(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-16
(45)【発行日】2022-09-28
(54)【発明の名称】ジャミンググリッパ
(51)【国際特許分類】
H01F 7/02 20060101AFI20220920BHJP
B25J 15/06 20060101ALI20220920BHJP
【FI】
H01F7/02 F
H01F7/02 S
B25J15/06 S
(21)【出願番号】P 2018106056
(22)【出願日】2018-06-01
【審査請求日】2021-05-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・集会名:計測自動制御学会 東北支部 第313回研究集会 開催日:2017年(平成29年)12月 9日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、革新的研究開発プログラム(ImPACT)「タフ・ロボティクス・チャレンジ/ロボットコンポーネント/極限環境での探査活動能を拡張させる革新的ロボット機構の研究開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095359
【氏名又は名称】須田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100143834
【氏名又は名称】楠 修二
(72)【発明者】
【氏名】清水 杜織
(72)【発明者】
【氏名】多田隈 建二郎
(72)【発明者】
【氏名】昆陽 雅司
(72)【発明者】
【氏名】田所 諭
【審査官】久保田 昌晴
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-134374(JP,A)
【文献】特開昭59-084504(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0154714(US,A1)
【文献】国際公開第2015/152062(WO,A1)
【文献】特開2016-162981(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 7/02
B25J 15/00-15/12
B23Q 3/154
G05G 7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石から成る埋込磁石と、
前記埋込磁石と同一の永久磁石から成り、
前記埋込磁石に磁気的に吸着する吸着位置と、前記
埋込磁石から剥離する剥離位置との間で、前記
埋込磁石に対して相対的に移動可能に設けられた吸着用磁石と、
前記埋込磁石の前記吸着用磁石とは反対側に、磁性流体のジャミング転移により把持対象を把持可能に設けられたグリッパと、
前記吸着用磁石とほぼ同一の磁気特性を有する永久磁石から成り、前記吸着用磁石が前記吸着位置のとき同じ極同士が接触または近接し、前記吸着用磁石が前記剥離位置のとき互いに離れるよう構成された1対の補償用磁石とを有し、
一方の補償用磁石が前記吸着用磁石と連動するよう設けられ、前記吸着用磁石が前記吸着位置と前記剥離位置との間で前記
埋込磁石に対して相対的に移動するとき、前記一方の補償用磁石が他方の補償用磁石に対して相対的に移動するよう構成されて
おり、
前記吸着用磁石が前記吸着位置のとき、磁気回路が前記埋込磁石と前記吸着用磁石との内部で閉じ、前記磁性流体を通過する磁界が遮断されて、前記グリッパにジャミング転移が発生せず、前記吸着用磁石が前記剥離位置のとき、前記埋込磁石の磁界で前記磁性流体のジャミング転移が発生するよう構成されていることを
特徴とする
ジャミンググリッパ。
【請求項2】
前記吸着位置のとき、前記吸着用磁石と前記
埋込磁石との間の吸着力と、各補償用磁石間の反発力とがほぼ釣り合うよう構成されていることを特徴とする請求項1記載の
ジャミンググリッパ。
【請求項3】
前記
埋込磁石に接して、前記吸着用磁石を前記吸着位置と前記剥離位置との間で移動可能に、前記吸着用磁石を支持する支持部と、
前記吸着用磁石と前記一方の補償用磁石とを連結する連結部とを有し、
前記他方の補償用磁石が、前記支持部または前記支持部とは異なる位置に設けられていることを
特徴とする請求項1または2記載の
ジャミンググリッパ。
