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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-16
(45)【発行日】2022-09-28
(54)【発明の名称】NMR分光法による異核種定量測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/00 20060101AFI20220920BHJP
   G01R 33/46 20060101ALI20220920BHJP
【FI】
G01N24/00 530B
G01R33/46
G01N24/00 530J
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020570638
(86)(22)【出願日】2019-03-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-06-24
(86)【国際出願番号】 EP2019055520
(87)【国際公開番号】W WO2019170717
(87)【国際公開日】2019-09-12
【審査請求日】2022-01-27
(31)【優先権主張番号】102018203434.6
(32)【優先日】2018-03-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520341533
【氏名又は名称】ブルーカー バイオスピン ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】Bruker Biospin GmbH
【住所又は居所原語表記】Silberstreifen 4, 76287 Rheinstetten, GERMANY
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【弁理士】
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【弁理士】
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(72)【発明者】
【氏名】ディール,ベルント ヴィリ カール-ハインツ
【審査官】谷垣 圭二
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-232079(JP,A)
【文献】国際公開第2019/001835(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/015463(WO,A1)
【文献】特開2012-220499(JP,A)
【文献】特開2012-058200(JP,A)
【文献】特開2012-177643(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00-24/14
G01R 33/00-33/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
NMR分光計を使用した試験試料中の分析対象の定量測定方法であって、前記方法は、
規定量の前記試験試料を規定量の重水素化溶媒に溶解させることにより試料溶液を準備する工程と、
第1および第2のNMR活性核種に関する校正係数を決定することによって前記NMR分光計を校正する工程であって、前記第1のNMR活性核種が前記重水素化溶媒の構成要素であり、前記第2のNMR活性核種が前記分析対象の構成要素である工程と、
前記試料溶液に対して第1のNMR実験を行って前記第1のNMR活性核種の共鳴周波数を決定することにより第1のスペクトルを生成する工程と、
前記試料溶液に対して第2のNMR実験を行って前記第2のNMR活性核種の共鳴周波数を決定することにより第2のスペクトルを生成する工程と、
前記第1および第2のスペクトルのシグナルならびに前記校正係数を考慮して、前記試料溶液中の分析対象の質量を算出する工程と
を含み、
前記第1のNMR活性核種と前記第2のNMR活性核種とは、互いに異なり、
既知量の前記第1のNMR活性核種と前記第2のNMR活性核種とを含む校正溶液中の前記第1のNMR活性核種および前記第2のNMR活性核種の共鳴周波数を決定し、2つの校正スペクトルを生成し、前記校正スペクトルにおける前記第1のNMR活性核種のシグナルと前記第2のNMR活性核種のシグナルとを比較することによって前記校正係数を決定し、
前記第1および前記第2のNMR実験ならびに前記校正係数の決定を、同じNMR分光計を使用して行う、
方法。
【請求項2】
前記第1のNMR活性核種がHである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記重水素化溶媒が、DO、DMSO-d、CDCl、アセトン-d、アセトニトリル-d、およびベンゼン-dから選択される少なくとも1つである、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
前記試料溶液を、NMR測定に適した容器、例えばNMR管において準備する、請求項1から3のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NMR分光計を使用した試験試料中の分析対象の定量測定方法であって、分析対象の溶解に使用する重水素化溶媒を内部標準として使用する方法、本発明の方法において使用するための基準物質、および重水素化合物の重水素化率の決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核磁気共鳴分光法(以下、NMR分光法ともいう)は、有機化合物の構造を解明するための基本方法のうちの1つである。これは、多数の元素の原子核がゼロではない核スピンを有しているという事実に基づいており、印加された外部磁場の下で生じる角運動量により、原子の化学環境について説明することができる。
【0003】
12Cや16Oなどの核スピンがゼロ(I=0)の原子は、NMR分光法では検出することができない。対照的に、ゼロ以外の核スピンを有する全ての原子は、NMR分光法を利用することができる。核スピンIが1/2の値である場合には、m=+1/2とm=-1/2の2つしか可能な固有状態が存在しないため、これが最も有利である。可能な状態の数は、式:2I+1に従って算出される。そのため、有機化学においてNMR分光法が使用される場合には、H、13C、15N、19F、29Si、31P、および77Seの核種が最も適している。
