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特許7141630免疫チェックポイント阻害剤及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-14
(45)【発行日】2022-09-26
(54)【発明の名称】免疫チェックポイント阻害剤及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/07 20060101AFI20220915BHJP
   A61K 38/02 20060101ALI20220915BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20220915BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20220915BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
A61K36/07
A61K38/02
A61P35/00
A61P37/04
A61P43/00 111
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2017217661
(22)【出願日】2017-11-10
(65)【公開番号】P2018083807
(43)【公開日】2018-05-31
【審査請求日】2020-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2016220932
(32)【優先日】2016-11-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000141381
【氏名又は名称】株式会社岩出菌学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304023318
【氏名又は名称】国立大学法人静岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ガバザ エステバン
(72)【発明者】
【氏名】河岸 洋和
(72)【発明者】
【氏名】原田 栄津子
【審査官】原口 美和
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-103927(JP,A)
【文献】特開平02-078630(JP,A)
【文献】特開2014-001188(JP,A)
【文献】特開2015-078164(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-0265319(KR,B1)
【文献】特開2011-026525(JP,A)
【文献】Carbohydrate Research,1989年,186(2),267-273
【文献】Agricultural and biological chemistry,1990年,54(11),2897-2905
【文献】The Japanese Journal of Pharmacology,1994年,66(2),265-271
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/07
A61K 38/02
A61P 35/00
A61P 37/04
A61P 43/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒメマツタケ(Agaricus blazei Murrill)アルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物を有効成分として含有し、免疫チェックポイント分子の発現及び/又は機能を阻害する免疫チェックポイント阻害剤であって、前記有効成分が、ヒメマツタケアルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物を溶媒中の塩濃度を変えた陰イオン交換クロマトグラフィーで分画して0.3 M~3.0 M NaCl濃度で溶出した後に回収した成分を含む、前記免疫チェックポイント阻害剤
【請求項2】
免疫チェックポイント分子がPD-1、PD-L1、PD-L2及び/又はCTLA4分子である、請求項1記載の免疫チェックポイント阻害剤。
【請求項3】
AXL、ADAM17及び/若しくはHMGB1の発現及び/又は機能を阻害する、請求項1又は2記載の免疫チェックポイント阻害剤。
【請求項4】
ヒメマツタケアルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物が分子量100,000未満の有効成分を含む、請求項1~3のいずれか1項記載の免疫チェックポイント阻害剤。
【請求項5】
前記有効成分がSDS-ポリアクリルアミド電気泳動で17kD、26kD、又は36kDに検出されるタンパク質の1種以上を含む、請求項1~4のいずれか1項記載の免疫チェックポイント阻害剤。
【請求項6】
以下の工程:
(a)ヒメマツタケ子実体に対して80-100℃の熱水を用いる抽出工程、及び
(b)上記工程(a)で得られる残渣に対して3-10% NaOH水溶液を用いる抽出工程を含み、上記工程(b)で得られたろ液をヒメマツタケアルカリ抽出物として取得する、請求項1~のいずれか1項記載の免疫チェックポイント阻害剤の製造方法。
【請求項7】
以下の工程:
(a)ヒメマツタケ子実体に対して80-100℃の熱水を用いる抽出工程、及び
(b)上記工程(a)で得られる残渣に対して気圧2-5MPa、温度120-200℃の亜臨界水を用いる抽出工程を含み、上記工程(b)で得られた抽出液をヒメマツタケ亜臨界水抽出物として取得する、請求項1~のいずれか1項記載の免疫チェックポイント阻害剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫チェックポイント阻害機能を有する抗癌剤耐性抑制剤に関し、より具体的には、ヒメマツタケ抽出物を含有する、免疫チェックポイント分子等の免疫系で抑制的に作用するタンパク質の発現・機能に対して阻害的に作用する抗癌剤耐性抑制剤に関する。本発明はまた、上記抗癌剤耐性抑制剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本の原因疾患別死亡者数で最も多いのは悪性腫瘍(癌)であり、現在2人に1人が癌を発症し、3人に1人が癌により死亡するといわれている。世界保健機構(WHO)によれば、2005年の世界の5800万人の死亡のうち、悪性腫瘍による死亡は13%(760万人)を占める。死亡原因になった悪性腫瘍のうち、最多のものは肺癌(130万人)で、胃癌(100万人)、肝癌、大腸癌、乳癌などが続く。日本では、約7万人が肺癌で亡くなっていると報告されている。
