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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-13
(45)【発行日】2022-09-22
(54)【発明の名称】機能性薄膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20220914BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20220914BHJP
【FI】
C23C14/34 S
C23C14/08 J
C23C14/08 K
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018126727
(22)【出願日】2018-07-03
(65)【公開番号】P2019014966
(43)【公開日】2019-01-31
【審査請求日】2021-06-14
(31)【優先権主張番号】P 2017131552
(32)【優先日】2017-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100150876
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 裕一郎
(72)【発明者】
【氏名】清水 徹英
(72)【発明者】
【氏名】小宮 英敏
(72)【発明者】
【氏名】寺西 義一
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-056529(JP,A)
【文献】特表2009-541579(JP,A)
【文献】特開2010-142932(JP,A)
【文献】国際公開第99/27151(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
C23C 14/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲット物質に反応性ガス中でパルスを印加するパルススパッタ製膜により、上記反応性ガスに起因する化合物が膜の厚さ方向に向けて異なる存在比で存在する機能性薄膜を製造する機能性薄膜の製造方法であって、
上記ターゲット物質及び皮膜形成対象を所定位置に配置する配置工程と
パルススパッタに際してパルス周波数を変動させてターゲットピーク電流値を制御する制御工程を具備する製造方法。
【請求項2】
上記制御工程において、上記反応性ガスは、流量0.01~10sccmで投入され、上記パルス周波数は、10~4000Hzの範囲内である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
上記機能性薄膜がステント用である請求項1記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性薄膜及びその製造方法に関し、更に詳細には、機能性薄膜の組成の制御が可能な機能性薄膜の製造方法、並びに組成が制御され、膜の厚さ方向において構成成分の組成比が異なる機能性薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機能性薄膜は種々分野で応用されており、更なる性能向上が求められている分野である。中でもスパッタリングにより形成される金属酸化物系の薄膜は広い用途で活用されている。その一つの分野が医療分野である。
近年、日本では急速な高齢社会が進んでおり、高齢者の増加にともない、生体機能の衰えによって生じるさまざまな障害を除去するための医療技術が発展している。それにともない、医療部材の開発が進んでおり、体内に埋め込まれる医療部材も多く提案されている。たとえば、ステントと言われる動脈硬化などで詰まった血管を拡張させるための血管拡張用の部材が広く用いられている。
一般に、治療のために体内に入れられた医療部材は、治療が終わった後、速やかに除去する必要があるが、この除去するための再手術は患者にとって肉体的・精神的・経済的な負担となっている。ステントにおいても除去のための再手術が不要で、生体内で分解され、その分解生成物が代謝・排泄されるものが提案されている。
しかしながら、従来提案されている、体内で分解される血管拡張用のステントは以下の欠点がある。
(1)施行後における、生体吸収速度が早すぎて、十分にステントの効果を発現できていない(吸収速度の制御が出来ていない)
