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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-21
(45)【発行日】2022-09-30
(54)【発明の名称】亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220922BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20220922BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20220922BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20220922BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20220922BHJP
   C23C 2/28 20060101ALI20220922BHJP
   C22C 18/00 20060101ALI20220922BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C22C38/14
C22C38/60
C21D9/46 J
C23C2/06
C23C2/28
C22C18/00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022531078
(86)(22)【出願日】2022-02-25
(86)【国際出願番号】 JP2022008095
【審査請求日】2022-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2021050821
(32)【優先日】2021-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】前田 聡
(72)【発明者】
【氏名】川邉 直雄
(72)【発明者】
【氏名】吉冨 裕美
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/212047(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/106895(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/189849(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/46 - 9/48
C23C 2/00 - 2/40
C22C 18/00 - 18/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下地鋼板と、該下地鋼板の表面に亜鉛系めっき層と、を有する亜鉛系めっき鋼板であって、
該下地鋼板は、
質量%で、
C:0.08%以上0.30%以下、
Si:2.0%未満、
Mn:1.5%以上3.5%以下、
P:0.010%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.10%以下および
N:0.006%以下
であり、
Ti、Nb、VおよびZrのうち1種以上を合計で0.02%以上0.20%以下含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
該亜鉛系めっき層の拡散性水素量が0.40質量ppm以下であり、
引張強さが1160MPa以上である、亜鉛系めっき鋼板。
【請求項2】
前記下地鋼板の成分組成が、さらに、質量%で、以下の(1)~(3)のうち少なくとも1つを含有する、請求項1に記載の亜鉛系めっき鋼板。
(1)Mo、Cr、CuおよびNiのうち1種以上を合計で0.5%以下
(2)B:0.0050%以下
(3)Sb:0.10%以下およびSn:0.10%以下のうちの1種または2種
【請求項3】
前記亜鉛系めっき鋼板の拡散性水素量が0.60質量ppm以下である、請求項1または2に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項4】
前記亜鉛系めっき層が、溶融亜鉛めっき層、または、Fe含有量:8~15質量%の合金化溶融亜鉛めっき層である、請求項1~3のいずれかに記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項5】
前記亜鉛系めっき層の片面あたりのめっき付着量が20~120g/mである、請求項1~4のいずれかに記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の亜鉛系めっき鋼板を製造するための方法であって、
請求項1または2に記載の成分組成を有する素材鋼板を準備し、
ついで、該素材鋼板を、焼鈍温度:750~870℃、650℃以上の温度域における雰囲気の水素濃度:20体積%以下の条件で焼鈍し、
ついで、該素材鋼板を450~550℃の保持温度域に冷却し、該保持温度域で15秒以上保持し、
ついで、該素材鋼板に、処理雰囲気の水素濃度:15体積%以下の条件で溶融亜鉛めっき処理を施す、亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記溶融亜鉛めっき処理後に合金化処理を行う、請求項6に記載の亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっている。このため、自動車部材の素材となる鋼板を高強度化し、薄くすることで、自動車車体を軽量化しようとする動きが活発となってきている。また、車体防錆性能の観点から、自動車部材の素材となる鋼板には、亜鉛系めっきが施される場合がある。そのため、高い強度を有する亜鉛系めっき鋼板の開発が求められている。