【0004】
単なる構造解析に加え、NMR分光法は、調べる化合物、つまり分析対象の定量測定にも使用することができる。定量的NMR分光法では、試料溶液に含まれる分析対象の量は、分析対象のシグナル強度と、同時に測定される基準物質のシグナル強度とを比較することにより算出される。通常、内部標準が基準物質として試料溶液に添加される。その純度は既知であり、そのシグナルは分析対象のシグナルと重なり合っていてはならない。基準物質は外部標準としても使用することができる。以下、NMR分光法で使用される基準物質を「標準」ともいう。
【0005】
NMRスペクトルの定量的評価では、分析対象のシグナルと基準物質のシグナルとは別々に積分される。シグナルがスペクトルに現れる各原子は、シグナルの積分に均等に寄与するため、原子の数は積分に、つまり積分面積に比例するとみなされる。試料溶液中に含まれる分析対象の質量は、積分比から、分析対象および基準物質の質量およびモル質量、ならびにシグナルが積分された原子の数を考慮することによって算出することができる。
【0006】
他のクロマトグラフィー法とは対照的に、定量的NMR分光法は、標準として使用される基準物質が測定される分析対象と同一である必要はない。分析対象および標準は、NMR実験でシグナルが記録される同じ種類の原子(同じ核種)を含むことのみ必要とされる。これにより、上述した内部標準の使用が可能になり、この内部標準は、理想的にはNMRスペクトルでそのシグナルが分析対象のシグナルと重なり合わないように選択される。(測定または秤量により決定される)規定量の分析対象および標準を、通常は重水素化されている十分な量の溶媒に溶解させ、その後NMR分光計で測定する。この方法では、使用する溶媒の正確な量を知る必要がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】独国特許出願公開第102012204701号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
調べるそれぞれの核種に対して、程度の差はあるものの適切な標準(標準物質)が存在しており、それらは通常は厳密に規定された標準溶液として保管されている。同じ試料についてさらなる核種を測定しようとする場合には、厳密に規定された標準溶液を調製して正確な量を使用する必要があるため、追加の標準を添加しなければならず、これには時間がかかる。さらに、これらの追加の標準溶液の純度を定期的に確認する必要もあり、これは追加の手間となる。
【0009】
様々な標準の数および作業負荷を軽減し、かつ有機分子の最も重要なNMR活性核種のための汎用的な標準を提供するために、独国特許出願公開第102012204701号明細書では、炭素原子および水素原子に加えて、リン原子、窒素原子、およびフッ素原子が含まれる多核種標準が提案された。単一の標準を使用することにより、追加的に手を加えることなく同じ試料で複数の核種を測定することができる。多核種標準のさらなる利点は、中に含まれる全ての種類の原子が常に正確な化学量論比で存在するため、標準の中の原子の比率を決定する際に秤量誤差が生じ得ないことである。
【0010】
しかしながら、特にナトリウム(Na)、カリウム(K)、塩素(Cl)、臭素(Br)、またはアルミニウム(Al)などの無機アニオンおよびカチオンの範囲からの他の活性核種の測定が望まれる場合には、標準としての使用に利用できる適切な物質は存在しない。Naは、KやCaのように単純なカチオンとしてのみ存在する。ヨウ素(I)、Br、およびClの種は、水溶液または有機溶液中ではアニオンとしてのみ安定である。原則として、Clのみ過塩素酸塩の形態で内部標準として使用することができる。対照的に、ヨウ化物の存在下では過ヨウ素酸塩は反応性が高すぎて測定できないため、外部標準としてしか使用できず、これは付随する欠点を有している。この場合、検量線を引かなくてはならず、これは手間がかかる多くの基準測定を招く。NMR分光法において外部校正を用いるもう1つの重大な問題は、規定容積の測定セルを利用できないことである。例えばHPLCクロマトグラフィーでは、そのようなセルがUV検出に使用されており、この場合、永続的に利用可能な測定セルまたは交換用に標準化されたキュベットが使用されている。市販のNMR測定管の容積は規格化されておらず、品質に応じて0.5~10%の誤差が生じる。あるいは、同じ管を各測定に使用できるものの、これは時間のかかるすすぎ洗いや品質検査をもたらすため、特に連続測定やルーチン測定では実用的ではない。
【0011】
これらの欠点を克服するための過去のいずれの試みにおいても、それぞれの定量測定は、大きな不確実性因子を伴う少なくとも2回目の測定を必要とした。ERETIC(electronic reference to access in vivo concentrations)法では、照射された電気的基準シグナルを定量に使用することが試みられた。しかし、これは容積のばらつきの問題のため失敗した。PULCON(pulse length based concentration determination)法を使用しても、NMR管の平均容積の標準偏差で許容されるよりも正確な結果は得られなかった。第2の問題は、各NMR管を感度に関して個別に調整しなければならないこと、いわゆる「チューニングおよびマッチング」である。容積のばらつきおよびマッチングは、測定の不確実性を増大させる。
【0012】
したがって本発明の目的は、上述した定量的NMR分光法の欠点を克服し、全てのNMR活性核種を簡便であるが正確な形で定量測定できる核磁気共鳴分光法、すなわちNMR分光法を提供することである。本発明のさらなる目的は、NMR分光法での使用に必要な規定された基準物質を提供することである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】DO中のヘパリンNaのH NMRスペクトルの図。
図2】DO中のヘパリンNaの23Na NMRスペクトルの図。
図3】異なる濃度のヘパリンNaを用いた23Na NMRスペクトルの図。
図4】細部を拡大したDMSO-dH NMRスペクトルの図。
