(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-16
(45)【発行日】2022-09-28
(54)【発明の名称】アブレータ、プリプレグ、アブレータの製造方法、及びアブレータ用のプリプレグの製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 5/24 20060101AFI20220920BHJP
B64G 1/58 20060101ALI20220920BHJP
【FI】
C08J5/24 CFG
B64G1/58
(21)【出願番号】P 2017177099
(22)【出願日】2017-09-14
【審査請求日】2020-08-06
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】500302552
【氏名又は名称】株式会社IHIエアロスペース
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】特許業務法人南青山国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100104215
【氏名又は名称】大森 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100196575
【氏名又は名称】高橋 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168181
【氏名又は名称】中村 哲平
(74)【代理人】
【識別番号】100117330
【氏名又は名称】折居 章
(74)【代理人】
【識別番号】100160989
【氏名又は名称】関根 正好
(74)【代理人】
【識別番号】100168745
【氏名又は名称】金子 彩子
(74)【代理人】
【識別番号】100176131
【氏名又は名称】金山 慎太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100197398
【氏名又は名称】千葉 絢子
(74)【代理人】
【識別番号】100197619
【氏名又は名称】白鹿 智久
(72)【発明者】
【氏名】久保田 勇希
(72)【発明者】
【氏名】石田 雄一
(72)【発明者】
【氏名】青木 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 俊夫
(72)【発明者】
【氏名】平井 研一
(72)【発明者】
【氏名】古田 武史
(72)【発明者】
【氏名】横田 力男
【審査官】磯部 洋一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-042996(JP,A)
【文献】特許第5522479(JP,B2)
【文献】特開2015-093444(JP,A)
【文献】特開2019-151277(JP,A)
【文献】特開平8-268396(JP,A)
【文献】特開2013-028166(JP,A)
【文献】特開平6-072398(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29B 11/16
15/08-15/14
C08J 5/04-5/10;5/24
B64G 1/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維材料及びポリイミド樹脂を含有し、前記繊維材料の体積含有率V
fと前記ポリイミド樹脂の体積含有率V
mとの比率がV
f:V
m=1:X(X=1~2)に設定され、密度が0.6g/cm
3以上1.3g/cm
3以下の範囲であり、前記ポリイミド樹脂は、下記一般式(1)で表される末端変性イミドオリゴマーを含有する樹脂組成物よりなる熱硬化性樹脂であるアブレータ。
【化1】
一般式(1)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表し、R
3およびR
4は3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物から選択される少なくとも1種の4価の芳香族テトラカルボン酸類残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【請求項2】
請求項1に記載のアブレータであって、
前記ポリイミド樹脂のガラス転移温度は、300℃以上400℃以下である
アブレータ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアブレータであって、
当該アブレータの気孔率は、0体積%以上55体積%以下である
アブレータ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のアブレータであって、
前記4価の芳香族テトラカルボン酸類が、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物であり、下記一般式(1-2)で表される
アブレータ。
【化2】
一般式(1-2)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項に記載のアブレータであって、
前記4価の芳香族テトラカルボン酸類が、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物であり、下記一般式(1-3)で表される
アブレータ。
【化3】
一般式(1-3)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1項に記載のアブレータであって、
前記4価の芳香族テトラカルボン酸類が、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物のうち少なくとも2種類を含む
アブレータ。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載のアブレータであって、
当該アブレータは、前記繊維材料及び前記樹脂組成物を含有するプリプレグを積層してなる
アブレータ。
【請求項8】
アブレータを形成するために用いられるプリプレグであって、
シート状の繊維材料と、
前記シート状の繊維材料に含浸され、ポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物と
を具備し、
前記繊維材料に対する前記樹脂組成物の含浸量は、前記アブレータにおける前記繊維材料の体積含有率V
fと前記ポリイミド樹脂の体積含有率V
mとの比率がV
f:V
m=1:X(X=1~2)となるように設定されており、
前記樹脂組成物は、下記一般式(2)で表される末端変性イミドオリゴマーを含有する
プリプレグ。
【化4】
一般式(2)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表し、R
3およびR
4は3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物から選択される少なくとも1種の4価の芳香族テトラカルボン酸類残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【請求項9】
請求項8に記載のプリプレグであって、
前記シート状の繊維材料の一方の面側は、前記シート状の繊維材料の他方の面側よりも前記樹脂組成物の含有量が大きい
プリプレグ。
【請求項10】
アブレータの製造方法であって、
ポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物と溶媒とを含むワニスをシート状の繊維材料に含浸する工程と、
前記シート状の繊維材料を乾燥し前記溶媒を除去してプリプレグを生成する工程と、
前記プリプレグを積層し、圧力を制御しながら加圧及び加熱してアブレータを形成する工程とを含み、
前記繊維材料に対する前記樹脂組成物の含浸量は、前記アブレータにおける前記繊維材料の体積含有率V
fと前記ポリイミド樹脂の体積含有率V
mとの比率がV
f:V
m=1:X(X=1~2)となるように設定されており、
前記アブレータの密度は、0.6g/cm
3以上1.3g/cm
3以下の範囲であり、
前記樹脂組成物は、下記一般式(3)で表される末端変性イミドオリゴマーを含有する
アブレータの製造方法。
【化5】
一般式(3)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表し、R
3およびR
4は3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物から選択される少なくとも1種の4価の芳香族テトラカルボン酸類残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【請求項11】
請求項10に記載のアブレータの製造方法であって、
前記アブレータを形成する工程は、前記プリプレグを型に積層して加圧及び加熱する
アブレータの製造方法。
【請求項12】
アブレータ用のプリプレグの製造方法であって、
ポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物と溶媒とを含むワニスをシート状の繊維材料に含浸する工程と、
前記シート状の繊維材料を乾燥し前記溶媒を除去する工程とを含み、
前記繊維材料に対する前記樹脂組成物の含浸量は、前記アブレータにおける前記繊維材料の体積含有率V
fと前記ポリイミド樹脂の体積含有率V
mとの比率がV
f:V
m=1:X(X=1~2)となるように設定されており、
前記樹脂組成物は、下記一般式(4)で表される末端変性イミドオリゴマーを含有する
アブレータ用のプリプレグの製造方法。
【化6】
一般式(4)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表し、R
3およびR
4は3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物から選択される少なくとも1種の4価の芳香族テトラカルボン酸類残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【請求項13】
請求項12に記載のアブレータ用のプリプレグの製造方法であって、
前記溶媒を除去する工程は、前記シート状の繊維材料の一方の面から蒸発する前記溶媒の量が、前記シート状の繊維材料の他方の面から蒸発する前記溶媒の量よりも大きくなるように、前記シート状の繊維材料を乾燥して前記溶媒を除去する
アブレータ用のプリプレグの製造方法。
【請求項14】
請求項13に記載のアブレータ用のプリプレグの製造方法であって、
前記溶媒を除去する工程は、支持体の支持面に、前記シート状の繊維材料の前記他方の面が接するように配置し、前記シート状の繊維材料を乾燥して前記溶媒を除去する
アブレータ用のプリプレグの製造方法。
【請求項15】
請求項12に記載のアブレータ用のプリプレグの製造方法であって、
