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特許7141360無段変速機および無段変速機の異常診断方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-13
(45)【発行日】2022-09-22
(54)【発明の名称】無段変速機および無段変速機の異常診断方法
(51)【国際特許分類】
   F16H 61/12 20100101AFI20220914BHJP
   F16H 61/662 20060101ALI20220914BHJP
【FI】
F16H61/12
F16H61/662
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019070605
(22)【出願日】2019-04-02
(65)【公開番号】P2020169670
(43)【公開日】2020-10-15
【審査請求日】2021-12-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000231350
【氏名又は名称】ジヤトコ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金山 義輝
【審査官】糟谷 瑛
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-177943(JP,A)
【文献】国際公開第2016/059959(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 59/00
F16H 61/00
F16H 63/00
F16H 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載される無段変速機であって、
プライマリプーリと、
セカンダリプーリと、
前記プライマリプーリおよび前記セカンダリプーリに掛け渡されたベルトと、
コントローラと、
を含んで構成され、
前記コントローラは、
前記プライマリプーリまたは前記セカンダリプーリのプーリ油室にかかる圧力をプーリ油圧として検出する油圧検出部と、
前記プーリ油圧に所定の大きさの振動が生じた場合に、前記ベルトにその張力の低下を伴う異常が生じたものと診断する異常診断部と、
前記異常診断部による診断の結果に応じた制御信号を出力する信号出力部と、
を備える、無段変速機。
【請求項2】
前記ベルトは、
リングと、
前記リングにより結束された複数のエレメントと、
を備え、
前記リングは、複数のリング部材を積層して構成された積層リングであり、
前記異常診断部は、前記ベルトの異常として、前記複数のリング部材のうち、前記ベルトの径方向に関して最も内周側に備わるリング部材の破断による異常を診断する、
請求項1に記載の無段変速機。
【請求項3】
前記ベルトは、
リングと、
前記リングにより結束された複数のエレメントと、
を備え、
前記エレメントは、前記ベルトの径方向に開口する受容部を夫々有し、前記受容部に前記リングを受ける、
請求項1または2に記載の無段変速機。
【請求項4】
駆動源としてエンジンを備える車両に搭載される、請求項1~3のいずれか一項に記載の無段変速機であって、
前記信号出力部は、前記異常診断部により前記ベルトの異常が診断された場合に、前記エンジンのトルクを低減させる前記制御信号を出力する、
無段変速機。
【請求項5】
前記信号出力部は、前記異常診断部により前記ベルトの異常が診断された場合に、前記プライマリプーリまたは前記セカンダリプーリのうち、前記プーリ油圧に前記所定の大きさの振動が生じたプーリにおける前記ベルトの巻付径を、前記異常の診断前よりも増大させる前記制御信号を出力する、
請求項1~3のいずれか一項に記載の無段変速機。
【請求項6】
プライマリプーリとセカンダリプーリとの間でベルトを介して動力を伝達させる無段変速機において、前記ベルトの異常を診断する、無段変速機の異常診断方法であって、
前記プライマリプーリまたは前記セカンダリプーリのプーリ油室にかかる圧力をプーリ油圧として検出し、
前記プーリ油圧に所定の大きさの振動が生じた場合に、前記ベルトにその張力の低下を伴う異常が生じたものと診断する、
無段変速機の異常診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無段変速機および無段変速機の異常診断方法に関し、特に無段変速機に備わるベルトの異常を診断する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、無段変速機に備わるベルトの異常を診断する装置として、発光素子および受光素子を備え、これらの光学素子が、発光素子から受光素子に至る光の伝播経路がベルトの走行経路を横切るように配置されたものが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】実開昭63-027753号公報(第7頁第8~17行)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の装置によれば、受光素子による光の受信状況から、ベルトの一部が欠落する異常、つまり、ベルトの破損または欠損を検知することが可能である。具体的には、受光素子が発光素子からの光を検知した場合に、これがベルトの破損または欠損によるものとして、ベルトの異常を診断するのである。