【0003】
このような高い強度を有する鋼板および亜鉛系めっき鋼板に関する技術として、例えば、特許文献1には、
「質量%で、C:0.07~0.25%、Si:0.3~2.50%、Mn:1.5~3.0%、Ti:0.005~0.09%、B:0.0001~0.01%、P:0.001~0.03%、S:0.0001~0.01%、Al:2.5%以下、N:0.0005~0.0100%、O:0.0005~0.007%、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼であり、 鋼板組織がフェライトを主とし、1μm以下のブロックサイズより構成されるマルテンサイトを含み、フェライトの体積率が60%以上であり、マルテンサイト中のC濃度が0.3%~0.9%であり、引張最大強度(TS)と降伏応力(YS)との比からなる降伏比(YR)が0.75以下であることを特徴とする延性及び耐遅れ破壊特性の良好な引張最大強度900MPa以上を有する高強度鋼板。」
が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、
「質量%で、C:0.1~0.5%、Si:0.05~2%、Mn:0.1~3%、
さらに、Ti:0.005~1%、Nb:0.01~1%、V:0.01~1%、Mo:0.01~1%、W:0.005~1%、Cu:0.01~3%、Zr:0.005~0.1%、Y:0.005~0.5%、Mg:0.005~1%、La:0.005~0.1%、Ce:0.005~0.1%のうち1種類以上を含有し、鋼板表面にアルミニウム又は亜鉛を主体とするめっきが施され、鋼板中の水素量が下記の(式1)を満たすことを特徴とするホットプレス用の鋼板。
Hmax-Ht≧0.07ppm ・・・(式1)
ここで、Hmax:鋼板がトラップすることができる最大の非拡散性水素量(ppm)、Ht:めっき後の鋼板中にトラップしている非拡散性水素量(ppm)である。」
が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-111671号公報
【文献】特許5413330号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車を組み立てる際には、コストや効率の面から、重ね合わせた2枚以上の鋼板(以下、板組みともいう)を、抵抗スポット溶接によって接合することが多い。
ここで、抵抗スポット溶接とは、板組みを挟んでその上下から一対の電極で加圧しつつ、上下電極間に高電流の溶接電流を短時間通電して接合する方法であり、高電流の溶接電流を流すことで発生する抵抗発熱を利用して、点状の溶接部が得るものである。この点状の溶接部はナゲットと呼ばれる。ナゲットは、板組みに電流を流した際に、板組みを構成する鋼板の接触箇所で鋼板が互いに溶融し、凝固した部分である。このナゲットにより、鋼板同士が点状に接合される。
【0007】
ところで、抵抗スポット溶接の実際の施工では、板の確度や板通しの密着度合といった不可避的に生じる溶接条件の変化により、ナゲット径が通常よりも小さくなる場合がある。
しかし、特許文献1に開示される鋼板を下地鋼板とした亜鉛系めっき鋼板や特許文献2に開示される亜鉛系めっき鋼板が板組みに含まれる場合に、ナゲット径が小さくなる条件で抵抗スポット溶接を行うと、ナゲットの端部近傍に割れが生じる。そして、この割れが起点となって、ナゲットの破壊を招く場合がある。このようなナゲットの端部近傍の割れは、ナゲットが小さくなるほど発生し易い傾向にあり、この点の改善が求められているのが現状である。
【0008】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであって、高い強度、具体的には、引張強さ:1160MPa以上を有し、かつ、抵抗スポット溶接性にも優れる亜鉛系めっき鋼板を提供することを目的とする。
また、本発明は、上記の亜鉛系めっき鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【0009】
ここで、「抵抗スポット溶接性に優れる」とは、後述する実施例に記載の抵抗スポット溶接性の評価において測定されるD/√t(最小のナゲット径D(mm)を亜鉛系めっき鋼板の板厚t(mm)の平方根で除した値)が4.0以下であることを意味する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、鋭意検討を重ねた。
まず、発明者らは、引張強さ:1160MPa以上の高い強度を得るべく検討を重ねたところ、亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板の成分組成を適正に調整する、特に、CおよびMnを活用することが有効であると考えるに至った。
【0011】
つぎに、発明者らは、どのような因子が、亜鉛系めっき鋼板の抵抗スポット溶接性に影響を与えるかを検討した。
その結果、亜鉛系めっき層の拡散性水素量が、亜鉛系めっき鋼板の抵抗スポット溶接性に影響を与える因子(以下、抵抗スポット溶接性の影響因子ともいう)となることが分かった。
【0012】
すなわち、従来、亜鉛系めっき層の拡散性水素量は極微量であると考えられており、亜鉛系めっき層の拡散性水素量が抵抗スポット溶接性の影響因子になるとは考えられていなかった。
【0013】
しかし、発明者らが、検討を重ねたところ、
・従来公知の亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層には一定量の拡散性水素が含まれており、この拡散性水素が、抵抗スポット溶接時にナゲットに移動し、溶接部の脆化を招く原因となること、および、
