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特許7142404走査型電子顕微鏡を用いた観察方法、及びそのための試料ホルダ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-15
(45)【発行日】2022-09-27
(54)【発明の名称】走査型電子顕微鏡を用いた観察方法、及びそのための試料ホルダ
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/20 20060101AFI20220916BHJP
   H01J 37/22 20060101ALI20220916BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20220916BHJP
   H01J 37/244 20060101ALI20220916BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20220916BHJP
【FI】
H01J37/20 A
H01J37/22 502H
H01J37/28 B
H01J37/244
G01N1/28 W
G01N1/28 F
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2022531786
(86)(22)【出願日】2021-06-14
(86)【国際出願番号】 JP2021022443
(87)【国際公開番号】W WO2021256412
(87)【国際公開日】2021-12-23
【審査請求日】2022-06-10
(31)【優先権主張番号】P 2020103469
(32)【優先日】2020-06-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】500433225
【氏名又は名称】学校法人中部大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098969
【弁理士】
【氏名又は名称】矢野 正行
(72)【発明者】
【氏名】新谷 正嶺
(72)【発明者】
【氏名】山口 誠二
(72)【発明者】
【氏名】▲たか▼玉 博朗
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-103387(JP,A)
【文献】特開2008-016249(JP,A)
【文献】特開2014-022323(JP,A)
【文献】特開2008-210715(JP,A)
【文献】特開2018-026197(JP,A)
【文献】特開2017-201289(JP,A)
【文献】特表2006-518534(JP,A)
【文献】特開2016-091674(JP,A)
【文献】特開2016-072184(JP,A)
【文献】特開2014-025755(JP,A)
【文献】特開2016-177915(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
G01N 1/28
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状体と共存している試料台上の対象試料を、電子線照射の線源を有する走査型電子顕微鏡にて観察する方法において、
前記対象試料の前記線源側の面に倣うように、対象試料の動きに応じて弾性変形可能である絶縁性且つ電子透過性の薄膜を前記対象試料に当てるとともに、前記対象試料を前記液状体とともに前記薄膜と前記試料台との間隔内に封入する封入工程と、
前記線源から前記薄膜を経由して前記対象試料に電子線を照射する照射工程と
を備えることを特徴とする観察方法。
【請求項2】
前記観察は、前記電子線照射時に前記対象試料又は前記薄膜から発せられる二次電子を検出することによりなされる、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記薄膜の二つ以上の点の相対変位量を介して前記対象試料の対応する点間に生じる応力を計測する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
