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特許7143977油脂組成物とそれを用いた油脂含有食品素材、飲食品およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-20
(45)【発行日】2022-09-29
(54)【発明の名称】油脂組成物とそれを用いた油脂含有食品素材、飲食品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23D 7/00 20060101AFI20220921BHJP
【FI】
A23D7/00 500
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2016157003
(22)【出願日】2016-08-09
(65)【公開番号】P2018023309
(43)【公開日】2018-02-15
【審査請求日】2019-05-07
【審判番号】
【審判請求日】2020-12-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000114318
【氏名又は名称】ミヨシ油脂株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 貴美子
【合議体】
【審判長】平塚 政宏
【審判官】大島 祥吾
【審判官】植前 充司
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-92663(JP,A)
【文献】特開2014-77067(JP,A)
【文献】特開2014-76010(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23D
C11B
C11C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程:
S-メチルメチオニンスルフォニウムクロライド(MMSC)と水とを接触させることなく、前記MMSCを油脂に添加することで、水を含有せず、かつ、前記MMSCを含有する油脂組成物を得る工程;および、
前記油脂組成物を油相として配合する工程
を含む油脂含有食品素材の製造方法
【請求項2】
前記油脂含有食品素材が可塑性油脂である請求項1に記載の油脂含有食品素材の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂組成物とそれを用いた油脂含有食品素材、飲食品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、食品の乳風味を向上させるための方法として、ラクトン類、脂肪酸類、アルデヒド類、エステル類、アルコール類、ケトン類および含硫化合物等の揮発性香気成分を食品の原材料に添加することが知られている。しかし、揮発性の高い香気成分は、加熱を伴う二次加工後の食品の製造時に直接添加しても、製造時や保管時に揮発してしまい、風味が低下してしまうという問題があった。上記含硫化合物の一種であるジメチルスルフィド(DMS)等の揮発性香気成分は、適量を食品の原材料に添加することで、乳風味を付与あるいは向上させることが知られているが、揮発性が高く、食品の原材料に添加されていても、風味やその持続性が低下しやすい。近年、DMSの前駆物質であるS-メチルメチオニンスルフォニウムクロライド(MMSC)やDMSを食品の原材料に添加することにより、乳風味を向上させる食品の製造方法が提案されている。(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
特許文献1には、必須の成分として、MMSCを配合する乳系フレーバーの製造方法が提案されており、具体的には、MMSCを添加した乳飲料を製造することが記載されている。この乳飲料では、乳風味が向上するとされている。
【0004】
特許文献2には、DMSを含有し、バター様の風味および好ましい塩味を呈する油脂組成物の製造方法が提案されている。この油脂組成物をトーストに塗布すると、良好なバター風味を得られるとされている。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、食品中の水相へのMMSCの添加が開示されているものの、水相においては、MMSCからDMSへの分解が促進されるため、乳風味の持続性が十分ではないという問題があった。