【0003】
近年、癌の新たな治療法として、癌免疫療法が脚光をあびている。その中で、癌細胞と、これを認識して攻撃するT細胞等との間に、癌抗原を提示した主要組織適合性複合体をT細胞受容体が認識して生じるシグナルの他に、免疫促進性又は抑制性に作用する補助シグナルのメカニズムがあることが報告され、このメカニズムに焦点を当てた治療の可能性に関心が高まっている。
【0004】
上記のメカニズムにおいて免疫抑制性シグナルを誘導し得る分子は「免疫チェックポイント分子」と呼ばれており、PD-1リガンド経路に関与するT細胞上のPD-1受容体及び癌細胞上で発現するリガンドPD-L1及びPD-L2、CTLA4経路に関与するT細胞上のCTLA4受容体等が知られている(非特許文献1及び2)。
【0005】
PD-1分子は、CD28ファミリーに属する免疫抑制性補助シグナル受容体であり、活性化したT細胞、B細胞及び骨髄系細胞に発現し、そのリガンドとの結合によって、抗原特異的にT細胞活性を抑制することが示された(非特許文献1)。PD-1のリガンドとしては、B7ファミリーに属するPD-L1及びPD-L2が知られている。PD-1経路は、癌細胞に対する免疫の抑制に関与しているとされており、この経路を標的とした抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体が癌治療薬候補として期待され、抗体医薬の開発が進んでいる(特許文献1~3)。抗PD-1抗体の例としては、ニボルマブ(Nivolumab)(オプジーボ(Opdivo(登録商標)))及びペンブロリズマブ(Pembrolizumab)が知られている。
【0006】
CTLA4は、1987年にBrunet等により同定され、促進性補助シグナルB7/CD28経路によって活性化したT細胞に対してCD28と競合的に作用することで、T細胞免疫応答の抑制に関わる分子であることが示されている(非特許文献2)。抗CTLA4抗体の例として、イピリムマブ(Ipilimumab)が知られている。
【0007】
また、最近の研究により、それぞれの癌に特有な遺伝子変異が存在することがわかってきている。肺癌では「ALK融合遺伝子」「EGFR遺伝子変異」といった特有の遺伝子変異がみられ、これらの遺伝子変異をターゲットとした「個別化治療」を行うことができるようになりつつある。
【0008】
最近、AXLキナーゼの活性化が新たなEGFR-TKI耐性機序となることが報告された。さらに、AXLと上皮間葉転換(EMT)との関連が指摘され、予後の悪化や腫瘍増大、転移にも関与することが報告されている。AXLは様々な癌において過剰発現し、増殖や進展に関与しており、また、AXLの活性化はEGFR-TKIの他、抗癌剤シスプラチンやHER2標的薬ラパチニブ(lapatinib)等、種々の抗癌剤の耐性獲得に関与していることが知られている。
【0009】
一方、キノコ類は、古来より東洋医学にも使用されており、悪性腫瘍の予防や治療に対しても、免疫強化やアポトーシスの誘導などにより有益であるとされている。その中でも、特にヒメマツタケ(Agaricus blazei murrill)は、抗腫瘍活性が高く、ヒメマツタケ中の多糖体β‐(1→6)‐D‐グルカンタンパク質複合体(FIII2b画分)がマクロファージやNK細胞を活性化して、癌に対して増殖抑制作用をもつ。さらに、樹状細胞の活性化作用というあらたな免疫機構のメカニズムも解明されている(特許文献4)。
【0010】
しかしながら、これまで、キノコ抽出液で、上述のAXLの阻害効果や免疫チェックポイント阻害効果等に関しては、報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特許第4409430号
【文献】特許第5159730号
【文献】特許第5885764号
【文献】特開2015-78164号
【非特許文献】
【0012】
【文献】Annu Rev Immunol, 26: 677-704, 2008
【文献】Nature 328: 267-270, 1987
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記の免疫チェックポイント分子に対して阻害的に作用する薬剤、いわゆる「免疫チェックポイント阻害剤」は、臨床的にも効果が認められつつある。しかしながら、抗体医薬による治療は非常に費用がかかるために、患者にとっての負担は過度なものとなり得る。
【0014】
本発明の目的は、免疫チェックポイント分子等の免疫系で抑制的に作用するタンパク質の発現及び/又は機能に対して阻害的に作用し、癌に対する免疫能を向上させることができる天然由来の成分を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者等は、食用キノコ由来の様々な抽出画分における薬理効果について長年にわたって研究を継続している。その中で、驚くべきことに、ヒメマツタケ由来の特定の画分に免疫チェックポイントを阻害する有効成分が含まれることを見出した。
【0016】
より具体的には、ヒメマツタケアルカリ抽出液を2%(w/w)餌に添加して、肺癌を人為的に発症させることができるモデルマウス(EGFRL858Rトランスジェニックマウス)に投与した結果、驚くべきことに、免疫チェックポイント分子(PD-1、PD-L1、PD-L2、CTLA4)やAXL、更に抗癌剤の耐性獲得と関連するタンパク質であるADAM17及びHMGB1のいずれに関しても発現が低下することが判明した。また、肺細胞組織の所見によっても、実際にヒメマツタケアルカリ抽出物を投与することによって、癌細胞が減少していることが確認された。さらに、そのアルカリ抽出物を分画し、活性画分を特定し、本発明を完成させた。
