(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-14
(45)【発行日】2022-09-26
(54)【発明の名称】鉄道車両の磁界遮蔽構造
(51)【国際特許分類】
B61D 17/00 20060101AFI20220915BHJP
【FI】
B61D17/00 A
(21)【出願番号】P 2019203051
(22)【出願日】2019-11-08
【審査請求日】2021-06-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000163372
【氏名又は名称】近畿車輌株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】三谷 和也
(72)【発明者】
【氏名】塗井 稔
(72)【発明者】
【氏名】因幡 克己
(72)【発明者】
【氏名】広沢 賢
【審査官】金田 直之
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-124334(JP,A)
【文献】特開2005-212575(JP,A)
【文献】特開平04-158505(JP,A)
【文献】特開平05-013250(JP,A)
【文献】特開2015-159143(JP,A)
【文献】特開2015-150969(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B61D 17/00-17/26,49/00
H01F 27/36
H05K 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道車両の床下に配置される電力線からの磁界を遮蔽する磁界遮蔽構造であって、
前記電力線を
隙間なく覆う電力線ダクトと、
前記電力線ダクトに接し、前記床と前記電力線の間に配置される磁界遮蔽板を有し、
前記磁界遮蔽板は前記電力線の長手方向に直角方向で断面視した時に両端が前記床と反対方向に傾斜して
おり、前記傾斜が30度から60度であることを特徴とする鉄道車両の磁界遮蔽構造。
【請求項2】
前記磁界遮蔽板は熱間圧延鋼材であり、厚みは2乃至6mmであることを特徴とする請求項
1に記載された鉄道車両の磁界遮蔽構造。
【請求項3】
前記電力線ダクトは厚さ2.3mm以上の熱間圧延鋼材であり、
前記磁界遮蔽板は長さ方向に直角な面での断面視で長さ130mm以上の平板部分である遮蔽板本体と、
前記遮蔽板本体の両側に設けら
れた長さ50mm以上の傾斜した縦壁で構成されることを特徴とする請求項1
または2の何れ
かの請求項に記載された鉄道車両の磁界遮蔽構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄道車両の磁界遮蔽構造に関するもので、重量軽減が可能であって、さらに効果的な磁界遮蔽が可能な構造を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両には耐火災、耐衝撃といった数々の項目で、一定水準の安全性が求められている。鉄道車両はそもそも走行に大電流を使用するので、その電流に起因する電磁波についても安全性が求められている。しかしながら、人体に対する磁力線の影響は不明な点が多く、放射線のように人の生命に重大な影響を及ぼす水準は明確になっていない。
【0003】
1つの目安として1998年に国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が定めた一般の人々への暴露ガイドラインの制限値を基準値とする考え方がある。具体的な数値として、商用周波数(50Hz若しくは60Hz)において、200μT(マイクロテスラ)というものである。この値は、静磁界に換算すると0.5mTほどになる。なお、本業界においては、静磁界を磁束密度として示す場合が多いので、本明細書においても、「磁界」と説明しながら、「磁束密度」を単位として表す場合もある。
【0004】
一方、体内に埋め込む機器の代表としてペースメーカがある。この機器は、外部から2mT以上の静磁界を加えると検査用の固定レートで動作する。そこで、鉄道車両内では、静磁界で1mT以下の磁界にすることが求められている。
