(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-15
(45)【発行日】2022-09-27
(54)【発明の名称】船舶用動力伝達装置
(51)【国際特許分類】
B63J 3/02 20060101AFI20220916BHJP
B63H 20/14 20060101ALI20220916BHJP
B63H 21/17 20060101ALI20220916BHJP
B63H 23/12 20060101ALI20220916BHJP
B63H 23/18 20060101ALI20220916BHJP
F16H 59/36 20060101ALI20220916BHJP
F16H 61/02 20060101ALI20220916BHJP
【FI】
B63J3/02 A
B63H20/14 200
B63H21/17
B63H23/12
B63H23/18
F16H59/36
F16H61/02
(21)【出願番号】P 2018160195
(22)【出願日】2018-08-29
【審査請求日】2021-07-30
(31)【優先権主張番号】P 2017178994
(32)【優先日】2017-09-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】303025663
【氏名又は名称】株式会社日立ニコトランスミッション
(74)【代理人】
【識別番号】100091306
【氏名又は名称】村上 友一
(74)【代理人】
【識別番号】100174609
【氏名又は名称】関 博
(72)【発明者】
【氏名】金子 裕一郎
【審査官】結城 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-109665(JP,A)
【文献】特開2013-203079(JP,A)
【文献】特開昭61-171697(JP,A)
【文献】吉田智賀也,“日立ニコトランスミッションにおける船舶用増減速機の最新動向”,日本マリンエンジニアリング学会誌,日本,日本マリンエンジニアリング学会,2016年09月01日,第51巻 第5号,p.703-704,DOI:10.5988/jime.51.703,ISSN 1884-3778(online),1346-1427(print)
【文献】移川秀弥,金子裕一郎,“低速及び高速スリッピング機構 -油圧クラッチ 形式:HL85Yの開発”,日本マリンエンジニアリング学会誌,日本,日本マリンエンジニアリング学会,2010年,第45巻 第5号,p.671-674,DOI:10.5988/jime.45.671,ISSN 1884-3778(online),1346-1427(print)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63J 3/02,
B63H 20/14,21/17,23/00,
F16H 59/36,61/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主機関と推進機構、および軸発電機モータとの間に備えられる船舶用の動力伝達装置であって、
前記動力伝達装置は、変速比や、回転の伝達方向を異ならせた動力伝達機構を備えた複数のクラッチと、
前記主機関に接続される回転軸と、前記推進機構に接続される回転軸、および前記軸発電
機モータに接続される回転軸それぞれの回転速度を検出する回転速度検出器と、
前記各回転軸の回転速度と船舶の航行形態に基づき、複数の前記クラッチの嵌脱、およびスリップ率を調節して、前記主機関から前記軸発電機モータへ伝達される動力の回転速度や、前記軸発電機モータから前記推進機構へ伝達される動力の回転速度を制御する制御手段と、を有
し、
複数の前記クラッチは、進行方向制御を行うための動力伝達機構を備えたクラッチ群である進行方向制御部と、伝達する動力の変速比に応じた動力伝達機構毎に設けられたクラッチ群である伝達速度制御部と、伝達される動力の回転速度に応じて動力伝達機構を切り替えるクラッチ群である動力伝達切替部と、を含むクラッチ群を構成し、
前記制御手段による嵌状態とするクラッチの選択は、前記進行方向制御部と、前記伝達速度制御部、および前記動力伝達切替部の中からそれぞれ1つのクラッチの選択により成されることを特徴とする船舶用動力伝達装置。
【請求項2】
前記船舶の航行形態は、軸発運転、電気推進運転、およびアシスト運転に分別され、
前記制御手段は、前記軸発運転の際には、前記主機関から前記軸発電機モータへ伝達される動力の回転速度が、予め定められた一定の回転速度となるように、前記クラッチの選択、およびスリップ率の制御を行い、
