(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-20
(45)【発行日】2022-09-29
(54)【発明の名称】ハット形鋼矢板の製造方法
(51)【国際特許分類】
E02D 5/04 20060101AFI20220921BHJP
【FI】
E02D5/04
(21)【出願番号】P 2020539352
(86)(22)【出願日】2019-08-16
(86)【国際出願番号】 JP2019032115
(87)【国際公開番号】W WO2020045119
(87)【国際公開日】2020-03-05
【審査請求日】2020-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2018162676
(32)【優先日】2018-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】妙中 真治
(72)【発明者】
【氏名】森安 俊介
(72)【発明者】
【氏名】北濱 雅司
(72)【発明者】
【氏名】原田 典佳
(72)【発明者】
【氏名】武野 正和
(72)【発明者】
【氏名】中山 裕章
【審査官】亀谷 英樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-048394(JP,A)
【文献】特開2012-158910(JP,A)
【文献】特開2014-148798(JP,A)
【文献】特開2008-069631(JP,A)
【文献】特開2011-140867(JP,A)
【文献】特開2008-127771(JP,A)
【文献】国際公開第2015/159434(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/159445(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/023929(WO,A1)
【文献】米国特許第07018140(US,B1)
【文献】特開2018-104889(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02D 5/00-5/20
E02D 7/00-13/10
E02D 17/00-17/20
E02B 3/04-3/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハット形鋼矢板の製造方法であって、
前記ハット形鋼矢板は、長手方向に直交する断面において、断面高さ方向の第1の側で幅方向に沿って延びるウェブと、前記ウェブの前記幅方向の両端部から前記幅方向の両側、かつ前記断面高さ方向の第2の側に向かって延び、前記幅方向との間にフランジ角度θをなす1対のフランジと、前記断面高さ方向の第2の側で前記1対のフランジのそれぞれの端部から前記幅方向に沿って、かつ前記幅方向の両側に向かって延びる1対のアームと、前記1対のアームのそれぞれの前記1対のフランジとは反対側の端部に形成される1対の嵌合継手とを備え、
前記断面における前記ウェブ、前記1対のフランジ、および前記1対のアームの合計長さの、前記ウェブ、前記1対のフランジ、および前記1対のアームの平均板厚に対する比は120以上であり、
前記断面における有効幅Bおよび有効高さh、ならびに前記フランジ角度θは、前記ウェブに対する前記フランジの板厚比が0.6以上、1.0以下の範囲において定数C(1.01≦C≦1.13)を用いた以下の式(i)の条件を満たし、前記有効幅B、前記断面におけるウェブ長さBw、断面高さHおよび前記フランジ角度θがB-Bw-2H/tanθ>0の関係を満たす
ように前記断面を設計する工程を含む、ハット形鋼矢板の製造方法。
【請求項2】
ハット形鋼矢板の製造方法であって、
前記ハット形鋼矢板は、長手方向に直交する断面において、断面高さ方向の第1の側で幅方向に沿って延びるウェブと、前記ウェブの前記幅方向の両端部から前記幅方向の両側、かつ前記断面高さ方向の第2の側に向かって延び、前記幅方向との間にフランジ角度θをなす1対のフランジと、前記断面高さ方向の第2の側で前記1対のフランジのそれぞれの端部から前記幅方向に沿って、かつ前記幅方向の両側に向かって延びる1対のアームと、前記1対のアームのそれぞれの前記1対のフランジとは反対側の端部に形成される1対の嵌合継手とを備え、