【0005】
鉄道車両においては、約1000A程度の電流が架線からパンタグラフを介して鉄道車両の床下に配設された電力線を通り、モーターを駆動するインバーターへ供給されている。1000Aの電流は1m離れた地点で、約200μTの磁界を発生する強さである。このような電流が流れる電力線は車両床下10cm程度の地点に配設される。そこで、電力線から10cm離れた地点(鉄道車両の床面)において、漏れ磁界(磁束密度換算)を1mT以下とすることが業界としての目標値となっている。
【0006】
鉄道車両の床面上の漏れ磁界を遮蔽する技術としては、特許文献1が挙げられる。
図8を参照して、特許文献1では、床構造110では、客室床面107aより下側に枕木方向の中央部でレール方向に延びる動力線120が配置され、床板102と客室床面107aとの間に、客室床面107aで生じる磁界を抑制するシールド板130が配置されている。このシールド板130は、薄板状に構成された第1シールド板131と第2シールド板132と第3シールド板133とを有する。第1シールド板131は、床板102の上面102aのうち動力線120より上側を覆っている。
【0007】
第2シールド板132は、第1シールド板131の枕木方向の一方側の上面及び端面と床板102の上面102aのうち枕木方向の一方側とを覆っている。第3シールド板133は、第1シールド板131の枕木方向の他方側の上面及び端面と床板102の上面102aのうち枕木方向の他方側とを覆う構造が開示されている。
【0008】
この構造を有するので、重量の増加を抑えつつ、客室床面に局所的に強い磁界を生じ難くできる鉄道車両床構造を提供することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1は、具体的には、厚さ6mmの熱間圧延鋼材(SPHC)の板を床下に敷き詰めるというものである。確かに床面での漏れ磁界を小さくすることはできるが、重量が軽くなるというものではない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記の課題に鑑みて想到されたものであり、大電流が流れる電力線の近辺に磁界遮蔽構造を設け、床面での漏れ磁界を小さくする磁界遮蔽構造を提供するものである。
【0012】
より具体的に本発明に係る磁界遮蔽構造は、
鉄道車両の床下に配置される電力線からの磁界を遮蔽する磁界遮蔽構造であって、
前記電力線を隙間なく覆う電力線ダクトと、
前記電力線ダクトに接し、前記床と前記電力線の間に配置される磁界遮蔽板を有し、
前記磁界遮蔽板は前記電力線の長手方向に直角方向で断面視した時に両端が前記床と反対方向に傾斜しており、前記傾斜が30度から60度であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る磁界遮蔽構造は、電力線を覆う電力線ダクトと断面視した際に両端に傾斜を持たせることで、電力線を流れる電流が発生させる磁界分布を偏らせ、床面での漏れ磁界を低減させることができる。また、このような構造は磁界遮蔽板厚を2.3mmにしても効果を有し、非常に大きな軽量効果を生ずることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】遮蔽板本体と縦壁のなす角θを0°から90°まで変化した場合の磁界遮蔽構造の構造を示す図である。
【
図4】磁性体部分の厚みを2.3mmとした時のシミュレーション結果を示す図である。
【
図5】磁性体部分の厚みを3.2mmとした時のシミュレーション結果を示す図である。
【
図6】磁性体部分の厚みを4.5mmとした時のシミュレーション結果を示す図である。
【
図7】磁性体部分の厚み9.0mmとした時のシミュレーション結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明に係る磁界遮蔽構造について図面を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。
【0016】
図1(a)には、本発明に際して行ったシミュレーションの全体構成を示す。