【0006】
特許文献2に記載の技術では、油脂組成物中にDMSを添加することが開示されているが、油脂組成物を加熱すると、DMSの揮発が促進されるため、特許文献1と同様に乳風味の持続性については満足のいくものではなかった。
【0007】
一方、特許文献3では、MMSCからDMSへの分解を抑制する技術として、MMSCにシリコーンを混合させることにより得られた混合末を用いて、MMSC含有製剤を製造する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-77067号公報
【文献】特開2012-50359号公報
【文献】特開2003-306431号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献3に記載されたMMSC含有製剤においても、加熱を伴う二次加工後の食品について、乳風味およびその持続性を向上することができるかどうかについては、十分に検討されていなかった。
【0010】
このような背景から、油脂含有食品素材の加熱を伴う二次加工後や、油脂含有食品素材の製造時における高温加熱後であっても、自然な乳風味を有し、かつ乳風味の持続性を向上させることができる油脂組成物およびその製造方法の開発が望まれていた。
【0011】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、油脂含有食品素材の加熱を伴う二次加工後や、油脂含有食品素材の製造時における高温加熱後であっても乳風味とその持続性が良好な油脂組成物とそれを用いた油脂含有食品素材およびこれらを含む飲食品を提供することを課題とする。また、その製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の油脂組成物は、S-メチルメチオニンスルフォニウムクロライド(MMSC)を含有することを特徴としている。
【0013】
本発明の油脂含有食品素材は、前記油脂組成物を油相として含有し、ジメチルスルフィド(DMS)を含有することを特徴としている。
【0014】
前記油脂含有食品素材は、可塑性油脂であることが好ましく考慮される。
【0015】
本発明の飲食品は、前記の油脂組成物または油脂含有食品素材を含有することを特徴としている。
【0016】
本発明の油脂含有食品素材の製造方法は、S-メチルメチオニンスルフォニウムクロライド(MMSC)を油相に添加することを特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
本発明の油脂組成物、油脂含有食品素材およびこれらを含む飲食品によれば、油脂含有食品素材の加熱を伴う二次加工後や、油脂含有食品素材の製造時における高温加熱後であっても乳風味とその持続性が良好となる。
【0018】
また、本発明の油脂含有食品素材の製造方法によれば、油脂含有食品素材の加熱を伴う二次加工後や、油脂含有食品素材の製造時における高温加熱後であっても乳風味とその持続性が良好となる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明の油脂組成物は、S-メチルメチオニンスルフォニウムクロライド(MMSC)を含有する。また、本発明の油脂含有食品素材は、前記油脂組成物を油相として含有し、ジメチルスルフィド(DMS)を含有する。
【0021】
本発明に用いられるS-メチルメチオニンスルフォニウムクロライド(MMSC)は、ビタミンUとも呼称され、キャベツの搾汁から発見され、種々の胃腸薬の有効成分の一つとして知られている。精製したMMSCは、淡黄色の粉末で、特有の風味を有する。
【0022】
また、MMSCは、加水分解されることによって、ジメチルスルフィド(DMS)を生じる。DMSは、特定の濃度範囲において、乳風味を示すが、その一方で、高濃度では、青海苔に似た磯臭い臭気をもたらす。また、DMSは非常に揮発性が高く、乳風味の持続性に難がある。
【0023】
このようなMMSCは食品の水相に溶解した場合、加熱時に急激にDMSへと分解されてしまう。一方、MMSCを食品の油相に溶解した場合、加熱しても、DMSへの急激な分解が抑制される。したがって、MMSCを含有する食品の製造後も、乳風味の持続性を向上させることができる。
