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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-13
(45)【発行日】2022-09-22
(54)【発明の名称】被膜、工具、および工作機械
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220914BHJP
   B23F 21/28 20060101ALI20220914BHJP
   B23F 21/16 20060101ALI20220914BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220914BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20220914BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23F21/28
B23F21/16
C23C14/06 B
C23C14/08
C23C14/06 A
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2022031561
(22)【出願日】2022-03-02
【審査請求日】2022-04-11
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】315017775
【氏名又は名称】日本電産マシンツール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100135013
【弁理士】
【氏名又は名称】西田 隆美
(72)【発明者】
【氏名】加藤 拓真
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-131425(JP,A)
【文献】特開2017-159424(JP,A)
【文献】特開2013-032578(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23F 21/16、21/28
B23C 3/16
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1層と、第2層および第3層の少なくともいずれか1つとを含む積層単位を有し、
前記第1層は、元素組成が(Cr1-a-b-cAl[Ni1-dZr)で表される第1材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記[Ni1-dZr]は、ZrNi化合物であり、
前記Xは、Ti,Nb,B,W,およびVから選ばれる少なくとも1種の元素であり、
前記a,b,cは、それぞれ、前記(Cr1-a-b-cAl[Ni1-dZr)におけるAl,[NiZr],Xの原子濃度を示し、
0.5≦a≦0.8,0.01≦b≦0.35,0<c≦0.2を満たし、
前記dは、前記[Ni1-dZr]におけるZrの原子濃度を示し、
0.2≦d≦0.5であり、
前記第2層は、元素組成が(AlCr1-e-f)で表される第2材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記Zは、Si,Y,Bから選ばれる少なくとも1種の元素であり、
前記e,fは、それぞれ、前記(AlCr1-e-f)におけるAl,Zの原子濃度を示し、
0.5≦e≦0.8,0.03≦f≦0.3,e+f≦0.9を満たし、
前記第3層は、元素組成が(AlCr1-g)で表される第3材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記gは、前記(AlCr1-g)におけるAlの原子濃度を示し、
0.5≦g≦0.8を満たす、
被膜。
【請求項2】
請求項1に記載の被膜であって、
前記積層単位が複数積層された、被膜。
【請求項3】
請求項2に記載の被膜であって、
前記積層単位の厚さは、200nm以下である、被膜。
【請求項4】
請求項2または請求項3に記載の被膜であって、
前記第1層および前記第2層により構成される積層単位が、複数積層される、被膜。
【請求項5】
請求項2または請求項3に記載の被膜であって、
前記第1層および前記第3層により構成される積層単位が、複数積層される、被膜。
【請求項6】
第1層、第2層、および第3層により構成される積層単位が、複数積層された被膜であって、
前記第1層は、元素組成が(Cr 1-a-b-c Al [Ni 1-d Zr )で表される第1材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記[Ni 1-d Zr ]は、ZrNi化合物であり、
前記Xは、Ti,Nb,Si,B,W,およびVから選ばれる少なくとも1種の元素であり、
前記a,b,cは、それぞれ、前記(Cr 1-a-b-c Al [Ni 1-d Zr )におけるAl,[NiZr],Xの原子濃度を示し、
0.5≦a≦0.8,0.01≦b≦0.35,0<c≦0.2を満たし、
前記dは、前記[Ni 1-d Zr ]におけるZrの原子濃度を示し、
0.2≦d≦0.5であり、
前記第2層は、元素組成が(Al Cr 1-e-f )で表される第2材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記Zは、Si,Y,Bから選ばれる少なくとも1種の元素であり、
前記e,fは、それぞれ、前記(Al Cr 1-e-f )におけるAl,Zの原子濃度を示し、
0.5≦e≦0.8,0.03≦f≦0.3,e+f≦0.9を満たし、
前記第3層は、元素組成が(Al Cr 1-g )で表される第3材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記gは、前記(Al Cr 1-g )におけるAlの原子濃度を示し、
0.5≦g≦0.8を満たす
被膜。
【請求項7】
第1層、第2層、および第3層により構成される積層単位が、複数積層された下層部と、