【0005】
しかし、このものによると、診断を目的とする特別なセンサを追加することが必要となり、その分、設置スペースが必要となるうえ、コストが増大する。
【0006】
本発明は、以上の問題を考慮し、特別なセンサによらずにベルトの異常を診断可能な無段変速機および無段変速機の異常診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、一形態において、車両に搭載される無段変速機を提供する。本形態に係る無段変速機は、プライマリプーリと、セカンダリプーリと、プライマリプーリおよびセカンダリプーリに掛け渡されたベルトと、コントローラと、を含んで構成され、コントローラは、プライマリプーリまたはセカンダリプーリのプーリ油室にかかる圧力をプーリ油圧として検出する油圧検出部と、プーリ油圧に所定の大きさの振動が生じた場合に、ベルトにその張力の低下を伴う異常が生じたものと診断する異常診断部と、異常診断部による診断の結果に応じた制御信号を出力する信号出力部と、を備える。
【0008】
本発明は、他の形態において、プライマリプーリとセカンダリプーリとの間でベルトを介して動力を伝達させる無段変速機において、ベルトの異常を診断する、無段変速機の異常診断方法を提供する。本形態では、プライマリプーリまたはセカンダリプーリのプーリ油室にかかる圧力をプーリ油圧として検出し、プーリ油圧に所定の大きさの振動が生じた場合に、ベルトにその張力の低下を伴う異常が生じたものと診断する。
【発明の効果】
【0009】
これらの形態によれば、プーリ油室を検出し、プーリ油室に所定の大きさの振動が生じた場合に、ベルトに異常が生じたものと診断することで、診断を目的とする特別なセンサによらずにベルトの異常を診断することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る無段変速機を備える車両の動力伝達系の構成を示す概略図である。
図2図2は、同上無段変速機に備わるベルトの構成を示す断面図である。
図3図3は、同上ベルトの組立方法(エレメントの装着手順)を示す説明図である。
図4図4は、同上ベルトに異常が生じた場合のエレメントの動きを模式的に示す説明図である。
図5図5は、同上ベルトに異常が生じた前後におけるプーリ油圧の変化を模式的に示す説明図である。
図6図6は、本発明の一実施形態に係る異常診断制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
【0012】
(車両駆動系の構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る無段変速機2を備える車両の動力伝達系(以下「駆動系」という)Pの全体構成を概略的に示している。
【0013】
本実施形態に係る駆動系Pは、車両の駆動源として内燃エンジン(以下、単に「エンジン」という)1を備え、エンジン1と左右の駆動輪5、5とをつなぐ動力伝達経路上に無段変速機2を備える。エンジン1と無段変速機2とは、トルクコンバータを介して接続することが可能である。無段変速機2は、エンジン1から入力した回転動力を所定の変速比で変換し、ディファレンシャルギア3を介して駆動輪5に出力する。
【0014】
無段変速機2は、変速要素として入力側にプライマリプーリ21を備えるとともに、出力側にセカンダリプーリ22を備える。無段変速機2は、プライマリプーリ21およびセカンダリプーリ22に掛け渡された金属ベルト23を備え、これらのプーリ21、22における金属ベルト23の接触部半径の比を変化させることで、変速比を無段階に変更することが可能である。
【0015】
プライマリプーリ21およびセカンダリプーリ22は、固定シーブ21a、22aと、固定シーブに対して同軸に、固定シーブの回転中心軸Cp、Csに沿って軸方向に移動可能に設けられた可動シーブ21b、22bと、を備える。無段変速機2の入力軸に対してプライマリプーリ21の固定シーブ21aが接続され、出力軸に対してセカンダリプーリ22の固定シーブ22aが接続されている。無段変速機2の変速比は、プライマリプーリ21およびセカンダリプーリ22の可動シーブ21b、22bに作用する作動油の圧力を調整し、固定シーブ21a、22aと可動シーブ21b、22bとの間に形成されるV溝の幅を変化させることで制御される。
【0016】