(2)生体吸収速度を制御する保護膜を設けることで上記の問題を解消することも提案されているが、この保護膜の組成(酸化物割合など)の制御が難しい。
そこで、生体吸収速度を制御するためのことができる保護膜(機能性薄膜)の組成(酸化物割合など)の制御が必要とされている。
このように機能性薄膜における組成の制御の重要性が認識されており、その点の技術開発が進められている。
【0003】
たとえば、特許文献1には、PVDプロセスにより、コスト効果良くコーティング可能な、ピストンリングの潤滑等の境界潤滑状態における高温で動作する堆積物のコーティングとして、処理チャンバ内の高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)放電によって発生したW,MoおよびCイオンが加速されてワークピース表面を同時に衝撃する前処理後、WおよびMoの少なくとも1つの金属を、HIPIMSスパッタリングによって、20~1000nmの範囲の厚さで金属および/または窒化金属の推移層、さらに推移層上にHIPIMSスパッタリングにより、金属が5~20原子%ドープされたCコーティングを含む堆積物のコーティングが提案されている。
特許文献2には、高い耐引掻性以外に、摩耗及び研磨負荷に対して並びに環境ストレス対して高められた耐性を示す膜として、少なくとも1つの高屈折率の透明な硬質物質層を有し、前記硬質物質層は、結晶性窒化アルミニウムを含み、前記窒化アルミニウムは、六方対称の主たる優先配向を示す六方晶結晶構造を有する、 スパッタリング法としてHiPIMSを用いた膜が提案されている。
【0004】
特許文献3には、特性が向上した被覆物を得るため、ターゲットがスパッタされるように電力がカソードに供給され、第一カソードに供給する電力は、第一ピーク電流密度を有する高出力インパルスマグネトロンスパッタリングによるパルス電力であり、第二カソードに供給される電力は、第一ピーク電流密度より低い第二ピーク電流密度とする、膜形成用の装置が提案されている。
特許文献4には、関節をなす補綴物の性能を向上してなる人工関節材として、材料へのイオン注入処理に際して、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HiPIMS)処理を用いた人工関節材が提案されている。
【0005】
特許文献5には、内燃機関及び/又は圧縮機の摺動するエレメントであって、摩擦を受け且つHIPIMSプロセスによる窒化硬質セラミックコーティングを受ける、エレメントが提案されている。
特許文献6には、ピストンリングの少なくとも内側面の一部を被覆するための方法において、リングは内側面の少なくとも一部に形成された皮膜を有し、その皮膜は、HIPIMSを用いて付与されたPVD皮膜および/またはDLC皮膜である、ピストンリングが提案されている。
【0006】
特許文献7には、長期にわたって硬質皮膜の安定した低摩擦特性を保つ手法として、硼素と炭素とを含む硬質皮膜を基材上に設けるに際して、前記硬質皮膜は非平衡マグネトロンスパッタ法または高出力パルススパッタ法の少なくとも一方を用いて作製され、珪素、クロム、チタン、タングステンの少なくとも1種の元素を含むターゲットと、炭化硼素ターゲットとを用いる手法が提案されている。
特許文献8には、金属酸化物、窒化物、若しくは炭化物、又はそれらの混合物の被膜を形成する方法として、これによれば、アルゴンと反応性ガスとの混合ガス(5、6)中で、200Wcm-2より大きいピークパルス電力で、一個以上のターゲット(3)における高電力インパルス・マグネトロン・スパッタリングHIPIMS放電を操作することにより、成膜速度が向上すると共に反応性ガス分圧フィードバックシステムの必要性が除去される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016‐027197号公報
【文献】特開2015‐199662号公報
【文献】特表2015‐501371号公報
【文献】特表2015‐501163号公報
【文献】特表2014‐523476号公報
【文献】特表2013‐529249号公報
【文献】特開2013‐194317号公報
【文献】特表2010‐529295号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1~8の提案では、未だに、薄膜の組成を制御することができず、所望の組成比の薄膜を得ることはできていない。
