(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-20
(45)【発行日】2022-09-29
(54)【発明の名称】細胞又は組織の凍結保存用治具
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220921BHJP
C12N 5/071 20100101ALN20220921BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12N5/071
(21)【出願番号】P 2019152906
(22)【出願日】2019-08-23
【審査請求日】2021-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000005980
【氏名又は名称】三菱製紙株式会社
(72)【発明者】
【氏名】松澤 篤史
(72)【発明者】
【氏名】吉田 翔
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】登録実用新案第3202440(JP,U)
【文献】特開2016-010359(JP,A)
【文献】国際公開第2019/004300(WO,A1)
【文献】特表2019-505232(JP,A)
【文献】国際公開第2016/031916(WO,A1)
【文献】特開2012-140422(JP,A)
【文献】国際公開第2016/111217(WO,A1)
【文献】Momozawa, Kenji, et al.,Efficient vitrification of mouse embryos using the Kitasato Vitrification System as a novel vitrification device,Reproductive Biology and Endocrinology,2017年,Vol. 15, No. 29,pp. 1-9,https://doi.org/10.1186/s12958-017-0249-2
【文献】Momozawa, Kenji, et al.,A new vitrification device that absorbs excess vitrification solution adaptable to a closed system for the cryopreservation of mouse embryos,Cryobiology,2019年04月26日,Vol. 88,pp. 9-14,https://doi.org/10.1016/j.cryobiol.2019.04.008
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
A01N 1/00-3/04
A61D 19/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
短冊状の先端部を有する本体部材及び該本体部材の先端部を被包するキャップ部材を少なくとも有する細胞又は組織の凍結保存用治具であって、該先端部は保存液吸収体を有する載置部を少なくとも有し、該先端部の短軸方向の長さは1.75mm以下で且つ該キャップ部材の内径
(該内径はキャップ部材の内腔の最大径)の70%以上であり、該キャップ部材は開口した片端と閉塞した片端を有する略円筒形状を有し、該キャップ部材の内腔の長軸方向の長さが該先端部の長軸方向の長さの200%以下であることを特徴とする細胞又は組織の凍結保存用治具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞又は組織の凍結保存用治具に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞又は組織の優れた保存技術は、様々な産業分野で求められている。例えば、牛の胚移植技術においては、胚を凍結保存し、受胚牛の発情周期に合わせて胚を融解し、移植することが行われている。また、ヒトの不妊治療においては、母体から卵子又は卵巣を採取後、移植に適したタイミングに合わせるために凍結保存しておき、移植時に融解して用いることがなされている。
【0003】
一般に、生体内から採取された細胞又は組織は、たとえ培養液の中であっても、次第に活性が失われたり、形質の変化が生じたりすることから、生体外での細胞又は組織の長期間の培養は好ましくない。そのため、生体活性を保った状態で長期間保存するための技術が重要である。優れた保存技術によって、採取された細胞又は組織をより正確に分析することが可能になる。また優れた保存技術によって、より高い生体活性を保ったまま細胞又は組織を移植に用いることが可能となり、移植後の生着率が向上することが望める。さらには、生体外で培養した培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シートのような移植のための人工の組織を、順次生産して保存しておき、必要な時に使用することも可能となり、医療の面だけではなく、産業面においても大きなメリットが期待できる。
【0004】
細胞又は組織の凍結保存方法として、例えば緩慢凍結法が知られている。この方法では、まず、例えばリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤を含有させることで得られた保存液に、細胞又は組織を浸漬する。該耐凍剤としては、グリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド等の化合物が用いられる。該保存液に、細胞又は組織を浸漬後、比較的遅い冷却速度(例えば0.3~0.5℃/分の速度)で、-30~-35℃まで冷却することにより、細胞内外又は組織内外の溶液が十分に冷却され、粘性が高くなる。このような状態で、該保存液中の細胞又は組織をさらに液体窒素の温度(-196℃)まで冷却すると、細胞内又は組織内とその外の周囲の微少溶液がいずれも非結晶のまま固化する現象であるガラス化が起こる。ガラス化により、細胞内外又は組織内外が固化すると、実質的に分子の動きがなくなるので、ガラス化された細胞又は組織を液体窒素中に保存することで、半永久的に保存できると考えられる。
【0005】
また、細胞又は組織の凍結保存方法として、ガラス化凍結法も知られている。ガラス化凍結法とは、グリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド等の耐凍剤を多量に含む保存液の凝固点降下により、氷点下であっても氷晶ができにくくなる原理を用いたものである。この保存液を急速に液体窒素中で冷却させると、氷晶を生じさせないまま固化させることができる。このように固化することをガラス化凍結という。また、耐凍剤を多量に含む保存液は、ガラス化液と呼称される。