本実施形態では、無段変速機2の作動圧の発生源として、エンジン1または図示しない電動モータを動力源とするオイルポンプ6を備える。オイルポンプ6は、変速機オイルパンに貯蔵されている作動油を昇圧させ、これを元圧として、所定の圧力の作動油を、油圧制御回路7を介して可動シーブ21b、22bの油圧室(「プーリ油室」に相当する)21c、22cに供給する。図1は、油圧制御回路7からプーリ油室21c、22cへの油圧供給経路を、矢印付きの点線により示している。
【0017】
無段変速機2から出力された回転動力は、所定の減速比に設定された最終ギア列または副変速機(いずれも図示せず)およびディファレンシャルギア3を介して駆動軸4に伝達され、駆動輪5を回転させる。
【0018】
(制御システムの構成および基本動作)
エンジン1および無段変速機2の動作は、エンジンコントローラ101、変速機コントローラ201により夫々制御される。エンジンコントローラ101および変速機コントローラ201は、いずれも電子制御ユニットとして構成され、中央演算装置(CPU)、RAMおよびROM等の各種記憶装置、入出力インターフェース等を備えたマイクロコンピュータからなる。
【0019】
エンジンコントローラ101は、エンジン1の運転状態を検出する運転状態センサの検出信号を入力し、運転状態をもとに所定の演算を実行し、エンジン1の燃料噴射量、燃料噴射時期および点火時期等を設定する。運転状態センサとして、運転者によるアクセルペダルの操作量(以下「アクセル開度」という)を検出するアクセルセンサ111、エンジン1の回転速度を検出する回転速度センサ112、エンジン冷却水の温度を検出する冷却水温度センサ113等が設けられるほか、図示しないエアフローメータ、スロットルセンサ、燃料圧力センサおよび空燃比センサ等が設けられている。エンジンコントローラ101は、これらのセンサの検出信号を入力する。
【0020】
変速機コントローラ201は、エンジンコントローラ101に対し、CAN規格のバスを介して互いに通信可能に接続されている。さらに、無段変速機2の制御に関連して、車両の走行速度を検出する車速センサ211、無段変速機2の入力軸の回転速度を検出する入力側回転速度センサ212、無段変速機2の出力軸の回転速度を検出する出力側回転速度センサ213、無段変速機2の作動油の温度を検出する油温センサ214、シフトレバーの位置を検出するシフト位置センサ215等が設けられている。本実施形態では、以上に加え、プライマリプーリ21のプーリ油室21cにかかる圧力(以下「プライマリプーリ油圧」という)Ppriを検出するプライマリ油圧センサ216と、セカンダリプーリ22のプーリ油室22cにかかる圧力(以下「セカンダリプーリ油圧」という)Psecを検出するセカンダリ油圧センサ217と、が設けられている。変速機コントローラ201は、エンジンコントローラ101から、アクセル開度等、エンジン1の運転状態に関する情報を入力するほか、これらのセンサの検出信号を入力する。
【0021】
変速機コントローラ201は、変速に関する基本的な制御として、シフト位置センサ215からの信号に基づき運転者により選択されたシフトレンジを判定するとともに、アクセル開度および車速等に基づき、無段変速機2の目標変速比を設定する。そして、変速機コントローラ201は、オイルポンプ6が生じさせる油圧を元圧として、プライマリプーリ21およびセカンダリプーリ22の可動シーブ21b、22bに対して目標変速比に応じた所定のプーリ油圧Ppri、Psecが作用するように、油圧制御回路7に制御信号を出力する。
【0022】
(金属ベルトの構成)
図2は、金属ベルト23の構成を、金属ベルト23の周方向に垂直な断面により示している。
【0023】
本実施形態において、無段変速機2は、一対の可変プーリ、具体的には、プライマリプーリ21およびセカンダリプーリ22と、これら一対のプーリ21、22に掛け渡された金属ベルト23と、を備える。無段変速機2は、プッシュベルト式であり、金属ベルト23は、動力伝達媒体である複数のエレメント231をその板厚方向に並べ、リング232(「フープ」または「バンド」と呼ばれる場合もある)により互いに結束することで構成される。
【0024】
リング232は、リング232よりも薄い複数のリング部材232a~232dを互いに積層して構成された1つのリング(「リングセット」と呼ばれる場合もある)であり、この1つのリングまたはリングセット232に複数のエレメント231が装着されて、金属ベルト23が構成される。リング232が1つであることから、本実施形態に係る金属ベルト23は、モノリング式の金属ベルトまたは単に「モノベルト」と呼ばれる場合がある。図2は、リング部材が4つ(232a~232d)の場合を示すが、リング部材の数がこれに限定されるものでないことは、いうまでもない。
【0025】