前記第1層および前記第2層により構成される積層単位が、複数積層された上層部と、
を有する、被膜であって、
前記第1層は、元素組成が(Cr 1-a-b-c Al [Ni 1-d Zr )で表される第1材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記[Ni 1-d Zr ]は、ZrNi化合物であり、
前記Xは、Ti,Nb,Si,B,W,およびVから選ばれる少なくとも1種の元素であり、
前記a,b,cは、それぞれ、前記(Cr 1-a-b-c Al [Ni 1-d Zr )におけるAl,[NiZr],Xの原子濃度を示し、
0.5≦a≦0.8,0.01≦b≦0.35,0<c≦0.2を満たし、
前記dは、前記[Ni 1-d Zr ]におけるZrの原子濃度を示し、
0.2≦d≦0.5であり、
前記第2層は、元素組成が(Al Cr 1-e-f )で表される第2材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記Zは、Si,Y,Bから選ばれる少なくとも1種の元素であり、
前記e,fは、それぞれ、前記(Al Cr 1-e-f )におけるAl,Zの原子濃度を示し、
0.5≦e≦0.8,0.03≦f≦0.3,e+f≦0.9を満たし、
前記第3層は、元素組成が(Al Cr 1-g )で表される第3材料の窒化物、炭化物、または炭窒化物を含み、
前記gは、前記(Al Cr 1-g )におけるAlの原子濃度を示し、
0.5≦g≦0.8を満たす、
被膜。
【請求項8】
請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載の被膜であって、
前記Zは、SiまたはYである、被膜。
【請求項9】
請求項1から請求項8までのいずれか1項に記載の被膜であって、
前記第1層は、前記第1材料の窒化物であり、
前記第2層は、前記第2材料の窒化物であり、
前記第3層は、前記第3材料の窒化物である、被膜。
【請求項10】
基材と、
前記基材の表面に形成された、請求項1から請求項9までのいずれか1項に記載の被膜と、
を有する、工具。
【請求項11】
請求項10に記載の工具であって、
ホブカッタ、ピニオンカッタ、スカイビングカッタ、およびシェービングカッタのいずれかである、工具。
【請求項12】
ワーク保持部と、
前記ワーク保持部に保持されたワークを加工する、請求項11に記載の工具と、
を有する、工作機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被膜、工具、および工作機械に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、歯車等のワークを切削する工作機械が知られている。工作機械は、ホブカッタ、ピニオンカッタ、スカイビングカッタ、シェービングカッタ等の工具を、ワークの表面に接触させることにより、ワークを切削する。この種の工具は、基材と、基材の表面を覆う被膜とを有する。被膜には、例えば、Al-Cr-N系の硬質被膜が使用される。
【0003】
従来の工具の被膜については、例えば、特許文献1に記載されている。
【文献】特開2013-032578号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
切削工具は、金属製のワークを削るものであるため、表面の被膜には、非常に高い硬度が求められる。しかしながら、高硬度の材料は靱性が低いため、クラックや摩耗が生じやすいという問題がある。このため、高硬度の材料を使用し、かつ、耐摩耗性が高い被膜を実現することは、従来困難であった。
【0005】
本発明の目的は、単一の材料で被膜を形成する場合よりも、耐摩耗性が高い被膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の被膜は、第1層と、第2層および第3層の少なくともいずれか1つとを含む積層単位を有し、前記第1層は、元素組成が(Cr1-a-b-cAl[Ni1-dZr)で表される第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含み、前記[Ni1-dZr]は、ZrNi化合物であり、前記Xは、Ti,Nb,Si,B,W,およびVから選ばれる少なくとも1種の元素であり、前記a,b,cは、それぞれ、前記(Cr1-a-b-cAl[Ni1-dZr)におけるAl,[NiZr],Xの原子濃度を示し、0.5≦a≦0.8,0.01≦b≦0.35,0<c≦0.2を満たし、前記dは、前記[Ni1-dZr]におけるZrの原子濃度を示し、0.2≦d≦0.5であり、前記第2層は、元素組成が(AlCr1-e-f)で表される第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含み、前記Zは、Si,Y,Bから選ばれる少なくとも1種の元素であり、前記e,fは、それぞれ、前記(AlCr1-e-f)におけるAl,Zの原子濃度を示し、0.5≦e≦0.8,0.03≦f≦0.3,e+f≦0.9を満たし、前記第3層は、元素組成が(AlCr1-g)で表される第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含み、前記gは、前記(AlCr1-g)におけるAlの原子濃度を示し、0.5≦g≦0.8を満たす。
【発明の効果】
【0007】
本願発明によれば、被膜の靱性が向上する。その結果、第1層、第2層、または第3層のいずれか一種の層のみで同じ厚さの被膜を形成する場合と比べて、被膜の耐摩耗性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、工作機械の側面図である。
図2図2は、工作機械の平面図である。
図3図3は、工具の斜視図である。
図4図4は、工具の切刃付近の断面図である。
図5図5は、第1実施形態に係る被膜の層構造を、模式的に示した図である。
図6図6は、第2実施形態に係る被膜の層構造を、模式的に示した図である。
図7図7は、第3実施形態に係る被膜の層構造を、模式的に示した図である。