前記溶媒を除去する工程は、前記シート状の繊維材料の一方の面から蒸発する前記溶媒の量が、前記シート状の繊維材料の他方の面から蒸発する前記溶媒の量と等しくなるように、前記シート状の繊維材料を乾燥して前記溶媒を除去する
アブレータ用のプリプレグの製造方法。
【請求項16】
請求項15に記載のアブレータ用のプリプレグの製造方法であって、
前記溶媒を除去する工程は、前記シート状の繊維材料が吊るされた状態で行なわれる
アブレータ用のプリプレグの製造方法。
【請求項17】
アブレータを形成するために用いられるプリプレグであって、
シート状の繊維材料と、
前記シート状の繊維材料に含浸され、ポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物と
を具備し、
前記プリプレグに含まれる前記繊維材料及び前記樹脂組成物の含有量は、前記アブレータの密度が0.6g/cm
3
以上1.3g/cm
3
以下の範囲となるように設定され、
前記シート状の繊維材料の一方の面側は、前記シート状の繊維材料の他方の面側よりも前記樹脂組成物の含有量が大きい
プリプレグ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱防御材として用いられるアブレータ、プリプレグ、アブレータの製造方法、及びアブレータ用のプリプレグの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アブレータと呼ばれる部材を用いて、惑星大気に突入する突入カプセル等の熱防御を行なう技術が知られている。アブレータは、繊維及び樹脂を含む複合材料であり、大気突入に伴う空力加熱により高温に加熱され、材料自身が熱分解して熱分解ガスを噴出する。この熱分解ガスによるブロッキング効果や、熱分解が吸熱反応であるために、アブレータは冷却効果を発揮することが可能である。
【0003】
惑星大気に突入したアブレータ表面は、外部気流との酸化反応によって損耗・後退する。例えばアブレータの密度が高いほど、損耗耐性が高くなり過酷な環境でも損耗を抑制することができる。また密度の低いアブレータは、材料が熱分解ガスに気化する割合が高いために損耗量が大きくなる一方で、熱防護性が向上するという特性が知られている。
【0004】
例えば低密度の外層アブレータと高密度の内層アブレータとの2層構造(特許文献1)や、飛翔体の前部から側部にかけてアブレータの繊維密度が段階的に高くなる構造(特許文献2)を用いて耐熱性能を向上する方法が提案されている。また、特許文献3には、高密度アブレータの表面に低密度アブレータを埋め込むことで、強度を維持しつつ熱防護性を確保する技術が記載されている。アブレータがさらされる突入環境は、カプセルの形状や軌道等により大きく異なり、突入の条件に合わせたアブレータが選択される。
【0005】
これまでに使用された実績のあるアブレータは、高密度なアブレータと低密度なアブレータとに区分することができる。米国で開発された密度0.3g/cm3以下のPICA(Phenolic Impregnated Carbon Ablator)や、アポロ宇宙船に採用された密度0.5g/cm3以下のAVCOAT 5029-39HC/Gは低密度なアブレータの一例である。また、はやぶさカプセルに採用された密度1.3g/cm3以上のCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic)や、木星探査プローブであるGalileoの高密度CFRPアブレータ等は、高密度なアブレータの一例である。
【0006】
アブレータを製造する方法としては、シート状のプリプレグを積層する方法が知られている。例えば特許文献4には、強化繊維に熱硬化樹脂を含浸させた複合シート(プリプレグ)を積層して加熱・加圧することで、PICAと同レベルの密度を有する軽量アブレータを製造する方法が記載されている。また非特許文献1には、フェノール樹脂を含むプリプレグを用いて、中密度のアブレータを形成する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-121786号公報
【文献】特開2011-207401号公報
【文献】特開2017-81285号公報
【文献】特開2010-23240号公報
【文献】特開2000-289700号公報
【文献】特許第5522479号明細書
【非特許文献】
【0008】
【文献】Kenichi Hirai, Akiko Nakazato, Jun Koyanagi, and Kazuhiko Yamada, "Development of Mid Density Carbon Phenolic Ablators for future Re-entry Capsules", International Symposium on Space Technology and Science (ISTS), 2017-c-07
【文献】B. Laub and E. Venkatapathy, "Thermal Protection System Technology and Facility Needs for Demanding Future Planetary Missions", International Workshop on Planetary Probe Atmospheric Entry and Descent Trajectory Analysis and Science, Lisbon, Portugal, 6-9 October 2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1~4及び非特許文献1に記載のアブレータや、はやぶさ、PICA、Galileo等に採用されたアブレータでは、主に残炭率が比較的高い(50%以上)フェノール樹脂が用いられる。しかしながら、フェノール樹脂は、硬化反応時に低沸点の水分を生成する場合があり、アブレータの内部に水分が拘束される可能性がある。
【0010】
このため、フェノール樹脂を母材としたアブレータに熱負荷がかかると、アブレータ内部の圧力が上昇し、積層されたプリプレグの層間剥離等が発生しやすい傾向がある。この層間剥離等を回避するために、例えば人為的なガス流出経路を作成する必要が生じる(特許文献5)。また上昇した内部圧力により、アブレータが大きく変形する場合がありえる。このため、アブレータの熱変形量等の予測が困難となり信頼性が低下する可能性がある。
【0011】
また非特許文献2には、アブレータにより構成される様々な熱防御システム(TPS:Thermal Protection System)について記載されている。非特許文献1、及び非特許文献2では、TPSの加熱率を加熱時間で積分した総熱負荷量に比例して、カプセル重量に対するTPSの重量比が増加するという相関関係が報告されているが、同時にはやぶさやGalileoで用いられたような密度1.3g/cm3以上の高密度アブレータではカプセル重量に対するTPSの重量比は50%程度を占めると見ることもできる。このため、より軽量(低密度)なアブレータが望まれている。
その一方で、アブレータが酸化性ガス(例えば高温空気)による対流加熱を受けると、熱負荷でアブレータ表面に生じた炭化層(炭素からなる)が酸化性ガスの流入により消失していくため、表面後退を起こすことが知られている。この表面後退量はアブレータ密度に反比例すると考えられている。表面後退量は空力形状に影響するため、アブレータを過度に軽量化すると飛翔軌道の信頼性が低下する可能性がある。
【0012】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、はやぶさやGalileoのような高加熱率ミッション用途であり、過去の高密度アブレータよりも信頼性が高く、軽量化に寄与することができるアブレータ、プリプレグ、アブレータの製造方法、及びアブレータ用のプリプレグの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係るアブレータは、繊維材料及びポリイミド樹脂を含有し、密度が0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下の範囲である。
【0014】
このアブレータは、繊維材料及びポリイミド樹脂を含有する。ここで、ポリイミド樹脂は、その分子鎖の剛直性により、高いガラス転移温度を有する。このため、高い温度でアブレータの強度を維持することが可能である。またアブレータの密度は0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下の範囲である。従って、例えば惑星大気への突入の条件等に合わせてアブレータを選択する際に、適切な密度のアブレータを用いることが可能となる。これにより、信頼性が高く、軽量化に寄与することができるアブレータを提供することが可能となる。
【0015】
前記ポリイミド樹脂のガラス転移温度は、300℃以上400℃以下であってもよい。
これにより、ポリイミド樹脂の剛性を300℃以上400℃以下の温度まで維持することが可能となる。例えば薄肉化されたアブレータでも高い剛性が維持され、軽量化に寄与することできる。
【0016】
前記アブレータの気孔率は、0体積%以上55体積%以下であってもよい。
これにより、軽量かつ高い熱防御性能を有するアブレータを実現することが可能となる。
【0017】
前記ポリイミド樹脂は、下記一般式(1)で表される末端変性イミドオリゴマーを含有する樹脂組成物よりなる熱硬化性樹脂であってもよい。
【化1】
一般式(1)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表し、R
3およびR
4は3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物から選択される少なくとも1種の4価の芳香族テトラカルボン酸類残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
一般式(1)に示すように末端変性イミドオリゴマーは不飽和の末端基を有し、硬化反応時に水分を生成することなく付加重合が可能である。この結果、例えば熱負荷によるアブレータの内部圧力の上昇が抑制され、アブレータの変形等を回避することが可能となる。これにより、アブレータの信頼性を十分に向上することが可能となる。
【0018】
前記4価の芳香族テトラカルボン酸類が、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物であり、下記一般式(1-2)で表されてもよい。
【化2】
一般式(1-2)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【0019】
前記4価の芳香族テトラカルボン酸類が、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物であり、下記一般式(1-3)で表されてもよい。
アブレータ。
【化3】
一般式(1-3)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【0020】