図5】DMSO-dH NMRスペクトル(左)、および図4の対応するH NMRスペクトルとの拡大された重なり(右)の図。
図6】重水素化DMSO-dの重水素化率を決定するグラフ。
図7】DMSO-dとCDClとの混合物のH NMRスペクトル(左)および対応するH NMRスペクトル(右)の図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
この課題は、請求項1に規定の、NMR分光計を使用した試験試料中の分析対象の定量測定方法により解決される。本発明の方法は、
規定量の試験試料を規定量の重水素化溶媒に溶解させることにより試料溶液を準備する工程と、
第1および第2のNMR活性核種に関する校正係数を決定することによってNMR分光計を校正する工程であって、第1のNMR活性核種が重水素化溶媒の構成要素であり、第2のNMR活性核種が分析対象の構成要素である工程と、
試料溶液に対して第1のNMR実験を行って第1のNMR活性核種の共鳴周波数を決定することにより第1のスペクトルを生成する工程と、
試料溶液に対して第2のNMR実験を行って第2のNMR活性核種の共鳴周波数を決定することにより第2のスペクトルを生成する工程と、
第1および第2のスペクトルのシグナルならびに校正係数を考慮して、試料溶液中の分析対象の質量を算出する工程と
を含み、
第1のNMR活性核種と第2のNMR活性核種とは、互いに異なり、
既知量の第1のNMR活性核種と第2のNMR活性核種とを含む校正溶液中の第1のNMR活性核種および第2のNMR活性核種の共鳴周波数を決定し、2つの校正スペクトルを生成し、校正スペクトルにおける第1のNMR活性核種のシグナルと第2のNMR活性核種のシグナルとを比較することによって校正係数を決定し、
第1および第2のNMR実験ならびに校正係数の決定を、同じNMR分光計を使用して行う。
【0015】
本発明は、定量的NMR分光法において、試料溶液の調製に使用される重水素化溶媒を内部標準としても使用することができ、これにより試料溶液中の全てのNMR活性核種を定量測定できるという本発明者らの発見に基づくものである。したがって本発明の方法は、使用される標準の構成要素ではない核種の定量的な検出にも使用することができる。以下、この手法を「異核種定量測定」または「異核種定量」ともいう。
【0016】
したがって本発明の方法は、第1のNMR活性核種と第2のNMR活性核種とが互いに異なることを特徴とする。「第1」または「第2」のNMR活性核種という呼称は、2つの異なるNMR活性核種を区別する役割のみを果たす。
【0017】
このため本発明は、使用される標準と測定される分析対象との双方で同じ核種が定量的に検出される通常の定量的NMR分光法の実施とは対照的である。したがって、区別のために、通常の定量的NMR分光法は、「同核種定量測定」または「同核種定量」と表すことができる。
【0018】
本出願の趣意におけるNMR活性核種は、ゼロではない核スピンを有しており、そのためNMR分光法で検出することができる、単核種元素または元素の様々な同位体の全ての核種、すなわち原子核である。
【0019】
本発明の方法は、複数の物質の混合物(試験試料)における特定の物質(分析対象)の割合の決定に役立つ。
【0020】
本発明の方法で定量的な記述を行えるようにするためには、測定する試料溶液を調製する際に、規定量の試験試料を規定量の重水素化溶媒に溶解させなければならない。規定量の試験試料および重水素化溶媒は、必要な体積を測定するか、必要な質量を秤量することにより、互いに独立に得ることができる。したがって、試料溶液に含まれる試験試料および重水素化溶媒の質量は既知である。
【0021】
試験試料を重水素化溶媒に溶解させるとの規定は、試験試料を好ましくは溶媒に完全に溶解させることを意味する。ただし、試験試料に含まれる分析対象のみが完全に溶解していることのみでも十分である。
【0022】
試料溶液は、好ましくはNMR管などのNMR分光法の実施に適した容器の中で準備される。
【0023】
重水素化溶媒として、DO、DMSO-d、CDCl、アセトン-d、アセトニトリル-d、ベンゼン-dを好ましく使用することができるが、原則として全ての重水素化溶媒を使用することができる。使用される重水素化溶媒は、溶媒への試験試料または分析対象の溶解度または溶媒の不活性挙動などの様々なパラメータに基づいて適切に選択することができる。
【0024】
本発明の方法では、調製した試料溶液に対して2つのNMR実験が行われ、その際に第1のNMR活性核種の共鳴周波数と第2のNMR活性核種の共鳴周波数とが別々に決定され、その結果が、対応するNMRスペクトルに示される。第1および第2のNMR実験が行われる順序は、原則として重要ではない。しかしながら、2つのNMR実験は同じ試料溶液で行わなければならない。これは、試料溶液中での重水素化溶媒の割合と分析対象の割合との比が、2つのNMR実験間で変化も変更もしてはならないことを意味する。その場合のみ、試験試料中の分析対象の量に関して定量的な記述を行うことができる。
【0025】
NMR活性核種が「重水素化溶媒の構成要素である」という記述は、この核種が溶媒の式(全分子式)で表されることを意味する。同様に、NMR活性核種が「分析対象の構成要素である」という記述は、この核種が分析対象の式(全分子式)で表されることを意味する。例えば、重水素化溶媒としてDOが使用される場合、重水素(H)は重水素化溶媒の構成要素である。分析対象が例えばエタノール(COH)である場合、炭素(C)および水素(H)はどちらも分析対象の構成要素である。
【0026】
しかしながらこれは、これらの核種の一方または双方が双方の合計の式で表されることを排除するものではない。例えば、重水素化溶媒としてアセトン-dを使用する有機炭化水素化合物の定量測定が本発明の方法を用いて行われる場合、炭素(C)は、重水素化溶媒と分析対象との双方の構成要素である。
【0027】
2つのNMR実験は通常の方法などで行われ、結果から、対応するNMRスペクトルが生成される。そのうちの1つでは内部標準として使用される重水素化溶媒のNMR活性核種のシグナルが示され、もう1つでは分析対象のNMR活性核種のシグナルが示される。例えば、第1のNMR実験でH NMRスペクトルを生成/作成することができ、第2のNMR実験でH NMRスペクトルまたは13C NMRスペクトルを生成/作成することができる。
