(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-16
(45)【発行日】2022-09-28
(54)【発明の名称】摺動部材及びその製造方法並びに硬質物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 7/00 20060101AFI20220920BHJP
B32B 15/01 20060101ALI20220920BHJP
C22C 1/08 20060101ALI20220920BHJP
C25D 5/50 20060101ALI20220920BHJP
【FI】
C25D7/00 C
B32B15/01 K
C22C1/08 Z
C25D5/50
(21)【出願番号】P 2020040947
(22)【出願日】2020-03-10
【審査請求日】2020-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095577
【氏名又は名称】小西 富雅
(74)【代理人】
【識別番号】100100424
【氏名又は名称】中村 知公
(72)【発明者】
【氏名】今岡 奏司
(72)【発明者】
【氏名】森 愛絵
(72)【発明者】
【氏名】羽根田 祐磨
【審査官】田中 則充
(56)【参考文献】
【文献】実開平04-123260(JP,U)
【文献】特開平07-238331(JP,A)
【文献】特開2009-215569(JP,A)
【文献】特開2002-266079(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 7/00
B32B 15/01
C22C 1/08
C25D 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材層と表面層とを備えた摺動部材であって、
前記表面層は金属マトリックスと該マトリックスに分散された前記マトリックスより硬い硬質物とを備え、該硬質物はその硬さに傾斜があり、該硬さの傾斜は前記硬質物の内側から表面に向けて漸減する(但し、ステップ状の傾斜は除く)、摺動部材であって、
前記硬質物は第1金属材料と第2金属材料を含み、前記第1金属材料より前記第2金属材料を軟質とし、前記第2金属材料の濃度は傾斜しており、該濃度の傾斜は前記硬質物の内側から表面に向けて漸増する、摺動部材。
【請求項2】
前記金属マトリックスと前記第2金属材料とを同一の材料とする、請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記硬質物において、前記第2金属材料の比率が9mass%以下の領域の面積率が1%以上かつ35%以下である、請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記硬質物において、その表面から前記第2金属材料の比率が9mass%以下の領域までの距離が0.07μm以上である、請求項3に記載の摺動部材。
【請求項5】
基材層と表面層とを備えてなる摺動部材の製造方法であって、
前記基材層の上に前記表面層の前駆層を積層する前駆層形成ステップであって、金属マトリックスに該金属マトリックスよりも硬質の第1金属材料の粒体を分散させる前駆層形成ステップと、
該前駆層を昇温することにより、前記第1金属材料の粒体内へ前記金属マトリックスの材料を拡散させる昇温ステップと、を備えてなる摺動部材の製造方法。
【請求項6】
前記前駆層形成ステップでは、前記金属マトリックスの金属材料としての第2金属材料と前記第1金属材料とを同時にめっきして前記第2金属材料中に前記第1金属材料の粒体を分散させ、
前記前駆層を形成した後、前記昇温ステップを実行する前に、第3金属材料を積層する第3金属材料積層ステップが更に実行される、ここに、前記第3金属材料は前記第1及び第2金属材料と異なる金属であり、昇温することにより、前記第1及び第2金属材料のどちらにも拡散可能である。
請求項5に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項7】
前記第3金属材料は前記第1金属材料より軟質である、請求項6に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項8】
第1金属材料と第2金属材料とを含む硬質物であって、前記第1金属材料より前記第2金属材料の方が軟質であり、かつ前記第2金属材料の濃度は傾斜しており、該濃度の傾斜は硬質物の内側から表面に向けて漸増する硬質物を製造する硬質物製造ステップであって、前記第1の金属材料の粒体を準備し、前記第2金属材料の湯に前記第1金属材料の粒体を接触させる、硬質物製造ステップと、