前記断面における前記ウェブ、前記1対のフランジ、および前記1対のアームの合計長さの、前記ウェブ、前記1対のフランジ、および前記1対のアームの平均板厚に対する比は120以上であり、
前記断面における有効幅Bおよび有効高さh、ならびに前記フランジ角度θは、前記
ウェブに対する前記フランジの板厚比が0.7以上、1.0以下の範囲において定数C(1.03≦C≦1.13)を用いた以下の式(i)の条件を満たし、前記有効幅B、前記断面におけるウェブ長さBw、断面高さHおよび前記フランジ角度θがB-Bw-2H/tanθ>0の関係を満たす
ように前記断面を設計する工程を含む、ハット形鋼矢板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハット形鋼矢板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハット形鋼矢板は、土木建築工事において、地中に打設して土留めや止水のための壁体を構築するために広く利用されている。そのため、従来から壁体の曲げ性能が重視されてきた。また、経済性の向上、すなわち壁体の軽量化のために、ハット形鋼矢板の断面は広幅化および薄肉化される傾向にある。
【0003】
一方、ハット形鋼矢板の性能や経済性が向上するに伴い、ハット形鋼矢板の周辺技術開発が行われるとともに、適用範囲や用途も拡大してきた。周辺技術開発の例として、施工重機の大型化が挙げられる。施工重機の大型化は、例えば、より固い地層、またはより深い地層への施工を可能にすることや、施工効率を上げることを目的とする。このように施工重機が大型化すると、ハット形鋼矢板には打設後に曲げ応力がかかるだけでなく、施工時に大きな軸力が作用することになる。
【0004】
また、ハット形鋼矢板の適用範囲の拡大も図られている。具体的には、例えば、従来の壁体に加えて、ハット形鋼矢板を基礎として利用することも多くなっている。例えば、特許文献1には、鋼矢板を基礎構造として利用する技術が記載されている。特許文献2には、ハット形鋼矢板を基礎として利用する場合の性能を向上させるため、ハット形鋼矢板の先端のみに閉塞部を設けることで、支持力を向上させる技術が記載されている。このように、ハット形鋼矢板を基礎として利用して支持力を負担させる場合、ハット形鋼矢板の軸力部材としての性能向上が求められる。
【0005】
ここで、一般に、軸力部材においては座屈への配慮が必要である。特に、ハット形鋼矢板のような薄肉板材で構成される断面では、座屈の中でも局部座屈に対して十分な注意が必要である。この観点から、特許文献3では、ハット形鋼矢板の断面において隅角部に折り曲げ成形部分を形成し、座屈耐力を向上させる技術が提案されている。上述のようにハット形鋼矢板断面が広幅化および薄肉化される傾向にあることを考慮すると、ハット形鋼矢板の軸力に対する座屈耐力の向上は今後ますます必要になると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第3832845号公報
【文献】特許第4916932号公報
【文献】特許第4088041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の特許文献3に記載された技術は、ハット形鋼矢板を軸力部材として見た場合には効率的であるものの、ウェブ部分の鋼材量を低減させることにつながるため、ハット形鋼矢板に本来的に期待される性能である壁体の曲げ性能が低下する可能性がある。また、断面形状が複雑化することから、圧延製造過程において非常に高度な技術が必要とされ、また製造効率を高くすることが難しい。これらの点を考慮すると、ウェブ、フランジ、およびアームというハット形鋼矢板の基本的な断面形状を維持しつつ、軸力に対する座屈耐力を向上させることが望ましい。
【0008】
