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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-14
(45)【発行日】2022-09-26
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220915BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20220915BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20220915BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220915BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/32
C23C16/34
C23C16/36
C23C16/40
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019228993
(22)【出願日】2019-12-19
(65)【公開番号】P2021094670
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2020-08-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】石井 克弥
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/144088(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2004/0265541(US,A1)
【文献】特開平07-285001(JP,A)
【文献】特開平11-131235(JP,A)
【文献】国際公開第00/079022(WO,A1)
【文献】特開2011-011331(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面上に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層が、下部層と、該下部層の表面上に形成された上部層とを含み、
前記下部層が、Tiの炭化物層、Tiの窒化物層、Tiの炭窒化物層、Tiの炭酸化物層及びTiの炭窒酸化物層からなる群より選択される1種以上の層からなるTi化合物層であり、
前記下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層が、α型酸化アルミニウム層からなり、
前記上部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、
前記Ti化合物層が、少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、
前記Tiの炭窒化物層が下記式(i)で表される組成からなり、
Ti(Cx1-x) (i)
(式中、xは、前記Tiの炭窒化物層において、C元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.65<x≦0.90を満足する。)
前記Tiの炭窒化物層において、下記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)が、2.0以上4.0以下である、被覆切削工具(ただし、前記Tiの炭窒化物層において、下記式(2)で表される(220)面の組織係数TC(220)が最大になるものを除く)。
【数1】
(式(1)及び(2)中、I(hkl)は、前記Tiの炭窒化物層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、Tiの炭化物のJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度と、Tiの窒化物のJCPDSカード番号32-1420における(hkl)面の標準回折強度との平均値を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)及び(511)の8つの結晶面を指す。)
【請求項2】
前記Tiの炭窒化物層を構成する粒子の平均粒径が、0.3μm以上2.0μm以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆層が、前記上部層の表面に形成された外層を含み、
前記外層が、Tiの窒化物層及び/又はTiの炭窒化物層からなり、
前記外層の平均厚さが、0.1μm以上5.0μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層全体の平均厚さが、7.5μm以上25.0μm以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウムからなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
特許文献1には、炭化タングステン基超硬合金又は炭窒化チタン基サーメットからなるサーメット基体の表面に、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物及び炭窒酸化物、並びに酸化アルミニウムのうちの2種以上の複層からなる硬質被覆層を化学蒸着法にて形成してなる表面被覆サーメット製切削工具において、硬質被覆層のうちの基体表面に接する第1層を除く構成層のうちの少なくとも1層を炭窒化チタンで構成し、かつこの炭窒化チタン層のうちの少なくとも1層を、X線回折における(422)面に最高ピーク強度を示す炭窒化チタンで構成したことを特徴とする硬質被覆層の耐摩耗性が向上した表面被覆サーメット製切削工具が記載されている。
【0004】
特許文献2には、基材と基材上に形成された被膜とを含み、被膜は、少なくとも一層のTiCN層を含み、TiCN層は、柱状晶領域を有し、柱状晶領域は、TiCxy(ただし0.65≦x/(x+y)≦0.90)という組成を有し、(422)面の面間隔が0.8765~0.8780Åであり、かつ配向性指数TC(hkl)においてTC(422)が最大となる、表面被覆切削工具が記載されている。
【0005】