【0006】
前述した緩慢凍結法では、比較的遅い冷却速度で冷却する必要があるために、凍結保存のための操作に時間を要する。また、冷却速度を制御するための装置又は治具を必要とする問題がある。加えて、前記緩慢凍結法では、細胞外又は組織外の保存液中に氷晶が形成されるので、細胞又は組織が該氷晶により物理的に損害を受けるおそれがある。これに対し、上記したガラス化凍結法では、操作の時間は短時間であり、特別な装置又は治具を必要としない。加えて、ガラス化凍結法は、氷晶を生じさせないことによって高い生存率が得られる。
【0007】
ガラス化凍結法を用いた細胞又は組織の凍結保存方法については、様々な方法で、様々な種類の細胞又は組織を用いた例が示されている。例えば、特許文献1では、動物又はヒトの生殖細胞又は体細胞へのガラス化凍結法の適用が、凍結保存及び融解後の生存率の点で、極めて有用であることが示されている。
【0008】
ガラス化凍結法は、主にヒトの生殖細胞を用いて発展してきた技術であるが、最近では、iPS細胞やES細胞への応用も広く検討されている。また、非特許文献1では、ショウジョウバエの胚の保存にガラス化凍結法が有効であったことが示されている。さらに、特許文献2では、植物培養細胞や組織の保存において、ガラス化凍結法が有効であることが示されている。このように、ガラス化凍結法は広く様々な種の細胞及び組織の保存に有用であることが知られている。
【0009】
適切なガラス化凍結を成し得るために、凍結速度は速ければ速いほど好ましいことが知られている。さらに、凍結保存後の融解工程時においても、細胞又は組織中への再氷晶形成を抑制する観点で、融解速度は速ければ速いほど好ましいことが知られている。
【0010】
適切なガラス化凍結を成し得るための重要な因子である凍結速度と融解速度のうち、特に重要なのは、融解速度とされている。例えば、非特許文献2に記載されるように、迅速に凍結された細胞であっても、融解速度が遅い場合には生存率が低くなることが知られている。また特許文献3には、凍結したサンプルを急速融解法により融解することで、融解後のヒトiPS細胞由来神経幹細胞/前駆細胞の生存率が向上することが記載されている。
【0011】
一般に、ガラス化凍結法に関わる凍結保存用治具及び凍結保存方法としては、特許文献4において、哺乳動物胚または卵子を凍結ストロー、凍結バイアルまたは凍結チューブ等の凍結保存用容器の内面に、これらの胚または卵子を包被するに十分な最少量のガラス化液で貼り付け、この容器を液体窒素に接触させて急速に冷却する方法が提案されている。該凍結保存方法の後に行われる融解方法は、前記の方法で保存した凍結保存用容器を液体窒素から取り出し、容器の一端部を開口し、この容器内に33~39℃の希釈液を注入し、凍結した胚または卵子を融解希釈するものである。この凍結保存用治具及び凍結保存方法によれば、哺乳動物胚または卵子をウィルスや細菌に感染されるおそれがなく高い生存率で保存及び融解希釈することができるとされている。しかしながら、凍結ストロー、凍結バイアルまたは凍結チューブ等の凍結保存用容器の内面に、胚または卵子を貼り付ける凍結工程の難易度が高く、確実に胚または卵子を凍結保存用容器に載置されたことを確認することが難しかった。また、融解工程においても、希釈液を用いて融解するが、胚または卵子を載置した場所を視認しながら融解することが難しく、確実に胚または卵子を回収することが難しかった。さらには、凍結工程においてストローシーラーが必要であり、融解工程においてもストローカッターが必要であるなど、特別な器具が必要であり、煩雑なプロセスとなっていた。
【0012】
特許文献5では、熱伝導性部材を有した細胞保持部材と筒状収納部材を有した細胞凍結保存用具が記載されており、特許文献4の課題がある程度解決されている。特許文献5に記載されている凍結保存用具の使用方法として、顕微鏡下において、卵子を細胞保持部材に付着させ、細胞保持部材を筒状収納部材に収納した後に、液体窒素に浸漬してガラス化凍結する。その後に、筒状部材の開口部に蓋部材を装着し、液体窒素タンク内で保管する方法が記載されている。
【0013】
よりプロセスの少ないガラス化凍結法に関わる凍結保存用治具及び凍結融解方法として、特許文献6、特許文献7に記載されるような、ヒトの不妊治療分野で使用されているいわゆるクライオトップ(登録商標)法という方法が開示されている。該方法の凍結操作時は、卵付着保持用ストリップとして短冊状の可撓性かつ無色透明なフィルムを備えた卵凍結保存用具を使用し、顕微鏡観察下で該フィルム上に極少量の保存液と共に卵子又は胚を載置し、卵子が付着したフィルムを液体窒素に浸漬し、凍結する。一方、融解操作時には、卵付着保持用ストリップを保温された融解液に浸漬し、融解液中でフィルム上に載置された卵子又は胚を回収する。この方法では作業者の操作によって、卵子や胚は少量の保存液と共にフィルム上に載置され、かかる手法は操作の難度が高いといった問題があるものの、高い生存率で卵子又は胚を凍結できることが知られている。
【0014】
特許文献8~10では、細胞又は組織を、耐凍剤を多量に含む保存液と共に保存液除去材の上に載置し、細胞又は組織の周囲に付着した余分な保存液を除き、優れた生存率で凍結保存する方法が提案されている。特許文献8では、特定のヘーズ値を有する保存液吸収体が記載され、さらに特許文献9、特許文献10には、保存液吸収体として多孔質焼結形成体や特定の屈折率を有する素材で形成された多孔質構造体を有するガラス化凍結保存用治具が記載されている。
【0015】
特許文献11には、短冊状の光透過性を有したベース部を有し、さらに該ベース上の一部に吸水部(保存液吸収体)に取り囲まれた欠損部が設けられることにより、過剰な保存液の除去操作が不要な生体細胞凍結保存用具の例が記載されている。また、特許文献11には前記した欠損部に、卵子を少量のガラス化液と共に載置し、卵付着保持用ストリップを含む凍結保存用治具全体を筒状の収納容器に収納した後に、液体窒素に浸漬して、ガラス化凍結する凍結保存方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特許第3044323号公報
【文献】特開2008-5846号公報
【文献】特開2017-104061号公報
【文献】特開2000-189155号公報
【文献】特許第5798633号公報
【文献】特開2002-315573号公報
【文献】特開2006-271395号公報
【文献】特開2014-183757号公報
【文献】特開2015-142523号公報
【文献】国際公開第2015/064380号パンフレット
【文献】国際公開第2019/004300号パンフレット
【非特許文献】
【0017】
