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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-13
(45)【発行日】2022-09-22
(54)【発明の名称】ダイカスト用スリーブ
(51)【国際特許分類】
   B22D 17/20 20060101AFI20220914BHJP
【FI】
B22D17/20 F
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019127090
(22)【出願日】2019-07-08
(65)【公開番号】P2021010931
(43)【公開日】2021-02-04
【審査請求日】2021-05-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000220767
【氏名又は名称】東京窯業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140671
【弁理士】
【氏名又は名称】大矢 正代
(72)【発明者】
【氏名】梶田 慎道
(72)【発明者】
【氏名】加来 由紀恵
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-261507(JP,A)
【文献】特開昭61-103658(JP,A)
【文献】特開2000-084653(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0113269(US,A1)
【文献】特開平03-142053(JP,A)
【文献】特開2000-351054(JP,A)
【文献】特開2000-334555(JP,A)
【文献】実開平03-116253(JP,U)
【文献】特開2005-034867(JP,A)
【文献】特開平10-328804(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0011900(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第109332647(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 15/00-17/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状の筒部、及び該筒部の側周壁の一部を貫通する注湯孔を備え、前記筒部の中心軸を略水平とし前記注湯孔を上方に開放させた状態で、筒部前端をキャビティに連通させると共に筒部後端からプランジャチップを進入させるダイカスト用スリーブであって、
前記筒部は、外筒と、該外筒に嵌入された内筒とを有しており、
前記筒部において、前記注湯孔の下方の湯受け領域を含む全長に亘り前記内筒はチタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体で形成された複合材料層を有していると共に、
前記湯受け領域において前記外筒には冷却装置が設けられており、
前記内筒は、少なくとも前記注湯孔の周縁部に鋼で形成された鋼層を有していると共に、
前記鋼層と前記複合材料層との境界の高さは、前記筒部後端から前記筒部前端に向かって漸次増加している
ことを特徴とするダイカスト用スリーブ。
【請求項2】
前記冷却装置は、前記筒部の前記中心軸に直交する断面において、前記注湯孔の中心から下ろした垂直線から一方側に偏った位置に設けられている
ことを特徴とする請求項1に記載のダイカスト用スリーブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイカスト装置においてキャビティ内に溶融金属を充填するために用いられるスリーブに関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、スズ、鉛、それらの合金等の非鉄金属のダイカストでは、溶融金属をキャビティ内に充填するために円筒状のスリーブが使用される。スリーブの一端はキャビティ内に連通させてあり、他端からプランジャチップを進入させてスリーブ内を軸方向に摺動させる。軸方向を略水平として使用される横型(水平射出型)のスリーブでは、プランジャチップを進入させる側の端部の近傍において、スリーブの側周壁の一部を貫通する注湯孔が、上方に開口するように設けられている。この注湯孔からスリーブ内に供給された溶融金属は、プランジャチップの前進に伴ってスリーブ内を圧送され、キャビティ内に充填される。
【0003】