【0017】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1.ヒメマツタケ(Agarigus blazei Murill)アルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物を有効成分として含有する、抗癌剤耐性抑制剤。
2.免疫チェックポイント分子の発現及び/又は機能を阻害する免疫チェックポイント阻害剤である、上記1記載の抗癌剤耐性抑制剤。
3.免疫チェックポイント分子がPD-1、PD-L1、PD-L2及び/又はCTLA4分子である、上記2記載の抗癌剤耐性抑制剤。
4.AXL、ADAM17及び/若しくはHMGB1の発現及び/又は機能を阻害する、上記1~3のいずれか記載の抗癌剤耐性抑制剤。
5.ヒメマツタケアルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物が分子量100,000未満の有効成分を含む、上記1~4のいずれか記載の抗癌剤耐性抑制剤。
6.前記有効成分がSDS-ポリアクリルアミド電気泳動で17kD、26kD、又は36kDに検出されるタンパク質の1種以上を含む、上記1~5のいずれか記載の抗癌剤耐性抑制剤。
7.前記有効成分が0.3 M~3.0 M NaCl濃度で溶出した後に回収した成分を含む、上記1~6のいずれか記載の抗癌剤耐性抑制剤。
8.上記1~7のいずれか記載の抗癌剤耐性抑制剤を含有する、癌治療剤。
9.以下の工程:
(a)ヒメマツタケ子実体に対して80-100℃の熱水を用いる抽出工程、及び
(b)上記工程(a)で得られる残渣に対して3-10% NaOH水溶液を用いる抽出工程を含み、上記工程(b)で得られたろ液をヒメマツタケアルカリ抽出物として取得する、上記1~7のいずれか記載の抗癌剤耐性抑制剤の製造方法。
10.以下の工程:
(a)ヒメマツタケ子実体に対して80-100℃の熱水を用いる抽出工程、及び
(b)上記工程(a)で得られる残渣に対して気圧2-5MPa、温度120-200℃の亜臨界水を用いる抽出工程を含み、上記工程(b)で得られた抽出液をヒメマツタケ亜臨界水抽出物として取得する、上記1~7のいずれか記載の抗癌剤耐性抑制剤の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、免疫チェックポイント分子等の免疫系で抑制的に作用するタンパク質の発現及び/又は機能に対して阻害的に作用し、癌に対する免疫応答を促進させ得る天然由来の薬剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明において使用可能なヒメマツタケ抽出物の取得方法の一例を示す。
図2】本発明の抽出物による肺癌発症モデルマウスにおけるPD-1発現抑制効果を示す。A:PD-1 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。「Cis」はシスプラチン投与群、「Sal」はシスプラチンの代わりの生理食塩水投与群、「NF」は本発明の抽出物を含まない給餌群、「F2」は本発明の抽出物を含む給餌群をそれぞれ示す。B:Aの結果の平均値を表として示す。
図3】本発明の抽出物による肺癌発症モデルマウスにおけるPD-L1発現抑制効果を示す。A:PD-L1 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。B:Aの結果の平均値を表として示す。
図4】本発明の抽出物による肺癌発症モデルマウスにおけるPD-L2発現抑制効果を示す。A:PD-L2 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。B:Aの結果の平均値を表として示す。
図5】本発明の抽出物による肺癌発症モデルマウスにおけるCTLA4発現抑制効果を示す。A:CTLA4 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。B:Aの結果の平均値を表として示す。
図6】本発明の抽出物による肺癌発症モデルマウスにおけるAXL発現抑制効果を示す。AXL mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。
図7】本発明の抽出物による肺癌発症モデルマウスにおけるADAM17発現抑制効果を示す。ADAM17 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。
図8】本発明の抽出物による肺癌発症モデルマウスにおけるHMGB1発現抑制効果を示す。HMGB1 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。
図9】本発明のアルカリ抽出物(F2)の用量依存的にヒト肺癌細胞株A549の増殖が阻害されることを示す。
図10】本発明のアルカリ抽出物(F2)によるヒト肺癌細胞株A549におけるAXL発現抑制効果を示す。AXL mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。
図11】本発明のアルカリ抽出物(F2)によるヒト肺癌細胞株A549におけるPD-L1発現抑制効果を示す。PD-L1 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。
図12】本発明のアルカリ抽出物(F2)によるヒト肺癌細胞株A549におけるPD-L2発現抑制効果を示す。PD-L2 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。
図13】本発明のアルカリ抽出物(F2)をA-1(分子量14,000~100,000)、A-2(分子量14,000未満)及びA-3(水不溶性画分)に分画し、それぞれの画分によるPD-L1発現抑制効果を示す。Ctrl:対照(抽出物なし)。「★★」は対照と比較して有意(P<0.001)であることを示す。
図14】本発明のアルカリ抽出物(F2)をA-1(分子量14,000~100,000)、A-2(分子量14,000未満)及びA-3(水不溶性画分)に分画し、それぞれの画分によるPD-L2発現抑制効果を示す。「★★」は対照と比較して有意(P<0.001)であることを示す。
図15】本発明のアルカリ抽出物(F2)の用量依存的にヒト肺癌細胞株H3255の増殖が阻害されることを示す。