【文献】Steponkus et al.,Nature 345:170-172(1990)
【文献】僧都博著 「生細胞の凍結による障害と保護の機構」 化学と生物 第18巻(1980)2号 P.78~87 日本農芸化学会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
特許文献5では、熱伝導性部材を有した細胞保持部材と筒状収納部材を有した細胞凍結保存用具が提案されているが、凍結工程時に、筒状収納部材に蓋部材を取り付けるなどの工程があり、煩雑であった。また、融解工程の際には、筒状収納部材に収納された細胞保持部材を取り出すために、蓋部材を外す工程の他にも、取り出すための器具が必要になるなどして、煩雑であった。
【0019】
特許文献6、特許文献7では、卵子又は胚を載置するフィルムの幅を制限することにより、少ない量の保存液とともに卵子又は胚を凍結保存し、優れた生存率を得る凍結保存用治具が提案されており、よりプロセスの少ないガラス化凍結法が提案されている。しかしながら、これらの方法は、いくつかの問題を有していた。まず、凍結操作時においては、幅が制限されたフィルム上に、卵子又は胚を保存液と共に滴下し、凍結し、その後、筒状収納部材に収納するが、幅が制限されたフィルムの先端を筒状収納部材に収納する際、固化したガラス化液及び卵子又は胚が、筒状収納部材の端面に接触し、誤って脱落するおそれがあった。また、卵子又は胚を融解・回収する融解操作時に、フィルム上に気泡が付着し、顕微鏡観察下において載置された胚又は卵子と気泡の区別がつきづらいといった問題があった。さらには、融解操作時に、フィルム上に付着した気泡が卵子又は胚に付着し、これらの視認が阻害されるほか、気泡の浮力により卵子又は胚が不意に顕微鏡視野から外れてしまい、見失うといった問題があり、胚又は卵子の回収作業を阻害するといった問題もあった。
【0020】
特許文献8~10では、卵子又は胚の周囲に付着した余分な保存液を取り除く吸収性能を備えた凍結保存用治具により、優れた生存率でこれらの生殖細胞を凍結保存させる方法が提案されている。しかしながら、特許文献6、特許文献7と同様、融解操作時において生じる気泡の影響に関しては解決されないままであった。
【0021】
特許文献11では、卵を載置した本体部を、筒状の収納容器に収納する凍結保存用治具が記載されているが、特許文献5と同様に、融解工程の際に、切断器具や取り出し器具が必要なことなどにより、収納された凍結保存用治具を取り出す操作が煩雑となり、結果的に、融解工程が煩雑であった。また、特許文献6、特許文献7での課題と同様に、卵子又は胚を保存液と共に載置後に、筒状部材に収納する際の、脱落のおそれについては依然として改善されないままであった。
【0022】
本発明は、細胞又は組織の凍結保存作業を容易かつ確実に行うことが可能な、細胞又は組織の凍結保存用治具を提供することを主な課題とする。より具体的には、凍結操作の際に、少ない量の保存液と共に卵子又は胚を凍結保存することが可能でありながら、載置部を筒状部材に収納する際に細胞又は組織の脱落のおそれがない、優れた挿入作業性を有し、加えて、融解操作の際には、煩雑な操作を必要とせずに、短時間で融解操作を行うこと、及び気泡の付着を抑制することで、融解液中で優れた視認性にて細胞又は組織を回収可能な、細胞又は組織の凍結保存用治具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、以下の工程を有する細胞又は組織の凍結融解方法(本明細書中、「細胞又は組織の凍結融解方法」を単に「凍結融解方法」ともいう)によって、上記課題を解決できることを見出した。
短冊状の先端部を有する本体部材及び該本体部材の先端部を被包するキャップ部材を少なくとも有する細胞又は組織の凍結保存用治具であって、該先端部は保存液吸収体を有する載置部を少なくとも有し、該先端部の短軸方向の長さは1.75mm以下で且つ該キャップ部材の内径(該内径はキャップ部材の内腔の最大径)の70%以上であり、該キャップ部材は開口した片端と閉塞した片端を有する略円筒形状を有し、該キャップ部材の内腔の長軸方向の長さが該先端部の長軸方向の長さの200%以下であることを特徴とする細胞又は組織の凍結保存用治具。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、凍結操作の際に、少ない量の保存液と共に卵子又は胚を凍結保存することが可能でありながら、載置部を筒状部材に収納する際に胚又は卵子の脱落のおそれがない、優れた挿入作業性を有し、加えて、融解操作の際には、煩雑な操作を必要とせずに、短時間で融解操作を行うこと、及び融解液中で優れた視認性にて細胞又は組織を回収可能な細胞又は組織の凍結保存用治具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の凍結保存用治具の本体部材の一例を示す上面概略図である。
【
図2】本発明の凍結保存用治具の本体部材の一例を示す側面概略図である。
【
図3】本発明の凍結保存用治具のキャップ部材の一例を示す側面断面図である。
【
図4】本発明の凍結保存用治具のキャップ部材の一例を開口部側から見た側面図である。
【
図5】本体部材とキャップ部材を篏合・固定した状態の一例を示す概略図である。
【
図6】凍結保存用治具に細胞と保存液を載置した状態を示す側面概略図である。
【
図7】本発明の凍結保存用治具に細胞と保存液を載置した後に、キャップ部材を篏合・固定した状態を示す側面概略図である。
【
図8】本発明の凍結保存用治具を用いた凍結融解方法で用いる固定具の一例を示す側面断面概略図である。
【
図9】融解工程の開始前に、キャップ部によって密閉された細胞又は組織が冷却溶媒の液面よりも下方に位置し、かつキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態を示す概略図である。
【
図10】本体部材とキャップ部材を分離し、載置部を融解液に浸漬した状態を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の凍結保存用治具は、細胞又は組織をいわゆるガラス化凍結保存法において凍結保存する際に、好適に用いられるものである。本発明において、細胞とは、単一の細胞のみならず、複数の細胞からなる生物の細胞集団を含むものである。複数の細胞からなる細胞集団とは単一の種類の細胞から構成される細胞集団でも良いし、複数の種類の細胞から構成される細胞集団でも良い。また、組織とは、単一の種類の細胞から構成される組織でも良いし、複数の種類の細胞から構成される組織でも良く、細胞以外に細胞外マトリックスのような非細胞性の物質を含むものでも良い。卵子又は胚の凍結保存において、特に好適に用いることができる。
【0027】