そこで、本発明は、ハット形鋼矢板の基本的な断面形状を維持しつつ、軸力に対する座屈耐力を向上させることが可能な、新規かつ改良されたハット形鋼矢板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のある観点によれば、ハット形鋼矢板は、長手方向に直交する断面において、断面高さ方向の第1の側で幅方向に沿って延びるウェブと、ウェブの幅方向の両端部から幅方向の両側、かつ断面高さ方向の第2の側に向かって延び、幅方向との間にフランジ角度θをなす1対のフランジと、断面高さ方向の第2の側で1対のフランジのそれぞれの端部から幅方向に沿って、かつ幅方向の両側に向かって延びる1対のアームと、1対のアームのそれぞれの1対のフランジとは反対側の端部に形成される1対の嵌合継手とを備える。断面におけるウェブ、1対のフランジ、および1対のアームの合計長さの、ウェブ、1対のフランジ、および1対のアームの平均板厚に対する比は120以上であり、断面における有効幅Bおよび有効高さh、ならびにフランジ角度θは、ウェブに対するフランジの板厚比が0.6以上、1.0以下の範囲において定数C(1.01≦C≦1.13)を用いた以下の式(i)の条件を満たし、有効幅B、断面におけるウェブ長さBw、断面高さHおよびフランジ角度θがB-Bw-2H/tanθ>0の関係を満たす。
【数1】
【0010】
本発明の別の観点によれば、ハット形鋼矢板は、長手方向に直交する断面において、断面高さ方向の第1の側で幅方向に沿って延びるウェブと、ウェブの幅方向の両端部から幅方向の両側、かつ断面高さ方向の第2の側に向かって延び、幅方向との間にフランジ角度θをなす1対のフランジと、断面高さ方向の第2の側で1対のフランジのそれぞれの端部から幅方向に沿って、かつ幅方向の両側に向かって延びる1対のアームと、1対のアームのそれぞれの1対のフランジとは反対側の端部に形成される1対の嵌合継手とを備える。断面におけるウェブ、1対のフランジ、および1対のアームの合計長さの、ウェブ、1対のフランジ、および1対のアームの平均板厚に対する比は120以上である。断面における有効幅Bおよび有効高さh、ならびにフランジ角度θは、ウェブに対するフランジの板厚比が0.7以上、1.0以下の範囲において定数C(1.03≦C≦1.13)を用いた以下の式(i)の条件を満たし、有効幅B、断面におけるウェブ長さBw、断面高さHおよびフランジ角度θがB-Bw-2H/tanθ>0の関係を満たす。
【数2】
【0011】
上記の構成によれば、ハット形鋼矢板の基本的な断面形状を維持しつつ、軸力に対する座屈耐力を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態に係るハット形鋼矢板の断面図である。
【
図2】従来の鋼矢板製品における換算幅厚比とウェブ幅厚比との関係を示すグラフである。
【
図3】第1の検討例におけるハット形鋼矢板の断面形状を概略的に示す図である。
【
図4】第1の検討例における座屈耐力解析の結果を示すグラフである
【
図5】
図4に示された結果に基づく局部座屈耐力を示すグラフである。
【
図6】第2の検討例における座屈耐力解析の結果に基づく局部座屈耐力を示すグラフである。
【
図7】第3の検討例におけるフランジ角度とアスペクト比との関係を示すグラフである。
【
図8】第4の検討例におけるフランジ角度とアスペクト比との関係を、第3の検討例の一部とともに示すグラフである。
【
図9】第3および第4の検討例におけるフランジ角度とアスペクト比との関係を、板厚比ごとの相関関係の近似曲線とともに示すグラフである。
【
図10】第3および第4の検討例におけるフランジ角度とアスペクト比との関係を、板厚比ごとの相関関係の近似曲線とともに示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0014】
図1は、本発明の一実施形態に係るハット形鋼矢板の断面図である。
図1に示されるように、ハット形鋼矢板1は、長手方向(図中のz方向)に直交する断面において、断面高さ方向の第1の側(図中のy方向の奥側)で幅方向(図中のx方向)に沿って延びるウェブ2と、ウェブ2の幅方向の両端部から幅方向の両側、かつ断面高さ方向の第2の側(図中のy方向の手前側)に向かって延び、幅方向との間にフランジ角度θ(鋭角側)をなすフランジ3A,3Bと、断面高さ方向の第2の側でフランジ3A,3Bのそれぞれの端部から幅方向に沿って、かつ幅方向の両側に向かって延びるアーム4A,4Bと、アーム4A,4Bのそれぞれのフランジ3A,3Bとは反対側の端部に形成される嵌合継手5A,5Bとを含む。
【0015】
ここで、