従来、一般的なスリーブは鋼製であったが、非鉄金属は鉄と反応しやすいため、鋼製のスリーブは充填対象の溶融金属との接触により溶損し易く、耐用期間が短いという問題があった。また、鋼は熱伝導率が大きいため、スリーブ内に供給された溶融金属の温度が低下し易い。スリーブ内に供給された溶融金属の温度が、キャビティに至る前にスリーブ内で低下することによって凝固片が生じ、その凝固片が成形後の製品に混在してしまうと、製品においてその部分で剥離などの欠陥が生じやすく、機械的強度が低下するという問題がある。
【0004】
そこで、本出願人は、スリーブを外筒と内筒との二重構造とし、鋼製の外筒に嵌め込まれる内筒を、チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体(以下、「TC複合材料」と称する)で形成することを提案し、実施している(例えば、特許文献1参照)。TC複合材料は、非鉄金属との反応性が低いため耐溶損性に優れている。また、鋼(SKD61)の熱伝導率は35.6W/mKと大きいのに対し、TC複合材料の熱伝導率は7.4W/mKと非常に小さく保温性に優れており、スリーブ内に供給された溶融金属の温度が低下しにくい利点を有している。更に、セラミックスのみで内筒を形成した場合、耐溶損性及び保温性については高めることは可能であるものの、脆性材料であるセラミックスは耐衝撃性が低いという難点があるところ、TC複合材料は金属とセラミックスとの複合材料であるため、耐衝撃性にも優れているという利点がある。
【0005】
このように、耐溶損性、保温性、及び耐衝撃性に優れるTC複合材料を内筒に使用したスリーブは、従来のスリーブに比べて耐用期間が長く、凝固片が混在しない高品質の製品を成形できる利点を有する。ところが、より大型の製品の鋳造のためにスリーブへの溶融金属の供給量を増加させた場合や、鋳造のサイクルを速めるためにスリーブへ溶融金属を供給する時間間隔を短くした場合は、内筒の内表面に固化した溶融金属が付着することがあった。固化した溶融金属が付着すると、プランジャチップが付着物にのり上げて内筒の内表面における対向面に食い込むような抵抗、いわゆる「カジリ抵抗」が生じたり、付着物と共に内筒の内表面が剥離したりすることにより、スリーブの耐用期間が短くなるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平3-142053号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、溶融金属の供給量が多い条件下や、溶融金属が供給される時間間隔が短い条件下で使用されても耐用期間が長いダイカスト用スリーブの提供を、課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明にかかるダイカスト用スリーブ(以下、単に「スリーブ」と称することがある)は、
「円筒状の筒部、及び該筒部の側周壁の一部を貫通する注湯孔を備え、前記筒部の中心軸を略水平とし前記注湯孔を上方に開放させた状態で、筒部前端をキャビティに連通させると共に筒部後端からプランジャチップを進入させるダイカスト用スリーブであって、
前記筒部は、外筒と、該外筒に嵌入された内筒とを有しており、
前記筒部において、少なくとも前記注湯孔の下方の湯受け領域では前記内筒はチタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体で形成されていると共に、
前記湯受け領域において前記外筒には冷却装置が設けられている」ものである。
【0009】
上述したように、スリーブへの溶融金属の供給量を増加させた条件下や、溶融金属が供給される時間間隔が短い条件下で使用すると、内筒の内表面に固化した溶融金属が付着する。このような溶融金属の付着は、溶融金属を受ける部分である湯受け領域で顕著であった。そこで、付着物を溶解除去して調べたところ、その部分で内筒の内表面が抉れており、更にその周囲に細かい亀裂が多数生じている様子が観察された。また、内筒の内表面の温度を測定しつつダイカスト試験を行ったところ、上記のような金属の付着が生じるような成形条件では、ダイカストを数回繰り返すと、内筒の内表面における湯受け領域の温度が約500℃まで上昇していた。図9に示すように、鋼は温度の上昇に伴って機械的強度(曲げ強度)が急激に低下するのに対し、TC複合材料は温度上昇に伴う急激な強度低下がなく、約600℃以上の温度では鋼より機械的強度が高い利点を有するものの、温度が500℃を超えると機械的強度が徐々に低下する。
【0010】