【0024】
このため、本発明の油脂組成物は、水を含有しておらず、油脂と、MMSCおよび乳化剤等の添加物からなることが好ましい。
【0025】
本発明の油脂組成物を構成する油脂としては、通常食品に添加することができる食用油脂であれば特に制限はなく、また、常温で液体、固体等の形態は問わない。食用油脂としては、例えば、大豆油、菜種油、コーン油、ゴマ油、シソ油、亜麻仁油、落花生油、紅花油、高オレイン酸紅花油、ひまわり油、高オレイン酸ひまわり油、綿実油、ブドウ種子油、マカデミアナッツ油、ヘーゼルナッツ油、カボチャ種子油、クルミ油、椿油、茶実油、エゴマ油、ボラージ油、オリーブ油、米糠油、小麦胚芽油、ヤシ油、カカオ脂、パーム油、パーム核油および藻類油等の植物油脂が例示される。また、豚脂、牛脂、魚油等の動物油脂が例示される。また、これらの食用油脂の分別油、硬化油、エステル交換油などを配合したものであってもよい。食用油脂は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用した調合油を用いてもよい。
【0026】
本発明の油脂組成物は、油脂の構成脂肪酸としてトランス脂肪酸を含んでもよく、含まなくてもよいが、トランス脂肪酸は、動脈硬化症や心臓疾患のリスクを増大させうる。このようなトランス脂肪酸による健康への影響が懸念される点を考慮し、本発明の油脂組成物に使用される食用油脂では、トランス脂肪酸の含有量が油脂全量に対して、例えば、0.1~3.0質量%に抑制することが例示される。トランス脂肪酸の含有量を3.0質量%以下にする点からは、硬化処理していない油脂を主体とし、適宜に完全水素添加した極度硬化油を配合したものが好ましい。ここで植物油脂の極度硬化油としては、パーム極度硬化油、ヤシ極度硬化油、パーム核極度硬化油、菜種極度硬化油などが挙げられる。これらは1種単独で使用してもよく2種以上を併用してもよい。
【0027】
添加物としては、例えば、前記のとおり乳化剤や抗酸化剤、香料、着色成分等が例示される。
【0028】
乳化剤としては、例えば、レシチン、グリセリン脂肪酸エステル、有機酸グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウム、ステアロイル乳酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルなどが挙げられる。
【0029】
本発明の油脂組成物を油相として含有する油脂含有食品素材としては、可塑性油脂、水中油型組成物、粉末油脂などが挙げられる。
【0030】
本発明の油脂含有食品素材では、可塑性油脂であることが好ましく考慮される。すなわち、本発明の油脂含有食品素材は、油相中に本発明の油脂組成物を含有する可塑性油脂として調製することができる。このような可塑性油脂では、前記のとおり、MMSCが油相中に分散しているため、MMSCの安定性が向上しており、水による分解を受けにくくなっている。このため、可塑性油脂の調製時に、本発明の油脂組成物と水を混合し、接触させたとしても、MMSCの分解を抑制することができる。
【0031】
可塑性油脂は、水相を含有する形態と、水相を実質的に含有しない形態をとることができる。水相を含有する形態としては油中水型、水中油型、油中水中油型、水中油中水型が挙げられ、油相の含有量は、好ましくは60~99.4質量%、より好ましくは65~98質量%であり、水相の含有量は、好ましくは0.6~40質量%、より好ましくは2~35質量%である。水相を含有する形態としては油中水型が好ましく、例えばマーガリン、ファットスプレッドが挙げられる。
【0032】
また水相を実質的に含有しない形態としてはショートニングが挙げられる。ここで「実質的に含有しない」とは、水分(揮発分を含む。)の含有量が0.5質量%以下のことである。
【0033】