要するに、薄膜の構成成分の組成比をコントロールして、例えばステントの保護膜として用いた場合に体内でのステントの溶解性をコントールする等目的に応じた組成で薄膜を形成できる薄膜の形成方法の開発が要望されているのが現状である。
【0009】
したがって、本発明の目的は、機能性薄膜の組成の制御が可能な機能性薄膜の製造方法、並びに組成が制御され、膜の厚さ方向において構成成分の組成比が異なる機能性薄膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解消すべく鋭意検討した結果、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(High Power Impulse Magnetron Sputtering、以下「HIPIMS」)に着目し、反応ガス中での反応性スパッタで、パルス周波数を変化させることで、ターゲットピーク電流値を可変制御し、従来では不可能であった、膜中での化合物(酸化物や窒化物)の存在割合を可変することができることを知見し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の各発明を提供するものである。
1.ターゲット物質に反応性ガス中でパルスを印加することによるパルススパッタ製膜によって形成される機能性薄膜であって、
膜中における上記反応性ガスに起因する化合物が膜の所定方向に向けて異なる存在比で存在する機能性薄膜。
2.上記所定方向が膜厚方向又は膜厚方向に対して垂直な方向である1記載の機能性薄膜。
3.ターゲット物質に反応性ガス中でパルスを印加するパルススパッタ製膜による機能性薄膜の製造方法であって、
上記合金ターゲット及び皮膜形成対象を所定位置に配置する配置工程と
パルススパッタに際してパルス周波数を変動させてターゲットピーク電流値を制御する制御工程を具備する
製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の機能性薄膜は、組成が制御され、膜の厚さ方向において構成成分の組成比が異なるものである。
また、本発明の機能性薄膜の製造方法によれば、機能性薄膜の組成の制御が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明において用いられるパルススパッタリング装置を示す概略図である。
図2図2は、図1に示すパルススパッタリング装置の要部を示す概略図である。
図3図3は、図1に示す装置における反応性ガス流量とターゲットに流れるピーク電流値との関係を示すグラフである。
図4図4は、実施例1-3におけるターゲットピーク電流と薄膜中の酸化物濃度との関係を示すグラフである。
図5図5(a)~(d)は、それぞれ実施例で得られた機能性薄膜に対して試験例の試験を行った後の薄膜表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(図面代用写真)である。
図6図6(a)~(c)は、それぞれ図5(a)~(c)の拡大写真(図面代用写真)である。
図7図7(a)~(c)は、それぞれ実施例で得られた機能性薄膜に対して試験例の試験を行った後の薄膜表面の表面粗さを示すレーザー顕微鏡写真(図面代用写真)である。
図8図8は、試験例に示す試験を行った結果を示すグラフである。
図9図9は、実施例4におけるピーク電流値と酸素流量との関係を示すグラフ(制御をしていない場合の酸素流量の変化に伴うピーク電流値の変化を表すグラフ)である。
図10図10は、実施例4におけるパルス周波数制御行った際のターゲットピーク電流と薄膜中の酸化物濃度との関係を示すグラフである。
図11図11は、実施例1-3における反応性ガス流量を変化させたときのピーク電流値の変化を示すグラフである。
図12図12は、実施例1-3におけるX線回折ピーク測定の結果を示すグラフである。
図13図13は、実施例4におけるパルス周波数とピーク電流値との関係を示すチャートである。
図14図14(a)は、実施例4における薄膜の形成速度との関係を示すグラフであり、(b)は酸素流量と薄膜中の酸素濃度との関係を示すグラフである。
図15】実施例5におけるパルス周波数とピーク電流値との関係を示すグラフである。
図16】(a)は実施例5で得られたSi基板上のAl薄膜の断面SEM写真(図面代用写真)であり、(b)は厚さにおける酸素含有量(原子%)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の機能性薄膜(以下、単に「薄膜」という場合もある)は、ターゲット物質に反応性ガス中でパルスを印加することによるパルススパッタ製膜によって形成される機能性薄膜であって、膜中における上記反応性ガスに起因する化合物が膜の厚さ方向に向けて異なる存在比で存在することを特徴とする。