・亜鉛系めっき層の拡散性水素量を0.40質量ppm以下にすることによって、溶接部の脆化が防止され、抵抗スポット溶接性が大幅に向上すること、
を知見した。
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0014】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.下地鋼板と、該下地鋼板の表面に亜鉛系めっき層と、を有する亜鉛系めっき鋼板であって、
該下地鋼板は、
質量%で、
C:0.08%以上0.30%以下、
Si:2.0%未満、
Mn:1.5%以上3.5%以下、
P:0.010%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.10%以下および
N:0.006%以下
であり、
Ti、Nb、VおよびZrのうち1種以上を合計で0.02%以上0.20%以下含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
該亜鉛系めっき層の拡散性水素量が0.40質量ppm以下であり、
引張強さが1160MPa以上である、亜鉛系めっき鋼板。
【0015】
2.前記下地鋼板の成分組成が、さらに、質量%で、以下の(1)~(3)のうち少なくとも1つを含有する、前記1に記載の亜鉛系めっき鋼板。
(1)Mo、Cr、CuおよびNiのうち1種以上を合計で0.5%以下
(2)B:0.0050%以下
(3)Sb:0.10%以下およびSn:0.10%以下のうちの1種または2種
【0016】
3.前記亜鉛系めっき鋼板の拡散性水素量が0.60質量ppm以下である、前記1または2に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【0017】
4.前記亜鉛系めっき層が、溶融亜鉛めっき層、または、Fe含有量:8~15質量%の合金化溶融亜鉛めっき層である、前記1~3のいずれかに記載の亜鉛系めっき鋼板。
【0018】
5.前記亜鉛系めっき層の片面あたりのめっき付着量が20~120g/mである、前記1~4のいずれかに記載の亜鉛系めっき鋼板。
【0019】
6.前記1または2に記載の成分組成を有する素材鋼板を準備し、
ついで、該素材鋼板を、焼鈍温度:750~870℃、650℃以上の温度域における雰囲気の水素濃度:20体積%以下の条件で焼鈍し、
ついで、該素材鋼板を450~550℃の保持温度域に冷却し、該保持温度域で15秒以上保持し、
ついで、該素材鋼板に、処理雰囲気の水素濃度:15体積%以下の条件で溶融亜鉛めっき処理を施す、亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【0020】
7.前記溶融亜鉛めっき処理後に合金化処理を行う、前記6に記載の亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、高い強度を有し、かつ、抵抗スポット溶接性にも優れる亜鉛系めっき鋼板が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明を、以下の実施形態に基づき説明する。
[1]亜鉛系めっき鋼板
まず、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板の成分組成について説明する。なお、成分組成における単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り、単に「%」で示す。
【0023】
C:0.08%以上0.30%以下
Cは、鋼の高強度化に有効な元素であり、特に、鋼組織において硬質相の一つであるマルテンサイトを形成することで高強度化に寄与する。ここで、所望の高い強度、具体的には、引張強さ:1160MPa以上を得る観点から、C含有量は0.08%以上とする。一方、C含有量が0.30%を超えると、抵抗スポット溶接性の低下を招く。そのため、C含有量は0.08%以上0.30%以下とする。C含有量は、好ましくは0.09%以上、より好ましくは0.10%以上である。また、C含有量は、好ましくは0.28%以下である。
【0024】
Si:2.0%未満
Siは、鋼の高強度化に有効な元素である。このような効果を得る観点から、Si含有量は0.1%以上とすることが好ましい。一方、Si含有量が2.0%以上になると、下地鋼板の表面にSi系酸化物が形成しやすくなって、不めっきの原因となる場合がある。また、表面外観を損なう場合もある。そのため、Si含有量は2.0%未満とする。Si含有量は、好ましくは1.8%以下、より好ましくは1.6%以下である。
【0025】
Mn:1.5%以上3.5%以下
Mnは、固溶強化およびマルテンサイトの形成により、鋼の高強度化に寄与する元素である。このような効果を得るため、Mn含有量は1.5%以上とする。Mn含有量は、好ましくは1.8%以上、より好ましくは2.0%以上である。一方、Mn含有量が3.5%を超えると、抵抗スポット溶接時に溶接部の割れを招く。また、Mnの偏析などに起因した鋼組織のムラが生じ、加工性の低下を招く。さらに、Mnは下地鋼板の表面に酸化物または複合酸化物を形成して、不めっきの原因となる場合がある。そのため、Mn含有量は3.5%以下とする。Mn含有量は、好ましくは3.4%以下、より好ましくは3.3%以下である。
【0026】
P:0.010%以下
Pは、固溶強化により鋼の高強度化に寄与する元素である。しかし、P含有量が0.010%を超えると、抵抗スポット溶接性、さらには伸びフランジ性などの加工性が低下する。そのため、P含有量は0.010%以下とする。P含有量は、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.007%以下である。なお、P含有量の下限は特に限定されるものではない。ただし、P含有量を0.001%未満にしようとすると、製造過程において生産能率の低下と脱Pによるコスト増を招く。そのため、P含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0027】