可塑性油脂には、水以外に、従来の公知の成分を含んでもよい。公知の成分としては、特に限定されるものではないが、例えば、乳製品、蛋白質、糖質、塩類、酸味料、pH調整剤、抗酸化剤、香辛料、増粘剤、着色成分、フレーバー、乳化剤、酒類、酵素、粉末油脂などが挙げられる。乳としては、牛乳などが挙げられる。乳製品としては、脱脂乳、生クリーム、チーズ(ナチュラルチーズ、プロセスチーズなど)、発酵乳、濃縮乳、脱脂濃縮乳、無糖れん乳、加糖れん乳、無糖脱脂れん乳、加糖脱脂れん乳、全脂粉乳、脱脂粉乳、クリームパウダー、ホエイパウダー、蛋白濃縮ホエイパウダー、ホエイチーズ(WC)、ホエイ蛋白コンセントレート(WPC)、ホエイ蛋白アイソレート(WPI)、バターミルクパウダー、トータルミルクプロテイン、カゼインナトリウム、カゼインカリウムなどが挙げられる。蛋白質としては、大豆蛋白、エンドウ豆蛋白、小麦蛋白などの植物蛋白などが挙げられる。糖質としては、単糖(グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノースなど)、二糖類(ラクトース、スクロース、マルトース、トレハロースなど)、オリゴ糖、糖アルコール、ステビア、アスパルテームなどの甘味料、デンプン、デンプン分解物、多糖類などが挙げられる。抗酸化剤としては、L-アスコルビン酸、L-アスコルビン酸誘導体、トコフェロール、トコトリエノール、リグナン、ユビキノン類、キサンチン類、オリザノール、植物ステロール、カテキン類、ポリフェノール類、茶抽出物などが挙げられる。香辛料としては、カプサイシン、アネトール、オイゲノール、シネオール、ジンゲロンなどが挙げられる。増粘剤としては、カラギナン、キサンタンガム、グァガム、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)などが挙げられる。着色成分としては、カロテン、アナトー、アスタキサンチンなどが挙げられる。フレーバーとしては、バターフレーバー、ミルクフレーバーなどが挙げられる。乳化剤としては、レシチン、グリセリン脂肪酸エステル、有機酸グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウム、ステアロイル乳酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルなどが挙げられる。
【0034】
可塑性油脂は、公知の方法により製造することができる。例えば水相を含有する形態のものは、MMSCを含む油相と水相とを適宜に加熱し混合して乳化した後、コンビネーター、パーフェクター、ボテーター、ネクサスなどの冷却混合機により急冷捏和し得ることができる。水相を含有しない形態のものは、MMSCを含む油相を加熱した後、コンビネーター、パーフェクター、ボテーター、ネクサスなどの冷却混合機により急冷捏和し得ることができる。冷却混合機において、必要に応じて窒素ガスなどの不活性ガスを吹き込むこともできる。また急冷捏和後に熟成(テンパリング)してもよい。
【0035】
可塑性油脂は、製菓製パン生地への練り込み用や折り込み用、スプレッド用、バタークリーム用などに好適に用いることができる。
【0036】
可塑性油脂としては、油中水型乳化物であることが好ましく考慮される。油中水型乳化物に、本発明の油脂組成物を油相として用いた場合、油中水型乳化物の製造工程において、食用油脂を加熱殺菌処理した場合であっても、急激なMMSCの分解およびDMSの生成が抑制される。そして、徐々にMMSCが分解されてDMSを徐放することができる。このため、乳風味の持続性が向上する。
【0037】
その他、本発明の油脂含有食品素材は、水中油型乳化物や、粉末油脂であってもよい。
【0038】
水中油型乳化物は、例えば、水と油脂と蛋白質等を含み、牛乳や生クリームの代替としてケーキ生地、ゼリー、ムース、スープ類やソース類等にそのまま添加して使用され、あるいは起泡させてホイップクリームとして、製菓、製パン材料に使用されている。水中油型乳化物は、油脂を含む油相と、水相を乳化することにより得ることができる。水中油型乳化物は、従来と同様の方法で製造することができる。例えば、油脂を含む油相と、水相を予備乳化した後、均質化、加熱殺菌、冷却、エージングなどの工程を経て製造される。
【0039】
本発明の油脂組成物を水中油型乳化物の油相として用いた場合、水中油型乳化物の製造工程において加熱殺菌処理などの際に高温に加熱しても、急激なMMSCの分解およびDMSの生成が抑制される。そして、徐々にMMSCが分解されてDMSを徐放することができる。このため、乳風味の持続性が向上する。
【0040】