前記4価の芳香族テトラカルボン酸類が、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物のうち少なくとも2種類を含んでもよい。
【0021】
前記アブレータは、前記繊維材料及び前記樹脂組成物を含有するプリプレグを積層してなってもよい。
プリプレグを用いることで、アブレータを容易に生成することが可能となる。
【0022】
本発明の一形態に係るプリプレグは、シート状の繊維材料と、樹脂組成物とを具備する。
前記樹脂組成物は、前記シート状の繊維材料に含浸され、ポリイミド樹脂を形成する。
前記プリプレグは、アブレータを形成するために用いられる。
このプリプレグを用いることで、信頼性が高く、軽量化に寄与することができるアブレータを容易に生成することが可能となる。
【0023】
前記シート状の繊維材料の一方の面側は、前記シート状の繊維材料の他方の面側よりも前記樹脂組成物の含有量が大きくてもよい。
これにより、例えばプリプレグを積層して加熱・加圧した場合に、プリプレグ間の接着強度を十分に向上することが可能となる。
【0024】
前記樹脂組成物は、下記一般式(2)で表される末端変性イミドオリゴマーを含有してもよい。
【化4】
一般式(2)
(式中、R
1およびR
2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表し、R
3およびR
4は3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物から選択される少なくとも1種の4価の芳香族テトラカルボン酸類残基を表す。R
5およびR
6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
【0025】
本発明の一形態に係るアブレータの製造方法は、ポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物と溶媒とを含むワニスをシート状の繊維材料に含浸する。
前記シート状の繊維材料を乾燥し前記溶媒を除去してプリプレグを生成する。
前記プリプレグを積層し、圧力を制御しながら加圧及び加熱してアブレータを形成する。
このようにアブレータを製造することができる。
【0026】
前記アブレータの密度は、0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下の範囲であってもよい。
これにより、軽量化に寄与することができるアブレータを製造可能となる。
【0027】
前記アブレータを形成する工程は、前記プリプレグを型に積層して加圧及び加熱してもよい。
これにより、所望の形状のアブレータを容易に製造することが可能となる。
【0028】
本発明の一形態に係るアブレータ用のプリプレグの製造方法は、ポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物と溶媒とを含むワニスをシート状の繊維材料に含浸する。
前記シート状の繊維材料を乾燥し前記溶媒を除去する。
このようにアブレータ用のプリプレグを製造することができる。
【0029】
前記溶媒を除去する工程は、前記シート状の繊維材料の一方の面から蒸発する前記溶媒の量が、前記シート状の繊維材料の他方の面から蒸発する前記溶媒の量よりも大きくなるように、前記シート状の繊維材料を乾燥して前記溶媒を除去してもよい。
これにより、樹脂組成物がシート状の繊維材料の一方の面側に、他方の面側よりも多く含まれるプリプレグを製造することが可能である。
【0030】
前記溶媒を除去する工程は、支持体の支持面に、前記シート状の繊維材料の前記他方の面が接するように配置し、前記シート状の繊維材料を乾燥して前記溶媒を除去してもよい。
これにより、接着強度の高いプリプレグを容易に製造することが可能である。
【0031】
前記溶媒を除去する工程は、前記シート状の繊維材料の一方の面から蒸発する前記溶媒の量が、前記シート状の繊維材料の他方の面から蒸発する前記溶媒の量と等しくなるように、前記シート状の繊維材料を乾燥して前記溶媒を除去してもよい。
これにより、樹脂組成物がシート状の繊維材料に略一様に含浸されたプリプレグを製造することが可能である。
【0032】
前記溶媒を除去する工程は、前記シート状の繊維材料が吊るされた状態で行なわれてもよい。
これにより、密度の高いアブレータを形成するためのプリプレグを容易に製造することができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、信頼性が高く、軽量化に寄与するアブレータを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】本発明の一実施形態に係るアブレータの外観を示す模式図である。
【
図2】アブレータを形成するためのプリプレグの外観を示す模式図である。
【
図3】アブレータ用の乾燥プリプレグの製造フローチャート図である。
【
図5】乾燥プリプレグを積層した積層体の一例を示す模式図である。
【
図8】アブレータを形成する工程の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明に係る実施形態を、図面を参照しながら説明する。
[アブレータの構成]
図1は、本発明の一実施形態に係るアブレータの外観を示す模式図である。
図1には、直方体状のアブレータ100が模式的に図示されている。アブレータ100は、例えば惑星大気に突入する突入カプセル等の外表面に設置され、熱防御システム(TPS)として機能する。なお、アブレータ100の形状は、
図1に示す形状に限定されず、任意の形状のアブレータ100に対して本発明は適用可能である。
【0036】
アブレータ100は、繊維材料及びポリイミド樹脂を含有する。すなわち、アブレータ100は、繊維材料を強化繊維とし、ポリイミド樹脂を母材とする繊維強化複合材料として構成されるとも言える。
【0037】
繊維材料としては、例えば、炭素繊維、ガラス繊維、シリカ繊維、金属繊維およびセラミック繊維などの無機繊維、ならびにポリアミド繊維、ポリエステル系繊維、ポリオレフィン系繊維およびノボロイド繊維(フェノール系繊維)などの有機合成繊維などが挙げられ、特に炭素繊維が用いられることが好ましい。例えば、連続繊維である炭素繊維の周りに所定の割合で隙間(気孔)を持つ材料が、繊維材料として用いられることが好ましい。炭素繊維を用いることで、軽量でありながら高温環境においても剛性を維持できるアブレータ100を実現することが可能である。なお、これらの繊維は、1種を単独で、または2種以上を組み合わせて使用できる。
【0038】
ポリイミド樹脂は、繊維材料である炭素繊維の周りの隙間に含浸される。これにより、ポリイミド樹脂は連続繊維である炭素繊維により強化される。ポリイミド樹脂は、イミド化反応後、分子鎖の高い剛直性により、優れた剛性及び耐熱性を発揮する。
【0039】
ポリイミド樹脂は、例えば本発明者らにより開発され特許文献6に開示されている末端変性イミドオリゴマーを含む樹脂組成物により形成される。なお、特許文献6に開示された内容も本明細書による開示の範囲に含まれる。
この末端変性イミドオリゴマーは、2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテルを含む芳香族ジアミン類と1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸類とを含む原料化合物から合成され、末端を4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸で変性した芳香族イミドオリゴマーである。
【0040】
末端変性イミドオリゴマーは、優れた溶剤溶解性、高温での溶融流動性および成形性を示す。そして、その加熱硬化物であるポリイミド樹脂は優れた耐熱性と充分な機械的特性を発現することが可能である。
【0041】
本実施形態では、ポリイミド樹脂のガラス転移温度は、300℃以上400℃以下であることが好ましい。これは、例えばフェノール樹脂のガラス転移温度と比べ、十分に高い温度である。このようなポリイミド樹脂を母材とすることで、高温環境においてもアブレータ100の剛性を十分に維持することが可能となる。なお、本明細書において、ガラス転移温度とは、ポリイミド樹脂の場合、フィルム状の形態で、動的粘弾性測定(DMA)装置を用いて昇温速度5℃/min、周波数1Hzの条件で測定したときの、貯蔵弾性率曲線が低下する前後における2つの接線の交点を意味する。また、アブレータの場合、アブレータを切削することで作製した試験片を、動的粘弾性測定(DMA)装置を用いて片持ち梁方式、0.1%のひずみ、1Hzの周波数、5℃/minの昇温速度により測定したときの、貯蔵弾性率曲線が低下する前後における2つの接線の交点を意味する。なお、ポリイミド樹脂については、後に詳しく説明する。
【0042】
ガラス転移温度は、300℃以上400℃以下であることが好ましく、330℃以上400℃以下であることがより好ましく、350℃以上400℃以下であることがさらに好ましい。これにより、例えば高温環境におけるアブレータの強度が向上し、信頼性の高いTPSを提供することが可能である。
【0043】
またガラス転移温度の下限値は、300℃であることが好ましく、330℃であることがより好ましい。アブレータ100は、上記した下限値以上のガラス転移温度を有するように適宜設計可能である。
【0044】
アブレータ100の密度は、0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下の範囲の密度である。アブレータ100の密度を0.6g/cm3以上とすることで、PICA(密度0.3g/cm3以下)やAVCOAT 5029-39HC/G(密度0.5g/cm3以下)等の低密度アブレータと比べ、熱防御性能に優れたアブレータを実現可能である。またアブレータ100の密度を1.3g/cm3以下とすることで、はやぶさカプセルに採用されたCFRP密度(1.3g/cm3以上)や、Galileoの高密度CFRPアブレータ等の高密度アブレータと比べ、より軽量なアブレータを実現可能である。このように本発明に係るアブレータ100の密度範囲(0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下)は、低密度アブレータと高密度アブレータとの間の密度範囲となる。
【0045】
アブレータ100の密度は、0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下であることが好ましく、高加熱率な突入環境を想定した場合、0.8g/cm3以上1.3g/cm3以下であることがより好ましく、軽量化に寄与するためには0.8g/cm3以上1.0g/cm3以下であることが最も好ましい。
【0046】
またアブレータ100の密度の下限値は、0.6g/cm3であることが好ましく、0.8g/cm3であることがより好ましい。またアブレータ100の密度の上限値は、1.3g/cm3であることが好ましく、1.0g/cm3であることがより好ましい。これにより、熱防御性能を有した状態で、軽量化が可能である。アブレータ100は、上記した下限値及び上限値の範囲の密度を有するように適宜設計可能である。