S:0.010%以下
Sは、抵抗スポット溶接性や熱間脆性の低下の原因となる。また、Sは、鋼中に硫化物系介在物として存在して鋼板の加工性を低下させる有害な元素である。そのため、S含有量は極力低減することが好ましく、S含有量は0.010%以下とする。S含有量の下限は特に限定されるものではない。ただし、S含有量を0.0001%未満にしようとすると、製造過程において生産能率の低下と脱Sによるコスト増を招く。そのため、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。
【0028】
Al:0.10%以下
Alは、脱酸材として添加される。その効果を得る観点から、Al含有量は0.005%以上とすることが好ましく、0.01%以上とすることがより好ましい。Al含有量は、より好ましくは0.02%以上である。一方Al含有量が0.10%を超えると、抵抗スポット溶接性の低下を招く。また、原料コストの上昇や鋼板の表面欠陥を誘発する原因にもなる。そのため、Al含有量は0.10%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.09%以下、より好ましくは0.08%以下である。
【0029】
N:0.006%以下
N含有量が0.006%を超えると、鋼中に過剰に窒化物が生成して延性や靭性の低下を招く。また、表面性状の悪化を招く場合もある。そのため、N含有量は0.006%以下とする。N含有量は、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.004%以下である。なお、N含有量は、フェライトの清浄化による延性向上の観点からは極力少ない方が好ましい。ただし、過度にNを低減しようとすると、製造過程における生産能率の低下とコスト増を招く。そのため、N含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。N含有量は、より好ましくは0.0010%以上、さらに好ましくは0.0015%以上である。
【0030】
Ti、Nb、VおよびZrのうち1種以上:合計で0.02%以上0.20%以下
Ti、Nb、VおよびZrは、CやNと炭化物や窒化物(炭窒化物の場合もある)といった微細析出物を形成する。これらの微細析出物は、水素のトラップサイト(無害化)として働く。そのため、これらの微細析出物は、下地鋼板に含まれる水素(以下、鋼中水素ともいう)を非拡散性とし、亜鉛系めっき層の拡散性水素量を低減する効果がある。すなわち、これらの微細析出物は、めっき処理時などに鋼中水素が亜鉛系めっき層に直接または間接的に移動することを抑制して、亜鉛系めっき層の拡散性水素量を低減する効果がある。このような効果を得る観点から、Ti、Nb、VおよびZrのうち1種以上を合計で0.02%以上含有させる。これらの元素の合計含有量は、好ましくは0.03%以上である。しかしながら、これらの元素の合計含有量が0.20%を超えると、冷間圧延時の変形抵抗が高まり、生産性の低下を招く。また、析出物の粗大化や過剰化によるフェライトの延性の低下を招き、亜鉛系めっき鋼板の延性や曲げ性、伸びフランジ性などの加工性を低下させる。そのため、これらの元素の合計含有量は0.20%以下とする。これらの元素の合計含有量は、好ましくは0.10%以下、より好ましくは0.08%以下である。
【0031】
以上、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板の基本成分について説明したが、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板は、上記基本成分を含有し、上記基本成分以外の残部はFe(鉄)および不可避的不純物を含む成分組成を有する。ここで、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板は、上記基本成分を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することが好ましい。本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板には、上記基本成分に加え、任意成分として、さらに、以下の(1)~(3)のうち少なくとも1つを含有させることができる。
(1)Mo、Cr、CuおよびNiのうち1種以上を合計で0.5%以下
(2)B:0.0050%以下
(3)Sb:0.10%以下およびSn:0.10%以下のうちの1種または2種
なお、以下に示す任意成分は、以下で示す上限値以下で含有する場合、所定の効果が得られるため、下限は特に設けない。なお、以下の任意成分を後述する好適な下限値未満で含む場合、当該成分は不可避的不純物として含まれるものとする。
【0032】
Mo、Cr、CuおよびNiのうち1種以上:合計で0.5%以下
Mo、Cr、CuおよびNiは、鋼の焼入れ性を高めてマルテンサイトを生成させやすくし、これにより、鋼の高強度化に寄与する元素である。このような効果を得る観点から、Mo、Cr、CuおよびNiのうち1種以上を合計で0.005%以上とすることが好ましい。これらの元素の合計含有量は、より好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.05%以上である。しかし、これらの元素の合計含有量が0.5%を超えると、上記の効果の飽和やコスト増を招く。そのため、これらの元素の合計含有量は0.5%以下が好ましい。