本発明の凍結保存用治具は、細胞又は組織を載置後に、極低温の冷媒を用いて凍結させる凍結工程と、凍結された状態を維持する保冷工程、及び細胞又は組織を融解液中で融解・解凍し、これを回収する融解工程の一連の作業で用いられる。
【0028】
本発明の凍結保存用治具は、細胞又は組織の保存用具、細胞又は組織の凍結保存器具、細胞又は組織の保存用器具と言い換えることができる。
【0029】
以下に本発明の凍結保存用治具について詳細に説明する。
【0030】
本発明の凍結保存用治具は、短冊状の先端部を有する本体部材及び該本体部の先端部を被包可能なキャップ部材を有する。
【0031】
本発明の凍結保存用治具の本体部材が有する先端部は短冊状である。短冊状であると載置部をキャップ部材によって被包・保護することが容易である。本発明の凍結保存用治具のキャップ部材は、載置部を被包保護可能な内腔を有する。なお、本発明のキャップ部材は、開口した片端と閉塞した片端を有する略円筒形状である。
【0032】
本発明の凍結保存用治具のキャップ部材は、本体部材に対して着脱自在であることが好ましい。着脱自在とは、特別な器具を必要とせずに、キャップ部材を本体部材に対して容易に嵌合・固定することができ、キャップ部材を本体部材から容易に外すことができることを意味する。着脱自在を可能とするために、本体部材は嵌合構造部を有することが好ましく、本体部材は該嵌合構造部として、テーパー構造又はねじ切り構造を有することが好ましい。迅速かつ容易に着脱できる観点から、テーパー構造を有することがより好ましい。本体部材の篏合構造部が、ねじ切り構造を有する場合には、キャップ部材もねじ切り構造を有することが好ましい。また、本体部材の篏合構造部がテーパー構造を有する場合には、より確実に嵌合・固定する観点から、キャップ部材もテーパー構造を有することが可能である。
【0033】
本発明の凍結保存用治具のキャップ部材は、例えば、各種樹脂、金属等の液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材を用いて形成することができる。キャップ部材は1種類の素材からなるものでも良いし、2種類以上の素材からなるものでも良い。中でも樹脂は射出成型等のプロセスにより、テーパー構造やねじ切り構造を容易に形成できるため、好ましい。樹脂の具体例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂が挙げられる。また、キャップ部材の全光線透過率が80%以上であると、キャップ部材を篏合後に、キャップ内部の載置部の様子を容易に確認することができるため好ましい。
【0034】
本発明の凍結保存用治具が有するキャップ部材は、融解工程の開始前に利用する固定具に固定するための固定部位を有することが好ましい。キャップ部材が有する固定部位は、固定具の形状に合わせて、凹部や凸部等の任意の凹凸形状とすることができる。
【0035】
本発明の凍結保存用治具の本体部材が有する先端部は保存液吸収体を有する載置部を少なくとも有する。載置部が保存液吸収体を有すると、該保存液吸収体により、細胞又は組織の周囲に存在する余分な保存液を効果的に除去することができるため、細胞又は組織を載置し凍結する時の操作性が向上する。保存液吸収体としては、例えば金網、紙等や合成樹脂からなるフィルム状物で貫通孔を有したものが例示される。その他の保存液吸収体として、屈折率が1.45以下の素材を用いて形成された多孔質構造体が例示される。該多孔質構造体により、細胞又は組織の周囲に存在する保存液を除去することができる。また、該多孔質構造体により、透過型の光学顕微鏡観察下において、細胞又は組織を載置し凍結する操作及び凍結後に融解する操作を、良好な視認性にて容易かつ確実に行うことができる。
【0036】
本発明の凍結保存用治具は載置部に保存液吸収体を有することにより、載置部に載置した保存液の形状を扁平にすることができる。また、細胞又は組織を載置後に、極低温の冷媒で凍結・固化させる際には、細胞又は組織の周囲の保存液は、保存液吸収体の多孔質構造体内に吸収された部分と連続しており、結果として、極低温の冷媒での凍結・固化の後に、細胞又は組織とその周囲の保存液を載置部上に確実に保持することが可能である。
【0037】
前記した多孔質構造体の素材の屈折率は、例えば、アッベ屈折計(Na光源、波長:589nm)を用いてJIS K 0062:1992、JIS K 7142:2014に準じて測定できる。多孔質構造体を形成する屈折率が1.45以下の素材としては、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリビニリデンジフロライド樹脂、ポリクロロトリフルオロエチレン樹脂などのフッ素樹脂やシリコン樹脂のようなプラスチック樹脂材料、二酸化ケイ素のような金属酸化物材料、フッ化ナトリウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウムのような無機材料が挙げられる。
【0038】
多孔質構造体による保存液吸収体の細孔径は5.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは1.0μm以下、さらに好ましくは0.75μm以下である。これにより光学顕微鏡観察下における細胞又は組織の視認性を高めることができる。保存液吸収体の厚みは、10~500μmであることが好ましく、より好ましくは25~150μmである。なお、保存液吸収体の細孔径は、プラスチック樹脂材料の多孔質構造体の場合には、バブルポイント試験により測定される最も大きい細孔の直径である。また金属酸化物あるいは無機材料の多孔質構造体の場合には、該多孔質構造体の表面及び断面の画像観察から測定した平均細孔直径である。
【0039】
保存液吸収体の空隙率は30%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上である。空隙率とは、以下の式で定義される。ここで空隙容量Vは水銀ポロシメーター(測定器名称 Autopore II 9220 製造者 micromeritics instrument corporation)を用い測定・処理された、保存液吸収体における細孔半径3nmから400nmまでの累積細孔容積(ml/g)に、保存液吸収体の乾燥固形分量(g/平方メートル)を乗ずることで、単位面積(平方メートル)当たりの数値として求めることができる。また保存液吸収体の厚みTは保存液吸収体の断面を電子顕微鏡で撮影し測長することで得ることができる。
P=(V/T)×100(%)
P:空隙率(%)
V:空隙容量(ml/m2)
T:厚み(μm)
【0040】