【0047】
図1に示すように、アブレータ100は、繊維材料及び樹脂組成物を含有するプリプレグを積層してなる。ここでプリプレグとは、アブレータ100を形成するためのシート状の中間材料であり、繊維材料にポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物を含浸して生成される。アブレータ100は、樹脂組成物が硬化したプリプレグ(硬化プリプレグ10)が互いに接着された状態で積層された構造を有する。
図1では、硬化プリプレグ10が積層された積層構造が模式的に図示されている。
【0048】
アブレータ100は、繊維材料及びポリイミド樹脂とは異なる他の材料等が含有されてもよい。例えば、SiC、ZB2、HfB2、ZrC、HfC、ZrO2、HfO2等の高融点かつ低密度なセラミックス粉末が含有されてもよい。
【0049】
[プリプレグの構成]
図2は、アブレータ100を形成するためのプリプレグの外観を示す模式図である。
図2には、
図1に示すアブレータ100を形成するためのプリプレグ20が図示されている。プリプレグ20は、炭素繊維クロス30と、樹脂組成物とを有する。
【0050】
炭素繊維クロス30は、炭素繊維をシート状に加工した材料であり、曲げ可能に構成される。炭素繊維クロス30に用いられる炭素繊維は、炭素の含有率が85~100重量%の範囲にある材料であれば特に限定されないが、例えば、ポリアクリロニトリル(PAN)系、レーヨン系、リグニン系、ピッチ系、およびフェノール系繊維(ノボロイド繊維またはカイノール繊維)を高温(1000~2000℃等)で炭化した炭素繊維(カイノール炭素繊維)などが挙げられる。これらの中でも、熱伝導率が低いカイノール炭素繊維が好ましい。炭素繊維クロス30としては、例えばシート状に加工されたカイノール繊維を高温で炭化したカイノール炭素繊維等が用いられる。炭素繊維クロス30の種類等は限定されず、例えば、長繊維状または短繊維状の炭素繊維をシート状に加工した材料等が適宜用いられてよい。本実施形態では、炭素繊維クロス30は、シート状の繊維材料に相当する。
【0051】
炭素繊維クロス30は厚さ方向に直交する第1の面31及び第1の面31と反対側の第2の面32を有する。第1の面31及び第2の面32の少なくとも一方は、他の炭素繊維クロス30と接着される接着面として機能する。また第1の面31(第2の面32)は、例えば10cm×10cmの正方形状である。この他、アブレータ100の形状等に応じた任意のサイズの炭素繊維クロス30が用いられてよい。
【0052】
炭素繊維クロス30の厚さは、例えば1mm程度である。もちろんこれに限定されず、例えばアブレータ100のサイズや密度等に応じた厚さの炭素繊維クロス30が適宜用いられてよい。なお後述するように、炭素繊維クロス30の厚さは、アブレータ100を形成する際の加圧に伴い減少する。従って
図1に示す硬化プリプレグ10の厚さは、
図2に示すプリプレグ20の厚さよりも小さくなる。
【0053】
樹脂組成物は、炭素繊維クロス30に含浸される。また樹脂組成物は、ポリイミド樹脂を形成する。従ってプリプレグ20は、炭素繊維クロス30の繊維の隙間に、ポリイミド樹脂を形成可能な樹脂組成物が含浸された材料と言える。
【0054】
樹脂組成物は、樹脂組成物と溶媒と含むワニスを用いて炭素繊維クロス30に含浸される。ここで、ワニスとは、溶媒に樹脂組成物が溶解した液状の生成物である。液状のワニスを炭素繊維クロス30に含浸することにより、樹脂組成物が炭素繊維クロス30に含浸される。なお炭素繊維クロス30に含浸した有機溶媒は、炭素繊維クロス30を乾燥する工程を経て除去される。この点については、後に詳しく説明する。
【0055】
このように、樹脂組成物が含浸され、有機溶媒が除去されて乾燥した炭素繊維クロス30が、プリプレグ20として用いられる。以下では
図1に示す硬化プリプレグ10と区別するために、
図2に示すプリプレグ20を同じ符号を用いて乾燥プリプレグ20と記載する場合がある。本実施形態では、乾燥プリプレグ20は、アブレータを形成するために用いられるプリプレグに相当する。
【0056】
[樹脂組成物の構成]
以下では、樹脂組成物について具体的に説明する。
【0057】
樹脂組成物は、下記一般式(1)で表される末端変性イミドオリゴマーを含有する。
【0058】
【0059】
(式中、R1およびR2は2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレン、1,3-ジアミノベンゼンから選択される少なくとも1種の2価の芳香族ジアミン残基を表し、R3およびR4は3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物から選択される少なくとも1種の4価の芳香族テトラカルボン酸類残基を表す。R5およびR6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表す。mおよびnは、1≦m≦10、0≦n≦2、1≦m+n≦10および0.5≦m/(m+n)≦1の関係を満たし、繰り返し単位の配列はブロック的、ランダム的のいずれであってもよい。)
一般式(1)で表される2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテルを用いた可溶性末端変性イミドオリゴマーは、以下のものであることが好ましい。
【0060】
すなわち、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、およびビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル酸二無水物から選ばれる1種または2種以上の芳香族テトラカルボン酸類、2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテルを含む芳香族ジアミン類、およびイミドオリゴマーに不飽和末端基を導入するための4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸(以下、PEPAと略記することもある)を、ジカルボン酸基の全量と1級アミノ基の全量とがほぼ等しい量となるように仕込み、有機溶媒の存在下または非存在下で反応させて得られるイミドオリゴマーであることが好ましい。(なお隣接するジカルボン酸基の場合は、カルボキシル基2モル当たり1モルの酸無水基があるとみなす。)
従って、式中R3およびR4は、それぞれ独立に上記各種の芳香族テトラカルボン酸類に由来する残基から選択され、互いに同一であっても、異なっていても良い。また、m>1およびn>1の場合、R3(R4)は、互いに同一であっても、異なっていても良い。また、R5およびR6は水素原子又はフェニル基であって、いずれか一方がフェニル基を表し、m>1の場合は、R5がフェニル基でR6が水素原子である単位と、R5が水素原子でR6がフェニル基である単位とが任意に含まれていて良い。
【0061】
このものは、主鎖にイミド結合を有するイミドオリゴマーであって、末端(好適には両
末端)に4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸に由来する付加重合可能な不飽和末
端基を持ち、1≦m+n≦10の関係を満たし、常温(23℃)で固体(粉末状)のもの
であることが好ましい。
【0062】
前記一般式(1)では、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物(PMDA)に代えて、他の1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸類が用いられてもよい。すなわち、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸、あるいは1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸のエステルまたは塩などの酸誘導体が用いられてもよい。尚、R3およびR4が1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物の場合のイミドオリゴマーは前記一般式(1-2)で表わされる。
【0063】
前記一般式(1)では、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(s-BPDA)に代えて、他の3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸類が用いられてもよい。すなわち、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸、あるいは3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸のエステルまたは塩などの酸誘導体が用いられてもよい。尚、R3およびR4が3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物の場合のイミドオリゴマーは前記一般式(1-3)で表わされる。
【0064】
前記一般式(1)では、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル酸二無水物(s-ODPA)に代えて、他のビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル酸類が用いられてもよい。すなわち、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル、あるいはビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテルのエステルまたは塩などの酸誘導体が用いられてもよい。
【0065】
本発明では、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸類、あるいは、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸類、あるいは、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル類を、それぞれ単独で、あるいはそれらを併用することが基本ではあるが、本発明の効果を奏する限り、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸類、あるいは、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸類、あるいはビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル類の一部を他の芳香族テトラカルボン酸類化合物に置換しても良い。例えば3,3',4,4'-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、2,3,3',4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(a-BPDA)、2,2',3,3'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(i-BPDA)、2,2-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル二無水物、1,2,3,4-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物などで置換することができ、それらを単独、あるいは2種以上を併用することができる。