以下さらに詳述する。
〔ターゲット物質〕
本発明の機能性薄膜の原料として用いられるターゲット物質は、反応性ガスと反応して本発明の機能性薄膜の構成成分の原料成分となる物質であり、Mg、B、C、Al、Si、Zn、Ga、Mo、Ti、V、 Cr、Zr、Hf、Ta、W等の金属;TiAl合金、AlCr、BC、InSn、等の合金等を挙げることができる。なお、これらの金属や合金は純度が高い方が好ましく、特に好ましくは純度99%以上の高純度(pure)なものを用いるのが好ましい。
〔反応性ガス〕
上記反応性ガスは、上記ターゲット物質と反応して本発明の機能性薄膜の構成成分を形成する原材料となるものであり、具体的には、酸素、窒素、炭化水素 等を挙げることができる。
〔上記反応性ガスに起因する化合物〕
上記反応性ガスに起因する化合物は、上記ターゲット物質と上記反応性ガスとが反応してなる化合物であり、具体的には、MgO、TiO、WO、WO、W、HfO等を挙げることができる。
【0014】
〔組成〕
原子組成の具体例としては、ターゲット物質として何を用いるかで異なるが、例えば以下の組成などを挙げることができる。
ターゲット物質としてMgを用いた場合;MgO、Mg等:
ターゲット物質としてTiを用いた場合;TiO、Ti等:
ターゲット物質としてWを用いた場合;WO、WO、W、W等:
ターゲット物質としてHfを用いた場合;HfO、Hf等:
なお、組成比は後述する製造方法で制御することが可能であり、また本発明においては膜の厚み方向で組成比を調節している。この点については後述する。
【0015】
本発明の機能性薄膜は、所定のターゲットに対してパルスを照射することによるパルススパッタ製膜してなる膜であり、膜の厚みが 10nm~ 1mmであるのが好ましく、 10nm~ 0.1mmであるのがさらに好ましく、より好ましくは10nm~50μmである。
また、本発明の機能性薄膜は、通常何らかの物体(被膜形成対象)の上に形成されるものであり、該被膜形成対象としては、各種の金属材、シリコンウェファー、各種セラミックス、樹脂成形物等を挙げることができる。特に本発明の機能性薄膜をステントに応用する場合には、ステント用の金属材(Mg等)を用いることができる。
【0016】
〔膜の厚さ方向に向けて異なる存在比〕
本発明の機能性薄膜は、所定方向に向けて上記化合物の存在比が異なる。このように「上記化合物の存在比が異なる」態様としては、上記化合物の濃度が順次変動するように濃度勾配が設けられている態様、上記化合物の濃度が異なる層が複数設けられている態様等が挙げられる。
ここで、上記「所定方向」とは、好ましくは膜厚方向又は膜厚方向に対して垂直な方向(いわゆる平面方向、以下この方向を「面内方向」という)である。
具体的には、上記化合物の濃度が順次変動するように濃度勾配が設けられている態様としては、上記化合物の存在比(厚さ1000nmの領域においてこの領域の全成分合計量100重量部に対しての上記化合物の存在重量部)が、順次増加又は減少するよう設定された態様とすることができる。
また上記化合物の濃度が異なる層が複数設けられている態様としては、上記化合物の存在比(厚さ1000 nmの領域においてこの領域の全成分合計量100重量部に対しての上記化合物の存在重量部)が、 10%の層(厚さ0~400nm)と、 20%の層(厚さ400~800nm)と 50%の層(厚さ800~1000nm)とを設ける態様等が挙げられる。なお、この態様において層の数は2~10の範囲とする等任意であり、存在比の差も 0~50% の範囲で任意に調節することができる。
また、上記存在比は、以下の方法により分析することができる。
SEM-EDX(エネルギー分散型X線分析)によるラインプロファイルを取得し、走査型電子顕微鏡により取得した膜断面画像のスキャンにより、組成の変化をラインプロファイルで取得する測定方法。
より最表面の濃度を測定する場合:XPS(X線光電子分光法)により、表面をスパッタリングしながら組成分析を行う測定方法。
【0017】
本発明の機能性薄膜は、その表面粗さ(Rq)が、特に制限されないが、2~100nmであるのが好ましく、2~50nmであるのがさらに好ましく、最も好ましくは2~25nmである。なお、本明細書において表面粗さは二乗平均平方根粗さ(Rq)を意味する。なお、表面粗さ(Rq)は、上記化合物の存在比によっても変動するものである。