エレメント231は、概して、基部231aと、基部231aの延伸方向に垂直に、互いに同方向に延びる一対の側部231b、231bと、から構成され、本実施形態では、全体として、概略コ字状をなしている。基部231aは、サドル部分とも呼ばれ、リング232を横断するだけの長さを有し、その両端に、プライマリプーリ21およびセカンダリプーリ22の各シーブ21a、21b、22a、22bに対する接触面が形成されている。基部231aの延伸方向は、エレメント231の幅方向であり、金属ベルト23の横方向Lに一致する。側部231bは、ピラー部分とも呼ばれ、リング232を挟む各側で基部231aに接続し、その延伸方向は、エレメント231の高さ方向であり、金属ベルト23の径方向Rに一致する。これら一対の側部231b、231bの互いに向き合う内面と基部231aの上面とにより、横方向Lに垂直な方向、つまり、金属ベルト23の径方向Rに開口するエレメント231の受容部231rが形成される。本実施形態において、受容部231rが開口する方向は、金属ベルト23の径方向Rに関して外向きである。エレメント231は、受容部231rにリング232を受ける状態で、金属ベルト23の内周側からリング232に装着される。
【0026】
エレメント231は、受容部231rを形成する左右夫々の側部231bに、その内面から内向きに突出するフックないし挟持片fを有し、リング232に装着された状態で、基部231aとこれらのフックfとの間にリング232が保持される。エレメント231は、左右両方の側部231b、231bに、受容部231rの空間を部分的に、横方向Lに拡張させる、一対の切欠きnを有する。切欠きnは、フックfに可撓性を持たせ、リング232を押さえ付ける力を付与するとともに、エレメント231の装着時にリング232の逃げとなる空間を形成するものである。
【0027】
図3(a)~3(c)は、金属ベルト23の組立方法、具体的には、エレメント231のリング232に対する装着手順を時系列に示している。図3は、図示の便宜上、リング232の姿勢を変えて手順を示すが、実際の装着時では、エレメント231の向きが変えられることは、いうまでもない。
【0028】
初めに、エレメント231をリング232に対して傾けた状態として、リング232の内周側に配置し、エレメント231の受容部231rに、リング232の一方の側縁を挿入する。そして、エレメント231を、基部231aをリング232に近付けるように移動させ、図3(a)に示すように、基部231aと一方の側部231bに備わるフック(同図に示す状態では、左側の側部231bに備わるフック)fとの間を通じて、リング232の側縁を切欠きnに到達させる。
【0029】
次いで、図3(b)に示すように、エレメント231を、基部231aとフックfとの間に位置するリング232の部分を中心として回転させ(同図に示す状態では、時計回りとは反対に回転させ)、エレメント231のリング232に対する傾斜を解消させる。この状態で、エレメント231は、基部231aがリング232に平行となる。
【0030】
エレメント231の基部231aをリング232に平行な状態とした後、図3(c)に示すように、エレメント231を、リング232に対し、リング232の側縁を切欠きnから出す方向に相対的に移動させ(同図に示す状態では、エレメント231を左側に移動させ)、リング232を基部231aの中心に配置させる。これにより、1つのエレメント231の装着が完了する。
【0031】
このような手順を金属ベルト23の全周にわたる全てのエレメント231に対して繰り返すことで、金属ベルト23が完成する。リング232の張力により、さらに、エレメント231の前面に設けられた凸部p(図2)と隣り合うエレメント231の背面に設けられた凹部との係合により、前後のエレメント231が互いに結束される。
【0032】
(金属ベルトの異常診断原理)
複数のリング部材232a~232dを積層してリング232が構成される金属ベルト23では、リング部材232a~232dのうち、金属ベルト23の径方向に関して最も内周側のリング部材(以下「最内周リング部材」という)232dと、その内周面に接するエレメント231の基部231aと、の摩擦により、最内周リング部材232dが摩耗し、これに破断が生じる。最内周リング部材232dの破断は、摩擦だけでなく、無段変速機2の繰り返しの運転に伴う疲労も原因となり得る。そして、最内周リング部材232dに破断が生じた場合に、これを放置して車両の走行を継続するならば、破断の影響が他のリング部材232a~232cに波及し、やがて、リング232全体の破断に発展する。よって、最内周リング部材232dに破断が生じたときは、速やかにこれを検知し、リング232を保護する制御に移行する必要がある。本実施形態では、この最内周リング部材232dに生じる破断を金属ベルト23の異常と定義し、最内周リング部材232dの破断を検知したときは、金属ベルト23に異常が生じたとして、所定のリング保護制御を実行する。
【0033】
図4は、金属ベルト23に異常が生じた場合のエレメント231の動きを模式的に示しており、同図を参照して、金属ベルト23の異常診断原理について説明する。
【0034】