更に、前記照射工程の前に、前記薄膜における前記対象試料側と反対側の面に標識を播種する標識播種工程を備える、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
更に、前記標識が既知形状を有し、前記照射工程の後に、前記標識の非点収差を解析する解析工程を備える、請求項に記載の方法。
【請求項6】
液状体と共存している対象試料を走査型電子顕微鏡の電子線照射の線源と対面するように載せることのできる試料台と、
前記対象試料の動きに応じて弾性変形可能である絶縁性且つ電子透過性の薄膜と、
前記薄膜が前記対象試料の前記線源側の面に倣って前記対象試料に当てられるように、前記対象試料を前記液状体とともに前記薄膜と前記試料台との間隔内に封入する手段と
を備えることを特徴とする、走査型電子顕微鏡試料ホルダ。
【請求項7】
更に、前記薄膜に加わる張力の調整を行う調整手段を備える、請求項に記載の試料ホルダ。
【請求項8】
前記調整手段が、前記対象試料と前記試料台との間に介在する一つ又は二つ以上のスペーサを含む、請求項に記載の試料ホルダ。
【請求項9】
前記スペーサが複数であって、その少なくとも一つが弾性材料からなる、請求項に記載の試料ホルダ。
【請求項10】
前記薄膜が、ポリイミドからなる、請求項6~9のいずれかに記載の試料ホルダ。
【請求項11】
前記薄膜が、100nm以上5μm以下の厚さを有する、請求項10に記載の試料ホルダ。
【請求項12】
前記試料台が、導電性材料からなる、請求項6~11のいずれかに記載の試料ホルダ。
【請求項13】
前記封入手段が、
前記薄膜と前記試料台との間に介在し、前記試料台の前記薄膜側表面と直交する方向に弾性変形可能なシーリング部材と、
前記薄膜を前記シーリング部材との間に挟む剛性の押さえ部材と、
前記押さえ部材を前記試料台に対して固定する固定部材と
を備える、請求項6~12のいずれかに記載の試料ホルダ。
【請求項14】
前記押さえ部材が、前記シーリング部材よりも外方に延びており、
前記固定部材が、前記押さえ部材の外方に延びた部分を貫通し、前記シーリング部材と干渉せずに前記試料台にねじ込まれるボルトである、請求項13に記載の試料ホルダ。
【請求項15】
前記封入手段が、前記薄膜の周縁を前記試料台に接着させる接着剤である、請求項6~12のいずれかに記載の試料ホルダ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、走査型電子顕微鏡を用いた観察方法、及びそのための試料ホルダに関し、生体などのように含水もしくは液状体環境下の試料を観察するために好適に利用されうる。
【背景技術】
【0002】
生体などのように含水もしくは液状体環境下の試料は、高真空下で使用される走査型電子顕微鏡においては、水分蒸発、真空暴露、電子線照射に伴う試料の変形・損傷を防止するための前処理を必要とする。前処理としては、試料を構成する分子同士に架橋結合を形成させる化学固定や、試料を急速に冷却凍結させた状態で、その表面に金属イオンを塗布する金属コーティングなどがある。いずれの場合も試料の生死にかかわらず、試料の動きは止められており、試料の動きを観察することはできない。
【0003】
そこで、生きた生体試料の動きを観察するために、いくつかの方法が提案されている。例えば、特許文献1では、試料の表面に蒸発抑制用組成物を塗布し、電子線又はプラズマを照射することにより同表面に重合膜を形成し、試料の塑性変形・損傷を防いでいる。非特許文献1では、水和試料を溶液とともに容器に入れ、電子透過性の薄膜で同容器の開口部を閉じ、薄膜の平面性を保つために薄膜よりも剛性の格子にて薄膜を補強したうえで、薄膜を介して試料に電子線を照射し、反射電子を検出している。試料は薄膜に密接している。また、反射電子の透過性を増すために薄膜としては、極力薄い例えば145nmの厚さのものが最適とされている。
【0004】
特許文献2では、第一の導電性薄膜及び絶縁性薄膜からなる積層体と、第二の導電性薄膜との間に試料を収容した状態で、上方から電子線を入射させ、試料を透過して第二の導電性薄膜の下面から出る二次電子を検出している。特許文献3では、導電性薄膜及び第一の絶縁性薄膜からなる積層体と、第二の絶縁性薄膜との間に試料を液体とともに収容した状態で、導電性薄膜側から強度がパルス状に変化する電子線を入射させ、試料と液体の誘電率における差に対応する第二の絶縁性薄膜の外面電位変化を測定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6055766号公報