図16】A-1画分をイオン交換クロマトグラフィーにより更に分画したS1~S7画分によるPD-L1発現抑制効果を示す。PD-L1 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。「対照」は生理食塩水を添加したサンプルを示す。
図17】A-1画分をイオン交換クロマトグラフィーにより更に分画したS1~S7画分によるPD-L2発現抑制効果を示す。PD-L2 mRNAの発現をグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。「対照」は生理食塩水を添加したサンプルを示す。
図18】S1~S7画分をそれぞれ10μg又は5μg用いてSDS-電気泳動した結果を示す。銀染色により1ng以上のタンパク質が検出できる。S4~S7画分において36kD、26kD及び17kDのバンドが確認される。
図19】S1~S7画分をそれぞれ10μg用いてSDS-電気泳動した結果を示す。銀染色により1ng以上のタンパク質が検出できる。S4~S7画分において36kD、26kD及び17kDのバンドが確認される。
図20】S1~S7画分中の26kDタンパク質の相対量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
ヒメマツタケ抽出物
本発明で使用するヒメマツタケ(Agarigus blazei Murill)は、ハラタケ属のキノコであり、別名カワリハラタケともいう。その担子菌はブラジル国サンパウロ州ピエダーテ市郊外で採取されたものであり、工業技術院生命工学工業技術研究所に微工研菌第4731号として寄託されていたが、現在では、例えば株式会社岩出菌学研究所から岩出101株として容易に入手可能である。
【0021】
本発明において用いるヒメマツタケ抽出物は、具体的にはヒメマツタケアルカリ抽出物、又はヒメマツタケ亜臨界水抽出物である。
【0022】
本発明の抽出物は、例えば80-100℃、好ましくは90℃の熱水による抽出操作においては抽出されずに残渣に含まれる。しかしながら、本発明の抽出物は、25-35℃、好ましくは30℃の3-10%、好ましくは5%NaOH水溶液を用いた場合には上清に含まれる。
【0023】
従って、本発明の抽出物は、一態様において、ヒメマツタケ子実体を80-100℃、好ましくは90℃の熱水で抽出した場合の残留画分である。
【0024】
本発明の抽出物は、一態様において、ヒメマツタケ子実体を25-35℃、好ましくは30℃の3-10%、好ましくは5%NaOH水溶液で抽出した場合の上清画分である。
【0025】
本発明の抽出物は、一態様において、例えば図1に示す操作によって得ることができる:ヒメマツタケの子実体から、80-100℃、好ましくは90℃の熱水による抽出を行い、抽出されずに残った残渣に含まれる。本発明の抽出物は、この残渣を、今度は25-35℃、好ましくは30℃にて3-10%、好ましくは5%NaOH水溶液で抽出すると、液相に含まれる(アルカリ抽出物)。
【0026】
あるいはまた、本発明の抽出物は、一態様において、ヒメマツタケの子実体から、80-100℃、好ましくは90℃の熱水による抽出を行い、抽出されずに残った残渣から、気圧2-5MPa、温度120-200℃の亜臨界水で抽出すると、液相に含まれる(亜臨界水抽出物)。
【0027】
しかしながら、本発明の抽出物を得るための抽出方法は様々であり得るため、方法は特に限定されない。当業者であれば、本発明の抗癌剤耐性抑制効果を有するヒメマツタケ抽出物を得るために、本明細書中において具体的に開示した工程に加えて、更なる工程、例えば粉砕工程・分離工程・精製工程・濃縮工程・乾燥工程等を含めることができる。
【0028】
例えば、本発明者等の知見によれば、免疫チェックポイント分子の発現を抑制し、抗癌剤耐性抑制効果をもたらす有効成分は、ヒメマツタケアルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物を更に溶媒中の塩濃度を変えてイオン交換クロマトグラフィーで分画した結果、0.3 M(mol)以上のNaCl濃度、例えば0.3 M~3.0 M NaCl濃度で溶出することが示されている。更に、有効成分が、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で17kD、26kD、及び/又は36kDに検出されるタンパク質のいずれか1種以上である可能性も示唆されている。このことは、特に限定するものではないが、有効成分のタンパク質の分子量が、16,500~17,400、25,500~26,400、及び/又は35,500~36,400の範囲であり得ることを示している。
これらの知見に基づき、本発明における有効成分を更に濃縮・単離・精製することも本発明の範囲である。
【0029】
しかしながら、本明細書においては、本発明の抗癌剤耐性抑制効果を有するヒメマツタケ抽出物を、便宜的に、「ヒメマツタケアルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物」の用語を使用して記載する。
【0030】
ヒメマツタケアルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物は、抗癌剤耐性抑制効果を有する分子量100,000未満の有効成分を含む。
【0031】
免疫チェックポイント分子
本発明のヒメマツタケアルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物を有効成分として含有する抗癌剤耐性抑制剤は、免疫チェックポイント分子の発現及び/又は機能を阻害する。
【0032】
本発明において、その発現及び/又は機能が阻害される免疫チェックポイント分子としては、PD-1、PD-L1、PD-L2、及びCTLA4が挙げられる。
【0033】
PD-1(programmed cell death 1)は免疫グロブリンファミリーに属する55kDのI型膜タンパク質であり(The EMBO Journal, Vol.11, No,11, 3887-3895, 1992)、ヒトPD-1 cDNAの塩基配列情報等はGenBank accession No. NM_005018(NCBIデータベース等でGene ID: 5133)、マウスPD-1 cDNAの塩基配列情報等はGenBank accession No. X67914(Gene ID: 18566)から取得することができる。