特許文献3には、基材と基材上に形成された被膜とを含み、被膜は、少なくとも一層のTiCN層を含み、TiCN層は、柱状晶領域を有し、柱状晶領域は、TiCxy(ただし0.65≦x/(x+y)≦0.90)という組成を有し、(422)面の面間隔が0.8765~0.8790Åであり、かつ配向性指数TC(hkl)においてTC(220)が最大となる、表面被覆切削工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-158325号公報
【文献】特許第5768308号公報
【文献】特許第5884138号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切り込み化がより顕著となり、また、被削材の高強度化により、従来よりも工具の耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが求められている。特に、近年、鋳鉄は薄肉化を達成するために強度が向上し、切削加工においては、鋳鉄の高速切削等、被覆切削工具に負荷が作用するような切削加工が増えている。かかる過酷な切削条件下において、特許文献1~3に記載のような従来の被覆切削工具では、摩耗の進行が早いため工具寿命を長くできない場合があったり、靭性が不十分なためチッピング及び欠損が生じる場合があったりする。
【0008】
このような背景の下、特許文献1に記載の表面被覆サーメット製切削工具は、被覆層における炭素の含有量が低いことから、硬さが低く、耐摩耗性が不十分となる場合がある。また、特許文献2に記載の表面被覆切削工具は、被覆層におけるTiの炭窒化物層を形成する温度が低いことから密着性が不十分な場合があったり、耐摩耗性が不十分な場合があったりする。特許文献3に記載の表面被覆切削工具は、被覆層におけるTiの炭窒化物層の耐摩耗性には一定の効果が認められるものの、靭性が不十分である場合があり、この結果、耐チッピング性及び耐欠損性が不十分な場合がある。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆層が少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、Tiの炭窒化物層における(331)面の組織係数を所定の範囲とすることを含む以下の構成にすると、Tiの炭窒化物層における炭素の原子比が0.65を超え0.90以下の範囲であっても、耐摩耗性及び耐欠損性のバランスに優れ、その結果、工具寿命を延長することが可能になるという知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
[1]
基材と、該基材の表面上に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層が、下部層と、該下部層の表面上に形成された上部層とを含み、
前記下部層が、Tiの炭化物層、Tiの窒化物層、Tiの炭窒化物層、Tiの炭酸化物層及びTiの炭窒酸化物層からなる群より選択される1種以上の層からなるTi化合物層であり、
前記下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層が、α型酸化アルミニウム層からなり、
前記上部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、
前記Ti化合物層が、少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、
前記Tiの炭窒化物層が下記式(i)で表される組成からなり、
Ti(Cx1-x) (i)
(式中、xは、前記Tiの炭窒化物層において、C元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.65<x≦0.90を満足する。)
前記Tiの炭窒化物層において、下記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)が、1.5以上4.0以下である、被覆切削工具。
【数1】
(式(1)中、I(hkl)は、前記Tiの炭窒化物層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、Tiの炭化物のJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度と、Tiの窒化物のJCPDSカード番号32-1420における(hkl)面の標準回折強度との平均値を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)及び(511)の8つの結晶面を指す。)
[2]
前記Tiの炭窒化物層において、前記組織係数TC(331)が、2.0以上4.0以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記Tiの炭窒化物層を構成する粒子の平均粒径が、0.3μm以上2.0μm以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記被覆層が、前記上部層の表面に形成された外層を含み、
前記外層が、Tiの窒化物層及び/又はTiの炭窒化物層からなり、
前記外層の平均厚さが、0.1μm以上5.0μm以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記被覆層全体の平均厚さが、7.5μm以上25.0μm以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[6]
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[5]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、該基材の表面上に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、被覆層が、下部層と、該下部層の表面上に形成された上部層とを含み、下部層が、Tiの炭化物層、Tiの窒化物層、Tiの炭窒化物層、Tiの炭酸化物層及びTiの炭窒酸化物層からなる群より選択される1種以上の層からなるTi化合物層であり、下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、上部層が、α型酸化アルミニウム層からなり、上部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、Ti化合物層が、少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、Tiの炭窒化物層が下記式(i)で表される組成からなり、Tiの炭窒化物層において、下記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)が、1.5以上4.0以下である。