前記電気推進運転、および前記アシスト運転の際には、前記軸発電機モータから前記推進機構へ伝達される動力の回転速度を、推進機構側で所望される回転速度に合わせるように、前記クラッチの選択、およびスリップ率の制御を行うことを特徴とする
請求項1に記載の船舶用動力伝達装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶用動力伝達装置に係り、特に、主機関と推進機構との間に、軸発電機モータ(SGM:Shaft Generator Motor)を介在させる場合に好適な船舶用動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶用の動力伝達機構として、特許文献1に開示されているような、主機関の回転軸と、推進機構であるプロペラの回転軸との間に、SGMを介在させる構成が知られている。SGMは、主機関の余剰回転を電力へ回生させるための発電機としての役割と、主機関停止時に、推進機構へ動力を伝達するためのモータとしての役割、および主機関駆動時における動力補助(加勢)を行うための役割を担い、船舶の運航におけるエネルギー効率の向上に寄与している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示されているように、動力伝達機構にSGMを採用することによれば、主機関の駆動状態や航行状況に応じて、SGMが軸発電機と電気推進機、および動力加勢といった種々の役割を担い、エネルギー効率の高い運転が可能となる。
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されているような、いわゆる同期発電機式のSGMは、発電機として駆動される場合には、主機関の回転数に依存した発電が成され、これを定められた周波数の供給電力に変換する必要がある。また、電気推進機のモータとして駆動される場合には、プロペラの回転制御のために、SGM自体の回転を電力制御する必要がある。さらに主機関に対する動力加勢を行う場合には、SGMの回転数を主機関の回転数に同期させる回転制御が必要となる。
【0006】
このように、SGM自体が常に回転制御、あるいは出力電力の変換制御される必要があり、同期調相機や周波数変換機などの大掛かりな電力変換機器が必要となる。こうした電力変換機器は、対応電力に応じて機器寸法(基板サイズ等)が大きくなり、小型船舶等にいたっては、こうした電力変換機器を設置するためのスペースの確保が困難であるという実状がある。
【0007】
そこで本発明では、主機関と推進機構との間にSGMを介在させるにあたり、電力変換機器を不要とすることのできる船舶用動力伝達装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための船舶用動力伝達装置は、主機関と推進機構、および軸発電機モータとの間に備えられる船舶用の動力伝達装置であって、前記動力伝達装置は、変速比や、回転の伝達方向を異ならせた動力伝達機構を備えた複数のクラッチと、前記主機関に接続される回転軸と、前記推進機構に接続される回転軸、および前記軸発電モータに接続される回転軸それぞれの回転速度を検出する回転速度検出器と、前記各回転軸の回転速度と船舶の航行形態に基づき、複数の前記クラッチの嵌脱、およびスリップ率を調節して、前記主機関から前記軸発電機モータへ伝達される動力の回転速度や、前記軸発電機モータから前記推進機構へ伝達される動力の回転速度を制御する制御手段と、を有することを特徴とする。
【0009】
また、上記のような特徴を有する船舶用動力伝達装置において複数の前記クラッチは、進行方向制御を行うための動力伝達機構を備えたクラッチ群である進行方向制御部と、伝達する動力の変速比に応じた動力伝達機構毎に設けられたクラッチ群である伝達速度制御部と、伝達される動力の回転速度に応じて動力伝達機構を切り替えるクラッチ群である動力伝達切替部と、を含むクラッチ群を構成し、前記制御手段による嵌状態とするクラッチの選択は、前記進行方向制御部と、前記伝達速度制御部、および前記動力伝達切替部の中からそれぞれ1つのクラッチの選択により成されることを特徴とする。
【0010】
このように、各クラッチ群の中から選択されたクラッチを嵌脱、あるいはスリップさせることにより、伝達可能な回転速度の速度域を広げると共に、クラッチ単体の速度比を小さくすることができ、効率的な運転をすることが可能となる。
【0011】
