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  • 特許-自動車用足回り部品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-20
(45)【発行日】2022-09-29
(54)【発明の名称】自動車用足回り部品
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20220921BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220921BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20220921BHJP
   B23K 9/00 20060101ALI20220921BHJP
   B23K 9/02 20060101ALI20220921BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20220921BHJP
   B60G 7/00 20060101ALI20220921BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
C22C38/00 301Z
C22C38/58
B23K9/00 501C
B23K9/02 D
B23K9/23 A
B60G7/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021509669
(86)(22)【出願日】2020-03-27
(86)【国際出願番号】 JP2020014216
(87)【国際公開番号】W WO2020196875
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2021-09-10
(31)【優先権主張番号】P 2019061001
(32)【優先日】2019-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】大塚 研一郎
(72)【発明者】
【氏名】東 昌史
(72)【発明者】
【氏名】森 陽一郎
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
(72)【発明者】
【氏名】松葉 正寛
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/126246(WO,A1)
【文献】特開平8-103884(JP,A)
【文献】特開2018-126755(JP,A)
【文献】特開平8-33982(JP,A)
【文献】特開2016-55659(JP,A)
【文献】国際公開第2019/124305(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
B23K 35/30
B23K 9/00
B23K 9/02
B23K 9/23
B60G 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項4】
前記第一の鋼板および第二の鋼板の引張強度が780MPa以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の自動車用足回り部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用足回り部品に関する。本発明は、特に、溶接金属の強度及び耐食性に優れた溶接継手を有する自動車用足回り部品に関する。
本願は、2019年3月27日に、日本に出願された特願2019-061001号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
自動車の足回り部品は、通常、ガスシールドアーク溶接などにより複数の鋼材を重ね合わせ溶接することにより製造されている。
【0003】
自動車の耐食性の基準は年々厳しくなっており、特にアーム、サブフレーム、ビームといった足回り部品の継ぎ手部(アーク溶接部)における赤錆を抑制するニーズが高まっている。部品としては、各種ロアアーム、各種アッパーアーム、トーコントロールアーム、トレーリングアーム、トーションビーム、キャリア、サブフレーム、サイドレール、キャブ、アンダーランプロテクタ、ホイール及びフロアクロスがある。