【0066】
本発明では、前記の2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテルの一部を、他の芳香族ジアミン化合物、例えば1,4-ジアミノベンゼン、1,3-ジアミノベンゼン、1,2-ジアミノベンゼン、4-フェノキシ-1,3-ジアミノベンゼン、2,6-ジエチル-1,3-ジアミノベンゼン、4,6-ジエチル-2-メチル-1,3-ジアミノベンゼン、3,5-ジエチルトルエン-2,6-ジアミン、4,4'-ジアミノジフェニルエーテル(4,4'-ODA)、3,4'-ジアミノジフェニルエーテル(3,4'-ODA)、3,3'-ジアミノジフェニルエーテル、3,3'-ジアミノベンゾフェノン、4,4'-ジアミノベンゾフェノン、3,3'-ジアミノジフェニルメタン、4,4'-ジアミノジフェニルメタン、ビス(2,6-ジエチル-4-アミノフェニル)メタン、4,4'-メチレン-ビス(2,6-ジエチルアニリン)、ビス(2-エチル-6-メチル-4-アミノフェニル)メタン、4,4'-メチレン-ビス(2-エチル-6-メチルアニリン)、2,2-ビス(3-アミノフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-アミノフェニル)プロパン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4-ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼン、ベンジジン、3,3'-ジメチルベンジジン、2,2-ビス(4-アミノフェノキシ)プロパン、2,2-ビス(3-アミノフェノキシ)プロパン、2,2-ビス[4'-(4''-アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレンなどで置換することができ、それらを単独、あるいは2種以上を併用することができる。特に、芳香族ジアミン化合物として、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレンあるいは9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレンあるいは1,3-ジアミノベンゼンが好適である。
【0067】
なお、さらなる機械的強度が求められる用途においては、上記ジアミンを共重合するのが望ましく、ジアミンの合計量に対して、0-50モル%、好ましくは0-25モル%、さらに好ましくは0-10モル%で使用するのが望ましい。すなわち、前記一般式(1)の式中、0.50≦m/(m+n)<1が、さらなる機械的強度が求められる場合には好ましく、さらに、0.75≦m/(m+n)<1が好ましく、さらに、0.90≦m/(m+n)<1が好ましく、0.90≦m/(m+n)≦0.95が最も好ましい。また、共重合用ジアミンとしては、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレンあるいは9,9-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)フルオレンあるいは1,3-ジアミノベンゼンが特に好ましい。これにより、高い溶解性を有すると同時に、機械的特性も高いという優れた効果を奏する。もちろん、用途に応じて、必ずしも共重合でなくても本発明は使用可能である。
【0068】
本発明においては、末端変性(エンドキャップ)用の不飽和酸無水物として4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸を使用することが好ましい。前記の4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸は、酸類の合計量に対して5-200モル%、特に5-150モル%の範囲内の割合で使用することが好ましい。
【0069】
一般式(1)で表される末端変性イミドオリゴマーは、例えば、特許文献6に記載の方法により製造できる。すなわち、前記の3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、およびビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル酸二無水物から選ばれる1種あるいは2種以上の芳香族テトラカルボン酸類化合物と、2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテルを含む芳香族ジアミン類、および4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸とが、全成分の酸無水基(隣接するジカルボン酸基の場合は、カルボキシル基2モル当たり1モルの酸無水基とみなす)の全量とアミノ基の全量とがほぼ等量になるように使用して、各成分を、後述の有機溶媒中で、約100℃以下、特に80℃以下の反応温度で重合させて、「アミド-酸結合を有するオリゴマー」を生成し、次いで、そのアミド酸オリゴマー(アミック酸オリゴマーともいう)を、約0~140℃の低温でイミド化剤を添加する方法によるか、あるいは140~275℃の高温に加熱する方法によるかして、脱水・環化させて、末端に4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸残基を有するイミドオリゴマーを得ることができる。
【0070】
本発明の末端変性イミドオリゴマーの特に好ましい製法は、例えば以下の通りである。まず、2-フェニル-4,4'-ジアミノジフェニルエーテルを含む芳香族ジアミン類を後述の有機溶媒中に均一に溶解後、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物もしくは1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、またはビス(3,4-カルボキシフェニル)エーテル類を含む芳香族テトラカルボン酸二無水物を溶液中に加えて均一に溶解後約5~60℃の反応温度で1~180分程度攪拌し、この反応溶液に、4-(2-フェニルエチニル)無水フタル酸を加えて均一に溶解後約5~60℃の反応温度で1~180分程度攪拌しながら反応させて前記の末端変性アミド酸オリゴマーを生成する。その後、その反応液を140~275℃で5分~24時間攪拌して前記のアミド酸オリゴマーをイミド化反応させて末端変性イミドオリゴマーを生成させ、必要ならば、反応液を室温付近まで冷却することにより本発明の末端変性イミドオリゴマーを得ることができる。前記の反応において、全反応工程あるいは一部の反応工程を窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性のガスの雰囲気あるいは真空中で行うことが好適である。
【0071】
前記の有機溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N-ジエチルアセトアミド、N-メチルカプロラクタム、γ-ブチロラクトン(GBL)、シクロヘキサノンなどが挙げられる。これらの溶媒は単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの溶媒の選択に関しては可溶性ポリイミドについての公知技術を適用することができる。
【0072】
このように、
図2に示す乾燥プリプレグ20には、上記した末端変性イミドオリゴマーが含浸される。なお、乾燥プリプレグ20に含浸される末端変性イミドオリゴマーの具体的な化学構造等は、アブレータ100に要求される耐熱性や強度等に応じて適宜設定されてよい。
【0073】
アブレータ100の母材となるポリイミド樹脂としては特に制限はないが、ポリイミド樹脂のガラス転移温度は300℃以上400℃以下である事が好ましい。より好ましくは330℃以上400℃以下であり、更に好ましくは350℃以上400℃以下である。このようなポリイミド樹脂を母材とすることで、例えば高温環境におけるアブレータ100の剛性及び強度を十分に維持することが可能となる。また、一般式(1)で表される末端変性イミドオリゴマーを含有する樹脂組成物から合成されるポリイミド樹脂である事が好ましい。このようなポリイミド樹脂として、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と株式会社カネカとの共同開発品であるTriA-Xポリイミド樹脂が好ましく例示される。
【0074】
上記TriA-Xポリイミド樹脂のガラス転移温度は、300~400℃であり、これは、他の複合材料用樹脂と比べ非常に高いガラス転移温度で、例えば一般的なフェノール樹脂のガラス転移温度(200℃程度)に比べ100℃以上高い温度である。
【0075】
上記TriA-Xポリイミド樹脂の最低溶融粘度は、0.1~25000Pa・sであり、最低溶融温度は、320~360℃である。またTriA-Xポリイミド樹脂の破断伸びは、10%以上である。これらは、TriA-Xポリイミド樹脂を形成する、一般式(1)で表される末端変性イミドオリゴマーの化学構造等の設定により、適宜調整することが可能である。
【0076】
TriA-Xポリイミド樹脂を形成するためのTriA-Xワニスには、上記した末端変性イミドオリゴマー(樹脂組成物)が含有されている。TriA-Xワニスに含有されている末端変性イミドオリゴマーは、上記の一般式(1)で表すことが可能である。本実施形態で用いたTriA-Xワニスの溶媒はNMPである。TriA-Xワニス中の末端変性イミドオリゴマーの含有量は、35質量%以下の範囲で、目的に応じて適宜調節できる。
【0077】
[アブレータ用の乾燥プリプレグの製造方法]
図3は、アブレータ100用の乾燥プリプレグ20の製造フローチャート図である。以下では、乾燥プリプレグ20の製造方法について説明する。
【0078】
まず、ポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物と溶媒とを含むワニスを炭素繊維クロス30に含浸する(ステップ101)。本実施形態では、上記したTriA-Xポリイミド樹脂を形成する末端変性イミドオリゴマーがNMPに溶解したTriA-Xワニスが用いられる。
【0079】