図8図8は、第4実施形態に係る被膜の層構造を、模式的に示した図である。
図9図9は、被膜の耐摩耗性能を調べた実験の結果を示すグラフである。
図10図10は、工具の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<1.工作機械の構成>
図1は、一実施形態に係る工作機械1の側面図である。図2は、当該工作機械1の平面図である。図1および図2には、x方向、y方向、およびz方向が示されている。本実施形態において、x方向およびy方向は、水平方向であり、かつ互いに直交する方向である。また、本実施形態において、z方向は、鉛直方向である。ただし、x方向、y方向、およびz方向の定義は、工作機械1の姿勢を限定しない。すなわち、x方向およびy方向は、水平方向以外の方向であってもよい。また、z方向は、鉛直方向以外の方向であってもよい。
【0010】
この工作機械1は、金属製のワークWを、工具30で切削することにより、歯車を製造する装置である。本実施形態の工作機械1は、工具30としてホブカッタを使用した、いわゆるホブ盤である。図1に示すように、工作機械1は、ベッド10、工具保持部20、工具30、ワーク保持部40、およびワークチェンジャ50を備える。
【0011】
ベッド10は、工具保持部20およびワーク保持部40を支持する支持台である。ベッド10は、剛性の高い圧延鋼により形成される。ベッド10は、歯車を製造する工場の床面に設置される。図1では、ベッド10が平坦な板状であり、その上面に、工具保持部20およびワーク保持部40が支持されている。ただし、ベッド10を、底板部、側壁部、および天板部を有する筐体状とし、その内部に、工具保持部20およびワーク保持部40を収容してもよい。工具保持部20およびワーク保持部40は、x方向に並んで配置されている。
【0012】
工具保持部20は、工具30を保持する機構である。図1および図2に示すように、工具保持部20は、コラム21、サドル22、および工具ヘッド23を有する。
【0013】
コラム21は、図示を省略した第1駆動機構により、ベッド10に対してx方向に移動可能となっている。サドル22は、コラム21のワーク保持部40と対向する面に、設けられている。サドル22は、図示を省略した第2駆動機構により、コラム21に対してz方向に移動可能となっている。
【0014】
工具ヘッド23は、サドル22に取り付けられている。工具ヘッド23は、図示を省略した第3駆動機構により、サドル22に対してy方向に移動可能となっている。また、工具ヘッド23は、図示を省略した第4駆動機構により、y方向に延びる回転軸9を中心として、回転可能となっている。
【0015】
工具30は、ワークWを加工するための部品である。工具30は、工具ヘッド23に対して、着脱可能となっている。工具ヘッド23に工具30を装着した状態で、上述した第1駆動機構、第2駆動機構、および第3駆動機構を動作させると、工具ヘッド23とともに工具30が、x方向、y方向、およびz方向に移動する。また、工具ヘッド23に工具30を装着した状態で、上述した第4駆動機構を動作させると、工具30が、y方向に延びる回転軸9を中心として、高速で回転する。
【0016】
図3は、工具30の斜視図である。本実施形態の工具30は、歯車の外歯を切削するためのホブカッタである。工具30は、略円筒形状であり、その外周面に、螺旋状に配列された多数の切刃31を有する。工具ヘッド23に工具30が装着された状態において、工具ヘッド23の回転軸9と、工具30の中心軸とは、同軸に配置される。
【0017】
ワーク保持部40は、被削体であるワークWを支持する機構である。ワーク保持部40は、工具保持部20から、x方向に間隔をあけて配置されている。図1に示すように、ワーク保持部40は、テーブル41、カウンタコラム42、およびテールストック43を有する。なお、図2では、カウンタコラム42およびテールストック43の図示が省略されている。
【0018】
テーブル41は、ワークWを下側から支持するユニットである。テーブル41は、コラム21とカウンタコラム42との間に配置されている。テーブル41の上端部には、ワークWを下側から支持する下側クランパ411が設けられている。
【0019】
カウンタコラム42は、ベッド10の上面に固定されている。カウンタコラム42は、ベッド10の上面から、上方へ向けて延びる。テールストック43は、ワークWを上側から支持するユニットである。テールストック43は、カウンタコラム42の工具保持部20と対向する面に、上下移動可能に設けられている。テールストック43の下端部には、ワークWを上側から支持する上側クランパ431が設けられている。
【0020】
ワークWは、テーブル41の下側クランパ411と、テールストック43の上側クランパ431との間に、挟まれた状態で保持される。また、下側クランパ411および上側クランパ431は、図示を省略した回転機構により、z方向に延びる回転軸を中心として、回転可能となっている。したがって、下側クランパ411および上側クランパ431でワークWを保持した状態で、回転機構を動作させることにより、ワークWを回転させることができる。
【0021】
ワークチェンジャ50は、ワークWを搬送する機構である。図1および図2に示すように、ワークチェンジャ50は、ターンテーブル51を有する。ターンテーブル51は、複数のアーム52を有する。ワークWは、各アーム52の先端に、グリッパを介して保持される。ターンテーブル51は、各アーム52にワークWを保持しつつ、図示を省略した回転機構により、z方向に延びる回転軸を中心として回転する。これにより、ワークWを、テーブル41とテールストック43の間の加工位置P1と、加工位置P1から側方へ離れた待機位置P2との間で、搬送することができる。
【0022】
なお、図2の例では、ターンテーブル51が、3本のアーム52を有している。しかしながら、ターンテーブル51が有するアーム52の数は、1本、2本、または4本以上であってもよい。
【0023】