基材層を準備するステップと、
前記基材層の表面に金属マトリックス材料をめっきにより積層するめっきステップと、を含み、
前記めっきステップを実行する際、めっき浴のバブリング用エアに
前記硬質物を巻き込ませる、摺動部材の製造方法。
【請求項9】
第1金属材料と第2金属材料と、及び無機多孔質体を含む硬質物であって、前記第1金属材料より前記第2金属材料の方が軟質であり、かつ前記第2金属材料の濃度は傾斜しており、該濃度の傾斜は硬質物の内側から表面に向けて漸増する硬質物を製造する硬質物製造ステップであって、前記第1金属材料の湯へ前記無機多孔質体を浸漬し、その後、これを前記第2金属材料の湯へ接触させる硬質物製造ステップと、
基材層を準備するステップと、
前記基材層の表面に金属マトリックス材料をめっきにより積層するめっきステップと、を含み、
前記めっきステップを実行する際、めっき浴のバブリング用エアに
前記硬質物を巻き込ませる、摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動部材及びその製造方法並びに硬質物の製造方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材は一般的に基材層と表面層とを備え、表面層で被摺動部材を支持する。この表面層は摺動性を確保するため軟質な金属材料で形成されることが多い。
軟質な金属材料で形成された表面層はその耐摩耗性に課題があるので、これに硬質な物質(硬質物)を分散させて、この硬質物に耐摩耗性の向上を担わせることが検討されてきた。
しかしながら、表面層を構成する金属マトリックスとこれに分散される硬質物との間に大きな硬度差があると、両者の界面に応力の集中が生じやすくなる。その結果、硬質物が表面層の金属マトリックスから脱落するおそれがある。硬質物と金属マトリックスとの間の硬さの差が大きいと、表面層に加わった外力が金属マトリックスを通じて硬質物に伝わったとき、硬質物の硬い表面において跳ね返され、その外力が比較的軟質な金属マトリックスとの界面に集中する。その結果、当該界面において金属マトリックスの組織が崩壊して、硬質物が脱落するおそれがある。
【0003】
そこで、硬質物と金属マトリックスの中間の硬度を有する材料で硬質物を被覆することで、かかる応力集中を緩和することが提案されている(特許文献1参照)。このように中間の硬度を有する材料で硬質物を被覆すると、応力の一部が当該被覆材料に吸収されるので、応力が金属マトリックスとの界面に集中することを防止できる。これにより、金属マトリックスの当該界面の組織の崩壊が防止されて、もって、硬質物の脱落が防止され、ひいては摺動部材の耐疲労性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
自動車用エンジンのStart-Stop化やその小型化に代表されるように、内燃機関の進化に伴い摺動部材への負荷は増大化の傾向にある。
よって、摺動部材には更なるタフな要求、即ち金属マトリックスによる摺動性を確保しつつその耐疲労性を向上することが求められている。
ここに、特許文献1で提案されている技術によれば、硬質物を比較的軟質な金属で被覆することによりその硬質物の脱落を防止できるものであるが、昨今の摺動部材には更なる高い脱落防止効果が求められている。
【0006】
また、特許文献1で提案されている技術では、硬質物を金属膜で被覆するため、その粒径が大きくなってしまう。特許文献1の実施例によれば、被覆金属層の膜厚は少なくとも15μmとされている。他方、自動車用エンジンに適用される摺動部材の表面層の一般的な膜厚は数~十数μm程度である。したがって、かかる薄膜の表面層には特許文献1で提案されているような大きさの硬質物を適用することができない。表面層から硬質物が露出して表面層に求められる軟質性が阻害されるからである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、硬質物の表面自体を軟質化すればよいことに気が付いた。硬質物の表面自体が軟質化されるので、特許文献1で提案されるように他の金属膜で被覆する必要がなくなる。これにより、硬質物の大径化を防止できる。
この発明の第1の局面は次のように規定される。即ち、
基材層と表面層とを備えた摺動部材であって、