Ti(Cx1-x) (i)
(式中、xは、Tiの炭窒化物層において、C元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.65<x≦0.90を満足する。)
【数2】
(式(1)中、I(hkl)は、前記Tiの炭窒化物層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、Tiの炭化物のJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度と、Tiの窒化物のJCPDSカード番号32-1420における(hkl)面の標準回折強度との平均値を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)及び(511)の8つの結晶面を指す。ここで、I0(111)の平均値は、76であり、I0(200)の平均値は、100であり、I0(220)の平均値は、52.5であり、I0(311)の平均値は、24.5であり、I0(331)の平均値は、9.5であり、I0(420)の平均値は、19.5であり、I0(422)の平均値は、18.5であり、I0(511)の平均値は、11.5である。)
【0016】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、高強度の被削材を加工する切削条件、負荷が作用するような切削加工条件下でも耐摩耗性及び耐欠損性のバランスに優れるので、工具寿命を延長することができる。本実施形態の被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する要因は、以下のように考えられる。ただし、要因は以下のものに限定されない。まず、本実施形態の被覆切削工具は、下部層に含まれるTiの炭窒化物層がTi(Cx1-x)で表される組成からなり、該組成Ti(Cx1-x)において、xが0.65を超えると、硬さが向上することにより、耐摩耗性が向上し、xが0.90以下であると、硬さが高くなることによる靭性の低下を抑制し、耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層に含まれるTiの炭窒化物層において、上記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)が、1.5以上であると、組成Ti(Cx1-x)中のxを特定の大きい範囲としても、Tiの炭窒化物層を構成する粒子の粒径を大きくすることができ、この結果、靭性が向上する。これにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層に含まれるTiの炭窒化物層において、上記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)が、4.0以下であると、容易に製造することができる。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層が、α型酸化アルミニウム層からなることにより、下部層のTi化合物層の酸化による反応摩耗を抑制することができ、この結果、耐摩耗性が向上する。これらの効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性のバランスに優れ、工具寿命を延長することができる。
【0017】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具6は、基材1と、基材1の表面に被覆層5が形成されている。被覆層5では、基材1側から、下部層2、上部層3、及び外層4がこの順序で上方向に積層されている。
【0018】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面上に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0019】
本実施形態における基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0020】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0021】
本実施形態における被覆層全体の平均厚さは、7.5μm以上25.0μm以下であると好ましい。平均厚さが7.5μm以上であると、耐摩耗性が向上し、25.0μm以下であると、被覆層の基材との密着性及び耐欠損性が向上する。同様の観点から、被覆層の平均厚さは、8.0μm以上24.0μm以下であるとより好ましく、10.0μm以上23.0μm以下であることが更に好ましい。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算することで求めることができる。
【0022】
[下部層]
本実施形態の下部層は、Tiの炭化物層(以下、「TiC層」とも表記する。)、Tiの窒化物層(以下、「TiN層」とも表記する。)、Tiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」とも表記する。)、Tiの炭酸化物層(以下、「TiCO層」とも表記する。)及びTiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」とも表記する。)からなる群より選択される1種以上の層からなるTi化合物層である。被覆切削工具が、基材とα型酸化アルミニウム(以下、「α型Al23」とも表記する。)を含有する上部層との間に、下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。
【0023】
下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されてもよいが、複層で構成されていることが好ましく、2層又は3層で構成されていることがより好ましく、3層で構成されていることが更に好ましい。下部層が3層で構成されている場合には、基材の表面上に、TiC層又はTiN層を第1層として有し、第1層の表面上に、TiCN層を第2層として有し、第2層の表面上に、TiCNO層又はTiCO層を第3層として有してもよい。それらの中では、下部層が基材の表面上にTiN層を第1層として有し、第1層の表面上に、TiCN層を第2層として有し、第2層の表面上に、TiCNO層を第3層として有してもよい。
【0024】