この工作機械1でワークWを加工するときには、まず、ワークチェンジャ50により、ワークWを、待機位置P2から加工位置P1へ搬入する。そして、下側クランパ411および上側クランパ431によりワークWを保持する。次に、上述した回転機構により、z方向に延びる回転軸を中心とするワークWの回転を開始するとともに、上述した第4駆動機構により、y方向に延びる回転軸を中心とする工具30の回転を開始させる。
【0024】
続いて、上述した第1駆動機構により、工具30を、ワークWに接近させる。そして、ワークWおよび工具30を回転させながら、ワークWに対する工具30の位置を、徐々に変化させる。これにより、ワークWの外周面に、外歯が形成される。その後、下側クランパ411および上側クランパ431によるワークWの保持を解除し、ワークチェンジャ50により、ワークWを、加工位置P1から待機位置P2へ搬出する。
【0025】
上記のように、工作機械1は、ワーク保持部40と、ワーク保持部40に保持されたワークWを加工する工具30と、を有する。後述の通り、工具30は、耐摩耗性が高い被膜33を有する。このため、この工作機械1は、工具30を使用して、ワークWを長期に亘って精度よく加工できる。
【0026】
<2.工具の被膜について>
図4は、工具30の切刃31付近の断面図である。図4に示すように、工具30は、高速度鋼や超硬合金などの合金で形成される基材32と、基材32の表面を覆う硬質の被膜33とを有する。以下では、被膜33の第1実施形態、第2実施形態、第3実施形態、および第4実施形態について、説明する。
【0027】
<2-1.第1実施形態>
図5は、第1実施形態に係る被膜33の層構造を、模式的に示した図である。図5に示すように、第1実施形態の被膜33は、第1層L1および第2層L2により構成される積層単位61が、複数積層された多層膜である。被膜33の厚さは、例えば、1μmから5μm程度とされる。後述のように、積層単位61を複数回繰り返し積層することにより、積層を繰り返さない場合よりも、被膜33の耐摩耗性を、向上させることができる。
【0028】
第1層L1は、元素組成が(Cr1-a-b-cAl[Ni1-dZr)で表される第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。上記の組成式において、Crはクロム、Alはアルミニウム、Niはニッケル、Zrはジルコニウムである。[Ni1-dZr]は、ZrNi化合物である。Xは、Ti(チタン),Nb(ニオブ),Si(ケイ素),B(ホウ素),W(タングステン),およびV(バナジウム)から選ばれる少なくとも1種の元素である。
【0029】
a,b,cは、それぞれ、(Cr1-a-b-cAl[Ni1-dZr)におけるAl,[NiZr],Xの原子濃度(at%)を示す。aは、0.5≦a≦0.8を満たす。bは、0.01≦b≦0.35を満たす。cは、0<c≦0.2を満たす。dは、[Ni1-dZr]におけるZrの原子濃度を示す。dは、0.2≦d≦0.5を満たす。Al,[NiZr],Xの原子濃度をこのような数値範囲とすることにより、第1層L1を、耐摩耗性が高い層とすることができる。なお、a,b,cは、0.51≦a+b+c<1を満たしていることが、より望ましい。
【0030】
第1層L1は、実質的に、第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第1層L1は、第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0031】
第2層L2は、元素組成が(AlCr1-e-f)で表される第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。上記の組成式において、Alはアルミニウム、Crはクロムである。Zは、Si(ケイ素),Y(イットリウム),B(ホウ素)から選ばれる少なくとも1種の元素である。e,fは、それぞれ、(AlCr1-e-f)におけるAl,Zの原子濃度(at%)を示す。eは、0.5≦e≦0.8を満たす。fは、0.03≦f≦0.3を満たす。また、e,fは、e+f≦0.9を満たす。Al,Zの原子濃度を、このような数値範囲とすることにより、第2層L2を、耐摩耗性が高い層とすることができる。上記の通り、Zには、Si(ケイ素)またはY(イットリウム)を選択することができる。Si(ケイ素)またはY(イットリウム)を選択することにより、第2層L2を含む被膜33の耐摩耗性を、向上させることができる。
【0032】
第2層L2は、実質的に、第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第2層L2は、第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0033】
第1実施形態の被膜33は、基材32の表面に、第1層L1と第2層L2とを、交互に繰り返し成膜することにより、形成される。成膜方法としては、例えば、PVD(Physical Vapor Deposition:物理蒸着)の一種であるイオンプレーティング法が使用される。具体的には、チャンバ内において、中央に基材32を配置し、その周りに、第1材料で形成された第1ターゲットと、第2材料で形成された第2ターゲットとを配置する。そして、基材32を回転させながら、第1ターゲットからの第1材料の蒸着と、第2ターゲットからの第2材料の蒸着とを行う。これにより、基材32の表面に、第1層L1と第2層L2とが、交互に繰り返し成膜される。
【0034】
このとき、チャンバ内に窒化源である窒素(N)ガスを導入すると、第1材料および第2材料が、窒化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に炭化源であるメタン(CH)ガスを導入すると、第1材料および第2材料が、炭化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に窒化源である窒素(N)ガスと、炭化源であるメタン(CH)ガスとを導入すると、第1材料および第2材料が、炭窒化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に酸化源である酸素(O)ガスを導入すると、第1材料および第2材料が、酸化物となって、基材32の表面に成膜される。