前記表面層は金属マトリックスと該マトリックスに分散された前記マトリックスより硬い硬質物とを備え、該硬質物はその硬さに傾斜があり、該硬さの傾斜は前記硬質物の内側から表面に向けて漸減する、摺動部材。
【0008】
このように規定される第1の局面の摺動部材によれば、その硬さに傾斜があり、その傾斜は硬質物の内側から表面に向けて漸減しているので、硬質物自体にはその本来の硬い部分が内側に残される。これにより、硬質物に本来求められている、表面層への耐摩耗性付与機能が確保される。そして、硬質物は表面側において軟質化されているので、金属マトリックスとの界面における硬度差を緩和できる。これにより、当該界面における応力集中も緩和され、金属マトリックスから硬質物が脱落することが防止される。もって、摺動部材の耐疲労性が向上する。
【0009】
図1に、この発明の摺動部材1を模式的に示す。
摺動部材1は鋼材等の金属材料からなる基材層3とその上に積層される表面層5から構成される。表面層5は軟質の金属マトリックス6に硬質物7を分散させた構成である。
図2に、この硬質物7の概念図を示す。
この例では、硬質物7を2つの領域、即ち、比較的硬質な硬質領域Aと比較的軟質な軟質領域Bとに区分けしている。後述する第3の局面に照らせば、硬質領域Aは第2金属材料の濃度が9%以下であり、軟質領域Bは第2金属材料の濃度が9%を超える。図中のXは2つの領域の界面を示す。
【0010】
この発明の第2の局面は次のように規定される。
第1の局面に規定の摺動部材において、前記硬質物の表面の硬さと前記金属マトリックスの硬さが等しい。
このように規定される摺動部材によれば、硬質物と金属マトリックスとの界面における応力集中を確実に防止できる。ここで硬さが等しいとは、界面にかかった応力が両者(硬質物の表面と金属マトリックス)に実質的に均等に分散されることを意味し、硬さを示す物理的なパラメータの違いが両者の間にある場合も含まれるものとする。
【0011】
この発明の第3の局面は次のように規定される。即ち、第1又は第2の局面に規定の摺動部材において、前記硬質物は前記第1金属材料と前記第2金属材料を含み、前記第1金属材料より前記第2金属材料を軟質とし、前記第2金属材料の濃度は傾斜しており、該濃度の傾斜は前記硬質物の内側から表面に向けて漸増する。
このように規定される第2の局面の摺動部材によれば、軟質な第2金属材料の濃度に傾斜を設けた。これにより、第1の局面で規定する硬さの傾斜が得られる。
なお、硬質物を形成する材料として第3金属材料の存在を否定するものではない。第1の局面で規定する硬さの傾斜が第1金属材料と第2金属材料との濃度分布で確保されれば、第3金属材料の濃度分布は特に限定されるものではない。この第3金属材料も、第2金属材料と同様に、第1金属材料より軟質でかつ第2金属材料と同等の濃度分布である(濃度傾斜が硬質物の内側から表面に向かって漸増させる)ことが好ましい。
【0012】
この発明の第4の局面は次のように規定される。即ち、第3の局面において、前記金属マトリックスと前記第2金属材料とを同一若しくは同種の材料とする。
これにより、硬質物表面の硬さと金属マトリックスの硬さとを等しくすることが容易に行える。また、その表面で第2金属材料がリッチとなった硬質物は同一若しくは同種の金属からなる金属マトリックスに対して密着性が向上し、その脱落がより確実に防止される。ここに同種の金属とは、同じ金属元素を含む合金などを指す。
【0013】
この発明の第5の局面は次のように規定される。即ち、第3又は第4の局面に規定の摺動部材において、硬質物における前記第2金属材料の比率が9mass%以下の領域の面積率が1%以上かつ35%以下である。
このように規定される第5の局面に規定の摺動部材によれば、第2金属材料の比率が9mass%以下となる硬質領域Aが1~35%存在する。これにより、耐摩耗性を維持するための硬質物に要求される硬さが確保される。他方、それ以外の領域は第2金属材料が9mass%を超えるので軟質領域Bとなる。かかる軟質領域Bが硬質物の表面に適量存在するため、
図3Bに示す通り、表面層に加えられた外力Pの一部が当該軟質領域Bに吸収される。よって、硬質物7と金属マトリックス6との界面における応力集中が効果的に防止される。
【0014】
他方、第2金属材料の比率が9mass%以下の領域(硬質領域A)の面積率が1%未満となると、
図3Aに示すように、当該硬質領域Aが小さくなる。これにより、
図3Bに示す構成に比べて、表面層に与える耐摩耗性能が低下する傾向がある。
また、第2金属材料の比率が9mass%以下の領域(硬質領域A)の面積率が35%を超えると、