金属ベルト23の最内周リング部材232dに破断Bが生じると、これが生じた箇所でリング232の張力が低下する。これにより、プーリ(図4は、セカンダリプーリ22を例示する)のうち、金属ベルト23が接するベルト巻付部でリング232に伸びが生じ、図4(b)に示すように、エレメント231が外周側へ、換言すれば、金属ベルト23の径方向に関して外側に移動する。すると、このエレメント231の動きに連動して、セカンダリプーリ22の可動シーブ22bが固定シーブ22aに近付く方向に(つまり、セカンダリプーリ22の溝幅を狭める方向に)移動し、セカンダリプーリ22のプーリ油圧Psecが減少する。その後、破断Bが生じていない箇所がベルト巻付部に到達し、これを通過する際には、リング232の張力が本来の大きさに復帰することで、同図(a)に示すように、エレメント231が内周側に移動し、固定シーブ22aと可動シーブ22bとの間隔(つまり、溝幅)が押し広げられることで、プーリ油圧Psecが増大する。このように、最内周リング部材232dに破断が生じると、リング232の張力の低下に起因したエレメント231の移動、具体的には、エレメント231の外周側および内周側への往復移動に伴ってプーリ油圧Psecに振動が発生する。本実施形態では、プーリ油圧Psecをもとに、その検出波形からプーリ油圧Psecに所定の大きさの振動を検出したときは、最内周リング部材232dに破断が生じたとして、金属ベルト23の異常を診断する。
【0035】
図5は、無段変速機2の変速比を一定とした状態で、プライマリプーリ21に入力されるトルクTRQpriを増大させたときのプライマリプーリ21およびセカンダリプーリ22のプーリ油圧Ppri、Psecの変化を模式的に示し、金属ベルト23に異常が生じた前後におけるプーリ油圧Ppri、Psecの変化を示している。図5は、セカンダリプーリ油圧Psecに振動が生じる場合を示しているが、異常が生じた場合にプーリ油圧に振動が生じるのは、セカンダリプーリ22に限らず、プライマリプーリ21である場合もある。本実施形態では、プライマリプーリ油圧Ppriにより無段変速機2の変速比を制御し、セカンダリプーリ油圧Psecによりベルトクランプ力を形成する。
【0036】
プライマリプーリ21に入力されるトルク(以下「変速機入力トルク」という)TRQpriの増大に伴い、セカンダリプーリ22から出力されるトルク(以下「変速機出力トルク」という)TRQsecも増大する。最内周リング部材232dに破断が生じておらず、金属ベルト23に異常がないうちは、変速比が一定であるため、一定のベルトクランプ力を生じさせるべく、セカンダリプーリ油圧Psecは、一定である。しかし、時刻T1において、最内周リング部材232dに破断が生じると、先に述べた原理に従ってセカンダリプーリ油圧Psecに振動が発生する。
【0037】
ここで、セカンダリプーリ油圧Psecに振動が生じた時刻T1の前後で変速機出力トルクTRQsecに減少がなく、変速機入力トルクTRQpriの増大に対して変速機出力トルクTRQsecが引き続き増大していることは、最内周リング部材232dの破断に拘らず、プライマリプーリ21とセカンダリプーリ22との間で、金属ベルト23を介する動力の伝達自体が継続していることを示している。そして、このことは、最内周リング部材232dに破断が生じた後、リング232全体の破断により車両が走行不能となるに至るまでにはある程度の時間の余裕があることを示している。そこで、本実施形態では、最内周リング部材232dに破断が生じ、金属ベルト23の異常を検知したときは、最内周リング部材232以外のリング部材232a~232cに過大な負荷がかかるのを抑制し、金属ベルト23を保護する制御(以下「ベルト保護制御」という)を実行する。
【0038】
(フローチャートによる説明)
図6は、本実施形態に係る異常診断制御(ベルト保護制御を含む)の基本的な流れをフローチャートにより示している。
【0039】
本実施形態において、異常診断制御は、変速機コントローラ201により実行され、変速機コントローラ201は、車両の走行中に、図6に示す制御ルーチンを所定の周期で実行するようにプログラムされている。異常診断制御を実行するのは、変速機コントローラ201に限らず、エンジンコントローラ101であってもよいし、これら以外の他のコントローラであってもよい。
【0040】
S101では、セカンダリ油圧センサ217の出力を読み込む。
【0041】
S102では、セカンダリ油圧センサ217の出力をもとに、セカンダリプーリ油圧Psecの振動の大きさ(以下「振動レベル」といい、その指標として振幅を採用することができる)LEVを算出する。
【0042】
S103では、セカンダリプーリ油圧Psecの振動レベルLEVが所定値LEVthr以上であるか否かを判定する。所定値LEVは、最内周リング部材232dに破断が生じた場合に検出される振動レベルであり、実験等を通じて予め定めることができる。振動レベルLEVが所定値LEVthr以上である場合は、S104へ進み、所定値LEVthr未満である場合は、S105へ進む。