【0004】
これらの自動車用足回り部品は、複数の鋼製部材に対し溶接ワイヤを用いたアーク溶接を行って製造された後に、塗装が施される。この塗装において、溶接金属の表面に塗装不良が発生すると、見栄えが悪くなるだけでなく、耐食性が低下することがあった。また、外見上は塗装が良好に施されていたとしても、浮きや塗装の剥離などの塗装不良が発生すると、溶接金属の酸化スラグと塗装皮膜との間において赤錆が発生する場合があった。
【0005】
ここで、特許文献1には、溶接後に電着塗装される炭素鋼母材に対して鋼製溶接ワイヤを用いてガスシールドメタルアーク溶接を行う方法であって、重量%で母材と溶接ワイヤの合計Si量が0.04~0.2%となり、且つ母材と溶接ワイヤの合計Mn量が0.5%以上となる成分組成の溶接ワイヤを用いることを特徴とする溶接部およびその近傍の塗装後耐食性を高めるガスシールドメタルアーク溶接方法が開示されている。
【0006】
この特許文献1の技術によれば、絶縁性のSiスラグの生成を抑えることで、ガスシールドメタルアーク溶接による溶接部およびその近傍の塗装後の耐食性を高めることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本国特開平8-33997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1の技術のように単にSiを低減した場合、溶接金属の強度を確保することについては何ら検討されていない。従って、440MPa以上の高い強度が求められる自動車用足回り部品への適用は困難であった。
【0009】
本発明は、上述の実情に鑑みてなされたものであり、溶接金属の強度及び耐食性に優れた溶接継手を有する自動車用足回り部品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の具体的方法は以下のとおりである。
【0011】
[1]本発明の第一の態様は、第一の鋼板と第二の鋼板が重ねられ、前記第一の鋼板の端面と第二の鋼板の表面との間に、隅肉溶接部が形成されてなる溶接継手を備える自動車用足回り部品である。前記溶接継手を形成する溶接金属の化学成分は、前記溶接金属の全質量に対する質量%で、C:0.02~0.20%、Si:0超~0.10%未満、Mn:0.3~2.0%、Al:0.002~0.30%、Ti:0.005~0.30%、P:0%超~0.015%、S:0%超~0.030%、Cu:0~0.50%、Cr:0~1.5%、Nb:0~0.3%、V:0~0.3%、Mo:0~1.0%、Ni:0~2.5%、B:0~0.005%であり、残部が鉄および不純物からなり、下記式(1)及び式(2)を満たす。
[Al]+[Ti]>0.05・・・・式(1)
7×[Mn]-112×[Ti]-30×[Al]≦4.0・・・・式(2)
ただし、[Al]、[Ti]、[Mn]は、前記溶接金属の全質量に対する各成分の質量%での含有量を意味する。
[2]上記[1]に記載の自動車用足回り部品は、前記溶接金属の化学成分が、前記溶接金属の全質量に対する質量%で、Cu:0.05~0.50%、Cr:0.05~1.5%、Nb:0.005~0.3%、V:0.005~0.3%、Mo:0.05~1.0%、Ni:0.05~2.5%、B:0.0005~0.005%のうちの1種または2種以上を含有してもよい。
[3]上記[1]又は[2]に記載の自動車用足回り部品は、端面に前記隅肉溶接部が形成される前記第一の鋼板の板厚は0.8mm以上4.5mm以下であってもよい。
[4]上記[1]から[3]のいずれかに記載の自動車用足回り部品は、前記第一の鋼板および第二の鋼板の引張強度が780MPa以下であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る足回り部品によれば、溶接金属の成分組成が適切に制御されているため、溶接継手における溶接金属において優れた強度及び耐食性を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施形態に係る自動車用足回り部品の斜視図である。
図2】本実施形態に係る自動車用足回り部品の溶接継手を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者等は、上述した課題を解決するための方策について鋭意検討した結果、下記の知見を得た。