【0028】
対照的に、通常の同核種定量測定では1回のみのNMR実験が行われ、内部標準のシグナルと分析対象のシグナルとの双方が示される単一のスペクトルのみが得られる。
【0029】
かくして、本発明の方法では、試験試料中の分析対象の定量測定に、2つの異なるNMR実験からの測定結果が使用される。2つのNMR実験は、異なる核種の共鳴が、異なる共鳴周波数で測定されるという点で異なる。定量的な記述のためには、この方法で得られた測定結果、すなわち異なるスペクトルからのシグナルの積分を直接比較することはできない。これについては以下で説明する。
【0030】
量子物理学に起因する現象は、同じ磁場強度での異なる共鳴周波数に起因する異なる核種の異なる感度である。この効果は、NMR分光法により検出される核種の磁気回転比γによって定量化され、感度値の形式で表される。これらの値は一般的に知られている。例えば、Hは最も感度の高い核種である。次に感度の高い核種は19Fであり、これはHよりも既に17%感度が低い。Hの感度は、Hと比較して既にわずか約1%(9.65×10-3)にすぎない。
【0031】
調査されるNMR活性核種がこの元素の天然に存在する同位体のみではない限り、天然に存在する同位体混合物中の調査される核種の相対頻度も関与する。この因子は、核種の感度と天然頻度との積である総合相対感度で考慮される。例えば、核種31P、19F、および23Naは100%モノアイソトピックである。有意な誤差なしで、Hも同様にモノアイソトピックとみなすことができる。他方で、例えば核種15Nおよび13Cの天然頻度を考慮しなければならない。これらの値は一般的に知られている。
【0032】
本発明の方法で内部標準として使用される重水素化溶媒は、通常、重水素含有量に関して非常に富化されており、重水素化率は99.5%~99.99%、すなわちほぼ100%である。あるいは、本発明の方法を使用して、HシグナルをHシグナルと比較することにより(および対応する校正係数を知ることにより)、使用される溶媒の重水素化率を容易に、迅速に、かつ確実に決定することができる。
【0033】
第1のNMR実験中にH NMRスペクトルが生成され、重水素化レベルが約100%である場合、HのNMRシグナル測定に対するHのNMRシグナル測定の総合相対感度は、約9.65×10-3である。
【0034】
上述した量子力学的および化学的な因子に加えて、装置固有の因子によっても、異なるNMR実験の測定結果を直接比較することが困難になる。この因子は測定装置の形状によって生じ、同じ設計の異なる機器を比較した場合であっても、各NMR分光計に個別特有のものである。よって、分光計のコイルの形状やその他のハードウェアパラメータが認識可能な影響を及ぼすことが判明した。したがって、装置固有の因子は、各NMR分光計について経験的に決定する必要があるものの、これはそれほど複雑ではない。測定装置に変更が加えられない限り、これは一定のままである。装置固有の因子の決定は、システム適合性試験(SST)の一部として行うことができる。
【0035】
装置固有の因子を考慮するためには、本発明の方法で使用されるNMR分光計を校正する必要がある。この目的のために、各NMR分光計について、そして第1のNMR活性核種と第2のNMR活性核種とからなる各核種ペアについて、校正係数が決定される。
【0036】
具体的には、校正係数は次の通りに決定することができる。最初に、適切な校正溶液を調製する。この溶液は、既知量の第1のNMR活性核種と第2のNMR活性核種とを含む。核種ペアH、Hについての校正係数を決定するためには、例えば、中に含まれるHOおよびDOの厳密な量が既知であるDO中のHOの溶液が適切であろう。
【0037】
その後、校正しようとするNMR分光計を使用することにより、校正溶液からH NMRスペクトルおよびH NMRスペクトルが生成される。
【0038】
2つのスペクトルのそれぞれのピークの積分を比較し、校正溶液中のHOおよびDOの既知量を考慮することにより、このNMR分光計およびこの核種ペアに固有の校正係数を算出することができる。
【0039】
Dと他の全ての活性核種Xとの間の校正係数を決定するための手順は、特別に合成された化合物を使用することでさらに簡略化することができる。これらの化合物は、化合物の化学構造の性質によって規定される量で、したがって規定のモル比で、核種DとXとの双方を含む。この比は既知であることから、試料を秤量する必要はない。そのような基準物質を、秤量された試料と重水素化溶媒とからなる分析溶液に任意の量で添加することができる。DおよびXについての固有のシグナルの絶対積分の比率から、それぞれの各測定で非経験的に校正係数が決定される。イソブタノール-dなどの適切な化合物の例を以下に示す。
【0040】
この校正係数は、使用されるNMR分光計の装置固有の因子のみならず、使用される核種ペアの上述した化学的および量子力学的因子も考慮したものである。校正係数は装置固有の特性も考慮するため、本発明による手順では、第1および第2のNMR実験ならびに校正係数の決定は、同じNMR分光計を使用することにより行わなければならない。
【0041】
したがって本出願は、本発明による異核種定量測定方法を行うためにNMR分光計を校正する方法も開示する。
【0042】
NMR分光計の校正は、第1および第2のNMR実験が行われる前に行われても後に行われてもよい。
【0043】
最後に、本発明の方法では、第1および第2のスペクトルのシグナルならびに校正係数を考慮して、試料溶液に含まれる分析対象の質量が算出される。これについては以下で詳しく説明する。
【0044】
本発明の方法では、重水素化溶媒の構成要素であり上記で第1のNMR活性核種と称されるNMR活性核種がH(水素の重水素同位体)であることが好ましい。
【0045】
これは、重水素原子H(またはD)の核スピンが1であるため、NMR分光法で検出できることを利用したものである。したがって、任意の重水素化溶媒を内部標準として使用することができる。Hの共鳴周波数はHの共鳴周波数よりも大幅に低く、周波数比Ξは15.40%である(CDCl中のTMS(テトラメチルシラン)の0ppmでのプロトン周波数に対して)ことに留意すべきである。
【0046】
上記で説明したように、Hの感度は比較的低く、H NMRシグナル測定の総合相対感度は、H NMRシグナル測定に対してわずか約1%(9.65×10-3)である。しかしながらこれは、NMR分光法では試料溶液中に溶媒が大過剰に存在するという事実によって埋め合わせられる。