【文献】特開2014-22323号公報
【文献】特開2014-203733号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Thiberge, S. et. Al., “Scanning electron microscopy of cells and tissues under fully hydrated conditions.”, Proc Natl Acad Sci USA., 101:3346-3351, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1の方法では、重合膜が未だ形成されず試料の表面に蒸発抑制用組成物を塗布した段階で、電子線やプラズマを照射できる約1 Paの真空に試料を暴露する必要がある。水は約1000Pa以下で蒸発するため、抑制用組成物の塗布自体や、抑制用組成物に含まれる水の蒸発に伴う気化熱冷却や、残った物質による浸透圧の負荷に耐えられない試料を観察することは出来ない。
【0008】
非特許文献1の方法では、反射電子を検出するために、オスミウムなどの重金属元素を含む化合物で試料を染色する必要があるところ、そのような重金属元素による染色は生体試料の生命活動や動きを停止させてしまう。また、試料のうちで薄膜に近い部分を観察することができるだけであって、薄膜と直交する方向の距離感をつかむことができない。
【0009】
特許文献2及び3の方法では、試料が積層体とそれに対向する第二の導電性薄膜又は第二の絶縁性薄膜との間隔内に収まる厚さのものに限定される。前記間隔は、好ましくは200μm以下(特許文献2[0043])、又は40μm以下(特許文献3[0063])とされている。しかも特許文献2の方法で得られる画像は、非特許文献1と同様に二次元的であるし、特許文献3の方法で得られる画像も実際の構造ではなく、誘電率の二次元分布であるに過ぎない。特許文献2及び3の方法は、いずれも電子線照射の線源と検出器との間に試料ホルダを配置させる構成のため、検出器が線源と同じ側に位置する既存の多くの走査型電子顕微鏡に適用することができない。
【0010】
それ故、この発明の一つの課題は、試料自体の性状や、試料を収容する構造体からあまり制約されることなく、生体試料を生きた状態で観察することのできる方法を提供することにある。別の課題は、既存の多くの走査型電子顕微鏡に適用して生体試料の三次元構造を観察することのできる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
その課題を解決するために、この発明の観察方法は、
試料台上の対象試料を、電子線照射の線源を有する走査型電子顕微鏡にて観察する方法において、
前記対象試料の前記線源側の面に倣うように絶縁性且つ電子透過性の薄膜を前記対象試料に当てるとともに、前記対象試料を前記薄膜と前記試料台との間隔内に封入する封入工程と、
前記線源から前記薄膜を経由して前記対象試料に電子線を照射する照射工程と
を備えることを特徴とする。
前記対象試料は、液状体と共存しているものであってよいし、又は含水状態であってもよい。液状体とは、イオン液体、水溶液、ゲル、ゾルなどをいう。
【0012】
この方法を実施するときは通常、対象試料を試料台に載せた状態で、対象試料の前記線源側の面に倣うように薄膜を対象試料に当てる。通常は薄膜に軽く張力をもたせながら薄膜を対象試料に被せることにより、対象試料が試料台から受ける反力で薄膜が対象試料に密に接する。この状態で、対象試料を薄膜と試料台との間隔内に封入する。薄膜は対象試料の面に倣う。対象試料が液状体と共存している場合は、過剰の液状体は排除され、試料周囲が液密に保たれる。対象試料の比重が液状体のそれよりも十分に小さくて、しかも薄膜が試料の浮力に負けて変形する程度の柔軟性を有している場合は、試料は液状体に浮いた状態でもよい。
【0013】