なお、Cuは、熱間圧延時の割れを誘発して表面疵の発生原因となる場合がある。この点、Niは、Cuによる表面疵の発生を抑止する効果があるので、Cuを含有させる場合には、Niも同時に含有させることが好ましい。この場合、特に、Ni含有量を、Cu含有量の1/2以上とすることが好ましい。
【0033】
B:0.0050%以下
Bも、鋼の焼入れ性を高めてマルテンサイトを生成させやすくし、これにより、鋼の高強度化に寄与する元素である。このような効果を得る観点から、B含有量は0.0003%以上が好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0005%以上、さらに好ましくは0.0010%以上である。しかし、B含有量が0.0050%を超えると、上記の効果の飽和を招く。また、鋼の焼入れ性が過度に高まり、抵抗スポット溶接時の溶接部割れを招くおそれもある。そのため、B含有量は0.0050%以下が好ましい。
【0034】
Sb:0.10%以下
Sbは、脱炭や脱窒、脱硼などを抑制して、鋼板の強度低下を抑制する元素である。また、抵抗スポット溶接による溶接部の割れを抑制する上でも有効に作用する。そのため、ため、Sb含有量は0.001%以上が好ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.003%以上、さらに好ましくは0.005%以上である。しかし、Sb含有量が0.10%を超えると、亜鉛系めっき鋼板の伸びフランジ性などの加工性を低下させる。そのため、Sb含有量は0.10%以下が好ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.030%以下、さらに好ましくは0.010%以下である。
【0035】
Sn:0.10%以下
Snは、Sbと同様、脱炭や脱窒、脱硼などを抑制して、鋼板の強度低下を抑制する元素である。また、抵抗スポット溶接による溶接部の割れを抑制する上でも有効に作用する。そのため、Sn含有量は0.001%以上が好ましい。Sn含有量は、より好ましくは0.003%以上、さらに好ましくは0.005%以上である。しかし、Sn含有量が0.10%を超えると、亜鉛系めっき鋼板の伸びフランジ性などの加工性を低下させる。そのため、Sn含有量は0.10%以下が好ましい。Sn含有量は、より好ましくは0.030%以下、さらに好ましくは0.010%以下である。
【0036】
上記の元素以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。また、上記の任意元素を前述する好適な下限値未満で含む場合、当該元素は不可避的不純物として含まれるものとする。
【0037】
つぎに、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板の好適な鋼組織について説明する。
1160MPa以上の引張強さを得る観点からは、マルテンサイトの組織全体に対する面積率(以下、単に面積率ともいう)を40%以上とすることが好ましい。マルテンサイトの面積率は、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上である。マルテンサイトの面積率は100%であってもよい。
また、マルテンサイト以外の残部組織の面積率は60%以下とすることが好ましい。残部組織の面積率は、より好ましくは40%以下、さらに好ましくは20%以下である。残部組織の面積率は0%であってもよい。
なお、残部組織としては、フェライト、残留オーステナイト、パーライトおよびベイナイトなどが挙げられる。
【0038】
また、マルテンサイトの面積率は以下のようにして測定する。
すなわち、亜鉛系めっき鋼板から、下地鋼板の圧延方向に平行なL断面が試験面となるように試験片を採取する。ついで、試験片の試験面を鏡面研磨し、ナイタール液で組織現出する。組織現出した試験片の試験面を、SEMにより倍率1500倍で観察し、ポイントカウンティング法により、下地鋼板の板厚1/4位置におけるマルテンサイトの面積率を測定する。また、残部組織の面積率は、100%からマルテンサイトの面積率を減ずることにより算出する。なお、SEM像では、マルテンサイトは白色の組織を呈している。
【0039】
また、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層は、下地鋼板の一方の表面のみに設けてもよく、両面に設けてもよい。
なお、ここでいう亜鉛系めっき層は、Znを主成分(Zn含有量が80質量%以上)とするめっき層を指し、例えば、溶融亜鉛めっき層や合金化溶融亜鉛めっき層が挙げられる。
ここで、溶融亜鉛めっき層は、基本的にZnにより構成され、Zn以外の残部は不可避的不純物である。
合金化溶融亜鉛めっき層は、基本的にZnと8~15質量%のFeにより構成され、ZnおよびFe以外の残部の成分は不可避的不純物である。
【0040】
また、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層では、拡散性水素量を0.40質量ppm以下とすることが極めて重要である。
【0041】
亜鉛系めっき層の拡散性水素量:0.40質量ppm以下
亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層に含まれる拡散性水素は抵抗スポット溶接時にナゲットに移動し、溶接部の脆化を招く。そのため、亜鉛系めっき層の拡散性水素量は0.40質量ppm以下とする。亜鉛系めっき層の拡散性水素量は、好ましくは0.30質量ppm以下、より好ましくは0.20質量ppm以下である。なお、亜鉛系めっき層の拡散性水素量の下限は特に限定されず、0質量ppmであってもよい。ただし、亜鉛系めっき層の拡散性水素量を0.01質量ppm未満にしようとすると、製造過程において生産能率の低下を招く場合がある。そのため、亜鉛系めっき層の拡散性水素量は0.01質量ppm以上とすることが好ましい。