【0047】
本発明の方法では、第1および第2のNMR実験がパルス方式で行われる場合、第1および第2のNMR実験の実施において用いられるパルスの数も、2つのスペクトルからのシグナルを比較する際に考慮しなければならない(積分値をパルス数で除す)。
【0048】
本発明の方法の最も大きな利点は、参照標準または基準物質として、さらには内部標準として溶媒が使用されることである。これにより、初めに述べたNMR管の容積のばらつきの問題が排除される。NMR分光法では溶媒が既に一般的に使用されているため、標準として追加の物質を添加する必要はない。ここで標準としても機能する溶媒は、(例えば厳密な体積を測定するか、または厳密な質量を秤量することにより)正確に測定することのみ必要とされる。この内部標準、すなわち溶媒は、周波数安定性を向上させるロック物質としても機能し得る。ここで好ましい物質は、例えばDOである。したがって、内部標準は同時に溶媒として機能し、さらにロック物質としても機能する。
【0049】
加えて、測定を校正するためには、すなわちH NMRスペクトルを記録するためには、通常単一のパルスで十分である。これにより、測定手順全体で約10秒の最小限の合計測定時間の延長しか生じない。
【0050】
以下、本発明による既知の同核種定量測定と異核種定量測定との双方について、化合物、すなわち試験試料に含まれる分析対象に関する定量的記述に使用できる試験試料のNMR分光分析実験の方法を詳しく説明する。使用される変数および定数を表1に示す。
【0051】
【表1】
【0052】
[同核種定量測定のための算出]:
適切な試料溶液を調製するために、既知の質量の試験試料mPGを既知の質量の内部標準mISと共に量り入れ、適切な溶媒に溶解させる。例えば、内部標準は、液体、固体、または適切な溶媒中の溶液であってもよく、正確に既知の割合の質量分率wRSで基準物質を含む。
【0053】
基準物質の構造は既知である。試験試料中の分析対象の構造も通常既知であり、あるいはNMRスペクトルから決定することができる。したがって、得られたNMRスペクトルで見られる個々のシグナル/ピークは、それぞれ基準物質と分析対象とに明確に帰属することができる。
【0054】
基準物質と分析対象との双方で、および各場合の選択されたピークで、それぞれのピークの下の面積に対応する積分IRSおよびIが決定される。さらに、それぞれのピークを生じさせた原子核の数を知らなければならない。例えば基準物質としてジメチルスルホンが使用される場合、H NMRスペクトル中でのピークは6個のH原子に起因する。単一のCH基のピークが分析対象の定量測定に使用される場合には、このピークの積分は3個のH原子の結果である。
【0055】
試料溶液中の基準物質の物質量nRSは、次の式(1)を使用して、内部標準の秤量した質量mIS、内部標準中の基準物質の質量分率wRSおよびその分子量MRSを用いて算出することができる:
RS[mmol]=(mIS[mg]×wRS[%])/(MRS[g/mol]×100) (1)
【0056】
試料溶液中の分析対象の物質量nは、次の式(2)を使用して、内部標準中の分析対象および基準物質のそれぞれの1つのピークの積分IとIRSとを比較し、それぞれのピークの原因の原子数ZAとZARSとを考慮することにより算出することができる:
[mmol]=(I×ZARS×nRS[mmol])/(IRS×ZA) (2)
【0057】
試料溶液中の分析対象の質量分率wは、次の式(3)を使用して、試料溶液中の分析対象の物質量n、そのモル質量M、および試験試料の秤量した質量mPGから算出することができる:
[%]=(M[g/mol]*n[mmol]*100)/mPG[mg] (3)
【0058】
[異核種定量測定のための算出]:
適切な試料溶液を調製するために、既知の質量の試験試料mPGを既知の質量の重水素化溶媒mISと共に量り入れ、その中に溶解させる。内部標準として重水素化溶媒を使用しているため、試料溶液に別の物質を添加する必要はない。
【0059】
試料溶液から、好ましくはH NMRスペクトル(適切な数のパルスNSRSを使用)と追加の別のNMRスペクトルが記録される。追加のNMRスペクトルは、通常、Hまたは13C NMRスペクトルなどの、分析対象の決定に適したNMRスペクトル(適切なパルス数NSを使用)である。
【0060】
当然、重水素化溶媒、すなわち基準物質の構造は既知である。分析対象の構造も通常は既知であり、あるいはNMRスペクトルから決定することができる。したがって、得られたNMRスペクトルで見られる個々のシグナル/ピークは、それぞれ基準物質と分析対象とに明確に帰属することができる。
【0061】
H NMRスペクトルにおける基準物質および選択されたピークについて、積分IRSが決定される。同様に、追加のNMRスペクトルにおける選択されたピークの積分Iが決定される。同核種定量測定と同様に、それぞれのピークの原因の原子核の数を知る必要がある。
【0062】
試料溶液中の基準物質の物質量nRSは、次の式(1)を使用して、内部標準つまり重水素化溶媒の秤量した質量mIS、内部標準中の基準物質の質量分率wRSおよびそのモル分子量MRSを用いて算出することができる:
RS[mmol]=(mIS[mg]×wRS[%])/(MRS[g/mol]×100) (1)
【0063】
基準物質の質量分率wRSは、重水素化溶媒の純度と重水素化率から得られ、市場で入手可能な重水素化溶媒については既知である。
【0064】
試料溶液中の分析対象の物質量nは、次の式(2a)を使用して、内部標準中の分析対象および基準物質のそれぞれの1つのピークの積分IとIRSとを比較し、それぞれのピークの原因の原子数ZAとZARSとを考慮することにより算出することができる:
[mmol]=([I×係数(X,Y)/NS]×ZARS×nRS[mmol])/([IRS/NSRS]×ZA) (2a)
【0065】
NMRスペクトルでは、パルス数の増加に伴ってピーク面積(積分)が増加し、線形依存性であると見なすことができるため、上の式(2a)の積分IおよびIRSは、それぞれのパルス数NSおよびNSRS(スキャン数)との関連で設定される。
【0066】