図1には、ハット形鋼矢板1の各部分の寸法、具体的には、ウェブ2の長さBwおよび板厚twと、フランジ3A,3Bの長さBfおよび板厚tfと、アーム4A,4Bの長さBaおよび板厚taとが示されている。ここで、長さBwは、ウェブ2の板厚中心線と、フランジ3A,3Bのそれぞれの板厚中心線との間に形成される2つの交点の間の距離である。同様に、長さBfは、フランジ3Aの板厚中心線と、ウェブ2およびアーム4Aのそれぞれの板厚中心線との間に形成される2つの交点の間の距離である。また、長さBaは、アーム4Aの板厚中心線とフランジ3Aの板厚中心線との間に形成される交点と、嵌合継手5Aの嵌合中心E
Aとの間の距離である。なお、ハット形鋼矢板1の断面形状は幅方向の中立軸(図中のy軸)について対称であるため、フランジ3Bについてもフランジ3Aと同様に長さBfであり、アーム4Bについてもアーム4Aと同様に長さBaである。
【0016】
さらに、
図1には、ハット形鋼矢板1の有効幅B、断面高さH、および有効高さhが示されている。ここで、有効幅Bは、嵌合継手5A,5Bのそれぞれの嵌合中心E
A,E
Bの間の距離である。断面高さHは、ウェブ2およびアーム4A,4Bの板厚を含み嵌合継手5A,5Bの張り出しを含まないハット形鋼矢板1の断面の高さであり、有効高さhは断面高さHからウェブ2およびアーム4A,4Bの板厚の半分を差し引いたもの、すなわちh=H-(tw/2+ta/2)である。なお、
図1に示されたハット形鋼矢板1の形状が幾何学的に成り立つ場合、全幅B、ウェブ長さBw、断面高さHおよびフランジ角度θは、B-Bw-2H/tanθ>0の関係を満たしている。
【0017】
ここで、本実施形態に係るハット形鋼矢板1について、合計長さBTTLの平均板厚tAVEに対する比BTTL/tAVEを「換算幅厚比」として定義する。後述するように、ハット形鋼矢板1では、換算幅厚比BTTL/tAVEが120以上であり、断面における有効幅Bおよび有効高さh、ならびにフランジ角度θが所定の関係を満たす。ここで、合計長さBTTLは、ウェブ2、フランジ3A,3B、およびアーム4A,4Bの長さの合計であり、以下の式(1)で算出される。平均板厚tAVEは、ウェブ2、フランジ3A,3B、およびアーム4A,4Bの板厚の平均であり、以下の式(2)で算出される。
【0018】
【0019】
図2は、従来の鋼矢板製品における換算幅厚比とウェブ幅厚比(Bw/tw)との関係を示すグラフである。本発明者らは、ハット形鋼矢板の基本的な断面形状を維持しつつ、軸力に対する座屈耐力を向上させる方法について検討したが、既に述べたように、このような課題はハット形鋼矢板の断面が広幅化および薄肉化される傾向の中でより顕在化するため、現在知られているハット形鋼矢板よりも広幅化、または薄肉化されたハット形鋼矢板を検討対象にすることは合理的である。ここで、
図2に示すように、換算幅厚比が120以上の鋼矢板は、ハット形鋼矢板のみならずU字形状の鋼矢板においても、工業的には実現していないため、以下の検討では従来の鋼矢板製品よりも広幅化、または薄肉化された、換算幅厚比が120以上のハット形鋼矢板を対象とする。
【0020】
検討では、換算幅厚比が120以上のハット形鋼矢板について、有効幅、断面高さ、および板厚などを変化させた多様な断面形状において座屈耐力解析(弾性論に基づく固有値解析)を実施し、局部座屈モードを特定した上で、ハット形鋼矢板の座屈耐力と断面形状の代表要素との関係を分析した。その結果、以下で説明するような発見がなされた。
【0021】
(第1の検討例)
まず、ハット形鋼矢板1の有効幅Bを1350mmとし、板厚についてはウェブ板厚tw、フランジ板厚tfおよびアーム板厚taをいずれも9.0mmとした。この条件の中で、複数のハット形鋼矢板1を嵌合継手5A,5Bで互いに嵌合させて幅方向につなぎ合わせた鋼矢板壁の壁幅1mあたりの断面二次モーメントが約10,000cm
4/mになる複数の断面形状を設定した。設定された断面形状の有効高さh(mm)およびフランジ角度θ(度)を表1に示すとともに、
図3にそれぞれの断面形状を概略的に示す。
【0022】
【0023】
ここで、表1および
図3に示されるように、壁幅1mあたりの断面二次モーメントの大きさを維持する場合、フランジ角度θが小さくなると有効高さhは大きくなる。これは、フランジ角度θが小さくなって断面二次モーメントが低下した分を、有効高さhを大きくすることによって補う必要があるためである。