本実施形態の下部層の平均厚さは、3.0μm以上15.0μm以下である。平均厚さが3.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、下部層の平均厚さが15.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、下部層の平均厚さは、4.0μm以上14.5μm以下であることがより好ましく、5.0μm以上14.0μm以下であることが更に好ましい。
【0025】
第1層(TiC層又はTiN層)の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.05μm以上1.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、第1層(TiC層又はTiN層)の平均厚さは、0.10μm以上0.50μm以下であることがより好ましく、0.15μm以上0.30μm以下であることが更に好ましい。
【0026】
第2層(TiCN層)の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、2.0μm以上14.5μm以下であることが好ましい。同様の観点から、第2層(TiCN層)の平均厚さは、3.0μm以上14.0μm以下であることがより好ましく、4.5μm以上13.5μm以下であることが更に好ましい。
【0027】
第3層(TiCNO層又はTiCO層)の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.1μm以上1.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、第3層(TiCNO層又はTiCO層)の平均厚さは、0.2μm以上0.5μm以下であることがより好ましい。
【0028】
下部層のTi化合物層は、少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、該Tiの炭窒化物層が下記式(i)で表される組成からなる。
Ti(Cx1-x) (i)
(式中、xは、前記Tiの炭窒化物層において、C元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.65<x≦0.90を満足する。)
組成Ti(Cx1-x)において、xが0.65を超えると、硬さが向上することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、xが0.90以下であると、硬さが高くなることによる靭性の低下を抑制し、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から、xは、0.66以上0.89以下が好ましく、0.67以上0.89以下がより好ましい。
【0029】
下部層のTiの炭窒化物層において、上記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)は、1.5以上4.0以下である。
【数3】
(式(1)中、I(hkl)は、前記Tiの炭窒化物層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、Tiの炭化物のJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度と、Tiの窒化物のJCPDSカード番号32-1420における(hkl)面の標準回折強度との平均値を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)及び(511)の8つの結晶面を指す。)
本実施形態の被覆切削工具は、下部層に含まれるTiの炭窒化物層において、上記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)が、1.5以上であると、組成Ti(Cx1-x)中のxを特定の大きい範囲としても、Tiの炭窒化物層を構成する粒子の粒径を大きくすることができ、この結果、靭性が向上する。これにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層に含まれるTiの炭窒化物層において、上記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)が、4.0以下であると、容易に製造することができる。同様の観点から、下部層に含まれるTiの炭窒化物層において、上記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)は、2.0以上4.0以下であることが好ましく、2.2以上3.8以下であることがより好ましい。
なお、従来は、炭素の原子比が0.7を超えたTiの炭窒化物層を製造するには、炭素源となるC24等の分圧を大きくする必要があるため、Tiの炭窒化物層を構成する粒子が微粒化する傾向があり、その結果、被覆切削工具は、靭性が不十分となる場合がある。本実施形態の被覆切削工具では、上述のとおり(331)面に配向したTiの炭窒化物層を有するので、Tiの炭窒化物層を構成する粒子が微粒化することを抑制でき、その結果、被覆切削工具は、靭性が向上し、耐欠損性に優れる。また、従来技術として(331)面に配向したTiの炭窒化物層は得られておらず、(331)面に配向したTiの炭窒化物層は、(220)面に対して耐欠損性が優位であり、(422)面に対して耐摩耗性が優位である。
【0030】
本実施形態において、下部層に含まれるTiの炭窒化物層の組織係数TC(331)は、以下のとおり算出できる。得られた試料について、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/min、2θ測定範囲:20°~155°とする条件で行う。装置は、株式会社リガク製のX線回折装置(型式「SmartLab」)を用いることができる。X線回折図形からTiの炭窒化物層の各結晶面のピーク強度を求める。得られた各結晶面のピーク強度から、Tiの炭窒化物層における(331)面の組織係数TC(331)を上記式(1)より算出する。
【0031】
下部層に含まれるTiの炭窒化物層の平均厚さは、2.5μm以上15.0μm以下であることが好ましい。下部層に含まれるTiの炭窒化物層の平均厚さが、2.5μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する傾向にある。さらに、下部層に含まれるTiの炭窒化物層における組織整数TC(331)が大きくなる傾向にあり、上述の効果がさらに高まる傾向にある。一方、下部層に含まれるTiの炭窒化物層の平均厚さが、15.0μm以下であると、密着性が向上するため、被覆切削工具の耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、下部層に含まれるTiの炭窒化物層の平均厚さは、3.5μm以上14.0μm以下であることがより好ましく、4.5μm以上13.5μm以下であることが更に好ましい。