(A)溶接金属のSi含有量が多い場合にSi系のスラグが発生し、当該Si系のスラグの発生位置において塗装不良が発生し、赤錆が発生しやすくなること。
(B)溶接金属のSi含有量を低減させた場合の溶接金属の強度低下の原因の一つが、脱酸不足による粗大なフェライトの発生であること。
(C)溶接金属のAl含有量とTi含有量を従来以上に高めた場合には溶接金属における粗大なフェライトの発生を抑制することができること。
(D)溶接金属にAlとTiを共存させた場合には、赤錆の抑制効果が得られること。
(E)MnとTiとAlの含有量を適切に制御することによって赤錆を抑制できること。
【0015】
本発明は上述の知見に基づきなされたものである。以下、本発明の実施形態に係る自動車用足回り部品について、詳細に説明する。
【0016】
本実施形態に係る自動車用足回り部品は、例えば、各種ロアアーム、各種アッパーアーム、トーコントロールアーム、トレーリングアーム、トーションビーム、キャリア、サブフレーム、サイドレール、キャブ、アンダーランプロテクタ、ホイール及びフロアクロスである。図1は、自動車用足回り部品であるロアアームの斜視図であり、この図1に示すように、本実施形態に係る自動車用足回り部品は、2枚の鋼板が重ねられて溶接された溶接継手1を備える。
【0017】
図2は、図1の自動車用足回り部品の溶接継手1を示す概略断面図である。この図2に示すように、溶接継手1は、2枚の鋼板2及び3(第一の鋼板、第二の鋼板)が重ねられて一方の鋼板2の端面と他方の鋼板3の表面との間に、隅肉溶接部4が形成されることにより構成されている。
隅肉溶接部4は、2枚の鋼板2及び3を、溶接ワイヤを用いてアーク溶接することにより形成される。
【0018】
2枚の鋼板2及び3は、同種鋼板でも異種鋼板でもよい。端面に隅肉溶接部4が形成される鋼板2の板厚は、0.8mm以上4.5mm以下であることが好ましい。
鋼板2の板厚が0.8mm以上であれば、アーク溶接する際の溶接不良の発生が抑制され、鋼板2の板厚が4.5mm以下であれば、赤錆の抑制効果が得られる。好ましくは、鋼板2の板厚は1.4mm以上であり、より好ましくは2.0mm以上である。また、好ましくは、鋼板2の板厚は4.0mm以下であり、より好ましくは3.5mm以下である。
なお、2枚の鋼板2及び3の板厚が、それぞれ、0.8mm以上4.5mm以下であることがより好ましい。
鋼板2及び3の板厚が0.8mm以上であれば、アーク溶接する際の溶接不良の発生が抑制され、鋼板2及び3の板厚が4.5mm以下であれば、重量を抑制できる。好ましくは、鋼板2及び3の板厚は1.4mm以上であり、より好ましくは2.0mm以上である。また、好ましくは、鋼板2及び3の板厚は4.0mm以下であり、より好ましくは3.5mm以下である。
また、鋼板2及び3の引張強度は780MPa以下であってもよい。一方、鋼板2及び3の引張強度の下限は特に限定されないが、440MPa以上であってもよい。
【0019】
溶接継手1の溶接金属4の成分組成は、鋼板成分と溶接ワイヤ成分により調整することができる。以下に、溶接金属4における、それぞれの成分組成について述べる。
【0020】
以下の説明において、耐食性を満足するとは、JASO法M610に規定する複合サイクル試験(CCT、5%NaCl、ウェット率50%)を50サイクルで評価し赤錆が発生しないことを意味する。
強度を満足するとは、溶接した試験片に対して引張り試験を実施した際に溶接金属から破断せずに母材から破断することを意味する。
「溶接金属」とは、鋼板母材と溶接ワイヤとが溶けて、混ざり合った金属を意味する。
溶接金属の化学成分を溶接金属の全質量に対する割合である質量%で表すものとし、その質量%に関する記載を単に%と記載して説明する。
【0021】
溶接金属の化学成分は高周波誘導結合プラズマ(ICP)による発光分光分析法で測定することができる。具体的には、(1)溶接部の長手方向中央部において、長手方向に垂直な断面を目視観察することによって予め溶接金属の領域を特定し、(2)その領域をドリルで切削することによって溶接金属の切り粉を採取し、(3)その切り粉を試料として高周波誘導結合プラズマ(ICP)による発光分光分析法で測定する。
【0022】
〔C:0.02~0.20%〕