以下では、炭素繊維クロス30にワニスを含浸する工程の一例について説明する。始めに所定の枚数の炭素繊維クロス30を準備する。炭素繊維クロス30の枚数は、所望とするアブレータ100の密度及び厚さに応じて適宜設定される。また、所定の枚数の炭素繊維クロス30の総重量を予め測定し、炭素繊維クロス30一枚あたりの平均重量を算出しておく。もちろん、各炭素繊維クロス30の重量が個別に測定されてもよい。なお、炭素繊維クロス30の総重量は、アブレータ100に含まれる炭素繊維の重量Wfとなる。
【0080】
ワニスを含浸するための含浸用の容器を準備する。含浸用の容器としては、例えば炭素繊維クロス30よりもサイズの大きい平底の金属バット等が用いられる。この時、含浸用の容器の重量を予め測定しておく。
【0081】
含浸用の容器に所定の塗布重量でワニスを垂らし、容器上のワニスが炭素繊維クロス30の形状と同定度の面積になるように薄く広げる。薄く広げられたワニスの上に一枚の炭素繊維クロス30を置き、ワニスを繊維に浸み込ませる。炭素繊維クロス30を裏返し、反対側の面からもワニスを浸み込ませる。この工程を複数回繰り返し、炭素繊維クロス30の両面からワニスを浸みこませる。以下では、ワニスが含浸された炭素繊維クロス30を、含浸後の炭素繊維クロス30と記載する場合がある。
【0082】
ワニスが浸み込んだ含浸後の炭素繊維クロス30を金網等の接着面の少ない容器に載置し、真空チャンバー内にて減圧下で静置する。含浸後の炭素繊維クロス30を減圧環境に置く事で、含浸後の炭素繊維クロス30内の繊維間の空間(気孔)から空気等が抜け、その空間にワニスが含浸する。これにより、炭素繊維クロス30内部に、ワニス(樹脂組成物及び溶媒)を均一に含浸することが可能となる。
【0083】
含浸用の容器に残ったワニスの容器残存重量を算出する。例えば、ワニスが残った容器の重量とワニスを垂らす前の容器の重量との差から、ワニスの容器残存重量が算出される。また含浸用の容器に垂らされたワニスの塗布重量とワニスの容器残存重量との差から、炭素繊維クロス30に含浸されたワニスの含浸重量を算出する。これにより、例えば各炭素繊維クロス30に目標とする量のワニスが含浸されたかどうかを確認することが可能となり、精度の高い品質管理が可能となる。
【0084】
一枚の炭素繊維クロス30に用いられる塗布重量は、所望とするアブレータ100の特性に応じて適宜設定される。本実施形態では、アブレータ100における繊維体積含有率Vfと樹脂体積含有率Vmとが1:X(X=1~2)となるように、塗布重量が設定される。ここで繊維体積含有率Vf及び樹脂体積含有率Vmは、アブレータ100の体積に対する炭素繊維の体積及びポリイミド樹脂の体積の割合である。
【0085】
例えば、炭素繊維クロス30に含浸されるワニスの体積とワニス中の溶媒の体積との差から、炭素繊維クロス30に含浸される樹脂組成物の体積を算出する。ここで、ワニスの体積は(ワニスの含浸重量)/(ワニスの比重)であり、ワニス中の溶媒(NMP)の体積は、(ワニスに含まれる溶媒の重量)/(溶媒の比重)である。また、ワニスが含浸される前の炭素繊維クロス30の平均重量と炭素繊維の密度とから炭素繊維クロス30に含まれる炭素繊維の体積を算出する。
【0086】
この樹脂組成物の体積と炭素繊維の体積とが1:X(X=1~2)になるように、塗布重量が決定される。もちろん1:2や2:3といった他の比率となるように塗布重量が決定されてもよい。また塗布重量は、含浸用の容器にワニスが残存することを想定した値に設定される。このように、炭素繊維とポリイミド樹脂とのバランスを高精度に制御することが可能である。この結果、耐熱性や剛性等のパラメータを詳細に設定することが可能となる。この他、塗布重量を設定する方法等は限定されず、任意の方法が用いられてよい。
【0087】
炭素繊維クロス30にワニスを含浸した後、含浸後の炭素繊維クロス30を乾燥し溶媒を除去する(ステップ102)。含浸後の炭素繊維クロス30から溶媒を除去することで、乾燥プリプレグ20が生成される。以下では、溶媒を除去する工程である乾燥工程の一例として、2通りの乾燥工程(乾燥工程A及び乾燥工程B)について説明する。
【0088】
乾燥工程Aでは、炭素繊維クロス30の一方の面から蒸発する溶媒の量が、炭素繊維クロス30の他方の面から蒸発する溶媒の量よりも大きくなるように、炭素繊維クロス30を乾燥して溶媒が除去される。ここで、炭素繊維クロス30の一方の面(他方の面)から蒸発する溶媒の量とは、一方の面(他方の面)を通過して炭素繊維クロス30の外側に気体として発散する溶媒の量である。
【0089】
例えば、炭素繊維クロス30の他方の面上に、蒸発した溶媒の通過を規制する部材等を設けた状態で、炭素繊維クロス30が加熱される。この場合、他方の面から蒸発する溶媒の量が減少する。この結果、一方の面から蒸発する溶媒の量を他方の面から蒸発する溶媒の量よりも大きくすることが可能となる。
【0090】
図4は、乾燥工程Aの一例を示す模式図である。
図4A及び
図4Bは、溶媒が除去される前及び後の炭素繊維クロス30を示す模式図である。
【0091】
図4A及び
図4Bでは、炭素繊維クロス30に含まれる樹脂組成物の含有量がグレーの濃度により表されている。グレーの濃度が濃いほど、樹脂組成物の含有量が大きい。なお樹脂組成物の含有量とは、例えば炭素繊維クロス30における樹脂組成物の体積の割合(体積%)や、重量の割合(重量%)により表される量である。
【0092】
図4に示す例では、炭素繊維クロス30を支持する乾燥用の容器40が用いられる。乾燥用の容器40は、支持面41を有する。支持面41は、穴や溝等がない平面状であり、炭素繊維クロス30を支持する。また乾燥用の容器40は、高温環境で用いられるため、耐熱性のある素材で構成される。乾燥用の容器40としては、例えば金属製のバット等が用いられる。本実施形態では、乾燥用の容器40は、支持体に相当する。
【0093】
また乾燥工程Aでは、真空オーブンが用いられる。真空オーブンは、対象を加熱するための加熱室を有し、当該加熱室を減圧した状態で動作することが可能である。加熱室を減圧することで、例えば蒸発した溶媒等を速やかに加熱室外に除去することが可能であり、溶媒等を安全に処理することが可能となる。
【0094】
図4Aに示すように、炭素繊維クロス30は、乾燥用の容器40の支持面41に、炭素繊維クロス30の第2の面32が接するように配置される。従って、第2の面32は支持面41により覆われた状態となる。なお、乾燥前の炭素繊維クロス30では、樹脂組成物は略均一に分布しており、樹脂組成物の含有量は略一様となる。
【0095】
炭素繊維クロス30が配置された乾燥用の容器40を、真空オーブンの加熱室に設置し、加熱室を減圧する。加熱室内の温度を上昇させ、炭素繊維クロス30を加熱する。
【0096】
炭素繊維クロス30の加熱に伴い、炭素繊維クロス30に含まれる溶媒の蒸発量が増加する。炭素繊維クロス30の第2の面32は支持面41により覆われた状態であるため、溶媒は主に炭素繊維クロス30の第1の面31を通過して加熱室内に発散される。従って、第1の面31から蒸発する溶媒の量は、第2の面32から蒸発する溶媒の量よりも大きくなる。本実施形態では、第1の面31は、シート状の繊維材料の一方の面に相当し、第2の面32は、シート状の繊維材料の他方の面に相当する。
【0097】
また、溶媒の移動に合わせて炭素繊維クロス30内を樹脂組成物が移動する。この結果、乾燥後の炭素繊維クロス30では、
図4Bに示すように、第1の面31側には第2の面32側よりも樹脂組成物が多く含まれる(含有量が大きくなる)。この乾燥後の炭素繊維クロス30が、乾燥プリプレグ20として用いられる。
【0098】
なお
図4Bでは、第1の面31から第2の面32までの間を4等分する第1の層33a~第4の層33dにより、樹脂組成物の含有量の分布が模式的に図示されている。樹脂組成物の含有量は、第4の層33d、第3の層33c、第2の層33b、及び第1の層33aの順番で増加する。例えば第1の面31側は、第1の層33a及び第2の層33bにより表される領域に相当し、第2の面32側は、第3の層33c及び第4の層33dにより表される領域に相当する。もちろんこれに限定されるわけではない。なお、実際の乾燥工程では、樹脂組成物の含有量は連続的に変化することになる。
【0099】
このように、乾燥工程Aにより生成される乾燥プリプレグ20では、炭素繊維クロス30の第1の面31側は、炭素繊維クロス30の第2の面32側よりも樹脂組成物の含有量が大きい。すなわち、乾燥プリプレグ20は、第2の面32から第1の面31にかけて樹脂組成物の密度が増加する密度勾配を持つとも言える。
【0100】
図5は、乾燥プリプレグ20を積層した積層体の一例を示す模式図である。
図5に示すように積層体50は、ある乾燥プリプレグ20の第1の面31が、他の乾燥プリプレグ20の第2の面32と接するように積層される。後述するように、アブレータ100を形成する際には、積層体50を加圧及び加熱する。この時、第1の面31側に含まれる樹脂組成物により、隣接する乾燥プリプレグ20の間の接着強度を十分に向上することが可能である。
【0101】
例えば、加圧される圧力が小さい場合であっても、第1の面31側に含まれる樹脂組成物の密度(含有量)が大きいため、隣接する乾燥プリプレグ20を十分な強度で接着することが可能となる。すなわち、第1の面31側に含まれる樹脂組成物は、各乾燥プリプレグ20を接着するための接着作用を発揮する。この結果、信頼性の高いアブレータ100を形成することが可能となる。
【0102】
図3に戻り、ステップ102に示す炭素繊維クロス30の乾燥は、所定の乾燥温度プロファイルに従って実行される。所定の乾燥温度プロファイルには、例えばある温度までの昇温にかける時間や、その温度を維持する時間等の情報が含まれている。例えば真空オーブンを乾燥温度プロファイルに従って制御することにより、炭素繊維クロス30の乾燥工程が実行される。
【0103】
本実施形態では、溶媒であるNMPの沸点(202℃)よりも高く、ポリイミド樹脂の最低溶融温度(TriA-Xポリイミド樹脂では320℃)よりも低く且つ熱硬化反応が始まる温度(TriA-Xポリイミド樹脂では300℃)よりも低い乾燥温度まで、炭素繊維クロス30が加熱される。乾燥温度は例えば250℃程度に設定されるが、240℃や260℃といった他の値が用いられてもよい。
【0104】
また乾燥温度プロファイルでは、例えば一晩程度の時間をかけて乾燥温度まで昇温される。このように、十分に時間をかけて昇温することにより、樹脂組成物の密度勾配を精度良く実現することが可能となる。乾燥温度まで昇温されると、所定の時間だけ温度が保持され、その後室温まで自然冷却が行なわれる。
【0105】
なお、乾燥温度プロファイルにおける乾燥温度や昇温時間等のパラメータは限定されず、例えば樹脂組成物の密度勾配を実現可能な任意のパラメータが用いられてよい。また、昇温と温度保持とを数回に分けて行なう階段状の昇温プロセス等を含む乾燥温度プロファイル等が適宜用いられてよい。
【0106】
自然冷却され室温に戻った炭素繊維クロス30の重量を測定して、溶媒が十分に除去され絶乾状態であるかどうかを確認する。まず乾燥プリプレグ20の重量とワニスが含浸される前の炭素繊維クロスの平均重量との差分から、乾燥プリプレグ20に含まれる樹脂組成物の重量を算出する。乾燥プリプレグ20に含まれる樹脂組成物の重量が、ワニスの含浸重量のうち樹脂組成物の重量(ワニスの含浸重量×質量%で表されるTriA-Xワニスに含まれる末端変性イミドオリゴマーの含有量×0.01)以下の場合、絶乾状態となる。一方で絶乾状態でない場合、炭素繊維クロス30内には溶媒が残っている可能性がある。本実施形態では、絶乾状態が確認された炭素繊維クロス30(乾燥プリプレグ20)が、アブレータ100の形成に用いられる。