粉末油脂は、その製法として、加熱乾燥法、賦形剤に油脂を吸着させて粉末化する方法、常温で固体の油脂を粉砕して粉末化する方法、凍結乾燥法などが知られており、本発明の油脂含有食品素材ではいずれの方法で製造したものであってもよい。これらのうち加熱乾燥法では、例えば、賦形剤を含む水相と油脂を含む油相とを攪拌、均質化することにより水中油型乳化物とし、これを加熱乾燥することによって粉末油脂を製造する。加熱乾燥は、例えば、水中油型乳化物を噴霧乾燥機の入口に供給し、高温熱風を吹き込み、噴霧乾燥機の槽内に噴霧することによって行われる。粉末油脂は、賦形剤を含む水相に、上記のような油脂を含む油相を添加し、ホモミキサーなどで攪拌後、ホモジナイザーなどで均質化することにより、水中油型乳化物とし、その後、乾燥粉末化して得ることができる。
【0041】
本発明の油脂組成物を粉末油脂の油相として用いる場合、粉末油脂の製造工程において加熱殺菌処理や加熱乾燥などの際に高温に加熱した場合であっても、急激なMMSCの分解およびDMSの生成が抑制される。そして、徐々にMMSCが分解されてDMSを徐放することができる。このため、乳風味の持続性が向上する。
【0042】
また、本発明の飲食品は、上記の油脂組成物または油脂含有食品素材を含むことが好ましく考慮される。
【0043】
飲食品としては、特に限定されないが、乳風味が付与されている飲食品が好ましく、例えば、乳風味飲料、製菓製パン、ゼリー、ババロア、プリン、アイスクリーム等の冷菓、スープ類等が例示される。
【0044】
本発明の油脂組成物または油脂含有食品素材を飲食品に添加して用いる場合、飲食品の製造工程において加熱殺菌処理や加熱乾燥などの際に高温に加熱した場合であっても、急激なMMSCの分解およびDMSの生成が抑制される。そして、徐々にMMSCが分解されてDMSを徐放することができる。このため、乳風味の持続性が向上する。
【0045】
MMSCの濃度としては、例えば、油脂組成物の全量に対して1~50ppm、好ましくは5~35ppmであることが例示される。
【0046】
前述のとおり、MMSCが加水分解されることによって、DMSを生じ、乳風味が向上するため、乳風味が向上することの指標として、油脂組成物やそれを用いた飲食品等の中のDMS含有量を測定することができる。油脂組成物やそれを用いた飲食品等の中のDMSの含有量については、例えば、SPMEファイバーにDMSを吸着固定した上で、GC-MSを用いて測定することが好ましく例示される。また、油脂組成物やそれを用いた飲食品等の中のDMSの含有量より、油脂組成物やそれを用いた飲食品等へのMMSC添加量に換算することができる。
【0047】
乳風味の持続性としては、例えば、加熱前、加熱直後、加熱から1~2週間程度経過した後のいずれにおいても、同程度の乳風味が感じられることが好ましく考慮される。このような乳風味の持続性の評価は、上記のGC-MSによって測定されたDMS濃度の比較によって行うことができる。
【実施例
【0048】
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0049】
<油脂組成物の製造>
油脂(パーム油とラウリン系油脂のエステル交換油15質量%、パーム分別軟質部のエステル交換油50質量%、パーム油15質量%、菜種油20質量%)を調合し、該油脂に表1に記載の濃度になるようにMMSC(東京化成工業株式会社製)を添加し、実施例1~4、比較例1の油脂組成物を得た。比較例2~5については、水に表2の濃度になるようにMMSCを添加した。比較例6については、該油脂に表2に記載の濃度になるようDMS(東京化成工業株式会社製)を添加した。得られた油脂組成物(比較例2~5については、水溶液)を85℃で30分加熱後、後述する、DMSの測定に用いた。
【0050】
<マーガリンの製造>
実施例1~4、比較例1、6に係る油脂組成物および比較例2~5に係る水溶液を用いて、油分80質量%のマーガリンを得た。具体的には、上記油脂組成物に乳化剤を0.15質量%添加し、85℃で30分加熱殺菌処理を行い、油相とした。一方、水17.5質量%(比較例8~11については、上記水溶液)に脱脂粉乳1.5質量%、食塩1質量%を添加し、85℃で30分加熱殺菌処理を行い、水相を得た。次に、該油相に該水相を添加し、プロペラ攪拌機で攪拌して、油中水型に乳化した後、コンビネーターによって急冷捏和して、下記の配合割合のマーガリンを得た。
【0051】
(マーガリンの配合)