さらに、式(2a)では、校正測定により決定することができる係数(X,Y)を考慮する。ここで、XおよびYは、HおよびHなどの2つのNMRスペクトルで検出される試料溶液中のそれぞれの核種を示す。
【0067】
試験試料中の分析対象の質量分率wは、次の式(3)を使用して、試料溶液中の分析対象の物質量n、そのモル質量M、および試験試料の秤量した質量mPGから算出することができる:
[%]=(M[g/mol]*n[mmol]*100)/mPG[mg] (3)
【0068】
本発明の方法では、第1および第2のNMR実験ならびに校正係数の決定は、同じNMR分光計を使用して行わなくてはならない。好ましくは、ピークの積分に影響を与えるそれぞれのNMR実験の他の全てのパラメータも、同様にこれらの測定中に変更されずに保持される。あるいは、これらのいくつかのパラメータの変化を数学的に考慮して補正することができる。
【0069】
アナログシグナルからデジタルシグナルへの変換を最適化できる対応するパラメータは、いわゆるRG(レシーバゲイン)である。このパラメータは、好ましくはNMR実験では1に設定される。原則として、評価に使用される積分はRGの線形関数であるため、様々なRGに対して数学的な補正が可能である。上の式2aでは、RGに関する補正を考慮しなければならない。
【0070】
NMR実験のもう1つの関連パラメータは、パルス角PWである。完全に緩和した状態では、核スピンによるZ磁化の合計は1に正規化される。X、Y磁化の強度は、励起の持続時間の関数であり、これは通常は10~200マイクロ秒の範囲である。これにより、Zベクトルは円運動する。励起継続時間に応じて、ベクトルはパルス角とも呼ばれる。励起の最大強度は90°パルスによって達成され、Z磁化の100%がX、Y磁化に変換される。励起時間が2倍になると、Z磁化は負になり、X、Y磁化は0になる。この場合、励起された核スピンの巨視的磁化は単位円を表す。ベクトル場では、X、Yの強度は正弦関数である。数学的に自明な理由のため、不正確なパルス角度設定またはパルス時間に起因して生じ得る誤差は、90°パルスで最も小さい。したがって、本発明による異核種定量のためには90°パルスが好ましい。それ以外の場合は、絶対積分の補正を行う必要があるであろう。同核種定量の場合には、PWは式から数学的に除かれるため役割を果たさない。
【0071】
もう1つのパラメータは、いわゆる緩和遅延D1である。これは2つのパルス(NS>1)間の実験的な待機時間を規定するため、NS>1の場合にのみ考慮する必要がある。この値は非常に大きいため、測定される双方の核種が確実に完全に緩和される。緩和時間は材料の特性であり、そのため全ての核種だけでなく異なる分子環境にある同核種のグループの中でも別々である。このパラメータは各定量で観察する必要があり、数学的に考察することはできない。従来のT1測定に加えて、D1なしのNMR実験に続いて単一の90°パルスを使用する簡単な試験が存在し、これを使用して、緩和遅延D1が十分に大きいか否かを確認することができる。
【0072】
本発明の方法を用いることにより、NMR分光法を主要な定量測定方法の水準にまで引き上げることができ、結果として秤量と同一視することができる。NMR実験は、天秤のように校正しか必要としない。
【0073】
イオン性の医薬有効成分の分析の分野では、分析されるアニオンまたはカチオンは、例えば単一のNMR分光分析で定性的および定量的のいずれでも決定することができる。
【0074】
重水素化溶媒を内部標準として使用する本発明の基礎となる原理は、重水素化合物の重水素化率を迅速かつ容易に決定することも可能にする。
【0075】
化合物の重水素化率は通常パーセンテージ(%)で示され、重水素原子で置換されている化合物中の水素原子の割合を示す。同様に、プロトン化率も規定することができ、重水素化率=1-プロトン化率である。
【0076】
したがって本発明によれば、第1の重水素化合物の重水素化率の決定方法も提供することができ、この方法は、
第1の重水素化合物と、重水素化率が既知である第2の重水素化合物との混合物を調製して、双方の重水素化合物を溶解させる工程と、
混合物からH NMRスペクトルを生成し、2つの重水素化合物それぞれの少なくとも1つのピークの積分を求める工程と、
混合物からH NMRスペクトルを生成し、同じピークの積分を求める工程と、
求めた積分値と第2の重水素化合物の既知の重水素化率とを使用して、第1の重水素化合物の重水素化率を算出する工程と
を含む。
【0077】
好ましい実施形態によれば、第1および第2の重水素化合物のうちの少なくとも1つは、NMR分光法用の重水素化溶媒である。
【0078】
第1の重水素化合物と第2の重水素化合物との混合比は、有意義なNMRスペクトルが得られる限り、厳密に知る必要はない。好ましい混合重量比は1:99~99:1であり、さらに好ましくは10:90~90:10であり、特に好ましくは30:70~70:30である。第1の重水素化合物と第2の重水素化合物とを約1:1の比で混合することが最も簡単であり、そのため特に好ましい。
【0079】
2つのスペクトルから、第1および第2の化合物の同じピークの積分が決定され、2つの化合物のそれぞれについて積分比D/Hが算出される。算出された積分比を使用し、第2の重水素化合物の既知のプロトン化率を考慮することで、第1の重水素化合物のプロトン化率を算出することができ、またこれから式(4)により第1の重水素化合物の重水素化率を算出することができる。
{D}Vb1=100-({H}Vb2×(IntHVb2/IntDVb2)/(IntHVb1/IntDVb1) (4)
式中:
{D}Vb1=第1の重水素化合物の重水素化率
{H}Vb2=第2の重水素化合物のプロトン化率
IntHVb1H NMRスペクトルにおける第1の重水素化合物のピークの積分
IntDVb1H NMRスペクトルにおける第1の重水素化合物の同じピークの積分
IntHVb2H NMRスペクトルにおける第2の重水素化合物のピークの積分
IntDVb2H NMRスペクトルにおける第2の重水素化合物の同じピークの積分
【0080】
この重水素化率の決定方法の利点は、とりわけ、厳密な混合比を知る必要もなく、上述した量子力学的な、化学的な、または装置固有の因子を知る必要もないことである。特にこの方法を使用して、NMR分光法用の溶媒の重水素化率を容易かつ正確に決定することができる。
【0081】