【請求項4】
各補償用磁石は、前記吸着用磁石と同一の素材の永久磁石から成ることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の
ジャミンググリッパ。
【請求項5】
前記剥離位置のとき、前記吸着用磁石と前記
埋込磁石との間隔と、各補償用磁石の間隔とがほぼ等しくなるよう構成されていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の
ジャミンググリッパ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジャミンググリッパに関する。
【背景技術】
【0002】
磁力により、壁面や天井面などに吸着したり、磁性体などを吸着したりする機構には、稼働時間を考慮すると、電磁石より永久磁石を利用することが望ましいが、永久磁石では吸着状態の切り替えが困難であった。そこで、従来、吸着している永久磁石を剥離する方法として、永久磁石の吸着力に逆らって、大きな力で磁石を剥離する方法や、電磁石で永久磁石の磁界を相殺する方法(例えば、非特許文献1参照)、ヨークの切り替えにより磁気回路を隔離する方法(例えば、非特許文献2参照)などが利用されていた。
【0003】
しかし、これらの方法では、磁石を剥離する際に、一時的に大きなエネルギーを要するという問題があった。そこで、僅かなエネルギーで永久磁石の吸着状態を切り替えるものとして、内部力補償型磁気吸着機構(Internally-Balanced Magnetic Unit)が提案されている(例えば、非特許文献3または4参照)。この機構は、永久磁石の吸着力Fmが、吸着面に接近するほど急激に増大する非線形特性を有するため、この吸着力Fmを、同等の特性を有する非線形ばねの復元力Frで補償するものである。この機構では、永久磁石の内部力Finter(=Fm-Fr)が変位によらず0となるため、永久磁石は常に平衡状態となり、永久磁石の移動には力を要さない。また、この機構では、永久磁石を吸着面に接触させることにより、非線形ばねの反力Faが機構全体を対象面に押し付けるため、吸着状態にすることができる。また、永久磁石を吸着面から離すことにより、非線形ばねの反力Faが小さくなるため、吸着面から容易に剥離することができる。このように、内部力補償型磁気吸着機構は、永久磁石を小さい力で移動させるだけで、永久磁石の吸着状態を切替可能になっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】H. Yaguchi, S. Sakuma, and T. Kato, “A New Type of Magnetic Actuator Capable of Wall-Climbing Movement Using Inertia Force”, Journal of Engineering, 2014, Article ID 903178
【文献】呉、大澤、小川、中村、「永久磁石による磁気吸着機構を用いた進行波型全方向壁面移動ロボットの開発」、計測自動制御学会論文集、2015年、Vol.51、 No.5、 p.282-289
【文献】広瀬、今里、工藤、梅谷、「内部力補償型磁気吸着ユニット」、日本ロボット学会誌、1985年2月、Vol. 3、No. 1、p.10-19
【文献】鈴木、広瀬、「内部力補償型磁気吸着ッユニットのための非線形スプリングと機構の設計」、日本ロボット学会誌、2009年5月、Vol. 27、No. 4、p.460-469
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献3および4に記載の内部力補償型磁気吸着機構は、吸着用の永久磁石の吸着力を補償するために、複数の線形ばねを組み合わせて非線形ばねを構成する必要があり、各線形ばねや全体構造の設計が難しく、複雑な構成になってしまうという課題があった。