Cは、アークを安定化し溶滴を細粒化する作用があり、C含有量が0.02%未満では溶滴が大きくなってアークが不安定になり、スパッタ発生量が多くなる。その結果、ビード形状が凹凸となり不良となるため、赤錆が発生する。ビード形状不良によって赤錆が発生する理由は、不良による凹部は溶接スラグが発生しやすく、また、赤錆の原因となる水や水分を含んだ泥等が溜り易いためである。また、C含有量が0.02%未満では、溶接金属における引張強さが得られず、所望の引張強さを得ることができない。従って、Cの下限は0.02%以上であり、好ましくは0.04%以上であり、更に好ましくは0.06%以上である。
一方、C含有量が0.20%を超えれば、溶接金属が硬化することにより耐割れ性が低下し、溶接金属が破断しやすくなる。従って、Cの上限は0.20%であり、好ましくは0.15%である。
【0023】
〔Si:0超~0.10%未満〕
Siは脱酸元素として溶接ワイヤ又は母材に含有される。特に、溶接ワイヤにおけるSiは、溶融池の脱酸を促進することにより溶接金属の引張強さを向上させる。しかしながら、過剰に含有する場合には非導電性のスラグを形成し塗装不良が発生する。
このため、Siの上限は0.10%未満、好ましくは0.09%未満、更に好ましくは0.08%未満である。一方、下限に対しては0%超で良いが、製造コスト及び溶接時のビード形状の安定性確保の観点から好ましくは0.01%以上である。
【0024】
〔Mn:0.3~2.0%〕
MnもSiと同様に脱酸元素であって、アーク溶接時における溶融池の脱酸を促進すると共に、溶接金属の引張強さを向上させる元素である。Mn含有量が少ないと、溶接金属の引張強度を十分に確保することができず、溶接金属が破断しやすくなる。従って、Mnの下限は0.3%以上であり、好ましくは0.5%以上である。
一方、Mnが過剰に含有されれば、溶融金属の粘性が高くなり、溶接速度が大きい場合に溶接部位に適切に溶融金属が流れ込むことができず、ハンピングビードとなり、ビード形状不良が発生しやすくなる。その結果、ビード形状が凹凸となり不良となるため、赤錆が発生する。従って、Mnの上限は2.0%以下であり、好ましくは1.5%以下である。
【0025】
〔Al:0.002~0.30%〕
Alは強力な脱酸元素であって、アーク溶接時に溶融金属の脱酸を促進してブローホールの発生を抑制する効果がある。従って、Al含有量の下限は0.002%であり、好ましくは0.01%であり、より好ましくは0.02%である。
一方、Al含有量が過剰であると、Al系スラグが増加してしまい、スラグと溶接金属との間から赤錆が発生しやすくなる。従って、溶接金属のAl含有量の上限は、0.30%であり、好ましくは0.25%であり、より好ましくは0.20%である。
【0026】
〔Ti:0.005~0.300%〕
Tiは脱酸元素であるため、ブローホール発生の抑制に効果がある。従って、Ti含有量の下限は0.005%であり、好ましくは0.01%であり、より好ましくは0.05%である。
一方、Tiを過剰に含有する場合にはTi系スラグが増加してしまいTi系スラグと溶接金属との密着性が低下して剥離しやすくなる。よって、剥離した箇所から赤錆が発生しやすくなる。従って、Ti含有量の上限は0.30%であり、好ましくは0.25%であり、より好ましくは0.20%である。
【0027】
〔AlとTiが共存することによる相乗効果〕
尚、AlとTiは両方ともSi系スラグを抑制しAl系スラグ及びTi系スラグを生成する元素であり、塗装不良の抑制に寄与する元素である。ただし、AlとTiのいずれか一方しか下限値以上含まれていない場合、Al系スラグのみ、又は、Ti系スラグのみが溶接ビード上に凝集してしまう傾向となる。これらのスラグが凝集してしまう場合は、溶接ビード上に塗装不良が無くとも、溶接金属とスラグの間に空隙ができやすくなり、この空隙から赤錆が発生してしまう。すなわちAl系スラグとTi系スラグの両方が生成されることにより同一系のスラグの凝集が抑制され、結果として、赤錆が抑制される。従って、本発明においては、溶接金属がAlとTiとを共に含有する成分系とすることにより、優れた耐食性を得ることが可能とされている。
【0028】
〔Al、Ti〕
AlとTiの含有量は、以下の式(1)を満たす。
[Al]+[Ti]>0.05・・・・式(1)