本発明のNMR分光法による異核種定量測定方法では、上述したように、使用するNMR分光計の1回限りの校正が必要である。この目的に必要な校正溶液は、既知量の第1のNMR活性核種と第2のNMR活性核種とを含んでいるため、2つの適切な化合物を厳密に測定することにより調製することができる。
【0082】
あるいは、構造式中に2つの核種を規定数で含む化合物を校正に使用することもできる。例えば、2つの核種がHおよびHである場合には、適切な化合物は、アセトン-dの還元によって得られるイソプロパノール-d、(CDCHOHであろう。この化合物は、核種HおよびHが十分に規定されており一定である6:2の比率を有しているため、この化合物を基準物質として使用する場合には正確な測定の必要がない。
【0083】
これに基づいて、規定数の重水素原子に加えて、炭素、窒素、リン、フッ素、ケイ素、ホウ素、セレンなどの、NMR分光法により検出可能な1つ以上の追加の核種を含む、さらなる化合物が考えられる。
【0084】
校正における基準物質として使用できるそのような化合物の例は、イソプロパノール-dのリン酸エステルである:
【0085】
【化1】
[式中、リンは他の酸化状態も有していてもよい(ホスホン酸エステルなど)]。
【0086】
基Rは、他のNMR活性核種、特にフッ素、ケイ素、およびホウ素が基準物質の一部となるように選択することができる。R=イソプロピル-dである場合、重水素、水素、およびリンの測定における校正用の基準物質としてのみに適した化合物が得られる。以下の化合物では、基Rは、規定数のフッ素原子も基準物質が含むように選択されたため、フッ素含有化合物を測定する際の校正にも適した基準物質が利用可能である:
【0087】
【化2】
【0088】
本発明のNMR分光法による異核種定量測定方法の原理に基づいて、上述したような化合物、すなわち、規定数の重水素原子と、NMR分光法により検出可能な規定数の少なくとも1つの追加の核種とを構造式中に含む化合物の、異核種定量測定のためのNMR分光計の校正への使用がさらに提供される。
【0089】
上記で説明したように、本出願は、本発明による異核種定量測定方法を行うためにNMR分光計を校正する方法も開示する。したがって、かかる校正方法における上述した化合物の使用も同様に開示される。
【0090】
基準物質として使用される化合物は、室温またはわずかに高い温度で液体であることが特に好ましい。これにより、化合物を純物質として使用することが容易になる。
【0091】
ここでの定量的異核種NMR分光法は、構造が明確な有機分子の自然な化学量論に起因する純粋な数学的原理のみを参照する。このシステムは、量子天秤として説明することができ、そのため主要な完全な分析方法であり、実際の適用では主要な比較方法となる。
【0092】
本発明の方法を用いることで、従来使用されてきた特定の基準物質を添加することなく、定量的なNMR分光法を行うことができる。
【0093】
このような「基準を使用しない分析」の重要な分野は、診断または科学捜査である。参照として溶媒DOを使用すると、例えば従来の方法と比較して血中アルコールの測定を大幅に改善することができる。NMR分光法による血中アルコール濃度の測定に関しては、独国特許第102012224334号明細書が参照される。
【0094】
上述した溶媒の重水素化率の決定と同様に、複合的なH/H NMR法により、血液および血漿試料中の水分量を直接測定することができる。そのため、共通の基準を要することなく血液試料中の血中アルコールとしてのエタノールの含有量を直接測定することができ、1回の測定しか必要とされない。
【0095】
血液中の水および血中アルコールの定量測定に加えて、血液組成のさらに重要なパラメータが直接利用可能になり、すなわち、本発明の方法によって、こうしたパラメータを簡便かつ正確に定量測定することができる。これらとしては、とりわけグルコース、乳酸、特定のアミノ酸、またはADP/ATPが挙げられる。複雑なリポタンパク質のシグナルは、人間の血液の同一性の明確な証拠であり、検出して分光学的指紋を形成することもできる。これは、特に科学捜査の試料において、検査された物質の同一性および量を人間の血液として確認する。同様の方法で、適切な測定条件を使用することにより、液体エクスタシーとして知られているγ-ヒドロキシ酪酸などの他の代謝産物を検出することができる。
【0096】
本発明のさらなる利点および特徴は、実施形態の説明および図面から理解することができる。
【実施例
【0097】
[実施例1]-ヘパリンナトリウム中のナトリウムの測定
以下に、本発明の方法、すなわち異種核定量測定の例として、ヘパリンナトリウム中のナトリウムの測定を示す。
【0098】
この目的のために、ヘパリンNa溶液の16個の異なる試料(S1~S16)のナトリウム含有量を本発明の方法(NMR)によって測定し、原子吸光法(AAS)によるこの目的のために通常使用される測定で得た値と比較した。
【0099】
試料の調製のために、規定量のヘパリンNaを量り入れ、規定体積のDOに溶解させる。あるいは、規定量の適切な重水素化溶媒を秤量することもできる。重水素化溶媒として、DOの代わりにDMSO-dを使用してもよい。
【0100】
具体的には、本発明によるNMRによるNa測定は、欧州および米国の薬局方により要求されるH NMR調査に続く追加の実験として行った。この目的のためには、試料を追加で調製することなく既存の試料溶液を使用できるため、必要な追加時間は、1つの測定につき約2分のみであった。
【0101】
H NMRスペクトルを生成するためのNMR実験に要した時間は、10秒未満であった。DO中のヘパリンNaの例示的なH NMRスペクトルを図1に示す。これは、1パルスでProdigy型の500MHz分光計(Bruker Corporation製)で生成したものである。信号雑音比S/Nは17000である。
【0102】
23Na NMRスペクトルを生成するためにNMR実験に要した時間は、約2分であった。DO中のヘパリンNaの例示的な23Na NMRスペクトルを図2に示す。これは、128パルスで同じProdigy型の500MHz分光計(Bruker Corporation製)で生成した。信号雑音比S/Nは4900である。
【0103】
図3に示されている23Na NMRスペクトルでは、異なる濃度のヘパリンNaを有する異なる試料のNaシグナルが重ね合わされている。
【0104】