【0034】
PD-L1(CD274とも呼ばれる)及びPD-L2(CD273とも呼ばれる)はPD-1のリガンドであり、ヒトPD-L1 cDNAの塩基配列情報等はGenBank accession No. AF233516(NCBIデータベース等でGene ID: 29126)、マウスPD-L1 cDNAの塩基配列情報等はGenBank accession No.NM_021893(Gene ID: 60533)、ヒトPD-L2 cDNAの塩基配列情報等はGenBank accession No.NM_025239(Gene ID: 80380)、マウスPD-L2 cDNAの塩基配列情報等はGenBank accession No. NM_021896(Gene ID: 58205)からそれぞれ取得することができる。
【0035】
CTLA4は、細胞傷害性Tリンパ球関連タンパク質4(cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)の略記である。ヒトCTLA4 cDNAの塩基配列情報等はGenBank accession No. AF414120.1(NCBIデータベース等でGene ID: 1493)、マウスCTLA4 cDNAの塩基配列情報等はGenBank accession No. AF142145.1(Gene ID: 12477)からそれぞれ取得することができる。
【0036】
本発明の免疫チェックポイント阻害剤は、免疫チェックポイント分子の発現及び/又は機能を阻害する。免疫チェックポイント分子としては、PD-1、PD-L1、PD-L2及び/又はCTLA4分子が挙げられる。
【0037】
AXL、ADAM17、HMGB1
本発明のヒメマツタケアルカリ抽出物又は亜臨界水抽出物を有効成分として含有する抗癌剤耐性抑制剤はまた、AXL、ADAM17及び/若しくはHMGB1の発現及び/又は機能を阻害する。
【0038】
AXL(AXL receptor tyrosine kinase)は、受容体チロシンキナーゼファミリーのメンバーで、細胞増殖や分化の制御に関与する複雑なシグナル伝達ネットワークに関わっており、発癌にも関与することが知られている。ヒトAXL cDNAの塩基配列情報等はNCBIデータベース等でGene ID: 558、マウスAXL cDNAの塩基配列情報等はGene ID: 26362として取得することができる。
【0039】
ADAM(a disintegrin and metalloproteinase)は、ディスインテグリン(血小板凝集阻害因子)とメタロプロテアーゼ(Zn2+を活性中心に持つプロテアーゼ)ドメインを有する膜貫通型タンパク質からなる遺伝子ファミリーであり、細胞膜上の増殖因子・受容体・接着分子のシェディングやインテグリンなどへの結合により細胞の接着・運動・増殖に関与する多機能分子である。TNFαのエクトドメインシェディングにかかわる酵素(TACE)が17番目のADAMファミリータンパク質(ADAM17)として報告され、ADAMファミリータンパク質が細胞表層タンパク質のシェディング酵素として注目されるようになった。
【0040】
ADAM17は、細胞の表面で、およびトランスゴルジ網の細胞内膜内からの腫瘍壊死因子α(TNF-α)の処理に関与しており、その発現は、様々な悪性腫瘍にて確認されている。ADAM17が仲介する細胞外ドメインのシェディングは、細胞増殖、炎症、および癌の進行を調節する重要なスイッチになるといわれている。ヒトADAM17 cDNAの塩基配列情報等はNCBIデータベース等でGene ID: 6868、マウスADAM17 cDNAの塩基配列情報等はGene ID: 11491として取得することができる。
【0041】
DNA修復・転写調節因子である非ヒストン核タンパク質HMGBl (high mobility group box 1)は、およそ215残基のタンパク質で、最近、様々な疾患との関連が注目されている。HMGBlは、癌増殖作用をもち、癌の発生、進展、転移に重要な役割を果たしており、癌細胞から分泌、あるいは壊死に伴う放出により細胞膜上の受容体RAGEに結合し、複数のシグナルの活性化を介して、増殖、浸潤、転移を促進する。さらに、化学療法による癌細胞の大量壊死により放出されるHMGBlは、残存する癌細胞の生存と再増殖を促進することが知られている。ヒトHMGB1 cDNAの塩基配列情報等はNCBIデータベース等でGene ID: 3146、マウスHMGB1 cDNAの塩基配列情報等はGene ID: 15289として取得することができる。
【0042】
発現及び/又は機能の阻害の評価
上記の分子の発現の阻害は、これらの分子を発現する細胞を含むin vitro又はin vivoの系で確認することができる。in vitroの系としては、PD-1を発現する活性化T細胞及び/又はPD-L1若しくはPD-L2を発現する標的細胞を含む系を利用することができる。あるいはまた、CTLA4を発現する活性化T細胞及び/又はそのリガンドであるB7-1若しくはB7-2を発現する標的細胞を含む系を利用することができる。当業者であれば、抗原を提示する標的細胞上の主要組織適合性複合体をT細胞受容体が認識し得るように、抗原の種類、主要組織適合性複合体の型、T細胞等の組合せを考慮して、このような系を作製することができる。AXL、ADAM17、HMGB1についても、これらの分子を発現する標的細胞を含む系を利用することができる。
【0043】
あるいはまた、これらの分子の発現の阻害は、例えば癌を発症させた動物モデルを用いて確認することができる。
【0044】
本発明者等のグループでは、ヒトEGFR変異型(ヒト[L858R]EGFR)肺癌モデルマウスを独自に開発し、研究を行っている。上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor、EGFR)は、癌細胞が増殖するためのスイッチのような役割を果たしており、癌細胞表面上に多数存在している。このEGFRを構成する遺伝子の一部(チロシナーゼ部位)に変異があると、癌細胞を増殖させるスイッチが常にオンとなっているような状態となり、癌細胞が限りなく増殖してしまう。
【0045】