【0035】
上述の通り、第1層L1および第2層L2は、いずれも、優れた耐摩耗性を有する。ただし、第1層L1は、第2層L2に比べて、相対的に硬度が低い。このような第1層L1を、第2層L2の間に挟むことによって、第1層L1による緩衝作用が得られ、被膜33の靱性が向上する。したがって、被膜が、第1層L1のみ、あるいは第2層L2のみで構成される場合よりも、被膜33の表面に微小なクラックが生じにくくなる。これにより、被膜33の耐摩耗性が向上し、工具30を長寿命化できる。
【0036】
第1層L1および第2層L2により構成される積層単位61の厚さhは、200nm以下とすることが望ましい。積層単位61の厚さhを200nm以下に抑えることで、被膜33の中に、積層単位61を、多数回繰り返し積層することができる。これにより、被膜33の耐摩耗性を、より向上させることができる。
【0037】
なお、図5の例では、被膜33の最下層が第1層L1となっており、最上層が第2層L2となっている。ただし、被膜33の最下層が第2層L2となっていてもよい。また、被膜33の最上層が第1層L1となっていてもよい。
【0038】
<2-2.第2実施形態>
図6は、第2実施形態に係る被膜33の層構造を、模式的に示した図である。図6に示すように、第2実施形態の被膜33は、第1層L1および第3層L3により構成される積層単位62が、複数積層された多層膜である。被膜33の厚さは、例えば、1μmから5μm程度とされる。後述のように、積層単位62を複数回繰り返し積層することにより、積層を繰り返さない場合よりも、被膜33の耐摩耗性を、向上させることができる。
【0039】
第1層L1は、上述した第1実施形態と同一の元素組成を有する第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。第1層L1は、実質的に、第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第1層L1は、第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0040】
第3層L3は、元素組成が(AlCr1-g)で表される第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。上記の組成式において、Alはアルミニウム、Crはクロムである。gは、(AlCr1-g)におけるAlの原子濃度(at%)を示す。gは、0.5≦g≦0.8を満たす。Alの原子濃度を、このような数値範囲とすることにより、第3層L3を、耐摩耗性が高い層とすることができる。
【0041】
第3層L3は、実質的に、第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第3層L3は、第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0042】
第2実施形態の被膜33は、基材32の表面に、第1層L1と第3層L3とを、交互に繰り返し成膜することにより、形成される。成膜方法としては、例えば、PVD(Physical Vapor Deposition:物理蒸着)の一種であるイオンプレーティング法が使用される。具体的には、チャンバ内において、中央に基材32を配置し、その周りに、第1材料で形成された第1ターゲットと、第3材料で形成された第3ターゲットとを配置する。そして、基材32を回転させながら、第1ターゲットからの第1材料の蒸着と、第3ターゲットからの第3材料の蒸着とを行う。これにより、基材32の表面に、第1層L1と第3層L3とが、交互に繰り返し成膜される。
【0043】
このとき、チャンバ内に窒化源である窒素(N)ガスを導入すると、第1材料および第3材料が、窒化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に炭化源であるメタン(CH)ガスを導入すると、第1材料および第3材料が、炭化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に窒化源である窒素(N)ガスと、炭化源であるメタン(CH)ガスとを導入すると、第1材料および第3材料が、炭窒化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に酸化源である酸素(O)ガスを導入すると、第1材料および第3材料が、酸化物となって、基材32の表面に成膜される。
【0044】
上述の通り、第1層L1および第3層L3は、いずれも、優れた耐摩耗性を有する。ただし、第1層L1は、第3層L3に比べて、相対的に硬度が低い。このような第1層L1を、第3層L3の間に挟むことによって、第1層L1による緩衝作用が得られ、被膜33の靱性が向上する。したがって、被膜が、第1層L1のみ、あるいは第3層L3のみで構成される場合よりも、被膜33の表面に微小なクラックが生じにくくなる。これにより、被膜33の耐摩耗性が向上し、工具30を長寿命化できる。
【0045】
第1層L1および第3層L3により構成される積層単位62の厚さhは、200nm以下とすることが望ましい。積層単位62の厚さhを200nm以下に抑えることで、被膜33の中に、積層単位62を、多数回繰り返し積層することができる。これにより、被膜33の耐摩耗性を、より向上させることができる。
【0046】
なお、図6の例では、被膜33の最下層が第1層L1となっており、最上層が第3層L3となっている。ただし、被膜33の最下層が第3層L3となっていてもよい。また、被膜33の最上層が第1層L1となっていてもよい。
【0047】
<2-3.第3実施形態>
図7は、第3実施形態に係る被膜33の層構造を、模式的に示した図である。図7に示すように、第3実施形態の被膜33は、第1層L1、第2層L2、および第3層L3により構成される積層単位63が、複数積層された多層膜である。被膜33の厚さは、例えば、1μmから5μm程度とされる。後述のように、積層単位63を複数回繰り返し積層することにより、積層を繰り返さない場合よりも、被膜33の耐摩耗性を、向上させることができる。