【0032】
下部層のTiの炭窒化物層を構成する粒子の平均粒径は、0.3μm以上2.0μm以下であることが好ましい。下部層のTiの炭窒化物層を構成する粒子の平均粒径が、0.3μm以上であると、靭性が向上するため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にあり、一方、下部層のTiの炭窒化物層を構成する粒子の平均粒径が、2.0μm以下であると、上部層との密着性が向上することにより、剥離を抑制できるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、下部層のTiの炭窒化物層を構成する粒子の平均粒径は、0.4μm以上1.9μm以下であることがより好ましく、0.4μm以上1.8μm以下であることが更に好ましい。
【0033】
なお、本実施形態において、下部層のTiの炭窒化物層を構成する粒子の平均粒径については、下部層のTiの炭窒化物層の断面組織を市販の電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)、又は透過型電子顕微鏡(TEM)に付属した電子後方散乱回折像装置(EBSD)を用いて観察することにより求めることができる。具体的には、被覆切削工具におけるTiの炭窒化物層の断面を鏡面研磨し、得られた鏡面研磨面を断面組織とする。Tiの炭窒化物層を鏡面研磨する方法としては、特に限定されないが、例えば、ダイヤモンドペースト及び/又はコロイダルシリカを用いて研磨する方法及びイオンミリングを挙げることができる。被覆切削工具の断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料の断面組織に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び0.5nA照射電流で電子線を照射する。EBSDにより被覆切削工具のTiの炭窒化物層における断面組織を、測定範囲が(Tiの炭窒化物層の平均厚さ-0.5μm)×50μmの範囲、0.1μmのステップサイズで測定することが好ましい。このとき、方位差が5°以上の境界を粒界とみなし、この粒界によって囲まれる領域を粒子とする。ここで、平均粒径を求める際の粒径は、被覆層の膜厚方向に直交する方向における粒径を意味する。この際、Tiの炭窒化物層の平均厚さの50%の位置において各粒子の粒径を求めることが好ましい。具体的には、まず、Tiの炭窒化物層の平均厚さの50%の位置に膜厚方向に直交する方向に直線を引く。次に、直線の範囲に含まれる粒子の数を求める。直線の長さを求めた粒子の数で除した値を平均粒径とすることができる。この際、Tiの炭窒化物層の断面組織から粒径を求めるときに、画像解析ソフトを用いてもよい。上記のようにして特定した各粒子の平均粒径を求めることができる。
【0034】
下部層のTi化合物層は、上記の1種以上の層からなる層であるが、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0035】
[上部層]
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、下部層と、該下部層の表面上に形成された上部層とを含む。本実施形態に用いる上部層は、α型酸化アルミニウム層からなる。α型酸化アルミニウム層は、α型酸化アルミニウムからなる。本実施形態の被覆切削工具は、α型酸化アルミニウム層からなる上部層を含むことにより、下部層のTi化合物層の酸化による反応摩耗を抑制することができる。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性が向上する。
【0036】
本実施形態に用いる上部層の平均厚さは、3.0μm以上15.0μm以下である。上部層の平均厚さが、3.0μm以上であると、被覆切削工具のすくい面における耐クレーター摩耗性が一層向上する傾向にあり、15.0μm以下であると被覆層の剥離がより抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、上部層の平均厚さは、3.0μm以上14.0μm以下であることがより好ましく、3.0μm以上13.0μm以下であることが好ましく、3.0μm以上12.0μm以下であることが更に好ましい。
【0037】
上部層は、α型酸化アルミニウム層からなる層であるが、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型酸化アルミニウム(α型Al23)以外の成分を微量含んでもよい。
【0038】
[外層]
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、上部層の表面に形成された外層を含むことが好ましい。外層は、Tiの窒化物層及び/又はTiの炭窒化物層からなる。
【0039】
また、外層の平均厚さは、0.1μm以上5.0μm以下であることが好ましい。外層の平均厚さが0.1μm以上であることにより、α型酸化アルミニウム層の粒子の脱落を抑制する効果が向上し、外層の平均厚さが5.0μm以下であることにより、耐欠損性が向上する。同様の観点から、外層の平均厚さは、0.2μm以上3.5μm以下であることがより好ましく、0.3μm以上3.0μm以下であることが更に好ましい。
【0040】
外層は、Tiの窒化物及び/又はTiの炭窒化物からなる層であるが、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、Tiの窒化物及び/又はTiの炭窒化物以外の成分を微量含んでもよい。
【0041】
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の形成方法として、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0042】
まず、基材の表面上に特定のTiの化合物層である下部層を形成する。
【0043】
下部層のうち、上記式(i)で表される組成からなり、上記式(1)で表される(331)面の組織係数TC(331)が上記特定の範囲のTiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」とも表記する。)を形成する方法としては、例えば、以下の工程(1)と工程(2)とを順に行う方法が挙げられる。
【0044】