本発明の凍結保存用治具の本体部材の先端部は、保存液吸収体の他に支持体を有することができる。支持体としては、例えば、各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等が挙げられ、1種類の素材のみからなるものでも良いし、2種類以上の素材からなるものであっても良い。中でも樹脂フィルムは、取り扱いの観点で好適に用いられる。樹脂フィルムの具体例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂フィルムが挙げられる。
【0041】
本発明の凍結保存用治具の本体部材の先端部が支持体を有する場合に、熱伝導性に優れ、急速な凍結を可能にするという観点で金属板も好適に用いることができる。金属板の具体例としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、金、金合金、銀、銀合金、鉄、ステンレスなどを挙げることができる。上記した各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等の厚さは10μm~10mmであることが好ましい。また目的に応じて、各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等の表面を、例えばコロナ放電処理のような電気的な方法や、あるいは化学的な方法により親水化することもでき、さらには粗面化することも可能である。
【0042】
本発明の凍結保存用治具の本体部材が有する先端部は短冊状であり、シート状の短冊の面内において、短冊が延びる方向を長軸方向とした時に、それと直交する短軸方向の長さ(短冊の幅)は、1.75mm以下でありキャップ部材の内径の70%以上である。キャップ部材の内径とは、キャップ部材の内腔の最大径のことである。先端部の短軸方向の長さが、上記の長さであると、細胞又は組織が保存液と共に載置された載置部をキャップ部材に挿入して収納する際に、キャップ部材の開口部側の端部に、保存液及び細胞又は組織が触れて、脱落するおそれがなく、キャップ部材で被包することができる。70%未満の場合には、上記の収納作業の際に、先端部がたわむなどした場合に、キャップ部材の開口部側の端部に、保存液及び細胞又は組織が触れて、脱落することがある。なお、短冊状の先端部の短軸方向の長さがキャップ部材の内径の95%以下であると挿入する際の作業性が良好であり、好ましい。また、短冊状の先端部は、長軸方向に延びるシートの端辺が平行(短冊の幅が一定)であることが好ましいが、短冊の中心線が長軸方向に直線状に延びていれば平行でなくても構わない。その場合は、短冊の最大幅を先端部の短軸方向の長さとする。さらには、先端部の短軸方向の長さは、キャップ部材の内腔の最小径よりも小さいことが好ましい。
【0043】
本発明の凍結保存用治具のキャップ部材の内腔の長軸方向の長さは、本体部材が有する先端部の長軸方向の長さの200%以下である。キャップ部材の内腔の長軸方向の長さとは、キャップ部材の内腔の空間が延びる方向において、キャップ部材の開口した片端から閉塞した片端までの内腔の空間の長さのことである。キャップ部材の内腔の長軸方向の長さが上記の長さであると、凍結操作の際に、細胞又は組織を載置後、先端部が有する載置部を被包するための、キャップ部材を挿入し、取り付ける作業を好適な作業性で行うことができる。また、融解操作の際に、先端部を有する本体部材とキャップ部材を迅速に分離することが可能である。キャップ部材の内腔の長軸方向の長さが、本体部材が有する長軸方向の長さの200%を超える場合として例えば特許文献11に記載・図示されるような、テーパー構造部等の嵌合構造部を把持部に近い側に設けたような凍結保存用治具が知られているが、このような形態であると、融解操作の際に、キャップ部材と本体部材を迅速に分離することが難しい。また、先端部をキャップ部材により被包・保護する観点から、本発明の凍結保存用治具のキャップ部材の内腔の長軸方向の長さは、本体部材が有する先端部の長軸方向の長さの105%以上であることが好ましい。
【0044】
本発明の凍結保存用治具の本体部材が有する短冊状の先端部は、短軸方向の長がキャップ部材の内径の70%以上であり、かつ、該キャップ部材の内腔の長軸方向の長さは、本体部材が有する該先端部の長軸方向の長さの200%以下であることから、凍結操作の際に、載置部を有する短冊状の先端部をキャップ部材で被包し、嵌合・固定した後に、冷却溶媒に浸漬して冷却・凍結する際に、キャップ部材の内腔中に載置された細胞又は組織を迅速に冷却することができる。例えば、特許文献6に記載・図示されるような従来知られている凍結保存用治具では、載置部を含む先端部に対して、キャップ部材の内腔が大きく、迅速な冷却がなされないことがあり、好ましくない。
【0045】
本発明の凍結保存用治具の本体部材は作業性の観点から把持部を有することが好ましく、その場合、把持部は、把持のしやすさや、操作性の向上を目的として、角柱状であることが好ましい。該把持部は、液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材により形成された部材であることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミニウム、鉄、銅、ステンレスなどの各種金属、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素樹脂や各種エンジニアリングプラスチック、さらにはガラスなどを好適に用いることができる。
【0046】
本発明の凍結保存用治具の本体部材が把持部を有する場合、載置部の表裏の識別を容易にする目的で、把持部の表面又は裏面は、マーキング部を有することができる。また、同様の目的で、例えば、把持部の表面の一部には、特徴的な構造(例えば凹部又は凸部)を形成することもできる。
【0047】
以上、本発明の凍結保存用治具について説明した。次に、本発明の凍結保存用治具を用いた凍結融解方法の一例について説明する。
【0048】
本発明の凍結保存用治具を用いた凍結融解方法では、凍結操作の際に、第一に、凍結保存用治具が有する載置部に細胞又は組織を保存液と共に載置する。かかる作業は透過型の顕微鏡観察下(以下、単に顕微鏡観察下とも記載)において行うことが好ましい。この時、凍結保存用治具が有する載置部は保存液吸収体を有することから、余分な保存液を効果的に除去することができるため、高い操作性が得られることに加え、細胞又は組織の周囲に存在する保存液をより少ないものとできるために、高い凍結速度と融解速度を得ることが容易である。
【0049】