【0048】
第1層L1は、上述した第1実施形態と同一の元素組成を有する第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。第1層L1は、実質的に、第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第1層L1は、第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0049】
第2層L2は、上述した第1実施形態と同一の元素組成を有する第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。第2層L2は、実質的に、第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第2層L2は、第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0050】
第3層L3は、上述した第2実施形態と同一の元素組成を有する第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。第3層L3は、実質的に、第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第3層L3は、第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0051】
第3実施形態の被膜33は、基材32の表面に、第1層L1、第2層L2、および第3層L3を、繰り返し成膜することにより、形成される。成膜方法としては、例えば、PVD(Physical Vapor Deposition:物理蒸着)の一種であるイオンプレーティング法が使用される。具体的には、チャンバ内において、中央に基材32を配置し、その周りに、第1材料で形成された第1ターゲットと、第2材料で形成された第2ターゲットと、第3材料で形成された第3ターゲットとを配置する。そして、基材32を回転させながら、第1ターゲットからの第1材料の蒸着と、第2ターゲットからの第2材料の蒸着と、第3ターゲットからの第3材料の蒸着とを行う。これにより、基材32の表面に、第1層L1、第2層L2、および第3層L3が、繰り返し成膜される。
【0052】
このとき、チャンバ内に窒化源である窒素(N)ガスを導入すると、第1材料、第2材料、および第3材料が、窒化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に炭化源であるメタン(CH)ガスを導入すると、第1材料、第2材料、および第3材料が、炭化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に窒化源である窒素(N)ガスと、炭化源であるメタン(CH)ガスとを導入すると、第1材料、第2材料、および第3材料が、炭窒化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に酸化源である酸素(O)ガスを導入すると、第1材料、第2材料、および第3材料が、酸化物となって、基材32の表面に成膜される。
【0053】
上述の通り、第1層L1、第2層L2、および第3層L3は、いずれも、優れた耐摩耗性を有する。ただし、第1層L1は、第2層L2および第3層L3に比べて、相対的に硬度が低い。このような第1層L1を、第2層L2と第3層L3の間に挟むことによって、第1層L1による緩衝作用が得られ、被膜33の靱性が向上する。したがって、被膜が、第1層L1のみ、第2層L2のみ、あるいは第3層L3のみで構成される場合よりも、被膜33の表面に微小なクラックが生じにくくなる。これにより、被膜33の耐摩耗性が向上し、工具30を長寿命化できる。
【0054】
第1層L1、第2層L2、および第3層L3により構成される積層単位63の厚さhは、200nm以下とすることが望ましい。積層単位63の厚さhを200nm以下に抑えることで、被膜33の中に、積層単位63を、多数回繰り返し積層することができる。これにより、被膜33の耐摩耗性を、より向上させることができる。
【0055】
なお、図7の例では、被膜33の最下層が第1層L1となっており、最上層が第3層L3となっている。ただし、被膜33の最下層が第2層L2または第3層L3となっていてもよい。また、被膜33の最上層が第1層L1または第2層L2となっていてもよい。
【0056】
また、第1層L1、第2層L2、および第3層L3の積層順は、図7の例に限定されるものではない。例えば、第2層L2と第3層L3の積層順が、図7の例とは逆になっていてもよい。
【0057】
<2-4.第4実施形態>
図8は、第4実施形態に係る被膜33の層構造を、模式的に示した図である。図8に示すように、第4実施形態の被膜33は、下層部331と上層部332とを有する多層膜である。被膜33の厚さは、例えば、1μmから5μm程度とされる。下層部331においては、第1層L1、第2層L2、および第3層L3により構成される積層単位63が、複数積層されている。上層部332においては、第1層L1および前記第2層L2により構成される積層単位61が、複数積層されている。後述のように、積層単位61および積層単位63を複数回繰り返し積層することにより、積層を繰り返さない場合よりも、被膜33の耐摩耗性を、向上させることができる。
【0058】
第1層L1は、上述した第1実施形態と同一の元素組成を有する第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。第1層L1は、実質的に、第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第1層L1は、第1材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0059】