TC複合材料は熱伝導率が小さいという特性ゆえに蓄熱し易く、溶融金属の供給量を増加させたり、溶融金属が供給される時間間隔を短くしたりすることで、内筒の温度が機械的強度の低下を招く500℃まで上昇し、その条件下での注湯と射出により加熱と冷却が繰り返されることにより、内筒に使用されているTC複合材料の表面に細かな亀裂が生じるものと考えられた。そして、細かな亀裂に高温の溶融金属が浸入することによって更に浸食が進行し、そこに残留した溶融金属が固化し付着するというプロセスで、内筒の内表面の損傷が進むと考えられた。
【0011】
このようなプロセスで内筒の損傷が進行するのであれば、内筒の温度が高温とならないように、“内筒を”冷却することを想到し得る。しかしながら、内筒を冷却することによって、キャビティに達する前に溶融金属の温度が低下してしまうと、凝固片が生成して成形後の製品に混在することにより、製品の品質が劣化する。
【0012】
この相反する要請をバランスさせるために、本発明では、“損傷を受けるのはTC複合材料で形成された内筒ではあるが、内筒ではなく、その外側の外筒を冷却することによって、内筒を間接的に冷却する”という手段と、“冷却すべき最小限の範囲として湯受け領域を冷却する”という手段を採用した。すなわち、少なくとも湯受け領域で内筒をTC複合材料で形成し、冷却装置は湯受け領域内において外筒に設ける、という手段である。TC複合材料は熱伝導率が非常に小さいため、その外側から冷却することにより、TC複合材料自体はある程度冷却されても溶融金属までは冷却させず、溶融金属の温度の低下を抑制することができる。そして、TC複合材料自体は冷却されるため、上記のようなプロセスによる内筒の損傷の進行を抑制することができ、スリーブの耐用期間を長くすることができる。
【0013】
本発明にかかるダイカスト用スリーブは、上記構成に加え、
「前記内筒は、少なくとも前記注湯孔の周縁部鋼で形成された鋼層を有している」ものである。
【0014】
軸方向を略水平として使用されるスリーブでは、従来、注湯孔が設けられている側の端部であって、プランジャチップを進入させる筒部後端が、反り上がるように変形するという問題があった。筒部後端が反り上がると、プランジャチップが内表面における上部に食い込む「カジリ抵抗」が生じるという不具合がある。
【0015】
このような筒部後端が反り上がる変形は、次のように生じると考えられる。すなわち、注湯孔から高温の溶融金属が供給されると、湯受け領域が非常に高温となる。注湯孔から供給された時点では、溶融金属の液面は内筒の内表面における上部に至るほどではないため、注湯孔の周縁部はさほど高温とならない。その結果、非常に高温となった湯受け領域が大きく熱膨張し、筒部の軸方向にも大きく延びるのに対し、対向する注湯孔の周縁部は熱膨張の程度も小さく、軸方向にさほど延びないため、スリーブにおいて注湯孔側の端部は上方に向かって反るように変形する。
【0016】
本発明のスリーブは、上記のように少なくとも湯受け部がTC複合材料で形成されるものである。TC複合材料は、熱膨張率も小さい材料である。そこで、本構成では、湯受け領域に対向する部分であり、さほど高温とならない部分である注湯孔の周縁部を、TC複合材料より熱伝導率の大きい鋼で形成する。これにより、湯受け領域における熱膨張と、注湯孔の周縁部における熱膨張とをバランスさせることができ、注湯孔側の端部が反り上がる変形を抑制することができる。
【0017】
本発明にかかるダイカスト用スリーブは、上記構成に加え、
「前記内筒は、前記筒部の全長に亘り前記複合材料で形成された複合材料層を有している」ものである。加えて、本発明にかかるダイカスト用スリーブは、「前記鋼層と前記複合材料層との境界の高さは、前記筒部後端から前記筒部前端に向かって漸次増加している」ものである。
【0018】
本構成では、注湯孔からスリーブ内に供給された溶融金属がキャビティに射出されるまで、溶融金属と接触する部分が全体的に、熱伝導率の小さいTC複合材料で形成されている。従って、スリーブの保温性が高く、溶融金属の温度低下による凝固片の生成を、より有効に抑制することができる。
【0019】
本発明にかかるダイカスト用スリーブは、上記構成に加え、
「前記冷却装置は、前記筒部の前記中心軸に直交する断面において、前記注湯孔の中心から下ろした垂直線から一方側に偏った位置に設けられている」ものとすることができる。
【0020】
従来、スリーブの内表面において溶融金属の供給によって高温となる部分は、注湯孔の直下であると考えられてきた。これに対し、本発明者らは、スリーブにおける損傷部分を丁寧に解析した結果、損傷を受ける部分は注湯孔の直下のみではなく、注湯孔の中心から下ろした垂直線から一方側に偏った位置まで至っていることを見出した。その理由としては、詳細は後述するように、一般的なダイカスト装置において注湯孔に溶融金属を供給するラドルの動作に機械的な制約があることにより、注湯孔の斜め上方から溶融金属が供給されるためと考えられた。