さらに、上記のような特徴を有する船舶用動力伝達装置において前記船舶の航行形態は、軸発運転、電気推進運転、およびアシスト運転に分別され、前記制御手段は、前記軸発運転の際には、前記主機関から前記軸発電機モータへ伝達される動力の回転速度が、予め定められた一定の回転速度となるように、前記クラッチの選択、およびスリップ率の制御を行い、前記電気推進運転、および前記アシスト運転の際には、前記軸発電機モータから前記推進機構へ伝達される動力の回転速度を、推進機構側で所望される回転速度に合わせるように、前記クラッチの選択、およびスリップ率の制御を行うものとすると良い。
【0012】
このような制御を行うことで、いずれの航行形態においても、動力伝達装置による制御のみで軸発電機モータの回転速度を一定に保つことが可能となる。
【発明の効果】
【0013】
上記のような特徴を有する船舶用動力伝達装置によれば、主機関と推進機構との間にSGMを介在させるにあたり、電力変換機器を不要とすることで、船内の猶予スペースを広げることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】第1実施形態に係る船舶用動力伝達装置の構成を示す図である。
【
図2】第1実施形態に係る船舶用動力伝達装置において、軸発運転を行う場合におけるクラッチの嵌脱状態を示す図である。
【
図3】第1実施形態に係る船舶用動力伝達装置において、電気推進運転を行う場合におけるクラッチの嵌脱状態を示す図である。
【
図4】電気推進運転を行う上で、推進方向の切り替え運転を短時間で行うことを可能とするための構成の一例を示す図である。
【
図5】第2実施形態に係る船舶用動力伝達装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の船舶用動力伝達装置に係る実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、以下に示す形態は、本発明を実施する上での好適な形態のうちの一部であり、運転効率や設備コスト等の要因に基づいて、各要素を構成するクラッチの数を増減させることは、本発明の実施にあたり、発明の効果に大きな影響を及ぼすものではない。
【0016】
[第1実施形態]
本実施形態に係る船舶用動力伝達装置(以下、単に動力伝達装置10と称す)は、船舶の主機関と、プロペラ等の推進機構、およびSGM(Shaft Generator Motor:軸発電機モータ)の間に介在され、主機関の回転軸から推進機構の回転軸へ伝達される動力の他、主機関の回転軸からSGMの回転軸へ伝達される動力、およびSGMの回転軸から推進機構の回転軸へ伝達される動力について、それぞれの回転数を調整、および制御する役割を担う。
【0017】
第1実施形態に係る動力伝達装置10は、推進機構として固定ピッチプロペラ(FPP:Fixed Pitch Propeller)を採用する場合についての形態である。本実施形態に係る動力伝達装置10は、推進方向制御部12と、伝達速度制御部14、動力伝達切替部16、及び制御手段18を備えている。
【0018】
推進方向制御部12は、主機関と推進機構との間の動力伝達を担う部位であり、FPP方式の推進機構においては、プロペラの回転方向の切替を行うための要素である。具体的な構成は、2つの多板式油圧クラッチ群(以下、単にクラッチ12a,12bと称す)が備えられ、それぞれのクラッチ12a,12bに備えられた動力伝達機構の出力側、すなわち推進機構の入力軸に伝達される動力の回転方向が異なるように構成されている。具体的な構成例として、一方(
図1に示す例ではクラッチ12a)が前進用の動力伝達機構を備えたクラッチであり、他方(
図1に示す例ではクラッチ12b)が後進用の動力伝達機構を備えたクラッチとすれば良い。推進方向制御部12では、このクラッチ12aとクラッチ12bにおける嵌脱の切り替えにより、推進機構であるプロペラの回転方向を逆転させ、進行方向の切り替えを行う制御が成される。
【0019】
伝達速度制御部14は、SGMの稼働方式に応じて、主機関とSGM、または推進機構とSGM、あるいは主機関とSGMおよび推進機構の間における動力伝達を行う機構である。SGMの稼働方式としては、軸発運転と、電気推進運転、およびアシスト運転がある。
【0020】
軸発運転とは、SGMを発電機として稼働させ、船内電源の補助としたり、スラスターや荷役用の電動機の電源とする運転方式である。また、電気推進運転は、SGMに電力を供給することでモータとして稼働させ、推進機構へ動力を伝達する運転方式であり、探索調査や出入港等の微速運転時や、軽負荷運転時、および排ガス規制領域における航行等の際に用いられる。さらに、アシスト運転は、主機関から推進機構へ伝達される動力に、SGMをモータとして稼働させた際の動力を付加する運転方式であり、主に荒天時の航行などにおける主機関の過負荷防止対策として用いられる。