通常の金属結晶においては、結晶粒の成長が著しく大きな結晶となるのに起因して、表面粗さが大きくなる傾向があるが、本発明の機能性薄膜においては、例えばMgOの結晶(存在比50モル%)においては、HiPIMS法に乗じて緻密な膜が得られ、表面粗さが小さいものであった。その中間の存在比では、非晶質な構造が形成され、表面粗さは比較的小さいものであった。
【0018】
また、本発明の機能性薄膜は、以下の条件で溶解液に浸漬させて溶解性を確認することができる(実施例においては以下の条件で確認した)。
溶解液:NaCl水溶液
浸漬条件:72時間
【0019】
(製造方法)
以下、本発明の機能性薄膜の製造方法について説明する。
本発明の機能性薄膜の製造方法は、ターゲット物質に反応性ガス中でパルスを印加してパルススパッタ製膜(以下、この成膜法を「HIPIMS法」という)する機能性薄膜の製造方法であって、
チャンバー内に不活性ガスを投入させた状態で上記合金ターゲット及び皮膜形成対象を所定位置に配置する配置工程と
パルススパッタ製膜に際してパルス周波数を変動させてしてターゲットピーク電流値を制御する制御工程を行うことにより実施できる。
なお、この製造方法は、上述の本発明の機能性薄膜の好ましい製造方法であるが、上述の本発明の機能性薄膜に制限されず、同種の薄膜の製造方法として応用することが可能である。
以下、更に詳述する。
【0020】
HIPIMS法は、図1に示すパルススパッタ装置を用いることにより行うことができる。
すなわち、図1に示すパルススパッタ装置1は、真空チャンバー10と電源ユニット20(本実施形態においてはDC電源ユニットである)と、電源ユニットと真空チャンバー10とをつなぐ配線30に設けられたキャパシティー32及びスイッチ31とからなる。また真空チャンバー上にはターゲット物質を配置するマグネトロン11が配置されており、スイッチ31をONにするとこのマグネトロンに電流が流れるように構成されている。なお真空チャンバーは、通常のこの種のスパッタに用いられるチャンバーと同様に内部のガス置換が行えるようになっていると共にスパッタ対象物を載置する載置台が配されている。
このような装置としてはHIPIMS 用パルス電源システムIonautics社、商品名「HiPSTER1」等の市販品を用いることもできる。
HIPIMS法は、スパッタリング法の低温成膜が可能な特長を維持しつつ、高密度プラズマによりイオン化率を向上し,高い密着性や付き回り性を実現する成膜法であり、直流電源装置によりコンデンサーに充電を行い、溜めた電荷を一気に電極となるターゲット材に流し、瞬間的に「大電力」をかけることで,高密度のプラズマを形成し,ターゲット材のイオン化率を向上させる方法である。
本実施形態の装置の要部である、真空チャンバー10についてさらに説明すると、真空チャンバー10は、その内部においてターゲット物質13を配置するマグネトロン11が上部に、下部に皮膜形成対象である基板15が配置されている。両者は所定間隔を空けて配置されているが、この所定間隔は通常この種のスパッタリングを行う際に採用される距離を特に制限なく採用することができる。
また、真空チャンバー10には、不活性ガス(本実施形態ではアルゴン)投入口17、反応性ガス投入口18が設けられている。また、真空チャンバー10は、密閉可能となされており、図示しない吸引ポンプに連結されており、内部を真空状態にすることが可能となされている。
【0021】
〔配置工程〕
上記配置工程は、上記装置における真空チャンバー内にターゲット物質及び基板皮膜形成対象を所定位置、例えば図2に示す位置に配置する工程である。この際、まず、ターゲット物質と基板とを所定位置に配置した状態で、真空チャンバーを密閉し、内部の空気を抜いて真空状態とした後、内部に不活性ガスを投入した状態とするのが好ましい。
この際、まず真空状態とする際の真空度は、1×10-4 ~1×10-3Paとするのが好ましく、また、不活性ガスの投入は上述の真空状態にした後、 0.1 ~ 10Paになるまで不活性ガスを投入することにより行うのが好ましい。
【0022】
〔制御工程〕
制御工程は、パルススパッタ製膜に際してパルス周波数を制御してターゲットピーク電流値を制御することにより、膜の組成を精密に調節する工程である。
また、この工程では、パルススパッタ製膜を行う。パルススパッタ製膜は、上述の配置工程終了後の、ターゲット物質と基板とを配置し、且つ所定の不活性ガス雰囲気とした、真空チャンバー10内を所定のパルス幅にて、且つ反応性ガスを投入しながらマグネトロン11に電流を印加して成膜を行うことにより行う。