図10に示すように、薄膜Fの外面は対象試料Sの外形に相当し、対象試料Sの動きに薄膜Fが追従する。従って、この状態で対象試料Sに向かって電子線(図中、太矢印)を照射することで、対象試料Sの三次元構造及び動きを観察することができる。この点、非特許文献1の方法において、図11に示すように、薄膜FがグリッドGで補強されていることから、薄膜Fが対象試料Sに倣うことなく、対象試料Sの平面視形状だけを観察することができるのと著しく相違する。試料が含水状態である場合はもとより、共存する液状体が水溶液のように電導性を有しているか、薄膜及び対象試料と接する構成要素が導電性材料であれば、対象試料が帯電することもないので、鮮明な像を得ることができる。薄膜を対象試料に被せる作業は、大気中であってよい。従って、試料中の水分や液状体が蒸発することはない。薄膜を対象試料に被せた後に電子線を照射するので、対象試料が真空に対する耐性を有していなくてもよい。
【0014】
前記観察は通常、前記電子線照射時に前記対象試料又は前記薄膜から発せられる二次電子を検出することによりなされる。対象試料に染色を施す必要はなく、しかも二次電子(図10中、細矢印)が対象試料Sに倣う位置から発するので、対象試料又は薄膜の変位の方向及び量を高精度に計測することができるからである。従って、二次電子検出器が線源側に固定されている既存の走査型電子顕微鏡を用いて、この発明の観察方法を実現することができる。
対象試料が軽元素と重元素の両方を含む場合、あるいは薄膜の外面に金属粒子を一層だけまぶしておいた場合は、反射電子を検出することも可能であり、これにより、二次電子検出と同様に対象試料又は薄膜の変位の方向及び量を計測することができる。
【0015】
前記薄膜は、対象試料の動きに応じて弾性変形可能なものが好ましい。対象試料の変位量が大きくても薄膜が破れにくくなるからである。また、前記薄膜が弾性変形することにより、前記薄膜の二つ以上の点の相対変位量を介して前記対象試料の対応する点間に生じる応力を計測することもできる。薄膜の引っ張り張力に対するヤング率を予め測っておき、2点の相対変位を2点の距離で割れば、「ひずみ」が求まり、「応力」が「ヤング率」と「ひずみ」との積なので、応力が求まる。そして、その応力の源は試料が生み出す力だからである。
【0016】
この発明の方法の一つの好ましい構成は、前記封入工程と前記照射工程に加えて、前記照射工程の前に、前記薄膜における前記対象試料側と反対側の面に標識を播種する標識播種工程を備えるものである。これにより、膜下の試料の構造と動きの計測と共に、膜上の標識の動きの精密な解析が可能となる。そして、膜下の試料が膜越しに計測されるのと異なり、膜上の標識は他物を介さずに計測されるため、走査型電子顕微鏡の計測精度を最大限活用することが可能となる。しかも、試料に当てる加速電圧を低く留め、試料への電子線照射の影響を抑えながら、試料の動きを高精度に観察することが可能となる。標識形成は、照射工程の前であれば限定されること無く、薄膜の成膜時など封入工程の前であってもよいし、照射工程の直前であってもよい。
【0017】
この発明の方法のもう一つの好ましい構成は、前記標識が既知形状を有し、前記封入工程と前記標識播種工程と前記照射工程に加えて、前記照射工程の後に、前記標識の非点収差を解析する解析工程を備えるものである。前記標識の高さ方向の動きは前記膜の厚さ方向のそれに相当するところ、非点収差を解析することで、前記標識の高さ方向の動きが前記線源に対して手前に向かっているものであるか、奥に向かっているものであるかを識別することができる。
【0018】
例えば、試料と薄膜とが相対的に動かない状態を保っている場合、ある一つの標識を中心に位置合わせをして、複数の画像を積算することにより、高解像度に試料の形状を計測することができる。試料と薄膜とが相対移動する場合は、標識を座標点として試料の構造変化や動きを精密に解析することができる。標識の形状や材質は限定されないが、球形の場合は直径0.5nm以上1mm以下のものがよい。ただし、摩擦力または接着剤による接着力で薄膜上に止まるものが望ましく、薄膜上で転動するものは好ましくない。
【0019】
前記観察方法に適切なこの発明の走査型電子顕微鏡試料ホルダは、
対象試料を走査型電子顕微鏡の電子線照射の線源と対面するように載せることのできる試料台と、
絶縁性且つ電子透過性の薄膜と、
前記薄膜が前記対象試料の前記線源側の面に倣って前記対象試料に当てられるように、前記対象試料を前記薄膜と前記試料台との間隔内に封入する手段と
を備えることを特徴とする。
線源側の薄膜の面の近傍には、試料観察中に試料及び薄膜の変位が阻まれることのないように、前記封入手段以外の他物は存在しないのが望ましい。
【0020】