図1(a)は、鉄道車両を長さ方向に直角に切断した断面における床下部分の一部である。ここで長さ方向とは鉄道車両の進行方向である。xは枕木方向である。パンタグラフからの電流は、鉄道車両の屋根部から妻部を通り、鉄道車両の床面20下に配設された電力線9を通って、主回路電源装置VVVFインバーターへ流れ、そこで疑似3相交流に変換された電流が台車のモーターに流れる。なお、以下の説明において、床面20とは、鉄道車両において、乗客が接する床面をいう。
【0017】
図1(a)は、電力線9の長手方向に直角方向で切断視した断面といってよい。想定した磁界遮蔽構造1は、鉄道車両の床面20下に電力線9が配され、それを電力線ダクト12で覆い、さらに床面20との間に磁界遮蔽板10を配置した構成である。
【0018】
図1(b)には、電力線9部分の拡大図を示す。電力線9は外径が23.6mmとした。電流はこの断面を均等に流れる。電力線9は電力線ダクト12で覆われている。電力線ダクト12は、幅110mm、高さ50mmの略角丸長方形断面をしているとした。電力線ダクト12と床20面との間には、磁界遮蔽板10を配置した。磁界遮蔽板10は、長手方向に直角な面で断面視した時の幅が130mmで、両端に長さ50mmの縦壁10bを有しているとした。
【0019】
磁界遮蔽板10の水平な部分(平板部分)を遮蔽板本体10aと呼ぶ。遮蔽板本体10aと縦壁10bをまとめて磁性体部分と呼び、これらのなす角をθとする。また、磁界遮蔽板10は、遮蔽板本体10aと縦壁10bの厚みtsは同じであるとした。なお、電力線ダクト12の厚みtdは、2.3mmで一定である。また、縦壁10bの先端を先端10pとする。なお縦壁10は磁界遮蔽板10の両端にあたる。
【0020】
シミュレーションでは、磁界遮蔽板10の厚みtsと縦壁10bとの角度θについて変化させた。
図2は縦壁10bとの角度θを変化させた場合の磁界遮蔽構造1の断面を示す。
図2(a)から
図2(e)に向けてθ=90°、60°、45°、30°、0°の場合を示す。θ=0°は磁界遮蔽板10が床面20と平行な場合である。θの角度が増えると縦壁10は床面20と反対方向(線路側)に傾斜する。
【0021】
図1(a)を再度参照し、全体のメッシュ数は31880個で、磁性体部分(磁界遮蔽板10および電力線ダクト12)およびその周囲はメッシュ数が多くなるようにした。シミュレーターは「Finite Element Method Magnetics」を用いた。座標原点25は電力線9の中心から10cm上方の点とした。この点は床面20であると想定している。また
図1(a)の矢印をx方向とした。以後の結果は、原点25からx方向に向かう点での磁束密度を表示する。また、磁性体部分は熱間圧延鋼材とし、静磁気特性として
図3のものとした。
【0022】
図3を参照して、横軸は外部からの印加磁界(A/m)であり、縦軸は磁束密度(この場合は「磁化」に相当する)(T)である。外部からの印加磁界5000A/m(62.7Oe)の時に約1.7T(17kGauss)の磁束密度を有する。消磁状態から1T(10kGauss)までの立ち上がりは500(A/m)(6.27Oe)で、ほぼ直線である。
【0023】
なお、計算の都合上、起磁電流は1000Aの1/5とした。したがって、計算上0.2mTが実際の1000Aの電流に対する1mTのラインである。
【0024】
図4に、シミュレーション結果を示す。横軸は水平方向の位置(mm)であり、縦軸は磁束密度(mT)である。この磁束密度は、床面20での漏れ磁界を表す。横軸は
図1(a)のx方向である。
図4の横軸のゼロ点は、
図1(a)の原点25に相当する。
図4は磁性体部分の厚みtsを2.3mmにした場合の結果である。また、θが0°、30°、45°、60°、90°の5種類の結果を重ねて表示している。
【0025】
水平方向の距離がおよそ100mmまでは、θが0°の時が最も磁束密度は低いが、それより外側では磁束密度が高くなった。一方、θが90°の場合は、水平方向100mmの範囲では、磁束密度が最も高くなった。さらに、θが90°の場合の最大値が0.2mT(起磁力1000Aでは1mT相当。)を超えていた。θが30°から60°の場合は、水平方向で125mmより外側でも、θが0°および90°よりも低かった。
【0026】