【0006】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、比較的簡単な構成で、吸着用の永久磁石の吸着力を容易に補償することができるジャミンググリッパを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明に係るジャミンググリッパは、永久磁石から成る埋込磁石と、前記埋込磁石と同一の永久磁石から成り、前記埋込磁石に磁気的に吸着する吸着位置と、前記埋込磁石から剥離する剥離位置との間で、前記埋込磁石に対して相対的に移動可能に設けられた吸着用磁石と、前記埋込磁石の前記吸着用磁石とは反対側に、磁性流体のジャミング転移により把持対象を把持可能に設けられたグリッパと、前記吸着用磁石とほぼ同一の磁気特性を有する永久磁石から成り、前記吸着用磁石が前記吸着位置のとき同じ極同士が接触または近接し、前記吸着用磁石が前記剥離位置のとき互いに離れるよう構成された1対の補償用磁石とを有し、一方の補償用磁石が前記吸着用磁石と連動するよう設けられ、前記吸着用磁石が前記吸着位置と前記剥離位置との間で前記埋込磁石に対して相対的に移動するとき、前記一方の補償用磁石が他方の補償用磁石に対して相対的に移動するよう構成されており、前記吸着用磁石が前記吸着位置のとき、磁気回路が前記埋込磁石と前記吸着用磁石との内部で閉じ、前記磁性流体を通過する磁界が遮断されて、前記グリッパにジャミング転移が発生せず、前記吸着用磁石が前記剥離位置のとき、前記埋込磁石の磁界で前記磁性流体のジャミング転移が発生するよう構成されていることを特徴とする。
【0008】
本発明に係るジャミンググリッパは、永久磁石から成る吸着用磁石の吸着力を、その吸着用磁石とほぼ同一の磁気特性を有する永久磁石から成る1対の補償用磁石間の反発力で補償することができる。すなわち、本発明に係るジャミンググリッパは、吸着用磁石が吸着位置のとき、各補償用磁石の同じ極同士が接触または近接し、吸着用磁石と連動する一方の補償用磁石が、他方の補償用磁石から吸着用磁石の吸着力とほぼ同じ大きさの反発力を受けるため、吸着用磁石は常に平衡状態となり、吸着用磁石の移動にはほとんど力を要さない。また、このとき、他方の補償用磁石の反発力により、埋込磁石に対して吸着状態にすることができる。吸着用磁石を吸着面から離して剥離位置に移動させたとき、各補償用磁石が互いに離れて間隔が広がり、各補償用磁石間の反発力が小さくなるため、埋込磁石から容易に剥離することができる。このように、本発明に係るジャミンググリッパは、吸着用磁石を小さい力で移動させるだけで、吸着用磁石の吸着状態を容易に切り替えることができる。
【0009】
本発明に係るジャミンググリッパは、吸着用磁石とほぼ同一の磁気特性を有する永久磁石から成る1対の補償用磁石を利用することにより、吸着用磁石の吸着力の非線形性をほぼ完全に再現することができる。このため、非線形ばねを利用する従来の内部力補償型磁気吸着機構のように複雑な設計を行う必要がなく、比較的簡単な構成で、吸着用磁石の吸着力を容易に補償することができる。
【0010】
本発明に係るジャミンググリッパは、前記吸着位置のとき、前記吸着用磁石と前記埋込磁石との間の吸着力と、各補償用磁石間の反発力とがほぼ釣り合うよう構成されていることが好ましく、その吸着力と反発力とが完全に釣り合うよう構成されていることが特に好ましい。
【0011】
本発明に係るジャミンググリッパは、前記埋込磁石に接して、前記吸着用磁石を前記吸着位置と前記剥離位置との間で移動可能に、前記吸着用磁石を支持する支持部と、前記吸着用磁石と前記一方の補償用磁石とを連結する連結部とを有し、前記他方の補償用磁石が、前記支持部または前記支持部とは異なる位置に設けられていることが好ましい。この場合、支持部を利用して、埋込磁石に接近させたり埋込磁石から取り外したりすることができる。
【0012】
本発明に係るジャミンググリッパで、各補償用磁石は、前記吸着用磁石と同一の素材の永久磁石から成ることが好ましい。この場合、吸着用磁石と各補償用磁石とを、容易に同一の磁気特性にすることができる。
【0013】
本発明に係るジャミンググリッパは、前記剥離位置のとき、前記吸着用磁石と前記埋込磁石との間隔と、各補償用磁石の間隔とがほぼ等しくなるよう構成されていることが好ましい。この場合、吸着位置から剥離位置に移動する間も、吸着用磁石と埋込磁石との間の吸着力と、各補償用磁石間の反発力とが釣り合うようにすることができ、どの位置であっても、吸着用磁石を容易に移動させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、比較的簡単な構成で、吸着用の永久磁石の吸着力を容易に補償することができるジャミンググリッパを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明