この発明の試料ホルダは好ましくは更に、前記薄膜に加わる張力の調整を行う調整手段を備える。薄膜に加わる張力を調整することにより、対象試料の様々な性状を観察することができる。張力を高くすると、対象試料に対する薄膜の倣いの正確さが良くなり、対象試料のより微細な構造を観察することができる。一方、張力を低くすると、対象試料に対する拘束力が弱くなり、対象試料の大きな動きを観察することができる。
【0021】
前記調整手段として好ましいのは、前記対象試料と前記試料台との間に介在する一つ又は二つ以上のスペーサである。対象試料が薄い場合でも、薄膜を対象試料に倣わせやすくなるからである。スペーサは、対象試料の性質に応じたものを適用することができるように、厚みや弾性係数の異なるものを複数準備しておくとよい。例えば、綿、メラミンスポンジの他、心臓・肝臓・腎臓のような生体材料スペーサが挙げられる。複数のスペーサを同時に使用してもよく、その場合は少なくとも一つが弾性を有しているとよい。スペーサの性能や高さによって、前記薄膜に加わる面圧や張力を定量的に調整し、観察条件を最適化することができる。
【0022】
前記薄膜は、前記観察中における対象試料周囲がほぼ大気圧であるのに対して、前記薄膜の上部空間が真空であることから、真空と大気圧の圧力差(100,000 Pa)に耐え、試料から受ける反力などで破れない性能を有することを要し、好ましくは有機高分子、特に好ましくはポリイミドからなる。前記性能に加えて、この発明の薄膜として最適の絶縁性及び電子透過性に加えて光学的透過性を有するし、市販のポリイミド前駆体から適切な大きさのものを容易に合成することができるからである。前記薄膜がポリイミドからなるときは、100nm以上5μm以下の厚さを有するのが好ましい。100nm以上とするのは、100nmに満たないと強度的に弱いし、100nm以上であって薄膜から発せられる二次電子を検出することになっても対象試料の形状や動きを十分に反映するからである。5μm以下とするのは、5μmを超えると対象試料の変位に追従することが困難となるからである。
【0023】
前記試料台は好ましくは、導電性材料からなる。これにより、液状体に電導性をもたせるか、薄膜又は対象試料、及び試料台と接する構成要素の素材を導電性材料にするだけで、試料の帯電に伴う像の歪みを防止できるからである。
【0024】
前記封入手段として好ましい一つの構成は、
前記薄膜と前記試料台との間に介在し、前記試料台の前記薄膜側表面と直交する方向に弾性変形可能なシーリング部材と、
前記薄膜を前記シーリング部材との間に挟む剛性の押さえ部材と、
前記押さえ部材を前記試料台に対して固定する固定部材と
を備えるものである。
【0025】
この構成によれば、異なる高さや弾性のシーリング部材を用いることで様々な厚さや硬さの試料に薄膜を倣わせることができる。シーリング部材の厚さや弾性、押さえ部材の厚さ、固定部材としてボルトを用いるときはそのねじ込み量によって、前記薄膜に加わる張力を調整することもできる。従って、これらの各部材は封入手段の要素であると同時に前記調整手段としても機能する。
前記封入手段として好ましい別の構成は、前記薄膜の周縁を前記試料台に接着させる接着剤である。前記構成に比べて部品点数も工数も少なくて足りる。
【0026】
対象試料の大きさは、限定されないが、薄膜越しに観察する必要があることから、1nm以下の大きさの試料では十分な分解能の計測が困難となる。また、現状の電子顕微鏡の試料室に設置可能な試料ホルダには、50cm以上の大きさの試料を封入することができない。試料の大きさは1nm以上50cm以下であることが望ましい。
【発明の効果】
【0027】
以上のように、この発明によれば、対象試料に電子線を照射する前に、対象試料を薄膜と試料台とで封じ込めておくので、対象試料が真空や他の化学物質に晒されることはない。また、薄膜が対象試料に倣って当てられるので、薄膜と試料台との間隔に厳密な制限は無い。従って、試料自体の性状や、試料を収容する構造体からあまり制約されることなく、生体試料を生きた状態で観察することができる。更に、この発明によれば、対象試料や薄膜から発せられる二次電子を検出することができるので、既存の多くの走査型電子顕微鏡に適用して生体試料の三次元構造を観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】第一の実施形態に係る走査型電子顕微鏡の試料室を示す鉛直方向断面図である。