図3Cに示すように、当該硬質領域Aが大きくなる。その結果、かかる硬質領域Aにおいて表面層に加えられた外力Pが跳ね返されて金属マトリックスとの界面に集中しやすくなる。つまり、
図3Bに示す構成に比べて、そこでの応力集中防止機能が低下する傾向がある。
【0015】
ここに、第2金属材料の比率は汎用的な元素分析法により得た質量mass%を示す。
また、領域の面積率は次のようにして求めることができる。
硬質物の断面へ仮想的にピクセルを設定し、ピクセル毎に元素分析して、第2金属材料の比率が上記範囲(9mass%以下)を示すピクセルの数をカウントする。その数と硬質物を構成するピクセル全体の数との比をもって面積率とする。
【0016】
この発明の第6の局面は次のように規定される。即ち、第5の局面に規定の摺動部材において、前記硬質物の表面から前記第2金属材料の比率が9mass%以下の領域までの距離が0.07μm以上である。
このように規定される第6の局面に規定の摺動部材によれば、軟質領域B、即ち第2金属材料の比率が9mass%を超える領域が、硬質物の表面側に0.07μm以上の厚さで存在することを意味する(
図4参照)。かかる軟質領域Bが確保されることにより、硬質物と金属マトリックスとの界面に応力が集中することをより確実に然に防止できる。
硬質物7の表面から上記所定の領域までの距離Lの測定方法の説明は、実施の形態の欄で詳述する。
なお、軟質領域Bは硬質物の全体にわたってその厚さが均等であることがより好ましい。換言すれば、硬質物の中心に硬質領域Aを位置させる。これにより、硬質物にかかる全方位からの応力を均等に緩和できる。
【0017】
この発明の第7の局面は次のように規定される。
基材層と表面層とを備えてなる摺動部材の製造方法であって、
前記基材層の上に前記表面層の前駆層を積層する積層ステップであって、金属マトリックスに該金属マトリックスよりも硬質の第1金属材料の粒体を分散させる積層ステップと、
該前駆層を昇温することにより、前記第1金属材料の粒体内へ前記金属マトリックスの材料を拡散させる昇温ステップと、を備えてなる摺動部材の製造方法。
【0018】
このように規定される第7の局面の製造方法によれば、昇温ステップにおいて、比較的軟質の金属マトリックスの原子が第1金属材料の粒体内へ拡散する。温度やその時間を調整することにより拡散の程度が制御される。これにより、第1金属材料の粒体は、その表面側において金属マトリックスの拡散量が多く、その内側において金属マトリックスの拡散量が少ない状態となる。つまり、拡散した金属マトリックスの材料を第2金属材料と見立てれば、第1金属材料で構成される粒体状の硬質物において、第1金属材料より軟質な第2金属材料の濃度に傾斜が形成され、その濃度の傾斜は硬質物の内側から表面に向けて漸増するものとなる。
【0019】
この発明の第8の局面は次のように規定される。即ち、第7に規定の製造方法において、前記前駆層形成ステップでは、前記金属マトリックスの金属材料としての第2金属材料と前記第1金属材料とを同時にめっきして前記第2金属材料中に前記第1金属材料の粒体を分散させ、
前記前駆層を形成した後、前記昇温ステップを実行する前に、第3金属材料を積層する第3金属材料積層ステップが更に実行される。ここに、前記第3金属材料は前記第1及び第2金属材料と異なる金属であり、昇温することにより、前記第1及び第2金属材料のどちらにも拡散可能である。
このように規定される第8の局面の製造方法によれば、第1金属材料からなる粒体を個別に準備する必要がなくなる。したがって、かかる粒体を金属マトリックスに分散させる工程がなくなり、製造工程が簡素化される。
上記において、第1金属材料と第2金属材料とは実質的に固溶体を形成しない。ここに、固溶体を形成しないとは、両者を接触させて単に加熱するだけでは2つの金属が混じりあわないことを指す。また、両者の金属材料をともにイオン化して同じ表面に積層しても(すなわち、めっきしても)、両者の材料が混じりあわない、ことを指す。
他方、第3金属材料は第1金属材料及び第2金属材料と固溶体を形成可能である。
【0020】
この発明の第9の局面は次のように規定される。即ち、第8の局面に規定の製造方法において、前記第3金属材料は前記第1金属材料より軟質である。
このように規定される第9の局面の製造方法によれば、第3金属材料も第1金属材料より軟質となるので、第2金属材料と相俟って、第1金属材料中において軟質金属材料の濃度の傾斜を設けやすくなる。
【0021】
この発明の第10局面はこの発明で用いる硬質物の製造方法に関する。即ち