ここで用いられる上記ターゲット物質及び上記被膜形成対象(基板)はそれぞれ上述した通りである。
【0023】
そして本発明の製造方法においては、パルス幅は、on-time=1000μs以下の範囲で調節する。このようにパルス幅を調節することにより、より平滑性に優れ、硬度の高い機能性薄膜を得ることができる。尚on-timeとは電流印加時間である。また、パルス幅を1000μs以下とした場合、マグネトロン11に係る電流密度は0.1A/cm2以上となり、例えば、100μsにおいては0.8A/cm2、50μsにおいては0.45A/cm2である。パルス幅を1000μs以下にすることは、換言すると、印加する電流密度を0.1A/cm2以上、好ましくは0.5A/cm2以上(2A/cm程度印加することも可能)にする、ということも可能である。
また、反応性ガスは、電圧を印加しつつ投入するが反応に使用される量も考慮して、真空チャンバー中に反応性ガスを投入する。反応性ガスの存在量は不活性ガス100体積部に対して、 1~ 3体積部とするのが好ましく、この範囲内を維持するように反応性ガスを投入する。
また、パルススパッタ製膜を行う際の、真空チャンバー内部の圧力は、0.1~10Paとするのが好ましく、またアルゴン流量は30~100sccm、反応性ガス流量は0.01~10sccmとするのが好ましい。また、ターゲット物質と基板との距離は本実施形態の装置においては30~150mmとするのが好ましく、ターゲット印加電圧は-1000~-300V、パルス幅は10~1000μsとするのが好ましい。
そして、本発明においては、パルススパッタ製膜に際してパルス周波数を制御してターゲットピーク電流値を調整する。ここでターゲット物質のサイズ、印加する出力、及び流すガス流量によって、電流値の範囲は大きく変化する。ターゲットピーク電流値とは、ターゲット物質に印加される電流の最大量(瞬間的に最高値をとる場合には当該最高値)を意味する。パルス周波数は、ターゲット材料と設定するピーク電流値に応じて任意であるが、10~4000Hzの範囲内とするのが所望のピーク電流値に調節する観点から好ましく、100~1500の範囲内とするのがさらに好ましい。そして、例えば、3インチのMgターゲットにパルス幅50μs, 周波数200Hzで電圧を540V印加し場合には周波数を200Hz ~240Hzに制御することで、ピーク電流値を24A~33Aに制御することが可能であった。
即ち、パルス周波数を低くするとターゲットピーク電流値は高くなり、パルス周波数を高くするとターゲットピーク電流値が低くなる更性質を利用すると、従来、相互に関連性がないと考えられていた反応性ガスの分圧(体積量を含む)が変動する場合がある他、なによりも膜の組成を調節することが可能であることを本発明者らは知見した。通常は反応性ガスの投入量によって、反応性ガスの分圧を変動させ、膜内の組成を制御するが、本発明においては、パルス周波数によるピーク電流値の制御で、反応性ガスの分圧を変動させることができ、薄膜中の組成を制御することができる。
所望の組成になるピーク電流値になるようにPID制御によってパルス周波数を制御することで、ターゲット電流量の制御や反応性ガスの制御など調整の困難な制御を行うことなく、所望の組成を有する薄膜を得ることができる。ゆえにパルス周波数は一意的に決まるものではなく、成膜中も時々刻々変化させることが可能なものであり、種々要因を総合的に勘案して決定されるものである。
【0024】
上述の配置工程及び制御工程を行うことで薄膜を構成する化合物の組成を適宜所望の組成比に調整することができる。また、適宜パルス周波数を変更することで薄膜の膜厚方向に向けて反応性ガスに起因する化合物の存在比が制御された薄膜(本発明の機能性薄膜)を得ることができる。
【実施例
【0025】
以下、本発明について実施例及び比較例を示してさらに具体的に説明するが本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
【0026】
〔実施例1〕
pureMgをターゲット物質として用い、図1に示す装置にこのターゲット物質を配置し、また被膜形成対象として シリコン基板を、両者の間隔を95mmとして配置した。真空チャンバー10内を真空状態とした後、アルゴンガスを56.7sccmの流量で注入してアルゴンガス雰囲気とした(配置工程)。ついで、アルゴンガス雰囲気下、反応性ガスとして酸素ガスを、流量0.1~1.5sccmの範囲で調整しつつ注入し、HIPIMS法により、機能性薄膜を形成した。