【0021】
本構成では、ラドルによって斜め上方から注湯孔に供給される溶融金属を受けて高温となる部分を、外筒に設けた冷却装置によって冷却することができる。これにより、外筒を冷却することによって間接的に内筒を冷却する作用を、より効果的に発揮させることができる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明によれば、溶融金属の供給量が多い条件下や、溶融金属が供給される時間間隔が短い条件下で使用されても耐用期間が長いダイカスト用スリーブを、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】(a)第一実施形態のスリーブを中心軸の方向に中央で切断した断面図であり、(b)A-A線断面図である。
図2】(a)第一実施形態のスリーブの湯受け領域の内筒における内表面の温度変化を冷却した場合と冷却しない場合とで比較したグラフであり、(b)鋼製の従来のスリーブについて湯受け領域の内表面における温度変化を冷却した場合と冷却しない場合とで比較したグラフである。
図3】第一実施形態のスリーブを使用して、冷却による効果を湯受け領域の内筒における内表面と内部とで比較したグラフである。
図4】第一実施形態のスリーブを使用して、溶融金属の供給と排出の繰り返しに伴う温度変化を、冷却した場合と冷却しない場合とで比較したグラフである。
図5】一般的なダイカスト装置の要部構成図である。
図6】一般的なダイカスト装置におけるラドルからスリーブへの溶融金属の供給を模式的に示す図である。
図7】第二実施形態のスリーブを中心軸の方向に中央で切断した断面図である。
図8】変形例のスリーブを中心軸の方向に中央で切断した断面図である。
図9】鋼及びTC複合材料の熱間機械的強度のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、具体的な実施形態について、図面を用いて説明する。第一実施形態のスリーブS1は参考例であり、第二実施形態のスリーブS1b及びその変形例のスリーブS1cが本発明の実施形態であるが、スリーブS1に関する説明のうちスリーブS1b,S1cと共通している部分に関する説明は、本発明の実施形態に関する説明である。まず、第一実施形態のスリーブS1について説明する。スリーブS1は、円筒状の筒部1、及び筒部1の側周壁の一部を貫通する注湯孔30を備えている。スリーブS1は、コールドチャンバダイカスト装置100において、筒部1の中心軸Xを略水平とし注湯孔30を上方に開放させた状態で支持される。スリーブS1の筒部前端E1は、固定型111と可動型112との間に形成されているキャビティ110に連通させ、筒部後端E2からプランジャチップ70を進入させる。注湯孔30には、保持炉に貯留された溶融金属がラドル130を介して供給される。
【0025】
スリーブS1の筒部1は、外筒20と、外筒20に嵌入された内筒10とを有している。湯受け領域は筒部1における注湯孔30の下方の領域である。少なくとも湯受け領域で、内筒10はTC複合材料(チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体)で形成されるものであるが、第一実施形態では湯受け領域を含む内筒10の全体がTC複合材料で形成されている。TC複合材料は粉末冶金によって製造されるものであり、チタン粉末、炭化珪素粉末、及びニッケル粉末を混合した原料から成形した成形体を、非酸化性雰囲気下で焼成することにより得ることができる。
【0026】
ここで、湯受け領域は、注湯孔30から溶融金属を注湯した際に高温となる領域であり、図1(a)に示すように、中心軸Xに平行な方向では、筒部後端E2から注湯孔30の径の2倍の長さまでの範囲Lとすることができ、図1(b)に示すように、中心軸Xに直交する断面では、注湯孔30の中心から下ろした垂直線Zから両側に向かってそれぞれ中心角αが60度の円弧で示される範囲R1の領域とすることができる。
【0027】
この湯受け領域では、外筒20に冷却装置40が設けられている。具体的には、冷却装置40は、二重管構造のパイプ41を有しており、供給口45から供給された冷却媒体は、パイプ41内を流通して排出口46から排出される。湯受け領域において外筒20には、細長い挿入孔25が中心軸Xに平行に、筒部後端E2に開口するように設けられている。冷却装置40のパイプ41を挿入孔25に挿入すると、パイプ41内を流通する冷却媒体が高温となった外筒20と熱交換することにより、外筒20が冷却され、間接的に内筒10が冷却される。
【0028】
