程、撥水性が高い傾向が認められる。
【0085】
滑落角も、液滴の体積が大きくなるにつれて、重力の影響を受けて、小さくなる傾向が、水および培地について認められる。滑落角は、モスアイ表面の方が平坦な表面よりも大きく、モスアイ表面が有する微細な凸部の作用によると考えられる。すなわち、モスアイ表面は、高い撥水性を有しつつ、高い滑落角を維持できることが分かる。
【0086】
それぞれの合成高分子膜の表面を用いて三次元培養を行った結果を表6(比較例1-1~12-1、実施例1-1~12-1)、表8(比較例1-2~12-2、実施例1-2~12-2)、表10(比較例1-3~12-3、実施例1-3~12-3)、表12(比較例1-4~12-4、実施例1-4~12-4)に示す。
【0087】
スフェロイド化の評価は、光学顕微鏡による形態の観察によった。スフェロイド化のレベルを5段階で評価し、レベルの数字が大きい方がスフェロイド化の状態が良い状態(高密度集積)であると判定した。光学顕微鏡による形態観察結果の例を図5A(レベル1)、図5B(レベル2)、図5C(レベル3)、図5D(レベル4)、図5E(レベル5)に示す。表6、8、10および12においては、レベル3以上のスフェロイドが形成されたものを○(良)、レベル2または1のスフェロイドが得られたものを△(可)とし、スフェロイドが認められなかったものを×(不可)とした。図5Aは実施例10-4、図5Bの左は実施例10-3、中央は実施例11-4、右は実施例10-1、図5Cの左は実施例9-2、右は実施例8-4、図5Dは実施例6-2、図5Eの左は実施例3-2、右は実施例1-1のスフェロイドの光学顕微鏡像と、培地の接触角(10秒後)および、接触角の変化(▼はマイナスを示す)を示している。
【0088】
培地交換の作業性は、接触角で評価した。接触角が110°以上を◎(優)、90°以上110°未満を○(良)、90°未満を△(可)とした。ただし、液滴の高さが1mmを下回ると、培地交換の作業性が低下するので、×(不可)とした。ドロップ培養法は、生存性が高いので、細胞種によっては培養期間が長い(数日を超える)場合もある。そうすると、液滴中の培地が蒸発によって減少する。また、液滴中の老廃物が増加する。そのため、液滴に培地を付与する工程や、さらに、培地を付与する前に液滴から培地の一部を吸い取る工程を行うことが好ましい。このような培地を交換する操作をディスペンサ―を用いて効率よく行うためには、液滴の高さは1mm以上であることが好ましい。θ/2法で求められる接触角は、液滴の形状を円の一部と仮定して求められる(θ/2=arctan(h/r)、θ:接触角、r:液滴の半径、h:液滴の高さ)。この関係から、例えば、液滴の体積が70μLのとき、接触角が17°のとき、高さhが1mmとなる(50μLのときは20°、30μLのときは26°、10μLのときは44°で、それぞれ高さhが1mmとなる)。したがって、10秒後の培地の接触角が14.5°と17°未満の実施例10-4だけを×と判定した。
【0089】
ハンドリング性は、作業中に液滴が固体表面に安定に保持され易さを滑落角で評価した。固体表面上の液滴は、固体表面が傾斜する、あるいは、振動すると、移動する(滑るまたは転がる)ことがある。これを防止するためには、培養中に、固体表面を傾斜させない、あるいは、振動させない状態を維持する必要が生じるので、作業性が低下する。例えば、固体表面の培地に対する滑落角を45°以上とすることによって、液滴を固体表面上に比較的安定に保持することができる。ハンドリング性は、滑落角が90°以上を◎(優)、45°以上90°未満を○(良)、10°以上45°未満を△(可)、10°未満を×(不可)とした。
【0090】
表6、8、10、12におけるスフェロイド化の評価結果をみると、平坦な表面を用いた比較例では、いずれもスフェロイドの形成が認められなかったのに対し、モスアイ表面を用いた、すべての実施例でスフェロイドの形成が認められたことがわかる。また、実施例においては、図5A図Eからも分かるように、接触角が大きいほど、良い状態のスフェロイドが得られる傾向が認められる。これは、接触角が大きいほど、液滴の形状が球に近く、液滴の底面で細胞が高密度に集積させるためと考えられる。接触角は、少なくとも17°以上であることが好ましく、90°以上であることがさらに好ましい。接触角は着滴から10秒後の値が上記の条件を満足すればよい。
【0091】
また、実施例11-4(図5B中央)および実施例10-1(図5B右)と、実施例8-4(図5C右)とを比較すると分かるように、接触角の差Δが小さい方が、良い状態のスフェロイドが得られる傾向が認められる。これは、着滴後10秒間での接触角変化量が小さいほど、培養期間中の液滴の形状が維持されやすく(扁平になり難く)、その結果、液滴の形状による細胞の集積効果が、より多く得られたと考えられる。
【0092】
液滴の形成および操作性等の観点から、液滴の体積は10μL以上50μL以下であることが好ましい(表6、8、10参照、特に実施例1~6)。
【0093】
液滴に含まれる細胞の播種密度は、例えば、10細胞/mL以上10細胞/mL以下である。液滴に含まれる細胞の数を正確に制御できる点がドロップ培養法の利点の1つである。細胞の数は、典型的に上記の範囲であるが、細胞種や液滴の体積等に応じて、適宜調整され得る。
【0094】
上述したように、ハンドリング性の観点から、液滴の滑落角は45°以上であることが好ましく、90°以上であることがさらに好ましい。滑落角は着滴から20秒後の値で評価すればよい。
【0095】
【表1】
【0096】
【表2】
【0097】
【表3】
【0098】
【表4】
【0099】
【表5】
【0100】
【表6】
【0101】
【表7】
【0102】
【表8】
【0103】
【表9】
【0104】
【表10】
【0105】
【表11】
【0106】
【表12】
【0107】
上述したように、本発明の実施形態によると、従来の三次元培養法よりも、作業性または量産性に優れた、および/または、組織再現性の高いスフェロイドを得ることができる三次元培養法が提供される。
【0108】
実施例で例示したモスアイ構造を有する表面を備える合成高分子膜の様に、高さが10nm以上1mm以下の複数の凸部を有する固体表面を備える三次元培養構造体は、ドロップ培養法に好適に用いられる。そのような三次元培養構造体は、例えば、シャーレの内側底面に、上記の合成高分子膜を貼り付けることによって得られる。すなわち、三次元培養構造体は、例えばシャーレ等の容器として提供され得る。
【0109】
また、そのような三次元培養構造(例えば容器)を用いてドロップ培養を行うことによって、従来よりも組織再現性の高いスフェロイドを表面に有する三次元培養構造(例えば容器)を製造することができる。このようなスフェロイドを表面に有する三次元培養構造は、創薬や再生医療の研究開発に好適に用いられる。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明の実施形態による三次元細胞培養法は、創薬や再生医療等に広く用いられ得る。
【符号の説明】
【0111】
10S 固体表面
10Sp 凸部
12C 細胞
14M 培地
16D 液滴
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図3C
図3D
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E