【0021】
伝達速度制御部14には、SGMの稼働方式に応じた動力伝達機構を備えたクラッチ14a,14b,14cといったクラッチ群が備えられ、各クラッチ14a~14cの嵌脱、あるいはスリップ率の調整により、運転方式の制御を可能としている。具体的には、クラッチ14aは、アシスト運転時と、主機関の出力軸が高速回転である場合の軸発運転用としての動力伝達機構を備えている。また、クラッチ14bは、主機関の出力軸が中速回転である場合の軸発運転用としての動力伝達機構を備えている。さらに、クラッチ14cは、電気推進運転時と、主機関の出力軸が低速回転である場合の軸発運転用としての動力伝達機構を備えている。各クラッチ14a~14cに備えられた動力伝達機構は、各クラッチにおける直結運転、およびスリップ運転の範囲において、SGM側の出力軸に対して一定速の回転を与える(電気推進運転、アシスト運転時には入力軸としてSGM側から付与された一定速の回転を、推進機構側で設定された回転域の回転速度へ変換する)ように構成されている。
【0022】
なお、本実施形態では、各クラッチの速度比と、設備コスト、および制御性等を考慮して、伝達速度制御部14に備えるクラッチを3つとしているが、運転効率(速度比)や設備コスト、及び制御性等を考慮して、切り替え可能なクラッチ数を増減させることもできる。
【0023】
動力伝達切替部16は、主機関および推進機構と、SGMとの間で伝達される動力の負荷状態(高速または低速)に応じて動力伝達機構を切り替えるための要素であり、クラッチ16aとクラッチ16bといったクラッチ群を備える。クラッチ16aは、電気推進運転時、およびアシスト運転時に適用される。一方、クラッチ16bは、軸発運転時、およびアシスト運転時におけるSGM起動用のクラッチとして適用される。
【0024】
主機関側の入力軸と、推進機構側の出力軸、およびSGM側の出力軸(入力軸)には、それぞれ回転速度検出器20,22,24が備えられている。回転速度検出器20,22,24は、いずれも制御手段18に接続されている。制御手段18は、推進方向制御部12や、伝達速度制御部14、および動力伝達切替部16に対する接続クラッチの選択のための制御信号や、各回転軸において検出された回転数(検出回転数)と、運転時における指定回転数との比較、および検出回転数を指定回転数に合わせるための制御信号(スリップ率の変更や接続クラッチの変更のための信号)を出力する役割を担う。
【0025】
[軸発運転]
このような構成の動力伝達装置10を用いた場合において、SGMを発電機として稼働させる場合、すなわち軸発運転を行う場合には、動力伝達切替部16におけるクラッチ16bを接続し、主機関の回転速度域に応じて、伝達速度制御部14のクラッチ14aからクラッチ14cのいずれかが選択的に接続される。そして、制御手段18を介してクラッチ14aからクラッチ14cのうちの選択されたクラッチにおけるスリップ率が制御され、SGM側の出力軸には、一定の回転速度で動力が伝達される。ここで、電圧は、図示しない自動電圧調整器により一定に制御され、周波数はクラッチによる回転数制御で調整(一定制御)が成される。
【0026】
伝達速度制御部14の駆動は、推進方向制御部12の接続の如何に関わりなく行う事ができる。すなわち、軸発運転は、推進機構であるプロペラの駆動、停止に関わりなく行うことができる。例えば伝達速度制御部14において、クラッチ14aを選択した場合には、動力伝達装置10は、
図2に示すような稼働形態となる。なお、
図2に示すクラッチは、実線で示す部分が動力伝達に寄与する部位であり、破線で示す部分が動力伝達に寄与しない部位である。
【0027】
[電気推進運転]
次に、電気推進運転を行う場合について説明する。電気推進運転を行う場合、SGMをモータとして稼働させ、その動力を推進機構であるプロペラへと伝達する。このため、SGMに電圧を印加し、伝達速度制御部14において、変速比を微速度運転(低回転域)用に定められた動力伝達機構を備えたクラッチ14cを接続し、その後に動力伝達切替部16におけるクラッチ16aを接続する。ここで、クラッチ14cの滑り率を変化させることで、推進機構に伝達される動力の回転速度を変化させ、船舶の航行速度を調節することができる。
【0028】