【0024】
図4は、第1の検討例における座屈耐力解析の結果を示すグラフである。
図4では、横軸にハット形鋼矢板の長さ(長手方向寸法)が示され、縦軸にハット形鋼矢板の座屈耐力(弾性解析結果)が示されている。
図4のグラフでは、矢印(1)で示した箇所で局部座屈モードが発生し、耐力が低下することが観察される。本検討では、この局部座屈モードにおける耐力(局部座屈耐力)を結果として扱い、各断面形状における局部座屈耐力を比較した。なお、
図4のグラフにおける矢印(2)は、この矢印が交差する箇所において、上から順に例1(θ=70°)、例2(θ=60°)、・・・、例9(θ=29°)の結果が示されていることを意味する。
【0025】
図5は、
図4に示された結果に基づく局部座屈耐力を示すグラフである。
図5では、横軸に各断面形状のフランジ角度θが示され、縦軸に局部座屈耐力が示されている。
図5のグラフでは、局部座屈耐力はフランジ角度θが小さい値から大きくなると急速に増加するものの、ある角度で極大値を示し、その後はフランジ角度θが大きくなるに従って緩やかに減少することが観察される。
図5に示された例の場合、局部座屈耐力が極大値を示すと考えられる最適なフランジ角度θは33.5°である。このような結果から、ハット形鋼矢板1の各部位(ウェブ2、フランジ3A,3Bおよびアーム4A,4B)の局部座屈に伴う面外変形の抑制には、フランジ角度θが大きく寄与するものと考えられる。つまり、上記の結果によれば、ハット形鋼矢板1の断面設計においては、フランジ角度θを適切に決定し、さらにフランジ角度θと断面二次モーメントとの関係に従って有効高さhを決定することによって、局部座屈耐力を最大化する最適解が得られる。
【0026】
(第2の検討例)
次に、ハット形鋼矢板1の有効幅Bは1350mmのままで、板厚についてはウェブ板厚twおよびアーム板厚taを10.0mmとし、フランジ板厚をtf8.0mmとした。この条件の中で、鋼矢板壁の壁幅1mあたりの断面二次モーメントが約10,000cm4/mになる複数の断面形状を設定した。設定された断面形状の有効高さh(mm)およびフランジ角度θ(deg)を表2に示す。
【0027】
【0028】
図6は、第2の検討例における座屈耐力解析の結果に基づく局部座屈耐力を示すグラフである。
図6のグラフでも、
図5と同様に、局部座屈耐力がフランジ角度θに対して極大値を示して変化することが観察される。
図6に示された例の場合、局部座屈耐力が極大値を示すと考えられる最適なフランジ角度θは35.7°である。
図5および
図6に示された結果によれば、局部座屈に大きな影響を及ぼす因子である板厚を変化させた場合にも、フランジ角度θと、フランジ角度θと断面二次モーメントとの関係によって決まる有効高さhによって、局部座屈耐力を最大化する最適解が得られる。
【0029】
(第3の検討例)
次に、ハット形鋼矢板1の有効幅Bが1100mm、1300mmおよび1500mmのそれぞれの場合で、鋼矢板壁の壁幅1mあたりの断面二次モーメントが約9,000cm4/m(9,000クラス)~約55,000cm4/m(55,000クラス)になる複数の断面形状を設定した。設定された断面形状の有効幅B(mm)、有効高さh(mm)、ウェブ板厚tw(mm)、アスペクト比B/h、フランジ角度θ(度)、および断面二次モーメントのクラスを表3から表5に示す。
【0030】
【0031】
【0032】
【0033】
ここで、表3に示す例では、ウェブ板厚twおよびアーム板厚taはいずれも9.0mmであるが、フランジ板厚tfは6.3mmに薄肉化されている(ウェブに対するフランジの板厚比が0.7)。表4に示す例では、ウェブ板厚tw、フランジ板厚tfおよびアーム板厚taがいずれも9.0mmである(ウェブに対するフランジの板厚比が1.0)。表5に示す例では、ウェブ板厚twおよびアーム板厚taはいずれも12.5mmであるが、フランジ板厚tfが7.5mmである(ウェブに対するフランジの板厚比が0.6)。表3から表5の各例では、断面形状において
図4~
図6に示された例と同様の座屈耐力解析を実施し、その結果において局部座屈耐力が極大値を示すと考えられる最適なフランジ角度θと、対応する有効高さhとが設定されている。