次いで、第二に、本体部材の載置部を含む先端部をキャップ部材に挿入し、キャップ部材を篏合・固定する。キャップ部材へ先端部を挿入する工程は、顕微鏡観察下で行っても良い。この際に、本発明の凍結保存用治具は、先端部の短軸方向の長さがキャップ部材の内径の70%以上であることに加えて、載置部上に載置された保存液の液滴は、保存液吸収体の作用により載置部上で扁平な形状となることから、キャップ部材の端部に保存液及び細胞又は組織が触れて、脱落するおそれがなく、載置部を含む先端部をキャップ部材で被包することができる。先端部は、キャップ部材に挿入後、キャップ部材で完全に被包し、キャップ部材を本体部材の篏合構造部に篏合・固定することで完全に密閉することができる。
【0050】
次いで、キャップ部材を液体窒素等の冷却溶媒に浸漬し、載置部上に載置した細胞又は組織を冷却・凍結する。この時、キャップ部材によって被包され、完全に密閉された載置部及び載置部上の細胞又は組織は冷却溶媒と接触せずに冷却される。この際に、本発明の凍結保存用治具の本体部材が有する短冊状の先端部は、短軸方向の長さが1.75mm以下でありキャップ部材の内径の70%以上であり、かつ、該キャップ部材の内腔の長軸方向の長さは、本体部材が有する該先端部の長軸方向の長さの200%以下であることから、キャップ部材の内腔の中に位置する載置された細胞又は組織を迅速に冷却することができる。
【0051】
細胞又は組織を保存液と共に載置部に載置してから、密閉する工程を経て、キャップ部材で密閉された本体部材を冷却溶媒に浸漬するまでの時間は、1分以内であることが好ましい。より好ましくは30秒以内である。上記工程の所要時間が1分を超える場合には、細胞又は組織が耐凍剤を含む保存液の影響を強く受けることがあり、生存性の観点で好ましくない。本発明の凍結保存用治具のキャップ部材の内腔の長軸方向の長さは、本体部材が有する先端部の長軸方向の長さの200%以下であることから、上記の制限時間以内の作業においても高い作業性が得られる。
【0052】
冷却された細胞又は組織は、そのガラス化凍結状態を維持したまま、冷却溶媒等により極低温が保たれた低温保管容器の中で保冷される。かかる工程はいわゆる保冷工程である。
【0053】
本発明の凍結保存用治具のキャップ部材が固定部位を有する場合には、融解工程に先立って、キャップ部材が好ましく有する固定部位を利用して、キャップ部材の固定機能を有した固定具を用いて凍結保存用治具を保持することができる。キャップ部材の固定部位を利用して固定具を用いると、キャップ部材によって密閉された細胞又は組織を、冷却溶媒の液面よりも下方に位置させ、かつ凍結保存用治具のキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態で一旦保持することが容易であり、好ましい。
【0054】
上記した固定具は、凍結保存用治具のキャップ部材が挿入・固定されるスリット部を有する。また、スリット部は、上記したキャップ部材が有する固定部位を固定するためのスリット固定部を有することが好ましい。本発明の固定具が有するスリット部は1ヶ所でも良いし、複数ヶ所でも良い。
【0055】
本発明において固定具は、上述したキャップ部材と同様、液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材により形成されることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミニウム、鉄、銅、ステンレスなどの各種金属、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素樹脂や各種エンジニアリングプラスチック、さらにはガラスなどを好適に用いることができる。自重が大きく、凍結保存用治具を良好に固定できる観点から、金属製の固定具が好ましい。
【0056】
本発明の凍結保存用治具の載置部は、融解工程の開始前においては、キャップ部材によって密閉されており、載置部に載置された細胞又は組織の位置は冷却溶媒の中にあるが、本体部材とキャップ部材の接合部が冷却溶媒中に入らない状態で一旦保持し、次いで、本体部材とキャップ部材の篏合・固定を緩め、その後キャップ部材と本体部材を分離することが好ましい。かかる分離の後、載置部を融解液に浸漬する融解工程を行うことが好ましい。融解工程前のこれらの操作により、本体部材が有する載置部は液体窒素等の冷却溶媒に接触することなく、融解液中に迅速に浸漬することができる。本体部材とキャップ部材の篏合・固定を緩めてから、載置部を融解液に浸漬するまでの時間は5分以内であることが好ましい。より好ましくは1分以内である。篏合・固定を緩め、密閉状態が開放された状態が長い場合、窒素や酸素等の気体が、キャップ内に入り込み、次いで冷却されて、液化することがある。液化された気体が載置部に付着し、融解工程の際に融解液中に持ち込まれると、融解液の温度を下げるおそれがあり、好ましくない。
【0057】
本発明の凍結保存用治具は、本発明の凍結保存用治具が有するキャップ部材の内腔の長軸方向の長さが本体部材が有する先端部の長軸方向の長さの200%以下であることから、上記融解操作における、キャップ部材と本体部材を分離する作業性が良好である。特に、ガラス化凍結法で求められる迅速な融解速度を達成することが容易であり、載置部上の細胞又は組織を極低温の状態から、好ましくは1秒未満で融解液中に移すことができる。より好ましくは0.75秒以内である。
【0058】
本発明の凍結保存用治具は、上記のような凍結融解方法で好適に使用できる。上記のような凍結操作及び融解操作を行うと、載置部上の載置部又は組織を融解液中に浸漬し、載置部上から回収する際に、載置部上への気泡の付着が抑制され、融解操作時に優れた回収作業性を示すことから好ましい。
【0059】
以上、本発明の凍結保存用治具を用いた凍結融解方法について説明した。次に、本発明の凍結保存用治具やそれを用いた凍結融解方法の中で好ましく用いる固定具について図面に沿ってさらに詳細に説明する。
【0060】
図1は、本発明の凍結保存用治具の本体部材の一例を示す上面概略図である。
図1に示す本体部材2は把持部8と篏合構造部10と先端部4を有し、先端部4は載置部5と支持体6、及び先端マーキング部7からなり、篏合構造部10に付設されている。把持部8は、細胞又は組織を載置する側を識別するための把持部マーキング部9を有する。先端部4の先端は略半円状として、キャップ部材への挿入の際の作業性を高めることができる。また、篏合構造部10はキャップ部材を本体部材2に固定するための部位である。
図1において、嵌合構造部10はテーパー構造を有している。
【0061】
図2は、本発明の凍結保存用治具の本体部材の一例を示す側面概略図である。
図2に示す本体部材2が有する把持部8はその一部に凹部を設けることにより、操作者が本体部材2を把持した際に、先端部4の表裏の識別、すなわち細胞又は組織を載置する載置部5側の識別を容易としている。同様に表裏を識別する目的で、把持部マーキング部9を備えている。本体部材2の先端部4は支持体6上に保存液吸収体からなる載置部5と先端マーキング部7を有する。支持体6上へ載置部5の設置は、載置部5の短辺二辺を接着層を介して接着するなどして行うことができる(