ここで、SGMは、発電状態から動力への切り替えができないため、電気推進運転を行う場合には一旦、運転が停止される。電気推進運転では、電路保護(安全確保)のために、図示しない気中遮断機(ACB:Air Circuit Breaker)を介してSGMへ電流を投入する(固定子巻線へ電圧を印加する)と良く、電力がSGMへ供給されることでモータとして機能することとなり、その後、クラッチ14c、クラッチ16aの順に嵌入が成される。なお、SGMの容量の如何、すなわち伝達トルクの大きさによっては、伝達速度制御部14において接続するクラッチをクラッチ14bやクラッチ14aとすることもできる。
【0029】
また、船舶の推進方向の切り替えについては、理論的には、原動機として稼働しているSGMに流す電流の向きを逆転させ、SGM側の入力軸に対して伝達される回転の回転方向を逆転させればよい。入力軸の回転方向が逆転することにより、推進機構であるプロペラの回転方向も逆転し、推進方向を変えることができるからである。電気推進運転を行う場合における動力伝達装置10の稼働形態は、
図3に示すものとなる。なお、
図3に示すクラッチは、実線で示す部分が動力伝達に寄与する部位であり、破線で示す部分が動力伝達に寄与しない部位である。
【0030】
なお、実際上は、SGMの回転方向を逆転させる場合、ロータの慣性マスの関係上、停止、逆転までに相当な時間を要することとなる。このため、
図4に示すように、回転の伝達方向を異ならせたギアを備えたクラッチ14dを設け、接続切り替えを行うようにすることで、電気推進時における推進方向の切り替えの実用性(推進方向の早期的な切替)を実現させることができる。
【0031】
[アシスト運転]
また、アシスト運転を行う場合には、主機関を予め定められたアシスト回転速度で駆動させている状態でSGMを発電機用クラッチで起動させた後、アシスト用クラッチへの切り替え制御を行い、SGMを連れ回り状態とした後、SGMを同期回転速度でモータとして働かせることで、推進機構に対する動力加勢を成すという制御を行う。
【0032】
具体的には、まず、主機関の回転速度をアシスト回転速度にセットして運転を行い、SGMを発電機として稼働させる。ここで、アシスト回転速度での運転では、クラッチ16bとクラッチ14bが接続されていることとする。
【0033】
その後、クラッチ16b、クラッチ14bは、それぞれクラッチ16a、クラッチ14aへと切り替えを行うが、この時、クラッチ16b、クラッチ14bはそれぞれ、クラッチ16a、クラッチ14aよりもやや高い回転速度となるように、それぞれの変速比を定めておく。クラッチの切り替えは、クラッチ16b、クラッチ14bをスリップ運転とすることでスリップ運転時の回転速度が同期回転速度(実際には、同期回転速度よりもやや高い回転速度)となるようにし、クラッチ16a、クラッチ14aを直結嵌入させる。なお、クラッチ16aとクラッチ14aが嵌入した後、クラッチ16bとクラッチ14bは、脱にする。
【0034】
このような状態とした上で、SGMの固定子巻線へ電圧を印加して、SGMを駆動機(モータ)として機能させることで、推進機構に対する動力加勢が成される。
また、アシスト運転状態から、軸発運転への切り替え(運転モードを戻す)場合には、上記手順と逆に、クラッチ16bとクラッチ14bをスリップ状態で嵌入させた後、クラッチ16aとクラッチ14aを脱にすれば良い。
【0035】
ここで、SGMの起動からアシスト運転への切り替えは、理論的には、単純にクラッチに対する動力伝達方向の逆転を行う事で成すことができる。しかし実用上、湿式多板クラッチは、高負荷状態で動力伝達方向を逆転させることは好ましくない。このため、動力伝達切替部16を構成するクラッチ16bとクラッチ16aとを同期回転速度で切り替えることで、クラッチに対する動力伝達方向は、予め定められた方向を維持することが可能となる。
【0036】
なお、船舶の航行速度に関しては、推進方向制御部12を構成するクラッチ12aまたはクラッチ12bのスリップ率を変化させることにより、調節することができる。例えば、推進方向制御部12においてクラッチ12aを接続した場合における動力伝達装置の稼働形態は、
図2に示す構成と同様なものとなる。
【0037】
[効果]
このように、主機関と推進機構、およびSGMの間に、実施形態に係る動力伝達装置10を介在させることで、主機関からSGMへ伝達される動力の回転速度を一定に保つことが可能となる。また、SGMを原動機として稼働させる際も、その回転速度を一定とした上で、推進機構側へ伝達される回転速度を調整することが可能となる。このため、周波数変換による出力電力の制御や、入力電力の調整による回転制御が不要となる。SGMに対する入出力電力の制御、調整が不要になることにより、SGMとして、一定速式の同期発電機式SGM(以下、単に一定速電動機ともいう)を採用することが可能となり、同期調相機や周波数変換機などの大掛かりな電力変換機器が不要となる。なお、SGMに対する印加電圧に関しては、安定駆動、および安全性確保の観点から、上述したように、自動電圧調整器等の制御器により制御することとなる。