【0042】
ここで、亜鉛系めっき層の拡散性水素量は、次式により算出する。
[亜鉛系めっき層の拡散性水素量(質量ppm)]=[亜鉛系めっき鋼板の拡散性水素量(質量ppm)]-[下地鋼板の拡散性水素量(質量ppm)]
また、亜鉛系めっき鋼板および下地鋼板の拡散性水素量はそれぞれ、亜鉛系めっき鋼板および下地鋼板を供試材としたガスクロマトグラフィーによる昇温分析により、昇温到達温度:300℃、昇温速度:200℃/hrの条件で測定される放出水素量を、供試材の質量で除した値である。
【0043】
なお、亜鉛系めっき鋼板(全体)の拡散性水素量は、より具体的には以下のようにして測定する。
すなわち、亜鉛系めっき鋼板を供試材として、ガスクロマトグラフィーによる昇温分析により、昇温到達温度:300℃、昇温速度:200℃/hrの条件で、測定周期を5minとして水素放出速度(供試材から放出される1min当たりの水素量)を測定する。ついで、各測定周期で測定された水素放出速度を測定時間(昇温開始から300℃に到達するまでの時間)で積分することにより、供試材から放出された合計の水素量を算出する。そして、供試材から放出された合計の水素量を(分析前の)サンプルの質量で除し、質量ppm単位に換算した値を、亜鉛系めっき鋼板の拡散性水素量とする。
なお、上記の積分は、具体的には、次式により行うものとする。
[供試材から放出される合計の水素量]
=(A+A+・・・+AN-1)×5min+A×(N回目の測定から300℃に到達するまでの時間(min))
ここで、Nは昇温開始から300℃に到達するまでの間の測定回数、AはN回目の測定における水素放出速度(供試材から放出される1min当たりの水素量)である。
【0044】
また、下地鋼板の拡散性水素量は、より具体的には以下のようにして測定する。
すなわち、亜鉛系めっき鋼板の表面の亜鉛系めっき層を、リューターなどにより物理的に研削して除去する。なお、下地鋼板部分の研削量は、下地鋼板の板厚の5%以内とする。ついで、亜鉛系めっき層を除去した下地鋼板部分のみからなる鋼板を供試材として、上記の要領(亜鉛系めっき鋼板の拡散性水素量の測定方法と同じ要領)でガスクロマトグラフィーによる昇温分析を行い、下地鋼板の拡散性水素量を測定する。
【0045】
亜鉛系めっき鋼板(全体)の拡散性水素量:0.60質量ppm以下
亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層に含まれる拡散性水素に加え、下地鋼板に含まれる拡散性水素も、抵抗スポット溶接時にナゲットに移動し、溶接部の脆化を招く。そのため、亜鉛系めっき鋼板(全体)の拡散性水素量は0.60質量ppm以下とすることが好ましい。亜鉛系めっき鋼板(全体)の拡散性水素量は、より好ましくは0.45質量ppm以下、さらに好ましくは0.30質量ppm以下である。なお、亜鉛系めっき鋼板(全体)の拡散性水素量の下限は特に限定されず、0質量ppmであってもよい。ただし、亜鉛系めっき鋼板(全体)の拡散性水素量を0.01質量ppm未満にしようとすると、製造過程において生産能率の低下を招く場合がある。そのため、亜鉛系めっき層の拡散性水素量は0.01質量ppm以上とすることが好ましい。
【0046】
加えて、亜鉛系めっき層の片面あたりのめっき付着量は20~120g/mとすることが好ましい。というのは、亜鉛系めっき層の片面あたりのめっき付着量が20g/m未満になると、亜鉛めっきによる防錆特性を十分に得られない場合があるからである。また、亜鉛系めっき層の片面あたりのめっき付着量が120g/mを超えると、高コストとなるからである。
【0047】
ここで、亜鉛系めっき層のめっき付着量および亜鉛系めっき層(合金化溶融亜鉛めっき層)におけるFe含有量は以下のようにして測定する。
すなわち、10質量%塩酸水溶液1Lに対し、Feに対する腐食抑制剤(朝日化学工業(株)製「イビット700BK」(登録商標))を0.6g添加した処理液を調整する。ついで、該処理液に、供試材となる亜鉛系めっき鋼板を浸漬し、亜鉛系めっき層を溶解させる。そして、溶解前後での供試材の質量減少量を測定し、その値を、下地鋼板の表面積で除することにより、めっき付着量(g/m)を算出する。
また、ICP発光分光分析法により、上記の処理液に溶解したZnおよびFeの量(以下、Zn溶解量およびFe溶解量ともいう)を測定し、次式により、亜鉛系めっき層におけるFe含有量を求める。
[亜鉛系めっき層におけるFe含有量(質量%)]
=[Fe溶解量]/([Fe溶解量]+[Zn溶解量])×100
【0048】
引張強さ(TS):1160MPa以上
本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の引張強さは、1160MPa以上である。本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の引張強さは、好ましくは1180MPa以上である。
【0049】
ここで、引張強さ(TS)は、以下のようにして測定する。
すなわち、亜鉛系めっき鋼板から、下地鋼板の圧延方向と直角な方向が長手方向となるように、標点間距離:50mmのJIS5号試験片を採取する。ついで、採取したJIS5号試験片を用い、JIS Z 2241(2011)の規定に準拠して引張試験を行い、引張強度(TS)を測定する。なお、引張速度は10mm/分とする。
【0050】
なお、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の板厚は、好ましくは0.8mm以上2.0mm以下である。
【0051】
[2]亜鉛系めっき鋼板の製造方法
つぎに、本発明の一実施形態に従う亜鉛系めっき鋼板の製造方法について、説明する。なお、以下の各温度は、特に説明がない限り、スラブおよび鋼板の表面温度を意味する。