油脂組成物 79.85質量%
乳化剤 0.15質量%
脱脂粉乳 1.5質量%
食塩 1質量%
水 17.5質量%
【0052】
<DMSの測定条件>
油脂組成物(比較例2~5については、水溶液)およびこれを用いたマーガリンについて、SPME-GC/MS(固相マイクロ抽出-GC/MS)によるDMSの捕集、測定を行った。なお、油脂組成物(比較例2~5については、水溶液)は、加熱未処理時のもの、85℃で30分加熱後のもの、マーガリンについては、加熱未処理時のもの、200℃で20分加熱後、20℃で1日(D1)、7日(D7)、14日(D14)保管したものを測定した。
【0053】
SPME-GC/MSによるDMSの捕集、測定は下記の方法で行った。
【0054】
油脂組成物(比較例2~5については、水溶液)またはマーガリン2gを20mLバイアル瓶に秤量し、1mlの水を加えて、シリコンセプタムおよびアルミニウム製のキャップを用いて密封した。50℃恒温槽にて15分間インキュベートし、その後50℃にて25分間SPMEファイバー(50/30 DVB/Carboxen/PDMS (SUPELCO社製))にDMSを吸着した後、GC/MSにて測定した。DMSの分析機器には、Agilent 7890A/5975C GC/MSD (AgilentTechnologies社製)を使用し、Pure-WAX(内径0.25mm 長さ30m 膜厚0.25μm Intert Cap社製)カラムを用いた。DMSの測定結果の解析は GC/MS付属の解析ソフトを使用して行い、DMSの同定にはNIST08 Mass Spectral Libraryをデータベースと標準試薬の分析によって行った。
【0055】
また、各サンプル中のDMS含量を比較するために、DMS(m/z62)のピークについて積分を行いピーク面積とした。さらに、表1、2においては、実施例1の加熱未処理時のDMSのピーク面積を1とした際の各サンプルのDMSのピーク面積の相対強度を算出した。表3、4においては、実施例5の加熱未処理時のDMSのピーク面積を1とした際の各サンプルのDMSのピーク面積の相対強度を算出した。
【0056】
測定条件は以下に示すとおりである。すなわち、スプリットレスモード、注入口温度250℃、キャリアガスHe、カラム初期流量1.0mL/min、オーブン条件40℃3分保持後、230℃まで3℃/minで昇温後、24分保持して、香気成分の分離を行った。MS条件は以下に示すとおりである。すなわち、検出器はイオントラップ型(EIモード)、測定はスキャンモード、MSトラップ温度200℃、トランスファー温度250℃、質量範囲35~500m/z、スキャン速度0.5sec/scanとした。
【0057】
油脂組成物(比較例2~5については、水溶液)のDMSの測定結果を表1、2に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
表1に示すように、油脂にMMSCを添加した実施例1~4の油脂組成物については、加熱処理の前後において、DMSのピーク面積値の変動がほとんど見られなかった。一方、表2に示すように、水にMMSCを添加した比較例2~5の水溶液については、DMSのピーク面積値が加熱処理後に約10倍に上昇することが確認された。すなわち、水にMMSCを添加した比較例2~5の水溶液については、加熱処理により、MMSCがDMSへと急激に分解されるのに対し、油相にMMSCを添加した実施例1~4の油脂組成物については、MMSCからDMSへの分解が抑制されることが示唆された。この結果から、油脂にMMSCを添加することにより、MMSCの安定性が向上することが考えられる。
【0061】
油脂にDMSを添加した比較例6の油脂組成物では、DMSのピーク面積値が加熱工程後に約4分の1まで低下することが確認された。すなわち、比較例6の油脂組成物については、加熱処理により、DMSが急速に揮発し、油脂組成物中から流失したものと考えられる。
【0062】
上記条件で、加熱処理および保管したマーガリンについて、次の評価を行った。
[マーガリンの風味の官能評価]
実施例5~8および比較例7~12のマーガリンについて、下記パネルにより喫食し、以下の基準でその風味を評価した。パネルは、五味(甘、酸、塩、苦、うま味)の識別テスト、味の濃度差識別テスト、食品の味の識別テスト、基準臭覚テストを実施し、その各々のテストで適合と判定された20~40代の男性10名、女性10名の合計20名を選抜した。官能評価は濃厚感と違和感の評価項目をそれぞれ7段階で数値評価した。数値評価の結果を以下の○、△、×の3段階で評価した。