図2】第二の実施形態に係る走査型電子顕微鏡の試料室を示す鉛直方向断面図である。
図3】第一の実施形態に従って薄膜を当てられた蛍光微小球の走査型電子顕微鏡写真である。
図4】第一の実施形態に従って薄膜を当てられた血液組織の走査型電子顕微鏡写真である。
図5】第一の実施形態に従って薄膜を当てられた心筋線維断面の走査型電子顕微鏡写真である。
図6】第一の実施形態に従って薄膜を当てられたコラーゲン繊維断面の走査型電子顕微鏡写真である。
図7】薄膜を当てられた半導体チップの走査型電子顕微鏡写真である。
図8】別の薄膜を当てられた半導体チップの走査型電子顕微鏡写真である。
図9】薄膜を当てられた心筋線維断面の走査型電子顕微鏡写真と、ひずみの時間変化のグラフである。
図10】この発明の作用を説明する模式図である。
図11】非特許文献1に記載の先行技術の作用を説明する模式図である。
図12】心臓を封入した試料ホルダの薄膜と、その上に播種された標識の走査型電子顕微鏡写真である。
図13】同標識の軌跡を示すグラフである。
図14】第一の実施形態に従って薄膜を当てられた状態で液状体中に析出したリン酸カルシウム結晶の時間変化を捉えた走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
-実施形態1-
第一の実施形態に係る走査型電子顕微鏡用の試料ホルダ1は、図1に示すように導電性材料、具体的にはアルミニウムからなる試料台2、絶縁性且つ電子透過性の有機高分子からなる薄膜3、弾性材料からなり環状もしくは円筒状をなす防水性のシーリング部材4、弾性材料からなる円盤状スペーサ5、剛性材料からなる円環状の押さえ部材6、及び固定部材に相当する複数本のボルト7を備える。いずれの部品も使用前後に関わらず互いに組み合わせ、分離可能である。
【0030】
シーリング部材4は、試料台2の縁よりも十分に内側に位置する外周を有する。薄膜3は、シーリング部材4の一方の開口を塞ぐとともにシーリング部材4の外周よりも更に外方に延びる大きさを有する。スペーサ5は、シーリング部材4の内周と非接触を保つ程度の外径と、シーリング部材4の高さよりも十分に小さい高さを有する。押さえ部材6は、シーリング部材4の内周と同心同外径の内周を有し、その外縁はシーリング部材4からはみ出している。試料台2の上面であって、シーリング部材4からはみ出した位置にはボルト7が嵌合する図略のネジ孔が設けられ、押さえ部材6における対応位置に貫通孔が設けられている。
【0031】
試料ホルダ1を使用するときは、シーリング部材4を試料台2のほぼ中央に載せるとともに、試料8の性質に応じて適宜の厚さと弾性を有するスペーサ5をシーリング部材4の内側に置く。スペーサ5の上に試料8を載せ、その周囲に水溶液などの液状体9を充填する。シーリング部材8の開口を塞ぐように薄膜1をシーリング部材8に載せ、次いで押さえ部材6を載せ、ボルト7を押さえ部材6の前記貫通孔に通し、試料台2のネジ孔に嵌合する。ボルト7のネジ嵌合に伴って、シーリング部材4及びスペーサ5は圧縮されるとともに、薄膜3が試料8に軽く押しつけられ、試料8の上面形状に倣う。過剰の液状体9は、シーリング部材4と薄膜3又は試料台2との間隙から外ににじみ出す。押さえ部材6に押さえられた薄膜3にシーリング部材4が弾力的に接しているので、試料8周囲は液密に保たれる。
【0032】
以上の作業は、走査型電子顕微鏡の試料室の外、例えば常温大気中で行われてよい。試料8及び液状体9を封入した試料ホルダ1を、試料8がレンズを介して電子線照射の線源10と対面するように試料室に置く。試料台2は、電気的にグランドに接続されている。試料ホルダ1の上方には、線源10から照射される電子線11の経路を妨げない位置に二次電子検出器12が設置されている。また、薄膜3のうちシーリング部材4の内周で囲まれる部分の上方にはレンズに至るまで検出器12以外の他物は存在しない。
【0033】
この状態で、線源10より電子線11を照射すると、試料8に当たらない入射電子や反射電子は液状体9及び試料台2を流れてグランドに放たれる。従って、試料8も薄膜3も帯電することはない。一方、薄膜3が絶縁性及び電子透過性を有することから、試料8表面や薄膜3から発せられる二次電子13が検出器12にて検出される。薄膜3が試料8表面に倣う凹凸を有し、試料8が動けば薄膜3がそれに追従するので、入射電子線に対する試料8表面や薄膜3の角度に応じて、検出される二次電子13の強度が変わる。その結果、試料8の微細構造や、変位の方向及び量を計測することができる。