この際、真空チャンバー内の圧力は0.5Paとなるように調整すると共に、ターゲット電圧 -540V、パルス幅 50μsとした。また、パルス周波数は10~1500Hzの間で適宜調整し、所望の組成が得られる酸素濃度となる(酸素濃度が変動する)パルス周波数はPID制御(フィードバック制御)によって自動的に決定した。このピーク電流値と酸素濃度との関係は、反応性ガス流量を変化させたときのピーク電流値の変化(図11参照)にもとづいて、算出した。得られた機能性薄膜の表面粗さ(Rq(Rms)=二乗平均粗さ)を、原子間力顕微鏡(AFM)ブルカー製商品名「Icon」を用い、測定範囲1μm×1μmにて、この「Icon」における「粗さ測定」により測定した。また、組成は、SEM-EDX(エネルギー分散型X線分析)Keyence社製「VE9800」走査型電子顕微鏡(SEM)付属のOxford Instrument Plc社製、EDX検出器INCA-E250XTK,)を用いて測定した。
薄膜の表面粗さ(Rq)は 4.00nmであった。なお、本実施例においては、薄膜における酸素濃度(すなわち、ターゲット金属の酸化物)の生成量を、パルス周波数を変動させてピーク電流値の制御により調整できることを確認するため、薄膜ごとに所望の酸素濃度となるようにパルス周波数を変動させた。よって、本実施例で得られる薄膜においては、膜厚方向などにおける酸素濃度の変動はほとんどない。
また、得られた機能性薄膜について上述のSEM-EDS(EDX)を用い、組成を測定した結果を図4に示す。その結果、MgOの存在が確認され、薄膜全体におけるMgが約 49原子%、Oが約51原子%であった。また、別にX線回折ピーク測定を行った。その結果を図12に示す。なお、図12における薄膜中の酸素濃度の記載は、図12に記載のピーク電流値で形成された膜の一部分(層)における酸素濃度であり、例えば24Aとあるのはピーク電流値24Aで形成された部分の酸素濃度を示す 。この結果、MgとMgOのピークしか確認できないことから、それ以外の組成状態で結晶材料の生成はできていないことがわかる。このことからパルス周波数を制御することにより酸素濃度を調節することが可能であることがわかる。
【0027】
〔実施例2及び3〕
酸素ガスに起因する化合物の存在比を薄膜中の酸素濃度で40重量%(実施例2)、30重量%(実施例3)となるようにパルス周波数を調整した以外は実施例1と同様にして機能性薄膜を得た。
得られた薄膜の表面粗さはそれぞれ実施例2が Rq)は 10.3nm、実施例3がRq)は 10.9nmであった。
〔試験例〕
実施例1~3で得られた各薄膜について以下の疑似体液NaCl溶液に 72時間浸漬した。浸漬終了後機能性薄膜を取り出し、表面をSEM(商品名「VE9800」キーエンス社製)により観察した。また、レーザー顕微鏡(商品名「OLS3000」オリンパス社製)により表面粗さを測定した。
その結果を図5~8に示す。
【0028】
(考察)
まず、本発明の製造方法により反応性ガスに起因する化合物の生成量を調整して、薄膜の組成を制御できるメカニズムについて説明する。
一般に膜組成を変えるためには、従来はガス流量を変えることが行われてきた。しかし、この従来の方法では、以下の欠点があった。
(1)ターゲット自体も反応(酸化)し、スパッタレート等が変化する。
(2)成膜中でのガス量を増減するとチャンバー内のガス分圧にヒステリシスが生じる。
(3)ガス分圧が安定しないため、正確な成膜の組成制御ができない。
スパッタリングにおいては、反応性ガス流量とターゲットを流れるピーク電流値との関係に図3に示すような関係性があり、図3に示す遷移領域にてスパッタリングを行うことが高品位に且つ高成膜レートで成膜を行う観点で好ましい。
本発明のようにパルス周波数を変動させることで薄膜中の酸素濃度が変動するのは、以下のメカニズムによる。
パルス周波数を増加させることで、単位時間あたりにスパッタされるターゲット金属粒子がより増大するため、導入した反応性ガスがスパッタされた金属粒子との反応に寄与するので、真空チャンバー内の反応性ガスの分圧が低下する。一方で、パルス周波数を低下させることで、単位時間あたりにスパッタされる金属粒子数が低下するため、真空チャンバー内に残留する反応性ガスが相対的に増加し、反応性ガスの分圧が上昇する。