【0063】
○:濃厚感が4以上かつ違和感が5未満であり、乳風味が良好である。
△:濃厚感が3以下かつ違和感が5未満であり、濃厚感がない。
×:濃厚感が3以下かつ違和感が5以上であり青海苔臭がする。
実施例5~8および比較例7~12のマーガリンにおける各評価項目の評価結果を表3、4に示す。
【0064】
また、上記の実施例5~8および比較例7~12のマーガリンを用いてクッキーを製造し、焼成後、20℃で1日(D1)、14日(D14)保管したクッキーの乳風味の向上と持続性について以下のとおり評価した。
【0065】
<クッキーの製造>
マーガリン、上白糖、全卵、薄力粉を以下に記載した配合でミキサーボールに投入し、ビーターを使用して、下記条件にてミキシングし、クッキー生地を得た。すなわち、上白糖とバターをすり合わせ、全卵と水を徐々に加え合わせる。薄力粉を加えビーターでなじませた後、手で軽く合わせ、冷蔵庫で1時間リタードした。これを成型、リタードした後、脱型したクッキー生地を厚さ10mmにスライスし、200℃、20分間オーブンで焼成した。
(クッキー生地の配合)
上白糖 120g
全卵 45g
薄力粉 300g
マーガリン 180g
上記保管後のクッキーについて、次の評価を行った。
[クッキーの風味の官能評価]
得られたクッキーについて、下記パネルにより喫食し、以下の基準でその風味を評価した。
【0066】
パネルは、五味(甘、酸、塩、苦、うま味)の識別テスト、味の濃度差識別テスト、食品の味の識別テスト、基準臭覚テストを実施し、その各々のテストで適合と判定された20~40代の男性10名、女性10名の合計20名を選抜した。官能評価は、濃厚感と違和感の評価項目をそれぞれ7段階で数値評価した。数値評価の結果を以下の○、△、×の3段階で評価した。
【0067】
○:濃厚感が4以上かつ違和感が5未満であり、乳風味が良好である。
△:濃厚感が3以下かつ違和感が5未満であり、濃厚感がない。
×:濃厚感が3以下かつ違和感が5以上であり、青海苔臭がする。
実施例5~8および比較例7~12のマーガリンおよびこれを用いて焼成したクッキーにおける各評価項目の評価結果を表3、4に示す。
【0068】
【表3】
【0069】
【表4】
【0070】
表3、4に示すように、油相にMMSCを添加した実施例5~8のマーガリンおよびこれを用いて焼成したクッキーについては、MMSCを添加してないマーガリンおよびこれを用いて焼成したクッキーである比較例7に対し、乳風味の濃厚感が増し、違和感は低減しており、総合的には乳風味が良好であることが確認された。乳風味は、MMSCの添加量依存的に向上し、しかも、焼成後、2週間経過しても乳風味が良好であり、乳風味の持続性も向上することが確認された。
【0071】
一方、表4に示すように、水相にMMSCを添加した比較例8~11のマーガリンおよびこれを用いて焼成したクッキーについて、風味の評価を行った結果、MMSCの添加量が25ppm(マーガリン全体に対し5ppm)である比較例8では、加熱処理前および加熱処理後1日の時点では、乳風味が良好であったものの、加熱後7日の時点では、乳風味を感じることができなくなった。また、水相へのMMSCの添加量が75ppm(マーガリン全体に対し15ppm)である比較例9のマーガリンおよびこれを用いて焼成したクッキーについては、加熱処理前は乳風味が良好だったが、加熱後は青海苔臭がきつく、違和感があった。しかも、風味の持続性が認められなかった。さらに、水相へのMMSCの添加量が125ppm以上(マーガリン全体に対し25ppm以上)の比較例10、11では、加熱処理前から青海苔臭がきつく、違和感があった。そして、MMSCの代わりにDMSを油相に添加した比較例12では、加熱処理前から乳風味に濃厚感がなく、焼成後も乳風味の濃厚感が向上することはなかった。
【0072】
以上の結果から、油相にMMSCを添加することにより、MMSCの安定性が向上し、MMSCを含有する油脂組成物を用いたマーガリン等の可塑性油脂や、この可塑性油脂を配合して製造した食品についても、乳風味が良好であり、乳風味の持続性も向上させることが示唆された。