に関する実施の形態の磁気吸着装置を示す(a)正面図、(b)A-A線断面図である。
【
図2】
図1に示す磁気吸着装置の、支持部を把持して剥離した場合、および、操作部を把持して剥離した場合の、(a)剥離実験結果を示すグラフ、(b)剥離力を示すグラフである。
【
図3】本発明
に関する実施の形態の磁気吸着装置の、吸着用磁石と各補償用磁石とを並列に配置した変形例を示す(a)剥離位置での正面図、(b)A-A線断面図、(c)吸着位置での正面図、(d)B-B線断面図である。
【
図4】本発明
に関する実施の形態の磁気吸着装置の、吸着用磁石と各補償用磁石とを離して配置した変形例を示す断面図である。
【
図5】本発明の実施の形態
のジャミンググリッパを示す(a)剥離位置での断面図、(b)吸着位置での断面図である。
【
図6】本発明
に関する実施の形態の磁気吸着装置の、重機のロボットアームの磁気吸着グリッパとしての使用状態を示す(a)グリッパ部の剥離位置での断面図、(b)グリッパ部の吸着位置での断面図、(c)吸着状態を示す重機全体の斜視図である。
【
図7】本発明
に関する実施の形態の磁気吸着装置の、平行グリッパとしての使用状態を示す(a)剥離位置での断面図、(b)吸着位置での断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面に基づいて、本発明の実施の形態について説明する。
図1乃至
図4、図6、図7は、本発明
に関する実施の形態の磁気吸着装置を示している。
図1に示すように、磁気吸着装置10は、支持部11と吸着用磁石12と1対の補償用磁石13a,13bと連結部14と操作部15とを有している。
【0017】
図1に示すように、支持部11は、外形が円柱状を成し、一方の表面11aの中央に、所定の深さを有する円形の凹部11cを有している。また、支持部11は、その円形の凹部11cの底部と他方の表面11bの中央部とを貫通して設けられた貫通孔11dを有している。貫通孔11dは、凹部11cの内径よりも小さい内径を有している。
【0018】
吸着用磁石12は、円環状の永久磁石から成り、凹部11cの内径よりやや小さい外径と、貫通孔11dの内径より大きい内径と、凹部11cの深さより小さい厚みとを有している。吸着用磁石12は、外側面が凹部11cの内壁面に対向するよう、支持部11の凹部11cの内部に配置されている。吸着用磁石12は、中心線方向に沿って、凹部11cの内側で往復移動可能に設けられている。
【0019】
1対の補償用磁石13a,13bは、吸着用磁石12と同一の永久磁石から成っており、吸着用磁石12と同じ大きさの円環状を成し、吸着用磁石12と同一の磁気特性を有している。一方の補償用磁石13aは、支持部11の他方の表面11bの側に配置されている。他方の補償用磁石13bは、中心の中空部が貫通孔11dに連通するよう、支持部11の他方の表面11bに埋め込まれている。各補償用磁石13a,13bは、互いに反発するよう配置されている。
【0020】
連結部14は、細長い円筒状を成し、一方の端部から中央部にかけて、貫通孔11dに移動可能に挿入されている。連結部14は、一方の端部が、凹部11cの内側で吸着用磁石12の中空部に挿入されて、吸着用磁石12を固定している。また、連結部14は、他方の端部が、支持部11の他方の表面11bの側で、一方の補償用磁石13aの中空部に挿入されて、吸着用磁石12を固定している。これにより、連結部14は、一方の補償用磁石13aが吸着用磁石12と連動するよう、吸着用磁石12と一方の補償用磁石13aとを連結している。なお、連結部14が貫通孔11dの内部でスムーズに移動するよう、支持部11の貫通孔11dの円周に沿って、ドライベアリング16が設けられている。
【0021】
操作部15は、外形が円柱状を成し、連結部14の他方の端部に固定されている。操作部15は、一方の補償用磁石13aの、他方の補償用磁石13bに対向する面以外の、表面および側面を覆うよう設けられている。
【0022】