【0034】
-実施形態2-
第二の実施形態に係る走査型電子顕微鏡用の試料ホルダ14は、第一の実施形態と異なり、シーリング部材4、押さえ部材6及びボルト7のいずれも備えていない。代わって図2に示すように、接着剤15が備えられている。
【0035】
試料ホルダ14を使用するときは、スペーサ5を試料台2のほぼ中央に載せるとともに、薄膜3の周縁に接着剤15を塗布しておく。接着剤15が乾かないうちに、スペーサ5の上に液状体9で濡らした試料8を載せ、接着剤15の塗布面を下向きにして薄膜3に張力を加えながら薄膜3を試料8に被せ、薄膜3の周縁を試料台2に押さえつける。試料台2への薄膜3の固着が完了した後、試料ホルダ14を試料室に置く。その後の手順は、第一の実施形態と同様であってよい。
【実施例1】
【0036】
第一の実施形態の試料ホルダに試料を封入し、試料室の圧力が約1 Paである電界放出型走査型電子顕微鏡の試料室に置いて、観察を行った。以下、詳述する。
ポリイミド前駆体として宇部興産株式会社製ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(U-ワニス-S 1001)を準備した。光学ガラスBK7からなる厚み0.17mmの基板にスピンコート法で薄く前記ポリイミド前駆体を塗布し、その基板を電気炉にて450℃の温度で20分加熱し、その後、水中で基板から剥離することで32×24mmの大きさで厚み300nmのポリイミド薄膜を得、薄膜3とした。
【0037】
液状体9として、Dulbecco's Modified Eagle's MediumとHam's F12 Nutrient Mixtureの1:1混成培地に仔牛血清10%、ペニシリン100unit/ml、及びストレプトマイシン100μg/mlを加えたものを用いた。試料8として、ポリスチレンからなり密度1.05g/cm、平均粒径1μmのPolysciences社製の複数個の蛍光ビーズを用いた。
【0038】
シーリング部材4として、JIS-P11規格、内径10.8mm、太さ2.4mmのシリコンゴム(JIS材質コード:4種C)からなるOリングを、その中心線が照射野の中心と一致するように配置して用いた。スペーサ5はメラミンスポンジ製とし、押さえ部材6としては、ステンレス板からなるものを用いた。ボルト7は、周方向に均等に4本配置された。
【0039】
検出器12で二次電子13を検出することにより、試料8を観察した結果を図3に示す。画像左上に単独の蛍光ビーズ、右上に4つ、左下に3つの蛍光ビーズの集合体を確認することできる。
【実施例2】
【0040】
試料8として蛍光ビーズに代えてマウスの血液組織を用いた。それ以外は実施例1と同様にして試料8を観察した結果を図4に示す。画像中央に画面の2/3程度の面積を占める円形の物体が見え、赤血球であると認められる。赤血球上及びその周囲に他の血液組織由来の小胞・顆粒が認められる。
【実施例3】
【0041】
試料8として蛍光ビーズに代えてマウスから取り出した心臓を用い、これを試料ホルダ1に封入した。そして、心臓組織の断面の内、心筋線維の断面が線源10の方向を向いてる部位を探して観察した。それ以外は実施例1と同様にして試料8を観察した結果を図5に示す。直径約1μmの心筋筋原線維の各束が六角形や四角形をなして密集している様子を確認することができる。
【実施例4】
【0042】
試料8として蛍光ビーズに代えてマウスから取り出した心臓を用い、これを試料ホルダ1に封入した。そして、心臓組織の断面の内、コラーゲン繊維の断面が線源10の方向を向いてる部位を探して観察した。それ以外は実施例1と同様にして試料8を観察した結果を図6に示す。スケールバーの長さでもある、光学顕微鏡の分解能の200nmよりも小さい、直径約20~60nmのコラーゲン細線維が直径400~800nmの束を作り、さらにその束を集めて、コラーゲン繊維を形成している様子を確認することができる。
【実施例5】
【0043】