【0052】
まず、上記の成分組成を有する素材鋼板を準備する。
このような素材鋼板は、例えば、
上記の成分組成を有するスラブを加熱して保持する、スラブ加熱工程と、
該スラブを熱間圧延して熱延鋼板とする、熱間圧延工程と、
該熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板とする、冷間圧延工程、
により、準備することができる。
【0053】
なお、上記各工程の条件については、常法に従えばよい。また、熱間圧延工程で得られた熱延鋼板を酸洗してもよい。酸洗条件も特に限定されず、常法に従えばよい。
【0054】
ついで、得られた素材鋼板に、焼鈍を施す。この際、焼鈍温度、および、650℃以上の温度域における雰囲気を適切に制御することが重要である。
【0055】
焼鈍温度:750~870℃
焼鈍温度が750℃未満の場合、鋼板組織のマルテンサイト分率が低下し、所望のTSが得られない。また、焼鈍温度が870℃を超える場合、焼鈍時に鋼板に含有される水素が増加し、最終的にめっき中に含まれる水素量が増加する。以上の理由から、焼鈍温度は750~870℃の範囲とする。なお、焼鈍温度は、焼鈍時の最高到達温度である。
【0056】
650℃以上の温度域における雰囲気の水素濃度:20体積%以下
素材鋼板に水素が吸収されると、鋼中水素量、ひいては亜鉛系めっき層の拡散性水素量の増加を招く。特に、650℃以上の温度域では、素材鋼板に吸収される水素量が増加する。そのため、650℃以上の温度域における雰囲気(以下、焼鈍雰囲気ともいう)の水素濃度は20体積%以下とする。焼鈍雰囲気の水素濃度は、好ましくは10体積%以下、より好ましくは6体積%以下である。ただし、焼鈍雰囲気中の水素を過度に低減すると、最終製品となる亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層に不めっき等の表面欠陥が生じるおそれがある。そのため、焼鈍雰囲気の水素濃度は、1体積%以上とすることが好ましい。焼鈍雰囲気における水素以外の残部としては、例えば、窒素、水蒸気などが挙げられる。なお、焼鈍雰囲気における水素以外の残部には、酸素などの不可避的に含有されるガスが極微量(100体積ppm以下、例えば、数10体積ppm程度)存在する場合がある。
【0057】
また、上記以外の焼鈍条件については常法に従えばよい。例えば、焼鈍時間は、30~600秒とすることが好適である。
【0058】
ついで、上記の素材鋼板を、450~550℃の保持温度域に冷却し、該保持温度域で15秒以上保持する。
【0059】
保持温度域での保持時間:15秒以上
焼鈍雰囲気における水素濃度を低減しても、焼鈍温度近傍での保持中には、一定量の水素が素材鋼板に吸収される。この点、素材鋼板を450~550℃の保持温度域に冷却し、当該保持温度域で一定時間保持することにより、素材鋼板の脱水素を行うことができる。しかしながら、保持温度域での保持時間が15秒未満になると、素材鋼板の脱水素が十分に行われず、鋼中水素量、ひいては亜鉛系めっき層の拡散性水素量の増加を招く。従って、保持温度域での保持時間は15秒以上とする。保持温度域での保持時間は、好ましくは30秒以上である。また、保持温度域での保持時間の上限は特に限定されるものではないが、保持温度域での保持時間は600秒以下とすることが好ましい。なお、保持温度域での保持時間は、焼鈍~溶融亜鉛めっき処理の間の当該保持温度域での滞留時間であり、保持中の温度は常に一定でなくともよい。
【0060】
なお、保持温度域での雰囲気の水素濃度は、15体積%以下とすることが好ましい。また、保持温度域での雰囲気の水素濃度の下限は特に限定されず、0体積%であってもよい。保持温度域での雰囲気における水素以外の残部としては、例えば、窒素、水蒸気などが挙げられる。なお、保持温度域での雰囲気における水素以外の残部には、酸素などの不可避的に含有されるガスが極微量(100体積ppm以下、例えば、数10体積ppm程度)存在する場合がある。
【0061】
ついで、上記の素材鋼板に、溶融亜鉛めっき処理を施し、溶融亜鉛めっき層を有する亜鉛系めっき鋼板(溶融亜鉛めっき鋼板)とする。または、上記の冷延鋼板に、溶融亜鉛めっき処理および合金化処理を施し、合金化溶融亜鉛めっき層を有する亜鉛系めっき鋼板(合金化溶融亜鉛めっき鋼板)とする。そして、この溶融亜鉛めっき処理の際に、めっき処理雰囲気の水素濃度を適切に制御することが重要である。
【0062】
めっき処理雰囲気の水素濃度:15体積%以下
最終製品となる亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層の拡散性水素は、(下地鋼板から直接または間接的に導入されるものもあるが、)主に溶融亜鉛めっき浴を介して導入される。ここで、溶融亜鉛めっき浴中に含まれる水素を低減するには、溶融亜鉛めっき浴面と接するめっき処理雰囲気の水素濃度を低減することが有効である。そのため、めっき処理雰囲気の水素濃度は、15体積%以下とする。めっき処理雰囲気の水素濃度は、好ましくは10体積%以下、より好ましくは5体積%以下である。ただし、めっき処理雰囲気中の水素を過度に低減すると、最終製品となる亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層に不めっき等の表面欠陥が生じるおそれがある。そのため、めっき処理雰囲気の水素濃度は、1体積%以上とすることが好ましい。めっき処理雰囲気における水素以外の残部としては、例えば、窒素、水蒸気などが挙げられる。なお、めっき処理雰囲気における水素以外の残部には、酸素などの不可避的に含有されるガスが極微量(100体積ppm以下、例えば、数10体積ppm程度)存在する場合がある。