〔工程1〕
原料組成をTiCl4:3.5~8.0mol%、CH3CN:0.8~2.0mol%、H2:残部とし、温度を800~850℃、圧力を70~120hPaとする化学蒸着法でTiCN層の一部を形成する。工程1の時間は、3~15分とする。
〔工程2〕
原料組成をTiCl4:3.5~8.0mol%、CH3CN:0.3~1.0mol%、C24:1.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を900~950℃、圧力を70~120hPaとする化学蒸着法でTiCN層の全部を形成する。
【0045】
上記TiCN層の形成において、工程1の時間を長くすると、組織係数TC(331)を大きくすることができる。また、工程1の温度を高くすると、組織係数TC(331)を大きくすることができる。また、工程2において、原料のC24の量を大きくすると、C元素の原子比を大きくすることができる。また、工程1において、原料のTiCl4とCH3CNとの比(TiCl4/CH3CN)を小さくすると、TiCN層を構成する粒子の平均粒径を大きくすることができる。また、工程2の温度を高くすると、TiCN層を構成する粒子の平均粒径を大きくすることができる。また、TiCN層の平均厚さを大きくすると、TiCN層を構成する粒子の平均粒径が大きくなる傾向がある。
【0046】
その他の下部層は、例えば、以下の方法により形成される。
【0047】
例えば、Tiの窒化物層(以下、「TiN層」とも表記する。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~950℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0048】
Tiの炭化物層(以下、「TiC層」とも表記する。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.5~3.5mol%、CH4:3.5~5.5mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0049】
Tiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」とも表記する。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:3.0~4.0mol%、CO:0.5~1.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0050】
Tiの炭酸化物層(以下、「TiCO層」とも表記する。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.0~2.0mol%、CO:2.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0051】
次に、下部層の表面上にα型酸化アルミニウム層からなる上部層を形成する。上部層は、例えば、以下の方法により形成される。
【0052】
まず、基材の表面上に、1層以上のTi化合物層からなる下部層を形成する。その後、基材から最も離れた層の表面を酸化する(以下、この工程を「酸化処理工程」とも表記する。)。その後、酸化処理を施した層の表面上にα型酸化アルミニウム層を形成する(以下、この工程を「成膜工程」とも表記する。)。
【0053】
酸化処理工程において、基材から最も離れた層の表面の酸化は、原料組成をCO:0.1~0.5mol%、CO2:0.1~1.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を45~65hPaとする条件により行われる。このときの酸化処理時間は、1~5分であることが好ましい。
【0054】
そして、成膜工程において、α型酸化アルミニウム層は、原料組成をAlCl3:2.0~4.0mol%、CO2:1.0~5.0mol%、HCl:1.5~3.0mol%、H2S:0.05~0.2mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される。
【0055】
α型酸化アルミニウム層からなる上部層の表面上にTiN層及び/又はTiCN層からなる外層を形成する。外層は、例えば、以下の方法により形成される。
【0056】
TiN層は、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0057】
TiCN層は、原料組成をTiCl4:4.0~8.0mol%、CH3CN:0.5~2.0mol%、N2:3.0~7.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0058】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又はFE-SEM等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【実施例
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0060】
基材として、インサート形状:CNMG120408(ISO)を有し、93.4WC-6.2Co-0.4Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金製の切削インサートを用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0061】
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表5に組成を示す第1層(TiN層又はTiC層)を、表5に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次に、表2に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す時間、第2層(TiCN層)の一部を第1層の表面に形成し、続けて、表3に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表5に組成を示す第2層(TiCN層)の残りの一部を、表5に示す平均厚さになるよう、第1層の表面に形成した。次に、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表5に組成を示す第3層(TiCNO層又はTiCO層)を、表5に示す平均厚さになるよう、第2層の表面に形成した。これにより、3層から構成された下部層を形成した。次に、表4に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、酸化処理を施した。酸化処理時間は2分であった。次いで、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、酸化処理を施した第3層の表面に、表5に組成を示す上部層(α型酸化アルミニウム層)を、表5に示す平均厚さになるよう形成した。最後に、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表5に組成を示す外層(TiN層又はTiCN層)を、表5に示す平均厚さになるよう、上部層(α型酸化アルミニウム層)の表面に形成した。こうして、発明品1~14及び比較品1~7の被覆切削工具を得た。