図1に示すように、磁気吸着装置10は、操作部15を支持部11に対して近づけたり離したりすることにより、連結部14を介して、吸着用磁石12が、凹部11cの内側で支持部11の一方の表面11aの側の吸着位置と、凹部11cの最深部の剥離位置との間で移動可能になっている。磁気吸着装置10は、支持部11の一方の表面11aを対象物に接触させたとき、吸着用磁石12が吸着位置で対象物に磁気的に吸着し、剥離位置で対象物から剥離するようになっている。また、吸着用磁石12が吸着位置と剥離位置との間で対象物に対して相対的に移動するとき、一方の補償用磁石13aが他方の補償用磁石13bに対して相対的に移動するようになっている。磁気吸着装置10は、吸着用磁石12が吸着位置のとき、各補償用磁石13a,13bの同じ極同士が接触または近接し、吸着用磁石12と対象物との間の吸着力と、各補償用磁石13a,13b間の反発力とがほぼ釣り合うよう構成されている。また、吸着用磁石12が剥離位置のとき、各補償用磁石13a,13bが互いに離れ、吸着用磁石12と対象物との間隔と、各補償用磁石13a,13bの間隔とが等しくなるよう構成されている。
【0023】
次に、作用について説明する。
磁気吸着装置10は、支持部11の一方の表面11aを、対象物に接触させて使用される。磁気吸着装置10は、永久磁石から成る吸着用磁石12の吸着力を、その吸着用磁石12と同一の磁気特性を有する永久磁石から成る1対の補償用磁石13a,13bの間の反発力で補償することができる。すなわち、磁気吸着装置10は、吸着用磁石12が吸着位置のとき、各補償用磁石13a,13bの同じ極同士が接触または近接し、吸着用磁石12と連動する一方の補償用磁石13aが、他方の補償用磁石13bから吸着用磁石12の吸着力とほぼ同じ大きさの反発力を受けるため、吸着用磁石12は常に平衡状態となり、吸着用磁石12の移動にはほとんど力を要さない。また、このとき、他方の補償用磁石13bの反発力により、対象物に対して吸着状態にすることができる。吸着用磁石12を吸着面から離して剥離位置に移動させたとき、各補償用磁石13a,13bが互いに離れて間隔が広がり、各補償用磁石13a,13b間の反発力が小さくなるため、対象物から容易に剥離することができる。このように、磁気吸着装置10は、吸着用磁石12を小さい力で移動させるだけで、吸着用磁石12の吸着状態を容易に切り替えることができる。
【0024】
磁気吸着装置10は、吸着用磁石12と同一の磁気特性を有する永久磁石から成る1対の補償用磁石13a,13bを利用するため、吸着用磁石12の吸着力の非線形性を完全に再現することができる。このため、非線形ばねを利用する従来の内部力補償型磁気吸着機構のように複雑な設計を行う必要がなく、比較的簡単な構成で、吸着用磁石12の吸着力を容易に補償することができる。
【0025】
なお、磁気吸着装置10は、吸着用磁石12と各補償用磁石13a,13bとの間の磁気干渉を防ぐため、吸着用磁石12と他方の補償用磁石13bとの間隔を、互いの影響が無視できる程度まで十分に離しておいたり、吸着用磁石12と他方の補償用磁石13bとの間に磁気シールドを設けたりすることが好ましい。また、ヨークで、吸着用磁石12および他方の補償用磁石13bの吸着面以外の部分を囲むよう構成してもよい。この場合、磁気干渉を防ぎつつ、吸着用磁石12と他方の補償用磁石13bとをさらに近づけることができ、さらに省空間にて磁気吸着装置10を構成することができる。
【実施例1】
【0026】
図1に示す磁気吸着装置10を用い、動作実験を行った。吸着用磁石12および各補償用磁石13a,13bには、市販のネオジム磁石(ミスミ製、型番「HXCW18-12-3」)を用いた。吸着用磁石12および各補償用磁石13a,13bは、外径が18mm、内径が12mm、厚みが3mm、重さが2.9gである。また、支持部11、連結部14および操作部15は、樹脂製である。磁気吸着装置10は、概ね円柱状を成し、直径が28mm、剥離位置での長さが58mm、操作部15のストローク(吸着位置の長さと剥離位置の長さの差)が7.5mm、重さが44.3gである。なお、磁気吸着装置10は、吸着用磁石12および各補償用磁石13a,13bを保護するため、吸着用磁石12および各補償用磁石13a,13bの露出面に、厚さ1mmの樹脂膜を設けている。
【0027】
なお、磁気吸着装置10は、以下の手順で設計した。すなわち、まず、吸着用磁石12および各補償用磁石13a,13bの磁気特性を測定した。次に、その測定データから有意な吸着力が生じ始める距離を求め、これを操作部15のストロークとした。実験に用いた吸着用磁石12および各補償用磁石13a,13bでは、有意な吸着力を0.5Nとして、その吸着力が生じ始める距離7.5mmを操作部15のストロークとした。
【0028】