第1金属材料と第2金属材料とを含む硬質物であって、前記第1硬質物より前記第2金属材料の方が軟質であり、かつ前記第2金属材料の濃度は傾斜しており、該濃度の傾斜は硬質物の内側から表面に向けて漸増する硬質物の製造方法であって、
前記第2金属材料の湯に前記第1金属材料の粒体を接触させる、硬質物の製造方法。
接触条件(温度、時間、撹拌)を調整することで、第1金属材料の粒体からなる硬質物における第2金属材料の濃度分布を制御できる。接触の態様として浸漬、湯のかけ流し等がある。
【0022】
この発明の第11の局面は次のように規定される。即ち
第1金属材料と第2金属材料と、及び無機多孔質体を含む硬質物であって、前記第1硬質物より前記第2金属材料の方が軟質であり、かつ前記第2金属材料の濃度は傾斜しており、該濃度の傾斜は硬質物の内側から表面に向けて漸増する硬質物の製造方法であって、
前記第1金属材料の湯へ前記無機多孔質体を浸漬し、その後、これを前記第2金属材料の湯へ接触させることで該第2金属材料を前記第1金属材料へ拡散させる、硬質物の製造方法。
【0023】
このように規定される第11の局面の硬質物の製造方法によれば、硬質物の骨格となる無機多孔質体を、最初に、第1金属材料の湯へ浸漬してこれを吸着させる。これにより、内部に無機多孔質体を取り込んだ第1金属材料の粒体が得られる。その後、この粒体を第2金属材料の湯と接触させることで、粒体中へ第2金属材料が拡散していく。そして、接触の条件(温度、時間、撹拌)を調整することで、硬質物を構成する第1金属材料内へ拡散する第2金属材料の濃度分布を制御できる。接触の態様として浸漬、湯のかけ流し等がある。
【0024】
この発明の第12の局面は次のように規定される。即ち、
第10又は第11の局面に記載の硬質物の製造方法により得られた硬質物を用いる摺動部材の製造方法であって、
基材層を準備するステップと、
前記基材層の表面に金属マトリックス材料をめっきにより積層するめっきステップと、を含み、
前記めっきステップを実行する際、めっき浴のバブリング用エアに前記硬質部を巻き込ませる。
このように規定される製造方法を用いることにより、金属マトリクス中に硬質物を均等に分散させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図3】
図3は硬質物における硬質な領域Aと軟質な領域Bとの比率とその特性との関係を示す模式図である。
【
図4】
図4は硬質物におけるその表面から硬質な領域Aまでの距離とその特性との関係を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、この発明を実施の形態に基づき更に詳細に説明する。
摺動部材を構成する基材層は一般的に金属材料から構成される。
摺動部材の一例の軸受では、基板層は、鋼材からなる裏金層へ銅基の軸受合金層を積層した構成である。軸受合金層の上にAg,Ni等からなる中間層を形成することもある。
摺動部材を構成する表面層は軟質な金属をマトリックスとして、この金属マトリックスに硬質物質が分散される。
【0027】
金属マトリックスの材料としてインジウム(In)、スズ(Sn)、鉛(Pb)、ビスマス(Bi)及びアンチモン(Sb)等が挙げられる。この金属マトリックスの厚さは1μm~50μmである。
かかる金属マトリックスに分散される硬質物の平均粒径は0.2μm~50μmとすることができる。好ましい平均粒径は、表面層の膜厚より短く、1μm~5μmである。また、金属マトリックスに対する硬質物の配合量は0.5~60.0Vol%とすることが好ましい。更に好ましくは5.0~40.0Vol%である。
これら硬質物の平均粒径、配合量及びその材質は、摺動部材の用途に応じて適宜選択可能とする。
【0028】
表面層に分散される硬質物はその硬さに傾斜があり、その硬さの傾斜は内側から表面に向けて漸減している。
硬さを漸減させることにより、表面層にかかる外力を効率よく吸収できる。換言すれば、硬さの変化が半径方向にステップ状であると、当該硬さが変化する界面で外力が跳ね返されるおそれがあり好ましくない。また、微小な硬質物において硬さをステップ状に形成することには手間がかかる。
硬質物の材質(化学的性質)を漸次変化させることにより、硬質物に硬さの連続的な傾斜を付与できる。その他、硬質物の物理的性質を漸次変化させることにより硬質物に硬さの傾斜を付与することもできる。
【0029】