第2層L2は、上述した第1実施形態と同一の元素組成を有する第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。第2層L2は、実質的に、第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第2層L2は、第2材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0060】
第3層L3は、上述した第2実施形態と同一の元素組成を有する第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物を含む。第3層L3は、実質的に、第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物のみで構成されることが望ましい。ただし、第3層L3は、第3材料の窒化物、炭化物、炭窒化物、または酸化物と、不可避的に混入する不純物と、を含んでいてもよい。
【0061】
第4実施形態の被膜33は、基材32の表面に、まず、下層部331を成膜し、その後に、上層部332を成膜することにより、形成される。下層部331の成膜時には、第1層L1、第2層L2、および第3層L3を、繰り返し成膜する。具体的な成膜方法は、上述した第3実施形態と同様である。上層部332の成膜時には、第1層L1および第2層L2を、繰り返し成膜する。具体的な成膜方法は、上述した第1実施形態と同様である。
【0062】
上記の成膜を行う際、チャンバ内に窒化源である窒素(N)ガスを導入すると、第1材料、第2材料、および第3材料が、窒化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に炭化源であるメタン(CH)ガスを導入すると、第1材料、第2材料、および第3材料が、炭化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に窒化源である窒素(N)ガスと、炭化源であるメタン(CH)ガスとを導入すると、第1材料、第2材料、および第3材料が、炭窒化物となって、基材32の表面に成膜される。また、チャンバ内に酸化源である酸素(O)ガスを導入すると、第1材料、第2材料、および第3材料が、酸化物となって、基材32の表面に成膜される。
【0063】
上述の通り、第1層L1、第2層L2、および第3層L3は、いずれも、優れた耐摩耗性を有する。ただし、第1層L1は、第2層L2および第3層L3に比べて、相対的に硬度が低い。下層部331においては、このような第1層L1が、第2層L2と第3層L3の間に挟まれる。これにより、下層部331の靱性が向上する。また、上層部332においては、このような第1層L1が、第2層L2の間に挟まれる。これにより、上層部332の靱性が向上する。したがって、被膜が、第1層L1のみ、第2層L2のみ、あるいは第3層L3のみで構成される場合よりも、被膜33の表面に微小なクラックが生じにくくなる。これにより、被膜33の耐摩耗性が向上し、工具30を長寿命化できる。
【0064】
第1層L1、第2層L2、および第3層L3により構成される積層単位63の厚さは、200nm以下とすることが望ましい。積層単位63の厚さを200nm以下に抑えることで、下層部331の中に、積層単位63を、多数回繰り返し積層することができる。これにより、被膜33の耐摩耗性を、より向上させることができる。
【0065】
また、第1層L1および第2層L2により構成される積層単位61の厚さも、200nm以下とすることが望ましい。積層単位61の厚さを200nm以下に抑えることで、上層部332の中に、積層単位61を、多数回繰り返し積層することができる。これにより、被膜33の耐摩耗性を、より向上させることができる。
【0066】
なお、図8の例では、下層部331の最下層が第1層L1となっており、最上層が第3層L3となっている。ただし、被膜33の最下層が第2層L2または第3層L3となっていてもよい。また、被膜33の最上層が第1層L1または第2層L2となっていてもよい。また、下層部331における第1層L1、第2層L2、および第3層L3の積層順は、図8の例に限定されるものではない。例えば、第2層L2と第3層L3の積層順が、図8の例とは逆になっていてもよい。
【0067】
また、図8の例では、上層部332の最下層が第1層L1となっており、最上層が第2層L2となっている。ただし、上層部332の最下層が第2層L2となっていてもよい。また、上層部332の最上層が第1層L1となっていてもよい。
【0068】
<2-5.耐摩耗性能に関する実験結果>
図9は、被膜33の耐摩耗性能を調べた実験の結果を示すグラフである。図9のグラフには、実施例を示す第1データD1と、比較例を示す第2データD2とが、含まれている。実施例では、基材32の表面に、上記の第4実施形態と同様の下層部および上層部を含む被膜を形成した工具を使用した。比較例では、実施例と同一の基材の表面に、従来のAl-Cr-N系の単層被膜を形成した工具を使用した。被膜の厚さは、実施例と比較例とで、同一とした。工具の種類は、ホブカッタとした。
【0069】
実施例および比較例の工具を使用して、多数のワークの切削加工を行い、その延べ切削長sと、工具の表面に生じた摩耗の深さtとの関係を調べた結果が、図9のグラフである。図9の結果を見ると、実施例を示す第1データD1では、比較例を示す第2データD2と比べて、工具の表面に生じる摩耗の深さtが、50%近く低減されている。この結果から、比較例の工具と比べて、実施例の工具の被膜の耐摩耗性が、大幅に向上していることが分かる。
【0070】
<2-6.総括>
上記の各実施形態の工具30の被膜33は、第1層L1と、第2層L2および第3層L3の少なくともいずれか1つとを含む積層単位を有する。第1層L1、第2層L2、および第3層L3の組成は、上述したとおりである。このように、複数の層を積層することで、被膜33の靱性が向上する。その結果、第1層L1、第2層L2、または第3層L3のいずれか一種の層のみで同じ厚さの被膜を形成する場合と比べて、被膜33の耐摩耗性を向上させることができる。
【0071】