図5は、磁性体部分の厚みを3.2mmにした場合の結果である。厚みが増えることで、原点25から75mmまでの範囲で全体的に磁束密度が減った。すなわち、磁界遮蔽能力が向上したといえる。磁界遮蔽板10の両端角度(θ)による磁束密度分布は
図4と同様の傾向であった。
【0027】
図6は磁性体部分の厚みが4.5mmの場合の結果である。75mmまでの区間は、磁束密度は若干低下しているが、100mm以降については、θが90°の場合は、むしろ磁束密度は高くなった。
【0028】
図7は磁性体の部分の厚みを9.0mmにした場合の結果である。やはり傾向は同じであった。θが90°の場合は、75mm以下の場合でも磁束密度の低下はほとんどなく、100mmの地点での磁束密度は明らかに高くなった。また、0°の場合も、75mm以下の領域では、磁界遮蔽能力は高いものの、100mmを超えてから他の角度より磁束密度が大きくなった。
【0029】
磁性体部分の厚みtsが厚くなっているのに、100mm部分での磁束密度が大きくなっているのは、遮蔽板本体10aに対して90°立ち上がった縦壁10bの場合、起磁力によって、磁界遮蔽板10自体が磁化し、縦壁10bの先端10pに大きな磁極が発生し、それによって、床面20方向にも大きな漏れ磁界を作ったのだと考えられる。
【0030】
しかも磁界遮蔽板10の厚みが増えると磁性体部分の断面積が増えるので、磁束の総量が多くなり、100mm付近で大きな磁束密度が生じていると考えられる。また、θが90°の場合の縦壁10bは、先端10p同士が接近しているため、磁極間の反磁界も小さくなるため、さらに磁束密度は強められることとなる。
【0031】
一方、磁界遮蔽板10の厚みを2.3mmと薄くすると、磁界遮蔽能力は低下するが、縦壁10bの先端10pで大きな磁極が発生せず、その結果、磁束密度の最大値は、厚みが厚い場合(例えば9mm:
図6)よりも小さくなる。
【0032】
なお、縦壁10bの角度を30°から60°まで傾けると、床面20での漏れ磁界は場所によって、大きな変化を示さず、0.15mTから0.2mT(1000A換算では0.75mT~1mT)の範囲に十分に収まっている。
【0033】
縦壁10bを斜めにすることで、縦壁10bの先端10pに生じる磁極は、床面20からは離れており、磁極同士も離れている。したがって、水平方向のどの位置でもほぼ同じ磁束密度を生じさせていると考えられる。
【0034】
このように、断面視した時の磁界遮蔽板10の両端の縦壁10bに床面20から離れる方向に傾斜を持たせることで、縦壁10bの先端10pにできる磁極を床面20からも、磁極同士からも遠ざけることができ、床面20の漏れ磁界を抑制することができる。
【0035】
従来このような構成の磁界遮蔽構造1では、磁界遮蔽板10の厚みtsは9mmで、縦壁10bとの角度θは90°であった。しかし、縦壁10bの角度を床面20から離れる方向に90°より小さい角度に傾斜させることで、床面20での漏れ磁界を抑制することができる。
【0036】
また、このような構成にすることで、磁界遮蔽板10の厚みtsは、従来採用されていた9mmより薄い厚みでも床面20での漏れ磁界を規定値以下にすることができ、磁界遮蔽構造1の軽量化を図ることができる。
【0037】
また、シミュレーションは行っていないが、上記の結果より、遮蔽板本体10aの長さが長く成れば、縦壁10bの先端10p同士が離れる方向になるので、より磁界遮蔽能力は高くなる。また、縦壁10bの長さが長くなれば、同様に磁界遮蔽能力は高くなる。さらに、電力線ダクト12の厚みは2.3mm以上であればより磁界遮蔽能力が高くなるのは言うまでもない。
【0038】
したがって、電力線ダクト12の厚みが2.3mm以上であって、遮蔽板本体10aの長さは、130mm以上であればよく、また、縦壁10bの長さは50mm以上であればよい。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に係る磁界遮蔽構造は、鉄道車両の床面下に配する大電流電力線からの磁界を遮蔽する際に好適に利用できる。
【符号の説明】
【0040】
1 磁界遮蔽構造
9 電力線
10 磁界遮蔽板
10a 遮蔽板本体
10b 縦壁
10p 先端
12 電力線ダクト
20 床面
25 原点
td 電力線ダクト12の厚み
θ 遮蔽板本体10aと縦壁10bのなす角
ts 磁界遮蔽板10の厚み