本発明者等は、実施例に記載するように、ドキシサイクリンの存在下において肺特異的にヒト[L858R]EGFRが活性化して肺癌を発症するトランスジェニックマウスを作製し、本発明の効果の確認に使用した。
【0046】
しかしながら、意図的に癌を発症させた動物モデルは数多く知られており、使用可能な動物モデルは、上記のものに限定されるものではない。例えば、このようなマウスの作製は、例えばPoliti K. et al., Genes & Development 20: 1496-1510, 2006; Ji H. et al., Cell 2006 Jun; 9(6): 485-95に記載されている。
【0047】
in vitro及びin vivoにおけるタンパク質の発現は、特に限定するものではないが、例えば上記のin vitro又はin vivoの実験系を用いて本発明の抽出物を添加(投与)したサンプル及び添加(投与)していないサンプルからmRNAを抽出し、目的のタンパク質分子をコードするポリヌクレオチドの塩基配列情報に基づいて作製したプライマーを用いたPCR法によるmRNAの増幅を行った後、mRNAの量を決定することで測定することができる。プライマーはまた、プライマーセットとして市販されているものを使用することもできる。この場合、当分野において通常行われているように、発現量が一定であると考えられるグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として発現量を表すことができる。本発明の抽出物によるこれらの分子の発現の阻害の有無は、本発明の抽出物を添加(投与)しない場合との比較によって決定することができる。
【0048】
また、これらの分子の機能の阻害の有無は、in vitro又はin vivoにおける実験系において、上記の発現の阻害が認められた場合の免疫応答を、in vitro又はin vivoにおいて、例えば活性化T細胞からのサイトカインの放出、標的細胞の生存率の変化、腫瘍組織の顕微鏡画像等によって確認することで決定することができる。
【0049】
癌治療剤
本発明は、上記の抗癌剤耐性抑制剤を含有する癌治療剤を提供する。免疫チェックポイントは、あらゆる癌細胞に対する免役応答において見られるメカニズムである。従って、本発明の癌治療剤は、免疫チェックポイント分子等の免疫系で抑制的に作用するタンパク質の発現及び/又は機能を阻害して、標的細胞である癌細胞に対する免疫応答を増強することができる。従って、本発明の癌治療剤の対象となる疾患は、胃癌、肺癌、乳癌、大腸癌、卵巣癌、子宮癌、前立腺癌、膵臓癌、肝臓癌、白血病、リンパ腫、骨髄腫、皮膚癌等が挙げられ、特に限定するものではない。
【0050】
医薬組成物
本発明の抽出物は、単独で抗癌剤耐性抑制剤又は癌治療剤として使用することも可能であるが、医薬組成物の有効成分として使用することもできる。こうした医薬組成物には、更なる有効成分、例えば限定するものではないが抗癌剤、抗生物質、抗炎症剤、解熱剤、鎮痛剤等を含めることもできる。本発明の抽出物と更なる有効成分とは、別個に投与することもでき、また同時に、例えば単一の医薬組成物として配合することもできる。医薬組成物の形態、投与経路等は特に限定するものではなく、当分野において通常用いられる形態、投与経路を適宜選択することができるが、好ましくは経口投与、静脈注射等である。医薬組成物として製剤化する場合には、調剤において通常使用される賦形剤、増量剤、崩壊剤、防腐剤、着色料、甘味料、香料、被膜形成剤等を適宜配合することができる。本発明の抽出物は、中性付近の水または水溶液に不溶であるが、アルカリ抽出すると中和しても水溶性であるため、注射剤としての投与も可能である。注射剤としての投与する場合、溶解補助剤等の使用、エマルジョン形態を利用することも可能である。
【0051】
抗癌剤耐性抑制剤として、または医薬組成物として投与する場合、投与量は、投与経路、患者の年齢、体重、症状など、種々の要因を考慮して、適宜設定することができ、特に限定されないが、一般に1日当たり乾燥重量(粉末状態)として0.2~8mg/kg体重、好ましくは1日当たり0.4~4mg/kg体重の用量で使用可能である。投与の回数、頻度等は治療・予防が予期される疾患により、また投与対象者の体調等によって適宜調製し得る。
【0052】
本発明の抗癌剤耐性抑制剤はまた、保健機能食品や病者用食品等の飲食品として、またはサプリメントとして使用することができる。飲食品またはサプリメントとして使用する場合、本発明の抽出物のヒトにおける推奨摂取量は、1日あたり乾燥重量として好ましくは0.2mg~5g、より好ましくは20mg~2gの範囲である。飲食品またはサプリメントの形態は、粉末、錠剤、カプセル剤、液剤等のいずれの形態であっても良く、特に限定するものではない。この場合、医薬組成物と同様に、通常使用される賦形剤、増量剤、崩壊剤、防腐剤、着色料、甘味料、香料、被膜形成剤等を適宜配合することができる。また、一般的な食品と共に摂取するための形態とし、また食品中に混合することも可能である。
【0053】
抗癌剤耐性抑制剤の製造方法
本発明はまた、上記の抗癌剤耐性抑制剤の製造方法を提供する。
【0054】
一態様において、本発明の製造方法は、以下の工程:
(a)ヒメマツタケ子実体に対して約90℃(80-100℃)の熱水を用いる抽出工程、及び
(b)上記工程(a)で得られる残渣に対して約5%(3-10%) NaOH水溶液を用いる抽出工程
を含み、上記工程(b)で得られたろ液をヒメマツタケアルカリ抽出物として取得するものである。
【0055】
別の態様において、本発明の製造方法は、以下の工程:
(a)ヒメマツタケ子実体に対して約90℃(80-100℃)の熱水を用いる抽出工程、及び
(b)上記工程(a)で得られる残渣に対して気圧2-5MPa、温度120-200℃の亜臨界水を用いる抽出工程
を含み、上記工程(b)で得られた抽出液をヒメマツタケ亜臨界水抽出物として取得するものである。
【0056】
上記の製造方法によって得られたヒメマツタケ抽出物は、そのまま、あるいは更に精製・濃縮・乾燥等の工程を経た後に抗癌剤耐性抑制剤として使用することができる。
【0057】
以下に本発明を実施例によって更に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0058】
[実施例1 ヒメマツタケアルカリ抽出物の調製]