例えば、被膜33が第2層L2のみで形成される場合、第2層L2に極めて小さいクラックが発生すると、当該クラックが被膜33の厚み方向に進行して、大きなクラックとなることがある。これに対し、例えば、被膜33を第1層L1と第2層L2とで形成すると、硬度の異なる複数の層が積層される。この場合、第1層L1の硬度が第2層L2の硬度よりも低いため、第2層L2で発生した極めて小さいクラックが、第2層L2と第1層L1との境界を超えて、被膜33の厚み方向に進行することを抑制できる。したがって、被膜33に、厚み方向に大きなクラックが発生しにくくなる。すなわち、被膜33を第2層L2のみで形成する場合と比べて、第2層L2の厚さよりも大きいクラックが発生する可能性を低減できる。その結果、被膜33の耐摩耗性を向上させることができる。
【0072】
特に、上記の各実施形態の被膜33は、第1層L1と、第2層L2および第3層L3の少なくともいずれか1つとを含む積層単位が、複数積層された多層膜である。このように、積層単位を複数回繰り返し積層することにより、積層を繰り返さない場合よりも、被膜33の耐摩耗性を、向上させることができる。
【0073】
また、上記の各実施形態の被膜33は、積層単位の厚さhが、200nm以下である。このように、1つの積層単位の厚さを抑えることで、被膜33の中に、積層単位をより多数回繰り返し積層することができる。これにより、被膜33の耐摩耗性を、より向上させることができる。
【0074】
上述の通り、第1層L1、第2層L2、および第3層L3の各層は、窒化物、炭化物、炭窒化物、および酸化物のいずれであってもよい。ただし、第1層L1を第1材料の窒化物とし、第2層L2を第2材料の窒化物とし、第3層L3を第3材料の窒化物とすれば、炭化物、炭窒化物、または酸化物の場合よりも、被膜33の耐摩耗性を、さらに向上させることができる。
【0075】
工具30は、基材32と、基材32の表面に形成された上記の被膜33とを有する。被膜33は、上述の通り、第1層L1と、第2層L2および第3層L3の少なくともいずれか1つとを含む積層単位を有することにより、極めて高い耐摩耗性を有する。これにより、単一の材料で形成された単層の被膜を有する場合よりも、工具30の寿命を向上させることができる。
【0076】
<3.変形例>
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されるものではない。
【0077】
上記の実施形態では、基材32の表面に、上述した積層単位が、直接成膜されていた。しかしながら、基材32の表面に、他の層を介して、上述した積層単位が成膜されていてもよい。例えば、基材32の表面に、第3層L3のみからなる単層部が形成され、その単層部の表面に、上述した積層単位が積層されていてもよい。
【0078】
また、上記の実施形態では、工具30が、歯車の外歯を切削するためのホブカッタである場合について、説明した。しかしながら、被膜33の適用対象は、ホブカッタには限定されない。図10は、工具30の他の例である、スカイビングカッタの斜視図である。スカイビングカッタは、歯車の内歯を切削するための工具30である。このようなスカイビングカッタの表面に、上記の各実施形態と同様の被膜33を形成してもよい。また、被膜33の適用対象となる工具30は、ピニオンカッタやシェービングカッタなどであってもよい。
【0079】
工具30は、上記のホブカッタ、ピニオンカッタ、スカイビングカッタ、シェービングカッタのいずれかであることが望ましい。これらの切削工具は、金属製のワークを削るものであるため、表面の被膜には、非常に高い硬度が求められる。しかしながら、高硬度の材料は靱性が低いため、クラックが生じやすいという問題がある。一般的に、単一の材料で、硬度と靱性を両立させることは、困難である。
【0080】
この点において、上記の各実施形態の被膜33は、硬度の高い第2層L2および第3層L3の少なくともいずれか1つと、第2層L2および第3層L3よりも相対的に硬度の低い第1層L1とを、積層している。これにより、第1層L1による緩衝作用が得られ、被膜33の靱性が向上する。したがって、単一の材料で被膜を形成する場合よりも、被膜33にクラックが生じにくくなる。すなわち、被膜33を、複数の材料による多層構造とすることにより、工具に求められる硬度と、靱性とを、両立させることができる。また、仮に、被膜33の表面付近の第2層L2または第3層L3に微小なクラックが生じたとしても、その下の第1層L1が高い靱性を有するため、クラックが深さ方向に進行しにくくなる。その結果、被膜33の耐摩耗性が向上し、工具30を長寿命化できる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本願は、被膜、工具、および工作機械に利用できる。
【符号の説明】
【0082】
1 工作機械
10 ベッド
20 工具保持部
21 コラム
22 サドル
23 工具ヘッド
30 工具
31 切刃
32 基材
33 被膜
40 ワーク保持部
41 テーブル
42 カウンタコラム
43 テールストック
50 ワークチェンジャ
51 ターンテーブル
52 アーム
61 積層単位
62 積層単位
63 積層単位
331 下層部
332 上層部
L1 第1層
L2 第2層
L3 第3層


【要約】      (修正有)
【課題】単一の材料で被膜を形成する場合よりも耐摩耗性が高い被膜を提供する。
【解決手段】被膜33は、第1層L1,第2層L2,第3層L3の少なくともいずれか1つを含む積層単位63を有し、第1層L1は、(Cr1-a-b-cAl[Ni1-dZr)で表される第1材料の窒化物等を含み、Xは、Ti,Nb,Si,B,W,Vから選ばれる少なくとも1種の元素であり、a,b,c,dは、0.5≦a≦0.8,0.01≦b≦0.35,0<c≦0.2, 0.2≦d≦0.5を満たし、第2層L2は、(AlCr1-e-f)で表される第2材料の窒化物等を含み、Zは、Si,Y,Bから選ばれる少なくとも1種の元素であり、e,fは、0.5≦e≦0.8,0.03≦f≦0.3,e+f≦0.9を満たし、第3層L3は、(AlCr1-g)で表される第3材料の窒化物等を含み、gは、0.5≦g≦0.8を満たす。
【選択図】図7
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10