【0062】
試料の各層の厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】
【0065】
【表3】
【0066】
【表4】
【0067】
【表5】
【0068】
〔組織係数〕
得られた発明品1~14及び比較品1~7ついて、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/min、2θ測定範囲:20°~155°とする条件で行った。装置は、株式会社リガク製のX線回折装置(型式「SmartLab」)を用いた。X線回折図形から、得られた発明品1~14及び比較品1~7における下部層のTiCN層の各結晶面のピーク強度を求めた。得られた各結晶面のピーク強度から、下部層のTiCN層における(331)面の組織係数TC(331)、(220)面の組織係数TC(220)及び(422)面の組織係数TC(422)を順に下記式(1)~(3)より算出した。結果を表6に示す。
【数4】
(式(1)~(3)中、I(hkl)は、TiCN層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、Tiの炭化物のJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度と、Tiの窒化物のJCPDSカード番号32-1420における(hkl)面の標準回折強度との平均値を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、及び(511)の8つの結晶面を指す。)
【0069】
〔平均粒径〕
得られた発明品1~14及び比較品1~7ついて、下部層のTiCN層を構成する粒子の平均粒径は、FE-SEMに付属したEBSDを用いて測定した。具体的には、ダイヤモンドペーストを用いて被覆切削工具を研磨した後、コロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を行い、被覆切削工具の断面組織を得た。被覆切削工具の断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料の断面組織に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び0.5nA照射電流で電子線を照射した。EBSDにより被覆切削工具の下部層のTiCN層における断面組織を、測定範囲が(TiCN層の平均厚さ-0.5μm)×50μmの範囲、0.1μmのステップサイズで測定した。このとき、方位差が5°以上の境界を粒界とみなし、この粒界によって囲まれる領域を粒子とした。ここで、平均粒径を求める際の粒径は、被覆層の膜厚方向に直交する方向における粒径とした。この際、TiCN層の平均厚さの50%の位置において各粒子の粒径を求めた。具体的には、まず、TiCN層の平均厚さの50%の位置に膜厚方向に直交する方向に直線を引いた。次に、直線の範囲に含まれる粒子の数を求めた。直線の長さを粒子の数で除した値を平均粒径とした。この際、TiCN層の断面組織から、画像解析ソフトを用いて粒径を求めた。TiCN層について、特定した各粒子の平均粒径をそれぞれ求めた。結果を、表6に示す。
【0070】
【表6】
【0071】
得られた発明品1~14及び比較品1~7を用いて、下記の条件にて切削試験を行った。
【0072】
<切削試験1:耐摩耗性試験>
被削材:FCD600の円盤形状、
切削速度:150m/min、
送り:0.30mm/rev、
切り込み深さ:2.0mm、
クーラント:有り、
評価項目:試料が欠損、最大逃げ面摩耗幅が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。
【0073】
切削試験1(耐摩耗性試験)の工具寿命に至るまでの加工時間について、30分以上を「A」、25分以上30分未満を「B」、25分未満を「C」として評価した。この評価では、「A」が最も優れており、次に「B」が優れており、「C」が最も劣っていることを意味し、「A」又は「B」であれば切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表7に示す。
【0074】
【表7】
【0075】
<切削試験2:耐欠損性試験>
被削材:FCD600の2本溝入り丸棒、
切削速度:150m/min、
送り:0.30mm/rev、
切り込み深さ:2.0mm、
クーラント:有り、
評価項目:試料が欠損、最大逃げ面摩耗幅が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。
【0076】
切削試験2(耐欠損性試験)の工具寿命に至るまでの加工時間について、13分以上を「A」、10分以上13分未満を「B」、10分未満を「C」として評価した。この評価では、「A」が最も優れており、次に「B」が優れており、「C」が最も劣っていることを意味し、「A」又は「B」であれば切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表8に示す。
【0077】
【表8】
【0078】
表7及び8に示す結果より、発明品の耐摩耗性試験及び耐欠損性試験の評価は、いずれも「B」以上の評価であった。一方、比較品の評価は、耐摩耗性試験及び耐欠損性試験の両方若しくはいずれか一方が、「C」であった。よって、発明品の耐摩耗性及び耐欠損性は、比較品と比べて、総じて、より優れていることが分かる。以上の結果より、発明品は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の被覆切削工具は、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0080】
1…基材、2…下部層、3…上部層、4…外層、5…被覆層、6…被覆切削工具。
図1