【0043】
S104では、ベルト保護制御を実行する。本実施形態では、ベルト保護制御として、エンジンコントローラ101に対し、エンジン1のトルクを低減させる制御信号を出力し、金属ベルト23にかかる負荷を低減させる。
【0044】
S105では、ベルト保護制御を実行せず、通常時の制御を実行する。
【0045】
本実施形態では、変速機コントローラ201により無段変速機2の「コントローラ」が構成され、本実施形態に係る無段変速機2の異常診断方法が実施される。そして、図6に示すフローチャートのS101の処理により「油圧検出部」の機能が、S103の処理により「異常診断部」の機能が、S104の処理により「信号出力部」の機能が、夫々具現される。
【0046】
(作用効果の説明)
本実施形態に係る無段変速機2およびこれを備える駆動系Pは、以上のように構成され、以下、本実施形態により得られる効果について述べる。
【0047】
第1に、車両の走行中に、無段変速機2の可変プーリ(本実施形態では、セカンダリプーリ22)のプーリ油室22cにかかる圧力を検出し、このプーリ油圧Psecに所定の大きさの振動が生じた場合に、金属ベルト23に異常が生じたものと診断することで、診断を目的とする特別なセンサによらずに金属ベルト23の異常を診断することが可能となる(請求項1、6に対応する効果)。
【0048】
第2に、金属ベルト23の異常として、リング232を構成する複数のリング部材232a~232dのうち、最も内周側に備わる最内周リング部材232dの破断による異常を診断の対象とすることで、破断によるリング232の張力の低下がプーリ油圧Psecにその振動として現れることから、プーリ油圧Psecの監視を通じて、金属ベルト23の異常を的確に診断することができる(請求項2に対応する効果)。
【0049】
第3に、診断の対象として、モノベルトとして知られる金属ベルト23を備える無段変速機2を採用することで、本発明の実施に適用可能な具体的な無段変速機が提供される(請求項3に対応する効果)。
【0050】
第4に、金属ベルト23の異常が診断された場合に、ベルト保護制御として、エンジン1のトルクを低減させる制御信号を出力することで、金属ベルト23にかかる負荷を低減させ、未だ破断が生じておらず、正常な状態にあるリング部材232a~232cを保護して、異常が生じた後の退避走行が可能な距離の延長を図ることが可能となる(請求項4に対応する効果)。
【0051】
以上の説明では、異常の診断のため、セカンダリ油圧センサ217によりセカンダリプーリ22のプーリ油圧Psecを検出した。しかし、診断に際して監視の対象とするプーリ油圧は、これに限らず、プライマリプーリ21のプーリ油圧Ppriであってもよい。プライマリ油圧センサ216によりプライマリプーリ油圧Ppriを検出し、これに所定の大きさの振動が生じた場合に、金属ベルト23に異常が生じたものと診断するのである。
【0052】
さらに、変速機コントローラ201が実行するベルト保護制御は、エンジン1のトルクを低減させる制御信号を出力することに限らず、プーリ油圧Ppri、Psecに所定の大きさの振動が生じたプーリにおけるベルト巻付径を増大させる制御信号を出力することであってもよい。これによっても同様に金属ベルト23にかかる負荷を低減させ、正常な状態にあるリング部材を保護して、その後の航続可能距離の延長を図ることができる(請求項5に対応する効果)。
【0053】
金属ベルト23の異常を診断した場合に、以上で述べたベルト保護制御に加えるか、これに代えて、異常の発生を運転者に知らせ、警告を行うこととしてもよい。そのような制御として、警告灯を作動させることを例示することができる。
【0054】
以上の説明では、エンジン1により車両の駆動源を構成したが、車両の駆動源は、内燃エンジンばかりでなく、電動モータ(例えば、モータジェネレータ)によっても、内燃エンジンと電動モータとの組合せによっても構成可能である。
【0055】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、これに限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した事項の範囲内において、様々な変更および修正を成し得ることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0056】
P…駆動系
1…内燃エンジン
2…無段変速機
21…プライマリプーリ
21a…固定プーリ
21b…可動プーリ
22…セカンダリプーリ
22a…固定プーリ
22b…可動プーリ
23…金属ベルト
231…エレメント
232…リング
231a…基部
231b…側部
231r…受容部
3…ディファレンシャルギア
4…駆動軸
5…駆動輪
6…オイルポンプ
7…油圧制御回路
101…エンジンコントローラ
201…変速機コントローラ(コントローラ、油圧検出部、異常診断部、信号出力部)
図1
図2
図3
図4
図5
図6