ポリイミド前駆体として株式会社ピーアイ技術研究所製熱可塑性ポリイミドワニス(Q-AD-X0516)を準備した。光学ガラスBK7からなる厚み0.17mmの基板に6000rpmのスピンコート法で薄く前記ポリイミド前駆体を塗布し、その基板をホットプレートにて200℃の温度で3分加熱し、その後、水中で基板から剥離することで32×24mmの大きさで厚み4μmのポリイミド薄膜を得た。スピンコートの回転数を6000rpmに代えて8000rpmとした他は前記と同様にして厚み1.5μmのポリイミド薄膜を得た。
【0044】
半導体チップ上に厚み4μmのポリイミド薄膜を張力を軽く付与しながら被せ、加速電圧15kVの条件で走査型電子顕微鏡にて観察した像を図7に示す。同じ半導体チップに厚み1.5μmのポリイミド薄膜を同様にして被せ、同じ条件で観察した像を図8に示す。二つの撮像を比較することにより、薄膜の厚みがより薄いほうが半導体チップの表面形状を正確に反映していることが認められる。
【実施例6】
【0045】
実施例4と同様に、マウスから取り出した心臓を試料ホルダ1に封入し、心臓組織に薄膜3が密着し、心臓と薄膜が伸縮運動をしている状態の動画撮像を行った。その瞬間の静止画像を図9左に示す。そして、図中の撮像において、薄膜上の円で囲まれた任意の三点の領域間の相対変位量のうち、水平方向の相対変位量(実線で示す両矢印間の距離変化量)と、垂直方向の相対変位量(破線で示す両矢印間の距離変化量)を、それぞれ時間平均の距離で割ることによって、ひずみの時間変化を計測した。計測結果を図9の前記撮像の右に示す。計測結果は、水平方向と垂直方向の変化が一致したり独立的だったりしながら振動していることから、水平、斜め、垂直など、あらゆる方向に心臓組織が振動していることを示している。つまり、捻れるように心筋収縮系が配向し複数の方向に収縮・弛緩できる心臓組織の物性(復元力)と挙動を反映している。
【実施例7】
【0046】
実施例4と同様に、マウスから取り出した心臓を試料ホルダ1に封入した。ただし、薄膜3を作成する際、通常のポリイミド前駆体の代わりに、攪拌して微小気泡を含んだポリイミド前駆体を基板に塗布し、その後すぐにホットプレートにて200℃で5分加熱する工程を電気炉での加熱工程の前に加えることで、図12に示すように薄膜3の表面に、微小気泡由来の球状標識が得られた。この微小気泡由来の球状標識の内、直径1.4μmの標識(図12の中心より少し右上)の動きを解析した結果を図13に示す。図示のように、標識の動きの軌跡を高精度に計測することができている。そして、標識と薄膜3、薄膜3と心臓とは相対移動しないので、標識の動きは標識直下の心臓の動きに相当する。
なお、標識の作成方法としては、薄膜の原料に微粒子を混ぜ、成膜時に分散させてもよいし、薄膜の原料に微粒子を混ぜずに、成膜後に膜上に標識を印刷してもよい。
【実施例8】
【0047】
液状体9として、Dulbecco's Modified Eagle's MediumとHam's F12 Nutrient Mixtureの1:1混成培地に仔牛血清10%、ペニシリン100unit/ml、及びストレプトマイシン100μg/mlを加えたものを用い、これを試料ホルダ1に封入した。そして、薄膜3近傍で液状体9から析出したリン酸カルシウム結晶を試料8とし、その挙動を撮像した結果を図14に示す。図中、右上及び右下の画像は、それぞれ左上及び左下の画像と同じ個所を時間経過後に撮ったものである。
【0048】
図示のように、薄膜3の直下で液状体9に浮いて動く結晶を観察できる。すなわち、左上画像から右上画像で、図中の白矢印で示す結晶が移動していることを確認することが出来る。また、結晶の析出が進むと、薄膜3が結晶の形状に倣って変形し、結晶の形状を立体的に観察出来る。左上画像や右上画像の左下部分や、左下画像や右下画像の右側部分でその結晶の形状を確認することが出来る。さらに、左下画像の白矢印で示す部分の結晶が、右下画像では見えなくなっていることから、薄膜3近傍で析出し、薄膜3を変形させていた結晶が薄膜3から離れて液状体9の中に沈む様も確認できる。
【符号の説明】
【0049】
1、14 試料ホルダ
2 試料台
3 薄膜
4 シーリング部材
5 スペーサ
6 押さえ部材
7 ボルト
8 試料
9 液状体
10 線源
11 電子線(入射電子)
12 検出器
13 二次電子
15 接着剤
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
図11
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図14