ここで反応性スパッタリングでは、反応性ガスの分圧の上昇に伴ってターゲットに衝突する反応性ガスイオンによるイオン電流が上昇するため、反応性ガス分圧の上昇、すなわちパルス周波数を低下させることによりターゲット電流値を上昇させることができる。一方反応性ガスの分圧の低下に伴ってターゲットに衝突する反応性ガスイオンによるイオン電流が低減するため、反応性ガス分圧の低下、すなわちパルス周波数を増加させることによりターゲット電流値が低下する。当該傾向を利用することで、ターゲット電流値によって反応性ガス分圧の状態がモニタリング可能となる。また、この傾向を利用することで、ターゲット電流値をパルス周波数の制御により一意的に維持して、真空チャンバー内の反応性ガスの分圧を制御し、薄膜形成に寄与する反応性ガス量を可変できる。このように反応性ガス量を変動させることにより、この反応性ガスに起因する薄膜中の酸素濃度が変動することになるのだと考えられる。
図5~7に示すように、酸素濃度の差により薄膜の体液への溶解性が違っているのがわかる。具体的には、薄膜中の酸素濃度が低いと、即ち酸化物の存在比が低いと浸漬後に表面粗さが向上しており、溶解性が上がっているのがわかる。また、図8に示すように、浸漬後、酸化物の存在比が多い薄膜は、表面粗さが低く、浸漬後の生体吸収性を防ぐことがわかる。このように本発明の製造方法により得た薄膜は、膜の組成で酸化物の存在比を制御でき、生体内での吸収速度を制御することが可能である。
さらに後述する実施例5の薄膜のように、酸素濃度の膜厚方向での傾斜が実現されている薄膜(すなわち、本発明の機能性薄膜)を構成することが可能であるので、生体吸収性速度が1枚の薄膜で徐々に早くなるように設計できるため、ステントの保護膜に応用した場合、所望の期間ステントを生体に吸収させずに存在させることが可能となる。
【0029】
〔実施例4〕
Mgに代えてTiを用い、酸素流量を図9に示すように増減させつつ、図9に示すピーク電流値となるようにパルス周波数を変動させた以外は実施例1と同様にして薄膜を得た。得られた薄膜について実施例1と同様にして組成を確認した。得られた薄膜について、ピーク電流値が75A、80A、85Aの場合の薄膜中の酸素濃度を図10に示す。図10に示す結果から明らかなようにTiOが所望の組成比で生成しているのがわかる。
また、図13に示すように、パルス周波数とピーク電流値との関係を確認した。この確認は、ターゲット物質としてTiを用い、実施例4の条件にて酸素流量を変動させつつ、パルス周波数のフィードバック制御を実施することで行った。その結果、酸素ガス流量の変動に伴わずにピーク電流値を一定に維持できることを確認した。すなわち、図13に示す結果から明らかなように、ピーク電流値は、酸素ガス流量に関わらず、パルス周波数の制御によって一意的に安定化できることがわかる。
また、薄膜形成の速度と酸素流量との関係を図14(a)に示す。図14(a)には比較対象としてピーク電流値を一定にして制御しない場合を示す。 図14(a)に示す結果から明らかなように、本発明の製造方法のようにピーク電流値を制御したほうが薄膜の形成速度が早く、より効率性に優れた製造方法であることがわかる。また、図14(b)に所望の酸素濃度(約70原子%)となるようにピーク電流地を制御した場合の酸素流量との関係を、ピーク電流値を制御しない比較対象とともに示す。図14(b)に示す結果から、ピーク電流値を制御することで酸素流量に関係なく薄膜中の酸素濃度を制御できることがわかる。

〔実施例5〕
Mgに代えてAlを用い、図15に示す条件でパルス周波数を変動させた以外は、実施例1と同様にして、パルス周波数を変動させ、ピーク電流値を制御することで、薄膜中の酸素濃度を薄膜の厚み方向において徐々に変動するように制御した。この際のパルス周波数とピーク電流値との関係を図15に、得られたSi基板上のAl薄膜の断面SEM写真を図16(a)に、厚みに対応した酸素含有量(原子%)を図16(b)に示す。なお、図16において(a)のA~Eと(b)のA~Eとはそれぞれ対応している。
図16に示すように、本実施例で得られた薄膜は、薄膜の厚み方向に向けて酸素濃度が変動している、本発明の機能性薄膜であることがわかる。
このように、パルス周波数を変動させることでピーク電流値を制御でき、それによって薄膜中の酸素濃度を変動させることが可能であり、酸素濃度が厚み方向等の所定の方向に向けて変動した本発明の機能性薄膜が得られることがわかる。


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
図11
図12
図13
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図15
図16