【0107】
乾燥プリプレグ20の絶乾状態を確認した後、ホットプレス装置60(
図8参照)等を用いて乾燥プリプレグ20のしわを伸ばす。例えば、乾燥温度プロファイルの乾燥温度でプレスを行い、乾燥プリプレグ20を平面状に整える。これにより、例えば
図5で説明した積層体50等を精度良く構成することが可能となる。
【0108】
なお、
図4A及び
図4Bでは、乾燥用の容器40に1枚の炭素繊維クロス30が配置されているが、例えば乾燥用の容器40のサイズ等に応じて、複数の炭素繊維クロス30が配置されてもよい。この場合、複数の炭素繊維クロス30は、各々の第2の面32が支持面41に接するようにそれぞれ配置される。これにより、複数の炭素繊維クロス30を同時に乾燥することが可能となり、乾燥プリプレグ20の製造効率が向上する。
【0109】
乾燥工程Aを用いることで、例えば樹脂組成物の含浸量が少ない場合であっても、接着性の高い乾燥プリプレグ20を実現することが可能である。例えば乾燥工程Aにより、0.6g/cm3以上1.0g/cm3未満の密度範囲(中密度範囲)のアブレータ100用の乾燥プリプレグ20を生成することが可能である。もちろんこれに限定されず、例えば、他の密度用の乾燥プリプレグ20を生成する場合に乾燥工程Aが用いられてもよい。
【0110】
次に、乾燥工程Bについて説明する。乾燥工程Bでは、炭素繊維クロス30の一方の面から蒸発する溶媒の量が、炭素繊維クロス30の他方の面から蒸発する溶媒の量と等しくなるように、炭素繊維クロス30を乾燥して溶媒が除去される。
【0111】
例えば、炭素繊維クロス30の各面が他の部材等により覆われないような状態で、炭素繊維クロス30が加熱される。この場合、炭素繊維クロス30の各面を通って蒸発する溶媒の量を、実質的に等しくすることが可能である。
【0112】
図6は、乾燥工程Bの一例を示す模式図である。
図6に示すように、乾燥工程Bは、炭素繊維クロス30が吊るされた状態で行なわれる。この乾燥工程では、炭素繊維クロス30を吊るした状態で保持するためのクリップ43等が用いられる。例えば、炭素繊維クロス30の周縁をクリップ43で挟み、当該クリップ43を用いて炭素繊維クロス30を真空オーブンの加熱室内に設けられた支持棒44に吊るす。この時、炭素繊維クロス30の各面(第1の面31及び第2の面32)は、他の炭素繊維クロス30の各面と触れないように配置される。
【0113】
このように、炭素繊維クロス30が吊るされた状態で、加熱室内を減圧し、所定の乾燥温度プロファイルに沿って炭素繊維クロス30を加熱する。なお乾燥工程Bで用いられる乾燥温度プロファイルは限定されず、例えば乾燥工程Aと同様の乾燥温度プロファイル等が適宜用いられる。
【0114】
図6に示すように、炭素繊維クロス30を吊るすことで、第1の面31を通過して加熱室内に発散する溶媒の量と、第2の面32を通過して加熱室内に発散する溶媒の量とが実質的に等しくなる。この結果、乾燥後の炭素繊維クロス30(乾燥プリプレグ20)では、炭素繊維クロス30の第1の面31側の樹脂組成物の含有量と、炭素繊維クロス30の第2の面32側の樹脂組成物の含有量とが略等しくなる。
【0115】
炭素繊維クロス30を吊るすことにより、加熱室内に配置可能な炭素繊維クロス30の数を増やすことが可能である。このように加熱室内の空間を有効に活用できるため、例えば1回の乾燥工程で生成される乾燥プリプレグ20の数を増やすことが可能となり、乾燥プリプレグ20の製造効率を向上することが可能となる。
【0116】
乾燥工程の終了後、炭素繊維クロス30の絶乾状態を確認する。そして絶乾状態であることが確認された炭素繊維クロス30のしわ等を伸ばすプレス処理等を実行する。絶乾状態を確認する方法やプレス処理等は、例えば乾燥工程Aと同様に実行される。
【0117】
乾燥工程Bを用いることで、例えば樹脂組成物が全体に略均一に含浸された乾燥プリプレグ20を実現することが可能である。乾燥工程Bにより、例えば1.0g/cm3以上1.3g/cm3以下の密度範囲(高密度範囲)のアブレータ100用の乾燥プリプレグ20を生成することが可能である。これに限定されず、例えば想定されるアブレータの密度や接着強度等に応じて、乾燥工程A及びBが適宜選択されてよい。もちろん、溶媒を除去するための他の乾燥工程が適宜実行されてもよい。
【0118】
[アブレータの製造方法]
図7は、アブレータ100の製造フローチャート図である。以下では、アブレータ100の製造方法について説明する。
【0119】
まず、ポリイミド樹脂を形成する樹脂組成物と溶媒とを含むワニスを炭素繊維クロス30に含浸する(ステップ201)。そして炭素繊維クロス30を乾燥し溶媒を除去して乾燥プリプレグ20を生成する(ステップ202)。なおこれらの工程は、乾燥プリプレグ20を生成する工程であり、ステップ201及びステップ202は、
図4を参照して説明したステップ101及びステップ102と同様の工程である。
【0120】
次に、乾燥プリプレグ20を積層し、圧力を制御しながら加圧及び加熱してアブレータ100を形成する(ステップ203)。すなわち、乾燥プリプレグが積層された積層体50を加圧及び加熱することで、アブレータ100が形成される。
【0121】
図8は、アブレータ100を形成する工程の一例を示す模式図である。
図8Aは、積層体50が加圧及び加熱される前の状態を示す模式図であり、
図8Bは、積層体50が加圧及び加熱されている状態を示す模式図である。
図8A及び
図8Bに示すように、アブレータ100を形成する工程では、ホットプレス装置60が用いられる。
【0122】
ホットプレス装置60は、台座61と、下部熱板62と、上部熱板63と、加圧部64とを有する。台座61は、ホットプレス装置60の下側に配置され装置全体を支持する。下部熱板62は、台座61に設置される。上部熱板63は、下部熱板62の上側に下部熱板62から所定の距離離れた位置に配置される。加圧部64は、上部熱板63に接続され当該上部熱板63を上下に移動可能に支持する。
【0123】
ホットプレス装置60は、下部熱板62及び上部熱板63の温度をそれぞれ制御可能に構成される。またホットプレス装置60では、下部熱板62と上部熱板63との間に設置された対象物に対して、加圧部64により上部熱板63を介して圧力を加えることが可能である。
【0124】
まず、
図8Aに示すように、乾燥プリプレグ20を積層した積層体50を、下部熱板62上に配置する。例えば、乾燥工程Aにより乾燥された乾燥プリプレグ20は、ある乾燥プリプレグ20の第1の面31と、他の乾燥プリプレグ20の第2の面32とが接するように積層される(
図5参照)。また例えば、乾燥工程Bにより乾燥された乾燥プリプレグ20は、第1の面31及び第2の面32の区別なく積層される。なお、
図8Aでは説明のために4枚の乾燥プリプレグ20を積層した積層体50が図示されている。実際の製造工程では10枚~100枚程度の(後述する表1の例では13枚)の乾燥プリプレグ20が積層される。これに限定されず、例えばアブレータ100の厚み等に応じて必要な枚数の乾燥プリプレグ20が積層されてよい。
【0125】
次に、上部熱板63を積層体50に接する位置(
図8A中の点線の位置)まで移動する。この時の積層体50の厚さをL
0とする。また、乾燥プリプレグ20の枚数が多く積層体50が不安定な場合等には、圧力の表示値等が増加しない程度に上部熱板63を移動して積層体50を押さえつけてもよい。
【0126】
次に、積層体50の周囲に熱容量の高い金属部材(ステンレス板等)や断熱性の高い多孔質材を配置する。金属部材や多孔質材を配置することで、積層体50の周囲からの熱漏れ等を防止し、積層体50の内部と加熱部における温度差を小さくすることが可能となる。なお金属部材および多孔質材の厚さは、形成されるアブレータ100の厚さよりも小さい値に設定される。これにより、積層体50に対する加圧を適正に行なうことが可能である。
【0127】
アブレータ100を形成するための所定の加熱プロファイルに沿って、下部熱板62及び上部熱板63の温度を昇温する。本実施形態では、下部熱板62及び上部熱板63が同じ加熱プロファイルに従って加熱される。加熱プロファイルでは、樹脂の硬化反応が開始されない加熱温度(例えば250℃)まで下部熱板62及び上部熱板63が加熱される。そして積層体50の温度が比較的均一(例えば積層体50の内部と加熱部の差異が20~30℃程度)になるように、加熱温度が所定の時間維持される。
【0128】
積層体50全体が下部熱板62及び上部熱板63の加熱温度もしくはそれに近い温度(下部熱板62及び上部熱板63の加熱温度より20~30℃低い温度)に到達すると、アブレータ100の最終加熱温度まで下部熱板62及び上部熱板63が加熱される。積層体50を最終加熱温度まで加熱することで、乾燥プリプレグ20に含まれている樹脂組成物である末端変性イミドオリゴマーの末端基が付加重合し、TriA-Xポリイミド樹脂が構成される。なお、この付加重合の反応では、水分等の低沸点の物質は生成されない。このように、TriA-Xポリイミド樹脂を母材とすることで、水分等の含有量が非常に低いアブレータ100を形成することが可能となる。
【0129】
なおアブレータ100の最終加熱温度は、例えばTriA-Xポリイミド樹脂のガラス転移温度以上の値(例えばガラス転移温度+10℃)に設定される。これにより積層体50に多少の温度むら等があった場合であっても、適正に熱硬化を行なうことが可能となる。
【0130】
また加熱プロファイルには、アブレータ100に圧力を加える温度である加圧温度が設定される。加圧温度は、例えば乾燥温度以上であり最終加熱温度未満の値である。例えば下部熱板62及び上部熱板63の温度、さらには積層体50の内部が加圧温度に到達すると、加圧部64により上部熱板63を介して積層体50に圧力が加えられる。
【0131】
図8Bには、圧力が加えられた積層体50が模式的に図示されている。積層体50(乾燥プリプレグ20)には、炭素繊維と、樹脂組成物と、炭素繊維及び樹脂組成物の周りの空間(気孔)とが含まれる。積層体50に圧力を加えて圧縮すると、積層体50における気孔の体積が減少する。従って圧力を制御して、積層体50に含まれる気孔の体積を調節することで、アブレータ100の単位体積あたりの重量(アブレータ100の密度)を所望の値に設定することが可能である。
【0132】
図8Bに示すように、圧力が加えられた積層体50の厚さL
1は、圧力が加わる前の積層体50の厚さL
0よりも減少する。
図8Bには、圧力が加えられた積層体50の厚さL
1と減少量d(d=L
0-L
1)とが模式的に図示されている。本実施形態では、積層体50の厚さL
1に基づいて、積層体50に加える圧力が制御される。すなわち所望のアブレータ100の密度を実現するための厚さL
1(圧縮量)となるように圧力が適宜制御される。
【0133】