硬質部の材質を漸次変化させるには、硬質物を構成する基材となる粒体の表面から当該基材の材料より軟質な材料を拡散させていく。これにより、硬質な材質からなる粒体において、その内側から表面に向かって軟質な材料の濃度が漸増する、軟質材料の拡散状態が得られる。拡散させる方法としては高温条件下(基材は固体、軟質材料は液体)で両者を接触させることで軟質材料を基材の材料に拡散させることが好ましい。その他、後者の微粒子を前者へ物理的に打ち込むことよっても拡散することができる。
硬質物において硬さの傾斜は、その全体に形成されてもその一部に形成されてもよい。また、硬さの傾斜は硬質物の中心からみて均一であっても不均一であってもよい。ここに、均一とは中心からみて等距離にある硬さが同じこと意味する。
【0030】
硬質物の全体に硬さの傾斜が形成される場合であっても、硬質物の一義的な役割は耐摩耗性を向上することにあるので、硬質物には本来の硬さを維持した部分が必要とされる。この明細書では、かかる部分を硬質領域Aと名付け、例えば硬質物がその本来の硬さを有する第1金属材料と比較的軟質な第2金属材料とからなるとき、硬質物の全体に対する第2金属材料の比率が9mass%以下である領域を硬質領域Aとしている。
硬質物において所定の大きさをかかる硬質領域Aが占めることで、硬質物に本来の耐摩耗性機能を付与できる。この硬質領域Aが占めるべき大きさは、当該硬質領域A自体の有する硬さや摺動部材の用途などにより適宜選択することができる。
【0031】
この明細書では、所望の断面における面積率をもってこの硬質領域Aの占める割合を定義し、その面積率を1%以上とすることが好ましいとしている。面積率の計算方法は特に限定されるものではないが、例えば、硬質物の所望の断面へ仮想的にピクセルを設定し、該ピクセル毎に元素分析して、第2金属材料の比率が上記範囲(9mass%以下)を示すピクセルの数をカウントする。その数と硬質物のピクセル全体の数との比をもって面積率とする
かかる観点からの、更に好ましい硬質領域Aの面積率は20%以上である。
硬質物において硬質領域Aの示す割合が大きくなりすぎると、即ちその面積率が大きくなりすぎると、応力緩和機能への影響が出るので、この発明では硬質領域の面積率は35%以下が好ましいとしている。
かかる観点からの、更に好ましい硬質領域Aの面積率は30%以下である。
【0032】
硬質物の材質に変化を与えるため、硬質物は2種類以上の金属材料で形成することが好ましい。第1金属材料は硬質物に本来要求される硬さを備えるものとする。第2金属材料は第1金属材料よりも軟質なものを選択し、これを第1金属材料からなる粒体へその表面側から浸透させることにより、第2金属材料の濃度の傾斜(即ち、硬さの傾斜)を形成する。
ここに第1金属材料には、銅(Cu)、銀(Ag)、マンガン(Mn)及びニッケル(Ni)等の金属若しくはこれら金属の合金を用いることができる。この第1金属材料は金属マトリックスの材料より硬いものとする。
第2金属材料には、第1金属材料より軟質であって第1金属材料に拡散可能なものを選択する。かかる第2金属材料としてIn、Sn、Pb、Bi、Sb及びZn等の金属及びこれらの合金を挙げることができる。
【0033】
第1及び第2金属材料に加えて、第3成分を硬質物に加えることもできる。
第3成分として第3金属材料を加えることができる。この第3金属材料は第1金属材料又は第2金属材料へ拡散する場合もあるし、単独で存在する場合もある。
第3成分として無機材料を加えてもよい。例えば、硬質物にポーラスシリカを内蔵させることにより、硬質部の耐熱性が向上する。
硬質物の形状も任意に選択できる。
図2に示すような球状に限定されず、楕円球状や棒状のものを採用することもできる。
【0034】
以下、基材層の上に表面層を形成する方法について説明する。
<金属マトリックスと別個に硬さに傾斜のある粒体、即ち硬質物を準備する方法>
金属マトリックスより硬い第1金属材料からなる粒体を準備する。
この第1金属材料と固溶体を形成できかつ第1金属材料より軟質な第2金属材料を融解した湯を準備する。この第2金属材料の湯を所定の温度に維持して、その中へ第1金属材料の粒体を浸漬し、所定の時間、所定の方法で撹拌する。これにより、第1金属材料からなる粒体の表面からその内部へ第2金属材料が拡散し、第2金属材料に濃度傾斜のある、即ち硬さに傾斜のある粒体、即ち硬質物が得られる。
基材層の表面へ金属マトリックスを電解めっきにより形成する際、この硬質物を基材層側へ強制的に供給することにより、金属マトリックス内に硬質物が取り込まれ、かつ分散される。