【0038】
こうした電力変換機器は、その制御、調整電力に応じて大きな基板が必要とされ、多大な設置スペースが必要となる。このため、電力変換機器が不要となることにより、船舶内に猶予スペースを設けることが可能となる。また、駆動システム全体の設備コストの低減を図ることもできる。
【0039】
また、上記のような動力伝達装置10によれば、電力変換機器のうちの周波数変換器(例えばインバータ)を採用した運転制御形式に比べ、各運転制御において次のような利点がある。まず、電気推進運転、並びにアシスト運転においては、動力として、一定速電動機が採用可能であるため、インバータの使用によるエネルギーロス(力率の影響)が無い。このため、クラッチを直結運転する場合、インバータを含む電力変換機器を備える従来の動力伝達に比べ、エネルギー効率が高くなる。
【0040】
一方で、軸発運転を行う場合には、主機関の回転速度の変動をクラッチのスリップ運転により緩和調整してSGMへ伝達する。このため、クラッチの直結運転に比べてエネルギーロスが生じることとなる。このような実状を鑑みて本実施形態では、伝達速度制御部14において、変速比を異ならせた動力伝達機構を備えたクラッチを多段に配置することで、各クラッチにおける速度比を小さくしてエネルギーロスの低減を図っている。このため総合的には、従来のインバータを含む電力変換機器を備える従来の動力伝達と同等のエネルギー効率を誇ることとなる。なお、軸発運転時に生成される電流(SGMを介して出力される電力)は、SGMの固定子に対する回転子の回転によって得られる正弦波であるため、汎用性の高い電力を直接得る事ができる。これに対し従来のインバータを用いた電力変換機器を介した出力電流は、周波数制御のために矩形波に変換されたものとなり、正弦波への変換を行う場合にはロスが生じることとなる。よって、発電用の電源として見た場合には、従来に比べて質の高い電源を備えることとなる。
【0041】
[アシスト運転の変形例]
上記説明では、アシスト運転時におけるクラッチの切り替えについて、クラッチ16b、クラッチ14bをスリップ運転として、その回転速度が同期回転速度よりもやや高い回転速度となるようにし、クラッチ16a、クラッチ14aを直結嵌入させ、その後にクラッチ16bとクラッチ14bを脱にする旨記載した。
【0042】
しかしながら、SGMの慣性マスが主機関とプロペラ間の軸系に加わることにより、SGMの駆動系側に生じる変動トルクがSGMの駆動トルクを超える場合がある。こうした場合、動力を伝達するギア歯面間におけるチャタリングや、振動を発生させ、連続運転を阻害する虞がある。このため、SGMの駆動系側に生じる変動トルクが大きくなる場合等においては、SGMの駆動系と、推進機構側との剛的な動力伝達を縁切りした状態でアシスト運転すると良い。
【0043】
具体的には、クラッチ16b、クラッチ14bからクラッチ16a、クラッチ14aへの切り替え時に、少なくともいずれか一方のクラッチをスリップ状態で嵌入させて運転を行うようにすれば良い。例えば、クラッチ16aを直結嵌入し、クラッチ14aをスリップ嵌入させる場合は、次のようにクラッチの切り替えを行えば良い。すなわち、クラッチ14bよりも先に切り替えを行うクラッチ16bの切り替えでは、クラッチ16bの回転速度をクラッチ16aの回転速度(同期回転速度)よりもやや高い回転速度となるように変速比を定めておく。そして、クラッチ16bをスリップ運転しておき、クラッチ16aを直結嵌入し、クラッチ16bを脱にする。
【0044】
次に、クラッチ14bからクラッチ14aへの切り替えを行うが、この切り替えは、クラッチ14aの回転速度をSGMの同期回転速度よりもやや低い回転速度となるように変速比を定めた状態で行う。そして、クラッチ14bを脱にした後、クラッチ14aをスリップ状態で嵌入する。スリップ状態で運転しているクラッチは、油膜(境界面摩擦)を介して動力の伝達が成されている。このため、剛的な動力伝達が縁切りされ、ねじり振動を回避することが可能となる。
【0045】
クラッチの切り替えが成された後は、上記実施形態と同様に、SGMの固定子巻線へ電圧を印加して、SGMを駆動機(モータ)として機能させれば良い。この時、SGMの加勢電力量の調整は、クラッチ14aのクラッチ伝達トルク(クラッチ作動油圧)を制御して行う。