AlとTiは、共に、粗大化フェライトの生成を抑制することで、溶接金属の強度を十分に確保することができる。AlとTiの合計含有量が0.05%以下の場合、ブローホールが生じない場合であっても溶接金属のフェライトが粗大化しやすくなり、溶接金属の強度が十分に得られず、溶接金属で破断が生じやすくなる。従って、AlとTiの合計含有量の下限値は0.05%超であり、好ましくは0.10%であり、更に好ましくは0.15%である。
Al+Tiの上限値は特に限定されるものではなく、AlとTiのそれぞれの上限値から計算される0.60%であればよい。ただし、Al+Tiの上限が0.30%以下であると、Al系スラグ及びTi系スラグの発生が抑えられ、Al系スラグ及びTi系スラグと溶接金属との間からの赤錆の発生が抑制されるため好ましい。Al+Tiの上限は、更に好ましくは0.20%である。
【0029】
〔Mn、Ti、Al〕
また、MnとTiとAlの含有量は、以下の式(2)を満たす。
7×[Mn]-112×[Ti]-30×[Al]≦4.0・・・・式(2)
発明者らが種々の成分系を有する溶接金属についてスラグと溶接金属との間における赤錆の発生の有無を調査した結果、赤錆の発生に関する指標である7×[Mn]-112×[Ti]-30×[Al]の値が4.0を超えると赤錆が早期に発生してしまい、耐食性に乏しいことが明らかとなった。そのため、上記式において、上限を4.0としている。
下限値は特に限定されるものではなく、Mnの下限値と、AlとTiの上限値から計算される-40.5である。
尚、上述の式(1)と式(2)において、[Al]、[Ti]、[Mn]は、溶接金属の全質量に対する各成分の質量%での含有量を意味する。
【0030】
〔P:0%超~0.015%〕
Pは、一般に鋼中に不純物として混入する元素であって、また、鋼板及び溶接ワイヤ中にも不純物として含まれるのが通常であるため、溶接金属中にも含まれる。ここで、Pは、溶接金属の高温割れを発生させる主要元素の一つであるから、できる限り抑制することが望ましい。P含有量が0.015%を越えれば、溶接金属の高温割れが顕著になるから、溶接金属のP含有量の上限は0.015%以下である。
なお、P含有量の下限は、特に制限されないため、0%超であるが、脱Pのコスト及び生産性の観点から、0.001%であってもよい。
【0031】
〔S:0%超~0.030%〕
Sも、Pと同様に一般に鋼中に不純物として混入する元素であって、また溶接ワイヤ中にも不純物として含まれるのが通常であるため、溶接金属中にも含まれる。ここで、Sは、溶接金属の耐割れ性を阻害する元素であり、できる限り抑制することが好ましい。S含有量が0.030%を超えれば、溶接金属の耐割れ性が悪化するため、溶接金属のS含有量は0.030%以下である。
なお、S含有量の下限は、特に制限されないため、0%超であるが、脱Sのコスト及び生産性の観点から、0.001%であってもよい。
【0032】
Cu、Cr、Nb、V、Mo、Ni及びBは、必須の元素ではないが、必要に応じて1種又は2種以上を同時に含有してよい。各元素を含有させることにより得られる効果と上限値について説明する。なお、これらの元素を含有させない場合の下限は0%である。
【0033】
〔Cu:0~0.50%〕
Cuは溶接ワイヤの銅めっきに由来して溶接金属に含有される場合があるため、0.05%以上を含ませてもよい。一方、Cuの含有量が過剰となると、溶接割れが発生しやすくなるため、Cuの上限は0.50%以下である。
【0034】
〔Cr:0~1.5%〕
Crは、溶接部の焼入れ性を高めて引張強さを向上させるために0.05%以上含有させてもよい。一方、Crを過剰に含有させた場合、溶接部の伸びが低下する。従って、Crの上限は1.5%以下である。
【0035】
〔Nb:0~0.3%〕
Nbは、溶接部の焼入れ性を高めて引張強さを向上させるために0.005%以上含有させてもよい。一方、Nbを過剰に含有させた場合、溶接部の伸びが低下する。従って、Nbの上限は0.3%以下である。
【0036】
〔V:0~0.3%〕
Vは、溶接部の焼入れ性を高めて引張強さを向上させるために0.005%以上含有させてもよい。一方、Vを過剰に含有させた場合、溶接部の伸びが低下する。従って、Vの上限は0.3%以下である。
【0037】
〔Mo:0~1.0%〕
Moは、溶接部の焼入れ性を高めて引張強さを向上させるために0.05%以上含有させてもよい。一方、Moを過剰に含有させた場合、溶接部の伸びが低下する。従って、Moの上限は1.0%以下である。