上記において、ポーラスシリカなどの多孔質無機材料を第3材料として硬質物に含ませることができる。この場合、多孔質無機材料を第1金属材料の湯に浸漬することにより、予め多孔質無機材料を内蔵する第1金属材料の粒体を準備し、上記にならって、これを第2金属材料の湯に浸漬する。
【0035】
<金属マトリックスへ硬質物を共析させる方法>
硬質物の硬さを担保する第1金属材料(例えばCu)とこの第1金属材料より軟質で、これとの固溶体を形成しない第2金属材料(例えばBi)とを準備する。この第2金属材料が金属マトリックスとなる。
第1金属材料と第2金属材料とをめっき源として、これらを用いて同時に基材層の表面に電解めっきを施す。両金属材料は固溶体を形成しないので、めっき条件(メタンスルホン酸浴、浴中Cu濃度(g/L)、浴温、電流密度、浴調整完了からめっきに使用するまでの保管期間)を調整することにより、形成されためっき層(表面層の前駆層)において、第2金属材料をマトリックスとしてその中に粒体状の第1金属材料が分散した状態となる。
第1金属材料と第2金属材料との比率は摺動部材に要求される特性に応じて任意に設計可能であるが、例えば体積比率で、第1金属材料:第2金属材料=1:1.5~1:10とすることが好ましい。
このようにして得られた前駆層の上に、第1金属材料及び第2金属材料と固溶体を形成可能な第3金属材料(例えばSb)の層を電解めっきにより形成する。
第3金属材料と(第1金属材料+第2金属材料)との比率は摺動部材に要求される特性に応じて任意に設計可能であるが、例えば体積比率で、前者(第3金属材料):後者(第1金属材料+第2金属材料)=1:3~1:15とすることが好ましい。
かかる積層体を所定の温度まで昇温して、所定時間維持すると、第3金属材料が仲介して、粒体状の第1金属材料中に当該第3金属材料とともに第2金属材料が拡散する。これにより、第2金属材料からなる金属マトリックス内に硬質物が分散した状態となる。この硬質物は硬質な第1金属材料の表面側から比較的軟質な第2金属材料及び第3金属材料が拡散したものであるので、硬質物において、第1金属材料にそれより軟質な第2金属材料及び第3金属材料が濃度の傾斜をもって拡散し、その濃度の傾斜は内側から表面にむかって漸増した状態となる。ここに、第3金属材料も第1金属材料より軟質とすることが好ましい。
上の説明では金属マトリックスその他の層を電解めっきで形成しているが、スパッタ法その他の方法でこれらを形成することもできる。
【実施例】
【0036】
実施例の摺動部材は、例えば
図1に示す断面構造とした。より具体的には、鋼裏金上に銅系の軸受合金層をライニングしてバイメタルを製造し、このバイメタルを半円筒状又は円筒状に成形した。その後、軸受合金層の表面をボーリング加工して表面仕上げをした。次に、半円筒状又は円筒状の成形物の表面を洗浄した(電解脱脂+酸洗浄)。これにより基材層3(厚さ:1.5mm)が形成された。
このようにして得られた基材層3の上面に表面層(約15μm)が積層された。
【0037】
実施例1~3の表面層は次のようにして形成した。
第1金属材料からなる粒体(平均粒径:3.6μm)を準備し、これを液状の第2金属材料からなる湯に1時間浸漬し、撹拌した。これにより、第1金属材料からなる粒体に第2金属材料を拡散させた。なお、第1金属材料からなる粒体の平均粒径は、材料提供者(材料メーカ)のカタログによる(以下同じ)。
基板層へ金属マトリックス材料を電解めっきする際に、このようにして得られた硬質物を基板層の近傍へ供給した。供給の方法は、めっき浴をバブリングする際に供給するエアに硬質物を巻き込ませることによる。
なお、比較例1~3では、第1金属材料と第2金属材料からなる合金粒体を準備して、金属マトリックス材料を電解めっきする際に、上記と同様にして合金粒体を巻き込ませた。
【0038】
実施例4~9の表面層は次のようにして調製した。
第1金属材料としてCuめっき源、第2金属材料としてBiめっき源、第3金属材料としてSbめっき源を準備した。
Cuめっき源とBiめっき源とを共に用いて、基板層の表面を被めっき面として、電解めっきを行った。
これにより、基板層の表面に表面層の前駆層(13μm)が形成された。この前駆層において、Biを金属マトリックスとしてCuの粒体が共析した状態となった。両者は体積比率でCu:Bi=7:13であった。
次に、Sbめっき源を用いて、前駆層の表面にSb層(2μm)を積層した。
このようにして得られた積層体を表2の条件で熱処理した。
なお、この熱処理は選択する材料や表面層に求められる条件によって任意に選択できることはいうまでもない。