なお、冷却媒体としては水を使用することができる。また、冷却装置40の構成は、上記のように二重管を使用したものに限定されない。例えば、U字形のパイプを外筒の内部に配設し、そのパイプの一方の端部を供給口とし他方の端部を排出口として、外筒の端面または側周壁に開口させることができる。また、冷却装置を水冷ジャケットタイプとして外筒20に取り付け、外表面側から外筒20を冷却する構成とすることができる。
【0029】
ここで、湯受け領域において外筒20に冷却装置40を設ける位置は、本実施形態では注湯孔30の直下ではなく、注湯孔30の中心から下ろした垂直線Zから一方側に偏った位置とする。これは、スリーブに溶湯金属を供給することによって筒部の内表面において損傷を受ける部分は、当業者がこれまで考えていたように注湯孔の直下のみではなく、一方に偏った位置まで至っていることが判明したことによる。
【0030】
その理由としては、図5に示すように、一般的なダイカスト装置100において注湯孔30が開口する位置は、金型を構成する固定型111を支持する固定盤121や、プランジャチップ70を駆動するための駆動装置(図示を省略)を固定盤121に対して支持させるフレーム122等の近傍であることが考えられる。これにより、溶融金属を注湯孔30に注ぐためのラドル130を移動させる装置(図示を省略)が、固定盤121やフレーム122と干渉するため、ラドル130を注湯孔30の直上まで移動させることが困難であり、図6に模式的に示すように、溶融金属はラドル130の傾動によって斜め上方から注湯孔30に注がれることとなる。その結果、注湯孔30の直下ではなく、垂直線Zから一方側に偏った部分で筒部1の内表面が最も高温となり、損傷を受けやすい。
【0031】
そこで、本実施形態では、図6に示すように、筒部1の中心軸Xに直交する断面において、冷却装置40のパイプ41の中心線と中心軸Xとを結ぶ線が、注湯孔30から下ろした垂直線Zとなす角度βが、一方側に0度~60度となるように冷却装置40の位置を設定する。角度βが一方側に10度~60度である範囲R2に冷却装置40の中心線を設定すれば、より望ましい。なお、一つのスリーブに対して複数の冷却装置40を設けることができるが、この場合、複数の冷却装置40の位置は垂直線Zに対して同じ側に偏った位置とする。
【0032】
実際に、角度βが10度の位置に設けられた一つの冷却装置40に、水を毎分1リットルの流速で流通させつつ、700℃の溶融金属(アルミニウム)を注湯孔30から供給したスリーブS1について、湯受け領域における内筒10の内表面の温度を熱電対で測定した試験結果を図2(a)に示す。比較のために、内筒10をTC複合材料で形成した同一構成のスリーブS1であるが、冷却装置40に水を流通させていない場合について、同一測定点における温度を測定した試験結果を図2(a)に合わせて示す。
【0033】
また、対比のために、筒部が二重構造ではなく全体が鋼(SKD61)で形成されている従来のスリーブについて、スリーブS1と同一の箇所に同一構成の冷却装置40を設け、上記の条件で水を流通させた場合の同一測定点における温度変化と、冷却装置40に水を流通させていない場合の同一測定点における温度変化を測定した結果を図2(b)に合わせて示す。
【0034】
図2(b)から分かるように、筒部の全体が鋼で形成されている従来のスリーブの場合、湯受け領域を冷却することによって、測定点の温度が約2秒という短時間で約150℃低下しており、冷却しない場合に比べて温度低下が早い。このように速やかに温度が低下することにより、筒部の損傷を抑制することはできるかもしれないが、溶融金属の温度も速やかに低下するため、凝固片の生成により成形製品の品質が劣化すると考えられる。
【0035】
これに対し、図2(a)から分かるように、内筒10をTC複合材料で形成しているスリーブS1では、冷却装置40で冷却している場合であっても冷却していない場合であっても、測定点の温度変化に差異が見られない。これは、SKD61の熱伝導率は35.6W/mKと大きいのに対し、TC複合材料の熱伝導率は7.4W/mKと非常に小さいため、外筒20を冷却しても内筒10の内表面の温度までは低下させないためと考えられる。
【0036】