【0038】
〔Ni:0~2.5%〕
Niは、溶接部の引張強さと伸びを向上させるために0.05%以上含有させてもよい。一方、Niを過剰に含有させた場合、溶接割れが発生しやすくなる。従って、Niの上限は2.5%以下である。好ましくは2.0%以下である。
【0039】
〔B:0~0.005%〕
Bは、溶接部の焼入れ性を高めて引張強さを向上させるために0.0005%以上含有させてもよい。一方、Bを過剰に含有させた場合、溶接部の伸びが低下する。従って、Bの上限は0.005%である。好ましくは、0.003%以下である。
【0040】
上記で説明した成分の残部はFe及び不純物からなる。不純物とは、原材料に含まれる成分や、製造の過程で混入される成分であって、溶接金属に意図的に含有させた成分ではない成分、または本実施形態に係る自動車用足回り部品に悪影響を与えない範囲で許容される成分をいう。
【0041】
以上、本実施形態に係る自動車用足回り部品について説明した。なお、本実施形態に係る自動車用足回り部品の母材を形成する鋼板の種類は特に限定されないが、C:0.020~0.30%、Si:0~0.05%未満、Mn:0.30~3.00%、P:0.05%未満及びS:0.010%未満の成分を含有する鋼板であることが好ましい。また、上記の成分に加えて、Al及びTi等の任意成分を含有する鋼板であってもよい。また、当該鋼板の引張強度は特に限定されないが、440MPa以上の鋼板を母材として用いることで、本実施形態に係る足回り部品の溶接金属の強度と耐食性を高いレベルで確保する効果がより一段と奏される。
【実施例
【0042】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【0043】
下記の鋼板a同士、下記の鋼板b同士、下記の鋼板c同士、下記の鋼板d同士、又は、下記の鋼板e同士に対し、種々の溶接ワイヤを用いて重ね隅肉アーク溶接を行い溶接継手を製造し、溶接金属の評価を行った。一方及び他方の鋼板の重ね代を15mmとして密着させ、鋼板の板厚は2.6mmから5.0mmとした。溶接姿勢は溶接線を水平とし、他方の鋼板の傾斜角度αを0°とした。溶接方法はパルスMAGアーク溶接方法とし、溶接トーチの傾斜角度(起こし角度)を60°とし、シールドガスは、主として20体積%COを含むArガスを用いた。また、シールドガスとして、3%のOを含むArガスや、20%のCOと2%のOを含むArガスも用いた。ワイヤ先端狙いは一方の鋼板の端面と他方の鋼板の表面とにより構成されるコーナー部とした。
溶接ワイヤとして、種々の成分系のソリッドワイヤを用いることで、溶接金属の成分を調整した。
【0044】
各鋼板の引張強度、板厚および主要成分は以下のとおりである。
(鋼板a)
・引張強度:270MPa
・板厚:3.2mm
・成分:C=0.040%、Si=0.01%、Mn=0.30%、P=0.010%、S=0.005%
(鋼板b)
・引張強度:440MPa
・板厚:3.2mm
・成分:C=0.150%、Si=0.01%、Mn=0.50%、P=0.010%、S=0.005%、Al=0.02%
(鋼板c)
・引張強度:590MPa
・板厚:2.9mm
・成分:C=0.050%、Si=0.02%、Mn=1.25%、P=0.010%、S=0.005%、Al=0.30%、Ti=0.05%
(鋼板d)
・引張強度:780MPa
・板厚:2.6mm
・成分:C=0.045%、Si=0.02%、Mn=1.55%、P=0.010%、S=0.005%、Al=0.30%、Ti=0.13%
(鋼板e)
・引張強度:780MPa
・板厚:5.0mm
・成分:C=0.045%、Si=0.08%、Mn=1.50%、P=0.007%、S=0.005%、Al=0.05%、Ti=0.07%
【0045】
このようにして得られた溶接継手について、溶接金属の化学成分を測定した。
具体的には、(1)溶接部の長手方向中央部において、長手方向に垂直な断面を目視観察することによって予め溶接金属の領域を特定し、(2)その領域をドリルで切削することによって溶接金属の切り粉を採取し、(3)その切り粉を試料として高周波誘導結合プラズマ(ICP)による発光分光分析法で測定することにより、溶接金属の化学成分を測定した。