製造した磁気吸着装置10により、剥離実験を行った。吸着する対象物としては、吸着用磁石12および各補償用磁石13a,13bと同じネオジム磁石を用いた。なお、そのネオジム磁石の表面を保護するため、厚さ1mmの樹脂膜を設けている。支持部11の一方の表面11aを対象物に接触させて吸着位置にした状態から、吸着位置のままで支持部11を把持して、対象物から吸着用磁石12を剥離した場合、および、操作部15を把持して吸着位置から剥離位置に移動させ、対象物から吸着用磁石12を剥離した場合について、それぞれ剥離に要する力を測定した。
【0029】
実験では、試験機により、0.5mm/secの速度で、15mmの距離だけ、対象物から引き離すのに要する力を、5回ずつ測定し、その平均を算出した。その測定結果を、
図2(a)に示す。また、測定値には、磁気吸着装置10や試験機の重量による影響も含まれているため、それらを取り除いた力(剥離力)も算出した。その結果を、
図2(b)に示す。
【0030】
図2(a)に示すように、支持部11を把持して剥離した場合、ひとたび吸着用磁石12が剥離するまでは大きな力を必要とし、それ以降は対象物との距離が開くにつれて力が減少していくことが確認された。また、操作部15を把持して剥離した場合、支持部11を把持した場合と比べて、ひとたび吸着用磁石12が剥離するまでの力が顕著に小さいことが確認された。また、操作部15のストロークである7.5mm付近までは、吸着用磁石12の吸着力と等しい力となり、それ以降は支持部11が対象物から浮きはじめるため、吸着用磁石12の吸着力と重量分の力を要することが確認された。
図2(b)に示すように、操作部15を把持した場合の剥離力の最大値は、支持部11を把持した場合の剥離力の最大値の13.0%にまで低下しており、磁気吸着装置10により、より小さい力で剥離できることが確認された。
【0031】
磁気吸着装置10は、
図1に示す構成に限らず、様々な構成および応用が可能である。磁気吸着装置10は、産業用磁気グリッパなどの巨大な磁石を用いた構成や、MEMSなどの微小な磁石を用いた構成も可能である。磁気吸着装置10は、対象物の磁化率が小さい場合には、吸着用磁石12による吸着力よりも各補償用磁石13a,13bの間の反発力の方が大きくなり、対象物から剥離してしまう可能性がある。また、対象物への吸着姿勢によっては、連結部14の重量により対象物から剥離してしまう可能性もある。そこで、これらの予期しない剥離を防止するために、磁気吸着装置10は、吸着用磁石12の吸着力を測定し、その測定値に基づいて各補償用磁石13a,13bの間の反発力を調整する調整手段や、連結部14の重量を補償する重量補償手段を有していてもよい。また、吸着時および剥離時に、吸着用磁石12を吸着位置および剥離位置に固定するためのストッパを有していてもよい。
【0032】
また、
図3に示すように、磁気吸着装置10は、吸着用磁石12と各補償用磁石13a,13bとの間の磁気干渉を防ぐため、吸着用磁石12と各補償用磁石13a,13bとを並列の位置に配置してもよい。
図3に示す一例では、連結部14は、外形が薄い角柱状を成し、一方の表面の対角に位置する1対の隅部に、所定の深さを有する凹部14aを有し、他の1対の隅部が突出した凸部14bを成している。吸着用磁石12は、2つから成り、各凸部14bに取り付けられ、一方の補償用磁石13aは、2つから成り、各凹部14aに取り付けられている。支持部11は、各凹部14aに嵌合可能に設けられ、
図3(c)および(d)に示す、各凹部14aに嵌合した状態と、
図3(a)および(b)に示す、各凹部14aとの間に間隔をあけた位置との間で、連結部14に対して相対的に移動可能になっている。他方の補償用磁石13bは、2つから成り、支持部11の各凹部14aの側の面に埋め込まれている。
【0033】
磁気吸着装置10は、支持部11を各凹部14aに嵌合させたとき、支持部11の表面と連結部14の各凸部14bの表面とが平面状になるよう構成されている。これにより、支持部11の表面を対象物に接触させ、
図3(c)および(d)に示すように、支持部11が各凹部14aに嵌合するよう連結部14を移動させたとき、吸着用磁石12が対象物に吸着する吸着位置となる。また、
図3(a)および(b)に示すように、支持部11が各凹部14aとの間に間隔をあけるよう連結部14を移動させたとき、吸着用磁石12が対象物から剥離する剥離位置となる。