また、同様に実施例のスリーブS1を使用し、内筒10の内表面と内筒10の内部とで、冷却装置40による冷却の効果を対比する試験を、実験室規模で行った。温度の測定は、垂直線Z上における内筒10の内表面と、同じく垂直線Z上で内表面から深さ1mmの内部とで行った。その結果を図3に示す。内筒10の内表面では、冷却装置40に水を流通させて冷却しつつ(図2(a)とは冷却条件が相違する)、700℃の溶融金属(アルミニウム)を注湯孔30から供給した場合(実線A)と、冷却装置40に水を流通させることなく同一条件で溶融金属を供給した場合(破線B)とで、温度の差がほとんどない。これは、図2(a)を用いて上述したように、内筒10をTC複合材料で形成しているスリーブS1では、外筒20を冷却しても内筒10の内表面の温度までは低下させないことを示している。一方、内筒10の内部では、冷却装置40に水を流通させて冷却しつつ同一条件で溶融金属を供給した場合(二点鎖線D)は、冷却装置40に水を流通させることなく同一条件で溶融金属を供給した場合(太い実線C)に比べて、温度が大きく低下している。このことから、冷却装置40で外筒20を冷却することにより、内筒10の内表面の温度までは低下させることなく、内筒10の内部は有効に冷却できることが分かる。特に、内筒10の内表面から1mmというごく浅い内部でありながら、内表面の温度は低下させることなく内部を有効に冷却することができる意義は高い。
【0037】
更に、図3を用いて上述した試験と同一条件で、スリーブS1に供給された溶融金属を排出し、再び溶融金属を供給する操作を繰り返して、内表面から深さ1mmの内部の温度を測定した。その結果、図4に示すように、冷却装置40に水を流通させなかった場合は、TC複合材料の機械的強度の低下を招く500℃まで温度が上昇してしまうのに対し、冷却装置40に水を流通させて冷却した場合は、温度の上昇を約100℃低い温度までに抑えることができた。
【0038】
図2図4を用いて説明した試験結果を考え合わせると、少なくとも湯受け領域において内筒10の材質をTC複合材料とし、且つ、湯受け領域において外筒20を冷却装置40で冷却すること、すなわち、熱伝導率の小さいTC複合材料で形成された内筒10を外側から間接的に冷却することにより、溶融金属の温度は低下させない程度にTC複合材料を冷却することができ、凝固片の生成を抑制しつつ内筒の損傷を有効に抑制できると考えられた。そして、実際の製造現場でアルミニウムのダイカストを行ったところ、溶融金属の供給量を増加させた条件下や、溶融金属が供給される時間間隔を短くした条件下であっても、内筒の内表面へのアルミニウムの固着や内表面の剥離が生じることなく、従来の8倍という長い耐用期間を実現することができた。
【0039】
次に、第二実施形態のスリーブS1bについて、図7を用いて説明する。第一実施形態のスリーブS1と共通する構成については、同一の符号を付し詳細な説明は省略する。スリーブS1bがスリーブS1と相違する点は、内筒10がTC複合材料で形成された複合材料層11と、鋼で形成された鋼層12とからなる点である。複合材料層11は、中心軸Xの方向で筒部1の全長に亘る長さである。更に、複合材料層11と前記鋼層12との境界の高さは、筒部後端E2から記筒部前端E1に向かって漸次増加するように設けられている。なお、本実施形態では、鋼としてSKD61を使用している。
【0040】
より具体的には、内筒10の筒部後端E2における境界の高さは内筒10の外径の1/4倍~1/2倍であると共に、内筒10の筒部前端E1における境界の高さは内筒10の外径の1/2倍~3/4倍であり、筒部後端E2から筒部前端E1に向かって境界の高さは直線的に増加している。
【0041】
鋼(SKD61)の熱膨張率は、10.7×10-6/℃であるのに対し、TC複合材料の熱膨張率は、7.4×10-6/℃であり、鋼より小さい。第二実施形態では、内筒10において溶融金属に接触する部分、すなわち、注湯孔30から供給された溶融金属を受ける湯受け領域、及び、プランジャチップ70の前進に伴って筒部前端E1に向かって移動する溶融金属と接触する部分のほぼ全体が、熱膨張率の小さいTC複合材料で形成されている。そして、スリーブS1bにおいて湯受け領域と対向する部分であって、さほど高温とならない部分である注湯孔30の周縁部は、TC複合材料より熱膨張率の大きい鋼で形成されている。
【0042】
これにより、内筒10の全体が同じ材料で形成されている場合に比べて、溶融金属に接触している際の湯受け領域と、注湯孔30の周縁部とで熱膨張の大きさとの差が小さく、両領域における熱膨張がつり合っている状態に近付けることができる。加えて、冷却装置40によって外筒20を冷却することにより、湯受け領域の内筒10の熱膨張は更に小さくなり、注湯孔30の周縁部との熱膨張の差がより小さくなる。そのため、溶融金属を供給した際の両領域における熱膨張の大きさの差異に起因して、筒部後端E2が反り上がる変形を抑制することができ、プランジャチップ70を摺動させる際に、筒部の内表面における上部でプランジャチップ70が食い込む「カジリ抵抗」が生じるおそれを、低減することができる。
【0043】