【0034】
図7は、第3の検討例におけるフランジ角度とアスペクト比との関係を示すグラフである。
図7のグラフでは、板厚比が1.0の場合、0.7の場合、および0.6の場合のそれぞれで、ハット形鋼矢板1のフランジ角度θとアスペクト比B/hとの間に、有効幅Bや断面二次モーメントに依存しない相関があることが観察される。
【0035】
(第4の検討例)
次に、上記の第3の検討例と同様の有効幅Bで、換算幅厚比が120以上になる範囲で板厚を増加させた。この例で設定された断面形状の有効幅B(mm)、有効高さh(mm)、ウェブ板厚tw(mm)、アスペクト比B/h、フランジ角度θ(度)、および断面二次モーメントのクラスを表6に示す。
【0036】
【0037】
ここで、表6に示す例では、いずれも板厚比が0.7である。すなわち、それぞれの例において、ウェブ板厚twとアーム板厚taとは等しく、フランジ板厚tfはウェブ板厚twの0.7倍である。表6の各例でも、断面形状において
図4~
図6に示された例と同様の座屈耐力解析を実施し、その結果において局部座屈耐力が極大値を示すと考えられる最適なフランジ角度θと、対応する有効高さhとが設定されている。
【0038】
図8は、第4の検討例におけるフランジ角度とアスペクト比との関係を、第3の検討例の一部(表3に示した板厚比0.7の例)とともに示すグラフである。
図8のグラフでも、ハット形鋼矢板1のフランジ角度θとアスペクト比B/hとの間には有効幅Bや断面二次モーメントに依存しない相関があることが観察される。さらに、
図8のグラフでは、ウェブ板厚twは違っても、板厚比(0.7)が共通する各例において、フランジ角度θとアスペクト比B/hとがほぼ共通の曲線上で相関関係を示すことが観察される。
【0039】
(検討例のまとめ)
図9および
図10は、第3および第4の検討例におけるフランジ角度とアスペクト比との関係を、板厚比ごとの相関関係の近似曲線とともに示すグラフである。ここで、上述のように経済性の観点と製造設備などの制約を考慮した場合、ハット形鋼矢板1の板厚比が現実的にとりうる範囲は概ね0.6~1.0であるが、第3および第4の検討例はこのような板厚比の範囲の上限および下限を含んでいる。従って、現実的なハット形鋼矢板1の設計に利用可能な条件を、
図9および
図10のグラフに示した2つの近似曲線に基づいて、定数Cを用いた以下の式(3)で表すことができる。ここで、
図9は、ハット形鋼矢板1の板厚比の範囲を0.6以上、1.0以下とした場合であり、定数Cの範囲は1.01≦C≦1.13である。一方、
図10は、ハット形鋼矢板1の板厚比の範囲を0.7以上、1.0以下とした場合であり、定数Cの範囲は1.03≦C≦1.13である。
【0040】
【0041】
実際のハット形鋼矢板の断面形状は、軸力に対する座屈耐力のみを考慮して決定されるわけではなく、例えば有効幅や有効高さが製造制約の影響を大きく受ける。また、ハット形鋼矢板の有効高さは、壁体の設計上必要とされる断面二次モーメントが得られるように設定する必要がある。また、経済性の観点からはウェブ板厚やアーム板厚をフランジ板厚よりも大きくする、すなわち上述した板厚比を1.0よりも小さくすることが望ましいが、実現可能な板厚比の範囲は製造設備の制約や技術レベルによって制約される。
【0042】
これに対して、上記の検討例で見出された局部座屈耐力を最大化する最適なフランジ角度とアスペクト比との相関関係は、第3の検討例で示されたように、ハット形鋼矢板の有効幅や断面二次モーメントに依存しない。また、第4の検討例で示されたように、上記の相関関係は板厚比の影響を受けるものの、板厚の絶対値による影響は小さい。つまり、上記の検討の結果によれば、局部座屈耐力を最大化する断面形状の条件は、フランジ角度θと2つの無次元量(アスペクト比B/hと板厚比tf/tw)によって特定される。この条件を利用すれば、製造設備の制約や必要とされる断面二次モーメントなどを前提とした上で、局部座屈耐力が最大化されるように断面形状を設計することが可能である。
【0043】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0044】
1…ハット形鋼矢板、2…ウェブ、3A,3B…フランジ、4A,4B…アーム、5A,5B…嵌合継手、EA,EB…嵌合中心。