それぞれのH NMRスペクトルおよび23Na NMRスペクトルのシグナル(積分)に基づいて、かつ使用したNMR分光計の校正係数と核種ペア(H、23Na)とを考慮して、各試料中のNa含有量を決定した。
【0105】
以下の表1に、本発明の方法で得られた結果を、原子吸光分光法(AAS)による測定から得られた結果と比較して示す。
【0106】
【表2】
【0107】
NMR試験の結果は、測定精度の範囲内で、Naについて従来使用されているAAS法の結果と一致することが分かった。
【0108】
上述した手順は、例えば35Clや79Brなどの他の全ての活性なNMR核種に容易に転用することができる。
【0109】
[実施例2]-NMR溶媒の重水素化率の決定
NMR実験に適した溶媒は、より多く天然に存在する水素原子Hの代わりに重水素Hを非常に高度に含んでなければならない。従来のNMR実験では、「非常に高度」な仕様、すなわちDが99%を超えれば十分である。残りの1%はHである。
【0110】
この重水素化率を知ることは、本発明による異核種定量NMR法に重要である。重水素化率が99.95%を超えるDOなどの非常に高度に重水素化された溶媒の場合、0.05%のHの割合は重要ではなく、測定の不確実さの決定にのみ影響を及ぼす。NMR分光法はH(D)およびHの双方の核種の測定に使用できることから、重水素化率の厳密な測定にはこれが必然的によく適している。積分比D/Hは重水素化率に正比例する。重水素化されていない同じ溶媒を添加して適切な算出を行うことにより、必要な校正を簡便に行うことができる。
【0111】
以下、重水素化DMSO-d(CD-SO-CD)の例でこれを示す。メーカーによれば、この実施例で使用されるDMSOdの重水素化率は約99.5%である。したがって、一部のDMSO分子は2つの同一のCD基を含まず、CDHまたはCDH基も含む。H NMRスペクトルでは、基CDHのシグナル(D,Hカップリングによる五重線)とCDHのシグナル(D,Hカップリングによる三重線)とを別々に表示することができる(図4を参照)。H NMRスペクトルでは、主要なCD基のみ見ることができる(図5を参照)。
【0112】
図4では、左側にDMSO-dH NMRスペクトルが示されている。図4の中央には、CHD基の三重線が垂直方向に拡大して示されている。この試料に重水素化されていないDMSOを添加した後、CH基の一重線は高磁場にシフトしたように見える。いわゆる重水素同位体効果により、重水素あたり同じ量だけH共鳴が高磁場に等距離シフトする。
【0113】
硫黄にあるCH基も分離されたシグナルとして示されるため(D,Hがないため一重線)、内部標準として標準的な添加で通常のDMSOを使用することは、この場合、DMSO-d中のプロトンの量を正確に決定するのに適している。この方法で非常に厳密に決定できる残留プロトンの量を知ることにより、重水素対水素の比率の校正を容易に行うことができる。したがって、重水素化率に関してこのようにして厳密に規定された重水素化溶媒は、本発明の方法における異核種定量化のための標準として使用することができる。
【0114】
図5は、DMSO-dH NMRスペクトル(左側)、および図4の対応するH NMRスペクトルとの拡大された重なり(右側)である。13C NMRを付随して示すために、右のスペクトルは垂直方向に拡大されている。
【0115】
この実施例で使用される重水素化DMSO-dに重水素化されていないDMSOを様々な規定量で添加した後、得られた混合物をそれぞれNMR分光法により測定し、積分比D/Hを決定し、その後得られた比D/Hを、添加した重水素化されていないDMSOの割合(重量%)に対してプロットした。使用した重水素化DMSO-dの重水素化率は、次の式(5)を使用する線形相関式から算出することができる。
重水素化率=100-切片/傾き (5)
【0116】
図6は、この実施例により得られた測定値と、線形回帰を使用して作成した直線との対応するグラフを示している。決定係数Rは0.9999であった。直線方程式y=2.7877x+1.194を用いることで、使用した重水素化DMSO-dの重水素化率99.57%が得られる。
【0117】
これにより、上の実施例2のように重水素化率に関して厳密に特定されている溶媒を、CDClなどの他の重水素化溶媒の重水素化率を決定するための汎用標準として使用できるようになり、結果として、本発明の方法(異核種定量)のための追加の標準を規定することができる。
【0118】
この目的のために、重水素化率に関して特定しようとする溶媒を、予め規定されているDMSO-dと混合し、対応するHおよびHのNMR分光測定を行う。量や個々の機器の設定などの、測定に影響を与える全てのパラメータが考慮されるため、混合比を知る必要はない。この手順については、以下の実施例3で詳しく説明する。
【0119】
[実施例3]-既知の重水素化率を有する別の重水素化溶媒を使用するNMR溶媒の重水素化率の決定
この実施例3では、重水素化CDClの重水素化率が決定される。このために、重水素化CDClと実施例2で使用したDMSO-d(重水素化率99.57%)との混合物を、約1:1の混合比で調製する。混合比は厳密に知る必要はないため、これは重量基準であっても体積基準であってもよい。有意義なNMRスペクトルが得られる限り、他の混合比が使用されてもよい。得られる混合物は、HおよびH NMR(それぞれ1つの単一パルス)により測定される。
【0120】
図7では、左側にDMSO-dとCDClとの調製した混合物のH NMRスペクトルが示されており、右側に対応するH NMRスペクトルが示されている。
【0121】
DMSO-dのスペクトルからの積分比D/Hを、CDClのスペクトルからの積分比D/Hと比較し、既知のプロトン化率(DMSO-dの{H}DMSO)を考慮することにより、CDClのプロトン化率および重水素化率が算出される。表2に、対応する測定値および算出結果を示す。
【0122】
【表3】
【0123】
クロロホルムの重水素化率{D}CDCl3(%)は、次の式(6)を使用して算出することができる:
{D}CDCl3=100-({H}DMSO×(IntHDMSO/IntDDMSO)/(IntHCDCl3/IntDCDCl3) (6)
結果として、重水素化クロロホルムについて99.83%の重水素化率が得られる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7