加えて、第二実施形態のスリーブS1bでは、複合材料層11が中心軸Xの方向で筒部1の全長に亘る長さで設けられているため、筒部1において溶融金属と接触する部分が全体的に熱伝導率の小さい材料で形成されており保温性が高い。そのため、キャビティに至る前に溶融金属の温度がスリーブ内で低下するおそれが低減されており、凝固片の混在のない高品質の製品を成形することができる。
【0044】
また、スリーブS1bは、内筒10において鋼層12と複合材料層11との境界の高さが、筒部後端E2から筒部前端E1に向かうほど上昇している。注湯孔30からスリーブS1b内に供給された溶融金属の液面の高さは、プランジャチップ70の前進に伴い筒部前端E1に向かうほど上昇する。第二実施形態では、このような溶融金属の液面高さの上昇に合わせて、両層の境界の高さを筒部後端E2から筒部前端E1に向かって上昇させている。そのため、溶融金属に接触する部分がより全体的に熱伝導率の小さい材料で形成されていることとなり、溶融金属の温度がスリーブ内で低下し凝固片が生じるおそれが、より有効に低減されている。加えて、溶融金属に接触する部分が全体的に熱膨張率の小さいTC複合材料で形成されていることにより、熱膨張による延びがより良好に抑制され、筒部後端E2が上方に反る変形がより有効に抑制される。
【0045】
以上のように、本実施形態のスリーブS1,S1bによれば、少なくとも溶融金属を供給した際に高温となる湯受け領域で、内筒10を熱伝導率の小さいTC複合材料で形成すると共に、湯受け領域で外筒20を冷却装置40によって冷却することにより、溶融金属の温度を低下させない程度に内筒10を間接的に冷却することができ、凝固片の生成を抑制しつつ内筒10の損傷を抑制し、スリーブの耐用期間を長くすることができる。
【0046】
加えて、第二実施形態のスリーブS1bによれば、湯受け領域を熱膨張率の小さいTC複合材料で形成する一方、注湯孔30の周縁部を鋼で形成することにより、筒部後端E2が上部に反りかえる変形を有効に防止することができる。
【0047】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0048】
例えば、内筒10の内表面に、窒化処理、炭化処理、ホウ化処理などの表面処理による表面処理層を、設けることができる。
【0049】
また、上記では、TC複合材料の原料とするセラミックスとして、炭化珪素(SiC)を例示したが、これに限定されず、Si、TiN、BN,ALN等の窒化物系セラミックス、TiC、BC、CrC等の炭化物系セラミックス、ZrB、TiB等のホウ化物系セラミックス、Cr、TiO、ZrO、MgO,Y等の酸化物系セラミックス、及びサイアロンを、単独または複数を混合して使用することができる。
【0050】
更に、上記では、内筒10が鋼層12と複合材料層11とで形成されている実施形態として、鋼層12及び複合材料層11それぞれの長さが内筒10の軸方向の全長にわたる長さであり、且つ、両層の境界の高さが筒部前端E1に向かって漸次増加する場合を例示したが、鋼層12の軸方向の長さが内筒10の軸方向の全長N1より短い構成とすることもできる。具体的には、図8に示すように、両層の境界の高さは内筒10の筒部後端E2においては内筒10の外径の1/4倍~1/2倍であり、境界の高さは筒部前端E1側に向かって漸次増加すると共に、内筒10の筒部前端E1から軸方向の長さがN2の位置で、内筒10の側周壁の全体がTC複合材料で形成された複合材料層11のみからなる構成のスリーブS1cとすることができる。ここで、長さN2は、鋼層12の軸方向の最大長さ(N1-N2)が、内筒10の軸方向における注湯孔30の長さの3/2倍~3倍となるように設定することができる。
【0051】
このような構成のスリーブS1cによっても、スリーブS1,S1bについて上記した作用効果と同一の作用効果を得ることができる。加えて、スリーブS1cでは、注湯孔30から供給される溶融金属によって高温となる湯受け領域と熱膨張をバランスさせるべき部分である、注湯孔30の周縁部を含む必要最小限に近い範囲を、TC複合材料より熱膨張率の大きい鋼で形成している。これにより、筒部後端E2側が上部に反り上がる変形を抑制する効果を得つつ、残部は熱伝導率の小さいTC複合材料層で囲むことにより、溶融金属の温度の低下を更に効果的に抑制することができる。
【符号の説明】
【0052】
1 筒部
10 内筒
11 複合材料層
12 鋼層
20 外筒
30 注湯孔
40 冷却装置
70 プランジャチップ
E1 筒部前端
E2 筒部後端
S1,S1b,S1c スリーブ(ダイカスト用スリーブ)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9