本発明において使用可能な水不溶性抽出物の取得方法の一例を図1に示す。
0.3から3mm程度の大きさに粉砕したヒメマツタケ(岩出101株)の乾燥子実体100gから90℃(80-100℃)の熱水による抽出(約180分間)を行い、熱水抽出物44.2gを得た。抽出されずに残った残渣(55g)を今度は約30℃(25-40℃)にて24時間、約5%(3-10%)NaOH水溶液で抽出し、得られたろ液の画分を乾燥し(41.5g)、アルカリ抽出物として、以下の実験に使用した。
【0059】
[実施例2 モデルマウスにおける効果の確認]
1.肺癌発症モデルマウスの作製
ヒト変異型EGFR(L858R)を発現するトランスジェニックマウスを作製し、肺特異的にEGFRを活性化する系を作製し、肺癌を発症させた。
【0060】
より具体的には、肺特異的に発現を制御し得るプロモーターの制御下でリバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子(rtTA protein)を発現し得る遺伝子構築物と、tetO反復配列を有するテトラサイクリン応答因子(tetracycline response element、TRE)の下流にプロモーター及びヒト[L858R]EGFRをコードするポリヌクレオチドを有する遺伝子構築物とをC57BL/6Jマウスの受精卵に導入し、偽妊娠誘起した受胚雌マウスの卵管に移植し、産子からジェノタイピングによってトランスジェニックマウスのファウンダー個体を同定し、更に交配を行って、双方の構築物が安定して受け継がれていることを確認した。
【0061】
得られたトランスジェニックマウスは、肺において恒常的に発現するrtTAタンパク質がドキシサイクリンの存在下でこれと複合体を形成し、この複合体がTetOに結合することでヒト[L858R]EGFR発現が誘導される。すなわち、ドキシサイクリンの存在下でヒト[L858R]EGFRが発現し、肺特異的に癌を誘導することができる。
【0062】
尚、このマウスにおける変異型hEGFRの発現は、0.3%(w/w)ドキシサイクリンを含有する飼料をマウスに給餌することによって誘導することができる。
【0063】
2.免疫チェックポイント分子の発現に対する効果
上記で得られたトランスジェニックマウスを使用して、ヒメマツタケアルカリ抽出物の効果をin vivoで評価した。
【0064】
具体的には、ドキシサイクリン処理した24週齢のマウスに、2重量%のヒメマツタケ抽出物を含有する餌(日本クレア株式会社製造)を6週間給餌した。対照群のマウスには、抽出物を含有しない餌を投与した。更に、抗癌剤との併用効果を検討するために、ヒメマツタケ抽出物とシスプラチンとの組合せ療法を試みた。シスプラチン(5mg/kg)は、ヒメマツタケ抽出物投与開始後、1週間に1回投与した。シスプラチン非投与群にはシスプラチン溶液と同量の生理食塩水を投与した。
【0065】
ヒメマツタケ抽出物投与から6週間後にマウスから肺組織を摘出し、ホモジナイズした後、1,500 rpm,5 分間遠心分離して細胞からmRNAを抽出した。免疫チェックポイント分子(PD-1、PDL-1、PDL-2及びCTLA4)のmRNAを、それぞれ作製したプライマー及び逆転写酵素 ReverTra Ace (Toyobo, Osaka, Japan)を用いてRT-PCRを行って増幅し、定量した。
【0066】
結果を、図2~5に示す。図2は、PD-1のmRNAの発現を、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。同様に、図3~5は、PD-L1、PD-L2及びCTLA4のmRNAの発現を示す。
【0067】
図2~5の結果から明らかなように、対照群のマウス(Sal/NF)と比較して、ヒメマツタケ抽出物投与群(Sal/F2)では、PD-1及びPD-L2の発現は有意に低下し、PD-L1及びCTLA4の発現も低下傾向を示した。一方、シスプラチン投与群(Cis/NF)と非投与群(Sal/NF)とでは免疫チェックポイント分子の発現に有意な差は見られず、発現が上昇する分子も確認された。
【0068】
上記の通り、肺癌を有するhEGFRマウスにおいて、ヒメマツタケ抽出物が免疫チェックポイント分子を阻害することによって抗腫瘍活性を発揮することが示された。
【0069】
また、ヒメマツタケアルカリ抽出物を投与したマウスでは、対照のマウスと比較して、肺組織の顕微鏡観察における所見においても、癌細胞が減少していることが認められた(データは示さない)。
【0070】
3.AXL、ADAM17及びHMGB1の発現に対する効果
上記と同様にして、ヒメマツタケアルカリ抽出物のAXL、ADAM17及びHMGB1の発現に対する効果をin vivoで評価した。図6~8の結果から明らかなように、対照群のマウス(Sal/NF)と比較して、ヒメマツタケ抽出物投与群(Sal/F2)では、AXL、ADAM17及びHMGB1の発現はいずれも有意に低下していた。
【0071】
尚、AXLの発現は、シスプラチン投与群(Cis/NF)において、非投与群(Sal/NF)と比較して抑制されており、シスプラチン投与の効果が認められた。シスプラチン投与と併用してヒメマツタケアルカリ抽出物投与(Cis/F2)を行うと、シスプラチン単独の投与よりもさらに発現が低下しており、ヒメマツタケアルカリ抽出物とシスプラチン投与との併用効果が確認された。ADAM17及びHMGB1の発現は、シスプラチン投与群(Cis/NF)において、いずれも抑制が認められなかった。
【0072】
[実施例3 培養細胞におけるin vitro効果の確認1]
1.ヒト肺癌細胞株A549に対する用量依存的増殖阻害の確認
ヒト肺癌細胞株A549(the American Type Culture Collection (Rockville, MD, USA))を10%FBS含有のDMEM培地中で37℃、5%CO2下で前培養後、12プレート上に、1×106個/ウェルとなるように調製した。
【0073】
実施例1で調製したアルカリ抽出物(F2)を最終濃度10~200μg/mlとなるようにプレート上に添加し、37℃、5%CO2下で24時間培養した。
【0074】
各ウェルの細胞数をカウントし、細胞増殖に対するアルカリ抽出物の阻害効果を評価した。
【0075】