【0046】
制御方法の一例としては、SGMの加勢電力量一定制御がある。この方法では、所定の加勢電力量を指令値として制御手段18に入力し、SGMの実電力量を計測する。そして、SGMの実電力量(計測値)を制御手段18にフィードバックし、指令値と計測値とを比較演算し、差分を算出する。算出された差分に基づき、図示しない比例電磁弁等で、クラッチ14aの作動油圧の増減を図り、クラッチ伝達トルクの調整を行う。クラッチ伝達トルクの調整は、SGMの加勢電力量の計測値と指令値との差分が、規定範囲内に収まるように行えば良い。
【0047】
また、アシスト運転の用途としては、主機関による駆動力の不足分をSGMで加勢するという場合もある。この場合には、主機関等、メインの駆動機に規定された出力値を指令値として、推進機構側の実出力を計測し、これが指令値となるように、クラッチ14aにおける作動油圧をフィードバックして制御を行えば良い。
【0048】
[変形例の効果]
このようなスリップ状態でのアシスト運転によれば、直結嵌入による運転と異なり、各クラッチプレートの半径方向への移動が可能となる。このため、高負荷状態で動力伝達方向を逆転させる場合であっても問題が無い。
【0049】
また、このようなアシスト運転を行う際には、SGMの加勢電力量の制御を行うこととなるが、加勢電力量の制御は、実電力量のフィードバックに基づくクラッチ14aの作動油圧の調整により成されることとなる。このため、SGM側に特別な制御装置を設ける必要もない。
【0050】
また、スリップ状態でのアシスト運転を行う場合、クラッチのスリップロスが懸念されるが、ねじり振動の回避は、微小スリップでも可能であることから、スリップ率を小さくすることも可能である。このため、スリップロスを小さく抑えることもできる。
【0051】
なお、上記説明では一例として、SGMの動力入力側に近いクラッチ14aをスリップさせる旨説明したが、クラッチ14aを直結嵌入させ、クラッチ16aをスリップで嵌入させるようにしても良い。また、アシスト運転状態から軸発運転への切り替えについては、上述した直結嵌入によるアシスト運転と同様に、クラッチ16bとクラッチ14bをスリップ状態で嵌入させた後、クラッチ16aとクラッチ14aを脱にすれば良い。
【0052】
[第2実施形態]
次に、第2実施形態として、可変ピッチプロペラ(CPP:Controllable Pitch Propeller)を採用した場合における動力伝達装置について
図5を参照して説明する。
【0053】
本実施形態の動力伝達装置10Aは、基本的に、第1の実施形態に係る動力伝達装置10よりもシンプルな構成とすることができる。推進機構であるプロペラのピッチ調整により、船舶の進行方向や速度調整が可能となるからである。
【0054】
よって、推進方向制御部12は、前進あるいは後進のいずれか一方の動力伝達機構を備えたクラッチ(例えば、前進用の動力伝達機構を備えたクラッチ12a)のみを備える構成とすれば良い。また、伝達速度制御部14は、少なくとも電気推進運転用の動力伝達機構を備えたクラッチ14cと、アシスト運転用の動力伝達機構を備えたクラッチ14aがあれば足りる。なお、主機関の回転速度の変動幅により、クラッチ単体あたりの速度比が大きくなり、運転効率が低下する場合には、中間速度に対応した動力伝達機構を備えたクラッチを有する構成とすると良い。
【0055】
さらに、動力伝達切替部16は、軸発電運転の際、推進機構であるプロペラが回転していても良い場合には、それ自体を備えない構成とすることもできる。ただし、伝達速度制御部14を構成するクラッチ14a,14cがいずれも接続されていない状態、すなわち無負荷状態におけるチャタリングを防止するために、軽負荷用のクラッチを備える構成としても良い。
【0056】
[効果]
このように、推進機構を構成するプロペラとして、可変ピッチプロペラを用いる場合には、動力伝達装置10Aの構成を簡素化することができる。よって、上記第1の実施形態に係る動力伝達装置10よりも小型化することができる。その他の作用、効果については、上述した第1の実施形態に係る動力伝達装置10と同様である。
【符号の説明】
【0057】
10,10A………動力伝達装置、12………推進方向制御部、12a………クラッチ、12b………クラッチ、14………伝達速度制御部、14a………クラッチ、14b………クラッチ、14c………クラッチ、16………動力伝達切替部、16a………クラッチ、16b………クラッチ、18………制御手段、20………回転速度検出器、22………回転速度検出器、24………回転速度検出器。