図2には接着層は示さない)。
【0062】
図3は、本発明の凍結保存用治具のキャップ部材の一例を示す側面断面図である。
図3に示す図は、本体部材の先端部を被包するキャップ部材3の内腔11の構造を図示したものであり、キャップ部材3はその一端のみが開口した構造であり、開口部の近傍には、本体部材と篏合するためのテーパー構造が好ましく形成されている。また、融解工程の開始前に、キャップ部材3を固定具に固定するための固定部位12を有する。
【0063】
図4は、本発明の凍結保存用治具のキャップ部材の一例を開口部側から見た側面図である。
図4に示すキャップ部材3は、四角柱状の外面形状を有し、円筒形状の内腔11を有する形状である。内腔11の開口部の近傍には円錐台の内面状のテーパー構造を有する。
【0064】
図5は、本体部材とキャップ部材を篏合・固定した状態の一例を示す概略図である。なお、以下の図も含めて、キャップ部材3に被包されている先端部4の様子が分かるように、キャップ部材3の内腔部分は内部構造(断面構造)を図示している。
図5に示す凍結保存用治具1は、本体部材2が有する篏合構造部10により、キャップ部材3が本体部材2に完全に篏合・固定され、先端部4は、キャップ部材3によって、被包・密閉され、保護されている。キャップ部材に用いる素材の光透過性が十分でない場合には先端部4の表裏の識別が困難であるために、把持部マーキング部9を設けることが好ましい。
【0065】
図6は、凍結保存用治具に細胞と保存液を載置した状態を示す概略図である。本発明の凍結保存用治具を用いた凍結融解方法において、操作者は、本体部材2の先端部に付設された載置部5上に、細胞14と保存液15を滴下付着し、細胞14を載置部5上に載置する。滴下付着された保存液15の液滴は、保存液吸収体からなる載置部5により、余分な保存液が自動的に除去されるとともに、載置部5上で扁平な形状となる。
【0066】
図7は、本発明の凍結保存用治具に細胞と保存液を載置した後に、キャップ部材を篏合・固定した状態を示す概略図である。本体部材2の載置部5上に保存液15と共に、細胞14を滴下付着し、載置した後に、キャップ部材3を本体部材2に篏合・固定する。これにより、載置部5上に載置された細胞14は、キャップ部材3により完全に被包・密閉され、外部環境から完全に保護される。キャップ部材3と本体部材2の境目が接合部13である。
【0067】
図8は、本発明の凍結保存用治具を用いた凍結融解方法で用いる固定具の一例を示す側面断面概略図である。
図8において、固定具16は、キャップ部材3が挿入されるスリット部17を有し、スリット部17はキャップ部材の固定部位を固定するための、スリット固定部18を有する。
【0068】
図9は、融解工程の開始前に、キャップ部材によって密閉された細胞又は組織が冷却溶媒の液面よりも下方に位置し、かつキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態を示す概略図である。
図9において、凍結保存用治具1が有するキャップ部材3の固定部位12は、固定具16のスリット部17の一部に形成されたスリット固定部18に差し込まれることで、保持・固定される。この時、キャップ部材3と本体部材2との接合部13は、凍結容器19に充填された冷却溶媒20の液面21よりも上部に位置している。そのため、凍結保存用治具1の本体部材2とキャップ部材3の嵌合・固定を緩め、篏合を解除した場合にも、周囲の冷却溶媒が直接的にキャップ部材3の内部に侵入することはない。すなわち、冷却溶媒は、先端部4には接触せず、細胞14及び保存液15にも接触しないが、細胞又は組織の冷却状態は維持されており、細胞14は十分に冷却される。このようにすることで、その後の融解工程において、細胞又は組織を極低温の状態から融解液中に移し、迅速に融解することができる。すなわち、融解速度を低下させることなく細胞又は組織を迅速に融解することができる。
【0069】
図10は、本体部材とキャップ部材を分離し、載置部を融解液に浸漬した状態を示す概略図である。
図10において、キャップ部材3が固定具16に固定されることにより、本体部材2を引き抜く操作のみで、先端部4と先端部4に付設された載置部5を有する本体部材2はキャップ部材3から迅速に分離される。分離後、載置部5を融解液22に浸漬し、融解液22中で細胞14を融解・回収する。
【0070】
本発明の凍結保存用治具を用いた凍結融解方法を用いて細胞又は組織を凍結保存・融解する場合、保存液は、通常卵子、胚等の細胞の凍結のために使用されるものを使用でき、例えば、前述したリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤(グリセロール、エチレングリコール等)を含有する保存液や、グリセロールやエチレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)等の各種耐凍剤を多量に(少なくとも保存液の全質量に対して10質量%以上、より好ましくは20質量%以上)含有する保存液を使用できる。融解液についても、通常卵子、胚等の細胞の融解のために使用されるものを使用でき、例えば、前述したリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に、浸透圧調整のために1Mのスクロースを含有する融解液を使用することができる。
【0071】
本発明の凍結保存用治具を用いた凍結融解方法を用いることができる細胞として、例えば、哺乳類(例えば、人(ヒト)、牛、豚、馬、ウサギ、ラット、マウス等)の卵子、胚、精子等の生殖細胞;人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)等の多能性幹細胞が挙げられる。また、初代培養細胞、継代培養細胞、及び細胞株細胞等の培養細胞が挙げられる。また、細胞は、一又は複数の実施形態において、線維芽細胞、膵ガン・肝ガン細胞等のガン由来細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、神経細胞、軟骨細胞、組織幹細胞、及び免疫細胞等の接着性細胞が挙げられる。さらに、凍結保存・融解することができる組織として、同種又は異種の細胞からなる組織、例えば、卵巣、皮膚、角膜上皮、歯根膜、心筋等の組織が挙げられる。本発明は、特にシート状構造を有する組織(例えば、細胞シート、皮膚組織等)の凍結保存に好適である。本発明の凍結保存用治具は、直接生体から採取した組織だけでなく、例えば、生体外で培養し増殖させた培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シート、特開2012-205516号公報で提案されている三次元構造を有する組織モデルのような人工の組織の凍結保存についても、好適に用いることができる。本発明の凍結保存用治具は、上記のような細胞又は組織の凍結保存用治具として好適に用いられる。