その結果、図9に示すように、添加したアルカリ抽出物の濃度に依存して、ヒト肺癌細胞株A549の増殖が阻害された。
【0076】
2.ヒト肺癌細胞株A549におけるタンパク質発現に対する効果
上記と同様に調製したA549を含むプレート上にアルカリ抽出物(F2)を最終濃度が20μg/mlになるように添加し、37℃、5%CO2下で24時間培養した。
【0077】
培養した細胞を1,500rpm、4℃、5分間の遠心分離に供し、A549細胞のペレットを回収した。細胞よりtotal RNAを抽出し、逆転写酵素を用いてRNAを鋳型としたDNAを合成し、そのDNAを鋳型としてPCR法を行い、AXL、PD-L1、及びPD-L2 mRNAの存在を調べた。
【0078】
その結果、図10~12に示すように、AXL、PD-L1、及びPD-L2の発現は、いずれも20μg/mlのF2存在下で有意に低下した。
【0079】
[実施例4 活性画分の検討1]
アルカリ抽出物(F2)を、14,000~100,000の分子量(A-1)、14,000未満の分子量(A-2)、水不溶性画分(A-3)の3種に分画し、A549細胞におけるPD-L1及びPD-L2の発現に対するそれぞれの画分の効果を実施例3と同様にして評価した。それぞれ最終濃度が20μg/mlになるようにプレートに添加した。対照(Ctrl)には生理食塩水を添加した。
【0080】
その結果、図13及び14に示すように、A-1画分及びA-2画分においてPD-L1及びPD-L2の発現を抑制する効果が確認され、特に14,000~100,000の分子量であるA-1画分に強い抑制効果があることがわかった。
【0081】
上記の結果から、ヒメマツタケアルカリ抽出物において、特に14,000~100,000の分子量である成分が抗癌剤耐性抑制効果を有することが判明した。
【0082】
[実施例5 培養細胞におけるin vitro効果の確認2]
実施例3と同様にして、別のヒト肺癌細胞株H3255(University of Texas Southwestern Medical Center (USA))に対する効果を実施例1で調製したアルカリ抽出物(F2)を用いて確認した。
【0083】
その結果、図15に示すように、添加したヒメマツタケアルカリ抽出物の濃度に依存して、ヒト肺癌細胞株H3255の増殖が阻害された。
【0084】
[実施例6 活性画分の検討2]
抗癌剤耐性抑制効果を有する有効成分の探索のために、実施例4で得られた14,000~100,000の分子量の抽出液(A-1画分)を陰イオン交換クロマトグラフィー(TOYOPEARL DEAE-650、東ソー株式会社)にて分画した。
【0085】
担体(TOYOPEARL DEAE-650、東ソー株式会社)にバッファー(10mM リン酸バッファー(0.2M NaH2PO4(31.20g/1L)87.7ml及び0.2M Na2HPO4(71.63g/1L)12.3mlを混和後、蒸留水で200mlにメスアップし、NaH2PO4およびNa2HPO4が0.1M、pH=6.0としたものを使用)、pH6.0)に溶かしたサンプルを吸着させ、非吸着画分を回収した。その後、バッファー中のNaCl濃度を、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、3.0 Mと順次上げていき、そのたび、担体から溶出した画分を脱塩処理によって回収した。これにより、塩(NaCl)を添加する前に回収した非吸着画分(S1)と、6つの塩濃度で溶出した画分(S2~S7)の計7画分に分画した。
【0086】
取得したS1~S7画分について、A549細胞におけるPD-L1及びPD-L2の発現に対する効果を実施例3及び4と同様にして評価した。それぞれ最終濃度が20μg/mlになるようにプレートに添加した。尚、対照には生理食塩水を添加した。
【0087】
図16及び17は、細胞あたりのPD-L1及びPD-L2のmRNAの発現を、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現に対する比として示す。
その結果、S4画分(0.3 M NaCl濃度で溶出)、S5画分(0.4 M NaCl濃度で溶出)、S6画分(0.5 M NaCl濃度で溶出)、S7画分(3.0 M NaCl濃度で溶出)において活性が高いことが判明した。
【0088】
[実施例7 有効成分の探索]
実施例6で取得したS1~S7画分をそれぞれSDS-ポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)にかけ、銀染色によりタンパク質を検出した。その結果、図18及び19に示すように、A549細胞におけるPD-L1及びPD-L2発現抑制効果が高いS4-S7の画分で、17kD、26kD、及び36kDのバンドが濃くなっていることが確認できた。このことから、PD-L1及びPD-L2発現抑制効果をもたらす有効成分が17kD、26kD、又は36kDのバンドに含まれるタンパク質である可能性が示された。
【0089】
次いで、26kDのバンドからタンパク質を抽出し、Mircro BCA Protein Assay Reagent Kit (PCC 23235)を使用してタンパク質の相対量を測定した。その結果、図20に示すように、S1~S3画分と比較して、S4~S7画分において26kDのタンパク質量が多く、特にS4及びS5画分に多く含まれることが判明した。
【0090】
上記した実施例では、全てサンプル数3で実験結果を得ている。また、実施例4~7においては、図1の下段に記載した方法で取得された亜臨界水抽出物を使って同様な実験をしたが、アルカリ抽出物の場合と同様の結果を得たため、その実験結果の記載は省略した。
【産業上の利用可能性】
【0091】
癌免疫療法に対する期待は非常に大きいものであるが、現在承認されている抗PD-1モノクローナル抗体は非常に高額であり、例えば点滴静注を用いて成人一人の治療に使用する場合、1年で一千万円を超える費用が必要となる。費用的な負担の少ない天然物由来のヒメマツタケ抽出物は新しい治療として注目されている癌免疫療法において大いに効果がある可能性が示され、国民の大きな負担になると指摘されている癌治療における医療費問題も解決できる可能性も認められた。
図1
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