表1~表3には、各成分の含有量と、式(1)と式(2)の値を示す。なお、本発明の範囲外の数値には下線を付した。また、添加されなかった成分は、表において空白とした。
【0046】
また、表1~表3には、それぞれの実験例について、強度(破断位置)と赤錆の評価結果も併せて示す。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
(強度の評価)
強度は継手引張り試験における破断位置で評価した。引張り試験は、25mm×100mmの2枚の鋼板を長手方向の端部を15mm重ね合わせて重ね隅肉溶接して,長手方向に引張り速度10mm/minの速度で実施した。破断位置が母材の場合はOKとし、破断位置が溶接金属の場合はNGとした。
【0051】
(赤錆の評価)
JASO法M610に規定する複合サイクル試験(CCT、5%NaCl、ウェット率50%)を50サイクル及び100サイクル行い、赤錆の有無をそれぞれ評価した。赤錆が発生していない場合はOKとし、赤錆が発生した場合はNGとした。
下記のA,B及びCの三段階で耐食性を評価した。A及びBが耐食性を満足するとして、Cが耐食性を満足しないとした。
A:50サイクル及び100サイクルの両方がOKである。
B:50サイクルがOKであり、100サイクルがNGである。
C:50サイクル及び100サイクルの両方がNGである。
【0052】
本発明例に係る実験No.1~27および39では、溶接金属の成分組成が適正であることにより、溶接金属の成分組成が適切に制御されているため、溶接金属において優れた強度及び耐食性を得ることができた。ただし、端面に隅肉溶接部が形成される鋼板の板厚が4.5mmを超える実験No.39では、複合サイクル試験において50サイクルでは赤錆が発生していないが、100サイクルでは赤錆が発生した。
【0053】
比較例に係る実験No.28では、溶接金属のSi含有量が過剰であったため、非導電性のスラグを形成し塗装不良が発生した。
【0054】
比較例に係る実験No.29では、溶接金属の化学成分が式(2)を満たさなかったため、赤錆の発生を抑制することができなかった。
【0055】
比較例に係る実験No.30では、溶接金属のC含有量が過剰であったため、溶接金属が硬化し、所望の強度を得ることができなかった。
【0056】
比較例に係る実験No.31では、溶接金属の化学成分が式(1)を満たさなかったため、粗大化フェライトの生成を抑制する効果を十分に享受できず、溶接金属の強度を確保することができなかった。
【0057】
比較例に係る実験No.32では、溶接金属のC含有量が過少であったため、溶接金属における引張強さが得られず、所望の引張強さを得ることができなかった。また、ビード形状不良に起因して赤錆が発生した。
【0058】
比較例に係る実験No.33では、溶接金属のMn含有量が過剰であったため、ビード形状不良に起因して赤錆が発生した。
【0059】
比較例に係る実験No.34では、溶接金属のAl含有量が過剰であったため、Al系スラグが増加してしまい、Al系スラグと溶接金属との間から赤錆が発生した。
【0060】
比較例に係る実験No.35では、溶接金属のTi含有量が過少であり、AlとTiが共存しなかったため、Al系スラグのみが溶接ビード上に凝集し、溶接金属とAl系スラグとの間に空隙ができ、この空隙から赤錆が発生した。
【0061】
比較例に係る実験No.36では、溶接金属のMn含有量が過少であったため、溶接金属の強度を確保することができず、溶接金属において破断が発生した。
【0062】
比較例に係る実験No.37では、溶接金属のTi含有量が過剰であったため、Ti系スラグが増加してしまい、Ti系スラグの密着性が低下して剥離してしまった。そのため、剥離した箇所において赤錆が発生した。
【0063】
比較例に係る実験No.38では、溶接金属のAl含有量が過少であり、AlとTiが共存しなかったため、Ti系スラグのみが溶接ビード上に凝集し、溶接金属とTi系スラグとの間に空隙ができ、この空隙から赤錆が発生した。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によれば、溶接金属の強度及び耐食性に優れた溶接継手を有する自動車用足回り部品を提供することができ、産業上の利用価値が高い。
【符号の説明】
【0065】
1 溶接継手
2 第一の鋼板
3 第二の鋼板
4 隅肉溶接部、溶接金属
図1
図2