【実施例】
【0072】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0073】
(実施例1)
図1及び
図3に示す形態で、実施例1の細胞又は組織の凍結保存用治具を作製した。ポリエチレンテレフタレート樹脂フィルム(全光線透過率89%、ヘーズ値2.3%)を支持体として、該支持体上に、保存液吸収体として、アドバンテック東洋社製のポリテトラフルオロエチレン多孔体(細孔径0.2μm、空隙率71%、厚み35μm)を、ヘンケルジャパン社製のホットメルトウレタン樹脂Purmelt(登録商標) QR 170-7141Pを接着層として、短軸側の二辺のみを貼り合わせて、固定し、載置部を有する先端部を作製した。また、本体部材の把持部及び嵌合構造部と、キャップ部材を、ABS樹脂を用いて作製した。先端部と把持部及び嵌合構造部を接合し、実施例1の細胞又は組織の凍結保存用治具を作製した。実施例1の細胞又は組織の凍結保存用治具の本体部材が有する先端部の短軸方向の長さは1.75mmであり、長軸方向の長さは20mmである。また、実施例1の細胞又は組織の凍結保存用治具のキャップ部材の内径は2.1mmであり、内腔の長軸方向の長さは35mmである。
【0074】
(実施例2)
本体部材が有する先端部の短軸方向の長さを1.75mmにかえて、1.5mmとした以外は、実施例1と同様にして、実施例2の細胞又は組織の凍結保存用治具を作製した。
【0075】
(実施例3)
キャップ部材の内腔の長軸方向の長さを35mmにかえて、40mmとした以外は、実施例2と同様にして、実施例3の細胞又は組織の凍結保存用治具を作製した。
【0076】
(比較例1)
保存液吸収体を設けずに、支持体をそのまま載置部とした以外は、実施例2と同様にして、比較例1の細胞又は組織の凍結保存用治具を作製した。
【0077】
(比較例2)
本体部材が有する先端部の短軸方向の長さを1.75mmにかえて、0.7mmとした以外は、実施例1と同様にして、比較例2の細胞又は組織の凍結保存用治具を作製した。
【0078】
(比較例3)
キャップ部材の内腔の長軸方向の長さが80mmとなるようなキャップ部材を作製した。また、細胞又は組織の凍結保存用治具の本体部材の長さ及び、キャップ部材を本体部材に嵌合・固定した際の全長は実施例1の細胞又は組織の凍結保存用治具と同じになるような形状で、嵌合構造部の形状を把持部側に拡張した以外は、実施例1と同様にして、比較例3の細胞又は組織の凍結保存用治具を作製した。
【0079】
<凍結操作時のキャップ部材の挿入作業性の評価>
実施例1~3及び比較例1~3の細胞又は組織の凍結保存用治具の載置部上に、ガラスビーズ(直径100μm)を疑似細胞として、保存液0.1μLと共に、透過型顕微鏡下で滴下付着させた。なお、保存液は、シグマアルドリッチ社製 Medium199培地に、15容積%DMSO、15容積%エチレングリコール、17質量%スクロースが含まれる組成のものを用いた。次いで、透過型顕微鏡下で、載置部を含む先端部をキャップ部材に挿入した。その際に、キャップ部材の開口部側の端面に載置部上に載置された保存液が接触してしまうか否かの評価を5回行い、「凍結操作時のキャップ部材の挿入作業性の評価」として以下の基準で評価した。これらの結果を表1に示す。
【0080】
○:5回の評価の中で、保存液がキャップ部材の開口部側の端面に接触してしまうことが1回もなかった。
×:5回の評価の中で、保存液がキャップ部材の開口部側の端面に接触してしまうことが1回以上あった。
【0081】
<融解操作時の融解液浸漬における作業性の評価>
上記と同様の手順により、実施例1~3及び比較例1~3の細胞又は組織の凍結保存用治具の載置部上に疑似細胞を保存液と共に載置部へ滴下付着し、本体部材にキャップ部材を完全に嵌合・固定した後に、液体窒素に浸漬して凍結した。保冷工程の後に、融解工程に先立って、
図8に示す形態の固定具に、
図9に示す形態で本体部材を固定した。その後、疑似細胞が液体窒素の液面よりも下にある状態を維持し、かつ、液体窒素に触れないようにしながら、キャップ部材の嵌合・固定をわずかに緩めた。次いで、
図10に示す形態のように、キャップ部材を固定具に固定したまま、本体部材を抜き取ることで、キャップ部材と分離し、本体部材の先端部を融解液中に浸漬させ、この際の所要時間を計測し、「融解操作時の融解液浸漬における作業性の評価」として以下の基準で評価した。なお、融解液は、前記Medium199培地に34質量%スクロースが含まれる組成のものを用いた。これらの結果を表1に示す。
【0082】
◎:操作にかかる時間が0.75秒以内だった。
○:操作にかかる時間が0.75秒を超え1秒以内だった。
×:操作に1秒を超える時間を要した。
【0083】
【0084】
<融解操作時の回収作業における作業性の評価>
上記の「融解操作時の融解液浸漬における作業性の評価」と同様の方法により、実施例1~3及び比較例1~3の細胞又は組織の凍結保存用治具の載置部を有する先端部を融解液中に浸漬させた。その後、顕微鏡下で、融解液中の載置部及び載置部上の疑似細胞の様子を観察した。その際の融解液中で観察される載置部上の気泡の付着の有無を確認したが実施例1~3及び比較例1~3の全ての細胞又は組織の凍結保存用治具において、載置部上への気泡の付着は見られず、融解操作時の回収作業において、高い作業性を有することが示された。
【0085】
上記の結果から、本発明の凍結融解用治具は、凍結操作と融解操作の両方に優れた作業性を有することが分かる。また、細胞又は組織の融解が極めて短時間に行うことが可能であり、高い生存率が得られることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、牛等の家畜や動物の胚移植や人工授精、人への人工授精等の他、iPS細胞、ES細胞、一般に用いられている培養細胞、胚又は卵子を含む生体から採取した検査用又は移植用の細胞又は組織、生体外で培養した細胞又は組織等の凍結保存及びその融解に用いることができる。
【符号の説明】
【0087】
1 細胞又は組織の凍結保存用治具
2 本体部材
3 キャップ部材
4 先端部
5 載置部
6 支持体
7 先端マーキング部
8 把持部
9 把持部マーキング部
10 嵌合構造部
11 キャップ部材の内腔
12 固定部位
13 接合部
14 細胞
15 保存液
16 固定具
17 スリット部
18 スリット固定部
19 凍結容器
20 液体窒素
21 液面
22 融解液