かかる熱処理により昇温された積層体において、Sbが前駆層へ拡散していき、粒体状のCuに集中してその中へも拡散した。Sbは、Biに比べて、Cuとのなじみがよい(反応性が高い)からである。Cuの粒体へSbが拡散する際、周囲のBiを巻き込んでいると考えられる。その結果、表1に示すとおり、Cuの粒体内にSbに加えてBiが拡散した。
比較例4-1では、Cu,Bi,Sbからなる合金粒体を準備し、またBiとSbをめっき源として、比較例1~3と同様に表面層を形成した。
比較例4-2では、前駆層の上にSbを積層しない状態で実施例4と同じ条件(140℃×5時間(空気中))で加熱した。Cuからなる硬質物へのBi材料の拡散は見られなかった。
【0039】
表1は各実施例及び比較例の摺動部材の試験結果を示す。
【表1】
【表2】
【0040】
表1において、硬さに傾斜を設けた実施例1~4の硬質物は、それぞれ硬さに傾斜のない比較例1~4の硬質物に比べて、耐疲労性が向上している。
また、実施例4及び5と実施例6~実施例9の結果より、硬質領域の面積率を1~35%とすると、耐疲労性の向上がみられる。
更には、実施例6と実施例9との比較より、硬質物においてその表面から硬質領域Aまでの距離Lを0.07μm以上とすると、耐疲労性の向上がみられる。
【0041】
表1において、硬質領域Aの面積率は次のようにして求めた。
最初に基材層と表面層との界面を特定した。
摺動部材の断面を電子顕微鏡にて観察した。摺動部材の最表面に摺動方向に沿って等間隔に測定点を10点設定し、この点から当該最表面に垂直な垂直線を10本引いた。次に、各垂直線が基板層に交わるまでの長さ、即ち表面層の厚さを測定し、その平均値を演算した。このとき、測定された表面層の厚さの中に、平均値の±5%以上のものがある場合、これを異常値として除外し、再度平均値を演算した。
この異常値は主に、基材材質と表面層中の硬質物の材質が類似している場合に現れた。測定方法の都合上、硬質物が基材層と接触している場合に、硬質物が基材層表面の粗さと認識されてしまうことがあるため、これを異常値として検出する必要があった。このようにして、基材層と表面層との界面を特定した上で、第2金属材料の濃度が9%以下の領域(硬質領域A)の面積率を算出した。
【0042】
基材層と界面が特定された表面層の範囲について元素分析を行った。元素分析はJXA―8530F フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(日本電子株式会社製)を用いた。元素分析の解像度は、1つのピクセルが0.05μm×0.05μmとした。次に、第2金属材料の濃度を3区分し、濃度100~95%の領域(金属マトリックスの領域)、濃度95%未満~9%より上の領域(軟質領域B)、濃度9~0%の領域(硬質領域A)を検出した。以下の計算式で第2金属材料の濃度9~0%の領域(硬質領域A)の面積率を算出した。
硬質物における第2金属材料の濃度9~0%の領域(硬質領域A)の面積率=
(第2金属材料濃度9~0%の領域の面積(硬質領域A)×100)/(濃度95%未満~9%より上の領域の面積(軟質領域B)+濃度9~0%の領域(硬質領域Aの面積)
ここで面積は、ピクセルの数に対応する。
【0043】
表1において、硬質物の表面から硬質領域Aまでの距離は次のようにして求めた。
Bi濃度100~95%の領域(金属マトリックスの領域)と、濃度95%未満~9%より上の領域(軟質領域B)との界面を画像解析し、これを硬質物第1界面とした。この硬質物第1界面を硬質物の表面と定義する。同様に、濃度95%未満~9%より上の領域(軟質領域B)と濃度9~0%の領域(硬質領域A)の界面を検出し、これを硬質物第2界面とする。
次に、硬質物の第1界面から第2界面までの距離を測定し、その中での最小値を硬質物の表面から第2金属材料の濃度9~0%の領域(硬質領域A)までの距離とする。
【0044】
耐疲労強度は次のようにして求める。
下記条件で試験をして耐疲労性を評価する。
軸受内径:53mm
軸受巾:15mm
回転数:3250rpm
潤滑油:VG22
軸材質:S55C
試験時間:20時間
試験では、面圧を5MPaずつ上げて試験し、クラックが発生しない最大面圧を評価値とした。
最大面圧は、摺動面にクラックが発生する直前の面圧の値とする。サンプル表面の表面層にクラックが発生したら疲労したと判断する。
【0045】
この発明は、上記発明の実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本発明の摺動部材を用いた内燃機関等の軸受機構使用装置は、優れた摺動特性を発揮する。