例えば、中密度範囲(0.6g/cm3以上1.0g/cm3未満)のアブレータ100を形成する場合、加圧温度はTriA-Xポリイミド樹脂の最低溶融温度(340℃程度)に設定される。また加える圧力は、アブレータの密度に応じて適宜設定される。ポリイミド樹脂が溶融する温度で圧力を加えることで、炭素繊維クロス30間の接着強度を強めることが可能である。
【0134】
また例えば、高密度範囲(1.0g/cm3以上1.3g/cm3以下)のアブレータ100を形成する場合、乾燥温度から最終加熱温度に昇温を開始するタイミング等で、圧力が加えられる。また繰り返し圧力を加えることで、気孔体積含有率の小さい高密度のアブレータ100が成形可能となる。繰り返し圧力を加える温度は乾燥温度(250℃程度)以上最低溶融温度以下(340℃程度)が好ましい。加熱中、積層体50の熱膨張により、積層体50にかかる圧力が上昇する場合があり得る。このような場合には、手動で圧力等を調整する作業が実行される。これにより、アブレータ100の密度等のパラメータがずれてしまうことを十分に防止することが可能である。
【0135】
なお、加熱プロファイルで用いられるパラメータ(最終加熱温度や加圧温度等)や加圧を行なうタイミング等は限定されない。例えば、所望とするアブレータの密度、サイズ、形状等に応じて、積層体50の加圧及び加熱等が適宜実行されてよい。
【0136】
最終加熱温度にてポリイミド樹脂の熱硬化反応が行なわれた後、積層体50は室温まで自然冷却される。従って、積層体50は圧力が加えられた時の厚さL1を略維持して硬化することになる。自然冷却された積層体50は、ホットプレス装置60から取り出され、アブレータ100として用いられる。
【0137】
上記したアブレータ100の製造方法を用いることで、アブレータ100の密度を0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下の範囲で精度良く制御することが可能となる。
【0138】
また製造されたアブレータ100は、当該アブレータ100の密度に応じて55体積%以下の気孔率を有する。すなわち本実施形態では、アブレータ100の気孔率は、0体積%以上55体積%以下である。ここで気孔率とは、アブレータ100の体積に対する、アブレータ100に含まれる気孔の体積の割合(気孔体積含有率)である。従って、密度が低いアブレータ100では気孔率が高く、密度が高いアブレータ100では気孔率が低くなる。
【0139】
例えば密度が0.68g/cm3、0.73g/cm3、及び0.85g/cm3である中密度アブレータの気孔率は、それぞれ48体積%、44体積%、34体積%であった。また、密度が1.3g/cm3の高密度アブレータでは気孔率は0体積%~2体積%であった。
【0140】
このように、アブレータ100は、密度に応じた気孔率を有し、例えばアブレータ100の密度を制御することで所望の気孔率を実現するといったことも可能である。アブレータ100の密度及び気孔率を制御することで、アブレータ100の強度や剛性、耐損耗性能や加熱時の冷却性能といった熱防御性能等を細かく設計することが可能となる。この結果、再突入ミッション等で要求される性能を十全に発揮するアブレータ100を製造することが可能となる。
【0141】
なおアブレータ100の気孔率は、0体積%以上55体積%以下であることが好ましく、高加熱率な突入環境を想定した場合、0体積%以上38体積%以下であることがより好ましく、軽量化に寄与するためには23体積%以上38体積%以下であることが最も好ましい。
【0142】
アブレータ100の気孔率の下限値は、0体積%であることが好ましく、23体積%であることがより好ましい。またアブレータ100の気孔率の上限値は、55体積%であることが好ましく、38体積%であることがより好ましい。これにより、熱防御性能を有した状態で、軽量化が可能である。アブレータ100は、上記した下限値及び上限値の範囲の気孔率を有するように適宜設計可能である。
【0143】
以上、本実施形態に係るアブレータ100は、繊維材料及びポリイミド樹脂(TriA-Xポリイミド樹脂)を含有する。ここで、ポリイミド樹脂は、その分子鎖の剛直性により、高いガラス転移温度を有する。このため、高い温度でアブレータ100の強度を維持することが可能である。またアブレータ100の密度は0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下の範囲である。従って、例えば惑星大気への突入の条件等に合わせてアブレータ100を選択する際に、適切な密度のアブレータ100を用いることが可能となる。これにより、信頼性が高く、軽量化に寄与することができるアブレータ100を提供することが可能となる。
【0144】
アブレータの母材として、フェノール樹脂を用いる方法が考えられる。この場合、フェノール樹脂の熱硬化時に発生する水分等がアブレータに内包され、惑星大気への突入時に内圧が上昇する可能性がある。これにより、意図しない形状変形や層間剥離等が生じ、熱負荷時における熱変形量等の予測が難しくなる場合があり得る。例えば熱変形量等が予測値から外れた場合には、突入カプセルの軌道が変化してしまう等の問題が生じ、アブレータ100の信頼性を損ねてしまう可能性がある。
【0145】
本実施形態では、アブレータ100の母材としてポリイミド樹脂が用いられる。一般にポリイミド樹脂は、高いガラス転移温度を持つ。本実施形態で用いたTriA-Xポリイミド樹脂は、複合材料用樹脂として最高レベルのガラス転移温度(300℃以上)を有する。従ってアブレータ100は、例えばフェノール樹脂を母材とした場合と比べ、100℃以上高い温度であっても剛性を保つことが可能である。
【0146】
またTriA-Xポリイミド樹脂は、硬化反応時に水分等の低沸点な物質を発生しない。従って、高温環境における内圧の上昇等が抑制され、意図しない形状変形や層間剥離等を十分に回避することが可能である。この結果、熱変形量等の予測値の信頼性が向上し、アブレータ100の信頼性を大幅に向上することが可能となる。
【0147】
例えばフェノール樹脂を母材とするアブレータでは、カプセル頭頂部近傍での層間剥離等を回避するために、プリプレグ段階で溝を開け、人為的なガス流出経路を確保するという特殊製造プロセスが用いられる(特許文献5)。一方で、アブレータ100の母材にポリイミド樹脂を用いることで、このような特殊なプロセスを回避することが可能である。この結果、アブレータ100の製造コスト等を抑制することが可能となる。
【0148】
また本実施形態に係るアブレータ100の密度は0.6g/cm3以上1.3g/cm3以下の範囲である。これは、例えばPICAやAVCOAT 5029-39HC/G等の低密度アブレータと、はやぶさカプセルやGalileoに搭載された高密度アブレータとの間の中密度の範囲をターゲットとしたアブレータ100であると言える。このような中密度のアブレータ100を用いることで、各種のミッションで想定される再突入環境に合わせた最適な熱防御システム(TPS)等を設計することが可能となる。
【0149】
例えば、アブレータ100の密度を上記の範囲で制御することにより、耐熱性と重量とのバランスが取れたアブレータ100を提供することが可能となる。この結果、TPS等の軽量化に大きく寄与することが可能となる。
【0150】
上記したように、ポリイミド樹脂を母材とするアブレータ100は、高温環境でも優れた剛性を発揮する。これまで、TPS等の構造強度及び剛性を維持するために、熱負荷時でも比較的低温であるアブレータ底部(大気に晒される側とは反対の側)等が用いられていた。これに対し、より高い温度で強度及び剛性が保証されるTriA-Xポリイミド樹脂を母材としたアブレータ100を用いることで、アブレータ底部の厚みは不要となる。すなわち構造強度及び剛性を維持したまま、アブレータ100を薄肉化することが可能となる。中密度化に加えて、この薄肉化によりTPS等の更なる軽量化に寄与することができる。
【0151】
<その他の実施形態>
本発明は、以上説明した実施形態に限定されず、他の種々の実施形態を実現することができる。
【0152】
上記の実施形態では、ホットプレス装置60を用いてアブレータ100が形成された。これに限定されず、例えばオートクレーブ等を用いてアブレータ100が形成されてもよい。
【0153】
オートクレーブは、加熱室内の圧力を上げて対象を加熱することが可能な装置である。オートクレーブを用いる方法では、例えばアブレータの形状に合わせた成形用の型が用いられる。成形用の型の形状等は限定されず、例えば曲面等を含む3次元形状を有する成形用の型を用いることが可能である。また成形用の型は、オス型であってもよいしメス型であってもよい。
【0154】
まず、乾燥プリプレグを成形用の型に積層する。例えば乾燥プリプレグの形状を型に積層可能な形に加工し、型に添って乾燥プリプレグを積層する。例えば成形用の型がオス型である場合には、型の外側に乾燥プリプレグが積層される。また成形用の型がメス型である場合には、型の内側に乾燥プリプレグが積層される。
【0155】
次に乾燥プリプレグが積層された成形用の型を、オートクレーブの加熱室に配置する。そして、所定の加熱プロファイル及び加圧条件に従って、積層された乾燥プリプレグを加圧及び加熱する。加圧条件は、例えば
図8を参照して説明したホットプレス装置60による加圧条件(アブレータの密度と圧力との関係等)に基づいて設定され、アブレータの密度が所望の値となるように、加熱室内の圧力が適宜制御される。
【0156】
このように、成形用の型を用いた場合であっても、アブレータの密度等を十分に制御することが可能となる。また、乾燥プリプレグを中間体として用いることで、任意の形状のアブレータを形成することが可能となる。
【0157】
上記では、密度が略一様となるアブレータ100が形成された。これに限定されず、密度勾配を持ったアブレータが形成されてもよい。例えば、
図8に示すホットプレス装置60の下部熱板62及び上部熱板63の温度に温度差ができるように、積層体50の加熱を行なう。この場合、積層体50の上下でポリイミド樹脂の密度を異ならせることが可能である。これにより、密度勾配を持ったアブレータを形成可能である。また樹脂組成物の含有量が異なる乾燥プリプレグを適宜積層することで、アブレータ内部に密度勾配が作られてもよい。
【0158】
これにより、例えばアブレータの表面層(加熱される側)を高密度化し、底部側(カプセル内部側)を低密度化するといったことが可能である。この結果、例えばTPS等の軽量化と表面後退量(空力形状の変化量)の最小化とを同時に実現するアブレータを提供することが可能となる。
【0159】
本発明に係るポリイミド樹脂を母材とする炭素繊維複合材料(CFRP)は、アブレータとして利用する場合に限定されず、例えば耐熱部材や断熱材として利用されてもよい。例えば航空機やロケット等に用いられる耐熱部材あるいは断熱材として、本発明に係るポリイミド樹脂を母材とする炭素繊維複合材料を用いることが可能である。
【符号の説明】
【0160】
20…乾燥プリプレグ
30…炭素繊維クロス
31…第1の面
32…第2の面
40…容器
41…支持面
50…積層体
100…アブレータ