なお、めっき処理雰囲気の水素濃度は、例えば、スナウト部(焼鈍炉出口と溶融亜鉛めっき浴槽とをつなぎ、大気環境とは遮断された通板路)で測定することができる。
【0063】
上記以外の溶融亜鉛めっき処理条件および合金化処理条件は特に限定されず、常法に従えばよい。例えば、合金化処理における合金化温度は470~600℃とすればよい。なお、上記の焼鈍および溶融亜鉛めっき処理は、CAL(連続焼鈍ライン)で行ってもよく、CGL(連続焼鈍溶融亜鉛めっきライン)で行ってもよい。また、それぞれをバッチ処理で行ってもよい。
【0064】
また、めっき処理後、上記の亜鉛系めっき鋼板に、さらに、処理温度:30~200℃で処理時間:1時間以上、2160時間以下の条件となる後熱処理を行うことが好適である。この後熱処理を行うことにより、材料特性を劣化させることなく、亜鉛系めっき鋼板の亜鉛系めっき層、さらには亜鉛系めっき鋼板全体の拡散性水素量を一層低減することができる。
【実施例
【0065】
表1に示す成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)を有するスラブに、表2に記載の条件で熱間圧延を施して熱延鋼板とし、該熱延鋼板に酸洗を施し、ついで、表2に記載の条件で冷間圧延を施して、素材鋼板を準備した。
【0066】
ついで、準備した素材鋼板に、表2に記載の条件で焼鈍を施した。ついで、素材鋼板を450~550℃の保持温度域に冷却し、当該保持温度域において表2の記載の保持時間で保持した。ついで、素材鋼板に表2に記載の条件で溶融亜鉛めっき処理を施し、さらに、No.14以外の鋼板には表2に記載の条件で合金化処理を施し、両面に亜鉛系めっき層(溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層)を有する亜鉛系めっき鋼板を得た。また、No.15については、さらに表2に記載の条件の後熱処理を施した。なお、焼鈍雰囲気およびめっき処理雰囲気における水素以外の残部はいずれも、窒素、水蒸気および不可避的に含有されるガスであった。また、焼鈍、溶融亜鉛めっき処理および合金化処理は、連続溶融亜鉛めっき設備を用いて行った。
【0067】
得られた亜鉛系めっき鋼板を用いて、上述した要領で、(1)めっき付着量、(2)亜鉛系めっき層におけるFe含有量、(3)亜鉛系めっき鋼板、下地鋼板および亜鉛系めっき層の拡散性水素量、ならびに、(4)引張強さを測定した。測定結果を表3に示す。なお、めっき付着量および亜鉛系めっき層におけるFe含有量の測定は表裏面両方で行い、便宜的に、一方の面を第1面、他方の面を第2面として、測定結果を表示している。
【0068】
なお、上述した要領で下地鋼板の鋼組織におけるマルテンサイトの面積率を測定したところ、いずれの鋼板でもマルテンサイトの面積率は40%以上であった。
【0069】
ついで、得られた亜鉛系めっき鋼板を用いて、以下の要領で、抵抗スポット溶接性を評価した。
【0070】
・抵抗スポット溶接性の評価
得られた亜鉛系めっき鋼板から、30mm×100mmの板材を採取した。ついで、板材の長手方向の両端に、板厚2mmの板(30mm×30mm)をスペーサとして挟んで、亜鉛系めっき鋼板から採取した2枚の板材を重ね合わせた。なお、スペーサ間隔は40mmとし、板材とスペーサは、予め溶接により固定した。そして、重ね合わせた板材を、両端のスペーサの中央部で抵抗スポット溶接により接合し、試験片を作製した。この抵抗スポット溶接では、インバータ直流抵抗スポット溶接機を用い、電極はクロム銅製の先端径6mmのドーム型を用いた。また、加圧力は380kgf、通電時間は16サイクル/50Hz、保持時間は5サイクル/50Hzとした。また、この際、同じ亜鉛系めっき鋼板から作製した複数の試験片を用いて溶接電流値を4.0kAから6.0kAまで0.1kA刻みで種々変化させ、種々のナゲット径となる溶接材を作製した。
作製した溶接材を溶接後24時間保管したのち、スペーサ部を切り落として、溶接ナゲットの断面観察を行い、脆化による割れ(亀裂)の有無を目視により確認した。ついで、亀裂が確認されなかった最小のナゲット径D(mm)を求め、ついで、この最小のナゲット径D(mm)を亜鉛系めっき鋼板の板厚t(mm)の平方根で除し、D/√tを求めた。そして、以下の基準により、抵抗スポット溶接性を評価した。評価結果を表3に併記する。
◎(合格、特に優れる):D/√tが3.0以下
〇(合格、優れる):D/√tが3.0超4.0以下
×(不合格):D/√tが4.0超
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
表3に示したように、発明例ではいずれも、1160MPa以上の引張強さが得られており、また、抵抗スポット溶接性にも優れていた。
一方、比較例では、1160MPa以上の引張強さが得られないか、または、十分な抵抗スポット溶接性が得られなかった。
【0075】
本発明の亜鉛めっき系鋼板は、高い強度と、優れた抵抗スポット溶接性を兼備するので、自動車車体の骨格部品、特に衝突安全性に影響するキャビン周辺の部品に適用することによって、安全性能の向上とともに、高強度薄肉化効果による車体軽量化に寄与する。その結果、CO排出など環境面にも貢献することができる。また、本発明の亜鉛めっき系鋼板は、自動車の足回り部品など雨雪による腐食が懸念される箇所にも積極的に適用することができ、車体の防錆・耐腐食性についても性能向上が期待できる。さらに、本発明の亜鉛めっき系鋼板は、自動車部品に限らず、土木・建築、家電分野にも適用することができる。
【要約】
高い強度、具体的には、引張強さ:1160MPa以上を有し、かつ、抵抗スポット溶接性に優れる亜鉛系めっき鋼板を提供する。下地鋼板の成分組成においてTi、Nb、VおよびZrのうち1種以上を合計で0.02%以上0.20%以下含有させ、亜鉛系めっき層の拡散性水素量を0.40質量ppm以下とする。