【0034】
また、
図4に示すように、磁気吸着装置10は大型の装置から成り、他方の補償用磁石13bは、支持部11の外部の離れた位置に固定され、一方の補償用磁石13aは、他方の補償用磁石13bと反発するよう配置され、連結部14は、内部に非圧縮性流体21aが封入されたチューブ21と、チューブ21の両端に、チューブ21を密封した状態で往復移動可能に設けられた1対のロッド22とを有し、一方の補償用磁石13aが吸着用磁石12と連動するよう、吸着用磁石12と一方の補償用磁石13aとをそれぞれ両端のロッド22に固定して連結していてもよい。この場合、各補償用磁石13a,13bを支持部11から離れた位置に設置することができるため、支持部11と吸着用磁石12から成る吸着部を軽量化することができる。また、これにより、対象物1にかかる重量を軽減することができる。
【0035】
図5は、本発明の実施の形態のジャミンググリッパを示している。
図5に示すように、磁気吸着装置10は、対象物1を装置内部に含むよう構成されていてもよい。
図5に示す一例では、ジャミンググリッパから成り、支持部11の一方の表面11aの側に固定された、対象物としての埋込磁石1と、埋込磁石1の支持部11とは反対側に、磁性流体のジャミング転移により把持対象2を把持可能に設けられたグリッパ3とを有している。埋込磁石1は、吸着用磁石12と同一の永久磁石から成っており、吸着位置のとき、吸着用磁石12と引き合うよう配置されている。
【0036】
これにより、
図5(b)に示す吸着位置のとき、磁気回路が埋込磁石1と吸着用磁石12との内部で閉じるため、磁性流体を通過する磁界が遮断されて、グリッパ3にジャミング転移が発生しない。この状態で、グリッパ3を把持対象2に押し当ててなじませ、
図5(a)に示す剥離位置にすることにより、埋込磁石1の磁界で磁性流体のジャミング転移が発生し、グリッパ3により把持対象2を把持することができる。なお、剥離位置のとき磁気干渉しないよう、吸着用磁石12と他方の補償用磁石13bとの間に磁気シールド17が設けられている。
【0037】
また、磁気吸着装置10は、
図1に示す構成を利用して、磁気連結機構を構成することができる。例えば、互いに極性が逆になるよう配置された吸着用磁石12を有する1対の磁気吸着装置10を使用し、各吸着用磁石12を向かい合わせた状態で、各支持部11を接続することにより、一方の磁気吸着装置10の操作部15のみを操作することにより、他方の磁気吸着装置10の操作部15を連動させることができ、各磁気吸着装置10の連結および分離を行うことができる。これにより、例えば、機械的信号の伝達や増幅を行う装置としても利用することができる。
【0038】
また、
図6に示すように、磁気吸着装置10は、
図1に示す構成を利用し、重機のロボットアーム4の先端に装着して、磁気吸着グリッパとして使用することもできる。
図6に示す一例では、リンク6で操作部15を往復移動させることにより、対象物1の吸着および剥離を行うようになっている。
【0039】
また、
図7に示すように、磁気吸着装置10は、対象物1を載置台5に取り付け、支持部11に可動指を取り付けることにより、載置台5に載せた把持対象を、可動指を移動させて把持する平行グリッパを構成することもできる。
図7に示す一例では、操作部15と稼働用のアクチュエータとをリンク6で連結し、吸着位置のとき、リンク6が死点になるよう配置されている。これにより、吸着用磁石12による吸着状態とリンク6の死点状態とが、互いの維持を補助することができる。このため、例えば、電源が途絶してアクチュエータがフリーの状態となっても、意図せぬ動作を抑止することができる。また、常に入力操作を受け付けるが、吸着位置では操作部15の直動移動が制限されるため、バックドライブを防止することができる。また、吸着位置で把持対象を把持したとき、サーボモータの出力以上の把持力を発揮することもできる。
【符号の説明】
【0040】
1 対象物(埋込磁石)
2 把持対象
3 グリッパ
4 ロボットアーム
5 載置台
6 リンク
10 磁気吸着装置
11 支持部
11a 一方の表面
11b 他方の表面
11c 凹部
11d 貫通孔
12 吸着用磁石
13a,13b 補償用磁石
14 連結部
14a 凹部
14b 凸部
21 チューブ
21a 非圧縮性流体
22 ロッド
15 操作部
16 ドライベアリング
17 磁気シールド